再婚禁止期間違憲判決
第一審判決

損害賠償請求事件
岡山地方裁判所 平成23年(ワ)第1222号
平成24年10月18日 第1民事部 判決

口頭弁論終結日 平成24年8月2日

原告 a
   同訴訟代理人弁護士 作花知志

被告 国
   同代表者法務大臣  b

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由

■ 参照条文


1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

 被告は,原告に対し,165万円及びこれに対する平成20年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
[1] 本件は,民法733条1項の再婚禁止期間の規定のために婚姻が遅れ,これによって精神的損害を被ったと主張する原告が,国会議員が,憲法14条1項及び24条2項に違反する民法733条1項について,嫡出推定の重複を回避するのに最低限必要な100日に再婚禁止期間を短縮する等の改正の立法をしなかったという立法不作為(以下「本件立法不作為」という。)が国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けると主張して,被告に対し,同項に基づき,165万円及びこれに対する平成20年7月7日(前婚の解消の日から100日を経過した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(1) 原告について
[2] 原告は,平成20年3月28日,前夫であるjと離婚した。
[3] 原告は,平成20年10月7日,k(以下「k」という。)と婚姻した。
[4] 原告とkとの婚姻は,民法733条1項の再婚禁止期間の規定のために遅れたものであった(甲31,弁論の全趣旨)。

(2) 民法733条の制定過程等
[5] 民法733条1項は,女は,前婚の解消又は取消しの日から6か月を経過した後でなければ,再婚をすることができない旨を規定して,女性についてのみ再婚禁止期間を定めており,これにより,女性のみが前婚の解消等の日から6か月間再婚をすることができないという区別(以下「本件区別」という。)が生じている。
[6] 我が国において近代的な再婚禁止期間制度が取入れられたのは,明治7年9月29日の太政官布告によってであるが,この太政官布告では,再婚禁止期間は300日とされていた。そして,明治23年の旧民法(いわゆるボアソナード民法)草案では,嫡出推定期間を婚姻成立から180日後,婚姻解消から300日以内とした上で,再婚禁止期間を嫡出推定の重複を回避するのに最低限必要な4か月としていたが,妊娠の有無を確実に知り得るには4か月では短く,また,再婚後に前夫の子を出産するのは再婚の家の平和にとっても好ましくないとの理由から、前婚による懐胎の有無が素人目にも分かるようになるまでは再婚を待つのが相当であるとして,旧民法において,余裕を持たせて,再婚禁止期間が6か月とされ,明治31年の明治民法(明治31年法律第9号。親族編〔第4編〕及び相続編〔第5編〕の部分)においても,嫡出推定期間は婚姻成立から200日後,婚姻解消又は取消しの日から300日以内と改められたものの,再婚禁止期間は旧民法と同様に6か月とされた。
[7] その後,戦後の日本国憲法の制定に伴う明治民法の全面改正により,家制度等が廃止され,夫婦の平等などが実現されたが,憲法に直接抵触しない規定については,明治民法の規定がそのまま維持されることとなり,現行民法733条1項の再婚禁止期間制度は,明治民法の制度をそのまま引き継いだものである。

(3) 最高裁平成7年判決
[8] 最高裁判所は,平成7年12月5日,民法733条1項の再婚禁止期間の規定のために婚姻の届出が受理されるのが遅れ,これによって精神的損害を被ったと主張する夫婦が,国に対し,憲法14条1項及び24条に違反する民法733条の削除又は廃止の立法をしない国会の行為等が違法な公権力の行使に当たるとして国家賠償を請求したという事案において,
「国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく,国会ないし国会議員の立法行為(立法の不作為を含む。)は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというように,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものでないことは,当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁昭和58年(オ)第1337号同62年6月26日第二小法廷判決・裁判集民事151号147頁)」
とした上で,
「上告人らは,再婚禁止期間について男女間に差異を設ける民法733条が憲法14条1項の一義的な文言に違反すると主張するが,合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法14条1項に違反するものではなく,民法733条の元来の立法趣旨が,父性の推定の重複を回避し,父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上,国会が民法733条を改廃しないことが直ちに前示の例外的な場合に当たると解する余地のないことが明らかである。したがって,同条についての国会議員の立法行為は,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないというべきである」
と判示した(最高裁平成4年(オ)第255号同7年12月5日第三小法廷判決・裁判集民事177号243頁。以下「最高裁平成7年判決」という。)。

