酒類販売免許制合憲判決
上告審判決

酒類販売業免許拒否処分取消請求事件
最高裁判所 昭和63年(行ツ)第56号
平成4年12月15日 第3小法廷 判決

上告人(被控訴人・原告) 角田酒販株式会社
        代理人  遠藤誠 外7名

被上告人(控訴人・被告) 東京上野税務署長
        代理人  加藤正一

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官園部逸夫の補足意見
■ 裁判官坂上寿夫の反対意見

■ 上告代理人遠藤誠の上告理由
■ 上告代理人宮本康昭の上告理由
■ 上告代理人水田耕一の上告理由
■ 上告代理人杉山繁二郎、同白井孝一、同清水光康、同増本雅敏、同中村光央の上告理由
■ 上告人の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 所論は、酒類販売業について免許制を定めた酒税法9条、10条10号の規定を合憲とした原判決には、憲法22条1項の解釈適用を誤った違法があるというのである。

[2]2(一) 憲法22条1項は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含しているものと解すべきであるが、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請が強く、憲法の右規定も、特に公共の福祉に反しない限り、という留保を付している。しかし、職業の自由に対する規制措置は事情に応じて各種各様の形をとるため、その憲法22条1項適合性を一律に論ずることはできず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。そして、その合憲性の司法審査に当たっては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきであるが、右合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭があり得る。ところで、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
[3](二) また、憲法は、租税の納税義務者、課税標準、賦課徴収の方法等については、すべて法律又は法律の定める条件によることを必要とすることのみを定め、その具体的内容は、法律の定めるところにゆだねている(30条、84条)。租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって,租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。
[4](三) 以上のことからすると、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法22条1項の規定に違反するものということはできない。

[5]3(一) 酒税法は、酒類には酒税を課するものとし(1条)、酒類製造者を納税義務者と規定し(6条1項)、酒類等の製造及び酒類の販売業について免許制を採用している(7条ないし10条)。これは、酒類の消費を担税力の表れであると認め、酒類についていわゆる間接消費税である酒税を課することとするとともに、その賦課徴収に関しては、いわゆる庫出税方式によって酒類製造者にその納税義務を課し、酒類販売業者を介しての代金の回収を通じてその税負担を最終的な担税者である消費者に転嫁するという仕組みによることとし、これに伴い、酒類の製造及び販売業について免許制を採用したものである。酒税法は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要から、このような制度を採用したものと解される。
[6] 酒税が、沿革的に見て、国税全体に占める割合が高く、これを確実に徴収する必要性が高い税目であるとともに、酒類の販売代金に占める割合も高率であったことにかんがみると、酒税法が昭和13年法律第48号による改正により、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のために、このような制度を採用したことは、当初は、その必要性と合理性があったというべきであり、酒税の納税義務者とされた酒類製造者のため、酒類の販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を免許制によって酒類の流通過程から排除することとしたのも、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた合理的な措置であったということができる。その後の社会状況の変化と租税法体系の変遷に伴い、酒税の国税全体に占める割合等が相対的に低下するに至った本件処分当時の時点においてもなお、酒類販売業について免許制度を存置しておくことの必要性及び合理性については、議論の余地があることは否定できないとしても、前記のような酒税の賦課徴収に関する仕組みがいまだ合理性を失うに至っているとはいえないと考えられることに加えて、酒税は、本来、消費者にその負担が転嫁されるべき性質の税目であること、酒類の販売業免許制度によって規制されるのが、そもそも、致酔性を有する嗜好品である性質上、販売秩序維持等の観点からもその販売について何らかの規制が行われてもやむを得ないと考えられる商品である酒類の販売の自由にとどまることをも考慮すると、当時においてなお酒類販売業免許制度を存置すべきものとした立法府の判断が、前記のような政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとまでは断定し難い。
[7](二) もっとも、右のような職業選択の自由に対する規制措置については、当該免許制度の下における具体的な免許基準との関係においても、その必要性と合理性が認められるものでなければならないことはいうまでもないところである。
[8] そこで、本件処分の理由とされた酒税法10条10号の免許基準について検討するのに、同号は、免許の申請者が破産者で復権を得ていない場合その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合に、酒類販売業の免許を与えないことができる旨を定めるものであって、酒類製造者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれがあると考えられる最も典型的な場合を規定したものということができ、右基準は、酒類の販売免許制度を採用した前記のような立法目的からして合理的なものということができる。また、同号の規定が不明確で行政庁のし意的判断を許すようなものであるとも認め難い。そうすると、酒税法9条、10条10号の規定が、立法府の裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるということはできず、右規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。
[9](三) 以上は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和31年(あ)第1071号同37年2月28日判決・刑集16巻2号212頁、同昭和45年(あ)第23号47年11月22日判決・刑集26巻9号586頁、前掲昭和50年4月30日判決同昭和60年3月27日判決)の趣旨に徴して明らかなところというべきである。

[10] 以上によれば、この点に関する原審の判断は、結論において正当である。論旨は採用することができない。
[11] また、論旨は、酒税法10条10号以外の免許基準に関する規定が憲法22条1項に違反することをも主張するが、本件処分の適否とはかかわりのない右各号の規定の違憲をいう右主張は、原判決の結論に影響を及ぼさない点をとらえてその違法をいうものにすぎない。論旨は採用することができない。
[12] 酒類販売業の免許を受けた者の法的地位は、譲渡可能なものではないから、同免許を有する酒類販売業者からその営業を譲り受けてこれを継続しようとする者も、酒類販売業の免許の申請について特別の法的地位を有するものではなく、酒税法9条に基づき新規に免許の申請をしなければならないのであって、右免許の申請があった場合において、税務署長は、酒税法10条各号に規定する要件に該当するときは、免許を与えないことができる。所論は、右酒類販売の営業の譲受者が酒類販売業の免許の申請について特別の法的地位を有するものであることを前提として本件処分の憲法29条1項違反をいうものであって、失当たるを免れない。論旨は採用することができない。
[13] 所論は、本件処分は、専ら既存の酒類販売業者の利益を保護するため、酒類のいわゆる安売り業者である上告人の新規参入を阻止しようとしてされたものであって、違憲、違法であるというが、右は原審の認定に沿わない事実を前提とするものであって、失当である。論旨は採用することができない。
[14] 所論は、本件処分に違法な点はないとした原判決には、違法性判断の基準時に関する法令の解釈適用を誤り、また、酒税法10条10号に規定する要件の存否についての判断を誤った違法があるというのである。
[15] しかし、酒類販売業の免許の申請があった場合に税務署長が免許の許否の処分を行うに当たっては、処分時における事実状態に基づいて免許要件の存否を判断してすべきものであり、所論の主張するように許可申請時ないしその時から2、3か月を経た時点における事実状態に基づいてこれを判断すべきものとする理由はない。また、行政処分の取消しの訴えにおいて、裁判所は、当該処分の違法性の有無を事後的に審査するものであるから、右免許申請に対する拒否処分の違法性の有無の判断は、処分時を基準としてすべきものと解される。
[16] 原審が、これと同旨の見解に立ち、その適法に確定した事実関係の下において、本件処分当時、上告人には酒税法10条10号に規定する事由があったとしてされた本件処分に違法はないと判断したのは、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するものであって、採用することができない。

[17] よって、行政事件訴訟法7条、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見、裁判官坂上壽夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 上告代理人遠藤誠、同宮本康昭の各上告理由、同水田耕一の上告理由第一点、同杉山繁二郎、同白井孝一、同清水光康、同増本雅敏、同中村光央の上告理由第一、第二並びに上告人の上告理由一、二及び三の1ないし5についての裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私は、租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるべきところが多く、とりわけ、具体的な税目の設定及びその徴収確保のための法的手段等について、裁判所としては、基本的には、立法府の裁量的判断を尊重せざるを得ないと考えており、このことを基調として、本件上告を棄却すべきであるとする多数意見に同調するものである。ただ、本件の場合、多数意見の説示が、酒税の国税としての重要性を再確認し、現行の酒税法の法的構造とその機能の現状を将来にわたって積極的に支持したものと理解されるようなことがあれば、それは私の本意とは異なるので、以下、その点について、私の意見を述べておきたい。
[2] 沿革的に見て、酒税の国税全体に占める割合が高く、これを確実に徴収する必要性が高い税目であったことは、多数意見の説示するとおりであるが、現在もなお、酒税が国税において右のような地位を占める税目であるかどうか、議論があることは否定できない。また、仮に酒税が国税として重要な税目であるとしても、酒類販売業を現行の免許制(許可制)の下に置くことによってその徴収を確保しなければならないほどに緊要な税目であるかもまた、議論のあるところである。私は、酒類販売業の許可制について、大蔵省の管轄の下に財政目的の見地からこれを維持するには、酒税の国税としての重要性が極めて高いこと及び酒税の確実な徴収の方法として酒類販売業の許可制が必要かつ合理的な規制であることが前提とされなければならないと考える(私は、財政目的による規制は、いわゆる警察的・消極的規制ともその性格を異にする面があり、また、いわゆる社会政策・経済政策的な積極的規制とも異なると考える。一般論として、経済的規制に対する司法審査の範囲は、規制の目的よりもそれぞれの規制を支える立法事実の確実な把握の可能性によって左右されることが多いと思っている。)。そして、そのような酒税の重要性の判断及び合理的な規制の選択については、立法政策に関与する大蔵省及び立法府の良識ある専門技術的裁量が行使されるべきであると考える。
[3] 他方、酒類販売業の許可制が、許可を受けて実際に酒類の販売に当たっている既存の業者の権益を事実上擁護する役割を果たしていることに対する非難がある。酒税法上の酒類販売業の許可制により、右販売業を税務署長の監督の下に置くという制度は、酒税の徴収確保という財政目的の見地から設けられたものであることは、酒税法の関係規定に照らし明らかであり、右許可制における規制の手段・態様も、その立法目的との関係において、その必要性と合理性を有するものであったことは、多数意見の説示するとおりである。酒税法上の酒類販売業の許可制は、専ら財政目的の見地から維持されるべきものであって、特定の業種の育成保護が消費者ひいては国民の利益の保護にかかわる場合に設けられる、経済上の積極的な公益目的による営業許可制とはその立法目的を異にする。したがって、酒類販売業の許可制に関する規定の運用の過程において、財政目的を右のような経済上の積極的な公益目的と同一視することにより、既存の酒類販売業者の権益の保護という機能をみだりに重視するような行政庁の裁量を容易に許す可能性があるとすれば、それは、酒類販売業の許可制を財政目的以外の目的のために利用するものにほかならず、酒税法の立法目的を明らかに逸脱し、ひいては、職業選択の自由の規制に関する適正な公益目的を欠き、かつ、最小限度の必要性の原則にも反することとなり、憲法22条1項に照らし、違憲のそしりを免れないことになるものといわなければならない。しかしながら、本件は、許可申請者の経済的要件に関する酒税法10条10号の規定の適用が争われている事件であるところ、原審の確定した事実関係から判断する限り、右のような見地に立った裁量権の行使によって本件免許拒否処分がされたと認めることはできないのである。
[4] もっとも、昭和13年法律第48号による酒税法の改正当初において酒類販売業の許可制を定めるに至った酒税の徴収確保の必要性という立法目的の正当性及び右立法目的を達成するための手段の合理性の双方を支えた立法事実が今日においてもそのまま存続しているかどうかが争われている状況の下で、上告人及び上告代理人らの主張するところによれば、右許可制について本来の立法趣旨に沿わない運用がされているというのである。しかし、記録に現れた資料からは、上告人及び上告代理人らの主張に係る酒税行政の現状が現行の許可制自体の欠陥に由来するものであるとして、右許可制に関する規定の全体を直ちに違憲と判断すべきものとするには足りないといわざるを得ないのである。
[5] 酒類販売業の許可制一般の問題は、酒税及びその徴収の確保の重要性の有無と酒類販売業における自由競争の原理との経済的な相関関係によって決定されるべきものである。致酔飲料としての酒類の販売には、警察的な見地からの規制が必要であることはいうまでもないが、これは、酒税法による規制の直接かかわる事項ではないことを、付言しておきたい。


 上告代理人遠藤誠、同宮本康昭の各上告理由、同水田耕一の上告理由第一点、同杉山繁二郎、同白井孝一、同清水光康、同増本雅敏、同中村光央の上告理由第一、第二並びに上告人の上告理由一、二及び三の1ないし5についての裁判官坂上壽夫の反対意見は、次のとおりである。

[1] 私は、酒税法9条が憲法22条1項に違反するということはできないとする多数意見に賛成することができない。
[2] 私は、許可制による職業の規制は、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、それが重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するというべきであり、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための許可制による職業の規制についても、その必要性と合理性についての立法府の判断は、合理的裁量の範囲にとどまることを要し、立法府の判断が政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するものでないかどうかで、裁判所は、その合憲性を判断すべきものと考える。そして、私は、右の合理的裁量の範囲については、多数意見が引用する職業の自由についての大法廷判決が説示するとおり、「事の性質上おのずから広狭がありうるのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきもの」であって、国家の財政目的のためであるとはいっても、許可制による職業の規制については、事の軽重、緊要性、それによって得られる効果等を勘案して、その必要性と合理性を判断すべきものと考える。
[3] 酒税法は、第1章において、酒類には酒税を課することを定め(1条)、その納税義務者を酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者(後者の酒類引取者は例外的な場合であるので、以下には酒類製造者のみについて論を進める。)と定めている(6条)。そして、第2章以下において、酒類の製造免許及び酒類の販売業免許等についての現定を置いている。酒税法の右のような構成をみると、酒税の賦課、徴収について直接かかわりがあるのは第1章の規定であって、酒類の製造や酒類販売業を免許制にしている第2章の各規定は、主として酒税の確保に万全を期するための制度的な支えを手当てしたものと解される。
[4] 酒類製造者に対して、いわゆる庫出税方式による納税義務を課するという酒税法の課税方式は、正に立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるべき領域であるというべきであろうし、かかる課税方式の下においては、酒類製造者を免許制の下に置くことは、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置ということができよう。しかし、酒税の確保を図るため、酒類製造者がその販売した商品の代金を円滑に回収し得るように、酒類販売業までを免許制にしなければならない理由は、それほど強くないように思われる。販売代金の回収は、本来酒類製造者が自己の責任において、取引先の選択や、取引条件、特に代金の決済条件を工夫することによって対処すべきものである。また、わが国においても、昭和13年にこの制度が導入されるまでは、免許制は酒類製造についてのみ採られていたものであり、揮発油税等の他の間接税の場合に、販売業について免許制を採った例を知らないのである。
[5] もっとも、この制度が導入された当時においては、酒税が国税全体に占める割合が高く、また酒類の販売代金に占める酒税の割合も大きかったことは、多数意見の説示するとおりであるし、当時の厳しい財政事情の下に、税収確保の見地からこのような制度を採用したことは、それなりの必要性と合理性があったということもできよう。しかし、その後40年近くを経過し、酒税の国税全体に占める割合が相対的に低下するに至ったという事情があり、社会経済状態にも大きな変動があった本件処分時において(今日においては、立法時との状況のかい離はより大きくなっている。)、税収確保上は多少の効果があるとしても、このような制度をなお維持すべき必要性と合理性が存したといえるであろうか。むしろ、酒類販売業の免許制度の採用の前後において、酒税の滞納率に顕著な差異が認められないことからすれば、私には、憲法22条1項の職業選択の自由を制約してまで酒類販売業の免許(許可)制を維持することが必要であるとも、合理的であるとも思われない。そして、職業選択の自由を尊重して酒類販売業の免許(許可)制を廃することが、酒類製造者、酒類消費者のいずれに対しても、取引先選択の機会の拡大にみちを開くものであり、特に、意欲的な新規参入者が酒類販売に加わることによって、酒類消費者が享受し得る利便、経済的利益は甚だ大きいものであろうことに思いを致すと、酒類販売業を免許(許可)制にしていることの弊害は看過できないものであるといわねばならない。
[6] 本件のような規制措置の合憲性の判断に際しては、立法府の政策的、技術的な裁量を尊重すべきであるのは裁判所の持すべき態度であるが、そのことを基本としつつも、酒類販売業を免許(許可)制にしている立法府の判断は合理的裁量の範囲を逸脱していると結論せざるを得ないのであり、私は、酒税法9条は、憲法22条1項に違背するものと考える。各上告論旨は、この点において理由がある。よって、本件免許拒否処分を取消した第一審判決は、結論において維持すべきものであるから、酒税法9条を合憲とする前提に立ち第一審判決を取り消して上告人の請求を棄却した原判決は、これを破棄し、被上告人の控訴を棄却すべきである。

(裁判長裁判官 坂上壽夫  裁判官 貞家克己  裁判官 園部逸夫  裁判官 佐藤庄市郎  裁判官 可部恒雄)
[1] 原判決には憲法の解釈の誤りおよび憲法の違背がある。

[2] すなわち、職業選択の自由は、憲法22条1項により、すべての国民に保障されているところである。
[3] ところが原判決は、酒類販売業をはじめるのに税務署長の免許を要するとした酒税法9条・10条の規定は、右憲法の規定に違反しないと言う。
[4] 以下、その原判決が全くまちがっている所以を述べる。

[5] 憲法22条で「何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有する」とし、又同法11条で「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と強く保障した理由は何か。
[6] それは、封建時代には、人間の職業がしばしばその身分によって決定され、たとえば武士は農工商業を営むことができず、農民は公務に従事することができず、又、昭和20年8月15日までの国家総動員体制のもとにおいては、統制経済により、少なからざる営業をはじめるのに官公庁の許認可・免許を必要とするとした制限を撤廃することにあった。
[7] もともと公務員というものは、国民全体の奉仕者であって(憲法15条2項)、国民が公務員の奉仕者では絶対にない。公務員は、国民の下僕であり、召使であって、絶対にその逆ではない。
[8] 近代社会における政府というものは、国民全てが自由に営業活動に従事し、「生命、自由及び幸福を追求する」(憲法13条)ために邪魔になるものを取り除くために国民の雇われ人としてつくられたものであって、逆に何をやるにも免許だ、認可だ、届出だとガンジガラメに国民を縛りつける政府などは、御主人様である国民に反逆する不逞の雇われ人として、解体されてしかるべきである。
[9] それが「専制と隷従と圧迫を地上から永遠に除去しよう」とする日本国憲法(前文)の精神にかなったことである。
[10] かくして、憲法上保障されている職業選択の自由を制限するには、よくよくの理由がなければならないことになる。たとい長い間法律に規定されていることであっても、時代の変遷に伴ない、それを制限する理由のなくなったものは、まさに憲法22条に違反する違憲の法律として無効になるのである。
[11] 単に税務署の役人の支配欲を満足させたり、既存の酒小売業者の封建的・ギルド的既得権を擁護するためだけに職業選択の自由を制限している悪法などは、弊履の如く破り捨てなければならない。

三 判例
[12] ところで、憲法22条の職業選択の自由の制限については、つぎの最高裁判例がある。
最判昭和50・4・30民集29巻4号572頁
「薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた旧薬事法第6条は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものとはいえないから、憲法第22条第1項に違反し、無効である。また、規制措置が合憲であるためには、それが重要な公共の利益のために必要かつ合理的であることのほか、社会政策ないし経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対する、よりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によって右の目的を十分に達成することができないと認められることを要する。」
[13] つまり、右最高裁判例によれば、法律によって職業選択の自由を制限できるのは、つぎの3つの要件をすべて備えた場合に限られることになっている。
1 制限の目的が重要な公共の利益のために必要であること。
2 制限が重要な公共の利益のために合理的であること。
3 職業選択の自由そのものに対する制限より、ゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては、前記1の目的を十分に達成することができないこと。
[14] ところが、酒類製造業の開設を免許制にかからしめることは格別、酒類販売業の開設まで免許制にすることは、1重要な公共の利益のためには全く必要がなく、2その制限も、公共の利益のための合理性がなく、3また、酒類販売業の開業免許以外の現行酒税法による酒類販売業者にたいする規制によって、前記1の目的を十分に達成することができるのである。
[15] 以下、原判決理由に即して、これを分説する。

[16] まず、原判決は、酒類販売業を開設するのに税務署長の免許を必要としたのは、酒税収入の保全を図ることにあるという。しかし、酒税を納めるものは酒類の製造業者であって、販売業者ではない(酒税法6条)。したがって、酒税収入の保全を図るためであれば、製造業の開設のみを免許制にすればいいだけであって、販売業の開設には、何ら免許は要らないことになる。
[17] そして、現行法上、製造者には免許制度がとられているのである(同法7条)から、販売業に免許を必要とする必要は,全くないことになる。

[18] 又原判決は、「酒税収入が依然国の重要な財源をなしている」から、酒の販売業を免許制にしないといけないという。
[19] ところが、一件記録によると、例えば昭和56年度における清酒の特級、一級、二級にたいする酒税額合計は、わずかに4279億円にすぎず、同年度の一般会計28兆3000億円のなかに占める割合は、わずかに1.5%にすぎない。
[20] したがって、少なくとも清酒については、その販売業を免許制にする必要は、とうの昔になくなってしまっているのである。

[21] 又原判決は、「消費者と酒類製造者の間にあって、酒税の転嫁、賦課を仲介し、消費者から酒類製造者への納税資金の還流を円滑ならしめる酒類販売業者の地位は極めて重要である」から、酒類販売業者の免許が要るのだという。
[22] もしそうであるならば、上告人において原審から主張しているように、昭和37年以来、少なからざる商品に物品税が課税されているのである(物品税法の別表)から、例えば自動車の販売店も、ゴルフ用品の販売店も、家庭電器の販売店も、テレビの販売店も、カセットテープの販売店も、楽器店も、カメラの販売店も、家具屋も、時計屋もライター屋も、化粧品店も、喫茶店も、みな免許制にしないと、物品税が取れないことになる。
[23] しかし、それらの販売業は、すべて自由に開業できることになっているのに、税務署が物品税を取りそこねたという話は聞いたことがない。
[24] 又、「酒税は、担税者である消費者に最終的に転嫁される」ものだから、酒税保全のために酒類販売業を免許制にする必要があるのだとすれば、最終的負担者である消費者まで免許制にしなければ、首尾一貫しないことになる。
[25] しかし、そんなバカげたことを考える者は、誰もいない。
[26] そうだとすれば、酒税保全のためには、唯一の納税義務者である酒類製造者だけを免許制にすればいいのであって、何ら酒税の納税義務を負っていない販売業者まで免許制にしなければならない必要は、全くないのである。

[27] 又原判決は、「酒販免許制は、それが適正に運用されるならば、酒類販売業者の数と質とを適切ならしめて、業者の乱立や過当競争から生ずる共倒れその他逋脱ないし粗悪品の流通を未然に防止する役割を果すであろうこと、そして、国民の健康、衛生、風紀にかかわる致酔飲料としての酒類の需給調整に役立つであろうことは、見易い道理というべきであろう」と言う。
[28] 言わんとする所は、酒販免許制によって、新規業者がふえることを排除し、既存業者の前近代的既得権を守っているのだということである。
[29] これが原判決のホンネなのである。
[30] もし原判決が、本当に「国の重要な財源をなしている」「酒税収入」を「保全」する必要があると考えているのであれば、販売店が増えれば酒の全国的売上高がふえ、したがって酒税収入がふえることは「見易い道理」であって、ドシドシ販売業者の数をふやすべきである。
[31] 現在の日本は、戦争中の統制経済でもなければソ連や中国の如き党官僚独裁による計画経済でもなく、まさに資本主義社会なのだ。
[32] そして資本主義社会は、自由競争をもってその本質とする。すなわち「業者の乱立や過当競争から生ずる共倒れその他」の自然陶汰を経て、より良い商品をより安く消費者に提供するしっかりした業者だけが生き残って行く社会を資本主義社会と言うのだ。
[33] 原判決の論理からすれば、「業者の乱立や過当競争から生ずる共倒れその他逋脱ないし粗悪品の流通を未然に防止する」ためには、あらゆる商品とサービスの販売業者のすべてを免許制にしなければならないことになる。
[34] しかし、それが資本主義すなわち自由経済主義を根幹とする日本国憲法の絶対に容認しないことであることは、言うまでもない。
[35] まして況や、「国民の健康、衛生」は、厚生省と各都道府県の厚生部・衛生部と各保健所の所管であって、税務署が「国民の健康と衛生」のために仕事をしているなどというトンマなことは言わない方がいい。
[36] 「笑わせちゃいけない」のである。
[37] 又、「風紀」を保つのは、国家公安委員会であり、警察庁であり、各都道府県の公安委員会であり、警察署の仕事である。
[38] 税務署が国民の風紀を保っていると言ったら、これも噴飯ものである。
[39] 明治政府が成立して日本が近代社会の仲間入りをして以来、昭和13年までの70年間、酒の販売免許制はなかった。誰でも酒の販売業を営むことができたのである。
[40] それが原判決の言うように、昭和13年、日本近代史以来、はじめて酒の販売免許制が布かれた。それはなぜか。
[41] 昭和13年という年は、つぎのような年である。
前年7月からはじまった日中戦争につき、昭和13年1月、日本政府は、中国にたいし和平交渉の打切り通告。
同月、近衛文麿首相は、「中国国民政府を相手にせず」と声明し、以後8年に亘る泥沼戦争に国民を引きずりこむ。
1月、戦争のための物資動員計画開始。
3月、綿糸の配給切符制実施。以後、各品目に配給切符制をつぎつぎと実施。
4月、戦争にすべてを動員する国家総動員法を公布。
4月、電力管理法・日本発送電株式会社法を公布し、電力を国家管理のもとにおく。
5月、国家総動員法による工場事業場管理令を公布。
7月、販売価格取締規制を公布し、諸物資の公定価格(いわゆるマル公)を定める。以後、あらゆる物資につき、製造・販売・配給の統制法令が制定される。
7月、産業報国連盟が結成される。
[42] その中で酒税法が改悪され、史上はじめて酒の販売が免許制とされたのである。すなわち、酒の販売免許制は、国家総動員体制のもと、税制を含むすべてのものを戦争経済体制の中にくみこむ一環として設けられたものであって、昭和20年8月15日の終戦により、自由主義経済の名の下に当然に廃止されるべきしろものだったのである。
[43] にも拘らず、これが今なお残っているのは、既存の酒の問屋・卸屋・小売店の封建的・ギルド的独占権益を守るために、既存の酒業界が国税権力にその温存を働きかけ、介在する業者代表の政治家も、業者からワイロをもらいながら国税当局に圧力をかけ、国税当局は、その前近代的免許制を温存してやるかわりに、酒業界にたいする支配権を確立し、その業界をみずからの天下り先として確保することによって、既存業界と国税当局との腐れ縁ができ上ってしまった(現在、酒類業組合専務をやっている佐藤某は、金沢国税局長からの天下りであり、法人会専務をやっている谷某は、国税庁徴収部長からの天下りである)。
[44] これが戦争経済の遺物である酒販売免許制が、今なお六法全書にのっかっている唯一の理由である。

