全農林警職法事件
第一審判決

国家公務員法違反被告事件
東京地方裁判所昭和33年(特わ)第718号・第734号
昭和38年4月19日 刑事第2部 判決

被告人 鶴園哲夫 外4名

■ 主 文
■ 理 由


 被告人らはいずれも無罪。

 被告人らに対する本件公訴事実は、
被告人鶴園哲夫は全農林労働組合中央執行委員長、同江田虎臣、同中野優はいずれも同組合副中央執行委員長、同西川恵夫は同組合書記長、同国井豪は同組合中央執行委員であるが、
第一、同組合会計長中村喜正ほか中央執行委員全員と、中央委員のうち当時議長の職務を執行していた2名及び反対留保の意見のものを除いた40数名の中央委員と共謀のうえ、昭和33年10月30日頃、東京都内より同組合各県本部、支部、分会各委員長あてに、同組合員は警職法改悪反対のため所属長の承認なくとも11月5日は正午出勤の行動に入れなる趣旨の全農林労働組合中央闘争委員長鶴園哲夫名義の指令第6号等を発送して傘下分会委員長以下右組合員である国家公務員たる農林省職員に対する争議行為の遂行をあおることを企て、
第二、同組合会計長中村喜正及び中央執行委員中野省三ほか10数名と共謀のうえ、同年11月5日午前9時頃から同11時30分頃までの間、東京都千代田区霞ケ関2丁目1番地農林省庁舎の各入口に人垣を築いて、出勤してくる同省職員3,000余名に入室しないようしむけたうえ同人らに対し、同省正門前の警職法改悪反対職場大会に直ちに参加するよう反覆して申し向け、勤務時間内に開催される右職場大会に参加方を慫慂して、国家公務員である農林省職員に対し争議行為の遂行をあおつたものである。
というにある。これに対する当裁判所の判断は以下説明するとおりである。
[1] 全農林労働組合(以下単に全農林と略称する)は、昭和33年8月従来職域毎の単位組合の連合体であつた全農林省労働組合を改め、組合員の労働条件の維持、改善と社会的、経済的地位の向上を図ることを目的とし、農林省のあらゆる職場に勤務する職員(但し、事務次官、長官、局長、人事、経理関係の部課長及び組合の決議機関において除外した者並びに公共企業体等労働関係法の適用を受ける者を除く)のうち組合に加入した者をもつて構成する全国的単一組織として結成されたものであつて、中央本部とその下部組織として各都道府県毎に都、道、府、県本部(以下これを総称して県本部という)及び分会を有し(経過的措置としてこのほか支部を置くこともできる)、中央本部は東京都千代田区霞ケ関2丁目1番地所在合同庁舎内の1階に事務所を置く。なお全農林は、日本労働組合評議会(いわゆる総評)及び国家公務員労働組合共闘会議(いわゆる国公共闘)にそれぞれ加盟し、総評には常任幹事を出している。
[2] また全農林にはその機関として大会、中央委員会、中央執行委員会等がおかれ、大会を最高の決議機関とし、中央委員会を大会に次ぐ決議機関とする。中央委員会は、各県本部単位に選出された中央委員と中央執行委員長、同副委員長、書記長、会計長、中央執行委員ら執行部の各役員で構成し、大会の決議に従い組合業務の運営に必要な諸決定を行うものとし、その招集は中央執行委員会において必要と認めたとき又は中央委員の2分の1以上によつて招集の要求があつたときに開会の日時、場所、会期、目的議案等の参考事項を通知して1ケ月以内に中央執行委員長がこれを行う。中央委員会の議事は、出席中央委員(但し、中央委員1名につき、1名の委任状による出席を認める)の過半数の賛成によつて決定するが、可否同数の場合には議長の決するところによる。中央委員会の議長は出席中央委員の中から選出されるが、その職務執行中は可否同数の場合の決定権を有するほかには討論、採決に加わらない。中央執行委員会は組合の執行機関であつて、大会及び中央委員会の決議に従つて組合業務を執行し、大会及び中央委員会に対して責任を負う。中央執行委員会における議事の運営は中央委員会のそれに準ずるが、議長は中央執行委員長がこれにあたり、中央執行委員長に事故あるときは副中央執行委員長がその職務を執行する。なお中央執行委員会は、組合運営上必要があるときはその運営の一方法として決議により中央闘争委員会を設けることがある。この場合には、中央執行委員長が中央闘争委員長と呼称を変えるほか、他の役員の呼称もそれぞれこれに準じて変更されるが、その機能には実質的な差異を生じない。組合の役員は、中央執行委員長1名、副中央執行委員長2名、書記長1名、会計長1名、中央執行委員20名、会計監査委員3名である。
[3] そして昭和33年8月以降同年11月5日に至る当時、被告人鶴園哲夫は中央執行委員長、同江田虎臣、同中野優の両名は副中央執行委員長、同西川恵夫は書記長、同国井豪は中央執行委員の各地位にあり、いずれも人事院規則において定める専従休暇の取扱いを受け、組合の業務に専従していたものである。
[4] 全農林は昭和33年8月(以下特に年号を表示しない場合はすべて昭和33年とする)に結成されてから、組織の統一強化に力を注ぐ傍ら、労働強化反対等の目標を掲げて秋季年末闘争を推進し、9月中旬頃には中央闘争委員会を設けたうえ、さらに10月15日を期し勤務時間内職場大会を実施するよう指令を発する一方、10月7日の中央執行委員会において秋季年末闘争、参議院地方選挙対策、特別闘争資金等の議題を討議するため、10月30日、同31日の両日に亘り東京都千代田区六番町の1所在自治労会館で第1回中央委員会を開催することを決定し、即日指令第4号によつてその招集の手続を行つた。
[5] ところが10月8日、内閣は警察官職務執行法の一部改正する法律案(以下警職法改正案と略称する)を衆議院に提出したが、この改正案の内容は、現行法が第5条において「犯罪がまさに行われようとするのを認めたとき」及び「又は財産に重大な損害を受ける虞れがあつて」とある部分をそれぞれ「犯罪が行われることが明らかであると認めたとき」及び「財産に重大な損害を受け、又は公共の安全と秩序が著しく乱される虞れのあることが明らかであつて」と改め、また第6条第1項中の「前2条に規定する危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫した場合において、その危害を予防し」とある部分及び同条第2項中「その他多数の客の来集する場所」とある部分をそれぞれ「人の生命、身体若しくは財産又は公共の安全と秩序に対する危害が切迫した場合において、その危害を防止し」及び「船車その他公開の施設又は場所」と改めるのを始めとするかなり広範囲に亘るものであるところ、これらの改正案は規制の基準が明確でなく、警察官による濫用のおそれがあり延いては労働者の団体運動を抑圧する危険が大きいという見地から総評を始め労働団体は他の各種諸団体と歩調を合せて強い反対運動を展開することとなつた。ことに総評はこの事態を重視し、10月9日、10日の両日には常任幹事会を、11日には緊急単産書記長会議を、さらに10月14日には緊急拡大幹事会を招集し、とくに緊急拡大幹事会においては警職法改正案が参議院へ送付された場合の最後的情勢を考慮に容れ、11月5日頃第4次統一行動を起し、民間単産は24時間ストライキ、官公労は正午出勤の統一行動を行つて右警職法の改正に反対の意思を表明する旨決定するに至つた。一方全農林も総評の右反対運動の一翼を担い、さきの労働強化反対の目標に併せて警職法改正反対のスローガンを掲げて10月15日午前9時頃から約1時間に亘つて農林省正面玄関前において勤務時間内職場大会を開催したが、さらに同日行われた中央執行委員会において種々検討したすえ、全農林は結成後間もないことと警職法改正案が衆議院に提出されたのが突然であつたため、果して下部組織まで問題の趣旨が徹底して所期の闘争が行われ得るか否かが必ずしも分明でないところから、第1回中央委員会開催前に全国下部組織のこれに対する実情を把握したうえで第1回中央委員会に臨むこととし、その準備の趣旨をもつて中央闘争委員長鶴岡哲夫名義をもつて各県本部、支部、分会委員長あてに、「警職法改悪反対闘争を中心とした闘いにつき、11月5日頃正午出勤を目標とした実力行使を行うための方針を職場討議に移し、闘争態勢を作り、結果を中央委員会まで報告せよ」という内容を含む警職法改正に対する反対行動を執ることを指令した指令第5号を発した。なお同日の中央執行委員会には、中央執行委員長たる被告人鶴園は九州地方に遊説出張中のため、副委員長たる同江田は私用のため、執行委員たる同国井は東北地方に遊説出張中のためいずれも欠席したが、このうち被告人鶴園はその後旅行先の鹿児島県下において同県本部傘下の分会委員長より当該指令を見せられて指令第5号が発せられた事実並びにその内容を了知した。その後中央執行委員会では、さらに「警職法改悪反対闘争の体勢強化について」と題し、現実に行動をとつた場合予想される警察当局の取締りに対する対策、宣伝活動の強化その他具体的な行動方針に関し詳細な説明を記載した指示第34号を発する等、11月5日正午出勤の行動を実効あらしめるための努力を重ねたが、各県本部からは指令第5号に基く職場討議の結果の報告がなく、従つて中央執行委員会としてもこれに対処すべき具体的方針を確定しないまま第1回中央委員会の開催日たる10月30日を迎えるに至つた。
