議員定数不均衡訴訟 衆議院小選挙区違憲状態判決(平成25年)
第一審判決

各選挙無効請求事件
東京高等裁判所 平成24年(行ケ)第26~32号
平成25年3月26日 第16民事部 判決

口頭弁論終結日 平成25年1月29日

第1事件原告 山口邦明
第2事件原告 野々山哲郎
第3事件原告 森徹
第4事件原告 國部徹
第5事件原告 竹村眞史
第6事件原告 三竿径彦
第7事件原告 中久木邦宏
  原告ら(第3事件原告森徹を除く)訴訟代理人弁護士   森徹
  原告ら(第4事件原告國部徹を除く)訴訟代理人弁護士  國部徹
  原告ら(第6事件原告三竿径彦を除く)訴訟代理人弁護士 三竿径彦

第1事件ないし第6事件被告 東京都選挙管理委員会
      代表者委員長 尾崎正一
      指定代理人  内藤靖之 原澤智
第7事件被告        神奈川県選挙管理委員会
      代表者委員長 山田吉三郎
      指定代理人  和田浩 近藤健
  被告ら指定代理人   高橋理恵 実本滋 新保裕子 杉本正樹 岡野信行 加藤誠一

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 原告らの請求をいずれも棄却する。ただし,平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区,同第18区及び神奈川県第15区における各選挙は,いずれも違法である。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。

(第1事件)平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京都第8区における選挙を無効とする。
(第2事件)平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京都第6区における選挙を無効とする。
(第3事件)平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京都第9区における選挙を無効とする。
(第4事件)平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京都第5区における選挙を無効とする。
(第5事件)平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京都第2区における選挙を無効とする。
(第6事件)平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京都第18区における選挙を無効とする。
(第7事件)平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の神奈川県第15区における選挙を無効とする。
[1] 本件は,平成24年12月16日に行われた衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,東京都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区,同第18区及び神奈川県第15区の選挙人である原告らが,衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割り及び選挙運動に関する公職選挙法等の規定は憲法に違反する無効なものであるから,これに基づき施行された本件選挙のうち上記各選挙区における選挙も無効であると主張して,上記各選挙区における選挙の無効を求める事案である。
[2](1) 第1事件ないし第7事件の各原告は,それぞれ,本件選挙の東京都第8区,同第6区,同第9区,同第5区,同第2区,同第18区及び神奈川県第15区の選挙人である。

[3](2)ア 平成6年1月,公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,平成6年法律第10号及び同第104号により,その一部が改正され,これらにより,衆議院議員の選挙制度は,従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた(以下,上記改正後の選挙制度を「本件選挙制度」という。)。
[4] 本件選挙施行当時の本件選挙制度においては,衆議院議員の定数は480人(そのうち300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員)とされ(公職選挙法4条1項),小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出し,比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するものとされていた(同法13条1項,2項,別表第一,別表第二)。総選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条,36条)。
[5] なお,公職選挙法については,平成24年11月16日,同法を一部改正することなどを内容とする「衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律」(平成24年法律第95号。以下「緊急是正法」という。)が成立しているものの,同法のうち公職選挙法の一部を改正することを内容とする部分(緊急是正法2条)は,まだ施行されていない(同法附則1条ただし書。以下,緊急是正法による改正後の公職選挙法(未施行)を「新公職選挙法」といい,これと区別する趣旨で,本件選挙に適用された現行の公職選挙法を「現行公職選挙法」ともいう。)。
[6] また,小選挙区選挙における候補者の届出は,所定の要件を備えた政党その他の政治団体又は候補者若しくはその推薦人が行うものとされ(公職選挙法86条1項ないし3項),候補者の届出をした政党その他の政治団体(以下「候補者届出政党」という。)は,候補者本人がする選挙運動とは別に,自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会を行うことができる(同法141条2項,142条2項,149条1項,161条1項等)ほか,候補者本人はすることができない政見放送をすることができるとされている(同法150条1項)。

