薬事法違憲判決
上告審判決

行政処分取消請求事件
最高裁判所 昭和43年(行ツ)第120号
昭和50年4月30日 大法廷 判決

上告人(被控訴人 原告) 株式会社角吉
         代理人 椢原隆一

被上告人(控訴人 被告) 広島県知事
         代理人 貞家克己 外8名

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人椢原隆一の上告理由
■ 被上告人の答弁書


 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

[1] 所論は、要するに、本件許可申請につき、昭和38年法律第135号による改正後の薬事法の規定によつて処理すべきものとした原審の判断は、憲法31条、39条、民法1条2項に違反し、薬事法6条1項の適用を誤つたものであるというのである。
[2] しかし、行政処分は原則として処分時の法令に準拠してされるべきものであり、このことは許可処分においても同様であつて、法令に特段の定めのないかぎり、許可申請時の法令によつて許否を決定すべきものではなく、許可申請者は、申請によつて申請時の法令により許可を受ける具体的な権利を取得するものではないから、右のように解したからといつて法律不遡及の原則に反することとなるものではない。また、原審の適法に確定するところによれば、本件許可申請は所論の改正法施行の日の前日に受理されたというのであり、被上告人が改正法に基づく許可条件に関する基準を定める条例の施行をまつて右申請に対する処理をしたからといつて、これを違法とすべき理由はない。所論の点に関する原審の判断は、結局、正当というべきであり、違憲の主張は、所論の違法があることを前提とするもので、失当である。論旨は、採用することができない。
[3] 所論は、要するに、薬事法6条2項、4項(これらを準用する同法26条2項)及びこれに基づく広島県条例「薬局等の配置の基準を定める条例」(昭和38年広島県条例第29号。以下「県条例」という。)を合憲とした原判決には、憲法22条、13条の解釈、適用を誤つた違法があるというのである。
[4](一) 憲法22条1項は、何人も、公共の福祉に反しないかぎり、職業選択の自由を有すると規定している。職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。右規定が職業選択の自由を基本的人権の一つとして保障したゆえんも、現代社会における職業のもつ右のような性格と意義にあるものということができる。そして、このような職業の性格と意義に照らすときは、職業は、ひとりその選択、すなわち職業の開始、継続、廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体、すなわちその職業活動の内容、態様においても、原則として自由であることが要請されるのであり、したがつて、右規定は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含しているものと解すべきである。

[5](二) もつとも、職業は、前述のように、本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動であつて、その性質上、社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよく、憲法22条1項が「公共の福祉に反しない限り」という留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこの点を強調する趣旨に出たものと考えられる。このように、職業は、それ自身のうちになんらかの制約の必要性が内在する社会的活動であるが、その種類、性質、内容、社会的意義及び影響がきわめて多種多様であるため、その規制を要求する社会的理由ないし目的も、国民経済の円満な発展や社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで千差万別で、その重要性も区々にわたるのである。そしてこれに対応して、現実に職業の自由に対して加えられる制限も、あるいは特定の職業につき私人による遂行を一切禁止してこれを国家又は公共団体の専業とし、あるいは一定の条件をみたした者にのみこれを認め、更に、場合によつては、進んでそれらの者に職業の継続、遂行の義務を課し、あるいは職業の開始、継続、廃止の自由を認めながらその遂行の方法又は態様について規制する等、それぞれの事情に応じて各種各様の形をとることとなるのである。それ故、これらの規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。この場合、右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。しかし、右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであつて、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものといわなければならない。

[6](三) 職業の許可制は、法定の条件をみたし、許可を与えられた者のみにその職業の遂行を許し、それ以外の者に対してはこれを禁止するものであつて、右に述べたように職業の自由に対する公権力による制限の一態様である。このような許可制が設けられる理由は多種多様で、それが憲法上是認されるかどうかも一律の基準をもつて論じがたいことはさきに述べたとおりであるが、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。そして、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求されるのであつて、許可制の採用自体が是認される場合であつても、個々の許可条件については、更に個別的に右の要件に照らしてその適否を判断しなければならないのである。
[7](一) 薬事法は、医薬品等に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的として制定された法律であるが(1条)、同法は医薬品等の供給業務に関して広く許可制を採用し、本件に関連する範囲についていえば、薬局については、5条において都道府県知事の許可がなければ開設をしてはならないと定め、6条において右の許可条件に関する基準を定めており、また、医薬品の一般販売業については、24条において許可を要することと定め、26条において許可権者と許可条件に関する基準を定めている。医薬品は、国民の生命及び健康の保持上の必需品であるとともに、これと至大の関係を有するものであるから、不良医薬品の供給(不良調剤を含む。以下同じ。)から国民の健康と安全とをまもるために、業務の内容の規制のみならず、供給業者を一定の資格要件を具備する者に限定し、それ以外の者による開業を禁止する許可制を採用したことは、それ自体としては公共の福祉に適合する目的のための必要かつ合理的措置として肯認することができる(最高裁昭和38年(あ)第3179号同40年7月14日大法廷判決・刑集19巻5号554頁、同昭和38年(オ)第737号同41年7月20日大法廷判決・民集20巻6号1217頁参照)。

[8](二) そこで進んで、許可条件に関する基準をみると、薬事法6条(この規定は薬局の開設に関するものであるが、同法26条2項において本件で問題となる医薬品の一般販売業に準用されている。)は、1項1号において薬局の構造設備につき、1号の2において薬局において薬事業務に従事すべき薬剤師の数につき、2号において許可申請者の人的欠格事由につき、それぞれ許可の条件を定め、2項においては、設置場所の配置の適正の観点から許可をしないことができる場合を認め、4項においてその具体的内容の規定を都道府県の条例に譲つている。これらの許可条件に関する基準のうち、同条1項各号に定めるものは、いずれも不良医薬品の供給の防止の目的に直結する事項であり、比較的容易にその必要性と合理性を肯定しうるものである(前掲各最高裁大法廷判決参照)のに対し、2項に定めるものは、このような直接の関連性をもつておらず、本件において上告人が指摘し、その合憲性を争つているのも、専らこの点に関するものである。それ故、以下において適正配置上の観点から不許可の道を開くこととした趣旨、目的を明らかにし、このような許可条件の設定とその目的との関連性、及びこのような目的を達成する手段としての必要性と合理性を検討し、この点に関する立法府の判断がその合理的裁量の範囲を超えないかどうかを判断することとする。
[9](一) 薬事法6条2項、4項の適正配置規制に関する規定は、昭和38年7月12日法律第135号「薬事法の一部を改正する法律」により、新たな薬局の開設等の許可条件として追加されたものであるが、右の改正法律案の提案者は、その提案の理由として、一部地域における薬局等の乱設による過当競争のために一部業者に経営の不安定を生じ、その結果として施設の欠陥等による不良医薬品の供給の危険が生じるのを防止すること、及び薬局等の一部地域への偏在の阻止によつて無薬局地域又は過少薬局地域への薬局の開設等を間接的に促進することの2点を挙げ、これらを通じて医薬品の供給(調剤を含む。以下同じ。)の適正をはかることがその趣旨であると説明しており、薬事法の性格及びその規定全体との関係からみても、この2点が右の適正配置規制の目的であるとともに、その中でも前者がその主たる目的をなし、後者は副次的、補充的目的であるにとどまると考えられる。
[10] これによると、右の適正配置規制は、主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的のための規制措置であり、そこで考えられている薬局等の過当競争及びその経営の不安定化の防止も、それ自体が目的ではなく、あくまでも不良医薬品の供給の防止のための手段であるにすぎないものと認められる。すなわち、小企業の多い薬局等の経営の保護というような社会政策的ないしは経済政策的目的は右の適正配置規制の意図するところではなく(この点において、最高裁昭和45年(あ)第23号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号586頁で取り扱われた小売商業調整特別措置法における規制とは趣きを異にし、したがつて、右判決において示された法理は、必ずしも本件の場合に適切ではない。)、また、一般に、国民生活上不可欠な役務の提供の中には、当該役務のもつ高度の公共性にかんがみ、その適正な提供の確保のために、法令によつて、提供すべき役務の内容及び対価等を厳格に規制するとともに、更に役務の提供自体を提供者に義務づける等のつよい規制を施す反面、これとの均衡上、役務提供者に対してある種の独占的地位を与え、その経営の安定をはかる措置がとられる場合があるけれども、薬事法その他の関係法令は、医薬品の供給の適正化措置として右のような強力な規制を施してはおらず、したがつて、その反面において既存の薬局等にある程度の独占的地位を与える必要も理由もなく、本件適正配置規制にはこのような趣旨、目的はなんら含まれていないと考えられるのである。

