公衆浴場法合憲新判決(行政事件)
上告審判決

営業不許可処分取消請求事件
最高裁判所 昭和60年(行ツ)第197号
平成元年3月7日 第三小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 北川昭代
    右訴訟代理人弁護士 林弘 中野建 松岡隆雄

被上告人(被控訴人 被告) 大阪市長 西尾正也

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人林弘、同中野建、同松岡隆雄の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 公衆浴場法(以下「法」という。)2条2項の規定が憲法22条1項に違反するものでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和28年(あ)第4782号同30年1月26日大法廷判決・刑集9巻1号89頁。なお、同30年(あ)第2429号同32年6月25日第3小法廷判決・刑集11巻6号1732頁、同34年(あ)第1422号同35年2月11日第1小法廷判決・刑集14巻2号119頁、同33年(オ)第710号同37年1月19日第2小法廷判決・民集16巻1号57頁、同40年(あ)第2161号、第2162号同41年6月16日第1小法廷判決・刑集20巻5号471頁、同43年(行ツ)第79号同47年5月19日第2小法廷判決・民集26巻4号698頁参照)。
[2] おもうに、法2条2項による適正配置規制の目的は、国民保健及び環境衛生の確保にあるとともに、公衆浴場が自家風呂を持たない国民にとって日常生活上必要不可欠な厚生施設であり、入浴料金が物価統制令により低額に統制されていること、利用者の範囲が地域的に限定されているため企業としての弾力性に乏しいこと、自家風呂の普及に伴い公衆浴場業の経営が困難になっていることなどにかんがみ、既存公衆浴場業者の経営の安定を図ることにより、自家風呂を持たない国民にとって必要不可欠な厚生施設である公衆浴場自体を確保しようとすることも、その目的としているものと解されるのであり、前記適正配置規制は右目的を達成するための必要かつ合理的な範囲内の手段と考えられるので、前記大法廷判例に従い法2条2項及び大阪府公衆浴場法施行条例2条の規定は憲法22条1項に違反しないと解すべきである。論旨は、採用することができない。

[3] よって、行政事件訴訟法7条、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦  裁判官 伊藤正己  裁判官 坂上壽夫  裁判官 貞家克己)
[1] 原判決は公衆浴場の適正配置規制を定める公衆浴場法2条2項(以下、法2条2項という)の規制目的に関し、単に公衆浴場について保健及び環境衛生上の観点からの取締を目的とするだけでなく、公衆浴場経営の有する特殊性に鑑みて、公衆浴場の濫立を防止することにより既存業者の経営の安定化を図り、もって衛生的な公衆浴場の確保という公益を保護しようとする目的をも有するとして、その立法目的が単に公衆衛生上からの消極的、警察的規制のみならず、公衆浴場の公共性、特殊性の観点からその経営安定化を図るという積極的、社会経済政策的規制との2つの目的が含まれると判断し、法2条3項の委任を受けた府条例2条の適正配置規制は右2つの立法目的の達成手段として合理的関連性があるとして、その合憲性を肯認するが以下に述べる如く、右判断解釈は誤まれるものである。
[2] 憲法第22条1項に規定する職業選択の自由の保障は、狭義における職業の選択、すなわち職業の開始、継続、廃止における自由のみならず、選択した職業の遂行自体、すなわちその職業活動の内容、態様における自由の保障も包含するところ、法2条2項の適正配置規制は、狭義における職業の選択そのものを直接制約する最も徹底した規制にほかならないから、これを合憲と認めるためには、強い合理的根拠が存在しなければならない。
[3] そして、営業の許可性が合憲であるとして是認されるためには、第一に、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること(立法目的の正当性)、第二に、目的と規制手続との間に合理的関連性が存在すること(立法目的と手段との合理的関連性)、第三に、規制によって失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること(利益衡量の妥当性)の要件が具備されなければならない(最高裁昭和47年11月22日大法廷判決、刑集26巻9号586頁、最高裁昭和50年4月30日大法廷判決、民集29巻4号572頁)。
[4]、(一) 法2条2項の適正配置規制は、昭和25年の同法の改正により加えられたものであるが、その改正提案理由は、
「配置の適正を図ることによりでき得る限り多数の者に公衆浴場を利用させる便宜を与える。濫立にゆだねる場合には、その経営が経済的に行き詰まり、浴場の衛生設備なども低下するのは必然で、公衆衛生上まことに憂慮すべき状態に陥る」
というものであり、その規制目的は公衆衛生の確保という消極的、警察的規制であると理解され、最判昭和30年1月26日(刑集9巻1号89頁)も、
「公衆浴場は公共性を伴う厚生施設であり、もしその設立を業者の自由に委せて何等その偏在及び濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便をきたし、またその濫立により浴場経営に無用の競争を生じ、その経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来すおそれがある。右のようなことは公衆浴場の性質に鑑み、国民保健、及び環境衛生の上から出来る限り防止することが望ましいことであり、従って公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在ないし濫立をきたすことは公共の福祉に反することとなる」
と示している。
[5](二) しかし、公衆浴場が濫立すると無用の競争によって公衆浴場の衛生設備が低下するというが、自由競争経済下においては、逆に競争によって衛生設備の向上が図られることは容易に肯認しうるし、また衛生設備の低下に対しては行政上の監督によるほか許可の取消という手段によって対処しうること等、公衆衛生の観点からの規制は許可基準における衛生上の要件や衛生上の取締などで必要かつ十分であって、さらにその上に地域的制限を行うことの必要性及び合理性を見出すことはできない。
[6] 従って適正配置規制を、公衆衛生の維持向上、公益目的の達成のためという、消極的、警察的規制にその目的が存するならば、右規制は違憲、無効である。

