札幌税関検査事件
控訴審判決

輸入禁制品該当通知処分等取消請求控訴事件
札幌高等裁判所 昭和55年(行コ)第4号
昭和57年7月19日 判決

控訴人 (被告) 函館税関長  函館税関札幌税関支署長
被控訴人(原告) 松栄直勝

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取消す。
 被控訴人の各控訴人に対する請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

一 控訴人ら
 主文同旨の判決。

二 被控訴人
 「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決。
1 控訴人函館税関札幌税関支署長及び控訴人函館税関長の各処分の存在
[1](一) 被控訴人は、昭和49年3月下旬、アメリカ合衆国、ドイツ連邦共和国等所在の商社に対し、別紙物件目録(一)記載の各物件(以下、右物件を一括して「本件(一)物件」といい、各物件を特定表示するときは同目録記載の番号を引用して例えば「本件(一)の1物件」という。)及び別紙物件目録(二)記載の物件(以下、「本件(二)物件」という。各物件の特定表示方法については右に同じ。)を注文したところ、右商社らは右注文に応じ、同年3月下旬から同年4月下旬にかけて、本件(一)、(二)物件を包有する別紙物件目録(三)、(四)記載のとおりの被控訴人あての7通の外国郵便物(以下、一括して「本件郵便物」という。)を差し出し、これらはその頃札幌中央郵便局に到着した。
[2] そこで札幌中央郵便局は、関税法76条3項に基づき、その頃その旨を控訴人函館税関札幌税関支署長(以下、「控訴人税関支署長」という。)に通知したので、同控訴人は、関税法76条1項但書に基づき、その頃税関職員に本件郵便物中にある本件(一)、(二)物件について検査をさせた。
[3](二) その結果、控訴人税関支署長は、関税定率法(昭和55年法律第7号による改正前のもの。以下同じ。)21条3項に基づき、昭和49年5月9日付で被控訴人に対し、本件(一)物件について次のとおりの理由を付して、それが同法21条1項3号に掲げる貨物に該当する旨の通知をした。
(1) 本件(一)の1、2物件について、「男女の性行為を漫画で描いたもので、性器並びに性交行為が過大に描写されている。」
(2) 本件(一)の3、4物件について、「男女の性交行為が撮影されており、性器、陰毛等肉体の特定部分が明瞭かつ判然としている。」
(3) 本件(一)の5物件について、「男女の裸体及び性交行為が印刷されており、性器、陰毛等肉体の特定部分が明瞭かつ判然としている。」
(4) 本件(一)の6、7物件について、「女性の裸体を印刷したもので、性器、陰毛等肉体の特定部分が明瞭かつ判然としている。」
[4](三) 控訴人税関支署長は、同年6月7日付で被控訴人に対して、本件(二)物件について、「図版のなかに男女の性器、性愛行為及び性交行為を描写しているものが多数掲載されており、風俗を害するものと認められる。」との理由を付して、右(二)と同様の通知をした。
[5](四) 被控訴人は、右(二)、(三)の各通知を受けたが、これに不服があつたので、関税定率法21条4項に基づき控訴人函館税関長(以下、「控訴人税関長」という。)に対し、本件(一)物件についての右(二)の通知に対して昭和49年5月20日、本件(二)物件についての右(三)の通知に対して同年7月5日、それぞれ異議申出をした。
[6](五)(1) 控訴人税関長は、同法21条5項に基づき、本件(一)物件についての被控訴人の右異議申出に対し、同年11月6日付で「申出にかかる映画フィルムは、そのいずれも性愛、性交行為が明らかに撮影されており、また、雑誌3冊、カタログ3点には露出された陰毛、性器若しくは性愛、性交行為を明らかに表現した写真が多数掲載されており、我国の社会事情からみて風俗を害すべきものと認められる。」との理由で、これを棄却する旨の決定をし、その通知書(決定通知書番号第2号)は同月19日被控訴人に到達した。
[7](2) 控訴人税関長は、被控訴人の本件(二)物件についての異議申出に対し、右(1)と同様に、同月6日付で「申出にかかる書籍2冊には、性愛、性交行為を明らかに描写した興味本位の絵画が一部掲載されており、現状においては、我国の社会事情からみて風俗を害すべきものと認められる。」との理由で、これを棄却する旨の決定をし、その通知書(決定通知書番号第3号)は同月19日被控訴人に到達した。

2 控訴人らが行つた通知、決定の行政処分性
[8](一) 関税定率法21条1項は、輸入禁制品を法定しているが、同時に、輸入禁制品に該当するかどうかの第一次的判定権限を税関長に専属させている。輸入禁制品が法定されているだけでは、当然に輸入禁止が実現しうるものではなく、特に、禁制品に該当するか否か疑問の余地がある場合、禁止が実現するか否かは税関長の判定にまたなければならない。
[9] 税関長の輸入禁制品該当通知に対しては、1か月以内に異議申出ができるが、異議申出に対する棄却決定が確定すると右の該当通知を争うことができなくなる。本件のように当該物品が郵便物の場合、輸入禁制品該当通知が確定すると、郵便物を保管している郵政官署は、右決定通知書日付から当該郵便物を2か月間保管し、その間名あて人からの任意放棄の申出がなければ、返送又は転送の処置がとられ、返送又は転送できない場合は、当該郵便物はすべて棄却され、他の包有品は一般の還付不能郵便物の例により処理される(外国郵便通関交換事務取扱規程33条)。
[10](二) したがつて、控訴人税関支署長の行つた前記の被控訴人に対する各通知(以下、一括して「本件通知」という。)が確定すると、本件(一)、(二)物件(以下、一括して「本件物件」という。)は被控訴人に引渡されないことに確定するという法的効果を生ずる。
[11] このことは、関税法76条4項が、同法70条を読み替え準用し、結局、郵便物中の信書以外の物につき、輸入禁制品該当通知が確定すると、検査の完了又は条件の具備を証明し、その確認を受けることができないことになり、「郵便官署は、その郵便物を発送し、又は名あて人に交付しない。」と定めていることからも明らかである。
[12] なお、外国来郵便物の名あて人の郵便官署に対する郵便物引渡請求権の法的性質をどうみようとも、本来交付されるべき郵便物の交付を受けられないことは、名あて人の権利ないしは法益の侵害といい得る。
[13] してみれば、本件通知及び控訴人税関長の行つた前記の被控訴人に対する各決定(以下、一括して「本件決定」という。)によつて被控訴人の権利が侵害されることは明らかであり、これらが行政事件訴訟法に規定する抗告訴訟の対象となるべき行政処分に該当することは明白というべきである。
[14] 右に反する解釈は、憲法32条、裁判所法3条の趣旨に適合しない。なぜならば、本件通知及び本件決定の行政処分性を否定することは、これらに対する出訴可能性を閉ざすものであるからである。

3 本件通知、本件決定の違法、違憲
[15](一) 本件通知は次の理由で違法、違憲である。
[16](1) 控訴人税関支署長は、本件通知を行うために、関税法76条1項但書に規定する検査の一環として、本件郵便物を開披し、本件物件の表現内容を審査したが、右の扱いは違法である。
[17] なぜならば、本件物件は個人あて通常郵便物中の表現物であるから、右条項にいう「信書」に該当するもので、右条項の検査の対象となし得ないものであり、仮に「信書」に該当しないとしても、これに準じて右条項に基づく検査の対象としない扱いをすべきものであるからである。
[18] 右条項に基づく検査において、個人あて通常郵便物中の表現物も検査の対象となり、その表現内容も審査されるとすれば、検閲のための検査を行うことになり、かつ通信の秘密を侵すことになるから、右条項はその限りにおいて憲法21条2項に違反するとともに、プライバシーの権利を侵す意味で憲法13条に違反する。
[19] 本件通知は、これを行うためになされた検査が右のとおり違法、違憲であるから、違法、違憲である。
[20](2) 本件物件は、いずれも個人あて通常郵便物中の少数の表現物であるから、関税定率法21条3項にいう「貨物」に該当せず、同条項の定める税関長の通知の対象とならない。
[21] 仮に、右の主張が失当であるとしても、そもそも右条項は、表現物の表現内容を不適当と認めた場合、その輸入を不可能ならしめることを許す点で検閲の禁止を定めた憲法21条2項に違反する。
[22](3) 本件物件はいずれも猥褻性を有するものではない。仮に猥褻性を有するとしても、個人あて通常郵便物として送付されてきた少数のもので、自己の用に供するにすぎないから、関税定率法21条1項3号に該当するものではない。
[23] 仮に本件物件が右条項に該当するものであるというのであれば、右の規定は、その限りで表現の自由、学問の自由を侵すから憲法21条1項、23条に違反する。
[24](4) 関税定率法21条1項3号の規定は、「公安又は風俗を害すべき」という著しく不明確であいまいな概念規定のもとに広く規制の対象を包括するもので、適正ならざる手続によつて個人から当該物件に対する権利を奪うものであるから、憲法21条1項、29条、31条に違反する。
[25] 明確性を欠く法令は国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果さず、かつ法適用機関の恣意を惹起する危険がある。この理は、その法令が表現行為の規制に関するものであるときは、より一層強く妥当する。そのような法令の存在自体が表現の自由に対して萎縮的効果を及ぼすからである。公安または風俗を害すべき物品の譲受ないし所持を処罰する刑罰法令が存在したとすれば、その違憲性は何人も疑わないであろう。関税定率法21条1項3号、関税法109条は正に右のような法令なのである。
[26](二) 本件決定は次の理由により違法、違憲である。
[27](1) 本件決定の前提となつた本件物件の検査が違法、違憲であること、本件物件が関税定率法21条3項にいう「貨物」に該当しないこと、本件決定の検閲性、本件物件が同法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍」等に該当しないこと及び同法21条1項3号の規定の違憲性については、右(一)の本件通知に関し主張したところと同じである。
[28](2) 本件決定の理由は、前記1(五)(1)(2)のとおりであるが、これには、「風俗を害すべきもの」の意味及び本件物件が何故風俗を害するのかの理由を明示していない点に、理由不備の違法がある。

