札幌税関検査事件
上告審判決

輸入禁制品該当通知処分等取消請求事件
最高裁判所 昭和57年(行ツ)第156号
昭和59年12月12日 大法廷 判決

上告人(被控訴人 原告) 松栄直勝
         代理人 高野国雄  外3名
被上告人(控訴人 被告) 函館税関長 原島和夫 外1名
         代理人 藤井俊彦  外14名

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官大橋進、同木戸口久治、同角田禮次郎、同矢口洪一の補足意見
■ 裁判官藤崎萬里の意見
■ 裁判官伊藤正己、同谷口正孝、同安岡滿彦、同島谷六郎の反対意見

■ 上告代理人高野国雄、同入江五郎、同大島治一郎、同下坂浩介の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 所論は、要するに、
(一) 関税定率法(昭和55年法律第7号による改正前のもの、以下同じ。)21条1項3号に掲げる貨物に関する税関検査による輸入規制は、憲法の絶対的に禁止する検閲に当たり、又は国民の知る自由を事前に規制するものであるから、憲法21条2項前段又は1項の規定に違反する、
(二) 関税定率法21条1項3号の規定にいう「公安又は風俗を害すべき」との文言は著しく不明確であり、このような基準による輸入規制は憲法21条1項、29条及び31条の規定に違反する、
(三) 郵便物についての税関検査は、信書の秘密を侵すおそれが強いので、憲法21条2項後段の規定に違反する、
(四) 本件貨物をすべて関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等に該当するとした原審の判断には、右規定の解釈適用を誤つた違法がある、
というのである(外国貨物及び郵便物の両者を通じ、輸入手続において税関職員が行う検査を「税関検査」と略称する。以下同様である。)。

[2] 関税定率法21条1項3号は、輸入禁制品として、「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」を掲げ(以下、同項各号に掲げる貨物をそれぞれ「1号物件」ないし「4号物件」という。)、その輸入を禁止しているが、本件において上告人は、自己あての外国からの郵便物中に3号物件に該当すると認めるのに相当の理由がある貨物があるとして、被上告人函館税関長の委任を受けた被上告人同税関札幌税関支署長から同条3項の規定による通知を受け、右郵便物の配達又は交付を受けられなくなつたことを不服として、同税関支署長のした通知等の取消しを求めているので、以下順次、各論点につき判断することとする。
[3] 外国からわが国に到着した貨物は、原則として、すべていつたん保税地域に搬入され、これを輸入しようとする者は、当該貨物の品名並びに課税標準となるべき数量及び価格その他必要な事項を税関長に申告し、貨物につき必要な検査(税関検査)を経て、輸入の許可を受けなければならないものとされている(関税法30条、67条、67条の2)。そして、右の税関検査は、
(一) 他の法令の規定により必要とされる場合に所定の許可、承認等を受けていることの証明があるかどうか、また、所定の検査の完了等につき確認を受けたかどうか(同法70条)、
(二) 原産地を偽つた表示等がされていないかどうか(同法71条)、
(三) 関税等を納付したかどうか(同法72条)のほか、
(四) 当該貨物が輸入禁制品に当たるかどうか(関税定率法21条1項)
の点についても行われるのであつて、この検査の過程で当該貨物が輸入禁制品に当たることが判明した場合には、税関長は、1、2、4号物件に該当する貨物については、これを没収して廃棄し又はこれを輸入しようとする者に対してその積みもどしを命ずることができ(同条2項)、3号物件に該当すると認めるのに相当の理由がある貨物については、その旨を輸入しようとする者に通知することを要し(同条3項)、これに不服のある者には税関長に異議の申出をさせ(同条4項)、それを受けた税関長は、輸入映画等審議会に諮問した上、異議の申出に対する決定をして当該申出人に通知するものとされている(同条5項)。
[4] 次に、郵便物の輸入手続についてみるのに、輸入の申告及び許可の手続は不要とされるが、輸入される郵便物中にある信書以外の物については、郵政官署の職員の立会の下に税関職員が必要な検査(税関検査)を行うこととされており(関税法76条ないし78条、同法施行令66条、関税定率法21条1項)、検査の結果、郵便物中に3号物件に該当すると認めるのに相当の理由がある貨物が発見された場合に、税関長のなすべき通知及びこれに対する異議の申出と決定については、郵便によらない貨物の場合と同様である(関税定率法21条3項ないし5項)。