[45] ちなみに現在世界の自由主義諸国で、酒類製造業者の免許制はともかく、その販売業者に免許制を取っているのは、日本だけである。その後進性たるや、世界の物笑いである。ちなみに、酒類販売業の免許制によって、「既存の酒類販売業者の経営安定という利益を慮った」ことは、原判決ですら、認めているところである(原判決2-6丁裏)。

[46] 又原判決は言う。
「酒税法は、酒類製造者に対する各種規制とほぼ同旨の規定を、酒類販売業者に対して課している。
 たとえば、販売に関する事実の記帳義務(四六条)等々云々。しかし、これらの義務の履行を確実ならしめるよう監視、監督するには、それ相応の人員と経費とを要すべきところ、酒販免許制の撤廃により増加するであろう酒類販売業者について、この監視、監督を十全ならしめようとすることは、右の要員、経費等の点に鑑みて事実上不可能を強いることになるおそれを払拭しきれない」(原判決2-12丁おもて)と。
[47] ところがその原判決は、又一方では、こうも言っている。
「裁判所は、免許制に比してよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては酒税保全の目的を達成するに十分でないかどうかを一応検討しなければならない。そして、立法府の広範な裁量権と免許制以外のよりゆるやかな規制の有効性との両者の視点をふまえて、立法府のとった裁量的措置である酒販免許制が、その内容をも含めて、凡そ基本的人権の一である職業選択の自由に対する重すぎる規制であるということができるときは、立法府の広範な裁量権にもかかわらず、その合理的範囲を逸脱したものとして右の規制措置を違憲無効とすべきである」(原判決2-8丁うら―2-9丁おもて)と。
[48]一〇 そうすると、原判決の言っていることは、こうなる。「免許制をとらなくとも、販売業者にたいする現行法のそれ以外の規制を確実ならしめるよう監視・監督するための人員・経費があれば免許制は違憲となるのだが、その人員と経費がないから免許制は合憲である」と。
[49] 一般会計だけで30数兆円の国の予算なのである。全国でわずか17万余カ所の販売店を取りしまる人員と予算に事欠くはずはない。
[50] これを要するに、原判決の論理をもってすれば、「本当は憲法違反の行為でも、役所に人員と経費がない場合は、みな合憲となる」ということになる。権力内部の都合によって、国民の基本的人権を踏みにじってはならないとしたのが、日本国憲法の基本精神ではなかったのか。役人の数と予算がなければ、権力が国民の基本的人権を侵害する法律を何ぼでもつくっていいというのでは、日本国憲法は、ないのと同じである。

[51]一一 また原判決は、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」の存在につき、
「これの狙いは酒税法の目的とするところと重なるものがあり、酒税の取引(「酒類の取引」の誤記であろう……遠藤誠註)の安定を図りながら、酒税法の目的とする酒税の保全を図ろうとする点で、両者は相覆うものがある」(原判決2-12丁うらないし2-13丁うら)
として、せっかくいいことを言っておりながら、
「しかしながら、右法律における酒類業組合の組合員たる資格を有する酒類製造業者及び酒類販売業者は、酒税法によって免許を受けた者に限られるのであって(2条、9条)、これよりすれば、この法的措置も酒販免許制に依拠し、その上に立って、更に有効な施策を講じたにすぎない」
から、酒販免許制は要るのだ(原判決2-13丁うらないし2-14丁おもて)と言っている。
[52] ところでこれは、或る法律が違憲かどうかを判断するについての、全く初歩的な誤りを犯している。
[53] つまり、Aという法律の規定が憲法の或る規定に違反するかどうかを判断する場合は、Aという法律と憲法の当該規定のみを比較すべきであって、「他にBという法律にこういう規定があるから」ということを考慮してはならないのである。
[54] 換言すれば、「酒税の保全及び酒類業組合に関する法律」2条、9条を改正して、「この法律における酒類業組合の組合員は、免許の有無にかかわらず、酒類製造業者及び酒類販売業者並びにみなし酒類製造者の全てについて強制加入とする」と規定すれば、原判決の立論は、一ぺんにすっ飛んでしまうのである。
[55] A法律が憲法に違反するかしないかを判断するのに、B法律を持ち出してはならないことは、誰が見ても憲法に違反してると思われるA法律につき、B法律において「A法律は憲法に違反しない」と書いてもナンセンスであることを想起すれば十分である。
[56] 尊属殺に関する刑法200条の規定は、最高裁により違憲と判断された。その場合、刑法以外の法律に、尊属殺が合憲であることを前提とする規定が置かれていたとしても、やはり刑法200条の違憲性は、かわらない。
[57] コトは、酒の販売免許が違憲であるかどうかが争われているのだ。それに対する結論を出すのに、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」2条・9条に「酒税法によって販売免許を受けた者に限られる」と書いてあるから、「この法的措置も酒販免許制に依拠し、その上に立って、更に有効な施策を講じたというにすぎないのであって、……酒販免許制は不要であるとする帰結に導くには未だ到らない」というのは、法律という下位規範の内容によって憲法という上位規範の内容を決定するものであって、司法試験の答案なら、まず落第ものである。

[58]一二 さらに原判決は、「清酒製造業の安定に関する特別措置法」(昭和45年5月20日法律第77号)につき、
「これにみられる清酒製造業者に対する融資のあっせん等による資金面からの優遇措置の如きものを以て、納税義務者たる酒類製造者の経営を安定させ、酒税の保全を図る施策も一方法ではある」(原判決2-14丁おもて以下)
と、ここでもせっかくいいことを言っておりながら、しかし
「それは所詮一時的応急的域をこえないであろうから、酒税の継続的、長期的保全のための酒販免許制を不要たらしめるものとは即断しえない」(同2-14丁うら)
としてしまった。
[59] ところでこの「清酒製造業の安定に関する特別措置法」は、昭和45年に施行されて以来、昭和63年の現在も施行されている法律なのだ。18年もつづいたのだから、これからも「継続的、長期的」に施行されるだろう。
[60] 「特別措置法」とか「臨時措置法」の名の前に、継続的・長期的法律が公布・施行されていることは、「租税特別措置法」(昭和32年法26号)や「裁判所職員臨時措置法」(昭和26法299)をまつまでもなく、法的常識である。

[61]一三 これを要するに、昭和13年の戦時立法下においてはいざ知らず、自由競争経済の現在においては、少なくとも清酒にかんする酒税の保全のためには、酒類製造業者の免許制と、酒類販売業者にたいする酒税法46条、47条、49条、53条、50条、50条の2、51条、56条、58条ないし60条及び同法施行令、酒税法基本通達と、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」(但し、同法2条・9条を「酒類販売業者及び免許を受けた酒類製造業者」と読み替えて)と、「清酒製造業の安定に関する特別措置法」という名の長期的法律によって十分すぎる程十分であって(その外に、国税徴収法が入ることは、もちろん)、なおその外に、憲法によって保障された「職業選択の自由」を真正面から踏みにじる酒類販売業の免許制などは、百害あって一利がないと言わなければならない。

[62]一四 又原判決は言う。
「酒税法10条10号の『その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合』につき、酒税法基本通達が『事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品または販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいうものとする』と観念しているから、具体的な場合にあたって、当該事例が右10号後段に該当するか否かを通常の判断能力によって判断することが不可能であるとはいえない」(原判決2-15丁おもて以下)と。
[63] しかし、原判決は、ここでも初歩的ミスを犯している。
[64] すなわち、前記の憲法解釈の所でも触れたように、ある法律の規定が不明確であるか否か、一義的明確性を欠くか否かは、もっぱらその法律の規定の文言についてのみ判断されるべきことであって、そのはるか下位の、しかも単なる部内の執務基準にすぎない通達の文言によって、法律の規定の適否を判断してはならないのである。
[65] 通達は、国税庁長官の一片の意思で、朝令暮改できる。もし国税庁が、今日中に、酒税法基本通達(第10条免許の要件6)として、「経営の基礎が薄弱であると認められる場合とは、経営の基礎が薄弱と認められる場合その他これに準ずる場合をいう」と改正すれば、それはそれで適法な通達となってしまうのである。
[66] 問題は、法10条10号に言う「その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」という文言が、明確であるか否か、一義的であるか否かということである。
[67] これは誰が見ても、不明確、多義的であると言わなければならない。
[68] だからこそ、東京地裁の藤田耕三判事外2名の判事が「本件は経営の基礎が薄弱でない」としたのにたいし、高裁の高野耕一判事外2名の判事は「本件は経営の基礎が薄弱である」として、その判断が分れてしまったのである。
[69] 裁判所の判断すら分れる問題を、一税務署長の胸先三寸でやられてしまったのではたまらない。
[70] かくして、本件免許の要件は、法律に定められたその拒否事由が、また誠に不明確、多義的、恣意的判断をいくらでも可能にする点において、ますます違憲性を強めるものである。

[71]一五 これを要するに、原判決は、いろいろとわけの分らないリクツを述べたてた上で最後にこう言う。
「以上にみてきたところによれば、……酒税法が酒販免許制を採ったことは、……違憲無効であるとまではいえない」と。
[72] ただ、こういうことは付言として言っている。
「しかしながら、酒販免許制がそれ自体直ちに違憲無効とはいえないとしても、それが憲法上保障された基本的人権の一である職業選択の自由を、しかも狭義のそれを規制するものであることに鑑みれば、その規制措置の運用に当たる行政庁たる税務当局の個々の処分が、過度に既存業者の既得の利益保護に傾き、新規参入者を封殺するが如き場合は、違憲性を帯びることを否定しえないことは言うまでもない」(原判決2-18丁うら以下)と。
[73] ところで以上縷々論証してきたとおり、現在における酒販免許制には、もはや何らの合理的理由はなく、もっぱら既存業者の既得の利益保護と、新規参入の封殺、ときに本件上告人の如き、国税庁の違法行為にはダンコとして闘うという新規参入者にたいする封殺のみに利用されているのであって、その違憲たるや、けだし明白である。
[1] 原判決の理由を一読してまず気付くのは、原判決の事実認識と論理が実に古色蒼然としていたものである、ということである。
[2] たとえば、原判決は、酒類販売業免許制度施行の理由を挙げるが、60年前に比べると現在では酒造業者をめぐる環境も酒税についての考えかたも一変している。それだけでなく、酒販免許制度が酒税の庫出課税実施に対する見返りとして設けられたもので、酒販免許に関する当時の説明が建前上だけのものであったことは、すでに歴史的な事実である。
[3] 時代は大きく変化しているのに、このようなとうの昔に論破された理由を並べ立てていても、世人を納得させることは到底できない。酒販免許が酒税確保のためだ、という理由づけは、「酒類業界内部にしか通用しない」という自省がなされている(醸造新報昭和56年6月11日号)が、実際、このような議論が通用するのは「酒類業界と原審だけ」ということになるのではあるまいか。

[4] 原判決理由のもう一つの特徴は、原判決の論理が国税当局のいうところをそのままに繰り返しているだけであって、これを裁判所の立場で吟味し、検証し直した形跡が見られないことである。試みに「酒類販売業免許制成立の経緯」「国税収入中における酒税収入」「酒類販売業免許の運用状況」と拾っていっても、その項目も書いてあることも、すべて被上告人らの原審主張そのままではないか。判決には、眼光紙背に徹する、とまではいかなくても国家権力側のいうことでも真実と疑わしいものがあるという立場でこれをふるいわけようと努力するくらいの慎重さは必要であろう。

[5] 原判決は、酒税法の諸規定を列挙するほか、旧法の酒販免許制度の目的とされるところを挙げただけで酒販免許制度が「酒税保全を目的として採用されたとし、重要な公共の利益のため必要かつ合理的な立法措置であった」と断定するのである。そして、酒税保全が免許制度の目的であることを前提としたうえで、免許制度の合憲性に関する論議が進められている。
[6] しかし、酒販免許制度を設けた目的が酒税法の条文を見ただけで簡単にわかるものならば原審における上告人の立証や被上告人の反証は殆ど無用なことであるいわなければならないであろう。条文を見てわかるのは、表向きの目的に過ぎないのであって、それは真の立法理由と合致する場合もあろうが、合致しない場合も数多くあることは、類例を挙げるまでもない。その真の立法理由、かくされた立法目的を明らかにするために上告人は立証をして来たのである。
[7] 酒販免許制度の真の目的について、ここでは論証を抜きにして結論だけ示せば、酒販業界への新規参入の阻止である。新規参入阻止を目的に免許制度を設けている場合の右制度の合憲性と酒税確保を目的に免許制度を設けた場合の免許制度の合憲性とでは、判断基準が全然違ってくるはずである。
[8] 酒販免許制度を酒税確保が目的だ、というのは「裸の王様」と同じことである。原審以外の誰も、本気でそのようなことを信じている者はいない。国税当局や酒販業者はもちろんのこと、そのようなことは信じていない。だから、ごまかしても、ついにごまかしきれなくなっているのが今日の状況であろう。そうした中で、ひとり原審のみが「酒税法に書いてあるから酒税確保が目的だ」というのは笑止というべきである。

[9] 酒販免許制の目的を酒税確保である、とすることに対する疑問の眼目は、酒販免許制度を設けることによってなぜ酒税の確保が図れるのか、という点にある。
[10] この点について、原判決は
「(酒税は)消費者に最終的に転嫁されることを予定して、納税義務者である酒類製造者に賦課されるのであって、この両者の間にあって、右の転嫁、賦課をいわば仲介し、消費者から酒類製造者への納税資金の還流を円滑ならしめる酒類販業者の地位は極めて重要であり、その経営の安定は、酒税保全の上で不可欠であるとさえいい得る。」
というのであるが、まず、その説明がきわめて抽象的である。酒税転嫁の「仲介」とは何なのか、酒類製造業者の「納税資金の還流を円滑ならしめる」とは具体的には何を指しているのか、一向に明らかでない。原審だけがひとり勝手に「酒販業者の役割」に理解を示すだけで読む者には何のことなのか理解できないのである。それとも原判決は酒販業者の負担した酒税を消費者に転嫁する立場にあるのだ、ということだけを言うためにこのようなもってまわった言いかたをしているのであろうか。そうだとすると、酒販業者の酒税転嫁の役割に関する原審の理解はまったくの誤りである。原審の誤りであるゆえんを個条書風に列挙するとつぎのとおりである。
[11](1) 当然のことながら酒販業者は酒税転嫁の義務を負うものではない。酒税は庫出しの段階で酒造業者によって国庫に納付されれば徴税としてそれで完結するもので、酒税相当額が酒類の価格に上乗せされることにより卸、小売を経て事実上消費者に転嫁されるにすぎない。酒造業者が酒税分を割り込んで卸売りするのも、それは酒造業者の自由であり、酒販業者においても同様である(酒税額以上の価格を強制するとすれば独禁法違反の問題を生ずる)。
[12](2) そして右のような事実上の転嫁のうえでの危険負担はすべての間接税に共通することからであり、また原料の値上り等のコストアップ、インフレその他の経済情勢の変化等の場合にもつねに存在することで、製造業者および上位から末端までの流通業者のすべてに共通するものである。なぜそれらの中で酒税のみ、酒造業者のみを特別扱いにするのかということを原審は理解しているであろうか。問題を間接税に限定しても、転嫁についてのリスクを負うのは、酒造業者に限らないのになぜ、酒造業者からみれば不特定多数の第三者である酒販業者を免許制にすることによって拘束を加えるようなことまでして、そのリスクをカバーしなければならないのであろうか。
[13](3) 右に対する国税当局の弁解は酒税の負担率が他に比べて高率、高額であるということにあり、原判決も、これをおうむ返しにくりかえしている。
[14] しかし、それならば揮発油税は45パーセントの高率であるがこれを「転嫁」すべきガソリンスタンドは免許制ではない(因に被上告人は石油会社の間接税負担率は5ないし13パーセント、というが、酒造業者と酒販業者の関係のように、流通業者との関係で問題を考える場合に、ひっくるめて何パーセントといっても無意味である)。また酒税は高額というが、酒税の1兆8000億円に対して揮発油税は1兆7000億円であって決して低額ではない。
[15](4) なお、酒税は租税収入の第3位を占める高額というけれども,これも表現の問題であって、第1位、第2位の所得税12兆円、法人税10兆円は酒税、揮発油税、物品税と隔絶した高額であり、後の3者は各1兆8000億円、1兆7000億円、1兆6000億円、とほとんど横並びの状況にある。そして揮発油の販売業者が免許制でないことは前述のとおりであり、物品税対象物品の販売業者が免許制であり得ないことも公知の事実である。
[16](5) そもそも、販売業者の経営状態を健全にさせることによって消費者から吸い上げた酒類代金を確実に酒造業者に支払うようにさせ、それによってこれにふくまれる酒税相当分の回収を確実ならしめる、という「酒税転嫁のための酒販免許」の考えかたは、いかにも持ってまわったものであって「風が吹けば桶屋がもうかる」といった類のものでしかない。いかにも頭の中で作り上げた理屈であるから、現在ではあちこちで破綻し、既存業者保護という本音があらわれて取り繕うのに業界も行政(国税)も政界も、甚だしいあわてぶりを示しているのである。
[17](6) 酒造業者が庫出しの段階で支払った酒税相当分を酒類の売却代金から回収するのは、既に国庫のためにするわけではない。酒造業者が自らの経営の存立と発展のために、売って、もうけようとするのである。だから、酒類代金の回収は酒造業者が自らの努力ですることができるし、またしなければならないのであるし、酒販業者の経営状態を免許制によって健全にしてくれなくても、酒販業者を自分で選択し、危ない相手には売らなければいいのである。そのくらいの判断と選別はいまでも行われている。酒販業者のすべてを「健全」にしてやろうなどというのは、俗にいう大きなお世話というものである。

[18] 原判決の合憲論の理論的前提は、このようにして、すべて根拠のないものである。そうであれば「酒税の確保」以外の他の理由によって、殊に、新規参入の阻止、という理由によって果たして酒販免許の合憲性を説明できるかということに問題は帰着することになるのである。

[19] このようにして、酒販免許制度維持のために酒販業界や国税当局が挙げる理由は、免許制度正当化の理由づけとしてまったく破綻してしまっている。正当化できる理由は、実は一つもないのである。そこで残るのは、酒販免許維持のための隠された理由だけであって、それは、国の力を藉りた新規参入の阻止とそれによる業界の利益の保持ということである。まさにそのことのために酒販業界は政界と国税当局に対してあらゆる政治力を行使している。酒販連盟から岩動代議士(国会酒販売問題懇話会会長代理)に対する9500万円の不法献金事件などもその一角に過ぎないであろう。
[20] 国税当局は酒販業界の要求に応えて免許制度を盾に新規参入阻止に全力を尽くしており、国税庁酒税課長が新規の酒販免許申請が「免許基準には一応パスしているというケースが多く、第一線の担当者は日夜その処理に苦慮しているのが実情である」と論文の中で公然と認めたり、国税局関税部長が、通達基準で出せば年間11000件の免許を出さなければならないものを「それをうちの方が押さえている、だから年間20店ぐらいしか出していないだろう」「うちの統括も必死でやっている、でなければそんな数字にならない」と述べているようなことをやっている。
[21] このような状況はつとに各方面の注目するところとなり、第1次臨調、第2次臨調で酒販免許廃止の方向が打ち出されたほか、政府の各機関でもその弊害がつよく指摘されている。公正取引委員会も、酒販免許が新規参入阻止の効果しか挙げていなことにつよい疑念を呈しており、独占禁止法制上の重大な疑問が提起されている。
[1] 原判決には、憲法第22条第1項の職業選択の自由に関する規定の解釈適用を誤った違法がある。

[2] 原判決は、酒税法第9条第1項による酒類の販売業者についての免許制度(以下、原判決にならって、「酒販免許制」といい、この制度による免許を「酒販免許」という。)が設けられた目的を、酒類販売業者の堅実な経営、酒類の需給の均衡を通じて、酒税収入の保全を図ることにあるとしている(2-2丁裏2行〜2-3丁表1行)。
[3] 原判決は、右に「堅実な経営」及び「酒類の需給の均衡」を挙げ、それが酒税収入の保全につながるものとしているが、酒類販売業者が、債務超過に陥ったり、支払停止の状態になったりしない限り(すなわち、いわゆる倒産の状態にならない限り)、酒税の納付は行われ、酒税収入の保全に支障はないわけであるから、結局のところ、原判決の前記認定は、酒販免許制が、酒類販売業者の倒産防止に役立っていることを述べていることに帰する。
[4] 原判決は、別の箇所で、
「酒販免許制は、(中略)それが適正に運用されるならば、酒類販売業者の数と質とを適切ならしめて、業者の乱立や過当競争から生ずる共倒れ(中略)を未然に防止する役割を果すであろうこと(中略)は、見易い道理というべきであろう。」
と述べている(2-5丁表7行〜同裏5行)ので、この点からみても、原判決が、酒類販売業者の倒産防止に酒販免許制の根拠を求めていることは間違いないところと考えられる。

[5] ところで、酒類販売業者の倒産が防止できれば、それが酒税収入の保全に役立つとしても、その効果は、全く反射的・間接的なものにすぎない。
[6] しかも、酒類販売業者の倒産防止と、酒税収入の保全との間には、右の反射的・間接的な関係が、何段階にもわたって介在するのである。
[7] ここに、酒類が酒税納入義務者である酒類製造業者から卸売業者を経て小売業者に供給され、小売業者から消費者に供給される場合を考えてみよう。酒類販売代金は、消費者から小売業者に、小売業者から卸売業者に、卸売業者から酒類製造業者に、それぞれ納入されることになる。
[8] 小売業者の乱立や過当競争が防止されて、小売業者が倒産しないことにより、卸売業者の小売業者に対する酒類販売代金の徴収の保全に役立つと一応考えることができるとしても、その効果が、反射的・間接的なものであることは、いうまでもない。けだし、小売業者は、卸売業者への代金の支払を直接の目的として、酒類の小売業者を営んでいるものではないからである。
[9] 次に、卸売業者についてみれば、小売業者からの酒類販売代金の徴収の保全が図られて、その倒産がないことにより、酒類製造業者の卸売業者に対する酒類販売代金の徴収の保全に役立つと一応考えることができるとしても、その効果が、反射的・間接的なものであることは、いうまでもない。けだし、卸売業者もまた、酒類製造業者への代金の支払を直接の目的として、酒類の卸売業を営んでいるものではないからである。
[10] さらに、酒類製造業者についてみれば、卸売業者からの酒類販売代金の徴収の保全が図られて、その倒産がないことにより、酒税納入義務者たる酒類製造業者からの酒税の徴収の保全が図られるとしても、その効果が、反射的・間接的なものであることはいうまでもない。けだし、酒類製造業者もまた、酒税の納入を直接の目的として、酒類の製造販売業を営んでいるものではないからである。
[11] なお、蛇足ながら付言すれば、国民が営む如何なる職業ないし営業であれ、それを税金の徴収に奉仕することを目的とするものであるとみるようなことは許されない。けだし、それは国民を奴隷化する国家を承認することに帰するからである。いかに酒税が国の重要な財源であろうとも、酒税収入の保全に係わりがある職業ないし営業であるとの理由で、その職業ないし営業の直接目的を、酒税収入の保全にあるとみることが許されないことは明らかである。

[12] 右にみた如く、原判決が、酒販免許制の目的につき、「酒類販売業者の堅実な経営、酒類の需給の均衡を通じて、酒税収入の保全を図ることにある」としたことについては、小売業者の経営状況と卸売業者による代金徴収保全との関係、卸売業者による小売業者からの代金徴収状況と酒類製造業者による代金徴収保全との関係及び酒類製造業者による卸売業者からの代金徴収状況と酒税収入保全との関係が、それぞれ反射的・間接的であって、小売業者の経営状況から酒税の収入保全に至るまでに、3段階の反射的・間接的な関係を累積してはじめて、漸く小売業者の経営状況の良さが酒税収入の保全に役立つという説明がつくことになるのである。