[11](二) 次に、前記(一)の目的のために適正配置上の観点からする薬局の開設等の不許可の道を開くことの必要性及び合理性につき、被上告人の指摘、主張するところは、要約すれば、次の諸点である。
[12](1) 薬局等の偏在はかねてから問題とされていたところであり、無薬局地域又は過少薬局地域の解消のために適正配置計画に基づく行政指導が行われていたが、昭和32年頃から一部大都市における薬局等の偏在による過当競争の結果として、医薬品の乱売競争による弊害が問題となるに至つた。これらの弊害の対策として行政指導による解決の努力が重ねられたが、それには限界があり、なんらかの立法措置が要望されるに至つたこと。
[13](2) 前記過当競争や乱売の弊害としては、そのために一部業者の経営が不安定となり、その結果、設備、器具等の欠陥を生じ、医薬品の貯蔵その他の管理がおろそかとなつて、良質な医薬品の供給に不安が生じ、また、消費者による医薬品の乱用を助長したり、販売の際における必要な注意や指導が不十分になる等、医薬品の供給の適正化が困難となつたことが指摘されるが、これを解消するためには薬局等の経営の安定をはかることが必要と考えられること。
[14](3) 医薬品の品質の良否は、専門家のみが判定しうるところで、一般消費者にはその能力がないため、不良医薬品の供給の防止は一般消費者側からの抑制に期待することができず、供給者側の自発的な法規遵守によるか又は法規違反に対する行政上の常時監視によるほかはないところ、後者の監視体制は、その対象の数がぼう大であることに照らしてとうてい完全を期待することができず、これによつては不良医薬品の供給を防止することが不可能であること。
[15](一) 薬局の開設等の許可条件として地域的な配置基準を定めた目的が前記三の(一)に述べたところにあるとすれば、それらの目的は、いずれも公共の福祉に合致するものであり、かつ、それ自体としては重要な公共の利益ということができるから、右の配置規制がこれらの目的のために必要かつ合理的であり、薬局等の業務執行に対する規制によるだけでは右の目的を達することができないとすれば、許可条件の一つとして地域的な適正配置基準を定めることは、憲法22条1項に違反するものとはいえない。問題は、果たして、右のような必要性と合理性の存在を認めることができるかどうか、である。

[16](二) 薬局等の設置場所についてなんらの地域的制限が設けられない場合、被上告人の指摘するように、薬局等が都会地に偏在し、これに伴つてその一部において業者間に過当競争が生じ、その結果として一部業者の経営が不安定となるような状態を招来する可能性があることは容易に推察しうるところであり、現に無薬局地域や過少薬局地域が少なからず存在することや、大都市の一部地域において医薬品販売競争が激化し、その乱売等の過当競争現象があらわれた事例があることは、国会における審議その他の資料からも十分にうかがいうるところである。しかし、このことから、医薬品の供給上の著しい弊害が、薬局の開設等の許可につき地域的規制を施すことによつて防止しなければならない必要性と合理性を肯定させるほどに、生じているものと合理的に認められるかどうかについては、更に検討を必要とする。
[17](1) 薬局の開設等の許可における適正配置規制は、設置場所の制限にとどまり、開業そのものが許されないこととなるものではない。しかしながら、薬局等を自己の職業として選択し、これを開業するにあたつては、経営上の採算のほか、諸般の生活上の条件を考慮し、自己の希望する開業場所を選択するのが通常であり、特定場所における開業の不能は開業そのものの断念にもつながりうるものであるから、前記のような開業場所の地域的制限は、実質的には職業選択の自由に対する大きな制約的効果を有するものである。
[18](2) 被上告人は、右のような地域的制限がない場合には、薬局等が偏在し、一部地域で過当な販売競争が行われ、その結果前記のように医薬品の適正供給上種々の弊害を生じると主張する。そこで検討するのに、
[19](イ) まず、現行法上国民の保健上有害な医薬品の供給を防止するために、薬事法は、医薬品の製造、貯蔵、販売の全過程を通じてその品質の保障及び保全上の種々の厳重な規制を設けているし、薬剤師法もまた、調剤について厳しい遵守規定を定めている。そしてこれらの規制違反に対しては、罰則及び許可又は免許の取消等の制裁が設けられているほか、不良医薬品の廃棄命令、施設の構造設備の改繕命令、薬剤師の増員命令、管理者変更命令等の行政上の是正措置が定められ、更に行政機関の立入検査権による強制調査も認められ、このような行政上の検査機構として薬事監視員が設けられている。これらはいずれも、薬事関係各種業者の業務活動に対する規制として定められているものであり、刑罰及び行政上の制裁と行政的監督のもとでそれが励行、遵守されるかぎり、不良医薬品の供給の危険の防止という警察上の目的を十分に達成することができるはずである。もつとも、法令上いかに完全な行為規制が施され、その遵守を強制する制度上の手当がされていても、違反そのものを根絶することは困難であるから、不良医薬品の供給による国民の保健に対する危険を完全に防止するための万全の措置として、更に進んで違反の原因となる可能性のある事由をできるかぎり除去する予防的措置を講じることは、決して無意義ではなく、その必要性が全くないとはいえない。しかし、このような予防的措置として職業の自由に対する大きな制約である薬局の開設等の地域的制限が憲法上是認されるためには、単に右のような意味において国民の保健上の必要性がないとはいえないというだけでは足りず、このような制限を施さなければ右措置による職業の自由の制約と均衡を失しない程度において国民の保健に対する危険を生じさせるおそれのあることが、合理的に認められることを必要とするというべきである。
[20](ロ) ところで、薬局の開設等について地域的制限が存在しない場合、薬局等が偏在し、これに伴い一部地域において業者間に過当競争が生じる可能性があることは、さきに述べたとおりであり、このような過当競争の結果として一部業者の経営が不安定となるおそれがあることも、容易に想定されるところである。被上告人は、このような経営上の不安定は、ひいては当該薬局等における設備、器具等の欠陥、医薬品の貯蔵その他の管理上の不備をもたらし、良質な医薬品の供給をさまたげる危険を生じさせると論じている。確かに、観念上はそのような可能性を否定することができない。しかし、果たして実際上どの程度にこのような危険があるかは、必ずしも明らかにされてはいないのである。被上告人の指摘する医薬品の乱売に際して不良医薬品の販売の事実が発生するおそれがあつたとの点も、それがどの程度のものであつたか明らかでないが、そこで挙げられている大都市の一部地域における医薬品の乱売のごときは、主としていわゆる現金問屋又はスーパーマーケツトによる低価格販売を契機として生じたものと認められることや、一般に医薬品の乱売については、むしろその製造段階における一部の過剰生産とこれに伴う激烈な販売合戦、流通過程における営業政策上の行態等が有力な要因として競合していることが十分に想定されることを考えると、不良医薬品の販売の現象を直ちに一部薬局等の経営不安定、特にその結果としての医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等に直結させることは、決して合理的な判断とはいえない。殊に、常時行政上の監督と法規違反に対する制裁を背後に控えている一般の薬局等の経営者、特に薬剤師が経済上の理由のみからあえて法規違反の挙に出るようなことは、きわめて異例に属すると考えられる。このようにみてくると、競争の激化―経営の不安定―法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局等の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたいといわなければならない。なお、医薬品の流通の機構や過程の欠陥から生じる経済上の弊害について対策を講じる必要があるとすれば、それは流通の合理化のために流通機構の最末端の薬局等をどのように位置づけるか、また不当な取引方法による弊害をいかに防止すべきか、等の経済政策的問題として別途に検討されるべきものであつて、国民の保健上の目的からされている本件規制とは直接の関係はない。
[21](ハ) 仮に右に述べたような危険発生の可能性を肯定するとしても、更にこれに対する行政上の監督体制の強化等の手段によつて有効にこれを防止することが不可能かどうかという問題がある。この点につき、被上告人は、薬事監視員の増加には限度があり、したがつて、多数の薬局等に対する監視を徹底することは実際上困難であると論じている。このように監視に限界があることは否定できないが、しかし、そのような限界があるとしても、例えば、薬局等の偏在によつて競争が激化している一部地域に限つて重点的に監視を強化することによつてその実効性を高める方途もありえないではなく、また、被上告人が強調している医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等は、不時の立入検査によつて比較的容易に発見することができるような性質のものとみられること、更に医薬品の製造番号の抹消操作等による不正販売も、薬局等の段階で生じたものというよりは、むしろ、それ以前の段階からの加工によるのではないかと疑われること等を考え合わせると、供給業務に対する規制や監督の励行等によつて防止しきれないような、専ら薬局等の経営不安定に由来する不良医薬品の供給の危険が相当程度において存すると断じるのは、合理性を欠くというべきである。
[22](ニ) 被上告人は、また、医薬品の販売の際における必要な注意、指導がおろそかになる危険があると主張しているが、薬局等の経営の不安定のためにこのような事態がそれ程に発生するとは思われないので、これをもつて本件規制措置を正当化する根拠と認めるには足りない。
[23](ホ) 被上告人は、更に、医薬品の乱売によつて一般消費者による不必要な医薬品の使用が助長されると指摘する。確かにこのような弊害が生じうることは否定できないが、医薬品の乱売やその乱用の主要原因は、医薬品の過剰生産と販売合戦、これに随伴する誇大な広告等にあり、一般消費者に対する直接販売の段階における競争激化はむしろその従たる原因にすぎず、特に右競争激化のみに基づく乱用助長の危険は比較的軽少にすぎないと考えるのが、合理的である。のみならず、右のような弊害に対する対策としては、薬事法66条による誇大広告の規制のほか、一般消費者に対する啓蒙の強化の方法も存するのであつて、薬局等の設置場所の地域的制限によつて対処することには、その合理性を認めがたいのである。
[24](ヘ) 以上(ロ)から(ホ)までに述べたとおり、薬局等の設置場所の地域的制限の必要性と合理性を裏づける理由として被上告人の指摘する薬局等の偏在―競争激化―一部薬局等の経営の不安定―不良医薬品の供給の危険又は医薬品乱用の助長の弊害という事由は、いずれもいまだそれによつて右の必要性と合理性を肯定するに足りず、また、これらの事由を総合しても右の結論を動かすものではない。
[25](3) 被上告人は、また、医薬品の供給の適正化のためには薬局等の適正分布が必要であり、一部地域への偏在を防止すれば、間接的に無薬局地域又は過少薬局地域への進出が促進されて、分布の適正化を助長すると主張している。薬局等の分布の適正化が公共の福祉に合致することはさきにも述べたとおりであり、薬局等の偏在防止のためにする設置場所の制限が間接的に被上告人の主張するような機能を何程かは果たしうることを否定することはできないが、しかし、そのような効果をどこまで期待できるかは大いに疑問であり、むしろその実効性に乏しく、無薬局地域又は過少薬局地域における医薬品供給の確保のためには他にもその方策があると考えられるから、無薬局地域等の解消を促進する目的のために設置場所の地域的制限のような強力な職業の自由の制限措置をとることは、目的と手段の均衡を著しく失するものであつて、とうていその合理性を認めることができない。
[26] 本件適正配置規制は、右の目的と前記(2)で論じた国民の保健上の危険防止の目的との、2つの目的のための手段としての措置であることを考慮に入れるとしても、全体としてその必要性と合理性を肯定しうるにはなお遠いものであり、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならない。
[27] 以上のとおり、薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法6条2項、4項(これらを準用する同法26条2項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法22条1項に違反し、無効である。
[28] ところで、本件は、上告人の医薬品の一般販売業の許可申請に対し、被上告人が昭和39年1月27日付でした不許可処分の取消を求める事案であるが、原判決の適法に確定するところによれば、右不許可処分の理由は、右許可申請が薬事法26条2項の準用する同法6条2項、4項及び県条例3条の薬局等の配置の基準に適合しないというのである。したがつて、右法令が憲法22条1項に違反しないとして本件不許可処分の効力を維持すべきものとした原審の判断には、憲法及び法令の解釈適用を誤つた違法があり、これが原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は、この点において理由があり、その余の判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右処分が取り消されるべきものであることは明らかであるから、上告人の請求を認容すべきものとした第一審判決の結論は正当であつて、被上告人の控訴は棄却されるべきものである。

