旧優生保護法違憲判決
控訴審判決

国家賠償請求控訴事件
大阪高等裁判所 令和3年(ネ)第2139号
令和5年3月23日 第10民事部 判決

口頭弁論終結日 令和4年11月15日

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は、控訴人2に対し、1650万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は、控訴人3に対し、1650万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は、控訴人5に対し、1650万円及びこれに対する平成31年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、被控訴人と控訴人2との関係では第1、2審を通じてこれを4分し、その1を被控訴人の、その余を控訴人2の各負担とし、被控訴人と控訴人3との関係では第1、2審を通じてこれを4分し、その1を被控訴人の、その余を控訴人3の各負担とし、被控訴人と控訴人5との関係では第1、2審を通じてこれを2分し、その1を被控訴人の、その余を控訴人5の各負担とする。
7 この判決は、第2項、第3項及び第4項に限り、仮に執行することができる。ただし、被控訴人が控訴人2に対して1500万円、控訴人3に対して1500万円、控訴人5に対して1500万円の各担保を供するときは、それぞれ第2項、第3項及び第4項に係る仮執行を免れることができる。

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人2に対し、6600万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は、控訴人3に対し、6600万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は、控訴人5に対し、3300万円及びこれに対する平成31年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
[1] 本件は、旧優生保護法に基づく優生手術を受けさせられたとする一審原告1、控訴人4及び控訴人5並びに一審原告1の配偶者である控訴人2及び控訴人4の配偶者である控訴人3(以下、同人らを「一審原告ら」という。)が、旧優生保護法は違憲無効であり、国会議員には旧優生保護法の規定を改廃しなかった立法不作為や偏見差別を解消する措置を講じなかった等の立法不作為があると主張するとともに、厚生大臣が優生手術を推進したことは違法であるし、厚生大臣及び厚生労働大臣には旧優生保護法を廃止し優生政策を抜本的に転換すべき義務等があるのにこれを怠った不作為があるなどと主張して、被控訴人に対し、国賠法1条1項に基づき、それぞれ損害賠償金1100万円(慰謝料3000万円のうち1000万円(一部請求)と弁護士費用100万円の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。なお、一審原告1は、原審係属中の令和2年11月17日に死亡し、妻である控訴人2が一審原告1の権利義務を相続して、本件訴訟手続上の地位を承継した。
[2] 原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却する旨の判決をした。そこで、控訴人らが原判決を不服としてそれぞれ控訴した。
[3] 控訴人らは、当審において、後記3のとおり、新たな主張を追加するとともに各自の請求を拡張し、被控訴人に対し、それぞれ損害賠償金3300万円(慰謝料3000万円(全部請求)と弁護士費用300万円の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、控訴人2は、一審原告1の訴訟承継人として、当審において一審原告1の請求を拡張し、被控訴人に対し、上記と同額の支払を求めている。なお、控訴人4は、当審係属中の令和4年6月4日に死亡し、夫である控訴人3が控訴人4の権利義務を相続して、本件訴訟手続上の地位を承継した。

[4] 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記3で当審における新たな主張を追加し、後記4で当事者の補充主張を追加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1及び2並びに「第3 争点に対する当事者の主張」の1から7までに記載のとおりであるから、これを引用する。

[5](1) 原判決2頁13行目冒頭から14行目の「法律である。」までを次のとおり改める。
「旧優生保護法(昭和23年法律第156号)は、昭和23年6月28日に成立し、同年7月13日に公布され、同年9月11日に施行された。」
[6](2) 原判決3頁11行目の「必要がある」を「必要である」と改め、20行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「そして、優生手術を受くべき者に対する前記決定通知書には、旧優生保護法5条1項に基づく審査結果(決定)の通知であることに加えて、昭和27年の改正(昭和27年8月4日厚生省令第32号による改正前の旧優生保護法施行規則を「本件旧施行規則」といい、同改正後の同法施行規則を「昭和27年改正施行規則」といい、これらを総称して「本件施行規則」という。)により、再審査の申請に関する手続の教示が記載されるようになったものの、「優生手術を行うことの適否」欄に、審査の結果によって、「優生手術を行うことを適当と認める。」又は「優生手術を行う必要を認めない。」と記入されるだけで、「優生手術を行うことを適当と認める。」場合に実施する後記優生手術の術式の内容はもちろん、旧優生保護法4条にいう、診断の結果、確認した同法別表に掲げる疾患名や優生手術を行うことを適当と認めた具体的な理由(すなわち、「その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認める」ことの具体的な理由)は記載されていなかった(本件施行規則3条2項、甲A87、乙A1の3)。」
[7](3) 原判決4頁14行目冒頭から17行目末尾までを次のとおり改める。
(2) 本件施行規則の定める術式
 本件施行規則1条は、優生手術の術式について、精管切除結さつ法(精管を陰のう根部で精索からはく離して、2cm以上を切除し、各断端を焼しゃく結さつするもの。同条1号)、精管離断変位法(精管を陰のう根部で精索からはく離して切断し、各断端を結さつしてから変位固定するもの。同条2号)、卵管圧ざ結さつ法(卵管をおよそ中央部では持し、直角又は鋭角に屈曲させて、その両脚を圧ざかん子で圧ざしてから結さつするもの。同条3号)、卵管間質部けい状切除法(卵管峡部で卵管を結さつ切断してから子宮角にけい状切開を施して間質部を除去し、残存の卵管断端を広じん帯又は腹膜内に埋没するもの。同条4号)によるものとすると定めていた(甲A26、87、乙A1の3)。」
[8](4) 原判決4頁19行目冒頭から25行目末尾までを次のとおり改める。
[9]旧優生保護法は、平成8年6月18日に成立した「優生保護法の一部を改正する法律」(平成8年法律第105号、同年6月26日公布、同年9月26日施行)により改正された(以下「平成8年改正」という。)。同改正は、旧優生保護法の題名を「母体保護法」に、目的規定(1条)の「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに」を「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により」とそれぞれ改めた上、法律中にある「優生手術」の語を「不妊手術」に改めるほか、遺伝性疾患等の防止のための優生手術及び精神病者等に対する本人の同意によらない優生手術に関する規定(3条1項1号及び2号並びに4条から13条まで)と、遺伝性疾患等の防止のための人工妊娠中絶に係る規定(14条1項1号及び2号)並びに都道府県優生保護審査会及び優生保護相談所に係る規定(16条から24条まで)を削除するものであった。(甲A23、乙A22)
[10] 平成8年改正により、母体保護法により不妊手術が行われるのは、「妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及ぼすおそれのあるもの」(3条1項1号)又は「現に数人の子を有し、かつ、分娩ごとに、母体の健康度を著しく低下するおそれのあるもの」(同項2号)のいずれかに該当する者に対し、本人の同意及び配偶者があるときはその同意を得て行う場合(ただし、未成年者を除く。同項柱書)と、同項各号に掲げる場合にその配偶者について同項の規定により行う場合(同条2項)に限定された。」
[11](5) 原判決5頁21行目の「当裁判所」を「裁判所」と改める。