[6] 第1回中央委員会は10月30日自治労会館において被告人を含む役員(会計監査委員を除く、以下同じ)全員と中央委員50数名とが出席して開催され、議長団には滋賀県本部選出の橋本利衛、東京都本部選出の田口三樹夫の両名が選ばれた。まず被告人鶴園の挨拶があつたのち、書記長たる同西川から経過報告、事務報告等諸報告がなされて議事に入つたが、中央執行委員会ではさきに挙げた秋季年末闘争、参議院地方選挙対策等の議題に加え、警職法改正に対する反対行動に関して「警職法、反動諸立法に反対する闘い」という議題で後刻提案する予定であつたが、秋季年末闘争方針の討議に入ろうとしたところ、熊本県本部選出の中央委員田上弘より、11月5日の実力行使の問題は極めて重要であるから他の議案とは別に先議すべき旨の緊急動議が提出され、中央委員会においてこの緊急動議が可決されるに至つた。その結果、当時議長の職務を執行していた田口三樹夫は中央執行委員会に対し、11月5日の行動に関する執行部としての意見を求めたが、中央執行委員会としては各県本部から指令第5号に基く報告がなく、従つて前記のように確定した具体案を持つていなかつたのでやむなく被告人中野より警職法改正案が国会へ提出された後の総評、国公共闘争のこれに対する態度、情勢及び全農林が反対行動としてとつた経緯、指令第5号、指示第34号を発した事情並びにその内容等について説明した。これに対し中央委員から或いは正午出勤の実力行使よりさらに強硬な実力行使を実施するのが相当であるとか、組合が発足して間もないことであり、特殊な職域を抱えていること等からこれよりも柔軟な実力行使を実施するのが相当である等の意見が続出し容易にまとまらなかつた。そこで中央委員会議長は、中央委員から出された各意見を中央執行委員会において集約するよう要請し、中央執行委員会もこの要請を容れ、同日午後6時頃一旦中央委員会を休憩し、役員が全員出席のうえ被告人鶴園が議長となつて直ちに中央執行委員会を開催し、各中央委員より出された意見の集約を行つた。その結果動物飼育等を行ういわゆる特殊職場については正午出勤という原則を緩和し、例外的措置を認めるのであれば一般の職域においては正午出勤の実力行使は実施可能というのが中央委員の多数意見であるとの見解に落着いたので中央委員会を再開し、中央執行委員会を代表して被告人西川がその趣旨を報告したところ、中央委員会においても出席中央委員のうち議長及び反対、保留の意見のものを除いた40数名がその意見に賛成し、ここに特殊職場については弾力性のある取扱いをするほか11月5日は正午出勤の実力行使を実施する旨決定した。
[7] 前記のように中央委員会において11月5日の実力行使の実施について決定したあとさらに中央委員より、問題が重大であることと実施までの時間的余裕がないことから決定事項を直ちに電報をもつて各県本部あてに連絡すべき旨の緊急動議が提出され即座に可決された。そこで中央委員会議長の田口より執行部においてその処理をするように要求したが、その際中央執行委員会における電報、文書の発受及び処理に関する事項を分掌する総務部の長である黛次男がたまたま中央委員会書記長に就任していたので、同人がその意を承け発信者の名義は全農林とし、「指令6号、5日正午出勤の行動に入れ、家蓄飼育、着検(入船中)、サイロ、検疫、気象調査、農地汐止作業及びこれに準ずるもの、航海船舶関係は時間内1時間以上の大会、保安要員は生物取扱い、無線、倉庫巡視その他は後刻文書」という内容の電報を各県本部委員長あてに発信した。しかし11月5日の行動に関して中央委員会が決定した事項については、中央執行委員会が執行の責任を負うており、かつ下部組織に対して行動を命ずるには中央委員長又は中央執行闘争委員長名義をもつて指令を発してこれを行うべきものであるから、被告人らを含む役員はその指令の作成、発出について関与したうえ、その頃前記黛次男をして中央委員会の決定の趣旨に則り、中央闘争委員長鶴園哲夫名義をもつて各県本部、支部、分会委員長にあて、「警職法改悪反対のため次の行動を指令する」と題し、指令主文には前記電報と同趣の、また実施要領としては各県本部は警職法反対の意義を各組合員に徹底し、11月4日までに各人より休暇願いを出させ執行部がとりまとめ提出せよ、その際当局が受理を拒否した場合は提出しただけで半日休暇の行動に入れ、保安要員としては生物飼育関係、般舶関係の無線、倉庫巡視とする、指令主文2項の指定個所については県本部において認定し、実情に添つた措置をとること、官憲対策については十分に留意し、書記局の書類等身辺の整理をしておくこと等と説明し、さらに全農林において分析した情勢を詳説した指令第6号を起案、作成せしめ、11月3日頃各県本部にあてて速達便をもつて発送させ、この指令は同日またはおそくとも翌4日中に各県本部に到達した。
[8](一) 中央執行委員会では前記のように各県本部、支部、分会委員長あてに指令第6号を発し、11月5日は特殊職場を除き正午出勤の行動をとるよう指令したが、東京都本部において11月1日分会委員長会議を招集して討議した結果、11月5日は正午出勤の行動ではなく勤務時間内2時間の職場大会を農林省正面玄関前で実施する方針を決定した。ところが農林省食堂労働組合から同日の職場大会は共闘の形式によつて行いたいとの申入れがあり、この申入れに基いて11月4日午後、全農林東京都本部書記局において全農林中央本部、同東京都本部、全林野労働組合中央本部、同本庁本部、農林省食堂労働組合の各団体から代表が集り、11月5日当日の職場大会実施の要領並びに各組合幹部の分担について協議した。なおこのいわゆる5者協議には、全農林中央本部からは中央執行委員金辺順炳、同樺山武三が代表として出席した。そして右協議の結果、
(1)、11月5日は右5者の共同主催として正午までを目標に農林省正面玄関前において勤務時間内2時間の職場大会実施を実施する、
(2)、職場大会のためこれに参加するよう当日出勤して来た職員に説得する、
(3)、当日の分担は、
(イ)、総括責任は全農林、全林野の各中央本部、
(ロ)、総指揮は被告人江田、
(ハ)、警備隊は被告人中野ほか1名、
(ニ)、特別攻撃隊は中村喜正ほか執行委員数名と書記全員、
(ホ)、ピケ要員は正面玄関が全林野、食堂労働組合、郵便局入口が水野ほか全農林東京都本部30名、北口は杉山隆二ほか50名、裏玄関は被告人国井ほか50名、非常口は倉富正明ほか10名、東口は伊藤正三ほか30名、海上保安庁側入口は見田稔ほか50名、
(ヘ)、人員確認は全農林東京都本部委員長坪川正男及び全林野委員長、
(ト)、職場大会の司会は被告人西川、開会の辞は同江田、決意表明は同鶴園ほかとする
等の内容を決定し、同日全農林中央本部書記局において開催された中央執行委員会の席上、右5者協議に出席した金辺順炳より前記決定事項及び全農林中央本部、同東京都本部においてピケ要員の準備を要する旨の伝達がなされ、各役員らはいずれもこれを了承した。なお当日の中央執行委員会には被告人鶴園、同中野、同国井は欠席したが、被告人中野は同夜電話により、同国井は帰宅後口頭により、また同鶴園もその頃口頭によりそれぞれ出席していた他の役員より前記決定事項特に各自の分担について伝達を受けこれを了承した。これにより被告人らを含む全農林中央本部の役員は11月5日農林省正面玄関前における職場大会に際し、農林省職員に対し職場大会へ参加方を慫慂すること、職場大会をして所期の目的を達成するため議事の円滑な進行を図る傍ら警職法改正反対行動の趣旨を説明して各職員に周知徹底せしめること等に関して相互に意思を通じ、各自分担に従つて行動を執ることとなつた。
[9] 一方農林省当局は、さきに実施された10月15日の職場大会の実情並びに11月5日に予定されている行動の内容を検討したうえ、この事態を重視し、特に文書をもつて全農林中央執行委員長あてに、11月5日の職場大会は国家公務員法違反の疑いがある違法な行為であるから実施しないよう警告を発し、また職員の休暇の取扱いについても当日に限り従来のそれを変更し、休暇の承認の受理は各局長においてこれを行い、かつ11月5日職場大会参加のための休暇は承認しない旨通達を発する等して、当日の職場大会の実施は容認せず厳重な取締りを行う態度を明らかにした。