[29] よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法408条1号、396条、384条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上朝一  裁判官 関根小郷  裁判官 藤林益三  裁判官 岡原昌男  裁判官 小川信雄  裁判官 下田武三  裁判官 岸盛一  裁判官 天野武一  裁判官 坂本吉勝  裁判官 岸上康夫  裁判官 江里口清雄  裁判官 大塚喜一郎  裁判官 高辻正己  裁判官 吉田豊  裁判官 団藤重光)
[1] 原判決の理由(6丁、7丁)に
「その偏在により……その濫立により……ひいてはその施設に不備欠陥を生じ、品質の低下した医薬品の調剤供給等好ましからざる影響をきたす虞れがないでもない。」
[2] 此の判断は一般経験則や公知の事実によらない想像的でその必然的因果関係を論証してゐない。記録によつても施設の不備・薬品の品質の低下を示す事実の証拠はなく、将来を合理的に予測せしめる経済統計・諸資料も存しない。従つて右理由は憲法13条の規定する公共の福祉に該当する妥当性はない。

[3](イ) 本件の如く都市の薬店に於ては立地条件が営業の基礎で商店街内を要するが公衆浴場は裏町でもよいが薬店の距離制限は営業の死活を制する。
[4](ロ) 薬店は薬品の製造主体ではなくその小売・調剤であるから薬品の品質は生産にあつて薬店が左右し難い。薬品は機械工場の大量生産品が多く多量販売に適し従つて大量に安く仕入れ安く売る自由競争に適するが浴場は小数の家族経営で附近住民しか利用しない特徴を有す加へて浴場料金統制の点も薬店と異なる。
[5] 浴場経営不振がありとせば濫立よりも家庭風呂の増加が根本原因であることは一般経済の公知の事実である。
[6](ハ) 原判決が“廉売”を好ましからぬとするが自由競争により薬価の上昇を抑え且つ廉売へ導き国民生活を安定さすので競争による物価抑制こそ公共の福祉に合ふ。

[7] 薬店相互間の自由競争下・良い店舗・良い薬剤師の所に消費者が集中しその設備も向上するが逆に距離制限の薬店設置はその独占的地位にあぐらをかき国民の保健衛生等を等閑にふしがちとなる。
[8] 憲法22条が薬店経営を右判決理由でそれを統制し保護する立法政策を公共の福祉として承認してゐることを明確に論証したとは断じて言へない。
[9] 従つて画一的な距離制限は帰する所、既存業者の独占的利益の確保を目的とし新規開業者の営業の自由を侵す違憲の規制であらう。(同趣旨民商法雑誌51巻1号144頁)

[10] 従つて右判決理由は公共の福祉による制限の基準とする所の最高裁の比較衡量の法理(昭和28年12月16日判決)危険説(昭和27年8月29日第2小法廷判決)「著しく且つ国益、公安を害する行為を行ふ虞れがあると認めるに足りる相当の理由ある者」(昭和33年9月10日大法廷判決)の趣旨に反して居り、自由競争による弊害の可能性(蓋然性でもない)を予想して画一的な距離制限を以て公共の福祉に合致せしめようとするのは違憲と思はざるを得ない。(同趣旨田畑忍編憲法判例綜合研究23頁)
1 申請の権利
[11] 上告人の本件申請行為は憲法22条の職業選択の自由権に立脚し個人の公権の行使として薬事法6条1項の規定により薬事法施行規則29条1項の規定通り(土地の選定・設備・薬剤師の雇傭等許可基準通り)様式第15申請書によつて被上告人に対し営業許可を求める意思表示で私人の公法行為である。従つて、此の申請の権利は行政手続上の権利であるのみならず自由権に立脚する所の実体法上の権利の行使である。(同趣旨今村成和著行政法入門134頁)
[12] 此の申請は行政庁に対し
(イ) 適法な申請は之を受理すべきこと
(ロ) 受理した申請に対し相当の期間内に応答すべきこと(行政不服審査法2条2項、行政事件訴訟法3条5項)
(ハ) 応答は法に定める手続に従ひ、且つ法に適合した内容のものであるべきこと
を求める意思表示で行政庁は之れに対応する公法上の義務を負ふことになる。(同書135頁)

2 被上告人の受理行為=行政行為
[13] 上告人の申請を有効な表示として受領し薬事法6条に従つて之を処理する意思を表示された行政行為である。(柳瀬良幹著行政行為、行政法講座第2巻71頁)
[14] 従つて右受理たる行政行為は当然にその効力として拘束力と公定力を有し、本件申請・受理・許可関係が「法律上一定の要件のもとに一定の処分をなすべきことが一義的に定められてゐる場合」(三ケ月章編集裁判と法下1144頁)に該当し、薬事法上、受理時点の同法第6条1項規定の許可基準に合致するやを審査しその許否を決定しなければならない。

3 本件許可の法的性質=補充行為
[15] 旧薬事法(昭和23・7・2・法律第197号)は薬局等の開設はすべて登録制であつた。(旧法29条20条)本件許可は右公定力を有する受理行為(行政処分)に基づいてされるべく、上告人が営業自由権の主体として薬品販売行為に附随して法律上の効果を完成ならしめるものでその許可によつて営業権自体を創設するものではない。なぜなら、行政庁が営業自由権の主体でもなければ、或ひは又営業権の所有者でもないからである。(参考前記行政法講座第2巻71頁)

[16] 従つて原判決(4丁裏)の
「受理といふ行政行為によつて当然に受理当時の法律に準拠して処理さるべき法的地位が生ずるものでない」
との判断は憲法22条、薬事法6条1項の解釈・適用を誤つてゐる。
[17] 本件申請が昭和38年7月11日受理され、翌12日法改正(改正は6条1項に2項以下を追加したもので第1項は現在でも有効)がなされても同年10月1日広島条例が施行されるまでの間は薬事法6条2項は適用不可能であるから6条1項だけが有効完全な法である。
[18] 原判決が乙第11号証厚生次官通達を単なる意見とするのは正解といへない。

[19] 原判決は被上告人の第1次行政処分=不作為処分の違法性を看過してゐる。
[20] 薬事法の許可は従来、申請より15日~30日間にされてゐたのが通例で本件申請は受理されたまま条例施行(38・10・1)まで80日の長きに亘つて放置された(不作為処分)(憲法31条、民法1条2項の趣旨違反)乙第9号証ノ1(議事録)と岡証人によると広島県に於ては条例施行前の申請はすべて改正条例をまつて処理する行政方針を打出し之をにぎりつぶしてゐた、之は違法な不作為処分でそのまま本件不許可処分にその違法性が承継されて違法性を帯びてゐる点を原判決は看過してゐる。(前記裁判と法下1142頁~1144頁)

