議員定数不均衡訴訟 参議院選挙区違憲状態判決(平成26年)
上告審判決

選挙無効請求事件
最高裁判所 平成26年(行ツ)第155号,平成26年(行ツ)第156号
平成26年11月26日 大法廷 判決

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官櫻井龍子,同金築誠志,同岡部喜代子,同山浦善樹,同山崎敏充の補足意見
■ 裁判官千葉勝美の補足意見
■ 裁判官大橋正春の反対意見
■ 裁判官鬼丸かおるの反対意見
■ 裁判官木内道祥の反対意見
■ 裁判官山本庸幸の反対意見


1 原審被告らの上告に基づき,原判決を次のとおり変更する。
  原審原告らの請求をいずれも棄却する。
2 原審原告らの上告を棄却する。
3 訴訟の総費用は原審原告らの負担とする。

[1] 本件は,平成25年7月21日施行の参議院議員通常選挙(以下「本件選挙」という。)について,東京都選挙区及び神奈川県選挙区の選挙人である原審原告らが,公職選挙法14条,別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定(以下,数次の改正の前後を通じ,平成6年法律第2号による改正前の別表第2を含め,「定数配分規定」という。)は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

[3](1) 参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)は,参議院議員の選挙について,参議院議員250人を全国選出議員100人と地方選出議員150人とに区分し,全国選出議員については,全都道府県の区域を通じて選出されるものとする一方,地方選出議員については,その選挙区及び各選挙区における議員定数を別表で定め,都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとし,各選挙区ごとの議員定数については,定数を偶数としてその最小限を2人とする方針の下に,各選挙区の人口に比例する形で,2人ないし8人の偶数の議員定数を配分した。昭和25年に制定された公職選挙法の定数配分規定は,上記の参議院議員選挙法の議員定数配分規定をそのまま引き継いだものであり,その後に沖縄県選挙区の議員定数2人が付加されたほかは,平成6年法律第47号による公職選挙法の改正(以下「平成6年改正」という。)まで,上記定数配分規定に変更はなかった。なお,昭和57年法律第81号による公職選挙法の改正(以下「昭和57年改正」という。)により,参議院議員の選挙についていわゆる拘束名簿式比例代表制が導入され,参議院議員252人は各政党等の得票に比例して選出される比例代表選出議員100人と都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議員152人とに区分されることになったが,この選挙区選出議員は,従来の地方選出議員の名称が変更されたものにすぎない。その後,平成12年法律第118号による公職選挙法の改正(以下「平成12年改正」という。)により,比例代表選出議員の選挙制度がいわゆる非拘束名簿式比例代表制に改められるとともに,参議院議員の総定数が10人削減されて242人とされ,比例代表選出議員96人及び選挙区選出議員146人とされた。

[4](2) 参議院議員選挙法制定当時,選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差(以下,各立法当時の「選挙区間の最大較差」というときは,この人口の最大較差をいう。)は2.62倍(以下,較差に関する数値は,全て概数である。)であったが,人口変動により次第に拡大を続け,平成4年に施行された参議院議員通常選挙(以下,単に「通常選挙」といい,この通常選挙を「平成4年選挙」という。)当時,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差(以下,各選挙当時の「選挙区間の最大較差」というときは,この選挙人数の最大較差をいう。)が6.59倍に達した後,平成6年改正における7選挙区の定数を8増8減する措置により,平成2年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間の最大較差は4.81倍に縮小し,いわゆる逆転現象(人口又は選挙人数において少ない選挙区が多い選挙区よりも多くの議員定数を配分されている状態)は消滅した。その後,平成12年改正における3選挙区の定数を6減する措置により,平成6年改正後に再び生じたいわゆる逆転現象は消滅し,また,この措置及び平成18年法律第52号による公職選挙法の改正(以下「平成18年改正」という。)における4選挙区の定数を4増4減する措置の前後を通じて,平成13年から同19年までに施行された各通常選挙当時の選挙区間の最大較差は5倍前後で推移した。
[5] しかるところ,当裁判所大法廷は,定数配分規定の合憲性に関し,最高裁昭和54年(行ツ)第65号同58年4月27日大法廷判決・民集37巻3号345頁において後記3の基本的な判断枠組みを示した後,選挙区間の最大較差が6.59倍に達した平成4年選挙について,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた旨判示したが(最高裁平成6年(行ツ)第59号同8年9月11日大法廷判決・民集50巻8号2283頁),平成6年改正後の定数配分規定の下で施行された2回の通常選挙については,上掲最高裁昭和58年4月27日大法廷判決(以下「昭和58年大法廷判決」という。)において昭和52年に施行された通常選挙(以下「昭和52年選挙」という。)について判示したところと同様に,上記の状態に至っていたとはいえない旨判示した(最高裁平成9年(行ツ)第104号同10年9月2日大法廷判決・民集52巻6号1373頁,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁)。その後,平成12年改正後の定数配分規定の下で施行された2回の通常選挙及び平成18年改正後の定数配分規定(以下,平成24年法律第94号による改正前のものを「本件旧定数配分規定」という。)の下で平成19年に施行された通常選挙(以下「平成19年選挙」という。)のいずれについても,当裁判所大法廷は,上記の状態に至っていたか否かにつき明示的に判示することなく,結論において当該各定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえない旨の判断を示した(最高裁平成15年(行ツ)第24号同16年1月14日大法廷判決・民集58巻1号56頁,最高裁平成17年(行ツ)第247号同18年10月4日大法廷判決・民集60巻8号2696頁,最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月30日大法廷判決・民集63巻7号1520頁)。ただし,上掲最高裁平成18年10月4日大法廷判決においては,投票価値の平等の重要性を考慮すると投票価値の不平等の是正について国会における不断の努力が望まれる旨の,上掲最高裁平成21年9月30日大法廷判決(以下「平成21年大法廷判決」という。)においては,当時の較差が投票価値の平等という観点からはなお大きな不平等が存する状態であって,選挙区間における投票価値の較差の縮小を図ることが求められる状況にあり,最大較差の大幅な縮小を図るためには現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となる旨の指摘がそれぞれされた。

[6](3) 上掲最高裁平成16年1月14日大法廷判決を受けて同年12月1日に参議院議長の諮問機関である参議院改革協議会の下に設けられた選挙制度に係る専門委員会が,各種の是正案を検討した上で同17年10月に同協議会に提出した報告書では,現行の選挙制度の仕組みを維持する限り,各選挙区の定数を振替える措置により較差の是正を図ったとしても,較差を4倍以内に抑えることは相当の困難がある旨の意見が示された。また,平成18年改正により同報告書の提案に係る前記4増4減の措置が採られた後,平成20年6月に改めて参議院改革協議会の下に設置された専門委員会においては,同22年5月までの協議を経て,同25年に施行される通常選挙に向けて選挙制度の見直しの検討を開始することとされ,同23年中の公職選挙法の改正法案の提出を目途とする旨の工程表が示されたものの,具体的な較差の是正が見送られた結果,同22年7月11日,選挙区間の最大較差が5.00倍に拡大した状況において,本件旧定数配分規定の下で2回目となる通常選挙が施行された(以下「平成22年選挙」という。)。
[7] 平成22年選挙後,平成21年大法廷判決の指摘を踏まえた選挙制度の仕組みの見直しを含む制度改革に向けた検討のため,参議院に選挙制度の改革に関する検討会が発足し,その会議において参議院議長から上記改革の検討の基礎となる案が提案され,平成23年以降,各政党からも様々な改正案が発表されるなどしたが,上記改革の方向性に係る各会派の意見は区々に分かれて集約されない状況が続き,同年12月以降の同検討会及びその下に設置された選挙制度協議会における検討を経て,同24年8月に当面の較差の拡大を抑える措置として公職選挙法の一部を改正する法律案が国会に提出された。その内容は,平成25年7月に施行される通常選挙に向けた改正として選挙区選出議員について4選挙区で定数を4増4減するものであり,その附則には,同28年に施行される通常選挙に向けて,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨の規定が置かれていた(上記4増4減の改正が行われたとしても,同22年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間の最大較差は,4.75倍であった。)。
[8] このような状況の下で,平成22年選挙につき,最高裁平成23年(行ツ)第51号同24年10月17日大法廷判決・民集66巻10号3357頁は,結論において同選挙当時における本件旧定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえないとしたものの,長年にわたる制度及び社会状況の変化を踏まえ,都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等の要求に応えていくことはもはや著しく困難な状況に至っていることなどに照らし,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた旨判示するとともに,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる上記の不平等状態を解消する必要がある旨を指摘した。

[9](4) 上掲最高裁平成24年10月17日大法廷判決(以下「平成24年大法廷判決」という。)の言渡し後,同年11月16日に上記の公職選挙法の一部を改正する法律案が平成24年法律第94号(以下「平成24年改正法」という。)として成立し,同月26日に施行された(以下,同改正法による改正後の定数配分規定を「本件定数配分規定」という。)。
[10] また,同月以降,選挙制度協議会において平成24年大法廷判決を受けて選挙制度の改革に関する検討が行われ,平成25年6月,選挙制度の改革に関する検討会において,選挙制度協議会の当時の座長から参議院議長及び参議院各会派に対し,平成24年改正法の上記附則の定めに従い,平成28年7月に施行される通常選挙から新選挙制度を適用すべく,平成26年度中に選挙制度の仕組みの見直しを内容とする改革の成案を得た上で,平成27年中の公職選挙法改正の成立を目指して検討を進める旨の工程表が示された。
[11] 平成25年7月21日,本件定数配分規定の下での初めての通常選挙として,本件選挙が施行された。本件選挙当時の選挙区間の最大較差は,4.77倍であった。

[12](5) 本件選挙後の事情についてみると,平成25年9月,参議院において本件選挙後に改めて選挙制度の改革に関する検討会が開かれてその下に選挙制度協議会が設置され,同検討会において,同27年中の公職選挙法改正の成立を目指すことが確認されるとともに,同協議会において,同月以降おおむね月数回ずつ有識者等からの意見や説明の聴取をした上で協議が行われ,同26年4月には選挙制度の仕組みの見直しを内容とする具体的な改正案として座長案が示され,その後に同案の見直し案も示された。これらの案は,基本的には,人口の少ない一定数の選挙区を隣接区と合区してその定数を削減し,人口の多い一定数の選挙区の定数を増やして選挙区間の最大較差を大幅に縮小するというものであるところ,同協議会において,同年5月以降,上記の案や参議院の各会派の提案等をめぐり検討と協議が行われている(上記各会派の提案の中には,上記の案を基礎として合区の範囲等に修正を加える提案のほか,都道府県に代えてより広域の選挙区の単位を新たに創設する提案等が含まれている。)。

[13] 憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求していると解される。しかしながら,憲法は,国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるために選挙制度をどのような制度にするかの決定を国会の裁量に委ねているのであるから,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,憲法に違反するとはいえない。
[14] 憲法が二院制を採用し衆議院と参議院の権限及び議員の任期等に差異を設けている趣旨は,それぞれの議院に特色のある機能を発揮させることによって,国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにあると解される。前記2(1)においてみた参議院議員の選挙制度の仕組みは,このような観点から,参議院議員について,全国選出議員(昭和57年改正後は比例代表選出議員)と地方選出議員(同改正後は選挙区選出議員)に分け,前者については全国(全都道府県)の区域を通じて選挙するものとし,後者については都道府県を各選挙区の単位としたものである。昭和22年の参議院議員選挙法及び同25年の公職選挙法の制定当時において,このような選挙制度の仕組みを定めたことが,国会の有する裁量権の合理的な行使の範囲を超えるものであったということはできない。しかしながら,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口変動の結果,上記の仕組みの下で投票価値の著しい不平等状態が生じ,かつ,それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが,国会の裁量権の限界を超えると判断される場合には,当該定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。
[15] 以上は,昭和58年大法廷判決以降の参議院議員(地方選出議員ないし選挙区選出議員)選挙に関する累次の大法廷判決の趣旨とするところであり,基本的な判断枠組みとしてこれを変更する必要は認められない。
[16] もっとも,選挙区間の最大較差が5倍前後で常態化する中で,前記2(2)のとおり,平成16年,同18年及び同21年の前掲各大法廷判決においては,上記の判断枠組みは基本的に維持しつつも,選挙制度の仕組み自体の見直しが必要である旨の平成21年大法廷判決の指摘を含め,投票価値の平等の観点から実質的にはより厳格な評価がされるようになっていたところであり,また,平成24年大法廷判決においては,昭和58年大法廷判決が長期にわたる投票価値の大きな較差の継続を許容し得る根拠として挙げていた後記4(1)ウの諸点につき,長年にわたる制度及び社会状況の変化を踏まえ,数十年間にもわたり5倍前後の大きな較差が継続することを正当化する理由としては十分なものとはいえなくなっている旨の指摘がされているところである。

