全農林警職法事件
控訴審判決

国家公務員法違反被告事件
東京高等裁判所 昭和38年(う)第1293号
昭和43年9月30日 第7刑事部 判決

控訴人 原審検察官
被告人 鶴園哲夫 外4名
検察官 蒲原大輔

■ 主 文
■ 理 由


 原判決を破棄する。
 被告人鶴園哲夫、同江田虎臣、同中野優、同西川恵夫及び同国井豪を各罰金5万円に処する。
 右罰金を完納できないときは、金千円を1日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。
 原審及び当審における訴訟費用(但し、原審証人和田文雄に支給した昭和36年11月10日出頭分を除く。)は、全部被告人5名の連帯負担とする。


[1] 本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検察官検事山本清二郎作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであり、これに対する弁護人ら及び被告人らの各答弁は、弁護人佐藤義弥、同竹沢哲夫、同小林直人、同久保田昭夫共同作成名義の答弁書、弁護人内藤功作成名義の答弁書並びに被告人本人5名作成名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次ぎのとおり判断する。
[2] 検察官の所論は、原判決が、昭和33年10月8日(以下、特に年号を表示しない場合はすべて昭和33年とする。)内閣から衆議院に提出された警察官職務執行法の一部を改正する法律案(以下、警職法改正案と略称する。)に対し、全農林労働組合(以下、全農林と略称する。)中央執行委員会において反対行動を標榜、展開した全貌を含め、「第二、当裁判所が証拠によつて認定した事実」として摘示した項中に事実誤認があると主張する。
(一) 電報による指令第6号を発出した事実について、被告人らに関与の責任はないと判断、説示した点は事実誤認であるとの論旨について。
[3] 本指令は、10月30日及び同月31日の両日にわたり開催された全農林第1回中央委員会の会場なる東京都内の自治労会館より、30日深夜から翌31日早暁にかけ、全農林名義をもつて発出されたものであり、その宛先は下部機構なる各県本部(都、道、府県本部をいう。以下同じ。但し本電報については東京都本部を除く。)であつて、その内容は、「指令6号、5日正午出勤の行動に入れ。家畜飼育、着検(入船中)、サイロ、検疫、気象調査、農地汐止作業及びこれに準ずるもの、航海船舶関係は時間内1時間以上の大会。保安要員は生物取扱い、無線、倉庫巡視、その他は後刻文書」というものである。しかして、原判決は、右電報指令第6号を発出した事実につき被告人らを含む役員は関与していないとの点について、
「中央委員会において11月5日の行動に関して決定したのち、その決定事項が極めて重大であることと、行動実施までに時間的余裕がないことを理由として直ちに電報をもつて各県本部あてにその趣旨を伝達するよう緊急動議が提案、可決されたこと、その際中央委員会議長の田口三樹夫より、『その処理は執行部に頼む』旨の発言があり、これに応じて黛次男が電文を起案のうえ発信手続をとつたこと、また、大会、中央委員会の決議機関の決定事項を執行するのは中央執行委員会の責務であること、そして田口の発言があつた際、被告人らを含む役員はその場に居合せたからその間の経緯は十分承知していたこと等の事実が認められる。」
と認定し、引続いて、
「しかし電報をもつて決議機関の決定事項を下部組織へ伝達することは、決して通常とられる手段ではない。本件の場合も突然中央委員から動議として提案、可決されたうえ、中央委員会議長の要請によつて始めてこれが処理を行なうことになつたものであつて、被告人ら各役員としても前もつてこのような事態を予想し、これに応ずる心構えがあつたとは見られない。そして電文の起案、発信の手続は黛がひとりこれを行ない、同人以外の者は一切これに関与しておらないのである。とすれば、たとえ被告人ら役員がたまたまその場に居合せ、その前後の状況を承知していたとしても、それ以上に黛と電報の起案、発信に関して協議その他これに類する意思の連絡をはかる行為が認められない本件においては、決議機関の決定事項の執行が中央執行委員会の責務であるという一事だけをとらえて黛を除いた被告人ら役員に対し、この点についてまで関与したものとしての責任を負わせるべき筋合いはないといわざるを得ない。」
と判断、説示しているのである。しかしながら、原審証人金辺順炳(当時中央執行委員)は、指令は一般にはガリ版を使つているが、急ぐ場合は電報を使うことも時々あると供述しているばかりでなく、右中央委員会に出席した宮城県本部選出の中央委員加藤孝が同委員会の審議内容の詳細を同県本部に報告したと認められる全農林第1回中央委員会報告と題する書面(当庁昭和38年押第477号の18)によれば、中央委員会の第1日目である10月30日午後3時頃中央執行委員から、11月5日の実力行使をいかにすべきかを先議すべきである旨の動議が提出されたことに対し、副中央委員長なる被告人中野から執行部の考え方が提案されたとして、その提案内容の詳細を報告しており、その提案内容中に、「2、行動指令について、特に警職法改正反対闘争についての戦術は情勢の進展に伴い電報指令する」旨の提案があつたとし、更に、右中野の提案内容のうち、11月5日の実力行使についての執行部の再提案があつて、中央委員会は右再提案について原案どおり可決されたとし、次いで「中央本部は中央委員会会場より全国の組織に直ちに電報指令を発した」と報告していることが認められ、又、中央委員会に出席した熊本県本部選出の中央委員田上弘が組合業務のために保管していたと認められる「第1回中央委員資料」と題する書面綴(前同押号の20)に編綴されている、予め右田上が受領したと認められる全農林中央本部発行の10月20日付農林新聞所掲の「第1回中央委員会議案」23頁、24頁には、「二、実力行使について」なる題のもとに、「……敵に最大の打撃を与える行動を、最も効果のある時期に実力行使を指令するために、……提案します。記。(四)実力行使の具体的な要領、実力行使の戦術内容と、電報指令に使用する略号を指定する」旨記載されており、なお、中央執行委員会における文書、電報の発受及び処理に関する事項を分掌する総務部(全農林の基本綱領、規約、規則、規程集――前同押号の1参照)の長であり、且つ右中央委員会において書記長として就任、列席していた黛次男は原審において、右電報は総務部長の権限に基づきこれを発出した旨証言しているのであつて、これらの証拠と、原判決の認定した前掲中央委員会において電報発出に関する緊急動機が提案、可決されたこと、議長田口三樹夫から執行部に対しこれに関する依頼の発言があつたこと、被告人らを含む役員らはその場に列席しその間の経緯は十分承知していたこと等を総合考察すれば、被告人らを含む執行部としては、中央委員会に臨むに際し、「警職法反対闘争についての戦術」を情勢の進展如何によつては略号による電報をもつて指令することを提案すべく予め企図していたこと、その故に、中央委員の一部から11月5日の実力行使に関する動議が提案された際、被告人中野から、原判決の摘示したような、「警職法改正案が国会へ提出された後の総評、国公共闘のこれに対する態度、情勢及び全農林が反対行動としてとつた経緯等を説明した」際、合せて電報指令に関する提案もなされたこと等が明らかに看取される。もつとも、被告人中野の右提案が、検察官の主張するように、具体的に11月5日の実力行使について電報指令を発する趣旨においてなされたものではなく、弁護人の主張するとおり、一般的に電報指令を発する趣旨においてなされたものであることは、中央委員会における被告人中野の前記電報指令に関する提案中に、「情勢の進展に伴い」との言があつたこと及び本件電報指令第6号の内容が略号を用いていないことに照らし、これを認めざるを得ないけれども、少くとも、原判決の摘示するように、「被告人ら各役員としても、前もつてこのような事態を予想し、これに応ずる心構えがあつたとは見られない。」とは到底いえない。けだし、中央委員の一部より発言があつて、11月5日の実力行使に関し電報指令を発することが可決されたとしても、いやしくも被告人らを含む中央執行委員会が中央委員会に対し、同日の実力行使に直接関係ないものとはいえ、電報指令の発出に関する提案をしており、中央委員の前記発言、中央委員会の前記可決が中央執行委員会の右提案に沿つたものであると認められ、且つ電報指令第6号の電文が、冒頭が「シレイ6ゴウ」、末尾が「アトフミ」「ゼンノウリン」となつている体裁及び形式、又その内容が中央委員会における討論の結果を集約したものと大綱的に一致していると認められる本件においては、たとえ原判決の認定したように、電文の起案、発信の手続は総務部長なる黛次男がひとりこれを行なつたものであるとしても、前記田口三樹夫から執行部に対し電報指令の発出を依頼する旨の発言があり、被告人らを含む執行部においてこれらを了承したと認められた時点において、前記のような権限を有する黛次男が書記長として列席していることを了知していた被告人らを含む役員及び電報指令の発出を可決した中央委員らの間に、黛をして11月5日の実力行使に関し、電報指令を発出させることについて相互の意思連絡(即ち、若し右電報指令の発出が犯罪事実となるならば、刑法上の共謀に該当する。)が成立したものといわなければならないからである。原判決は、被告人らを含む役員らに電報指令第6号の発出について関与者としての責任を負わせるためには、前記引用のとおり、「黛と電報の起案、発信に関して協議、その他これに類する意思の連絡をはかる行為」の存在が必要であるもののようにいうけれども、前記黛次男も原審において証言するとおり、同人が電報指令を発出する行為自体については、上級の中央委員会において11月5日の実力行使に関する電報指令の発出が可決された以上、同委員会における討議の結果可決された内容と同一内容の電報指令を起案、発出することにつきあらためて中央執行委員会の議に付する余地も必要もない性質のものであるから、原判決のいうように、黛と被告人ら役員との間に電報の起案、発信に関し協議等がなされなければ被告人らに関与者としての責任を負わされないとはいえないとしなければならない。しからば、原判決が右電報指令の発出につき被告人ら役員に対し関与者としての責任を負わせるべき道理はないと判断、説示したのは、証拠の価値判断を誤り、延いて事実を誤認したものといわざるを得ない。
[4] 弁護人は前記加藤孝の「全農林第1回中央委員会報告」なる書面及び前記田上弘保管の「第1回中央委員会資料綴」につき、その証拠能力及び証拠価値のない理由を縷々述べるが、論旨に徴し、右書面及び資料綴の形状、記載内容等を仔細に検討しても、原審が昭和37年9月3日付決定において、これらにつき刑事訴訟法第323条第3号所定の書面に該当し、証拠能力ありとした判断には誤があるとは認められず、又論旨のいうように証拠価値のないものとも認められない。