6 法令不遡及の原則違反(憲法39条の趣旨違反)
[21] 原判決(4丁裏)
「かりに旧法によつて受理された受理の効力そのものが法改正により奪はれるときはまさに法律不遡及の原則に反することになる」
としながら法の経過規定がないからとて、右原則を適用しなかつたが右原則は経過規定のなきか、立法の不備な時こそ右原則を適用すべきである。(此の点原判決は理由不備のそしりを免れないのではなからうか)
[22](イ) 法令の遡及適用について国民の不利益においては遡及施行の効力は否定されるべきであらう。(田中二郎新版行政法上全訂1版57頁)
[23](ロ) 社会生活の安定といふことを考へれば新法令施行前に発生した(法的)事実に対し新法令を遡ぼつて適用し旧法令の過去の効力をくつがえすことは厳に戒めなければならない。……場合によつては……制度の改革を行ふことが広い意味の公共の福祉に合致し且つ、既得の権利や地位を侵害することに合理的な基礎があり何らかの意味でその代償も与へられるというような場合にはあえて新法令を遡つて適用することも全く許されないとはいえないであらう。(林修三著「例解立法技術」467頁~468頁)
[24] 原判決は前述の如く公共の福祉に合致せず且つ合理的な基礎もないのに新法令のあえて遡及効を認める違法な判断をしてゐる。こと、本件の如き基本的人権の制限については厳格の法理が貫かねばならないであらう。
 本件上告を棄却する
 上告費用は上告人の負担とする
との判決を求める。
[1] 上告人の主張は、要するに、
 昭和38年法律第135号による改正後の薬事法(以下「改正薬事法」という。)6条2項及び同法に基づく「薬局等の配置の基準を定める条例」(昭和38年広島県条例第29号。以下「県条例」という。)は、薬局並びに医薬品の一般販売業及び薬種商販売業の店舗(以下「薬局等」という。)の開設に関し、画一的な距離制限を設けているが、右規制は既存業者の独占的利益の確保を目的とし、新規薬局等開設者の営業の自由を侵害し、憲法22条に違反する規制である。しかるに、原判決は、薬局などの偏在及び乱立により「ひいては、その施設に不備欠陥を生じ、品質の低下した医薬品の調剤供給等好ましからざる影響をきたす虞れがないでもない」との判断により、薬局などの偏在ないし乱立を来すことを公共の福祉に反するものとし、このような理由から、薬局の開設などに許可を与えないことができる旨の前記改正薬事法とこれに基づく県条例は、憲法22条に違反するものでないと判示しているが、右判断は一般経験則に基づかないものであり、したがつて、右規制は妥当性のないものであつて、公共の福祉による制限とはいえない、
というのである。
[2] しかしながら、右の営業の自由に対する制限は、以下に述べる理由により、何ら憲法に違反するものではないというべきである。
[3] なお、上告人の憲法13条違反の主張は、明らかに失当であるから、あえて言及する必要もないと考える。
[4] 憲法22条1項の保障する営業の自由に対する制限の合憲性判断の基準については、小売市場の開設経営を都道府県知事の許可にかからしめている小売商業調整特別措置法3条1項の規定の合憲性の問題を取り扱つた最高裁判所昭和47年11月22日大法廷判決(刑集26巻9号586ページ)が詳細に説示しているところである。
[5] すなわち、右判決は、個人の経済活動に対する法的規制は、個人の自由な経済活動からもたらされるもろもろの弊害が社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過することができないような場合に、消極的に、かような弊害を除去ないし緩和するためであれ、又は積極的に、国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し、もつて社会経済全体の均衡のとれた調和的発展を図るためであれ、それがこれら目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、憲法上許容されるものであること、そして、
右の「法的規制措置を講ずる必要があるかどうか、その必要があるとしても、どのような対象について、どのような手段・態様の規制措置が適切妥当であるかは、主として立法政策の問題として、立法府の裁量的判断にまつほかはな」く、「裁判所は、立法府の右裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができるものと解するのが相当である。」
と判示している。
[6] 本件において問題となつている薬局等の配置規制の合憲性判断の基準についても、これと別異に解すべき理由は全くない。したがつて、右法的規制措置については、規制の目的及び手段・態様が著しく不合理であることが明白であると認められない限り、これを違憲とすることはできないのである。
[7] 上告人は、この点につき、3つの最高裁判所判例を引用している。しかし、第1の昭和28年12月16日大法廷判決(刑集7巻12号2457ページ)は、昭和20年9月10日付け連合国最高司令官覚書「言論及ビ新聞ノ自由ニ関スル件」第3項についての昭和25年政令第325号違反の罪は、講和条約発効後においては刑の廃止があつたものとして免訴すべきか否かの問題を、第2の昭和27年8月29日第2小法廷判決(刑集6巻8号1053ページ)は、自治警察の警察吏員に対し怠業的行為をしようようした行為につき地方公務員法37条1項、61条4号を適用した原判決が憲法21条に違反するか否かの問題を、第3の昭和33年9月10日大法廷判決(民集12巻13号1969ページ)は、旅券法13条1項5号の規定が憲法22条2項に違反するか否かの問題をそれぞれ扱つたものであつて、いずれも本件と事案を異にするものであり、本件について先例的価値を有するものではない。
[8] また、上告人がこれら最高裁判所判例を引用する趣旨が、営業の自由に対する制限の合憲性判断の基準として、「比較衡量の法理」(営業の自由等個人の自由と社会の安全との両者の均衡が保たれなければならないとの意であろうか。前記昭和28年12月16日大法廷判決における小林俊三裁判官の補足意見・刑集2488ページ参照)、「危険説」(営業の自由等個人の自由に対する制限は、その自由の行使が社会に対し実害を与える危険が十分に認められる場合にのみ許されるとの趣旨であろうか。前記昭和27年8月29日第2小法廷判決における栗山茂裁判官の補足意見・刑集1056ページ参照)又は「著しく且つ国益、公安を害する行為を行ふ虞れがあると認めるに足りる相当の理由ある者」との基準(当該営業を許可することによつて、著しくかつ直接に国益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者についてのみ、営業の自由を制限し得るとの趣旨であろうか。)を採用すべきであるというのであれば、これらの基準は、いずれも適切な基準とはいい難い。
1 薬事法改正に至る経過
(一) 米国薬事使節団の勧告(昭和24年)
[9] 薬局等の適正配置の問題については、つとに第二次大戦直後からその必要性が指摘されていた。
[10] すなわち、昭和24年7月に来日した米国薬事使節団の日本の薬事に対する勧告書は、医師と薬剤師の専門領域を明確化する必要のある点にその重点が置かれていたが、その内容は極めて広範な各部門に及んでおり、勧告項目の1つとして、
「人口および地理的配置との関連においての薬剤師および薬局ならびに現存医薬品販売業者および薬店の分布状態は、薬事審議会によつて不断に研究せらるべき問題であり、かつ、過剰の人員、施設の、稀少地域への分散を計るために、飽和状態に達せんとする都道府県および都市においては最高限度を定むべきこと。」
との1項目が含まれており、この点につき、
「薬事法(法律197号)では、薬剤師ならびに薬局、薬剤師でない医薬品販売業者、薬店および医薬品行商人の数を、一般大衆の必要度に応じて適当に制限するような規定は、なんら設けられていない。その結果、薬剤師や薬局の数が市部、町部に過度に集中し、村部では稀少となつている。薬剤師および薬局の数ならびに分布を規制する妥当な方法を定めるように法律を改正することを指摘する。人口に対する薬剤師および薬局数の比率を決定すべきであり、医薬品販売業および薬店が薬剤師および薬局に逐次変更することを考慮に入れて妥当な比率を決定せねばならぬ。」
との指摘がされていた(高野一夫・薬事法制32~47ページ参照)。
(二) 厚生省薬務局長の各都道府県知事あて通知(昭和33年)
[11] 厚生省薬務局長は、昭和33年、薬事制度運営施策の一環として、「薬局の適正配置に関する指導要領」を決定し、同年5月6日、これに基づき配置計画を作成し、右計画に基づき指導するよう各都道府県知事あて指示した。この指導要領の趣旨は、地域によつては薬局の配置がいまだ十分とはいい難い現状にかんがみ、無薬局地域の解消等薬局の適正配置を図るものであり、その内容は、都道府県ごとに、病院、診療所の診療圏及び1薬局が担当することが適当と認められる人口、地域等を考慮し、各地域の実情に即し、最少限度必要と認められる薬局設置を目途として、薬局配置計画を作成して、
「薬局配置計画を関係者に予め周知させる方途を講ずる。特に、新規開局希望者に対しては、配置計画に沿い、出来るだけ薬局の配置が十分と考えられる地域を避ける。無薬局地域又は、薬局不足地域に開局するように適切な指導を行い、必要と認められるときは、金融のあつせんその他開局に関し必要な援助、指導を行う。」
というものである。
(三) 薬事法案に対する参議院社会労働委員会の附帯決議(昭和35年)
[12] 昭和36年、薬事法(昭和23年法律第197号)が廃止されて現行薬事法(昭和35年法律第154号)がこれに代わり、薬局等の開設は登録制から許可制に改められたが、この新薬事法案を審議した第34回国会の参議院社会労働委員会において、昭和35年5月17日、薬事法案に対する附帯決議がなされ、その中には
「医薬品の乱売は厳として慎しむべきである。政府は、速かに各地の乱売を終熄せしめるよう、極力対策を講ずべきである。」(第1項)及び
「薬局の適正配置をはかり、以て国民皆保険に協力せしめ得るよう、対策を講ずべきである。」(第8項)
との各項目が含まれていた(第34回国会参議院社会労働委員会会議録第33号参照)。
[13] ところで右国会においては、薬局等の適正配置の必要性について種々の議論がされている。
[14] すなわち、東京、名古屋、岐阜、大阪、福岡、その他各地における医薬品の乱売問題、特に昭和35年2月の東京池袋における乱売競争が、参議院社会労働委員会において、重大な事態として取り上げられ、その対策として、薬事監視の強化、中小企業団体の組織に関する法律に基づき設立された商工組合による過当競争除去のための販売数量、販売方法及び販売価格などについての調整事業を行うこと並びに小売商業調整特別措置法15条に基づく都道府県知事の紛争のあつせん又は調停を行うこと等の措置を採るべきか否かについて議論が交わされている(第34回国会参議院社会労働委員会会議録第4号、第6号及び第8号参照)。
[15] また、薬事法案の審議の過程において、薬局等の乱立、医薬品の乱売を阻止し、適正な価格で良質の医薬品を安心して国民が入手することができるような措置が必要であるとの議論がされるとともに、無薬局地区の現状及びその解消のための方策についても議論がされており、政府当局は、無薬局地区の解消のためには、経済的援助、助成によるべきであり、具体的には医療金融公庫の活用等を考えている旨答弁しているが、議員側からは薬局等の適正配置の必要性が強調されている(第34回国会参議院社会労働委員会会議録第28号、第32号、第33号)。
(四) 参議院社会労働委員会の「スーパーマーケツトにおける薬局並びに医薬品販売業の適正化に関する決議」(昭和36年)
[16] 昭和36年7月31日、参議院社会労働委員会において、「スーパーマーケツトにおける薬局並びに医薬品販売業の適正化に関する決議」がされた。
[17] 右決議は、
「参議院社会労働委員会の派遣視察団は、その調査視察の中で特に大阪市内における薬局並びに一般医薬品販売業の在り方につき、次の如き事項を発見したので、現場の写真を添附して実情を報告する。当委員会は、厚生大臣の速やかなる善処方を要請する。」として、
「新薬事法審議に際して当委員会は全会一致をもつてする附帯決議を行ない、その第一に、政府は速やかに医薬品の乱売阻止の対策を講ずべきであることを要請しておいたが、今回の視察においても、乱売が依然として各所で行なわれている事実を見たことは、極めて遺憾である。このことは、単に大阪市内に止まらず、東京都を初め各地方でも同様の事態にあることを指摘する。」(第4項)、
「右の附帯決議の他の項に、薬局等の開設に当り適正配置を考慮すべきことを要請したが、大阪府が内規をもつて100米の距離制限を設けたことは、当委員会の決議にそう施策と考える。他の都道府県においても、この種の方針をもつて薬局等の開設許可を吟味することが、当委員会の決議の主旨にそうものと考える。」(第5項)
等の指摘がされている。
(五) 厚生省薬務局長の各都道府県知事あて通知(昭和37年)
[18] 薬事法によれば、薬局等の許可については、一定の要件に適合していさえすれば当然許可しなければならない建前であるが、許可をすれば、既存業者との間に深刻な争いを起こし、ために流通秩序の混乱を来し、また、過当競争激化、経営不安定、ひいては医薬品の供給及び調剤の質的低下という事態の発生が極めて明らかに予想される場合には、可能な限りの調整をすることも、行政を担当する者としては当然の責務である。そのような見地から、厚生省薬務局長は昭和37年4月5日付け通知「薬局、一般販売業の許可等の取扱いについて」により各都道府県知事あて指示したが、その概要は次のとおりである。
「薬局及び一般販売業は、国民に対して良質な医薬品を適正に、かつ、必要に応じて支障なく供給するという社会的使命をもつており、特に薬局は医療に必要な調剤を行なうという特殊の使命を有していることにかんがみ、これが全国的に適正に配置されることが望ましい。
 したがつて、これらの許可にあたつては、単に薬事法の諸規定に適合しているか否かのみによつて処理することなく、更に、当該地域における医薬品に対する需要と供給等の状況を勘案し、薬局等の経営の安定を図り、もつてその社会的使命を達成し得るため、できるだけ適正に配置されるように配慮し、これらが徒らに偏在する事態の生じないよう指導すること。」(以下省略)
[19] この結果、各都道府県においては、許可申請に当たつて過剰地域での申請を極力説得撤回させ、やむを得ないときは既存業者との協議のあつせんを行つて相当の好結果を得たが、このことは、適正配置の必要性がいかに緊迫し、いかに高まつているかということを物語るものである。そして、競争の度合が更に激化するに伴い既存業者、申請者ともに自己の立場のみを主張し、円満解決を見ることは到底不可能になり、配置規制の法的根拠の必要性が痛感されるに至つた。
[20] なお、幾つかの申請者と既存業者の協議のためのあつせんよりも、許可申請者に対して、画一的に既存業者との間に一定の距離(50メートル、100メートル、150メートルの例が多かつた。)を置いた場合に限つて申請するよう指導することとし、これが「距離制限指導内規」として一つの行政のタイプを形作り、混乱の緩和に相当の効果を挙げていた(以上については、横田陽吉(昭和38年当時の厚生省薬務局薬事課長)・薬局等適正配置解説14~16ページ)。

