議員定数不均衡訴訟 衆議院小選挙区違憲状態判決(平成23年)
上告審判決

選挙無効請求事件
最高裁判所 平成22年(行ツ)第207号
平成23年3月23日 大法廷 判決

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官竹内行夫の補足意見
■ 裁判官須藤正彦の補足意見
■ 裁判官古田佑紀の意見
■ 裁判官田原睦夫の反対意見
■ 裁判官宮川光治の反対意見


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 本件は,平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,東京都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区,同第11区,同第12区及び同第18区の選挙人である上告人らが,衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割り及び選挙運動に関する公職選挙法等の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

[3](1) 昭和25年に制定された公職選挙法は,衆議院議員の選挙制度につき,中選挙区単記投票制を採用し,同制度の下での各選挙区の議員定数を定めた別表第1の末尾において,同別表は同法施行の日から5年ごとに直近に行われた国勢調査の結果によって更正されるのを例とするものと定めていた。上記制定時においては,選挙区間の投票価値の較差は最大1.51倍(上記制定前の臨時統計調査結果による。)であった。
[4] その後,都市部への急速な人口集中があったにもかかわらず,議員定数に係る上記別表の更正は長く行われず,昭和39年に至って初めて議員定数を19増加させる改正が行われるにとどまった。その結果,同47年に施行された総選挙時における選挙区間の投票価値の較差は最大4.99倍にまで拡大し,最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁においては,当該較差の下での議員定数の配分規定は違憲であると判断されるに至った。上記裁判係属中の昭和50年には,議員定数を20増加させる同法の改正が行われたが,この改正後の議員定数に基づいて同55年に施行された総選挙時における選挙区間の投票価値の較差はなお最大3.94倍に達しており,最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁においては,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとは断定し難いものの,当該較差は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っているとされた。さらに,同じ議員定数の定めに基づいて同年に施行された総選挙時における選挙区間の投票価値の較差は最大4.40倍に拡大し,最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁においては,再び当該較差の下での議員定数の配分規定が違憲であると判断され,また,同年の国勢調査時には選挙区間の投票価値の較差は最大5.12倍にまで拡大した。こうした一連の事態を踏まえ,昭和61年の同法改正において,初めて議員定数の削減を含むいわゆる8増7減の改正が行われ,さらに、平成4年の同法改正では9増10減の改正が行われた。これらの措置によって,ある程度較差は抑えられたが,依然として最大較差が3倍に近い状況が残されたまま推移してきた。
[5] このような中で,平成2年4月の第8次選挙制度審議会の答申において,政策本位,政党本位の選挙を実現することを目的として,従来の中選挙区単記投票制に代えて新たに小選挙区比例代表並立制を導入し,小選挙区選挙の選挙区間の人口の較差は1対2未満とすることを基本原則とし,選挙区間の不均衡是正については,改定の原案を作成するための権威ある第三者機関を設けて,10年ごとに見直しを行う制度とする旨の提言がされ,その答申を踏まえて制度改正のための法案の立案作業が進められた。

[6](2) このような経緯を経て,平成6年1月に公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,平成6年法律第10号及び同第104号によりその一部が改正され,これらにより,衆議院議員の選挙制度は,従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた(以下,上記改正後の当該選挙制度を「本件選挙制度」という。)。
[7] 本件選挙施行当時の本件選挙制度によれば,衆議院議員の定数は480人とされ,そのうち300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(公職選挙法4条1項),小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出し,比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するものとされている(同法13条1項,2項,別表第1,別表第2)。総選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条,36条)。
[8] また,小選挙区選挙における候補者の届出は,所定の要件を備えた政党その他の政治団体又は候補者若しくはその推薦人が行うものとされ(同法86条1項ないし3項),候補者の届出をした政党その他の政治団体(以下「候補者届出政党」という。)は,候補者本人がする選挙運動とは別に,自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会等を行うことができるほか(同法141条2項,142条2項,149条1項,161条1項等),候補者本人はすることができない政見放送をすることができるものとされている(同法150条1項)。

[9](3) 上記の公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「区画審設置法」という。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものとされ(同法3条1項),また,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当した上で(以下,このことを「1人別枠方式」という。),これに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとされている(同条2項)。
[10] なお,同法において1人別枠方式が採用された経緯についてみると,平成2年4月の第8次選挙制度審議会の答申においては,選挙区の設定に当たって,各都道府県の区域内の選挙区の数,すなわち議員の定数は,人口比例により各都道府県に配分するものとされていたが,その答申を受けて立案された法案においては,各都道府県への定数の配分はまず1人別枠方式により,次いで人口比例によるとされたものであり,同法案の国会での審議において,法案提出者である政府側から,各都道府県への定数の配分については,投票価値の平等の確保の必要性がある一方で,過疎地域に対する配慮,具体的には人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点も重要であることから,人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させるために,定数配分上配慮して,各都道府県にまず1人を配分した後に,残余の定数を人口比例で配分することとした旨の説明がされている。
[11] 選挙区の改定に関する上記の勧告は,統計法5条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(区画審設置法4条1項),さらに,区画審は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,上記の勧告を行うことができるものとされている(同条2項)。

[12](4) 区画審は,統計法(平成19年法律第53号による改正前のもの)4条2項本文の規定により10年ごとに行われるものとして平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,衆議院小選挙区選出議員の選挙区に関し,区画審設置法3条2項に従って各都道府県の議員の定数につきいわゆる5増5減を行った上で,同条1項に従って各都道府県内における選挙区割りを策定した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。本件選挙の小選挙区選挙は,同法律により改定された選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)の下で施行されたものである(以下,本件選挙に係る衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定めた公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」という。)。

[13](5) 平成12年国勢調査による人口を基に,本件区割規定の下における選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また,本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。なお,各都道府県単位でみると,本件選挙当日における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は,議員1人当たりの選挙人数が最も少ない高知県と最も多い東京都との間で1対1.978であった。

[14] 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,国政における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。憲法は,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという基本的な要請(43条1項)の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(同条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについて国会に広範な裁量を認めている。したがって,国会が選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが,上記のような基本的な要請や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため,上記のような裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである(前掲最高裁昭和51年4月14日大法廷判決,前掲最高裁昭和58年11月7日大法廷判決,前掲最高裁昭和60年7月17日大法廷判決,最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁,最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁参照)。

[15] そこで,上記の見地から,本件区割規定の合憲性について検討する。

[16](1) 論旨は,議員の定数の配分について,憲法は人口に比例した配分を要請しており,国会は投票価値の平等との関係において広い裁量権を有するものではないとした上,(1) 1人別枠方式を定めた区画審設置法3条2項の規定は,投票価値の平等の要請に反し,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとともに,(2) 本件区割規定は,1人別枠方式を前提とする点において,また,1人別枠方式を前提としても,全ての選挙区において人口較差が2倍未満となるよう区割りを行うことが可能であったにもかかわらず,平成14年の区割改定時に人口較差が2倍以上となる選挙区を9選挙区も生じさせている点において,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するというのである。

[17](2) 憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求しているものと解される。しかしながら,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであり,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,やむを得ないものと解される。
[18] そして,憲法は,衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するについて,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることを求めているというべきであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することを許容しているものといえる。
[19] 具体的な選挙制度を定めるに当たっては,これまで,社会生活の上でも,また政治的,社会的な機能の点でも重要な単位と考えられてきた都道府県が,定数配分及び選挙区割りの基礎として考慮されてきた。衆議院議員の選挙制度においては,都道府県を定数配分の第一次的な基盤とし,具体的な選挙区は,これを細分化した市町村,その他の行政区画などが想定され,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素が考慮されるものと考えられ,国会において,人口の変動する中で,これらの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところである。したがって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するか否かによって判断されることになる。
[20] 以上は,前掲各大法廷判決の趣旨とするところであって,これを変更する必要は認められない。

