政見放送削除事件
控訴審判決

損害賠償請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1117号・1204号
昭和61年3月25日 第14民事部 判決

1117号事件控訴人(第一審被告)  日本放送協会
     右代表者会長      川原正人
     右訴訟代理人弁護士   堀家嘉郎

1117号事件被控訴人、1204号事件控訴人(第一審原告) 東郷健
同                法人にあらざる社団・雑民党
     右代表者党代表     東郷健
     右両名訴訟代理人弁護士 遠藤誠

1204号事件被控訴人(第一審被告) 国
     右代表者法務大臣    鈴木省吾
     右指定代理人      川野辺充子 外3名

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


一(昭和60年(ネ)第1117号事件)
 原判決中第一審被告日本放送協会の敗訴部分を取り消す。
 第一審原告らの第一審被告日本放送協会に対する請求を棄却する。

二(同年(ネ)第1204号事件)
 第一審原告らの各控訴を棄却する。

三(両事件)
 第一審原告らと第一審被告日本放送協会との間に生じた訴訟費用は第一、第二審とも第一審原告らの、第一審原告らと第一審被告国との間に生じた控訴費用は同原告らの、負担とする。

(昭和60年(ネ)第1117号事件)
一 第一審被告日本放送協会
 原判決中第一審被告日本放送協会の敗訴部分を取り消す。
 第一審原告らの第一審被告日本放送協会に対する請求を棄却する。
 訴訟費用は第一、第二審とも第一審原告らの負担とする。(なお、第一審で求めた本案前の申立は撤回)
二 第一審原告ら
 控訴棄却。

(昭和60年(ネ)第1204号事件)
一 第一審原告ら
 原判決中第一審被告国に関する部分を取り消す。
 第一審被告国は第一審被告日本放送協会と連帯して第一審原告らに対し各30万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。(請求の減縮)
 訴訟費用は第一、第二審とも第一審被告国の負担とする。仮執行の宣言。
二 第一審被告国
 控訴棄却。
[1] 当事者の主張は、次のとおり削除、改め、付加するほかは原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

[2] 原判決4丁表8行目の「及び21頁の『めかんちやちんばの』という部分」とある部分を削除する。

[3] 同5丁裏7行目から同6丁表7行目までを削除する。

[4] 同6丁表8行目冒頭の「」を「」と、同表末行目から同丁裏1行目までを「(二) 同3は認める。」と、同7丁表2行目冒頭の「」を「」と、同8丁表7行目冒頭の「」を「」とそれぞれ改める。
[5] 法150条1項後段によると、第一審被告NHKは政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない旨規定しているが、右はいかなる場合においても右政見放送につき削除(カット)することを一切認めない趣旨のものではない。
[6] すなわち、電波法は無線設備等によって「自己若しくは他人に利益を与え、又は損害を加える目的で、虚偽の通信を発した者」、「日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発した者」及び「わいせつな通信を発した者」に対し、それぞれ懲役、禁錮又は罰金の刑を科することを規定しており(同法106条1項、107条、108条)、政見放送も右通信に含まれるものであり、更に法235条の3が政見放送において「法235条2項の罪を犯した者」及び「特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をした者」に対し、懲役、禁錮又は罰金の刑を科する旨規定していることからしても、クーデターを起そうと国民に呼びかける政見放送、裸のままでわいせつ用語の羅列に終始する政見放送など明らかに罰則に該当する内容のものまでそのまま放送しなければならないと解することは条理上とうてい許されるべきではない。
[7] また、視聴者は政見放送を一般の放送番組と同様に受けとめるものであるから、右のような内容の政見放送は放送の公共性を著しく傷つけ、永年にわたって築き上げた第一審被告NHKの放送に対する国民の信用を破壊することは明らかであって、この点からもそのまま放送すべきであると解することはできない。
[8] 更に、法150条の2によると、公職の候補者は政見放送をするに当たっては、他人の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害する等いやしくも政見放送の品位を損う言動をしてはならない旨規定しており、公序良俗違反行為の無効、信義誠実の原則、権利濫用の禁止等の基本原則は政見放送にも当然適用があると解すべきである。
[9] そのためテレビによる政見放送が開始されるにあたり、国会においてその点につき質疑応答が行われたが、その際、結論として以上のような場合には候補者に対して削除を要請し、若し候補者がこれに応じないときは放送局は選挙管理委員会と協議のうえ削除することもあり得るという自治省の見解が示されている。
[10] 以上のとおり、政見放送については場合によって削除することも許されるというべきである。