[10](二) 11月5日、被告人らを含む全農林中央本部の役員は、午前8時頃農林省正面玄関附近に至り各々前日決定した分担に従つて配置につき、庁舎各入口には凡そ20名ないし50名ずつが二重又は三重に立ち並んでピケツトを張つたうえ、午前10時頃から同11時40分頃に至る間、前記正面玄関前において農林省職員凡そ3,000名等の参加を得て前記5者共同主催の職場大会が開催されたが、その間被告人らは各自の分担に従い、被告人鶴園は宣伝車に乗車し、庁舎裏玄関附近に参集していた農林省職員に対して職場大会へ参加するよう呼びかけて慫慂し、さらに同大会の開催にあたつて警職法改正に対する総評並びに全農林第1回中央委員会の決議の趣旨を説明し、同西川は終始右職場大会の司会を行い、同江田は同じく庁舎裏側附近において職員に対しメガホンを使用して職場大会の開催を呼びかけてその参加方を慫慂し、さらに同大会の開催にあたつて挨拶を行い、同国井は庁舎裏側附近において職員に対し職場大会の開催を伝達してこれに参加することを慫慂し、同中野は職場大会の開催にあたり、農林省並びに警察当局との間に紛争を生じた場合に備えて庁舎各入口を巡視した。そして農林省職員のうち右職場大会に参加しなかつた少数の者を除き、凡そ3,000名の職員が右職場大会に参加し、午前9時20分頃より同大会が終了した午前11時40分頃までの間、農林省当局より職場大会を直ちに中止し、執務するよう指示がなされたにもかかわらずこれを斥け、正規の勤務をしなかつたものである。
[11] 以上の事実はいずれも証拠によつてこれを認めることができる。

[12]六、(一) なお中央委員会の決定に従い黛次男が各県本部委員長あてに電報を発した点につき、検察官はその電文の体裁及びこれを発するに至つた経緯から、被告人らを含む役員らも共謀に加わつているものであると主張する。そして証拠によれば中央委員会において、11月5日の行動に関して決定したのち、その決定事項が極めて重大であることと、行動実施までに時間的余裕がないことを理由として直ちに電報をもつて各県本部あてにその趣旨を伝達するよう緊急動議が提案可決されたこと、その際中央委員会議長の田口三樹夫より、「その処理は執行部に頼む」旨の発言があり、これに応じて黛次男が電文を起案のうえ発信手続をとつたこと、また大会、中央委員会の決議機関の決定事項を執行するのは中央執行委員会の責務であること、そして田口の発言があつた際、被告人らを含む役員はその場に居合わせたからその間の経緯は十分承知していたこと等の事実が認められる。しかし電報をもつて決議機関の決定事項を下部組織へ伝達することは、決して通常とられる手段ではない。本件の場合も突然中央委員から動議として提案可決されたうえ、中央委員会議長の要請によつて始めてこれが処理を行うことになつたものであつて、被告人ら各役員としても前もつてこのような事態を予想し、これに応ずる心構えがあつたとは見られない。そして電文の起案、発信の手続は黛がひとりこれを行い、同人以外の者は一切これに関与しておらないのである。とすればたとえ被告人ら役員がたまたまその場に居合せ、その前後の状況を承知していたとしても、それ以上に黛と電報の起案、発信に関して協議その他これに類する意思の連絡をはかる行為が認められない本件おいては、決議機関の決定事項の執行が中央執行委員会の責務であるという一事だけをとらえて黛を除いた被告人ら役員に対し、この点についてまで関与したものとしての責任を負わせるべき筋合いはないといわざるを得ない。

[13](二) 次に弁護人らは、文書による指令第6号の作成、発送についても専ら黛次男ひとりこれに関与したにすぎず、しかも現実に発送したのは11月3日頃であるから、とうてい11月5日の行動日までに下部組織へ到達するものとは考えられず、単に形式を整えたにすぎない、従つて被告人らはこの点に関しても何等責任を負うべき筋合いはない、と主張する。そして証拠によれば、文書による指令第6号は中央執行委員会における文書、電報の発受、処理の事務を分掌する総務部の長である黛次男が被告人西川の指示に従つてこの起案、作成を行い、書記局員をして発送させたものであつて、右黛以外は直接これに携わらなかつたこと並びに現実に発送の手続をしたのは11月3日午後であつたことが明らかである。しかしながら文書による指令第6号の作成、発送については前の電報とその性質並びに経緯を異にし、黛は勿論同人以外の被告人らを含めた役員もこれに関与したものといわなければならない。すなわち、11月5日の実力行使については中央執行委員会としても確定した具体的方針こそ持つていなかつたものの、総評の緊急拡大幹事会の決定の趣旨に添つて原則的には正午出勤の行動を予定し、中央委員会に提案する予定であつたが、たまたま中央委員からの緊急動議によつて先議するようになつたこと、また中央執行委員会としても中央委員会において決定された11月5日の行動内容はもともと予定していた原案と基本的には一致していたこと、また組合の機構上決議機関において決定された事項を執行するには中央執行委員長または中央闘争委員長名義をもつて下部組織の委員長あてに文書による指令、指示を発してこれが具体的行動を命ずるのが本来の建前であり、これは決議機関からの具体的指示ないし要請の有無にかかわらず当然に行うべき手続であること、指令の文案は中央執行委員会において討議決定するのが原則であるところ、本件はすでに中央委員会において具体的な事項まで決議したため、特に文案を中央執行委員会で討議せず、黛に一任したものであること、また中央委員会議長より意見の集約方要請があつた際、全員一致ではなく少数意見者も存在したが、結局において多数意見に従いこれに添つた行動をとる態度を示していること等の諸事実から考えてたとえ指令第6号の起案、作成、発送等一連の行為は黛がこれを担当し、被告人ら役員は直接これに携わらなかつたとしても、右に挙げたような諸事情を総合すれば、本件指令第6号の発出が若し罪となるべきものであるとするならば、被告人らはその共同謀議に参加した者としての責任を負わなければならないのである。また現実に指令第6号を発送したのが11月3日であつたとしても証拠によれば早いものは同日中におそいものでも11月4日中には各県本部へ同指令が到着したことが認められ、11月5日の行動に役立たなかつたとはいえないのであるから単に形式を整えたにすぎないとは認められない。

