宝塚パチンコ店建設中止命令事件
上告審判決

建築工事続行禁止請求事件
最高裁判所 平成10年(行ツ)第239号
平成14年7月9日 第三小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 宝塚市
          代理人 原井龍一郎 外2名

被上告人(被控訴人 被告) 藤野孝也
          代理人 西川雅偉 外1名

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人原井龍一郎、同矢代勝、同田中宏の上告理由


 原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 本件訴えを却下する。
 訴訟の総費用は上告人の負担とする。


[1] 本件は,地方公共団体である上告人の長が,宝塚市パチンコ店等,ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(昭和58年宝塚市条例第19号。以下「本件条例」という。)8条に基づき,宝塚市内においてパチンコ店を建築しようとする被上告人に対し,その建築工事の中止命令を発したが,被上告人がこれに従わないため,上告人が被上告人に対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。第一審は,本件訴えを適法なものと扱い,本件請求は理由がないと判断して,これを棄却し,原審は,この第一審判決を維持して,上告人の控訴を棄却した。

[2] そこで,職権により本件訴えの適否について検討する。
[3] 行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」,すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第3小法廷判決・民集35巻3号443頁参照)。国又は地方公共団体が提起した訴訟であって,財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には,法律上の争訟に当たるというべきであるが,国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって,自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから,法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく,法律に特別の規定がある場合に限り,提起することが許されるものと解される。そして,行政代執行法は,行政上の義務の履行確保に関しては,別に法律で定めるものを除いては,同法の定めるところによるものと規定して(1条),同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で,その具体的な方法としては,同法2条の規定による代執行のみを認めている。また,行政事件訴訟法その他の法律にも,一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。したがって,国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず,これを認める特別の規定もないから,不適法というべきである。
[4] 本件訴えは,地方公共団体である上告人が本件条例8条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり,原審が確定したところによると,当該義務が上告人の財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから,法律上の争訟に当たらず,不適法というほかはない。そうすると,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上によれば,第一審判決を取消して,本件訴えを却下すべきである。

[5] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金谷利廣  裁判官 奥田昌道  裁判官 濱田邦夫  裁判官 上田豊三)
[1] 原判決は、憲法第92条及び第94条に違反するものであって破棄を免れない。
[2] その事由は以下のとおりである。
(法令名の略称)
 本書面においては、法令名について次のとおり略称を用いる。
「本件条例」………「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例」
「風営法」…………「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」
「風営法施行令」…「風俗営業等の規制及び梟務の適正化等に関する法律施行令」
「県条例」…………兵庫県の「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例」
[3] 原判決は、「本件条例」と「風営法」及び同法に基づく兵庫県の「県条例」との関係について、
「風俗営業の規制につき、風営法と本件条例は、風俗環境の保持、少年の健全な育成に支障を及ぼす行為の防止という同一の目的で規制しているということができる。」(原判決24頁)
と認定したうえで、
「風営法及び県条例は、風俗営業の場所的規制に関し、立法により規制しうる最大限度を示したものであり、市町村が独自の規制をなすことを予定していないと解するのが相当である。」(原判決が引用した一審判決……以下では単に一審判決という……28枚目裹)から、
「風俗営業の場所的規制に関し、風営法及び県条例と同一の規制目的で、実質的に同一の規制方法を用いて、同法及び同条例よりさらに強度の規制をするものである本件条例は、風営法及び県条例に違反しており、その効力を有しないものといわざるを得ない。」(原判決27~28頁)
とする判断を示した。

[4] また、原判決は、本件条例と建築基準法との関係について、
「本件条例は、……良好な住宅環境、自然環境及び文化、教育環境を保持するという目的も有している」(一審判決31枚目裹)ところ、これらの環境は建築基準法が保護の目的としている都市環境の一部と 解されるから、「右の目的に関しては、本件条例と建築基準法は目的が同一であるということができる。」(原判決29~30頁)
と認定したうえで、
「建築基準法は、用途地域内における建築物の制限について、地方公共団体の条例で独自の規制を行うことを予定していないと解すべきであ」り(原判決32頁)、
「したがって、建築基準法と同一の目的で、かつ、同一の規制手法を用いて、同法の用途地域内における建築物の制限を越える規制を行う本件条例は、同法に違反しており、その効力を有しないものといわざるを得ない。」(原判決34頁)
とする判断を示した。

[5] 要するに、原判決は、「風営法と本件条例」及び「建築基準法と本件条例」は、それぞれ同一の目的及び同一の方法をもって規制を行うものとしたうえ、
(a) 風営法は、風俗営業の場所的規制につき、立法による規制の最大限度を示したものであって、市町村が条例を以て独自の規制をすることを予定していない。
(b) 建築基準法は、用途地域内における建築物の制限について、地方公共団体の条例で独自の規制を行うことを予定していない。
との法解釈に基づいて、右2つの法律による規制を越えてより強度の規制を行う本件条例は、これら法律に違反するものであってその効力を有しない、との結論を導いたものである。
[6] しかしながら、原判決のこのような判断は、地方公共団体が地域の特性と実情に基づいた「町づくり」を目的として必要な規制を行うことが本来的な地方自治事務であることを見忘れ、憲法第94条で保障された条例制定権の範囲につき、風営法及び建築基準法に関して憲法第92条の「地方自治の本旨」を無視した誤った法解釈を行った結果に由来するものであって、その点において憲法に違反する判決といわざるを得ない。