[12](6) 原判決6頁初行の「27」の次に「日」を加える。

[13](7) 原判決6頁6行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「控訴人4は、令和4年6月4日に死亡し、夫である控訴人3が控訴人4の権利義務を相続した。」
[14](8) 原判決6頁14行目冒頭から17行目末尾までを次のとおり改める。
「一審原告1、控訴人2、控訴人3及び控訴人4は、平成30年9月28日、神戸地方裁判所に原審甲事件を提起した。その後、控訴人5は、平成31年2月27日、神戸地方裁判所に原審乙事件を提起した(以下、原審両事件を総称して「本件訴え」という。)。令和元年5月8日、原審乙事件の弁論が原審甲事件の弁論に併合された。(裁判所に顕著な事実)」
[15](9) 原判決6頁21行目の「成立した」の次に「(同日公布・施行、甲A72、137)」を加える。

[16](10) 原判決12頁18行目の「の防止」を「を防止する」と改め、同行目の「目的条項」の次に「(以下「本件目的条項」という。)」を加える。

[17](11) 原判決14頁18行目の「目的の手段」を「目的達成の手段」と改める。

[18](12) 原判決19頁2行目から3行目にかけての「国連自由権規約委員会」を「自由権規約委員会」と、同行目の「国連女性差別撤廃委員会」を「女子に対する差別の撤廃に関する委員会(以下「女子差別撤廃委員会」という。)」とそれぞれ改める。

[19](13) 原判決22頁4行目の「ところ,」から5行目の「(一部請求)」までを削る。
(1) 文部大臣及び文部科学大臣の不作為の違法性(違法事由7)
(控訴人らの主張)
[20] 文部大臣は、教育現場で優生思想を子ども達に植え付けるという先行行為を自ら行ってきたのであるから、これに基づき、偏見差別の解消に向けた作為義務を負う。具体的には、文部大臣は、職務上通常尽くすべき義務として、小学校、中学校及び高等学校の保健、社会科及び人権教育等の科目で、従前の優生教育及び優生思想の誤りを正しく教えるとともに、障害者に対する優生思想に基づく偏見差別の解消に向けた人権啓発教育が実施されるよう教育委員会や学校に指導するなどの適切な措置を行う義務を負っていたというべきである。
[21] しかし、文部大臣は、平成8年に優生条項が削除されるまで、優生思想に基づく障害者に対する偏見差別を除去するための教育を行うどころか、逆に、優生思想を子ども達に植え付ける優生教育を行っていたのであるから、職務上尽くすべき注意義務を尽くさなかったものとして、その間の公権力の行使たる職務行為(不作為)には国賠法上の違法性がある。
[22] そして、平成8年に優生条項が削除された後においても、積極的な優生教育こそ行われなくなったと思われるものの、被控訴人が優生政策及び優生思想の誤りを認めない状況が続いてきた中で、文部大臣及び文部科学大臣(以下「文部大臣等」という。)も、従前の優生教育及び優生思想の誤りを正しく教える教育を行うべき義務を怠り続けてきた。したがって、文部大臣等は、平成8年に優生条項が廃止された後も、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしておらず、その公権力の行使たる職務行為(不作為)には国賠法上の違法性がある。
(被控訴人の主張)
[23] 控訴人らの主張する文部大臣等の不作為を理由とする損害賠償請求は、文部大臣等が国賠法4条により適用される民法の定める金銭賠償の方法による損害賠償とは異なる損害回復措置を講ずる義務を負っていたと主張し、その義務違反を理由に、優生手術の実施という不法行為によって生じた損害にかかる金銭賠償等を求めることにほかならないところ、金銭賠償をすべき義務とは別に損害回復のための作為義務を観念することはできない。
[24] 行政活動について、ある作為が職務上の法的義務となるためには、当該作為に係る法令の規定や、その趣旨・目的等に照らし、当該作為を求められる公務員において、通常なすべき措置として認識できる程度に、その発生要件及び作為の内容が明確なものとして当然に導かれることが必要と解される。
[25] これを本件についてみると、文部大臣等において、控訴人らの主張する偏見差別の解消に向けた人権啓発教育活動を行う義務が当然に導かれるような法令は存在せず、当該作為を求められる公務員において、通常なすべき措置として認識できる程度に、その発生要件及び作為の内容が明確なものとして当然に導かれるものではない。