[5](二) 検察官の所論は、原判決は、前記電報指令第6号の発出につき、被告人ら役員はこれに関与していないとの事実を認定して被告人らの行為からこれを除外し、被告人らの相互の意思連絡のもとに発送したものと認定した文書指令第6号について、「中央委員会において11月5日正午出勤を原則とする統一行動を行なう旨決議したので、被告人ら執行部の者は、この決議機関の決定を執行すべき職責上これを行なつた」ものであつて、「中央委員会の決議の趣旨に忠実に添つたものであり、指令として人の自由な理性的な意思活動を誤らしめるおそれを生ずるような激越な内容を含むものとは認められないから、右文書指令第6号を発送したことは罪にならないと判示したのは、被告人ら役員の指導力及び電報を含む指令第6号の影響力を過小評価し、延いて事実を誤認したものであると主張する。
[6] 電報指令第6号を発出した事実につき被告人らに関与者としての責任がないとした原判決の認定が誤であることは既に前段において説示したとおりである。
[7] しかして、本件文書指令第6号は、10月31日付の全農林中央闘争委員長鶴園哲夫名義をもつて発送されたものであつて、その発送するに至るまでの経緯(11月4日の中央執行委員会に被告人鶴園が欠席したとの点及び発送の日の点を除く。後記参照)は、原判決が、前記「第二、当裁判所が証拠によつて認定した事実」の項の「四、電報を含めた指令第6号を発するに至つた経緯」において摘示したとほぼ同一であり、その宛先は各県本部、支部、分会委員長であつて、その内容は、「『警職法改悪』反対のため次の行動を指令する」と題し、
指令主文
一、各県本部、支部、分会は11月5日正午出勤の行動に入れ。
二、各県本部、支部、分会の次の職場については、時間内1時間以上の職場大会を実施せよ。(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)(以上の各職場については、前記電報指令第6号の内容とほぼ同一であるから、省略する。)
実施要領
一、各県本部は警職法反対の意義を各組合員に充分徹底し、11月4日までに各人より休暇願いを出させ、職場毎に執行部がとりまとめ提出する。この際当局が受理を拒否した場合は、提出した丈で半日休暇の行動に入る。
二、保安要員としては、生物飼育関係者、船舶関係無線、倉庫巡視とする。
三、正午出勤を成功さすための行動として、集会その他の行動を職場外で行なうこと等の措置は、各県本部の実態と主体制に基いて計画されたい。
四、指令主文二項の指定個所については、県本部において認定し、実情にそつた措置をとられたい。なお指定個所に準ずる職場についての行動は、県本部で検討のうえ本部に連絡し行動を決定していくようにすること。
五、官憲対策については充分と留意し、書記局内の書類等、身辺の整理をしておくこと。
六、弾圧対策に対する資金積立の目的と討議の徹底をはかり行動を組織するようにすること。
情勢
(以下、省略)
であつて、要は、「警職法改悪反対の行動」をとるために、全国の傘下全組合員に対し、当局が執行部のとりまとめた休暇願の受理を拒否した場合においてもそのまま、「11月5日正午出勤の行動に入れ(但し、一部の職場は1時間以上の勤務時間内職場大会を実施せよ)」なる行動を指令したものである(原判決は、11月4日の中央執行委員会に被告人鶴園が欠席した旨認定しているけれども、原審証人吉田武彦の供述及び同被告人の原審公判廷における供述によれば、同被告人は議長はしなかつたが、出席したことが認められ、この点に関する原判決の認定は誤認であるといわざるを得ない。又同判決は、右指令を前記黛次男をして各県本部委員長等に宛て速達便をもつて発送させた日が11月3日頃である旨認定しているけれども、この点に関する右黛次男の原審証言中の関係部分、即ち、右指令は11月3日の午後、11月5日の行動には直接役立たないと判断しながら、形式を整えるために発送したとの部分はたやすく信用できず、かえつて、宮崎県本部より押収した同本部の業務上保管していたと認められる「昭和33年度日誌」(前同押号の22)中の11月3日欄の記事に、「中央本部指令第6号(写)を分会宛発送」の旨の記載があり、又同本部保管の「起案綴」(前同押号の24)中の11月3日付宮本指示第22号によれば、この文書は11月3日起案し、同日宮崎県本部闘争委員長大賀正人名義をもつて各分会に宛て発送したものであるところ、その内容は、「11月5日の第4次統一行動については、11月1日付全農林宮本指示第21号をもつて指示したが、11月3日全農林指令第6号が到着したので写を送付する」と記載されていること等に徴すれば、本件文書指令第6号が宮崎県本部に到着したのは遅くとも11月3日であることが認められ、更に、前記中央委員会に出席した愛知県本部選出の野々山文雄の検察官に対する供述調書によれば、同人は11月3日同本部において文書指令第6号を見たことが認められるのであるから、右指令が同本部に到着したのも遅くとも同日であることが認められ、これらの事実と、右指令第6号が前記のとおり10月31日付であること、昭和37年10月20日付郵政省郵務局長名義の「速達便の配達所要日数について」と題する回答書によつて認められる本件当時の通常における速達便の配達所要日数が1日乃至2日であること等を総合すれば、右指令第6号が発送された日は、10月31日から遅くとも11月2日までの間であると認めるのが合理的である。従つて、右発送の日に関する原判決の認定も誤認であるというのほかはない。)。
[8] ところで証拠によれば、かかる電報及び文書による指令第6号を発するに先だち、全農林中央執行委員会が各県本部等の下部機構に対し発した指令、指示の主なるものは、(イ)中央闘争委員長鶴園哲夫名義の10月15日付指令第5号及び (ロ)同委員長鶴園哲夫名義の10月27日付指示第34号であることが認められるところ、右指令及び指示の発された経緯及び被告人鶴園が旅行先で右指令第5号の内容を見たことはいずれも、原判決が、前記「第二、当裁判所が証拠によつて認定した事実」の項において摘示したとほぼ同一であつて、その宛先はいずれも各県本部、支部、分会各委員長であり、指令第5号の内容は、「警職法改悪反対闘争を中心とした闘いについて次の行動を指令する」と題し、「指令主文」として、「11月5日頃正午出勤を目標とした実力行使を行なうための方針を職場討議に移し、闘争体勢を作れ。その結果を中央委員会までに報告せよ」等を掲げ、次いで「われわれの基本的態度」として、「われわれは、………組織の総力をあげて警職法粉砕のため闘う必要がある。われわれは、総評傘下各単産と共にこの闘いの中核となり、あらゆる要求の中心目標としてかかげ、精力的な反対闘争をおし進め悪法粉砕のため闘う」と記載し、「実施要領」として、「(六)総評は11月5日頃、参議院へ送付された場合の最後的情勢も考慮に入れて、第4次統一行動を起すことを決定した。その内容は、『各単産は24時間ストライキを目標に職場討議を起し、体勢の確立をはかる』という確認をした。……全農林中央本部は組合運動の死命を制するこの悪法を阻止するため、今日まで闘つてきた最大限の戦術を行使する決意を固めている。……」と記載したものであり、指示第34号の内容は、「警職法改悪闘争の体勢強化」についてと題し、「指令第5号にもとづき夫々討議の徹底と行動を進めていられると思うが、当面する11月5日の行動を成功させると共に、悪法を粉砕するために、次の点を特に注意し、組合員の結集をはかるよう努力されたい」等の記載に続き、「政府、農林当局の弾圧と切り崩し」に対する対策、宣伝活動の強化、その他の具体的な方針に関し詳細な説明を記載したものである。
[9] しかして、前記電報を含む指令第6号が、以上のような内容の指令第5号及び指令第34号が発せられた後数日を経ずして発せられた経過に照らせば、被告人ら役員の指導力及び電報を含む指令第6号の影響力を法律的に評価するにあたつては、右電報を含む指令第6号の内容自体のみならず、前記指令第5号、指示第34号等が既に発せられていた客観的事態を前提とし、該指令、指示等とを一連のものとしてこれを理解すべきは当然であるといわなければならない。以上の観点から、被告人らを含む役員の指導力及び電報を含む指令第6号の影響力を考察するのに、被告人らは、警職法改正案は「組合運動の死命を制する悪法」であるとして、これが成立を阻止するために、「精力的な反対闘争をおし進め悪法粉砕のため闘う」旨及び「最大限の戦術を行使する決意を固めている」旨(以上、前記指令第5号の内容参照)を下部組識を通じて全国の傘下組合員に呼びかけ、更に、「当面する11月5日の行動を成功させると共に、悪法を粉砕するために……組合員の結集をはかるよう努力されたい」旨及び「この闘いは、反対して悔ない闘いであつたということではなく、絶対に通してはならないという闘いである」旨(以上、前記指示第34号の内容参照)を全組合員に呼びかけ、指示することにより、その反対闘争に関する被告人らを含む役員の強固な意思を全組合員の脳裡に強く印象づけて滲透させ、違法行為実行の機運を徐々に醸成したうえ、多数の傘下組合員らをして、11月5日当局の管理意思に反する正午出勤の実力行動をとらせるべく心理的にかりたてかりたてしていつた結果、最終的には、被告人らを含む役員は、相互に意思連絡のうえ、文書指令第6号を発し(即ち、若し右文書指令の発出が犯罪事実となるならば、右意思連絡は刑法上の共謀に該当する。)、もつて右組合員らをして、11月5日の統一的実力行動、即ち労務提供の集団的拒否をなすべく心理的に義務づけた(法的の意味ではない。前記基本綱領、規約、規則、規程集中の全農林労働組合規約第49条によれば、組合員は組合機関の決定事項を履行する義務があると定められている。)ものと認むべきであつて、以上の事実に徴すれば、被告人ら役員の指導は極めて強力なものであつたというべく、又電報を含む指令第6号の内容も、それに先だつ指令第5号、指示第34号の各内容とあいまち極めて刺戟的であつたというべく、又その影響力は、傘下組合員をして、11月5日の実力行動をとる決意を生ぜしめ、或いは既に生じている決意を助長するような勢いのある強度なものであつたといわなければならず、従つて、原判決の摘示するように、指令第6号が、「人の自由にして理性的な意思活動を誤らしめるおそれを生ぜしめる激越な内容を含むものとは認められない。」とは到底いえず(もつとも当裁判所としても、同指令が、原判決のいうような激越な内容を含んでいるというわけではなく、後記第二部において論証するとおり、要は、その指令内容が違法行為を実行する決意に強い影響力のある刺戟的なものであれば足るとするのである。)、たとえ、原判決の摘示するように、「……中央委員会の決意を執行すべき職責上これを行なつた」ものであつて、「その決議の趣旨に忠実に添つたものである。」等としても、このことから直ちに、原判決の説示するように罪とならないとはいえないことは、後記国家公務員法(以下、国公法と略称する。)に規定する争議行為、あおり行為、企てる行為等の概念内容に照らし明らかである。従つて、この点に関する原判決の認定、説示は、証拠の価値判断を誤り、被告人らを含む役員の指導力及び電報を含む指令第6号の影響力を誤つて過小評価し、延いて事実を誤認し、且つ法令の解釈、適用を誤つた(なお、この点については後記第二部参照)ものといわざるを得ない。
[10] 弁護人は、原判決が、文書指令第6号を発送した事実につき被告人らの相互の意思連絡を認定した点を論難し、中央委員会において指令第6号の内容をなす事項が可決された時点において、被告人ら役員は、当然右内容の文書指令が早晩委員長名義をもつて発せられることは、意識的にせよ無意識にもせよ感知したであろうと思われるけれども、指令の内容が上部機関なる中央委員会において既に決定されている以上、指令の発出自体は確認的な手続行為に過ぎないし、又その内容も、中央委員会の決議を確認するものに過ぎない。従つて、この際の指令の発出は単純な事務的な書記的行為に過ぎないのであるから、これを通常の指令の発出と同一視して、原判示のように被告人らの関与を認めるのは首肯し得ないことは論をまたないと主張するけれども、この点に関する原判決の認定には論旨のいうような非議すべきものは認められない。なるほど全農林組合規約によれば、中央委員会が大会に次ぐ決議機関であり、中央執行委員会は大会及び中央委員会の決議に従つて組合業務を執行するものであることは明らかであるけれども、全農林のように全国的に下部機構を有する大きな規模のものであり且つ多数の組合員を擁する組合においては、中央執行委員会の性格が論旨のいうように事務的、書記的且つ従属的なものとは記録上到底認められず、従つて、その指令内容は下部機構にとり極めて影響力の強い権威のあるものであることは明白であつて、たとえ中央委員会の可決内容が文書指令第6号の指令内容と同一であるからといつて、そのことは右のような中央執行委員会の性格及び同指令の権威、影響力にいささかの消長を及ぼすものではない。しかも原判決も摘示しているとおり、文書指令第6号は遅いものでも11月4日には各県本部に到着しているのであつて、翌5日の実力行使の実施について決定的な影響力のあつたことは十分肯認し得るのである。弁護人の論旨は失当といわざるを得ない。
[11] 又弁護人は、「警職法改悪」に対する国民全体の反対運動は燎原の火のように燃えあがつていたこと、その運動は国民会議に結集されていつたこと、国民会議が国民全体の反対運動を指導し押し進めていつたこと、総評は国民会議の支柱として、労働者階級全体の運動の指導にあたつたこと等、反対運動全体の幅と深さ、激しさについては証拠上明白であるし、公知の事実でもある。かかる状勢のもとにおいて、全農林の組合員は国民の一員として、又労働者階級の一員として「警職法改悪」に対する反対運動に立ちあがつたものであり、又組合員は組合幹部を突きあげて右反対運動に立ちあがつたものである。従つて、組合員の意思により行動すべき執行部が、警職法改正案反対の抗議運動の展開を決議したことは当然であり、正しかつたのである。結局、職場の組合員の突きあげによつて、全農林の警職法改正案反対闘争が押し進められていつたものであることは論をまたないのであるから、全農林の組合員は、被告人らを含む執行部の強力な指導と指令によつて、「警職法改悪反対闘争」にかりたてられたものとはいえないと主張する。なるほど、論旨の引用する証拠によれば、警職法改正案に対する総評を支柱とする反対運動が極めて大きなものであつたことが認められ、又組合員中には組合幹部を突きあげるため行動に立ちあがつた者のあることも証拠上認められないではない。しかしながら、例えば、前記全農林指示第34号によれば、「組合員の認識傾向」と題して、