[17] 上記の見地に立って,本件選挙当時の本件定数配分規定の合憲性について検討する。

[18](1)ア 憲法は,二院制の下で,一定の事項について衆議院の優越を認める反面,参議院議員につき任期を6年の長期とし,解散もなく,選挙は3年ごとにその半数について行うことを定めている(46条等)。その趣旨は,立法を始めとする多くの事柄について参議院にも衆議院とほぼ等しい権限を与えつつ,参議院議員の任期をより長期とすること等によって,多角的かつ長期的な視点からの民意を反映させ,衆議院との権限の抑制,均衡を図り,国政の運営の安定性,継続性を確保しようとしたものと解される。いかなる具体的な選挙制度によって,上記の憲法の趣旨を実現し,投票価値の平等の要請と調和させていくかは,二院制の下における参議院の性格や機能及び衆議院との異同をどのように位置付け,これをそれぞれの選挙制度にいかに反映させていくかという点を含め,国会の合理的な裁量に委ねられていると解すべきところであるが,その合理性を検討するに当たっては,参議院議員の選挙制度が設けられてから60年余にわたる制度及び社会状況の変化を考慮することが必要である。
[19] 前記2の参議院議員の選挙制度の変遷を衆議院議員の選挙制度の変遷と対比してみると,両議院とも,政党に重きを置いた選挙制度を旨とする改正が行われている上,都道府県又はそれを細分化した地域を選挙区とする選挙と,より広範な地域を選挙の単位とする比例代表選挙との組合せという類似した選出方法が採られ,その結果として同質的な選挙制度となってきており,急速に変化する社会の情勢の下で,議員の長い任期を背景に国政の運営における参議院の役割がこれまでにも増して大きくなってきているといえることに加えて,衆議院については,この間の改正を通じて,投票価値の平等の要請に対する制度的な配慮として,選挙区間の人口較差が2倍未満となることを基本とする旨の区割りの基準が定められていることにも照らすと,参議院についても,二院制に係る上記の憲法の趣旨との調和の下に,更に適切に民意が反映されるよう投票価値の平等の要請について十分に配慮することが求められるところである。
[20] 参議院においては,この間の人口変動により,都道府県間の人口較差が著しく拡大したため,半数改選という憲法上の要請を踏まえて定められた偶数配分を前提に,都道府県を単位として各選挙区の定数を定めるという現行の選挙制度の仕組みの下で,昭和22年の制度発足時には2.62倍であった選挙区間の最大較差が,昭和52年選挙の時点では5.26倍に拡大し,平成4年選挙の時点では6.59倍にまで達する状況となり,平成6年以降の数次の改正による定数の調整によって若干の較差の縮小が図られたが,5倍前後の較差が維持されたまま推移してきた。
[21] さきに述べたような憲法の趣旨,参議院の役割等に照らすと,参議院は衆議院とともに国権の最高機関として適切に民意を国政に反映する機関としての責務を負っていることは明らかであり,参議院議員の選挙であること自体から,直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い。昭和58年大法廷判決は,参議院議員の選挙制度において長期にわたる投票価値の大きな較差の継続を許容し得る根拠として,上記の選挙制度の仕組みや参議院に関する憲法の定め等を挙げていたが,これらの諸点も,平成24年大法廷判決の指摘するとおり,上記アにおいてみたような長年にわたる制度及び社会状況の変化を踏まえると,数十年間にもわたり5倍前後の大きな較差が継続することを正当化する理由としては十分なものとはいえなくなっているものといわざるを得ない。殊に,昭和58年大法廷判決は,上記の選挙制度の仕組みに関して,都道府県が歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し,政治的に一つのまとまりを有する単位として捉え得ることに照らし,都道府県を各選挙区の単位とすることによりこれを構成する住民の意思を集約的に反映させ得る旨の指摘をしていたが,この点についても,都道府県が地方における一つのまとまりを有する行政等の単位であるという限度において相応の合理性を有していたことは否定し難いものの,これを参議院議員の各選挙区の単位としなければならないという憲法上の要請はなく,むしろ,都道府県を各選挙区の単位として固定する結果,その間の人口較差に起因して上記のように投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続している状況の下では,上記の都道府県の意義や実体等をもって上記の選挙制度の仕組みの合理性を基礎付けるには足りなくなっているものといわなければならない。
[22] 以上に鑑みると,人口の都市部への集中による都道府県間の人口較差の拡大が続き,総定数を増やす方法を採ることにも制約がある中で,半数改選という憲法上の要請を踏まえて定められた偶数配分を前提に,上記のような都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等の実現を図るという要求に応えていくことは,もはや著しく困難な状況に至っているものというべきである。このことは,前記2(3)の平成17年10月の専門委員会の報告書において指摘されており,平成19年選挙当時も投票価値の大きな不平等がある状態であって選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であることは、平成21年大法廷判決において特に指摘されていたところでもある。これらの事情の下では,平成24年大法廷判決の判示するとおり,平成22年選挙当時,本件旧定数配分規定の下での前記の較差が示す選挙区間における投票価値の不均衡は,投票価値の平等の重要性に照らしてもはや看過し得ない程度に達しており,これを正当化すべき特別の理由も見いだせない以上,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたというほかはない。
[23] 本件選挙は,平成24年大法廷判決の言渡し後に成立した平成24年改正法による改正後の本件定数配分規定の下で施行されたものであるが,上記ウのとおり,本件旧定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあると評価されるに至ったのは,総定数の制約の下で偶数配分を前提に,長期にわたり投票価値の大きな較差を生じさせる要因となってきた都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みが,長年にわたる制度及び社会状況の変化により,もはやそのような較差の継続を正当化する十分な根拠を維持し得なくなっていることによるものであり,同判決において指摘されているとおり,上記の状態を解消するためには,一部の選挙区の定数の増減にとどまらず,上記制度の仕組み自体の見直しが必要であるといわなければならない。しかるところ,平成24年改正法による前記4増4減の措置は,上記制度の仕組みを維持して一部の選挙区の定数を増減するにとどまり,現に選挙区間の最大較差(本件選挙当時4.77倍)については上記改正の前後を通じてなお5倍前後の水準が続いていたのであるから,上記の状態を解消するには足りないものであったといわざるを得ない(同改正法自体も,その附則において,平成28年に施行される通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い結論を得るものとする旨を定めており,上記4増4減の措置の後も引き続き上記制度の仕組み自体の見直しの検討が必要となることを前提としていたものと解される。)。
[24] したがって,平成24年改正法による上記の措置を経た後も,本件選挙当時に至るまで,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は,平成22年選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものというべきである。

[25](2)ア 参議院議員の選挙における投票価値の較差の問題について,当裁判所大法廷は,これまで,①当該定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているか否か,②上記の状態に至っている場合に,当該選挙までの期間内にその是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるとして当該定数配分規定が憲法に違反するに至っているか否かといった判断の枠組みを前提として審査を行ってきており,こうした判断の方法が採られてきたのは,憲法の予定している司法権と立法権との関係に由来するものと考えられる。すなわち,裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても,自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく,その是正は国会の立法によって行われることになるものであり,是正の方法についても国会は幅広い裁量権を有しているので,裁判所が選挙制度の憲法適合性について上記の判断枠組みの下で一定の判断を示すことにより,国会がこれを踏まえて自ら所要の適切な是正の措置を講ずることが,憲法上想定されているものと解される。このような憲法秩序の下における司法権と立法権との関係に照らすと,上記①において違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っている旨の司法の判断がされれば国会はこれを受けて是正を行う責務を負うものであるところ,上記②において当該選挙までの期間内にその是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた裁量権の行使の在り方として相当なものであったといえるか否かという観点に立って評価すべきものと解される(最高裁平成25年(行ツ)第209号,第210号,第211号同年11月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁参照)。
[26] そこで,本件において,本件選挙までに違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態の是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるといえるか否かについて検討する。
[27] 参議院議員の選挙における投票価値の不均衡については,平成10年及び同12年の前掲各大法廷判決は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていないとする判断を示し,その後も平成21年大法廷判決に至るまで上記の状態に至っていたとする判断が示されたことはなかったものであるところ,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているとし,その解消のために選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であるとする当裁判所大法廷の判断が示されたのは,平成24年大法廷判決の言渡しがされた平成24年10月17日であり,国会において上記の状態に至っていると認識し得たのはこの時点からであったというべきである。
[28] この違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態を解消するためには,平成24年大法廷判決の指摘するとおり,単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講ずることが求められていたところである。このような選挙制度の仕組み自体の見直しについては,平成21年及び同24年の前掲各大法廷判決の判示においても言及されているように,参議院の在り方をも踏まえた高度に政治的な判断が求められるなど,事柄の性質上課題も多いため,その検討に相応の時間を要することは認めざるを得ず,また,参議院の各会派による協議を経て改正の方向性や制度設計の方針を策定し,具体的な改正案を立案して法改正を実現していくためには,これらの各過程における諸々の手続や作業が必要となる。
[29] しかるところ,平成24年大法廷判決の言渡しによって選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていることを国会が認識し得た平成24年10月17日の時点から,本件選挙が施行された同25年7月21日までの期間は,約9か月にとどまるものであること,それ以前にも当裁判所大法廷の指摘を踏まえて参議院における選挙制度の改革に向けての検討が行われていたものの,それらはいまだ上記の状態に至っているとの判断がされていない段階での将来の見直しに向けての検討にとどまる上,前記2(3)のとおり上記改革の方向性に係る各会派等の意見は区々に分かれて集約されない状況にあったことなどに照らすと,平成24年大法廷判決の言渡しから本件選挙までの上記期間内に,上記のように高度に政治的な判断や多くの課題の検討を経て改正の方向性や制度設計の方針を策定し,具体的な改正案の立案と法改正の手続と作業を了することは,実現の困難な事柄であったものといわざるを得ない。
[30] 他方,国会においては,前記2(4)のとおり,平成24年大法廷判決の言渡し後,本件選挙までの間に,前記4増4減の措置に加え,附則において平成28年に施行される通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い結論を得るものとする旨を併せて定めた平成24年改正法が成立するとともに,参議院の選挙制度の改革に関する検討会及び選挙制度協議会において,平成24年大法廷判決を受けて選挙制度の改革に関する検討が行われ,上記附則の定めに従い,選挙制度の仕組みの見直しを内容とする公職選挙法改正の上記選挙までの成立を目指すなどの検討の方針や工程が示されてきている。このことに加え,前記2(5)のとおり,これらの参議院の検討機関において,本件選挙後も,上記附則の定めに従い,平成24年大法廷判決の趣旨に沿った方向で選挙制度の仕組みの見直しを内容とする法改正の具体的な方法等の検討が行われてきていることをも考慮に入れると,本件選挙前の国会における是正の実現に向けた上記の取組は,具体的な改正案の策定にまでは至らなかったものの,同判決の趣旨に沿った方向で進められていたものということができる。
[31] 以上に鑑みると,本件選挙は,前記4増4減の措置後も前回の平成22年選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態の下で施行されたものではあるが,平成24年大法廷判決の言渡しから本件選挙までの約9か月の間に,平成28年に施行される通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い結論を得るものとする旨を附則に定めた平成24年改正法が成立し,参議院の検討機関において,上記附則の定めに従い,同判決の趣旨に沿った方向で選挙制度の仕組みの見直しを内容とする法改正の上記選挙までの成立を目指すなどの検討の方針や工程を示しつつその見直しの検討が行われてきているのであって,前記アにおいて述べた司法権と立法権との関係を踏まえ,前記のような考慮すべき諸事情に照らすと,国会における是正の実現に向けた取組が平成24年大法廷判決の趣旨を踏まえた国会の裁量権の行使の在り方として相当なものでなかったということはできず,本件選挙までの間に更に上記の見直しを内容とする法改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものということはできない。