[14](三) さらに弁護人は、11月4日の中央執行委員会では単に金辺順炳が5者協議によつて決定した各自の分担を伝達したにすぎず、協議を行つたものではないと主張する。しかし金辺が右のように各自の分担を伝達したにすぎないとしても、出席者はこれを了承しかつその趣旨に添つた行動に出るべく決意しているのであるから、このとき相互に意思の連絡があつたものといわなければならない。また右中央執行委員会が開催されたとき、前示のように被告人鶴園、同中野、同国井は欠席していたが、後刻同僚より各別に分担内容の通知を受けてこれを了承し、そして11月5日の職場大会の際にはこの分担に従つて行動しているのであるから他の役員と意思の連絡があつたことは明らかである。なお11月5日の職場大会の際、被告人西川は前示のように職場大会の司会を行つたに止まり、また同中野は庁舎の各入口を巡視したのみで両名とも直接農林省職員に対し、職場大会に参加すべきことを慫慂するような行動に出た形跡はないが、しかしこれは前記11月4日の分担決定の結果、職場大会の司会なり巡視を分担することになつたからであつて、すでに説示したように相互に意思の連絡があり、しかも各自職場大会実施の一分野をそれぞれ実行している以上、職員に対する職場大会参加の慫慂行為に関与したものといわなければならない。
[15]一、弁護人及び被告人は本件につき公訴棄却の申立をなし、その理由として、
(一) 本件公訴事実はいずれも国家公務員法(以下単に法というときは国家公務員法を示す)第98条第5項、第110条第1項第17号に違反するというものであるが、右の条項は憲法第28条、第18条、第21条、第31条に違反し無効であるから、仮に起訴状に記載されている事実が全部真実であつても何ら罪とならないものである。
(二) 本件公訴の提起は、警職法改正反対行動に対する報復手段としてなされたものであつて、明らかに公訴権の濫用であるから刑事訴訟法第338条第4号により公訴提起の手続がその規定に違反し無効である、
(三) 本件公訴の提起は労働組合そのものを犯罪団体視し、かつ刑法上の原則である個別責任の立場にたたないで労働組合の機関である執行部としての責任を追及しようとするものである。本来労働組合の大会なり中央委員会は組合の意思を決定し、中央執行委員会はその決定意思に基いて行動するにすぎず、少数の組合幹部によつて争議行為を教唆、煽動し得るものではない、従つて本件は法第98条第5項、第110条第1項第17号に規定する争議行為をあおり又はあおることを企てたものには該当しないし、また憲法第28条に違反した違法な公訴の提起である、
(四) 仮に被告人らに対する刑事責任を問うのであれば、刑法上の原則である個別責任という立場に立つて各被告人個人の具体的行為をとらえ、若し被告人らが他の者と共謀したことによる責任を追及するのであればその内容を明確に特定しなければならないにもかかわらず、本件公訴事実はこれらの点について何ら明確にされていないのであるから、刑事訴訟法第256条に違反し、同法第338条第4号により無効である、
(五) 本件各起訴状に記載されている第一の公訴事実と第二の公訴事実とは、事件の内容、性質等から考察して併合罪と見るべきではなく包括一罪と見るべきであるにもかかわらず、2個の公訴提起の手続がなされている、これは刑事訴訟法第338条第3号に該当する、
と主張する。