[7] 以下において、原判決が憲法に違反する事由につき詳論するが、その構成の概要は次のとおりである。
[8] 二、において、先ず、地方自治に関する憲法上の保障についての理論的考察を行う。
[9] 三、においては、原判決が、地方自治にかかわりのある問題の検討にあたり、憲法第92条の定める「地方自治の本旨」を無視した結果陥った、法律解釈上の問題点を具体的に指摘する。
[10] 四、においては、風営法、風営法施行令、県条例からなる規制立法の構造について考察してその問題点を指摘し、これによる風俗営業の場所的規制を以て全国一律に施行されるべき最高限度規制とし、それより強度の規制をすヽる本件条例は風営法に違反し効力を有しない、とした原判決の法解釈は、憲法第92条及び第94条に違反した誤ったものであることを検証する。
[11] 五、においては、建築基準法に内在する問題点を指摘し、
「建築基準法は、用途地域内における建築物の制限について、地方公共団体の条例で独自の規制を行うことを予定していない」
とし、同法による制限を越える規制をする本件条例は同法に違反し効力を有しないとした原判決の法解釈が、風営法の場合と同様憲法第92条及び第94条に違反した誤ったものであることを検証する。
[12] 六、においては、全体を総括した意見を述べる。
[13] 先ず、憲法第92条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」と規定している。これは、いうまでもなく憲法が地方自治を制度的に保障していることを意味するものであって、単に地方公共団体の内部組織や運営に関する事項に限らず、広く地方公共団体に関するすべての事項が、地方自治の本旨に基づいて定められることを必要とする趣旨である。
[14] 従って、広く地方公共団体の運営にかかわりをもつ限り、法律も「地方自治の本旨」に反した規定を定めることはできず、また定められた法律の規定は「地方自治の本旨」に沿って解釈されねばならない。つまり、「地方自治の本旨」に反するような法解釈は憲法第92条に反するものとして許されないし、もし法律の規定自体「地方自治の本旨」に反することが明らかな場合は当該規定は違憲無効ということにならざるを得ないわけである。

[15] 次に、憲法第94条は、「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」と規定している。これは、地方公共団体が、地方自治の本旨に基づいて団体の運営をなすにあたって、当然行使するものと考えられる権能を、概括的、かつ、例示的に列挙し、これを保障するものである。とくに、地方公共団体の条例制定権について、これが憲法によって直接保障されたものであり、地方公共団体は地方自治事務に関して法律の授権なくして広く条例を制定し得ることを明示した点に意義がある。
[16] もっとも、この条例制定権には「法律の範囲内で」という制約が付せられてはいるが、これは法律をもってすれば条例制定権をどのようにでも制限し得るということを意味するものではない。その法律自体が、地方公共団体の運営とのかかわりにおいては、憲法第92条について前述した如く「地方自治の本旨」に基づいたものでなければならないのであり、従って、法律が「地方自治の本旨」に反する場合には、その法律自体が憲法第92条に違反することになって、第94条に基づく条例制定権を制約し得ないということになるのである。また、「地方自治の本旨」に反するような法解釈に基づいて、条例の制定をはじめとする地方公共団体の運営についてその効力を否定することは、やはり憲法違反として許されないことはいうまでもない。

[17] 以上に述べた問題について、近時の有力な学説も、
「たしかに憲法94条は条例制定権の限界を「法律の範囲内」と規定しており、条例は法律に違反することができない。けれども、法律が全く合憲であって、かつ正しく解釈されたものであることが、当然の前提であろう。そして元来、条例と法律との関係が問題になる場合、その法律は多く地方自治事務にかかわるものであるから、憲法92条に照らし「地方自治の本旨」に反してはならずそれを実現しうるように解釈され なくてはならないはずである。」(兼子仁「条例をめぐる法律問題」36頁―学陽書房刊・条例研究叢書1)
としており、今やこのような考え方が学界の主流をなすに至ったと考えられる(学説の変遷及び最近の動向については、高田敏「条例論」現代行政法大系8巻202頁~221頁に詳しい。また、代表的公法学者の改説の表明として、田中二郎「新版行政法中巻」1976年全訂2版134~135頁は注目に値するといえよう)。

[18] さらに、原判決も引用している最高裁大法廷判決(昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁)は、
「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。例えば……(中略)……特定事項についてこれを規律する国の法令と条例が併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によって前者の規定の意図する目的と効果を何ら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはなんらの矛盾抵触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。」
としている。
[19] この大法廷判決は、特定事項について規律をはかる国の法令と条例とが併存し、かつ、後者が前者とは別段の規制を定めたものである場合につき、条例が法令とは目的を異にするときばかりではなく、両者が同一の目的による規律を意図するときであっても、国の法令が、「それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解される時は、」条例が国の法令に違反する問題は生じえないことを明らかにし、いわゆる法律先占論に風穴を開けた画期的判例として高く評価されてきたものである。右判示は、とくに憲法第92条、第94条を挙げて論じてはいないが、その趣旨が、条例の効力にかかわる国の法令の解釈に当たっては、憲法第92条の「地方自治の本旨」に配慮した慎重な検討を必要とする旨を示したものであることは充分窺い知ることができるであろう。つまり、この大法廷判決も、前記の学説と軌を同じくするものと考えられるのである。
[20] しかるに、原判決は、右の大法廷判決を引用しながら、それが右に見た如き趣旨にでたものであることに思いを致さず、「地方自治の本旨」をめぐる憲法的要請を全く無視してその方向からの検証を完全に怠り、以下において指摘するように、きわめて形式的な法解釈に基づいて硬直的な判断を行った、と評さざるを得ないのである。