[32](3) 以上のとおりであって,本件選挙当時において,本件定数配分規定の下で,選挙区間における投票価値の不均衡は,平成24年改正法による改正後も前回の平成22年選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものではあるが,本件選挙までの間に更に本件定数配分規定の改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず,本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。
[33] 参議院議員の選挙制度については,これまで,限られた総定数の枠内で,半数改選という憲法上の要請を踏まえて定められた偶数配分を前提に,都道府県を各選挙区の単位とする現行の選挙制度の仕組みの下で,人口の都市部への集中による都道府県間の人口較差の拡大に伴い,一部の選挙区の定数を増減する数次の改正がされてきたが,これらの改正の前後を通じて長期にわたり投票価値の大きな較差が維持されたまま推移してきた。しかしながら,国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であることや,さきに述べた国政の運営における参議院の役割等に照らせば,より適切な民意の反映が可能となるよう,従来の改正のように単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,国会において,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなどの具体的な改正案の検討と集約が着実に進められ,できるだけ速やかに,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によって違憲の問題が生ずる前記の不平等状態が解消される必要があるというべきである。

[34] 原判決は,本件定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するものであったとしつつ,行政事件訴訟法31条1項に示された一般的な法の基本原則に従い,原審原告らの請求をいずれも棄却した上で,当該選挙区における本件選挙が違法であることを主文において宣言したものであるが,原判決は,前記判示と抵触する限度において変更を免れないというべきであって,原審被告らの論旨は上記の趣旨をいうものとして理由がある。他方,本件定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するものであったとした上で本件選挙を無効とすべき旨をいう原審原告らの論旨は,前記判示に照らし,採用することができない。
[35] 以上の次第で,原審被告らの上告に基づき,原判決を変更して,原審原告らの請求をいずれも棄却するとともに,原審原告らの上告を棄却することとする。

[36] よって,裁判官大橋正春,同鬼丸かおる,同木内道祥,同山本庸幸の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子,同金築誠志,同岡部喜代子,同山浦善樹,同山崎敏充の補足意見,裁判官千葉勝美の補足意見がある。


 裁判官櫻井龍子,同金築誠志,同岡部喜代子,同山浦善樹,同山崎敏充の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私たちは,多数意見に賛同するものであり,本件選挙当時,本件定数配分規定の下での選挙区間の投票価値の不均衡は,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態(以下「違憲状態」という。)にあったと考えるが,その状態を解消するために必要とされる選挙制度の仕組みの見直しの在り方について,補足して意見を述べておきたい。
[2] 現行の参議院議員の選挙制度は,限られた総定数の枠内で,選挙区選出議員の選挙につき,半数改選という憲法上の要請を踏まえて定められた偶数配分を前提に,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定するという仕組みを採っているが,人口の都市部への集中による都道府県間の人口較差の拡大が続き,総定数を増やすことにも制約がある中で,このような都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等の実現を図るという要求に応えていくことは,もはや著しく困難な状況に至っているものというべきであり,違憲状態の解消を図るためにはこのような選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であることは,多数意見の述べるとおりであって,多数意見の引用する平成24年大法廷判決の指摘するところでもある。
[3] 憲法秩序の下における司法権と立法権との関係に照らすと,投票価値の不均衡が違憲状態にある旨の司法の判断がされれば,国会は憲法上これを受けて自らその解消に向けて所要の適切な措置を講ずる責務を負うものと解されるところ,平成24年大法廷判決の言渡しの翌月に成立した公職選挙法の改正法(平成24年改正法)が,その附則において,平成28年に施行される参議院議員の通常選挙(以下「平成28年選挙」という。)に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い結論を得るものとする旨を定めているのも,同判決の趣旨に沿って選挙制度の仕組み自体を抜本的に見直す改正法を早期に成立させ,平成28年選挙から実施することを,正に国会自身が上記責務の遂行の方針として具体的に宣明したものということができよう。そして,平成24年大法廷判決の言渡し後,参議院の選挙制度の改革に関する検討会の下に設置された選挙制度協議会において,同判決の指摘を前提として,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しの在り方について様々な案の提案と検討が行われ,平成24年改正法の上記附則の定めに従って平成28年選挙までの法改正を実現すべく,それらの提案を踏まえた具体的な改正案の策定に向けて議論が進められてきているのは,国会による上記責務の遂行の取組を示すものといえる。
[4] 上記のような選挙制度の仕組みの見直しを内容とする具体的な改正の方法の策定に関しては,投票価値の平等の実現を目的としつつ,二院制に係る憲法の趣旨等との調和の観点も踏まえた総合的な検討や参議院の在り方をも踏まえた高度に政治的な判断が求められるなど,事柄の性質上課題も多いためその検討に相応の時間を要することは否定し難い。しかし,投票価値の不均衡の是正は,議会制民主主義の根幹に関わり,国権の最高機関としての国会の活動の正統性を支える基本的な条件に関わる極めて重要な問題であって,違憲状態を解消して民意を適正に反映する選挙制度を構築することは,国民全体のために優先して取り組むべき喫緊の課題というべきものである。様々な政治的困難を伴う作業であるとはいえ,国会自身が平成24年改正法の上記附則において主権者である国民に対して自らの責務の遂行の方針として宣明したとおり,今後国会において具体的な改正案の集約と収斂に向けた取組が着実に実行され,同附則の前記の定めに従って,平成24年大法廷判決及び本判決の趣旨に沿った選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置ができるだけ速やかに実現されることが強く望まれるところである。


 裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見において,本件選挙までに法改正による違憲状態の是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものということはできないとしたことに関連して,次のとおり私見を付加しておきたい。

[2]1(1) 最高裁判所大法廷(多数意見)は,最近3回の参議院議員定数訴訟(多数意見の引用する平成18年大法廷判決,平成21年大法廷判決及び平成24年大法廷判決)において,いずれも,選挙区間の投票価値の不平等状態が生じている議員定数配分規定についての合憲性審査を行い,結論としては,国会における裁量権の限界を超えたものと断ずることはできず合憲であるとしながらも,国会の対応として,投票価値の較差縮小に向けて制度の仕組みを見直す必要がある旨を指摘する付言又は説示を加えている。
[3] 具体的には,平成18年大法廷判決と平成21年大法廷判決は,いずれも,投票価値の較差につき違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態(以下「違憲状態」という。)に至っているとの判断は示していないが,前者の判決は,なお書きにおいて,今後も,国会においては,人口の偏在傾向が続く中で,これまでの制度の枠組みの見直しをも含め,投票価値の較差をより縮小するための検討を継続することが憲法の趣旨に沿うものというべきである旨を付言しており,また,後者の判決は,較差の大幅な縮小のためには,各選挙区の定数を振替える措置によるだけでなく,制度の仕組み自体の見直しが必要であり,国会において速やかに適切な検討が行われることが望まれる旨を付言している。

[4](2) ところで,憲法秩序の下における司法権と立法権との関係に照らすと,司法部により議員定数の配分が違憲状態であるとされた場合は,早期にその是正を図るための措置を執ることは,国会としての憲法上の責務というべきである。他方,違憲状態にまでは至っていないとされた場合には,較差の是正が責務となっているとまではいえないが,投票価値の平等を目指すことは憲法の趣旨に沿うものであるから,国会としては,あるべき選挙制度を考えていく過程で較差の縮小を検討していくべきであり,また,そのような対応で足りよう。そうすると,司法部が上記2件の大法廷判決において国会に対して一定の対応を求める付言を加えたことの意味が問題になる。
[5] この点は,三権の一翼を担う司法部として,「国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であること」(平成21年大法廷判決理由5参照)を重要な前提にして,大きな較差が長期間にわたって継続し,その是正措置が進んでいないという状況を踏まえ,国会に対しその縮小を検討すべき較差が存在していることを,警告的な意味で注意喚起したものといえる。

[6](3) 他方,上記3件目の平成24年大法廷判決では,国会において投票価値の較差縮小に向けて制度の仕組みを見直す必要がある旨を指摘するという説示を加えているが,その憲法上の意味は大きく異なるものである。すなわち,平成24年大法廷判決は,対象となる選挙時点での投票価値の不均衡は,もはや看過し得ない程度に達し,違憲状態に至っていたとしている。もっとも,これを是正するために必要とされる期間や是正に向けた国会の取組の状況等から,対象となる選挙時点までに定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えたとはいえないので結論としては定数配分規定が違憲であるとまではしなかったものの,当時の投票価値の較差が違憲状態であるという厳しい判断を示しているのである。そうすると,国会としては,平成24年大法廷判決によって早期にその是正を図るべき憲法上の責務を負ったものであり,司法部の上記の説示は,もはや単なる注意喚起ではなく,国会の裁量権行使の方向性に言及した上で,国会に対してこの憲法上の責務を合理的期間内に果たすべきことを求めたものというべきである。そして,国会は,この時点で,較差是正の憲法上の責務を負っていることを知ったといえるので,以後この方向での立法裁量権を行使していかなければならないこととなる。

[7]2(1) 国会においては,平成24年大法廷判決の対象である平成22年7月施行の参議院議員通常選挙後である同24年8月に公職選挙法の一部改正法案(平成24年改正法案)が提出され,そこではいわゆる4増4減の改定案が採られたが,これによっても同22年10月実施の国勢調査結果に基づく選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差は1対4.75にとどまり,是正策としては不十分なものであった。平成24年大法廷判決は,同年10月17日に言い渡され,最大較差1対5.00を違憲状態としたが,国会は,その判決の結果を認識した後である同年11月16日にそれ以上の手を加えることなくこの法案を平成24年改正法として成立させている。そうすると,平成24年改正法を成立させたということは,平成24年大法廷判決が国会に対して示した較差是正のための憲法上の責務を踏まえて,国会において一定の対応をしたものといえる。
[8] そこでの4増4減の措置は,平成24年大法廷判決の理由4(3)後段で「単に4選挙区で定数を4増4減するものにとどまる」との評価が既にされていたものであるが,改正法の附則3項の「(検討)」においては,「平成28年に行われる参議院議員の通常選挙に向けて,参議院の在り方,選挙区間における議員1人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする。」とされている。この附則の意味は,平成24年大法廷判決が早期の是正措置を執るべきことを憲法上の責務として示したことを受けて,国会が,上記4増4減の当面の暫定措置のほか,自ら期限を切って,憲法上の責務を果たすという意思を表明したものであり,事柄の重大性等に鑑み,国会として司法部の憲法判断に真摯に対応することを宣明したものとして,高く評価されるべきものというべきである。

[9](2) 本件選挙は,平成24年改正法の成立の約9か月後に施行され,そこでの投票価値の較差は,本件の多数意見の判示するとおり,依然として違憲状態にあるといわざるを得ないが,国会は,既に自ら期限を切って憲法上の責務の履行として是正措置を執ることを上記附則において宣明したのであり,その結果,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ違憲状態を解消する対応を採ることが,法的に義務付けられている状態(更にいえば自ら法的に義務付けた状態)にあるといえよう。
[10] 現時点では,参議院の選挙制度協議会等で平成28年の参議院議員通常選挙から新選挙制度を適用するとの「工程表」に基づき,選挙制度の仕組みの見直しに向けた検討が行われているが,この点については憲法における二院制の本質的な機能・役割を踏まえた参議院の在り方,そして,今日の社会的・政治的状況を踏まえた衆参両議院議員の選挙制度等のあるべき姿など制度の本質的な点をも含む検討をも行うのであれば十分な検討時間を確保する必要があろう(そのためには,選挙制度の法原理的観点からの吟味,二院制に関する政治哲学,諸外国の二院制議会の現状分析と評価,グローバルな視点を保持した上での我が国の社会や産業等の構造的な分析等を踏まえた上で,二院制に係る憲法の趣旨や参議院の役割・機能を捉えた制度設計が求められるものというべきである。この点につき、平成24年大法廷判決の当職の補足意見参照)。しかし,平成24年大法廷判決及び本件大法廷判決の判示を受けた後は,平成24年改正法附則3項は,遅くとも,平成28年の参議院議員通常選挙の施行までの間に,少なくとも,投票価値の較差是正という違憲状態解消のための制度的見直しを実現していくことを最優先事項としたものと思われる。そして,これは,紛れもなく,憲法上の責務の履行であるから,このことをしっかりと踏まえた着実な対応,すなわち制度の見直しの実現が求められるところである。