[29] よつて、被控訴人は控訴人税関支署長に対して本件通知の、控訴人税関長に対して本件決定の、各取消を求める。
[30] 関税定率法21条3項の通知は、輸入が郵便によつて行われる場合は、これにより当該郵便物の名あて人に対して、その郵便物の内容物が輸入を禁止されているものに該当することを認識させることを目的とするもの、すなわち、当該郵便物の内容物が同条1項3号の輸入禁制品に該当すると認めるにつき相当の理由があるとの税関長の認識を表示する、いわゆる観念の通知にすぎないのであつて、これによつて当該郵便物の輸入の禁止又は不許可の効果を生ずるものでないことはもとより、当該郵便物を輸入しようとする者の権利、義務に何らの制約を加えるものでもない。
[31] 関税定率法21条5項による税関長の決定も、同条3項の通知のもととなつた税関長の認識を維持するかどうかの判断であつて、同条1項3号の輸入禁制品が書籍、図画等の表現物であるのに鑑み、税関長の判断に過誤なきを期するため、慎重に再度の考案の機会を設けたものに過ぎない。
[32] これを要するに、関税定率法21条1項各号は、社会公共の見地から輸入禁止を相当とする物を法定したものであつて、同項3号に規定する輸入禁制品に該当する郵便物は、輸入の禁止ないしは不許可等の行政庁の何らの処分を要しないで、法律上当然に輸入することができないのである。
[33] 本件決定によつて本件通知が確定すると、本件物件は被控訴人に引渡されないという法的効果についていえば、右効果は、万国郵便条約29条1項(g)、同条2項、外国郵便規則75条2項に基づく効果であつて、本件通知あるいは本件決定自体の効果ではない。さらに外国郵便物の受取人は、外国郵便条約及び郵便関係国内法令上、郵政庁に対し外国郵便物の引渡請求権を有しないのであるから、右に法的効果というところも、結局自己あての郵便物を配達してもらえないという受取人の事実上の不利益に過ぎない。
[34] 右のとおり本件通知及び本件決定は、いずれも被控訴人の権利義務に何らの変動を及ぼすものでないから、抗告訴訟の対象となる行政処分ではなく、被控訴人の控訴人らに対する訴えはいずれも不適法である。
[35]1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、本件物件を包有する本件郵便物が昭和49年3月下旬から同年4月下旬にかけて札幌中央郵便局に到着したこと、札幌中央郵便局から控訴人税関支署長に対し関税法76条3項に基づく通知がなされ、同控訴人が同法76条1項但書に基づいて、税関職員に本件物件の検査をさせたことは認めるが、その余の事実は不知。
[36](二) 同1(二)ないし(五)の事実はいずれも認める。

[37]2(一) 同3(一)(1)の事実のうち、控訴人税関支署長が本件郵便物を開披して検査したことは認めるが、本件物件の表現内容を審査したことは否認する。
[38] 控訴人税関支署長は、札幌中央郵便局から通知呈示された本件郵便物のうち、別紙物件目録(三)記載の(ア)及び(イ)の郵便物については、信書が含まれていないと認められたので、(ア)については昭和49年4月10日、(イ)については同月18日、それぞれ税関職員が郵便局職員の立会のもとに開披検査したところ、内容物はそれぞれ8ミリカラー映画フィルム各1巻であつて、いずれも男女の陰部、陰毛及び性交行為が漫画で描写されていることが一見して明白なものであつた。
[39] 本件郵便物のうち別紙物件目録(三)記載の(ウ)、(エ)及び(オ)の郵便物については、内容物に信書が含まれている可能性があると認められ、この場合には名あて人に開披させ又はその承諾を得たうえで検査をする必要があるため(関税法76条2項、関税法施行令66条2項)、その旨を札幌中央郵便局を通じ被控訴人に通知したところ、同年5月9日、被控訴人が函館税関札幌税関支署札幌外郵出張所に来所したので、被控訴人の承諾を得たうえで、税関職員が郵便局職員の立会のもとに開披、検査を行つた。その結果内容物は、(ウ)は8ミリカラー映画フィルム1巻、カタログ3点、(エ)は雑誌「EROTISK TVANG」1冊、(オ)は雑誌「KITTEN」「LOVELY NO.2」の2冊であつて、いずれも男女の陰部、陰毛及び性交行為を撮影したフィルム並びにそれらの写真を登載した雑誌及びパンフレットであることが一見して明白なものであつた。
[40] 本件郵便物のうち別紙物件目録(四)記載の(カ)、(キ)の郵便物には、信書が含まれていないと認められたので、(カ)については同年4月1日、(キ)については同月12日に、それぞれ税関職員が郵便局職員の立会のもとに開披、検査をした。その結果、内容物は、(カ)は書籍「A HISTORY OF EROTICISM NO.4」1冊、(キ)は書籍「A HISTORY OF EROTICISM NO.5」1冊であつて、いずれも男女の陰部、陰毛及び性交行為を描写しているものが多数登載されていることが一見して明白なものであつた。
[41] 控訴人税関支署長は、以上のような検査の結果に基づいて、本件郵便物の内容物は関税定率法21条1項3号に該当すると認める旨の本件通知を行つたものである。
[42] 控訴人税関支署長の行つた右検査は、関税の税額確定及び他の法令の規定による輸出又は輸入に関しての条件を具備しているか等の確認のため、信書以外の外国郵便物について一様に実施されるもので(関税法76条3、4項、77条)、税関長が右検査により外国来郵便物のなかに関税定率法21条1項3号に該当する物件があることを覚知したとしても、それは税関長が関税法の規定により実施を義務付けられている税関検査の過程において、たまたま右該当物件のあることを知つたに止まるのである。映画フィルムはニユース用とその他の物とで税率を異にする(関税定率法別表第37類の7)のであるから、その内容も検査しなければならず、書籍にしても、その中に高価な課税物品(ダイヤモンド等)が隠されていることもあるので、ページを開いてみる必要があり、その検査の過程において一見明白な猥褻性のある表現物を覚知するに過ぎないのである。
[43] 憲法21条2項にいう「通信の秘密」とは信書の秘密のことであり(郵便法9条参照)、本件郵便物の検査において信書の秘密を侵していないことは前記のとおりである。関税法及び関税定率法においては、郵便物も「貨物」であることに変りはない(関税法2条3号)。これらの法律における「貨物」とは、すべての物品を意味し、関税法76条においては、郵便物も課税の対象となる貨物であることを前提として(同法3条)、ただ郵便物の特殊性から簡易な税関手続を定めているに過ぎない。
[44](二) 同3(一)(2)の主張は争う。税関検査は税額確定等の目的のために行われるものであつて、それとは別に特別に関税定率法21条1項3号該当物品発見のための検査をしているわけではない。
[45](三) 同3(一)(3)、(4)の主張は争う。
[46](四) 同3(二)(1)、(2)の主張は争う。控訴人税関長は、被控訴人の昭和49年5月20日の異議申出について同年6月21日に、同年7月5日の異議申出について同年8月3日に、それぞれ輸入映画等審議会に諮問したところ、同年10月21日付で同審議会から、本件物件は関税定率法21条1項3号に規定する物品に該当すると認めるとの答申を受けた。そこで、控訴人税関長は本件決定を行つたものである。
1 検閲の概念について
[47](一) 憲法21条2項前段は、「検閲は、これをしてはならない。」と規定している。しかし、憲法は検閲の概念自体については規定しておらず、その概念は必ずしも憲法上自明のこととはいえない。本件においては、本件税関規制が憲法の禁止する検閲に当たるかどうかが中心的な争点であるから、まず、検閲の概念自体を明確にしておくことが、その必須の先決問題といわなければならない。
[48](二) 学説、裁判例において説かれている検閲の概念によれば、検閲に該当するというためには、次の2つの要件が必要であると思われる。1つは公権力により表現されるべき思想の内容について審査がなされることであり、他は、その審査に基づいて、公権力により思想の表現に対し事前に発表禁止等の規制がなされることである。
[49] 前者に関して留意すべき点は、思想の表現が自由であるべきであるとしても、それが時、所及び方法等を選ばず全く自由に許されるというわけではないということである。思想の表現についても、思想の内容ではなく、その表現の外形的側面、すなわちその表現の時、所、方法等に着目してなされる規制は、それが事前のものであろうと事後のものであろうと、許されるべき場合があるのは当然である。この意味から表現されるべき思想の内容の審査であるということが検閲の要件とされているのである。換言すれば、検閲概念としては表現の内容に係る実質的審査であることを要するということである。なお、典型的な事前規制は、思想が表現される前に表現の主体から公権力の元へ表現物が提出されるか、あるいは表現の主体の元に公権力が立ち入つて表現物を審査する手続を経るという態様のもの、すなわち、本来の自然な思想の伝達過程の中に、それを妨げるような形で、公権力による審査・規制という手続が介在するという態様のものであることを指摘しておきたい。
[50] 以上みたところから理解できるように、税関規制が憲法の禁止する検閲に当たるか否か判断するに当たつては、検閲概念に関して右に指摘した諸点を踏まえて検討する必要があるのである。