「『警職法は直接自分と関係がない』或いは『自分さえ正しければ、ひつかかる恐れはない』と思つている組合員が非常に多い。特に若い人達は戦後の民主主義と自由な教育に育てられているのでピンと来ないこと、又『家庭』や『女』にまで波及はしてこないと考える婦人組合員がいる。更に『問題は組合活動と組合活動家にのみある』という考え方である」
旨記載されており、又末尾の「東京都本部の活動と教訓」と題する項には、
「………水産分会では、アンケート調査をして、2票の賛成の外は皆『警職法』反対、又反対闘争にわれわれとして何らかの意思表示をしなければいけないという回答が7~80%に達した。しかし、この意思表示の具体的内容としては、3割休暇とか職場大会を含め「実力行使」が全体の2割程度(1番多かつたのは署名運動)であつたので、11月5日までは、更に話し合いを積み重ねてゆく必要があると目下努力している。」
旨記載されており、更に当審証人有沢淑子(当時農林省農地局総務課厚生係勤務、全農林組合員)の供述によれば、同人の職場においては11月4日半日ストについてのアンケートをとつたところ、賛成20、反対23であつたというのであり、これらの証拠に徴しても、全農林に関する限り論旨の強調するように組合員の要求或はアンケートの結果が、必ずしも圧倒的に抗議運動の展開を支持していたものとも認められず、又必ずしも職場の組合員の突きあげによつて全農林の反対闘争が押し進められていつたとも認められず、かえつて、これらの証拠は、組合員中に、ある程度、警職法改正案に対する無関心な者乃至闘争意識の低調であつた者が存在したことを示すものというべく、このことは他面、被告人ら役員が指令、指示を発出することにより傘下組合員の闘争意識を生ぜしめ、又は既に生じている闘争意識を助長せしめる余地が、ある程度存在したことを示す証左であるといわなければならない。しかして、いやしくも全国にわたり多数の組合員を擁する全農林のように、前記のような性格の中央執行委員会と称する機関を有する組合である以上、中央執行委員長はじめ各役員の指導により組合が運営されていくことは必然的というべく、仮りに下部機構からの突きあげにより指示、指令を発したような場合においても、突きあげ自体の責任とは別個に、その指示、指令は下部機構に対する影響力の極めて強い権威のあるものであるとともに、その指示、指令の発出により指導した幹部役員の責任は免れ得ないといわなければならない。弁護人の論旨は妥当を欠くというのほかはない。
 被告人らが相互に意思連絡のうえ、職員らに対する勤務時間内職場大会への参加方を説得、慫慂する手段として、職員が入庁することを阻止した態様、即ちピケツトとその影響力に関する事実誤認の論旨について。
[12] 検察官の所論は、原判決が、前記「第二、当裁判所が証拠によつて認定した事実」の項の「五、11月5日の統一行動に関する経緯」において摘示した事実中、ピケツトの態様とその影響について、「農林省裏玄関附近に居合せた職員のうち、すくなくとも2、30名の者が被告人らの説得、慫慂にもかかわらず職場大会に参加しなかつた」事実が「証拠によつて認められ」、又「農林省の庁舎各入口には、20名ないし50名ぐらいづつで二重又は三重に立ち並んでピケツトを張つていたのであるが、右ピケツトも職員の自由意思による通行を阻止するものではなく、現に職場大会に参加しなかつた職員はとり立てた妨害も受けず自由に入口から庁舎内へ出入していた」事実が「証拠によつて窺われる」と判示し、しかも、「ピケツトを張つたことをとらえて直ちにその手段が激越であるとはいえない」として、被告人らの職員に対する説得、慂慫は罪とならないと判示しているが、この点の認定は、本件ピケツトの態様及びその影響力に関する事実誤認であると主張する。
[13] よつて案ずるに、原審の取調べた証拠、特に証人中西一郎(当時農林大臣官房秘書課長)、同丸山幸一(当時農林大臣官房経理厚生課長)、同永沢五郎(当時農林省振興局総務課庶務係長、全農林組合員)、同鈴木一美(当時農林省農林経済局企業市場課長、全農林組合員)、同保坂信男(当時農林省農林経済局統計調査部管理課長)、同大橋忠義(当時農林省農地局総務課人事班長、全農林組合員)、同竹田生閏(当時全農林東京都本部副執行委員長)、同鈴木茂三郎(警察官)の各公判廷における供述及び供述記載並びに荒井三之助(当時食糧庁総務課人事庶務班長、全農林組合員)の検察官に対する供述調書を総合し、なお警察官桜井重之、同中川喜英及び同上妻茂夫の各撮影した現場写真によつて認められる正面玄関、裏玄関等の出入口が閉められており、特に正面玄関、裏玄関には多数の鉢巻をした全農林等の組合員が閉まつた扉の内外に幾重にもピケツトを張り職員の入庁阻止の態勢を固めている等の状況及び午前9時56分頃から同10時17分頃までの間3階以上8階までの庁舎内には若干名の守衛以外の職員が全く入庁していない状況、更には当審証人小池芳夫、同大橋智、同石田始、同松崎武志(以上いずれも警察官)、同伊藤正男(当時農林省農地局経済課勤務、全農林組合員)及び前記当審証人有沢淑子の各公判廷における供述等を合せ考量すれば、本件農林省正面玄関前において勤務時間内職場大会の行なわれた際の周囲の様相は、全農林、全林野労働組合(以下、全林野と略称する。)農林省食堂労働組合(以下、食堂労組と略称する。)の各役員らが、農林省各出入口の扉の内外に約20名乃至50名づつ二重、三重、数重のピケツトを張り、或はスクラムを組み、或は労働歌を歌い、或は笛を吹き、殊に正面玄関の扉を旗竿等をもつて縛りつけ、又裏玄関の内部に机、椅子等を積み重ねてその上に人が乗り、各出入口における職員の出入を監視しながらその入庁を阻止し、管理職且つ非組合員なる清野農地局建設部長ほか1、2名をも誰何する等して容易には入庁させず、しかも、右入庁阻止のため登庁できず庁外に集つている多数の職員を、裏玄関より入庁させるべく企画した当局側の大臣官房経理厚生課長丸山幸一の指揮する職員、守衛ら15名乃至20名が再三一団となつて裏玄関の右ピケツトの排除を試みた際にも、スクラムを組んで積極的に抵抗してピケツトを解除せず、やむなく当局側の要請により出動した警官隊が裏玄関のピケツト排除を行なおうとした際にも容易にこれに応ぜず、警察隊の実力行使によりようやくピケツトが解かれるに至つたが、かくして、約2千5百名の農林省職員のうち、入庁阻止態勢がいまだ手薄であつた午前8時頃に出勤した非組合員なる管理職の者2、3名、エレベーター係等の一部の女子職員、守衛等極めて僅少の職員を除き、その大部分の入庁をほとんど完全に阻止したうえ、その間各出入口にいた説得班と称する組合幹部の者らが、これらの職員に対し職場大会への参加方の説得、慫慂をした事実及び以上のような状況のもとに、午前10時前頃から同11時40分頃に至る間、正面玄関前において農林省職員ら2千名余の参加を得て職場大会が開催された事実が明白に認められるのである。しかして前記のような各入口、特に正面玄関前、裏玄関前における強力なピケツトにより職員のほとんど大部分の入庁を阻止するような行為は、正当性の範囲を逸脱していることは明らかであり、これを手段として被告人らのなした後記説得、慫慂行為は平和的説得、慫慂の域を逸脱しているものというべく、たとえ、原判決の説示するような、「裏玄関附近に居合せた職員のうち、すくなくとも2、30名のものが、被告人らの説得、慫慂にもかかわらず職場大会に参加しなかつた」事実があるからといつて、かかる部分的現象は右の結論を左右するに足るものではなく、又原審証人山崎修(当時農林省経済局統計調査部作物統計課勤務、全農林組合員)は、当時正面玄関の方から入ろうと思えば入れた旨供述し、又原審証人水野正男及び同見田稔(いずれも当時全農林中央執行委員)及び当審証人千葉巌(当時農林省経済局統計調査部作物統計課勤務、全農林組合員)は説得に応じない者の入庁を許した旨供述し、いずれも原判決の摘示した「職場大会に参加しなかつた職員はとり立てた妨害も受けず、自由に出入口から庁内へ出入りしていた」との事実に沿うような供述をしているけれども、前記各証拠に対比してたやすく措信できない。特に、被告人国井は当審公判廷において、前記丸山課長らが裏玄関におけるピケツト排除を試みた際の状況につき、
「丸山課長を中心にして守衛、白腕章の人達(当局側の者)10人前後が来て、『入口を開けてくれ』と言つたので、私は管理者が入ることは拒まないので、『どうぞ』と言つたら、丸山課長は、『おれは入らない』と言つて元の位置の中庭の方へさがつて行つた。2度目に管理者達が来たときも、丸山課長は前回のときと同じく、『入口だから開けろ』と笑いながら言つて私の方に身体を押しつけて、『開けろ、開けろ』と言つたので、私は『無茶をしないでください。入るなら入つてください』と話をしたが聞き入れてくれなかつた。3回目のときも2回目と同じ状態をくり返していたという状況であつた」
旨、職員の入庁阻止というような事態はなかつたもののように供述しているけれども、右供述部分自体極めて不自然、不合理であつて到底首肯できるものではないばかりでなく、前記原審証人丸山幸一の供述等に比照しても信用の限りではない。
[14] しかして、被告人らの職員に対する勤務時間内職場大会への参加方の説得、慫慂行為の法律的評価にあたつては、右説得、慫慂行為が、前記指令第5号、指示第34号及び電報を含む指令第6号等の一連の指令、指示が発出されていた客観的情勢のもとに、前記説示、認定のとおり職員の入庁阻止の手段として各出入口、特に正面玄関、裏玄関に強力なピケツトが張られ、現に職員の入庁を阻止し、その人的勢威に加えるに、旗竿等で扉を縛り、或は机、椅子を積み重ねる等した出入口もあつた状況も看過してはならないところであつて、これらの状勢、状況を背景として、これと密接な関連のもとに、被告人らの説得、慫慂行為が行なわれたものであるという観点から評価しなければならない。しかるときは、原判決の説示したように、「右ピケツトも職員の自由意志による通行を阻止するものではない」等という事態とは到底いい難い。
[15] ところで、本件11月5日における農林省正面玄関前の勤務時間内職場大会の開催について、被告人らの相互の意思連絡関係及び右意志連絡に基づく同職場大会に際しての被告人らの具体的行動を、原審及び当審において取調べた証拠によつて検討するのに、11月4日午後全農林東京都本部において全農林中央本部、同東京都本部、全林野中央本部、同本庁本部及び食堂労組の5者の代表者協議の結果、
(1)11月5日は右5者の共同主催として正午までを目標に農林省正面玄関前において勤務時間内2時間の職場大会を実施する、
(2)職場大会実施のためこれに参加するよう当日出勤して来た職員に説得、慫慂する、
(3)当日の各分担は、
(イ)総括責任は全農林、全林野の各中央本部、
(ロ)総指揮は被告人江田、
(ハ)警備隊は被告人中野ほか1名、
(ニ)特別攻撃隊は全農林会計長中村喜正ほか執行委員数名、書記全員、
(ホ)ピケ要員は、正面玄関は全林野及び食堂労組、裏玄関は被告人国井ほか約50名、郵便局入口は全農林中央執行委員水野正男ほか全農林東京都本部約30名、北口は全農林中央執行委員杉山隆二ほか約50名、非常口は同中央執行委員倉富正明ほか約10名、東口は同中央執行委員伊藤正三ほか約30名、海上保安庁側入口は同中央執行委員見田稔ほか約50名、
(ヘ)人員確認は全農林東京都本部委員長坪川正男及び全林野委員長、
(ト)職場大会の司会は被告人西川、開会の辞は被告人江田、決意表明は被告人鶴園ほかとする
等の内容を決定(以上の決定事項については、特に全農林会計長中村喜正名義のノート《前同押号の31》参照)し、同日全農林中央本部書記局において開催された中央執行委員会の席上、右5者協議に出席した全農林中央執行委員金辺順炳より前記決定事項及び全農林中央本部、同東京都本部においてピケツト要員の準備を要する旨の伝達がなされ、約2時間の協議の後各役員らはいずれもこれを了承したこと、なお、当日の中央執行委員会には被告人中野、同国井は欠席したが、被告人中野は同夜電話により、同国井は帰宅後口頭によりそれぞれ、出席していた他の役員より前記決定事項、特に自己の分担について伝達を受け、これを了承したことが認められ、これにより、被告人らを含む全農林中央本部の役員の間に、11月5日農林省正面玄関前における職場大会に際し、各出入口に強力なピケツトを張り、農林省職員らに対し勤務時間内職場大会への参加方の説得、慫慂をすること、警職法改正反対行動の趣旨を説明して各職員に周知、徹底させること等に関して相互に意思を通じ、各自分担に従つて行動をとることになつたこと(即ち、若しその内容が犯罪事実となるならば、右相互の意思連絡は刑法上の共謀に該当する。)並びに翌5日、被告人らを含む農林中央本部の役員は午前8時頃から農林省正面玄関前附近に至り、各々前日決定した分担に従つて配置につき、前記のとおり職場大会が開催されたが、その間被告人らは各自の分担に従い、
(イ)被告人鶴園は全農林の宣伝車に乗車し、庁舎裏玄関前附近等に参集していた農林省職員らに対し、マイクにより職場大会へ参加するようくり返し呼びかけて説得、慫慂し(その呼びかけの内容は、「皆さん、1時間、2時間早く仕事をしたからといつて、大して能率があがるわけでないから、表へ廻つて職場大会に参加してくれ」等というものであつた。前記当審証人有沢淑子、同松崎武志の各供述参照)、更に同大会の開催に際して、警職法改正に対する総評及び全農林第1回中央委員会の決議の趣旨を説明し(その発言内容中には、「警職法改正は労働運動の弾圧なのだ。これを粉砕するために頑張らなければならない。そのために闘わなければならない。本日は警察官が来ていない。警職法が改正になると、こういう場所にも警察官が来て集会を持つこともできなくなつてしまう。警察官が来ないから、こういうように集会を持てるのだ」という趣旨の言があつた。前記当審証人小池芳夫の供述参照)、