[13] 最高裁判所の判例においては、
「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置」
であることを要するものとされている(昭和50年4月30日大法廷判決)。
[14] しかして、右の判決にいう「社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置」とは、その措置が直接に社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的を有する場合を指し、その措置の反射的・間接的な効果としてそのような目的が達せられる場合はこれに含まれないものと解すべきである。
[15] けだし、そのように解しないと、右最高裁判所判例が、原則として職業の許可制を否定する「自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置」についてみても、反射的・間接的には、社会政策ないし経済政策上の積極的な目的に役立つことを認めうる場合があるので、判例によって確立された両者の区別が無意味なものとなってしまうからである。
[16] しかも、反射的・間接的な効果であっても、かつまた、それが数段階にわたる反射的・間接的効果を累積して漸く認められる場合であっても、これを直接の目的とする場合と同様に取り扱うことになると、すべては理屈の付け様次第ということになり、憲法で保障された職業選択の自由は、立法府が立法にあたってつける理屈次第で容易に職業の選択を許可制にすることを可能にしてしまうのである。
[17] かかる結果は、憲法の保障する職業選択の自由を画餅に帰せしめるものであり、憲法解釈上到底認められるべきところではないと考える。

[18] さらに、原判決が、前記の如く、酒販免許制が、酒類販売業者の倒産を防止し、卸売業者による小売業者からの、また酒類製造業者による卸売業者からの、それぞれ販売代金徴収の保全に役立つとみている判断もまた、根拠を欠くものである。
[19] けだし、酒税法においては、酒類販売業者が如何なる事業を兼営することをも禁止していないから、当該業者がその酒類販売業以外の事業で失敗し、倒産する可能性は、これを否定することができないのである。
[20] かつまた、酒税法上、酒類販売業者が、酒類販売業によって徴収した酒類販売代金を他の財産と分別管理し、小売業者は卸売業者への、また卸売業者は酒類製造業者への代金納入に充てるべきことを要求されているわけではない。
[21] このような法制の下においては、酒販免許制によって、酒類販売業自体についてはたとえ業者の乱立や過当競争が防止されても、その兼業における業者の乱立や過当競争によって、酒類販売業者の業績が悪化することは避けられず、また小売業者が消費者から、卸売業者が小売業者からそれぞれ徴収した酒類販売代金を他に使用することより、前者においては卸売業者への、後者においては酒類製造業者への酒類販売代金の納入が円滑に行われない事態も予想されるのである。酒類製造業者についても、兼業は制限されておらず、また卸売業者から徴収した酒類販売代金の使用につき何らの制約も課されていないから、事情は同様である。
[22] これを要するに、酒販免許制は、その法制の内容自体からして、酒類販売業者の倒産を防止するものでもなければ、卸売業者による小売業者からの、また酒類製造業者による卸売業者からの酒類販売代金の徴収を保全するものではなく、さらに酒類製造業者からの酒税の徴収を保全するものでもない、といわなければならないのである。

[23] 以上にみたところから明らかな如く、酒販免許制をもって酒税収入の保全を目的とするものとする原判決の見解は、酒販免許制に酒類販売代金徴収保全及び酒税収入保全の効果を認め難い点において失当であるばかりでなく、仮にその効果を認めうるとしても、その効果は反射的・間接的なものにすぎず、しかも数段階にわたる反射的・間接的効果の累積の上に漸く認められるにすぎないものである点において、到底憲法の保障する職業選択の自由を制限して、酒類販売業につき許可制を採用する理由づけとはなりえないものである。
[24] よって、原判決には、憲法第22条第1項の解釈適用を誤った違法がある。

[25] なお、原判決のいう「酒税保全」ということにつき、附言しておきたい。
[26] 「酒税保全」とは、酒税を如何に多く賦課するかということではなく、賦課した酒税を如何に取りはぐれのないようにするかの問題であることは、「保全」の語に照らしても明白である。
[27] 原判決は、
「酒税保全といっても、酒販免許制は、既に成立している酒税債権の徴収方法の問題にすぎず、その直接の狙いは、酒税の滞納の防止ということに尽きるとして、右の消極的なものであると論断することも相当ではない。蓋し、滞納の防止は、酒税保全のための一局面にすぎず、酒税保全の目的には、単なる滞納の防止以上の右の積極的なものをも包含しているからである。」
と述べている(2-7丁裏7行〜2-8丁表2行)が、その趣旨を理解することはできない。また、「単なる滞納防止以上の右の積極的なものをも包含しているからである。」とあるが、「右の積極的なもの」が具体的に何を指すのか不明である。
[28] そもそも、前記最高裁判例にいう「社会政策ないし経済政策上の積極的な目的」とは、その目的が具体的であることを要するものと解すべきである。
[29] 原判決の如く、何ら具体的目的を示すことなく、酒税保全の目的が「積極的なものをも包含している」というだけでは、未だ職業の選択につき許可制を採用しうる理由の説明とはなっていないものといわなければならない。
[30] 原判決には、憲法第29条第1項の財産権の保障に関する規定の解釈適用を誤った違法がある。

[31] 本件は、新たに酒類販売業を営むために酒販免許の申請をした事案ではなく、すでに訴外株式会社角田商店東京支店が酒販免許を受けて営んでいた事実を承継して酒類販売業を営むために酒販免許の申請をした事案である。

[32] 酒税法上、酒販免許拒否の要件として、「申請者が……その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」が掲げられているが、右の要件は、免許取消の要件とはされていない(同法14条)。
[33] このことは、酒税法が、一たん酒販免許を受けた者は、たとえ経営の基礎が薄弱となっても、すなわちたとえ倒産状態となっても、免許の取消を受けることなく、酒類販売業を継続することができることを認めているものにほかならない。

[34] このような酒税法の規定を前提にして考えるとき、酒類販売業者からその免許に係る酒類販売業を譲り受けて、その営業を継続する者は、その者が譲受人よりさらに経営の基礎が薄弱であるという事情がない限り、自由な営業の譲渡を制約されるべき理由のないことが明らかである。

[35] 本件の場合、譲受人たる上告人は、訴外株式会社角田商店から、すでに多額の負債を抱えていた同社東京支店の営業を、巨額の譲渡代金を支払って譲り受け、かつこれに対して巨額の債務免除をも行っているのであるから、少なくとも譲渡人に比べて譲受人の経営の基礎が薄弱であったとする事情になかったことは明白である。

[36] しかるに、被上告人は、右の点に考慮を払うことなく、右訴外会社から上告人に対する営業譲渡に基づく本件酒販免許申請を拒否したため、右営業譲渡はその目的を達せられない結果となったものであるから、右処分は、右訴外会社と上告人との間における自由な財産権の処分を侵害したものにほかならず、したがって、憲法第29条第1項に規定する財産権の保障を侵害するものであることが明らかである。
[37] しかるに、原判決は、被上告人による右拒否処分を是認したものであるから、原判決には、憲法第29条第1項の解釈適用を誤った違法がある。
   目  次
第一 職業選択の自由・営業の自由について
 一 はじめに
 二 職業選択の自由とその規制
 三 最高裁判所の判断基準
第二 酒販免許制の違憲性
 一 酒税確保は積極目的か消極目的か
 二 酒販免許制導入の時代的背景及びその真の目的
 三 酒販免許制は酒税確保に役立っているか
 四 酒販免許制は国民保健衛生の確保に役立っているか
 五 酒販免許制以外のよりゆるやかな規制措置に関する原判決の誤り
 六 酒販免許制の要件ないし内容に関する原判決の誤り
 七 酒販免許制運用の恣意的実態
 八 酒販免許制廃止へ向けての社会的動向
 九 酒販免許制と酒価操作
第三 本件処分の違法性
 一 東菱圧殺の全貌(省略)
 二 本件における違法判断の基準時と免許拒否事由
第四 まとめ
[1] 酒類の販売行為は憲法第22条1項の規定する職業選択の自由・営業の自由の保障の範疇にあり、その自由権保障を最大限受けることのできる基本的人権である。
[2] そして、この基本的人権として自由を保障される酒類販売行為について酒税法9条1項が定める酒類販売免許制(以下酒販免許制という)という規制措置は、憲法上の基本権を規制する措置としては合理的根拠を欠き、きわめて不当であって違憲無効なものである。
[3] 以下、違憲論の根拠を具体的事実をふまえて論じてゆく。
[4] 酒類販売行為は、営業の自由に含まれるものであって、本来的に自由な、私的経済活動である。
[5] 一般に職業選択の自由とは、自己の職業を選び、かつ、その職業を遂行する自由(営業の自由)を言うとされている。
[6] 職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。憲法第22条1項が職業選択の自由を基本的人権の一つとして保障したゆえんも、現代社会における職業のもつ右のような性格と意義にあるものということができる。そして、このような職業の性格と意義に照らすときは、職業は、ひとりその選択、すなわち職業の開始、継続廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体、すなわちその職業活動の内容、態様においても、原則として自由であることが要請されるのであり、したがって、右規定は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含しているものと解すべきである(最高裁昭和50年4月30日判決)。
[7] 酒類販売行為は、右の営業活動の自由に属する私的経済活動として、憲法上の基本的人権としての保障を受けるものである。
[8] ところで、職業選択の自由、営業の自由と言えども、これが全く無制限に許容されるものではなく、社会の経済活動の発展に伴い、自由な経済活動を放置することによる弊害を防止し、あるいはその弊害を最小限度におさえる必要がある場合などには、この自由に一定の合理的規制措置を講ずることも社会生活上許されることがありうる。
[9] しかし、このような場合に国が講じうる規制措置は、右の目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまり、更に、その規制の対象、手段などにおいて具体的な理由と必要性及び社会的妥当性を具備していなければならない。
[10] 本件で問題となっている酒販免許制という規制は、その目的、規制態様、規制による効果などいずれの点においても、後述するように右憲法上の基準を満たしておらず、これまで確立された最高裁判例の基準に照らしても、合理的根拠を欠き違憲であることは明らかである。
[11] 職業選択の自由・営業の自由に関する最高裁判例の立場は、昭和47年11月22日大法廷判決及び同50年4月30日大法廷判決に代表される。
[12] 前者は小売業調整特別措置法、後者は薬事法に関して、営業の自由に対する規制立法が具体的に争われたものである。
[13] 右判例は、営業の自由も職業選択の自由の中に含まれ、憲法上の保障を受けるものであるという大原則を肯定したうえで、その自由に対する規制立法の合憲性の判断を行っている。
[14] その合憲性の判断に際し、右判例は、その規制目的を積極目的と消極目的の二つに分類し、前者については合憲性の判断基準を「明白性の原則」に、後者については「より制限的でない他に選びうる手段」によって検討し、判断を下すということを行っている。
[15] ここで、判例の云う積極目的とは、国が経済全般の適切な調整、発展を促すため、主として社会的・経済的弱者の人権を擁護することであり、これに対して消極目的とは、社会生活における安全の保障や秩序の維持等である。
[16] 右の目的による区分によれば、積極目的による規制については、国政全体の下での政策的判断に基づいて立法がなされるため立法者による裁量の範囲が広くなることと、規制の目的が基本権の実質化をはかるものであることなどの理由から、規制の合理性の判断基準は、立法府がその裁量権を逸脱し、その法的規制が著しく不合理であることが明白であるか否かという「明白性の原則」の基準によって合憲性判断がなされ、消極目的による規制については、社会生活における安全の保障や秩序の維持という警察目的上の観点による規制であるから、比例の原則により、その規制が必要最少限度の規制か否かという「より制限的でない他に選びうる手段」という基準によって合憲性の判断がなされることになる。
[17] 本件判決以前のこれまでの合憲判決としては、昭和58年6月28日判決青森地方裁判所、同59年7月19日東京地方裁判所、同60年4月24日千葉地方裁判所の3件であり、これらは税収確保を簡単に積極目的と判断し立法府の裁量論(明白性の原則)を展開していた。しかしながら税収確保は積極目的とは言えない。
[18] すなわち、これらの判決が依拠している小売市場許可制合憲判決(最高裁昭和47年11月22日判決)は、消極目的規制と積極目的規制の区分について次のとおり述べている。
「おもうに、右条項に基づく個人の経済活動に対する法的規制は、個人の自由な経済活動からもたらされる諸々の弊害が社会公共の安全と秩序の見地から看過することができないような場合に、消極的に、かような弊害を除去ないし緩和するために必要かつ合理的な規制である限りにおいてゆるされるべきことはいうまでもない。のみならず、憲法の他の条項をあわせ考察すると、憲法は、全体として、福祉国家的理想のもとに、社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図しており、その見地から、すべての国民にいわゆる生存権を保障し、その一環として、国民の勤労権を保障する等、経済的劣位に立つ者に対する適切な保護政策を要請していることは明らかである。このような点を総合的に考察すると、憲法は、国の責務として積極的な社会経済政策の実施を予定しているものということができ、個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なって、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当であり、国は、積極的に、国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し、もって社会経済全体の均衡のとれた調和的発展を図るために、立法により、個人の経済活動に対し、一定の規制措置を講ずることも、それが右目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、許されるべきであって、決して、憲法の禁ずるところではないと解すべきである。」
[19] このように右判決は,憲法が福祉国家的理想のもとに、社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図しており、その見地から、すべての国民にいわゆる生存権を保障し、その一環として、国民の勤労権を保障する等、経済的劣位に立つ者に対する適切な保護政策を要請していることは明らかだとし、このような点を総合的に考察すれば、憲法は国の責務として積極的な社会経済政策の実施を予定していると判断しているのであるから、その「積極的な社会経済政策」が、生存権(社会権)の保障及び社会的経済的弱者の保護を目的としたものであることは明らかである。
[20] それ故、酒販免許制の目的が前記下級審判決の言うとおり税収確保であるとしても、かかる規制目的は社会的経済的弱者の保護を目的としたものではないから右最高裁判決のいう積極目的の中に含まれない。むしろ酒販免許制の目的は自由販売による共倒れ等の弊害によって酒税の納税義務者たる酒造業者に滞納が生じないようにするという、換言すれば滞納の予防という極めて消極的な性格のものにすぎない。
[21] なお、酒販免許制は、一般に立法府に広汎な裁量権が認められていると解されている租税政策(すなわち、いかなる租税を課するかという問題)そのものではなく、あくまで特定の租税の税収確保のための規制手段にすぎないのであるから、租税政策のように広汎な立法府の裁量が認められるものではない。むしろ、憲法13条に規定する人権保障の基本原則に立脚し、必要最小限度の原則が適用されると言うべきである。
[22] いかなる対象を課税対象にし、その税率をどうするかという点については、個人の経済的行為の成果をどの程度国が吸収するかという問題であるから、立法府の裁量の余地をある程度広く認めうる。
[23] しかしながら、免許制という規制は経済的行為の成果ではなく、行為そのものを規制するものであるから立法府の裁量の範囲はより制限的なものにならなければならない。特に酒販免許制は経済的行為の全面的規制となる職業の開始そのものを制限するものであり、しかも納税義務者(製造業者)ではなくそれと取引をする販売業者に対する規制であるから立法府の裁量の範囲は極めて限定的なものとなるといわなければならない。
[24] 以上のとおりであるから、税収確保を積極目的と判断し、「立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることが明白である場合に限って、これを違憲としてその効力を否定することができるものと解するのが相当である」という前記下級審判決は、明らかに誤りである。

[25] これに対し、原判決では、酒税確保の目的を積極目的であると位置づけることの矛盾と限界を認めたうえで次のように判示した。
「酒販免許制が、免許制(許可制というに同じ。)であるが故に、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制をこえて、職業の開始自体即ち狭義における職業選択の自由そのものを規制するものであることは言うまでもないところ、このような規制をもたらす酒税保全という財政政策上の目的は、果たして、国民経済の円満な発展や経済的弱者の保護等の経済政策ないし社会政策上のいわゆる積極的なものなのか、それとも、社会生活の安全の保証や自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害の防止等のいわゆる消極的なものなのであろうか(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
 思うに、酒税保全ということが、国の財政政策であるからといって、直ちにそれが、右の積極的なものと断定することはできない。蓋し、この財政政策によって取得される税収は、右の消極的なもののためにも使用されるからである。しかし他方、酒税保全といっても、酒販免許制は、既に成立している酒税債権の徴収方法の問題にすぎず、その直接の狙いは、酒税の滞納の防止ということに尽きるとして、右の消極的なものであると論断することも相当ではない。蓋し、滞納の防止は、酒税保全のための一局面にすぎず、酒税保全の目的には、単なる滞納の防止以上の右の積極的なものをも包含しているからである。
 即ち、結論的には、酒税保全という財政政策上の目的は、右の積極的なものでもあり消極的なものでもあって、そのいずれか一に帰せしめるのは相当でないというのほかはない。
 従って、裁判所は、もとより酒販免許制の採否が立法政策上の問題である以上、立法府の広範な裁量権に基づく判断を尊重すべきものであるが、よって採られた具体的な酒販免許制という規制措置が、著しく不合理であることが明白とはいえないからといって、直ちにこの立法府の裁量を是認すべきではなく、やはり、必要最小限度の規制でなければならないとはいえないにしても、免許制に比してよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を達成するに十分でないかどうかを一応検討しなければならない。
 そうして、右の立法府の広範な裁量権と免許制以外のよりゆるやかな規制の有効性との両者の視点をふまえて、立法府のとった裁量的措置である酒販免許制が、その内容をも含めて、凡そ基本的人権の一である職業選択の自由に対する重すぎる規制であるということができるときは、立法府の広範な裁量権にもかかわらず、その合理的範囲を逸脱したものとして右の規制措置を違憲無効とすべく、そうでなければ、これを合憲とすべきなのである(前掲最高裁大法廷判決最高裁昭和45年(あ)第23号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号586頁参照)。
 そこでまず、酒販免許制以外のよりゆるやかな規制措置について考察し、次いで酒販免許制の要件ないし内容等について検討する。」
[26] 右判決がこれまでの合憲判決とは異なって酒税確保の目的を積極目的であると認定しなかったことは評価出来る。

[27] しかしながら、原判決が酒税保全という財政政策上の目的が積極的なものか消極的なものかという点について、「酒税保全という財政政策上の目的は、右の積極的なものでもあり消極的なものでもあって、そのいずれか一に帰せしめるのは相当でないというのほかはない。」としたのは不当である。
[28] 即ち、酒税保全というときに、ここで問題となるのは、いかに酒税を確実に徴収するかということ、すなわち滞納の防止にあるのであって、そのほかに酒税保全に別の内容があるわけではない。酒税保全・滞納防止ということそれ自体は、国民経済の円満な発展や経済的弱者の保護等の経済政策ないし社会政策上の施策として直接的な意味を有するものではないのである。
[29] たしかに酒税として徴収された税金は、他の多くの税収とあいまって、国の施策に従い様々な目的に費される。その費される目的の中には、国民経済の円満な発展や経済的弱者の保護等の経済政策ないし社会政策上のものもあるであろうが、徴収された酒税全額が国民経済の円満な発展や経済的弱者の保護等の経済政策ないし社会政策上の目的のために消費されるのではない。酒税が徴収されたのちに、これを含んだ全体としての税金がどのように使われるのか、すなわち税金がいわゆる「積極目的」で費消されるか、「消極目的」で費消されるかということと、酒税の保全、すなわち酒税の滞納をいかにして予防し防止するのかということは、直接的な関係にない。
[30] この点を故意に混同し、あるいは看過してなされた原審の「酒税保全の目的」が「積極目的」でもあり「消極目的」でもあるとの判断は、これまでの最高裁判所の判断基準の適用を誤るものである。
[31] 原審はこの規制の対象の差異とそこにおいて許される裁量の範囲の違いを無視して結論を導きだした誤りがある。