[11]3(1) 多数意見は,判決理由2(5)において,本件選挙後の事情として,上記工程表を踏まえ,参議院の選挙制度協議会等における選挙制度の仕組みの見直しをめぐる検討状況を摘示し,判決理由4(2)イでは,このような国会での検討は,平成24年大法廷判決の趣旨に沿った方向で進められていたと判示した上で,これらの事情をも考慮した上で,本件選挙までに較差是正がされなかったとしても国会の裁量権の限界を超えるものではないと結論付けている。ここで摘示されている本件選挙後の国会の検討状況は,本件選挙時点を合憲性判断の基準時とする以上,基準時後の事情であって,本来その判断における直接の考慮要素にはならない。しかし,上記摘示の事情は,本件選挙前に示されていた上記工程表が,単に形だけのものではなく,その後も引き続きそれに従った検討が続けられてきていることからして,当初から国会としては平成24年大法廷判決の趣旨に沿った較差是正の姿勢を有していたことの裏付けとなるものであり,そのような間接的な事情として参酌されるものといえる。他方で,これから行われる是正のための努力も含め,平成24年改正法附則3項に基づく制度改正のための国会における一連の検討状況とその結果としての改正内容は,次回の平成28年施行の参議院議員通常選挙における定数配分規定の憲法適合性との関係においては,違憲状態か否か,国会の立法裁量権の限界を超えるものかどうかについての司法判断の直接的な考慮要素となる重要な事項であるといえよう。
[12] また,本件の多数意見は,平成24年大法廷判決と同様に,限られた議員定数の枠内では,偶数配分を前提に,都道府県を各選挙区の単位とする現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によって違憲状態が解消される必要がある旨を説示しているが,この説示は,本件選挙時点の較差は,このような現行の選挙制度の仕組みの下における一部の選挙区の定数の増減によってでは違憲状態が解消されない程度の大きなものとなっていることを示したものであり,逆にいえば,違憲状態の評価を脱するためには現状の較差の大幅な縮小がされなければならないのである。
[13] なお,参議院の選挙区選出議員の選挙制度については,衆議院議員の選挙とは異なり,都道府県を単位とする地域代表的な性格を有するものとすることに合理性があり,半数改選という憲法上の要請を踏まえて定められた偶数配分等を前提とする以上,選挙区間である程度の投票価値の較差が生ずるのはやむを得ないとする見解がないではない。しかし,参議院議員の選挙制度には地域代表的性格を保有させるべきであるという見解は,政策的観点からは相応の合理性は認められるが,それは憲法上の要請ではなく,投票価値の平等という憲法上の原則を支える人口比例原則に優越するものではないというべきである(この点につき,平成24年大法廷判決の当職の補足意見参照)。

[14](2) 平成24年改正法附則3項に基づく制度改正においては,これらの点を十分に考慮に入れた国会の適切な裁量権の行使が求められるところであり,私としては,国権の最高機関たる国会において,自ら設定した期限までに制度の仕組みの見直しを内容とする抜本的な改革がされることを,今後の進捗状況を含めて期待をもって注視していきたいと考えている。


 裁判官大橋正春の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見と異なり,本件定数配分規定は本件選挙当時において憲法に違反し,本件選挙は違法であると考えるものである。

[2] 本件定数配分規定は,平成24年改正法による公職選挙法の改正(以下「平成24年改正」という。)において定められたものであるが,平成24年改正は,平成24年大法廷判決によって違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態(以下「違憲状態」ともいう。)に至っていたとされた平成18年改正による定数配分規定につき,従前の選挙制度の仕組みに変更を加えることなく4選挙区で定数を4増4減して較差の縮小を図ったもので,平成22年選挙当時1対5.00であった最大較差が本件選挙当時には1対4.77に縮小したものの,平成24年大法廷判決が指摘した違憲状態は同改正によっても解消されたとはいえないことは多数意見の指摘するとおりである。
[3] そこで,本件選挙までに憲法の要求する投票価値の平等の実現を図らなかったことが国会の裁量権の限界を超えるといえるかが問題となる。多数意見は,国会が,本件定数配分規定が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていることを認識し得たのは平成24年大法廷判決の言渡しがされた平成24年10月17日であり,この時点を起算日として本件選挙までに不平等状態の是正がなされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるか否かが判断の対象となるとしている。しかし,国会(これを構成する個々の国会議員)は憲法尊重擁護義務を負うものであるから,司法により憲法適合性についての判断がなされた場合にこれを受けて是正を行う責務があるだけでなく,司法判断の有無にかかわらず客観的に違憲状態にある場合にはこれを是正する責務を負うものである。したがって,国会が裁量権の限界を超えたか否かの判断において司法部による違憲状態の判断がされたことは決定的な要素ではあるものの,基本的には,客観的な違憲状態が生じた時から本件選挙までの間に是正措置が採られたか否かを判断すべきものと考える。ただし,以下では,多数意見に従って平成24年大法廷判決時を起算点として国会の裁量権について検討するものとする。
[4] 本件選挙までに違憲状態の是正がなされなかったことが国会の裁量権の限界を超えているといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず多数意見が指摘するような諸般の事情を総合考慮することが必要であることには異論がない。私は,この点について,次の3点を特に指摘しておきたい。
[5] 第1に,国会の裁量権を考えるに当たっては,国会が問題の根本的解決のために真摯な努力を行っていることが前提となる。
[6] 第2に,多数意見の引用する平成16年大法廷判決,平成18年大法廷判決及び平成21年大法廷判決において当該定数配分規定を違憲とする反対意見が付されただけでなく,憲法に違反しないとする多数意見に加わった裁判官の中からも国会の改正作業について厳しい意見が述べられたことも,国会の裁量権に関して判断するに際して重要な要素として考慮されるべきである。
[7] 第3に,国会が真摯な努力を行っているか否かの判断においては,国会が自ら行った過去の検討の成果をどのように利用しているかが重要な要素となるというべきである。
[8] 参議院選挙区選出議員の選挙区の定数是正について,国会は,平成16年大法廷判決後,平成17年7月に施行される参議院議員通常選挙までの間に較差を是正することは困難であるとして較差是正を見送り,従来の定数配分規定によって平成17年の通常選挙が施行された。同選挙後の検討の結果成立した平成18年改正においても,平成19年7月施行の参議院議員通常選挙に向けた当面の是正策として4増4減の措置が実施されただけであり,根本的解決は同選挙後の検討に先送りされた。平成18年改正による定数配分規定について平成21年大法廷判決は投票価値の不平等の是正については国会における不断の努力が望まれると指摘したが,国会は選挙制度の見直しを平成22年7月施行の参議院議員通常選挙後に先送りしただけでなく,同選挙に向けての当面の較差是正をも見送り,同選挙を対象とした平成24年大法廷判決で定数配分規定は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたと指摘されることになった。そして,同選挙前に目標とされた平成23年度中に参議院議員選挙の抜本的改革を内容とする公職選挙法の改正法案の提出は実現されず,平成24年11月16日に成立した平成24年改正法においても,平成25年7月施行の参議院議員通常選挙に向けた当面の是正措置として4選挙区で4増4減措置を定めたにすぎず,抜本的な改革は平成28年7月施行の参議院議員通常選挙まで再び先送りされた。こうした国会の改正作業について,私は平成24年大法廷判決の反対意見において,
「平成18年改正の4増4減措置は,表向きは暫定的なものとされていたものの,その真意は,それを実質的に改革作業の終着駅とし,しかも,最大較差5倍を超えないための最小限の改革に止めるという意図によるものであったと評価せざるを得ない。」
と述べたが,平成24年改正についても,国会が過去の検討結果を利用して審議を促進させようとの動きを見ることはできず,国会の真摯な努力については疑問を持たざるを得ない。
[9] 関係者の主観的意図は別として,国会の行動は,外形的には,定数配分規定の憲法適合性が問題になると当面の選挙を対象とした暫定的措置を採って抜本的改革は先送りし,次の選挙が近づき定数配分規定の憲法適合性が問題になるとまた暫定的措置を採るのみで抜本的改革を先送りするということを繰り返しているように見える。平成24年大法廷判決の判示するとおり参議院の定数配分の違憲状態を解消するためには選挙制度の仕組み自体の見直しが不可欠である以上,このような暫定的措置と抜本的改革の先送りを繰り返すだけでは,違憲状態が解消されるものではなく,制度の仕組み自体の見直しを内容とする改正の真摯な取組がされないまま期間が経過していくことは国会の裁量権の限界を超えるとの評価を免れないというべきである。
[10] 上記の諸事情を考慮すれば,本件選挙までに憲法の要求する投票価値の平等の実現を図らなかったことは国会の裁量権の限界を超えたものといわなければならない(そもそも,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたとされる状態を是正することは国会の憲法上の責務であり,裁量の問題とすることには違和感を覚える。当審は,最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁(以下「昭和51年大法廷判決」という。)以降,衆議院議員の選挙における投票価値の較差について,投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断した場合の次の判断事項として,「憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否か」と判示して期間の問題であることを明示しているが,参議院議員選挙についてもこれと同様の問題の捉え方が適切であると考えられる。)。したがって,本件定数配分規定は,本件選挙当時において憲法に違反するものであったことになる。

[11] 参議院議員の選挙における投票価値の較差に関する憲法適合性判断の枠組み及びこうした判断の方法が採られてきたのが,憲法の予定している司法権と立法権の関係に由来するものと考えられることは,多数意見が指摘するとおりである。また,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っている旨の司法の判断がなされれば国会はこれを受けて是正の責務を負うものであることも,多数意見が指摘するとおりである。ただし,客観的に違憲状態にある場合には司法判断の有無にかかわらず国会はこれを是正する責務を負うとの私の考えは前記1において述べたとおりである。
[12] 上記の国会の負う責務は,憲法尊重擁護義務を負う国会議員から構成される国会の憲法上の義務であり,法的な義務と理解される。同時に,定数配分規定及びこれに基づく参議院議員通常選挙の憲法適合性は,当該選挙によって選出される個々の議員及びこれにより構成される国会の正統性に関わる問題であり,国会及び各議員は,その正統性を回復するために速やかにこれを是正する政治的な義務を負うものと考えられ,他方で主権者である国民は選挙権の行使その他法令上認められた権利を行使して違憲状態の是正を求める政治上の権能を有するものであるから,上記の是正に係る国会の裁量権は,この主権者による政治的な権能の行使による監視・制約を前提にするものであることを付言しておきたい。

