議員定数不均衡訴訟 衆議院小選挙区違憲状態判決(平成27年)
上告審判決

選挙無効請求事件
最高裁判所 大法廷 平成27年(行ツ)第253号
平成27年11月25日 判決

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官千葉勝美の補足意見
■ 裁判官櫻井龍子,同池上政幸の意見
■ 裁判官大橋正春の反対意見
■ 裁判官鬼丸かおるの反対意見
■ 裁判官木内道祥の反対意見


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 本件は,平成26年12月14日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,東京都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区及び同第18区並びに神奈川県第12区及び同第15区の選挙人である上告人らが,衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割りに関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であるなどと主張して提起した選挙無効訴訟である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

[3](1) 昭和25年に制定された公職選挙法は,衆議院議員の選挙制度につき,中選挙区単記投票制を採用していたが,平成6年1月に公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,平成6年法律第10号及び同第104号によりその一部が改正され,これらにより,衆議院議員の選挙制度は,従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた(以下,上記改正後の当該選挙制度を「本件選挙制度」という。)。
[4] 本件選挙施行当時の本件選挙制度によれば,衆議院議員の定数は475人とされ,そのうち295人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(公職選挙法4条1項),小選挙区選挙については,全国に295の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出するものとされ(同法13条1項,別表第1。以下,後記の改正の前後を通じてこれらの規定を併せて「区割規定」という。),比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するものとされている(同法13条2項,別表第2)。総選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条,36条)。

[5](2) 平成6年1月に上記の公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下,後記の改正の前後を通じて「区画審設置法」という。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。平成24年法律第95号による改正前の区画審設置法3条(以下「旧区画審設置法3条」という。)は,上記の選挙区の区割りの基準(以下,後記の改正の前後を通じて「区割基準」という。)につき,①1項において,上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものと定めるとともに,②2項において,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当することとし(以下,このことを「1人別枠方式」という。),この1に,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすると定めていた(以下,この区割基準を「旧区割基準」といい,この規定を「旧区割基準規定」ともいう。)。本件選挙制度の導入の際に上記の1人別枠方式を含む旧区画審設置法3条2項所定の定数配分の方式を定めることについて,区画審設置法の法案の国会での審議においては,法案提出者である政府側から,各都道府県への選挙区の数すなわち議員の定数の配分については,投票価値の平等の確保の必要性がある一方で,過疎地域に対する配慮,具体的には人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点も重要であることから定数配分上配慮したものである旨の説明がされていた。
[6] 選挙区の改定に関する区画審の勧告は,統計法5条2項本文(平成19年法律第53号による改正前は4条2項本文)の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(区画審設置法4条1項),さらに,区画審は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,勧告を行うことができるものとされている(同条2項)。

[7](3) 区画審は,平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,平成13年12月,衆議院小選挙区選出議員の選挙区に関し,旧区画審設置法3条2項に従って各都道府県の議員の定数につきいわゆる5増5減を行った上で,同条1項に従って各都道府県内における選挙区割りを策定した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,同14年7月,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)の小選挙区選挙は,同法により改定された選挙区割り(以下「旧選挙区割り」という。)の下で施行されたものである(以下,平成21年選挙に係る衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定めた上記改正後(平成24年法律第95号による改正前)の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「旧区割規定」という。)。

[8](4) 平成14年の上記改正の基礎とされた平成12年国勢調査の結果による人口を基に,旧区割規定の下における選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064(以下,較差に関する数値は,全て概数である。)であり,高知県第1区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また,平成21年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。
[9] このような状況の下で旧選挙区割りに基づいて施行された平成21年選挙について,最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は,選挙区の改定案の作成に当たり,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとする旧区画審設置法3条1項の定めは,投票価値の平等の要請に配慮した合理的な基準を定めたものであると評価する一方,平成21年選挙時において,選挙区間の投票価値の較差が上記のとおり拡大していたのは,各都道府県にあらかじめ1の選挙区数を割り当てる同条2項の1人別枠方式がその主要な要因となっていたことが明らかであり,かつ,人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1人別枠方式は既に立法時の合理性が失われていたものというべきであるから,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び旧区割基準に従って改定された旧区割規定の定める旧選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと判示した。そして,同判決は,これらの状態につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,旧区割基準規定及び旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に上記の状態を解消するために,できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って旧区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると判示した。

[10](5) その後,平成23年大法廷判決を受けて行われた各政党による検討及び協議を経て,平成24年6月及び7月に複数の政党の提案に係る改正法案がそれぞれ国会に提出され,これらの改正法案のうち,旧区画審設置法3条2項の削除及びいわゆる0増5減(各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当たりの人口の少ない5県の各選挙区数をそれぞれ1減ずることをいう。以下同じ。)を内容とする改正法案が,同年11月16日に平成24年法律第95号(以下「平成24年改正法」という。)として成立した。平成24年改正法は,附則において,旧区画審設置法3条2項を削除する改正規定は公布日から施行するものとする一方で,各都道府県の選挙区数の0増5減を内容とする改正後の公職選挙法の規定は次回の総選挙から適用する(公職選挙法の改正規定は別に法律で定める日から施行する)ものとし,上記0増5減を前提に,区画審が選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように選挙区割りを改める改定案の勧告を公布日から6月以内に行い,政府がその勧告に基づいて速やかに法制上の措置を講ずべき旨を定めた。上記の改正により,旧区画審設置法3条1項が同改正後の区画審設置法3条(以下「新区画審設置法3条」という。)となり,同条においては前記(2)①の基準のみが区割基準として定められている(以下,この区割基準を「新区割基準」という。)。
[11] 平成24年改正法の成立と同日に衆議院が解散され,その1か月後の平成24年12月16日に衆議院議員総選挙(以下「平成24年選挙」という。)が施行されたが,同選挙までに新たな選挙区割りを定めることは時間的に不可能であったため,同選挙は平成21年選挙と同様に旧区割規定及びこれに基づく旧選挙区割りの下で施行されることとなった。

[12](6) 平成24年改正法の成立後,同法の附則の規定に従って区画審による審議が行われ,平成25年3月28日,区画審は,内閣総理大臣に対し,選挙区割りの改定案の勧告を行った。この改定案は,平成24年改正法の附則の規定に基づき,各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に,選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とするものであった。
[13] 上記勧告を受けて、平成25年4月12日,内閣は,平成24年改正法に基づき,同法のうち上記0増5減を内容とする公職選挙法の改正規定の施行期日を定めるとともに,上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正事項(旧区割規定の改正規定及びその施行期日)を定める法制上の措置として,平成24年改正法の一部を改正する法律案を国会に提出し,平成25年6月24日,この改正法案が平成25年法律第68号(以下「平成25年改正法」という。)として成立した。平成25年改正法は同月28日に公布されて施行され,同法による改正後の平成24年改正法中の上記0増5減及びこれを踏まえた区画審の上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正規定はその1か月後の平成25年7月28日から施行されており,この改正により,各都道府県の選挙区数の0増5減とともに上記改定案のとおりの選挙区割りの改定が行われた(以下,上記改正後の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」といい,本件区割規定に基づく上記改定後の選挙区割りを「本件選挙区割り」という。)。
[14] 上記改定の結果,本件選挙区割りの下において,平成22年10月1日を調査時とする国勢調査(以下「平成22年国勢調査」という。)の結果によれば選挙区間の人口の最大較差は1対1.998となるものとされたが,平成25年3月31日現在及び同26年1月1日現在の各住民基本台帳に基づいて総務省が試算した選挙区間の人口の最大較差はそれぞれ1対2.097及び1対2.109であり,上記試算において較差が2倍以上となっている選挙区はそれぞれ9選挙区及び14選挙区であった。
[15] 平成24年改正法が成立した日の衆議院解散により施行された平成24年選挙につき,最高裁平成25年(行ツ)第209号,第210号,第211号同年11月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁(以下「平成25年大法廷判決」という。)は,同選挙時において旧区割規定の定める旧選挙区割りは平成21年選挙時と同様に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものではあるが,前記(5)のような平成24年選挙までの間の国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものでなかったとはいえないから,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で,国会においては今後も新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると判示した。

[16](7) 平成26年11月21日の衆議院解散に伴い,同年12月14日,前記0増5減の措置による改定を経た本件選挙区割りの下において本件選挙が施行された。本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差を見ると,選挙人数が最も少ない選挙区(宮城県第5区)と比べて,選挙人数が最も多い選挙区(東京都第1区)との間で1対2.129であり,その他12の選挙区との間で較差が2倍以上となっていた(なお,本件選挙当日において,東京都第1区の選挙人数は,宮城県第5区,福島県第4区,鳥取県第1区,同第2区,長崎県第3区,同第4区,鹿児島県第5区,三重県第4区,青森県第3区,長野県第4区,栃木県第3区及び香川県第3区の12選挙区の各選挙人数のそれぞれ2倍以上となっていた。)。
[17] このような状況において本件選挙区割りの下で施行された本件選挙について,本件区割規定が憲法に違反するとして各選挙区における選挙を無効とすることを求める選挙無効訴訟が8高等裁判所及び6高等裁判所支部に提起され,平成27年3月から同年4月までの間に,本件の原判決を含む各判決が言い渡された。上記各判決のうち,4件の判決においては,前記0増5減の措置による改定を経た本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったとはいえないとされ,13件の判決においては,上記改定後も本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったとされ,後者のうち,12件の判決においては,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割規定は憲法の規定に違反するに至っているとはいえないとされ,1件の判決においては,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして,本件区割規定は憲法の規定に違反するに至っており,本件選挙の違法を宣言すべきであるとされた。

