酒類販売免許制合憲判決
控訴審判決

酒類販売業免許拒否処分取消請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和54年(行コ)第37号
昭和62年11月26日 民事第10部 判決

控訴人 (被告) 下谷税務署長 池田健
         右指定代理人 榎本恒男 外4名

被控訴人(原告) 角田酒販株式会社
         右代表者代表取締役 古市博一
         右訴訟代理人弁護士 水田耕一 中島敏

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原判決を取り消す。
 被控訴人の請求を棄却する。
 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二 控訴の趣旨に対する答弁
 本件控訴を棄却する。
[1] 被控訴人は、酒類並びに原料酒精の売買等を目的とする株式会社であり、昭和49年7月30日に控訴人に対して酒税法9条1項の規定に基づき酒類販売業免許の申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、控訴人は、昭和51年11月24日付で被控訴人に対して同法10条10号の規定に該当することを理由として同免許の拒否処分(以下「本件処分」という。)をした。

[2] しかしながら、次のとおり、酒類販売業につき所轄税務署長による免許制度を採用し、かつその要件を定めた酒税法9条1項、10条各号の規定は憲法22条1項所定の職業選択の自由の保障に違反し無効であるから、右各規定に基づく本件処分は、違憲であって当然に無効であるかないしはその無効を確認する意味において取り消されるべきものである。
[3](一) 酒税法9条、10条に規定されたような営業の許可制度は、職業選択そのものを直接制約する徹底した規制にほかならないから、合憲と認めるためには強い合理的根拠が存在しなければならない。すなわち、第一に、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に、目的と規制手段との間に合理的関連性が存在すること、第三に、規制によって失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること、の3要素が全て充足されなければならない。以下、右の基準に基づいて検討してみると、酒税法による免許制度の違憲性が明らかである。
(二) 規制目的における正当性の欠如
[4] 控訴人は、酒税法による酒類販売業者の免許制度が酒税収入の安定確保を図る目的を有しているから、憲法22条1項にいう「公共の福祉」に合致すると主張している。しかしながら、憲法22条1項に保障された職業選択の自由は、公共の福祉による制約を受けるとしても、右の規制は、社会生活における個人の生命身体財産の安全を保障し、経済活動がもたらす弊害を除去ないし緩和するための警察的諸規制、及び憲法が全体として企図している福祉国家的理想のもとに、積極的に社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図して一定の規制措置を講ずる目的のためにのみ許されるのであって、酒税収入を確保する目的のような租税政策等の政策の名の下の恣意的、便宜的な制約が許されるものではない。このことは、職業選択の自由の歴史的変革に根ざし、また、租税収入確保を目的とした制約が許容されるならば殆んど全ての職業を国家の許可性のもとにおくことも許容されることとなり、国民の経済活動の自由は根本から覆滅されることに帰し、憲法22条1項の基本権の保障は全く空文化されるとの点からも基礎づけられる。
(三) 規制手段における合理的関連性の不存在
[5] 仮に酒税収入の安定を図るという目的自体が職業選択の自由を制限する理由として正当なものであるとしても、酒税法9条1項、10条各号による免許制は、その規制の手段、態様において著しく合理性を欠くことが明白であって、右の目的達成のために必要な合理的手段であるとは、到底認められない。
[6] すなわち、酒税法6条によれば、酒税を納付すべき義務者は、酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者であって、酒類の販売業者ではない。従って、せいぜい酒類製造者又は酒類引取者(以下、本件に即して「酒類製造者」のみを視野におく。)を免許制度のもとにおくことで足りる。また、酒類製造者も一個の企業人であるから、自己の製造した酒類を販売する相手方の資力、信用については一般の企業が払うのと同様な注意を当然に払って取引し、そのような注意能力はもとより有し、それ以上に酒類製造者を政府が後見的に保護しなければ、酒税収入の安定を害するという事情は見当らない。殊に、健全な酒類販売業者の存在が酒税収入の安定のため必要不可欠であるとするならば、経営の基礎の薄弱を酒類販売業免許の取消の事由としなければならないはずであるが、酒税法14条の免許の取消事由中には右の如き場合が掲げられておらず、酒税法自体の上からも右の点の合理性は主張できない。
[7] さらに酒税法並びにこれに基づく命令及び酒税法基本通達は、酒税納付義務者から国税徴収を安定して確保する目的のために、二重、三重にわたる万全の方策を講じている。まず酒類製造者に対して、申告書提出義務、各種事項の帳簿記載義務、申告義務、質問、検査、検定受認義務、承認を受ける義務、届出義務、酒税証紙貼付義務を課し、その懈怠に対しては刑事罰をも規定し、国税庁長官、国税局長又は税務署長は酒税保全のため必要があると認められるときには、酒類製造者に対して酒税につき担保の提供を命ずることができ、担保の提供に代えて酒税の担保として酒類の保存をも命ずることができる旨を規定し、同法施行令及び酒税法基本通達は担保提供の細部について定めている。しかも、酒税は極めて短期間の納期限が定められており、酒類製造者の資産、信用等の変化による影響を受けないように配慮されている。これらの万全の方策に加えて酒税納付義務者でもない酒類販売業者まで免許制度の規制のもとにおくことは無用の措置というべきであって、目的達成のために必要な合理性を著しく欠くことが明白である。
[8] これに対し、販売免許制がメーカーによる販路系列化を容易にして参入障壁を高め、新規メーカーの参入を阻止する機能を果しており、既得の営業特権を固持する以外の何物でもないのみならず、酒税の負担率が高いから販売店の免許制が基礎づけられたのに,もはやその根拠も失われ、むしろ、逆に酒類販売業の自由競争を認めれば、その活発な販売競争によって販売量が増大し、租税徴収額も増加する。この経験則に逆行する意味においても酒類販売業者の免許制度は著しく合理性を欠く。
[9] なお、控訴人は酒税率を高率とするが、酒税を問題とするには小売価格中に含まれる酒税額の割合を取り上げるのが適切である。右小売価格の酒税負担率は逐年減少を続けており、酒税率の高いことを理由として酒類販売業を免許制にしなければならない正当性は見出しがたい。ビールとウイスキー特級の酒税率が特に高いけれども、ビールは4社が完全に供給を独占し、ウイスキーは2社によって実質的に供給が独占されており、特定、少数の大規模製造業者によって酒税が負担、納入されているので、酒税の確保上何の心配も存在しない。清酒の特級及び一級も大半は大手製造業者によって供給され、酒税の負担、納入にも全く心配はない。酒税確保上何らかの心配があるとすれば、他方の零細な清酒、しょうちゅうの製造業者の場合であるが、それらの業者の供給する清酒二級及びしょうちゅうの小売価格における酒税負担率は1割程度にすぎないから、そのような心配があるからといって酒類販売業に免許制をとる理由とはなしえない。
[10] また、控訴人は、酒類販売業の免許制度を物価的見地から望ましいものであるかのように主張するが、酒類販売業への自由な参入を許さず、販売場数の増加を制約することが酒類の価格を下げるのに役立っているという理屈は経済理論上引き出しえない。
[11] さらに、控訴人は、酒類販売業免許制度が致酔飲料である酒類の販売に伴う弊害を防止するのに役立っているとも主張するが、未成年者飲酒防止の点は未成年者飲酒禁止法により、交通安全対策の点は道路交通法により厳重な取締りが行なわれ、酒類販売業免許制度とは何の関係もなく、国民保健衛生は厚生省の所管事項であり、社会秩序維持は公安委員会の所管事項であり、税務署長の所管事項とみる余地はなく、税務署長による免許制度を存続させる何らの理由ともなるものではない。
[12] ひるがえって、酒税法10条10号後段の規定は、その規定内容自体が一義的な明確性を有しない点においても基本権制限の根拠条文としての適格性を著しく欠如している。即ち、もしそれが、税務署長が申請者の経営を確実と認めなければ免許拒否処分をなしうる旨を定めたものである(酒税法基本通達第10条免許の要件の6参照)とするならば、右規定の内容はきわめて曖昧であって、開業許否の広汎な裁量権を行政官庁に与えることとなって、免許制度の不合理制を一層拡大することになる。
(四) 比較較量
[13] 現行制度は酒類製造者から酒税徴収を確保するための万全の措置を講じているのであるから、さらに酒類販売業者をも免許制度のもとに規制したとしても、これによって国家に附加される利益はきわめて僅少なものにすぎない。これに対して免許制度のもとで不許可処分を受けた申請者は、酒類販売業の開業自体が完全に抑制され、その職業選択の自由は全面的に剥奪され、その不利益の程度は著しく重大であり、この免許制度をとることは著しく均衡を失している。
[14](五) なお、最高裁判所昭和50年4月30日大法廷判決(民集29巻4号572頁)は、職業の許可制に関して、社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置と自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置とを区別し、後者の場合について許可制の採用が合憲とされるのは、「許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要する。」との判断を下している。酒類販売業者について免許制をとる目的は、酒類製造業者による酒類販売業者からの酒類販売代金の回収を確実にして酒類製造業者が酒税を滞納する事態の発生を防止すること以外には考えられないが、仮に酒類販売業を自由に営ませたことにより乱売や過当競争が起こって酒類販売業者の経営が悪化し、ために酒類製造業者が販売代金の回収に困難を感じるようなことがあるとしても、それは不正な経済活動によってもたらされる弊害にすぎない。そしてこのような不正な経済活動によって生ずる弊害を防止するために職業に規制を加えることは、さきの最高裁判決にいう消極的目的のものであるから、酒類販売業の免許制が右の消極的目的のものであることは疑問の余地がない。従って、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められる場合でなければ、許可制の採用は許されない。
[15] ところで、酒税の確保のため酒類の取引の安定を図ることを目的として制定された法律に「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」がある。同法制定の経緯から、酒類販売業の免許制よりも営業活動の内容及び態様に対する規制の方が効果的であることが示唆されている。これに対して後者によっては規制の目的が十分に達せられないことは何ら立証されていない。されば、酒類販売業の免許制度が違憲の判断を免れないことは明白である。