2 「違法」の不存在
[11] 昭和55年末ころから、国は法律の中で使用されてきた身体障害に対する差別用語を改正し、国連もまた同58年3月身体障害者の品位を傷つけるような用字用語を避けるようマスコミ向けの指針を発表し、同年末ころからわが国の出版界においても国語辞典、聖書等の中から右差別用語が削除された。これらの事実は身体障害者に関連する差別用語の使用に対する国民感情の強い反発を示すものである。
[12] 「めかんち」(めっかち)、「ちんば」なる語は身体障害者に対する差別用語であるから、たとえ他人の言葉の引用であっても、また発言者の主観的意図がどうあろうとも、それを聞いた身体障害者は被差別感、被侮辱感を、更に一般の視聴者も不快感、違和感を抱くことは明らかであるから、右のような言葉を政見放送の中で使用することが公序良俗に反することは明らかである。
[13] また、右のような差別用語は雑民党の政見そのものとは関係のない雑談的な箇所において使用されたものであるから、その削除によって政見をそのまま(内容、分量及び配列につき)放映するという政見放送の性質、目的がいささかも損われなかったことは明らかである。
[14] 従って、本件削除を違法と解する余地はない。
[15] 仮に右主張が認められないとしても、本件削除は第一審被告NHKが自己及び第三者の法益を守るために止むを得ずしたものであるから、正当防衛、緊急避難に該当し、違法性が阻却される。
[16] 第一審被告NHKは放送法によって設立された法人であって、その放送が高い公共性を有するところから、放送法44条の2の規定に基づく国内番組基準を制定し、とくに身体障害者や精神障害者を侮蔑するような、めくら、つんぼ、びっこ、かたわ、不具などの言葉は使用すべきでないと定め、放送番組においてこれを厳守している。
[17] テレビの視聴者は政見放送と一般の放送番組の差異、法150条1項後段の規定の存在を知らないため、政見放送も通常の放送と同じように受け止めるものであるから、本件政見放送をそのまま放送したならば、視聴者の非難を招き、放送に対する信頼が著しく損われることは十分に予測されるところである。そこで、第一審被告NHKとしては前記国会における論議を踏まえ、第一審原告東郷に対して右の理を説明して本件削除の同意を求めたが頑として応じないので、自治省に削除の可否を文書照会し、本件削除が法150条1項但書の規定に違反しないと解する旨の文書回答を得たうえで本件削除に及んだものである。
[18] 右のように本件削除は身体障害者及び第一審被告NHKの法益を守るために止むなく行ったものであるから、仮に本件削除が外形的に違法であるとしても、民法720条1項の規定若しくはその類推適用により違法性が阻却されるものといわなければならない。

3 「過失」の不存在
[19] 仮に、本件削除が違法であるとしても、第一審被告NHKとしては本件削除を行うに際して前記のように公職選挙法の所管官庁である自治省に対し文書で照会し、削除が違法でない旨の文書回答を得たので、それに従って削除したものであるから、本件削除につき第一審被告NHKに過失があったとすべき余地はない。

4 「損害」の不存在
[20] 本件政見放送は参議院比例代表選出議員の選挙にかかるものであって、その他の選挙の場合と異なり政党その他の政治団体の政見を有権者に訴えて理解、支持を求め、政党等が投票を得るためにされるものであるから、違法に削除された政見放送によって侵害される権利ないし利益は政党その他の政治団体の得票であって、候補者または放送に出演した者個人の得票その他権利ないし利益ではない。もっとも、違法に削除された政見放送によって政党等の得票数が減少し、その結果候補者が当選できないことになる場合がないとはいえないが、それは間接的な若しくは反射的な不利益であって、候補者の個人としての権利ないし利益が直接に侵害されることとはならない。
[21] 右のように、法律上第一審原告東郷は本件請求の原因事実によって侵害される権利または利益を有していないから損害の発生もあり得ない。
[22] また、第一審原告らが本件削除によって蒙る損害は雑民党の得票の減少であると解すべきであるが、この点については何らの主張立証がない。
[23] むしろ、本件政見放送を一部削除することなくそのまま放送したならば視聴者の雑民党に対する同調ないし支持の気持を失わせ、少くとも不快感、違和感を抱かせることは明白である。
[24] 従って、本件削除によって第一審原告らの権利ないし利益がいささかも侵害されたことはない。