[18](8) 平成25年改正法の成立の前後を通じて,国会においては,今後の人口異動によっても憲法の投票価値の平等の要求に反する状態とならないようにするための制度の見直しについて,総定数の削減の要否等を含め,引き続き検討が続けられ,平成26年6月には,衆議院に,有識者により構成される検討機関として衆議院選挙制度に関する調査会が設置され,同調査会において衆議院議員選挙の制度の在り方の見直し等が進められており,衆議院議院運営委員会において同調査会の設置の議決がされた際に,同調査会の答申を各会派において尊重するものとする旨の議決も併せてされている。同調査会においては,同年9月以降,本件選挙の前後を通じて,定期的な会合が開かれ,投票価値の較差の更なる縮小を可能にする定数配分等の制度の見直しを内容とする具体的な改正案などの検討が行われている。

[19]3(1) 憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求しているものと解される。他方,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ,国会の両議院の議員の選挙については,憲法上,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(43条2項,47条),選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている。
[20] 衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するに際して,憲法上,議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているというべきであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許容されているものと解されるのであって,具体的な選挙区を定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところである。したがって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断されることになり,国会がかかる選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが,上記のような憲法上の要請に反するため,上記の裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである。
[21] 以上は,衆議院議員の選挙に関する最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁以降の累次の大法廷判決の趣旨とするところであって(上掲最高裁昭和51年4月14日大法廷判決,最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁,最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁,平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決参照),これを変更する必要は認められない。

[22](2) 上記の見地に立って,本件選挙当時の本件区割規定及びこれに基づく本件選挙区割りの合憲性について検討する。
[23] 平成23年大法廷判決は,上記の基本的な判断枠組みに立った上で,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,前記のとおり平成6年の選挙制度改革の実現のための人口比例の配分により定数の急激かつ大幅な減少を受ける人口の少ない県への配慮という経緯に由来するもので,その合理性には時間的な限界があったところ,本件選挙制度がその導入から10年以上を経過して定着し安定した運用がされていた平成21年選挙時には,その不合理性が投票価値の較差としても現れ,その立法時の合理性が失われていたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,上記の状態にあった同方式を含む旧区割基準に基づいて定められた旧選挙区割りも,前記2(4)のような平成21年選挙時における選挙区間の較差の状況の下において,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた旨判示したものである。
[24] また,平成25年大法廷判決は,平成24年選挙が上記のように平成21年選挙時に既に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた旧選挙区割りの下で再び施行されたものであること,選挙区間の選挙人数の較差は平成21年選挙時よりも更に拡大して最大較差が1対2.425に達していたこと等に照らし,平成24年選挙時において,平成21年選挙時と同様に,旧選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ない旨を判示したものである。
[25] そして,平成23年大法廷判決を受けて,旧区画審設置法3条2項の削除及び各都道府県の選挙区数の0増5減を内容とする平成24年改正法が制定され,更に上記0増5減を前提に選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とする平成25年改正法が成立し,同法による改正後の平成24年改正法(以下「平成25年改正後の平成24年改正法」という。)により改定された本件選挙区割りの下で本件選挙が施行されたものであるところ,前記2(6)のとおり,本件選挙区割りにおいては,上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について旧区割基準に基づいて配分された定数の見直しを経ておらず,1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項が削除された後の新区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないことから,いまだ多くの都道府県において,そのような再配分が行われた場合に配分されるべき定数とは異なる定数が配分されているということができる。
[26] しかるところ,前記2(6)及び(7)のとおり,本件選挙区割りにおいては,平成25年改正法成立の2年半以上前(本件選挙の4年以上前)の平成22年10月1日を調査時とする平成22年国勢調査の結果によれば選挙区間の人口の最大較差は1対1.998となるものとされたが,同国勢調査後の人口変動の結果として,上記成立の約3か月前の平成25年3月31日現在及び約6か月後の同26年1月1日現在の各住民基本台帳に基づいて総務省が試算した選挙区間の人口の最大較差は既にそれぞれ1対2.097及び1対2.109であり,上記試算において較差が2倍以上となっている選挙区はそれぞれ9選挙区及び14選挙区となっており,さらに,本件選挙時における選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.129に達し,較差2倍以上の選挙区も13選挙区存在していたものである(本件選挙時における選挙区間の選挙人数の較差の詳細は前記2(7)に摘示したとおりである。)。このような投票価値の較差が生じた主な要因は,いまだ多くの都道府県において,新区割基準に基づいて定数の再配分が行われた場合とは異なる定数が配分されていることにあるというべきであり,このことは,前記2(7)で本件選挙当日において東京都第1区の選挙人数が2倍以上となっていた選挙区として指摘した12選挙区がいずれも上記定数削減の対象とされた県以外の都道府県に属しており,この12選挙区の属する県の多くが旧区割基準により相対的に有利な定数の配分を受けているものと認められることからも明らかである。そして,このような投票価値の較差が生じたことは,全体として新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されていたとはいえないことの表れというべきである。
[27] 以上のような本件選挙時における投票価値の較差の状況やその要因となっていた事情などを総合考慮すると,平成25年改正後の平成24年改正法による選挙区割りの改定の後も,本件選挙時に至るまで,本件選挙区割りはなお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ない。

[28](3)ア 衆議院議員の選挙における投票価値の較差の問題について,当裁判所大法廷は,これまで,①定数配分又は選挙区割りが前記のような諸事情を総合的に考慮した上で投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否か,②上記の状態に至っている場合に,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か,③当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に,選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かといった判断の枠組みを前提として審査を行ってきており,こうした判断の方法が採られてきたのは,憲法の予定している司法権と立法権との関係に由来するものと考えられる。すなわち,裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても,自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく,その是正は国会の立法によって行われることになるものであり,是正の方法についても国会は幅広い裁量権を有しているので,裁判所が選挙制度の憲法適合性について上記の判断枠組みの下で一定の判断を示すことにより,国会がこれを踏まえて自ら所要の適切な是正の措置を講ずることが,憲法上想定されているものと解される。このような憲法秩序の下における司法権と立法権との関係に照らすと,上記①において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っている旨の司法の判断がされれば国会はこれを受けて是正を行う責務を負うものであるところ,上記②において憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点に立って評価すべきものと解される(平成25年大法廷判決平成26年(行ツ)第155号,第156号同年11月26日大法廷判決・民集68巻9号1363頁参照)。
[29] そこで,本件において,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かについて検討する。
[30] 1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて定められた旧選挙区割りについては,前掲最高裁平成19年6月13日大法廷判決までは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていないとする当審の判断が続けられており,これらが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているとする当裁判所大法廷の判断が示されたのは,平成23年大法廷判決の言渡しがされた平成23年3月23日であり,国会においてこれらが上記の状態に至っていると認識し得たのはこの時点からであったというべきである(平成25年大法廷判決参照)。
[31] これらの憲法の投票価値の平等の要求に反する状態を解消するためには,旧区画審設置法3条2項を削除した上で,同条1項の趣旨に沿って各都道府県への選挙区の数すなわち議員の定数の配分を見直し,それを前提として多数の選挙区の区割りを改定することが求められ,その一連の過程を実現していくことは,平成6年の法改正の際に人口の少ない県における定数の急激かつ大幅な減少への配慮等の視点から設けられた1人別枠方式を含む同条2項所定の定数配分の方式によりそれらの県に割り当てられた定数の再配分を行うもので,制度の仕組みの見直しに準ずる作業を要するものといえ,立法の経緯等にも鑑み,国会における合意の形成が容易な事柄ではないといわざるを得ない。また,このような定数配分の見直しの際に,議員の定数の削減や選挙制度の抜本的改革といった基本的な政策課題が定数配分の見直しと併せて議論の対象とされていることも,この問題に関する議論の収れんを困難にする要因となることも否定し難い。
[32] そうした中で,まず憲法の投票価値の平等の要求に反する状態の是正が最も優先されるべき課題であるとの認識の下に法改正の作業が進められ,旧区画審設置法3条2項の規定の削除と選挙区間の人口の較差を2倍未満に抑えるための前記0増5減による定数配分の見直しが行われ,平成24年改正法及び平成25年改正法の成立によってこれらが実現したものであり,これにより改定された本件選挙区割りの下における選挙区間の投票価値の較差も,本件選挙時においてなお最大1対2.129で2倍以上の選挙区が13選挙区あったものの,上記改定の時点では平成22年国勢調査の結果に基づく人口によれば最大1対1.998まで縮小しており,前回の平成24年選挙時に最大1対2.425で2倍以上の選挙区が72選挙区に及んでいたのと比較すると,一定の縮小がみられたものである。このように,平成21年選挙に関する平成23年大法廷判決を受けて,立法府における是正のための取組が行われ,本件選挙までの間に是正の実現に向けた一定の前進と評価し得る法改正及びこれに基づく選挙区割りの改定が行われたものということができる。
[33] もとより,前記(2)で述べたとおり,上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,旧区割基準に基づいて配分された定数が見直しを経ていないため,本件選挙時には較差が2倍以上の選挙区が出現し増加しており,これは,全体として新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されているとはいえないことの表れといわざるを得ない。しかしながら,平成25年大法廷判決の判示するとおり,この問題への対応や合意の形成に前述の様々な困難が伴うことを踏まえ,同条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,上記のような漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていると解されるところ,前記2(6)から(8)までのとおり,本件選挙は,前回の平成24年選挙から約1年11か月後の衆議院解散に伴い,平成25年改正後の平成24年改正法の施行による選挙区割りの改定から約1年5か月後に施行されたものであり,その改定後も国会においては引き続き選挙制度の見直しが行われ,衆議院に設置された検討機関において投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度の見直しを内容とする具体的な改正案などの検討が続けられていることなどを併せ考慮すると,平成23年大法廷判決の言渡しから本件選挙までの国会における是正の実現に向けた取組は,上記改正法の施行後に更なる法改正にまでは至らなかったものの,同判決及び平成25年大法廷判決の趣旨に沿った方向で進められていたものということができる。
[34] 以上に鑑みると,本件選挙は平成23年大法廷判決の言渡しから2回目の衆議院解散に伴い施行された総選挙ではあるが,本件選挙までに,2回の法改正を経て,旧区画審設置法3条2項の規定が削除されるとともに,直近の平成22年国勢調査の結果によれば全国の選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように定数配分と選挙区割りの改定が行われ,本件選挙時の投票価値の最大較差は前回の平成24年選挙時よりも縮小し,更なる法改正に向けて衆議院に設置された検討機関において選挙制度の見直しの検討が続けられているのであって,前記アにおいて述べた司法権と立法権との関係を踏まえ,前記のような考慮すべき諸事情に照らすと,国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものでなかったということはできず,本件において憲法上要求される合理的期間を徒過したものと断ずることはできない。