[16] 仮に2のとおりでないとしても、本件申請は酒税法10条10号の規定に該当しないから、本件処分は違法である。
[17] よって、被控訴人は、本件処分の取消を求める。
[18] 請求原因1の事実は認める。

[19] 同2の主張は原審において行うことが可能であったのに控訴審に至って初めてなされたものであり、しかもこれをめぐる主張立証に相当の時日を要し、本件訴訟の完結を遅延させるものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法として却下されるべきである。
[20] 仮に右の主張が容れられないとしても、次のとおり、被控訴人が違憲の論拠として述べるところは失当であり、酒類販売業の免許制度が憲法22条1項に違反するものでないことはいうまでもない。
(一) 職業選択の自由の制約
[21] 憲法22条1項は「公共の福祉に反しない限り」という留保の下に職業選択の自由を保障している。従って、公共の福祉の観点から職業選択の自由に対し公権力による制約をなしうるものである。
(二) 職業選択の自由の制約に関する司法審査基準
[22] 職業選択の自由に対する法的規制措置が合憲であるか否かの司法審査基準を明らかにした最高裁判所の判例として最高裁判所昭和47年11月22日大法廷判決(刑集26巻9号586頁)及び最高裁判所昭和50年4月30日大法廷判決(民集29巻4号572頁)がある。右の2つの判決を要約すると、職業選択の自由を規制する措置が合憲であるというには、その規制措置が自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的措置である場合には、規制の手段、態様においてよりゆるやかな制限によっては規制の目的を十分に達成することができないと認められることを要し、厳格な基準が適用されるが、社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置である場合には、規制目的に一応の合理性が認められ、規制の手段、態様においてもそれが著しく不合理でなければ足り、よりゆるやかな基準によって審査すべきであるというのである。
(三) 酒類販売業免許制度の合憲性
[23](1) 酒類販売業免許制度の目的は、高率な酒税を、酒類販売業者の経営の安定を通じてその収入の確保を図ること、即ち酒税の保全を図ることにある。つまり、酒類には物品税よりはるかに高率の酒税が課されており、国家財政上重要な地位を占めているが、免許制度導入の昭和13年以前は酒類販売業者の乱立から経営悪化、倒産等の事態が生じて酒類製造者の貸倒れが多発したことから、酒税の滞納が非常に多額にのぼった。免許制度はこのような事態を防ぐ最良の手段として導入され、今日、酒税の滞納が他の税目に類を見ないほど少ないなど、高率な酒税が効率的かつ安定的に確保できているのは、この制度に負うところが極めて大きい。また、酒類販売業免許制度は、移出課税(庫出課税)を採用する酒税制度において、納税義務者の酒類製造者と消費者との中間に位置して製造者から消費者への税負担の転嫁を仲介する販売業者の経営の安定を図ることにより、販売業者から製造者への酒類代金の支払を円滑にし、もって製造者が納付した酒税相当額を消費者から回収するのを容易ならしめようとするものであって、これによって間接消費税である酒税の徴税制度が有効に機能することになる。さらに、この免許制度は、酒税の逋脱に荷担する危険性が高い人物が酒類の販売に関与したり、そのような販売場が設置されたりするのを防止し、酒類の販売体制を健全化しようとするものであり、酒税の逋脱防止をも目的とした制度である。このように酒税の保全を図るために採用された免許制度は国の財政政策にほかならないから、前記判例にいう職業選択の自由に対する積極的な目的のための規制措置に属する。従って、右免許制度は、その規制の目的に一応の合理性が認められ、規制の手段、態様が著しく不合理であることが明白でない限り、合憲と判断されるべきである。
[24](2) 右免許制度の目的は前記のとおり酒税の保全にある。国は国民生活の安定確保、社会、経済の発展を図るべき重大な責務を果すため、またその前提として国の存立の維持及び統治機構の運営のために、経費を調達する必要があり、その経費は租税によって賄われるから、租税収入の確保を図ることは公共の福祉に合致する。酒税の保全という目的が規制目的として十分な合理性を有していることは明らかである。
[25](3) 酒税法10条は、免許の許否の権限を有する税務署長の恣意的な判断を排除して免許処分の公正が期せられるよう免許を与えないことができる場合の消極要件を制限列挙しており、免許制度の基本的目的に反しない限り免許を与えることを原則としている。しかも、この税務署長の認定判断権も法規裁量と解され、免許を拒否された申請者の法的救済手段に欠けることはない。
[26] そして、酒類販売業免許制度という規制の手段、態様は、その立法事実に照らして十分の合理性と必要性があり、合憲であることは明らかである。すなわち、右免許制度導入当時の状況は前記のとおりであり、制度導入後の免許制度の実効性、必要性も十分認めることができ、酒類小売販売場が他業種と比べてもかなり多い店舗数の状況下で、新規免許件数も年間約2800件にのぼり、新規参入者が厳しく制限されることもなく、消費者の需要に対して公正な供給が実現されていること等をみれば、免許制度は酒税の保全のために流通段階における合理的かつ最良の規制手段として制定されたものということができる。また、酒税は、国家財政上重要な地位を占め、その税率がきわめて高いので、酒類製造者が負担しなければならない納税額も高額である。そこで酒税法は、いわば中間的な徴税機関ともいえる酒類販売業者にも免許制度を採用し、間接消費税としての酒税制度が有効に機能するようにしているのである。さらに、酒類は簿外の製品を生み出すのが比較的容易な物品であり、酒類製造者の逋脱に荷担する販売業者があれば、酒税の逋脱行為は容易に行われ、かつ、それを探知することは困難である。そのため、酒税法は、酒類販売業の免許制度を通じて酒類の全ての流通過程を健全化すると同時に監視することによってその逋脱事犯の発生を最小限度に食い止めようとしているのである。これらの点からも、この免許制度の合理性は明らかである。
[27](4) なお、免許制度は、物価的見地からも高く評価され、間接的に、致酔飲料である酒類による弊害を予防する効果もあり、国民保健衛生上、未成年者飲酒防止、交通安全対策及び社会秩序維持の見地からも社会的に高く評価され、付随的効果も多岐にわたり、社会的役割は大であって、公共の福祉に合致するものと言うことができる。

[28] 請求原因3の主張は争う。
[29] 被控訴人には、以下に述べるとおり、本件処分当時酒税法10条10号後段にいう「経営の基礎が薄弱であると認められる」事由が存在した。

1 酒税法10条10号後段の趣旨等
[30](一) 酒税法10条10号後段は、酒類販売業の免許申請者の欠格要件の一つとして申請者の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」を規定しているが、この規定は、同号前段の「破産者で復権を得ていない場合」の規定と並列関係にあると解すべきであり、右規定に匹敵するような経営の維持が不可能と認められる特別な事情が存在する場合に限定して適用すべきではない。右「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは、一般的に「事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製造又は販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当の欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合」をいうもの(酒税法基本通達第10条免許の要件6)と解される。
[31](二) そして、酒類販売業の許否を右酒税法10条10号後段の規定に基づいて判断する場合には、原則として、申請者自身が他から特別の援助を必要とすることなく、確実に経営を遂行し得る能力を有しているかとの観点に立って、申請者自身の人的、資金的要素が右に該当するか否かにより判断すべきである。また、行政庁が許認可等の申請に対してする許否の判断は、申請者の適格要件ないしは拒否要件に関する事実の調査を終え、その全容が明らかになった時点を基準とすべきである。ちなみに、本件申請は通常の定型的な申請の場合と異なる複雑な事情があり、調査を要する範囲も広く、調査に相当の期間を要したもので、調査終了時点において判明していた事実によって行った本件処分の時期に妥当性を欠く点はない。