(4) 我が国の内外における社会的環境の変化等
[9] 法務大臣の諮問機関である法制審議会は,平成8年2月26日,婚姻制度等に関する民法改正について「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申したところ,同要綱は,女性の再婚の自由を拡大するという観点から,再婚禁止期間を嫡出推定の重複を回避するのに最低限必要な100日に短縮することとしている。
[10] 自由権規約委員会は,日本政府が市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)40条に基づき提出した第4回報告(平成9年)及び第5回報告(平成18年)のそれぞれを検討した上で採択した各最終見解(前者につき平成10年,後者につき平成20年)において,再婚禁止期間に関する女性に対する差別について懸念を表明するとともに,これが同規約2条,3条及び26条等に適合せず,廃止すべきことを勧告した。
[11] 女子差別撤廃委員会は,日本政府が女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)18条に基づき提出した第4回報告(平成10年)及び第5回報告(平成14年)並びに第6回報告(平成20年)のそれぞれを検討した上で採択した各最終見解(前者につき平成15年,後者につき平成21年)において,再婚禁止期間に関する女性に対する差別について懸念を表明するとともに,これを廃止すべきことを勧告した。
[12] 諸外国においては,再婚禁止期間の制度自体を持たない国もあるほか,再婚禁止期間の制度を廃止する立法例も増えているが,再婚禁止期間の制度自体を持たない国では,離婚の前提として一定期間の別居が要求されており,この別居期間が,再婚禁止期間に代わって,嫡出推定の重複を防止する機能を果たしているということができること,それ以外の国でも,そのほとんどは,我が国における協議離婚に相当するような制度を持たず,裁判離婚のみを認めており,そこでは,明文上又は裁判の実際上,一定期間の別居が要求されており,それが要求されていない場合でも,一定の考慮期間ないし熟慮期間を設けていることが多いことから,届出のみで離婚することができる協議離婚制度を有する我が国において再婚禁止期間制度を廃止した場合とでは問題状況が大きく異なる。
[13] 国会においても,民法733条1項の定める再婚禁止期間の改正について質疑等がされてきたが,同項の定める再婚禁止期間を改正するための立法措置は未だに執られていない。
(1) 本件立法不作為が国家賠償法1条1項の規定の適用上違法となるか(争点1)
(原告の主張)
[14] 民法733条1項の立法趣旨は,道徳的な理由に基づいて寡婦に対し一定の服喪を強制するものであるから,本件区別を生じさせた立法目的自体に合理的な根拠がないことは明白である。
[15] 仮に民法733条1項の立法趣旨が嫡出推定の重複を回避することにあり,本件区別を生じさせた立法目的自体に合理的な根拠が認められるとしても,その目的を達するには100日の再婚禁止期間を設けることで足りるのであるから,本件区別は合理性を欠いた過剰な制約を課すものである。
[16] したがって,民法733条1項の規定が本件区別を生じさせていることは,憲法14条1項及び24条2項に違反し,本件立法不作為は,国民に憲法上保障されている婚姻をする権利を違法に侵害するものであることが明白な場合に当たるから,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるべきである。

(2) 原告の損害額(争点2)
(原告の主張)
 慰謝料 150万円
[17] 原告は,民法733条1項の再婚禁止期間の規定のためにkとの婚姻が遅れ,これによって精神的苦痛を被った。これを金銭に換算すると,150万円を下らない。
 弁護士費用 15万円
 合計 165万円
[18](1) 国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである(最高裁平成13年(行ツ)第82号,第83号,同年(行ヒ)第76号,第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁)。

[19](2) これを本件についてみると,原告は,民法733条1項の規定が本件区別を生じさせていることが憲法14条1項及び24条2項に違反し,本件立法不作為は,国民に憲法上保障されている婚姻をする権利を違法に侵害するものであることが明白な場合に当たると主張するが,合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法14条1項及び24条2項に違反するものではないところ,民法733条1項の規定の趣旨は父性の推定の重複を回避し,父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上(最高裁平成7年判決参照),その立法目的には合理性が認められるところであるし(なお,原告は,同項の立法趣旨は道徳的な理由に基づいて寡婦に対し一定の服喪を強制するものであると主張するが,同条2項において,「女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には,その出産の日から,前項の規定を適用しない。」と規定されていることに照らせば,原告の上記主張を採用する余地はない。),上記のとおり,同条1項の規定の趣旨が父性の推定の重複を回避することのみならず父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにもあることからすると,その立法目的から再婚禁止期間を嫡出推定の重複を回避するのに最低限必要な100日とすべきことが一義的に明らかであるともいい難いところ,本件区別についてどのような違憲審査基準を用いるべきかについて種々の考え方があり得ることをも踏まえると(原告は,本件区別についてはいわゆる厳格な審査基準を用いるべきことが明白であったと主張するが,原告が離婚した時点までの最高裁判所の判決の内容を概観しても,上記時点において本件区別についていわゆる厳格な審査基準を用いるべきことが明白であったなどということはできない。),同項の規定が本件区別を生じさせていることが憲法14条1項及び24条2項に違反するものでないと解する余地も十分にあるというべきである。そして,このことは,前記争いのない事実等で認定した我が国の内外における社会的環境の変化等を考慮したとしても,直ちに異なるところはない。

[20](3) そうすると,本件立法不作為について,国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合などに当たるということはできないから,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないというべきである。

[21] よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却する。

  岡山地方裁判所第1民事部
  裁判官 世森亮次
 (再婚禁止期間)
第733条 女は、前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ、再婚をすることができない。
 女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。
 (嫡出の推定)
第772条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