[35](4) 以上のとおりであって,本件選挙時において,本件区割規定の定める本件選挙区割りは,前回の平成24年選挙時と同様に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものではあるが,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。
[36] 国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であること等に照らせば,より適切な民意の反映が可能となるよう,国会においては,今後も,前記のとおり衆議院に設置された検討機関において行われている投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度の見直しを内容とする具体的な改正案の検討と集約が早急に進められ,新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があるというべきである。

[37] なお,論旨は,公職選挙法が衆議院議員選挙について重複立候補制を採用し,小選挙区選挙において落選した者であっても比例代表選挙の名簿順序によっては同選挙において当選人となることができるとしたことが憲法14条1項等の憲法の規定に違反するともいうが,重複立候補制に関して定めた公職選挙法86条の2及び95条の2の規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものではなく,また,衆議院議員総選挙のうち小選挙区選挙の無効を求める訴訟において比例代表選挙の仕組みの憲法適合性を問題とすることができないことは,最高裁平成11年(行ツ)第8号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1577頁の判示するところであるか,又はその趣旨に徴して明らかである。

[38] 以上の次第であるから,本件区割規定が本件選挙当時憲法に違反するに至っていたということはできず,重複立候補制に関する公職選挙法の規定に所論の違憲はないとした原審の判断は,是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。

[39] よって,判示3について裁判官大橋正春,同鬼丸かおる,同木内道祥の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,判示3について,裁判官千葉勝美の補足意見,裁判官櫻井龍子,同池上政幸の意見がある。


 裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私は,憲法上要求される投票価値の平等と定数訴訟ないし選挙無効訴訟との関係について,多数意見に付加して,次のとおり私見を述べておきたい。
[2](1) 当審における昭和51年大法廷判決以降の累次の大法廷判決(多数意見をいう。以下同じ。)の趣旨によれば,定数配分及び選挙区割りの決定に際しては,憲法上,投票価値の平等の要請は,最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているものであるが,本件では,平成24年改正法及び平成25年改正法による選挙区割りの変更の結果,選挙区間の最大較差は,平成22年国勢調査による選挙区間の人口によれば1.998倍となったものの、本件選挙時における選挙区間の選挙人数によれば,これが2.129倍と拡大し,較差2倍以上の選挙区も13存在している。
[3] ところで,本件訴訟は,公職選挙法204条が適用される選挙無効訴訟として捉えられており,その無効事由の存否は,選挙区割り決定時ではなく,選挙時において判断されるものであるから,上記1.998倍ではなく,2.129倍の最大較差を憲法上どのように評価するかによって決せられることになる。
[4](なお,平成25年大法廷判決は,対象となる平成24年12月16日施行の衆議院議員総選挙の時点で,較差が違憲状態であるとした上で,それが合理的期間内における是正がされなかったかどうかを検討する過程において,立法府における平成24年改正法の後にされた取組も視野に入れると較差是正の実現に向けた一定の前進と評価し得る法改正も成立しているといえるが,他方,いわゆる1人別枠方式の残滓は解消されていないと指摘し,その上で,事柄の性質を鑑みるとこれを一気に解消するのではなく漸次的な見直しを重ねて対処すること等も許されると説示している。すなわち,平成25年大法廷判決は,上記1.998倍の最大較差をもたらした平成25年改正法の成立が,対象となる選挙時点での立法府の較差是正に対する真摯な姿勢を推測させるいわば事後的・付加的事情であり,その意味で合理的期間を徒過したか否かの考慮要素ともなるため,摘示したものであり,審理の対象外である0増5減を実現した平成25年改正法自体(特に投票価値の較差)についての合憲性判断をしているわけではない。)

[5](2) ところで,昭和51年大法廷判決以降,これまで,当審においては,投票価値の較差の問題について,中選挙区制の時代には,最大較差2.92倍(昭和63年第二小法廷判決の事案)や同2.82倍(平成7年第一小法廷判決の事案)であっても違憲状態とはせず,また,現行の衆議院議員選挙の小選挙区比例代表並立制の下においても,平成19年大法廷判決までは較差が2倍を超えても(平成19年大法廷判決では,最大較差2.171倍であった。)これを投票価値の平等の要請に反せず違憲状態とはいえないとする判断を続けてきた。しかしながら,その後,平成23年大法廷判決では,人口比例原則とは相いれない1人別枠方式(当時の区画審設置法3条2項)を改めて取上げ,これまでこの方式の憲法適合性を肯定する論拠としていた,小選挙区制導入という大きな選挙制度の変革の際のいわば激変緩和措置としての合理性は,もはや失われるに至ったとして憲法適合性を否定し,また,同法3条1項が選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本としているが,これは投票価値の平等の要請に配慮した合理的な基準を定めたものであるとする基本姿勢を示した上で,最大較差2.304倍を違憲状態とした。次の平成25年大法廷判決でも,この平成23年大法廷判決の基本姿勢を踏襲した上で,最大較差2.425倍を違憲状態としている。そして,今回は,最大較差2.129倍について,平成19年大法廷判決の較差よりも小さいにもかかわらずやはり違憲状態と評価している。このように,当審は,平成23年大法廷判決を契機として,従前よりも投票価値の較差の評価を厳しく行う姿勢に転じてきているといえよう。
[6](1) 憲法は,国民1人1人が選挙を通じて平等に国政に参与し得るという基本的権利の保障として,1人1票を予定していると解される(14条,15条等)。このことは,純理論的には,国政の選挙制度において,いわゆる各人の投票価値に差異が生じそれが最大2倍以上となるときには,実質的に他の倍以上の数の選挙権を与えたという評価が生ずることになり,上記の基本的権利の保障との観点からは避けるべき事態であるといえよう(昭和58年大法廷判決における中村治朗裁判官の反対意見参照。もっとも,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,他の考慮要素と調和的に実現されるべきである点は留意が必要である。)。

[7](2) また,平成6年に衆議院議員選挙について小選挙区比例代表並立制が導入されるに際し,選挙区画を定める区画審設置法3条1項は,選挙区割りの改定案の作成の基準として,各選挙区間の人口の均衡を図り,人口における較差が2倍以上とならないことを基本とするべきことを規定しており,これは,各選挙区間の投票価値の較差が2倍以上となる事態は避けるべきものであるという認識を踏まえて立法的対応をしたものであって,全国民の民意を代表すべき国会自身が投票価値の平等の問題を重視したことの表れであろう(なお,同条2項の定める1人別枠方式については,同条1項の趣旨とは異なるが,その後削除された。)。

[8](3) さらに,有権者において,小選挙区における選挙行動(投票)を幾たびか経験することにより,自己の投票が対象となる候補者の当落に直結し,当該選挙区における当選議員がそれで全て決まることが明らかになることから,各人の投票の持つ意味,すなわち投票こそが国民としての国政への参加の証であるという参政権行使の現実的かつ憲法的な意味が実感されることになり,その結果,投票価値の平等の憲法上の重要性の認識が格段に広まってきたといえよう(近時,投票価値の平等やそれをめぐる訴訟に関連するマスコミ報道が大きく展開される傾向にあるのは,その表れであろう。)。

[9](4) 以上を踏まえて,更に次の点が指摘できよう。
[10] 民主主義国家の基本原理である代表民主制は,選挙により選ばれた議員が多数決原理により国の重要政策を決定するものであるところ,我が国において,近時,多くの価値観が鋭く対立する政策課題が増え,社会における利害状況が複雑化し,他方,社会や経済の流動化やグローバル化が進み,国際的な緊密化も進展する中で,どのように国民的意見を集約して国政を運営するかが深刻に問われる状況が出現してきているが,これらは,国民各自の自覚的で明確な判断によるべきであるという主権者意識を強く生じさせるようになり,その結果,代表民主制の原理の持つ意味がますます重要性を増してきているといえよう。そのような状況において,政治の正統性,あるいは政府・内閣の政策活動の正統性が厳しく問われることとなってきている。すなわち,このような観点から,各議員が正しく国民の声を反映した選挙により選出されたのかどうかが国民の間で深刻に意識されるようになってきたのである。
[11] なお,今日の我が国の社会的・政治的状況の下で,政治の正統性がより強く意識されてきているという点は,詳細は省くが,周知のとおり,米国連邦最高裁長官アール・ウォーレン(Earl Warren, 長官在位1953年から69年)時代に,Baker v. Carr, 369 U.S. 186(1962)等の一連の判決により,議員定数不均衡問題を初めて司法審査の対象に据え,平等原則を徹底する判例法理を確立していったという出来事があり,その背景事情として,当時,世界の超大国となった米国において,人種差別問題や投票価値の不均衡等の国家の重要課題について,政治部門が解決策を打ち出せないでいたという社会的・政治的状況があり,民主的統一国家としての正統性が揺らぎかねない事態に見舞われ,国民の間に,司法部の積極的な対応により正統性を確立すべしという声が高まっていたという歴史(この点を指摘するものとして,当職ほか2名による最高裁判所の司法研究報告書第43輯第1号「欧米諸国の憲法裁判制度について」66頁以下,126頁以下等参照)を,想起させるものである。