2 税関規制の構造とその非検閲性
[51](一)(1) 通関手続は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を図るため、貨物の輸出入の際に必要な規制等を行う手続である(法1条)。この手続は、必要な規制等の権限が最終的に税関という一つの行政機関に集約されているという意味において一元的であり、あらゆる種類の輸出入貨物がその対象となるという意味において包括的である。
[52] したがつて、我が国に輸入される貨物は、当然、それが船舶あるいは航空機による輸入貨物であれ、入国旅客の携帯品であれ、郵便物(ただし、信書以外の物)であれ、すべて通関手続を経なければならず、その過程で必要な検査、すなわち税関検査を受ける(関税法67条、76条)。書籍、図画、彫刻物等思想の表現を含むものであつても、それが貨物である以上、他の貨物と同様にその検査の対象となる。
[53] この税関検査は、輸入貨物の性質、数量等を物理的、化学的に検査、鑑定して、当該貨物が申告された品名、課税標準等と同一の物であるか否か、関税に関する法律以外の法律によつて許可、承認等を必要とする貨物であるか否か、原産地を偽つた表示がなされていないかどうかを確認するためのものである。また、その検査の過程において関税定率法21条1項所定の輸入禁制品に当たる物品があれば発見され得ることになる。これらの検査は、検査される事柄の性質、前述した通関手続の一元的、包括的性格等を考えると、当該貨物自体に対する即物的観点からのものにならざるを得ないことが明らかである。すなわち、当該貨物の物自体の性状等に着目してなされるものである。したがつて、右検査においては、物自体からはとらえられないような事項、例えば、それに含まれているかもしれない思想の内容、それを輸入することによつて輸入者に生じ得る経済的利害のいかん、輸入者の性向などは問題とはならない。
[54](2) 輸入禁制品は関税定率法21条1項の規定によつて法律上当然に輸入を禁止されており、それが輸入申告の対象とされてその申告に対して税関長が許否を決し応答的行政処分をするというようなことは法は予定していない。税関検査の過程で輸入禁制品を発見したときは、税関長は、直接的に、関税定率法21条1項1、2、4号に掲げる輸入禁制品については、没収して廃棄し又は積みもどしを命じ(同条2項)、また3号物品についてはその旨の該当通知をすることとされており(同条3項)、それ以上に輸入許可手続は進行しない。この該当通知は、輸入申告に係る貨物が3号物品に該当すると認めるとの税関長の判断の結果を表明しそれを輸入者に知らせ、当該貨物についての自主的な善処を期待してなされる、いわゆる観念の通知であるとされている。
[55] 輸入禁制品たる3号物品に該当すると認めた貨物について税関長が輸入許可を与えるということは職責上できないから、その許可が与えられないがゆえに3号物品の輸入は通常阻止される。他方、関税法は、輸入禁制品を輸入した行為について罰則を定めており(同法109条)、その罰則の存在によつても3号物品の輸入が抑止されることが期待されている。すなわち、税関検査の過程で税関長が3号物品に該当すると認める物品を発見したときは、該当通知によつて輸入者自身の善処を期待する一方、その輸入の事実を看過し難いと判断するときは、同法109条の罪の犯則事件として調査を開始したうえ、同法137条ないし139条の通告、告発等所定の犯則手続、刑事手続を進めることになる。そして、最終的な段階では、同法118条による没収によつて3号物品の輸入が阻止されることになる。
[56] このように、法は、通関手続と刑事手続を連動させることにより、3号物品の輸入を適切に抑止することを期しているということができる。
[57] ところで、法が輸入禁制品の輸入の抑止を通関手続と刑事手続の両面から図つているのは、必然的な制度的要請に基づくものといえる。すなわち、実体規定(関税定率法21条1項)においてある物品を輸入禁制品と定めた以上、その輸入の抑止を担保するための何らかの法律上の手段が設けられなければならないはずであるが、罰則を設けず、通関手続における規制のみによつてその目的を達しようとすれば、輸入を抑止する担保力自体が必ずしも十分なものでないと考えられるし、また通関手続を経ない非合法的輸入についてはそれを抑止することが全く期待できないこととなる。反対に、罰則のみによつて輸入の抑止を図り、通関手続においては輸入禁制品に対する何らの規制をも行わないとするなら、明らかに、前述した通関手続の一元的、包括的性格を崩すことになるのみならず、すべての3号物品の輸入の事例について刑事手続に訴えることは件数的な面から実際上不可能であるので、規制の実効性に限界があるといわなければならないし、また、通関手続において輸入許可を与えられた物品の輸入に対して事後的に罰則が適用されるという不合理な事態が生じかねないのである(後記3の(三)の(2)参照)。要するに、輸入禁制品を定めた実体規定を実効あらしめるには、必然的に、右のような意味における事前規制、事後規制の両面からその輸入の抑止を担保することが必要となるのである。
[58](二) 刑事手続のほかに通関手続において輸入禁制品に対する何らかの規制を行うことに制度的必然性があることは右に述べたとおりであるが、税関検査の結果輸入禁制品の輸入が抑止されるという効果があることは否定できない。ただし、このようにいうとき留意すべきことは、税関検査は、前述したように、あくまでも当該貨物の物自体の性状等に着目したものであり、検査の主体の側からいえば、当該貨物の物自体に対する視覚等のいわゆる五感の作用によつて可能な検査に限られているということである。
[59] このことは、思想の表現を含む物品に係る検査についても何ら異なるところはない。その貨物が思想の表現を含む物であつても、それを思想から切り離された一個の物品としてとらえて、他の貨物の場合と同様になされるところの検査であり、それに含まれているかもしれないところの思想の内容には全くかかわらないものである。検閲とは当該公権力の行使が思想の内容を審査するものであることを要するが、税関規制は、既にこの点において検閲性を有していないことが明らかである。
[60](三)(1) 税関規制は外国貨物の輸入行為自体を規制するものである。そして輸入行為が、それ自体としては、思想を表現し、伝達する行為でないことはいうまでもない。したがつて、外国貨物を輸入することの自由は直ちに憲法21条の表現の自由の枠内にあるということはできない。この点をとつてみても、表現の自由の保障の一手法である検閲禁止の規定がそもそも税関規制に適用される余地があるか否かは、十分検討に値する問題であることが明らかである。
[61] 通関手続において輸入者の自由が憲法上問題となる場面があるとすれば、それは、輸入貨物に対する税関検査の過程において当該貨物が3号物品に該当すると認められて輸入許可が与えられなかつたため、その結果として、その貨物に含まれていた思想が輸入者等に伝達されなかつたという場合が考えられる。そして、この場合に問題とされるのは、言論、出版等の能動的な形態の本来の表現の自由ではなく、我が国にいる輸入者等が外国から思想を受容するについての自由、すなわち、論者によつて説かれるところのいわゆる「知る自由」の問題である。
[62] 憲法21条1項の文言、基本的人権の一つである表現の自由が確立されてきた歴史的経緯等を勘案すると、いわゆる「知る自由」が果たして表現の自由に含まれるのか、仮に一般的にはそのようにいえるとしても、あらゆる態様の「知る自由」が言論、出版等の能動的形態の本来の表現の自由と全く同様に等しく憲法21条の保障の対象となるのかについては疑問がある。従来の最高裁判所の判決においても、最高裁昭和44年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁は一般的に「知る権利」なる概念の存在自体は認めたかのようにうかがわれるものの、それを憲法上の権利、自由そのものと解するのか、どのような性質、内容のものと考えているのか明らかでなく、他にこの点について判断した判決はない。したがつて、思想の伝達の個別具体的な態様を前提としたうえで具体的に考察してみることが必要と思われる。
[63] そこで、例えば、電波管理上の理由から外国の短波放送を聴くことが制約された場合を想定しよう。その場合、それを、我が国における表現の自由に係る問題としてとらえるべきであろうか。憲法上の問題として検討するとすれば、それは、自由な行動の制約という観点から、むしろ、例えば憲法13条に関する一般的な自由権を制約することになるのかどうかという問題としてとらえるべきものである。これをあえて憲法21条の表現の自由の問題としてとらえなければならないとする必然性、必要性はないといわなければならない。
[64](2) 税関規制と外国貨物に含まれている思想の伝達の制約との関係は、右の外国の短波放送の例に似ているが、重ねて留意すべきことは、税関規制は思想の伝達自体を規制するものではないということである。それは、当該貨物の物自体の性状等の側面から規制するものであるから、仮にそのためにその貨物に含まれている思想の伝達に関し何らかの制約が生ずるような結果になつたとしても、それはあくまでもその規制によるやむを得ない付随的な結果にすぎないのである。
[65] 以上のような点からも、税関規制を表現の自由に係る問題、そしてその一環である検閲禁止に係る問題としてとらえるのは正当でないというべきである。
[66](四) 該当通知は、当該貨物が3号物品に該当すると認める旨の税関長の判断の結果を輸入者に知らせ、当該貨物についての自主的な善処を期待してなされるものであるが、当該貨物を適法に輸入することができなくなるという法律上の効果を及ぼすものであるとされている。しかし、ここにいう法律上の効果とは、直接輸入を禁止する効果そのものではない。輸入禁止の効果は輸入禁制品の輸入を禁止した実体法規によつて当然生じているのである。このことは、該当通知の有無は関税法109条の輸入禁制品輸入罪の成否に何ら関係ないことからも理解できる。
[67] このように、該当通知は、直接輸入を禁止する効果を有するものではなく、まして、外国貨物に含まれている思想の発表を禁止するものではない。このことは、思想の表現を含む物品に係る検査は当該貨物の物自体の性状等に着目したものであること、該当通知がなされても当該思想を輸入貨物以外の態様において(例えば電波等によつて)我が国内に伝達することは何ら制約を受けないことからも明らかである。
[68] 検閲といい得るためには、公権力が思想の表現に対して発表禁止あるいはそれに類する規制をする場合であることを要するが、税関規制における該当通知は右のように思想内容の発表禁止の効果を有しているものではないことを考えると、税関規制には、この点からしても、検閲性がないといわなければならない。