2 国会における審議の経緯
[21] 薬事法の一部を改正する法律(昭和38年法律第135号)は、昭和38年3月25日、参議院議員高野一夫(日本薬剤師会会長)、同中山福蔵(全国薬業士会連合会会頭)ほか18名の自由民主党所属参議院議員の発議により法律案が参議院に提出された(横田・前掲書17ページ)。
(一) 提案理由
[22] 高野一夫議員が次のとおり右法律案の提案理由を説明している(第43回国会参議院社会労働委員会会議録第12号)。
「医薬品の調剤及び供給の業務に携わつている薬局、薬種商及び一般販売業のごときは、現在都市に集中し、繁華街に偏在乱設される反面、これらの施設のない地域では住民に不便を与え、偏在の地域にあつては必然過当競争の激化となり、いわゆる乱売が行なわれ、その結果は経営の不安定を招来して、あるいは施設に欠陥を生じ、あるいは医薬品供給の適正を阻害する結果となり、そして今後とも、かかる事態はますます激しくなる傾向にあります。このことは、偏在乱設に大いなる原因があるばかりでなく、医薬品販売の特殊の使命感を持たずに、単なる営利事業として経営に当たる大企業体が実現することにも原因があると考えます。
 現行の薬事法をもつてしては、偏在乱設を防止する道もなく、一定の基準に適合すれば開設を許可するよりほかない状態にあるのであります。現行薬事法制定にあたつて、国会は、新規開設の際には適正配置を考慮して許可、不許可をきめるよう要請しており、厚生省も極力その指導を行なつているのであります。その結果、主要なる都道府県においては適正配置の内規を定めて、それをもつて行政措置に役立てようとしております。しかし、これはあくまでも内規にすぎず、法律に基づく条例ではないために、十分の目的を達し得ない現状にあります。
 これらの欠陥を是正して、乱設偏在を防ぎ、各自が適正なる医薬品の供給や調剤を行なうことができるようにいたしまして、国民の医療と保健に奉仕せしむべきであります。そしてこのことがあわせて無薬局地区や無薬店地区の解消にも資する一助ともなり得れば、国民皆保険医療に協力せしめるゆえんともなろうかと考えます。よつて本改正案を提出いたした次第であります。」
[23] すなわち、右法律案の立法目的は、第一に、薬局等の都市への偏在、乱設に由来する過当競争、医薬品の乱売による経営の不安定、施設の欠陥の発生を防止し、適正な医薬品の供給、調剤を行うことができるようにすること、第二に、併せて無薬局地区の解消を図るための一助とし、これら地区の住民の不便を減少させることである。
(二) 国会における審議の状況
[24] 国会における審議の概要は次のとおりである。
[25] まず、薬局の配置状況については、昭和35年末において、全国2万1千余の薬局のうち、市部に1万7千数百が集中し、郡部は4千足らずであるが、医薬品は国民の生命、健康に重大な影響をもつものであるから、薬局等が適正に配置されて、全国民がひとしく利用し得るような状態になくてはならないこと、また、いわゆる医薬品の乱売については、東京、大阪、名古屋等の大都市の一部地域において多数の薬局が乱立しており、その結果目に余る乱売合戦が行われ、一部業者においては経営上不安が生じ、設備、器具等に欠陥が生じ、適正な調剤をし良質な医薬品を供給、販売するという社会的使命を果たし得ないような実態にあること、右のような事態を防止するためには薬局等の経営の安定を図る措置が必要であることが指摘されている。
[26] なお、医薬品は、その性質上、需要者が品質の良否について価値判断をすることができないから、品質の維持はあげてこれを取り扱う業者自身の責任に任せるほかはないことが強調されている。
[27] 更に、右のような立法目的を達成する手段として、他の規制方法があり得るか否かについても検討が加えられている。第一に、薬局等において医薬品の取扱いが適正に行われていない場合には薬事監視制度によりこれを取り締まるという方法については、わずかの数の薬事監視員によつて11万軒に上る販売業者に対し十分な監視をすることは極めて困難であり、業者自らの良識に頼らざるを得ないとされている。第二に、医薬品に有効期間等の表示をさせることにより需要者にも良質な医薬品の選択が可能になるのではないかとの点については、医薬品は、その有効期間が画一的ではなく、輸送の途中における諸条件、保存方法及び製薬技術等のいかんによつてまちまちであるから、右のような表示規制によつては問題は解決するものではないとされている(以上については、第43回国会参議院社会労働委員会会議録第13号及び同国会衆議院社会労働委員会議録第46号参照)。