[12](5) もとより,投票価値の較差についての合憲性審査の判断基準は,数値で一義的に示すべきものではなく,他の考慮要素との総合判断であるが,今回,本件の多数意見が,最大較差2.129倍を違憲状態と判断したのは,平成19年大法廷判決がこれよりも大きな最大較差2.171倍を合憲状態とした当時と比べて,投票価値の平等に関する上記のような憲法的状況の変化,特に,政治の正統性への要求が高まってきたことを踏まえての判断であると考える。
[13](なお,参議院議員の選挙区選挙については,3年ごとに議員の半数が改選されるため定数の偶数配分が求められる等の憲法上の制約等があり,定数配分の際には,衆議院議員選挙制度ほどには人口比例原則が徹底できないのはやむを得ないところもあって,衆議院と同列には論じられない面がある。)
[14](1) ところで,今日の我が国社会において,人口の地方から大都市への流入が続き,過疎対策との関係で地方の振興が課題になっており,そこでは,地方の過疎地域の実情を踏まえ,そこでの社会的,経済的,地域的な産業構造や振興策等の問題点を十分に認識し,地域振興のために何が必要なのか等について,それを国政に問題提起し,反映させる議員活動が重要であろう。そうであれば,そのことを十分になし得るのは地方の実情に詳しく,体験的にその状況を実感している地元の議員がふさわしいところ,人口比例原則だけで選挙区割り等を行えば,地方選出の議員の数が少数にとどまらざるを得ないことになるため,地方振興の観点からは,地方に対する配慮を実現できるような人口比例原則とは異なる理念に基づく選挙区割り策定の原則が必要であるとする見解も見られる。この見解は,現実の政治活動の場面を想定すれば,それなりに説得力を有するものであるが,ここで問われているのは,そのような人口比例原則に背馳する対応をとることにより生ずる較差の結果が,憲法の許容する程度に収まっているかどうかなのである。

[15](2) 我が国の憲法は,92条以下で,地方自治の原則を定めてはいるが,米国やドイツでの州のように,一定範囲の完全な地方分権を認めてはおらず,中央集権的な統治機構を採用している。
[16] また,地方における政治的課題の解決のために地方の声を代弁する議員が必要であるとして,選挙区割りの際に人口比例原則を貫くことを疑問視する上記見解については,憲法上,国会議員は,地域の代表ではなく,全国民を代表して行動することが要請されており(43条1項,15条2項),全国民の利益ではなく専ら地方固有の利益の実現を図るための議員活動というものを想定してはいない(我が国憲法は,米国の連邦憲法が上院議員選挙制度につき州の代表を選出するものとして人口比例原則とは異なる代表制を規定しているのと異なり,国会議員の選挙を地域(地方)代表制とする旨を規定してはいない。)。

[17](3) さらに,地方の利益,地方の振興,災害からの復興等という観点からみても,次のような指摘ができよう。今日,社会,経済,文化の流動化,グローバル化が激しくなり,地方の問題が大都市の問題にも直接的な影響を及ぼす面が多くなり,現実にも,地方と大都市との間で利害が反するというよりも,相互の調整,協力により対処すべき問題がほとんどであり,地方の利益と大都市の利益とを区別してこれを対立的,二律背反的に評価すべき状況ではなくなってきている。すなわち,地方振興等の問題は,当該地域固有の利益ではなく,我が国全体の利益に直接繋がる問題でもあり,地方の農業,酪農,漁業,商業,工業等の産業構造の現状の評価,その振興策の緊急度ないし重要性,対応策をどう考えるか,政策の優先順位をどうするか等は,いまや全国的な視点で検討すべきテーマとなっている面が多く,持続的で安定した地方の発展のためには,大都市と地方との「役割分担」と「連携」の視点が極めて重要となってきているといえよう。

[18](4) 以上によれば,人口の少ない地方の実情を国政に届ける地方選出議員の存在が重要であるとしても限度があり,今日の社会・経済の全国的な流動化が進み,情報化が飛躍的に向上した状況下では,投票価値の較差の評価において,憲法上の平等の観点から要請される人口比例原則に明らかに反する程度まで許容することの合理性は,説明できないところとなっている。
[19] 多数決原理により制定される我が国の各種政策の正統性に疑義を生じさせる余地は速やかに排除していくべきであろう。
[20](1) 上記のとおり,我が国の人口分布は,これまで「地方から大都市へ」という大きな移動の流れがあり,この傾向は,当分の間は変わらずに継続するものと推察される。そのため,現行選挙制度を前提とする限り,投票価値の較差は,今後も,必然的に拡大する傾向にあり,現状維持ないし縮小することは当面望めそうにない。
[21] そうすると,平成25年改正法が,前記のとおり最大較差1.998倍となる改正措置を採ったが,上記の人口の地方から大都市へと流入が続く現状を見る限り,較差是正のための対応策としては,それが緊急措置としてであっても,程なく違憲状態とされる程度に拡大することは明らかであって(本件では,正にそのような状態が生じてしまっている。),やはり弥縫策としての評価を免れないところであり,このような轍を再び踏まないような抜本的な改正措置が期待されるところである。

[22](2) そこで,上記のような我が国の人口変動の動向を踏まえると,較差の速やかな是正のためには,頻繁に選挙区割りを変更する改正法の制定を繰り返すのではなく(選挙区割りを変更する改正法の制定が過大の時間と労力を要することは周知のところである。),人口の大都市への流入が続くことを前提に,人口変動に対応して,常時(少なくとも選挙時において),較差が過大とならないよう選挙区割りがほぼ自動的に変更・修正されるようなシステムの構築が望まれるところであり,そのような較差是正のシステムが制定されれば,今後,衆議院議員総選挙が行われるたびに,投票価値の較差の違憲性を理由に選挙の効力を争う選挙無効訴訟が提起されるという事態は,解消されることになり,そうなれば,司法部において,公職選挙法204条を借用適用して判例法理で創設した投票価値の較差を問題とする定数訴訟ないし選挙無効訴訟は,衆議院議員の選挙についてはその目的を達成し,役割を終えることにもなろう。
[23] このような機能を有するシステムには,様々なものが考え得るところであり,人口比例原則が基本の理念・方式とされているのであれば,具体的な方策は,立法府の裁量により決せられるべきことは当然である。いずれにしろ,国会の速やかで適切な裁量権の行使を期待したい。
[24] 平成23年3月23日言渡しの平成23年大法廷判決以来,2度の衆議院議員選挙が施行され,また,その間に平成24年改正法及び平成25年改正法が制定,施行されてきたが,投票価値の較差についての十分な是正はされないまま,平成26年12月14日に,本件選挙が施行されており,1人別枠方式の残滓があり較差の是正も十分とはいえない状態が今日まで約4年半も続いている。しかし,国会においては,利害が錯綜し,調整の容易でないテーマについて,多数意見が指摘するように,衆議院選挙制度に関する調査会が設置され,投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度の見直しを内容とする改正案が検討されるなど,当裁判所大法廷の判断を踏まえた制度の見直しについての検討が続けられており,司法部と立法府とのそれぞれの機能,役割を踏まえた緊張感を伴う相互作用が行われているといえよう。国家機構の基本となる選挙制度の大改革を目指し,両者の間で,いわば実効性のあるキャッチボールが続いている状況にあり,司法部としては,選挙を無効とする等の対応を採るのではなく,この相互作用が早期に実りある成果を生むようにしっかりと見守っていくことが求められるところであろう。


 裁判官櫻井龍子,同池上政幸の意見は,次のとおりである。

[1] 私たちは,結論において,多数意見に同調するものであるが,本件選挙当時,本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたということはできないと考える点において,多数意見と見解を異にするので,次のとおり意見を述べる。

[2] これまでの累次の大法廷判決や多数意見が示しているとおり,憲法は,投票価値の平等を要求しているが,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許容されており,国会が小選挙区選挙の選挙区を定めるに当たっては,市町村その他の行政区画を基礎にして,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところである。衆議院小選挙区選出議員の選挙の区割規定の憲法適合性は,これらの要請や諸事情を考慮した上でなお,国会に与えられた立法の裁量権の行使として合理性を有するか否かによって判断されることになるものと考えられる。

[3]2(1) 本件選挙における選挙区割りを定めた平成24年改正法及び平成25年改正法が成立し,施行された経緯及びその内容は多数意見に述べられているとおりであるが,その趣旨は,平成23年大法廷判決が,いわゆる1人別枠方式及びそれに基づく選挙区間の選挙人数の最大較差(以下「選挙人比最大較差」という。)2.304倍を違憲状態とし,できるだけ速やかな1人別枠方式の廃止及び区割規定の改正という立法措置にまで言及したことに応えるため,同方式を廃止した上で,違憲状態を緊急に是正し,選挙区間の人口の最大較差(以下「人口比最大較差」という。)を2倍未満とするために,特例として,都道府県別の定数(選挙区数)を0増5減し,必要最小限の選挙区割りの改定(17都県42選挙区を37選挙区に改定)を行ったものである。
[4] 平成25年大法廷判決は,この両改正法により,旧区画審設置法3条2項の規定が削除された上,
「平成22年国勢調査の結果に基づく選挙区間の人口較差を2倍未満に抑える選挙区割りの改定が実現された」
として,
「平成23年大法廷判決を受けて,立法府における是正のための取組が行われ,本件選挙前の時点において是正の実現に向けた一定の前進と評価し得る法改正が成立に至っていた」
との肯定的評価を示すとともに,
「新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,今回のような漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも,国会の裁量に係る現実的な選択として許容されているところと解される。」
と判示している。すなわち,平成25年大法廷判決は,両改正法による旧区画審設置法3条2項の削除と違憲状態を緊急に是正するための特例として0増5減を基にした選挙区割りの改定により,違憲状態が当面は解消されるとの評価を前提にしているものと考えられ,今後も漸次的改正を積み重ねることによって,新区画審設置法3条の定める基準による憲法の投票価値の平等の更なる実現を図っていくことを許容したものと解される。
[5] このことは,平成25年大法廷判決が,
「今後の国勢調査の結果に従って同条(新区画審設置法3条)に基づく各都道府県への定数の再配分とこれを踏まえた選挙区割りの改定を行うべき時期が到来することも避けられないところである。」
として,本件区割規定について,平成23年大法廷判決のように憲法の投票価値の平等の要求に反するものとして速やかな是正を求めるものではなく,今後の国勢調査の結果に従い,区画審による勧告を基に改正することを求める趣旨の判示をしているところからも明らかである。