(ロ)被告人江田は庁舎裏側附近において職員に対し、メガホンを使用して、くり返し職場大会の開催を呼びかけその参加方を説得、慫慂し、更に同大会の開催冒頭において開会の宣言をなし、
(ハ)被告人中野は職場大会の開催に際して、各入口においてピケツトを張つていた組合員の責任者と連絡をとりながら、農林省或は警察各当局との間に紛争を生じた場合に備えて各入口を巡視し、又その間北側入口においてはピケツトを張つていた組合員らを指揮し(前記原審証人丸山幸一、同鈴木一美の各供述及び被告人中野の原審供述参照)、
(ニ)被告人西川は終始右職場大会の司会を行ない、
(ホ)被告人国井は裏側入口附近において、ピケツトを張つていた組合員を指揮するとともに、職員に対し、くり返し職場大会の開催を伝達してこれに参加することを説得、慫慂したほか、前記のとおり丸山課長らのピケツト排除行為に対し、ピケツト要員の先頭に立ちこれを妨害するとともに、同課長に従つてピケツト排除を試みた職員らに対しても、「とにかく表へ行つて職場大会をやつているのだから参加したらどうか。組合員として参加することは当然ではないか」等と呼びかけて職場大会への参加方を慫慂した(前記原審証人丸山幸一の供述参照)
事実がいずれも認められるのである。しかして、右職場大会が前記のとおり5者共同主催(厳密には、全農林、全林野、食堂労組の三者)とはいうものの、農林省庁舎内の各所属組合員の人数は全農林が圧倒的に多いこと、又被告人ら全農林役員各自の予め定めた分担、職場大会において果した被告人らの具体的行動に徴し、更には従前の各種指令、指示が発せられている事実等を総合すれば、全農林の被告人ら役員が前記職場大会の開催につき指導的立場にあつたことは明白であり、又右職場大会の際、前記のとおり被告人西川は職場大会の司会を行なつたに止まり、又被告人中野は庁舎の各出入口を巡視したほか、北口入口においてピケツト要員を指揮していたのみで、両名とも直接農林省職員らに対し職場大会への参加方を説得、慫慂したような行動に出た形跡は証拠上認め難いが、しかしこれは11月4日の各自の分担決定の結果、職場大会の司会或は巡視等を分担することになつたからであつて、既に説示したとおり、相互に意思の連絡があり、しかも各自職場大会の実施を効果あらしめるための一分野をそれぞれ実行している以上、被告人西川及び同中野としても、被告人鶴園、同江田及び同国井らの職員に対する職場大会への参加方の説得、慫慂行為に関与したものとしての責任を負うべきものといわなければならない。
[16] 以上認定、説示したところによれば、被告人らのなした前記職場大会の伝達、参加方の説得、慫慂等の行動は、前記のような背景、様相に照らし、原判決の説示したように、「いずれも争議行為の一態様として行なわれる職場大会にあつては、これと不可分な随伴的行為と見ることができ、かつその手段も通常の方法であつて、ことさら人の自由な意思活動を誤らしめるおそれを生ずるような激越なものであるとはいえない」等とは到底いい難く(もつとも当裁判所としても、被告人らの前記一連の行動が、原判決のいうような激越なものであつたというわけではなく、後記第二部において論証するとおり、要は、これらの行動内容が違法行為を実行する決意に強い影響力のある刺戟的なものであれば足るとするのであつて、この点は、前記電報を含む指令第6号について説示したところと同様である。)、しかして他方、農林省当局が11月5日に予定されていた全農林の実力行動を重視し、予め特に文書をもつて全農林中央執行委員長宛てに、11月5日の職場大会は国家公務員法違反の疑いのある違法な行為であるから、実施しないよう警告を発し、又職員の休暇の取扱いについても当日に限り休暇の承認の受理は各局長においてこれを行ない、且つ11月5日の職場大会参加のための休暇は承認しない旨の通達を発する等して、当日の職場大会の実施は容認せず、厳重な取締りを行なうとの態度を明らかにするとともに、一般職員に対しては、目的如何にかかわらず、勤務時間内に職場大会を行なうことは許されていない旨の警告を発していた事実及び右職場大会開催中も、当局側がスピーカー或はプラカードにより職場大会を中止し、直ちに解散するよう警告を発していた事実が証拠(特に、前記原審証人中西一郎、同丸山幸一の各供述参照)上認められ、この事実をも参酌すれば、被告人らの前記行為が原判決の説示するように罪とならないとはいえないことは、後記争議行為及びあおり行為の各概念内容に照らし明らかである。従つて、原判決のこの点に関する認定は、その根底において、前記のように各種指令、指示が発せられていた背景のもとに、本件ピケツト及びこれによる職員の入庁阻止と本件説得、慫慂行為等とが相互に一体的に関連しており、右説得、慫慂行為等の法律的評価も右のような附随的事情を加えた観点からこれをなすべきことを看過する誤をおかしたものというべく、結局、原判決は事実を誤認し、且つ法令の解釈、適用を誤つた(なお、この点については後記第二部参照)ものといわざるを得ない。
[17] 弁護人は、本件職場大会の開催された当時における前記周辺の様相中、正面玄関の閉じた扉を旗竿等をもつて縛りつけた事実及び裏玄関の扉の内部に机、椅子等を積み重ねてその上に人が乗つた事実については被告人らは何ら関知するところではなく、又被告人らの職員に対する職場大会への参加方の説得、慫慂行為とは関係のないものであるから、これらの事実については、被告人らは如何なる意味においても責任を負うべき道理はないと主張する。なるほど、もともと正面玄関は前記5者協議の結果、全林野及び食堂労組の分担として決定されたことは前記のとおりであり、又右5者協議に出席した全農林中央執行委員金辺順炳が11月4日の中央執行委員会において5者協議の決定事項を伝達した際、旗竿等で縛りつける件及び机、椅子等を積み重ねる件等の詳細についてまで伝達したとは証拠上認め難い。従つて、右中央執行委員会に出席した被告人鶴園、同江田及び同西川その他の役員、又電話或は口頭により伝達を受けた被告人中野及び同国井の11月4日当時の認識としては、前記旗竿等で縛りつける件等についてまでその認識の内容に含まれていたということはできない。しかしながら、前記のとおり同中央執行委員会が約2時間にわたつて開かれている事実に徴しても、又その間前記金辺から伝達を受けた5者協議の結果につき出席役員の間に相当討議され、殊にピケツトについては強力な手段をとることが決定されたことは容易に推認される点、更には11月5日当日における被告人5名の前記説得、慫慂を中心とする行動等に照らせば、当日被告人らが右旗竿等で縛りつけてある件等について全然認識がなかつたとは到底認め難く、それ故、論旨のいうようにこれらの件について被告人らに全く責任がないとはいえない。
[18] ところで検察官は、原判決は、本件ピケツトの内容中に、被告人国井ほか数名が、裏玄関におけるピケツトの状況を上司の指示により庁内から写真撮影をした当局側写真班の大臣官房経理厚生課厚生班庶務係長醍醐和雄を発見し、同係長を強引に裏庭へ連行してこれを取囲み、難詰し、写真機をもぎとつて内部のフイルムを抜き取り感光させた行為(この行為が刑法上許されない暴力的事犯であることについては、昭和38年7月9日最高裁第3小法廷判決、最高裁刑集第17巻第6号579頁参照)が含まれており、これを入庁阻止の手段としている点を看過している違法があると主張し、このような暴力的事犯の行なわれたことは前記醍醐和雄の検察官に対する供述調書によつて認められるけれども、この事実は被告人国井以外の被告人らの関知しない、又予期しない突発的なものであることが証拠上明らかであるのみならず、検察官主張のように入庁阻止のためのピケツトの内容をなすものとまではいい難く、弁護人の主張するとおり本件国家公務員法違反事件としては、あおり行為とは関連のないものであるといわなければならない(もつとも、右醍醐係長に対する暴力的事犯は、少くとも被告人国井に関しては、その闘争意識の極めて強烈であつたことを示す証左であることは言をまたないところである)。従つて、原判決がこの事実を摘示しなかつたからといつて、直ちに検察官の主張するように、原判決がこれを看過したと非議することはできない。
[19](一) およそ国公法第98条旧第5項(昭和40年法律第69号による改正前のもの。以下同じ)。が同法の適用を受ける非現業の国家公務員(以下、国家公務員と略称する。)の一切の争議行為を禁止していることは明白であり、これは国家公務員の公共的性格上当然と解すべきであるが、同項に違反してなされた争議行為に対する罰則なる同法第110条第1項第17号が、単に争議行為に参加したに過ぎない者を処罰することなく、争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者だけを処罰することを規定している趣旨は、一方において、国家公務員の争議行為は国民全体の利益の保障という見地からの制約と公共の福祉の要請とによつて禁止されるけれども、他方において、国家公務員も憲法第28条にいう勤労者にほかならない以上、原則的には労働基本権を保障されているのであるから、この制約、要請及び保障を適切に調整するため、単純に争議に参加したに過ぎない者に対しては民事制裁(国公法第98条旧6項、現3項)を課するにとどめ、積極的に争議行為を指導した者に限つて、更に刑事制裁を科することにより、争議行為の発生防止という目的を十分達成し得るとしているものと解すべきであり、(昭和41年10月26日最高裁大法廷判決、最高裁刑集第20巻第8号901頁参照――以下、中郵判決という)労働基本権を制限することに見合う代償措置(人事院の給与勧告権等)が講ぜられていることとあいまち、必要やむを得ない限度を越えない合理的な罰則というべきである。しかして、犯罪の実行行為そのものよりも、その共謀、そそのかす行為、あおる行為等の方が指導的であるとして可罰的の強いものと解すべきときは、実行行為よりも指導的行為の方を処罰することは少しも不合理ではなく、前記のとおり国家公務員につき争議権の行使が禁止されている現状に照らせば、その発生を防止すべきは当然であるところ、争議行為の共謀、そそのかし行為、あおり行為等の指導的行為は、争議行為の原動力、支柱となり、これを誘発する危険性のあるものであるから、その反社会性、反規範性、有害性において争議の実行行為そのものよりも違法性が強く、可罰の必要があると解すべきであり、又かく解しても何ら合理的根拠に欠けるものはない。国公法においては、同法自身が特に違法性の強い(原判決のいうような「強度の違法性」という意味ではない。)と認める特定の行為を定め、「国公法に違反する『あおる』等の行為をしたこと」を独立の犯罪として同法によつて刑事責任を問うこととしているのである。前記同法第110条1項第17号は、前記同法第98条旧第5項に違反する争議行為自体ではなく、これを「あおる」等の指導的行為を、特に違法性の強い行為として類型的にとらえ、これに可罰性を認めているのである。同法附則第16条が、刑事免責に関する労働組合法第1条第2項を含め労働組合法の適用を一切排除していることは、公共企業体等労働関係法(以下、公労法と略称する。)と顕著な対照をなす点であつて、右の趣旨を裏付けるものということができる。しかるに、この点について原判決は、
「通常の争議行為における討議、説得、慫慂、指令の発出という一連の行為は、一般的な定議に従う限り、争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおるといわざるを得ないであろうが、」との見解を示しながら、続いて、「しかし、これらの各行為は、争議行為の実態にてらし、その実行行為と同等の評価を与えるのが相当であつて、特にこれを刑罰体系上の原則に反し実行行為と区別し、別個の評価をしなければならない合理的かつ実質的な理由は存在しないと認められる。従つて、争議行為の単なる実行者にすぎないものを処罰することが許されない以上、右のような理由によりこれと通常不可分な随伴的行為に出たに止まる者を処罰することも許されないものというべきである。」旨判示し、更に「……国公法第110条第1項第17号のような規定が公益上真にやむを得ないとされる合理的な根拠を持つことができるのは、そこに規定されている各種行為の態様が強度の違法性を帯びることにより、その手段自体から可罰的評価を可能とする程度のものに限ると解するのが相当である。この場合国公法第98条第5項の禁止規定に違反する争議行為の遂行を『共謀し』、『あおり』又は『これらの行為を企てた』ものは当然に強度の違法性を帯びると速断することはできない。」
旨判示し、国公法第110条第1項第17号が可罰性を認めている類型的行為について、憲法第18条、第31条等の違反となる結果を回避するためには、争議行為と通常不可分な随伴的行為については可罰性を認むべきではないとし、更に右類型的行為を違法性の強度なものと通常のものとに分け、前者についてのみ可罰性を認むべきであるとの見解に立つているのである。しかしながら、既に説示したとおり、争議の共謀、そそのかす行為、あおる行為等の指導的行為は、争議行為の原動力、支柱となるものであつて、その反社会性、夫規範性等において争議の実力行為そのものよりも違法性が強いと解し得るのであるから、原判決の判示するように、憲法違反となる結果を回避するため特に「あおる」行為等が概念を縮小解釈しなければならない必然性はないものというべく、又実行の前段階の行為のみを可罰的とし、違法行為の実行そのものを可罰的としない特殊な立法形式であることを理由に「あおる」行為等の意義を限定的に解すべきであるとする論拠もまた不十分であるといわざるを得ない。