[13] 前記1に述べた枠組みによる判断の結果定数配分規定が憲法に違反するとされた場合においても,具体的事情により当該定数配分規定によって行われた選挙を無効としないものとすることがあり得る(昭和51年大法廷判決参照)。このいわゆる事情判決の法理については,行政事件訴訟法の規定に含まれる法の一般原則に基づくものと理解されているが,私は,また,これは違憲判決の効果の範囲・内容を定めるについて裁判所の有する裁量権(最高裁平成24年(ク)第984号,第985号同25年9月4日大法廷決定・民集67巻6号1320頁参照)の表れの一つであると考えるものである。殊に,定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟は,公職選挙法204条の選挙の効力に関する訴訟の形式を借りて新たな憲法訴訟の方式を当審が創設したという実質を有するものであり(最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁の4名の裁判官の補足意見参照),その効果を定めるについて裁判所の裁量を認める余地は大きいものということができよう。勿論,憲法上保障される個人の基本的権利の侵害が問題になっている場合には,違憲の効力を制限することには慎重であるべきだが,本件はいわゆる客観訴訟でありそのような問題は生じない。
[14] 上記のように考えた場合には,裁判所は,昭和51年大法廷判決のいう違法であることを判示するにとどめて選挙自体は無効としないとすることや,上記の昭和60年大法廷判決の補足意見のいう選挙を無効とするがその効果は一定期間経過後に初めて発生するものとすることが可能であるだけでなく,全ての選挙区について選挙無効とするのではなく,一定の合理的基準(例えば較差が一定以上)に基づいて選択された一部の選挙区についてのみ選挙を無効とし,その他の選挙区については違法を宣言するにとどめることも可能であると考える。
[17] 「投票価値の不平等が,かくも広く長期にわたって改善されない現状は,事情判決を契機として,国会によって較差の解消のための作業が行われるであろうという期待は,百年河清を待つに等しいといえる。」(平成16年大法廷判決の深澤武久裁判官の追加反対意見)との指摘について,私としても同感するところが少なくなく,本件においては,少なくとも較差が4倍を超える6つの選挙区については選挙を無効とすべきではないかとも考えるところである。しかしながら,民主主義は本来的に非効率的な面を有する制度であることや,一部の選挙区についてのみ選挙を無効とすることができるという考え方についてはいまだ十分な議論がなされていないこと,参議院において現在も一定の改正作業が進行しており,今後の情勢は不透明ではあるが,選挙制度協議会において当審判決を前提に較差を2倍未満とする座長案が提案されるなど,少なくとも国会の中にも当審がこれまでの判決に込めたメッセージを受け止めてこれに対応しようと努力する動きがあることなどに照らすと,現時点で直ちに国会の自主的判断による是正の実現は期待できないと断ずるのは早すぎると考える。平成24年改正法が附則において平成28年に施行される通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて結論を得る旨明記して国会が改革を実現する意思を自ら公に示していると理解できること,主権者である国民がその様々な政治上の権能を行使して国会にその改革を実現するよう働きかけることが期待できること等を考慮し,本件においては選挙を無効としないことを選択するのが相当であると考える。

[18] 以上により,私は,本件定数配分規定は,本件選挙当時,違憲であり,いわゆる事情判決の法理により,請求を棄却した上で,主文において本件選挙が違法である旨を宣言すべきであると考える。


 裁判官鬼丸かおるの反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見とは異なり,本件定数配分規定は憲法に違反するものであり,本件定数配分規定に基づいて施行された本件選挙も違法であるから,その違法を宣言すべきであると考える。このような見解に至った理由を以下に述べる。
[2] 参議院議員の選挙においても,衆議院議員の選挙と同様に,国民の投票価値につき,憲法はできる限り1対1に近い平等を基本的に保障しているというべきである。その理由は次のとおりである。

[3](1) 日本国憲法は,その前文冒頭において,国会は主権者たる国民からの厳粛な信託により国民を代表して民主主義による国政を行うものであって,代表者は正当に選挙されることを要請していること,そして13条,14条1項,15条1項,44条ただし書において,衆参両議院の議員の選挙における人種,信条,性別,社会的身分若しくは門地,教育,財産又は収入による差別の禁止等を定めていることから,憲法は,両議院議員の選挙における国民の投票価値を平等とすることを基本原則としているというべきである。そして,両議院議員の選挙における投票価値の平等原則は憲法の要請であるから,国会はその有する立法権限の下に選挙制度を構築するに当たっては,投票価値の平等原則にのっとることが求められているのであって,投票価値に較差が生ずるについては,較差の存在及び較差の程度を是認するに足りる合理的な理由を要するというべきである。

[4](2) 参議院は,内閣総理大臣の指名,予算案の議決,条約の承認,法律案の再議決等については衆議院に優越されるものの(59条ないし61条,67条,69条),衆議院とともに立法機関として国民を代表して民主主義による国政を行うのであるから,投票価値について衆議院議員の選挙と異にする理由はなく,参議院議員の選挙においても,原則として選挙人は1人1票の等価値の選挙権を有するとすることが憲法の要請するところであると解する。
[5] 投票価値の平等原則は,憲法の要請であるとともに,当裁判所の判決も,次のとおり要請しているところである。
[6] 当裁判所の昭和58年大法廷判決は,都道府県を選挙区とした参議院議員選挙区選挙における投票価値の較差を許容したが,その判決文中には,憲法は選挙人の投票の有する価値の平等を要求していることが明記されている。多数意見の引用するその後の大法廷判決のうち,平成8年大法廷判決においては,投票価値の平等の重要性を考慮すると違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態であることが,平成18年大法廷判決においては,投票価値の平等の重要性を考慮すると投票価値の不平等の是正については国会における不断の努力が望まれることが,平成21年大法廷判決においては,平成19年選挙施行当時の較差が投票価値の平等という観点からはなお大きな不平等が存する状態であることが,各判示されている。
[7] 他方,当裁判所の過去の各判決及び本件判決の多数意見においては,投票価値の平等は国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであるとされ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,各選挙時における選挙人の投票価値について1対1に近い等価値が憲法上求められるとまではされてこなかったが,私は,以下に述べるとおり,衆議院議員選挙と同様に,参議院議員選挙においても,投票価値の大きな較差を許容し得る合理的理由はなく,選挙区及び定数配分の具体的な設定に当たっても,前記1の基本原則のとおり,できる限り1対1に近い投票価値の平等の実現が憲法上求められると考えるものである。もっとも,投票価値の較差の最小化を図るべきとの憲法上の要請を前提にして国会が配慮を尽くしても,人口変動による選挙人の基礎人口の変化,特に新たな選挙区の単位とされる区域間の人口の増減といった,社会的な事情及びその変動に伴ういわば技術的に不可避というべき較差が生ずることは許容せざるを得ないと考えるが,それでも毎回の選挙ごとにこれを最小化してできる限り投票価値を1対1に近づける努力が継続される必要があるというべきである。

[8](1) 参議院議員は全国民を代表するものであって(憲法43条1項),当該議員が選出された選挙区の地域や居住者の利益等,国民の一部の利益を代表する者ではない。人口の少ない地域(以下「少人口地域」という。)の居住者の声を国会に届けることの重要性を否定するものではないが,それは全国民の代表である参議院議員一人一人が国民の代表として考慮すべき一事柄である。参議院議員選挙法が施行された時期においては,地域情勢や地域住民の声を国会に届ける手段に乏しい実情があったことは否めないところである。しかし,通信や交通の手段が格段に発達し,全国各地の情報を速やかに入手することが極めて容易になった近年においては,少人口地域等の投票価値を重くし,少人口地域等から選出される議員の当選可能得票数を他の地域の当選可能得票数より著しく少なくすることにより議員選出を容易にする方法を採らなければ,少人口地域の情勢や声が国会に伝わらないというような事情は既に解消されているのであって,ここに投票価値の較差を設けるべき合理的理由を見いだすことは困難である。

[9](2) 国会が対応すべき課題は多数かつ多様であり,配慮を要すべきは少人口地域の問題に限られるものではない。また,選挙人側についても考慮を要する要素は,少人口地域の居住者という要素に限られず多々あるのであって,無数ともいえる考慮されるべき要素が,立法や政策課題ごとに関係性の強弱を変えて関わるのである。少人口地域の居住者という要素のみを投票価値に反映させることに合理性を認めることには,著しい困難があるといえよう。
[10] 選挙人にも多種多様な考慮すべき要素が存在し,国政にも多種多様な課題の存することを考慮すれば,参議院議員の選挙の投票価値は,民主主義の基本原理に立ち戻り,原則として1対1の等価とすべきである。

[11](3) 憲法が二院制を採用し,第二院として参議院を置いたのは,参議院に地域代表の要素という独自性を持たせることにあるという考え方もあるところである。
[12] しかし,地方選出議員(昭和57年法律第81号による公職選挙法の改正後は,選挙区選出議員)の意義に関して,憲法制定過程において,参議院選挙制度に地域代表的性格を持たせたことはなく,むしろ有用多種な人材を確保する意図であったとされており,このことは,平成21年大法廷判決の田原睦夫裁判官の反対意見においても詳細に述べられているとおりである。
[13] 確かに,昭和22年に参議院議員選挙法が制定された時期には,第二次世界大戦後の国の大転換期に当たり早急に国の体制を完成する必要があったこと,都道府県という既存の行政区に存在意義があったこと,また都道府県等の機能を活用することに便宜があったこと等の諸事情が存したことは否めず,結果的に投票価値の較差がある程度生ずることはやむを得ない状況にあったと認められる。しかし,憲法に参議院の存在意義を都道府県等の地域性に置く旨の規定は存在せず,第1回の参議院地方選出議員の選挙において生じた最大較差2.62倍という投票価値の較差は,国会が参議院の独自性を都道府県等の地域代表性に求めた結果であるということもできないと解される。
[14] その後,都道府県を選挙区の単位とする定数配分規定は基本的に維持されたが,一方で人口が地方から都会へと集中した結果,選挙区間の最大較差が著しく広がることとなった。このような結果は、国会が立法政策をもって投票価値の較差を決定したことによるのではなく,人口変動により招かれた投票価値の較差を是正しなかったという消極的対応の結果とみるほかはないであろう。
[15] このような経過をみれば,国会が参議院の独自性に基づき選挙人の居住地域による投票価値の較差を設けたということはできないと考えるものである。

[16](4) 参議院が衆議院議員と同等の人口比例原則による選出を基盤とした議員により構成されるならば,両院の選出基盤の同質化が進むことになり,憲法が採用した二院制の趣旨が生かされないという別の憲法上の問題を生ずるという考えや,参議院と衆議院があいまって機能することにより一つの国会の機能を果たすのであるから,1議院については投票価値に較差を設けることを許容して,異なる基準により選挙する方法が選択可能であるという考え等も存するところである。
[17] しかし,憲法は,二院制の下で,一定の事項について衆議院の優越を認める(59条ないし61条,67条,69条)反面,参議院には解散(54条)のない6年の任期を定め,半数改選の定めを置く(46条)以外には,衆議院と異なる定めは置いていないのであって,上記のような考えを支持する規定は存在しない。
[18] 我が国は連邦制を採用していない単一国家であり,国会は,憲法の条文及び投票価値の平等などの憲法の要請や趣旨に反しない限り,立法裁量の範囲内で,いかなる二院制を構築するか,参議院にどのような独自性を持たせるか等の制度の設計が可能であり,投票価値を等価にしても選出方法を似通ったものにしない工夫をする権限も有するのである。したがって,投票価値が等価であるからといって,二院制の存在意義が失われるということはできないと解する。