5 権利の濫用
[25] 仮に、以上の主張がすべて認められないとしても、本訴請求は権利の濫用に該るから棄却されるべきである。すなわち、本件削除によって録画された雑民党の政見がそのまま放映されるという権利が侵害されたとしても、もともと削除された用語は政見そのものとは直接関係のない箇所におけるものであり、右削除により第一審原告らが蒙る損害は極めて軽微である。加えて右のような差別用語の使用は公序良俗・信義誠実の原則に反し、政見放送の品位を損うものであるうえ、もしそのまま放送したならば第一審被告NHK及び身体障害者の法益を侵害することが明らかである。右のような事実関係のもとにおいては、法150条1項後段による権利が侵害されたとして損害賠償の請求をすることは権利の濫用として許されない。

6 賠償金額の過大性
[26] 仮に、第一審被告NHKの主張がすべて認められないとしても、本件において削除されたのは僅か2語であり、それに対し60万円の賠償額はあまりにも過大である。
1 無責性
[27] 政見放送は選挙公営の制度化の一つとして定められたものであるが、現実に放送するのは第一審被告NHK及び放送事業者(以下、放送事業者と総称する。)であり、第一審被告国は法規に従った公平平等かつ適正な政見放送が行われるよう公益上の理由から管理するにとどまり、政見放送それ自体は放送事業者が独立した立場で法規の定める手続、規制に従いその責任によって行うものであり、国の委託によって実施するものではない。
[28] 政見放送をするにあたっては、品位の保持が規定されており、その違反に対しては重い刑罰が課せられるのであって、右のような品位保持に違反し、または違反する恐れのある政見放送はもはや政見放送の自由の確保という規定の保護を受けるものではない。しかも、右品位保持義務に違反した録音または録画が行われた場合に、これをそのまま放送するか、それともこれを修正ないし削除したうえで放送するかの決定は放送事業者にあるのであって、放送事業者が自律的な立場で独自の判断と責任において決定することになる。もっとも、品位保持義務に違反した政見放送をどう扱うかは極めて困難な判断を伴う問題であるところから、法を所管する第一審被告国(自治省)としては選挙放送の公正かつ適正な実施の確保に資する観点から放送事業者からの照会には必要に応じて回答を行っているが、それは一般的な法律解釈あるいは運用上の指針を示したものにすぎず、放送事業者を拘束するものではないし、指示ないし命令でもなく、放送事業者は右回答を参考にして放送内容の適否、テレビの影響力に伴う有権者に対する効果、国民の一般常識、政見の趣旨、内容、選挙に与える影響力等を総合的に判断して独自に決断を下すこととなる。
[29] 本件においても、第一審被告国は昭和58年6月11日自治省行政局選挙部長名で第一審被告NHKからの照会に対して回答しているが、これも前記の趣旨によるものであって、指示ないし命令ではないから、いかなる意味においても国家賠償法1条にいう「公権力の行使」と評価し得るものではない。

2 本件削除の適法性
[30] 右のとおり放送事業者は、品位保持義務に違反した内容による政見放送の録音または録画が行われた場合には、自律的な立場から判断し、その放送を拒否することができるのであり、政見放送の自由といえども絶対的かつ無制約に保障されるものでないことは、一般の表現の自由にも自ら内在的制約があることによっても明らかである。これを本件についてみるに、削除の対象となったのはいわゆる差別用語であり、当時差別用語を使用しないことが社会的要請となっており、一方本件削除によって第一審原告らが政見放送で主張する趣旨が損われるものではないのはもとより、視聴者の理解を困難にするような事情もないのであって、政見放送が「公益のため」行われるものであることなどを総合勘案するならば、本件削除が政見放送の自由に対する侵害とはいえないし、法150条違反と断ずることはできない。
[31] 第一審被告らの当審における主張はすべて争う。