[5] そこで、関税定率法21条3項の規定による税関長の通知の性質について、以下にみることとする。
[6] 被上告人らは、3号物件に該当する貨物につき輸入が禁止されること自体は、同条1項の規定により一般的に生じている効力によるものであつて、この税関長の通知は、右条項により生じた輸入禁止の一般的効力に対し何ら加えるところはなく、関税法上も輸入申告に対し不許可処分をすべき旨の規定がないから、輸入禁制品に限らず輸入手続一般において税関長は不許可処分をすることはない、と主張する。被上告人らが原審において、右の税関長の通知は何ら輸入の禁止又は不許可の効果を生ずるものではなく、輸入禁制品については、輸入の禁止又は不許可等の行政庁の何らの処分を要しないで、同条1項の実体規定による当然の効果として、当該貨物を適法に輸入することができないという制約が生ずる旨主張したのも同一趣旨であると解される。
[7] しかしながら、輸入申告にかかる貨物又は輸入される郵便物中の信書以外の貨物が輸入禁制品に該当する場合法律上当然にその輸入が禁止されていることは所論のとおりであるとしても、通関手続の実際において、当該貨物につき輸入禁止という法的効果が肯認される前提として、それが輸入禁制品に該当するとの税関長の認定判断が先行することは自明の理であつて、そこに一般人の判断作用とは異なる行政権の発動が存するのであり、輸入禁制品と認められる貨物につき、税関長がその輸入を許可し得ないことは当然であるとしても、およそ不許可の処分をなし得ないとするのは、関係法規の規定の体裁は別として、理由のないものというほかはない。
[8] 進んで、当該貨物が輸入禁制品に該当するか否かの認定判断につき、これを実際的見地からみるのに、例えばあへんその他の麻薬(1号物件)については、その物の形状、性質それ自体から輸入禁制品に該当することが争う余地のないものとして確定され得るのが通常であるのに対し、同条1項3号所定の「公安又は風俗を害すべき」物品に該当するか否かの判断はそれ自体一種の価値判断たるを免れないものであつて、本件で問題とされる「風俗」に限つていつても、「風俗を害すべき」物品がいかなるものであるかは、もとより解釈の余地がないほど明白であるとはいえず、3号物件に該当すると認めるのに相当の理由があるとする税関長の判断も必ずしも常に是認され得るものということはできない。
[9] 通関手続の実際においては、前述のとおり、輸入禁制品のうち、1、2、4号物件については、これに該当する貨物を没収して廃棄し、又はその積みもどしを命じ(同条2項)、3号物件については、これに該当すると認めるのに相当の理由がある旨を通知する(同条3項)のであるが、およそ輸入手続において、貨物の輸入申告に対し許可が与えられない場合にも、不許可処分がされることはない(3号物件につき税関長の通知がされた場合にも、その後改めて不許可処分がされることはない)というのが確立した実務の取扱いであることは、被上告人らの自陳するところであつて、これによると、同法21条3項の通知は、当該物件につき輸入が許されないとする税関長の意見が初めて公にされるもので、しかも以後不許可処分がされることはなく、その意味において輸入申告に対する行政庁側の最終的な拒否の態度を表明するものとみて妨げないものというべきである。輸入申告及び許可の手続のない郵便物の輸入についても、同項の通知が最終的な拒否の態度の表明に当たることは、何ら異なるところはない。そして、現実に同項の通知がされたときは、郵便物以外の貨物については、輸入申告者において、当該貨物を適法に保税地域から引き取ることができず(関税法73条1、2項、109条1項参照)、また、郵便物については、名あて人において、郵政官署から配達又は交付を受けることができないことになるのである(同法76条4項、70条3項参照)。
[10] 以上説示したところによれば、かかる通関手続の実際において、前記の税関長の通知は、実質的な拒否処分(不許可処分)として機能しているものということができ、右の通知及び異議の申出に対する決定(関税定率法21条5項)は、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分及び決定に当たると解するのが相当である(ちなみに、昭和55年法律第7号による関税法等の一部改正により、関税定率法21条4、5項の規定が削除され、同条3項の通知についての審査請求及び取消しの訴えに関し、明文の規定が関税法91条、93条に設けられるに至つた。)。
[11] 憲法21条2項前段は、「検閲は、これをしてはならない。」と規定する。憲法が、表現の自由につき、広くこれを保障する旨の一般的規定を同条1項に置きながら、別に検閲の禁止についてかような特別の規定を設けたのは、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては、公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法12条、13条参照)をも認めない趣旨を明らかにしたものと解すべきである。けだし、諸外国においても、表現を事前に規制する検閲の制度により思想表現の自由が著しく制限されたという歴史的経験があり、また、わが国においても、旧憲法下における出版法(明治26年法律第15号)、新聞紙法(明治42年法律第41号)により、文書、図画ないし新聞、雑誌等を出版直前ないし発行時に提出させた上、その発売、頒布を禁止する権限が内務大臣に与えられ、その運用を通じて実質的な検閲が行われたほか、映画法(昭和14年法律第66号)により映画フイルムにつき内務大臣による典型的な検閲が行われる等、思想の自由な発表、交流が妨げられるに至つた経験を有するのであつて、憲法21条2項前段の規定は、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨と解されるのである。
[12] そして、前記のような沿革に基づき、右の解釈を前提として考究すると、憲法21条2項にいう「検閲」とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。

[13] そこで、3号物件に関する税関検査が憲法21条2項にいう「検閲」に当たるか否かについて判断する。
[14](一) 税関検査の結果、輸入申告にかかる書籍、図画その他の物品や輸入される郵便物中にある信書以外の物につき、それが3号物件に該当すると認めるのに相当の理由があるとして税関長よりその旨の通知がされたときは、以後これを適法に輸入する途が閉ざされること前述のとおりであつて、その結果、当該表現物に表された思想内容等は、わが国内においては発表の機会を奪われることとなる。また、表現の自由の保障は、他面において、これを受ける者の側の知る自由の保障をも伴うものと解すべきところ(最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁、同昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号973頁参照)、税関長の右処分により、わが国内においては、当該表現物に表された思想内容等に接する機会を奪われ、右の知る自由が制限されることとなる。これらの点において、税関検査が表現の事前規制たる側面を有することを否定することはできない。
[15] しかし、これにより輸入が禁止される表現物は、一般に、国外においては既に発表済みのものであつて、その輸入を禁止したからといつて、それは、当該表現物につき、事前に発表そのものを一切禁止するというものではない。また、当該表現物は、輸入が禁止されるだけであつて、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会が全面的に奪われてしまうというわけのものでもない。その意味において、税関検査は、事前規制そのものということはできない。
[16](二) 税関検査は、関税徴収手続の一環として、これに付随して行われるもので、思想内容等の表現物に限らず、広く輸入される貨物及び輸入される郵便物中の信書以外の物の全般を対象とし、3号物件についても、右のような付随的手続の中で容易に判定し得る限りにおいて審査しようとするものにすぎず、思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではない。
[17](三) 税関検査は行政権によつて行われるとはいえ、その主体となる税関は、関税の確定及び徴収を本来の職務内容とする機関であつて、特に思想内容等を対象としてこれを規制することを独自の使命とするものではなく、また、前述のように、思想内容等の表現物につき税関長の通知がされたときは司法審査の機会が与えられているのであつて、行政権の判断が最終的なものとされるわけではない。
[18] 以上の諸点を総合して考察すると、3号物件に関する税関検査は、憲法21条2項にいう「検閲」に当たらないものというべきである。なお、憲法上検閲を禁止する旨の規定が置かれている国を含め、諸外国において、一定の表現物に関する税関検査が行われていることも、右の結論と照応するものというべきである。