3 検閲禁止と公共の福祉による制約
[69](一) 憲法21条の保障する表現の自由は絶対無制限のものと解すべきではなく、憲法12条、13条により公共の福祉の制限の下に立つものと解すべきであり、このことは既に確立した判例の立場(最高裁昭和32年3月13日大法廷判決・刑集11巻3号997頁、最高裁昭和44年10月15日大法廷判決・刑集23巻10号1239頁)であり、右各判例は性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなすことを明言しているのである。
[70] ところで、関税定率法21条1項3号所定の「風俗を害する物品」には、猥褻物品が含まれるが、実体規定によつて猥褻物品の輸入を禁止すること自体は、前記各最高裁判例の趣旨に照らせば、何ら憲法に抵触するものではないといえる。すなわち、関税定率法21条1項3号の規定自体が合憲であることについては問題がない。したがつて、本件において問題とされるべきことは、右の実体規定を前提として、同条3項ないし5項及び関税法67条又は同法76条により、輸入貨物について検査をし、その過程で当該貨物が3号物品に該当すると認められた場合に税関長が輸入者にその旨の該当通知等を行うことが憲法の許容するところであるか否かということである。
[71](二) 検閲の概念については既に述べたところであるが、この検閲の禁止については、憲法の文言上は何らの留保を付されていない。しかしながら、このことから直ちに、検閲禁止は絶対的であつて例外が認められない、すなわち、形式的、概念的に検閲に当たるいかなる公権力も絶対に許されないものと解すべきではない。
[72] すなわち、検閲といえば、通例文書等の出版に対する規制が想起されようが、前述したように、検閲の概念は思想内容の表現に対する公権力による事前規制としてとらえられるのであるから、文書等の出版に対するもののみならず、広く一般的に、思想内容の表現活動に対する事前規制であるならば、それは概念的には検閲に当たると解することができるのである。したがつて、集団示威行進等を事前規制することもまた、概念的には一種の検閲であるといい得ることになるが、周知のように、最高裁判所は、いわゆる公安条例による右の事前規制を公共の福祉の下に許容されるとしているのである(最高裁昭和29年11月24日大法廷判決・刑集8巻11号1866頁、同昭和35年7月20日大法廷判決・刑集14巻9号1243頁)。
[73] そしてまた、概念的には検閲に当たるといえる公権力による規制が憲法上許容されるとされたのは、右のような集団示威行進の事前規制に係る事例についてのみではなく、従来の裁判例において、より本件と類似した事例について同様の判断がなされているところでもある。すなわち、監獄法31条、同法施行規則86条は、在監者につき文書、図画の閲読を許可に係らしめて制限しているところ、これはいわゆる「知る自由」の制約に当たるものと解されるが、この制約については、拘禁目的の達成・施設の正常な管理運営のためにやむを得ないと解されているのである。これらの事例から、いわゆる「知る自由」との関係でもまた、検閲禁止ということが必ずしも絶対的なものでないことが理解できるのである。
[74](三) そこで、右に述べたような意味において検閲禁止が憲法上絶対的なものではないことを前提として、次に、現行の税関規制は、その社会的必要性、制度的必然性、合理性等に照らし、憲法にいう公共の福祉の要請に合致するものであることを明らかにする。
[75](1) 3号物品の輸入の抑止を担保するための法律上の手段としては、通関手続における規制と罰則による事後規制との2つが考えられることは既に述べたところである(前記2の(一)の(2))が、ここではまず、後者のみによる規制に実効性が乏しいことを強調しておかなければならない。
[76] 現行の税関規制の一環としての税関検査の制度を欠くならば、[1]外国貨物の輸入の時期及び場所の予測が捜査機関にとつてほとんど不可能である以上、3号物品たる書籍等の輸入は極めて容易となること、[2]違法な輸入が行われた後、その違法輸入が捜査機関により確知されたとしても、それは実害が既に生じた場合が多く、しかも、当該輸入者を究明することも極めて困難であること、及び[3]外国にある書籍等については、差押え又は没収等に関する我が刑事手続は及ばないこと等の点から、3号物品を輸入禁制品と定めた関税定率法21条1項3号の規定は有名無実のものとなる。更に、現在現実に輸入されようとしている3号物品の多くがいわゆる外国のポルノ雑誌等であることを考えると、もし現行の税関規制を行い得ないとするならば、猥褻文書等の頒布等を禁止した刑法175条の規定の存在意義が大きく揺らぐことになりかねないことをも指摘しておきたい。
[77] すなわち、関税法109条と刑法175条とは、性的秩序の保持、最小限度の性道徳の維持等の観点において、一部主要な保護法益を共通しているために、一方の規制の粗密は、実際上、他方の規制のあり方・程度に大きく影響することは免れない。例えば、仮にポルノ雑誌等の輸入に対する税関の規制が十分行われないことになれば、それらの物品が輸入された後我が国内の社会に急速に拡散して何人の目にも触れるような状態が現出することは容易に想像できるが、そうなれば、一般に猥褻文書等の頒布等の行為について刑法175条により処罰されるのは、実際上、よほど悪質な態様のものか、一罰百戒的な意味においてなされる場合に限定されることになつてしまうであろう。また、実質的に刑法175条を僭脱するような行為がひん発する事態が生じかねないと思われる。例えば、我が国民が猥褻書籍の版元を外国に置き、国内からの注文に応じて当該物品を注文者の手元にいわゆるダイレクトメールの形で送るといつた行為は刑法175条にいう猥褻文書の頒布販売に該当するといえる(このような行為は刑法1条の国内犯に当たると解される。)が、このような態様の行為について刑法175条による処罰を行い得る事例は、証拠の収集保全等の観点から極めて限定されたものとなるであろう。
[78](2) また、3号物品の輸入に対する規制を関税法109条の事後規制によつてのみ行うという方法は、次に述べるように、制度的にも極めて無理があり、かつ、現行の税関規制に比して輸入者に与える不利益も大きく、到底合理的なものとはいえない。
[79] このような方法の下では、税関長は、税関検査の過程において3号物品を発見したとしても、当該貨物について所定の関税の納付等通関に必要な法所定の要件が備わつているならば、輸入許可を与えなければならないこととなるが、輸入許可が与えられても当該貨物が輸入禁制品であることには変わりがないから、輸入者が輸入許可に従い当該貨物を国内へ持ち込んだ時点において、税関職員は犯則手続を開始し(関税法119条以下)、場合によつては必要に応じて当該貨物を犯則の現場において差し押える(同法123条)こととなる。理屈の上では、この場合の輸入許可は、当該貨物が3号物品に該当するかどうかの判断を前提としないでなされたものと解し得るとしても、同一物について先に輸入許可を与えながら、後に輸入禁制品を輸入したことを理由に犯則手続を開始するというのは、輸入者にとつては外国貨物の輸入に関する法的安定性を害され、税関にとつては同一物の輸入に係る規制につき二重の手数をかけなければならないという意味等において、法制度としていかにも不合理なものといわなければならない。
[80] しかも、現行制度では、税関長の該当通知を不服として行政争訟を提起する道(その過程で第三者機関たる関税等不服審査会(本件当時は輸入映画等審議会)の意見が聴かれる。)が開かれているのであつて、輸入者に対する司法的救済に欠けるところはないのである。
[81] してみると、関税定率法21条1項3号の規定を前提とする限り、右のような方法に比して現行制度のほうがはるかに合理的であることは明らかである。
[82](3) 更に、この現行の税関規制の合理性について、検閲の典型的な場合と対比してふえんすると、先に検閲概念の項(前記1)で指摘したように、検閲の典型的な場合は、例えば出版物の場合をとると、出版あるいは頒布販売の前に検閲当局に対して当該出版物を提示の上審査を受けるか、あるいは当局による立入り検査を受けるというものであるが、このような手続は出版物の出版、流通のいわば自然な流れを妨げるものと見ることができ、場合によつては思想表現活動がその形を成す前に闇から闇へ葬り去られかねない危険をはらむものといつてよいが、税関規制の場合には元来思想の表現を含む物品であると否とにかかわりなく、すべての輸入貨物は所定の関税の納付等通関に必要な要件の具備の確認のために税関の検査を経なければならないのであつて、この検査の過程において3号物品に当たると認められる貨物を発見した場合にこれを輸入禁制品として取り扱うとしても、それは、輸入貨物の本来あるべき流れを妨げないという意味において、制度的に自然であると考えられるし、また、その検査の対象は通常既に表現物として外国において不特定多数人の目に届いているものであつて、この点においても、典型的な検閲の場合の対象とは、その置かれている状況が異なつているのである。
[83] 以上のような諸点を考えるならば、仮に現行の税関規制が概念的には検閲に当たるとする議論を考慮しても、右制度は、公共の福祉の要請により憲法上許容されるものといわなければならない。