[32] 従って、本件免許制の合憲性の判断にあたっては、消極目的の規制の場合における「より制限的でない他に選びうる手段」という判断基準に基づいて、具体的な事実を厳密に検討すべきである。
[33] 原判決は、酒販免許制が酒税保全の目的であり酒税確保に役立って来たことを随所で認定し、
「酒税保全上酒販免許制の今日的必要性のないことを論じても前述のような酒販免許制の存在しないことによって起こりうべき事態について思いめぐらすとき、果たしてしかく楽観してよいかは甚だ疑問であるというべく」
と述べている。
[34] 原判決は、酒販免許制の導入された昭和13年当時の酒造業界の状況について朝日経済年史に依拠して、酒販免許制の撤廃は酒販業者の濫立を招来し、過当競争→経営の不安定→代金の回収の不能→酒税滞納の増加、という図式的因果関係に立つ事態が再来すると考えているようであるが、原判決は昭和初期の我が国の社会・経済の動向についてどのような理解に立っていたのかその理解の未熟さには呆れる他ない。
[35] 昭和13年当時においてさえ酒販店の濫立と酒税の滞納とは全く因果関係がないのであって、酒税の滞納は純粋に景気の動向によって左右されていたにすぎない。
[36] このことは、当時の我が国の社会経済の動向とそれを正確に反映した酒造業界の情勢をみれば明白であり、このことを明確にするために酒販免許導入前後の時代的背景を概観してみる必要があると考えるので、以下にその状況を述べる。
[37](一) 昭和初期の我が国は、第一次大戦後の反動期にあたり、戦争による特需景気が終り経済が停滞を続けていたなかで、震災手形の処理に端を発した昭和2年の金融恐慌によって大打撃をうけるに至った。短期間に次々と銀行が休業する中で市民は恐怖の念に襲われ市場は大混乱となり、半狂乱の預金者は取付け心理のとりことなって一流銀行にまで殺倒するありさまとなった。これに対し、政府が日銀よりの約20億円の緊急融資を行い、これにより一応の沈静下をみるに至り、全国の銀行はそれぞれの門扉を開いたのであった。
[38] 昭和金融恐慌のわが国経済に与えた影響は、各方面において極めて深刻なものがあり、とりわけ銀行に対する不信は大きく、銀行への預金は減少して、逆に郵便貯金を増加させた。また、破産した銀行の多くは、それぞれの関連事業をもっていたことから、これらの関連事業が金融上の打撃をうけて事業を縮少するものが著しく増加した。そして、こうした打撃をうけたものの多くは地方の中小企業であり、昭和3年には中小の商工業者の倒産と操短とが続いた。清酒業界もまたこの影響をうけ、その生産高は減少し、昭和1年の造石高480万4035石から昭和4年には423万8383石へ、1場当りの石数にして827石から500石へと減少している。金融恐慌による経済の停滞は直ちに一般消費者の購買能力の減退につながり、このため酒造業者は過剰生産状態となり、生産した酒を販売するためにダンピングや消費者に対して多くの景品をつけて販売するなどの混乱した状態となっていた。
[39] 昭和元年度から昭和4年度までの間に628の製造場が廃止され、昭和4年の製造場数は8967場にまで減少した(添付資料『酒造組合沿革史第2編』69頁以下参照)。
[40](二) 日本経済が金融恐慌による不況から立ち直れずにいる状態で、更に、史上未曽有といわれる世界大恐慌の渦の中に巻き込まれていったのである。
[41] 1929(昭和4)年10月24日、「暗黒の木曜日」に起ったニューヨーク、ウォール街での株式市場の大暴落は、世界大恐慌の発端となり、資本主義国に次々に波及するに至った。日本においても貿易は全く不振となり、一方では物価が暴落し、国内の諸産業の殆んどが不振に陥り、昭和5―7年を通じて事業会社の減資、解散が相ついだのであった。従って国民総生産も、昭和4年の163億8千万円が、6年には136億8千万円に落ち込み、失業者はちまたにあふれた。
[42] 農村における不況は一層深刻であり、特にアメリカ市場に全面的に依存していた生糸生産者は生糸価格の大暴落により大打撃を受け、続いて、夏野菜、米価の暴落による農村の惨状は目をおおうほどのものであった。こうして農家経済は完全に破綻した。米価などが生産費を償わず、農家の所得は自作農においてすら、昭和6年には4年の5割にも達しないというありさまであったから、負債は累増した。
[43] 中小規模清酒生産者の販売基盤である農村が、このような惨状であったから業界に及ぼした影響は、想像を絶するものがあった。又、都市における中小企業や商店もこの不況によって徹底的にたたきのめされた。当時の新聞は『小商人の夜逃げ――長期に亙る深刻な不景気が社会の各層に浸潤しているが、第一に悲鳴をあげているのは小商人で、最近郊外方面に夜逃げ事件が頻々と持ち上り、中野方面の如き2月に入って20数件の夜逃げ事件があり……』と報じている程であり、不景気による購買能力の低下と消費意欲の減退は著しかった(添付資料『酒造組合中央会沿革史第3編』1頁以下参照)。
[44](三) こうした社会の情勢をうけて酒造業界も深刻な不況に陥入る。このことは大手酒造メーカーである白鶴酒造(株)が昭和52年に発行した「白鶴二百三十年の歩み」に記載されたので長くなるが引用する。
[45] 即ち、それによれば、
「(昭和恐慌と全国酒造業の動向)
 第一次世界大戦で「繁栄」をかちえた日本経済も、大正末期には大正11年の金融恐慌、同12年の関東大震災によって大きな打撃を受け、暗雲低迷のうちに「昭和」を迎えた。その昭和も、入って間もない昭和2年には金融恐慌、昭和4年10月に始まり同6年にピークに達した世界恐慌という大事変に見舞われた。とくに昭和2年の金融恐慌は、第一次世界大戦の生んだ神戸の新興財閥鈴木商店の破産と、政府銀行であった台湾銀行の破綻をもたらしたほか、日本の銀行界を未曾有の大混乱におとしいれた。そして時の第1次若槻内閣を倒壊させたが、その契機となったのは「震災手形」であった。この震災手形とは、つまり関東大震災が生んだ後遺症であって、これによって確立したばかりの日本資本主義が、銀行制度の面で、その矛盾を露呈したのであった。
 金融恐慌による銀行の破綻と、それに続くモラトリアム(支払延期)の実施、そして銀行貸出の引締めは、わけても繊維工業などの中小企業に大きな打撃を与えたが、酒造業界においても、需要の減退、酒造金融の逼迫に追い込まれるとともに、他方、酒造税の滞納者・転廃業者が続出した。
 いまその逼迫せる酒造業の様相を造石高・製造業者数・消費量でみると、大正12年度は製造場数9932場で、544万9000石の生産量を示し、国民1人当りの消費量は1斗3合であったが、続く不況に需要は減少するばかりで、昭和に入ってからは、昭和2年までには製造場数は568場も減少して9364場となり、生産量は92万8000石減少して452万0711石となり、国民1人当りの消費量も7升9合に低下した。ことに農村に市場を有する地方酒造業者の売れ行きは不振の極に達し、当時の地方新聞記事に『1升の酒を求めるのに5升のこめ、1斗の大豆を売らねばならぬ悲境』であったと記載しているほどであった。
 翌3年にはやや増石しているが、昭和4年には日本酒造組合中央会は減醸警告を発し、各業者の生産量を過去3年間の平均生産量に対し10パーセント減の生産規制を行った。それにもかかわらず、酒は生産過剰の状態で市場に充満し、酒税は上るが逆に酒価は下がるという現象を呈し、倒産者が続出した。したがってそれ以降昭和5、6年にかけて減石のどん底におちいり、昭和5年1月の浜口内閣による金解禁は世界恐慌に加えて、さらにわが国の経済を不況に追い込み、そのしわよせは農村・中小企業に集中したので、酒造業者の資金繰りも悪化し、転廃業者が続出した。製造場数は昭和5年度に194場、同6年度に292場の減少がみられ、昭和6年度の製造場数は8481場となり、生産量は328万4504石と激減し、国民1人当りの消費量も5升4合とさらに低下している。
 時あたかも醸造業界の各権威者が酒造業界の苦境をみるにしのびず、矢部規矩治博士の「産業合理化と醸造」や高橋貞造博士の「酒造界不況救済策」が世に出たのもこの時であり、東京財務監督局鹿又親先生の「酒造政策の確立を論ず」や住江金之博士の「酒造家に有利なる副業を提唱す」の具体策が論じられて、世の注目を浴びたのであった。
 このあいだ、全国酒造組合聯合会の統制力の弱体化がたびたび問題にされ、遂に新たに昭和4年4月13日に、大蔵大臣の認可を得て「酒造組合中央会」が設立された。しかし同年10月20日、「暗黒の木曜日」といわれたウォール街の株式市場大暴落を契機に、世界大恐慌の波及はあまりにも大きく、酒造組合中央会の努力にもかかわらず、過剰在庫と乱売はますますエスカレートし、酒造業界は悪化の一途をたどった。
 しかし、この昭和5、6年にかけての減石がどん底で、昭和6年の満州事変の勃発と同年11月の金輸出の再禁止で、わが国の経済はインフレーションに転換した。これを契機に昭和7年度より需要の増大に対応して生産高は前年度より15.9パーセント増の380万7989石となり、翌8年度にはさらに401万2434石となり、同10年度にかけては緩慢ではあるが370万石台を維持して、辛うじて酒況回復への兆候を示したのである。」(添付資料『白鶴二百三十年の歩み』参照)。
[46](四) 右の未曾有の大不況という社会・経済の情勢とこれを反映した酒造業界の状況とそれらの時代における酒税滞納率を比較すると、次のことが判るのである。
[47] 表1(添付資料『租税滞納率推移表』)の租税滞納率の変化をみれば、昭和2年ころから昭和7年にかけて(特に昭和5〜7年)酒税の滞納率は高くなっているが、昭和11年からは極めて低くなり、昭和12年の酒税の滞納率は、0.11パーセントと金融恐慌・昭和大恐慌前よりも改善されている。これは、景気の動向と酒税滞納率の変動が一致していることを示しており、これは酒税の滞納が「酒販店の濫立」によってもたらされたものではなく、金融恐慌及び昭和大恐慌によってもたらされたものであるとの結論を明白にしてくれる。昭和4年〜7年の昭和大恐慌下における酒税の滞納について酒造組合中央会沿革史第3編は次のように言う。
「いうまでもなく経済界の不況、農村の窮状は、直ちに酒の売行に反映する。その上に業界は依然として慢性的な過剰生産の状態にあったから酒価は低落する。当時の地方農漁村における酒代金の回収は、年2期盆、暮れ決済がなお根強く残っていたが、この売掛代金の回収が意の如くならない。そのうちに酒税の納期が到来するから、無理算段して納税せねばならない、なかには酒をダンピングして税の納入に当てる、それすらかなわない者は、やむなく酒税を滞納する、といった悪循環の渦のなかに、とりわけ中小規模業者が巻き込まれた。由来酒造業者にとって酒税の滞納は、余程のことがなければするものではないが、事実この時期にはそれは激増している。」
[48] そして、清酒の出荷石数は、昭和5酒造年度から下降線をたどり、7酒造年度に底をつき、清酒の販売価格も低落し、昭和6、7年の頃最低を記録している。又、酒造場数も昭和6年7年にはそれぞれ約300場ずつ減少し、昭和7年には8199場となっていた。
[49] 酒造業者のうちには納税資金調達のために乱売する者、あるいは市場において景品付販売などを行って売り急ぐ者があるといったありさまで、しかも市場の消化不良は、乱売をも受け付けず、遂には滞納処分をも甘受せざるを得ないこととなっており、その窮状は惨憺たるものであった。
[50] なお、念のために指摘しておくならば、右に述べられた当時の生産量及び消費量の激減という事実は、判例の言う酒税滞納率の増加の根拠である「酒類販売業者の濫立」とは全く相反する事実である。
[51](五) 更に、酒造業者の激減を「酒販店の濫立」によるものであるとして、酒販免許制の根拠とすることも誤っている。
[52] 確かに酒類の製造場数は明治17年の16500場から昭和13年当時には7240場に減少しているが、昭和13年直前に激減しているわけではなく、明治17年以降毎年100場ずつ漸減してきているからであり、(もっとも、世界恐慌時の昭和4〜6年には、年間200〜300場の激減が見られるが、このことは既に指摘してきたように、酒造業者の激減が酒類販売店の濫立からもたらされるものではなく、一般的な景気不況に基くものであることの証明でもある)、こうした酒造業者の減少は業界の合理化に基くものだからである。このことは、昭和12年の貴族院の会議での政府委員の次の発言からも裏づけられよう。
「構成している酒造業者は、昭和6酒造年度当時には9270名であったものが、昭和10酒造年度には8321名、約1000名が減っている。これは、酒造業が次第に合理化されて合併等の起こるものもあるし、また小規模で経営を不利とする者が廃業するという状況にあるので、現在の業界の大勢としては、なるべくある程度業者数が減少し、事業が合理化されるという大勢はやむを得ないのではないかと思っている。」(『酒造組合中央会沿革史第3編』601頁)
[53] 従って、酒造業者の減少をもって酒類販売免許制の論拠とするのは誤っており、このことは、昭和13年以後も酒造業者は相変わらず漸減しつづけたことをみても、また昭和18年に企業整備令により3666場に減らされたことからしても明らかとなろう。
[54](六) 更に酒販免許制が「酒税確保」を目的としていなかったことは次の時代的背景と酒税の課税状況とを考察すれば自ら明らかである。
[55] 前述の2つの大恐慌を経た我が国は昭和6年9月の満州事変勃発後、準戦時体制へと進んで行った。
[56] 時の政府は、軍事費の増大等による膨張財政をとり、これにより工業生産を刺戟し、インフレーション的傾向をとりつつ経済の建て直しをはかっていった。
[57] このようなインフレ膨張政策による国民経済の回復に伴い、清酒業界も昭和8年に至り清酒の出荷石数も上昇に向い、又、販売価格も低落に歯止めがかかり、ようやく回復していき、酒税の滞納も減少していった。しかし、インフレ政策は極端な赤字公債の発行を招集し財政の重圧となっていったため歳入の増加を目的とする臨時租税増徴法が成立し、酒造税については、従来酒精分23度以下の清酒について1石当り40円であったものを45円に増徴されたのである。
[58] 昭和12年7月日華事変の勃発を機に我が国は準戦時体制から戦時体制へと移行し、戦時体制が強化されるにつれて、我が国の経済は完全な統制経済へと突入し、国家総動員法を中核とする戦時経済統制法制が本格的に展開されていった。
[59] 昭和12年には統制経済下における中核である国家総動員法が第73回通常議会において成立し、これにより物資・生産・金融・会社経理・物価・労働等ありとあらゆる分野において政府の統制が及ぶこととなった。これと同時に、政府は物資動員計画を昭和13年1月16日に樹立し実施した。これによれば軍需資材確保第一主義をとり物資の配給については民需品は最下位におかれ、更には民需の大幅な圧縮がとられることが決定されたのであった。酒販免許制を導入することは、このような経済の完全な統制という統制経済の目的と合致していたのであった。
[60] こうして、国民経済は軍事目的の重工業化が強化される一方で商業・農業は沈滞するという跛行的経済となり、国民の消費意欲は抑圧されていった。農業生産の衰退と消費意欲の抑圧は直ちに清酒業界にも影響し、政府の指示にもよるが、酒造量の減少となり、又、消費意欲の減退は再び酒の需要の停滞となり酒の売行不振を生ぜしめた。
[61] 一方、経済の統制と同時に戦費調達のための増税がなされ、日華事変の長期化に備えて支那事変特別法が成立した。
[62] これにより酒造税とは別に酒類を物品税の第3種物品として課税対象とし、石当り5円の物品税を課税することとし、酒に対し移出課税(庫出課税)をとったのであった。この結果、酒造業者は一方で課税が強化され、他方では統制経済下消費の低下という困難な状態を強いられることとなったのである。(添付資料『酒造組合中央会沿革史』第3編)
[63](七) この酒税の課税状況について今少し詳しく述べると次の通りである。
[64] すなわち、昭和13年に酒販免許制導入と共に支那事変特別税法により,酒類に対する物品税が庫出課税の方式で導入されたが(なお、昭和15年には庫出課税方式による物品税は庫出課税による酒税として造石税方式とともに酒税の課税方式として併用され、さらに昭和19年の改正で酒税は庫出課税方式に一本化された)、庫出課税方式の導入に対しては酒造業界の一部に強い反対があり、これらの反対論者は庫出課税導入の見返り策として酒販免許制の導入を要求しており、政府は庫出課税を導入するために酒販免許制の導入をのまなければならなかったのである。「酒造組合中央会沿革史」によれば次のようであった。
「反対の急先峰は長野県酒造組合連合会であり、そのいうところは、『庫出税は水に税金をかけるにひとしい。盆暮れ勘定を即時改めてというが、他方においては農家の収入の在り方からいって、当面、そんな要求は理想論に過ぎない。庫出税を実施せんとするならば、まず小売販売の免許制を布き、その上にたって現金取り引きの習慣をつちかい、しかる後に実施せよ。しからざる限り庫出税の即時実施は、本場大手が弱小造家を潰すのに役だつだけであり、資金の貧弱な地方の中小造家は、たちまちにして破産してしまうであろう。』として、庫出課税に強硬に抵抗した。……長野県組合はその後も反対の態度を変えず、翌12年5月の中央会第9回定期総会に議案として『酒類の庫出課税実施促進要望の件』が上程されるのを知り、これに先だって、全国8千余りの企業者から賛否のアンケートを求め、反対多数の回答書を携えて大会にのぞみ『庫出税反対』のアドバルンをあげた。……こうした情況下に中央会幹部は勢いの赴くところ、流血の惨事にまで発展することをおそれ、警察官に場内の警戒を依頼したと伝えられる。」
というのである。
[65] 庫出課税方式導入に対するこのような強い反対に対する懐柔策として、政府は、酒造業界の長い間の要望であった酒販免許制を導入することにしたのである。酒販免許制導入について、酒造組合中央会沿革史は、支那事変特別税法に関連して次のように記述している。
「ここに酒類にはじめて移出課税が行われることになったが、この際、酒造税の増徴によることなく、特に物品税としたのは、造石税の課税は酒の製造後しか税収が期待できないのに対し、移出課税である物品税にするときは、移出の翌月から税収が期待できるからであった。前年の酒造税石当り5円増徴に引き続き、物品税5円の課税について、酒税業界は内心不満の念を抱きながらも、戦時体制下やむを得ないことと観じた。なお、移出課税をとったため、政府は酒造税法中改正法律を公布して、業界が長年にわたって要望を続けてきた酒類販売免許制度を実施したことは、特筆大書に価するものといえよう。」(添付資料『酒造組合中央会沿革史』第3編)
[66] 酒販免許制導入の真のねらいの一つが、庫出税導入反対論者に対する懐柔策であったことは前述のように、酒税滞納率が昭和13年に何もあわてて酒販免許制を導入しなければならないような情況になかったこと、さらにいえば政府、課税庁自体がもともと酒販免許制は酒税確保にとって実益のないものと考えていたことからも明らかである。後者については第70回帝国議会で石綿政府委員長が「酒販免許制は酒造家が熱望しているからといってあまり効果のないものを実施してもどうであろうかということで今日まで控えていた」(添付資料『造酒組合中央会沿革史』第3編)と述べていること及び当時の大蔵省もつぎのとおり酒造業者の売掛代金の回収は消費者の経済状態にかかっていると判断していたことからも明らかである。
「酒類製造業者ハ販売免許制度ノ実施ニ依リ売掛代金ノ回収難ヲ緩和シ得ベシト雖モ販売業者ノ業績ノ良否ハ主トシテ消費者ノ経済状態ニ基因スルモノナルヲ以テ単ニ販売業者ノミニ対シ厳重ナル取締リヲ為スモ所期ノ目的ハ到底之ヲ達成シ得ザルベキコト」(「酒類販売免許制採用ノ可否」昭和10年2月8日)。
[67](八) そして、政府、課税庁がこのような酒税確保上実益がないと考えている酒販免許制を導入したのは、前述のような諸事実に加えて、免許制による酒販業者に対する政府の監督強化という当時の統制経済の考え方とも合致したからである。
[68] 当時の価格取締の動向は次のとおりである。
「日華事変勃発直後の昭和12年8月、政府は「暴利取締令」を改正し、売惜み、買占めおよび暴利行為自体を取り締まることとして、おもに民間の自主的価格統制を推進していたが、根強い物価の上昇は抑制すべくもなかった。そこで政府は昭和13年7月にいたり、戦時統制立法のはしりともいわれる「輸出入品等臨時措置法」(昭和12年法律第92号)にもとづく命令により、「物品販売価格取締規制」(昭和13年商工省令第56号)を公布施行し、販売価格の最高限度を政府が決定する制度を一般化する体制をととのえた。
 すなわち、価格の騰貴が一部の商品にとどまっている間は別として、これがかなり広い範囲に及んできた段階では、そのつど、前述の「臨時措置法」にもとづく省令をだすのはわずらわしいので、この「物品販売価格取締規制」により、いかなる商品に対しても、政府は告示一本で最高販売価格を設定しうることとしたのである。この法令は、当時の全般的な、しかも持続的な物価騰貴の経過で一般的統制価格を基礎づける重要なものであり、「国家総動員法」にもとづく「価格等統制令」(昭和14年勅令第703号、同年10月20日施行)にいたるまでの物価統制の根幹を制してきた。また政府は物価行政の監督機関として、昭和13年8月、経済警察制度(警察内に経済保安課を設置)を設けた。」(添付資料『麒麟麦酒の歴史――戦後編』404〜5頁)
[69] 右のような価格統制を実効あらしめるためには、酒販店を免許制によって統制することがきわめて好都合であり、このような理由からも免許制は導入されたのである。
[70] ところで、酒造業界にとって酒販免許制が懐柔策となったのは、酒販免許制の下に酒販業者をまとめアウトサイダーをなくせば、酒造業界が価格協定によって清酒の最低価格を定め、それ以下では酒販業者に販売させないということが容易となり酒造業界の利潤獲得に極めて好都合であったからでもある(この酒造業界による価格統制は現在においても酒販免許制によって強固に維持されている)。このことは酒造組合は昭和11年頃から各地の組合で自主的に価格統制を行い、さらに昭和12年には酒造組合法が改正され「組合員の営業に関する統制」も可能とされたことから、公然と価格統制がなされはじめそれに関連して中央会では昭和12年9月9日の会合で「販売免許の統制」が決議され、免許制度をてこに販売者をすべて組合員にし、販売統制に服せしむべきことが要請されていたことからもあきらかである。
[71](九) 以上述べた酒販免許制が導入された前後の、時代的背景をみるならば、原判決のいう酒販免許制がなくなれば昭和13年以前の状況が再現するということが全くの杞憂にすぎないことが明確となる筈であるし、又、それと比較した我が国の戦後の経済の発展及び現在の社会経済の状況を考えるならば、酒販免許制の合憲性を支える立法事実もまた、存在しないことが自ら明らかとなる筈である。世界経済の一体性が進む中で、昭和初期の如き大恐慌が再来するとはとうてい考え難いし、又、そのようないつ起こるとも知れない大恐慌に怯えて酒販免許制を布き、国民の基本的人権を制限するということには、何らの合理性も見出しえないものである。従って、原判決は全くの架空の絵空事に依拠して酒販免許制の合憲性を認めているにすぎない。
[72] 酒販免許制の導入目的が酒税確保の目的になかったことは前述のとおりであるが、それでは酒販免許制は実際問題として酒税確保に役立っているのか。
[73] この点について、原判決は
「……ちなみに、今日までのところ、酒税の滞納率は、所得税、相続税等の直接税の滞納率と比較して顕著に低率であることは勿論、物品税等の酒税以外の間接税と比較しても低いことが認められ、酒販免許制が酒税の確保に役立ってきたことを推認しうべく、この推認を左右するに足りる証拠はない」(2-17丁)
とし、酒販免許制が酒税の確保に役立っているかの如く判断をしている。
[74] しかしながら、原判決のように所得税、相続税等の直接税と比較して間接税である酒税の滞納率の低さを販売免許制の正当性の論拠とするのは論外である。間接税はもともと直接税と比較すると滞納率が極めて低いのであって、酒販免許制によって滞納率が低くなっていることの証明には全くならないからである。
[75] また、原判決は「物品税等の酒税以外の間接税と比較しても低いことが認められ」とするが、これは誤りである。間接税の一つである砂糖消費税の滞納率は酒税の滞納率よりも明らかに低いのである(全国的統計資料としては、国税庁が砂糖消費税の滞納率をその他の税の滞納率の区分の中に入れてしまっているため、砂糖消費税プロパーの滞納率は明らかでないが、名古屋国税局管内の昭和60年度の砂糖消費税の滞納率は酒税の滞納率より明らかにはるかに低いものとなっている)(添付資料「名古屋国税局統計年報昭和60年版」)。
[76] 次に物品税との比較であるが、両者の滞納率を比較すると、確かに酒税の滞納率の方が低いことになっている。しかし、ここでは次の点に十分留意しておかなければならない。
[77] すなわち、物品税には大別すると第1種物品と第2種物品とがあり、前者はいわゆる小売店が納税義務者であり、他方、後者は製造者が納税義務者であるということである。したがって、仮りに、酒税の滞納率と比較するならば、酒税と同じく製造者が納税義務者とされている第2種物品の滞納率とを比較しなければ意味がないのである。国税庁が物品税の滞納率を第1種と第2種とに区分して公表していないので、正確な数字を示すことはできないが、物品税の滞納の大半は第1種物品、つまり小売店を納税義務者にしている部分であって、酒税と同じく製造者を納税義務者としている第2種物品の滞納率は極めて低いというのが物品税徴収担当者間の常識であるから、物品税の滞納率が酒税の滞納率より高いというのは、第1種物品の滞納率が高い故であると言わなければならない。
[78] したがって、原判決のように酒税が物品税(第2種物品)と比較して滞納率が低いということはできない。
[79] なお、酒税の滞納率が一般的に低いのは、酒税法が製造免許制度を採用し、製造者自体を手厚く保護し、酒税の滞納を防いでいるからである。したがって、酒税の滞納率が一般的に低いのは、製造免許制の効果であって、酒販免許制によるものではないのである。このことは酒販免許制を導入する以前から酒税の滞納率が低かったことという事実から言うことができる。
[80] 以上のとおりであるから、原判決の「酒販免許制が酒税の確保に役立ってきたことを推認しうべく」という判断は何ら根拠のないものと言わなければならない。
[81] なお、原判決は、酒税が租税収入中に重要な地位を占めていること、酒税の税率が高いことおよび販売場当りの年間酒税額が大きいこと等をもって酒販免許制採用の合理性の論拠づけとしているが(原判決2-3丁裏以下)、妥当とは思われない。
[82] すなわち、酒税は明治23年度から昭和10年度までは租税収入中20パーセントを越えていたが、現在においてその割合は約5.3パーセントにすぎなくなっている(昭和58年度決算)。小売販売業者に免許制がとられていない揮発油税は租税収入中4.8パーセントを占めており、この揮発油税の納税者である消費者と製造者を結ぶ役割を担っているガソリンスタンドは、石油ガス税及び地方道路税についても同様な役割を担い、これらの国税を合計すれば5.8パーセントと酒税を上回るのである。それにもかかわらず、ガソリンスタンドについて免許制はとられていない。
[83] 同様に物品税の租税収入中に占める割合も高いが、その販売業者には全く免許制はとられていない。
[84] 税率について言えば、揮発油税、たばこ消費税等は酒税と同様に税率が高いが、これらについて小売販売業者の免許制はとられていない(揮発油税は小売価格の約半分、たばこ消費税は小売価格の60パーセントである)。なお、酒税の税率には原判決のいうように高いものもあるが、焼酎及びワインのように極めて税率の低いものもある。
[85] 次に販売場当たりの年間税額の大きさから言えば、免許制のとられていないガソリンスタンドが揮発油税に関して酒販業者の酒税と比較すれば約3倍の販売場当たりの年間税額を転嫁されているということを知らなければならない。
[86] また、昭和56年度酒税予算は1兆8300億円であるが、そのうちサントリー及びキリンビールの2社が納める酒税額は1兆円近いものになると言われている。ビール、ウイスキーという巨大企業群が酒税全体の81.3パーセントの1兆4880億円を納め、他酒類の大企業数十社の納付する酒税額を加えれば、実に90パーセント以上の酒税が確保されることになっているということである。
[87] このように現在では、酒販店に全く関係なく製造業者が酒税のほとんどを確実に納めるしくみになっているのである。このように販売場当りの年間税額が大きいことは全く合憲性を理由づけることにはならない。以上酒税の確保という理由が酒販免許制の理由とならないことは明らかであるが、これは次の通り酒造業界自体も認めているところである。
「第2臨調答申が免許問題に余りふれないということであれば、それほど大きな問題にも発展しないと思われるが、すでに小売業界にとっても免許制度を堅持してゆく理由としてとりあげてきた酒税確保にしても、ビール、ウイスキーという巨大企業群が1兆8300億円のうち81.3%の多い額を極めてスムースに国に納付するという形がつくりあげられ、さらに他酒類の大企業……特に清酒でも上位企業数十社が納付する酒税額を加えると、メーカーに任しておくだけで90%以上の酒税が確保されるという状況にかわっている。経済が不安定な時代は酒税確保のため小売段階にまで協力体制を確立しておかねばならないが、今日でも滞納はめずらしい。数社に任しておけば酒税1兆5千億円の確保がスムースにゆくという姿が確立されているため、販売免許を堅持するといっても順次別の理由を求めていくことが必要になっている。酒の特性が打ち出されたのも別の理由を求める1つの方策といわれるが、酒の特性についても酒類小売業者だけが納得したというだけでは価値がない。第三者の理解と協力を求めない限り、この価値も高まってこないので、今後免許制度を堅持してゆくための理由づけをしっかり確立してゆくことが必要となっている。酒税の確保といっても中小零細業者が多い清酒が酒類全体の出荷数量の40%〜50%、酒税額でも数十%を占めていた時代で、ビールウイスキー類の酒税収入割合が極めて低かった昭和30年代前半までは、酒税確保が免許堅持の大きな理由づけの役割を果たしていたと思われるが、最近のように大企業のビール、ウイスキーの数社に任しておけば、1兆8300億円のうち81%の1兆5千億円以上が確保されるという時代にかわってくると、酒税確保は国としては必要であっても、果たしてそれを理由に販売免許制度までを守るという点に結びつけてゆくことが出来るかどうかという心配をもっておかねばならない。そのため、酒税確保と平行して打ち出している酒の特性が、果たして第2臨調の委員さん方の同意を求められるかどうか、また、第三者の理解を求めることが出きるかどうか、その辺の問題についてのこれからの小売業界の取組み方が極めて重要な要素となってくるのではないかとみられる。………
 いずれにしても免許制度を堅持してゆくうえで大きな柱となってきた酒税確保、酒の特性という理由にも弱い面が台頭しているだけに、あとは小売業界全体の政治力がそれをどこまでカバーするかということが免許制度堅持のうえにおける大きな問題になりつつある。」(添付資料「醸界新報昭和56年6月11日」)
[88] このように酒造業界自体が困難性を認めている酒税確保のためという理由づけを何故に原判決が合憲性を理由づける大きな柱としなければならないのか。それは原判決の社会的事実に関する認識の甘さを端的に示しているといわなければならない。
[89] かつての合憲判決の中には酒類の致酔飲料性に着目して次のように述べるものがある。
「右のような免許制度を採用した結果、致酔飲料としての酒類の販売に対する規制が加えられ、飲酒運転及び飲酒による交通事故等の防止、アルコール中毒者の発生・増加の防止並びに未成年者の飲酒の禁止等社会秩序の維持、国民保険衛生の確保に寄与するところがあることも、当裁判所に顕著な事実である」(東京地裁昭和59年7月19日判決)。
[90] しかしながら、酒販免許制が右判決の言うような「飲酒運転及び飲酒による交通事故等の防止、アルコール中毒者の発生・増加の防止並びに未成年者の飲酒の禁止」に寄与しているという事実は全くない(幸い原判決はそのような認定をしていない)。
[91] なぜなら、酒販免許を受けた業者が同業者の所へ購入に来た者が飲酒運転をするおそれがあるか否か、その購入希望者にどれだけの量を販売することが適当か、購入に来た者が未成年者である場合にその者自身が飲酒するおそれがあるかなどに注意して販売しているという事実はないからである。
[92] 却って、酒販免許を受けた業者が社会秩序の維持、国民保険衛生の確保に何ら配慮することなく売れさえすればよいという儲け主義に走っていることは次のような酒販業者自身の一文からも明らかである。
「ところが、私の目に映る酒販店の現状は、それこそ「酒の特性論」もなにもあったものではない。その一番気がかりなのは、自動販売機による酒類の無差別、無人、無責任販売である。店さきの半分以上に、あの鉄の箱をズラリと並べたバリケード商いは「酒の特性論」がいう気狂い水を売る方法としては、あまりにも無責任すぎるではないか。こんな売り方をしていたのでは、それこそ中学生でも、運転中の男でも、もうこれ以上は飲ませてはいけない泥酔者でも、勝手気ままに買うことが出来てしまう。こんな地域社会に迷惑を及ぼすような酒の無責任販売をしていては「酒の特性論」をふりかざす資格は全くない。この点は、アメリカの酒販店が自動販売機をまったく置くことなく、すべて対面責任販売している実情をぜひ学びたいものである」(添付資料「酒販店経営」248頁以下)。
[93] 昭和60年7月に厚生省の研究班が推計として日本人の少なくとも220万人がアルコール中毒にかかっており欧米諸国並みに患者が増えているとする調査結果をまとめた。これ自体前記裁判所のいう顕著な事実に全く反するものであるが、同研究班の河野裕明班長は次のように述べていることが報告されている。
「米国では患者は約1千万人と推計されているが、人口比やアルコール消費量などからみて日本も欧米先進国並みになっていることがわかった。治療態勢はもちろんだが、問題は酒類販売の方法だ。未成年者も自由に買える街頭の自動販売機がこんなにたくさんあるのは日本ぐらい。こうした環境から改善していくべきだ。」(添付資料「毎日新聞1985年7月22日夕刊」)。
[94] また、民間のアルコール問題に関する団体であるアルコール問題全国市民協会は、1985年8月1日発行の「首都圏1617人の中・高生に聞く『飲酒の実態』アルコール問題レポート2」において中・高生の飲酒問題を調査した結果として考察と提言を行なっているが、酒販店に関係する箇所を引用すれば次の通りである。
(考察)
 今回の調査によって、中・高生の生活に「飲酒」がいかに浸透しているのかが明らかになった。いったい何がこのような事態を引き起こしたのだろうか。彼らの姿は、そのまま日本社会の大人たちの姿を映し出しているように思えてならない。背景の分析を試みてみると……
……………
C 自動販売機、スーパーなどで、青少年が気軽に入手できること。
D 未成年者飲酒禁止法が形だけのものになっていて、青少年に酒類を売る店や飲食店が多いこと。親がすすんで酒に親しむ手ほどきをしてしまっていること。
などが挙げられると思う。
……………
(提言)
 そこで私たちは、「青少年のアルコール問題」を予防し解決していくために行政機関に対して、次のように提言したい。
……………
C 酒類メーカーに対して、青少年の飲酒を誘引するおそれのある容器(清涼飲料水とまぎらわしいもの、動物等のキャラクターや奇抜な形を用いたものなど)の使用は慎むよう、厳重に指導すること。また、同じようなキャラクターや10代に人気のアイドルタレントを使った広告宣伝活動、および同様の景品による販売促進活動も自粛するよう、厳しく指導すること。
D 青少年が酒類を買うのを容易にしている、現在の酒販体制を根本的に見直し世界に類を見ない酒類の自動販売機をなくすように務めること。
E 青少年に飲酒を許す飲食店、酒販売店の取り締りを強めること。
……………
 最後に、青少年の飲酒問題について、私たちの運動がやっていくことを述べる。
……………
A 無責任なメーカーや酒屋、飲食店などに抗議すること
……………
[95] 以上のとおりであり、酒販免許制が前記東京地裁判決のいうような社会秩序の維持や国民保険衛生の確保に何ら寄与していないことは明らかである。
[96]  なお、現行の酒販免許制を酒の致酔飲料としての特性から理由づけることは理論的にもできないはずである。
[97] なぜなら、致酔飲料としての酒の特性に基づいて免許制度を採用するというならば、何よりもまず酒を直接飲料として提供する飲酒店等を免許制にしなければならないからである。それを全く放置しておいて、販売店のみを致酔飲料としての酒の特性を理由に免許制度の下におくのは全く合理性がないからである。何よりも裁判所が念頭においておかなければならないことは、いわゆる酒の特性論がでてきたのは、酒税確保を酒販免許制の理由にできないということを認めざるを得なくなった事態に直面した酒造業界及び酒販業界が新たに求めた理由が酒の特性論であったということである。次はその業界側の新聞の中で「酒販免許とりまく環境、年ごとにゆれ動く」という題の下に書かれた記事の抜粋である。
「経済が不安定な時代は酒税確保のため小売段階にまで協力体制を確立しておかなければならないが、今日では滞納は珍しい。数社に任しておけば酒税1兆5千億円の確保がスムースにゆくという姿が確立されているため、販売免許を堅持するといっても順次別の理由を求めていくことが必要になっている。酒の特性が打ち出されたのも別の理由を求める1つの方策といわれるが、酒の特性についても、酒類小売業者だけが納得したというだけでは価値がない。第三者の理解と協力を求めない限り、この価値も高まってこないので、今後免許制度を堅持してゆくための理由づけをしっかり確立していくことが必要となっている。……
……………
これからの小売業界としては酒類の消費構造の変化とか酒税の納付についての種類別、企業別の大きな変化がジワジワ免許制度の堅持を訴えてきた理由を再検討させたり、新しい理由を次から次へと求めさせるという新しい問題を投げかけてくる公算の強いことを考え、その上で政治、行政の協力を求めるという動きをとらねば、唯単に何十年も前の酒税確保とか、新しく打ち出した酒の特性だけにとらわれていると、みずからの判断とか先取りの不足で免許制度が常にゆすぶられるという心配がつきまとってこよう。」(添付資料「醸界新報昭和56・6・11」)。
[98] 原判決は、合憲性判断の基準として次のように判示した。
「そうして、右の立法府の広範な裁量権と免許制以外のよりゆるやかな規制の有効性との両者の視点をふまえて、立法府のとった裁量的措置である酒販免許制が,その内容をも含めて、凡そ基本的人権の一である職業選択の自由に対する重すぎる規制であるということができるときは、立法府の広範な裁量権にもかかわらず、その合理的範囲を逸脱したものとして右の規制措置を違憲無効とすべく、そうでなければ、これを合憲とすべきなのである。」
[99] そして、この判断基準を前提とし、酒販免許制以外のよりゆるやかな規制措置について検討している。
[100] 原判決が酒販免許制に関する従来の下級審判決と異なり、合憲性判断の基準として「よりゆるやかな規制の有効性」を取入れた点は、評価に値する。