[21](3) 本件選挙制度の下における小選挙区の区割りの基準については,区画審設置法3条が定めているが(以下,この基準を「本件区割基準」といい,この規定を「本件区割基準規定」という。),同条1項は,選挙区の改定案の作成につき,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとしており,これは,投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたものということができる。
[22] 他方,同条2項においては,前記のとおり1人別枠方式が採用されており,この方式については,前記2(3)のとおり,相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し,人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とする旨の説明がされている。しかし,この選挙制度によって選出される議員は,いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず,全国民を代表して国政に関与することが要請されているのであり,相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄であって,地域性に係る問題のために,殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとはいい難い。しかも,本件選挙時には,1人別枠方式の下でされた各都道府県への定数配分の段階で,既に各都道府県間の投票価値にほぼ2倍の最大較差が生ずるなど,1人別枠方式が前記2(5)に述べたような選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっていたことは明らかである。1人別枠方式の意義については,人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮という立法時の説明にも一部うかがわれるところであるが,既に述べたような我が国の選挙制度の歴史,とりわけ人口の変動に伴う定数の削減が著しく困難であったという経緯に照らすと,新しい選挙制度を導入するに当たり,直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県への定数の配分を行った場合には,人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減されることになるため,国政における安定性,連続性の確保を図る必要があると考えられたこと,何よりもこの点への配慮なくしては選挙制度の改革の実現自体が困難であったと認められる状況の下で採られた方策であるということにあるものと解される。
[23] そうであるとすれば,1人別枠方式は,おのずからその合理性に時間的な限界があるものというべきであり,新しい選挙制度が定着し,安定した運用がされるようになった段階においては,その合理性は失われるものというほかはない。前掲平成19年6月13日大法廷判決は,本件選挙制度導入後の最初の総選挙が平成8年に実施されてから10年に満たず,いまだ同17年の国勢調査も行われていない同年9月11日に実施された総選挙に関するものであり,同日の時点においては,なお1人別枠方式を維持し続けることにある程度の合理性があったということができるので,これを憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っているとはいえないとした同判決の判断は,以上のような観点から首肯することができ,平成8年及び同12年に実施された総選挙に関する前掲平成11年11月10日各大法廷判決及び最高裁平成13年(行ツ)第223号同年12月18日第3小法廷判決・民集55巻7号1647頁の同旨の判断についても同様である。これに対し,本件選挙時においては,本件選挙制度導入後の最初の総選挙が平成8年に実施されてから既に10年以上を経過しており,その間に,区画審設置法所定の手続に従い,同12年の国勢調査の結果を踏まえて同14年の選挙区の改定が行われ,更に同17年の国勢調査の結果を踏まえて見直しの検討がされたが選挙区の改定を行わないこととされており,既に上記改定後の選挙区の下で2回の総選挙が実施されていたなどの事情があったものである。これらの事情に鑑みると,本件選挙制度は定着し,安定した運用がされるようになっていたと評価することができるのであって,もはや1人別枠方式の上記のような合理性は失われていたものというべきである。加えて,本件選挙区割りの下で生じていた選挙区間の投票価値の較差は,前記2(5)のとおり,その当時,最大で2.304倍に達し,較差2倍以上の選挙区の数も増加してきており,1人別枠方式がこのような選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっていたのであって,その不合理性が投票価値の較差としても現れてきていたものということができる。そうすると,本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,遅くとも本件選挙時においては,その立法時の合理性が失われたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものといわなければならない。そして,本件選挙区割りについては,本件選挙時において上記の状態にあった1人別枠方式を含む本件区割基準に基づいて定められたものである以上,これもまた,本件選挙時において,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものというべきである。
[24] しかしながら,前掲平成19年6月13日大法廷判決において,平成17年の総選挙の時点における1人別枠方式を含む本件区割基準及び本件選挙区割りについて,前記のようにいずれも憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていない旨の判断が示されていたことなどを考慮すると,本件選挙までの間に本件区割基準中の1人別枠方式の廃止及びこれを前提とする本件区割規定の是正がされなかったことをもって,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったものということはできない。

[25](4) 以上のとおりであって,本件選挙時において,本件区割基準規定の定める本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っており,同基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りも,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていたものではあるが,いずれも憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割基準規定及び本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。

[26](5) 国民の意思を適正に反映する選挙制度は,民主政治の基盤である。変化の著しい社会の中で,投票価値の平等という憲法上の要請に応えつつ,これを実現していくことは容易なことではなく,そのために立法府には幅広い裁量が認められている。しかし,1人別枠方式は,衆議院議員の選挙制度に関して戦後初めての抜本的改正を行うという経緯の下に,一定の限られた時間の中でその合理性が認められるものであり,その経緯を離れてこれを見るときは,投票価値の平等という憲法の要求するところとは相容れないものといわざるを得ない。衆議院は,その権能,議員の任期及び解散制度の存在等に鑑み,常に的確に国民の意思を反映するものであることが求められており,選挙における投票価値の平等についてもより厳格な要請があるものといわなければならない。したがって,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があるところである。

[27] 次に,小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定の合憲性について検討する。

[28](1) 論旨は,公職選挙法が,小選挙区選挙の選挙運動に関し,候補者届出政党に所属する候補者を優遇し,そうでない候補者を差別的に取扱い,その結果,選挙人が投票行動をする際,その判断資料である候補者の適性,政見等に関する情報を均等に享受することを妨げ,選挙人の適正な選挙権の行使を阻害しているとして,小選挙区選挙の選挙運動に関する同法の規定は憲法14条1項等の憲法の規定に違反するというのである。

[29](2) 平成6年の衆議院議員の選挙制度の改正は,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするためにされたものと解されるところ,政党は,議会制民主主義を支える不可欠の要素であって,国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから,国会が政党の重要な国政上の役割に鑑みて衆議院議員の選挙制度の仕組みを政策本位,政党本位のものとすることは,その裁量の範囲に属するものであることが明らかである。憲法は,各候補者が選挙運動の上で平等に取り扱われるべきことを要求しているというべきであるが,合理的理由に基づくと認められる差異を設けることまで禁止しているものではないから,国会の具体的に決定したところが裁量権の行使として合理性を是認し得ない程度にまで候補者間の平等を害するというべき場合に,初めて憲法の要求に反することになると解すべきである。
[30] 公職選挙法の規定によれば,小選挙区選挙においては,候補者のほか,所定の実績を有する政党等のみがなることのできる候補者届出政党にも選挙運動を認めることとされているのであるが,このような立法政策を採ることには,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという国会が正当に考慮することができる政策的目的ないし理由に照らして相応の合理性が認められ,これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない。
[31] そして,候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される以上,候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運動の上で差異を生ずることは避け難いところであるから,その差異が合理性を有するとは考えられない程度に達している場合に,初めてそのような差異を設けることが国会の裁量の範囲を逸脱するというべきである。自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,講演会等についてみられる選挙運動に関し,公職選挙法の規定における候補者間の選挙運動上の差異は,前記2(2)のとおりのものであるが,それは候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものであり,候補者届出政党に所属しない候補者が行い得る各種の選挙運動自体がその政見等を選挙人に訴えるのに不十分であるとは認められないことに鑑みれば,上記のような差異が生ずることをもって,国会の裁量の範囲を超え,憲法に違反するとは認め難い。公職選挙法150条1項が政見放送を候補者届出政党にのみ認めることとしたのも,候補者届出政党の選挙運動に関する他の規定と同様に,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという合理性を有する立法目的によるものであり,政見放送が選挙運動の一部を成すにすぎず,候補者届出政党に所属しない候補者が行い得るその余の各種の選挙運動がその政見等を選挙人に訴えるのに不十分であるとはいえないこと,小選挙区選挙に立候補した全ての候補者に政見放送の機会を均等に与えることには実際上多くの困難を伴うことは否定し難いことなどに鑑みれば,政見放送に係る相違の一事をもって上記の差異が合理性を有するとは考えられない程度に達しているとまで断ずることはできず,これをもって国会の合理的裁量の限界を超えているものということはできない。