[7](3)ア 衆議院議員選挙区画定審議会設置法(緊急是正法による改正前のもの。以下「旧区画審設置法」という。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(旧区画審設置法2条)。
[8] 上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行う必要があり(同法3条1項),また,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当する(以下「1人別枠方式」という。)とともに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとされていた(同条2項。以下,同条所定の区割りの基準を「本件区割基準」といい,この規定を「本件区割基準規定」という。)。
[9] 区画審は,統計法(平成19年法律第53号による改正前のもの)4条2項本文の規定により10年ごとに行われるものとして平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,衆議院小選挙区選出議員の選挙区に関し,本件区割基準に従って選挙区割りを策定した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。本件選挙の小選挙区選挙は,同法により改定された選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)の下で施行されたものである(以下,本件選挙に係る衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定めた現行公職選挙法13条1項及び別表第一を併せて「本件区割規定」という。)。
[10] 平成12年国勢調査の結果による人口を基に,本件区割規定の下における選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県第1区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。
[11] 平成21年8月30日,本件選挙区割りの下で,衆議院議員総選挙が施行された(以下「平成21年選挙」という。)。平成21年選挙の当日における小選挙区の選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区が45選挙区であったところ,平成21年選挙の効力が争われた選挙無効訴訟に係る最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)においては,平成21年選挙の当時,本件区割基準規定のうち1人別枠方式に係る部分は憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,この基準に従って改定された本件区割規定も憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものの,いずれも憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,上記各規定が憲法14条1項等に違反するとはいうことができないとされた。
[12] 平成24年11月16日,国会において,緊急是正法が成立し(乙5の2),同月26日に公布された(乙6)ところ,同法のうち旧区画審設置法の一部を改正することを内容とする部分(緊急是正法3条)は公布日から直ちに施行され(同法附則1条本文),他方,現行公職選挙法の一部を改正することを内容とする部分(緊急是正法2条)の施行日は,新公職選挙法13条1項に規定する法律の施行の日から施行するものとされており(緊急是正法附則1条ただし書),現在まで施行されていない。
[13] 緊急是正法が成立した平成24年11月16日に衆議院が解散され(甲6),同年12月16日に本件選挙が施行された。
[14] 本件選挙の当日における小選挙区の選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は72選挙区であった(乙10)。
(1) 本件区割規定に基づく定数配分が憲法に違反すること(無効理由1)
[15](ア) 憲法は,代表民主制を採用し(前文一段,43条1項),公務員の選定罷免権を国民固有の権利とし(15条1項),普通選挙(同条3項),平等選挙(14条1項,44条)を保障している。そして,普通選挙制度及び平等選挙制度の発展の歴史に照らすと,選挙権についての憲法的保障は,国民の人種,信条,性別,社会的身分,門地,その他の具体的能力,資質及び居住地域の差異にかかわらず,形式的に1人1票の保障を要請し,かつ,その選挙権の内容においても等価性の保障を要求するものである。
[16] このような憲法上の要請は,選挙区制を有する選挙制度を国会が採用する場合には,各選挙区から選出される代表者(議員)数の均等を図るために,人口分布に比例してその配分をするように国会の立法権限を覊束しているのであり,民主主義は,議員定数を人口に比例して配分することを要求しているというべきである。
[17](イ) そして,国会議員の定数は,大正14年の衆議院議員選挙法以来採用されてきたいわゆるヘアー式(最大剰余法)により配分することが民主主義の要請に適合するというべきであり,平成22年に実施された国勢調査(以下「平成22年国勢調査」という。)の結果による人口に基づいて,選挙区選出議員300人をヘアー式により都道府県に再配分すると,別紙1の「再配分議員数」(G)欄記載のとおりとなる。
[18] しかし,この「再配分議員数」と本件区割規定に基づく都道府県別議員数とを比較すると,別紙1の「平成14年法との比較 再配分議員数との差」(J)欄記載のとおり,47都道府県のうち31の都道府県において議員の過不足が生じており,代議制民主制(憲法前文,1条,43条1項)及びその基礎となる公正な代表を選出する契機となる選挙権の平等の保障(憲法15条1項,14条1項)に違反しているのであって,本件区割規定は,憲法98条により無効である。
[19](ウ) また,比例区への配分議員数と,その比例区に対応する地区に含まれる府県に対し配分される小選挙区の議員数とを合計した議員数(以下「ブロック議員数」という。)も,人口に比例して配分されるべきであり,平成22年国勢調査の結果による人口に基づいて,議員総数480人を各ブロックに配分すると,別紙2の「再配分議員数」(G)記載のとおりである。
[20] しかし,この「再配分議員数」と現行公職選挙法による各ブロック議員数とを比較すると,別紙2の「平成14年法との比較 再配分議員数との差」(I)欄記載のとおり,11ブロックの全部において議員の過不足が生じており,憲法に違反している。
[21] 1人別枠方式に基づく本件区割規定は,憲法の保障する投票価値の平等の要請に反しており,平成23年大法廷判決も,本件区割規定が「憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていた」と判断しているにもかかわらず,本件選挙は本件区割規定に基づき施行されたのである。
[22] 国会は,本来,平成23年大法廷判決の直後から,その判断を踏まえて,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準における1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請に適合するように立法的措置を講ずる必要があった。また,民主党は,平成24年1月18日の時点で,自由民主党の提案に係るいわゆる0増5減案を全面的に受入れる方向で採用する方針を固めていたのであり,早期に1人別枠方式を廃止することも可能であった。
[23] しかし,国会は,これを怠り,平成23年大法廷判決から1年8か月間にわたり,1人別枠方式を廃止せず,平成24年11月16日になって初めて緊急是正法を成立させたにすぎないのであり,その結果,本件区割規定の改正は,本件選挙の施行に間に合わず,憲法に違反する本件区割規定に基づき本件選挙が行われることになったのである。
[24] 区画審は,旧区画審設置法4条1項により,平成24年2月25日までに選挙区割りの改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされていたのであるから,国会は,区画審に本件選挙区割りの見直しをさせるため,遅くとも同日までには本件区割基準規定を改正して,1人別枠方式を廃止すべきであった。
[25] そして,国会は,区画審の勧告後遅くとも6か月以内には,本件区割規定を改正すべきであったから,本件区割規定は,平成24年8月25日の経過をもって,是正のための合理的期間を徒過した違憲無効なものになっているというべきである。
[26] 平成22年国勢調査の結果による人口を基に,本件区割規定による定数配分を検討すると,神奈川県の人口は904万8331人であって議員定数が18人であるのに対し,大阪府の人口は886万5245人であって議員定数が19人であるから,人口に比例していないことは明らかであり,この一事をみても,本件区割規定は憲法に違反しているというべきである。なお,この両府県における議員定数の逆転現象は,緊急是正法によっても是正されていない。
[27] 本件区割規定は,都道府県内の区割りの面でも憲法に違反しており,無効である。議員定数が都道府県の人口に比例して配分されていることを前提として,都道府県内の区割りは,各都道府県内の基準人数(各都道府県人口を各配分議員数で除した数)を基準として線引きをすれば足りるのであり,その際には行政区画や地域のまとまりというような要素が上記人数を修正するものにはならないというべきである。
[28] 区画審が平成12年国勢調査の結果による速報値の人口を基に勧告した内容は、高知県の3選挙区の区割りについては最大限の努力をしたと評価できるものの,その他の都道府県については同様の努力をせずに放置したというべきである。また,高知県の区割りについての区画審の努力も,最小選挙区の人口を底上げして,較差が2倍以上となる選挙区数を減らそうとする目的のものにすぎなかった。
[29] なお,緊急是正法による改正は本件選挙に適用されていないから,本件選挙の効力には直接の影響がないものの,緊急是正法の内容は,平成23年大法廷判決を無視するものであって,憲法に違反するものである。
[30](ア) 国会は,本来,平成23年大法廷判決に従い,旧区画審設置法3条2項を「前項の改定案の作成に当たっては,各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は,公職選挙法(昭和25年法律第100号)第4条第1項に規定する衆議院小選挙区選出議員の定数を各都道府県の人口に比例して配当した数とする。」と改正すべきであった。しかしながら,緊急是正法の内容は,旧区画審設置法3条2項の全文を削除するというものであったから,同項の定める「人口に比例して」配当するという部分も削除されたのである。このような内容の改正をしたことは,国会が人口比例配分そのものを拒否したと解するべきであり,憲法に違反するものである。
[31](イ) 平成23年大法廷判決に従えば,国会は,別紙1のとおり,都道府県の間において「21増21減」を図る必要があったことは明らかであるにもかかわらず,1人別枠方式を残存させたままの状態というべき0増5減の改正にとどめたのであり,これを立法府の努力と評価することは到底できない。