[16]二、しかしながら
(一) 法第98条第5項、第110条第1項第17号は後記説示のとおり、憲法第28条、第18条、第21条、第31条に違反するものとは認められない。従つて起訴状に記載されている事実が仮に真実であつても直ちに罪とならないとはいえない。
(二) また本件公訴の提起が警職法反対行動に対する報復手段としてなされたものとは解されないし、その他検察官の本件公訴の提起が公訴権の濫用と認むべき事情は存在しない。
(三) 次に本件公訴提起の趣旨は、弁護人らの主張するように労働組合そのものを犯罪団体視し、組合の機関である執行部の責任を追及しようとしているものとは解されず、法第98条第5項、第110条第1項第17号の規定に違反する行為を行つた被告人ら各個人の責任を追及しているものであることは明らかである。従つて訴因の表示自体から見れば法第110条第1項第17号に規定する争議行為の遂行をあおり又はあおることを企てたものに該当しないとは直ちにいえないし、また本件公訴提起の手続が憲法第28条に違反するともいえない。
(四) なお本件公訴事実には共謀の日時、場所並びに現実に各被告人らが分担行動した行為の態様が具体的に記載されていないのは弁護人らの指摘のとおりであり、これらの事実が具体的に記載されることは好ましいには違いないが、しかし共謀のあつた事実とこれに基づく実行行為の構成要件に該当する具体的事実とが記載されている以上、訴因の特定がなされていないとはいえない(昭和30年12月13日及び昭和32年12月27日の各東京高等裁判所判決参照)。
(五) 本件第一の公訴事実と第二の公訴事実との関係を併合罪と見るか、それとも包括一罪と見るかは専ら法律評価の問題であつて、そのいずれの見解を採用したとしても二重起訴というような問題はなく、公訴棄却や訴因変更の手続を要するものではない(昭和35年11月15日最高裁判所第3小法廷判決参照)。
[17] 以上説示のとおり、本件公訴提起の手続は何ら違法、無効とは認められないので、弁護人らのこの点に関する主張は理由がない。
[18]一、弁護人らは、
(一) 公務員に対し、争議行為を全面的に禁止した法第98条第5項の規定は、
 (1) 勤労者の団体行動権を保障した憲法第28条に違反し、
 (2) 争議権を否定しながら実効性ある代償機関を設けていないが、これは勤労者の団結権及び団体交渉権の行使を不完全ならしめる結果となり、団結権及び団体交渉権の保障を謳つた国際労働機関(いわゆるILO)第98号条約の理念に反し、従つて条約及び国際法規を誠実に遵守すべきことを規定した憲法第98条第2項に違反し、
いずれも無効である。
(二) 公務員に争議行為の遂行をそそのかし、あおり、又は共謀し、若しくはこれらの行為を企てた者を処罰する法第110条第1項第17号の規定は、
 (1) 前記憲法第28条に違反し、
 (2) 犯罪による処罰の場合を除き、その意思に反する苦役に服させられないことを保障した憲法第18条に違反し、
 (3) 言論、出版その他表現の自由を保障した憲法第21条に違反し、
 (4) あおり又は共謀し等という概念は極めて不明確であつて、法の正当な手続を保障した憲法第31条に違反し、
 (5) 前記ILO第98号条約並びに強制労働の禁止を謳つた同第105号条約の理念に反し、従つて憲法第98条第2項に違反し、
いずれも無効であると主張するので、以下順次この点について検討する。
[19] 憲法第28条は、勤労者の団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利(以下これらを総称して労働基本権という)はこれを保障すると規定している。そしてここにいう勤労者とは職業の種類を問わず自己の労働力を提供し、その対価として主たる生活手段となるべき賃金を得る者と解するのが相当であり、その点については法の適用を受ける一般職の国家公務員(以下単に公務員という)も基本的には同じ性格を具えているのであるから、右の勤労者に含まれるものというべく、従つて原則的には労働基本権を享受すべきものである。しかし労働基本権をも含め憲法が国民に保障する自由及び権利も決して無制限なものではなく、これを濫用することは許されないし、また公共の福祉との調和をはかるため制限を受け場合によつては禁止されることがあるのもまたやむを得ないところである(昭和28年4月8日最高裁判所大法廷判決参照)。
[20] 憲法は前文において国政は国民の厳粛な信託によるものであつて、その福利は国民がこれを享受すると規定し、また第15条において公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないと規定している。このことは公務員が純然たる私企業の労働者とは性格を異にし、その労働関係の当面の相手方たる使用者は政府であるが、窮極的には主権者たる国民であり、公務員は国民全体のために公共の利益の増進をはかるべく全力を挙げて努めなければならない憲法上の義務を負うているのである。一方これを国民の場から見れば、公務員は国民全体のために公正かつ誠実にしかも能率的に公共の利益の増進をはかるべく、全力を挙げて自己の分担する国の業務を運営することを期待する権利を有するものである。そして勤労者の立場から行う争議行為とは、同盟罷業、怠業その他の方法をもつて自己の主張を貫徹する目的をもつて業務の正常な運営を阻害する行為をいうのであるから若し公務員がこれを行う場合には、結局主権者たる国民の公務員に対する期待に背くこととなり、現実に業務の能率的かつ正常な運営が阻害された場合は勿論、そうでなくともそのような危険を発生せしめることによつて国民との間の信託関係に背く結果を招くに至るのである。
[21] 他面憲法が勤労者に対して保障する労働基本権は、勤労者の適正な労働条件を確保せしめ、延いては勤労者をして人たるに値する文化的な生活を保障するにあるから、国が公務員に対し適正な勤労条件を確保するためどのような措置を講じているかを見なければならない。法はそのための機関として、人格が高潔で民主的な統治組織と成績本位の原則による能率的な事務処理に理解があり、かつ人事行政に関し識見を有する者の中から、両議院の同意を経て内閣が任命する3名の人事官をもつて構成し、内閣に対してある程度独立性をもつ人事院を設け、この人事院をして法の完全な実施の責に任ぜしめている(第3条、第5条)。そして公務員が人種、信条、性別、社会的身分、門地、政治的意見又は政治的所属関係によつて差別されないことを明示し(第27条)、給与、勤務時間その他勤務条件に関する基礎事項は、国会が社会一般の情勢に適応するように随時これを変更できるよう人事院において調査、勧告を怠つてはならぬこと、特に給与については毎年少くとも1回、俸給表が適正であるかどうかについて内閣及び国会に報告すべきこと、給与を100分の5以上増減する必要が生じたときには、その報告に併せ国会及び内閣に適当な勧告をすべきことが義務づけられている(第28条)。また服務に関しては、公務員は俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院又はその職員の所轄庁の長により適正な行政上の措置が行われることを要求することができ(第86条)、この要求があつたときは人事院は必要と認める調査、口頭審理その他の事実審査を行い、一般国民及び関係者に公平なように、かつ職員の能率を発揮し及び増進する見地におて事案の判定をしなければならず(第87条)、さらに公務員に対してその意に反する不利益な処分がなされたときは、人事院にその審査の請求をなし得(第90条)、この請求を受理したときは直ちにその事案を調査し、その結果処分が理由ないとき又は不当なときは処分を取り消し、公務員としての権利を回復するために必要な措置をするものとし、そしてこの判定は人事院によつてのみ行われ、かつこれが最終のものであるとされている(第91条、第92条)。これらの措置はいずれも公務員の適正な勤務条件を確保する目的をもつて規定されたものである。もつとも給与の勧告等については、法的には国会及び内閣を拘束しないので、常に満足すべき結果をもたらすものとはいえないが、しかし右の各措置が公務員の勤務条件の適正を確保するうえに現に果している役割も決して小さいものではないのである。
[22] 以上のように公務員が国民に対して有する責務と、公務員に適正な勤務条件を確保するための措置とを比較総合して考察するときは、公務員に対し争議行為を禁止することも公共の福祉の見地からやむを得ないものといわなければならないし、また右に説示したような代償機関を設けて公務員の勤務条件の適正を確保し、もつて公務員の基本的人権を尊重する措置を講じている以上、法第98条第5項の規定が憲法第28条に違反するとはいえない。
[23] なお公務員の争議行為を禁止することが憲法第28条に違反しないからといつて、争議行為を行つた公務員又はその争議行為に際し、これと通常不可分の関係を有する随伴的行為に出た者を処罰することが当然に許されると結論づけることは相当でない。かりにこれらの行為が違法であり、雇傭上不利益な処分を受けたりまた民事上の制裁を免れ得ないとしても、そのことが直ちに可罰性を認めることと同一ではないからである。これは世界の文明各国における労働運動の歴史に徴しても明らかなとおり、最初は争議行為は勿論、労働者が団体を組織することを処罰していたが、やがて労働運動は刑罰から解放され、次いで民事制裁を免れるに至り、最後に不当労働行為制度の確立によつて雇傭上の不利益処分からも保護されて今日に及んでいるのであつて、時代の推移によつて争議行為に対する評価も変化しまた雇傭上の不利益処分、民事制裁、刑罰権の発動という3つの作用は常に軌を一にしているとは限らず、このことは同じ争議行為であつても各種の評価が可能であることを示すものといえよう。従つて法第110条第1項第17号の規定の合憲か違憲かの判断は、右第98条第5項の規定の趣旨からさらに進めて考察しなければならない。しかしてこの点については後記説示のように、同条項において争議行為の遂行を「共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てたもの」というのは争議行為に際し、これと通常不可分の関係を有する随伴的行為のすべてを含む趣旨と解すべきではなく、私企業における争議行為の場合であれば当然正当な行為と認められる程度のものはこれに該当せず、特に違法性の強いものがこれに当るというべきである。そしてこのような特に違法性の強い行為は、国民との信託関係を破壊する危険性がより大きいのであるから、これを可罰的違法行為として評価し、刑罰をもつて禁遏することも決して不合理とはいえない。従つて法第110条第1項第17号に規定する「争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てたもの」という趣旨を後記説示のように解するかぎり憲法第28条に違反しないといわなければならない。