[101] 然しながら、原判決にはよりゆるやかな規制の検討をする前提たる解釈に誤りがある。
[102] 即ち、厳格な規制にしろ、よりゆるやかな規制にしろ、いずれにしても、その規制目的は酒税保全という点にあるのであるが、酒販業者に対する規制を検討する場合には、酒販業者はそもそも保全の目的たる酒税の納税義務者ではないということを大前提にしなければならないのである。
[103] 仮に酒税保全目的の規制が憲法上何らかの形で許容され得るとしても、直接の納税義務者たる酒造業者と納税義務者ではない酒販業者とでは憲法上許容される規制の程度は当然に異なる筈である。
[104] 納税義務者ではない酒販業者に対する規制は例えよりゆるやかな規制であっても、それが必要にして最少限度のものでなければならない。
[105] 原判決は、よりゆるやかな規制を検討するにあたって右の区別をしないまま、あたかも酒販業者が納税義務者と同様であるかの如き前提で判断をした誤りがある。

3 酒販免許制以外のよりゆるやかな規制に関する判断の誤りについて
(一) 納税義務者である酒類製造者に対する免許制その他の規制で足りるか、との判断について
[106] 原判決は酒類製造者に対する酒税法上の規制を揚げ、これらの規制によって酒税保全にかなりの程度実効をあげうることは推測するに難くない。としながらも、
「しかしながら、酒類製造者の肝心の納税資金は、前述の如く酒類販売業者が消費者からの販売代金を酒類製造者へ還流することにまつことを不可缺とするから、酒類製造者だけの右各法規制によっては、酒税保全上十分でないとされてもやむをえないところである。」
と判示した。
[107] 然し、原判決の右判断は次のとおり誤りである。
[108](二) 第一に、酒類製造者の納税資金が消費者から酒販業者へ酒販業者から酒造業者へという環流を「不可缺とする」旨の判断は酒税法の解釈を誤ったものである。
[109] 酒税は消費者からの代金回収をまって納税義務者たる酒造メーカーが納税義務を履行するという法的仕組みを採用していない。原判決は、間接税=転嫁という一般的議論を法的仕組みの中にとり入れて議論しているが、転嫁の問題は事実上の問題にすぎず、法律上転嫁が義務づけられているわけではない。
[110] 即ち、酒造業者の段階で納税された酒税を酒販業者に対する販売代金中に含ませるか否かについては酒税法は何ら規定しておらず、全く酒造業者の任意の意思に委ねられているのである。
[111] 酒造業者が納税した酒税を全額販売代金中に含ませるか、あるいは一部を含ませるか、はたまた全く含ませないかは自由である。同様にして、酒販業者が酒造業者に支払った仕入代金中に酒税が全額含まれているからと言って、それを消費者に対する小売代金中に含ませるか否か、いくら含ませるかは、酒税法上の義務ではなく任意の意思に委ねられている。
[112] もし、消費者からの還流による酒税の確保を目的とするならば、酒税法は、酒税の転嫁について明確に義務としての規定をなさなければならない。
[113] 従って、酒税法上何ら規定のない事項について、「還流」が「不可缺」であるとして、あたかもそれが酒税法上の要件であるかの如き前提に立って、各種法規制が十分か十分でないか判断するのは酒税法の解釈を誤っている。
[114](三) 第二に、酒造業者だけの各種法規制によっては酒税保全上十分でない旨の判断は誤りである。
[115] 即ち、租税徴収のため製造業者に免許制を設けること自体が職業選択の自由に対する厳しい規制であるうえ、これに更に各種の義務を課しているのであるから、納税義務者に対する義務としては異例中の異例といえる厳しい規制である。これ自体が憲法違反の疑いさえ抱かせるものである。
[116] 右義務の中には担保提供又は酒類の保存義務まで規定されており、酒造業者が酒税を滞納した場合にはこれらからの徴収が可能になっている。
[117] 社会通念上、ある債権の回収の確保のための措置としては、右酒税法の如き規制はまず万全の体制と言うことができる。
[118] 結局、原判決が右各種規制によってもまだ不十分であるとする理由は、酒販業者が酒造業者への代金支払いを怠った時には、酒造業者の納税が困難になるということに帰するのである。
[119] 然しながら、世界大恐慌の如く、よほど極端な経済的大変動でもない限り、酒販業者がそれ程多数倒産したり支払不能に陥ったりすることは社会通念上ありえよう筈がない。
[120] ある製造会社を例にとって考えた場合、その得意先の販売会社の例え1割でも倒産あるいは支払不能になってしまうような製造会社がいったいどれだけあるであろうか。
[121] また、そもそも製造会社自身が自己と取引をする相手を選択するにあたって相手の信用度をチェックし、取引額をその利用度に応じて調整するなどして、最悪の場合に自己にふりかかる危険を最少限に止める努力を尽していることは公知の事実である。
[122] いたずらに自己の経営の悪化を招来する事態を座して待つ経営者はいないのである。
[123] 逆に、販売業者自身も同様にして、自己の経営の維持のために消費者からの代金の回収と仕入代金の納入に努力を傾注するのであるから、これら相互の企業維持の努力によって、製造業者の代金回収は保全されているのである。
[124] 従って、酒造業者が、専ら酒販業者側の事情によって酒税の納税をなし得ない状態に陥るという事態は、極めてまれにしか起り得ないのである。
[125] 勿論、酒造業者自身の経営政策の失敗などにより酒造業者が支払不能に陥ることはあり得るが、これとてまれな事態であり、しかもこれは酒造業者に対する規制の問題である。
[126] 要するに、酒造業者の酒税納入資金の確保に関して、
@ 酒販業者の仕入代金滞納額の増加
A 支払不能に陥る酒販業者の増加
B これによる酒税納入資金の不足、酒税の滞納
という事態を、何ら合理的な根拠もなく想定するのは、経験則に反するものであり誤りである。
[127] 従って、原判決が納税義務者たる酒造業者に対する各種規制では「不十分」であるとしたのは、その前提として、想定した事実に経験則違背があり誤りである。
[128](四) 第三に原判決は、
「この場合、酒税の納期限が極めて短期間に定められており、酒類製造者の資産、信用等の変化による影響をうけないように配慮されている上に、現在の酒造業界にあっては、ビール及びウイスキーについては少数の大手製造業者により、また、清酒の特級、一級についてはその大半が大手製造業者によってそれぞれ供給されているとか、今日では、酒類小売店は現金取引が一般化し、小売店の製造者や卸店への支払期限も平均1か月になっているとかということ、更には、遡って自由経済市場における自然淘汰ないし自浄の機能などを挙げて、酒税保全上酒販免許制の今日的必要性のないことを論じても、前述のような酒販免許制の存在しないことによって起こりうべき事態について思いめぐらすとき、果してしかく楽観してよいかは甚だ疑問であるというべく、未だ前示の帰結を左右するには至らないといわなければならない。」
旨判示している。
[129] 然し、納税義務者たる酒造業者に対する免許制ほかの各種規制に加えて、右判示の如き事情が存すれば、これによって、酒税の保全は極めて万全に近い体制になるであろう。
[130] 原判決は、右認定の各事情が酒税保全上どのような効果をもたらしているのか、具体的な検討を全く怠ったまま「前述のような酒販免許制の存在しないことによって起こりうべき事態について思いめぐらすとき、果してしかく楽観してよいか甚だ疑問である」と結果だけを判示した。
[131] 「酒販免許制の存在しないことによって起こりうべき事態」とは具体的にいかなる事態か。
[132] 酒販業者の乱立による酒販業者の没落仕入代金納入不能等の事態を言うのであろうか。
[133] 然し、かかる想定自体が前記の如く、経験則に違背する空論である。乱立、乱売による倒産酒販業者の続出などというのは空想にすぎないのである。
[134] 仮に百歩譲って、右の想定に多少の根拠があるとしても、かかる事態が発生したとしてもなお、前記認定の如き諸事情を勘案すれば、酒税の保全に相当の影響をもたらすような、酒税滞納の続出と滞納額の大巾増大という事態は発生し得ない状態にあるのである。
[135] 場合によって、酒税納付に困難を生ずる酒造業者が出たとしても、それは、ごくまれ、ごく例外的な事態である。
[136] 従って、原判決の「……………楽観してよいか甚だ疑問である」旨の判示は、具体的根拠のない経験則違背の事態を想定した上に、酒造業者が酒販業者の営業の浮沈にその都度影響を受けることのないような、社会的諸事情との相関的な関係を全く具体的に検討をしないまま判断したものであって、これは著しい審理不尽であり且つ理由不備である。
(五) 酒類製造業者に対する免許制及びその他の各種規制のほか、酒類販売業者に対する免許制以外の各種規制によっては、十分ではないのか、との判断について
[137](1) 原判決は、納税義務者ではない酒販業者に対しても、納税義務者たる酒造業者に対するのとほぼ同旨の各種規制が存することを認めながら、これについて、次のように判示している。
「しかし、これらの義務の履行を確実ならしめるよう監視、監督するには、それ相応の人員と経費とを要すべきところ、酒販免許制の撤廃により増加するであろう酒類販売業者について、この監視、監督を十全ならしめようとすることは、右の要員、経費等の点に鑑みて事実上不可能を強いることになるおそれを払拭しきれない。この点は、かりに免許制の代りに届出制を採ったとしても、本質的な事態は変化ないであろうから、畢竟、これらの規則の実行性は、酒販免許制に多くを依拠しているといっても過言ではない。」
[138] 然し、原判決の右判断は、次の点で誤りである。
[139](2) 第一に、酒販業者に対する各種規制の法的効果に関する判断を怠った誤りがある。
[140] 即ち、納税義務者ではない酒販業者に対し、酒税保全の目的から酒税法は各種規制を設けたのであるが、これに対する合憲性判断基準たる「よりゆるやかな規制で足りるか否か」の判断にあたっては、少なくとも、各規制の立法趣旨その規制の態様、法的効果について、個別に検討し、酒税保全目的にいかなる効果をあげうるかを明らかにしなければならない。その上で更に、それらの各種規制が総合された場合に、酒税保全上いかなる効果をあげるのかを明らかにしなければならないであろう。それらの個別的及び総合的法的効果ないしは法的機能の検討のうえにたって「足りるか否か」の判断をしなければならない。
[141] 然るに、原判決は、これらの検討を全くなさないまま「人員と経費が不足したら、これらの規制は実効性がない。」として、酒販免許制がなければ、これらの規制は無意味だと判断したのである。
[142] 「人員と経費」の問題は、法的価値判断の枠外の問題である。我々が今論議しているのは酒販業者に対する各種法規制の憲法的視点からの法的価値判断の問題である。それ故にこそ、前記の如く、個別的な、総合的法的評価を必要とするのである。
[143] 原判決は、右法的価値判断につき、それとは関係のない「人員と経費」の問題によって、右各種規制につき法的無価値の判断を下してしまったものであって、これは明らかに法的効果に対する判断を誤ったものである。
[144](3) 第二に、「要員、経費等の点に鑑みて事実上不可能を強いることになる」との判断は事実判断を誤ったものである。
[145] 確かに酒販免許制の撤廃により、酒販業者は増加するであろう。それによる、事務量の増加に対応する要員の増加も必要となろう。
[146] 然しながら、酒販業者の増加と言っても、社会経済上一定の限度があり、無制限に増加するわけではない。それは、酒販業者以外の他の業種を見れば明らかである。酒販業のみが、他業種に比し、著しく業者数が多くなるということは経験則上あり得ない。
[147] 従って、徴税事務量が一定程度増大することは否定し得ないとしても、増員その他行政上の対応は十分なし得るものであり、これによって行政上の対応が不可能となるとの認定は根拠がなく、事実判断に誤りがある。
[148](4) 第三に、行政事務量の増大を防止するために憲法上の基本権制約の根拠とすることは許されないにも拘らず、原判決の前記判断はこの点についての法解釈を誤ったものである。
[149] 行政事務量を基本権制約の理由とし得るならば、およそ、あらゆる基本権は行政政策の前に頭をたれなければならないであろう。
[150] それは基本的人権の死滅を意味する。
[151] 原判決が、行政事務量の増大を防止するため酒販免許制が各種規制の前提となっている旨解釈したのは、基本権保障の意義を理解しない、本末転倒であり、法解釈を誤ったものといわざるを得ない。
[152](5) 以上のとおり、原判決の酒販業者に対する免許制以外の規制に関する判断には誤りがある。
(六) 酒税法以外の施策、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」(以下酒団法と略称する)による酒税保全措置に対する、原判決の誤りについて
[153](1) 原判決は、酒団法による酒税保全措置について次の如く判示した。
「しかしながら、右法律における酒類業組合の組合員たる資格を有する酒類製造業者及び酒類酒販業者は、酒税法によって免許を受けた者に限られる(但し、前者については、酒税法28条6項のみなし酒類製造者も含まれる。)のであって(2条、9条)、これよりすれば、この法的措置も酒販免許制に依拠し、その上に立って更に有効な施策を講じたというにすぎないのであって酒販免許制が万能でない限り、その補強策が講ぜられたからといって、敢て異とするに足りないというべく、このような営業活動の内容及び態様に対する規制の方がより効果的であって、酒販免許制は不要であるとする帰結に導くには未だ到らないといわなければならない。」
[154] 然しながら、原判決の右判断には次の如き誤りがある。
[155](2) 第一に、「よりゆるやかな規制」としての法的効果に対する価値判断を誤ったものである。
[156] 即ち、酒団法による規制をもって「足りるか否か」の憲法的価値判断をなすのであるから、少くとも、酒団法による各種規制と酒税保全目的との相関関係を明らかにすべきであるにも拘らず、原判決は現行酒団法が組合員資格を酒販免許取得業者に限定していることのみを揚げて、免許制がなければ意味のない規制であるかの如く判示し、各規制の内容を一切検討しなかったのである。
[157] これは明らかに誤りである。
[158] 確かに、現行酒団法は組合員資格を免許業者に限定している。然し、これは、たまたま、すなわち、免許業者以外には酒販業者になれなかったという歴史的経緯があったから、現行法の如き仕組みになっただけのことであって、免許制は酒団法の規制内容に論理必然的前提となるものではない。
[159] 例えば、酒団法による酒税保全措置の代表的なものとして規定されている、いわゆる不況カルテル(同法第42条5号)、合理化カルテル(同法同条6号)の規制内容をみてみると、これらは、免許制の有無に拘らず、法的効果を発揮しうるものであることは明瞭である。
[160] また、酒税保全のための、大蔵大臣の勧告(同法第84条1項)、同じく未加入業者(アウトサイダー)への命令(同条3項)もいずれも免許制の有無に拘らずなし得る規制である。
[161] 従って、原判決が酒団法による規制は免許制を前提とし、これなくば無意味であると判断したのは、酒団法の憲法的視点からの法的価値判断を誤ったものである。
[162](3) 第二に、酒団法による規制内容をもってすれば、酒販業者に対する酒税保全措置は十分になしうるのであり、原判決はこの点についての判断を怠った誤りがある。
[163] 即ち、納税義務者でもない酒販業者に対してまで、免許制をとる最大の根拠は、酒販業者の乱立乱売による倒産の続出、仕入代金支払不能ひいては、酒造業者の酒税滞納という事態の発生を防止し、以て酒税の保全をはかるところにある。
[164] 要するに、酒販業界における酒類の円滑な取引及び酒販業者の経営の健全を守るという点に主眼がある。
[165] ところで、酒団法の前記不況カルテルは正に「酒類の販売の競争が正常の程度をこえて行なわれていることにより、酒類の取引の円滑な運行が阻害され、……酒類酒販業の経営が不健全となっており、又はなるおそれがあるため、酒税の納付が困難となり、又はなるおそれがあると認められる場合」に、組合の自主的規制により酒税納付を確実ならしめんとするものである。
[166] しかも、このカルテルは組合の特別決議を経るだけでなく(同法第38条1項5号)、公正取引委員会の同意を得て(同法第94条1項)大蔵大臣が認可するもの(同法第43条1項)であるから、公的指導・監督の下になされる強力な規制である。
[167] また、前記大蔵大臣の勧告・命令も「酒類の販売の競争が正常の程度をこえて行われていることにより、酒類の取引の円滑な運行が阻害され、……酒類販売業の経営が不健全となっており……」というこれ又前記の酒販免許維持理由と同じ状況の下での規制であり、しかも、罰則(同法第96条1項)を背景としての極めて強力な規制である。
[168] これらの酒団法上の規制内容からすれば、納税義務者でない販売業者に対する酒税保全目的の規制としては極めて、厳格且つ有効な規制であって、免許制をとらなくてもこれで十分である。
[169] 原判決は、この点の判断を怠った誤りがある。
(七) 酒販免許制以外の「よりゆるやかな規制」に関する総合的判断欠落の誤りについて
[170] 酒販免許制以外の酒税保全目的の規制は次のとおりである。
@ 酒造業者に対する免許制及び各種規制
A 酒造業者及び酒販業者に対する酒団法による各種規制
B 酒販業者に対する免許制以外の各種規制
[171] これに加えて、酒造及び酒販各業界の今日的変貌という酒販免許制導入時とは異なった社会経済的諸事情の存在がある。
[172] 原判決は、これらをそれぞれ他から切りはなして単独に十分か否かを判断した。然し、酒税保全という目的からすれば右の各種規制及び社会経済的諸事情は全て総合的に影響しあってその効果を発揮しているものである。
[173] 従って、酒販免許以外の前記各規制を判断するについては総合的にその法的価値を判断して「十分か否か」を判断すべきである。
[174] 原判決は判断の方法を誤ったものである。