(2) 候補者届出政党に所属する候補者とそれ以外の候補者との間の選挙運動における差別が憲法に違反すること(無効理由2)
[32] 公職選挙法は,候補者届出政党に一定の選挙運動を許容しており,候補者届出政党に所属する候補者とそれ以外の候補者との間で,行い得る選挙運動の質及び量に差別を設けている。
[33] このような差別は,憲法が要請する被選挙権の平等の原則に反し,ひいては選挙人が候補者の適性,政見等に関する情報を適切に得て,選挙権を適切に行使することを妨げるものである。
[34] 代議制民主主義制度を採る憲法の下においては,国会議員を選出するに際して,選挙権を自由かつ平等に行使できることは極めて重要な基本的人権であり,これと表裏の関係にある被選挙権もまた重要な基本的人権である。そして,当選を目的として選挙運動を行うに当たり,すべての候補者が平等に取り扱われるべきことも憲法上の要請である。
[35] この選挙運動を行う上で平等であるということは,選挙運動に当たり,候補者が信条,性別,社会的身分等によっては差別されないことを意味するのであり,これには特定の政党又は政治団体に所属するか否かによって差別されないことも当然に含まれる。
[36] しかし,候補者届出政党が特定の小選挙区内でその政党に所属して立候補した具体的な候補者の氏名を選挙人に示し,その候補者の当選を目的とする選挙運動を行うことは,その候補者が個人として行う選挙運動に政党が個人のために行う選挙運動を上積みすることを意味するのであり,それ以外の候補者と比較して,政党に所属する候補者に質量共に大きな選挙運動の効果を享受させるものである。このような差別を設けている公職選挙法の各規定は,選挙人が各候補者に関する情報を平等に受けて選挙権を行使することを妨げるものであり,憲法15条1項,3項,44条,14条1項,47条,43条1項に違反する。
(1) 本件区割規定に基づく定数配分は憲法に違反しないこと(無効理由1について)
[37] 平成23年大法廷判決により憲法の要求に反する状態にあるとされた本件区割規定は,以下のとおり,いまだ憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったということはできず,憲法14条1項等に違反するものではない。
[38] 人口の流動化を始め変化の著しい社会情勢の中で,投票価値の平等という憲法上の要請に応えつつ,国民の意思を適正に反映する選挙制度を実現することには多くの困難が伴い,1人別枠方式を廃止してあらかじめ各都道府県に1ずつ配分された定数を再配分するほか,本件区割規定を抜本的に改正するには,かなりの時間を要することは自明のことである。そして,平成23年大法廷判決から本件選挙が施行されるまでの約1年9か月という期間は,本件区割基準規定及び本件区割規定を抜本的に改正するためのものとしては到底不十分というべきである。
[39] 平成23年大法廷判決は,1人別枠方式を含む本件区割基準の是正について「憲法上要求される合理的期間」の具体的内容を説示していないところ,最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁(以下「平成19年大法廷判決」という。)は,1人別枠方式について,特段の留保を付すことなく合憲である旨の判断を示していたのであり,平成23年大法廷判決はこの判断を大きく変更するものであった。
[40] したがって,平成23年大法廷判決が言い渡される前には,国会が,1人別枠方式について,もはや合理性を失ったものであるとの認識を持ち,その改廃等の立法措置に着手すべき契機が存在したということはできないから,立法措置に着手すべきことが国会に要求されるのは,平成23年大法廷判決の判断が示されたことによって1人別枠方式を存続させることの不合理性を国会が認識した時点というべきであり,この判決が言い渡された時点から上記「合理的期間」は起算されると解するべきである。
[41] また,投票価値の較差の問題は,1人別枠方式の廃止によって直ちに解消されるというものではなく,全都道府県にあらかじめ1ずつ配分されていた定数を各都道府県の選挙区にどのように再配分するかという問題もあり,この再配分に当たっては,人口の流動状況等を考慮して,投票価値の較差の縮小を図るのみならず,市町村を単位とする地域ごとのまとまり具合をも考慮する必要があるのであり,事柄の性質上,その審議等にはかなりの時間を要することが明らかである。
[42] 国会は,平成23年大法廷判決の言渡し後,衆議院議員選挙制度に関する各党協議会において,1人別枠方式の廃止とともに,投票価値の較差是正のためにどのような措置を採ることが有効かつ適切であるかについての協議を重ね,その結果,本件選挙までの間に,少なくとも1人別枠方式を廃止する立法措置を講じたのである。もっとも,緊急是正法の可決時期が衆議院の解散日と重なったこともあり,本件選挙の施行時までに具体的な区割りの改定や定数是正を実現してはいないものの,区画審は,緊急是正法に従い,勧告期限である平成25年5月26日までに区割りの改定案が勧告できるよう,その作成に向けた作業を鋭意進めているところである。なお,緊急是正法による改正後の都道府県間における議員1人当たりの人口の最大較差は,1対1.788となる。
[43] 以上のほか,本件選挙時の小選挙区の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対2.425であり,平成21年選挙時の1対2.304からわずかに増大しているにすぎないとの事情を総合すれば,本件選挙について,憲法上要求される合理的期間内における是正措置がされなかったと評価することはできないというべきである。