4 明白かつ現在の危険の原則の適用について
[84] 原判決は、
「わいせつな書籍等の輸入がなされるときにおいて、それが明らかに頒布若しくは販売し又は公然陳列されようとしているなど一般人に流通、公表される対象となつているため、よつて性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することが侵害されることが予見されるときのごとき場合においてこそ、行為の性格が他人の利益と衝突するおそれの程度が強く、事前にこれを規制する処分をしなければ右社会的利益に対し明白かつ差し迫つた危険が存在すると認める余地があろうけれども、右のごとき場合以外においては、事前にこれを規制する処分をとらなければ明白かつ差し迫つた危険が存在することになる状況を見出し難い。」(原判決30丁裏)
と判示して、性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持するという社会的利益に対し明白かつ現在の危険が存在しなければ税関規制は許されず、その余の場合は関税法109条のような刑事罰規定による事後規制によつて3号物品の輸入に対処すべきものとする。
[85] しかしながら、右のような事後規制によつて対処し得るとする議論が現実的でないことは前述したとおりであり、また、税関規制につきいわゆる明白かつ現在の危険の原則を適用することは、次に述べるように、税関規制の法律的な構造及び具体的な輸入貨物の検査のあり方等に対する理解を欠いた観念的な議論である。
[86] すなわち、原判決は、その指摘するような明白かつ現在の危険の存在の認定手法、具体的には輸入書籍等が一般人に頒布・販売・公然陳列されようとしているという状況の認定手法について何ら言及するところがない。再三述べるように、当該貨物が3号物品に当たるか否かの判断は、そのための特別の検査が予定されているわけではなく、あくまでも関税法67条又は同法76条による輸入貨物の検査の一環としてなされているにすぎないものである。そして、思想の表現を含む物品に係る検査も当該貨物の物自体の性状等に着目して実施されるものであるから、そのような検査から、当該貨物が今後一般人に頒布等されるかどうか、仮にその疑いがあるとしてもどのような具体的態様において頒布等されるかなどということを予測することができるはずがないのである。輸入貨物が輸入後一般人に頒布等されるかどうか等は、輸入者の内心的な意思、輸入者の性向等にかかわることであるが、税関にはこれらの事項について探知するための権限も機能も与えられてはいないのである。要するに、原判決の提示するような基準によつて規制の可否を区分することは実際上全く不可能であり、結局、右のような基準は全く有名無実の観念上のものにすぎないといわなければならないのである。
[87] これに対しては、輸入者が輸入を業とする者か否か、あるいは輸入数量等から、一般人に頒布等されるか否か等を判断し得るとの反論があるかもしれないが、仮にそうだとしてそのように運用すると、全く同一の出版物であつても、輸入者あるいは輸入数量を異にすることにより、輸入許可が与えられたり、与えられなかつたりするという奇妙な事態を招来するし、また、輸入業者であるにもかかわらず個人と仮装し、あるいは数量を分散して輸入するなどして、規制を容易にかいくぐることができるのであるから、右のような反論は現実的かつ妥当な見解とはいえない。
[88] 現実問題として、このような基準を税関規制に持ち込む限り、外国を源泉とする猥褻出版物の輸入は、我が国内の個人あての販売等の形さえ整えれば実際上規制できないことになり、実質的には無規制とほとんど変らない状態になつてしまうであろう。そうなれば、我が国の性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持するという公共の福祉の要請は大きくその根底から揺らぐこととなることは火を見るよりも明らかである。
[89] 結局、猥褻物品たる輸入貨物を規制するには、現行のような税関規制が最も合理的な方法であるといわなければならない。そして、それが憲法に違反するものでないことは既に詳論したところである。
[90]1(一) 控訴人らは、関税定率法21条1項3号所定の「風俗を害する物品」には猥褻物品が含まれるが、実体規定によつて猥褻物品の輸入を禁止すること自体は、最高裁判例の趣旨に照らせば何ら憲法に抵触するものではないと主張する。
[91] しかし、右主張は誤りである。猥褻表現取締りの理由として最高裁がいう「性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持する」ことは国家の任務ではないし、公共の福祉の内容をなすものでもない。最高裁が前提とする「性行為の非公然の原則」なるものも科学的に立証された原則ではない。あるのは「性行為非公然の自由」である。最高裁はこの誤つた「性行為非公然の原則」から「性表現非公然の原則」を導き出したのである。
[92] 猥褻表現物が暴力犯罪、性犯罪を増大させるとの議論は科学的に誤りであることが実証されている。
[93] 民主制国家においては、どのような表現行為であつても、それが具体的害悪(名誉毀損など)を惹起するものでない限り、自由に発表、流通させ、人民の取捨選択にまかせるのが基本である。国家は道徳や風俗について口出しすべきではない。まして個人の研究や趣味(猥褻表現物の所持)を取締るのは行き過ぎである。これを認めることは、国家が、道徳、風俗、宗教、芸術などの分野で、良いものと悪いものとを区別し、良いものだけを国民に強制することを許す体制(全体主義)につながる。
[94](二) 右のとおり、猥褻表現取締は、刑法によるものであれ、関税定率法によるものであれ、憲法上許容されないというべきである。
[95] 仮に、猥褻表現物の頒布、販売、公然陳列等を取締る刑法の規定は違憲でないと解するとしても、それは直ちに猥褻表現物の輸入禁止を合憲とする立場に結びつくものではない。
[96] 前者は、猥褻表現物の頒布等対社会的な使用形態のみを規制するのに対し、後者は使用形態のいかんを問わないからである。猥褻表現物の対社会的使用を取締る必要があるとしても、輸入物品については、輸入者が後日頒布販売等の行為に出た段階で取締れば足りる。
[97](三) 控訴人らが主張する税関規制の社会的必要性、制度的必然性、合理性等は、ひつきよう捜査取締の便宜から出たものに過ぎず、税関規制の合憲性の根拠としては採るに足りない。
[98] 仮に、猥褻表現物の輸入禁止を定める実体法規自体は合憲と解する余地があるとしても、その実体法規を担保する手段としては、憲法上、事後的な刑事処分のみ許され、事前規制である検閲の手段をとることは許されない。

[99]2(一) 控訴人らは、税関規制は「検閲」に当らない、仮に当るとしても公共の福祉の要請により憲法上許容されると主張し、税関規制が検閲に当らない理由を次のようにいう。検閲とは公権力による思想内容の事前審査であるが、税関検査は輸入貨物の物自体の性状等に着目してなされるものであり、その物に含まれている思想の内容を全く問題にしないから、検閲に当らない。
[100](二) しかし、控訴人らの依拠する検閲についての通説的定義が「思想の内容」に限定することは不当である。検閲とは、表現行為に先立ち行政権がその内容を事前に審査し、不適当と認める場合にその表現行為を禁止することをいう。ここに表現行為とは発表行為に限られず、発表を受けとる行為(情報受領)をも含む。
[101](三) 控訴人らは、税関規制が検閲に当らない理由として思想それ自体とその表現の媒体としての物との区別を強調するが、詭弁である。芸術作品の例をあげるまでもなく、思想とその表現形式は不可分の関係にある。
[102] 猥褻物とみられる彫刻物についての税関検査を考えてみる。3号検査は、その彫刻物の表現しようとしているもの(猥褻性ないしこれと不可分な思想)を審査の対象とするのである。控訴人らは、「当該貨物の物自体の性状等に着目して」検査すると強弁するが、事実は逆である。3号検査においては、彫刻物の物自体の性状、例えば転倒しやすい不安定な形状をしているか否か、容易に破壊したり爆発したりする物質で作られているか否かなどは審査の項目とはならず、もつぱらその彫刻物の表現内容のみを審査しているのである。
[103](四) なる程、外国貨物の輸入行為は、それ自体としては、思想を表現し、伝達する行為ではない。しかし、表現物たる外国貨物をその表現内容のゆえに輸入を禁止することは、知る自由を犯す。「知る自由」が憲法21条の保障する表現の自由に含まれることは通説、判例の認めるところである。