2 本件における経営の基礎が薄弱であると認められる事由
[32] 以下のとおり、被控訴人には人的資金的に相当の欠陥があったと認められ、仮に古市滝之助(以下単に「古市」という。)ないし同人の経営する東駒株式会社(以下「東駒」という。)の資力までを含めて判断したとしても、人的資金的要素に相当の欠陥があって事業の経営が確実とは認められない事情があり、結局被控訴人について「経営の基礎が薄弱であると認められる」事由が存在した。
(一) 資金的要素について
(1) 被控訴人自体について
[33](イ) 被控訴人は、本件処分時において、現金等の当座資産を全く有していなかった。
[34](ロ) 被控訴人は、本件処分時において、固定資産税昭和50年度第3期分1万7900円、同年度第4期分1万7900円、昭和51年度第1期分1万9790円及び同年度第2期分1万9500円並びに法人都民税昭和50年9月1日から昭和51年8月31日までの事業年度分9000円を滞納していたが、その回数、期間からみて支払能力の欠如によるものと認められた。
[35](ハ) 被控訴人振出に係る昭和51年6月25日、同年10月27日を各支払期日とする金額各300万円の約束手形2通がいずれも不渡となった。
[36](ニ) 被控訴人は、昭和51年10月5日東京銀行協会から資金不足等の理由により銀行取引停止処分を受けた。しかも、その処分の根拠には第1回の不渡手形があったのに、手形相当額を預託して取引停止処分を回避する措置すらとらなかった。
[37](ホ) 被控訴人は、本件処分時において、東京都台東区東上野5丁目37番5所在の宅地88.04平方メートルほかの鑑定評価額5000万円程度の土地、建物を所有していたが、これらの不動産については既に昭和51年5月6日付で東駒を債務者として極度額6000万円の根抵当権が設定されており、東駒は同月6日3000万円、同月20日3000万円の右根抵当権に係る借入れを受け、右不動産には既に資金調達の余力がなかった。現に、右土地、建物は、その後昭和53年2月に競売申立をされ、同年9月に競落されるに至った。
[38](ヘ) 被控訴人は、本件処分当時株式会社社角田商店(以下「角田商店」という。)との間で額面858万3000円の約束手形を振出していたが、右約束手形は融通手形であり、被控訴人は、融通手形を振り出さざるを得ないほど資金繰りが悪化していた。
[39](ト) 本件申請は、被控訴人が角田商店東京支店(以下「東京支店」という。)の酒類販売業を営むに必要な営業権等の全部を譲り受けることを条件としてされたものであるが、右営業権等は被控訴人設立前の昭和48年4月15日に角田商店から東駒に譲渡されており、東京支店の経営は実質上東駒が行っているものであるから、被控訴人には酒類販売業を営むに必要な営業権等を譲り受ける見込がなかった。
[40] そうでないとしても、被控訴人が経営を譲り受ける東京支店の資産内容はきわめて悪かった。即ち、本件処分時に近い昭和51年3月末における正味資産は約4276万円の欠損となっていた。このような不健全な企業を安定した健全な内容にたてなおすには、通常の営業資金のほかにも巨額の再建資金を要する状況にあった。
(2) 東駒ないし古市の援助について
[41](イ) 東駒は、資金運用面で非常に苦しい状態にあり、到底他社に必要に応じていつでも融資できる状態ではなかった。
[42] 即ち、東駒の本件免許申請前の11期(昭和47年7月ないし昭和48年6月)ないし本件処分直近の14期(昭和50年7月ないし昭和51年6月)の資金移動表を作成してみると、別表一《略》のとおりであり、その経営状況は、12期(昭和48年7月ないし昭和49年6月)、13期(同年7月ないし昭和50年6月)において経常収支こそ収入超過となっているが、事実は買掛債務の増加による不健全なものであり、設備投資の活発化に伴い多額の資金不足を生じ、この資金不足は借入金の増加、費用の未払扱いによって対処せざるをえず、14期には経常収支においてすら資金不足となって資金繰りが極めて苦しい状況に立ち至った。つまり、東駒は、売上高が増加したものの、売上値引及び売上戻り高も増加し、無理な経営活動の下にあり、資金面が非常に悪化し、他社にいつでも融資できる状態ではなかった。そして、東駒は、現に本件処分から8か月弱後の昭和52年7月19日不渡手形を出し、銀行取引停止処分を受けて倒産した。
[43](ロ) 東駒の昭和51年7月から昭和52年7月頃までの債務支払状況をみても、第一実業株式会社に対する昭和51年6月までに生じた債務7億8266万3268円の内昭和52年7月までに弁済したのは4億円余にとどまり、株式会社第一相互銀行から昭和51年9月30日1億円の手形貸付(弁済期日同年11月30日)を受けながら、弁済されたのはその一部(昭和53年3月31日に720万円)にとどまっており、自己の債務の弁済もままにならない状況にあった。
[44](ハ) 東駒は、自社が協和信用金庫から融資を受けるに当たり、自社所有の不動産だけでは担保余力がないところから、前示のとおり昭和51年5月6日被控訴人からその所有の土地、建物に根抵当権の設定を得て、同信用金庫から同月6日、同月20日の2回にわたり各3000万円の借入れを受けたが、同年11月30日、同年12月31日の各弁済期日までに弁済できなかったため、根抵当権の実行を阻止できなかった。この点、東駒が自己の債務のため他人の所有物を物上保証に供せざるをえず、その実行を阻止もせず放置するほどに資金不足であったことが示されている。
[45](ニ) 古市個人の所有土地には、本件処分当時東駒を債務者とする極度額合計2億8000万円の根抵当権が設定されていて既に担保余力がなく、古市には他に資金源として利用し得る資産はなかったから、前述の東駒の資金繰りのひっ迫状況をもあわせ考えると、古市個人としても被控訴人に対し必要に応じて資金援助をする余裕があったなどとは到底考えられなかった。
[46](ホ) 東駒の前記の実情を考えると、東駒が被控訴人の必要に応じてその製造にかかる酒類を継続的に供給し得たか極めて疑わしいし、仮に供給自体が可能であったとしても、東駒1社の清酒だけの供給によって、全酒類の販売業免許を申請している被控訴人が円滑な経営をなしうるとは考えられなかった。
(二) 人的要素について
(1) 被控訴人自体について
[47](イ) 被控訴人は、前記のとおり、昭和51年10月5日東京銀行協会から銀行取引停止処分を受け、企業間信用を大きく失墜させた。
[48](ロ) 被控訴人は、前記のとおり長期間固定資産税等を滞納したが、この事実は被控訴人の責任感、遵法精神の乏しいことを示すとともに、事業運営上の管理能力にも問題があることをも端的に示す。
[49](ハ) 被控訴人は、前記銀行取引停止処分に係る不渡手形につき、真正な手形であるにもかかわらず不渡事由を偽造とする異議申立をし、却下されたことがあった。
(2) 東駒ないし古市について
[50] 酒類販売業の免許の趣旨、目的に照らすと、人的要素は、より具体的には、経営の衝に当たる者が当該酒類販売業の継続的、安定的経営を行い、もって酒税徴収の安定に寄与することを期待できるかどうかの問題としてとらえられ、被控訴人の場合は、その実質上の経営者である古市ないし東駒について次のような点が指摘されなければならない。
[51](イ) 東駒及び古市は、昭和44年12月不正競争防止法5条1号違反の罪に問われ、昭和49年6月27日横浜地方裁判所において、東駒は罰金20万円に、古市は懲役1年(執行猶予2年)に処せられ、昭昭50年東京高等裁判所で控訴棄却となっていた(いわゆる二重ラベル事件、昭和53年最高裁判所で上告棄却。)。
[52](ロ) 本件申請以後の東駒の役員の異動状況は別表二《略》のとおりであり、役員の交代がきわめてひん繁であった。これも、東駒の経営が決して安定したものでなく、従って、かかる企業に頼っては被控訴人の健全な安定的経営など期待しうべくもないことを示す。
[53](ハ) 東駒は、前記のとおり昭和52年7月19日銀行取引停止処分を受けて倒産したが、同社はその直前に商号を福島産業株式会社と変更したうえ、所有していた工場の土地、建物、商標権等の資産を当時香川県丸亀市に本店を置いていた国華酒造株式会社(その後「東駒ベーシック清酒株式会社」と商号を変更し、従来の代表取締役に代わって古市が代表取締役に就任した。)に譲渡してしまって、倒産時には債務のみあって資産らしい資産は全くない状態となった。このような商号変更や資産の譲渡は、東駒の倒産必至と考えた古市の企図したものと窺える。
[54](ニ) 古市は、実質上自ら経営する被控訴人が真実振出した約束手形をいったん不渡りにしておき、最終的には決済しておきながら、偽造手形であると証言し、また、昭和51年末頃、東駒の当時の代表取締役藤田延生義名義で東駒のビル買受代金支払のため振り出させた約束手形についてこれを偽造されたものである旨の虚偽の届出を警察に行い、さらに昭和53年6月16日自ら東京銀行から銀行取引停止処分を受けるなど経営姿勢は不明朗、不健全であった。
[55]1(一) 抗弁1(一)の主張は争う。請求原因2の主張が認められず、酒類販売免許制度が憲法違反でないとしても、憲法22条1項の職業選択の自由の保障の規定に照らし、酒税法10条に定める免許拒否の要件は緩和して解釈運用すべきであり、そのような観点からすると同条10号後段に定める「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは同号前段の「破産者で復権を得ていない場合」に匹敵するような経営の維持が不可能と認められる場合に限定してこれを適用すべきである。被控訴人の本件申請に右のような拒否事由があることは控訴人もこれを主張せず、本件処分は拒否要件を欠く。
[56](二) 抗弁1(二)の主張は争う。酒税法10条10号後段に該当するか否かの判断に資金や商品の調達の可能性や容易性を考察するについては、免許申請者自身よりもむしろ申請者に対して資金や商品を供給しようとする者の状況を考慮するのが相当であるから、申請者自身の人的、資金的要素のみによって右判断をすべきものではない。
[57] また、本件において被控訴人は昭和49年7月30日に酒類販売免許申請をしたのに対し,本件処分の日は約2年4か月の経過した昭和51年11月24日であった。本件処分は2、3か月もあれば調査を終わって結論が出せるものであったから、本件処分の拒否要件の存否は、右の申請の日から2、3か月以上を経過しない時点を基準にしてなされるべきものであり、控訴人からも右の時点で拒否の要件があったとの主張はないので、本件処分が拒否の要件を具備しないものであったことは明白である。
[58](三) なお、本件免許申請は、被控訴人が新たに酒類販売業を開始しようとしたものではなく、東京支店が営んでいた酒類販売業の譲渡を受け、その営業を継続しようとしたものである。このような営業譲渡による場合には、既存の事業者が当該営業について有する利益を保護するためにもできるだけ広く営業譲渡の自由を認めるべきであり、ことに酒税法上酒類販売業者に一度免許を与えればその業績が悪くなってもその免許を取り消すことができる規定はないこととの均衡から考えて、既存の酒類販売業の譲渡を受けその営業を継続するにすぎない者については、同法10条10号後段所定の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」という拒否条件を適用すべきでないと解される。従って、本件処分にはそもそも酒税法の解釈適用を誤った違法がある。