[32](3) したがって,小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとはいえない。このことは,前掲最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決及び前掲平成19年6月13日大法廷判決の判示するところであって,これを変更する必要は認められない。

[33] 以上の次第であるから,本件区割規定が本件選挙当時憲法に違反するに至っていたということはできず,小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定が憲法に違反するとはいえないとした原審の判断は,是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。
[34] よって,裁判官田原睦夫,同宮川光治の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官竹内行夫,同須藤正彦の各補足意見,裁判官古田佑紀の意見がある。


 裁判官竹内行夫の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見に賛同するものであるが,判示4の(3)に関し,1人別枠方式についての私の理解と認識について次のとおり述べることとする。

[2] 1人別枠方式を含む本件区割基準が,憲法43条1項の国民代表原理に,直接,矛盾抵触するということはない。

[3](1) 憲法43条1項が両議院の議員が全国民を代表する者でなければならない(以下「国民代表原理」という。)としていることについて,「本来的には,両議院の議員は,その選出方法がどのようなものであるかにかかわらず、特定の階級,党派,地域住民など一部の国民を代表するものではなく全国民を代表するものであって,選挙人の指図に拘束されることなく独立して全国民のために行動すべき使命を有するものであることを意味していると解される」のは,当審が明示しているとおりである(多数意見の引用する最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決)。憲法43条1項に従って全国民の代表として行動すべきことは全ての議員について全く同様なのであり,かかる行動規範は,小選挙区であろうが,比例代表区であろうが,いずれの選挙区から選出されたかを問わず,ひとたび選出された両議院の全ての議員について当てはまるものである。そして,1人別枠方式を含む選挙制度の仕組みの下で実施されたからといって,「これによって選出された議員が全国民の代表者であるという性格と矛盾抵触することになるということはできない」と解されるべきことは,前掲の当審判例が明確に指摘しているとおりである。

[4](2) 一般的にいって,具体的な選挙制度について,その適否を憲法43条1項の観点から単純に判断することは困難であるが,仮に,1人別枠方式を含む選挙制度において選出された議員が,選挙人の指図に拘束されたり,その国会活動について選挙人から法的に問責されたりするようなことがあれば,そのような制約の下にある議員は全国民を代表するものとはいえず,「地域代表」にすぎないものとなり,憲法43条1項の国民代表原理と抵触する事態が生ずることとなろう。しかし,1人別枠方式を含む本件選挙制度においてそのような制約が新たに加えられたということはなく,ひとたび選出された議員が全国民の代表として独自の判断に従って行動すべきものとされることについて従前と何らの変更はないし,また,そのように行動することが従前に比して困難になったということもないのである。
[5] なお,1人別枠方式の採用の主たる目的が,相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し,人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させることができるようにすることにあるとされたことをもって,憲法43条1項に反する「地域代表」の観念が導入されたとの議論があるとすれば,それは国民代表と地域代表についての正しい理解に基づくものとはいえない。そもそも1人別枠方式の下においては,すべての都道府県に対してあらかじめ定数1が配分されているのであり,1人別枠のための小選挙区が特別に設けられているわけではないし,これによって選挙区の選挙人の指図によって拘束される地域代表が選出されるわけでもない。区画審設置法3条2項が,憲法43条1項に抵触するような意味での地域代表を観念していたとは到底考えられない。
[6] それでは相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分することがなぜ許されるのかが問題となり得る。この点については,当審において,「人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし,選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかという点も,国会において考慮することができる要素というべきである」と一貫して判示しているところである(前掲最高裁平成11年11月10日大法廷判決,多数意見の引用する最高裁平成13年12月18日第3小法廷判決及び最高裁平成19年6月13日大法廷判決)。そこで指摘されたような点が国会が選挙区割り等を検討する際に考慮することのできる一つの要素であるということに関しては,私も同様の見解を有している。

[7] 1人別枠方式と投票価値の平等の問題との関係について,私の考えるところは次のとおりである。

[8](1) 上記のように,国会が選挙区割りや議員定数の配分を決めるに当たって人口の都市集中や過疎化の現象等への配慮を考慮することは許されるものと考えられるが,それは飽くまでも国会における総合的な裁量における一つの考慮要素であるということにすぎず,もちろんこれが他の考慮要素に勝るということを意味するものではない。ここで問題となるのは,そのような考慮要素が投票価値の平等を修正することができるか否かである。
[9] ところで,憲法は国権の最高機関である国会について二院制を採用し,衆議院と参議院がそれぞれ特色のある機能を発揮することを予定している。そして,憲法が二院制を採用した趣旨からして,議員の選出基盤に関する理念が両院において同じでなければならないということはなく,むしろそれらは異なって当然である。参議院議員選挙については,多角的民意反映の考えに基づき厳格な人口比例主義以外の合理的な政策的目的ないし理由をより広く考慮することが二院制の趣旨に合致するといえようが,第一院としての地位を与えられている衆議院の議員選挙については,厳格な投票価値の平等が,唯一,絶対の基準となるものではないが,最も重要かつ基本的な基準とされるべきことについてはもはや多言を要しない(選出基盤が参議院議員と衆議院議員とで異なるべきことについての私の見解については,最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月30日大法廷判決・民集63巻7号1520頁の補足意見参照)。
[10] そのような衆議院議員選挙において,1人別枠方式が選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっていたことは明らかであり,これまで,1人別枠方式が投票価値の平等を修正するに値するほどの十分な合理性を有するか否かについて疑問が呈されてきたことも事実である。しかし,この点については,多数意見において指摘されているとおり,我が国の選挙制度改革の戦後の歴史において初めての抜本的改正を行うに当たって,直ちに人口比例原則のみに基づいて各都道府県への定数配分を行うこととした場合には,改革の実現そのものが困難であったと認められる当時の状況に留意する必要がある。そして,そのような状況の下で,国会において総合的な考慮を払った結果,時宜にかなった判断として1人別枠方式が採用されたのであり,当審も,これを国会の裁量権の範囲に含まれるものとして合憲であるとの判断を数度にわたり下してきたのである。
[11] 国政選挙における投票価値の平等が一挙に実現し得るものではないことを考えると,1人別枠方式は,衆議院議員選挙における投票価値の平等を実現するための改革を進める過程における一種の触媒としての歴史的意義を有するものであったと認めることができるのではないかと思われる。現に,平成6年成立の区画審設置法の下における選挙区割りにより投票価値の較差は縮減されたのであった。

[12](2) しかし,そのような考慮が,投票価値の平等を修正する恒久的な合理性を備えたものであるとは到底いえないことも確かである。衆議院議員選挙における投票価値の平等の実現へ向けての過程は更に一段と前進させなければならないのである。
[13] 我が国の憲法が定める統治機構のあるべき姿を考えた場合,国会の第一院たる衆議院が果たすべき機能,衆議院において国民の意思が政策決定に直接反映されることの必要性,国民の投票価値の平等についての要求の高まり等々を考えれば,第一院たる衆議院の議員を選出する選挙について選挙区間の投票価値の最大較差が2倍を超えている状態に満足し,漫然とこれを常態化させることが許されることはなく,本来,当審による指摘を待つまでもなく,立法府において投票価値の平等の実現に向けた絶えざる努力が求められていることが忘れられてはならない。
[14] しかしながら,当審が,前掲平成19年6月13日大法廷判決において,平成17年の総選挙の時点における1人別枠方式を含む本件区割基準及び本件選挙区割りについて憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていない旨の判断を示していたことに鑑みれば,本判決以降,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに必要とされる措置を講ずることが求められることとなるものと考える次第である。


 裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私は,遅くとも本件選挙時においては1人別枠方式が憲法の投票価値の平等の要求に反する状態になっていたとの多数意見に賛成するものであり,また,候補者届出政党の選挙運動に関する公職選挙法の規定が合憲であるとの多数意見に賛成するものであるが,なお,人口の少ない県に対する配慮と衆議院における投票価値の平等との関係で,次の1の点を補足するとともに,候補者届出政党の選挙運動に関する公職選挙法の規定を合憲と考える理由につき,小選挙区制選挙制度の観点から,次の2の点を補足しておきたい。

[2] 選挙権は,主権者たる国民の参政権として最も基本的かつ重要な国民の権利であるから,憲法14条1項に定める法の下の平等において,投票価値の平等は強く要請されるものであるが,それは,絶対の基準ではなく,他の理由との関連において,裁量権の行使として合理性を有するものである限り,投票価値に差異が設けられることになってもやむを得ないと解せられるのであり,それは当審の判例とするところである。しかるところ,憲法は議院内閣制を採用し,内閣は,衆議院の信任の上に成り立ち,結局,衆議院議員の多数派によって統治の主体たる内閣(政府)が決められることになる。その一方において,内閣は衆議院の解散権の行使によって民意を問うことができる仕組みとなっている(憲法67条,69条)。そうである以上,衆議院議員選挙における1票は,政権の選択と政策の帰すうに通じ,とりわけ小選挙区制の選挙制度の採用の下ではそのことが特に顕著であるといえる。そうすると,国政の運営への国民の利害や意見の公正な反映という見地からしても,衆議院議員選挙における投票価値は特に厳格な平等が要求されるというべきで,それに殊更に差異を設けるような制度は,特段の合理的理由が認められない限り,憲法の投票価値の平等の要求に反するというべきである。
[3] そこで,この観点に立ってみるに,1人別枠方式は,都道府県に議員1人を別枠で配分することにより相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し,投票価値にあらかじめ差異を設ける制度である。しかして,その制度の趣旨・目的とするところは,人口の少ない県に居住する国民の意思を十分に国政に反映させることができるようにするためと説明されている。その意味を立法当時の議論を参酌して敷衍すれば,国政が,相対的に人口の少ない県における過疎関連問題等の対策に向けて重点的に運営されるようにするということであろう。確かに,例えば人口の相対的に少ない県の中小都市等で,経済が活性化し雇用の場が豊富に確保されるなどして人口の流出や減少が生じないようにするために,有効適切な方策を講じて側面支援,環境整備をすることは,我が国にとって喫緊の重要課題であろう。特に,ややもすれば少数者の声は軽視ないしは黙殺されがちであるから,その声に十分に耳を傾けるようにすることは極めて大切なことであり,しかも,一般的には,人口の少ない県の候補者は,選挙運動や日頃の政治活動を通じてその地の民情を知る機会が多いと思われる。しかし,それは,結局,国政運営で優先順位の高い政策課題の対象集団ないしは母集団(以下「関係集団」という。)の選挙人の投票価値を優位なものとするという考え方であり,次に述べるとおり二重の意味で不合理であるといわざるを得ない。
[4] 第一に,全ての国会議員は,一地方や一集団の代弁者ではなく,全国民を代表するものである(憲法43条1項)ところ,上記の考え方は,優先順位の高い政策課題への対応を関係集団の選出に係る議員に大きく依存する,あるいは,その関係集団の選出議員はその集団の利益代表であると考えていることを意味するのであって,そのような考え方に基づいて人口の少ない県の選挙人の投票価値を優位なものとする点において不合理であるといえる。第二に,我が国にとって重要ないし優先順位上位で,しかも少数者ないしは弱者に関わる政策課題は多数あるであろうから,上記の考え方からすると,その重要な政策課題ごとにその関係集団それぞれに所属する国民の意思を十分に反映させる必要があるということで,その関係集団にも議員を1人別枠で配分しなければならないということにもなりかねないであろう。もとより,そのようなことは現実に不可能であり,そうであるとすると,今度は,人口の少ない県に対する過疎関連問題等の対策のみを常に優遇し,その関係集団の選挙人の投票価値を必ず優位なものとするということになり,不公平,不合理である。
[5] そうすると,1人別枠方式については,以上の観点において合理性を認めることができない制度である。衆議院議員選挙における投票価値の平等についての特に厳格な要求を考慮するとなおさらのことであるが,前記の投票価値の差異を設けることになってもやむを得ない場合には当たらないというべきである。しかも,多数意見の述べるとおり,1人別枠方式において,衆議院議員の選挙制度に関して戦後初めての抜本的改正を行うという経緯の下で,国政における安定性,連続性の確保を図るという観点から,一定の限られた時間の中で認められていた合理性も,相当期間が経過したことによって,既に失われるに至ったというべきである。そうすると,本件選挙当時,1人別枠方式は,投票価値に差異を設けるべき特段の合理的理由は認められないから,憲法の投票価値の平等の要求に違反する状態になっていたというべきである。

[6] 国民主権を基本原理とする憲法においては,政治的意思の形成(国政の決定)を行う国会の構成員たる議員は,代表民主制において,選挙によって選ばれた国民の代表者がなるものである(憲法前文,43条)。しかして,国会における政治的意思の形成(国政の決定)は,基本的に,政策本位,政党本位で,つまり,互いに同一又は近似の政治上の意見を有する者の集合体たる政党や政治団体(以下「政党等」という。)の所属者たる議員により,かつ,その政党等が作成した政策が国会全体の意思となることを目指した論争・審議やその結果としての(窮極的には多数決による)議決を通してなされる。そうであれば,その議員を選出決定するための選挙制度も,これを政策本位,政党本位のものとすることは,必然的なことといえるし,議会制民主主義が本来の機能を発揮することに資し,憲法の理念に合致するものとして合理的なことともいえる。
[7] しかして,選挙制度の仕組みをどのようなものにするかは国民の選択,具体的には国会の広範な立法裁量に委ねられるところ,現行の衆議院議員選挙制度は,小選挙区制の選挙制度を中心とし,これによって政策本位,政党本位の選挙制度としているといえる。しかるところ,この小選挙区制の選挙制度の下では,一つの選挙区から1人の議員しか当選しない仕組みが採られている。その結果,一定の実績と継続的活動能力を有すると認められる政党の所属者が当選しやすくなり,そうすると,国会での多数派ないし2大政党の形成が容易になり,政権交代の可能性が高くなる一方において,政権交代はこれら多数派政党間で行われ,国政の連続性,安定性の確保が図られ得るといえる。そして,小選挙区制の選挙制度の趣旨・目的についての以上の捉え方よりすれば,それは,国会において一定の実績と継続的活動能力を有すると認められる政党による論争・審議が中心となることが前提とされているといい得るし,また,そのような考え方を重視すると,その一環ないし延長として,飽くまで合理性を是認し得ないほどに候補者間の平等を害しない範囲においてではあるが,一定の実績と継続的な活動能力の存在を示す一定の要件を備えた政党について,その政策や所属候補者についての情報など投票のための判断資料が選挙民に十分に伝わるように,候補者個人とは別に選挙運動を認めるという考え方も生じ得よう。もとより,民主主義社会にとって,多様性は生命線ともいうべきもので,小政党や無所属の者の表現の自由が侵されたり,少数意見が封じられることがあってはならないのは当然であるが,上記の考え方は,議会制民主主義の機能発揮という憲法上の理念に合致する面を有しており,賛否はいずれにしても,一定の合理性が認められる一つの考え方として成り立ち得ると思われるのである。
[8] しかして,この考え方に立った場合,上記のような選挙運動を認める政党等の要件をどのようなものとするか,その程度を具体的にどのようなものとするかについても,合理性を是認し得ないほどに候補者間の平等を害しない範囲内においてではあるが,やはり立法裁量が認められるといえる。結局,問題の核心は,本件の選挙運動上の差異が,裁量の範囲を超えるほどの不平等であるかどうかである。
[9] そこで,以上の見地に立って現行公職選挙法上の本件の選挙運動上の差異につき検討してみるに,同法86条1項は候補者届出政党の要件を,同法141条2項,142条2項,149条1項,150条1項,161条1項等は候補者届出政党の選挙運動をそれぞれ規定するところ,候補者届出政党の候補者とそれ以外の候補者とで選挙運動上の取扱いの差異は小さいとはいえず,候補者届出政党の要件もより緩やかな定め方もあり得るのではないかとの感もないではない。しかし,前記のとおり,一定の要件を備えた政党(候補者届出政党)に候補者個人とは別に選挙運動を認めること自体は許されるとの考えも一つの考え方として成り立ち得ると解する以上,その前提を重く考えるとともに,候補者届出政党以外の政党等の候補者に選挙運動自体は認められており,その者についての投票のための判断資料たる候補者の適性,政見等に関する情報を得ること自体には特に不足があるとは思われないこと,さらに,候補者届出政党以外の政党等は政治活動を何ら制限されるわけではなくこれを行って支持を拡大し,そのことによって一定数の議員を当選させることに特に支障があるわけではないことなどを考慮すると,合理性を是認し得ないほどに候補者間の平等を害するとまでは評価し得ないと思われるのである。前記のとおり,選挙制度の設計についての立法に広範な裁量が認められることを勘案すると,本件の選挙運動上の差異を規定する公職選挙法の規定は,国会の合理的裁量の限界を超えているということはできず,なお違憲ではないというべきである。