[104]3(一) 検閲の禁止は絶対的である。表現の自由は、その性質上、他人の権利利益と抵触する場合があり、それを調整するため、個別的実質的理由があるときは、最小限度の制約(事後的制裁ないし差止)を受ける。制約の憲法上の根拠は「公共の福祉」である。しかし、検閲という方法による制約だけは絶対的に認められない。その理由は、表現の自由は、各種の人権の中でも特に民主々義の根幹をなす優越的地位を占める人権であり、検閲は表現の自由を抑圧する作用が大きく、歴史的にも表現の自由を抑圧してきた弊害が顕著であつたからである。憲法21条が表現の自由の保障とともに、特に検閲を禁止しているのは右の理由による。
[105](二) 控訴人らが援用するチヤタレー事件および悪徳の栄え事件の各最高裁判決はいずれも刑事々件に関するもので、一般論として表現の自由に対する公共の福祉による制限を承認するが、検閲禁止の絶対性までも否定する趣旨と解することはできない。
[106](三) また、控訴人らが検閲禁止の絶対性を否定する根拠としてあげる集団示威行進等の事前規制ないし在監者に対する文書、図書の検閲も、検閲禁止の絶対性の原則を否定する根拠とはなしえない。
[107] 前者についていえば、検閲は表現行為の内容に対する事前審査であるが、集団示威行進等の事前規制(届出制)は、表現行為の内容についてではなく、その日時、場所、方法等についての外形的規制にすぎないからである。
[108] 後者についていえば、在監者は公法上の特殊な法律関係にあり、在監目的の達成に必要最小限度の基本的人権の制限は、在監関係に内在する制約であり、やむをえない例外である。
[109] これを検閲禁止の絶対性が公共の福祉によつて制限できるとする根拠とするのは適切でない。
[110](四) 表現の自由といえども絶対無制限ではないことは承認する。
[111] しかし、検閲禁止を定める憲法21条2項は例外を許さない規定である。
[112] すなわち、表現の自由に対する制約は事後規制のみ許され、事前規制は絶対に許さないというのが憲法の趣旨である。
[113] 憲法21条2項の規定自体が表現の自由と公共の福祉の調和点を示したものだからである。
[114](五) 性的秩序を守り、健全な風俗を維持するという公共の福祉の見地から、検閲禁止の例外が許されるとするような解釈をとれば、検閲禁止の原則は事実上、骨抜きになる。例えば、国際緊張が高まり、国内不安が増大した政治情勢になれば、侵略を予防し、社会不安を静めるという「公共の福祉」の見地から、これに有害な表現に対する事前規制立法(新聞、雑誌、報道に対する検閲など)も例外的に許されるという解釈につながる。
[115](六) 表現物も、思想自体と同じく、それがどんな内容であれ、個人が所蔵し、対外的使用に供さないかぎり、社会的問題は生じない。表現物の社会に対する有害作用の有無程度は、表現物の内容とともに、対社会的使用の態様(公表、頒布、広告の方法などを含む)をみなければ決定できない事柄である。検閲はこの意味からも許されないのである。
[116](七) 控訴人らは、猥褻表現物に対する税関規制によつて、性的秩序を守り、健全な風俗を維持するというが、その内容は漠然としていて不明確である。猥褻表現物が暴力犯罪や性犯罪を増大させるとの議論が誤りであることは実証されている。
[117](八) 表現物は、麻薬や病原菌などと違つて、それ自体有害ではない。その社会的使用の態様いかんによつて、有害性が認められる場合があるに過ぎない。有害な表現物があるとしても、事前規制をして防止しなければならない程の緊急性、重大性は無い。
[118](九) 現在、わが国では、テレビ、雑誌等に、極端に残虐な殺人、戦争などの表現が行われているが、これらを規制すべしとする意見は少数である。それは、これらの表現が、かりに「健全な社会風俗」にとつて有害であるとしても、その有害性は事後的にもせよ規制するに足りる緊急性、重大性が無いからにほかならない。残虐表現物と猥褻表現物との間に本質的な差異はない。表現に対しては表現(文化、教育、宗教、道徳など非権力的手段)をもつて対抗し、自然淘汰を期するのが望ましい姿であり、憲法の精神である。
[119](一〇) 控訴人らの主張する税関規制の必要性、合理性等は、ひつきよう捜査取締の便宜から出たものに過ぎず、検閲禁止の絶対性の例外を認める根拠とはなしえない。右主張は、現行の税関規制の実体面(公安、風俗を害する表現物の輸入を刑罰をもつて禁止する制度)が合憲かつ適切なものであることを前提としているが、その前提自体の当否が問われなければならない。表現物の輸入禁止を廃止すれば、控訴人らのいう不合理性はすべて無くなる。立法の不備を合憲論の根拠とするのは本末転倒である。
[120](一一) 表現物に対する税関規制が行われると、例えば、本件の該当通知番号32の各書籍のように、1冊の書籍のなかに、わずか数ケ所の猥褻とみればみれなくもない程度の写真、デツサンが掲載されているだけで、学問的な研究書1冊全体の輸入が禁止されてしまうというへい害が生ずる。
[121] 問題は、右各書籍が風俗を害すべき書籍に当るとした控訴人らの判断の当否にあるのではなく、このような恣意的な運用を可能にする制度自体にある(「公安または風俗を害すべき」との文言のあいまい性については、すでに述べた)。

[121] 原判決が、本件につき、明白かつ現在の危険の原則を適用したことは、誤りであつた。それは、検閲禁止の絶対性と矛盾するからであり、また、明白かつ現在の危険の有無の判断は実際上事後的にしかできないからである。
[122] ただ、右の点についての控訴人らの主張には、不正確な部分があるので指摘する。
[123] 控訴人らは輸入貨物が輸入後一般人に頒布等されるかどうかなどは税関がこれを探知する権限も機能も与えられていない、という。しかし、税関は現実には右に類似した判断を行つている。輸入貿易管理令14条1号の別表第1の4には「個人的使用に供せられ、かつ売買の対象とならない程度の量の貨物」とあり、これに該当するか否かの判断を税関はしているのである。
[1] 請求の原因1(一)ないし(五)の事実のうち、本件物件は、被控訴人が昭和49年3月下旬、米国ほか外国所在の商社に対し注文をしたものであるという点を除くその余の事実については、当事者間に争いがない。
[2]一 原審における被控訴人本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、被控訴人は昭和49年3月ころ、米国等外国所在の商社に対し、書籍等を代金(有価証券)同封のうえ注文したところ、右商社がこれに応じ、被控訴人あてに、本件物件を包有する本件郵便物を差出したことが認められる。そして、本件郵便物が同年3月下旬から同年4月下旬にかけて札幌中央郵便局に到着したこと、控訴人税関支署長が関税定率法21条3項に基づき、被控訴人に対し、同年5月9日本件郵便物に包有された本件(一)物件につき、次いで同年6月7日同じく本件(二)物件につき、いずれも被控訴人主張の理由を付し、当該物件はいずれも同法21条1項3号所掲の貨物に該当するものと認める旨の本件通知をしたこと、以上の各通知に対し、被控訴人が同条4項(ただし、昭和55年法律第7号による改正前の4項をいう。以下同じ。)に基づき、それぞれ異議申出をしたところ、控訴人税関長は同年11月6日これら異議申出をすべて棄却する旨の同条5項(ただし、昭和55年法律第7号による改正前の5項をいう。以下同じ。)の規定による本件決定をし、同月19日その旨を被控訴人に通知したことは、前示のとおり当事者間に争いのないところである。

[3]二 そこで、前示の控訴人税関支署長のした本件通知及び控訴人税関長のした本件決定が、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するかどうかの点について、以下検討を加える。
[4] 関税定率法21条及び関税法第6章の規定の趣旨にかんがみると、本件通知は、本件物件は要するに猥褻性を有するが故に関税定率法21条1項3号所掲の貨物に該当するものと認める旨の控訴人税関支署長の判断の結果を表明するものであり、また本件決定は、被控訴人のした異議申出に対し、控訴人税関長としても、本件物件は猥褻性を有するが故に、我国の社会事情からみて風俗を害すべきものと認められるとの理由の下に、控訴人税関支署長の前示判断をそのまま維持する旨の判断の結果を表明するものにすぎず、本件通知及び本件決定の法律的性質は、ひとしく行政庁のいわゆる観念の通知とみるべきものである。
[5] ところで、外国から発せられ我国に到着したいわゆる外国郵便物の名あて人が、郵政官署からその交付を受ける、換言すれば、当該郵便物に包有された外国貨物を我国内において引取る、すなわち輸入するためには、原則として次の手続を経由する建前となつている。すなわち、郵政官署が信書を除く外国貨物を包有する郵便物を受取つたときは、その旨を税関に通知し(関税法76条3項)、税関長は右郵便物中に在る外国貨物(信書を除く。)につき、税関職員をして、郵政官署の職員の立会の下に、必要な検査をさせ(同条1項但書、関税法施行令66条)、税関長は右の貨物が課税物件に該当すると認めるときは、課税標準、税額を表示した書面を作成したうえ、郵政官署にこれを送付し、郵政官署は右の書類を当該郵便物の名あて人に送達し(同法77条1項、2項)、この郵便物を受取ろうとする者は、印紙をもつて右の税額に相当する関税を納付したうえ、郵政官署から当該郵便物の交付を受ける(同条3項)。なお、郵便物の名あて人が当該郵便物を受取つた場合には、送達を受けた前示書類は、賦課決定通知書とみなされる(同条4項)。
[6] しこうして、税関長が前示検査の結果、当該外国貨物が関税定率法21条1項各号に定めるいわゆる輸入禁制品に該当すると認めるのに相当の理由があると判断して同条3項の規定する通知をした以上、この通知が取消されないかぎり、税関長は、通関のための爾後の手続、すなわち関税の賦課決定等に関する手続をすすめるというようなことは、およそ考えられないところであるから、結局、郵政官署が当該郵便物をその名あて人に交付することはありえないものというべきである。
[7] 他方、外国郵便物の名あて人は、当該郵便物又はその内容物である外国貨物に関する私法上の権利に基づき、郵政官署に対し、その取扱中の外国郵便物又はその内容物である外国貨物の引渡を求めることは、法律上許されない。その理由は次のとおりである。
[8] 郵便の利用関係は、利用者の申込と国(郵政庁)の承諾という双方の合意により成立する私法上の契約関係ではあるが、郵便事業は、大量の郵便物の簡易、迅速、的確な処理が要請されるところから、右の契約内容は、郵便関係法令によつて定型化されており、また同契約に基づく郵便物の送達事務も、国内で発送される郵便物であると、外国から発送される郵便物であるとを問わず、すべて郵便関係法令に基づき画一的に処理される建前となつているのである。したがつて、外国郵便物の名あて人は、郵便関係法規によることなく郵便物の交付を受けることはできないし、また、郵便物に包有された外国貨物に対する私法上の権利に基づき、郵便物取扱中の郵政官署に対し、外国貨物の引渡を求めることは、法律上許されないものというべきである。
[9] これを本件についてみれば、本件郵便物は、上来説示したように、外国から発送されて札幌中央郵便局に到着したもので、同郵便局において取扱い、保管中のものである以上、その名あて人である被控訴人は、郵便関係法規に定める手続を離れて、本件郵便物の交付を受けることができないことはもとより、本件物件の買主として有する売買契約に基づく権利を行使して、札幌中央郵便局に対し、その引渡を求めることは、法律上許されないものというべきである。
[10] 以上のようなわけで、被控訴人が本件物件を、我国内において引取る、すなわち輸入することは法律上許されないことに帰した、換言すれば、適法に輸入する途を閉されるに至つたものというべきであり、被控訴人の被つたこのような法律上の制約は、本件通知又は本件決定によつて生ずるに至つた法律上の効果であると解するのが相当である。そうすると、本件通知及び本件決定は、観念の通知であるとはいうものの、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当し、抗告訴訟の対象となるものというべきである。
[11] なお、控訴人らは、被控訴人が本件物件を適法に輸入することができないという制約を受けるのは、本件通知及び本件決定によるものではなく、関税定率法21条1項3号の実体法規による法律上当然の制約であるから、本件通知及び本件決定は、抗告訴訟の対象とはなり得ない旨主張するので、以下検討すると、上来説示したように、被控訴人は、本件物件を適法に輸入することができない法律上の制約を受けているが、この制約は、関税定率法21条により不特定人がひとしく受けている一般的、抽象的な制約の域を越え、本件通知又は本件決定の相手方である被控訴人が、本件物件について受けている特定、具体的な制約であり、右の一般的、抽象的な制約が、本件通知等によつて特定的、具体的制約にいわば転化、変質したものと解するのが相当であるから、被控訴人が現に被つている前示制約は、本件通知等によつて生じた法律効果とみるのが相当であり、したがつて、控訴人らの前示主張は、しよせん採用するに由なきものというべきである。
[12] 被控訴人は、控訴人税関支署長の行つた本件通知は違憲、違法であるとし、その理由につき多角的に主張するので、以下逐次検討を進める。