[21] 先ず第一に指摘すべきは、原判決における風営法及び建築基準法の解釈が、専ら立法経過及び文理解釈に基づいた形式的論理の展開に終始していることである。
「風営法及び県条例は、風俗営業の場所的規制に関し、立法により規制し得る最大限度を示したものであり」(一審判決28枚目裹)とし、
また「建築基準法は、用途地域内における建築物の制限について、地方公共団体の条例で独自の規制を行うことを予定していない」(原判決33頁)
とした判断の根拠として示しているのは、立法経過から推測されるいわゆる立法者の主観的意思(とくに風営法の昭和59年改正に関する一審判決26枚目表以下)並びに規定の構成及び表現に基づく徹底した文言解釈(風営法に関しては一審判決27枚目表以下、建築基準法に関しては一審判決32枚目表以下、及び原判決30頁以下)のみであって、前記二、で見たような「地方自治の本旨」の観点からする法解釈を試みた形跡は片鱗だに見受けられないのである。
[22] もし、前記の大法廷判決の趣旨に沿って、上告人宝塚市の実情に目を注ぎ、同市にとって地域の特性と実情を踏まえた「町づくり」の行政目的の達成のために、果たして風営法や建築基準法による規制のみで充分といえるかどうか(逆にいえば、もしこれらの法による規制の限度を超えた規制が許されないとすれば、地域の特性と実情に即した行政目的の達成が阻害されることにならないか)といった観点からの検討を行ったとすれば、「法はその定めるところを超えて条例を以て独自の規制を行うことを予定していない」とするような法解釈、すなわち「地方自治の本旨」に基づくことなく、「地方の実情」を徹底して無視した法解釈は決して生まれることはなかったであろう。

[23] また、原判決は、本件条例による規制も風俗環境の保持の観点を主眼とするものであって風営法と規制の目的を同じくする、との誤った法解釈を示した。
[24] 最も、原判決は、一応は、本件条例の目的につき
「宝塚市の芸術的な色彩と豊かな自然環境という特色を保全、推進して良好な住宅都市づくりを基本目標とする一連の環境保全条例の一つとして位置づけられており、良好な住居、自然、及び文化環境の保持を目的とするものである。」(原判決22頁)
と認定しており、これによれば、原判決も、本件条例が上告人宝塚市の特徴ある「町づくり」を推進することを究極の目的とするものであることの認識は有していたものと解される。そして、このような「町づくり」のための施策はまさしく地方自治事務に含まれる事項ということができるのである(地方自治法第2条3項7号、18号)。
[25] 一方、風営法の目的は同法第1条が定めるように、「善良の風俗と清浄な風俗環境の保持」「少年の健全な育成に障害を及ぼす行為の防止」「風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化の促進」であるが、本件で問題となっている営業区域の制限の目的は、右のうちの前二者であり、消極的、警察的な目的である。
[26] この両者を比較すれば、本件条例における規制が、右のような消極的な目的にとどまるものではなく、前記の如き「町づくり」に関する市の施策を推進するという積極的な目的を指向するものであって、風俗営業の規制それ自体を目的とする風営法とは実質的な目的を異にするといい得るものであり、少なくとも風営法が関与しない大きな目的領域を有することに疑いの余地は存しないといい得るのである。
[27] しかるに原判決は、本件条例の目的と風営法の目的とを比較するに際しては、
「本件条例は、少年の健全な育成に支障を及ぼす行為の防止をもその目的に取り入れており、また、住宅、自然及び文化環境の保持といっても、風俗環境の保持の観点を主眼とするものであるということができる。」(原判決22~24頁)として、
「風俗営業の規制につき、風営法と本件条例は、風俗環境の保持、少年の健全な育成に支障を及ぼす行為の防止という同一の目的で規制しているということができる。」(原判決24頁)
との判断を示した。これは、前記のような本件条例における積極的な目的を見誤ったものか、少なくとも風営法の有しない大きな目的領域が存在することを看過したものであって、いずれにしても地方自治行政を軽視した誤った判断という外ない。

