酒類販売免許制合憲判決
第一審判決

不作為の違法確認請求事件
東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)第120号
昭和54年4月12日 民事第2部 判決

原告 株式会社角田酒販
   右代表者代表取締役 角田繁太郎
   右訴訟代理人弁護士 水田耕一

被告 下谷税務署長
   右指定代理人 清野清 大平靖二 山田信英 土屋茂雄 田中正則 長瀬彰男 大友弘一

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


1 被告が昭和51年11月24日付で原告に対してした酒類販売業免許の拒否処分はこれを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

一 原告
 主文と同旨の判決

二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
[1] 原告は、「酒類並びに原料酒精の売買」等を目的とする株式会社であり、昭和49年7月30日に被告に対して酒税法第9条第1項の規定に基づき酒類販売業免許の申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、被告は、昭和51年11月24日付で原告に対して同法第10条第10号の規定に該当することを理由として同免許の拒否処分(以下「本件処分」という。)をした。

[2] しかしながら、本件申請は酒税法第10条第10号の規定に該当しないから、本件処分は違法である。よって、原告は本件処分の取消しを求める。
一 請求の原因に対する認否
[3]請求の原因一の事実は認めるが、同二は争う。

二 被告の主張
[4] 原告には本件処分時において次に述べる事由があり、これらの事由を総合して判断すれば、本件申請は酒税法第10条第10号後段に規定する申請者の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当する。
[5] 本件申請は、原告が株式会社角田商店(以下「角田商店」という。)東京支店(以下「東京支店」という。)の酒類販売業を営むに必要な営業権等の全部を譲り受けることを条件としてされたものであるが、右営業権等は原告設立前の昭和48年4月15日に角田商店から東駒株式会社(以下「東駒」という。)に譲渡されており、東京支店の経営は実質上東駒が行っているものであるから、原告には酒類販売業を営むに必要な営業権等を譲り受け得る見込がなかった。
[6] 原告は、酒類販売業を営むために必要な営業資金を有していなかった。
[7] 原告は、固定資産税昭和50年度第3期分1万7900円、同年度第4期分1万7900円、同51年度第1期分1万9790円及び同年度第2期分1万9500円並びに法人都民税昭和50年9月1日から同51年8月31日までの事業年度分9000円を滞納していた。
[8] 原告振出しに係る昭和51年10月27日を支払期日とする金額300万円の約束手形及び同年11月25日を支払期日とする金額300万円の約束手形がいずれも不渡りとなった。
[9] よって、本件処分に原告主張の違法は存しない。
一 被告の主張に対する認否
[10] 被告の主張1のうち、東京支店の営業権等が角田商店から東駒に譲渡されたことは認めるが、原告には酒類販売業を営むに必要な営業権等を譲り受け得る見込がなかったことは否認する。
[11] 被告の主張2の事実は否認する。
[12] 被告の主張3の事実は否認する。
[13] 被告の主張4のうち、被告主張の各手形が原告振出しのものであることは否認する。

二 原告の反論
[14] 東駒は、東京支店に係る営業権等の譲渡契約上の譲受人の地位を原告をして承継せしめることとし、その旨角田商店より同意を得ていたものであるから、角田商店と東駒との間に譲渡契約がされたことを理由に、原告が営業権等を譲り受け得る見込がないとすることはできない。
[15] 原告には本件処分時において現金又は預金の用意がなかった事実はあるが、これは被告が本件申請に対して長期にわたり何らの処分をしなかったので他に運用したに過ぎないものであるから、これをもって経営の基礎が薄弱であるとすることはできない。
[16] 原告は,時価5000万円を上回る土地、建物を所有していて、これを担保に供することにより容易に営業用の資金を調達することが可能であるし、また、東駒に信用を供与していることから同社より直ちに酒類の提供を受けることができるものである。
[17] 仮に、被告主張の滞納の事実があったとしても、その金額は僅少であり、これをもって経営の基礎が薄弱であるとすることはできない。
[18] 被告主張の各手形は、原告のために手形行為をする権限のない者が原告の名義を冒用して振出したものである。
一 原告
[19] 甲第1ないし第18号証を提出(第2号証及び第17号証は写をもって提出)。
[20] 証人角田繁太郎及び同古市滝之助の各証言を援用。
[21] 乙第16号証の1ないし3の原本の存在は不知、原告記名印及び同代表者印が原告のものであることは認めるが、その成立は否認する、その余の部分の成立は不知。
[22] その余の乙号各証の成立は認める。

二 被告
[23] 乙第1号証の1、2、第2ないし第15号証及び第16号証の1ないし3を提出(第16号証の1ないし3は写をもって提出)。
[24] 証人間宮寛の証言を援用。
[24] 甲第5ないし第9号証及び第18号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立(第2号証及び第17号証については原本の存在を含む。)は認める。


[1] 請求の原因一の事実は当事者間に争いがない。

[2] 被告は、本件申請が酒税法第10条第10号後段に規定する申請者の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当すると主張するので、この点について判断する。