(2) 候補者届出政党に一定の選挙運動を認める公職選挙法の規定は憲法に違反しないこと(無効理由2について)
[44] 公職選挙法は,その13章において,候補者のほかに候補者届出政党にも選挙事務所を設置し,一定の選挙運動を行うことを認めている。これは,候補者届出政党にも選挙運動を行うことを認めることによって,各党の政策を国民に訴える機会を十分に保障し,政策本位・政党本位の選挙制度の実現という政策目的の実効性を確保するとの趣旨に基づくものであり,議会制民主主義における政党の意義,とりわけ,政党が国民の欲求ないし意思を集約し,これを具体的な政策に結び付けるという政党の機能に照らせば,選挙制度において政党の活動を尊重し,一定の選挙運動を行うことを認めることには十分な合理性がある。
[45] なお,自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会についてみられる選挙運動上の差異は,候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものである。また,小選挙区選挙については候補者届出政党にのみ政見放送が認められ,候補者を含むそれ以外の者には政見放送が認められていないが,これは,政策本位・政党本位の選挙を実現するためには,政党がその政策を広く有権者に伝達することができるような手段を十分に保障することが必要不可欠であり,広域メディアである政見放送は,政党が行うにふさわしい選挙運動手段であると考えられること,政党に加え,候補者個人に改正前の制度と同様の形で政見放送を行わせることは,選挙区数の増加に伴う候補者数の増加を考えると,必要な収録及び放送時間を確保するのが困難なことなどによるものである。選挙運動に関するこのような差異が憲法により許容されないほどの不合理さを有するとは到底考えられないのであり,これをもって国会の合理的裁量の限界を超えているということはできない。
[46](1) 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,国政における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。憲法は,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙についても,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないとする基本的な要請(憲法43条1項)の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(同条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについて国会に広範な裁量を認めているところである。
[47] したがって,国会が選挙制度の仕組みについて具体的に定めた内容が,上記のような基本的な要請や法の下の平等などの憲法上の要請に反することにより,国会に認められる広範な裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めて憲法に違反することになるものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁,最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁,平成19年大法廷判決,平成23年大法廷判決)。