[59] 抗弁2冒頭の主張は争う。酒税法10条10号後段所定の拒否要件につき憲法の規定を考慮した緩い解釈をとらず、かつ拒否要件の存否の判断時点として本件処分時をとるとしても、本件処分は、右所定の拒否の要件を欠いていた。
(一)(1) 抗弁2(一)(1)について
[60] (イ)の事実は認めるが、これは控訴人が本件申請に対し長期にわたり何らの処分をしなかったので、他に運用したにすぎず、被控訴人は昭和49年、昭和50年、昭和52年の各8月31日(営業年度末日)においては500万円の定期預金を有しており、被控訴人は本件処分時においても必要な資金を調達することが十分可能であったから、本件処分時にたまたま当座資産がなかったことは、経営の基礎が薄弱であるとする理由にはならない。
[61] (ロ)の固定資産税、法人都民税の滞納の事実は認めるが、そのことは被控訴人の経営の基礎を薄弱とする理由となるものではない。
[62] (ハ)のうち各約束手形が不渡になった事実は認めるが、各約束手形が被控訴人振出のものであることは否認する。各約束手形は融通手形又は内輪の関係で振り出された手形で、その支払いをするか否かについては種々の要因がからんでおり、不渡の事実をとらえて被控訴人の信用を云々すべき性質のものではない。
[63] (ニ)のうち昭和51年10月5日被控訴人に対し銀行取引停止処分がされたことは認めるが、その余は争う。処分理由とされた不渡手形については、判決により被控訴人が右約束手形に係る手形債務を負担しないことが確定されており、右銀行取引停止処分は要件を欠くもので取消を免れない。従ってこのような銀行取引停止処分によって、被控訴人の信用が否定されるべき筋合はない。
[64] (ホ)のうち被控訴人がその所有の土地、建物に東駒を債務者として極度額6000万円の根抵当権を設定した事実は認めるが、その余は争う。右根抵当権の設定は東駒からそれに見合う酒類の供給を受けるための一種の保証金の趣旨であるから、これによって被控訴人の資金調達余力がなくなったものではなく、逆に東駒から酒類の供給を継続的に受ける保障が得られたことになる。
[65] (ヘ)の事実は否認する。被控訴人は営業をしておらず、資金繰りの必要がない。
[66] (ト)の前段のうち東京支店の営業権等が角田商店から東駒に譲渡された事業は認めるが、その余は否認する。東駒は、東京支店に係る営業権等の譲渡契約上の譲受人の地位を被控訴人をして承継せしめることとし、その旨角田商店から同意を得ていたから、被控訴人が営業権等を譲り受ける見込がないとすることはできない。
[67] (ト)の後段の主張は争う。東京支店の資産内容が悪いとしても、これを譲り受けて経営しようとする被控訴人の本件申請を拒否すべき何らの理由ともなるものではない。
(2) 抗弁2(一)(2)について
[68] (イ)の事実は否認する。東駒は被控訴人に対して本件免許が付与された場合、その営業のために必要な資金を融資しうる状態にあった。しかも、東駒自体が酒類製造の免許を受けようとしていたわけではないから、東駒の経営状態を問題とするとしても、その製造する酒類を供給しうる状況にあったかどうかだけが問題とされるべきであるが、後に述べるとおり、東駒は販売に必要な酒類をいつでも供給しうる状態にあった。
[69] (ロ)の事実は否認する。証拠上東駒の第一実業株式会社に対する債務の弁済が遅滞していたことを示すものはない。右債務は長期建設期間を要した清酒製造用プラントの建設代金で、長期の割賦で支払われるのが常識で、支払の遅滞を示さない。また、株式会社第一相互銀行が古市所有の不動産に貸付金回収のため仮差押をしたのは昭和54年5月4日であること、同銀行による手形貸付が本件処分の日より2か月以前の昭和51年9月30日に行われ、金額が1億円であり、古市の連帯保証以外に担保が徴されていないことに照らせば、本件処分時点において東駒の債務弁済能力に疑問はなかった。
[70] (ハ)のうち、東駒が自己の債務のために被控訴人所有の土地に根抵当権の設定を受けた事実、右土地、建物が競売された事実は認めるが、その余は否認する。東駒が被控訴人に対して継続的に供給しようとした酒類の額は年間4億6000万円から5億円位が予想されていたから、評価額5、6千万円の土地、建物を物上保証に供しても、保証金の納付に代わる当然の措置で、東駒の資金不足を示すものでない。また、被控訴人所有の土地、建物の競売がされたのは昭和53年9月のことで、本件処分当時そのような事態は存在しなかったから、控訴人が根抵当権実行に関してする主張は、主張自体失当である。
[71] (ニ)の事実は否認する。古市個人も、また被控訴人に対して資金援助をなしうる十分な資力を有していた。
[72] (ホ)の事実は否認する。東駒は被控訴人に供給すべき酒類の十分な製造能力を有しており、そもそも被控訴人は東京において東駒製造の酒類を拡販することを目的として設立されたのであり、東駒は被控訴人が東京支店から継承すべき酒類販売業の営業につき角田商店にその譲受対価4000万円を支払ったほか、東京支店に対する債権中6516万9000円を放棄し、合計1億5000万円にも上る投資をしていたのであるから、東駒から被控訴人に対して、必要に応じてその製造にかかる酒類の供給がなされうる状況にあったことは疑問の余地がない。また、被控訴人が東駒から清酒としょうちゅうの供給を受けてこれを販売することにより得られる資金をもってすることにより、被控訴人が他の酒類を仕入れて販売することには何の不安もなかった。
(二)(1) 抗弁2(二)(1)について
[73] (イ)のうち銀行取引停止処分の事実は認めるが、その余は否認する。右銀行取引停止処分が要件を欠くものであり、被控訴人の信用に関わりのないものであることは、前に抗弁2(一)(1)(ニ)に対する答弁において述べたとおりである。
[74] (ロ)のうち固定資産税等の滞納の事実は認めるが、その余は否認する。滞納金が少額であり、本件処分時後間もなく完納されていることに照らし、被控訴人の責任感、遵法精神の欠如を示すものとみることはできないし、控訴人により免許の許否を不当に長く遅延させられて被控訴人が休眠状態を余儀なくされていたことをあわせ考えれば、事務処理体制上無理からぬところがあった。
[75] (ハ)のうち被控訴人が銀行取引停止処分に係る不渡手形につき偽造を理由として異議申立をしたことは認めるが、その余は否認する。右不渡手形は判決により被控訴人のために手形行為をする権限のない山田樫郎によって作成され振り出されたことが認定され、被控訴人は手形債務を負わないことが確定しており、異議申立は正当であった。
(2) 抗弁2(二)(2)について
[76] 右のうち古市個人に関する人的要素に係る主張は、原審において当初主張されたが、後に撤回され、控訴人は以降これを主張しないと述べたものであるから、当審に至って再びこれを主張することは、訴訟の完結を遅延させる目的でするもので、故意又は重大な過失により時機に遅れて提出された攻撃防禦方法として却下されるべきものである。また、禁反言の原則により右の主張は許されない(以下、古市個人の人的要素についての答弁は以上を留保したうえのものである。)。
[77] (イ)の事実は認める。但し、同事件は本件処分当時まだ未確定であったから、控訴人が右事件を理由として東駒、古市の信用を云々する余地はなく、また、右事件は、東駒の所轄国税局が級別認定の取扱いを適切に行わなかったことにより生じたものであり、本件処分時より約7年前に発生したものであるから、右事実により被控訴人の経営の基礎を薄弱とすることはできない。
[78] (ロ)の主張するところによっても東駒の役員の交代がきわめてひん繁であるとは認められず、経営の不安定に結びつく具体的指摘がなく、(ロ)は主張自体失当である。
[79] (ハ)のうち東駒が昭和52年7月に銀行取引停止処分を受けて倒産したこと、東駒は倒産前営業用資産をすべて東駒ベーシック清酒株式会社(その後の新商号は東菱酒造株式会社)に承継させたことは認めるが、その余は否認する。東駒の銀行取引停止処分は、右のとおり昭和52年7月のことで、本件処分時に考慮の余地はなかった。また、東菱酒造株式会社は、原則として東駒の債務をも承継した。古市が東駒の倒産を画策したことはなく、現に所轄国税局も東菱酒造株式会社による東駒の承継を認め、右会社に東駒と同一内容の酒類製造業の免許を付与したのであるから、古市の行為には非違がなかった。
[80] (ニ)の主張は争う。ことに控訴人主張に係る古市の証言、古市個人の銀行取引停止処分も、本件処分時点において全く考慮の対象たりえず、主張自体失当である。
[1] 被控訴人が酒類並びに原料酒精の売買等を目的とする株式会社であり、昭和49年7月30日に控訴人に対して、酒税法9条1項の規定に基づく酒類販売業免許の本件申請をしたところ、控訴人が昭和51年11月24日付で被控訴人に対して、同法10条10号の規定に該当することを理由に同免許申請を拒否する本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。
[2] 被控訴人は、当審において、酒類販売業につき、所轄税務署長による免許制度を採用し、その要件を定めた酒税法9条、10条各号の規定は、憲法22条1項所定の職業選択の自由の保障に違反し、無効であると主張する。
[3] よって、その当否を以上に考究するが、控訴人は、右主張を時機に遅れた攻撃防禦方法であるとして却下を求める申立をしているので、まずこの点を判断する。
[4] 民訴法139条は、当事者責任の原則に基礎づけられているのに対し、被控訴人の右主張は、法律の違憲性を主張するものであって、同条の適用が排除される職権探知事項や職権調査事項以上に公益に関するところが大きいから、同条の適用をみないことは明らかというべきである。よって、右の申立を却下する。