[24] 憲法第98条第2項は、日本国が締結した条約及び確立された国際法規はこれを誠実に遵守することを必要とする、と規定しているので、我が国が締結した条約、確立された国際法規に牴触する国内法令は憲法第98条第2項に違反するものといわなければならない。そして我が国はILOに加盟しており、かつILO第98号条約を批准しているのであるから、若し国内法令が同条約に牴触する場合には、その法令は憲法第98条第2項に違反するといわなければならない。しかして同条約は労働者の団結権、団体交渉権の行使について、ILO加盟各国政府に対しこれらの権利を尊重、確保するために必要な措置を執ることを要求しているのであるが、一方第6条において、「この条約は国の行政に従事する公務員の地位を取り扱うものではなく、またその権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない」と規定しているのであるから、公務員の争議権を禁止した法第98条第5項の規定は、右第98号条約と直接の関連を有せず、従つて右条約に関するかぎり法第98条第5項の規定は憲法第98条第2項に違反するとはいえない。
[25] 憲法第18条は、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられないと規定する。そしてここにいう意に反する苦役とは、本人の意思に反して強制される労役をいい、たとえその労役が通常の程度のものであつたとしても本人の自由なる意思に反して強いられる限り苦役というに妨げない。従つて、労働者が単に労働契約に違反し労働力を提供しなかつた場合、すくなくとも刑罰をもつて臨むことは、ここにいう本人の意に反して苦役に服せしめる結果となり許されないところである。この理由はたとえ公務員の場合といえども原則的には同様に解されるのであつて、若し公務員が単純な労務の不提供という争議行為を行つたにすぎぬ場合、雇傭上の不利益処分や民事制裁の点は措き、刑罰を科するようなことがあれば当然問題とならざるを得ないであろう。もつとも公務員は自己の自由意思によつて所定の手続を経れば何時でも雇傭関係を脱することができるという点を強調し、公務員の争議行為を処罰することは憲法第18条に違反しないという見解も存在する。たしかに憲法第18条はアメリカ合衆国憲法修正第13条第1節の規定に由来すると認められ、右修正第13条第1節が制定されるに至つた歴史的事実は、自己の意思をもつて労働関係から離脱できないいわゆる奴隷的拘束からの解放を目的としたものであることは明らかであるが、しかし我が国における雇傭の実態すなわち一且ある雇傭関係から離脱すれば、他にこれと同等の雇傭関係を自ら選択、締結することは特別な場合を除き極めて困難な事実と、憲法第18条の理念とを対比して考察すると、憲法第18条は単に右のような奴隷的拘束からの解放に止まらず、自由意思による労働関係の場合にあつても労務の不提供を刑罰の対象とすることを禁止したものと解され、そしてこの理は前示のように公務員の場合も同様と見るべきであるから、右の見解には直ちに左袒し難い。また法第110条第17号の規定は、争議行為そのものを処罰する趣旨ではなく、争議行為の遂行を「共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた」者を処罰するのであるから、憲法第18条の規定とは直接関連はないという見解も存在する。しかし争議行為を含め労働者の団体行動は、その組織的団体の威力を背景とする一定の統一的行動である以上、団体の各機関における討議、具体的事項に関する幹部間の打合せ、上部機関からの指令、説得、慫慂その他下部組織における争議実行に関する協議等は当然に行われるべきものであり、かかる行為のなされない争議行為を想定することは現実には不可能といつてもあえて過言ではないであろう。このように争議行為と通常不可分な随伴的行為を争議行為自体と切り難して別個の評価をすることは相当でない。従つて争議行為自体に刑罰を科することを禁じた憲法第18条の規定は、右のような争議行為と通常不可分な随伴的行為にも及ぼされるべきものと解する。
[26] しかしながら、法第110条1項第17号に規定する争議行為の遂行を「共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた」者という概念はすでに触れたように、争議行為と不可分な随伴的行為のうち特に違法性の強いもの又は随伴的行為とは認められないようなものに限定されるというべきであり、これらは争議行為の保護の対象とはならず、従つて右のように解するかぎり、同条項は憲法第18条に違反するとはいえない。
[27] 憲法第21条は、集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障すると規定し、また争議行為に際し指令を発送、伝達すること、争議行為に参加するよう説得その他慫慂することも表現の一態様であることはいうまでもない。従つてこれらの各行為が正常なものである限り表現の自由として憲法上の保障を受けるべき筋合いのものである。しかしながら表現の自由も他の諸自由、権利と同様決して無制限ではなく、公共の福祉の見地から制限されることがあるのを認めなければならず、特に表現の目的、手段において公共の安全にさし迫つた危険を与えるおそれが明白であれば刑罰を科して禁遏することもまたやむを得ないところである。そして公務員に対し、その業務の正常な運営を阻害するような争議行為の遂行をそそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てることは、これらの各行為がすでに触れたように特に違法性が強いか又は争議行為と通常不可分な随伴的行為と見られないものと解する限り、国民全体の奉仕者たる責務を懈怠することを教唆、慫慂する手段において、国民との間の信託関係を破壊する危険が極めて大きく、も早憲法第21条の保障の範囲外にあるものといわなければならない。従つて法第110条第1項第17号の規定は憲法第21条に違反するとはいえない(昭和30年11月30日最高裁判所大法廷判決参照)。
[28] 憲法第31条は、何人も法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられないと規定し、これは法の正当な手続を保障するとともにいわゆる罪刑法定主義の原則を明らかにしたものとされている。すなわち刑罰を科すには明確な内容と合理的な根拠をもつた法律によらなければならないのである。といつても法律の規定はその本質上抽象的にならざるを得ないのであるから、いきおい解釈を必要とするが、合理性のある解釈によつてその内容が明確にされるのであれば罪刑法定主義の要請を充たすものといい得る。そして特に本件において問題とされている法第110条第1項第17号において規定する争議行為の遂行を「あおり、又はこれを企てた」という概念は後記説示のように、合理性のある解釈によつてその内容を明確にすることができ、かつその内容は適正なものといい得るので憲法第31条に違反するとはいえない。
[29] ILO第98号条約については、すでに法第98条5項の規定に関して説示したとおりであり、右説示の趣旨は法第110条第1項第17号の規定の場合にも該当する。またILO第105号条約は、第1条本文において、この条約を批准する国際労働機関の各加盟国は、次に掲げる手段、制裁、又は方法としてすべての種類の強制労働を禁止し、かつこれを利用しないことを約束すると規定し、さらに同条(d)号では右本文における禁止規定に該当するものとして同盟罷業に関与したことに対する制裁を掲げているが、この第105号条約はまだ我が国政府において批准していないのであるから、日本国が締結した条約にはあたらず、またILO結社の自由委員会等の見解もまだ国際社会において承認され実行されて国際慣習法として確立されたとはいえないので、法第110条第1項第17号の規定が直ちに憲法第98条第2項に違反するとはいえない。
[30] 以上の次第で法第98条第5項、第110条第17号が憲法に違反するとの弁護人らの主張はいずれも理由がない。
[31]一、被告人らの各行為が法第110条第1項第17号に規定する争議行為の遂行を「あおり」又は「これを企てた」ものに該当するか否かを判断するに先立ち、法第98条5項に規定する争議行為の意義を明確にしなければならない。ところで法第98条第5項では、「同盟罷業、怠業、その他の争議行為」と規定するのみであつて、特に争議行為を定義づけていないのでどのような範囲をいうかが問題となる。しかし同条項において争議行為を禁止した趣旨は、すでに説示したように、国民全体の奉仕者たる責務を懈怠し、延いては国民との間の信託関係に背くような危険を防遏する点にあると解されるので、公務員が個人の立場においてする単なる怠慢に基づく欠勤、怠業等の行為はこれに含まれないが、公務員の組織する団体として当局側の管理意思に反し、国の業務の正常な運営を阻害する行為をすればすべてこれに含まれ禁止の対象となるものといわなければならない。もつとも労働関係調整法は、第7条において争議行為を定義し、業務の正常な運営を阻害することのほか労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれに対抗して行う行為であるとして争議行為の要件を厳格にしているが、これは労働争議を予防し、又は解決するためにとられる斡旋、調停、仲裁等各手段の有効、適切な発動を図ることを目的として争議行為の範囲を明確にしたものであるに反し、法第98条第5項の規定はむしろ禁止の対象とするものであるから両者は立法趣旨を異にし、その範囲を一にすることは相当でない。そして全農林が、11月5日を期し特殊職場を除いて正午出勤の実力行使に出ようとしたこと、或いは同日5日共催の形で農林省正面玄関前において被告人らを含む職員凡そ3,000名が午前11時40分頃まで職場大会を関催した目的が、前示のように警職法の改正に反対し、これに抗議の意思表示をすることにあつたのは事実であり、しかもこれは労働関係について使用者と主張が一致しないという要件を欠いておるのであるからいわゆる政治ストと呼ばれる性質のものであることは明白であるが、いやしくも前記正午出勤なり職場大会の統一行動が全農林の組織的行動として当局側の管理意思に反して所定の執務をせず、国の業務の正常な運営を阻害するものである以上、法第98条第5項において禁止する争議行為にあたるものといわなければならない。
[32] なお弁護人らはこの点について、農林省では従来から転任者の送迎や、記念行事の場合等、執務時間中に多くの職員が相当時間執務をしないことがあつたことを指摘し、これと対比しても本件行動は業務の正常を運営を阻害する程度に至らなかつたものであると主張するが、しかし問題となるのは業務の正常な運営が現実に阻害されたか否かにあるのではなく、業務の正常な運営を阻害するような行動が当局側の管理意思に反してなされたか否かにあるのであるから、弁護人らが指摘するような事実と本件行動とを同日に論ずることはできない。