[6](2) 本来なら,旧区画審設置法3条2項が削除された以上,全ての都道府県について,改めて新区割基準に基づいて定数の配分がなされた上,各都道府県内の選挙区割りについても,同基準により区割りされるのが立法政策の望ましい在り方というべきである。しかし,全ての都道府県について新たに新区割基準による定数配分を行い,その上で,300近くの全ての選挙区における区割りを見直すことは,選挙制度の新設にも等しい2段階の膨大な立法作業を要するだけでなく,これまでの立法の経過等に照らせば,国会の合意の形成も容易なものではないといわざるを得ない。また,衆議院議員の任期は4年とされているものの,衆議院には解散の制度があり,次期総選挙がいつ行われるかを予測することができないことからすれば,過去2回の総選挙と同様に次期総選挙が平成23年大法廷判決で指摘された違憲状態の下で行われることを避けるため,新区割基準によらずに人口比最大較差を2倍未満とするための特例として緊急の立法措置を採ることが求められていたものということができる。
[7] 選挙制度の整備は,漸次的見直しを重ねることによって実現していくことも国会の裁量によるものとして許容されるものであるところ,両改正法により緊急是正策の特例として定められた上記0増5減を基にした本件選挙区割り(人口比最大較差1.998倍。較差2倍を超える選挙区はない。)は,その後の人口変動により同較差が2倍を僅かに超えることが予見されるものであったとしても,衆議院に解散制度があり,いつ次期総選挙が行われるか予想できないことや両改正法の趣旨及び成立までの経緯等に照らすと,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態を当面是正するものとして国会の立法権行使の在り方として現実的な選択であり,合理的な裁量の範囲内にあるものと考えられる。
[8] もとより,その立法裁量の合理性については,おのずから時間的限界があるが,平成25年大法廷判決は,今後の国勢調査の結果に従って,新区割基準に基づく各都道府県の定数の再配分とこれを踏まえた区画審の勧告による選挙区割りの改定が行われることを想定しているものと解されるところ,ここにいう「今後の国勢調査」のうち直近のものとしては,その判旨に照らすと,統計法5条2項ただし書による中間調査ではあるが,平成27年10月実施の国勢調査(同28年2月に人口速報集計の結果が公表予定)を指すものと解される。また,衆議院の議院運営委員会が「衆議院選挙制度に関する調査会」を設置した際に,当時の現職議員の任期(平成28年12月)を念頭に置いて,立法期間や周知期間を考え答申するよう求めているのも,このような同大法廷判決の理解の上に立って,同任期中に上記国勢調査の結果を踏まえた新区割基準に基づく都道府県に対する定数の再配分と選挙区割りを立法し,施行するとの方針を表明していたものと評価することができる。こうしてみると,これらの時期が到来していない平成26年12月の本件選挙当時においては,いまだ本件選挙区割りについての立法裁量の合理性は失われてはいなかったものと考えられる。

[9]3(1) これに対して,多数意見は,本件区割規定の下においても,0増5減の対象となった5県以外の都道府県においては,旧区割基準に基づいて配分された定数が見直しを経ておらず,旧区画審設置法3条2項が削除された後の新区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないことから,いまだ多くの都道府県において,そのような再配分が行われた場合に配分されるべき定数とは異なる定数が配分されている旨を指摘する。その上で,それが本件選挙時における選挙人比最大較差が2.129倍に達し,較差2倍以上の選挙区も13選挙区存在していたことの主な要因であるとし,このような投票価値の較差が生じたことが,全体として新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されていたとはいえないことの表れというべきである旨を指摘して,本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反するものであったとの判断を示している。

[10](2)ア しかしながら,平成23年大法廷判決が,旧区画審設置法3条2項に定められた定数配分方式の不合理性を指摘したのは,それが都道府県間の投票価値の不平等を殊更に創出し,その結果として,選挙区間における2倍を優に超える投票価値の較差を生じさせる主要な原因になっていたことによるものである。
[11] そこで,平成24年改正法による各都道府県に対する定数配分を見ると、人口が最も少ない鳥取県(定数2)よりも議員1人当たりの人口が少ない5県の選挙区数を3から2に減少させるにとどまり,他の42都道府県においては,旧区画審設置法3条2項による定数配分が維持されているのは多数意見の指摘するとおりである。しかし,平成22年国勢調査を基に,人口最少の鳥取県(定数2)と人口最大の東京都(定数25)との議員1人当たりの人口を計算すると,その較差は1.788倍であり,これを本件選挙時における選挙人数最少選挙区の属する宮城県(定数6)と同最大選挙区の属する東京都との間で比較すると1.345倍である。また,本件選挙時における鳥取県と東京都との議員1人当たりの選挙人数で比較しても,その較差は1.820倍であり,これを宮城県と東京都の間で比較すると1.367倍であって,都道府県間の定数較差は,いずれも2倍を相当程度下回っている。念のため,多数意見が,本件選挙当日において東京都第1区の選挙人数が2倍以上となっていたとして指摘する12選挙区の属する10県のうち,上述した鳥取,宮城の両県を除く8県(福島,長崎,鹿児島,三重,青森,長野,栃木及び香川の各県)についてみても,平成22年国勢調査による人口比較で1.223倍(長野県)ないし1.586倍(香川県),本件選挙時における選挙人数比較で1.248倍(長野県)ないし1.588倍(香川県)である。
[12] したがって,少なくとも本件選挙区割りに関しては,上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について新区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないからといって,そのことが多数意見のいうような選挙人比最大較差が2倍を超えた主な要因ということはできないもので,そのこと自体が国会による立法裁量権の行使として憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあるということはできない。
[13] 次に,本件選挙当日における選挙人比最大較差が最少の宮城県第5区と最大の東京都第1区との間で,2.129倍であったことが問題となる。
[14] しかしながら,宮城県第5区は,平成22年(10月1日現在)の国勢調査から本件選挙(平成26年12月14日)までの間に東日本大震災があり,大津波による被害が甚大であった石巻市,東松島市等を含む選挙区であるため,これによる大きな人口減少があったことが明らかである。また,次に選挙人数が少ない福島県第4区についても,同選挙区内の会津若松市等が同大震災の影響を受け,農業,観光産業等の不振等による予想外の人口減があった蓋然性を否定することはできない。したがって,これらの特別の事情のあったと見られる選挙区を基準として選挙人比最大較差を算出するのは相当でないというべきである。むしろ,本件選挙時における同較差を算出する基準とすべき選挙区としては,平成24年改正の際に人口最少県であった鳥取県に着目すべきであり,平成25年改正法において同県の二つの選挙区の人口の平準化を図り,その人口の少ない方の選挙区を基準として,17都県42選挙区について選挙区間の人口較差を2倍未満とするための本件選挙区割りが改定された経緯にも照らし,本件選挙時において,上記の特別の事情がなく最少選挙区から3番目に選挙人数が少ない鳥取県第1区を基準として,選挙人最大選挙区の東京都第1区とを比較するのが最も妥当な方法であると考えられる。
[15] そこで,鳥取県第1区と東京都第1区との間で比較すると,本件選挙時における選挙人比最大較差は,2.067倍であり,2倍を僅かに超える較差にとどまっている。また,同較差が2倍を上回るのは5選挙区だけである。
[16] もともと,国勢調査の結果に基づく新たな選挙区割りは,区画審の調査審議,勧告を受けて,改定法案が国会に提出され,国会での審議を経て法律として成立し,公布,施行されることが必要であり,それまでには相当の時間を要する上,その後,次回の選挙区割りの改定までにかなりの時間的間隔があり,こうした経過の中で選挙区間の人口の較差が2倍を僅かに超えることは,選挙区割りの継続性,安定性の要請から法が許容するところであり,憲法の要求する投票価値の平等の要求に反するものであるとまではいえない。
[17] そうすると,本件区割規定の基礎となった平成22年国勢調査の調査時から4年2か月余りが経過した本件選挙時において,選挙人比最大較差は,鳥取県第1区を基準とすれば2.067倍と2倍を僅かに超える程度にとどまっていたもので,前記2(1)及び(2)の緊急是正策として,国会の合理的な立法裁量の範囲内における現実的な選択として定められた本件選挙区割りについて,その較差が立法裁量の合理性を失わせる程度に至っていたと解することはできない。

[18] 以上に述べたところによれば,国会が具体的な選挙区割りを定めるに当たって考慮することが許される諸事情のほか,本件区割規定が次期総選挙を違憲状態のまま行うことのないよう緊急に人口比最大較差を2倍未満に是正するための特例として,都道府県別定数を0増5減するにとどめ,これに基づき必要最小限の選挙区割りのみを見直したことは,国会の合理的な立法裁量の現実的な行使として許容されるものであり,少なくとも本件選挙時においては,いまだその立法裁量の合理性は失われていなかったこと,上記0増5減の対象となった5県を除く都道府県について定数の見直しや再配分がなされなかったことが,本件選挙時における選挙人比最大較差が拡大し,2倍を僅かに超えたことの主な要因であるとはいえないこと等の事情を総合的に考慮すると,本件区割規定は,国会に与えられた裁量権の行使の合理的な範囲内にあるというべきであって,本件選挙当時,本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたということはできない。