[5] 憲法22条1項は、何人も公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有すると規定しており、職業選択の自由は、憲法上基本的人権の一つとして重要な地位が与えられている。

[6] 他方、国は、国民に対し、経済の発展、福祉の充実や、社会生活の安定、秩序の維持等各種の公共サービスを提供することを任務とし、そのためには膨大な資金を要するところ、租税はその財政的基盤を形成するものである。従って、一般に、租税収入の保全は、公共の福祉のための財政政策に係るものということができ、職業選択の自由への制約を可能ならしめる。

[7] ところで、酒税法9条1項による酒類の販売業者についての免許制度(以下、「酒販免許制」といい、この制度による免許を「酒販免許」という。)が設けられたのは、同制度が酒税を課することを目的とする酒税法によって設定され、免許の許否権限が国税の徴収を担当する税務署長に付与されていること(9条、なお、国税通則法43条1項)のほか、同法が免許の要件(10条)、免許の条件(11条)、免許取消の要件(14条)についてそれぞれ定めているところ等を通観すれば、酒類販売業者の堅実な経営、酒類の需給の均衡を通じて、酒税収入の保全を図ることにあるということができる。
[8] ちなみに、酒税法が酒販免許制を採った立法目的が右の如くであるとするについては、いわゆる立法事実を直視して、むしろ酒類製造者の造石課税方式から庫出課税方式への移行に対する反対を懐柔するためであったとか、新規参入の阻止や競争排除などによって、既存の酒類販売業者の不当な利益を温存するためであったとかの点を重視すべきであるとの論もあるが、たといそのいずれもが一理あるとしても、この論点は、酒販免許制の合理性を判断する次元で考慮されるべき要因であるにすぎず、所詮立法目的としての酒税保全の意義を左右するものではない。

[9] 然らば、酒税保全という財政政策によって酒販免許制を採ったことは、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置といえるか。
[10] 第一に、酒税は、我が国の租税中、税率において高率であり、かつ、税額において高額であることは顕著な事実であり、酒税収入は、戦後とくに直接税中心の税制のもとで酒税の税収に占める割合が漸次低減しつつあるといっても、酒税収入が依然国の重要な財源をなしていることは明らかである。
[11] ちなみに税率については、《証拠略》によれば、昭和56年の酒税改定後において、酒類中代表的なものについて、その生産者税抜き価格と酒税額との対比から税率を割り出すと、ビール(びん633ミリリットル)162.6、清酒(いずれも1800ミリリットル)特級104.6、一級57.8、二級25.1、ウイスキー特級(670ミリリットル。サントリーオールド等)157.1、同一級(720ミリリットル。ブラックニッカ等)104.9、同二級(640ミリリットル。オーシャンホワイト等)48.4であること、また、税額については、《証拠略》によれば、昭和55年度は1兆3597億8400万円、同59年度は1兆7735億7000万円であることが、それぞれ認められ、さらに、《証拠略》によれば、昭和57年度の決算額において酒税が一般会計のなかに占める割合は5.8パーセントで、それは所得税、法人税に次いで第3位であることが認められる。
[12] 第二に、酒税は間接消費税の一種に属し、担税者である消費者に最終的に転嫁されることを予定して、納税義務者である酒類製造者に賦課されるのであって、この両者の間にあって、右の転嫁、賦課をいわば仲介し、消費者から酒類製造者への納税資金の還流を円滑ならしめる酒類販売業者の地位は極めて重要であり、その経営の安定は、酒税保全の上で不可欠であるとさえいい得る。
[13] ちなみに、《証拠略》によれば、昭和56年3月31日現在の全国の酒類販売免許場数は、17万2122場で、販売場1場当たりの税額は約790万円となり、同59年3月31日現在では、右場数は17万4446場で、1場当たりの税額は1000万円をこえる高額であることが認められる。
[14] 第三に、酒販免許制は、右にみた酒類販売業者の重要不可缺な地位に鑑み、それが適正に運用されるならば、酒類販売業者の数と質とを適切ならしめて、業者の乱立や過当競争から生ずる共倒れその他逋脱ないし粗悪品の流通を未然に防止する役割を果すであろうこと、そして、国民の健康、衛生、風紀にかかわる致酔飲料としての酒類の需給調整に役立つであろうことは、見易い道理というべきであろう。
[15] ちなみに、《証拠略》によれば、昭和13年当時、酒類販売関係者は全国に約25万人もの多数にのぼって居り、そのため、売行不振に伴い、各業者の販売競争が激しく、延いて濫売競争がもたらされ、販売営業主の没落、名義変更が1年間を通じて3割にも達したことから、醸造業者は売掛代金の回収に多大の困難を来し、廃業を余儀なくされる者も多く出たこと、そこで、酒税の確保の見地に、小売業者の増勢による混用酒などの出回りを防ぐ衛生上の見地等を加えて、酒類販売業者の免許制を酒税法改正の一眼目とする立法措置が政府によって提案され、第73帝国議会で採択されて、昭和13年4月1日から実施されるに至ったことが認められ、成立に争いのない甲第88号証も右認定を左右するものではない。
[16] 以上にみてきたところからすれば、酒販免許制が酒税保全を目的として採用されたことは、重要な公共の利益のため、必要かつ合理的な立法措置であったということができる。
[17] もとより、立法府が、この酒販免許制によって、従前の造石課税方式が庫出課税方式になり、納期が2、3、7、10の各月に定められたこと等による酒類製造者の苦境を救済し、また、既存の酒類販売業者の経営安定という利益を慮ったであろうことは、前掲各証拠によっても容易に窺えるところであるが、これらは各種各層の利害の調整を宿命とする立法の性質上格別異とするに足りるものではなく、問題は、それにもかかわらず、なお酒販免許制なる立法に、全体として合理性が認められるかということでなければならぬ。そして、その答えは右にみてきたとおりなのである。