[32] 政見発表の自由とそれによる選挙の公正の保障を目的とする法150条1項後段の規定は、まさに「クーデターを起そうと国民に呼びかける政見放送」、「裸のままでわいせつ用語の羅列に終始する政見放送」など罰則に該当するかもしれない内容のものであってもこれをそのまま放送しなければならないことを意味するのである。それをどのようにみるかは国民の判断に委せるべきであって、第一審被告NHKがその内容の是非を事前に審査し判断して削除することは許されない。政見放送の自由を認めることこそが公共の福祉に合致するのである。政見放送は候補者の放送であって、第一審被告NHKの放送ではないから、同放送による国民の信用の破壊など心配することは全く無用である。
[33] また、政見放送は法律行為ではなく一つの事実行為にすぎないから、法律行為の無効を定めた民法90条の規定は全く無関係である。

3(「違法」の不存在の主張について)
[34] 第一審原告東郷は、目や足の不自由な人達を「めかんち、ちんば」と呼んでべっ視する者達に対し抗議する意味で右の言葉を使用したものであり、右のような身体障害者との連帯を叫ぶ発言をきいて、同感こそすれ「差別感、侮辱感」を抱く身体障害者はなく、またこれに「不快感、違和感」を催す一般の視聴者がいるはずがない。
[35] また、放送法44条3項(放送番組の編集)及び44条の2(第一審被告NHKに対する国内番組基準制定の授権)の規定は政見放送には全く適用されず、準用、類推適用される余地もないから、その適用があることを前提とした正当防衛論は全く誤りである。
[36] 更に、本件放送が第一審被告NHKに対する何らの不法行為とならないことはもちろん、右発言は差別者達に対する怒りと糾弾のため身体障害者に対し連帯の呼びかけをしたものであるから、本件削除につき民法720条を援用することは全くの誤りである。

4(「過失」の不存在の主張について)
[37] 第一審被告NHKが自治省の行政指導に従ったからといって違法な行為につき自己の法的責任を免れないことはいうまでもない。仮に、もしそれによって法的責任を免れるということになるのであれば、そのような違法な回答をした第一審被告国の賠償責任が発生することとなる。

5(「損害」の不存在の主張について)
[38] 第一審原告東郷は本件比例代表選出議員の選挙において届け出られた雑民党の名簿記載の唯一の候補者であるのみならず、法150条1項によって保障されている政見放送発表の自由という法益はその所属政党だけではなく、候補者自身にも存在するというべきである。
[39] また、党としても得票数が問題ではなく、たとえそのときは党の主張を理解する者が少数であっても、それがいつか大多数によって理解して貰えることを期待し訴えることが、正に政見放送の自由保障の本質というべきであるから、本件削除による損害が存在しないとの主張は誤りである。

6(権利濫用の主張について)
[40] 第一審原告東郷及び同雑民党はわが国における民主主義の根幹の一つである政見放送の自由を第一審被告らに認めさせ、それを守るため多大な犠牲を忍びながら本訴を維持しているのであって、本訴請求のどこにも反社会性はあり得ない。

7(賠償金額過大の主張について)
[41] 人類永年の歴史の中において、先人達の血と涙によりかちとられた普通選挙及びそれを実質的に可能とする政見放送の自由を侵害されたことによる第一審原告らの精神的苦痛は絶大なものであり、原判決認容の金額は決して過大ではない。

[1] 第一審原告雑民党が法86条の2の政党その他の政治団体として昭和58年6月26日実施の参議院(比例代表選出)議員の選挙において、第一審原告東郷外計10名を候補者とする名簿を選挙長に届け出たものであり、右東郷が右雑民党の代表者であることは当事者間に争いがなく、第一審原告東郷が昭和58年6月5日法150条により第一審被告NHKにおいて政見放送の吹き込みを行い、同NHKの政見放送実施本部部員がその政見の録音及び録画を行ったこと、右吹き込みにおいて第一審原告東郷が発言した内容が原判決添付の別紙「政見放送」に記載のとおりであったところ、第一審被告NHKの前記職員が右別紙「政見放送」中12頁の「めかんち、ちんばの切符なんか、誰も買うかいな」という部分の音声を削除して昭和58年6月16日及び同月20日の2回にわたって放送したことは、第一審原告らと第一審被告NHKとの間には争いがなく、第一審被告国との間では、上記の事実のうち、放送にあたり音声を削除されたのが前記別紙「政見放送」中12頁の「めかんち,ちんば……」という部分であったことは当事者間に争いがなく、その余は弁論の全趣旨によって認めることができる。