[19] 右の次第であるから、所論憲法21条2項前段違反の主張は理由がない。
[20] 本件においては、上告人あての郵便物中に猥褻な書籍、図画があるとして関税定率法21条1項3号の規定が適用されたものであるところ、同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等の中に猥褻な書籍、図画等が含まれることは明らかであるから、同号の規定が所論のように明確性に欠けるか否かについてはのちに論及することとして、まず、これによる猥褻な書籍、図画等の輸入規制が憲法21条1項の規定に違反するかどうかについて検討する。
[21] 思うに、表現の自由は、憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものであるが、さりとて絶対無制限なものではなく、公共の福祉による制限の下にあることは、いうまでもない。また、性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなすものであつて、猥褻文書の頒布等は公共の福祉に反するものであり、これを処罰の対象とすることが表現の自由に関する憲法21条1項の規定に違反するものでないことも、明らかである(最高裁昭和28年(あ)第1713号同32年3月13日大法廷判決・刑集11巻3号997頁、同昭和39年(あ)第305号同44年10月15日大法廷判決・刑集23巻10号1239頁参照)。そして、わが国内における健全な性的風俗を維持確保する見地からするときは、猥褻表現物がみだりに国外から流入することを阻止することは、公共の福祉に合致するものであり、猥褻刊行物ノ流布及取引ノ禁止ノ為ノ国際条約(昭和11年条約第3号)1条の規定が締約国に頒布等を目的とする猥褻な物品の輸入行為等を処罰することを義務づけていることをも併せ考えると、表現の自由に関する憲法の保障も、その限りにおいて制約を受けるものというほかなく、前述のような税関検査による猥褻表現物の輸入規制は、憲法21条1項の規定に反するものではないというべきである。
[22] わが国内において猥褻文書等に関する行為が処罰の対象となるのは、その頒布、販売及び販売の目的をもつてする所持等であつて(刑法175条)、単なる所持自体は処罰の対象とされていないから、最小限度の制約としては、単なる所持を目的とする輸入は、これを規制の対象から除外すべき筋合いであるけれども、いかなる目的で輸入されるかはたやすく識別され難いばかりでなく、流入した猥褻表現物を頒布、販売の過程に置くことが容易であることは見易い道理であるから、猥褻表現物の流入、伝播によりわが国内における健全な性的風俗が害されることを実効的に防止するには、単なる所持目的かどうかを区別することなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならない。
[23] また、このようにして猥褻表現物である書籍、図画等の輸入が一切禁止されることとなる結果、わが国内における発表の機会が奪われるとともに、国民のこれに接する機会も失われ、知る自由が制限されることとなるのは否定し難いところであるが、かかる書籍、図画等については、前述のとおり、もともとその頒布、販売は国内において禁止されており、これについての発表の自由も知る自由も、他の一般の表現物の場合に比し、著しく制限されているのであつて、このことを考慮すれば、右のような制限もやむを得ないものとして是認せざるを得ない。

[24] 上告人は、関税定率法21条1項3号の規定が明確性を欠き、その文言不明確の故に当該規定自体が違憲無効である旨主張するので、以下、この点について判断する。同号は、書籍、図画、彫刻物その他の物品のうち「公安又は風俗を害すべき」ものを輸入禁制品として掲げているが、これは、「公安」又は「風俗」という規制の対象として可分な2種のものを便宜一の条文中に規定したものと解されるので、本件においては、上告人に適用があるとされた「風俗」に関する部分についてのみ考究することとする。
[25](一) 同法21条1項3号は、輸入を禁止すべき物品として、「風俗を害すべき書籍、図画」等と規定する。この規定のうち、「風俗」という用語そのものの意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかであるといえないことは所論のとおりであるが、およそ法的規制の対象として「風俗を害すべき書籍、図画」等というときは、性的風俗を害すべきもの、すなわち猥褻な書籍、図画等を意味するものと解することができるのであつて、この間の消息は、旧刑法(明治13年太政官布告第36号)が「風俗ヲ害スル罪」の章の中に書籍、図画等の表現物に関する罪として猥褻物公然陳列と同販売の罪のみを規定し、また、現行刑法上、表現物で風俗を害すべきものとして規制の対象とされるのは175条の猥褻文書、図画等のみであることによつても窺うことができるのである。
[26] したがつて、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法21条1項の規定に反しない合憲的なものというべきである。以下、これを詳述する。
[27](二) 表現物の規制についての関係法令をみるのに、刑法の規定は前述のとおりであり、旧関税定率法(明治39年法律第19号)10条3号及びこれを踏襲した関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき」との用語は、旧憲法の下においては、当時施行されていた出版法が「風俗ヲ壊乱スルモノ」を、また新聞紙法が「風俗ヲ害スルモノ」を規制の対象としていた関係規定との対比において、「猥褻」を中核としつつ、なお「不倫」その他若干の観念を含む余地があつたものと解され得るのである。しかしながら、日本国憲法施行後においては、右出版法、新聞紙法等の廃止により、猥褻物以外の表現物については、その頒布、販売等の規制が解除されたため、その限りにおいてその輸入を禁止すべき理由は消滅し、これに対し猥褻表現物については、なお刑法175条の規定の存置により輸入禁止の必要が存続しているのであつて、以上にみるような一般法としての刑法の規定を背景とした「風俗」という用語の趣旨及び表現物の規制に関する法規の変遷に徴し、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻な書籍、図画等に限定して解釈することは、十分な合理性を有するものということができるのである。
[28](三) 表現の自由は、前述のとおり、憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものであつて、法律をもつて表現の自由を規制するについては、基準の広汎、不明確の故に当該規制が本来憲法上許容されるべき表現にまで及ぼされて表現の自由が不当に制限されるという結果を招くことがないように配慮する必要があり、事前規制的なものについては特に然りというべきである。法律の解釈、特にその規定の文言を限定して解釈する場合においても、その要請は異なるところがない。したがつて、表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制し得るもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合でなければならず、また、一般国民の理解において、具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない(最高裁昭和48年(あ)第910号同50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁参照)。けだし、かかる制約を付さないとすれば、規制の基準が不明確であるかあるいは広汎に失するため、表現の自由が不当に制限されることとなるばかりでなく、国民がその規定の適用を恐れて本来自由に行い得る表現行為までも差し控えるという効果を生むこととなるからである。
[29](四) これを本件についてみるのに、猥褻表現物の輸入を禁止することによる表現の自由の制限が憲法21条1項の規定に違反するものでないことは、前述したとおりであつて、関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻な書籍、図画等のみを指すものと限定的に解釈することによつて、合憲的に規制し得るもののみがその対象となることが明らかにされたものということができる。また、右規定において「風俗を害すべき書籍、図画」とある文言が専ら猥褻な書籍、図画を意味することは、現在の社会事情の下において、わが国内における社会通念に合致するものといつて妨げない。そして、猥褻性の概念は刑法175条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基準につき、明確性の要請に欠けるところはなく、前記3号の規定を右のように限定的に解釈すれば、憲法上保護に値する表現行為をしようとする者を萎縮させ、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれのないものということができる。
[30](五) 以上要するに、関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等の中に猥褻物以外のものを含めて解釈するときは、規制の対象となる書籍、図画等の範囲が広汎、不明確となることを免れず、憲法21条1項の規定の法意に照らして、かかる法律の規定は違憲無効となるものというべく、前記のような限定解釈によつて初めて合憲なものとして是認し得るのである。
[31] そして、本件のように、日本国憲法施行前に制定された法律の規定の如きについては、合理的な法解釈の範囲内において可能である限り、憲法と調和するように解釈してその効力を維持すべく、法律の文言にとらわれてその効力を否定するのは相当でない。