[33]二、次に「あおり」又は「企てる」という意味を明確にしなければならない。一般に「あおる」という概念は煽動と同義と解されるのであるが、これは特定の行為を実行させる目的をもつて、文書若しくは図画又は言動により、人に対しその行為を実行する決意を生ぜしめ又は既に生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えることをいい(破壊活動防止法第4条第2項、昭和37年2月21日最高裁判所大法廷判決参照)、「そそのかし」と異る点は、「そそのかし」は特定の人を対象とし或る行為を実行する決意を新に生じさせるような強い慫慂行為であるのに対し、「あおり」は前記のように主として不特定又は多数人を対象とし、或る行為の実行の決意を創造させ又は既存の決意を助長させるような勢いのある刺激を与える行為で足りるものと解され、相手方に対する影響力の程度及び範囲において差異を有するということができる。また「企てる」とは或る行為の実行々為の準備をすることをいい、実行々為の未遂は勿論予備の段階をも含むものと解する(昭和23年8月5日最高裁判所第1小法廷判決、昭和25年9月19日同第3小法廷参照)。すなわち単に或る行為の実行を決意したのみでは足りないが、その決意の存在が実行に向けられた外部的行為によつて認識し得る状態に達すれば足りるものというべきである。

[34]三、ところで法第110条第1項第17号によれば、何人たるとを問わず、第98条5項前段に規定する違法な行為の遂行を「あおり」又は「企てた」と規定するのみで、これに対する定義を掲げていないので同条項の「あおり」又は「企てた」という趣旨も右に述べた一般的な意味と同義に解すべきか否かが検討されなければならない。そして法律の規定を解釈するに当つては、常にその立方趣旨を汲み、形式的な文理解釈に固執せず憲法の原則に反しないよう適正かつ合理的にこれをしなければならないのは当然である。
[35] しかして法第98条第5項においては、公務員に対し争議行為に出ることを禁止し、また何人も争議行為を企ててはならないと規定しながら、法第110条第1項第17号においてはこれを処罰する旨の明文を欠いているのであるから、公務員であつて単に争議行為の実行に出たにすぎないものは、違法行為として雇傭上の不利益処分を受けてもこれに対抗することはできないが、刑罰を科せられることはないものといわなければならない。検察官はこの点に関し、たとえ単なる実行々為に出たにすぎない者であつても、同条項には別に争議行為の遂行を「共謀」した者を処罰する規定を存するのであり、いわゆるワンマン・ストとか単なる附和随行者のようなものを除き、通常の争議行為は労働者の団体による共同目的達成のための統一的な行動であるから、当然に意思の連絡ないし相互了解を伴うものである以上、この「共謀」の廉により単なる実行々為者といえども処罰を免れないものというべく、従つて法第110条第1項第17号の規定はこれを処罰の対象から除外する趣旨ではないと主張する。しかし共謀共同正犯が成立するためには、2人以上の者が特定の犯罪を行うため共同意思の下に一体となつて互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて現実に犯罪を実行することを必要とし(昭和33年5月28日、最高裁判所大法廷判決参照)、単なる意思の連絡や相互了解では足りないというべきであり、かつ法第110条第1項第17号に規定する「共謀」とは、後記説示のようにその目的、手段において強度の違法性を有するものに限ると解すべきであるから、検察官の主張はこの点において失当である。もつとも争議行為は前示のように労働者の組織的団体による統一的行動である以上、その団体の各職場における討議、具体的事項に関する幹部間の打合せ等の行為は不可欠なものであり、このような行為の伴わない争議行為は現実に想定し得ないのである。従つて特殊な場合を除き争議行為の実行者はすべて何等かの形態において謀議に参加しているといわなければならないが、このような単なる実行々為者も共謀ありとして処罰する趣旨であるならば、むしろ明文をもつて実行々為者を処罰する旨の規定を設けるのが憲法第31条の理念にてらし適正を期する所以であろう。にも拘らず実行々為者を処罰する旨の明文を掲げなかつたのは、これを処罰の対象としない趣旨であると見るのが相当である。然らば同法が争議行為の単なる実行者にすぎないものを処罰しない理由は何処に存するであろうか。公務員といえども憲法第28条にいう勤労者に該当し、原則的には労働基本権を享有すべきものであること、そして公共の福祉の要請から特に法第98条第5項において争議行為を禁止していることはすでに説示したとおりである。しかしながら公共の福祉の要請によるこれら権利の制限、禁止に反する制裁も真にやむを得ない最小限度に止めるべきは当然であつて、いやしくもその限度を超え過酷であつてはならない。特に或る行為に可罰的評価を加え、刑罰を科すには雇傭上の不利益処分や民事制裁を科す場合よりもさらに刑罰を必要とする公益上の合理的な根拠が存在しなければない。ところで、公務員に対し争議行為を禁止した法第98条第5項の趣旨は、公務員が国民全体の奉仕者たる責務を懈怠し、延いては国民との間の信託関係に背くような危険性を防遏するにあることはすでに説示したとおりである。そして若しこの責務に背いて争議行為に出た公務員に対しては雇傭上の不利益処分に対抗する権利を否定し、従つて情状によつては免職処分を受ける結果となるのであるが、このように公務員たる身分を失わしめ、もつて爾後国民全体の奉仕者たる資格を剥奪することによつて信託関係を持ち得ないようにすれば、その目的を達するに十分であると解される。従つて単に争議行為を実行したにすぎない者を処罰することは、も早公益上真にやむを得ないとされる必要性の限度を超えるものであつて、合理的な根拠を失うに至るものといわなければならない。すなわち、同法が争議行為を実行したにすぎない者を処罰する規定を設けなかつたのは、単なる立法政策上の問題にすぎないと見るべきではなく、これを処罰することは本人の意に反した苦役を科することを禁止した憲法第18条並びに法の正当な手続を保障した同第31条の趣旨に反し許されないからである。

[36]四、右のように公務員であつて争議行為の単なる実行者にすぎないものは刑罰の対象とはならないのであるが、然らばこの争議行為の実行々為とこれを共謀し、あおり、又はこれらの行為を企てたものとの関係はどのように理解すべきであろうか。そもそも我が国の刑罰体系はまず本犯の犯罪行為を基礎とし、その行為の発展段階に応じて既遂、未遂、予備、陰謀として類型的に区分しており、原則として犯罪の既遂の段階に至つて可罰性を認め、未遂を罰するには既遂行為の違法的評価の大きい類型について本条において定めた場合に限り、さらに予備、陰謀に至つては既遂行為の違法的評価が特に重大と認められる数個の類型(例えば刑法においては内乱、外患、殺人その他、ほかに破壊活動防止法第39条等)についてのみ例外的に認められるにすぎない。このように本犯の行為であつても犯罪の違法的評価に差を設け、その大小に従つて未遂以下の前段階的行為の可罰的評価を異にしている。そしてこの場合既遂行為が可罰性を有しない以上、その前段階的行為が可罰性を有する筋合いはないのである。さらに自らは犯罪の実行々為に出ることなく、人をして犯罪を実行せしめる教唆、幇助の場合は、すくなくとも本犯が構成要件に該当する違法な行為に出た場合に限つて教唆、幇助として可罰性を有するものとされている(いわゆる共犯の従属性)。従つて犯罪の実行という点に主眼をおいて考察すれば、教唆、幇助もともに前段階的行為ということができるのである。勿論刑罰法令の中には本犯が犯罪の実行々為に出なくとも、独立して教唆、煽動者を処罰する規定を存するものもある(例えば破壊活動防止法第38条以下)。しかしこれは本来の刑罰体系から見れば例外的な措置というべきものであり、しかもこの場合は教唆、煽動がなされたにもかかわらず可罰性を有する既遂行為が行れなかつたとき、或は可罰的既遂行為が行われても煽動者を処罰できないときに、既遂行為の可罰的評価が特に重大であつて教唆、煽動という前段階的な時点において処罰することが、犯罪の予防、鎮圧に特に必要かつ有効であると認められるからである。以上いずれにして、既遂行為が可罰的評価を受ける場合に限りその前段階的行為の可罰的評価が可能とされている点では異ならないのである。
[37] しかるに法第110条第1項第17号の規定は、もともと争議行為の実行々為は不可罰としながら、これと不可分な随伴的為であり、しかも教唆、共謀等に比較して実行々為からはさらに間接的な「争議行為の遂行をあおり、又は争議行為の遂行を共謀しそそのかし、あおることを企てた」ものまでを含めて可罰的評価を加えているのは、刑罰体系上極めて異例なことといわざるを得ない。
[38] もつとも右に挙げた各態様のうち、争議行為の遂行をそそのかし又はあおる行為は争議行為の原動力となりこれを誘発するおそれのある行為であるから、その影響力を重視し刑罰体系上の例外措置として単なる争議行為の実行者とは別個の可罰的評価を加えることも決して不合理とはいえないとする見解も存し得る。しかしながら争議行為はすでに説示したとおり、労働者の組織的団体による統一的行動であるから、その団体の少数幹部のみの独断的意思によつて誘発されたりするものではなく、団体の各職場における討議、決定を経る等団体構成員の意思を把握するに必要な手続を践むのが通例であるし、また幹部の構成員に対する説得、慫慂という行為もひつきよう構成員をして争議行為の目的と必要性を理解、納得せしめ、その遂行について協力を求めるために行われるものである。そして時にはかえつて団体構成員ないし下部組織からの強い要求に基いて争議行為の指令を発するという事例も稀ではない。このように通常の争議行為の場合における討議、説得、慫慂、指令の発出という一連の行為は、一般的な定義に従う限り、争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおるものといわざるを得ないであろうが、しかしこれらの各行為は争議行為の実態にてらしその実行々為と同等の評価を与えるのが相当であつて、特にこれを刑罰体系上の原則に反し実行々為と区別し別個の評価をしなければならない合理的かつ実質的な理由は存在しないものと認められる。従つて争議行為の単なる実行者にすぎないものを処罰することが許されない以上、右のような理由によりこれと通常不可分な随伴的行為に出たに止まる者を処罰することも許されないものというべきである。