[175] よって、酒販免許制以外のよりゆるやかな規制に関する原判決の前記判断には、法令解釈の誤り、審理不尽、理由不備の誤り等があり、判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。
[176] 原判決は酒販免許制は酒税保全上やむを得ない規制であり、
「酒税の確保に役立ってきたことを推認でき又、国民の健康、衛生、風紀にかかわる致酔飲料としての酒類の需給調整に役立つであろうことは、見易い道理」
であるとして、規制の合理性を肯定したうえで、その要件ないし内容を吟味してやむを得ない要件であるとする。

[177] しかし、原判決がいうやむを得ない要件であるという認識判断が誤りであることは次の事実により指摘できる。
[178] まず第一に、原判決は酒販免許制の立法目的が酒税保全であり、酒税確保に役立って来たと(何の根拠もなく)認定しているのであるから、各要件毎に当該要件が酒税確保に役立っているのか或いは酒税確保上必要な要件か否かを検証すべきであるにも拘らず、全くその検討がなされていない(枕詞に「酒税の保全上」とつけば、何もかも酒税確保に必要な要件となるものではないのである)。
[179] 原判決は酒税法第10条第1号ないし9号及び11号について「上来説示した酒税保全の上に占める酒類販売業者の重要性に鑑みて、やむをえない要件といえなくはない」とするが、酒税保全の上に酒販業者が占める役割が全く重要でないことは、これまで再三述べている通りでありここでは再論しないが、一つだけ述べると、酒類の販売の実態は他の物品と同じく酒造業者から卸売業者(この中には一次卸、二次卸がある)へ、そして小売業者という流通経路をたどるのであり、酒造業者、卸売業者ともに自己の利益を酒類の販売により獲得しようとしているのであり、売り先が商品代金の回収が不能ないし困難な相手方かどうかという点については極めて重要な関心事であるため商取引それ自体の論理的帰結として売り先の信用調査をしたうえで販売をしている筈であり、何も酒販免許があるという事で相手先を信用しているものではない。そして、代金回収の不安・危険性は、この信用調査と取引経路によって分散されているのである。
[180] 更には、納税義務者は酒造業者であることを併せ考えれば、酒類販売業者にいかほどの重要性があるというのか、資格を限定する理由がどこにあるのであろうか。
[181] このような酒類販売の実態に着目すれば、要件として、いわゆる前科者等の犯罪歴を有する者とか滞納処分を受けた者とかを免許拒否の理由とするのはいかにも根拠は薄弱である。原判決は、犯罪歴を有する者や滞納処分を受け者が、物(酒類)を買うのに当然に代金を払わない者の類型であるとでもいうのであろうか。
[182] 原判決の要件吟味の杜撰さはこれにとどまらず、「酒税確保」という観点からの検討は全くない。
[183] 次に、原判決も認める通り、酒税法10条各号の要件は、規定が概括的でありかつ不明確なものが多く(特に9号10号11号)、行政庁の恣意的判断を大幅に許す結果となるもので、明白性の原則に反し違憲無効の規定である。如何に右要件が行政庁により恣意的に運用されているかは後に『酒販免許の恣意的運用の実態』において詳論するが、少なくとも原判決が通達をも引用して合憲解釈を展開せざるを得ないほど不明確な規定であることはどう言い逃れをしても免れようがない。

[184] ところで原判決は、
「今日までのところ、成立に争いのない甲第81号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によれば、酒税の滞納率は、所得税、相続税等の直接税の滞納率と比較して顕著に低率であることは勿論、物品税等の酒税以外の間接税と比較しても低いことが認められ、酒販免許制が酒税の確保に役立ってきたことを推認しうべく、この推認を左右するに足りる証拠はない。また、酒類の需給関係に不均衡をもたらしているとの証左もない。」
として、酒税の滞納率が低いこと(但し、滞納率を直接税と比較することの誤りは既に述べた。)を酒販免許制によるものであり、酒税確保に役立ってきたとするが、まずもって右推論は何により立証されたというのであろうか。
[185] 後述する通り、酒販免許が導入された当時の状況を見れば酒販免許制と酒税の確保ないし酒税滞納の減少とは全く因果関係がないものであり、戦後から現在に至るまで酒税の滞納が少ないのは、我が国経済が順調に発展して来た結果であって、そこには酒販免許制が寄与・貢献したものは何もない。

[186] 更に、原判決は「付言するに……」以下において、たばこの小売と酒の小売との違いを意図的に強調し、比較すべき対象とならない旨判示する。
[187] しかし、酒の小売においてもたばこの小売においても、最も重要なことは、原判決の言葉を借りれば、税負担の消費者への『転稼』の確実性である。これについては昭和13年ならいざしらず現在においてその決定的差違は見出し難い。
[188] 酒類販売免許制が導入された昭和初期の酒の販売取引形態は製造者と販売店の間では年2回盆、暮決済、小売店の消費者への販売も掛売であったが(酒造業者の売掛代金の回収が困難になった最大の原因は消費者への販売も掛売で、そのため不況になると消費者から酒代金を回収できず、酒販店の経営が行きづまり酒造業者への支払ができなくなったのである。従って、転嫁の確実性との関連では消費者への販売形態のほうが影響力は大きいと思われる。なお,酒の消費者への販売が現金取引で行われるのが一般化するのは昭和30年代からである)、今日では小売店の製造者や卸への支払期限は平均1月(短い場合1週間ぐらいのものから、長いもので45日ぐらい。この点は酒小売店からのヒヤリングによる)で、しかも毎月仕入れているので毎月支払をしている状態であり、しかも消費者への販売は原則として現金取引になっているからである。従って、今日では小切手で仕入をするたばこの小売店と実質的な差異はほとんどないといってよいであろう。わずか1月程度の支払期限の存在を免許制の根拠にしうるとは考えがたいといわざるをえない。

[189] 以上の通り、原判決は酒販免許の合憲性を認めるに急なあまり、誠に安易に被上告人らの主張を鵜飲みにしており、その論旨は牽強附会にすぎるものと断ぜざるを得ない。
[190] 酒販免許制の要件ないし内容について、その規定の不明確さ不合理性は、既に述べたが、その要件の不明確性ゆえに業界と癒着した行政庁による免許付与の恣意的な運用がなされているのであり、それらは、数多くの事実によって立証できる。
[191] 原判決は酒販免許制の運用について
「その規制措置の運用に当る行政庁たる税務当局の個々の処分が、過度に既存業者の既得の利益保護に傾き、新規参入を封殺する如き場合は、違憲性を帯びることを否定しえないことは言うまでもない。」
と判示しているところの違憲性を帯びる種々の事実のごく一部ではあるが、以下概説する。
[192] 酒税法は、免許拒否事由について「申請者が破産者で復権を得ていない場合その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」(10条1項1号)、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため……免許を与えることが適当でないと認められる場合」(同11号)、というように不明確な定め方をしているために、免許拒否について税務署長の裁量の入り込む余地が極めて大きくなっている(なお、右拒否事由に該当するか否かの具体的基準は「酒類販売業免許等取扱要領」(通達)で定められているが、同取扱要領は、需給調整上の要件に該当する場合であっても、「既存の酒類販売業者の経営実態又は酒類の取引状況からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると認められる場合は免許を与えないこと」と規定していたり、また、人的、場所的要件及び需給調整上の要件すべてを満たしていても、生協等には当分の間免許を与えないことも規定しており、税務署長の裁量的運用に委ねられている面がかなり強い。
[193] そして、実際にも業界からの圧力と相まって税務署長の裁量は恣意的になされている。

[194] これは次のような担当官の驚くべき発言からも明らかである。
[195] すなわち、本件1月6日高松市で開かれた酒販組合の四国ブロック大会で組合から安売りするような業者に免許を出したとの批判に同高松間接税部長は
「今のお話もっともと思う点は多々ある。ただ、免許そのものについては心得ちがいをされると困るのだが、われわれは6千台だと思うのだが通達基準でだせば1万1千ぐらいだせる。それをうちの方が押さえている。だから、年間20店ぐらいしかだしていないだろう。そのためにはほとんど通達基準に合ってるものをもってくるのである。申請してくるわけである。これに対してできるかぎり押さえる、これで年間20店でおさまっているわけだ。興奮するのはわかるけれどうちの統括も必死でやっている。でなければそんな数字にならない。免許だって年間20店しかだしていないから、そのために一線の統括は苦労しているのである。さきほどのスーパーの話、私も心外だったんだけれども確かにスーパーそのものについては安売りの危険性があるので、うちの方でも調べてみる。それから京晴グループ関係、困った困ったでどうにもならないから局から職員を派遣して統括といっしょに面接しているのだ。それと、さきほどいったように簡単に免許取れないので、そうなる相手の言い分をききながら何とか妥協点を探して手をうってゆく、その方法で成功してるわけである。あとは組合と協議してどこかで妥協点を作ってやっていこうと思っている。二枚鑑札の問題だが、どのみち実質仕入価格なんてちがうから、資格がどうあろうと、だからいちばん大事なことは安く仕入れられれば安く仕入れてもらって結構である。通常の価格で売ってもらえば。
 うちも、一歩踏みこんだ指導をやっていく。うちもやっているんだから。
 中村の件だが、きいているから行っているだろう。行っていなかったら早急に手を打とう。大体そんなところだ。」(添付資料『酒販ニュース昭和60年2月21日号』)
[196] こうした驚くべき恣意的な運用により酒販売を希望している多くの者がこれまで泣かされてきている。また、このことは現行酒販免許制が実質的には既存業者の保護のみに傾いていることを意味し、業界と課税庁の癒着の著しさを物語っている。このことは国税庁酒税課長の次の一文からも明らかであろう。
「需要が低迷する中での酒販店経営は必ずしもうま味があるとは言えない状況にも拘らず、新規免許下付の要望は極めて多い。最近の需要動向等から、行政としても新規免許については慎重に対応しているところであるが、地域の業界としては新規参入には理屈なしに直ちに反対という反応が一般であり、一方では免許基準には一応パスしているというケースが多く、第一線の担当者は日夜その処理に苦慮しているのが実情である。」(添付資料、中島富雄『酒類小売業界の課題』『酒販ニュース昭和60年1月1日号22項』)。
[197] また、業界自身、このことを次の通り明白に認めている。
「私たち酒類小売り免許業者が、徴税代理業務を安定的に遂行できるようにと、国は私たちに一定限度の競争制限に関する恩典を与えてくれている。無制限な乱立による経営危機は、つまるところ徴税代理機能を弱めることに通じるとの理解に立ってのことだと思う。そして、わが小売酒販組合中央部の首脳会は、久しい前から「免許の凍結」を政界筋などに対し働きかけている。競争制限力の後退に歯止めをかけようとの意図からのことである。既得権益を守り、我々の窮状を救わんとするその動きには、感謝のほかはない。」(添付資料 馬場貞男『酒販店の経営革新』39項)。
[198] 更には、酒販免許制が実際には既存業者の既得利権を擁護するためにのみ恣意的に運用されていることを示す、顕著な例がある。
[199] 昭和43年には、消費者団体が準備を進めていた清酒の安価購買運動に税務署が公文書をもって注意をするという事件が発生している。
[200] この安価購買運動は横浜生活協同組合が考え出したものであるが、消費家庭が10世帯ぐらいずつまとまり、はがきで直接メーカーに発注し、メーカーが配達日を定めてトラック運送し代金と引き替えに注文品を渡す仕組みであり、これにより卸し及び小売りマージンをはぶくというものであった。この方式に注目した全国消費者団体連絡会でこれを広めようと準備を始めたところ、この動きを知った足立税務署がいまだ計画すら立てていない生協も含めて公文書により「同様の行為をなすと罰せられるので絶対になさないように」との旨の通達をなしたため問題となった。
[201] 全国小売酒販中央会は、この酒の安売り問題を同年12月上旬に開いた臨時総会で取り上げ、「安売りがまかり通るのであれば免許制度の意味がなくなる」として、国税庁に十分に監視をなすよう申入れることを決定している。
[202] 国税庁は、右中央会の意に添って「メーカーにも安くしないよう行政指導する。安価購買の方法が知れ渡るのは消費者に知恵をつけることになるので困る。」として、酒の安価購買に待ったをかけたものである。
[203] 右消費者の安価購買運動は全く正当なものであったにもかかわらず、税務当局は酒販免許制に藉口して運動を圧殺した。
[204] 右は業界の利益擁護のみを図り消費者の正当な権利を全く踏みにじった行為である。(添付資料『読売新聞昭和43年12月8日』)。
[205] 昭和45年4月、物価安定政策会議が「政府の行きすぎた行政介入が、かえって物価の上昇をもたらしている」と政府が物価や営業免許に介入することを控えるよう求めた提言をし、これを受けて物価対策閣僚協議会が同年6月酒類小売業の免許基準の弾力的運用によりスーパーに対しても酒販免許を認める方針を打ち出し、同年10月には経済企画庁が酒の値段を引き下げるためにスーパー及び生活協同組合に酒販免許を与えて一般の小売店と競争させるように国税庁へ申し入れた。しかしながらスーパー及び生活協同組合に対して酒販免許を与えるのをできる限りおさえるという国税庁の方針はその後も一向に改められず、現在もスーパー及び生活協同組合への免許付与は厳しく制限されている。しかも、国税庁は、スーパーに対して免許を与える場合には「安売りはしない」旨の念書をスーパーからとっているのである。
[206] このように国税庁は業界の意を受けて酒販免許制を既存業者の利益擁護(酒販売価格の高値安定)のみに利用し、消費者の利益を全く無視しているのである。(添付資料『読売新聞昭和45年12月15日夕刊、同昭和46年11月22日夕刊、毎日新聞昭和46年2月6日、朝日新聞昭和48年6月27日』)。
[207] 昭和55年には、小売酒販組合中央会と国税庁が酒の安売りを規制するために、「特売」「特価セール」の宣伝文句を一切禁止する旨の公正競争規約とその施行規制を作るという事件が発生した。
[208] 右組合と国税庁は右の理由について酒害の防止をいうが、酒害を問題にするのであれば、メーカーによるCM洪水こそ問題にすべきであるところ、これをせずに安売りだけを問題にしており、これが業界と国税庁の共同歩調による安売り制限のための規制であることは明らかである。(添付資料『朝日新聞昭和55年2月28日夕刊、同昭和55年3月25日、読売新聞昭和61年6月11日』)。

[209] このように酒販免許制は既存業者の既得的利権保護のために全く恣意的な運用となっている。このような恣意性は現行の酒販免許制自体に深く根ざしており、それ故、同制度自体が憲法22条に反していると断ぜざるを得ないのである。
[210] 酒販免許制の廃止を求める社会的な動きは、行政機関内部から経済界、消費者にいたるまで長年にわたって積み重ねられており、今や、これの存続を叫ぶのはひとり酒販業界、酒造業界のみとなった。残念ながら、酒販業界から政治献金を受けている国会酒販問題懇話会の百数十名の議員が右業界に同調し、これまでの下級審もそれに追随してきたものである。
[211] 然し、酒販免許制の廃止を求める動きは、学者のほとんどが違憲論をとなえており、また、行政、経済界、消費者を含む社会の大勢となっており、従って下級審の合憲判決は、業界に同調して社会の動向から浮きあがったものとなっている。
[212] 以下に、その社会的動向についてのべる。これらは、いずれも公知の事実をとりあげたものである。

1 行政機関における酒販免許運用基準の緩和ないしは酒販免許制廃止を求める動きについて
[213](一) 昭和38年夏、大蔵省は小売免許の合理化を省議決定し、これに基づいて昭和39年2月国税庁は酒販免許運用基準を緩和する新しい運用基準を作成することとし、酒販業界にその内案を示した。(添附資料「昭和39年4月5日付朝日新聞夕刊記事」参照)
[214](二) 第1次臨時行政調査会では、酒販免許の合理性が厳しく問い直され、昭和39年9月に示された同答申の『許認可等の改革に関する意見・個別事項』で酒販免許について次のような根本的な再検討が求められた。(添附資料「(別冊)許認可等の改革に関する意見・個別事項昭和39年9月臨時行政調査会作成」参照)
「酒類販売業の免許(酒税法第9条)
1 酒類販売業の免許は、酒税の確保と流通秩序の維持のために必要なものとされているが、最近の酒類消費量の増加、販売区域の市街地化等の現象によって、免許の実質的要件が緩和され、免許件数も増えている。しかし、依然として、現行の免許制度は、ややもすれば既存業者の保護に傾き、企業努力を怠らしめる傾向がみられる。
これらの事情の下では、酒類販売業については、酒税の確保に最小限必要な規制のほかはなるべくこれを自由化する方向で、免許制度を根本的に再検討すべきである。
2 期限付小売業についても同じく免許にかからしめているが、運用の実態からみて、既免許業者が期限付小売を行なう場合については屈出制に簡略化して差支えないと認められる。」
[215](三) さらに、昭和45年3月19日に物価安定政策会議がまとめた「行政介入と物価」についての提言案では、酒販免許が酒の小売価格に跳ね返っていること等から同制度の抜本的検討を要請しており、同年3月30日の最終提言では酒販免許の不合理性がつぎのように簡潔に指摘されている。
「(1) 酒類については酒税法に基づき酒税保全の見地から、製造および販売過程について、免許制度がとられているが、とくに、卸売、小売販売業免許付与の運用については、問題が多い。
 たとえば小売業免許の条件として、資本、資産状況等の経営基準はもとより店舗間の距離、世帯数の制限があるほか、人的要件としては、酒類関係取扱い上の経験年数、需給調整上の要件としては免許後の販売見込数量等を定める等厳格な条件が課されているため、小売販売業の新規参入を困難ならしめ、自由競争を通ずる合理化、近代化が妨げられている。
 したがって、消費者の利益をより考慮するためにも、販売業に対する免許制度のあり方について抜本的再検討を加えるとともに、当面、新規参入促進の観点から、その運用の弾力化を推進すべきである。」(添附資料「昭和45年3月31日付日本経済新聞記事」「行政介入と物価について昭和45年7月3日付物価安定政策審議会作成」参照)
[216](四) 昭和45年6月9日物価対策閣僚協議会は、物価安定のための具体策の一つとして、「酒屋の新規開店のための条件をゆるめる」ことを決め、これに基づき国税庁は、全国国税局間税部長会議において酒販免許の基準を弾力的に運用し新規参入を促進する旨の指示を行うことを決定した。(添附資料「昭和45年6月10付朝日新聞記事」参照)
[217](五) 然し、国税庁の酒販免許付与の実態は一向に改善されず、スーパーマーケット、生活協同組合に対する免許は昭和45年〜昭和46年にかけての1年間にスーパーマーケット14店、生活協同組合10組合にすぎず、いずれも申請件数の1割程度という状態であった。
[218] そのため、経済企画庁は昭和46年11月国税庁、各地方公共団体に対し、免許の許可を促進するよう要請することを決定した。(添附資料「昭和46年11月22日付読売新聞夕刊記事『安売りさせない? 国税庁』参照)
[219](六) また、昭和56年に発足した第2次臨時行政調査会でも酒販免許の不合理性が重要な検討課題となっていたが、業界及び国会酒販問題懇話会の議員グループのすさまじい圧力によって実質的に形骸化されてしまった。それにもかかわらず、規制緩和の方向での制度の見直しが最終的には指摘されている。
[220] 時を同じくして同年6月最近における物価安定政策の中においても「免許制度のあり方につき抜本的再検討を加えるべきである」旨の指摘がなされた。
[221](七) さらに、物価安定政策会議政策部分は昭和61年3月28日「輸入品の流通及び商慣行について」という報告において、我国流通政策の合理化が図られていない要因の一つとして
「酒類等特定の商品については、販売について酒税法等により免許認可制等が採られており、免許等の交付が相対的に大規模小売店に少なくなっている。」
旨を指摘したうえ、今後の課題として
「流通、販売に係る各種規制制度については流通の近代化、経済の国際化等の経済社会の変化に対応し不断の見直しを行う」
べきであるとしている。(添附資料「輸入品の流通及び商慣行について、昭和61年3月28日物価安定政策会議政策部会作成」「昭和61年3年29日付静岡新聞記事」参照)
[222](八) さらに、酒税行政内部においても、昭和57年当時中央酒類審議会会長であった泉美之松氏が酒販免許制度を酒税法下において維持することは無理であることを認めていたことは、原審控訴人第三準備書面、一、(三)、(4)において明らかにしたとおりである。

2 経済界における酒販免許制の不合理性を指摘する動き
[223] 以上の如く、行政機関自身が長年にわたって再三再四酒販免許制の不合理性を指摘しているのに加え、日本の経済界もその不合理性を指摘するにいたっている。
[224] 即ち、日本の経済界を代表する団体である社団法人経済団体連合会は昭和62年2月24日『洋酒の輸入円滑化に関する見解』を発表し、この中で酒販免許制について、
「われわれとしては、1次、2次の臨時行政調査会や物価安定政策会議、公正取引委員会等でしばしば指摘されてきたように、規制緩和の大きな流れのなかで酒販免許制度についてもその簡素化ならびに運用の弾力化の実現を図るべきであると考える。」
旨指摘している。右指摘は直接酒販免許制の廃止を記載しているものではないが、その根底には、酒販免許制が今日の洋酒取引経済の実情にそぐわない不合理なものであるとの認識に立脚するものであることは、明らかである。
[225] そもそも、日本の経済界の代表的団体から、公にこのような厳しい批判を受けること自体が異例であろう。(添附資料「洋酒の輸入円滑化に関する見解、昭和62年2月24日社団法人経済団体連合会作成」、「昭和62年3月3日付静岡新聞記事」参照)

3 消費者からの酒販免許制廃止を求める動き
[226] 他方消費者からも酒販免許制の撤廃あるいは緩和を求める動きは活発に行われている。
[227] 近年消費者運動は益々活発化してきている。マルチ商法、詐欺的商法の被害から消費者の権利をまもる運動、有害物質を含有する食品・家庭洗剤など不良商品を摘発する運動、灯油など家庭用燃料に対するメーカーの価格統制に反対する運動、石油パニックによるチリ紙不足に対する供給確保の運動など、その種類、範囲、規模は非常にひろがっており、今や日本経済にとって無視できない存在となっている。
[228] そうした消費者運動の一つに、安くて良質の酒を消費者に供給しようという運動がある。消費者運動の中心的存在の一つである生活協同組合では、安くて良質の酒を消費者に供給するべく努力を重ねてきたが、酒販免許制が障害となり、その成果をあげることを阻まれてきた。
[229] 然し、生活協同組合ではメーカーからの協同購入方式あるいはハガキによるメーカーへの直接発注いわゆる直販方式などを考案し、酒販免許制による障害を回避しながら消費者への供給を確保する運動を展開してきた。(添附資料「昭和43年11月18日付読売新聞記事」「昭和45年4月28日付朝日新聞記事」「昭和45年8月10日付日本経済新聞記事」各参照)
[230] こうしたなかで、酒販免許制に対する消費者の批判は高まり、昭和55年3月から4月にかけて、デモ行進が東京において企画され、国税庁に対し酒販免許制撤廃を要求するまでに至った。(添附資料「昭和56年1月21日付朝日新聞記事」参照)

[231] なお、このような社会的動向に不安を抱いている全国小売酒販組合中央会は昭和50年に憲法・行政法学者7名からなる「免許制研究会」を設置し、酒販免許制の合憲性の検討を委嘱したが、同研究会は、昭和54年に中間報告を提出し、「『酒税保全』のみでは免許制維持困難」との結論を示している。自分達で委嘱した研究者グループからも『酒税保全』では無理だとされてしまったのである。(そのために新たな理由として『酒の特性論』を持ち出すことになったのである。)
[232] 昭和13年の酒販免許制導入時において、既に酒造業界及び酒販業界としては独占的地位を獲得し、それを利用して価格協定等により高利潤を追及するという狙いがあったわけであるが、これはその後一貫して今日まで酒造業界及び酒販業界が行なってきたことである。
[233] それは何よりも昭和39年に酒類の統制価格が完全に撤廃され、当然自由競争が行なわれてしかるべきにもかかわらず、今日までどのメーカーの酒類も全国的に小売価格が統一され、決して値崩れしないという客観的事実の中にあらわれている。
[234] 現在まで、3年毎の全業者による酒の統一的値上げが行なわれ、その結果として消費者は非常に高い酒を買わされ、酒造業界及び酒販業界は不当に高い利潤を取得するということになっているのである。以下に様々な側面から酒販免許制下の酒価操作を見ていくことにする。

[235] スーパーマーケットは、安売りということで発展してきた小売業形態であるが、そのスーパーマーケットが唯一安売りしないものが酒である。スーパーマーケットの標準マージン率は15パーセントと言われるが、酒の場合は値引きリべートを含めて30パーセントもあり、物によっては40パーセントもあるという。それなのに、なぜ安売りをしないかと言えば、税務署が酒造業界及び酒販業界と一体となって安売りをさせないようにしているからである。
[236] すなわち、全国にスーパーマーケットが約3800店存在するが、そのうち酒販免許をもっている店舗は、わずか8.5パーセントの323店に過ぎない(昭和56年)
[237] そのため残りのスーパーマーケットが是非とも酒販免許の取得を望んでおり、今ここで酒の安売りをして税務署に睨まれ酒販免許の交付を受けられなくなれば大変だという思惑があるのである。税務署は、安売りしないデパートには無条件で酒販免許を出すのに、安売りをする可能性のあるスーパーマーケットには免許を出さず、既に酒販免許を取得しているスーパーマーケットに対しても絶対に安売りは許さない。税務署は一般的に酒販免許交付時に「安売りは決してしない」という念書を当該免許交付申請者に入れさせる。このようにして税務署は酒販免許をてこに一切の安売りを許さない。なぜこのようなことが起こるかと言えば、酒造業界及び酒販業界と国税庁、政治家が酒販免許の下に強く癒着しているからである。