 裁判官古田佑紀の意見は,次のとおりである。

[1] 私は,結論において多数意見に同調するものであるが,本件選挙当時,本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていたということはできないと考える点において,多数意見と見解を異にする。以下,その理由を述べる。なお,引用した当審判例は,いずれも,多数意見においても引用されているものであるので,原則として判決年月日のみを記載する。

[2] 小選挙区による衆議院議員選挙における「1票の較差」の問題についての私の基本的な考えは平成19年6月13日大法廷判決の補足意見において述べているところであるが,改めて以下の点を述べておく。
[3] いうまでもないが,ある選挙区間の「1票の較差」が2倍であるといっても,1人の選挙人がする投票は飽くまで1票であって,2票あるいは半票を投ずるものではなく,選出する議員は1人であるから,「1票の較差」の実質的意味はその選挙区において1人の議員を選出するに当たっての選挙人1人の有する影響力の差である。私は,選挙が1人の投票によって完結する効果が生じるものではなく,数十万人に上る多数の者の投票の集積により特定の代表を選出するものであることからすれば,「1票の較差」の問題は,実質的には,このような1人1人の選挙人の影響力の差ではなく,例えば,基準選挙人数(総選挙人数を小選挙区議員定数で除したもの。以下同じ。)が30万人であるとした場合に,20万人の者が1人の代表を選出できる選挙区と40万人で1人の代表を選出することになる選挙区とがあるという点にあるというべきであって,過剰代表又は過小代表の問題として,基準選挙人数との較差(基準選挙人数に対する選挙人数の割合)が問題であると考える。この点において昭和51年4月14日大法廷判決における岡原裁判官ほか4裁判官の意見に共感を覚えるものである。

[4] 次に,投票価値の平等と人口減少地域についての議員定数配分の関係に関するこれまでの当審の判断を見ると,当審は,中選挙区制度当時,「社会の急激な変化や,その一つの現れとしての人口の都市集中化の現象などが生じた場合,これをどのように評価し,政治における安定の要請も考慮しながら,これを選挙区割りや議員定数配分にどのように反映させるかも,国会における高度に政策的な考慮要素の一つである」旨判示し(昭和51年4月14日大法廷判決),現行選挙制度についても,「人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし,選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかという点も,国会において考慮することができる要素というべきである」旨一貫して同様の判示をしている(最高裁判所平成11年(行ツ)第7号事件についての同年11月10日大法廷判決,平成19年6月13日大法廷判決)。これらの判示は,都市部と地方との間における投票価値の較差を問題にする論旨との関係における判断であって,その趣旨は,人口が都市部に集中し,地方の人口が減少する状況がある場合に,国会は,必ずしもそれに対応して厳密に人口比例原則に従って議員定数を配分しなければならないものではなく,都市部と地方のバランスを考慮して地方が大きく減少することがないように議員定数を定めることも一定限度では許されるとするものであることは明らかである。

[5] 上記判示のような考えは,統治機構としての国会の構成の在り方の観点からして,十分に合理的なものというべきである。国会は国の最も基本的な意思決定機関であり,国が全体として適切な均衡を保ちつつ維持され,発展するためには,国を構成する各地域から見た問題意識や意見が有効,的確に反映されることは極めて重要である。全国を多数の選挙区に細分化する小選挙区制度の下においては,各選挙区の独立性,独自性が希薄であり,より厳格に人口比例原則に従うことが求められることを否定するものではないが,人口比例原則にそのまま従えば,人口密集地帯の議員定数が多数に上る一方,人口減少地域の議員定数はわずかになる可能性があるのであって,そのような場合に,前記の問題意識や意見を有効,的確に反映させることの重要性を考慮して,人口比例に基づく配分比を大きく歪めない範囲で,顕著に少なくなる側の定数を増加させ,両者のバランスを図ることは,政治における妥当性に属する事柄というべきである。
[6] 当審は,1人別枠方式に関し,同方式は上記の「人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし,選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるか」についての国会の裁量の範囲内の問題として合憲であるとしてきたものであり,その結論を変更すべき理由は認められない。
[7] 議員定数の定め方は,過疎問題の個別の解消方策ではなく,そのような問題を含めて国全体としての課題を議論,検討し,解決を図る場である国会をどのように構成するかという問題である。また,議員が全国民を代表する者であるということの意義及び1人別枠方式がこれと矛盾するものではないことは,前掲平成11年11月10日大法廷判決が明確に判示するとおりである。全国民を代表する者としての行動がどのようなものかは具体的,一義的に明らかなわけではなく,議員の行動規範として見たときは理念を示す域を出るものではない。議員が全国民を代表する者とされることを理由に,議員定数について上記のような考慮をする必要性がなく,合理性を欠くというのであれば,「全国民を代表する者」の意義を大きく超える効果を認めるものである上,そのような効果を認めることを相当とする根拠としての具体性,実質性に欠けるといわざるを得ない。
[8] また,1人別枠方式について立法当時から合理性に時間的な限界があるとされていたものではなく、国会審議における内閣総理大臣や所管大臣の説明からすれば,基本的にそれ自体として必要があるとされたものと認められる。1人別枠方式が時間の経過により変更される蓋然性のある政策であるとしても,国の最も基本的な機関である国会の構成に関する基礎的な事項である選挙制度について,明確かつ具体的な事情の変化もないのに合理性が失われるとするのは,相当でない。もっとも,本件選挙当時,最も選挙人数が少ない選挙区を含む高知県においては,各選挙区の基準選挙人数との較差はいずれも0.63未満であり,このような状態が生じることは,小選挙区制度という観点から見ると問題がないわけではない。しかしながら,このような較差が生じる県は少数であり,また,1人別枠方式においても較差が無制約に広がることはなく,仮に本件選挙時において,現行規定により定数が再配分されたとすれば,高知県の定数は1減少して2となり,基準選挙人数との較差は0.93となる一方,東京都については2増加して27となり,上記較差は1.13になる。なお,最も選挙人数の多い選挙区を含む千葉県の県全体についての基準選挙人数との較差を見ると,1.12であるのであって,現実には定数再配分のタイムラグや一つの都道府県内の選挙区割りが較差に影響するところが小さくない。
[9] 加えて,選挙区間の較差の大きさを見ると,現行選挙制度の下で当審においてこれまで合憲とされてきた場合の較差より小さいものであり,その観点から見ても,本件選挙区割りが憲法に適合しないということはできない。


 裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,本件選挙に適用される公職選挙法は,その区割規定及び小選挙区選挙における選挙運動に関する規定が,いずれも憲法14条1項に違反し,また,上記選挙運動に関する規定は憲法15条3項,44条ただし書,47条にも違反するものであって違憲であると判断するものである。ただし,平成6年に公職選挙法が抜本的に改正された後,当審がその改正法につき一貫して合憲との判断をなしてきたことに鑑み,選挙の違法を宣言するにとどめるべきものと考える。
[2] 以下,分説する。
[3] 多数意見は,本件区割基準規定のうちの1人別枠方式に係る部分は,本件選挙時点においては,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法の選挙権の平等の要求に反する状態に至っていたものといわなければならないとするが,私も,その結論に異論はない。ただし,私は,以下に述べるとおり,1人別枠方式はその制定当初から憲法に違反していたものと考えるものである。
[4] 他方,多数意見が,本件選挙までの間に本件区割基準中の1人別枠方式の廃止及びこれを前提とする本件区割規定の是正がなされなかったことをもって,憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかったものということはできない,とする点については賛成できない。国会は,本件選挙までの間に,1人別枠方式を廃止し,衆議院議員小選挙区の区割作成の基本原則を定める区画審設置法3条1項に基づき,継続的に区割りを見直すべき責務を負っているものというべきところ,平成17年の総選挙施行以降もその責務に思いを馳せることなく,漫然と時を徒過したのであって,国会は立法不作為の責任を問われてしかるべきである。
[5] したがって,1人別枠方式という憲法14条に違反する区割規定の下に施行された本件選挙は違法であり,本来は無効との評価を受けるべきものである。
[6] 憲法は,国民主権を宣明し,全国民を代表する選挙された議員で組織された国会は,国権の最高機関として位置付けられているところ(憲法41条,43条),その議員を選挙する国民の選挙権は,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないこと(憲法44条ただし書)はもちろんのこと,個々の国民の選挙権の行使としての投票の価値は,基本的に平等でなければならず,その選挙人の居住地のいかんによって,その間に差が生じることは,合理的な理由が存しない限り認められないものというべきである。
[7] 例えば,国会議員の選挙において選挙区制を採る限り,その選挙区が大,中,小のいずれであっても,都道府県,市町村,あるいはそれ以下の字,町までをも選挙区の区画の基準とするかはともかくとして,一定の行政区画を基準とせざるを得ず,その場合に,各選挙区の選挙人の数を被選挙人の数に応じて完全に平等に設定することは技術的に不可能である。
[8] 衆議院議員の選挙においていかなる選挙区制を採るか,また小選挙区制を採用する場合に,いかなる基準で区画を定めるかは,国会の合理的裁量に委ねられている(憲法44条)。国会はその裁量権の行使に当たっては,投票価値の平等に最大限の意を払うべきであり,殊に議決の優先権が認められ,また,解散制度を伴う第一院たる衆議院議員の選挙制度においては,投票価値の平等は強く求められるものといえる。
[9] 区画審設置法は,区画審が,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは内閣総理大臣に勧告する事務を所管するものと定めているところ,その改正案作成の基準につき,各選挙区の人口比が2倍以上とならないようにするとの同法3条1項の定めは,国会に認められた合理的裁量権の行使の結果によるものであり,その規定自体について憲法上の疑義は存しない。
[10] なお,本判決における多数意見を始め,従前の当審の判例は,「投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるものであり,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,やむを得ないものと解される」等と判示する。しかし,衆議院議員選挙は,飽くまで全国民を代表する議員を選出する選挙であり,各選挙区の利益代表を選出する選挙ではないのであり,また上記の第一院たる衆議院の位置付けからすれば,小選挙区制の下での各選挙区間の投票価値の平等に優先する「政策的目標ないし理由」なるものはなかなか見いだし難いのである。国会が,その裁量権の行使に当たり,あえて「投票価値の平等に一定の限度で譲歩を求め」る場合には,積極的にその合理的理由を明示して国民の理解を得る義務が存するといえるところ,次に検討する1人別枠方式を含めて,国会は,従前から,投票価値の平等に譲歩を求めるに足りる合理的理由を積極的に明示することはなかった。
(1) はじめに
[11] 区画審設置法3条2項に定める1人別枠方式についての国会審議の過程において,過疎地域に対する配慮,具体的には平成6年の公職選挙法の改正により小選挙区制が採用されることにより定数が激減する県への配慮等と説明されており,後者は激変緩和の趣旨と理解することができる。そして,多数意見の引用する当審の平成11年11月10日各大法廷判決及び平成19年6月13日大法廷判決は,1人別枠方式の合憲性を認めていたが,本件多数意見は,上記の立法理由とされるところは,おのずからその合理性に時間的な限界があり,新しい選挙制度が定着し,安定した運用がなされるようになった段階においては,その合理性は失われるものというほかはない,として本件選挙時点におけるその合憲性を否定する。
[12] 私は,多数意見と異なり,そもそも1人別枠方式それ自体が憲法の許容する合理性の範囲にとどまるものであるとは到底解し得ないと考えるものである。その理由については上掲の平成19年6月13日大法廷判決における裁判官藤田宙靖,同今井功,同中川了滋及び私の4裁判官の見解(以下「4裁判官の見解」という。)において述べているところであり,現時点において,その見解を変更する必要性は認めないのであって,「4裁判官の見解」をここに引用する。なお,以下には,その後の人口動態の変化等をも含めて,上記見解について述べたところを補充する。

(2) 1人別枠方式の不合理性
ア 過疎地域に対する配慮について
[13] 過疎地域への配慮という理由は,投票価値の平等に譲歩を求めるべき合理的理由とはなり得ないものであること及び過疎地域への配慮という点においても,本件選挙時点における1人別枠方式を踏まえた選挙区割りが合理性を有しない制度であることについては「4裁判官の見解」において既に詳細に指摘したところではあるが,その合理性の欠如の点について以下に少しく敷衍する。
[14] 平成14年には,平成12年に実施された国勢調査の速報値を踏まえて,本件区割規定について,都道府県単位では,北海道,山形,静岡,島根,大分の各道県について定数を1人減らし,他方,埼玉,千葉,神奈川,滋賀,沖縄の各県では定数を1人増やすとの改正がなされている。
[15] 上記減員の対象となった各道県をみるに,平成6年の区割規定の基礎とされた平成2年の国勢調査の結果と対比して,更に人口が減少し過疎化が進展したとみられる山形,島根,大分の3県についても1人減員した結果,それら各県は,それまで受けていた1人別枠方式の恩恵を受けられなくなっているのに対し,それら各県に比して過疎化が進行していない徳島,佐賀等の県は1人別枠方式の恩恵を被っているのであって,人口過疎地域への配慮なる理由が既に破綻していることが明らかである。
イ 選挙制度の改正に伴う激変緩和措置との理由について
[16] 平成6年の公職選挙法の改正により小選挙区制を採用した結果,人口比例配分の原則を貫いて都道府県単位で300人の議員定数を配分した場合に,被選挙人の数が大きく減少する県が存したことが認められる。
[17] そのための激変緩和措置として,1人別枠方式を採用した旨の説明が国会審議の場でなされているが,かかる激変緩和の措置を講じることに,いか程の合理性があり,また,それが投票価値の平等に譲歩を求めるに値するに足りるものであるかということ自体否定的に評価せざるを得ないと考えるが,その点はさておいても,平成14年改正時点までに1人別枠方式による区割規定に基づいて平成8年,平成12年と2度の総選挙を経ているのであるから,平成14年改正時において,激変緩和措置として1人別枠方式を存置すべき合理的理由なるものは全く存しなくなったものというべきである。
ウ 1人別枠方式を維持することによる弊害の拡大
[18] 1人別枠方式を維持することにより,人口比例方式により都道府県に対して定数配分を行う場合との間で大きな差が生じることは,平成12年国勢調査の結果による都道府県別の人口に基づいて計算した結果と1人別枠方式を採用した上で現実に配分された都道府県別の定数を比較した場合,議員定数を人口比例方式により配分する場合に比して10都道府県で定数が不足し(このうち北海道,静岡県は平成14年改正で定数を1人減らした道県である),15県で定数が過剰となっている(このうち滋賀,沖縄の両県は平成14年改正で定数を1人増やした県である)ことは,「4裁判官の見解」において指摘したところである。
[19] その点につき,本件選挙直前の平成21年住民基本台帳に基づいて算定してみると,人口比例方式により配分する場合に比して定数が不足している都道府県の総数は,10都府県であって,その総数に変化はないものの,その不足する人数は東京都が3人から5人に,神奈川県が2人から3人に,埼玉県が1人から2人にそれぞれ増加しており,他方,定数が過剰となっている県は,上記15県に,和歌山,山口,愛媛,長崎の4県を加えて19県に及んでいるものであって,1人別枠方式を採用することによる弊害が,より一層進展していることが認められるのである。