[48](2) そこで,上記の見地から,本件区割規定の合憲性について検討する。

[49] 憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求しているものと解される。しかしながら,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対的な基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであり,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,実質的な平等に反することにはならず,憲法の要請に反するものではないと解するのが相当である。そして,憲法は,衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するについて,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることを求めているというべきであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することは当然に許容されていると解するのが相当である。
[50] 具体的な選挙制度を定めるに当たっては,これまで,社会生活の上でも,また,政治的,社会的な機能の点でも重要な単位と考えられてきた都道府県が,定数配分及び選挙区割りの基礎として考慮されてきた。そして,衆議院議員の選挙制度においては,都道府県を定数配分の第一次的な基盤とし,具体的な小選挙区は,これを細分化した市町村その他の行政区画などが想定され,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素が考慮されるものと考えられ,国会においては,人口が変動する中で,これらの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところである。したがって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するか否かによって判断されることになる(前掲各大法廷判決参照)。

[51] 本件選挙制度の下における小選挙区の本件区割基準を定めていた旧区画審設置法3条(本件区割基準規定)のうち,同条1項は,選挙区の改定案の作成につき,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとしており,これは,投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたものということができる。他方,同条2項においては1人別枠方式を採用していたものであるところ,これが選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっていたことは既に平成23年大法廷判決において指摘されているとおりである。1人別枠方式の意義については,新しい選挙制度を導入するに当たり,直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県への定数の配分を行った場合には,人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減される結果となるため,国政における安定性,連続性の確保を図る必要があると考えられたこと,この点に対する配慮がないままでは選挙制度の改革の実現自体が困難であったと認められる状況の下で採用された方策であるということにあるものと解されるから,1人別枠方式は,おのずからその有する合理性にも時間的な限界があると解するべきであり,新たな選挙制度が定着し,安定した運用がされるようになった段階においては,その合理性も失われることになるというべきである。
[52] そして,本件選挙制度が導入されて最初に総選挙が実施されたのは平成8年のことであったこと,平成12年国勢調査の結果を踏まえて平成14年に選挙区の改定が行われ,更に平成17年に実施された国勢調査の結果を踏まえて見直しの検討がされたものの,選挙区の改定を行わないこととされたこと(公知の事実)などの事情に鑑みると,平成21年選挙の時点では,既に本件選挙制度が定着し,安定した運用がされるようになっていたものと評価すべきであり,もはや1人別枠方式を採る合理性は失われていたものというべきである。これに加えて,本件選挙区割りの下で生じていた選挙区間の投票価値の較差が,平成21年選挙の当時には最大2.304倍に達し,較差2倍以上の選挙区の数も増加してきており,1人別枠方式がこのような選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっていたのであって,その不合理性が投票価値の較差としても現れてきていたことを考慮すると,本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,遅くとも平成21年選挙時においては,その立法時の合理性が失われているにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものというべきであり,また,本件区割基準に基づいて定められた本件選挙区割りも,平成21年選挙時において,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものと判断するのが相当である。
[53] したがって,本件区割基準に基づいて定められた本件選挙区割りは,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に是正することが憲法上要求されるというべきであり,この合理的期間内に是正がされなかったと評価される場合には,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものというべきである(以上につき,平成23年大法廷判決参照)。