[19](5) 本件選挙は本件定数配分規定に基づき行われたが,選挙施行前から選挙区間の最大較差は5倍弱に達することが避けられないことは明らかであったところ,選挙施行時の選挙区間の最大較差は4.77倍であった。本件選挙施行時の日本全国の状況を見ると,選挙区間の較差が4倍以上となる都道府県は9存在し,3倍以上4倍未満となるのは11府県,2倍以上の選挙区間の較差が見られるのは合計30都道府県に達した。さらに,1.7倍以上の較差の存する都道府県を数えれば40にも達する。日本の人口の大半を占める30ないし40の都道府県の有権者が,人口最小県に居住する選挙人の選挙権の1.7分の1ないし2分の1以下の投票価値しか有しないのである。
[20] 以上のとおり,大きな投票価値の較差を設けるにつき,合理的な理由があると解されない本件定数配分規定の下において生じた本件選挙時における上記の投票価値の較差は,平成24年大法廷判決や本判決の多数意見のように近年の制度及び社会状況の変化を論ずるまでもなく,憲法の投票価値平等の要請に違反し,違憲状態にあったと考えるものである。
[21](1) そこで,上記のとおり投票価値の較差において違憲状態にある定数配分の下で行われた本件選挙の当時,本件定数配分規定は,当該選挙までに是正されなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものとして,違憲の評価を受けるかにつき検討する。
[22] 多数意見の理由2(2)に昭和58年以降の当裁判所判決の経緯が記載されているように,当裁判所はそれ以前を含めて平成24年大法廷判決まで14回の参議院の選挙無効訴訟に係る判決をしているが,いずれも結論としては合憲の判断をしている。しかし,昭和58年大法廷判決において,投票価値の著しい不平等状態が相当期間継続している場合には,国会の裁量的権限の限界を超え,定数配分規定が憲法に違反するに至ることもあり得るとの判断が示されて以降,当裁判所の判決にはほぼ毎回反対意見が付され,平成8年大法廷判決では,多数意見においても当該選挙は違憲状態にあることが示された。そして,平成18年大法廷判決においては,投票価値の平等の重要性を考慮すると,選挙区間における選挙人の投票価値の不平等の是正については,国会において不断の努力をすることが望まれるとの判示がされた。当裁判所の13回目の判断になるところの平成21年大法廷判決の多数意見では,現行の選挙制度の仕組みを維持する限り,各選挙区の定数を振り替える措置によるだけでは,最大較差の大幅な縮小を図ることは困難であり,これを行おうとすれば,現行の選挙制度の見直しが必要となると指摘されている。
[23] 以上の当裁判所の判示の経緯を見れば,国会は,遅くとも平成21年大法廷判決が示された平成21年9月30日の時点で,選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であることを認識し得たということができる。平成24年大法廷判決は,投票価値の不均衡が違憲状態に至っている旨の判断を示すとともに,平成21年大法廷判決に判示された選挙制度の仕組みの見直しの在り方を具体的な方法の例示も含めて明示したものであり,仕組みの見直しの必要性については平成21年大法廷判決に既に示されていたというべきである。私は,前記1,2に述べたところから,平成21年大法廷判決の対象とされた平成19年選挙当時の投票価値の不均衡は,その較差の状況(最大較差4.86倍)に照らし,既に違憲状態に至っていたと考えるものである。
[24] 憲法の予定する立法権と司法権の関係に照らせば,憲法適合性に問題があり制度の見直しが必要との判決があったときには,国会は自ら適切な措置を講ずる責務を負うと解される。しかるに,国会においては,平成21年大法廷判決の後に公職選挙法の改正をすることなく,したがって定数配分規定も改正しないまま,違憲状態の定数配分に基づき本件選挙の施行に至ったのである。
[25] 平成21年大法廷判決後の状況を見ると,国会においては,参議院に「選挙制度の改革に関する検討会」が発足し,平成22年12月頃には西岡元参議院議長より改革のたたき台が提案された。この案は,参議院議員の総定員を全国9ブロックに分けて選挙を施行する案であり,ブロックの選挙区間の最大較差を1.153倍とするものであった。翌23年には,各政党からも改革案が提出されたが,それらの改革案の中にも,選挙区間最大較差を1.066倍ないし1.385倍とする案が存在した。ところが,現実には,前回の平成22年選挙後に,当面の改革案として,選挙区間の最大較差が4.75倍になると見込まれるところの,4選挙区の議員定数の4増4減を内容とする公職選挙法の一部を改正する法律案が国会に提出され,平成24年大法廷判決後に成立した。本件選挙は,この改正法による改正(4増4減)後の定数配分規定に基づき施行されたものである。なお,この改正法には平成28年に予定される通常選挙に向けて抜本的な見直しの検討を行う旨の附則が付されている。
[26] しかし,上記のとおり平成21年大法廷判決後に選挙区間の最大較差を1.385倍以下に抑える改革案が複数提案されていたという経緯に着目すれば,国会において,参議院議員選挙の投票価値の平等を図ることが求められているとの認識が既に広まっていたこと,投票価値の平等を基本とした参議院議員選挙制度の設計が構築可能であったことを表していると評価し得よう。
[27] 以上のア,イから見れば,国会は,遅くとも平成21年大法廷判決の後,速やかに投票価値の平等の実現に向け選挙制度の仕組みの改革に着手し,法改正を行うべき責務を負ったものであって,本件選挙までには約3年9か月の期間があったのであるから,投票価値の平等を基本とする公職選挙法改正は実現可能であったというほかはない。

[28](2) 以上のとおり,本件選挙までの間に投票価値の平等を基本とする定数配分規定の改正による違憲状態の是正がされなかったことは,国会の裁量権の限界を超えるものとの評価を免れず,本件選挙当時,本件定数配分規定は憲法に違反するに至っていたものというべきである。違憲の定数配分規定に基づき行われた本件選挙は違法というべきであるので,その選挙結果の効力が問題となる。
[29] この点については,上記の帰結として選挙を無効とすることもあり得るところであり,本件選挙を無効とするとの結論に至ったとしても,本件訴訟の対象となっていない比例代表選出議員や非改選の選挙区選出議員73人については,判決の効力は及ばず,本件選挙によって選出された議員だけが議席を失うことになり,参議院には非改選の選挙区選出議員と比例代表選出議員の議席は維持されるから,議事を開き議決するための定足数に欠けることにはならず(憲法56条),参議院が議決の機能を失うことはない。また,各選挙区から選出された1名以上の非改選議員の議席にも影響が及ばないのであるから,いずれかの選挙区の選出議員が欠損するという不都合を生ずることもない。このような事情に着目すれば,本件選挙を無効とすることにより,直ちに公の利益に著しい障害を生じさせるとまではいい得ないと思われる。
[30] しかし一方,平成24年大法廷判決を受け,国会においては,平成28年の参議院議員通常選挙に向けて,参議院選挙制度の抜本的見直しについて引き続き検討を行い結論を得るものとすると平成24年改正法の附則に明記して,この旨を国民に約しており,この自らの言に基づいて参議院選挙制度の抜本的見直しの検討が続けられているところである。もはや当面の手直しとしか評価されないような法改正が許容される状況にないことは,国会が上記の附則に記したとおり明らかであり,過去には国会内でも投票価値の等価を基本にした改正案が検討された経緯もあることからすれば,本判決の指摘も受けて,平成24年改正法の附則の定めに従い,平成28年の参議院議員通常選挙までに,国会において投票価値の等価を原則とした是正策が採られる可能性がある状況にあるといえる。両議院の議員定数や選挙区,投票方法等の選挙に関する事項を決する権限は立法府に専権的に属するのであり,参議院議員にとっては,自らを国民の代表者であるとする正統性の基盤が危ぶまれる状態に陥っているのであるから,自ら早急に法改正を実現し,代表者としての正統性を取り戻すことが重大な責務であることは明らかである。したがって,今回,違憲の結論を採るに当たっては,憲法の予定する立法権と司法権の関係に鑑み,司法が直ちに選挙を無効とするとの結論を出すのではなく,まず国会自らによる是正の責務の内容及びこれを速やかに実現する必要性を明確に示すことが相当であると思料される。そして,今後の進捗の状況等を注視し,その是正が速やかに行われない場合には,司法が選挙の効力に関して上記の結論につき決する新たな段階に歩を進めるのが相当であろう。
[31] 以上のことから,本件については,選挙を無効とすることなく,本件選挙は違法であると宣言することにとどめるのが相当であるとの結論を採るものである。


 裁判官木内道祥の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,平成24年改正法によるいわゆる4増4減の措置を経た後も,本件定数配分規定の下での選挙区間の投票価値の不均衡は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態(以下,違憲状態ともいう。)にあったとする多数意見に賛同するものであるが,その違憲状態が本件選挙までに是正されなかったことが国会の裁量権の限界を超えるか否かについては,多数意見と異なり,国会の裁量権の限界を超えるものであり,本件選挙時において本件定数配分規定は違憲であったと解するものである。そして,議員一人当たりの選挙人数の少ない選挙区の順に選挙無効とする選挙区を裁判所が定め,それ以外の選挙区の選挙については,いわゆる事情判決の法理により違法を宣言するにとどめるのが本来であるが,選挙無効とする選挙区を選定する規律が熟していないことに鑑み,今回については,全ての選挙区の選挙について選挙無効とすることなく違法を宣言するにとどめることが相当であると考えるものである。
[2] 以下,その理由を述べる。
[3] 衆議院議員の選挙区選挙について,選挙区間の人口較差が2倍未満となることを基本とする区割りの基準が定められているところ,憲法の定める二院制の趣旨に応じて,参議院においても,更に適切に民意が反映されるよう投票価値の平等の要請について十分な配慮が必要であること,参議院議員の選挙であること自体から直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由がないことは,多数意見の述べるとおりである。
[4] 選挙制度の決定に当たって,投票価値の平等は,それが唯一絶対の基準ではないことは当然であるが,このような憲法上の価値を内容とするものである以上,非人口的要素によって投票価値の平等に譲歩を求めるについては,その理由が憲法上の価値による合理的なものでなければならない。投票価値に一定の較差を生じさせる選挙制度が国会の正当に考慮できる目的との関連において投票価値の平等の要請と調和的に実現されたか否かの判定を内容とする選挙制度の憲法適合性の審査は,そのような較差を生じさせる事由について,上記の観点からの合理性の検証を要する。この点においても,参議院議員の選挙であると衆議院議員の選挙であるとを問わないものである。
[5](1) 平成24年大法廷判決において,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる程度の著しい投票価値の不平等状態を解消する必要があることが判示されたが,都道府県を単位として各選挙区の定めをすることが投票価値の不平等の原因であることは,それ以前の大法廷判決でも指摘されてきたことである(以下,多数意見の引用する大法廷判決をそれぞれ「平成8年大法廷判決」のようにいう。)。
[6] 偶数配分制を前提とする都道府県単位の選挙区の定めが投票価値の較差の原因であるところ,選挙区の単位を都道府県とするという事実上の都道府県代表的要素を選挙制度に加味することが投票価値の不平等を合理化することにも限度があることは,平成8年大法廷判決が示しており,平成10年及び同12年大法廷判決のそれぞれ5名の裁判官の反対意見が,事実上の都道府県代表的な要素は,憲法上,投票価値の平等のはるかに劣位にあるにすぎず,都道府県を単位とする選挙区の定めが投票価値の平等を著しく損なうことにならざるを得ないと述べ,平成16年大法廷判決では,事実上の都道府県代表的な要素を投票価値平等の原則を修正する合理的な根拠とする上記各判決の多数意見と同旨を述べるのは,補足意見1の5名の裁判官のみであった。平成18年大法廷判決では,参議院改革協議会の下に設けられた選挙制度に係る専門委員会の平成17年10月21日付け「参議院改革協議会専門委員会(選挙制度)報告書」(以下,専門委員会報告書ともいう。)への言及があり,平成21年大法廷判決では,上記の専門委員会報告書に表れた意見にもあるとおり,現行の選挙制度の仕組みを維持する限り,各選挙区の定数を振り替える措置によるだけでは,最大較差の大幅な縮小を図ることは困難であり,これを行おうとすれば,現行の選挙制度の仕組みの見直しが必要となることは否定できないと判示するに至っているのである。