[20](二) およそ国公法第98条旧第5項、第110条第1項第17号の規定する争議行為とは、国家公務員の組織する団体乃至組合として、当局側の管理意思に反し、国の業務の正常な運営を阻害する一切の行為を指称する。従つて、正午出勤といい、勤務時間内の職場大会というも、それが当局側の管理意思に反し、団体乃至組合の統一的行動として行なわれ且つ国の正常な運営を阻害する行為として行なわれる以上、争議行為であることに変りはないとしなければならない。しかして争議行為中特に、政治的目的のために行なわれるいわゆる「政治スト」については、既に中郵判決が、公労法の適用を受ける公共企業体等の現業職員に対してさえ、憲法第28条に保障された争議行為としての正当性の限界を逸脱するものとして刑事制裁を免れないとしているのであるから、いわんや、これらの職員に比しその職務が公共性の強いと認められる国家公務員について、「政治スト」が刑事制裁を免れないのは理の当然であるといわなければならない。
[21] 又「あおり」行為とは、煽動と同義と解され(破壊活動防止法第4条第2項及び昭和37年2月21日最高裁大法廷判決、最高裁刑集第16巻第2号107頁参照)、争議行為を遂行させる目的をもつて、文書若しくは図画又は言動により、不特定又は多数人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめ、又は既に生じている決意を助長させるような勢いのある刺戟を与えることを指称する。又その決意を生ぜしめ、或いは助長する勢いのある刺戟を与えることそのことによつて煽動行為は成立し、被煽動者が現実に争議を実行する決意をなすことを要しないものと解する。しかして「刺戟」である以上、感情に作用することはいうまでもないが、ただ感情を興奮、高揚させることではなく、違法行為実行の決意に影響力のある刺戟であるから、意思作用を動かす面の強い刺戟である。勿論、違法行為の実行を決意させる影響力のある刺戟となり得るか否かは、煽動者と被煽動者との関係、被煽動者がその違法行為についてどのような意向を持ち態度をとつているかによつて一律ではない。しかし、既に違法行為実行の機運が醸成されている多衆に対して、その実行を決意させ、又これを助長させる場合には、必ずしも原判決のいうような「激越」な言動を必要としない。殊に、国家公務員のように一定の教養を身につけ感受性の強い多衆を直接自己の指揮下に動員し得る強力な組織の中で、強力な影響力を有する指導者は、特に「激越」な文言を含まない指令1本によつても容易に多衆を違法行為の実行に動員し得るのであり、この指導者の指令は、至上命令といえないまでも、違法行為実行の決意に絶大な刺戟となるのであつて、煽動行為は成立し得るのである。
[22] 更に、「企てる」行為とは、「あおる」等の実行行為を計画することを指称し、実行行為の未遂は勿論、予備の段階をも含み、実行を計画する行為があれば直ちに「企てる」罪が成立するものと解される。