[54] 前記前提となる事実に加えて,以下に掲げる証拠及び弁論の全趣旨(公知の事実を含む。)によれば,本件選挙が施行されるまでの経緯については,以下の事実が認められる。
[55](ア) 平成22年10月に平成22年国勢調査が実施され,この結果による人口が平成23年2月に官報で公示されたことから,区画審は,旧区画審設置法4条1項により,平成24年2月25日までに改定案を作成して内閣総理大臣に勧告を行うものとされた(甲9,12,乙2の1)。そして,平成22年国勢調査の結果による人口に基づく選挙区間の最大較差は,人口が最も少ない高知県第3区と人口が最も多い千葉県第4区との間で1対2.524であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は97選挙区であった(甲9)。
[56](イ) 平成23年3月23日に言い渡された平成23年大法廷判決は,前記のとおり,平成21年選挙の当時において,本件区割基準規定のうち1人別枠方式に係る部分が憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,この基準に従って改定された本件区割規定も憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと判示するとともに,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど投票価値の平等の要請に合致する立法的措置を講ずる必要があると説示した。
[57] そして,同月28日,第6回区画審が開催され,平成23年大法廷判決について事務局から説明が行われ,質疑が行われた(乙1の1,2)。
[58](ウ) 平成23年10月19日,衆議院選挙制度に関する各党協議会(以下「各党協議会」という。)の第1回会議が開催され,座長からは,会の趣旨・目的について,平成23年大法廷判決を受けて区画審が中断している状態にあること,民主党としては違憲状態の解消と違法状態の回避のために最低限必要な事項についてこの臨時国会で結論を得て法改正をする必要があると考えていることなどが表明された(乙2の1)。
[59] 平成24年1月25日に開催された各党協議会においては,座長から,投票価値の較差の是正について同年2月25日が法的な一つの区切りになっているので,その期限を目指して較差是正,抜本改革及び定数削減の三つの同時決着を図るべく議論してほしいと提案された(乙2の2)。その後,各党協議会は,同年2月1日,同月8日,同月15日,同月16日,同年3月1日,同年4月25日を含む十数回にわたり,開催された(乙2の3ないし7,乙3の1,2)。
[60](エ) 前記第6回区画審が開かれた平成23年3月28日以降,緊急是正法成立後の平成24年11月26日まで約1年8か月間にわたり区画審は開かれず,同年2月25日を期限とする旧区画審設置法2条所定の勧告もされなかった(乙8の1)。
[61](オ) 民主党所属の国会議員は,平成24年6月18日,公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案(以下「民主党提出法案」という。)を提出した(乙4の1)。この民主党提出法案は,衆議院議員の小選挙区については別に法律で定めること,今次の小選挙区の改定案についてはいわゆる0増5減とすること,衆議院議員の定数を435人(そのうち295人が小選挙区選出議員,140人が比例代表選出議員)とすること,旧区画審設置法について1人別枠方式を廃止することなどを内容とするものであった(乙4の2)。そして,民主党提出法案は,同年6月26日に衆議院の政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会に付託され,同年8月27日にこの委員会で,同月28日には衆議院本会議でそれぞれ可決され,参議院に送付されたものの,結局,廃案となった(乙4の1)。
[62](カ) 自由民主党所属の国会議員は,平成24年7月27日,緊急是正法案を提出した(乙5の1,2)ところ,この法案は,同年10月27日に衆議院の前記特別委員会に付託された(乙5の2)。
[63] 内閣総理大臣は,同年11月14日に行われた党首討論において,同月16日に衆議院を解散する考えを表明した(甲4)。そして,緊急是正法案は,同月15日,衆議院の前記特別委員会及び本会議でそれぞれ可決され,さらに,参議院に送付されて,同日中に参議院の政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会に付託され,委員会での可決を経て,同月16日,参議院本会議で可決し(乙5の2),緊急是正法が成立した。そして,同日,衆議院が解散された。
[64](キ) 平成24年11月26日,緊急是正法が公布され(乙6),第7回区画審が開かれ,緊急是正法の内容について説明が行われ,今後の審議の進め方について議論が行われ,確認された(乙8の1)。
[65] また,同年12月16日,本件選挙区割りの下で本件選挙が施行された。

[66] 平成24年11月166日に成立した緊急是正法は,大別して,(a)現行公職選挙法の一部を改正して,衆議院議員の定数を480人から475人(そのうち小選挙区選出議員の定数を300人から295人)に改めるとともに,小選挙区選挙の選挙区割りについて本件区割規定を廃止して別に法律で定めることとする部分(緊急是正法2条)と,(b)1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項を削除する部分(緊急是正法3条)により構成されている。そして,旧区画審設置法の一部改正部分は,緊急是正法の公布の日から施行するものとされ(附則1条本文),新区画審設置法2条による今次の改定案の作成に関する特例が定められている(附則3条)。他方,現行公職選挙法の一部改正部分は,新公職選挙法13条1項に規定する法律(小選挙区選挙の選挙区割りを別に定める法律)の施行の日(以下「一部施行日」という。)から施行するものとされ(附則1条ただし書),新公職選挙法の規定は,一部施行日以後初めてその期日を公示される衆議院議員の総選挙から適用し,一部施行日の前日までにその期日を公示された衆議院議員の総選挙等についてはなお従前の例によるものとされている(附則2条)。そして,新公職選挙法13条1項に規定する法律は成立していないから,本件区割規定に代わる選挙区割りの規定はまだ存在せず,上記の一部施行日も具体的には定められていない。