[19] 私たちも,多数意見が,衆議院に設置された衆議院選挙制度に関する調査会において行われている投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度の見直しを内容とする具体的な改正案の検討と集約が早急に進められ,新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると述べていることには賛同する。
[20] 加えて,選挙区間の投票価値の最大較差が拡大する要因としては,区画審が定めた「区割りの改正案の作成方針」(平成13年9月)において,都道府県内の区割り基準について,「各選挙区の人口は,当該都道府県の議員1人当たり人口の2/3から4/3までとする」との原則や「市(指定都市にあっては行政区)区町村の区域は分割しない」との原則が定められていたことによるところが大きいといえる。実際には,後者についてかなりの例外を認めてきているとはいえ,いまだ同一都道府県内での選挙区間人口の平準化を妨げ,較差を生ぜしめる主な要因になっていることは明らかであり,地方自治体の議会の議員の選挙とは異なり,全国民を代表すべき国会議員を選出するための選挙区割りであることを踏まえると,区画審においては,こうした基準を見直し,憲法の投票価値の平等の要求をより一層実現するよう希望しておきたい。


 裁判官大橋正春の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見と異なり,平成23年大法廷判決において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているとされた旧選挙区割りは本件選挙区割りによっても違憲状態が解消されたことにはならず,したがって憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったもので,本件選挙区割りは憲法の規定に違反すると考えるものであり,また本件では事情判決の法理を適用すべき事情はなく,本件選挙区割りに基づいてなされた本件選挙は本判決確定後6か月経過の後に無効とするのが相当であると考える。

[2] いわゆる合理的期間の法理に関する私の理解は,平成25年大法廷判決における私の反対意見1項に述べたとおりであり,これを引用する。

[3] 国会は,遅くとも平成23年大法廷判決の言渡しによって旧選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていると認識し得たのであり,合理的期間の始期は遅くても言渡しがされた平成23年3月23日ということになる。
[4] ところで,平成25年大法廷判決は,本件選挙区割りについて,
「上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,本件旧区割基準に基づいて配分された定数がそのまま維持されており,平成22年国勢調査の結果を基に1人別枠方式の廃止後の本件新区割基準に基づく定数の再配分が行われているわけではなく,全体として新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が十分に実現されているとはいえず,そのため,今後の人口変動により再び較差が2倍以上の選挙区が出現し増加する蓋然性が高いと想定されるなど,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されているとはいえない。」
と判示した。そして,同判決が想定したように,本件選挙当時における選挙区間の投票価値の最大較差は2.129倍となっており,憲法の平等価値の原則に反する状態になっていることは多数意見の指摘するとおりであるから,平成23年大法廷判決が指摘した違憲状態は,現在でもいまだ解消されていないことになる。
[5] 平成23年3月23日から本件選挙施行日である平成26年12月14日まで3年8か月が経過しており,国会に認められた選挙制度の構築についての広範な裁量権や議員間で利害が激しく対立する選挙区割りの改正の困難性を考慮しても,3年8か月は国会が旧選挙区割りを憲法上の平等価値の原則に適合するものに改正するのには十分な期間である。したがって,本件では憲法上要求される合理的期間を徒過したものといわざるを得ない。
[6] また,平成24年改正法及び平成25年改正法の成立により本件選挙区割りを制定したことを,漸次的な見直しが行われたとして,合理的な期間の判断に当たって考慮することは相当でないと考える。本件選挙区割りの性格については平成25年大法廷判決の指摘するとおりであり,平成22年当時の国勢調査に基づく選挙区間の人口比較差こそ1.998倍と僅かに2倍を下回るものであったが,その後の人口動向から次の選挙時にはこれが2倍を超えることは相当の確度で予想されていたことであり,現に本件選挙当日における選挙人の最大較差は2倍を超えるものとなっている。したがって,平成24年改正法及び平成25年改正法は,問題の根本的解決に向けての立法府の真摯な努力を前提にした上での当面の是正策であると評価することはできず,合理的期間の経過の判断に際して考慮すべきものではない。
[7] また,本件選挙後の国会における是正の実現に向けた取組については,現在まで具体的な成果を上げているものでなく,現在までに既に4年8か月も経過していることを考慮すれば,合理的な期間が経過しているとの上記の判断を左右するものではない。

[8] 本件選挙区割りが違憲であるとした場合には,いわゆる事情判決の法理の適用が問題となる。合理的期間の法理が,選挙制度の仕組みの決定について認められている国会の広範な裁量権を尊重するという司法権と立法権の関係に関わるものであるのに対し,いわゆる事情判決の法理は,行政事件訴訟法の規定に含まれる法の一般原則に基づくものと理解されているが,これはまた違憲判決の効果の範囲・内容を定めるについて裁判所の有する裁量権(最高裁平成24年(ク)第984号,第985号同25年9月4日大法廷決定・民集67巻6号1320頁参照)の表れの一つでもある。殊に,定数配分規定や選挙区割りの違憲を理由とする選挙無効訴訟は,公職選挙法204条の選挙の効力に関する訴訟の形式を借りて新たな憲法訴訟の方式を当審が創設したという実質を有するものであり(最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁の裁判官寺田治郎,同木下忠良,同伊藤正己,同矢口洪一の補足意見(以下「昭和60年大法廷判決の共同補足意見」という。)参照),その効果を定めるについて裁判所の裁量を認める余地は大きいということができよう。勿論,憲法上保障される個人の基本的権利の侵害が問題になっている場合には,違憲の効力を制限することには慎重であるべきだが,本件はいわゆる客観訴訟でありそのような問題は生じない。
[9] 上記のように考えた場合には,裁判所は,昭和51年大法廷判決のいう違法であることを判示するにとどめて選挙自体は無効としないとすることや,昭和60年大法廷判決の共同補足意見のいう選挙を無効とするがその効果は一定期間経過後に初めて発生するものとすることが可能である。
[10] 平成23年大法廷判決から現在まで既に4年8か月が経過しているにもかかわらず国会による是正措置は実現されていないのであり,選挙人の基本的人権である選挙権の制約及びそれに伴って生じている民主的政治過程のゆがみは重大といわざるを得ず,また,立法府による憲法尊重擁護義務の不履行や違憲立法審査権の軽視も著しいものであることに鑑みれば,本件は事情判決により選挙の違法を宣言するのにとどめるべき事案とはいえない。
[11] 他方において,選挙無効の効力を直ちに生じさせることによる混乱を回避することは必要であり,本件選挙は本判決確定後6か月経過の後に無効とすることが相当である。
[12] 投票価値の較差の是正が困難であるのは,選挙制度構築の技術性や専門性に由来するものと利害関係の対立,特に直接の利害関係人である現職議員間の利害対立によるものとが考えられるが,国会はこれまで何度にもわたり衆議院議員総選挙の小選挙区選挙に関する定数是正を検討するための審議会等の組織を設置し検討を加えてきたのであるから,技術的・専門的な知識・経験を蓄積してきたものと考えられ,技術性・専門性が是正措置実現の大きな障害であるとは考え難く,主たる原因は現職議員間の利害対立にあるものと考えられる。しかしながら,本件は裁判所が違憲状態にあるとした本件選挙区割りの是正に関わるのであるから,憲法尊重義務を負う個々の議員だけでなく立法府として速やかにこれを是正する法的義務を負っているものといわなければならない。そもそも利害関係を調整して必要な決定を行うのが立法府の役割である以上,利害対立を理由に決定を避けることは許されない。
[13] 本件では全選挙区について訴訟が提起されており,平成25年大法廷判決の私の反対意見が指摘した問題は生じない。立法府による本件選挙区割りの是正のための検討作業を前提にすれば,本判決確定後6か月以内に是正措置を採ることを求めるのは不可能を強いるものとはいえない。そして,6か月以内に是正措置が採られた場合には,特別法による選挙か衆議院を解散した上での通常選挙によるか等の具体的方法についての選択肢はあるものの,憲法14条に適合する新たな選挙区割りに基づいた選挙をすることで本件選挙を無効とすることによる混乱は回避することが可能である。


 裁判官鬼丸かおるの反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見とは異なり,本件選挙時の選挙規定は憲法に違反するに至っており,本件選挙についてその違法を宣言することが相当であると考える。以下にその理由を述べる。
[2](1) 衆議院議員の選挙における投票価値の較差の問題については,多数意見の3(3)アに記載されている判断方法が従前より採用されており,私もこの判断の枠組みは相当であると考えるので,この判断枠組みに従い検討を進める。