[238] 次に全国酒販協同組合連合会という酒販業者の全国的団体が、ビール券、清酒券といういわゆる酒の商品券を発行している。この商品券を消費者が酒販店に持参すればどのメーカーのビールでも清酒でも受けとることができるのである。すなわち、この商品券はあらゆるメーカーのビール及び清酒の小売価格を全国的に同額のものとしているのである。これこそ酒販業界が全国的に価格協定を行ない酒価を統一していることを示している。一般的に業界においては価格協定は万一の場合に備えて文書化されないと言われているが、ビール券及び清酒券こそその存在を示していると言わなければならない。このような価格操作によって消費者は不当に高い酒を買わされているわけであるが、このような価格操作が可能なのは酒販免許制によってアウトサイダーが廃除され酒販業界が利権団体として強固な連帯を保っているからである。

[239] 東京小売酒販組合理事会の昭和29年5月17日の決議により東京都において全国で初めてビールの冷やし料(当時2円)というものがとられるようになり、現在においては全国でビールの冷やし料(瓶ビールについては5円から10円、樽ビールについては30円から60円)がとられることになっている(添付資料「『ビールの冷やし料はなぜ十円なのか』朝日新聞昭和62年8月27日」)。本来、飲料水を販売する小売店とすれば、飲むのに適した状態で消費者に販売するのは当然であり、それは他の清涼飲料の販売において全く冷やし代というようなものがとられていないことからも明らかである。それにもかかわらず酒販店がビールの冷やし料をとることができるのは、酒販業界が酒販免許制に守られ少数酒販店による市場独占が可能となっているからである。

[240] 以上のような次第で,酒の廉価は一般的には全くと言ってよいほど行なわれないが時には酒造業界、酒販業界、国税庁及び政治的圧力に対抗して酒の廉売をする者が現れることがありうる。しかしながら、それに対する右4者の圧力及び妨害は熾烈なものである。
[241] 例えばある酒販業者が酒の安売りを行なえば、たちまちまわりの酒販業者から突き上げられ、酒販組合から圧力がかかり、当該酒販業者に酒類を卸している問屋に対し卸しを止めなければ当該地域の他の全酒販業者が同問屋からの仕入れを止めると脅し卸しを止めさせてしまい、酒販組合の意を受けて税務署も様々な方法で安売りを止めさせようと必死になる。最悪の場合、東菱の場合のように政治家も一体となって遂にはその酒販業者をつぶしてしまうのである。
[242] この点について国会酒販問題懇話会の会長代行である亡岩動道行参議院議員は次のように述べている。
「市場の安定については、これをさらに押し進めるために昨年の増税時に衆・参両院で付帯決議がなされ、これに基づいて当局は一歩も二歩も踏み込んで指導を行っている。安定を乱す業者に対しては厳しい対応がなされ、おおむね正常化が守られているようだ。一部にメーカーの直々売の問題があるようだが、三層一体となって解決した東駒の場合のように、うまく処理しなければならない。この点では当局にも多大な配慮を願っている。」(添附資料「酒販ニュース 昭和60年6月1日」)(ちなみに、右に言う東駒とは東菱のことである)
[243] 酒販免許制の下、酒造業界及び酒販業界は、既得権(高利潤)確保のために新規業者の参入を阻止し、安売りをさせないようにと、まさになりふりかまわず圧力をかけているというのが実態であり、酒議員や国税庁に対する要求行動も極めて露骨な内容となっている。以下彼らの業界誌などに載った記事などからその具体例を述べる。
[244](一) 小売組合中央会は国税庁に対して「新規参入者の規制を徹底し、免許の下付・移転免許については組合に対する諮問制度を十分に活用すること」「消費者の共同購買に対する厳格な処置と乱売行為、直々売に対する規制強化をはかること」などを具体的に要求している(添附資料「酒販ニュース第793号、昭和59年5月1日」)。
[245](二) また、酒販業界は衆議院大蔵委員会(昭和59年7月6日)で草川昭三委員をして、国税庁に対し「新規免許の運用には慎重な配慮が必要であろう。また小売免許を持つ卸業者の直売が混乱のもとになっている」旨の新規参入者の排除、安売り防止のための露骨な質問を行なわせている。しかも、これに対し、山本国税庁間税部長は、「行政としても格段の努力をする」と業界の意に副う旨の回答をしている(添附資料「酒販ニュース第801号、昭和59年7月21日」)。
[246](三) さらに、小売組合中央会は、現在の「事実上の」統一価額を大っぴらな公定価額にまで高め、安売りを法規制することまで画策している。
[247] すなわち、同会は、不況カルテル締結による酒類再販価格の設定を検討しており、そのための障害となる独禁法自体の改正に向けて国会酒販問題懇話会に政治的働きかけを行なうことを明確に決定しているものである(添附資料「酒販ニュース第799号昭和59年7月1日」)。これはまさに公然と価額協定を正当化し、これを法的な盾として安売り自体を強権的に規制しようとする企みである。
[248](四) 業界は、こうした新規参入者の排除と安売り防止をさらに強化して、既得権を確保するために多数の酒議員に巨額の政治献金を渡し、国会や国税庁を有利に動かそうとしている。
[249] 例えば、中央会の59年度事業計画では政治連盟の会費が500円アップされて(政治献金の財源が)8000万円増えている。こうした政治献金を「効率的につかわなければならない。」「法改正など政治力を抜きにしては考えられない問題もあり、……信頼ある先生方(議員)との協調が必要だ」と政治献金の有効利用を高らかに明言している(添附資料「酒販ニュース第789号、昭和59年3月21日」)。
[250](五) そして現に、日本酒造組合中央会は(直接的には同会が国の補助金を受けているため政治資金規制法で政治活動に関する寄附が出来ないので)3つの政治団体をつくりその名において巨額の政治献金を酒議員にばらまいているものである。
[251] すなわち、昭和59年の収支報告書によれば、支出額は酉(ユウ)政会5546万円、東友クラブ1705万円、地域産業研究会2738万円で政治活動費合計8530万円にものぼっている。
[252] その支出先は国民政治協会(自民党の政治資金団体)をはじめ、現蔵相・自民党税調メンバー・大蔵族・農林族等である。
[253] しかも、業界の幹部(九州本格焼酎協議会の幹部)自身「税制・製造免許制限などで効果がある」と明確にこうした政治献金の効果を認めているものである。
[254](六) 国会酒販問題懇話会の一員である原田昇左右議員は、昭和58年11月、小売酒販組合員に対し、選挙について自分への支援を依頼するにあたり、次のとおり国会酒販問題懇話会の議員が一丸となって事に当たり国税当局と協議して東菱に対し滞納処分に踏み切ったことを述べている。
「貴殿をはじめ小売酒販組合の皆様のご支援にお答えすべく国会酒販問題懇話会のメンバーとして国政の場で皆様方のお役に立つようにと努力してまいりました。今年の1月に皆様にお手紙を差し上げ約束致しましたが酒販組合の皆様と共に努力した甲斐があってお約束を実現することが出来ましたのでその経緯を報告致します。まず酒販の免許制度については臨調と協議を重ね酒販制度の歴史的意義と保税上の意義青少年に関する社会的意義等々免許制度の必要性を強く訴え……臨調側を説得することに成功致しました。また、東菱問題では国税当局と協議を重ね滞納処分に踏み切りました。東菱問題では私も清水の宮城島さん静岡の大石さん藤枝の増井さん島田の八木さんの理事長さん方から相談を受けておりましたので是非ともお役に立ちたいと思いまして年初より何度も国税当局と協議したり担当秘書を東京に出張させたり皆さんの意見を拝聴したりと心を尽くしましたが何といっても大きな力は鈴木善幸前首相を会長にいただく国会酒販問題懇話会のメンバーが一丸となって事に当ったからに他なりません。東菱の問題については当時すでに行政訴訟も行なわれているむずかしい問題で免許制度のからむ大事な時期でもあって扱いには大へん苦労致しました。下手に公けの場で取り上げますとマスコミが騒ぎ出し免許制度そのものがあやうくなるという恐れがあったからです。多勢の中には不心得な者もおって苦労致しましたが何とか事なきを得東菱押え込みに成功致しました。当初心配した生協も動きを封じることが出来たばかりか東菱離れを起こす結果となり安堵致しております。……」(添附資料「清水小売酒販組合理事長宮城島重夫の手紙」「衆議院議員原田昇左右の手紙」)
[255](七) 酒議員の代表格(国会酒販問題懇話会会長代行)であった亡岩動道行参議院議員は、こうした業界の要請に応え、全国小売酒販中央会東北ブロック研修会(昭和61年3月3日)に出席し
「免許は第2臨調のなかでも自由化論が高かったが、署名運動が奏効して阻止できたのだが、現実には増えており遺憾で、世の中の様相が変わっているので止むを得ぬ面もあるが、組合がやはり頑張らなければならない。……東北ではかつて東駒が騒がれ難事であったが、滞納処分の思い切った方法で決着、行政決断で解決した。……公正競争規約は皆の力でできて100%活用すべきなのに、なおかつ廉売行為があるとすれば、検討を加えてその対応を酒税法・酒団法改正に踏み込まなければならなくなる。」
等と、東駒(東菱)つぶしや新規参入者排除・安売り防止のため業界の立場で活動していることを公然と強調している。(添附資料「醸界協力新聞第1872号昭和61年3月21日」)
[256] ちなみに、昭和61年6月24日、亡岩動議員の政治団体「道交会」が昭和57〜59年の3年間に全国小売酒販政治連名から合計約9500万円の政治献金を受けながら、政治団体からの寄付としては2000万円しか自治省に届けていなかったということが報道された。その報道によれば、酒販政治連名側は「岩動議員をはじめ、懇話会(国会酒販問題懇話会)の先生にはいろいろお世話になっている。何もなければ、大金を献金するはずがない」としているということであり、右「お世話」とは、「当時、酒小売り業界では、一部の安売り業者による酒販免許制度廃止などを求める動きがあり、これをつぶすために政界工作があったといわれる。」としている(添附資料「毎日新聞昭和61年6月24日」)。まさに右「安売り業者」とは東菱のことである。

[257] 以上みてきたように、酒造業界及び酒販業界は、政治家・国税庁と4者一体となって酒販免許制を盾に価額協定や、新規参入者の排除、安売業者に対する弾圧等を通じて酒価操作、酒価維持を行ない既得権(高利潤)を確保し、もって、消費者の利益を阻害し、かつ物価安定の阻害要因を形成しているものである。
[258] 原判決は、
「取消訴訟は、行政処分が違法であることを確認してその効力を失わしめるものであるから、処分の時を基準にすべきである」
としているが、以下の理由から本件には妥当しない。
[259](一) 確かに、取消訴訟における違法判断の基準時について、判例・通説は「処分時の法律及び事実状態を基準とする」(処分時主義)としているが、これは「裁判所が行政処分を取消すのは、行政処分が違法であることを確認してその効力を失わせるのであって、弁論終結時において、裁判所が行政庁の立場に立っていかなる処分が正当であるかを判断するのではない」(最高三小、昭28・10・30行裁例集4・10・2316等参照)――すなわち、判決時(口頭弁論終結時)主義に立たない――ことを明らかにしているに過ぎないものである。
[260](二) 本件酒販免許申請については、第一審当初より上告人側で明らかにしているように、実際には上告人会社設立(昭和48年9月26日)の直後に被上告人に対して本件申請をなしたにも拘らず、被上告人において正式の受理手続をしないまま約1年を経過し、上告人において正式の受理を強く要求したことにより漸く、昭和49年7月30日に至り被上告人において、これを受理したものである。
[261] しかるに、被上告人は、右受理後、2年余経っても、本件免許申請に対する許否の判断を下そうとしないため、上告人において己むなく「相当期間経過」(行訴法3条5項)に基づく不作為の違法確認請求訴訟を昭和51年8月19日に提起したところ、被上告人において急拠同年11月24日付(同月25日到達)をもって、本件免許拒否「処分」を下すに至ったものである。
[262] 実に、上告人の申請当初(昭和48年10月頃)より、延ばしに延ばして3年余たって下された拒否「処分」が本件処分の実態なのである。
[263](三) 本件酒販免許申請に関し、許否の処分をすべき「相当期間」が、いかなる範囲かについては、諸要素を勘案して決せられるべきものではあるが、本件各証拠を総合しても被上告人が真摯かつ誠実に早期の許否判断をすべく取組めば、本件において申請後2〜3カ月以内に許可処分を下すことは充分可能であったはずである。少なくとも、当初の申請行為後3年も遷延させたうえ、提訴(不作為の違法確認)後、急拠拒否「処分」を下している本件が、いかに異例・不当のものであるかはその経過からして明白である。
[264](四) よって、本件取消訴訟における違法判断の基準時についても、右の如き、本件事実経過の特殊性に鑑みて決せられるべきものであり、形式的・画一的に「処分時」のみをもって事実関係の基礎とすべきではない。
[265] 少なくとも、本件申請受理(昭和49年7月30日)から2〜3カ月たった後の時点(昭和49年10月頃)に、基礎的な「事実状態」把握時点を置き、さらに、それ以降処分時(昭和51年11月24日)までの「事実状態」の変化については(上告人の責に帰すべからざる「処分」時点の遷延であることからして)、上告人に帰責事由なき限り、不利な方向で判断されるべきではないと思慮する。
[266](五) すなわち、この様な理論に立たないで形式的に「処分」時をもって「事実状態」の判断基準時とすると、行政庁が当該申請者(本件では上告人)に免許を付与したくない場合には、当該申請者の経営状態が悪化するまで放置し、最悪の状態で、拒否「処分」を下すという恣意的な取扱を是認してしまうことになり、法の趣旨に反する結果となってしまうからである。
[267] 本件においては既に詳述した如く、将に、こうした行政庁(被上告人)の恣意的取扱の当否が問われている事例なのである。

[268] 右の判断基準に基づき、本件酒販免許申請に対する拒否事由(酒税法10条10号後段)の存否を考えた場合、第一審判決が決定しているとおり、本件上告人について「経営の基礎が薄弱であると認めるに足りる事由は存しない」ことは明白である。
[269](一) すなわち、本件「処分」時点、及びそれまでの事実状態の経過からすれば、次の事実が認められる。
[270](1) 上告人は、東京支店の酒類販売業を営むに必要な営業権等を譲り受け得る見込みがあるものと認められる。
[271](2) 上告人において、預金の用意が無かったのは一時的なものに過ぎず、本件処分時において酒類販売業を営むために必要な資金を調達することは十分可能であったものと認められる。
[272](3) 滞納税金は少額であり、しかも本件処分時後間もなく完納されているのみならず、右滞納の原因が上告人に支払能力が無かった点にあることを認めるべき証拠はないから、上告人の経営の基礎が薄弱であるとは認められない。
[273](4) 被上告人主張の各手形は上告人が振出したものではなく、その請求を受けたことがない……以上、右手形不渡り事実のみをもって本件処分当時上告人の資力が十分でなかったと認めるのは相当でない。
[274](5) 以上の次第で、上告人について、被上告人主張の如き経営の基礎が薄弱であると認めるに足りる事由は存しないから、本件処分(免許拒否処分)は違法である。
[275](二) しかるに、原審は本件上告人について「酒販免許を受けているものからの営業譲渡の場合」であることは一応認めながらも、一時的な預金500万円の引き下し(債務弁済充当)をして「資産状態の脆弱さの一徴表である」と決めつけ、又、少額の滞納税についても「資力の欠如の典型的徴表」と独断的判断を下し、さらに、不渡り手形が「偽造」であったことを認めながら、「不渡」の事実を逆手にとって「経営主体の経営感覚ないし能力にも疑問をいだかせる」と判示するなどして、まさに、法律要件を越えた偏見と独断で「経営基礎が薄弱」との結論を引き出しているものである――その不当性・事実誤認のひどさは目にあまるものである。
[276](三) さらに、原審は、判例・通説の処分時主義(それが本件に妥当せず、処分時以前の事実状態の経過を踏まえて判断すべきことは前述のとおりであるが)すら無視し、処分後数年経て生じた不利な事情(これら「不利な事情」自体、国税庁・業界・政界が一体となって強行した「東菱つぶし」の結果であることは前述のとおりである)までも強引に引用して、本件「処分」の「正当性」を基礎づけようとしているものであり、その偏向性は極めて顕著である。
[277] すなわち、「古市自身についても、……本件処分後1年半ほどしてやはり手形不渡により銀行取引停止処分を受けたばかりか、3年足らずのうちにその資産に強制執行を受けるに至ったほどである」とか「東菱は、新種の酒類開発事業が挫折して酒税の滞納処分を受け、酒税免許を取消された」とし、まさに東菱つぶしの総仕上たる昭和58年4月から9月に至る事実経過を、7年も前(昭和51年11月)の本件「処分」の判断基準として援用しているものである。
[278] こうした原審の理屈が、前述の判例・通説の判断基準(処分時主義)をも大幅に逸脱した全くの背理であることは明白である。

[279] 以上により、本件においては、免許拒否事由(酒税法10条10号後段)が一切存在しないので、本件免許拒否処分自体その点からしても違法である。
[280] よって、原審判決は、右法令の解釈、適用を誤っており、破棄されるべきである。
[281] 以上酒販免許制の違憲性、不合理性は明白であるから、最高裁判所は酒販免許制を合憲だとした原判決を破棄し違憲判断を下すべきである。
[1] 先ず上告人は内心忸怩たる思いで本上告理由書を書くことをお許し頂きたいと思います。それは上告人が被上告人に対し酒類の販売免許下付申請をしたのに、被上告人は違法と知りつつ3年間半(買収後提出相談に行ってから)もの長きに亘って故意に放置し、上告人から不作為の違法確認訴訟を提訴されて、初めて右申請を拒否処分にしたばかりでなく、自らは国税庁長官通達(免許審査期間は3ケ月)に違反しながら、一株主に過ぎない古市滝之助氏(以下古市という)を口を極めて個人攻撃しているからです。
[2] そもそも本事件は上告人が昭和51年7月、被上告人を相手に不作為の違法確認で提訴しなかったら、現在に至るも不作為のまま放置されたであろう事は容易に想像されます。
[3] 不作為の提訴後、4ケ月して被上告人は上告人の酒類販売免許申請を拒否したものですから、形の上では、その処分を争って東京地方裁判所で昭和54年4月原告勝訴の判決を受けました。しかし、現実にはそれ以前の超長期に亘る不作為の違法こそ問題なのです。そしてこの判決こそまさに国税行政の免許を私物化した不当にして恣意処分の典型を浮き彫りにされた思いが致します。
[4] しかし、被上告人が長期に亘ってこの処分を放置したものですから上告人は収入の道を絶たれ、自己所有の不動産をさえ処分せざるを得ませんでした。それを、被上告人は「上告人には競売を買い戻す能力もなかった」というのですから、開いた口が塞がりません。どこの国に3年7ケ月も無収入のまま放置されて、健全な財政を保ち得ましょうか。これらは総て被上告人の恣意にして違法な不作為処分によるものです。
[5] そればかりではありません。被上告人は上告人の親会社である東駒株式会社(以下東駒という)から東菱酒造株式会社(以下東菱という)潰しの一環として本件処分がなされた事(附記荒木レポートに詳しい)はもはや関係者の等しく知るところであり、疑う余地がありません。
[6] そこには正義も、良心も、法律すら通用しませんでした。あるものは被上告人を含めた国税当局の恣意と差別と横暴ばかりでした。そうして、被上告人の希望通り東駒も上告人も、東菱も丸裸にされ、取り潰されて荒野に放り出されてしまいました。
[7] そういう時、この判決が下りました。
[8] 幸いにして主任の水田耕一弁護人を始め、宮本康昭先生、杉山繁二郎先生、白井孝一先生、清水光隆先生、中村光央先生、増本雅敏先生それに遠藤誠先生までが、殆どボランティアで弁護を引受けて下さいました。
[9] 更に、酒販免許撤廃運動を母胎として救済して下さる多くの友人からも、温かい励ましの言葉と共に、数々のレポートを書いて下さいました。
[10] その中から3点を選び後尾に附記として添付させて頂きました。

[11] 被上告人の上部機関である国税庁間税部長岩瀬多喜造は古市を極悪人に仕立てようと、昭和62年11月19日国税庁記者クラブに12人の記者を集め、本判決前に勝訴を確信した記者会見を行い、そこで17年乃至30年前の古市の前科帖を公開して、逆に古市から告訴されてしまいました。ここにも国税の本件判決を見通したある奸知を見る事ができます。
[12] また、被上告人の巧みな策略に依って本拠地である自己所有の不動産を失った上告人と古市はやむを得ずそこから200メートル程離れた場所を借りて、そこで昭和56年12月から酒類の販売を始めました。すると上告人は昭和57年3月29日、これを無免許販売だとして全酒類、全帳簿を差し押さえてきました。
[13] 処が、その翌日より同じ場所で、同じ方法で別人の瀬戸弘幸が無免許のまま酒類の販売をするとこれには無言で放置し、今日に至るも警告も摘発もせず、差し押さえもせずに堂々と営業させているのです。この信じられないような恣意と差別ばかりの免許行政を、現に被上告人によって今日も運営されているのです。これは現代の怪談と云う外ありません。
[14] 尤も、上告人と古市が受けたその差し押さえ処分は、昭和58年、被上告人によって通告処分に付されそれを不履行すると、昭和62年1月今度は被上告人によって東京地方検察庁へ告発されました。しかしさすがの東京地検特捜部もこの余りの差別行政に起訴を断念し、不起訴処分となりました。
[15] もし、上告人が嫌疑とされた4ケ月間の酒類無免許販売が被上告人の云う酒税法違反の犯罪であるならば、他者がする同じ犯罪を、その18倍にもなるというのに5年11ケ月の長期に亘って故意に放置し、今日もそれが同じ場所で、同じ方法で、前にも増して盛大に継続されている事実を被上告人は何と弁解されるのでしょうか。
[16] ここにも被上告人の作意をはっきりと見ることができます。

[17] そこで本判決を逐一検討させて頂きます。

[18]
「第一に酒税が高率であり、第3位の税目である事」を(2-3裏4行目から2-4裏6行目まで)
しきりに強調されておられます。
[19] しかし、高率という点で云えばガソリン税の方が高いし、第3位と云っても所得税13兆円、法人税11兆円に比べれば酒税の1兆9千億は断然見劣りする金額です。しかも、石油関連税(揮発油税や石油税、ガス税等)で云えばそれだけで酒税を凌駕してしまいますし、近く予定される一般消費税が導入されますと、当然のように石油税よりも物品税よりも下になります。更に物品税でも1兆7千億弱で決して少額ではありません。

[20]
「酒類の仲介業的存在が極めて重要な地位に」あり(2-5表1行目)「1場当たりの酒税負担も1千万を越える高額」である(2-5表7行目)
と説示されました。しかしここでも重大な誤りがあります。
[21] その一つは販売場数が17万2122場と云われますが、これは卸、特殊ビール卸、雑酒、期限付き等々、あらゆる免許を含むので全酒類の小売販売の場となると13万3千場(附記H・Iレポート26頁)でしかなく、昭和13年当時の33万7千場に比べますと39.5%でしかないのです。
[22] 酒類の販売数量は当時の(120万KLから750万KL)6.25倍ですからその1店当たりの利権たるや、戦前の15.6倍にもなってしまうのです。
[23] 免許場が当時の6割以上も少なく、販売数量は6倍以上、この数字の魔術が、酒販組合と政治癒着の温床であり、酒行政を狂わせているのです。
[24] なお、酒販店が1場当たり1千万の酒税を負担しているといいますけれど、ガソリンスタンドは1場当たり4千万の揮発油税を負担しています。それでも免許はありません。
[25] また、酒造会社の売上に占める酒税の額が他の自動車、石油、電器会社等に比べ高率と云いますが、それは酒造会社は殆ど国内需要で全売上に課税されるのに対し、他社は殆どが50%以上も輸出に依存し、それ等が総て無税とされているからで(石油会社は灯油も石油製品も無税)元来比較すべき問題ではないのです。
[26] むしろ税率より税額で比較すべきで、それでみれば決して少額ではありません。

[27] 昭和13年当時、いかなる事情があったにせよ現在の状況はまるで一変しています。(これらの事情は附記H・I氏のレポートに詳しい)
[28] 酒販免許制度の後進性については、それを端的に物語るエピソードとして最近のECによるガット提訴があります。日々高騰する円高にも拘わらず一向に増えないスコッチ、コニャックの輸出に業を煮やしたECが日本の酒税法に様々なクレームを付けてきた事は耳新しい処であります。その真意は税率の手直しばかりでなく、並行輸入を妨げる酒販免許制度にメスが入らなければ本当の貿易不均衡は改善されないという結論に達したと聞いています。
[29] ことほど左様に日本の酒税法は国内ばかりでなく,ECを始め諸外国からさえ物笑いの種になっているのです。
[30] なお、現在の酒小売店は何かの形(営業資金の融資、大口得意先の斡旋、人的交流)で独占的な大手メーカー(キリン、サントリー、サッポロ、アサヒ、ニッカ、宝、月桂冠等)の紐付きであり、何かの庇護を受けているのが現状であり、外国産有名ブランド酒類が、自由に公平に輸出できない仕組みになっております。
[31] ここにも酒販免許が大きな障壁になっていることは、ECを中心に世界中に知られた日本の恥部なのです。