[28] さらに、原判決は、右の如く本件条例が風営法と規制の目的を同じくするとの誤った判断の上に立って、さらに風営法が全国的に一律に同内容の規制を施す趣旨の最高限度規制を定めたものと断定し、二重の誤りを冒すに至った。
[29] 憲法第92条の観点からすれば、本件条例による規制が地方自治事務の遂行にかかわりをもつ内容のものである以上、先ず、その規制内容が上告人宝塚市の自治事務上高度の必要性に基づいたものであるか否かについて、「地方自治の本旨」に基づいて検証すべき問題であるにも拘わらず、原判決はこの検証を全く行わないまま、先ず風営法による規制を以て最高限度規制と断定し、そこから逆に市町村が条例を以てより強度の規制をすることは許されないとの結論を導いたのであって、まさに本末転倒した憲法無視の判断といわざるを得ない。
[30] もっとも、右のように、法律による規制が条例による規制の余地を認めない全国一律の最高限度規制かどうかということは、地方公共団体が地域の実情に即した特徴ある「町づくり」を行うために、法制上どのような行政施策をとり得るかということと深くかかわる問題である。確かに、都市計画法や建築基準法は、「町づくり」の基本的な枠組みを提供するものであるし、風営法による規制も「町づくり」とある意味で深い関わりをもつといえよう。しかし、これらの法律の手法によってしか「町づくり」ができないとすれば、地方公共団体が地域の特性を生かした特徴ある「町づくり」をすることは著しく困難になるといわざるを得ないであろう。各地方公共団体にはそれぞれ地域の実情を反映した行政需要があり、地域的特性を生かした特徴ある「町づくり」を目指すのは当然であるから、それを実現するためには前記二法には存しない別段の規制が必要となってくるであろうことは見易い理である。従って、このような地方レベルにおいてはじめて生じてくる地方特有の行政需要を頭から無視し、法律による規制を最高限度と解して、条例による別段の規制の余地を一切容認しないような硬直的法解釈は、中央の感覚のみに基づいた中央集権的独善解釈であり、「地方自治の本旨」を没却する違憲解釈といわねばならない。

[31] 原判決は、
「都市計画法及び建築基準法は、地方公共団体の町づくりは、あくまで都市計画における用途地域の決定、変更及び特別用途地区の設定を通じて行うこととしており」(原判決32~33頁)
「風営法及び県条例は、これによる規制が地域の実情に適合しなくなった場合、地方公共団体が都市計画における用途地域の変更を通じて、これに対処することを予定しているものと解するのが相当である」(原判決25~26頁)
と認定するが、これは、前述のとおり地方自治の本旨に配慮しない解釈であるうえ、そもそも右の各法体系の解釈を誤ったものである。
[32] すなわち、後に四、で詳述するように、用途地域による規制区分の手法は県条例の段階で導入されたものであって、風営法自体が規制地域を定めるに際し用途地域を利用することを前提としていたわけではないし、他方、都市計画法も建築基準法との関係とは異なり、風営法の規制に用途地域が利用されることなど全く予想もしていなかったのである。都市計画法の立場からすると、
「このような条例で定められることとなる規制地域と用途地域とは、制度の目的が異なるものであり、風俗営業等の規制区域を定めるに当たって用途地域が引用されると、建築基準法で定められている用途地域の規制内容が事実上加重されたことにより、また、風俗営業等に係る規制が用途地域制度に付随する規制であるとの誤解を与えるおそれがあるので、好ましくないと考えられる。このため基本的には用途地域が引用されないよう措置すべきであるが、引用がやむを得ない場合においても、用途地域制度の運用に悪影響のないよう十分注意する必要がある。」(建設省都市局都市計画課監修「逐条問答都市計画法の運用」第2次改訂版108頁…甲第49号証の1)
ということになるのであり、都市計画における用途地域が、「風営法による規制が地域の実情に適合しなくなった」ことによって変更されることなど、制度として全く予定されていなかったことが明らかである。
[33] もっとも、都市計画上の用途地域を変更することを通じて、規制対象地域の変更をはかることも不可能ではないであろうが、手続的に大がかりなことになる上、地域の実情に応じたきめこまかい対応は到底望み得ないことになる。従って、原判決における前記判示の如き理由を以て地方自治事務における行政需要を封じ込めることは、やはり「地方自治の本旨」を無視するに等しいといわざるを得ないのである。
1 風営法による規制の立法的構造について
[34](一) 風営法第4条2項2号は、公安委員会は、風俗営業の許可の申請に係る営業所につき次の事由があるときは、許可をしてはならない、と定めている。
「営業所が、良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令で定める基準に従い都道府県の条例で定める地域内にあるとき」
[35](二) 右の規定を受けて風営法施行令第6条では、「政令で定める基準」として、次のとおり定めている。
(a) 風俗営業の営業所の設置を制限する地域(以下「制限地域」という。)の指定は、次に掲げる地域内の地域について行うこと。
 イ 住居が多数集合しており、住居以外の用途に供される土地が少ない地域(以下「住居集合地域」という。)
 ロ その他の地域のうち、学校その他の施設で特にその周辺における良好な風俗環境を保全する必要がある施設として都道府県の条例で定めるものの周辺地域
(b) 前号ロに掲げる地域内の地域につき制限地域の指定を行う場合には、当該施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲おおむね100メートルの区域を限度とし、その区域内の地域につき指定を行うこと。
(c) 前二号の規定による制限地域の指定は、風俗営業の種類、営業の態様その他の事情に応じて、良好な風俗環境を保全するため必要な最小限度のものであること。
[36](三) さらに、右政令を受けて、県条例第4条1項、第2条では、制限地域について左記のとおり定めている(甲第47号の1及び2。なお、以下においては、本件不同意命令が出された当時の用途地域の定めに従って主張する。)
(a) 第一種地域  都市計画法に規定する第一種住居専用地域、第二種住居専用地域、及び住居地域(道路法に規定する一般国道又は同法の規定により建設大臣の指定する主要な県道若しくは市道の側端から30メートル以内の住居地域であって、良好な風俗環境を保全するために特に支障がないと認めて公安委員会規則で定めるものを除く)。
(b) その他の地域  左記の区分に従い、各施設から一定の距離の範囲内の地域。
 学校、図書館又は保育所からの距離病院又は有床診療所からの距離
   第二種地域100メートル70メートル
   第三種地域70メートル50メートル
   第四種地域50メートル30メートル
(「第四種地域」は、神戸市の三宮地区、同福原地区、尼崎市の神田新道地区、姫路市の魚町地区、「第三種地域」は、商業地域のうち第四種地域以外の地域、「第二種地域」は、第一種、第三種、及び第四種地域を除く県内全域をいう)。
2 原判決の認定における問題点
[37] 原判決は、風営法及び県条例と、本件条例の目的が同一であると認定した上で、左記の点を根拠として、「風営法及び県条例は、風俗営業の場所的規制に関し、立法により規制しうる最大限度を示したものであり、市町村が独自の規制をなすことを予定していないと解するのが相当である」(一審判決28枚目裏)と判示した。
(a) 昭和59年の風営法の改正により、従来都道府県の条例により区々に定められてい た風俗営業の場所的規制が、政令に基準を設けることにより全国的に統一された(一審判決27枚目表)。
(b) 風営法施行令第6条3号は「制限地域の指定は、風俗営業の種類、態様その他の事贊に応じて、良好な風俗環境を保全するために必要最小限のものであること」と規定している(第一審判決27枚目裹)。
(c) 風営法の場所的規制は、憲法22条1項で保障する職業選択の自由そのものを制限する強力な規制である(一審判決28枚目裹)。
[38] 要するに、原判決の右認定は、風営法は職業選択の自由に配慮して最高限度の規制を定めたものとするもので、昭和59年の改正における立法意図を推測したものにすぎない。従って、ここでは、地方公共団体に地域の実情に応じた別段の規制の必要性がどの程度あるのか、風営法の規制のみでは地方公共団体が地域の実情に基づいた「町づくり」の施策を実施するについて支障が生じるか、といった点については何ら審理されていない。
[39] しかしながら、いうまでもなく、「地方自治の本旨」も「職業選択の自由」と同様に憲法によって直接保障されているものであり、後者を理由に前者が当然の如く排斥される筋合いはない。この両者の均衡点をどこに見出すかの線引きについては憲法的観点からする慎重な検討を必要とするはずである。しかもこの線引きは、事柄の性質上、抽象的に全国一律に決定し得るものではなく、多分に地方の実情を反映した個別ケース毎の具体的判定にまたなければ、妥当な結論を見出し得ない性質のものというべきである。にもかかわらず、原判決がこのような検討を経ないまま前述の如き認定を行ったのは、実質的に憲法判断を回避し「地方自治の本旨」を無視したものと断ぜざるを得ない。