(2) 国会議員による立法行為の違法性(違法事由8)
(控訴人らの主張)
[26] 旧優生保護法における優生条項は、明らかに憲法13条、14条1項等に違反しているのであるから、国会議員による同条項に係る立法行為は、当該立法の内容が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であるにもかかわらずこれを行ったものとして、国賠法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受ける。
[27] そして、旧優生保護法の本件目的条項も含め、同法が憲法に違反することは制定時からあまりにも明白であり、国会議員の立法行為には少なくとも過失が認められる。
(被控訴人の主張)
[28] 旧優生保護法の優生条項に係る立法行為の違法性に係る控訴人らの主張は、国会議員が職務上の法的義務を尽くして優生条項の立法行為を行わなければ、本件各手術は実施されず、これに基づく控訴人らの損害も発生しなかったとの主張であると解されるが、仮に違法な立法行為による損害賠償請求権が発生していたとしても、国賠法4条により適用される民法724条後段に基づき、同請求権は当然に消滅している。
(1) 控訴人らの主張
[29] 本件と同種の事案に関する大阪高等裁判所令和4年2月22日判決(甲A348、以下「大阪高裁判決」という。)及び東京高等裁判所令和4年3月11日判決(甲A349、以下「東京高裁判決」という。)は、いずれも、民法724条後段の規定が除斥期間を定めたものと解した上、これは例外を一切許容しないものではなく、平成10年判決及び平成21年判決の事案のように、著しく正義・公平の理念に反するような特段の事情がある場合には、時効停止の規定の法意に照らし、除斥期間の適用が制限されると判示した。そして、平成10年判決及び平成21年判決のいう時効停止の規定の法意とは、権利行使が極めて困難ないし事実上不可能な場合に、被害者の権利が消滅し、その原因を作った加害者が責任を免れることは、著しく正義・公平に反するという趣旨であると解すべきである。
ア 著しく正義・公平の理念に反する特段の事情について
(ア) 違法行為の重大性
[30] 被控訴人は、日本国憲法の基本理念と趣旨に従って法律を制定し、施策を遂行すべきであるが、国会議員においては、日本国憲法の理念に反する憲法違反の旧優生保護法を制定し、これを半世紀もの長きにわたり改廃することなく存続させ、厚生大臣においては、優生手術を実施しないよう都道府県知事を指導すべき義務に違反し、違憲・違法な優生手術を積極的に実施させるべく推進し、文部大臣においては、学校教育の場で教科書に優生思想を正当化する旨の記載をするなどして優生教育を推し進めていた。かかる被控訴人の長年にわたる加害行為、すなわち、旧優生保護法の制定・維持とこれに基づく優生政策の推進により、一審原告ら障害者等に対する偏見・差別が日本社会において正当化・固定化され、助長されてきた。被控訴人が行ってきた加害行為の違法性は極めて重大である。
(イ) 被害の重大性
[31] 一審原告らは、優生手術により身体への強い侵襲を受け、生殖機能を不可逆的に喪失し、子をもうけるか否かを意思決定するという憲法上の重要な権利を奪われたのみならず、旧優生保護法により「不良」という非人道的かつ差別的な烙印を公的に押され、個人の尊厳を著しく傷つけられた。また、一審原告らは、被控訴人が優生思想に基づく偏見差別を社会に広く植え付けた結果、家庭内でも学校でも職場でも、あらゆる場面で偏見や差別に晒され続けてきた。憲法上の最も根源的かつ重要な権利を著しく侵害されてきた一審原告らの被害は極めて重大である。
(ウ) 加害者の違法行為により権利行使が著しく困難であったこと
[32] 被控訴人は、違法な優生政策を積極的に推進する中で、優生手術に際して身体拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許容される場合がある旨の通知を各都道府県知事宛てに発出するなどして、被害者が自らの受けた手術が旧優生保護法に基づく優生手術であることを認識し難い構造的仕組みをも構築してきた。被控訴人は、平成8年改正まで旧優生保護法の優生条項を存続させ、上記改正でも優生条項の違憲性について明言せず、上記改正後も優生手術は適法である旨の見解を表明し続け、長期間にわたり被害者に対して被害救済のための措置を執ることを怠り続けた。
[33] 他方、一審原告らは、被控訴人が優生思想に基づく偏見差別を社会に広く植え付けてきた結果、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスも著しく困難な環境におかれ続けてきた。
[34] その結果、一審原告らは、自らの強いられた優生手術が被控訴人による不法行為であることを認識することができず、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスもすることができないまま、本件各手術時又は平成8年改正時から20年以上が経過するに至ったものである。
[35](エ) そうすると、除斥期間の起算点が本件各手術時又は平成8年改正時であるとしても、除斥期間の経過をもって被控訴人が損害賠償責任を免れ、一審原告ら被害者の権利を消滅させるということは、権利行使が極めて困難ないし事実上不可能な場合に、被害者の権利が消滅し、その原因を作った加害者が責任を免れるものにほかならず、著しく正義・公平の理念に反する特段の事情があると認められる。よって、一審原告ら被害者については、権利行使が極めて困難ないし事実上不可能な事由が解消された時から相当期間が経過するまでは民法724条後段の適用が制限されるというべきである。そして、相当期間とは、一時金支給法が一時金の支給の請求について5年間の猶予を定めていることから、少なくとも5年間とすべきである。
イ 一審原告1夫妻について
[36] 一審原告1夫妻は、一審原告1が受けた手術が不妊手術であることについて、家族や医師、看護師から事前にも事後にも明確な説明を受けたことはなく、旧優生保護法に基づく優生手術であることを知る機会のないまま50年余りを過ごした。一審原告1夫妻にとって、権利行使が極めて困難ないし事実上不可能な事由が解消されたといえるのは、平成30年4月頃、全日本ろうあ連盟の聞き取り調査の際に初めて旧優生保護法の存在と、一審原告1が同法に基づく優生手術を受けたという被害事実を認識して、その後、弁護士に相談することができた時点である。
[37] 一審原告1夫妻は、平成30年9月28日に原審甲事件を提起しているから、上記時点から相当期間内に提訴している。
[38] したがって、一審原告1夫妻の損害賠償請求権については、民法724条後段の適用が制限され、その効果は生じない。
ウ 控訴人3夫妻について
[39] 控訴人3夫妻は、控訴人4が受けた手術が、人工妊娠中絶手術に加え、不妊手術でもあることについて、誰からも教えてもらえない状況のまま、子供がほしいと願って夫婦生活を続けたが、控訴人4が二度と妊娠することはなかった。控訴人3夫妻にとって、権利行使が極めて困難ないし事実上不可能な事由が解消されたといえるのは、平成30年4月以降、全日本ろうあ連盟の聞き取り調査の際に初めて自らの被害事実を認識し、その後、弁護士に相談することができた時点である。
[40] 控訴人3夫妻は、平成30年9月28日に原審甲事件を提起しているから、上記時点から相当期間内に提訴している。
[41] したがって、控訴人3夫妻の損害賠償請求権については、民法724条後段の適用が制限され、その効果は生じない。
エ 控訴人5について
[42] 控訴人5は、自らの受けた手術が不妊手術であることについて誰からも教えてもらえない状況のまま、年月が経過する中で、自らが手術によって子どもを産めない身体にされたのであろうと徐々に認識するが、確定的な情報を得られないままであった。控訴人5にとって、権利行使が極めて困難ないし事実上不可能な事由が解消されたといえるのは、平成30年11月28日、本件訴訟に取り組む弁護士に相談することができた時点である。
[43] 控訴人5は、平成31年2月27日に原審乙事件を提起しているから、上記時点から相当期間内に提訴している。
[44] したがって、控訴人5の損害賠償請求権については、民法724条後段の適用が制限され、その効果は生じない。