[32] 右の次第であるから、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定は広汎又は不明確の故に違憲無効ということはできず、当該規定による猥褻表現物の輸入規制が憲法21条1項の規定に違反するものでないことは、上来説示のとおりである。したがつて、所論憲法21条1項違反の主張は理由がなく、関税定率法の右規定の不明確を前提とする憲法29条、31条違反の主張は、すべて失当である。
[33] 憲法21条2項後段の規定は、郵便物については信書の秘密を保障するものであるが、関税法76条1項ただし書の規定によれば、郵便物に関する税関検査は、信書以外の物についてされるものであり、原審の適法に確定したところによると、本件の上告人あての郵便物は、いずれも信書には当たらないというのであるから、右郵便物についてした税関検査は、信書の秘密を侵すものではない。したがつて、その余の所論に論及するまでもなく、憲法21条2項後段違反の主張は理由がない。
[34] 原審の適法に確定した事実関係の下において、本件貨物がいずれも猥褻性を有し関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

[35] 以上のとおりであるから、論旨はいずれも採用することができない。
[36] よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法396条、384条、95条、89条に従い、裁判官大橋進、同木戸口久治、同角田禮次郎、同矢口洪一の補足意見、裁判官藤崎萬里の意見、裁判官伊藤正己、同谷口正孝、同安岡滿彦、同島谷六郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官大橋進、同木戸口久治、同角田禮次郎、同矢口洪一の補足意見は、次のとおりである。

[1] 多数意見は、論旨が関税定率法21条1項3号の規定は文言不明確の故に違憲無効であるとするのに対し、同号の規定のうち本件に適用された「風俗」に関する部分について検討したうえ、右規定が輸入禁制品として定める「風俗を害すべき書籍、図画」等とは猥褻な書籍、図画等のみを指すものと解すべきであるとの判断を示し、右論旨を理由のないものとして排斥している。我々は、この点に関連して、なお若干の意見を補足しておくこととしたい。
[2] 現行の関税定率法は明治43年に制定された法律であり、同法21条1項3号の規定は、明治39年に制定された旧関税定率法10条3号の規定を踏襲し、制定当初から今日に至るまで、その内容において何ら異なるところはない。このように、日本国憲法施行前の古い時代に制定され、憲法施行後においてもその内容に変更を受けることなく施行されている法律については、その文言だけをみれば、憲法の規定に照らし若干の疑義を生ずる余地を残している規定があり得ることは否定できない。このような場合に、憲法と調和するように解釈することが可能なものについてまで、その文言にとらわれてこれを違憲無効とするのは相当でなく、合理的な法解釈の範囲内のものとして許される限りにおいて、憲法秩序と矛盾することのないように解釈し、その効力を肯認するのが相当である。多数意見がさきに述べたところ(前記四2(五))は、まさにその趣旨であり、およそ憲法秩序と相いれないものであることが明らかな規定についてまで、まげてこれを憲法に適合するように解釈すべきであるとするものでないことはいうまでもない。
[3] そもそもこのような問題が生ずるのは、明治年間に制定された古い法律の規定が日本国憲法施行後もなおそのままの文言で存置されていることに一因があるのであつて、関税定率法21条1項3号の「風俗」に関する規定により輸入を禁止されるのが猥褻物に限られること、及び一般国民の理解においても右規定が輸入規制の基準としてかかる内容を有することを読みとることが可能であることは多数意見の説くとおりであるが、なお、「風俗」という語の有する多義性にかんがみ、右規定の文言が適切を欠く嫌いを免れないことは否定できない。したがつて、これが憲法に違反するものでないことは別として、右規定の文言をそのままに放置することは相当でなく、一読その意味を理解し得るような文言に改正されることが望ましい。
[4] なお、関税定率法21条1項3号は、輸入禁制品として「公安」を害すべき書籍、図画等をも規定している。右の「公安」に関する部分は本件とかかわりがないので、多数意見がその合憲性について論及していないのは当然であるが、これがいかなるものを指すかは極めて不明確であつて、「風俗を害すべき文書、図画」等と異なり、前述のような合理的な限定解釈を施す余地がなく、右の部分は明確性を欠き又は広汎に失するものとして憲法21条1項に違反するとの疑いを免れないというべきである。したがつて、関税定率法21条1項3号の規定のうち「風俗」に関する部分につき前記のような改正がなされることが望ましいとする我々の見解からすれば、同一の条文中に規定されている「公安」に関する部分についても、併せて検討を加えるべきものであることを付言する。