3 風営法及び県条例の不備について
[40](一) 前述のように、風営法自体には営業地域の制限について具体的な定めはなく、抽象的に「良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要がある」地域と定めているのみである。そして、風営法施行令第6条において、「住居集合地域」と「その他の地域のうち、学校その他の施設の周辺」というやや具体的な基準が定められ、かつ、「制限地域の指定は……良好な風俗環境を保全するため必要な最小限度のものであること」とされたのである。
[41] これは、営業の規制が他の法益とくに憲法の保障する「職業選択の自由」と関わりをもつことに配慮して、良好な風俗環境を保持するために必要な最小限度の内容に自制すべきことを定めたものではあるが、ここにいう最小限度とは県条例の内容に関する基準である以上、性質的に県全域において妥当する最小限度を意味するものと解すべきであろう。県下市町村にはそれぞれ地域の実情に応じて異なった規制需要があり得るわけで、その中の最も強い規制需要に基づいて県条例による規制を定めたとすれば、そこまでの需要を有しない市町村にとっては過大規制となり、風営法施行令の前記趣旨に反することになるからである。そして、その反面、県下の各市町村の個別の実情に照らせば、県条例レベルを超える規制がその市町村にとって(他の法益との利益考量上も)最小限度のものとして妥当する場合も当然あり得ることを意味する。従って、この第6条の「最小限度」とする規定を以て、市町村レベルにおいても最高限度規制であることの根拠とする原判決は、「地方自治の本旨」からの検討を見忘れた誤った法解釈といわざるを得ない。
[42](二) そこで、次に問題となるのは、右の基準に沿って制定された県条例の規制が、市町村レベルの実情に基づく規制需要に配慮し、市町村レベルでの別途規制の余地を残した適切な内容のものであるか否かということである。
[43] 前述のように、県条例は、風営法施行令第6条の「住居集合地域」に該当するものとして第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域(一部の道路沿道を除く)を定め、またその他の地域としては、「学校、図書館又は保育所」又は「病院又は有床診療所」から一定の距離内の地域を定めている。
[44] しかしながら、住居集合地域についていえば、「住居が多数集合しており、住居以外の用途に供される土地が少ない地域」という基準に照らせば、県条例で定める第一種住居専用地域、第二種住居専用地域、及び住居地域(一部の道路沿道を除く)に限定されるとは必ずしもいい得ない。例えば、後述のように本件地域もこれに該当するといい得るのであって、県条例の定めが、風営法及び風営法施行令の基準にぴったり適合し余すところがないとは決していえないのである。
[45] また、その他の地域についても、学校、病院などの公共施設からの一定距離範囲といったいわばスポット的規制にとどまるものであって、さらに広いエリアを対象とした市町村の「町づくり」の施策の行政需要を充たすに足りないことは明らかである。従って、県条例としては、市町村における右のような行政需要に配慮して、市町村において別段の規制をはかる余地あることを示すために市町村条例への委任規定を設けるべきであったといい得るであろう。
[46] そして、上告人宝塚市にとっては、文化的で芸術的な香りと豊かな自然環境、更には「高級住宅地」という都市の特徴を保全し推進するための「町づくり」という本件条例の目的からみたとき、県条例による規制では不十分であり、別段の規制を必要とする地域的必要性が強く存在することは、繰り返し述べたとおりである。
[47] 前記のような県条例における問題点につき何等の審査を加えることなく、それによる規制自体を即風営法による規制として取り扱い、これを以て一律の最高限度規制であるとする判断を示した原判決の法解釈は、「地方自治の本旨」に何ら配慮しない憲法違反のものと評さざるを得ない。
[48](三) 原判決は、右の点に関連して
「都市計画法は、地方公共団体がどのような町づくりを行うかは、……用途地域の決定、変更を通じて行うという都市計画行政体系を採用しているものと解される。」(一審判決29枚目表)
「風営法及び県条例は、これによる規制が地域の実情に適合しなくなった場合……用途地域の変更を通じて、これに対処することを予定しているものと解するのが相当である」(原判決25~26頁)
と判示する。
[49] しかし、右のような認定が、都市計画法及び風営法の法体系の解釈を誤ったものであるうえ、地方自治の本旨を考慮しないものであることは前述(三、3.4.)のとおりである。
[50](四) また、原判決は、一方では、
「確かに、パチンコ店営業が環境に与える影響は、当該地域住民の風習、感覚等により異なりうることは否定できない」(原判決30枚目表)
としながら、他方では、
「射倖心の抑制・禁止という観点からみるとその規制は国家的規制に馴染むものであり、その生活環境に及ぼす影響についても、法的取り扱いを異にするような地域的特殊性があるとは認められない」(一審判決30枚目表)
と認定する。しかし、右のうち「射倖心の抑制・禁止という観点」からなされる規制とは、例えば風営法第20条のような営業方法に関する規制であって、本件で問題となるような営業区域の規制とは直接関連がないというべきである。
[51] のみならず、原判決は、一方では右のように、パチンコ店が環境に与える影響には地域的特性があることを認めているのである。しかるに何らの根拠を示すことなく一転して「生活環境に及ぼす影響についても、法的取り扱いを異にするような地域的特殊性があるとは認められない」としたものであって、理由に齟齬あるものといわねばならない。原判決は、他方で、上告人宝塚市は、
「昔から歌劇と温泉の町といったイメージを有している。……芸術的な色彩を有している。……豊かな自然環境を特徴としている」(一審判決21枚目裹~22枚目表)
と認定しているのであるから、このような特徴及びこれを生かした「町づくり」という行政需要に鑑み、パチンコ店規制の必要性について充分な審理をすべきであった。