[7](2) 昭和58年以降の当裁判所大法廷判決が,都道府県を選挙区とすることについて述べるところを概観すると,次のとおりである。
[8] 昭和58年大法廷判決は,都道府県が歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し一つの政治的まとまりを有する単位としてとらえ得ることから,これを構成する住民の意思を集約的に反映させるという事実上の都道府県代表的な意義ないし機能を有する要素を加味することも,国会に委ねられた裁量権の合理的行使として是認し得るものである以上,投票価値の平等の要求は一定の譲歩,後退を免れないとした。都道府県を選挙区の単位とすることによる事実上の都道府県代表的な要素が投票価値の平等の後退を求める要素として相当程度に評価されているものといえる。
[9] 平成8年大法廷判決の多数意見は,昭和58年大法廷判決と同趣旨を述べるものの,投票価値の平等の要求は憲法14条に由来し,国会が選挙制度の仕組みを定めるに当たっても重要な考慮要素となり,国会の立法裁量権にもおのずから一定の限界があり,都道府県を選挙区とし偶数配分制を採る選挙制度の下では投票価値の較差の是正を図ることには技術的な限界があることなどを考慮しても,違憲の問題が生ずる程度の著しい投票価値の不平等状態が生じていたとした。1名の裁判官の追加反対意見では,参議院を都道府県単位の代表として構成しようとする立場は憲法の採るところではないから,地域代表的性格の加味による較差の許容限度は衆議院と大きく異ならないのが本則とされた。
[10] 平成10年及び同12年の各大法廷判決の多数意見は,いずれも従前の大法廷判決の多数意見とほぼ同趣旨を述べた上で,平成6年改正後の当該各選挙当時は上記の状態に達していなかったとしたのに対し,それぞれ5名の裁判官の反対意見が,事実上の都道府県代表的な要素は憲法に直接その地位を有するものではなく,投票価値の平等に対比しはるかに劣位にあるにすぎず,この要素を加味した仕組みが投票価値の不平等が生じた原因であり,この仕組みを維持する限り,不平等は拡大するほかない状態となっていたとして,都道府県を単位とする選挙区の定めが投票価値の平等を著しく損なうことにならざるを得ない旨を述べた。
[11] 平成16年大法廷判決では,多数意見は,平成12年改正が国会の立法裁量権の限界を超えるものでなく,平成13年施行の参議院議員選挙当時の定数配分規定が憲法に違反するに至っていたものとすることはできないという結論を示す数行のものにとどまった。5名の裁判官の補足意見1は,偶数配分制又は都道府県単位の選挙区の定めを改めることにより較差の是正が可能であるという論旨を,そのような選挙区の定めが従来のものに比して憲法の趣旨により適合する合理的なものであることが明らかであるとまでいうことはできないとして斥けた。これに対して,4名の裁判官の補足意見2は,偶数配分制を維持し,地域の固有性を反映させることを前提に投票価値の較差を改善するには,現行制度の在り方,すなわち選挙区として都道府県を唯一の単位とする制度の在り方自体を変更しなければならなくなることは自明のことであるとし,反対意見を述べた6名の裁判官も,都道府県単位の選挙区と偶数配分制は憲法上の要請ではなく,これをもって投票価値の平等原則を修正することが国会の裁量権の範囲内にあるとはいえないとした。補足意見2と反対意見の合計10名の裁判官が,選挙区として都道府県を唯一の単位とする制度の在り方自体を変更する必要があることを指摘していたのである。
[12] 平成18年大法廷判決の多数意見は,都道府県を各選挙区の単位とし,偶数の定数配分を行う従前の選挙制度の仕組みの下では,選挙区間における投票価値の較差の是正を図ることが容易でないことは明らかであるとしたが,平成16年大法廷判決の言渡しから同年の参議院議員選挙までの期間が約6か月にすぎず,是正措置を講ずるための期間として十分なものでなかったこと,当該選挙後に参議院改革協議会の下に選挙制度に係る専門委員会が設けられ,各種の是正案が具体的に検討されて平成18年の公職選挙法の改正法が成立したことなどを考慮して,当該選挙までに定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えたものと断ずることはできないとした。なお,上記の専門委員会から,前記の平成17年10月21日付け「参議院改革協議会専門委員会(選挙制度)報告書」が提出され,それによると,都道府県単位の選挙区設定と定数の偶数配分制を維持したままでは4倍以上の較差が存在することが明らかであることは,1名の裁判官の反対意見において指摘されている。
[13] 平成21年大法廷判決の多数意見は,上記の専門委員会報告書に言及し,現行の選挙制度の仕組みを維持する限り,各選挙区の定数を振替える措置により較差の是正を図ったとしても,較差を1対4以内に抑えることは困難であり,最大較差の大幅な縮小を図ろうとすれば現行の選挙制度の見直しが必要となることは否定できないとした。ここでは,見直しが必要となるとされる現行の選挙制度の仕組みの内容を表す言葉が用いられていないが,それが「都道府県単位の選挙区」と「偶数配分」であることは明らかである。
[14] そして,平成24年大法廷判決の多数意見に至って,都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等の実現を図るという要求に応えていくことがもはや著しく困難であることは上記の専門委員会報告書で指摘されており,選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であることは,平成21年大法廷判決において特に指摘されていたところであるとして,平成22年選挙当時,違憲の問題が生ずる程度の著しい投票価値の不平等状態に至っており,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる上記の不平等状態を解消する必要があるとしたものである。
(1) 改正内容の裁量権と改正時期の裁量権
[15] 多数意見4(2)アが述べるとおり,当裁判所大法廷は,①投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているか(違憲状態か否か),②この違憲状態が当該選挙までの期間内に是正されなかったことが国会の裁量権の限界を超えているか(裁量権の範囲内か否か)といった判断の枠組みを前提として審査を行ってきた。
[16] この判断枠組み②の国会の裁量権については,国会が立法により定める選挙制度の改正の方法ないし内容に関する裁量権と改正の時期に関する裁量権を区別して考える必要がある。改正の方法ないし内容に関しては,文字どおり,国会は幅広い裁量権を有しているものであるが,改正の時期については,違憲状態が長期間にわたって継続することが許容されないことは当然であり,国会の持つ裁量権はごく限られたものとなるはずである。
[17] 本件で問題とされているのは,定数配分規定が本件選挙までの期間内に改正されなかったことの合憲性であり,改正の時期についての裁量の当否である。多数意見は,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要な手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して裁量権の行使の在り方として相当なものであったといえるか否かという観点に立って評価すべきものと解されるとするが,改正の時期に関する裁量の当否の判断に当たって考慮を許されるのは,選挙制度の改正を国会が行うに当たって国会に合理的に期待される所要期間の幅であり,改革の方向性に係る参議院の各会派の意見の集約が実際にどのように進行しているかなどの具体的な政治の情勢までも考慮の対象とすべきではない。既に,参議院の各会派から選出された専門委員からなる専門委員会が,平成17年10月に,現行の選挙制度の仕組みを維持する限り較差を1対4以内に抑えることは困難であることを報告しているにもかかわらず,参議院における意見の集約がなされないために,その後も本件選挙に至るまで,1対4を超える較差による選挙が続いているのである。
[18] 多数意見は,裁量権の限界を超えたか否かの判断について,上記のような諸般の事情を総合考慮すべき根拠が,憲法の予定する司法権と立法権の関係にあるとし,裁判所が選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなくその是正は国会の立法によって行われることになること,裁判所が選挙制度の憲法適合性について一定の判断を示し、国会がそれを踏まえて自ら所要の適切な是正の措置を講ずることが憲法上想定されていることを挙げるが,これは,法制度の合憲性が問われるときに原則的に当てはまることであり,選挙制度の是正について特有のものとはいえない。

(2) 裁量権の限界を超えたか否か
[19] 多数意見4(2)イは,国会の裁量権の限界を超えるか否かを検討するにつき,違憲状態の解消のために選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であるとする平成24年大法廷判決の言渡しがされた平成24年10月17日が,国会が違憲状態に至っていることを認識し得た時点であり,本件選挙の施行までの期間は約9か月にとどまり,その間に,改正の方向性や制度設計の方針を策定し,具体的な改正案の立案と法改正の手続と作業を了することは実現の困難な事柄であったとする。
[20] 平成24年大法廷判決の多数意見においても,平成21年大法廷判決において選挙制度の構造的問題及びその仕組み自体の見直しの必要性を指摘したのは選挙の約9か月前のことであると判示されていた。平成16年,同18年及び同21年の各大法廷判決は,前記の判断枠組み①の違憲状態か否かについては判断を示すことなく,判断枠組み②において裁量権の限界を超えるとはいえないとしたが,本来,違憲状態にないのであれば,判断枠組み②の裁量権の行使の当否に言及する必要はないのであり,少なくとも,違憲状態でないとは断言できないと考えていたものと解することができよう。そして,平成18年大法廷判決が投票価値の不平等の是正について国会の不断の努力が望まれる旨を述べ,平成21年大法廷判決が現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であると述べている。そうすると,国会が違憲状態にあることを平成24年大法廷判決の言渡しに至るまで認識することができなかったと断ずることが相当とは思われない。
[21] もともと,国会として認識し得た時点を確定すること自体がいわば擬制的なものといわざるを得ないのであり,国会の裁量権の限界を検討するに当たって,国会の選挙制度の見直しに関する具体的な立法能力あるいは立法意欲を国会の外から推し量ることは行うべきではないと思われる。要は,国会の合理的な立法活動として,投票価値の較差の是正が本件選挙までになされなかったことを,違憲状態の解消はできるだけ速やかになされるべきであるという観点から是認できるか否かという問題であり,そういう事柄として判断すべきものである。
[22] 平成24年大法廷判決が対象とした定数配分規定の改正措置としてその後に成立した平成24年改正法は,その附則において選挙制度の抜本的見直しには該当しないことを自認するものといえる4増4減を内容とする改正にすぎない。国会が違憲状態にあることを認識し得た時点がいつかを求めるまでもなく,投票価値の較差の是正が本件選挙までにされなかったことは国会の裁量権の限界を超えたものというべきであり,本件定数配分規定は違憲である。
[23] 平成25年大法廷判決は,平成24年12月16日施行の衆議院議員総選挙の選挙区割規定の合憲性についてのものであるが,そこでの私の反対意見において
「一般に,どの範囲で選挙を無効とするかは,前述のように,憲法によって司法権に委ねられた範囲内において裁判所が定めることができると考えられるのであるから,従来の判例に従って,区割規定が違憲とされるのは選挙区ごとではなく全体についてであると解しても,裁判所が選挙を無効とするか否かの判断をその侵害の程度やその回復の必要性等に応じた裁量的なものと捉えれば,訴訟の対象とされた全ての選挙区の選挙を無効とするのではなく,裁判所が選挙を無効とする選挙区をその中で投票価値平等の侵害のごく著しいものに限定し,衆議院としての機能が不全となる事態を回避することは可能であると解すべきである。」
と述べた。
[24] この私の意見は,衆議院としての機能が不全とならない範囲で選挙区の選挙を無効とし,それ以外の選挙区の選挙を,いわゆる事情判決の法理により無効とせず違法の宣言にとどめることが可能であるというものである。いわゆる事情判決の法理は,およそ選挙無効の判決を回避するために用いられるというものではなく,国会の機能不全を回避すべく選挙無効とする選挙区を一部のものに限定するについても機能するものと解される。
[25] 本件の参議院の選挙についても,参議院としての機能が不全とならない範囲で選挙区の選挙を無効とし,それ以外の選挙区の選挙を,いわゆる事情判決の法理により無効とせず違法の宣言にとどめることが可能であることは同様であるが,一部の選挙区の選挙に限定して選挙を無効とするについては,選挙を無効とする選挙区を選択する基準を必要とする。
[26] 各選挙区における選挙人各人の投票価値平等の侵害の程度を考えると,選挙人としての権利の侵害の最も大きな選挙区は議員一人当たりの選挙人数の最も多い選挙区である。しかし,その選挙区の選挙を無効とした場合,投票価値の較差を是正する公職選挙法の改正が行われて再度の選挙が行われない限り,その選挙区の選挙人が選出する議員はゼロとなる。これでは,選挙を無効とすることが,当該選挙区の選挙人が被っている権利侵害を回復することにはならない。
[27] 法改正により較差が是正されれば,選挙人の投票価値平等の侵害は解消されるのであるから,選挙を無効とする選挙区の選定に当たって考慮すべきは,法改正による較差の是正までの間の選挙人の権利侵害である。このような観点からすると,議員一人当たりの選挙人数が多いことによる選挙人の権利侵害は,その選挙人数の絶対数の問題ではなく,より選挙人数の少ない他の選挙区の選挙人との比較の問題であるから,議員一人当たりの選挙人数が最も多い選挙区の選挙人の権利侵害を著しくしているのは,議員一人当たりの選挙人数が少なくても議員を選出できる選挙区の存在であり,この選挙区の選挙を無効とすれば,残る議員についての投票価値の較差は縮小する。したがって,限定した範囲の選挙区の選挙を無効とすることによって選挙人としての権利の侵害を少なくするためには,議員一人当たりの選挙人数が少ない選挙区からその少ない順位に従って選挙を無効とする選挙区を選定すべきである。
[28] 議員一人当たりの選挙人数の少ない選挙区の順に選挙無効とする場合,どの選挙区までを無効とするかは,憲法によって司法権に委ねられた範囲内において,この訴訟を認めた目的と必要に応じて,裁判所がこれを定めることができるものである(昭和60年大法廷判決の4名の裁判官の補足意見参照)。議員一人当たりの選挙人数が少ない選挙区からその少ない順位に従って裁判所が選挙を無効とする選挙区をどれだけ選定すべきかの規律は,選挙を無効とされない選挙区の間における投票価値の較差の程度を最も重要なメルクマールとすべきと思われるが,この規律は,いまだ熟しているということはできない。
[29] そこで,本件選挙については,一部の選挙区の選挙のみを無効とすることは控えることとし,全ての選挙区の選挙について違法を宣言するにとどめることとするのが相当である。