3 薬局等の配置規制の合理性
[28] 右にみた立法目的及びこの目的を達成するために法律が採用した配置規制は、以下詳述するとおり、十分合理的なものである。
[29](一) 医薬品の調剤と供給とが適正に行われることが、疾病の診断、治療、予防及び健康の保持増進のために、すべての国民にとつて欠くべからざるものであることはいうまでもないところである。薬事法が薬局開設者及び医薬品販売業の許可を受けた者にのみ医薬品の供給の業務を行うことを認めているのは、それが直接国民の生命と健康とに関連する重大な業務であるからにほかならない。それゆえ薬局等は、国民が医薬品の供給を円滑に受け得るために不可欠かつ非代替的な存在であり、その業務が直接国民全体の保健衛生に関することから見て、多分に公共性を有する厚生施設ということができる。
[30] のみならず、職業、営業には、需要者又は消費者との関連でみると、一般の需要者において、その取扱品についての価値判断を行うことができるものとできないものとがある。需要者が、その求めるものについて、自分で、良いものか悪いものかを判断することができる場合には、法律は最小限度の干渉にとどめても弊害は生じない。しかし、需要者の一般の能力からみて価値判断が不可能な場合には、需要者側の自衛力が欠如しているから、特別の規制を加える必要が生じてくる。医薬品は、その必要性が最も強いものということができる。一般の需要者は、どの薬が適当なものか、この薬は悪くなつているものかどうかを、事前に判断する能力を持ち合わせない。また、薬の効果についても、事後に適確に判定する能力はない。医薬品による障害は、極めて極端な場合を除いては、それが徐々に体に影響していくときは、素人には自覚すらされ得ないものである。医薬品は、化学的合成医薬品、生物学的製剤、抗菌性物質製剤、生薬、天然抽出物製剤など、その種類が広範にわたり、しかも品質は簡単に目で見て分かるというものではなく、また、その判別方法は物理的化学的方法など専門家でなければ行い得ないものであるのが通常である。したがつて、国民の大多数は、自らの健康に重大な関係をもつ医薬品であるにかかわらず、その選択と価値判断を、専らそれを業務上取り扱う者の選択、判断にゆだねざるを得ないことになつているのが現状である。
[31](二) ところで薬局等は、都市特にその繁華街に集中して乱設され、著しく偏在する傾向を示していた。
[32] すなわち、昭和35年12月末現在、全国の薬局数は2万1119、一般販売業は6388、薬種商販売業は1万4894であつたが(薬務公報社刊・最近の薬務行政(昭和37年版)第14表)、昭和35年1月1日現在、そのうち県庁所在地の市(東京都の場合は23区)に薬局は9521、一般販売業は4057、薬種商販売業は3298が所在していた(右同第8表)。そして、右県庁所在地の市における薬局1箇所当たり人口並びに薬局、一般販売業及び薬種商販売業を加えた1箇所当たりの人口は別表一記載のとおりである。これらの数値によれば、薬局等が大都市に集中している傾向を明らかに看取し得る。
[33] その反面、昭和35年12月末における無薬局町村の数は1169に上つており(右同第6表)、昭和31年8月末の調査では無薬局町村数は2141であり、全国の町のうち21.7パーセント、村のうち79.0パーセント(町村を合わせると52.5パーセント)を占めていた(昭和32年度版厚生白書125ページ)。そこで、薬局等がないかあるいは非常に少ない地域では、住民に対して適正な調剤の確保と適正な医薬品の供給を図ることが難しく、国民の保健衛生の維持増進にとつてはなはだ望ましくない状態となる。また、それが偏在する地域では、必然的に過当競争が激化し、いわゆる乱売が行われる。そして、その結果、経営は不安定となり、消費者に対して医薬品の濫用を助長させるとともに、その効能、効果、副作用並びに使用上及び取扱上の注意事項を告げる等、販売に当たつて必要な措置、指導を行うことがおろそかになるし、また、医薬品の品質管理、設備器具等の管理が不十分となり、品質の低下した医薬品の供給及び調剤が行われることにもなつて、国民の保健衛生上由々しい状態となる。
[34] 第二次大戦後、我が国における医薬品の生産高は逐年上昇の一途をたどり、昭和37年には生産金額が2600億円を超えて、昭和30年の生産金額895億円の約3倍に達するという飛躍的発展を遂げた。そして、このような発展は、その反面において、一部医薬品の過剰生産、販売競争の激化という事態を生ぜしめるに至つた。
[35] すなわち、昭和32年の後半ころから大阪市の一部の現金問屋が卸価格で医薬品の小売りを行つたのに対して、近辺の小売業者が対抗上小売価格を大幅に引き下げたのが発端となり、このような現象が相次いで京都、神戸、岐阜、名古屋などの各都市に波及し、昭和35年2月の東京池袋に発生した乱売合戦で頂点に達した。既に述べたとおり、池袋問題は、当時の大きな社会問題として国会でも取り上げられたが、同年12月当事者たる両店が閉店することにより解決されたものの、このころから現金問屋の乱廉売に加えて、スーパーマーケツトにおいて医薬品販売業を営もうとするものが全国各地に相次ぎ、既存業者との間に摩擦が絶えなくなつた。
[36] この過当競争の焦点が乱廉売を可能とするための安価な仕入れということに合わせられる関係上、現金問屋又は返品問屋のような新しい業態を生み、これらを経由する医薬品の中には製造番号をまつ消したものが現れるなど、保健衛生上の問題として看過し得ない重要事に移行したのである。また、スーパーマーケツトが参加した後の段階での競争は、他商品の顧客誘引のため医薬品の原価を割つた販売を行うとか、返品を安く仕入れて廉売するとか、あるいは資本力に物を言わせて一時的には経営計算を無視しての市場占拠策を講ずるとかの事態が見られ、その深化の度合いによつては、医薬品流通の大部分の機構が混乱して一部の強力なもののみに整理されるとか、不良医薬品の仕入れ、販売の危険の発生のみならず、経営の不安定に基づく非良心的業務処理、例えば医薬品の保存、陳列、販売面における法令無視などが背に腹はかえられないこととしてひん発するおそれがあつたのである(以上、医薬品の乱廉売については、横田・前掲書7~11ページ参照。)
[37] ところで上告人は、
「薬店は薬品の製造主体ではなくその小売・調剤(を担当するもの)であるから薬品の品質は生産にあつて薬店が左右し難い」
と主張しているが、右主張は大きな誤りを犯している。
[38] 薬事法42条1項は、生物学的製剤、抗菌性物質製剤その他保健衛生上特別の注意を要する医薬品につき、厚生大臣がその製法、性状、品質等のみならず、「貯法」に関しても必要な基準を設けることができる旨を定めており、医薬品の保存方法等の重要性はこの一事からも明らかである。同項に基づく基準としては、生物学的製剤基準(昭和46年7月17日厚生省告示第263号)、日本抗生物質医薬品基準(昭和44年8月11日厚生省告示第275号)及び放射性医薬品基準(昭和46年4月1日厚生省告示第79号)等がある(ただし、このうち一般の薬局等で実際に販売されているのは、抗生物質の一部である。)。
[39] このほかに、医薬品の中には、冷暗所で保管すべきもの、一定の温度で保管すべきもの、光、火気を避けるべきものが多数あり、医薬品の保管には細心の注意が必要なのである。
[40] 旧薬事法(昭和23年法律第197号)の医薬品の販売業につき登録制を定めた規定の合憲性の問題を扱つた最高裁判所昭和40年7月14日大法廷判決(刑集19巻5号554ページ)も、
「販売される医薬品そのものがたとえ普通には人の健康に有益無害なものであるとしても、もしその販売業を自由に放任するならば、これにより、時として、それが非衛生的条件の下で保管されて変質変敗をきたすことなきを保しがたく、……公衆に対する保健衛生上有害な結果を招来するおそれがある」
と判示している。
[41](三) 右(二)において述べたような国民の保健衛生上のもろもろの弊害の発生を防止するには、その根本原因となる過当競争を無くして、薬局等の経営を安定させることが最も必要である。けだし、薬局等が営利主義に徹して経営を考えていかなければその経営が破たんするという危険性を負わせている状態のままで、良識的な医薬品の取扱いを期待することは到底無理であり、良識的な医薬品取扱いの機能を十分発揮しても安定した経営をすることができる状態に置くことこそ、前述したようなもろもろの弊害を根絶する基盤となるからである。この点につき上告人は、
「薬店相互間の自由競争下、良い店舗、良い薬剤師の所に消費者が集中しその設備も向上するが逆に距離制限の薬店設置はその独占的地位にあぐらをかき国民の保健衛生等を等閑にふしがちとなる。」
と主張し、公衆浴場についてではあるが同旨の見解を採る学者もある(成田頼明「公衆浴場法2条2項と職業選択の自由」別冊ジユリスト続判例百選第2版14ページ、深瀬忠一「条例一般」ジユリスト行政判例百選60ページ)。
[42] しかし、過当競争が行われた場合、設備、サービスの向上により顧客の誘引を図ろうとするよりも、むしろ設備等の維持を犠牲にしても、より多い利潤の追及を図るのが経験則であるといわざるを得ないのであつて、前述の乱売合戦はこのことを如実に物語つている。少なくとも、すべての業者が設備等の向上に努めるということは容易に想像し難いことである。
[43] また、既に述べたとおり、医薬品については、利用者にはその店舗の良否、薬剤師の良否、ひいては医薬品の品質の良否を判断する能力がないのであるから、良い店舗、良い薬剤師の所へ消費者が集中するという保障もないのである。
[44] 更に、上告人は、自由競争による物価抑制こそ公共の福祉に合致するものであると主張する。
[45] 確かに自由競争により物価は一時的に抑制されるかもしれないが、国民の生命、健康はこれに代え難いものである。消費者の利益として保護されるべきは、一時的に安価な医薬品を入手可能にすることではなく、安定した経営により安定した販売がされ、良質の医薬品が継続的に確保されることである。
[46](四) そして、薬局等の過当競争を無くすには、薬局等の配置について法的規制措置をすることが最も有効であり、かつまた、そのような手段以外に有効適切な手段は考えられない。
[47] 一般に許可営業とされている職業について、その適正を図るために採られている措置としては、業務従事者に対する義務付けと、その違反を監視する制度とがある。そして、公衆浴場についてであるが、配置規制が不必要である理由として、
「〔衛生設備〕低下のおそれが客観的で明白な時に警告する等の措置も考え得るのである」(山下健次「公衆浴場法第2条および昭和24年奈良県条例第2号公衆浴場法施行条例第1条の合憲性」民商法雑誌43巻1号150ページ)、
「無用の競争により衛生設備が低下するという現象が生じた場合には許可の取消の途がすでに用意されてある」(佐藤功・ポケツト註釈全書憲法165~166ページ)
等の指摘がされている。