(2) 被控訴人の主張
[45] 控訴人らが主張する違法事由に係る損害賠償請求権について、除斥期間の起算点は本件各手術時であり、平成10年判決及び平成21年判決が示した判例法理に照らせば、以下のとおり、民法724条後段の効果は制限されず、上記損害賠償請求権は、除斥期間の経過により消滅している。
ア 除斥期間経過の効果制限に関する判例法理
[46] 平成10年判決及び平成21年判決は、「特段の事情」がある場合には、民法158条1項又は160条の法意に照らし、民法724条後段の効果が生じないと判示し、不法行為の時から20年を経過した後に行使された損害賠償請求権の消滅の効果を否定しており、除斥期間経過の効果制限に関する判例法理を示した。その意味するところは、除斥期間には時効停止に関する規定が適用されないことを前提に、これを貫徹することで債権者に不利益が生じる場合であっても、民法158条1項又は160条において定められている時効停止事由、すなわち権利者が時効完成による不利益(同法724条前段による権利消滅の効果)を受けることを免れるため、権利行使又は時効中断の措置を執ることが不能又は著しく困難といえるような客観的な事由があり、かつ、当該客観的な事由が債務者の不法行為に起因するため、時効停止に係る規定が適用されないことによる不利益を債権者に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合に限り、上記時効停止事由を定めた民法の規定の法意を参照することにより、同条後段の効果が生じないとしたものと解される。
[47] そうすると、除斥期間が経過しても民法724条後段の効果が生じない特段の事情が認められる場合とは、①時効の停止のような除斥期間の経過による効果を制限する根拠となる明文の規定と当該規定により法定された客観的な事由に相当する事由があり(以下「基準①」という。)、かつ、②基準①に係る客観的な事由が債務者の不法行為に起因するため、除斥期間の経過による効果を債権者に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反するといった極めて例外的な場合(以下「基準②」という。)に限られるというべきである。
イ 基準①について
[48] 基準①に係る事由は、除斥期間の経過による効果を制限する根拠となる規定により法定された客観的な事由に相当し、権利行使の措置を執ることを不能又は著しく困難とする客観的な事由が認められることを要する。
[49] これを本件についてみると、控訴人らが主張する違法事由に係る損害賠償請求権について、時効停止事由に相当する客観的な事由、すなわち、平成10年判決がその法意を参照した「未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないとき」(民法158条1項)という権利行使の主体が不存在であったと認める客観的な事由や、平成21年判決がその法意を参照した「相続財産に関しては、相続人が確定」しない間(同法160条)という権利義務の内容や主体が不確定であったと認める客観的な事由があったとは認められない。また、一審原告らと被控訴人との間には他の時効停止事由に相当する客観的な事由があると認める余地はないし、類型的にみて権利行使を期待することができないような客観的な事由も認められず、他に除斥期間の経過による効果を制限する根拠となる明文の規定は見当たらない。そして、一審原告らにおいて優生手術に係る国家賠償請求訴訟を提起することが困難な状況があり得たとしても、客観的な事情による限り、遅くとも平成8年改正後は、上記訴訟の提起ができない状況にあったとはいえず、一審原告らは、本件各手術に関する実施の理由や根拠の調査等をすることが客観的に可能であった中で権利行使に至ることがなかったというものであるから、上記の状況にあり得たとしても、主観的な事由にとどまり、客観的な事由には当たらないし、権利行使の措置を執ることを不能又は著しく困難とする事由にも当たらない。したがって、本件において、基準①に係る客観的な事由があるとは認められない。
ウ 基準②について
[50] 仮に、基準①に係る客観的な事由があるとしても、少なくとも平成8年に旧優生保護法が改正され、これが施行されて以降、平成29年2月16日に日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)が「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」を公表し、平成31年4月24日に一時金支給法が施行されるときまでの間に、上記事由が被控訴人の行為に起因するものとして、除斥期間の経過による効果を発生させることが著しく正義・公平の理念に反するとは認められないから、基準②に該当すると評価することはできない。
[51] 以上によれば、本件において、基準①及び基準②のいずれにも該当するような事情は存在せず、除斥期間が経過しても民法724条後段の効果が生じない特段の事情は認められないから、控訴人らが主張する違法事由に係る損害賠償請求権は、除斥期間の経過により、確定的に消滅している。
[52] 当裁判所は、控訴人2の請求は、1650万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるがその余は理由がなく、控訴人3の請求は、1650万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるがその余は理由がなく、控訴人5の請求は、1650万円及びこれに対する平成31年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるがその余の請求は理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
[53] 前提事実に加え、証拠(認定事実の末尾に掲記するもの。ただし、書証は、特に記載のない限り枝番号を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(書証の内容を引用するに当たり、旧字体を新字体に改めるなどの形式的な修正をした部分がある。)。