4 小括
[52] 以上のとおりであり、風営法の授権に基づき現に制定されている県条例による規制が、地域の必要性に十分応じるものではない以上、これを補完するものとして市町村条例を制定すること自体を排斥することは、憲法によって保障された地方自治の本旨に基づく条例制定権を侵害するものであるといわねばならない。
1 原判決の認定における問題点
[53] 原判定は、建築基準法と本件条例の目的が同一であると認定した上で、次の(a)~(c)を根拠として、「建築基準法は、用途地域内における建築物の制限について、地方公共団体の条例で独自の規制を行うことを予定していないと解すべきである」(原判決32頁)と判示した。
(a) 地方自治法第2条3項18号は、土地利用規制は、「法律の定めるところにより」地方公共団体の事務に属するとしているところ、都市計画法第10条は、同法で特に定めるもののほか、別に「法律で」定めるとしており、地方公共団体が法律の委任を受けない条例によって独自の規制を行うことを予定していない。(原判決30頁)
(b) 都市計画法(第8条、第9条)及び建築基準法(第48条)は、基本的に用途地域の変更を通じて町づくりを行うという都市計画行政体系を採用し、さらに、この規制だけでは必ずしも地域の実情に十分に対応しきれないことを考慮して、特別用途地区を定めることができるものとした。また、建築基準法(第49条、第50条)は、その地区内の建築制限の内容については条例に授権している。(原判決31頁)
(c) 建築基準法において、右(b)のほか一定の事項に関しては条例に授権する旨の規定(第40条、第41条など)があるのに対し、用途地域内における建築物の制限については条例に授権する規定は存在しない。(原判決31~32頁)
[54] しかし、これらの二法は、社会情勢を背景として変化する都市整備を対象とすることから、たえず右変化を追いかけて改正を重ねてきたものであり、従って、ある時点での規定の内容が社会の現状に必ずしも適合しない場面も決して珍しくないことに鑑みれば、その解釈に当たっては合目的的解釈を必要とすることは明らかといわねばならない。このような観点からすれば、原判決の示した右の如き法解釈は、単に法文の構成及び文言に基づいただけの形式論理の域を出るものではなく、著しく妥当性を欠くものといわざるを得ない。そして、右の法解釈に当たっては、実際にこれが適用される地域の実情や、地方公共団体の「町づくり」施策における行政需要などについて、「地方自治の本旨」に基づいた考察を行った形跡は全くなく、また地方公共団体の行政事務の遂行上明らかとなってきたこの法律の不備についても全く注意を払わないままなされたのであって、このことからしても形式的判断という外はないのである。
[55] 原判決のように、地方自治法第2条3項18号が「法律の定めるところにより」と定めていることを根拠に、地方公共団体が法律の委任を受けない条例によって土地利用規制を行い得ないとする考えは、地方公共団体の地位が低く、条例制定権の範囲が極度に制限的に解された終戦直後のものである。その後、学説は条例制定権の範囲を次第に拡張して解釈するようになり、地方自治法の右規定は例示的なものであると解するのが今日の通説的見解なのである。

