政見放送削除事件
上告審判決

損害賠償請求事件
最高裁判所 昭和61年(オ)第800号
平成2年4月17日 第三小法廷 判決

上告人(被控訴人・控訴人 原告) 東郷健 雑民党
        同代理人弁護士  遠藤誠

被上告人(控訴人 被告)     日本放送協会
        訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎
被上告人(被控訴人 被告)    国
        代表法務大臣   長谷川信

■ 主 文
■ 理 由
■ 裁判官園部逸夫の補足意見


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 原審の適法に確定したところによれば、(1) 上告人東郷健は、昭和58年6月26日実施の参議院(比例代表選出)議員選挙の際、被上告人日本放送協会の放送設備により上告人雑民党の政見の録画を行ったが、同被上告人は、録画した上告人東郷健の発言中「めかんち、ちんばの切符なんか、だれも買うかいな」という部分(以下「本件削除部分」という。)の音声を削除して同年6月16日と同月20日にテレビジョン放送をした、(2) 当時、身体障害者に対する侮蔑的表現であるいわゆる差別用語を使用することは社会的に許容されないということが広く認識されていた、というのであり、本訴における上告人らの主張は、同被上告人が本件削除部分の音声を削除してテレビジョン放送した行為が政見をそのまま放送される上告人らの権利を侵害する不法行為に当たる,というにある。
[2] 以上の事実関係によれば、本件削除部分は、多くの視聴者が注目するテレビジョン放送において、その使用が社会的に許容されないことが広く認識されていた身体障害者に対する卑俗かつ侮蔑的表現であるいわゆる差別用語を使用した点で、他人の名誉を傷つけ善良な風俗を害する等政見放送としての品位を損なう言動を禁止した公職選挙法150条の2の規定に違反するものである。そして、右規定は、テレビジョン放送による政見放送が直接かつ即時に全国の視聴者に到達して強い影響力を有していることにかんがみ、そのような言動が放送されることによる弊害を防止する目的で政見放送の品位を損なう言動を禁止したものであるから、右規定に違反する言動がそのまま放送される利益は、法的に保護された利益とはいえず、したがって、右言動がそのまま放送されなかったとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があったとはいえないと解すべきである。
[3] 以上のとおりであるから、同被上告人が右規定に違反する本件削除部分の音声を削除して放送した行為は、上告人らの主張する不法行為に当たらないものというべきであり、不法行為の成立を否定した原審の判断は、結論において是認することができる。所論は、違憲をも主張するが、その実質は単なる法令違背の主張にすぎない。論旨は、採用することができない。
[4] 憲法21条2項前段にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきところ(最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)、原審の適法に確定したところによれば、被上告人日本放送協会は、行政機関ではなく、自治省行政局選挙部長に対しその見解を照会したとはいえ、自らの判断で本件削除部分の音声を削除してテレビジョン放送をしたのであるから、右措置が憲法21条2項前段にいう検閲に当たらないことは明らかであり、右措置が検閲に当たらないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、採用することができない。

[5] よって、民訴法401条、95条、89条、93条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私も、法廷意見と同様の理由により、被上告人日本放送協会が公職選挙法(以下「法」という。)150条の2の規定に違反する本件削除部分の音声を削除して放送した行為(以下「本件削除行為」という。)は、上告人らの主張する不法行為に当たらないものと考える。ところで、法廷意見は、本件削除行為が、法150条1項後段に違反するものであるかどうかについては、全く触れていない。それは、法廷意見が、上告人らの主張する不法行為の成否を判断するに当たって、この問題に触れる必要を認めなかったことを意味する。この点についても、私は、法廷意見と基本的に見解を同じくするものであり、本件削除行為が、被上告人日本放送協会の行為規範としての性格を有する法150条1項後段に違反するかどうかは、上告人らの主張する不法行為の成否とは直接関わりがないと考える。したがって、この問題について判断することは、私の立場においても、法的には不必要な判断と言わなければならないが、この問題が、本件第一審以来の主要な争点であったことを顧慮し、一般論として、私の見解を述べる次第である。
[2] 私は、法150条1項後段の「この場合において、日本放送協会及び一般放送事業者は、その政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない。」という規定は、公職の候補者(以下「候補者」という。)自身による唯一の放送(放送法2条1号)が法150条1項前段の定める政見放送であることからしても(法151条の5参照)、選挙運動における表現の自由及び候補者による放送の利用(いわゆるアクセス)という面において、極めて重要な意味を特つ規定であると考える。法は、一方において、候補者に対し、政見放送をするに当たっては、「その責任を自覚し」「他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう声動をしてはならない。」と定め(法150条の2)、政見放送としての品位の保持を候補者自身の良識に基づく自律に任せ、他方において、候補者の政見放送の内容については、日本放送協会及び一般放送事業者(以下「日本放送協会等」という。)の介入を禁止しているのである。したがって、この限りにおいて、日本放送協会等は、事前に放送の内容に介入して番組を編集する責任から解放されているものと解さざるを得ない。候補者の政見放送に対する事前抑制を認める根拠として、遠くは電波法106条1項、107条、108条、近くは法235条の3を挙げる見解があるが、これらの規定は、いずれも事後的な刑罰規定であって、これをもって事前抑制の根拠規定とすることは困難である。いうまでもなく、表現の自由とりわけ政治上の表現の白由は民主政治の根幹をなすものであるから、いかなる機関によるものであれ、一般的に政見放送の事前抑制を認めるべきではない。法150条1項後段は、民主政治にとって自明の原理を明確に規定したものというべきである。
[3] 公職の選挙において、政見放送は、選挙人が候補者の政見を知るための重要な判断材料となっており、法150条1項前段の規定は、日本放送協会等に対し、その放送設備により、公益のために、候補者にその政見を放送させることを要請している。そして、法150条1項前段と後段の規定を合わせると、政見放送においては、日本放送協会等の役割は、候補者の政見を公衆ないし視聴者のために伝達すること以上に出るものではないと解するのが妥当であるから、政見放送の内容については、法的にも社会的にも責任を負うものではないと見るべきである。この点に関して、視聴者のすべてがこれらのことを了解しているとはいえない現状においては、視聴者が強い嫌悪感を抱くような内容の政見の録音又は録画については、日本放送協会等において、放送事業者の品位と信用を保持する見地から、その放送前に一定の事前抑制を講ずることを、緊急避難的措置として例外的に認めるべきであるとする見解がある。しかし、このような理論の適用を軽々に認めることは、結局、法律の規定に基づかない事前抑制を事実上放置することとなり、ひいては、日本放送協会等に過大な法的・社会的責任を負わせることとなるものであって妥当でないと考える。
[4] これを要するに、候補者の政見については、それがいかなる内容のものであれ、政見である限りにおいて、日本放送協会等によりその録音又は録画を放送前に削除し又は修正することは、法150条1項後段の規定に違反する行為と見ざるを得ないのである。

(裁判長裁判官 安岡滿彦  裁判官 坂上壽夫  裁判官 貞家克己  裁判官 園部逸夫)

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