 裁判官藤崎萬里の意見は、次のとおりである。

[1] 私は、本件上告を棄却すべきであるとする多数意見の結論には賛成であり、また、その理由のうち税関検査が憲法21条2項にいう検閲に当たらないとする点についても異論がない。しかし、多数意見が、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは猥褻な書籍、図画等のみを指すものと解すべきであり、このように限定的に解釈することによつてのみ右規定は憲法21条1項に違反しないものということができるとする点については、賛成することができない。そのほかにも、私は多数意見の見解に賛同し得ないところがあり、なお反対意見についても言及したい点があるので、以下、これらの点について私の見解を述べることとする。

[2] 関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等という規定(以下「本件規定」という。)がいかなるものを規制の対象としているか、その範囲につき若干の問題があるとしても、少なくとも猥褻な書籍、図画等がこれに含まれることは疑問の余地のないところであり、そして、本件貨物はいずれも正にその猥褻性だけが問題となつているものであるから、上告人は本件規定のいわば外延の不明確性を問題にし得べき立場にない。したがつて、この問題についての上告人の主張については、右の趣旨を説示することで足りるとして処理することもできたものと考える。しかしながら、本件では、多数意見はこの点を問題としないで直ちに実質問題に立ち入つているので、私としても、これについての考え方を述べることとする。

[3] 本件規定にいう「風俗」とは、法律上の通常の用例に照らし、善良な風俗を意味し、そしてそれは抽象的には、社会一般の健全な道徳的、倫理的価値観によつて支持された秩序を指すものということができよう。しかし、規定の文言は抽象的、包括的であつて、そこには規制の対象が具体的、個別的に示されていない。そこで具体的にいかなるものが含まれるかが問題になるわけであるが、規定の文言の解釈としては、猥褻な表現物のほか、例えば極端に残虐な表現物も包含されるというべきであろう。この種の表現物が風俗を害するものであることを否定することはできないからである。他面、現在の税関検査の実務においては、規制の対象を猥褻表現物に限る取扱いがなされている趣であるが、残虐表現物についての法律レベルの規制が現に国内的に存在しないことを考慮に入れると、右の取扱いも首肯し得ないものではなく、このように、本件規定の運用の実際については、私の考えは多数意見と結論を同じくすることになる。私が多数意見と見解を異にするのは、本件規定の明確性の問題についてである。すなわち、多数意見は、本件規定は猥褻表現物だけを指すものであると限定的に解釈することができるから明確性に欠けるところはないとし、その反面、このような限定解釈をしなければ本件規定自体が違憲無効となることを免れないとする。確かに、本件規定による規制の対象の規定の仕方は抽象的、包括的であつて、猥褻表現物だけでなく、例えば極端に残虐な表現物を含むと解すべきものであることを前提としても、必ずしも規定の文言上それが明らかであるとはいえず、本件規定に明確性を欠くところがあることを否定することはできない。しかし、私は、その不明確さは、それを含む規定自体を憲法21条1項との関係で違憲無効としなければならないほどのものではなく、したがつて、本件規定を憲法に適合させるために限定的に解釈する必要もないとするものである。そう考える理由は、次の三で述べるとおりである。

[4] 本来、憲法21条1項の規定による表現の自由の保障は、すべての種類の表現につき一様に考える必要はなく、表現の内容等により保障の程度に差等があつて然るべきはずのものである。これを内容についてみると、憲法の基本的原理である民主主義の下においては、政治的意見の発表の自由が最も重視されるべきであり、かかる表現の自由は最大限に尊重されなければならないが、例えば猥褻な表現についても、その自由が右と同様に尊重されなければならないということはないはずである。また、表現の自由にとつて本質的なものは表現の主体による積極的な発表の自由であり、受動的にこれに接しその内容を知る自由は二次的なものといつてよく、かかる自由に対する制限は発表の自由に対する制限と同程度に厳しく抑制されなければならないものではないであろう。本件規定による輸入規制は、既に国外において発表された風俗を害する類の表現物につき国内において受動的にこれに接する自由を制限するものにすぎない。本件規定が憲法21条1項の基本理念の見地からすれば重要性の低い部類に属することは、明らかであると思う。
[5] また、反対意見は、不明確な法令の規定によりいわゆる萎縮効果が生ずることを根拠に本件規定を違憲無効とし、また、多数意見もかかる萎縮効果を問題とするのであるが、右規定が存置されていることによつて、具体的に果たしてどのような表現物がその輸入を断念させられているかということになると、例えば、萎縮効果を懸念する立場から最も問題となる残虐表現物の場合を想定してみても、右規定があるがためにその輸入を断念するというようなことは実際問題として恐らくあり得ないことであろうと考えられる。したがつて、関税定率法の前記規定については、萎縮効果の実体は無きに等しく、仮に明確を欠くところがあるにしても、それにより表現の自由に対する実害が生ずることは考えられない。これもまた、現行の法律の規定自体を違憲無効と断ずるほどのことはないと考える所以である。

[6] 所論は、本件規定にいう「風俗を害すべき」との文言は著しく不明確であり、このような基準による輸入規制は憲法29条及び31条の規定に違反するというが、右のうち憲法31条違反をいう点は、「風俗を害すべき書籍、図画」云々というだけでは犯罪の組成物の定義として不明確であり、これは法定手続の保障の理念に反するという趣旨であると解される。しかしながら、本件は輸入禁制品に該当する旨の通知処分等の取消しの可否が争われている行政事件訴訟であつて、「風俗を害すべき」との文言が犯罪構成要件としての明確性を欠くかどうかはここでの問題ではないから、これを欠くことを理由とする所論は失当とすべきものであると考える。