(1) 旧優生保護法制定に至る経緯
ア 国民優生法(昭和15年法律第107号)の成立
[54] 国民優生法は、昭和15年の第75回帝国議会において、政府が法案を提出し、同年3月26日に成立した。同法は、同年5月1日に公布され、昭和16年7月1日に施行された。(甲A77・328頁、279)
[55] 国民優生法は、日本民族の体位の向上と良質人口の増加を目的とするとともに、悪質の遺伝性疾患の絶滅を期することを目的としたものであり、一般国民が故なくして生殖不能手術や放射線照射を行うことを禁じ、医師が医療目的で行う上記施術や妊娠中絶に対しても相当の取締りを加えて、産児制限を排除するほか、悪質な遺伝性疾患者及びその素質者に対し優生手術(断種)を施してその産児増殖を阻止するものである。優生手術は、本人の申請によるほか、公益上必要である場合には、本人の意志いかんにかかわらず強制的に施行されるが、実際には悪質な遺伝確実と認められる疾患の増加を防ぐためにのみ認められていた。優生手術は、昭和16年から昭和22年までの間に男性217人、女性321人(合計538人)に実施された。(甲A2、77・366頁、279、280)
イ 旧優生保護法の成立
[56](ア) 昭和21年11月29日の第91回帝国議会貴族院において、当時の厚生大臣は、今後の優生政策に関し、
「人口の質の問題に付きましては、是はもう何も問題がありませぬ。絶対的に是は質を善くして行かう、改善して行かうと云ふ点に付ては、もう一つの問題もない」
「唯国民優生法と云ふものは、任意的の建前になつて居りまして、強制しないと云ふ建前に只今なつて居るのであり、強制しても宜しい途はありまするけれども、今迄戦時中実行して来ましたものは任意的の建前になつて居りまするので、優生法実施の結果真に手術を受けた人と云ふものは、数は極めて少い」
「それでは今後此の任意制を改めて強制制を採るかと云ふことに付きましては、是は相当大きな問題でありまして、目的の達成の上から言へば、問題なく強制にした方が宜しいのでありますが、段々斯う云ふ時代になりまして、個性の自覚、個人の意思の尊重と云ふことが段々大きな面にクローズ・アップして来る事情でありまするから、出来れば強制を避けまして、さうして只今御指摘のやうな優生思想の普及と云ふ面でやるべきものであると云ふ考で居りまするけれども、是も目下政府として色々其の利弊に付て研究をして居る所であります」
と答弁した(甲A271)。
[57] その後も、当時の厚生大臣は、昭和22年2月20日の第92回帝国議会衆議院において、
「だんだん憲法の本則に基きまして、個性尊重の時代になって来ましたので、強制的に断種その他のことはただいまやる考えはもちません」
と答弁し(甲A272)、また、同年3月13日の同院予算委員第二分科会において、
「ただ非常に個性の尊厳ということを中心にいたしまする民主体制としまして、個人の点に対しましてあまり深く強制力を用いるということは、大体の方針としてどうかと考えておりますので、今直ちに強制的の断種法をとるという考えは、ただいまのところは全然もっておりません」
と答弁した(甲A273)。
[58](イ) 昭和22年5月3日、日本国憲法が施行され、第1回国会において、旧優生保護法案が、J、K、Bらの議員立法案として提出されたが、同法案は、法案の趣旨説明が行われ、実質審議に入ったものの、審議未了により廃案となった(甲A1、83)。
[59](ウ) 昭和23年の第2回国会において、上記法案の内容を修正した旧優生保護法案が、衆参両議院の議員らにより提出された(甲A83)。同法案では、3条で、本人(配偶者があるときは配偶者を含む。)の同意による優生手術について定めるとともに、4条で、「医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患に罹つていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、前条の同意を得なくとも、都道府県優生保護委員会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる」として優生手術に係る審査の申請について定め、5条から9条までで同申請に係る手続等を定めた上で、10条で、審査を要件とする優生手術の実施ができる場合を定めていた。また、4条の別表では、「遺伝性精神病」「遺伝性精神薄弱」「強度且つ悪質な遺伝性精神変質症」「強度且つ悪質な遺伝性病的性格」「強度且つ悪質な遺伝性身体疾患」及び「強度な遺伝性奇型」の6項目について項目ごとに具体的な疾患名が挙げられていたほか、「その他厚生大臣の指定するもの」という項目が定められていた。上記法案を提出する理由については、
「国民優生法は、戦時国策の一立法として人口増殖政策の基調に立ち、悪質な遺伝確実と認められる疾患の増加を防ぐためにのみ優生手術を認め、一般的には、いやしくも人口増殖の目的に反する手段は一切これを禁止してきたのであるが、現在においては、戦後の変ぼうした社会的環境を考慮して、国民素質の向上策について新しい発足をすることが必要である。即ち、悪質な素質の遺伝による国民資質の低下を防止すべきは勿論であるが、更に進んで、母性の生命健康の保護という観点から、優生手術の対象範囲を拡張するとともに、あらたに、人工妊娠中絶についても必要な限度においてこれを認める必要がある」
とされていた。(甲A2)
[60] 上記法案を提出したA参議院議員は、昭和23年6月19日の参議院厚生委員会及び同月23日の同院本会議において、
「我が国は敗戦によりその領土の4割強を失いました結果、甚だしく狭められたる国土の上に8000万からの国民が生活しておるため、食糧不足が今後も当分持続するのは当然であります」
「すでに飽和状態となっております。然らば如何なる方法を以て政治的に対処するか」
「第三の対策として考えらるることは産児制限問題であります。併しこれは余程注意せんと、子供の将来を考えるような比較的優秀な階級の人々が普通産児制限を行い、無自覚者や低脳者などはこれを行わんために、国民素質の低下即ち民族の逆淘汰が現れて来る虞れがあります。現に我が国においてはすでに逆淘汰の傾向が現われ始めておるのであります」
「従ってかかる先天性の遺伝病者の出生を抑制することが、国民の急速なる増加を防ぐ上からも、亦民族の逆淘汰を防止する点からいっても、極めて必要であると思いますので、ここに優生保護法案を提出した次第であります」(同委員会での説明、甲A3)、
「尚これまでは母性の健康までも度外いたしまして、ただ出生増加に専念いたしておりました態度をこの際改めて頂いて,母性保護の立場から或る程度の人工妊娠中絶を認めて、いわゆるそれによって又人口の自然増加を抑制したいというのがこの法案提出の大要であるのでございます」(本会議で追加された説明、甲A5)
と説明した。
[61] また、上記A議員は、上記本会議における旧優生保護法案の説明の中で、審査を要件とする優生手術の規定について
「第4条から10条に亘りましては、社会公共の立場から、強制的に優生手術を行い得るという規定を挿入したのでございます。尤も任意の優生手術におきましては、本人が事の是非を十分に判断した上で、同意するということが本質的な要素でありますが、例えば未成年者或いは精神病者、精神薄弱者のように、自分だけで意思の決定ができない者につきましては、これを認めぬ。任意断種を行わせぬということにいたしております」
「強制断種の制度は、これは社会生活をいたします上に、甚だしく不適応な者とか、或いは生きて行くことが第三者から見ても極めて悲惨な状況を呈する君に対しては、優生保護委員会の審査決定によって、たとえ本人の同意がなくてもその者には優生手術を行い得るというようにいたしておるのでございます。これは悪質な、強度な遺伝因子を国民素質の上に残さないようにというのが目的であるのでございます」
「そうして、尚本人或いは関係者が不服の場合には、再審制度と、その上に裁判所の判決を求めるというようにいたしておるのでございます。尤も強制断種の手術は、専ら公益のためにしますので、その費用は国庫が負担するということにいたしておるのでございます」
と説明した(甲A5)。
[62] 旧優生保護法案は、参議院厚生委員会で審議がされ、昭和23年6月23日の同院本会議において全会一致で可決され、衆議院においては、厚生委員会で審議がされ、同月28日の同院本会議において全会一致で可決されて、成立した。旧優生保護法は、同年7月13日に公布され、同年9月11日に施行された。(甲A3から8まで、83)