[7]、ところで、原判決は適正配置規制の目的として、消極的、警察的規制のみならず積極的、社会経済政策的規制をも有すると理解するが、果して妥当であろうか。
[8](一) 職業の自由に対して具体的規制が存する場合、それを消極的、警察的規制に根拠を求めることは、即ち、当該職業の性質そのものに内在する制約を意味し、積極的、社会経済政策規制にその根拠を求めることは、即ち、当該職業の性質そのものに内在するものではなく社会権の実現ないし社会的、経済的弱者の保護という観点から認めうる制約であることを意味するものであって、消極的、警察的規制と、積極的、社会経済政策的規制という全く異質の相反する規制目的が併存することは矛盾する。
[9](二) そして、性質の全く異なる立法目的を適正配置規制の目的として包含させてしまい、単に「公共の福祉」で論じている原判決は、前記二の最高裁判決例において確立されたところの、
「規制立法目的が社会政策、経済政策的な積極的な目的のための規制か、あるいは自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的規制であるかが重視され、前者には最小限の合理性のみでよい「明白の原則」(立法府の判断の著しい不合理性が明白な場合に限り違憲判断)が適用されるが、後者には同じ目的を達成できるよりゆるやかな規制手段の有無が問題となり、規制手段の必要性、合理性を個別、具体的に判断する」
という違憲判断基準に反するものであって、よって、原判決は、法2条2項の適正配置規制の規制目的の正当性を論証したとはいえない。
[10]、法2条2項の適正配置規制が、公衆衛生の維持向上、公益目的の達成のためという、消極的、警察的規制としてその立法目的を理解するとき、その目的達成のための手段として右適正配置規制にその必要性、合理性を見出せないことは、前述したとおりであるが、仮に、原判決がその理由中で引用する第一審理由中二の、
「公衆浴場が自家風呂を持たない国民の日常生活上必要不可欠……等の公衆浴場経営の有する特殊性に鑑みて、公衆浴場の濫立を防止することにより既存業者の経営の安定化を図り、もって衛生的な公衆浴場の確保という公益を保護しようとする」
積極的、社会経済政策的規制にその立法目的があるとしても、その目的達成手段として適正配置規制が必要合理性があるとは到底認められない。

[11]、積極的、社会経済政策的規制は、社会権の実現ないし社会的、経済的弱者の保護を図るためのものであり、一般的には、対大企業との関係において弱者である中小零細企業を保護する政策を正当な政策として認めることができるが、公衆浴場業者を右の中小零細企業と同視することはできない。けだし、公衆浴場が一般的に経営不振である理由はいわゆる自家風呂の普及によって需要そのものが激減したためであって、大企業の進出ないし経済的圧迫によるものではない。