 裁判官伊藤正己、同谷口正孝、同安岡滿彦、同島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。

[1] 我々は、輸入されようとする貨物が3号物件に該当すると認めるのに相当の理由があるものとして税関長のする関税定率法21条3項の通知等が抗告訴訟の対象となる行政庁の処分等に当たること、及び3号物件についての税関検査による輸入規制が憲法21条2項前段の検閲に当たらないことについては、多数意見の説くところに異論はない。
[2] しかし、多数意見が、同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等という規定は合理的に限定解釈をすることができ、その結果、右規定は憲法21条1項に違反するものではないとする点については、賛同することができない。

[3] 基本的人権のうちでも特に重要なものの一つである表現の自由を規制する法律の規定が不明確であつて、何が規制の対象となり、何がその対象とならないのかが明確な基準をもつて示されていないときは、国民に対してどのような行為が規制の対象となるかを適正に告知する機能を果たしておらず、また、規制機関による恣意的な適用を招く危険がある。その結果、国民がその規定の適用を恐れて本来自由にすることができる範囲に属する表現までをも差し控えるという効果の生ずることを否定できない。したがつて、表現の自由を規制する法律の規定は、それ自体明確な基準を示すものでなければならない。殊に、表現の自由の規制が事前のものである場合には、その規定は、立法上可能な限り明確な基準を示すものであることが必要である。それ故、表現の自由を規制する法律の規定が、国民に対し何が規制の対象となるのかについて適正な告知をする機能を果たし得ず、また、規制機関の恣意的な適用を許す余地がある程に不明確な場合には、その規定は、憲法21条1項に違反し、無効であると判断されなければならない。
[4] また、表現の自由を規制する法律の規定自体が何を規制の対象としているのかという点について不明確ではないとしても、憲法上規制することが許されない行為までをも規制の対象とするものである場合には、同様に、本来許容されるべき行為の自己抑制を招くものといわなければならない。したがつて、表現の自由を規制する法律の規定の適用範囲が広汎に過ぎ、右規定が本来規制の許されるべきでない場合にまで適用される可能性を無視し得ない場合には、やはり憲法21条1項によつて違憲無効と判断されなければならない。
[5] これを本件についてみるのに、3号物件に関する税関検査による輸入規制が表現の事前規制たる側面を有することは、多数意見の指摘するとおりである。
[6] そして、関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等という規定が具体的に何を指すかは、規定の文言それ自体から一義的に明確にされているとはいえない。右規定の中に猥褻表現物が含まれると解することは可能であるとしても、それ以外に右規定による規制の対象として何が含まれるのかが不明確であり、規制の対象の一部が明らかになつているにすぎない。「風俗」という用語の意味内容は性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたるものであり、これを多数意見のいうように性的風俗に限定し、「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻表現物に限ると解すべき根拠はない。現在の税関検査の実務においては、被上告人の自陳する如く、右の書籍、図画等を猥褻物に限定する取扱いがされているとしても、その文言自体からみれば、右規定が猥褻物以外の物に適用される可能性を否定することはできない。例えば、右規定は残虐な表現物をも規制の対象とするものと解される余地があるが、残虐な表現物という場合にそれがいかなる物を包含するかは必ずしも明確でないばかりでなく、憲法上保護されるべき表現までをも包摂する可能性があるというべきであつて、右規定は不明確であり、かつ、広汎に過ぎるものといわなければならない。
[7] このように、同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等という規定は、不明確であると同時に広汎に過ぎるものであり、かつ、それが本来規制の許されるべきでない場合にも適用される可能性を無視し得ないと考えられるから、憲法21条1項に違反し、無効であるといわなければならない。

[8] 多数意見は、関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻表現物に限ると限定解釈をした上で、合憲であるという。しかし、表現の自由が基本的人権の中でも最も重要なものであることからすると、これを規制する法律の規定についての限定解釈には他の場合よりも厳しい枠があるべきであり、規制の目的、文理及び他の条規との関係から合理的に導き出し得る限定解釈のみが許されるのである。「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻表現物に限るとする解釈は、右の限界を超えるものというべきであるのみならず、右のような解釈が通常の判断能力を有する一般人に可能であるとは考えられない。さらに、表現の自由を規制する法律の規定が明確かどうかを判断するには、より明確な立法をすることが可能かどうかも重要な意味を持つと解されるが、多数意見のいうように、同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等という規定が猥褻表現物の輸入のみを規制しようとするものであるとするならば、右規定を「猥褻な書籍、図画」等と規定することによつてより明確なものにすることは、立法上容易なはずである。この点からみても、表現の自由の事前規制の面をもつ同号の右規定が憲法上要求される明確性を充たしたものであるとはいい難く、これに限定解釈を加えることによつて合憲とするのは適切でない。
[9] なお、本件貨物が猥褻物に当たるとした原審の判断を前提としても、上告人は前記規定が不明確であり、あるいは広汎に過ぎることを主張して、その効力を争うことができるものというべきである。けだし、前述の観点から当該規定が不明確であり、あるいは広汎に過ぎることを理由として違憲であるというべき場合には、当該規定の具体的な適用の面を離れてその効力を否定すべきであるからである。また、右の如き規定のもたらす前述の効果から考えると、表現の自由を不当に規制する違憲の規定の効力を早期に排除することを認めるのが妥当であるというべきである。
[10] ちなみに、裁判官大橋進、同木戸口久治、同角田禮次郎、同矢口洪一の補足意見において関税定率法21条1項3号の「公安」を害すべき書籍、図画等という規定の効力について論じられている部分は、我々の立場からすれば、むしろ当然の帰結であるというべきである。