1 関税定率法21条1項3号に定める「公安又は風俗を害すべき」という概念は、その内容が著しく不明確であるから憲法21条、29条、31条に違反するとの点について
[13] 関税定率法21条1項は「左の各号に掲げる貨物は輸入してはならない。」とし、その3号は「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」と規定している。ところで控訴人税関支署長の行つた通知は、要するに、本件物件は猥褻性を有するが故に関税定率法21条1項3号に掲げる貨物に該当するというものであり、控訴人税関長の行つた決定は、本件物件には猥褻性を有する図画が掲載されており、我国の社会事情からみて風俗を害すべきものと認められるという理由によるものである(以上の事実は当事者間に争いがない。)。
[14] そこで、関税定率法21条1項3号に定める「風俗を害すべき」という概念が、果して被控訴人が主張するように著しく不明確といいうるかどうかについて、以下検討を加える。
[15] そもそも右にいう風俗とは、善良の風俗を指すものであることは疑いがなく、善良の風俗とは、我国の習俗であつて、これに対し社会倫理的な評価を加えた場合に、その見地から是認されるものと解されている。そしてこのような抽象的な価値概念は、歴史的にみれば各時代の社会事情とともに変遷していくことは否定できないが、或る時代における社会現象に対して右の評価を加える場合は、あくまでも当時における社会一般の健全な常識を基準として客観的になすべきものであることはいうまでもない。そして、旧憲法下における旧新聞紙法(明治42年法律第41号)24条にいう「風俗を害する」事項及び旧出版法(明治26年法律第15号)27条にいう「風俗を壊乱する文書図画」の意義については、大審院判例において、猥褻事項のほか不倫事項についてその見解(後者につき、大審院大正6年9月21日判決・大審院刑事判決録第23輯1030頁)が示されている。また現に、「善良の風俗」の概念は、民法90条、法例2条、30条、民事訴訟法200条等において用いられており、その意義、内容の不明確の故に実定法規範としての効力を云為すべき筋合のものではない。さようなわけで、「風俗を害すべき」という概念は、事柄の性質上抽象的であり、一義的に明確な概念とはいえないが、著しく不明確である旨の被控訴人の批判は正鵠を得たものということはできない。
[16] してみると、関税定率法21条1項3号に定める「風俗を害すべき」という概念の内容が著しく不明確であるから、憲法21条、29条、31条に違反する旨の被控訴人の主張は、その前提を欠き採用の限りでない。

2 関税定率法21条1項3号に定める輸入禁制品のなかに猥褻性を有する書籍図画等が含まれるとすれば、右法条は憲法21条1項に違反するとの点について
[17] 憲法21条1項は、言論、出版等による能動的思想表現の自由を保障しているが、同時にこの表現の自由と表裏一体、相互補完の関係にある表現された思想を享受する受動的な自由、いわゆる「知る自由」をも保障しているものと解すべきであり、その享受する思想は、外国において表現された思想をも含むものと解するのが相当である。
[18] ところで、出版その他表現の自由は、民主主義の根幹にかかわる極めて重要なものであることはいうまでもないが、他方憲法の保障する他の基本的人権と同様に無制限なものではなく、憲法12条、13条によつて公共の福祉の観点から当然に制約を受けるものというべきである。
[19] 国は、憲法の規定するところに従い、基本的人権を尊重しなければならないが、同時に善良な風俗、なかんずく性に関する社会秩序を守り、最少限度の性道徳を維持する任務を有するものというべきである。ところで、各国における性に関する表現についての社会倫理的評価基準ないし猥褻性の観念等に著しい相違があることは、公知の事実であり、外国における性に関する表現物が我国に無制限に流入するときは、我国の善良の風俗を害するに至る危険があることは否定しえないのである。刑法175条によつて、猥褻文書、図画等の頒布、販売、公然陳列及び販売目的をもつてする所持は、犯罪とされ、処罰されるが、猥褻文書、図画等の単なる所持は犯罪とされていない。また、国内において作製された猥褻文書、図画等の頒布、販売等の犯人が刑法175条によつて処罰される場合においては、通常これに伴つて、既に作製された当該猥褻文書、図画等は押収、没収され、いわばその流布の禍根が絶たれることによつて、その将来の流布が未然に防止されることになるのであるが、外国において作製された猥褻表現物については、それが外国に在る限り、押収、没収の対象とはなし得ず、その我国への流入の禍根を絶つことはできないのである。したがつて猥褻表現物を輸入しようとする者において、単に自ら所持し、自らその内容を知る意図ないし目的を有するにすぎないからといつて、その輸入を拱手、容認することは、恰も国内で作製された猥褻表現物の頒布、販売を放任するのと同様の結果を生じさせる危険があるものというべきである。蓋し、さような意図ないし目的は心裡の域を出ないのであつて、将来に亘つてその飜意、変動がないことについては、何等客観的保証がないからである。
[20] したがつて、関税定率法21条1項3号が輸入の意図、目的、動機の如何にかかわらず猥褻表現物を輸入禁制品と定めたことは、いわゆる「知る自由」を制約するものではあるが、我国の善良の風俗を保持する上で必要やむをえない制約であり、したがつて憲法21条1項に違反するものではないと解するのが相当である。