[67] 以上のとおり,本件区割規定については,これを廃止する内容を含む緊急是正法が成立しているものの,本件区割規定を廃止する部分の施行日は未定となっており,本件選挙には本件区割規定が適用されているから,本件選挙当時には本件区割規定が是正されていなかったものと評価すべきことは明らかである。
[68] しかし,本件選挙区割りは,平成23年3月23日に言い渡された大法廷判決によって,平成21年選挙時において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものと判断され,さらに,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請に適合するような立法的措置を講ずる必要があると判示されているものである。そして,この判断は,最高裁判所が,憲法81条に基づき,法律の憲法適合性を決定する権限を有する終審裁判所として示したものであるところ、
(a) 選挙権の内容の平等及び投票価値の平等が確保されることの重要性(我が国における国民ないし有権者の政治的な意見や価値観等もますます多様化し,各地域の年齢,産業・職業等の構成割合が同一ではないこともあって,政治・政策に関する世論の分布が地域によって同質とは限らず,異なり得るものであり,投票行動に地域ごとの特徴・傾向も見られる状況にあることは,公知の事実である。),
(b) 既に平成21年選挙の時点では投票価値の平等という憲法上の要求に反する状態に至っていたと判断されたことの重大性(平成23年大法廷判決は,平成21年選挙までの間に是正されなかったことをもって,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったとはいえないことを理由として,平成21年選挙の時点においては本件区割規定が憲法の規定に違反するものとはいえないと判断したものにすぎないのであり,客観的に投票価値の平等という憲法上の要求に反しているという深刻な状態に至っていたことは明らかである。)に加え,
(c) 平成21年選挙の施行が平成21年8月であり,この選挙により衆議院議員となった者の任期は平成25年8月までであった(憲法45条本文,公職選挙法256条)から,平成23年大法廷判決が言い渡された時期は,その任期のうち約1年7か月間が経過しており,約2年5か月後には任期が満了するという時点であったこと,
(d) 衆議院については,任期満了を待たずに解散される可能性があり,換言すれば,一般論としては総選挙の施行がいつでもあり得ることは当然に想定されるべきことであること,
(e) 平成23年大法廷判決の言渡しの時点では,既に平成22年国勢調査の結果による人口が官報で公示されており,旧区画審設置法4条1項により平成24年2月25日までに本件区割基準規定に基づき改定案を作成して同法2条による勧告を行うものとされていたから,区画審は,同法上,いわば平成22年国勢調査の結果に基づく選挙区割りの改定案の作成期間に入っていたものであるところ,平成23年大法廷判決において,本件区割基準規定が投票価値の平等における憲法上の要求に反する状態に至っていたと判断されたのであるから,同法が区画審に対して違憲状態にある本件区割基準規定に基づく改定案の作成と勧告を命じているという深刻な状態になったというべきであること,
(f) 投票価値の平等における憲法上の要求に反する状態に至っていた平成21年選挙時の選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.304であったが,平成22年国勢調査の結果による人口に基づく選挙区間の最大較差は1対2.524であり,本件選挙の当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.425となるなど,平成21年選挙以降にはむしろその較差が拡大する傾向にあったとうかがわれること
等の諸事情に鑑みると,立法府である国会は,平成23年大法廷判決の言渡し後,直ちに本件区割基準規定及び本件区割規定の改正等の検討に着手した上で,新たな区割基準を定めて区画審が改定案を作成することができる環境を整え,又はいわゆる議員立法による改正を検討するなど(本件区割規定の改正をするに当たって,憲法上は区画審による調査審議と勧告を経ることが必要不可欠な過程であるとはいえないことは,緊急是正法が成立した経緯に照らしても明らかである。),できる限り速やかに本件区割規定を是正する義務(すなわち,憲法に適合する選挙区割りを定め,可及的速やかな期日を施行日と定める法律を成立させる義務)を負っていたというべきである。
[69] これに加えて,本件区割規定を是正するという憲法上の義務は,所属する党派のいかんにかかわらず,国会を構成する国会議員が等しく国民に対して負うものというべきであることをも考慮すると,衆議院議員の選挙制度の改正という利害の対立し得る事柄について意見を集約して成案を得ることが容易ではない場合があり得ることや,国会が国権の最高機関及び国の唯一の立法機関(憲法41条)として,国内外の極めて広範な事象に対応する権能と責務を負い,緊急に対応すべき突発的な事件や事故,震災等が発生した場合にはこれに関する措置を講ずる必要もあること,旧区画審設置法によれば,区画審は,選挙区の改定案の作成につき,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるようにすることを基本としつつも,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものとされており(3条1項。なお,区画審は,その所掌事務を遂行するため必要があると認めるときは,行政機関及び地方公共団体の長に対して,資料の提出,意見の開陳,説明その他の必要な協力を求めることができることとされている。8条),同法下における改定案の作成は機械的,形式的な単純作業ではなく,区画審の勧告期限も国勢調査の結果の公表から1年以内とされていること(4条1項)などの事情を考慮しても,なお,平成23年大法廷判決から本件選挙の施行までの約1年9か月間において本件区割規定が是正されなかったことは,憲法上要求される是正のための合理的期間を徒過したものと評価すべきであり,本件区割規定は,本件選挙当時において,憲法の投票価値の平等の要求に反し,全体として違憲というべきである。
