公衆浴場法合憲新判決(刑事事件)
控訴審判決

公衆浴場法違反被告事件
大阪高等裁判所 昭和60年(う)第1297号
昭和61年8月28日 第4刑事部 判決

被告人 北川安 外1名

■ 主 文
■ 理 由


 本件各控訴を棄却する。


[1] 本件各控訴の趣意は、弁護人林弘、同中野建、同松岡隆雄連名作成の控訴趣意書記載(なお、主任弁護人において、審理不尽に基づく理由不備の主張は、法令適用の誤りの主張を理由づけるものであつて独立の主張ではない旨釈明した)のとおりであるから、これを引用する。
[2] 論旨は、浴場の適正配置規制を規定した公衆浴場法2条2項及び同法に基づく大阪府公衆浴場法施行条例2条は、憲法22条2項に違反し違憲無効である、即ち、公衆浴場法2条2項の適正配置規制及びその前提である同条1項の公衆浴場業の許可制は、狭義における職業の選択そのものを直接制約する最も徹底した規制に他ならないから、これが合憲と認められるためには強い合理的根拠が存しなければならない、そして営業の許可性が合憲であると是認されるためには、第一に規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること(立法目的の正当性)、第二に目的と規制手続との間に合理的関連性が存在すること(立法目的と手段との合理的関連性)、第三に規制によつて失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること(利益衡量の妥当性)の要件が具備されなければならないと解されるところ((a)最高裁判所昭和47年11月22日大法廷判決―刑集26巻9号586頁、(b)同裁判所昭和50年4月30日大法廷判決―民集29巻4号572頁)、前示各条はこれらの要件を欠き違憲無効なものであるから、これらが合憲有効であることを前提として、被告人両名に対し、刑法60条、公衆浴場法8条1号、2条1項をそれぞれ適用し、各罰金刑を科した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり破棄を免れない、というのである。

[3] そこで所論にかんがみ検討するに、憲法22条1項は、何人も、公共の福祉に反しないかぎり、職業選択の自由を有すると規定しているが、職業は本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動であつて、その性質上社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請が強く、右規定が「公共の福祉に反しないかぎり」という留保を付したのも、特にこの点を強調する趣旨であると解される。そして、職業の自由に対する規制措置は事情に応じて多種多様の形を取るため、その憲法22条1項適合性を一律に論じることはできず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならないが、その合憲性の司法審査にあたつては、規制の目的において公共の福祉に合致するものと認められる以上は、その具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断が合理的裁量の範囲にとどまるかぎりこれを尊重すべきものであり、ただ立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができるものと解するのが相当である。ところで、職業の許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共にもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可性に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によるのでは右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するものであり、この要件は許可制そのものについてのみならず、個々の許可条件についても要求されるものである(前示(a)、(b)の最高裁判所大法廷判決参照)。
[4] これを本件についてみるに、公衆浴場法2条2項及び大阪府公衆浴場法施行条例2条の規定する公衆浴場の適正配置規制(設置場所の配置の基準としての距離制限)は、単に公衆浴場について保健及び環境衛生上の観点からの取締を目的とするだけではなく、公衆浴場が自家風呂を持たない国民の日常生活上必要不可欠の施設としての公共性を有するものであり、かつ、低料金維持のため入浴料金が統制額に指定され、利用者の範囲も地域的に限定されているため企業としての弾力性に乏しく、多額の建設費にもかかわらず他業への転用可能性が少ない(所論はモータープールへの転用などその可能性は少なくないというが是認できない。)等の公衆浴場経営の特殊性にかんがみて、公衆浴場の濫立を防止することにより既存業者の経営の安定を図り、もつて衛生的な公衆浴場の確保という公益を保護しようとする社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための規制であつて、これが公共の福祉に合致するものであることはいうまでもなく、憲法22条に違反するものとは解されない(最高裁判所昭和30年1月26日大法廷判決―刑集9巻1号89頁、同裁判所昭和41年6月16日第1小法廷判決―刑集20巻5号471頁、同裁判所昭和37年1月19日第2小法廷判決―民集16巻1号57頁参照)。
[5] 所論は、公衆浴場法2条2項等による浴場の適正配置規制の目的は、公衆衛生の確保という消極的、警察的規制と解されるとしたうえ、かかる公衆衛生の観点からの規制は、許可基準における衛生上の要件や、衛生上の取締などで必要かつ十分であつて、更にそのうえに地域的開業制限を行うことの必要性及び合理性を見出すことはできないから、右適正配置規制は違憲、無効であるというのであるが、同規制の目的が単に保健及び環境衛生上からのものだけでなく、公衆浴場の公共性、経営の特殊性から、公衆浴場の濫立を防止することにより既存業者の経営の安定を図り、もつて浴場の確保という公益を保護しようとする社会政策ないしは経済政策上の積極的なものでもあることは、先に説示したとおりであるから、右規制の目的を公衆衛生の観点からのみのものであるとする所論は、その前提において既に失当といわなければならない。
[6] 次に、所論は、仮に適正配置規制が積極的、社会経済政策的な目的によるものであるとしても、その目的達成手段としての必要性、合理性があるとは認められず、また、その規制によつて得られる利益は私的営業に過ぎない既存業者の利益保護であるのに対し、これによつて制限される人権は職業選択の自由の全面的な剥奪という重大なものであつて、その利益衡量の妥当性を著しく欠く点からも、右規制は違憲、無効であるというのであるが、先に説示したとおり、適正配置規制は、公衆浴場の公共性及び経営の特殊性にかんがみ、その濫立を防止することによつて既存業者の経営の安定を図り、もつて公衆浴場の確保という公益を保護しようとするものであつて、これが公共の福祉に合致するものであることはいうまでもないところであるから、前示最高裁判所判決の趣旨に徴しても、その規制の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断が合理的裁量の範囲にとどまる限りこれを尊重すべきであり、右適正配置規制及びその手段、態様は著しく不合理であることが明白であるとは解されない。
[7](なお、所論は、前示最高裁判所(a)、(b)の両判決を引用しながら、「営業の許可制が合憲であるとして是認されるためには、立法目的の正当性のみならず、立法目的と手段との合理的関連性及び利益衡量の妥当性の要件が具備されなければならない」と、右判決の判示しておらない、表現の自由(憲法21条)との関連で示された判断基準(公務員に対する政治活動の禁止―最高裁判所昭和49年11月6日大法廷判決、刑集28巻9号393頁、及び公職選挙法上の戸別訪問の禁止―最高裁判所昭和56年6月15日第2小法廷判決、刑集35巻4号205頁)を本件においても妥当するかのように主張するのであるが、これら精神的自由に対する規制と、職業の自由に対する規制とは本質的に異なるものであり、その合憲性の判断基準も自ずから異なることに徴すると、前示の判断基準をもつて本件規制の合憲性を論じるのは相当でない。)

[8] その他の所論にかんがみ更に検討しても原判決に所論のいうような法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
[9] よつて、被告人両名につき、各刑事訴訟法396条を適用して主文のとおり判決する。

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