[2]二(1) 《証拠略》によると、公営による政見放送は昭和22年法律16号「選挙運動の文書図画等の特例に関する法律」(同年3月17日公布・施行)によってまず参議院全国選出議員の選挙においてラジオによる放送が認められ、その後対象となる選挙の範囲が次第に拡充されるなどの変遷を経たうえ、昭和44年にはテレビによる政見放送が実現し今日に至ったものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
[3](2) ところで、現行の法150条はその1項後段において「この場合において、日本放送協会及び一般放送事業者は、その政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない。」と定め、選挙の公正を保障するため放送事業者が作意的に政見放送の内容を改編することはもちろん、放送事業者が内容を審査検討して放送の諾否を決するようなことは、政見発表の自由を侵害し、また侵害する恐れがあるとしてこれを禁じているため、その範囲において放送番組編集の自由を規定した放送法3条は排除されるものと解するほかはない。
[4] しかしながら、政見発表の自由といえども何ら制約のない全くの自由であると解することはできない。すなわち、電波法はその106条1項、107条、108条において、無線設備等によって「自己若しくは他人に利益を与え、又は損害を加える目的で、虚偽の通信を発した者」、「日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発した者」、「わいせつな通信を発した者」に対してはそれぞれ懲役、禁錮又は罰金の刑を科することを規定しており、また法150条の2は、公職の候補者は、その責任を自覚し、政見放送をするに当たっては、他人の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損う言動をしてはならない旨を規定するとともに、同235条の3は政見放送又は選挙公報において、同235条2項の罪(当選を得させない目的をもって公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者に関し、虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて公にした者)を犯した者に対しては懲役、禁錮又は罰金を、特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をした者に対しては罰金をそれぞれ科することを定めており、テレビ放送が即時かつ直接的に全国の視聴者に到達する性質のものであることからすると、政見放送なるが故に如何なる内容のものであっても、そのまま放送すべきであるとは考えられず、例えば政府打倒のためのクーデターを呼びかけその決起を促したり、または内容が極めてわいせつであって、社会通念に照らし政見発表としては不相当であることが明らかなものについては、事前に審査し、これを削除することも止むを得ない緊急避難的措置として許されるべきであり、法150条1項後段の規定も右のような場合に削除することまでも禁止する趣旨のものではないと解するのが相当である。
[5] これに対して、右のような内容のものであっても、これを事前に審査し削除することはいわゆる検閲にあたり、絶対に許されるべきではないとする批判も考えられないではない。政見放送の自由が民主主義政治の根幹をなす重要なものの一つであることにはおよそ異論がなく、それがため法150条1項後段の規定が設けられており、検閲が憲法21条2項前段で禁止されていることはこれまた明らかなところである。しかしながら、政見放送の自由といえども公共の福祉によって制限される場合のあることは認めなければならないのであり、前記のとおり放送の内容がクーデターの呼びかけや露骨なわいせつにわたるなど、社会通念上政見放送として不相当であることが明らかな場合には、即時かつ直接的に全国の視聴者にそのまま伝達されるテレビ放送の性格からすると、これをそのまま放送することは公共の福祉に反するため、その内容を事前に審査し当該部分を削除することも止むを得ない緊急避難的措置として許容されるべきであり、憲法に定める検閲禁止の規定には違反しないものと解される。
[6] 以上の説示と結論を異にする《証拠略》はいずれも当裁判所の採用しないところである。
[7](3) 本件についてこれをみるに、第一審被告NHKが放送にあたり削除した部分がいわゆる差別用語に該当するものであることは、《証拠略》によって明らかであり、《証拠略》によると、いわゆる差別用語の使用については、昭和50年代に入って国民世論の上で次第に批判がたかまり、同55年以降各行政庁がそれぞれ関係する法律の中の差別用語を不適切用語として改正する方針を決め、そのころから関係の法律がそれぞれ改正され、同58年には国連がマスコミ向けの「障害者についての報道の改善」と題する小冊子を配布し、わが国出版界においても国語辞典、聖書等の中から差別用語を削除する方針を決めるなどいわゆる差別用語の不使用が社会的に定着化してきたこと、第一審被告NHKとしても放送につき国内番組基準(昭和34年7月21日制定・達34号)を定めているが、その二章八項二で「身体的欠陥などに触れなければならないときは、特に慎重に取り扱う。」と定めるとともに、その解説書(ハンドブック)で「肉体的・精神的に障害のある人の姿態・動作・言語などを扱う場合は、本人やその関係者の人権を十分尊重するとともに、同じ障害に悩む人々を傷けないように表現に気をつける。……特に身体障害や精神障害の人を侮蔑するようなことばは、使うべきでない。」としていることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
[8](4) 《証拠略》によると、第一審被告NHKは本件政見放送を録取後、本件削除部分がいわゆる差別用語部分に該当し、これをそのまま放送するのは適当でないと考えたため、第一審原告東郷に対して右部分を削除することについて同意を求めたが、同人がこれを拒否したため、昭和58年6月10日付文書で法の所管官庁である自治省行政局選挙部長に対し右部分の削除の是非についての見解を照会したところ、同月11日付文書で右選挙部長から削除することは法150条1項の規定に違背するものではないと解する旨の回答があったので、前記のように一部削除のうえそれぞれ放送したものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
[9](5) 《証拠略》によると、第一審原告雑民党は性愛に対するあらゆる束縛と偏見に対してこれを打破し、差別意識を根絶させることを目的として結成された党であることが認められるところ、本件政見放送の内容をみると、本件で削除された部分は、同原告がかつてコンサートを開催したところ客が不入りで借金がかさみ死を考えたことがある旨の発言の一部であって、第一審原告雑民党及び同党の代表者である第一審原告東郷としての政見とは直接的には何ら関係のない部分であることが明らかである。
[10](6) 第一審被告NHKがわが国における唯一の公共放送としてその放送内容につき国民一般から高い信頼を得ていることは公知の事実であり、国民の多くは法150条1項後段の規定の存在を知らないものとみられるところからすると、もし不適切・不相当な内容の政見放送がそのまま放送されたならば、視聴者の非難を浴びるとともに、第一審被告NHKのこれまでに得てきた放送に対する信頼性が損われ、仮に事後において放送者が刑罰法令によって処罰され、または社会的に強く批判されることがあっても、右信頼性の回復は至難であることは、容易に推認されるところである。
[11](7) なお、《証拠略》によると、昭和46年に実施された第9回参議院全国選出議員選挙において、或る候補者の政見等を記載した原稿中に一部差別用語があるとして、中央選挙管理委員会の承認を得て同部分を削除して選挙公報に掲載した都府県が26存在し、そのころ第一審被告MHKが自治省行政局選挙部長に対し、右の件について文書で照会したところ、同部長から政見放送についても選挙公報と同様の措置をとるようにとの文書による回答があったこと、また昭和50年4月に実施された東京都知事選挙においても差別用語であるとして選挙公報から一部削除された事例のあったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