(裁判長裁判官 寺田治郎  裁判官 藤崎萬里  裁判官 木下忠良  裁判官 鹽野宜慶  裁判官 伊藤正己  裁判官 谷口正孝  裁判官 大橋進  裁判官 木戸口久治  裁判官 牧圭次  裁判官 和田誠一  裁判官 安岡滿彦  裁判官 角田禮次郎  裁判官 矢口洪一  裁判官 島谷六郎  裁判官 長島敦)
[1] 原判決は、現行の税関規制は形式論理のうえでは、検閲の範ちゆうに属するものと解することができるとしても、憲法の禁止する検閲に該当するものではないと解するのが相当であるとし、その根拠を次の2点に求める。
 関税定率法21条1項3号に規定する輸入禁制品の制度は我国の公の秩序並びに善良な風俗を維持するうえで極めて重要な制度であるが、税関規制はこの制度の実効を確保するうえで必要不可欠であるとともに事理に適つたものである。
 税関規制は旧憲法下における検閲制度と対比するとき、その管掌主体である行政機関の本来の所掌事務を全く異にするほか、検査の本来の目的及びその方法、態様において著しい径庭がある。

[2] 原判決の右判旨は、税関規制が検閲に当らないといつているのか、検閲には当るが、憲法上例外的に許される場合であるといつているのか、必ずしも明確ではないが、前後の文脈から、後者の意と解して論を進める。
[3] 原判決のあげる前記2点の根拠は、表現物に対する税関規制の合憲論の根拠とはなしえない。
[4] 関税定率法21条1項3号の輸入禁制品の制度は、我国の公序良俗を維持することを目的としたものであるとしても、禁制品の使用目的いかんにかかわらず、一律に禁止をしている点で、過剰な規制である。
[5] 表現物も思想自体と同じく、それがどんな内容であれ、個人が所蔵し対外的使用に供さない限り、社会的問題は生じない。表現物の社会に対する有害作用の有無程度は、表現物の内容とともに対社会的使用の態様(公表、頒布、広告の方法などを含む)をみなければ決定できない事柄である。表現物は麻薬や病原菌などと違つて、それ自体有害なものではない。
[6] 以上の理由から、「公安または風俗を害すべき」という著しくあいまいな基準で、これに該当する一切の表現物の輸入を禁止する制度は不合理であり、「知る自由」を保障した憲法21条1項に違反する。
[7] 本件で問題とされているわいせつ表現物についていえば、これが暴力犯罪、性犯罪を誘発増大させるとの議論は科学的に誤りであることが実証されている。
[8] かえつて、「ポルノ雑誌は、性的欲求不満の爆発をふせぐ安全弁の役割をはたす。」といわれている。
[9] 次のような意見が正当である。
(一) 国家権力は露骨な性的出版物を読んだり、入手したり、見たりすることを望む成人たちに、そうする権利を侵害しようとすべきではない。合意の成人に対する性的物件の販売、宣伝、提供等を禁じる立法は廃止すべきである(わいせつに関するアメリカ大統領委員会報告)。
(二) ある人が出版物を読むか、それとも焼いてしまうかは、その人がやることであつて、政府がやることではないのである(ゲルホーン「言論の自由と権力の抑圧」)。
(三) わいせつ図書について、もしも規制が必要と感じられるとすれば、それは未成熟者に対する保護を与えることと一般の良俗をけがすことを防止すべきである。前者は年少者に対するわいせつ図書の販売を禁止することにより、後者については、街頭などにおけるわいせつ物の公然展示を禁止することによつて部分的に――それ以上は望みえない――目的を達成することができるであろう(N.モーリス、G.ホーキンス「犯罪と現代社会(上)」。
[10] 原判決は、輸入者が自分だけで見る目的でわいせつ表現物を輸入した場合でも、「将来にわたつてその翻意、変動がないことについては、何等客観的保証がないから」輸入の段階で事前に取締まる必要があるかのように判示するが、これは人民を全く信用しない国家主義的、取締優先の思想であつて、憲法の精神に反する。原判決の考え方は、殺傷に用いられるおそれがあるから刃物の販売は禁止ないし許可制にしなければならない、個人所持のわいせつ表現物も、将来公然陳列、販売等に供されるおそれがないとはいえないから、没収しなければならない、性表現のある商業映画等は、全国一斉に公開上映されるから、事前の検閲も例外的に許される、との立場に通じる。わいせつ表現物の公然陳列等は、刑法上の犯罪であるから、通常は行われないと考えるべきで、もしあえて敢行されたら、その段階で事後的に取締ることにより規制の目的を達するしかないのであり、これが現行法の基本的立場である。
[11] 原判決は、税関規制が旧憲法下の税関制度と異なることをもつて、合憲論の根拠とするが、これは全く根拠とならない。
[12] 旧出版法等に定められていたような典型的な検閲だけが、検閲なのではない。司法救済の手段が認められているかどうかも、関係がない。
[13]5(一) 検閲の禁止は絶対的である。表現の自由は、その性質上、他人の権利利益と抵触する場合があり、それを調整するため、個別的実質的理由があるときは、最小限度の制約(事後的制裁ないし差止)を受ける。制約の憲法上の根拠は「公共の福祉」である。しかし、検閲という方法による制約だけは絶対的に認められない。その理由は、表現の自由は、各種の人権の中でも特に民主々義の根幹をなす優越的地位を占める人権であり、検閲は表現の自由を抑圧する作用が大きく、歴史的にも表現の自由を抑圧してきた弊害が顕著であつたからである。憲法21条が表現の自由の保障とともに、特に検閲を禁止しているのは右の理由による。この規定自体が表現の自由と公共の福祉の調和点を示したものである。
[14](二) 性的秩序を守り、健全な風俗を維持するという公共の福祉の見地から、検閲禁止の例外が許されるとするような解釈をとれば、検閲禁止の原則は事実上、骨抜きになる。例えば、国際緊張が高まり、国内不安が増大した政治情勢になれば、侵略を予防し、社会不安を静めるという「公共の福祉」の見地から、これに有害な表現に対する事前規制立法(新聞、雑誌、報道に対する検閲など)も例外的に許されるという解釈につながる。
[15](三) 現在、わが国では、テレビ、雑誌等に、極端に残虐な殺人、戦争などの表現が行われているが、これらを規制すべしとする意見は少数である。それは、これらの表現が、かりに「健全な社会風俗」にとつて有害であるとしても、その有害性は事後的にもせよ規制するに足りる緊急性、重大性が無いからにほかならない。残虐表現物と猥褻表現物との間に本質的な差異はない。表現に対しては表現(文化、教育、宗教、道徳など非権力的手段)をもつて対抗し、自然淘汰を期するのが望ましい姿であり、憲法の精神である。
[16](四) 原判決のいう税関規制の必要性、合理性等は、ひつきよう捜査取締の便宜から出たものに過ぎず、検閲禁止の絶対性の例外を認める根拠とはなしえない。右は、現行の税関規制の実体面(公安、風俗を害する表現物の輸入を刑罰をもつて禁止する制度)が合憲かつ適切なものであることを前提としているが、その前提自体が前記のとおり誤つているのである。
[17] 表現物の輸入禁止を廃止すれば、原判決のいう「事理に悖る」不合理性はすべて無くなる。立法の不備を合憲論の根拠とするのは本末転倒である。
[18](五) 表現物に対する税関規制が行われると、例えば、本件の該当通知番号32の各書籍のように、1冊の書籍のなかに、わずか数ケ所の猥褻とみればみれなくもない程度の写真、デツサンが掲載されているだけで、学問的な研究書1冊全体の輸入が禁止されてしまうというへい害が生ずる。
[19] 問題は、右各書籍が風俗を害すべき書籍に当るとした被上告人らの判断の当否にあるのではなく、このような恣意的な運用を可能にする制度自体にある(「公安または風俗を害すべき」との文言のあいまい性については、後述する)。
[20] 原判決は、関税定率法21条1項3号に定める「公安又は風俗を害すべき」という文言は、著しく不明確であり、このような規定によつて税関規制を行うことは、財産権を保障した憲法29条および適正手続を保障した憲法31条に違反するとの上告人の主張を排斥した。しかし、その結論も理由も誤つている。