[23](三) 国公法第98条旧第5項、第110条第1項第17号に規定する「争議行為」、「あおる」行為、「企てる」行為等の概念は以上のとおり解すべきものではあるが、前記のとおり同法が国家公務員に対し一切の争議行為を禁止する一方、単純に争議行為に参加したに過ぎない者に対しては民事的制裁を課するにとどめ、積極的に争議行為を指導した者に限り更に刑事制裁を科している同法の建前に照らし、又勤労者の行なう争議行為は、憲法第25条の保障するいわゆる生存権に直結するものであつて、正当な限界を越えない限り憲法の保障する権利行使にほかならない点をも勘案すれば、前記同法第110条第1項第17号所定の指導的行為の違法性は、その目的、規模、手段方法(態様)、その他一切の附随的事情に照らし、刑罰法規一般の予定する違法性、即ち可罰的違法性の程度に達しているものでなければならず、又これらの指導的行為は、刑罰を科するに足る程度の反社会性、反規範性を具有するものに限ることは当然であるといわなければならない。

[24](四) よつて以上の観点に立ち、本件各訴因の事実について、被告人らの前記各具体的行為が、共謀して国公法第110条第1項第17号に規定する争議行為の「遂行をあおることを企てた」行為乃至その「遂行をあおつた」行為に該当するか否かについて検討する。
[25] 既に前記第一部においてその大綱につき認定、説示したとおり、前記のような記載内容の指令第5号及び指示第34号が下部機構に発せられ、多数の傘下組合員らに対し前記のような心理的影響を及ぼしていた客観的状勢のもとにおいて、全農林中央執行委員長である被告人鶴園ほか各被告人を含む役員らが相互に意思連絡のうえ、全国の下部機構に対し、当局側の管理意思に反する11月5日正午出勤を原則とする実力行動をとるよう指令することを内容とする電報を含む指令第6号を発出した行為は、その発出者が、下部組織に対し強い影響力を及ぼすものと認められる中央執行委員会の中央闘争委員長であるだけに、傘下組合員中、一部の闘争意識のない者乃至逡巡している者に対しては違法争議実行の決意を生ぜしめ、又は闘争意識の既に生じている者に対してはその決意を助長させるような勢いのある刺戟を与えたことは明白というべく、又被告人ら役員が相互に意思連絡のうえ、11月5日の農林省正面玄関前における正午までを目標とする勤務時間内2時間の職場大会の実施を企図し、各自分担を定めて計画的に各出入口、特に正面玄関前及び裏玄関前に強力なピケツトを張り約2千5百名の職員の入庁を阻止する一方、これを手段として職場大会への参加方を説得、慫慂した行為は、従前の経過における指令、指示の発出による影響力をも間接的な背景として、傘下組合員らをして、当局側の管理意思に反する職場大会へ参加する決意を生ぜしめ、又はその決意を助長させるような勢いのある刺戟を与えたことも明白であるといわなければならない。しかも、被告人らのこれらの行為は、その一貫する目的とするところは、給与その他の勤務条件の改善、向上等の経済的なものではなく、警職法改正案に対する反対闘争という政治的なもの、いわゆる「政治スト」の範疇に属するものであつて、正当性の限界を逸脱しているばかりでなく、又その規模、手段方法(態様)は、電報を含む指令第6号の宛先が全国的にわたるという大規模なものであり、且つその指令内容は全国の下部組織に対し一斉に当局側の管理意思に反する勤務時間内の職場大会の開催を指令するという態様のものであり、或は本件職場大会におけるピケツトの強力性は、これにより約2千5百名の職員中、極めて少数の者を除くほとんど大部分の者が出勤のための入庁を阻止されたのみならず、管理者側のピケツト排除行為に対し積極的に抵抗さえする事態を生じたという程度のものであつた点等に徴すれば、被告人らの行為は、目的、規模、手段方法(態様)のいずれかの点から考慮しても、その違法性は、刑罰法規一般の予定する可罰的違法性の程度に達しているものというべく、又刑罰を科するに足る程度の反社会性、反規模性を具有しているものといわなければならない。従つて、被告人らの電報を含む指令第6号の発出行為は、共謀のうえ、国公法第110条第1項第17号に規定する争議行為の「遂行をあおることを企てた」行為に該当することは明白であるといわなければならず、又被告人らの前記職場大会への参加方説得、慫慂行為も、共謀のうえ、同法条に規定する争議行為の「遂行をあおつた」行為に該当することも明白であるといわなければならない。しからば、原判決が、被告人らの本件各行為を罪とならないとしたのは、前記国公法第98条旧第5項、第110条第1項第17号の解釈、適用を誤つたものといわざるを得ない。