[12] そうであるとするならば、第一審被告NHKが行った本件削除は一応外形的に法150条1項後段の規定に反し、違法なものであるといわざるを得ない。しかしながら、右認定判示にかかる二の(1)ないし(7)の諸事情、とくに法150条1項後段の規定が全く削除を認めない趣旨のものではないこと、本件削除部分が一般に使用することが不適切とされるいわゆる差別発言に関する部分であるばかりか、第一審原告雑民党の政見そのものとは直接的には何ら関係がないこと、第一審被告NHKが削除するに当たり、第一審原告東郷に対し削除についての同意を求め、所管官庁に対し削除の是非に対する意見を求めるなど、削除する場合に必要と考えられる手続を履践していること、右政見放送をそのまま放送した場合第一審被告NHKが非難を浴びるとともに放送に対する信頼性を失う恐れのあることなどを総合勘案するならば,右削除部分は社会通念上政見放送として不相当であることが明らかであり、第一審被告NHKが行った本件削除は、止むを得ない緊急避難的措置として許容され、違法性を欠くものと解すべきである。これと同様の意味において、第一審被告国が行った前記回答行為にも違法性がないものというべきである。
[13] してみれば、第一審被告らはいずれも民法715条、国家賠償法1条に基づく損害賠償責任を負わないものといわなければならない。

[14] 以上の次第であるから、第一審原告らの本訴請求はいずれも理由がなく失当として棄却すべきところ、原判決中第一審被告NHKに関する部分は右と結論を異にするのでこれを取消して第一審原告らの請求を棄却し、第一審被告国に関する部分は相当であって本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法95条本文、93条本文、89条を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 岡垣學  裁判官 小川昭二郎  裁判官 鈴木經夫

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