[21]二1 原判決は、右条項のうち「風俗」とは善良の風俗を指し、善良の風俗とは我国の習俗であつて、これに対して社会倫理的な評価を加えた場合にその見地から是認されるものというが、そのように言いかえたところで何ら明確にならない。原判決は、肝心な「風俗を害すべき」との意義について、通常人が理解しうる程度にかみくだいた定義すら与えていない(定義できない程不明確なのである)。
[22] 原判決は、苦しまぎれに、旧憲法下における旧新聞紙法および旧出版法にいう「風俗を害する」、「風俗を壊乱する文書図画」の意義についての大審院判例を引用するが、表現の自由および適正手続の保障を重視する現憲法のもとにおいては、旧法の同様の文言をもつ規定の解釈がそのまま妥当すると考えるのは誤りである。原判決は、また「善良の風俗」の概念は、民法90条、法例2条、30条、民訴法200条等で用いられているというが、右各法律にいう「善良の風俗」の概念は、契約等の法律行為の効力を事後的に審査するための一般条項としての規準概念であつて、表現物の属性を限定し定義づける用語として用いられているのではないから、参考にならない。
[23] 明確性を欠く法令は国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果さず、かつ法適用機関の恣意を惹起する危険がある。この理はその法令が表現行為の規制に関するものであるときはより一層強く妥当する。そのような法令の存在自体が表現の自由に対し萎縮的効果を及ぼすからである。
[24] 原判決の解釈に従えば、「風俗を害すべき表現物」とは「社会倫理的に是認される我国の習俗に反すべき表現物」ということになるが、これでは何がこれに該当し、何が該当しないか通常人は分らない。
[25] 反倫理表現、不道徳表現、残虐表現が当るのかどうか。より具体的に、例えば、乱婚、一夫多妻、棄老、風葬をすすめる表現、無差別殺人を是認する表現はどうか。
[26] とくに、「風俗を害すべき」という不明確な文言が輸入禁制品の定義づけに用いられていることを重視すべきである。
[27] すなわち、税関検査は、税関という税務行政機関が行うものであり、大量迅速に処理することが要請されているという特殊事情を考慮しなければならない。個別的、事後的審査のための裁判規範としての機能だけを念頭においたのでは、判断を誤る。
[28] 我々は、「風俗を害するか否か」といつた極めて広範囲な判断(裁量)権を税関当局に委ねるわけにはいかない。
[29] 仮りに、税関規制が例外的に許される検閲であると解する余地があるとしても、規制対象物件についての規定の不明確性は致命的欠陥である。
[30] 関税法76条1項ただし書の検査のうち、通常郵便物を対象とするものは、信書の秘密を侵すか、侵すおそれが高い。
[31] 原判決は、右検査は信書以外の物について行われるから憲法21条2項後段に違反しないというが、実態を無視した議論である。
[32] 通常郵便物中には信書が包有されていることが多い。しかし、郵便物の形態、手ざわりなどから信書が包有されているかどうか確知できない。従つて、必然的に信書を包有する通常郵便物が開披検査されることを避けることができない。本件においても、被上告人札幌税関支署長は、原判決別紙目録(四)の(カ)、(キ)の郵便物には「信書が含まれていないと認めて」上告人に無断で開披検査を実施しているのである。本件では、結果的には信書が含まれていなかつたが、通常郵便物(小包郵便でない)中の表現物とくに文書図画に対する税関検査は信書の秘密を侵すおそれが高いので、憲法21条2項、郵便法8条、9条に違反する。
[33] かかる違憲、違法な検査にもとづく本件該当通知もまた違法である。

 (その他の上告理由は省略する。)

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