(3) 小括
[20] 以上検討したところからして,1人別枠方式は,そもそも投票価値の平等に譲歩を迫るに足りるだけの合理性自体が認められないのみならず,平成14年の公職選挙法改正時においては,その立法経緯を踏まえても,その合理性を肯定すべき事由は全く存しなかったものであって,選挙人の投票価値の平等を害するものとして,憲法14条に違反するものであったといわざるを得ないのであり,その違憲状態にある公職選挙法の下でなされた本件選挙も,違法との評価を受けざるを得ないのである。
[21] 私は,「4裁判官の見解」においては,最高裁が前掲平成11年11月10日各大法廷判決において1人別枠方式に基づく当時の選挙区割りを合憲とし,多数意見の引用する平成13年12月18日第3小法廷判決もこれを踏襲したことから,平成17年施行の選挙当時まで1人別枠方式を是正することなく放置した国会の不作為をもって,国会に許される合理的裁量の枠を超えたものと評価することは困難であるとして,同選挙を直ちに違法と断定することには躊躇を覚えるとの意見を述べていたが,本件では一歩進めて,国会の立法不作為は違憲性を否定し得ないとの意見を述べるに至っているところから,その理由につき以下に説明する。
[22] 国会は,国権の最高機関として,また,唯一の立法機関として,国会で適正と判断する政策目的の実現に向けて,その裁量権を行使して適宜の立法をなすべき責務を有しているが,その立法に当たっては,憲法適合性について十全な配慮をなすとともに,立法を制定した後においても,常に立法目的の達成状況を点検し,その目的を達成した後に当該立法を存置することの必要性や存置した場合の憲法適合性の有無等についての検討を加えるとともに,立法制定後の状況の変化を注視し,当該法規の憲法適合性について疑問が生じ,あるいは国会以外のところから疑問が投げ掛けられるに至ったときには,国会自らがその自律的権能を行使して,その憲法適合性を検討すべき責務を負っているものというべきである。
[23] そして,平成6年の公職選挙法改正後最初に実施された平成8年10月20日施行の総選挙に関する選挙無効訴訟についての前掲平成11年11月10日各大法廷判決において,1人別枠方式が憲法に違反するものであるとして5人の裁判官が詳細な反対意見を述べているが,そこでは,違憲論に加えて,過疎地対策としての実効性への疑問や,過疎地域であるにかかわらず1人別枠方式による恩恵を受けていない県が5県に及び,他方,3人の割当てを受けるべきところ4人の割当てを受けた県が4,4人の割当てを受けるべきところ5人の割当てを受けた県が3,5人の割当てを受けるべきところ6人の割当てを受けた県が1あるなど,その合理性に疑問を抱かせる事実が指摘されていたのである。
[24] そして,平成17年施行の総選挙に関する選挙無効訴訟についての前掲平成19年6月13日大法廷判決における「4裁判官の見解」において,1人別枠方式が違憲である由縁について改めて指摘するとともに,1人別枠方式は過疎地域への配慮という意味においても合理性を欠き,また,激変緩和措置としての必要性は失っている旨を指摘し,他に1人の裁判官も詳細な理由を付して1人別枠方式の違憲性を指摘しているのである。
[25] 本件多数意見が指摘するとおり,本件区割規定において,本件選挙当日において選挙区間の選挙人数の較差が2倍以上となっている選挙区が45区に達するに至った最大の原因は,1人別枠方式にあり,その1人別枠方式のもたらす弊害について,上記のとおり,当審の前掲平成11年11月10日各大法廷判決及び平成19年6月13日大法廷判決における各少数意見において明確に指摘されているところである。また,激変緩和措置としての意味合いは,制度改正から10年も経てば意味をなさないことは,他から指摘されるまでもなく明らかである。
[26] したがって,国権の最高機関たる国会としては,上記各大法廷判決の少数意見にて指摘された点をも含めて,すべからく1人別枠方式の果たしている意義の検証を含め,1人別枠方式それ自体の見直しに着手してしかるべきであったといえよう。ところが,国会は,前掲平成19年6月13日大法廷判決の後においても,本件区割規定の不合理性をもたらしている最大の原因たる1人別枠方式の意義についての検証作業すら開始するに至っていないのであって,立法機関としてその怠慢は責められてしかるべきである。
[27] 以上のような状況からすれば,平成17年総選挙におけるのとは異なり,本件選挙までに1人別枠方式の再検討の着手にすら至っていない国会の立法不作為は憲法上要求される合理的是正期間を徒過したものといわざるを得ず,したがって,1人別枠方式に基づいて定められている本件区割規定は違憲であるといわざるを得ないのである。
[28] 私は,本件選挙について,小選挙区選挙の候補者のうち候補者届出政党に所属する候補者と,これに所属しない候補者が行い得る選挙運動の格差は,候補者届出政党が,その政党に所属する個々の小選挙区候補者のために実際に行い得る選挙運動の内容をも加味すれば,質量の両面において著しく大きく,政策本位,政党本位の選挙制度とすべく小選挙区比例代表並立制の制度が採用され,その選挙制度を実効あらしめるべく,候補者届出政党に小選挙区選挙に関して選挙運動を行うことが認められたものであるとの立法目的を考慮しても,その格差は,その目的のために許容される合理的範囲を超えるものであると評さざるを得ないのであり,候補者になろうとする者の被選挙権の平等を妨げるものとして,憲法14条1項,44条ただし書,47条に違反するとともに,選挙人の選挙権の適正な行使を妨げるものとして,憲法14条1項,15条3項,44条ただし書,47条に違反するものであると考える。
[29] その理由は,平成17年9月11日施行の総選挙に関する選挙無効訴訟についての前掲平成19年6月13日大法廷判決において述べた私の反対意見と同様であるから,ここに引用する。
[30] なお,若干付言するに,本件選挙では政党要件を満たさないある政党の候補者が,多数の小選挙区において立候補したほか,無所属候補を含め政党要件を満たさない政党の候補者が合計362名(小選挙区での全候補者数1139名の32パーセント)立候補していたところ,それらの候補者は,候補者届出政党に所属する候補者に比して,質・量の両面において,不利益な選挙運動を強いられたことになるのである。また,本件選挙では,政党要件をぎりぎり満たす小規模な政党の候補者が小選挙区において立候補していたが,仮にそれらの政党が,候補者届出政党としての要件を少しでも欠くに至った場合には,次回の総選挙からは政見放送を行い得ない等,それまで享受していた候補者届出政党としての選挙運動を行うことができなくなるのである。複数以上の小選挙区に候補者を立てようとする小規模な政党にとっては,候補者届出政党としての要件を満たすか否かによってその行える選挙運動の質及び量に著しい格差があるが,政党本位の選挙制度であることをもって合理化できるかという観点から見ても,その合理性については強い疑念を抱かざるを得ないのである。
[31] 以上検討したとおり,私は,公職選挙法のうち,本件区割規定及び小選挙区選挙の選挙運動に関する規定は,いずれも憲法に違反するものであると考える。
[32] そして,このように憲法に違反する公職選挙法の下において実施された本件選挙は違法であって,無効との評価を本来受けるべきものであるが,従前の当審の判例が合憲の判断をなしてきて,今回多数意見がようやく1人別枠方式について憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあるとの判断をするに至ったこと,また,小選挙区選挙における選挙運動の格差が選挙の結果に直接影響したとの事実に関する主張もないことに鑑み,本件訴訟においては,無効との結論を留保し,事情判決の法理を適用して,選挙の違法を宣言するにとどめるべきものと考える。


 裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。

[1] 本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分について,多数意見が,遅くとも本件選挙時においては,その立法当時の合理性が失われ,憲法の選挙権の平等に反する状態に至っていたと判断していること,また,できるだけ速やかにこれを廃止し,選挙権の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があるとしていることには,私も共感するところがある。しかし,なお,意見を異にする点があり,その点を明らかにしておくことは意味があると考え,以下,私の意見を簡潔に述べておくこととする。

[2] 私は,衆議院及び参議院の各議員を選挙する権利は,国民主権を実現するための,国民の最も重要な基本的な権利であり,人口は国民代表の唯一の基礎であり,投票価値の平等は憲法原則であると考える。人口こそが,議席配分の出発点であり,かつ決定的基準である。国会は,衆議院及び参議院について,国民の代表という目標を実現するために適切な選挙制度を決定することに関し広範な裁量権を有するが,選挙区や定数配分を定めるには,人口に比例して選挙区間の投票価値の比率を可能な限り1対1に近づける努力をしなければならない。この意見は,既に平成19年7月29日の参議院議員通常選挙に関する最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月30日大法廷判決・民集63巻7号1520頁における反対意見で詳しく述べたところである。
[3] 1人別枠方式は,小選挙区比例代表並立制の導入を提言した平成2年4月の第8次選挙制度審議会の答申にはなかった。その答申は,小選挙区選挙の選挙区の設定に当たっては,まず,定数を人口比例により都道府県に割り振るものとし、この場合,割り振られた数が1である都道府県についてその数を2とすることにより都道府県間の議員1人当たりの人口較差が縮小することとなるときは,当該都道府県に割り振る数は2とするというものであった。昭和60年実施の国勢調査に基づき,定数を301として最大剰余法による配分を行うと,最大較差は1対1.476と試算される。このように都道府県を定数配分の第1次的基盤とし,市町村その他の行政区などを想定し人口の均衡を図る等して具体的区割りを行うという答申は,相応の合理性を有していた。ところが,平成3年6月に至り,政府は1人別枠方式を改革の方針として同審議会に示し,この方針に基づく選挙区の区割り案の作成を諮問した。同月,同審議会は1人別枠方式を採用した区割り案を答申し,平成6年の公職選挙法の一部を改正する法律及び同時に成立した区画審設置法(1人別枠方式は同法3条2項)はこれに基づいている。そして,1人別枠方式の立法理由については,過疎地域に対する配慮,具体的には人口の少ない県における定数の急激な減少への配慮等と説明されており,後者はいわば激変緩和の趣旨と解することができる。
[4] この結果,平成2年10月実施の国勢調査を前提とすると,1人別枠方式の下でされた都道府県への定数配分の段階で最大較差は1対1.822となり,選挙区間の最大較差は2.137であり,較差が2倍を超える選挙区は28存在した。本件選挙当日においては,各都道府県への定数配分の段階で1対1.978という最大較差が生じており,選挙区間の最大較差は1対2.304であり,較差が2倍を超える選挙区は45に達している。多数意見も指摘しているとおり,1人別枠方式が選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な原因であることは明らかである。

[5] 多数意見は,相対的に人口が少ない地域に対する配慮は,全国民を代表して国政に関与することが要請されている議員が,そのような活動の中で全国的な視野から考慮すべき事柄であり,殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとはいい難いとしている。この見解は相当ではあるが,およそ,過疎地域に対する配慮という非人口的要素,それも行政区画や地理的状況等の非人口的・技術的要素とは異質の,いわば恣意的ともいえる要素を優先させることは,国会の裁量権の行使として合理性を有しないことは明白であると思われる。
[6] また,多数意見は,1人別枠方式の意義については,直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県への定数の配分を行った場合には,人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減されることになるため,国政における安定性,連続性の確保を図る必要があると考えられたこと,何よりもこの点の配慮なくしては選挙制度の改革の実現自体が困難であったと認められる状況の下で採られた方策であるということにあるとし,そうであるとすれば,その合理性には時間的な限界があるものというべきであるとしている。改革を実現するための現実政治において,譲歩と妥協は付きものであるが,私は,憲法適合性の審査における判断をそうした現実への配慮により後退させるということには,賛成できない。国政における安定性,連続性の確保を図る必要とは,見方を変えれば,人口比例に基づいて各都道府県に定数の配分を行った場合に議員資格を取得できなくなる層の救済を図るということにほかならない。こうした民主的正統性の観念に背馳する政策に,合理性を見いだすことはできない。仮に辛うじて合理性を認めるとしても,飽くまでそれは暫時のものであり,平成8年と平成12年の2度にわたる総選挙を経て,平成14年7月,前年の区画審の勧告を踏まえて区割規定が本件区割規定に改定された頃までには,その合理性は既に失われていたというべきである。立法府としては,遅くともこの時点において,1人別枠方式(区画審設置法3条2項)を廃止すべきであったといわなければならない。
[7] なお,区画審設置法3条1項は,区画審が衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないとしているが,投票価値が平等であるべきことからすれば,1対1に近づける努力を尽くすことを前提としなければならない。2以下であればいかなる改定案であっても憲法に適合すると認められるものではなく,改定案の合理性は審査の対象となると考えるべきである。そのように解しなければ,この規定の憲法適合性にも疑問が生ずるであろう。

[8] 以上,1人別枠方式を採用して定められた本件区割規定は憲法に違反し,本件選挙(小選挙区選挙)は違法である。したがって,事情判決の法理により請求を棄却するとともに,主文において本件選挙の当該選挙区における選挙が違法である旨を宣言すべきである。そして,さらに,今後,国会が速やかに1人別枠方式を廃止し,選挙権の平等にかなう立法的措置を講じない場合には,将来提起された選挙無効請求事件において,当該選挙区の結果について無効とすることがあり得ることを付言すべきである。

(裁判長裁判官 竹崎博允  裁判官 古田佑紀  裁判官 那須弘平  裁判官 田原睦夫  裁判官 宮川光治  裁判官 櫻井龍子  裁判官 竹内行夫  裁判官 金築誠志  裁判官 須藤正彦  裁判官 千葉勝美  裁判官 横田尤孝  裁判官 白木勇  裁判官 岡部喜代子  裁判官 大谷剛彦  裁判官 寺田逸郎)

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