[48] 薬局等については薬事監視制度が採られており、薬局等の不良医薬品の販売禁止等各般の業務管理が法令に従つて適正に行われているかどうかを主眼として、随時薬事監視員による立入り等による監視が行われている(薬事法69条1項、77条)。そして、厚生大臣又は都道府県知事は、医薬品等を業務上取り扱う者に対し医薬品等の廃棄等を命ずることができ(同法70条)、薬局開設者等に対し構造設備の改繕等(同法72条)、薬剤師の増員(同法72条の2)及び管理者の変更(同法73条)を命じ得ることとなつている。また、都道府県知事は、薬局開設者等について法令に違反する行為があつたときは、その許可の取消し又は業務の停止を命ずることができる(同法75条)こととされている。
[49] しかし、薬事監視員の数にも限度があり、多数の薬局等の業者に対し、しかも私企業に対してひんぱんに立入り等をすることは、能力的にも建前上も極めて困難なことである。また、中小規模の資力の乏しい業者が多い関係上、経営の不安定が直ちに人手不足を生み、業務管理の不徹底という形をとりやすいので、時折の監視によつて十分な効果を挙げることは到底不可能である。
[50] なお、薬事監視員の実態について述べると、昭和38年3月当時、全国における監視員の数は、570名、県の職員を入れても1998名にすぎなかつた。これに対し、監視の対象は3つの小売業すなわち、薬局、薬種商、一般販売業と特例販売業(品目を数種限定して駅などで売つているもの)とを合計すると11万に達する状況であつて、わずか2000人足らずの監視員で監視を行い、不良医薬品の販売禁止等の措置を採るという目的を十分に達成することは到底不可能であつたのである(高野・前掲書249~250ページ)。
[51] ちなみに、薬局等に対する薬事監視による最近の違反発見の状況を見ると、昭和48年においては、別表二記載のとおり、違反発見施設数は合計1万6千箇所余りに上つている。
[52] このように多数の違反が摘発されていることは、法令に違反した医薬品の販売等がいかに多いかを実証するものである。
[53] このように薬事監視の効果が十分期待し得ないことに加えて、前述のとおり消費者である国民の大多数が医薬品の選択力、適否の判断力を有しない現状においては、その及ばないところは、薬局開設者等医薬品供給業務に従事する者の良識的協力にまつほかはない。そして、そのためには、業者の経営を安定させることが絶対に必要である。
[54] 次に、医薬品については、表示規制すなわち消費者の選択に便ならしめるために有効成分などを、使用上の誤りを防ぐために「習慣性あり」の文字(薬事法50条8号参照)などを、また、不良医薬品の検索を可能にするために製造業者名、製造番号などを表示させることが考えられる。
[55] そして、一般的に古くなつた医薬品に品質が低下し又は粗悪化した医薬品が多いため、製造年月日と有効期間を表示させることにすれば、これらの不良医薬品の流通を防止することが可能ではないかということが問題となる。
[56] この点、薬事法は、生物学的製剤、抗菌性物質製剤などについては貯法、有効期間を表示させることとしているが(同法50条6号、42条1項)、これらについては、製剤の性質上、低温保存等一定の貯法が守られないと効力が減退滅失すること、適当な条件下における有効期間が学問上明らかにされていることから画一的に表示させることが可能なためである(横田・前掲書49ページ)。その他の医薬品については、特に製薬技術の向上により長期間品質が安定し経時変化の少ないものが多くなり、製造後の一定期間の経過により一律に効力がないものとすることは実情に合わないし、むしろ運搬、貯蔵、陳列の方法が品質、効力の安定に大きく影響することから考えれば、製造年月日、有効期間の表示により問題が解決するとは到底考えられない。したがつて、貯蔵、陳列等が適正に行われ、販売授与時に十分な品質のチエツクがされるよう、薬剤師の管理が適正化されることなどが不可欠である。
[57] なお、国会においても、これらの手段について議論がされていることは、既に見たとおりである。
[58](五) 無薬局地域の解消という付随的な立法目的については、公衆浴場に関してではあるが、
「距離制限は、浴場の設けられていないところに浴場を新設することを促進するという意味での利用上の不便を解消する手段としては殆ど効果がないといえよう。」(成田頼明・前掲論文15ページ)、
「偏在防止のための不許可によつて、無寡浴場地域の公衆の便が直ちに促進されるとは考えられない。なる程、制限区域内での設置不許可が区域外への設置の蓋然性を生みだすことは考えられようが、利潤動機での営業という観点にたてば、むしろ距離制限がなければ全体として増加すべき公衆浴場が不許可処分によつてそれだけ減少する結果も予想されうる。」(山下健次・前掲論文149ページ)
等の批判がある。
[59] そこで薬局、一般販売業及び薬種商販売業の数並びに無薬局町村数の推移をみると別表三記載のとおりである。これによれば、薬局等医薬品販売業の数は逐年増加しており、これと逆に無薬局町村数は順次減少してきている。
[60] したがつて、距離制限によつて業者の数は全体として減少するとの指摘は明らかに誤りである。これに対し、無薬局町村数の減少は、昭和38年以前からの現象であり、これについては、種々複雑な要素がその原因として考えられるであろうから、配置規制が無薬局地域の解消に効果があるか否かを判定することは不可能といわざるを得ない。しかし、配置規制が無薬局地域の解消に全く効果がないとは決していい切れず、その一助となり得ることは否定することができない。
[61](六) 改正薬事法が採用する配置規制は、決して画一的な距離制限ではないことを看過してはならない。すなわち、改正薬事法6条4項は、「第2項の配置の基準は、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図ることができるように、都道府県が条例で定めるものとし、その制定に当たつては、人口、交通事情その他調剤及び医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮するものとする。」としており、距離制限はその必然的結果ではない。
[62] 県条例(乙5号証の2)3条1項は、配置基準について一応おおむね100メートルという距離制限を採用しているが、そのただし書において「ただし、知事は、この適用に当つては人口、交通事情、その他調剤及び医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮し、広島県薬事審議会の意見を聞かなければならない。」と定めている。すなわち、右規定は画一的な距離制限ではなく、ただし書においてこれを緩和し、国民の利用上の便益に奉仕しながら、既存業者と新設業者との営業的利益の適当な均衡、配分を図つているのであつて、正しく公共の福祉に合致する規定とみることができる(公衆浴場法に基づく条例に関するものであるが、楠正純「公衆浴場設置場所の配置の基準に関する東京都条例第2条但書の効力」民商法雑誌51巻1号131ページ参照)。
[63] また、改正薬事法は、専ら薬局開設者、医薬品の製造業者若しくは販売業者又は病院、診療所若しくは家畜診療施設の開設者に対してのみ、業として、医薬品を販売し又は授与する一般販売業又は薬種商販売業の許可については、配置規制の規定を準用しないこととしている(改正薬事法26条2項ただし書及び28条4項)。ここに列挙されている特定の者はいずれも医薬品についての専門家であつて、それら専門家は医薬品の品質についての十分な判別能力を有していること、したがつて品質不良の医薬品は購入しないし、万一購入しても最終消費者に施用又は手交するまでにはこれを十分チエツクするであろうから、これらの専門家のみを取引の相手方とする一般販売業及び薬種商販売業については、配置規制による経営安定を図ることによつて不良医薬品の流通防止を図らなくても、保健衛生上の危害発生は考えられないことから、配置規制の対象外とされたものである(横田・前掲書55ページ)。これは、配置規制の適用は可能な限り狭い範囲にとどめることを立法上顧慮することにより、営業の自由の制限を可能な限り限局していることを意味する。
[64](七) 法律が配置の基準を定めることを条例に委任している点については、各都道府県における人口、交通事情並びに薬局等の乱立の有無、集中の程度及び競争の状況等配置の基準を定めるに当たつて考慮すべき要素が千差万別であるから、十分な合理的必要性が存在するものということができる。
[65] しかも、その基準がほしいままに定められることがないように、条例によつて規定するに当たつての目標、基準、考慮すべき要素等が法律によつて指示されているのであるから、憲法上の問題を生ずることはない。
[66](八) このような規制措置が、結果的には、既存の薬局開設者等の経営の保護を図り、反面新規に薬局等を開設しようとするものの営業の自由を制限するものであることは否定し得ない。
[67] しかしながら、右規制措置は、決して既存の薬局開設者等の利己的な利益の保護を図ることを目的とするものではなく、薬局等の経営を安定させることによつて、前述のような国民の保健衛生上のもろもろの弊害を除去し、社会公共の安全を維持することを目的とするものである。のみならず、右規制措置によつて、多分に公共性を有する薬局等を保護、育成すれば、薬局開設者等の良識的な医薬品取扱いを可能ならしめることになるし、また、右規制措置によつて、間接的にではあるが、薬局等の過疎地域における薬局等の設置を促進することにもなり、その結果、適正な調剤と適正な医薬品の供給を受け得るという生活上の利益をすべての国民に享受させることになるのであるから、右規制措置はすべての国民の生存権を規定する憲法の趣旨に合致するものというべきである。
[68] したがつて、薬局等の配置規制を行い、その偏在ないし乱立を防止することは、合理的かつ正当であり、公共の福祉の内容をなすものというべきである(大阪地方裁判所昭和48年9月26日判決・訟務月報20巻3号33ページ参照)。
[69] 仮に、何らかの理由により右の法的規制措置に合理性を欠く点があるとしても、立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるといえないことは明らかであるから、違憲と判断することはできない。
[70] 最高裁判所昭和30年1月26日大法廷判決(刑集9巻1号89ページ)は、公衆浴場法2条2項及びこれに基づく条例の合憲性を認めている。
[71] 上告人は、配置規制の合憲性の問題について、公衆浴場と薬局等とは異なる点があると主張し、同様の指摘をする学説もある(奥平康弘「営業の自由の規制」別冊ジユリスト続判例展望17ページ、覚道豊治「職業選択の自由の制限」別冊ジユリスト憲法の判例71ページ)ので、この点について述べることにする。