[18] しかしながら、酒販免許制が、免許制(許可制というに同じ。)であるが故に、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制をこえて、職業の開始自体即ち狭義における職業選択の自由そのものを規制するものであることは言うまでもないところ、このような規制をもたらす酒税保全という財政政策上の目的は、果して、国民経済の円満な発展や経済的弱者の保護等の経済政策ないし社会政策上のいわゆる積極的なものなのか、それとも、社会生活の安全の保証や自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害の防止等のいわゆる消極的なものなのであろうか(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
[19] 思うに、酒税保全ということが、国の財政政策であるからといって、直ちにそれが、右の積極的なものと断定することはできない。蓋し、この財政政策によって取得される税収は、右の消極的なもののためにも使用されるからである。しかし他方、酒税保全といっても、酒販免許制は、既に成立している酒税債権の徴収方法の問題にすぎず、その直接の狙いは、酒税の滞納の防止ということに尽きるとして、右の消極的なものであると論断することも相当ではない。蓋し、滞納の防止は、酒税保全のための一局面にすぎず、酒税保全の目的には、単なる滞納の防止以上の右の積極的なものをも包含しているからである。
[20] 即ち結論的には、酒税保全という財政政策上の目的は、右の積極的なものでもあり消極的なものでもあって、そのいずれか一に帰せしめるのは相当でないというのほかはない。

[21] 従って、裁判所は、もとより、酒販免許制の採否が立法政策上の問題である以上、立法府の広範な裁量権に基づく判断を尊重すべきものであるが、よって採られた具体的な酒販免許制という規制措置が、著しく不合理であることが明白とはいえないからといって、直ちにこの立法府の裁量を是認すべきではなく、やはり、必要最小限度の規制でなければならないとはいえないにしても、免許制に比してよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を達成するに十分でないかどうかを一応検討しなければならない。
[22] そうして、右の立法府の広範な裁量権と免許制以外のよりゆるやかな規制の有効性との両者の視点をふまえて、立法府のとった裁量的措置である酒販免許制が、その内容をも含めて、凡そ基本的人権の一である職業選択の自由に対する重すぎる規制であるということができるときは、立法府の広範な裁量権にもかかわらず、その合理的範囲を逸脱したものとして右の規制措置を違憲無効とすべく、そうでなければ、これを合憲とすべきなのである(前掲最高裁大法廷判決最高裁昭和45年(あ)第23号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号586頁参照)。

[23] そこでまず、酒販免許制以外のよりゆるやかな規制措置について考察し、次いで酒販免許制の要件ないし内容等について検討する。
(一) 酒販免許制以外の規制措置
[24] 第一に、納税義務者である酒類製造者に対する免許制その他の規制で足りるか。
[25] 酒税法は、酒類製造者を納税義務者として、その製造場から移出した酒類について酒税を納めることを義務づけ(6条)、免許制を採用して後記酒類販売業者に対すると同様の免許の要件及び条件を課した(7条、10条、11条)ほか、免許の取消の要件を厳重に定めた(12条)ばかりでなく、移出に係る酒類についての課税標準及び税額の申告書提出義務(30条の2)、製造、貯蔵等に関する事実の記帳義務(46条)、製造場の位置、設備や毎月の酒類の移出数量等の申告義務(47条)、製造場での酒類の亡失等の場合の申告義務とその検査、容器の検定、質問等の受忍義務(49条、53条)、製造、混和等の承認を受ける義務(50条)、製造場外での詰め替え等の届出義務(50条の2)、酒税証紙貼付義務(51条)等の各種義務を課し、これらの義務違反に対する刑罰をも定め(56条、58条ないし60条。なお、逋脱行為自体につき55条、免許を受けずに酒類を製造した者につき54条、57条。)、さらに、国税庁長官らは、酒税保全のため必要があるときは酒税につき担保提供を命じ、又はこれに代えて酒類の保存を命じることができる(31条)旨を規定し、同法施行令及び酒税法基本通達は、これらについての細則を定めるなど、多様な立法上の手当を施していることが認められ、これらの手当によって、酒税逋脱を回避し、適正課税を達成する上でかなりの程度実効をあげうることは推測するに難くない。しかしながら、酒類製造者の肝心の納税資金は、前述の如く酒類販売業者が消費者からの販売代金を酒類製造者へ還流することにまつことを不可缺とするから、酒類製造者だけの右各法規制によっては、酒税保全上十分でないとされてもやむをえないところである。この場合、酒税の納期限が極めて短期間に定められており、酒類製造者の資産、信用等の変化による影響をうけないように配慮されている上に、現在の酒造業界にあっては、ビール及びウイスキーについては少数の大手製造業者により、また、清酒の特級、一級についてはその大半が大手製造業者によってそれぞれ供給されているとか、今日では、酒類小売店は現金取引が一般化し、小売店の製造者や卸店への支払期限も平均一か月となっているとかということ、更には、遡って自由経済市場における自然淘汰ないし自浄の機能などを挙げて、酒税保全上酒販免許制の今日的必要性のないことを論じても、前述のような酒販免許制の存在しないことによって起こりうべき事態について思いめぐらすとき、果してしかく楽観してよいかは甚だ疑問であるというべく、未だ前示の帰結を左右するには至らないといわなければならない。
[26] では第二に、右にみた酒類製造者に対する免許制及びその他の各種規制のほか、酒類販売業者に対する免許制以外の各種規制によっては、十分でないのか。
[27] 酒税法は、先に述べた酒類製造者に対する各種規制とほぼ同旨の規定を、酒類販売業者に対して課している。たとえば、販売に関する事実の記帳義務(46条)、販売業の休止等の申告や購入、販売数量を報告する義務(47条)、貯蔵用の容器の検定や質問等の受忍義務(49条、53条)、混和等の承認を受ける義務(50条)、製造場外での詰め替え等の届出義務(50条の2)、酒税証紙のはられていない容器の所持等の禁止(51条)等の各種義務があり、これらの義務違反に対しては刑罰を加えることを定め(56条,58条ないし60条)、さらに、同法施行令及び酒税法基本通達がこれらについての細則を定めている。
[28] しかし、これらの義務の履行を確実ならしめるよう監視、監督するには、それ相応の人員と経費とを要すべきところ、酒販免許制の撤廃により増加するであろう酒類販売業者について、この監視、監督を十全ならしめようとすることは、右の要員、経費等の点に鑑みて事実上不可能を強いることになるおそれを払拭しきれない。この点は、かりに免許制の代りに届出制を採ったとしても、本質的な事態は変化ないであろうから、畢竟、これらの規則の実効性は、酒販免許制に多くを依拠しているといっても過言ではない。
[29] そこで第三に、酒税法以外の施策を省みてみるに、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」(昭和28年2月28日号外法律第7号)がある。この法律は、「酒税の保全及び酒類業界の安定のため、酒類業者が組合を設立して酒類の適切な需給調整等を行うことができることとするとともに、政府が酒類業者等に対して必要な措置を講ずることができるようにし、もって酒税の確保及び酒類の取引の安定を図ることを目的とする。」(1条)として制定されたもので、狙いは酒税法の目的とするところと重なるものがあり、本法によって設立が認められた酒類業組合が、事業として、酒税法違反の自発的予防のほかに、酒類の取引の円滑な運行が阻害され、組合員の酒類製造業又は酒類販売業の経営が不健全になって、酒税の納付が困難となった場合やそのおそれのある場合に、組合員の製造し又は販売する酒類の数量や価格等に関する規制を行うこと等を定め(42条)、ほかに、大蔵大臣の酒税保全のための勧告又は命令(84条)、基準販売価格、制限販売価格、再販売価格の決定等の権限を規定する(86条、86条の2、86条の3)。
[30] この法律が、酒税法の酒販免許制によっては、酒税の保全の効果が所期の目的を達しなかったために制定されたとか、そのことの証左であるとかと断定する論は、確たる根拠を欠くものであるとしても、酒税の取引の安定を図りながら、酒税法の目的とする酒税の保全を図ろうとする点で、両者は相覆うものがあるところからして、酒販免許制を撤廃しても、この法律による施策次第で、酒税保全の目的を達することができないかが問われるべきであろう。しかしながら、右法律における酒類業組合の組合員たる資格を有する酒類製造業者及び酒類販売業者は、酒税法によって免許を受けた者に限られる(但し、前者については、酒税法28条6項のみなし酒類製造者も含まれる。)のであって(2条、9条)、これよりすれば、この法的措置も酒販免許制に依拠し、その上に立って、更に有効な施策を講じたというにすぎないのであって、酒販免許制が万能でない限り、その補強策が講ぜられたからといって、敢て異とするに足りないというべく、このような営業活動の内容及び態様に対する規制の方がより効果的であって、酒販免許制は不要であるとする帰結に導くには未だ到らないといわなければならない。
[31] なお、たとえば「清酒製造業の安定に関する特別措置法」(昭和45年5月20日法律第77号)にみられる清酒製造業者に対する融資のあっせん等による資金面からの優遇措置の如きものを以て、納税義務者たる酒類製造者の経営を安定させ、酒税の保全を図る施策も一方法ではあるが、それは所詮一時的応急的域をこえないであろうから、酒税の継続的、長期的保全のための酒販免許制を不要たらしめるものとは即断しえないことは明らかである。
(二) 酒販免許制の要件ないし内容
[32] 酒税法は、税務署長が酒販免許を与えないことができる要件を同法10条1号から11号にわたって定めているが、1号から5号までは、免許申請者等に従前免許の取消がなされたこと等の経歴がある場合を、6号から8号までは、申請者に滞納処分や一定の犯則、犯罪による刑罰等が課せられた前歴がある場合をそれぞれ挙げ、9号には、申請者が正当な理由がないのに取締上不適当と認められる場所に販売場を設けようとする場合を挙げて、いわば遵法精神の缺如等の人的資質に着目し、10号において「申請者が破産者で復権を得ていない場合その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」と定めて、申請者の人的、物的(資金面を含む。)経営能力ないし経営基盤を重視し、最後に11号に「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」として、酒類の需給均衡が酒税保全の要諦であることを前提とした概括的な規定をおいている。
[33] これらを通観するに、1号ないし9号及び11号は上来説示した酒税保全の上に占める酒類販売業者の重要性に鑑みて、やむをえない要件といえなくはない(但し、9号と11号とは、その抽象的な法文に基づく実際上の運用如何によっては問題をはらむ規定といえよう。)。問題は10号の規定であり、控訴人が主としてとりあげているのもこれである。しかしこれとても、その前段の復権を得ていない破産者に免許を与えないことは、やはりやむをえないとするのほかはなく、後段の経営の基礎薄弱者もその程度によっては免許を受けられないとしても、ただちに不当とはいえない(この点、免許取消の要件にこの事由が含まれていないこととの均衡上、これを以て不合理な規制であるとか、それ故にこの事由はできるだけ緩和して解釈運用すべしとの論もあるが、免許を与えるときと取り消すときとの要件を異にして規定すること自体は不合理とはいえず、取消の要件を定めた同法12条の各号をみれば、内容についても免許付与の要件との均衡を失しているとまでは認められない。)。もっとも、その程度が前段の復権を得ていない破産者に匹敵するような、経営の維持が不可能な場合に限局されるべきいわれはない。蓋し、職業選択の自由が憲法によって保障されているからという一事によってこれを根拠づけるに足りないことはさておくとして、同号の後段は前段と「場合」を分って「その他」という語で結ばれている関係上、両者は併列的に立法されたとみるべきであること、及び経営の基礎薄弱の態様はさまざまであろうから、一概に前段の復権を得ていない破産者という標識でしばるのは不適当であること、以上によるからである。してみると、酒税法基本通達(第10条免許の要件6)が、この「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」の意義について、「事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品または販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいうものとする。」と観念したことは、酒税法全体の中に右10号後段を置くときには、あながち不当ということもできず、そうとすれば、具体的な場合にあたって、当該事例が右10号後段に該当するか否かを通常の判断能力によって判断することが不可能であるとはいえないから、規定の不明確性を理由に一義的明確性を欠くと論難するのもあたらないというべきで、あとは実際の運用をみるのほかはないといわなければならない(ちなみに、今日までのところ、《証拠略》によれば、酒税の滞納率は、所得税、相続税等の直接税の滞納率と比較して顕著に低率であることは勿論、物品税等の酒税以外の間接税と比較しても低いことが認められ、酒販免許制が酒税の確保に役立ってきたことを推認しうべく、この推認を左右するに足りる証拠はない。また、酒類の需給関係に不均衡をもたらしているとの証左もない。)。