[70] 平成6年の衆議院議員の選挙制度の改正は,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするためにされたものと解されるところ,政党は,議会制民主主義を支える不可欠の要素であって,国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから,国会が政党の重要な国政上の役割に鑑みて衆議院議員の選挙制度の仕組みを政策本位,政党本位のものとすることは,その裁量の範囲に属するものであることが明らかである。憲法は,各候補者が選挙運動の上で平等に取り扱われるべきことを要求しているというべきであるが,合理的理由に基づくと認められる差異を設けることまで禁止しているものではないから,国会の具体的に決定したところが裁量権の行使として合理性を是認し得ない程度にまで候補者間の平等を害するというべき場合に,初めて憲法に反することになると解するべきである。
[71] 公職選挙法の規定によれば,小選挙区選挙においては,候補者のほか,所定の実績を有する政党等だけがなることのできる候補者届出政党にも選挙運動を認めることとされているのであるが,このような立法政策を採ることには,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという国会が正当に考慮することができる政策的目的ないし理由に照らして相応の合理性が認められ,これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない。
[72] そして,候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される以上,候補者届出政党に所属する候補者とそれ以外の候補者との間に選挙運動の上で差異を生ずることは避け難いところであるから,その差異が合理性を有するとは考えられない程度に達している場合に,初めてそのような差異を設けることが国会の裁量の範囲を逸脱するというべきである。自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会等の選挙運動に関する公職選挙法の規定における候補者間の差異は前記第2の2の前提となる事実(2)ウのとおりであるところ,これらは候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものにとどまるのであり,候補者届出政党に所属しない候補者が行い得る各種の選挙運動自体がその政見等を選挙人に訴えるのに不十分であるとは認められないことに鑑みれば,上記のような差異が生ずることをもって,国会の裁量の範囲を超え,憲法に違反するとは認め難いというべきである。公職選挙法150条1項が政見放送を候補者届出政党だけに認めることとしたのも,候補者届出政党の選挙運動に関する他の規定と同様に,選挙制度を政策本位,政党本位のものにするという合理性を有する立法目的によるものであり,政見放送も選挙運動の一部を構成するにすぎず,候補者届出政党に所属しない候補者が行い得るその余の各種の選挙運動がその政見等を選挙人に訴えるのに不十分であるとはいえないこと,小選挙区選挙に立候補した全ての候補者に政見放送の機会を均等に与えることには実際上多くの困難を伴うことは否定し難いことなどに鑑みれば,政見放送に係る相違の一事をもって上記の差異が合理性を有するとは考えられない程度にまで達しているとは解することができず,これをもって国会の合理的裁量の限界を超えていると判断することはできない(以上につき,前掲最高裁平成11年11月10日大法廷判決,平成19年大法廷判決,平成23年大法廷判決参照)。
[73] したがって,小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとはいえず,この点に関する原告らの主張を採用することはできない。
[74](1) 前記のとおり,本件区割規定は,本件選挙の施行当時において,投票価値の平等における憲法上の要求に反し,違憲というべきであるから,本件選挙は,憲法に違反する本件区割規定に基づいて施行されたものとして違法というべきであり,原告らの主張のうちこれと趣旨を同じくする部分は採用することができる。しかし,本件選挙の効力については,違憲というべき本件区割規定によって基本的な権利である選挙権が制約されている不利益など本件選挙の効力を否定しない場合の弊害,本件選挙における選挙区間の較差の程度,平成23年大法廷判決の言渡しから本件選挙施行までの期間,選挙を無効とする判決をした場合における本件区割規定に代わる規定の立法は当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行われざるを得ないなどの憲法の予定しない事態が出現することによってもたらされる国政や国民に及ぼす影響その他諸般の事情を総合的に考慮すると、いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎にあるものと解すべき一般的な法の基本原則(前掲最高裁昭和51年4月14日大法廷判決前掲最高裁昭和60年7月17日大法廷判決参照)に従い,選挙を無効とまではせず,立法府においても公職選挙法の改正に向けた作業への取組みがうかがわれることを踏まえ,公職選挙法が憲法に適合するものとなるよう早期の立法的措置が講じられることを強く期待することとして,選挙が違法である旨を主文において宣言するにとどめるのが相当というべきである。

[75](2) よって,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 奥田隆文  裁判官 渡邉弘  裁判官 清藤健一

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