[12]、原判決は、
「本件規制がその内容に鑑み、前記積極的社会経済政策目的達成手段として必要性、合理性を備えるものであることは疑いの余地がなく……」
と示しており、右「……その内容……」とは第一審判決理由中で示す、公衆浴場経営の有する特殊性であろうが、これについては以下考察する。
[13] 公衆浴場経営の有する特殊性として、
(一) 公衆浴場が自家風呂をもたない国民の日常生活上必要不可欠の施設としての公共性を有するのにもかかわらず、
(二) 低料金維持のため入浴料金が統制額に指定され、
(三) 利用者の範囲も地域的に限定されているため企業としての弾力性に乏しく、
(四) 多額の建設費にも拘らず他業への転用可能性がない、
等を挙げている。しかし、右(一)の特殊性は肯認しうるがこれを理由として適正配置規制との合理性を見出すことはできない。
[14] けだし公衆浴場が自家風呂をもたない国民の日常生活上必要不可欠の施設であるとしても、右の如き国民の公衆浴場の利便の点からいえば適正配置規制の存在はむしろ障害になるだけであり、また、適正配置規制の存在によって公衆浴場がそれまでなかった地域や過少な地域に新設、増設されることは自由競争原理に立つ経済制下では殆ど期待できないことは容易に理解できる(第一審における証人勝又勝も適正配置規制によって、それまで利用上の不便をかこってきた地域に公衆浴場が新設された事例は知らないと証言している)。
[15] 次に右(二)ないし(四)の特殊性について考慮するとき、(三)、(四)が仮に肯認されるとしても、これらは経営上のハンディとして見ることができるが、右ハンディを強調し、既存業者の経営安定化――経営確保を図ること自体をその規制目的としても、その目的達成手段との合理的関連性を充分検討の上論証すべきであるが、原判決はこの点において何ら論証がない。
[16] 例えば、右(四)の特殊性について考えるとき、適正配置規制が規定された昭和25年頃においては右の如き特殊性が肯認されたであろうが、一般に公衆浴場業者は昭和43年頃までに開業した者が殆どであるところ(乙第1号証によると昭和41年までは新設が急増し同43年に施設数がピークに達し、その後の新設は僅かであり、反面廃止が急増している)公衆浴場は本来人口密集地に立地し、然もその敷地面積も広いという事情があるので現在に於ては施設は既に償却されており反面敷地は地価の昂騰によって億単位の価格となっているのが普通であり、従って他への転業も容易に行われているのが実情である。このことは通常の経済常識をもってしても充分理解できるところであるから原判決が他業への転用可能性がないというのは、今日の経済状態に対する理解を欠いているとの非難を免れまい。
[17]、職業選択の自由に対する規制が合憲であるためには、規制によって得られる利益と、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を衡量して、なお妥当性が認められることを要するが、適正配置規制はこの利益衡量の要件においても著しく妥当性を欠くものといえる。

[18]、営業の許可制が既存業者の利益を保護するためのものであるときは、公益の利益を害し、かつその営業に従事しようとする者の自由を過度に制限するものであって許されないのである。
[19] ところで、原判決は公衆浴場の公共性、特殊性に鑑みて、既存業者の経営安定化――経営確保を図るという積極的、社会経済政策的規制にもその目的が存することを示唆するが、右判決の示す公共性、特殊性の故をもって、公衆浴場がいわゆる特許企業的色彩を有するものと判断することはできない。公衆浴場は入浴料金が統制額に指定はされているものの、その営業の継続義務が課せられているものでもなく、また営業廃止についても全く自由であり、特許企業的類型としてのガス、電気、地方鉄道等の事業が全面的規制と監督におかれていることと対比するならば、公衆浴場業は自由競争による社会的利益が期待される私的営業であるといえるのであり、従って、私的営業である既存業者の利益保護にその目的が存すると解されることになる。
[20] 他方、適正配置規制の存在により公衆浴場の営業許可申請に対し不許可処分を受けた申請者は、希望する公衆浴場業の開業自体を完全に抑制されて職業選択の自由を全面的に剥奪され、その不利益の程度は著しく重大である。

[21]、即ち、公衆浴場の適正配置規制が既存業者の利益を保護するものであり、他方、右規制により制約される人権は前記の如く職業選択の自由の全面的な剥奪という重大な侵害であるから、その利益衡量からしても、適正配置規制は著しく妥当性を欠くものといわざるをえない。

[22]、よって適正配置規制を定めた公衆浴場法2条2項、及び同法同条3項に基づく大阪府公衆浴場法施行条例2条は憲法22条1項に反し違憲、無効であるから、原判決は不当であり破棄されたい。

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