2 建築基準法の不備について
[56](一) 建築基準法の用途地域に関するに規制は、主として建築物相互間あるいは各用途地域相互間で互いに相手方に及ぼす悪影響を防止するための「最低の基準」としての性格を有しており、この規制をもって、あらゆる地方公共団体の「町づくり」の施策における積極的な行政需要に応じ得るものでないことは明らかといえよう。すなわち、用途地域毎の建築規制の内容は全国一律に定められているうえ、用途地域の変更はこれによって影響を受ける住民間の利害相反を考えれば簡単には行い得ない。ましてや、地域が特色ある「町づくり」を指向する場合に、都市計画法及び建築基準法の枠組みだけでは到底まかないきれないことは一層明らかである。このような事態は、最近各地で「福祉の町づくり条例」等が制定されていることに顕著に示されているということができよう。
[57](二) 原判決は、建築基準法の平成4年改正により、都市計画区域以外の区域(白地区域)における建築物に係る制限を条例で定めることができるとする規定が追加されたこと(68条の9)に関して、
「右改正は、むしろ、法が法律の委任がない限り、条例で建築物の制限につき独自の規制をなすのを予定していないことを裏付けるものと解するのが相当である」(一審判決35枚目裏)
との見解を示した。
[58] しかし、建築基準法は、平成4年の改正以前は、白地区域における建築を規制してはならないとしていたわけではなく、規制の必要性がそれ程高いとは認識していなかったために、これを放置していたにすぎない。その結果、濫開発が生じ各地方公共団体において指導要綱に基づく実質的規制を行うなど、その対応に苦慮する事態となったため、平成4年に前記のような改正を行い、地方公共団体の施策を後追い的にバックアップするに至ったものなのである。この一事をもってしても、建築基準法が規制対象外としているからといってもこれを積極的に保護しようとする趣旨からではなく、単に法の不関与ないし不備を意味するものであること、及び、地方の実情によって同法による規制以外の規制を行う必要性が生じてくるのは珍しくないことが明らかであって、原判決の前記のような見解が如何に現実無視の形式論であるかを示すものといえよう。
[59](三) 従って、建築基準法に規定された条例への各種授権規定は、これによって初めて条例制定権が生じるとする創設規定と解すべきではなく、念の為に条例を制定できることを確認した、地方公共団体が条例を制定し易くするための確認規定と解すべきである。原判決は
「同法が、建築物の制限につき条例による独自の規制を許容しているならば、わざわざそのことを定めた規定を設けて、条例に委任する必要はないはずであり」(一審判決35枚目裹)
と判示するが、全く硬直的形式論という外はない。
[60](四) 本件地域においても、工場が移転した跡地に住居が建ち、住居地域化しつつあるが、一部の工場が残っている状態にあるため用途地域の変更を行うことができなかったこと、及び平成5年6月25日に新たな通達が出される前は、本件地域を「地域における工業の利便と住居の環境の保護との調和を図る地区」として特別工業地区に指定することができなかったことを、上告人は原審において主張した。
[61] 原判決は右の点について
「法令上本件土地を特別工業地区に指定することができないと解すべき根拠はなく、その運用基準についての従来の通達の下でも、本件土地を特別工業地区に指定することができなかったと解することはできない」
と判示する。しかし、従来の通達においては
「既成市街地内の準工業地域及び工業地域の区域についても、公害防止上の観点から必要があるときは、特別工業地区と積極的に定めること」
とされていたのであり、準工業地域が住居地域化しつつある場合に、住環境を保護するために特別工業地区に指定し風俗営業を規制することが「公害防止上の観点」とはいえず、通達の実際上の拘束力から考えても、特別用途地区の指定は不可能であったといわざるを得ないのである。
[62] このように、特別工業地区の制度をもってしても、上告人の地域的必要性に応じることはできなかったというべきである。