(2) 旧優生保護法施行後の国の動向等
[63] 昭和24年5月12日の第5回国会衆議院本会議において、人口問題に関する決議が全会一致で可決された。これには、現在の人口の自然増加がある程度抑制されることが望ましく、そのためには、「優生思想及び優生保護法の普及を図ること」などを政府に求めることなどが含まれていた。この決議案の討論では、
「産児制限の普及に当っては必ず優生保護法の健全なる適用がなければならないと思われるのであります。優秀ならざる素質の人に対しましては、優生保護法を完全に適用いたしまして劣悪階級の方々の出生を防ぐ、このいわば優生学的な産児制限がなされなければならないと思うのであります」
という意見のほか、
「産児制限の問題についてでありますが、現在勤労大衆の生活が政府及び資本家の破壊的収奪政策のために極度の困難に追い詰められておることは事実であります。よって、生活困窮者に健全な受胎調節思想を普及いたしまして、また病弱者の妊娠中絶をはかりまして適当に人口の自然増加を抑制することは、現在の状態のもとにおきましては必要にしてやむを得ない手段と考えるのであります」
という意見があった。(甲A10)
[64] 法務府は、昭和24年10月11日付け「強制優生手術実施の手段について」(同日法務府法意一発第62号、甲A86)を発出し、厚生省公衆衛生局長による
「(1)優生保護法第10条の規定により強制優生手術を行なうに当って、手術を受ける者がこれを拒否した場合においても、その意志に反して、あくまで手術を強行することができるか。
(2)右の場合、強制の方法として、身体拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段により事実上拒否不能の状態を作ることが許されるか」
との質問に対して、
「(1)優生保護法は、」「任意の優生手術を行ない得べき場合を認め(第3条)、他方においては、なんらこの種の同意を要件としないもの、すなわち強制優生手術を行ない得べき場合を認めているが(第4条)、後者の場合には手術を受ける本人の同意を要件としていないことから見れば、当然に本人の意志に反しても、手術を行なうことができるものと解しなければならない。従って、本人が手術を受けることを拒否した場合においても、手術を強行することができるものと解しなければならない」
「(2)右の場合に許される強制の方法は、手術の実施に際し必要な最少限度であるべきはいうまでもないことであるから、なるべく有形力の行使は慎むべきであって、それぞれ具体的場合に応じ、真に必要やむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があるものと解すべきである」
「(3)以上の解釈が基本的人権の制限を伴うものであることはいうまでもないが、そもそも優生保護法自体に「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という公益上の目的が掲げられている(第1条)上に、強制優生手術を行なうには、医師により「公益上必要である」と認められることを前提とするものである(第4条)から決して憲法の精神に背くものであるということはできない(憲法第12条、第13条参照)。その手術の実施に関する規定に徴すれば、医師の申請により、優生手術を行なうことが適当である旨の都道府県優生保護審査会の決定がなければ、これを行なうことはできない(第5条)。しかも、この決定に異議があるときは、中央優生保護審査会に対して、その再審査を申請することができる(第6条)ばかりでなく、その再審査に基づく決定に対しては、さらに訴を提起し判決を求めることもできるようになっている(第9条)のであって、その手続はきわめて慎重であり、人権の保障について法は十分の配慮をしているというべきである。従って、かような手続を経て、なお、優生手術を行なうことが適当であると認められた者に対して、この手術を行なうことは、真に公益上必要のあるものというべく、加うるに、優生手術は一般に方法容易であり格別危険を伴うものではないのであるから、前示のような方法により、手術を受ける者の意志に反してこれを実施することも、なんら憲法の保障を裏切るものということはできない」
と回答した。
[65] 旧優生保護法は、昭和27年法律第141号により、審査を要件とする優生手術の対象が「遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱」にかかっている者にも拡大される(改正後の12条)などの改正がされた(甲A13)が、上記の者については、遺伝性の場合(4条)とは異なり、再審査の申請ができる旨の規定(6条)の準用規定は設けられず、本人への審査結果(決定)の通知書についても、昭和27年改正施行規則により、審査を要件とする優生手術に関する審査結果通知書(同法5条1項)には、再審査申請に関する手続教示を記載することになったが、前記精神病者等に対する優生手術に関する審査結果通知書(同法13条1項)には、前記手続教示は記載されていなかった(昭和27年改正施行規則3条2項、7条2項、乙A1の3)。しかも、本件旧施行規則においては、同法3条に基づく対象者等の同意に関して、後日に至り問題が生ずることを防ぐため、その同意を、該当する同法3条1項所定の要件と同法3条による優生手術であることが明記された所定の書面による要式行為とした上、医師はこの書面を5年間保管しなければならないものとされていたが、それらを定めた規定が削除された(本件旧施行規則1条の2、甲A87、93・172頁の(36)、乙A1の3)。にもかかわらず、厚生省において、対象者等から優生手術に対する自由な意思に基づく同意を得るために、従前、前記同意書面への記載が義務付けられていた前記事項について、医師に対し、対象者等へ十分な説明を行うように指示することもなかった。
[66] 厚生省は、法務府の前記回答を踏まえ、昭和24年10月24日付けで「優生保護法第10条の規定による強制優生手術の実施について」(同日衛発第1077号厚生省公衆衛生局長通知、甲A87)を各都道府県知事宛てに発出するほか、上記改正後の昭和28年6月12日付けで「優生保護法の施行について」(同日厚生省発衛第150号厚生事務次官通知、甲A25、以下「本件次官通知」という。)を各都道府県知事宛てに発出した。本件次官通知(ただし、平成2年3月20日厚生省発健医第55号による改正後のもの)には、要旨、次のとおり記載されている。
(ア) 優生手術について
 (一般的事項)
 旧優生保護法2条の「生殖を不能にする手術の術式」は、同法施行規則1条各号に掲げるものに限られるものであって、これ以外の方法、例えば、放射線照射によるもの等は、許されないこと。
 (医師の認定による優生手術)
 未成年者、精神病者又は精神薄弱者に対しては、医師の認定による優生手術を行うことはできないこと。これらの者に対する優生手術は、旧優生保護法10条又は13条2項の規定に該当する場合のみ行うことができるものであること。
 (審査を要件とする優生手術)