 裁判官山本庸幸の反対意見は,次のとおりである。

[1] 日本国憲法は,その前文において「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,(略)主権が国民に存することを宣言し,(略)そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」とし,代表民主制に支えられた国民主権の原理を宣明している。そして国を構成する三権の機関のうち,国会が国権の最高機関であり,国の唯一の立法機関と規定する(41条)。したがって,このような民主国家の要となる国会を構成する衆議院及び参議院の各議員は,文字どおり公平かつ公正な選挙によって選出されなければならない。憲法43条1項が「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と規定するのは,この理を表している。その中でも本件にも関わる「公平な選挙」は,憲法上必須の要請である。すなわち,いずれの国民も平等に選挙権を行使できなければ,この憲法前文でうたわれている代表民主制に支えられた国民主権の原理など,それこそ画餅に帰してしまうからである。例えば国政選挙に際して特定の地域の一票の価値と他の地域の一票の価値とを比べて数倍の較差があったとすると,その数倍の一票の価値のある地域の国民が,もう一方の一票の価値が数分の一にとどまる地域の国民に対して,その較差の分だけ強い政治力を及ぼしやすくなることは自明の理である。これでは,せっかく主権が国民に存するといっても,「その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」とはとてもいえないと考える。その意味で,国政選挙の選挙区や定数の定め方については,法の下の平等(14条)に基づく投票価値の平等が貫かれているかどうかが唯一かつ絶対的な基準になるものと解される。

[2] なるほど多数意見のいうように
「憲法は,国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるために選挙制度をどのような制度にするかの決定を国会の裁量に委ねているのであるから,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。」
として国会の裁量を広く認める見解を採った上で,衆議院議員選挙の場合であれば2倍程度の一票の価値の較差を許容する考え方もある。しかし,国民主権と代表民主制の本来の姿からすれば,投票価値の平等は,他に優先する唯一かつ絶対的な基準として,あらゆる国政選挙において真っ先に守られなければならないものと考える。これが実現されて初めて,我が国の代表民主制が国民全体から等しく支持される正統なものとなるのである。また,衆議院議員選挙の場合であれば2倍程度の一票の価値の較差でも許容され,これをもって法の下の平等が保たれていると解する考え方があるが,私は賛成しかねる。というのは,一票の価値に2倍の較差があるといっても,例えばそれがある選挙では2倍であったが,次の選挙では逆に0.5倍になるなどと,何回かの選挙を通じて巨視的に観察すれば地域間又は選挙区間でそうした較差の発生がおおむね平均化しているというのであれば,辛うじて法の下の平等の要請に合致しているといえなくもない。ところが,これまでの選挙の区割りをみると,おおむね,人口が流出する地域については議員定数の削減が追いつかずに一票の価値の程度は常に高く,人口が流入する地域については議員定数の増加が追いつかずに一票の価値の程度は常に低くなってしまうということの繰り返しである。これでは後者の地域の国民の声がそれだけ国政に反映される度合いが一貫して低くなっていることを意味し,代表民主制の本来の姿に合致しない状態が継続していることを示している。したがって,私は,現在の国政選挙の選挙制度において法の下の平等を貫くためには,一票の価値の較差など生じさせることなく,どの選挙区においても投票の価値を比較すれば1.0となるのが原則であると考える。その意味において,これは国政選挙における唯一かつ絶対的な基準といって差し支えない。ただし,人口の急激な移動や技術的理由などの区割りの都合によっては1~2割程度の一票の価値の較差が生ずるのはやむを得ないと考えるが,それでもその場合に許容されるのは,せいぜい2割程度の較差にとどまるべきであり,これ以上の一票の価値の較差が生ずるような選挙制度は法の下の平等の規定に反し,違憲かつ無効であると考える。

[3] 他方,憲法上,内閣が解散権を有する衆議院に比べると,3年に一度の選挙が規定されている参議院の特殊性からすれば,参議院の場合には一票の価値の較差がある程度生ずるのはやむを得ないとする考え方もあり得ないわけではない。しかしながら,参議院も衆議院並みに政党化が進んでいるほか,最近ではいわゆる「ねじれ国会」すなわち衆議院における多数派と参議院における多数派とが異なる国会の状況が続いたことがあり,その間は憲法上,衆議院は参議院に優越する規定があるものの,実際にはそれとは逆に参議院が国政の鍵を事実上握るような事態が見受けられたのは周知の事実である。こうした経験を踏まえれば,国政における参議院の重要性が再認識されたわけである。そうであれば,参議院の寄って立つ選挙制度も衆議院の場合と同様,代表民主制にふさわしく,一票の価値の較差が生じないようにするべきであると考える。

[4] さきに述べたように一票の価値について原則は1.0であるが例外的に2割程度の較差が生ずることはやむを得ないものの,これを超えた場合には当該選挙は無効になると考える次第であるが,その場合,第一に「判決により無効とされた選挙に基づいて選出された議員によって構成された参議院又は衆議院が既に行った議決等の効力」及び第二に「判決により無効とされた選挙に基づいて選出された議員の身分の取扱い」の二つが主に問題となる。このような場合,いわゆる事情判決の法理を用いて,
当該「選挙が憲法に違反する公職選挙法の選挙区及び議員定数の定めに基づいて行われたことにより違法な場合であっても,それを理由として選挙を無効とする判決をすることによって直ちに違憲状態が是正されるわけではなく,かえって憲法の所期するところに必ずしも適合しない結果を生ずる判示のような事情などがあるときは,行政事件訴訟法31条1項の基礎に含まれている一般的な法の基本原則に従い,選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに当該選挙が違法である旨を主文で宣言すべきである。」(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁の判決要旨)
とする考え方がある。しかし,国政選挙という代表民主制を支える最も重要な制度の合憲性が争われる争訟において,裁判所がこれを違憲と判断しながら当該選挙を無効とせずに単に違法の宣言にとどめるということが,法律上の明文の根拠もなく許されるものであるかどうか,私には甚だ疑問に思えてならない。現にこれまでの経緯を振り返ると,選挙区の区割りや定数に関する幾たびかの法改正や国会における検討を経てもなお,一票の価値の平等という代表民主制を支える根幹の原理が守られておらず,その改善は遅々として進まないという状況にあって,選挙制度の憲法への適合性を守るべき立場にある裁判所としては,違憲であることを明確に判断した以上はこれを無効とすべきであり,そうした場合に生じ得る問題については,経過的にいかに取り扱うかを同時に決定する権限を有するものと考える。
[5] 例えば,先ほどの二つの問題のうち,第一の「判決により無効とされた選挙に基づいて選出された議員によって構成された参議院又は衆議院が既に行った議決等の効力」については,それが判決前にされた議決等であれば,裁判所による選挙無効の判決の効力は将来に向かってのみ発生し,過去に遡及するものではないから,当該議決等の効力に影響を及ぼす余地はなく,当該議決は当然に有効なものとして存続することとなることは,いうまでもない。それに加えて,判決後においても,裁判所による選挙無効の判断を受けて一票の価値の平等を実現する新たな選挙制度が制定されこれに基づく選挙が行われて選出された議員で構成される参議院又は衆議院が成立するまでの間を含めて,後述のとおり一定数の身分の継続する議員で構成される院により議決等を有効に行うことが可能となるので,その点で国政に混乱が生ずる余地はない。また仮に,判決の直後に判決前と同じ構成の院が議決等を行ったとしても,国政の混乱を避けるために,当該議決等を有効なものとして扱うべきである。
[6] 次に,先ほどの二つの問題のうち,第二の「判決により無効とされた選挙に基づいて選出された議員の身分の取扱い」については,参議院の場合,本件のように全選挙区が訴訟の対象とされているときは,その無効とされた選挙において一票の価値(各選挙区の有権者数の合計を各選挙区の定数の合計で除して得られた全国平均の有権者数をもって各選挙区の議員一人当たりの有権者数を除して得られた数。以下同じ。)が0.8を下回る選挙区から選出された議員は,全てその身分を失うものと解すべきである。なぜなら,一票の価値が許容限度の0.8より低い選挙区から選出された議員がその身分を維持しつつ他の選挙区の議員と同様に国会の本会議や委員会において議事に加わることは,そもそも許されないと解されるからである。ちなみにそれ以外の選挙区から選出された議員については,選挙は無効になるものの,議員の身分は継続し,引き続きその任期終了までは参議院議員であり続けることができる。参議院議員は3年ごとにその半数が改選される(憲法46条)ので,このように解することにより,参議院はその機能を停止せずに活動することができるだけでなく,必要な場合には緊急集会の開催も可能である(注1)(注2)。
(注1) 平成25年9月2日現在の選挙人名簿登録者(在外を含む。)の参議院選挙区選出議員の定数146人中,一票の価値が0.8を下回る選挙区の定数は,試算によると50人余であり,これらの議員が欠けたとしても,院の構成には特段の影響はないものと考えられる。
(注2) 他方,衆議院の場合,選挙無効の判決がされると,訴訟の対象とされた選挙区から選出された議員のうち,同じく一票の価値が0.8を下回る選挙区から選出された議員は,全てその身分を失うが、それ以外の選挙区から選出された議員は,選挙は無効になるものの,議員の身分は継続し,引き続きその任期終了又は解散までは衆議院議員であり続けることができる。このように解することによって,衆議院は経過的に,一票の価値が0.8以上の選挙区から選出された議員及び訴訟の対象とされなかった選挙区がある場合にあってはその選挙区から選出された議員のみによって構成されることになり,これらの議員によって構成される院で,一票の価値の平等を実現する新しい選挙区の区割り等を定める法律を定めるべきである。仮にこれらの議員によっては院の構成ができないときは,衆議院が解散されたとき(憲法54条)に準じて,内閣が求めて参議院の緊急集会を開催し,同緊急集会においてその新しい選挙区の区割り等を定める法律を定め,これに基づいて次の衆議院議員選挙を行うべきものと解される。
 なお,一票の価値の平等を実現するための具体的な選挙区の定め方に関しては,もとより新しい選挙区の在り方や定数を定める法律を定める際に国会において十分に議論されるべき事柄であるが,都道府県又はこれを細分化した市町村その他の行政区画などを基本単位としていては,策定が非常に困難か,事実上不可能という結果となることが懸念される。その最大の障害となっているのは都道府県であり,また,これを細分化した市町村その他の行政区画などもその大きな障害となり得るものと考えられる。したがって,これらは,もはや基本単位として取り扱うべきではなく,細分化するにしても例えば投票所単位など更に細分化するか,又は細分化とは全く逆の発想で全国を単一若しくは大まかなブロックに分けて選挙区及び定数を設定するか,そのいずれかでなければ,一票の価値の平等を実現することはできないのではないかと考える。
(裁判長裁判官 寺田逸郎  裁判官 櫻井龍子  裁判官 金築誠志  裁判官 千葉勝美  裁判官 白木勇  裁判官 岡部喜代子  裁判官 大谷剛彦  裁判官 大橋正春  裁判官 山浦善樹  裁判官 小貫芳信  裁判官 鬼丸かおる  裁判官 木内道祥  裁判官 山本庸幸  裁判官 山崎敏充  裁判官 池上政幸)

■第一審判決 ■上告審判決     ■判決一覧