[72] 上告人は、第一に、公衆浴場においては立地条件は重要な要素ではないが、薬局等においては立地条件が営業の重要な基礎であり、距離制限は営業の死活を制すると主張する。
[73] しかし、公衆浴場は商店街のみならず住宅地にも設置されるという差異があるにしても、配置規制が新規開設者の営業の自由を制限することにおいては両者の間に何ら差異がなく、薬局等の配置規制は、公衆浴場のそれよりも、営業の自由に対する制限の程度がより強いということはできない。

[74] 上告人は、第二に、公衆浴場は少数の家族経営で、かつ付近住民しか利用しない特徴を有するが、医薬品は大量生産品が多く、多量販売に適し、したがつて、大量に安く仕入れ、安く販売する自由競争に適していると主張する。
[75] 公衆浴場の多くが家族経営によるものであること、また、主として付近住民が利用するものであるから利用者は一定しており需要の弾力性がないことは上告人指摘のとおりである。したがつて、一見、乱立による経営の不安定という点においては、公衆浴場の方がよりその危険性が大きいようにみえる。
[76] しかし、医薬品も、その需要の弾力性が大きいとは決していえない。医薬品は、その性質上、多量に使用すれば効果があるというものではなく、適正な使用量を超えるときは逆に生命、健康に有害となるものであるから、その需要量はおのずから限定されているといい得る。ちなみに医薬品の生産額を金額によつてみると、昭和46年は45年の3.4パーセント増(昭和47年版厚生白書208~209ページ)、47年は46年の3パーセント増である(昭和48年版厚生白書234ページ)。このように最近における生産額の増加率はわずかである。
[77] また、薬局等が乱立し、手段を選ばない大量販売、廉売が行われ、それが国民による医薬品の濫用に原因を与えるとするならば、国民の健康上由々しい事態である。したがつて、需要に弾力性があることは望ましいことではないのである。
[78] 医薬品の販売が自由競争に適し、これを完全な自由競争にゆだねても弊害を生じないとは到底いえない。
[79] 薬局等の経営規模も大きいとはいえない。昭和37年7月1日現在で実施された昭和37年商業統計調査の結果を医薬品小売業について見ると別表第四記載のとおりであつて、常時従業者の数は1~2人が圧倒的に多く、9人までの業者が大多数であり、その月間平均販売額も37万円程度であつて、比較的少額である。これによれば薬局等も零細企業がむしろ多いことが看取されるのである。

[80] 上告人は、第三に、浴場の料金は統制されているが、この点医薬品は異なるとする。
[81] しかし、医薬品の価格が統制されていないからといつて、薬局等の健全な経営を確保するためその適正配置を講ずることを不要ならしめるものではない。

[82] 公衆浴場は設備投資・維持費が小さくないが、薬局経営においてはこのような要素を欠くとする指摘もある(奥平・前掲論文22ページ)。
[83] しかし、薬局等も厚生省令で定める基準による構造設備の設置を法律上義務付けられており(薬事法6条1項1号、26条2項及び28条3項1号並びに薬局等構造設備規則(昭和36年厚生省令第2号))、また、薬局及び一般販売業については厚生省令で定める員数の薬剤師を置かなければならない(薬事法6条1項1号の2及び26条2項並びに薬局及び一般販売業の薬剤師の員数を定める省令(昭和39年厚生省令第3号))。そして、薬剤師になろうとする者は、薬剤師国家試験に合格しなければならず(薬剤師法2条、3条)、学校教育法に基づく大学において、薬学の正規の課程を修めて卒業した者等でなければその受験資格がない(同法15条)。前述の指摘はこのような点を看過しているものといわざるを得ない。

[84] ところで公衆浴場と薬局等の配置規制の合理性を対比して考える場合には、次のような事実も勘案しなければならない。
[85] 第一は、確かに公衆浴場は国民の健康管理上欠くべからざるものではあるが、医薬品は更に国民の生命に直接関係するということである。その適正な供給が行われなければならない必要性については、医薬品の方がはるかに大きいものというべきである。
[86] 次に浴場は、各家庭において市民が自ら設置することも可能であるが、薬局等についてはこれを各家庭に設けることは許されず、また、薬剤師は、薬局以外の場所で、販売又は授与の目的で調剤してはならないとされている(薬剤師法22条)。このように、薬局等は、国民が必ずその場所に赴いて利用しなければならないものであり、かつ、緊急を要する場合が少なくないのであるから、国民の便、不便及び適正な供給の必要性をいうならば、国民にとつて薬局等の適正配置の必要度はより大きいのである。
[87] もつとも、公衆浴場と異なり、医薬品は、薬局等が常時付近になくても、一度に多量に購入してこれを保管しておき、必要の都度使用するということも可能であるが、既に述べたとおり、医薬品はその貯蔵、保管のいかんにより品質が低下するおそれがあり、専門家でない国民は適正な保存方法を講ずることができないことはいうまでもない。薬局等も、常に国民がこれを利用し得る状態に置かれていなければならないのである。
[88] 上告人の主張は、要するに、
被上告人が上告人の本件申請を受理する行為は、薬事法6条に従つてこれを処理する意見を表示した行政行為として拘束力と公定力を有する。そして、本件許可は、右受理行為に基づいてなされるべきであり、上告人の薬品販売行為の法律上の効果を完成させる補充行為であるから、被上告人は、受理時点(昭和38年法律第135号による改正前)の同法6条1項の許可基準に合致するか否かを審査し、その許否を決定しなければならない。
 しかるに、原判決には、
1 本件受理行為が当然に受理当時の法律に準拠して処理されるべき法的地位を生ぜしめるものであることを否定し、
2 本件不許可処分は、被上告人が本件申請を80日間にわたつて放置したという不作為処分の違法性を承継し、違法性を帯びている点を看過し、
3 法令不遡及の原則に違反して、改正薬事法の遡及適用を認めたという違法がある、
と主張するもののようである。

[89] しかしながら、右主張は、以下に述べるとおり、全く失当である。

[90] まず、薬事法に基づく医薬品の一般販売業の許可の法的性格を考えると、それが法令による一般的禁止を特定の場合に解除し、適法に特定の行為(業として医薬品の販売等をすること)をなすことを得させる行為、すなわち、講学上許可といわれる行政処分であることは、薬事法5条、24条、26条により明白である。

[91] 次に、右許可又は不許可処分は、薬事法施行規則29条に規定されているとおり、許可申請があつたときになされるべきものであるから、申請受理行為に基づいてなされるべきであるとの上告人の主張は、その限りでは誤りではない。
[92] しかしながら、そのことから直ちに、右許可又は不許可処分は当該申請受理時点の改正前の薬事法の規定に基づいてなされるべきであるとの結論を導き出すことはできない。上告人は、旧薬事法(昭和23年法律第197号)では薬局等の開設は登録制であつたこと、右許可処分の法的性格は講学上の補充行為(認可)にすぎないこと等によつて、受理行為のあつた時点の薬事法適用を根拠づけようとしているが、旧薬事法時代の取扱いを論じても無意味であり、また、前述したとおり、右許可処分は補充行為ではない。のみならず、補充行為といえども一個の行政処分であるから、後述するとおり、それをなす際に効力を有する法令に準拠すべきものである。したがつて、上告人の論拠はいずれも採るに足らないものというほかはない。

[93] 本件申請を受理する行為については、右受理行為のあつた時点の薬事法が適用されるべきことはいうまでもない。したがつて、改正前の薬事法が、受理行為によつて医薬品販売業の営業禁止を解除する効果を生ずる旨規定していたのであれば、右規定によつて当然に右営業が許可になつたはずであるが、改正前の薬事法には、受理行為にそのような効果を認める規定はなく、同法は営業禁止の解除を別個の許可行為にかからしめていたのである。したがつて、本件受理行為によつて、被上告人としては、相当の期間内に許可又は不許可の処分をなす義務を負い、上告人はそれを要求する法的地位を取得したにすぎない。
[94] 被上告人が本件申請を受理したのは、昭和38年7月11日であるが、本件不許可処分をしたのは昭和39年1月27日である。上告人は、被上告人が本件申請を受理したまま県条例が施行された昭和38年10月1日まで80日間放置したのは違法であると主張するが、これは、同年7月12日に施行された改正薬事法では、県条例で許可基準を定立することとされていたため、右条例が制定されるまで、被上告人としては許可又は不許可の処分をしなかつたものであり(被上告人の原審における昭和42年11月29日付け準備書面二、(一))、そのゆえをもつて本件処分を違法とすることができないことはいうまでもない。
[95] また、本件不許可処分は、改正薬事法に基づいてされたものであるが、これは行政処分は処分時において有効に施行されている法律を適用してすべきであるという当然の事理によるものである(前記準備書面一、(二))。上告人は、前述のように、本件申請の受理行為のみに意義を認め、本件不許可処分の独立性を否定する独自の理論を展開して、改正薬事法を右受理行為のあつた時点に遡及適用したと主張するのであるが、本件不許可処分は処分時の事実(他の薬局等の存在、許可申請の存在等)に対して処分時の法令を適用しているものであり、何ら法令の遡及適用(法律不遡及の原則違反)をしているものではないのである(前記準備書面三)。

別表一 県庁所在地の市(都)における薬局、医薬品販売業者数(昭和35年1月1日) 〔省略〕
別表二 医薬品等営業許可・届出施設数・薬事監視立入検査施行施設数・違反施設数・違反・処分・告発件数(昭和48年) 〔省略〕
別表三 医薬品販売業数の年次別推移 〔省略〕
別表四 医薬品小売業規模別の商店数、販売額 〔省略〕

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