3 関税法76条1項但書により検査を行い、その結果によつて関税定率法21条3項に基づき通知をすることは、検閲を行うことであるから、憲法21条2項に違反するとの点について
[21](一) 憲法21条2項前段は「検閲は、これをしてはならない。」と規定する。右の検閲とは、公権力が、外に発表されるべき思想その他の表現の内容をあらかじめ審査し、その結果、その表現内容の発表を不適当と認めるときは、発表を禁止する等発表に対し規制を加えることであると解されている。
[22] 外国から発せられた郵便物に包有された信書以外の物品について、関税法76条1項但書に基づく税関職員による検査が行われ、その結果、税関長が関税定率法21条3項に基づく通知をした場合には、右通知が取消されない限り、当該郵便物の名あて人は、同郵便物中に在る物品を適法に本邦内に引き取ることができない、換言すれば、外国貨物を輸入することができないことは、上来説示したとおりである。ところで書籍、図画等の外国貨物の輸入は、それ自体としては、言論、出版その他思想を表現し、伝達する行為ではない。
[23] しかし、外国で出版された書籍、図画等の輸入の途が閉されることになれば、我国内においてその内容を発表することが不可能となるとともに、我国民がこれを知ることができなくなるのであつて、さような観点からすれば、関税法76条1項但書により検査を行い、その結果により関税定率法21条3項に基づく通知をすることは、形式論理上は、検閲の範疇に属するものといえなくもない。
[24](二) ところで、関税法第6章の規定によれば、我国に輸入される貨物はすべて通関手続を経由することを要し、その一環として、いわゆる税関検査が行われる建前となつている。そして通関手続は、関税の適正、確実な賦課、徴収及び税関事務の適正円滑な処理を図る趣旨のもとに行われるものであり、税関検査はそのために必要な規制措置として実施されるものと解される。すなわち、貨物を輸入しようとする者は、税関長に所定事項(関税法施行令59条所掲の事項)を申告し、当該貨物について必要な検査を経て、その許可を受けなければならないとされているが、右の検査は、輸入貨物の性質、価格、数量等をその貨物自体に即して調査し、申告された品名、数量、価格に過誤がないかどうか、他の法令の規定により輸入に関して許可、承認等を必要とする貨物であるかどうか、他の法令の規定により輸入に関し検査又は条件の具備を必要とする貨物であるかどうか、原産地について直接若くは間接に偽つた表示等がなされているかどうか等を確認するため、輸入貨物のすべてについてひとしく実施されるものであり、また外国から発送された郵便物に包有された信書を除くその余の物品については、税務職員の検査を経ることを要するが、右の検査は、当該物品の性質、数量、価格等をその物品自体に即して調査し、関税を納付すべき物品であるかどうか及び納付すべきときはその課税標準を確認するとともに、他の法令の規定により輸入に関して許可、承認等を必要とする物品であるかどうか、原産地について直接若くは間接に偽つた表示等がなされているかどうか等を確認するためにひとしく実施されるのである。そして以上の各検査の過程において関税定率法21条1項3号に該当する貨物が存在すれば、さような輸入禁制品が発見されることになるのである。そしてこの場合には、税関長により同条3項に基づき通知がなされる建前となつており、右通知が取消されない限り、当該貨物を我国内に引取る途が閉されるのであるが、税関長の行う右の通知及び同条5項に基づく決定については、行政訴訟による司法救済の途が開かれている。
[25] 以上のような税関規制に対し、旧憲法下における検閲制度につき、その実体をみれば、旧憲法下における一般出版物の検閲は、公安の保持を目的とする警察行政の一環として行われたのであるが、旧出版法によれば、文書、図画を出版するときは、その発行に先立ち、著作者及び発行者が製本を添えて内務省に出版届をし(旧出版法3条)、内務省はその内容を審査し、その結果、同法に定める規制に違反した記事等が存する場合その他不適当と認めるものについては、当局の裁量により出版の差止め(同法34条前段)及び発売、頒布の禁止、刻版及び印本の差押(同法19条)等の処分が行われ、しかも、これらの処分については、行政訴訟による司法救済の途は閉されていたのである。以上のような検閲制度は、言論、出版の自由に対し重大な制約を加えてきたことはいうまでもなく、さればこそ、民主主義、自由主義を理念とする憲法は、その21条2項において、検閲の禁止を宣言しているのである。
[26](三) 関税定率法21条1項は前示3号のほか、1、2号及び4号において輸入禁制品を定めており、関税法109条は輸入禁制品の輸入及びその予備、未遂を犯罪とし、刑罰をもつて臨んでいるものの、刑罰の予防的効果によつて、輸入防止の実効を確保することができないことは容易に推測できるところであり、その輸入防止の実効を挙げるためには、輸入貨物を輸入前に検査して輸入禁制品を発見し、その輸入を阻止するほかはないのである。しこうして、関税の適正、確実な賦課、徴収を確保するためには、外国貨物の通関手続の一環として行われる前示税関検査は欠くことのできないものであるところ、この税関検査によつて前示輸入禁制品を発見した場合には、その輸入を阻止することこそ、前示要請に応える適切かつ合理的な方途であると考えられるのである。
[27](四) さらに、前示の税関規制が仮に許されないとすると、税関検査の結果、税関長が関税定率法21条1項3号に該当する書籍、図画等を発見し、輸入禁制品であるとの認定に達しながら、その輸入を許可することとなり、然も輸入されたのちに、輸入の許可を与えた者に対し、関税法109条の犯則事件として手続を開始し、場合により告発の手続を行うというようなことは、明らかに事理に悖るものといわざるを得ない。
[28](五) 以上に検討したところを彼此総合すると、次のことが理解できる。すなわち、第一に、関税定率法21条1項3号に規定する輸入禁制品の制度は、我国の公の秩序並びに善良の風俗を維持するうえで極めて重要な制度であるが、税関規制は、この制度の実効を確保するうえで必要不可欠であるとともに事理に適つたものであり、第二に、税関規制は、旧憲法下における検閲制度と対比するとき、その管掌主体である行政機関の本来の所掌事務を全く異にするほか、検査の本来の目的及びその方法、態様において著しい径庭があることである。
[29] さようなわけで、前示の税関規制は、形式論理のうえでは、検閲の範疇に属するものと解することができるとしても、憲法の禁止する検閲に該当するものではないと解するのが相当である。

4 本件物件は、個人あて通常郵便物中の表現物であるから、関税法76条1項但書にいう「信書」に該当するもの、若くはこれに準ずるものとして右条項に基づく検査の対象となすべきではないとの点について
[30] 当審における検証の結果によれば、本件物件は、別紙物件目録(一)、(二)の各「品名」欄記載のとおりの物品であり、いずれも特定人から特定人に対する意思を含む意識内容一般の伝達を媒介すべき文書でないことは明らかであるから、関税法76条1項但書にいう「信書」でないことはいうまでもない。関税法76条1項但書は、信書以外の貨物は総て必要な検査を行うべきことを定めているのである。

5 関税法76条1項但書の検査において、個人あて通常郵便物中の表現物が検査の対象となり、その表現内容も審査されるとすれば、通信の秘密を侵すことになるから、右条項は、憲法21条2項に違反するとともに、プライバシーの権利を侵すから、憲法13条に違反するとの点について
[31] 関税法76条1項但書の検査は、信書以外の物について行われるのであるから、憲法21条2項後段に違反するものでないことが明らかであり、また通関手続として行われる右の検査によつて確保されるべき公共の利益に照らして考えれば、右検査が憲法13条に違反するものでないことも明らかである。

6 本件物件は個人あて通常郵便物中の少数の表現物であるから、関税定率法21条3項にいう「貨物」に該当しないとの点について
[32] 関税法第6章の各規定によると、関税定率法21条3項にいう「貨物」は、その輸送手段、名あて人、数量等について何らの制限がないことが明らかであるから、前示のような表現物であつても右の「貨物」に該当することはいうまでもない。

7 本件物件はいずれも猥褻性を有するものではないとの点について
[33] 猥褻とは、徒らに性慾を興奮又は刺戟せしめ、普通人の性的羞恥心を害し、社会の善良な性的道義観念に反するものをいうと解されるところ、当審における検証の結果によると
(一) 本件(一)物件の1、2の8ミリ映画フイルムは、いずれも中世紀風俗の複数の男、女による性愛、性交行為をアニメーシヨンで描いたもので、男、女の性器がそれぞれ誇大に表現されている。
(二) 本件(一)物件の3の8ミリ映画フイルムは、男性2名による女性1名に対する強姦を内容とするもので、露骨な強姦場面、露出された男、女の性器が撮影されている。
(三) 本件(一)物件の4のカタログ3点には、いずれも性行為あるいは男女の露出した性器又は陰毛を明らかに表現した写真が多数表示されている。
(四) 本件(一)物件の5の雑誌は、性交行為あるいは男女の露出した性器又は陰毛を明らかに表現した写真の表示を主体としたものである。
(五) 本件(一)物件の6の雑誌は女性のヌード写真集であるが、露出した性器又は陰毛を明らかに表現した写真が多数表示されている。
(六) 本件(一)物件の7の雑誌は、男、女のヌード写真集で、露出した性器又は陰毛を明らかに表現した写真が多数表示されている。
(七) 本件(二)物件の書籍のうち、1冊は、本文87頁、イラスト部分64頁からなり、性交行為あるいは男、女の露出した性器又は陰毛を明らかに表現した図画が7枚表示されており、他の1冊は、本文86頁、イラスト部分88頁からなり、右と同様の図画7枚が表示されている。
[34] 以上の事実が認められ、右認定事実によると、本件(一)物件の1ないし7の物件がいずれも猥褻性を有する物品であることが明らかであり、本件(二)物件の書籍2冊は、各本文、イラスト部分の総量と表示されている猥褻性のある図画の数量の比率からすれば、猥褻性のある図画部分は僅かであるが、1冊の書籍として一体をなしている以上、書籍そのものが全体として猥褻性を有するものといわざるを得ない。してみると、本件物件はいずれも関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき」物品に該当するものというべきである。

8 本件物件が、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」に該当するとすれば、右法条は、本件物件を輸入禁制品とするものであり、学問の自由を侵すから、憲法23条に違反するとの点について
[35] 被控訴人の右の主張は、如何なる学問的活動(学問の研究、発表等)の自由を侵すものであるかについて何等具体的な主張がない以上、その理由のないことは明らかである。

9 本件物件に猥褻性があつたとしても、同物件は個人あて通常郵便物として送付され、その数量も少数にすぎず、且つ自己の用に供するにすぎないものであるから、関税定率法21条1項3号に該当する物件ではないとの点について
[36] 関税定率法21条1項は「左の各号に掲げる貨物は、輸入してはならない。」と規定している。ところで右にいう「貨物」の範囲について、輸入の手段、名あて人、数量並びに輸入しようとする者の輸入の意図、目的、動機等によつて、これを制限すべき規定は存在しない。したがつて前示のような物件であつても右の「貨物」に該当することは明らかであり、この貨物が同条1項3号所定の物品に該当するとき、その輸入が禁止されるのは当然である。
[37] 以上要するに、控訴人税関支署長の行つた本件通知には、被控訴人が主張するような違憲、違法の事由は存在しない。
[38] 被控訴人は、本件決定の理由には、「風俗を害すべきもの」の意味及び本件物件が何故に風俗を害するのかその理由を明示していないから、理由不備の違法があると主張するが、関税定率法21条5項に基づいて行う税関長の決定の理由に、「風俗を害すべきもの」の意味を明示すべきことを定めた規定はなく、右の意味を表示すべき合理的理由もないから、これを表示する必要はないものというべきであり、当事者間に争いのない本件決定の各決定通知書に記載された各決定理由は、当該物件が風俗を害すべきものと認める理由の記載として、欠けるところはないものということができるから、被控訴人の右の主張は理由がない。

[39] 被控訴人は、以上のほか、本件決定の違憲、違法の理由として縷々主張するが、これらの主張が、いずれも理由のないものであることは、上来説示したとおりである。
[40]したがつて、被控訴人の異議申出を棄却した本件決定には、被控訴人の主張するような違憲、違法の事由は存在しない。
[41] 以上のとおりであるから、控訴人税関支署長がした本件通知及び控訴人税関長がした本件決定の各取消を求める被控訴人の請求は、いずれも理由がないものといわなければならない。
[42] よつて、被控訴人の右各請求を認容した原判決は失当であるから、民事訴訟法386条により原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消して、被控訴人の各控訴人に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について同法96条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

  (裁判官 石崎政男 寺井忠 吉本俊雄)

物件目録(一)〜(四)(省略)

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