[39]五、このように単なる争議行為の実行者にすぎないものは、処罰の対象とならないこと、そして実行々為には可罰的評価をしないのに、それを共謀し、そそのかし、あおり、又はこれらの行為を企てたという前段階的行為に対してのみ可罰的評価を加えていること、これは刑罰体系上極めて異例な取扱いであること、争議行為に通常不可分な随伴的行為は実行々為と同等の評価を与えるのが相当であること等を考慮した場合、法第110条第1項第17号のような規定が公益上真にやむを得ないとされる合理的な根拠を持つことができるのは、そこに規定されている各種行為の態様が強度の違法性を帯びることにより、その手段自体から可罰的評価を可能とする程度のものに限ると解するのが相当である。この場合法第98条第5項の禁止規定に違反する争議行為の遂行を「共謀し」、「あおり」又は「これらの行為を企でた」ものは当然に強度の違法性を帯びると速断することはできない。このような禁止規定に違反した場合には、労働法上の正当な争議行為として保護を与えられないとする見解も存するが、これは雇傭上の不利益処分を始め、若し相手方なり第三者に財産上の損害を加えたり、刑罰法規に触れるような行為があつた場合には民事上、刑事上の免責を受け得ないということにあるのであつて、単純な争議行為自体に刑罰を科すことを当然に正当化するものではなく、また前記説示のような争議行為の本質に鑑み、これと通常不可分な随伴的行為も同様に解すべきである。
[40] 然らばその手段自体において強度の違法性を帯びるといい得るには、具体的にはどのような態様が考慮されるべきであろうか。これは争議行為に直接利害関係を有しない第三者が争議行為に容喙してその遂行を謀議し、煽動し又はこれらの行為を企てた場合、たとえ公務員であつてもその団体の行動とは全く無関係な立場において争議行為の遂行を謀議し、煽動し又はこれらの行為を企てた場合、公務員がその団体の意思に従つたものであつても、謀議、煽動の手段が争議行為に際して通常行われる方法を逸脱し、特に激越なものである場合等が挙げられる(昭和37年4月18日東京地方裁判所判決参照)。このうち第三者が争議行為に容喙する場合は、何等自己において解決を必要とするような直接の利害関係もないのに、本来自主的に解決すべき当事者の労働関係を乱し、いたずらに国の業務の正常な運営を阻害して国民の享受すべき福利を侵害するという結果以外には何物をももたらさないのであつて、このような態度は反社会性が大きく強度の違法性を帯びるものということができよう。また公務員であつても、その団体の行動とは全く無関係な立場において謀議、煽動等を行う場合は、結局右と同じ評価を受けるべきものといい得る。さらに公務員が団体意思に従つた場合であつても、謀議、煽動の手段が通常のそれを逸脱し激越な方法によつた場合には、本来民主的な組合の構成員の自由にして理性的な意思活動を誤まらして、延いては正常なるべき争議行為を不必要に混乱させるおそれが存し、従つてその手段において相当とされる程度を超えているものといわなければならない。このような行為が社会一般に及ぼす危険性は決して軽視することを許さないのであつて、これはも早如何なる点においても通常の争議行為として法律上受けるべき保護の範囲外にあるものというべく、これに刑罰を科すことも決して不合理とはいえない。

[41]六、いまこれを前示第二の四、五項において認定した被告人らの行為について考察するに、まず被告人らが他の中央執行委員らと謀議のうえ、黛次男をして文書による指令第6号を作成、発送せしめた点についてはすでに認定したとおり、中央委員会において11月5日正午出勤を原則とする統一行動を行う旨決議したので被告人ら執行部の者は、この決議機関の決定を執行すべき職責上これを行つたものである。そして労働者の団体において争議行為を行う場合、執行部より下部機関に対し指令を発して統一的行動をとるよう命ずるのは通常行われる措置であつて、争議行為に不可分な随伴的行為といわなければならない。また指令第6号の内容も前示のとおりであつて、中央委員会の決議の趣旨に忠実に添つたものであり、指令として必要な表現の程度を超え、人の自由にして理性的な意思活動を誤まらしめるおそれを生ずるような激越な内容を含むものとは認められない。従つて被告人らの右行為は、その属する団体の意思に添つたものであり、その内容も争議行為に際して発せられる指令としては通常のものというべきであるから、さきに挙げた強度の違法性を帯びるとされるいずれの範疇にも属せず、法110条第1項第17号に規定する争議行為の遂行を「あおることを企てた」行為には該当しないというべきである。
[42] また11月5日農林省正面玄関前において、いわゆる5者共催による職場大会を開催した際、被告人らが現実にとつた行動についてもすでに認定したところである。そして被告人らがとつた右職場大会開催の伝達なり参加方の慫慂、あるいは職場大会の司会、警職法改正反対行動に関する趣旨の説明という一連の行動は、いずれも争議行為の一態様として行われる職場大会にあつては、これと不可分な随伴的行為と見ることができ、かつその手段も通常の方法であつてことさら人の自由な意思活動を誤まらしめるおそれを生ずるような激越なものであつたとは認められない。このことは証拠によつて認められる農林省裏玄関附近に居合せた職員のうち、すくなくとも2、30名の者が被告人らの説得、慫慂にもかかわらず職場大会に参加しなかつた事実からも窺えるのである。また農林省の庁舎各入口には、20名ないし50名位ずつで二重又は三重に立ち並んでピケツトを張つていたのであるが、しかし証拠によれば右ピケツトも職員の自由意思による通行を阻止するものではなく、現に職場大会に参加しなかつた職員はとり立てた妨害も受けず自由に入口から庁舎内へ出入していた事実が窺われるので、ピケツトを張つたことをとらえて直ちにその手段が激越であるとはいえない。従つて被告人らのこの行為も前と同様、さきに挙げた強度の違法性を帯びるとされるいずれの範疇にも属せず、同条に規定する争議行為を「あおる」行為には該当しないものといわなければならない。
[43] 以上の次第で被告人らの本件各行為は、弁護人の抵抗権の行使乃至超法規的違法阻却事由に基く無罪の主張等について判断するまでもなく結局罪とならないものであるから刑事訴訟法第336条前段により、いずれも無罪の言渡をすべきものである。
[44] よつて主文のとおり判決する。

  (裁判官 江碕太郎 播本格一 近藤暁)

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