1 被告の主張1について
[3] 原本の存在及び成立に争いのない甲第2号証、成立に争いのない甲第11号証、乙第3号証、第6、第7号証、第10、第11号証及び第13号証並びに証人角田繁太郎及び同古市滝之助の各証言を合わせると、次の事実を認めることができる。
[4](一) 角田商店は、昭和48年に東京支店の営業を経営上の理由から本店と切り離して他に譲渡することとし、当時代表取締役であった角田繁太郎(以下「角田」という。)が東宝商事株式会社(以下「東宝商事」という。)及び東宝酒造株式会社(以下「東宝酒造」という。後に東駒に商号変更された。)の代表取締役(両社は実質的に一体の関係にある。)をしていた古市滝之助(以下「古市」という。)に相談したところ、古市が東京支店の営業を譲り受けることとなり、古市、東宝商事及び角田商店の三者間で同年4月15日付で、角田商店は東宝商事に対して東京支店において有する営業権、借地権、売掛金債権、酒類製品、什器備品等を東宝商事が全酒類に関する小売業免許を付与されると同時に売り渡す旨及び角田商店は同日限り東京支店の経営一切を古市に委託し、古市は東宝商事に対する小売業免許下付までの間角田商店のため誠実に受託業務を遂行する旨の契約が締結され、その後昭和49年6月古市と角田商店との間で右契約に係る売買代金の決済が行われた。
[5](二) 右契約において、東宝商事は形式的に当事者になったに過ぎず、古市は東京支店を譲り受けてその営業を担当させるために、免許の申請に際して自己ないし自己が経営している会社の名義を使用せず新たに別会社を設立することとしたが、角田商店も別会社が東京支店の営業を引き継ぐことを承知していた。そこで、東京支店の酒類販売業の営業の全部を譲り受けて東京支店の所在地で酒類販売業を営むために、角田商店との社名上のつながりを配慮して、原告が昭和48年9月26日に設立され、古市により派遣された東宝酒造常務取締役経理部長の細井貞夫(以下「細井」という。)が代表取締役に就任した。また、右契約に基づいて原告に酒類販売業免許が付与されるまでの間東京支店の経営を担当するために細井らが古市により派遣されて営業に当った。
[6](三) 原告は、東京支店所在地を販売場とする酒類販売業免許を申請するために、前記昭和48年4月15日付契約のうち古市及び東宝商事を原告に変更した外は右契約とほぼ同旨の同年9月26日付営業権等譲渡契約書を細井が角田から預っていた印鑑を使用して作成し、右契約書を添付して本件申請をしたが、右のような免許の申請に必要な書類の作成については角田商店も承知していた。
[7] 以上の事実が認められる。証人間宮寛の証言のうち右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
[8] 右認定の事実によれば、原告は東京支店の酒類販売業を営むに必要な営業権等を譲り受け得る見込があるものと認められるから、原告が右営業権等を譲り受け得る見込みがないとする被告の主張は失当である。

2 被告の主張2について
[9] 原告に本件処分時において現金又は預金の用意がなかったことは原告の自認するところであるが、成立に争いのない甲第4号証及び第12ないし第15号証並びに証人古市の証言を合わせると、次の事実を認めることができる。
[10](一) 原告の資本金は500万円であり、原告は本件処分時において東京都台東区東上野5丁目37番5所在宅地88.04平方メ-トル外の鑑定評価額5000万円程度の土地及び建物を所有していた。
[11](二) 原告の事業年度は毎年9月1日から翌年8月31日までであるところ、原告は、昭和49年、同50年及び同52年の各8月31日現在においてはいずれも500万円の定期預金を有していたのに、本件処分時の直前の事業年度末である昭和51年8月31日現在においてのみ預金を有していなかったが、これは、本件申請に対し長期にわたり処分がされなかったので、預金を原告の古市からの借入金の返済に当てたためである。
[12](三) 原告が酒類販売業免許を付与されて営業をするのに資金が必要であれば、古市の方でいつでも融資できる状態であったし、原告は古市が経営している東宝酒造(東駒)の製造する酒類を販売することをも企図して設立されたものであるから、販売に必要な酒類はいつでも同社から卸して貰える状態であった。
[13] 以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
[14] 右認定の事実によれば、原告において預金の用意がなかったのは一時的なものに過ぎず、原告には本件処分時において酒類販売業を営むために必要な資金を調達することは十分可能であったものと認められる。したがって、原告に本件処分時においてたまたま現金又は預金の用意がなかったことをもって、原告の経営の基礎が薄弱であるとは認められない。

3 被告の主張3について
[15] 成立に争いのない乙第15号証によれば、被告の主張3の事実及び滞納税金はすべて昭和52年3月17日、18日に完納されていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
[16] 右認定の事実によれば、滞納税金は少額であり、しかも本件処分時後間もなく完納されているのみならず、右滞納の原因が原告に支払能力がなかった点にあることを認めるべき証拠はないから、被告主張の税金滞納の事実をもって、原告の経営の基礎が薄弱であるとは認められない。

4 被告の主張4について
[17] 弁論の全趣旨並びにこれにより原本の存在及び成立(符箋部分に限る。)を認める乙第16号証の3によれば、被告主張の約束手形のうち昭和51年10月27日を支払期日とする金額300万円の約束手形が不渡りとなったことを認めることができる。しかしながら、右手形中の原告作成名義部分については、記名印及び代表者印が原告会社のものであることは当事者間に争いがないけれども、証人古市の証言によれば、被告主張の各手形は、前記手形を含め原告が振り出したものではなく、権限のない者が原告の名義を使用して振り出したもので、原告は右各手形について請求を受けたことがないことが認められる。
[18] したがって、原告振出しに係る手形が不渡りとなったとする被告の主張は失当であるのみならず、本件処分時において原告が酒類販売業を営むために必要な資金を調達することが十分可能であったと認められること前記のとおりである以上、右手形不渡りの事実のみをもって本件処分当時原告の資力が十分でなかったと認めるのは相当でない。
[19] 以上の次第で、原告について経営の基礎が薄弱であると認めるに足りる事由は存しないから、本件処分は違法である。

[20] よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。

  東京地方裁判所民事第2部
  裁判長裁判官 藤田耕三  裁判官 菅原晴郎
  裁判官杉山正己は転補につき署名捺印することができない。
  裁判長裁判官 藤田耕三

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