[3](2) 憲法適合性を判断する基本となる投票価値の平等に関する私の考え方は,平成25年大法廷判決において意見を述べたとおりであるが,概要は次のとおりである。
[4] 私は,衆議院議員の選挙における国民の投票価値につき,憲法は,できる限り1対1に近い平等を基本的に保障しているものと考える。
[5] その理由は,両議院議員は,日本国憲法の前文,13条,14条1項,15条1項,44条ただし書に規定されているとおり社会的身分等により差別されることのない主権者たる国民から負託を受けて国政を行うものであり,正当な選挙により選出されることが憲法上要請されていると解されるところにある。特に衆議院議員を選出する権利は,選挙人が当該選挙施行時における国政に関する自己の意見を主張するほぼ唯一の機会であって,国民主権を実現するための国民の最も重要な権利であるが,投票価値に不平等が存在すると認識されるときは,選挙結果が国民の意見を適正に反映しているとの評価が困難になるのであって,衆議院議員が国民を代表して国政を行い,民主主義を実現するとはいい難くなるものである。以上の理由により,憲法は,衆議院議員選挙について,国民の投票価値をできる限り1対1に近い平等なものとすることを基本的に保障しているというべきである。
[6] ところで憲法は,両議院議員の定数,選挙区や投票の方法等その他の両議院議員の選挙に関する事項を法律で定めると規定している(43条2項,44条,47条)のであるから,国会が上記事項を決定するに当たり立法裁量権を有することは予定されているところであるが,私は,国会が立法裁量権を行使して両議院議員選挙制度の内容を具体的に決定するに当たっては,憲法の保障する投票価値の平等を最大限尊重し,その較差の最小化を図ることが要請されていると考える。しかし,国会が配慮を尽くしても,人口異動による選挙人の基礎人口の変化や行政区画の変更といった社会的な事情及びその変動に伴ういわば技術的に不可避ともいうべき較差等が生ずることは避け難く,このような較差は許容せざるを得ないものである。したがって,投票価値の較差については,それが生ずる理由を明らかにした上で,当該理由を投票価値の平等と比較衡量してその適否を検証すべきものであると考える。

[7](3) 平成23年大法廷判決を受けて,国会は,いわゆる0増5減等を内容とする平成24年改正法及びこれを前提とする平成25年改正法を成立させ,選挙区割りを改めたが,この改定は,選挙区間の人口の較差が最大2倍未満となることを目的としたものであって,できる限り1人1票に近い平等を保障するものではなかった。このため,本件選挙時の最大較差は,予測されていたとおり2倍を超えることになったものである。上記の投票価値の平等に関する私の考え方からすれば,選挙区間の人口較差を2倍以内とすることに終始した本件選挙区割りは,憲法の要求する1人1票に近い投票価値の平等に反するものであるといわざるを得ない。
[8] 多数意見は,理由は異なるものの,本件選挙区割りはなお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ないとしており,多数意見の本件選挙区割りの合憲性に関する意見の結論部分については,私も賛同するものである。
[9](1) 次に,本件選挙までに投票価値の平等の要求に反する状態について,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったか否かを検討する。
[10] なお,合理的期間の始期については,私も,多数意見の3(3)イに述べられているとおり,平成23年大法廷判決の言渡しがされた日である平成23年3月23日であると考える。

[11](2) 平成25年大法廷判決の多数意見は,3(3)において,
「憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っている旨の司法の判断がされれば国会はこれを受けて是正を行う責務を負う」
と述べ,国会に是正の責務があることを前提にして,さらに,
「単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべきものと解される」
として,合理的期間の経過の有無の判断に当たって考慮すべき事項を明確にした。そして,結論としては,この問題への対応や合意の形成に困難が伴うことを踏まえ,憲法上要求される合理的期間を徒過したものとは断ずることができないとしたのである。
[12] 本判決の多数意見も,平成25年大法廷判決と同様に,この問題への対応や合意の形成には様々な困難が伴うのであり,国会において是正実現に向けた取組が平成25年大法廷判決の趣旨を踏まえた方向で進められていたことから,憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったと断ずることはできないとした。

[13](3) しかし,私は多数意見に賛同することができない。
[14] 国会が平成23年3月23日に投票価値の平等に反する状態にあることを認識し得てから本件選挙までの間に,3年8か月が経過した。これは,衆議院議員の1期分の任期にほぼ等しい期間である。その一方で,同日以降に衆議院において少なからぬ法案が可決されてきた状況に照らすと,期間の長短のみならず是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の考慮事項を総合考慮しても,国会が司法の判断の趣旨を踏まえて適切に衆議院議員の定数配分や選挙区割りの是正に取り組んだならば,上記期間内に,憲法の投票価値の平等の要求するところに沿った定数配分や選挙区割りの是正を行うことは可能であったろうと考えるものである。
[15] 衆議院議員の定数配分や選挙区割りの見直しについては,種々の論議があることは容易に想定できることであり,また国会内の合意を得て見直しができるのであれば,それが最も望ましいことであることについては,私も何ら疑念を持つものではない。けれども,どのような法案であっても問題への対応や合意形成に困難がないということは少ないのであり,また全ての法案が国会の合意形成を得て成立するものではないことはいうまでもない。国会は,国民を代表する両議院の議員が論議を交わし一定期間論議した後に多数決の原理に従って議決し立法に至るという代表民主制を具現する場である。衆議院議員の定数配分の見直しや選挙区割りの改革等に関する事項に関しては国会の合意形成を要するとする憲法上の要求はないのであるから,他の立法と異なる取扱いをすることは相当ではないと考える。
[16] 一方,当裁判所の大法廷判決において既に2度にわたって,衆議院小選挙区選挙における投票価値の較差は憲法の要求に違反する状態であることを指摘され,これらの判決には国会が是正の責務を負う旨判示されていることに照らせば,是正は国会の急務であって,立法裁量権に配慮しても,合理的期間を緩やかに解することは許されるべきではないであろうと考える。
[17] 以上のことから,憲法の予定している立法権と司法権の関係を考慮してもなお,本件選挙時には既に憲法上要求される合理的期間を徒過したものというべきである。
[18](1) 本件選挙における各選挙区の中には,議員1人当たりの人口の較差に開きが存在するが,本件選挙区割りはその性質上不可分であるから,憲法に違反する投票価値の較差を生じている選挙区のみではなく,本件区割規定ないし本件選挙区割りが全体として,本件選挙当時において,憲法の要請する投票価値の平等に反していたものであり,違法であったというべきである。そこで本件選挙全部の効力が問題となるところ,選挙を無効と認めるべきか否かについては検討を要するところである。

[19](2) 本件選挙を全部無効とした場合には,本件選挙により選出された衆議院の小選挙区選出議員全員の当選の効力が失われることになる。しかし,衆議院には,小選挙区選出議員のほかに比例代表選出議員180人が存在するのであるから,比例代表選出議員のみによっても憲法56条の定足数を満たすことができるのであって,定足数等の人数のみに着目すれば,衆議院の機能が直ちに失われることにはならないと考えることができよう。そして,民主主義の根幹である国民の投票価値の平等を尊重した是正が行われず,衆議院議員が国民を代表して国政を行い民主主義を実現しているとはいい難い状況で立法作業が継続されるという事態を一応回避できるといえよう。そうであれば、選挙は,判決と同時あるいは将来に向かって無効とするという結論を採ることもあり得るところである。

[20](3) しかしながら,小選挙区選出議員全員の当選が無効となった場合に,比例代表選出議員のみによって衆議院の活動が行われるという事態は,衆議院議員の小選挙区比例代表並立制度を定めた公職選挙法も,また衆議院議員選出のために投票した国民も予定しなかった事態であり,予期しない不都合や弊害がもたらされるおそれがあることを否定することはできない。国民は,本件選挙時に,小選挙区選出と比例代表選出の2選出方法による議員を選出することを前提とした投票行為を行っているのであるから,比例代表選出議員のみによって衆議院の活動が行われ,定数配分や選挙区割りが定められる等という状況の出現は,一時的なものにせよ,選挙時には想定していなかったものであり,そのような事態は,国民の負託に沿わないおそれが高いといわねばならない。
[21] そして,多数意見が指摘するとおり,国会においては引き続き選挙制度の見直しが行われ,衆議院に設置された検討機関において投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度を内容とする具体的な改正案等の検討が行われていること等を総合考慮すると,事情判決の制度の基礎に存する一般的な法の基本原則を適用して,本件選挙が違法であることを主文において宣言することが相当であると考えるものである。