[34] 以上にみてきたところによれば、酒税の保全上、酒販免許制以外のよりゆるやかな規制の有効性はいまだ十分とはいえず、これを前述した立法府の裁量権に照らして勘案してみると、酒税保全という財政政策上の目的が先のいわゆる積極的なものと消極的なものとにまたがるとはいえ、酒税法が酒販免許制を採ったことが、その内容をも含めて、立法府の裁量権の合理的な範囲を逸脱し、職業選択の自由に対し重すぎる規制を課したものとして、違憲無効であるとまではいえない。
[35] 付言するに、一方では、たばこ消費税の如く税負担率が酒税より高いとされるのに、その小売業者については、専売制廃止にもかかわらず、当分の間という限定付きで従来の指定制に代る許可制が採用されたにすぎないではないかとの論があり、他方では、もし酒税について、税収の確保ということから営業許可制が許されるとするならば、物品税の対象となる物品を扱う営業についても同様にこれを許さねばならず、そうすると公正な自由競争の理念が一掃されるのではないかとの論がある。しかし、これらの論は、それぞれの取引の型態の相違性や、税制の歴史の中で占めてきた酒税の重要性及びその対象物品が致酔飲料である酒類であるという特殊性などの点を捨象して、他税に妥当しないものは酒税にも妥当せず、酒税に妥当するものは他税にも妥当する筈であるとなすに等しいとのそしりを免れず、立法府が異種の税について立法上異なる取扱いをする裁量の幅を不当に狭める結果となるであろう。
[36] しかしながら、酒販免許制がそれ自体直ちに違憲無効とはいえないとしても、それが憲法上保障された基本的人権の一である職業選択の自由を、しかも狭義のそれを規制するものであることに鑑みれば、その規制措置の運用に当たる行政庁たる税務当局の個々の処分が、過度に既存業者の既得の利益保護に傾き、新規参入を封殺する如き場合は、違憲性を帯びることを否定しえないことは言うまでもない。
[37] まず、被控訴人は、本件における判断の基準時は、免許申請の日から2、3か月以上を経過しない時点とすべきであると主張するが、取消訴訟は、行政処分が違法であることを確認してその効力を失わしめるものであるから、処分の時を基準にすべきであって、本件にあらわれた全証拠によっても、本件処分が本件申請時より違法に長くかかったことを認めるに足りないから、右主張は採用の限りではない。
[38] 次に、酒税法10条10号後段の要件は、原則として免許申請者についてこれを判断すべきは当然であるが、免許申請者の経営の基礎の中に、他から期待しうる援助等をも斟酌事情にいれることを排斥すべき理由はないから、申請者本位の視点を崩さないよう留意しながら、あわせてこれを勘案することに妨げはないといわなければならない。