 旧優生保護法4条の「公益上必要であると認めるとき」とは、優生上の見地から不良な子孫の出生するおそれがあると認められるとき、すなわち、同法の別表に掲げる疾病にかかっていることが確認され、かつ、産児の可能性があると認められるときをいうものであって、単に狂暴又は犯罪等によって公共に危険を及ぼすだけでは、これに当たらないこと。
 審査を要件とする優生手術は、本人の意見に反してもこれを行うことができるものであること。ただし、この場合に手術を施行することができるためには、優生手術を行うことが適当である旨の決定が確定した場合、すなわち、手術を受けなければならない者が、優生手術の実施に関して不服があるにもかかわらず、旧優生保護法6条の規定による再審査の申請又は9条の規定による訴えの提起を法定の期間内に行わないために、都道府県優生保護審査会の決定が確定した場合か、優生手術を行うことが適当である旨の判決が確定した場合でなければならないこと。この場合に許される強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度のものでなければならないので、なるべく有形力の行使はつつしまなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えないこと。
(イ) 優生保護審査会について
 (委員)
 都道府県優生保護審査会(以下「審査会」という。)の委員の人選については、おおむね次の標準によって行われたいこと。
委員  副知事、衛生主管部(局)長、地方裁判所判事、地方検察庁検事又は都道府県国家地方警察隊長、医科大学教授(精神科又は内科)又は病院医長(精神科又は内科)、都道府県医師会長、開業医師、民間有識者、民生委員
幹事  旧優生保護法主管課長、旧優生保護法担当主任たる事務吏員又は技術吏員
書記  旧優生保護法主管課の事務吏員又は技術吏員
 審査会の委員の定員10人中5人は公務員の中から、他の5人は民間からそれぞれ任命するよう取り計らわれたいこと。
 (審査の方法)
 審査会の開会は、旧優生保護法施行令3条1項の規定に従い定足数による開会を厳格に行われたいこと。また、その審査は、実際に各委員が審査会に出席して行うべきものであって、書類の持ち廻りによって行うことは適当でないこと。
 審査は、一面迅速性を必要とするが、他面適正慎重を期すべきであるから、審査の迅速性を尊重するため審査の内容が形式的にならないよう十分注意されたいこと。
[67] 厚生省公衆衛生局庶務課長は、昭和29年12月24日付け「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」(同日衛庶第119号、甲A94)を各都道府県衛生部長宛てに発出し、同年11月時点における審査を要件とする優生手術の実施状況について「提出願った実施計画を相当に下廻る現状にあるので、なお一層の御努力を頂き、計画通り実施するように願いたい」と通知した。
[68] また、厚生省公衆衛生局精神衛生課長は、昭和32年4月27日付けの書面(甲A95)を各都道府県の衛生主管部(局)長宛てに発出し、優生手術の実施について
「本年度における優生手術交付金にかかる手術対象者は、前年度1350人に対し1800人と大巾に増加されたのでありますが、例年優生手術の実施件数は逐年増加の途を辿っているとはいえ予算上の件数を下廻っている実状であります。各府県別に実施件数を比較してみますと別紙資料のとおり極めて不均衡でありまして、これは手術対象者が存在しないということではなく、関係者に対する啓蒙活動と貴職の御努力により相当程度成績を向上せしめ得られるものと存する次第であります。つきましては、甚だ恐縮ではありますが、本年度における優生手術の実施につきまして特段の御配意を賜わりその実をあげられるよう御願い申し上げる次第であります」
と通知した。
[69] 他方、国会では、議員より、優生手術の実施件数が少なく、今後予算を増額して優先手術を積極的に推し進めるべきではないかと指摘されることがあった(甲A48から51まで)。例えば、昭和28年5月29日の衆議院予算委員会では、議員が
「今日学者の発表によりますと、強制断種手術を受ける必要があるという人は、年間約20万人ぐらいあるだろうという発表をなされておるのでありますが」「実質的にはわずかに400人から500人の程度であります。予算的にはばまれてできないということは」「あまり優生保護に熱心な対策とは受取れないので」「この優生保護に対してどの程度進んだ予算的な措置をおとりになるお考えであるか」
と質問したのに対し、当時の厚生大臣は、
「国といたしましても、民族の将来のためにも努力をいたさなければならぬ点でございます」
「優生保護法の建前といたしましては、さような悪質遺伝をいたします者に対しては、国庫負担をするという建前になっております」
「予算の計上あるいはまた実際の運用上において遺憾の点も多かろうと思いますから、今後それらに対しましては善処いたしたいと考えております」
と答弁した(甲A48)。
[70] 文部省は、昭和35年の高等学校学習指導要領において「国民優生」の項目を掲げ(甲A190)、昭和45年の高等学校学習指導要領において「結婚と優生」の項目を掲げていた(甲A192)。昭和47年5月発行の高等学校学習指導要領解説には
「優生については、優生の意義や優生上問題となる疾病および血族結婚などについて理解させる。また、心身に特別な異常をもつ子孫の出生を防止し、母性の生命や健康を保護することを目的とした優生保護法にふれ、これに基づいて行なわれている優生手術や人工妊娠中絶の現状を知らせる」
と記載されていた(甲A193)。そして、例えば、昭和44年に改訂版が文部省検定済みとなった高等学校の保健体育の教科書には
「国民優生とは、優生学にもとづいて国民の質の向上に努めることである。そのために、劣悪な遺伝素質をもっている人びとに対しては、できるかぎり受胎調節をすすめ、必要な場合は、優生保護法により、受胎・出産を制限することができる。また、国民優生思想の普及により、人びとがすすんで国民優生政策に協力し、劣悪な遺伝病を防ぐことがのぞましい。なお、国民の健康に悪影響を与える梅毒・麻薬・覚醒剤などを社会から駆逐し、健全な、つぎの世代をのこすように努力することが必要である」
と説明され、
「優生結婚とは、遺伝学的にみて素質の健全なものどうしの結婚をすすめ、精神分裂病・先天性聾などのような遺伝性疾患の素質が結婚によってあらわれるのを防ぐことである。したがって、優生結婚をするには自分ならびに相手の家系を調査し、遺伝病患者の有無を確かめなければならない」
と説明された(甲A200)。この教科書の教授用参考資料には、「国民優生」の項目につき、
「現在の悪質な遺伝的素質を絶やし、優秀な素質を将来に残して行くようにしなければならない。これが優生である。したがって優生とは人類遺伝学に基礎をおき、遺伝に基づく心身のあらゆる劣悪化を阻止し、さらに遺伝素質の改善をはかる学問である。ゆえに優生は公衆衛生の基ともいうことができる」
とした上、「国民優生の方策」の一つとして「諸種の遺伝的劣悪素質の増加防止」を掲げ、
「精神病者・低能者・性格異常者・精神薄弱者・はなはだしく悪質の遺伝病を有する者などに対し保護を加えるとともに、それらの人たちの子孫が生まれないように制限を加える。優生保護法はこの目的を実現するための法律である」
と記載されていた(甲A201)。