[32] 判決は次に
「納税義務者である酒類メーカーを免許規制その他の規制で足りないか」(2-9表9行目)
と問いかけ、その結果として
「前述のような酒販免許制の存在しないことによって起こりうべき事態について思いめぐらすとき、果して楽観してよいか甚だ疑問」(2-11表6行目)
と逆転させてしまいました。
[33] 附記H・Iレポート(1頁)にもありますが、被上告人が一審で昭和12年当時の酒税滞納率が9.95%に上ったとウソの資料を持ち出してきました。(この年、実際は0.11%でした)しかし、この判決の「楽観してよいか」という裁判官の疑問は、多分この1割近い滞納率に愕然としての、疑問がなければどうしても説明が付きません。何故なれば、免許のない物品税でさえ数%の滞納(小売店が納税義務者の第1種物品税が圧倒的に多いのです)なのに、製造業者が納税義務者の酒税が10%近いとあって、慌てて酒販免許が必要という根拠が生じたものとならなければ辻褸が合わないからなのです。
[34] 処が、この9.95%の滞納が真っ赤なウソであるばかりでなく(その後大蔵省主税局発行の統計資料が発見された事によって)0.11%である事が判明しました。(附記H・Iレポート1頁)
[35] 一般に酒造業者の最近の上位集中の傾向著しく、キリン、サントリーだけで60%以上、ビール5社(オリオンビールを含む)、ウイスキー3社、焼酎10社、清酒200社、ワイン10社だけで実に98%を納税しているのです。これらの大企業は酒販免許に関係なく、納税は100%完壁です。残り2%の小メーカーでも地方の素封家が多く、殆どが納税に不安はありません。
[36] そうしますと被上告人が主張し、裁判官が騙された酒税保全という大義名分は残り2%の中の更に0コンマ以下の不安を保全するということになります。第一、附記H・I氏の云うように、現職の国税マンでさえ誰ひとり、現行の酒販免許制度が酒税保全に役立っていると考えていないのです。

[37] 更に判決は
「免許制以外の各種規制によっては十分でないか」(2-11裏1行目)
と竿頭一歩を進めて検討して下さいました。
[38] そうして折角
「酒販免許を撤廃しても、この法律(酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律、以下酒団法という)による施策次第で、酒税保全の目的を達せられないか」(2-13裏5行目)
と自問されながら酒団法のいう組合員は酒税免許者にかぎられるからという、誤った認識から酒販免許制違憲論者を一蹴されてしまいました。
[39] 先ず、
「この監視、監督を十全ならしめよとすることは、右の要員、経費等の点に鑑みて事実上不可能を強いる」(2-12表7行目)
とおっしゃるのです。しかし、酒類だけどうしてそんなに監視、監督する必要があるのでしょうか。他の製品(電化製品や貴金属等)は多少の間違いや、逋脱があってもそれを許し、酒だけは1リットルの違いも許さないというのでは、第一、法律の下に平等でありません。まして統計上からしても酒だけが厳格過ぎては、統計上他との比較において均衡を欠くことになります。他の産業を発展維持し、他の製品を管理する同程度の監視、監督で充分であり、免許を撤廃したら人件費でパンクする等という科白は幼稚なプラフというべきでありましょう。
[40] その酒なら1リットルでも洩らさないと云い、統計なら世界一正確だと自慢する国税庁が、物品税の第1種と第2種の滞納率を区分できないというのでありますから、何をか云わんや、と云う外ありません。
[41] また、いみじくも免許撤廃によって新規参入が増大する事を認めた事は、これまで国税が現在の酒販店数は適当だという主張と矛盾します。
[42] 次に、酒販免許者イコール酒団法の組合員という認識を
「この法的措置も(酒団法)酒販免許制に依拠し」(2-14表2行目)
とした裁判官の誤った判断はこの際、重要だと思います。
[43] 酒団法のいう酒類業組合は既に独自に一人立ちして、立派に機能しているのです。
[44] 仮にアウトサイダーが組合入りを拒否した場合でも、税務署はそれだけを把握指導すればよく、それは容易な事です。現状では13万3千軒の酒小売店に対して僅かにアウトサイダーは数軒でしかありません。また、酒団法は酒類販売業者であれば、免許の有無に関係なく組合が指導規制できることになっています。ですから、酒販免許が撤廃されてもそれに依拠することなく、酒団法で充分酒販売店をコントロールできる仕組みになっているのです。

[45] 前段最後に裁判長は声を大きくして
「それが憲法上保障された基本的人権の一である職業選択の自由を、しかも狭義のそれを規制するものであることに鑑みれば、その規制措置の運用に当たる行政庁たる税務当局の個々の処分が、過度に既存業者の既得の利益保護に傾き、新規参入を封殺する如き場合は、違憲性を帯びる」(2-19表1行目)
と、喝破なさって下さいました。
[46] これぞ上告人が待望久しく待ち望んだ天の声であります。
[47] 何故なれば、この被上告人による拒否処分こそ、既得業者の利益を保護し、という事は、既存業者の要望に応じて、安売り業者を封殺し、新規参入者を阻止した事例として、これに過ぎるものなく、何にも優るその立派な証明であるからです。
[48] 第一に、国税当局が使う免許拒否の常套手段であります需給の調整という理由は、今回この事件には使えませんでした。それは既に存在している免許の譲り受けによる申請だったからです。つまり、本件免許を下付したからと云って、被上告人にとっても、近所にとっても、大きく云えば日本国全体的にみても一つもプラスもマイナスもないのです。もし、こんな曖昧な理由が本件に使えたらこの一発で被上告人は上告人へは勿論、他へも無制限に拒否した筈です。事実、被上告人は常套的にこの方法を使用しているようです。
[49] 第二に、そこで被上告人は苦肉の策として本件には「経営基礎の薄弱」と云う理由を見付けなければならなくなりました。それも専ら上告人本人でなく、第三者であるスポンサーとか、株主とかの資産内容をどこからか入手してきてそれを執拗に云々し始めました。
[50] 国税庁通達で酒販免許の手引書には3百万円の当座資金があればよいと書いてありますのに、どうしてこんな事までして、第三者の名誉まで傷つけなくてはならないのでしょうか。(附記荒木レポート1頁参照)
[51] ここにも明らかに被上告人の安売り封じと、不作為違法確認提訴に対する報復措置によると考えないではいられません。

[52] 免許拒否事由の存否を検討するに当たって判決は先ず、

[53]
「本件処分が本件申請時より違法に長くかかったことを認めるに足りないから右主張は採用の限りでない」(2-19裏3行目)
と、いとも簡単に、あっさりと判示されました。
[54] しかし、角田商店東京支店を買収して直ぐに免許申請相談に行ったのが昭和48年4月でありましたから、それから数えたら3年7ケ月、正式に免許申請して(49年7月)からでさえ2年4ケ月、それで違法に長くかかったとは云えないのでしょうか。ここにこそ被上告人の悪意が隠されているのです。そしてこれほど重大な理由はないのです。それをこんな風に斬って捨てられたのでは堪りません。
[55] これより少し前、国会でもこの酒販免許審査期間問題が取上げられ国税庁長官は「概ね3ケ月が限度」と答弁しています。そしてその後そういう趣旨の通達も出されました。つまり当時既に免許申請を受理したら3ケ月以内に処理せよというのは、関係者の間では常識になっていました。
[56] しかも、この2年4ケ月の間、上告人本人を調査しましたしたのが、たった1回、長野市にあった角田商店の本店に行ったのが1回、合計で2回しか調査しておりません。それで懸命に28ケ月も申請の免許内容を審査したと云えるのでしょうか。本件裁判に提出された全証拠は裁判になってから、慌てて被上告人が取り繕ったものです。この2年4ケ月を放置して上告人の焦りと、経済的封殺を狙うという被上告人の思惑はみごとに的中したようです。

[57] 判決でも
「営業決算面で多大のマイナスを抱えた東京支店を本店と切り離して譲渡することとし」(2-20裏5行目)
と、認定していますように既に免許がありながら資金繰りの行き詰まった東京支店を買収した上告人は、少なくともその当時、譲渡人角田商店東京支店より経営状態が悪い筈がありません。3百万の当座資金があればよいとされた通達通り、上告人は昭和48年9月、会社設立より昭和51年3月同閉鎖まで、きちんと資本金である5百万円を保持しておりました。

[58] それを判決では
「昭和51年8月末日、現金預金等の当座資金はなかった」(2-22裏5行目)
と云われますが、いつ免許になるか判らない、と云う事は、営業の開始さえ覚束ない状態で、どうして当時、5百万円もの大金をこれ以上遊ばせておく経済人がおりましょうか。ここでも被上告人は2年6ケ月も遊ばせておいた現金をいつ使うか泥棒のような臭覚で確かめた上で、本件処分をしたものとみるべきなのかも知れません。事実、免許下付は不可能とみた上告人は昭和51年4月より角田商店東京支店として、それまで継続していた一切の営業を停止し、ひたすら裁判による救済以外に方法がない事を知らされ、実行せざるを得ませんでした。

[59] 同様にして上告人所有の不動産に対して、判決は
「昭和51年5月13日、東駒を債務者として……」(2-23表5行目)「昭和53年9月茂木敏夫によって競落された」(2-23裏5行目)
と、判示されました。しかし、これも事情は全く逆で、それまで2年以上に亘って大事に取っておいた虎の子の現金と不動産を、被上告人の違法な長期不作為によって、もう絶望と知った時点から、親会社である第三者の為に抵当権を貸与してやり、その結果、不幸にして競売に付され、落札されてしまったのです。その本当の原因を尋ねれば、つまりは被上告人の、為にする長期不作為が総ての根源なのです。

[60] また判決は上告人が
「固定資産税7万5090円、法人都民税9千円を滞納した」(2-23裏7行目から2-24表2行目まで)
と、いう判示も同じ理由で昭和51年4月から無人の館となった上告人の本店は、それら納付書の管理が事実上不可能な状態でした。しかし、逆に云わせて貰えば、それまでの2年半、上告人は営業を開始出来ないのですから、1円の収入もないのに、よくぞその直前までの税金をきちんと払ったものと逆に感心させられてしまいました。

[61] さらに判決は上告人が
「昭和51年7月2日の同金額の約束手形を振り出すなど、角田商店との間で相互に融通手形を振出しあっていた」(2-24表5行目)
そしてまた、上告人が
「角田商店に対する債務の支払いの為に、角田商店にあてて……」(2-24裏1行目)
と、ありますが酒1本、鉛筆1本買う事のできない営業開始以前の上告人にとって、どうして債務が発生しましょうか、これらは角田商店東京支店の営業閉鎖時(昭和51年3月末)の混乱に紛れて、偽造や融通手形が横行して惹起されたものです。これも元を質せば、被上告人の違法超長期放置が原因の総てなのです。また、生きていても何の価値もないものに、或はその見通しもないお先真っ暗にされてしまった上告人に、その上費用をかけて不渡処分を免れる為、預託手続きをとらなかったとしても、それは経済人として当然の処置と考えます。上告人をして夢も希望も失なわしめ、生きる価値さえ奪い取ったのは外ならぬ被上告人なのですから。

[62] 東駒は角田商店東京支店のために昭和48年から50年くらいまで、毎年3億から5億位の売上増が期待できました。処がここでも同店閉鎖後、東駒の経営は悪化してしまったのです。
[63] それを判決はこう云うのです。
「売上高の増加率以上の固定資産増があり、長、短期の借入金、支払手形、買掛金の期末残高が著増し、買掛債務回転期間も悪化の傾向が……」(2-25裏10行目から2-26表2行目まで)
[64] しかし、売上増以上の固定資産増があれば、当然にして買掛債務回転期間も長期化します。それはむしろ、信用のバロメーターになる事はあっても、悪化の傾向とみる専門家はおりません。(附記税理士荒木譲次のレポート7頁参照)
[65] もし、上告人が一般通常人のように昭和49年に免許下付されていれば、営業も年々拡大されてきたでしょうし、恐らく東駒へも昭和52年6月期には6億から7億の売上増に寄与できたはずですし、東駒の利益にも貢献して、倒産は回避できたのではないかと思います。
[66] それを被上告人は8ケ月後に東駒が倒産するのを見通して、免許拒否したのは、恰も先見の明があったかの如く誇示される態度をとられるのはいかがなものでしょうか、その常識を疑います。
[67] 尚、被上告人は免許拒否に当たっては上告人と、長野市の角田商店へしか行っておりませんので、東駒や古市の資料も調査も総て裁判になってから、何処かから入手したものらしく、本人以外をこのような方法で調査すること自体、誠に希有であり卑劣であります。
[68] これこそ本末転倒というべく、その詭弁もここに極まれりという外はありません。

[69] 次に古市についても同様です。
「昭和51年度には1153万円余の所得を得、同54年現在で課税標準額にして約850万円の土地、建物を所有していたほか、同56年5月現在で自己名義及び藤田延生義名義で約16万株にのぼる東邦銀行の株式を有していたが……」(2-27表8行目から裏1行目まで)
[70] 問題はこれらを通して、酒販店開業のための法定資金の3百万円を東駒と古市の2人がかりで資金援助できるか、どうかの判定にこれだけの回り道をさせ、その上これが不可能と判断したのです。恐るべき偏見と云わずして何と云ったらいいのでしょうか。

[71] 加えて判決は
「東駒は昭和52年7月に古市は同53年6月にそれぞれ不渡処分を受けて倒産したのですから、到底上告人へ3百万円の支援は不可能だった」(2-29表8行目から裏5行目まで)
と説示されました。裁判官は何処を向いて何を考えているのでしょうか。
[72] それら理不尽な圧力に抗して、東菱はその後本事件の痛手をものともせず、これまた国税の血も凍るような残虐な、違法行為(附記荒木レポート4頁)のリンチによって潰されるまで、昭和57年度には60億を売上げ、全国2600社の清酒メーカー中、17位にランクされるまでに成長したのです。
[73] 東駒が或は古市が、上告人への酒の供給や、多寡が3百万の資金援助ができることくらい、三才の童子にも見やすい道理です。
[74] 第一、昭和49年から同51年当時でも、東駒の年商は17億から30億近く、古市の年収も1千万円を下ることはありませんでした。それが、どうして3百万円ばかりを上告人に援助出来ないと思われるのでしょうか。
[75] まったく理解することができません。

[76] 叙上の認定によればとして判決は御丁寧に
「一時的にせよ税金の滞納は、資金の欠如の典型的徴表とみられてもやむを得ず、さらには、単なる遵法精神の欠如を越えて、経営者としての資格乃至姿勢の問題としても、たやすく看過できない」(2-28裏8行目から2-29表1行目まで)
と、経営哲学まで御披櫪して下さいました。
[77] また、融通手形を出し合い
「不渡処分を防ぐ手段を取らなかったことにつき、経営感覚乃至能力にも疑問を抱かせる」(2-29表5行目)
と、判示なさいました。
[78] しかし、その何れもが大変な誤解と偏見に基づく判断だと思います。
[79] 先ず遵法精神の欠如を云われるのでしたら、国税庁長官の通達を無視して限度の10倍も放置した被上告人をこそ責められねばなりません。
[80] こういう偏見としか云いようのない、一種の憎しみの表現は国税のそれと相通ずるものであるように思われてなりません。裁判官もいつの間にか国税幹部の憎悪に汚染されてしまったのではないかと、わが目を疑うばかりです。
[81] 次に、今日か明日かの免許下付を待ちわびるばかりで、1円の収入もない者にとって、たとえ7万円でも大金です。それを克明に3年に亘り、永久に下付されることのない免許に期待して払い続けた、それまでの上告人の無償の行為をむしろ褒めて頂きたいと思います。諸悪の根源は総て2年4ケ月に亘る超長期な違法の不作為によるものなのですから。
[82] その三は、被上告人によって実体のない会社にさせられてしまった上告人にとって、営業活動を封殺されたまま、莫大な費用をかけて不渡処分を回避する必要があったのでしょうか。経営を阻止され経済活動を封殺された企業が、不渡を回避したからと云って、それが何程のメリットを生むでしょうか。
[83] それが現代の経営感覚であり、経営能力なのでしょうか。
[84] 勿論、前段の融通手形を出し合ったということに、問題がないとは云いません。しかし、それとても通常の期限内に免許下付になっていれば、仕事に忙殺されて、到底手形等を弄ぶ暇も機会もなかったろうと思います。
[85] 他方、東駒については本件処分後8ケ月で倒産し、古市も1年半ほどして不渡処分を受けたのですから、拒否処分にしたのは当然だったと、被上告人の主張を鵜呑みにし、その上で
「そうしてみると、畢竟上告人は本件処分当時、酒類販売店経営のために必要な資金的要素に相当な欠陥があり……」(2-29裏6行から7行目)
と、されてしまったのです。
[86] これまで通して痛感することは本件裁判の原点であります、不作為の違法があったかどうかが、問題の分かれ道になるように思います。その点この判決には露程の配慮も払っておりません。いかなる人間でも、2年間以上も、飲まず食わずで放置されて生きていられる人間がおりましょうか。企業も同じです。
[87] 設立したまま、全く事業をさせず、いつ開業できるかも知らされず、無責任に長期間放置されて、果たして生き延びられる企業が日本にいくつあるでしょうか。また酒税法の免許下付条件はそこまで厳しく要求しているのでしょうか。
[88] もし、そうだとしたら、13万3千店の酒販免許者中1万店も生き残れないのではないでしょうか。
[89] 東駒の場合もそうです。上告人の販売力に期待する東駒は角田商店東京店を使った上告人が、昭和49年、同50年と連続して30%近い伸び率で、同51年には6億円の売上増を見込みました。処が不作為の違法確認提訴を決定してから、同支店を閉鎖したものですから、東駒の売上も同51年度で6億円の減少になってしまいました。
[90] そうしますと、東駒倒産の最大原因も又、本件の不作為に依ったという外はなくなってしまいます。

六 おわりに
[91] それでは、どうしてこれ程までに、上告人或は上告人関係者が、被上告人或は国税当局にいじめられたのでしょうか。
[92] これにはいくつかの注釈を付けなくてはなりません。
[93] まず、東駒が昭和43年12月横浜生活協同組合と提携して消費者直売を断行し、古市がその先頭に立って、それまでの定価販売を打破したこと。
[94] 次いで清酒の防腐剤添加物サリチル酸を追放したことです。
[95] 三つに清酒の級別廃止を訴えました。(最近ウイスキーの級別廃止が決まり感慨無量なものがあります)
[96] 四つは酒販免許の撤廃運動を生協や総評と組んで展開しました。
[97] 五つは期限付酒販免許をどんどん申請しそれが拒否されると、無免許で酒の安売りを始めました。
[98] 今から24年前、第1次臨時行政調査会に対して大蔵省は真っ先に許認可の1省1個の削減に大蔵省は自らこの酒販免許を出してきました。その当時から大蔵省にとって、この酒販免許は不用なものだったのです。それが今上告人等が提訴するとどうして豹変して急に酒税確保のために免許が必要になったのでしょうか、理解に苦しみます。
[99] また、第1臨調は先ず酒の期限付免許を届出制にせよ、と勧告しました。
[100] そこで、上告人等グループは次々と期限付免許を申請しましたが、総て理不尽な理由で却下されてしまいました。ここで上告人は酒税免許は陳情して貰うものではなく、力で勝ち取らねば駄目だという事を悟りました。それからというものは(昭和56年9月)、上告人グループは気が狂ったように、全国至る所で酒の超安売りを始めました。それが新聞紙上を賑わし、消費者の拍手喝采を浴び、時に英雄視されました。
[101] そうして悪代官として、消費者の敵として常にマスコミの非難を浴びるのは、被上告人乃至は国税幹部だったのです。
[102] ここがカチンときて、現代のこの世のものとは思われない差別とイビリがはじまったのです。
[103] そのようにして、上告人はグループを含めて被上告人から、筆舌に尽くし難い理不尽なイビリに会いました。
[104] それでは上告人のどこがそんなに憎まれるのかと云えば答えはそう単純ではありません。しかし、一つだけはっきりしている事は、上告人等が堂々と華やかに酒を安売りし、それがマスコミの寵児となり、逆に国税幹部は物価値上げの元凶とされているからです。
[105] それに業界内で利益をたらい回ししようとする全国小売酒販組合幹部と、これと人的、金銭的、政治的に癒着する被上告人(国税当局を含む)等が共謀して上告人を放逐し、安い酒の絶滅を図ったことが重要な原因の一つであることは間違いありません。
[106] こうなると被上告人こそ不作為の違法を遥かに越えて、むしろ運用次第では憲法違反とした判例をそのまま実践した酒販免許行政をしたと断言して憚りません。
[107] しかし,この事は古市等に対するのと同様、上告人を追放しさえすれば安い酒は退治できると判断した被上告人等の思惑は、明らかに間違っていました。
[108] 何故なれば上告人が営業を閉鎖し、東駒も古市も潰された後も、現に上告人の意思を継ぎ、或は上告人と共闘を約束した幾人かの同士達は、立派に安い酒を守ってくれてるからです。
[109] このようにして本事件の真実に迫れば今日、信じられないような、国税の恣意と横暴ばかりが罷り通る国税一家を誇示しているように見え、戦前の恐慌時代の再来を彷彿として暗示させ、思わず身の毛がよだちます。この差別ばかりの被上告人行政を上告人は、どうしても許すことができないのです。
[110] 昭和13年、酒販免許が施行された当時、酒類の販売量120万キロリットルに対し、酒の小売屋は33万7千軒もありました。それが現在750万キロリットルの酒量に対し、13万3千軒しかないのです。実に15.6倍の利権であります。この利権がある限り時の政治力や行政力では到底解決できるとは思いません。この証明の一つは23年前の第1次臨時行政調査会で既に被上告人は酒販免許の廃止を自ら申し出ているのです。そしてその二は終戦直後の或時期(昭和23年頃)医者と酒販免許者がほぼ同数でありました。それが人命を扱う医者が有名な武見太郎を擁しながら現在20万人以上もいるのに対し、酒販店は棚に飾ってある酒を手渡すだけの単純な仕事なのに医者より6万人以上も少ないのです。(被上告人は本事件で酒販店を17万と云っていますが、それは酒の卸、臨時、特殊等を含むので実際の全酒類小売店は13万3千軒です)それを殊更に当法廷でその数を多く見せようとする被上告人の意図は明らかにその矛盾を承知して尚、17万人の免許数が適正と裁判所の目を逸らして隠蔽擁護しようとしたからに外なりません。
[111] それが証拠に被上告人は戦後一貫して年間1500以上の免許を下付しておりません。これは実質免許希望者(20万人)の1パーセントも満たされておりません。実際問題として被上告人等は免許申請の受付をさえ拒んでいるのが、実情なのです。
[112] このことを端的に示す例として、一歩街へ出てみれば誰でも奇異に感ずる事に出会うはずです。
[113] それはダイエー、イトーヨーカドー、西友等大手スーパーの店舗は全国で4千場あります。これに対し酒販免許を持っている店舗は7百以上ありません。
[114] 隣合わせに林立するデパートには全部酒販免許があり、既存店から1キロメートルも離れたスーパーにどうして免許がないのかをみれば、一目して国税の意図が奈辺にあるかお判り頂けると思います。これを国税は需給の調整という一発ですべて処理しているのが現実なのです。
[115] いくら国税が横暴でも現在の大手スーパーを「経営基礎の薄弱」とも云えないでしょうし、さればと云って安売りするからとは、口が腐っても云えないし、大変苦心した末が、需給の調整で全スーパーの17%以内に酒販免許店を押さえているのです。
[116] こういう事は何を意味するかと云いますと全国小売酒販組合の政治力、なかんずく政治資金の潤沢さは想像を絶するものがあり、到底裁判による以外にこれを矯正する方策がありません。何しろ免許が危ないとなると全国小売酒販組合は、直ちに1リットルに付き1円の資金カンパを行い、3日で75億を集めてみせると豪語する組合幹部がおり、専らの通説になっております。
[117] 古市は一時期2つの酒造免許と、15の酒販免許を買収又は提携して所有しておりました。これは1個人としては日本でも最多保有者だったろうと思います。従って酒販免許が自由化されれば、最も損害を蒙るのは外ならぬこの古市自身でありましょう。しかし上告人はそれが不正に運営され国民に年間1兆円も高くてまずい酒を売りつけている現状を上告人は社会的使命として許す事が出来ないのです。
[118] 現在、13万3千の酒小売店で6兆4千億を売上げ、1兆8千億の粗利益を上げています。これが自由化されれば、競争原理が働いて確実に1兆円も安い酒が消費者に供給されることになります。そうして世界中のどこからでも安くて良質の酒が輸入され、その数量も倍加されて外国にも喜ばれ、貿易不均衡是正に多少は役に立つものと信じます。
[119] その時になって初めて、長い間、酒販免許の憲法適否を争ってきた本事件も、何程かの意義を持つことになるのでしょう。
[120] それには、この裁判を弱者である国民大衆の利益に奉仕する、判決にしなくてはなりません。
[121] 残念ながらその点、この高野判決はすっかり国税の奸知に毒されて、至る所に不信と憎悪ばかりが目立つものになりました。しかし、憎悪の子はどこまで行っても憎悪でしかありません。
[122] 今日、酒販免許にしがみつく一握りの利益集団を、これ以上温存させることは畢竟、国税の憎悪と、国税への憎悪を増殖させるだけであります。
[123] それには最高裁判所の英知によって、半世紀に亘り咲き続けた「悪の華」を根絶しなければなりません。
[124] それがつまりは、最大多数の国民の最大幸福に繋がるものと、信じて疑わないからであります。

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