[39] 《証拠略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。
[40](一) 角田商店は酒類販売業を営んでいたが、営業決算面で多大のマイナスをかかえた東京支店を本店と切り離して譲渡することとし、当時その代表取締役であった角田繁太郎が東宝商事株式会社(以下単に「東宝商事」という。)の代表取締役であった古市に相談したところ、譲渡話がまとまり、古市、東宝商事及び角田商店の三者間において、昭和48年4月15日付で、角田商店は東宝商事に対して東京支店の有する営業権、借地権、売掛金債権、酒類製品、什器備品等を東宝商事が全酒類に関する小売業免許を付与されると同時に売り渡す旨、及び角田商店は同日限り東京支店の経営一切を古市に委託し、古市は東宝商事に対する小売業免許下付までの間角田商店のため誠実に受託業務を遂行する旨の契約が締結され、その後昭和49年6月東宝酒造と角田商店との間で右契約に係る売買代金の決済が行われた。
[41](二) 角田商店は、右契約の際、東京支店の営業を引き継ぐべき主体の指定を古市の判断に委ね、古市が東宝商事以外の会社を設立してこれに東京支店の営業を承継させることをも予め許諾していた。古市は、免許の申請に際して自己又は自己の経営する会社の名義を使用しないで新たに別会社を設立することとし、角田商店との社名上のつながりを配慮して、昭和48年9月26日被控訴人を設立した。古市は、代表取締役として東宝酒造株式会社(その後東駒株式会社と商号変更されたので、以下においても「東駒」という。)をも経営していたが、その常務取締役経理部長の細井貞夫を派遣して被控訴人の代表取締役に就任させ、前示の契約に基づいて、被控訴人に免許が付与されるまでの間東京支店の経営を担当させることとした。ちなみに、古市の計画は、被控訴人において酒販免許を得たうえ、東駒が製造する清酒の販路を被控訴人を拠点として東京都内で拡張しようというのにあった。
[42](三) 前述した角田商店から古市への経営委任の際、角田から細井に角田商店の代表取締役の印鑑が預けられていたが、被控訴人は、角田の了承の下に、これを使用して昭和48年9月26日付営業権等譲渡契約書を作成した。右契約書の内容は、当事者中古市及び東宝商事を被控訴人に変更した以外は、前記昭和48年4月15日付契約とほぼ同旨であり、被控訴人は、同49年7月30日の本件申請の際に右契約書を添付した。
[43](四) 被控訴人の事業年度は毎年9月1日から翌年8月31日までであるが、本件処分時直前の事業年度末である昭和51年8月31日現在において、被控訴人の資本金は金500万円であり、負債として古市からの借入金の金288万8860円があったのに対し、現金預金等の当座資産はなかった(この当座資産のなかったことは当事者間に争いがない。)。
[44](五) 被控訴人は、本件処分当時資産として角田商店から譲渡を受けた東京都台東区上野5丁目37番1所在の家屋番号同町180番の木造亜鉛メッキ鋼板葺3階建居宅及び家屋番号同町181番の木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建店舗という2棟の建物のほか、他から買い入れた右建物の敷地同所37番5及び同所35番7の2筆の土地を所有していた(ちなみに、これらの不動産は、昭和52年1月25日時点での時価評価額は金5056万4000円であった。)が、これらの不動産に対しては、昭和51年5月13日受付により東駒を債務者として協和信用金庫のために同月6日設定を原因として極度額金3600万円の根抵当権設定登記がされ、さらに同月24日受付により同月20日変更を原因として右極度額を金6000万円とする変更登記が経由され、現実に東駒は、同信用金庫からこの根抵当権に係る貸付として、同月6日金3000万円、同月20日金3000万円を借り受けた(右根抵当権設定の事実は当事者間に争いがない。)。
[45](六) なお、その後、東駒は、右(五)の借受金の内金500万円しか弁済せず、抵当権の対象とされた土地、建物について競売が開始され、昭和53年9月茂木敏夫によって競落された。
[46](七) 被控訴人は、固定資産税昭和50年度第3期分金1万7900円、同年度第4期分金1万7900円、昭和51年度第1期分金1万9790円、同年度第2期分金1万9500円合計金7万5090円及び法人都民税昭和50年9月1日から昭和51年8月31日までの事業年度分金9000円を滞納していた(この事実は当事者間に争いがない。)。
[47](八) 被控訴人は、角田商店が支払期日昭和51年6月30日金額858万3000円の為替手形を引き受けるのと見返りに、角田商店に支払期日同年7月2日の同金額の約束手形を振り出すなど、角田商店との間で相互に融通手形を振出しあっていた。
[48](九) 被控訴人は、太陽信用金庫台東支店と新潟相互銀行東京支店に手形割引口座を開いて東京支店の資金繰りのためこれらの口座の使用を許諾していた。
[49] ところで、被控訴人は、昭和51年3月6日、東京支店の角田商店に対する債務の支払のために、角田商店にあてて、支払期日を同年4月から昭和52年2月(但し、昭和51年8月を除く。)の毎月1回のある日とする金額各300万円の約束手形10通を振出した。そのうち、支払期日を昭和51年4月27日、同年5月25日、同年7月27日、同年9月28日とする4枚はいずれも決済されたが、支払期日を同年6月25日とするもの、同年10月27日とするものは、いずれも支払のために呈示されながら、不渡とされ(この約束手形2通が不渡となった事実は当事者間に争いがない。)、また、この間被控訴人振出にかかるものとされた(後に判決により偽造のものと確定された)金額500万円の約束手形が同年10月1日不渡とされ、被控訴人において手形金の預託手続をとらなかったため、同年10月5日東京手形交換所から銀行取引停止処分を受けた(この銀行取引停止処分の事実は当事者間に争いがない。)。
[50](一〇) 被控訴人は、もともと古市によって東駒の製品の販路拡張の狙いのもとに設立されたものであることは前述のとおりであるから、古市は、東駒としても個人としても、資金や商品供給等の面で極力支援する意向であった。
[51] しかし、その東駒は、被控訴人所有の土地、建物を担保として、自己の資金繰りをし、かつ、弁済不如意で競売の事態を招いたことは前述のとおりであるが、第10期ないし第14期(昭和47年ないし同51年)の決算期における貸借対照表と損益計算書によって、その間の経営状況を特に資金面から分析を行ったところを要約すれば、とりわけ12期から14期にかけて、値引、売上戻り高の対前年度増加率が売上高のそれよりはるかに高く、無理な販売活動のおそれがみられ、販売費、一般管理費の面で経営能率が低下し、金利負担が重く、売掛債権が滞留し、各期末在庫が順次増加する一方で、短期借入金、長期支払手形、長期未払手形に依存して、売上高の増加率以上の固定資産増があり、長、短期の借入金、支払手形、買掛金の期末残高が著増し、買掛債務回転期間も悪化の傾向がみられるなど、各種の重大な問題点がみられ、本件処分当時においては、根本的な対策が試みられない限り、資金不足の面から倒産するおそれのある状態にあったことが窺われるのであって(このような状態にありながら、被控訴人主張の如く、年間4、5億円相当の酒類の製造、供給が可能であるとは背理であり、仮に幾ばくかの清酒の製造が可能だとしても、1社からの清酒の供給のみで、全酒類の販売免許を受けてする営業が安定し継続する見込みありといえるかは甚だ疑問である。また主張の東駒の本件処分時前の代金の支払い、債権の放棄及び投資並びに融資の取得の如きも、右にみた東駒の経営態様ないし状態の不安定さや脆弱さを未だ左右するものとはいえない。)、現に福島産業株式会社と商号変更後の昭和52年7月11日、同月13日、同月20日に支払うべき約束手形、小切手を不渡として、同月16日棚倉簡易手形交換所から、同月23日福島県銀行協会から、それぞれ取引停止処分を受け、総額約13億円の負債をかかえて倒産した。
[52] また、古市は、国華酒造株式会社(のちに商号変更により東駒ベーシック清酒株式会社、更に東菱酒造株式会社となった。以下「東菱」という。)の大株主であったところ、東駒の倒産後東菱の名で東駒の営業譲渡を受けたことから、東駒のときと同様、東菱において被控訴人を支援し、被控訴人を拠点として販路拡張することを計画していた。しかし、東菱は、新種の酒類開発事業が挫折して酒税の滞納処分を受け、酒税免許を取り消されたため、結果的に古市の右計画も実現不可能となった。ところで古市は、福島県東白川郡矢祭町において全酒類の酒販免許を有しており、昭和51年度には1173万円余の所得を得、同54年現在で課税標準額にして約850万円の土地、建物を所有していたほか、同56年5月現在で自己名義及び藤田延生義名義で約16万株にのぼる株式会社東邦銀行の株式を有していたが,他方で、支払期日を昭和53年5月31日及び同年6月13日とする為替手形を不渡としたため、同月16日東京銀行協会から銀行取引停止処分を受け(もっとも古市はその処分取消を訴求した。)、また、株式会社第一相互銀行から東駒の連帯保証人として手形貸付金の支払を訴求され、昭和54年9月28日東京地方裁判所において全部敗訴の判決を受け、この判決は確定して所有不動産に対し強制執行をされるに至った。
[53] 以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断略》

[54] 叙上1の認定事実によれば、被控訴人は、古市により東京支店において角田商店の有する酒類販売店の営業権等を譲り受けるために設立されたもので、実質的な経営者である古市には、自己及びその経営に係る東駒をあげて被控訴人を全面的に支援する意向があったとみられるが、本件処分当時においては、被控訴人についてみれば、負債はあっても当座資産はなく(この点につき、被控訴人は、本件申請時から本件処分時までが長期にわたったため、前年及び、前々年の8月31日末においてそれぞれ有していた預金500万円を古市からの借入金にあてた結果であると主張するが、たとえそうであるとしても、被控訴人の資産状態の脆弱さの一徴表であることに変りはない。)、その所有不動産には東駒を債務者として時価評価額を超える極度額の根抵当権が設定されており、些少な固定資産税をも滞納し(この点、被控訴人が翌昭和52年3月中に支払いをしたことは《証拠略》によって認められるが、一時的にせよ税金の滞納は、資力の欠如の典型的徴表とみられてもやむをえず、さらには、単なる遵法精神の欠如をこえて、経営者としての資質ないし姿勢の問題としても、たやすく看過できない。)、また、角田商店とは相互に融通手形を振出しあい、挙句は手形不渡により銀行取引停止処分を受けたこと(この不渡手形は、後に偽造であったことが判決によって確定したことは前示のとおりであるが、かかる事態を生ぜしめたこと自体及び不渡処分を防ぐ手段をとらなかったことにつき、経営主体の経営感覚ないし能力にも疑問をいだかせるものといえる。)ことが明らかであり、他方、被控訴人を支援すべき東駒については、その頃既に資金面で倒産のおそれがある経営状態にあり、現にその後約8か月して多大の負債をかかえて倒産し、また、古市自身についても、若干の資産は保有していたものの、本件処分後1年半ほどしてやはり手形不渡により銀行取引停止処分を受けたばかりか、3年足らずのうちにその資産に強制執行を受けるに至ったほどで、いずれも本件処分時において継続的に被控訴人を援助しうるほど安定した経済状態にあったかは頗る疑わしかったことが看取されるのである。
[55] そうしてみると、畢竟被控訴人は、本件処分当時、酒類販売店経営のために必要な資金的要素に相当の欠陥があり、確実な経営が見込めない状態にあったとされてもやむをえないというのほかはなく、ことが酒販免許を受けている者からの営業譲渡の場合であっても別異に取り扱うべき理由はないから、被控訴人には酒税法10条10号後段の経営の基礎が薄弱であると認められる事由があったので、本件処分に違法のかどはないといわなければならない(付言するに、控訴人は、被控訴人自体及び東駒ないし古市の人的要素についても相当の欠陥があったと主張するが、右にみたとおり、被控訴人の資金的要素に相当の欠陥が認定でき、ゆうにこの点から同号後段所定の免許拒否事由の存在を肯認しうるのであるから、以上に検討したところをこえて右の点に判断を加える必要はないというべきである。)。
[56] よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当でないから、これを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法96条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

  東京高等裁判所第10民事部
  裁判長裁判官 高野耕一
  裁判官南新吾、同成田喜達は、いずれも転補のため署名捺印することができない。
  裁判長裁判官 高野耕一

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