3 小括
[63] 以上のとおり、建築基準法あるいはこれに基づく授権条例による規制が、地域の必要性に十分応じ得るものではない以上、地方公共団体がこれを補完するものとして条例を制定することは憲法第94条、地方自治法第14条を以て保障されているというべきであり、これを排斥した原判決は憲法第92条、第94条に違反することは明らかといわねばならない。
[64] 以上見てきたところから明らかなように、原判決の誤りは、本件条例と風営法とが規制の目的を同じくする、としたところに端を発したものといってよい。二、2で考察したように、本件条例の目的に風俗環境の保持という点において風営法の目的と重なり合う部分があることは否定し得ないとしても、風営法はそのこと自体が目的であるのに対し、本件条例にあっては、そのことは地域の特性と実情に基づいた「町づくり」という積極的な目的を達成するための手段の一つにすぎないという点に大きな相違があるのであって、本質的には目的を異にするというべきである。
[65] この両者の目的が同一でないと見るならば、先に挙げた大法廷判決の理論に従えば、本件条例の適用によって風営法の規定の意図する目的と効果を阻害しない限り、その間に何らの矛盾抵触はないといい得ることになるのである。そして、風営法が県条例の定めた規制区域外における風俗営業を積極的に保護することを目的とするものではなく、かつそのことを法的効果として予定したものでないことはいうまでもないから、その結論は自ら明らかというべきであろう。
[66] さらに、風営法は風俗営業につき全国一律の最高限度規制を定めたものであって、市町村条例による別段の規制が許されないとし、また、建築基準法も用途地域における建築制限につき地方公共団体による別途の定めを予定していないとして、本件条例がこれら二法に違反し効力を有しないとした原判決における法解釈が、「地方自治の本旨」を見忘れた誤りに座するものであることについては、先に詳述した(三、3.4.及び四、五)とおりである。
[67] 以上のことからすれば、原判決は憲法第92条、第94条に違反するものとして到底破棄を免れないものといわねばならない。

[68] ただ、右の如く、原判決が、風営法及び建築基準法の解釈として、市町村が条例によって別段の規制を行うことは許されないとしたことに基づき、違憲の判断として排斥されるべきは当然であるが、次に、それでは市町村はその地域の実情に基づくならば、どのような内容の条例を制定することでも許されるのかという問題が残される。
[69] もっとも、この問題は国の法令をはじめあらゆる法令に共通するものであって、規制を内容とするものであれば、規制の方法ないし程度に関して、それが憲法の保障する他の法益を侵害するおそれが存しないかという点からのチェックが、その法令の効力の限界を判定する上で必要であることはいうまでもない。
[70] この点に関して、原判決は、憲法第22条による職業選択の自由に対する保障との関係に言及し(一審判決28枚目表)、かつまた、
「本件条例は、都市計画上の商業地域以外の用途地域においては、パチンコ店の建築について一律にこれを不同意とするというものであり、風営法に明らかに矛盾抵触するのみならず、その合理性も肯定されない」(原判決26~27頁)
旨判示し、この点をも、市町村条例を以て風営法とは異なった別段の規制をすることが許されないことの理由の一つとするかの如くであるが、若しそうだとすれば、これは問題の性質を混同して位置づけたものといわざるを得ない。なぜならば、ある事項につき市町村条例を制定し得るかどうかという一般的問題と、制定された特定の条例が憲法上の他の法益との関係において合憲性(規制内容の合理性は、憲法上の他の法益との利益考量における指標の一つとしての性質をもつと考えられる)を有するかどうかというすぐれて個別的な問題とは、論理的に次元をことにする問題であることは余りにも明らかだからである。しかも、原判決は右の一般論の次元で条例制定権自体を否定し、上告人宝塚市の請求を斥けたものであって、本件条例の合憲性については殆ど具体的な検討を経ていない以上、単なる附加的な意見と解する外なく、独立して合憲性に関する個別的問題に判断を下したものとはいい得ないであろう。

[71] そもそも原判決は、前記のように本件条例の合理性ないし合憲性の問題とはかかわりなくそれ以前の問題として、本件条例は最高限度規制を定めた風営法ならびに建築基準法に違反し効力を有しないとしたものであり、その点で既に憲法に違反する過誤に陥っているわけであって、まさにその一点において破棄を免れないのである。
[72] 前述のように条例制定が許されるかどうかという一般的問題と、本件条例が「職業選択の自由」との関係で内容的に合憲性を肯定し得るかどうかという個別的問題とは先に見た如く全く別問題であって、この2つは峻別して取り扱うべきものである以上、上告審としては、先ず、風俗営業の場所的規制につき市町村が条例を以て風営法及び建築基準法とは別段の規制を定めることは許されないとした原判決の判断が憲法に違反するものであることを宣言し、原判決を破棄したうえ、本件条例による規制の合理性ないし合憲性の判定のために、本件地域をはじめとする宝塚市の実情につきさらに事実審理の必要あるものとして、本件を原審に差し戻しされるべきであると信ずるのである。
[73] 地方分権推進法が制定され、そこに定められた地方分権の推進に関する基本方針に則り、具体的な地方公共団体への権限の委譲が真剣に審議されている今日、原判決の示した法解釈は、社会の趨勢に反する時代逆行的感覚に基づいた「古色蒼然とした硬直的形式論理に従うもの」(判例自治167号76頁コメント)との批判を免れないものである。しかも原判決は、同じく風俗営業の場所的規制に関し本件に先行してなされた伊丹市条例の効力をめぐる大阪高等裁判所平成6年4月27日判決(およびその第一審である神戸地方裁判所平成5年1月25日判決)とまさに正反対の判断を示したものであって、上告人宝塚市同様の規制条例を設けている全国多数の都市の間に不安と動揺が拡がっている状況にあり、本件に関する最高裁判所の判断がまさに刮目して待たれているのである。条例制定の可否について最高裁判所の明確な判断が示されることを希んでやまない次第である。
以 上 

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