[26]第三部、以上第一部及び第二部において詳論したとおり、原判決は事実を誤認し、且つ法令の解釈、適用を誤つた結果、無罪を言い渡したことに帰着するものというべく、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。結局において検察官の論旨は理由あるに帰する。
(一) 国公法第98条旧第5項、第110条第1項第17号は憲法第28条に違反するとの論旨について。
[27] 中郵判決は、公共企業体等の現業職員の争議行為を禁止している公労法第17条第1項が憲法第28条に適合するか否かについて、その禁止に違反した者に対して課する不利益が必要な限度をこえない合理的なものである限り、これを違憲無効ということはできない旨を判示し、更に国家公務員と右の現業職員とを比較し、前者の方が公共性の強いことは疑いをいれない旨を判示しているのであるから、国家公務員の争議行為を禁止している国公法第98条旧第5項が憲法第28条に適合する点については、いささかも疑問の余地がないといわなければならない。しかして、この禁止規定に違反してなされた争議行為に対する罰則である国公法第110条第1項第17号が憲法第28条に適合する点については、既に国公法の同法条の解釈に関し前記第二部(一)において説示したところによつて明らかである。

(二) 国公法第110条第1項第17号は憲法第31条、第21条、第18条に違反するとの論旨について。
[28](イ) いうまでもなく、刑罰は、人の自由に対する強い侵害であるから、多くの人権宣言は、刑罰の必要を承認しつつ、これを科するにあたつて、過当な人権侵害を避けるための罪刑法定主義、その他刑事法に関する各種の保障を定めているのである。憲法第31条は右の罪刑法定主義の見地に立つものであつて、刑罰を科する手続が妥当な手続によるべきことを定めた規定である。論旨は、「あおり」行為等という概念は極めて不明確であるのみならず、争議行為の実行が不可罰である以上、これと通常随伴すると認められる「あおり」行為等の行為は同等の評価を受くべきものであるから、これらの随伴行為を処罰することは、原判決の説示するように「あおり」行為等を縮小的に解釈しない限り、憲法第31条に違反するものであるというに帰する。しかしながら、既に前記第二部(二)において説示したとおり、国公法第110条第1項第17号の規定する「あおり」行為等は、その概念内容は明確であるのみならず、これらの行為は、前記のような制限的解釈をしなくとも、争議行為の原動力、支柱となりこれを誘発する危険性を有するものである点にかんがみ、このような指導的行為のみを処罰することにより争議行為を禁遏する目的を達し得るのであつて、このように解することは、前記のとおり争議行為が禁止されている現状に徴すれば、合理性に欠けるものとはいえないのであるから、同法条が憲法第31条に違反するとはいえない。
[29](ロ) 国公法第110条第1項第17号が憲法第21条に違反しない点については、既に昭和30年11月30日最高裁大法廷判決(最高裁刑集第9巻第12号2、545頁)が合憲の解釈を下しているところであつて、何ら疑義はない。およそ、国家公務員の団体乃至組合の幹部が一般組合員に対し違法な争議行為の実行をあおるような行為は、組合の統制力を利用しているため、第三者による慫慂行為に比し、むしろ格段に高度の影響力を有することは当然であるというべく、従つて、このような行為は、既に再三言及したとおり、まさしく違法な争議行為の原動力、支柱となり、これを誘発する危険性のある行為であるから、争議行為と通常不可分な随伴的行為のうち、一般の刑罰法規の予定する以上の強度な違法性を有するもの乃至争議行為と通常不可分な随伴的行為と見られないものに限り憲法第21条の保障する範囲外にある旨の原判決の見解を支持する弁護人の論旨は誤といわなければならない。しかも既に説示したとおり、国公法第110条第1項第17号は憲法第28条に照らしても明らかに合憲と解される規定であるから、「あおり」行為等が組合内の行為として行なわれたからといつて、それが正当化される道理はない。弁護人の引用する言論の自由を確保するために認められているという明白且つ現在の危険の原則は、可罰的違法性、反社会性、反規範性を具有していると認められれる被告人らの「あおり」行為等に対し適用すべきものとは認められない。
(ハ) 国公法第110条第1項第17号が憲法第18条に違反するとの論旨について。
[30] 論旨は、国公法第110条第1項第17号は、実質的には争議行為そのものを刑罰をもつて禁止するものであるから、労働者が要求貫徹のため労務の提供を拒否しようとするときにも、刑罰の制裁があるために働かざるを得なくなるのである。刑罰で威嚇されて働くことは、強制労働以外の何物でもなく、従つて、前記国公法の規定は憲法第18条に違反すると主張する。しかしながら、中郵判決は、公労法第17条第1項について、新たな角度から、昭和28年4月8日の大法廷判決(最高裁刑集第7巻第4号775頁)の解釈を維持し、これを憲法第18条に違反しないとしている。いわんや、公労法の適用を受ける現業職員より公共性の更に強い職務に従事している国家公務員について争議行為を禁止している国公法第98条旧第5項が憲法第18条に違反しないことも、疑問の余地がない。次ぎに右国公法第98条旧第5項に対する罰則である同法第110条第1項第17号が憲法第18条に違反するか否かについて検討するのに、中郵判決は、「同盟罷業、怠業のような単純な不作為を刑罰の対象とするについては、特別に慎重でなければならない。」とは説示しているが、憲法第18条をもつて「争議行為自体に刑罰を科することを禁じた」ものとは解していない。いわんや、国公法第110条第1項第17号は、このような単純な不作為そのものを処罰し、間接に就労を強制しようとするものではなく、違法な争議行為の遂行をあおることを企て、或はその遂行をあおる行為等の積極的、指導的行為を処罰し、これによつて争議行為の発生を禁遏するに過ぎないものであるばかりでなく、このような積極的、指導的行為を処罰することは、論旨のいうように客観的に争議行為そのものを刑罰をもつて禁止するものであるとはいい難い。従つて国公法第110条第1項第17号が憲法第18条に違反しないことも明白である(なお、論旨は、前記国公法第110条第1項第17号が強制労働の廃止に関するILO第105号条約及び昭和41年6月14日発効をみるに至つた結社の自由及び団結権の保護に関するILO第87号条約に牴触し、ひいて憲法第98条第2項に違反するかのように主張する。しかしながら、第105号条約はいまだ我が国政府において批准していないものであつて、前記国公法の規定が同条約との関係において違憲の疑いがない点については、原判決の説示したとおりであり、又第87号条約によるも、国家公務員は、その地位の特殊性、特にその勤務条件が直接国の法令によつて保障されているため、国家公務員に対する争議行為の禁止は承認されていることが明らかであり、右国公法の規定は同条約との関係においても違憲の疑いはない。)。