 裁判官木内道祥の反対意見は,次のとおりである。
[1] 私の意見は,本件区割規定及び本件選挙区割りは,平成25年改正後の平成24年改正法によるものであるが,定数削減の対象外の都道府県には旧区割基準による定数が配分されており,全体として新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備を実現したものといえず,本件選挙区割りはなお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(以下,違憲状態ともいう)にあったというものであり,この点は多数意見と同じである。
[2] 憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったか否かについては,是正がされなかったとはいえないとする多数意見に賛成することはできない。
[3] 国会が憲法上要求される合理的期間内における是正がされたか否かの判定は,国会が立法府として合理的に行動することを前提として行われるべきであり,既に平成23年大法廷判決において,違憲状態の主要な原因である1人別枠方式の廃止と新基準による選挙区割規定の改正という,行うべき改正の方向が示されており,改正の内容についての裁量権はこの範囲に限定されている。司法権と立法権の関係に由来するとされる事項は,事情判決の法理を適用すべきか否かの段階で考慮すべきことであり,合理的期間内の是正の有無の判定について考慮すべきではない。また,定数配分の見直しにそれ以外の政策課題が併せて議論されているというような実際の政策問題も,合理的期間内の是正の有無の判定について考慮すべきではない(平成25年大法廷判決の私の反対意見参照)。
[4] 合理的期間の起算点が平成23年大法廷判決の言渡しがされた時点であり,本件選挙施行までの期間が3年9か月弱となる(この点は多数意見も同じである)ところ,平成23年大法廷判決,平成25年大法廷判決が憲法上の要求とした投票価値の平等の実現を阻害する1人別枠方式という要因の解消は,平成25年改正後の平成24年改正法による本件選挙区割りにおいても実現していない(このことは,既に,平成25年大法廷判決が示している)のであるから,本件選挙施行時点まで是正がなされなかったことが,合理的期間を徒過したものであることは明らかである。
[5] したがって,本件区割規定は,違憲の瑕疵を帯びるものである。
(1) 選挙無効の判決があり得るのかとの危惧
[6] 投票価値の平等を害することを理由とする選挙無効請求訴訟についてなされた当審大法廷判決は,参議院議員通常選挙についての昭和39年2月5日のものを最初とし,18回なされている。この中で,いわゆる事情判決の法理が適用されたものは,昭和51年4月14日大法廷判決昭和60年7月17日大法廷判決の2回であり,それ以外の大法廷判決の多数意見は,定数配分又は選挙区割り規定が違憲とされた場合の選挙の効力という問題については言及していない。しかし,①定数配分又は選挙区割りが違憲状態に至っているか否か,②その場合に,憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかったとして定数配分規定又は選挙区割規定が違憲となっているか否か,③その場合に,選挙を無効とすることなく違法を宣言するにとどめるか否かという3段階の判断枠組みが採られる中で,③の選挙を無効とするか否かは,この種の訴訟において,最も重みのある問題として意識され,その問題を念頭に,前段階の判断もなされてきたと思われる。
[7] 従来の大法廷判決の個別意見には,選挙の効力(選挙を無効とすべきか否か)について言及するものが少なからず存在する。
[8] 選挙の効力について,違憲とする場合常にいわゆる事情判決の法理を適用せざるを得ないとの意見(横井大三裁判官,昭和58年11月7日大法廷判決),定数訴訟は,議員定数配分規定の違憲を宣言する訴訟として運用し,無効とはしないとの意見(園部逸夫裁判官,平成5年1月20日大法廷判決など)もあるが,いわゆる事情判決の法理を適用した昭和51年4月14日大法廷判決の多数意見の趣旨は
「この種の選挙訴訟においては常に被侵害利益の回復よりも当該選挙の効力を維持すべき利益ないし必要性が優越するとしているわけではなく,具体的事情のいかんによっては,衡量の結果が逆になり,当該選挙を無効とする判決がされる可能性が存することは,当然にこれを認めている」(中村治朗裁判官,昭和58年11月7日大法廷判決)
と理解されるべきであり,それを前提として,昭和60年7月17日大法廷判決が,再び,いわゆる事情判決の法理の適用を行ったものと解される。
[9] 他方,選挙を無効とすることがあり得るといいつつ,実際には選挙を無効とすることはないのではないかという危惧を抱く意見が個別意見において幾つも述べられている。
「「将来を約束する言葉の響きを与えながら,期待をふみにじる」結果になり,かえって国民の司法に対する信頼を裏切ることにならないかを,私は危惧する」(斎藤朔郎裁判官,昭和39年2月5日大法廷判決),
「違憲の議員定数配分規定により選挙が繰り返し行われ,裁判所がこれに対しその都度,事情判決的処理をもって応対するということになれば,それは正に裁判所による違憲事実の追認という事態を招く結果となることであって,裁判所の採るべき途ではない」(谷口正孝裁判官,昭和60年7月17日大法廷判決
「最高裁判所が…議員定数配分規定を全体として違憲と判断しながら,結論においては事情判決的処理に終始することがあれば,ひいては主権者である国民の有する選挙における平等の権利の侵害が放置されることになりはしないであろうか」(木崎良平裁判官,平成5年1月20日大法廷判決)
などのとおりである。
[10] ここで懸念されているように,選挙区割規定が違憲であるにもかかわらず,選挙が繰り返し行われるような場合に,裁判所は違法を宣言するのみで選挙を無効としない判決をただ繰り返すに終始することはできない。また,是正をなすべき合理的期間の幅を広げることにも自ずと限界がある。「選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合」(昭和60年7月17日大法廷判決)をできるだけ少ないものとし,選挙権の侵害を回復する方途を求める必要があるのである。

(2) 一部の選挙区の選挙無効
[11] 私は,平成25年大法廷判決の反対意見において
「一般に,どの範囲で選挙を無効とするかは,前述のように,憲法によって司法権に委ねられた範囲内において裁判所が定めることができると考えられるのであるから,従来の判例に従って,区割規定が違憲とされるのは選挙区ごとではなく全体についてであると解しても,裁判所が選挙を無効とするか否かの判断をその侵害の程度やその回復の必要性等に応じた裁量的なものと捉えれば,訴訟の対象とされたすべての選挙区の選挙を無効とするのではなく,裁判所が選挙を無効とする選挙区をその中で投票価値平等の侵害のごく著しいものに限定し,衆議院としての機能が不全となる事態を回避することは可能であると解すべきである。」
と述べた。
[12] そして,平成26年11月26日大法廷判決の私の反対意見において
「各選挙区における選挙人各人の投票価値平等の侵害の程度を考えると,選挙人としての権利の侵害の最も大きな選挙区は議員一人当たりの選挙人数の最も多い選挙区である。しかし,その選挙区の選挙を無効とした場合,投票価値の較差を是正する公職選挙法の改正が行われて再度の選挙が行われない限り,その選挙区の選挙人が選出する議員はゼロとなる。これでは,選挙を無効とすることが,当該選挙区の選挙人が被っている権利侵害を回復することにはならない。法改正により較差が是正されれば,選挙人の投票価値平等の侵害は解消されるのであるから,選挙を無効とする選挙区の選定に当たって考慮すべきは,法改正による較差の是正までの間の選挙人の権利侵害である。このような観点からすると,議員一人当たりの選挙人数が多いことによる選挙人の権利侵害は,その選挙人数の絶対数の問題ではなく,より選挙人数の少ない他の選挙区の選挙人との比較の問題であるから,議員一人当たりの選挙人数が最も多い選挙区の選挙人の権利侵害を著しくしているのは,議員一人当たりの選挙人数が少なくても議員を選出できる選挙区の存在であり,この選挙区の選挙を無効とすれば,残る議員についての投票価値の較差は縮小する。したがって,限定した範囲の選挙区の選挙を無効とすることによって選挙人としての権利の侵害を少なくするためには,議員一人当たりの選挙人数が少ない選挙区からその少ない順位に従って選挙を無効とする選挙区を選定すべきである。議員一人当たりの選挙人数の少ない選挙区の順に選挙無効とする場合,どの選挙区までを無効とするかは,憲法によって司法権に委ねられた範囲内において,この訴訟を認めた目的と必要に応じて,裁判所がこれを定めることができるものである(昭和60年7月17日大法廷判決の4名の裁判官の補足意見参照)。議員一人当たりの選挙人数が少ない選挙区からその少ない順位に従って裁判所が選挙を無効とする選挙区をどれだけ選定すべきかの規律は,選挙を無効とされない選挙区の間における投票価値の較差の程度を最も重要なメルクマールとすべきと思われるが,この規律は,いまだ熟しているということはできない。」
と述べ,特定の選挙区の選挙のみを無効とすることは控えることとした。
[13] 平成26年11月26日大法廷判決は参議院議員通常選挙についてのものであるが,議員一人当たりの選挙人数が少ない選挙区からその少ない順位に従って選挙を無効とする選挙区を選定すべきであることは,衆議院議員小選挙区選挙についても同様に当てはまる。前回平成24年12月16日施行の衆議院議員選挙については,私は,区割規定を違憲とし,いわゆる事情判決の法理を適用して違法を宣言するにとどめたが,今回の衆議院議員総選挙は,従来の選挙区割りを基本的に維持して行われたものであり,その全てについて違法の宣言にとどめることはできない。
[14] 裁判所が選挙を無効とする選挙区をどれだけ選定すべきかの規律は,従来3段階の判断枠組みの第一段階である選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(違憲状態)に至っているか否かの判断基準とは性質が異なる。選挙区割りが違憲状態か否かの判断基準は,区割規定(定数配分規定)が「全体として違憲の瑕疵を帯びる」(昭和51年4月14日大法廷判決同60年7月17日大法廷判決)か否かについてのものであり,その区割基準が投票価値の平等に反するものか否かが重要であり,一律に較差の一定数値によって定めることは,それに達しない不平等を無条件に是認することとなり,不適切である。これに対し,ここで問題となる無効とする選挙区の選定の規律は,違憲判断の及ぶ範囲を一定程度制限するという司法権に委ねられた権能の行使についてのものである。
[15] 具体的にどの範囲で選挙を無効とするかは,個々の選挙によって異なることは当然であるが,本件においては,本件選挙区割りによる295選挙区の選挙人数の違いが後述のとおりであることを考慮すると,衆議院としての機能が不全となる事態を回避することと投票価値平等の侵害の回復のバランスの観点から,投票価値の較差が2倍を超えるか否かによって決するのが相当である。
[16] 今回の選挙の結果によると,295の選挙区のうち最も選挙人数の少ないのは宮城県第5区(選挙当日で23万1081人),最も選挙人数の多いのは東京都第1区(選挙当日で49万2025人)であり,その比率は1対2.129である。選挙人数が東京都第1区の選挙人数の2分の1を下回る選挙区は,宮城県第5区以外に11あり,少ない順に挙げると福島県第4区,鳥取県第1区,鳥取県第2区,長崎県第3区,長崎県第4区,鹿児島県第5区,三重県第4区,青森県第3区,長野県第4区,栃木県第3区,香川県第3区である。
[17] したがって,この12の選挙区については選挙無効とされるべきであり,その余の選挙区の選挙については,違法を宣言するにとどめ無効とはしないこととすべきである。この12選挙区について選挙が無効とされると,その選挙区から選挙人が選出し得る議員はゼロとなるが,これは,選挙を無効とする以上やむを得ないことであり、較差を是正する法改正による選挙が行われることにより回復されるべきものである。

(裁判長裁判官 寺田逸郎  裁判官 櫻井龍子  裁判官 千葉勝美  裁判官 岡部喜代子  裁判官 大谷剛彦  裁判官 大橋正春  裁判官 山浦善樹  裁判官 小貫芳信  裁判官 鬼丸かおる  裁判官 木内道祥  裁判官 山崎敏充  裁判官 池上政幸  裁判官 大谷直人  裁判官 小池裕)

■第一審判決 ■上告審判決     ■判決一覧