(三) 弁護人及び被告人らの抵抗権に関する論旨について。
[31] 論旨は、憲法の人権保障の規定は、自然法思想に支えられた強い抵抗の論理を内在せしめていると解せられるところ、警職法改正案の内容が労働者の生存権の確保のための最も基礎的な条件ともいうべき労働基本権を制限するようなものであるだけに、その擁護を目的としてなされる本件争議行為はむしろ、右基本権自体の論理的内容をなすものと解することすらでき、或は全農林の組織目的を達成するための最低限の抵抗行動であつて、いわゆる抵抗権の行使として正当視されるのは当然の帰結であると主張する。しかしながら、所論のいう抵抗権が憲法第12条所定の自由及び権利の保持義務のための抵抗運動が許容されるという意味であるとすれば、仮りに警職法改正案に対する抵抗運動を許容し得るものであると解しても、その運動の規模、手段方法(態様)が、現行法秩序全体の枠を越え、可罰性を帯び且つ反社会性、反規範性を具有すると認められる被告人らの本件行為についてまでも、その違法性を阻却し、正当視されるものであるとはいえないことは明白である。

[32](四) その他弁護人、被告人らの答弁書、弁論要旨、被告陳述と題する書面の内容を仔細に検討しても、当裁判所の前記結論を左右するに足るものは認められない。

[33]第五部、以上第一部乃至第四部において詳論したとおりであるから、検察官の本件控訴は結局において理由があるので、刑事訴訟法第397条第1項、第382条、第380条に則り原判決を破棄し、同法第400条但書に従い、直ちに当裁判所において更に次のとおり裁判する。
 被告人らはいずれも当時農林省職員であつて、被告人鶴園哲夫は全農林労働組合中央執行委員長、同江田虎臣、同中野優はいずれも同組合副中央執行委員長、同西川恵夫は同組合書記長、同国井豪は同組合中央執行委員であつたところ、昭和33年10月8日内閣が警察官職務執行法の一部を改正する法律案を衆議院に提出するや、これに反対する第4次統一行動の一環として、被告人ら5名は
 第一、同組合会計長中村喜正ほか中央執行委員全員及び中央委員40数名と共謀のうえ、同年10月30日の深夜から同年11月2日にかけ、同組合総務部長黛次男をして、東京都内より、同組合各県(大阪府及び北海道を含む。)本部宛てに、同組合員は警職法改悪反対のため所属長の承認なくとも、11月5日は正午出勤の行動に入れ(但し、一部の特殊職場は勤務時間内1時間以上の職場大会を実施せよ)なる趣旨の全農林名義の電報指令第6号並びに各県本部(大阪府及び北海道のほか東京都を含む。)支部、分会各委員長宛てに、右と同趣旨の全農林労働組合中央闘争委員長鶴園哲夫名義の文書指令第6号を発信又は速達便をもつて発送せしめ、もつて全国の傘下組合員である国家公務員なる農林省職員に対し、争議行為の遂行をあおることを企てた。
 第二、同組合会計長中村喜正及び中央執行委員10数名と共謀のうえ、同年11月5日午前9時頃から同11時40分頃までの間、東京都千代田区霞ケ関2丁目1番地農林省庁舎の各入口に人垣を築いてピケツトを張り、殊に正面玄関の扉を旗竿等をもつて縛りつけ、又裏玄関の内部に机、椅子等を積み重ねるなどした状況のもとに、同省職員約2千5百名を入庁せしめないようにしむけたうえ、同職員らに対し、同省正面玄関前の警職法改悪反対職場大会に直ちに参加するように反覆して申し向けて説得し、勤務時間内2時間を目標として開催される右職場大会(実際の開催時間は午前10時前頃から同11時40分頃まで。正規の出勤時間は同9時20分。参加人員は2千名余。)に参加方を慫慂し、もつて傘下組合員である国家公務員なる農林省職員に対し、争議行為の遂行をあおつたものである。
 被告人らの判示第一、第二の各所為は、いずれも昭和40年法律第69号附則第2条第6項により同法律による改正前の国家公務員法第98条第5項、第110条第1項第17号、刑法第60条、罰金等臨時措置法第2条に該当するところ、各被告人の以上の所為は、それぞれ警職法改正案に対する反対闘争のための第4次統一行動の一環という目的に出たものであるから、包括して右国家公務員法第110条第1項第17号違反罪の一罪として処断すべく、なお記録上認められる一切の犯情のほか、被告人らに有利な情状、特に被告人らは当時いずれも真面目な国家公務員であつた点等を考慮し、所定刑中、罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内において被告人5名を各罰金5万円に処し、なお、右罰金不完納の場合の労役場留置処分につき刑法第18条を、原審及び当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第182条、第181条第1項本文を各適用し、主文のとおり判決する。

  (裁判長判事 三宅富士郎  判事 石田一郎  判事 金隆史)

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