(3) 旧優生保護法に基づく優生手術の実施状況等
[71] 旧優生保護法制定当時、同法4条に基づく審査を要件とする優生手術の対象は遺伝性疾患の患者のみであったところ、その実施件数は、昭和24年130件、昭和25年273件、昭和26年480件、昭和27年560件、昭和28年832件、昭和29年840件、昭和30年1260件と増加したが、その後は漸減し、昭和40年436件、昭和50年51件、昭和60年5件となり、平成元年の2件が最後となった。実施件数の合計は1万4609件である。(甲A27、乙A20)
[72] また、旧優生保護法は、昭和27年法律第141号による改正により、同法12条に基づき非遺伝性精神疾患の患者も審査を要件とする優生手術の対象となったところ、その実施件数は、昭和27年46件、昭和28年98件、昭和29年160件となった後、昭和30年102件、昭和31年56件と減少し、その後、昭和49年まで53件(昭和47年)から94件(昭和43年)までの範囲で増減を繰り返し、昭和50年から昭和52年にかけて31件、19件、28件と推移し、昭和53年以降は20件未満、昭和58年以降は10件未満となり、平成元年及び平成4年各1件が最後となった。実施件数の合計は1909件である。(甲A27、乙A20)
[73] 旧優生保護法3条に基づく本人等の同意による優生手術は、昭和24年から平成6年までの間、遺伝性疾患を理由とするものが6867件、ハンセン病を理由とするものが1550件、それぞれ実施された。なお、同条に基づく母体保護を理由とする優生手術の実施件数は、平成元年が男性52件、女性6884件の合計6936件、平成6年が男性20件、女性4408件の合計4428件であった。(乙A21)
イ 審査の実情
[74] 本件次官通知によれば、都道府県優生保護審査会(審査会)の審査は、実際に各委員が審査会に出席して行うべきものであって、書類の持ち廻りによって行うことは適当でないとされていたが、実際には、迅速な判断の必要性を理由に持ち廻り決議で優生手術を行うことが適当と議決されることがあった(甲A234の2、235、236、237、240の2)。
[75] 旧優生保護法4条の優生手術は、遺伝性の精神障害等があることなどが要件とされるが、この要件について近親者に精神疾患の患者がいるか否かの審査にとどまり、近親者にいない場合であっても、問題を指摘する委員もいたが、最終的に優生手術は適当と判断されることがあった(甲A79・254頁)。また、同法12条の優生手術は、遺伝性以外の精神病又は精神薄弱にかかっていることなどが要件とされるが、脳性小児麻痺者について、「精神薄弱」との診断により同条の審査の申請が行われている事例(甲A239の2・7枚目以下)があった。そして、優生手術は、本件施行規則1条が定める術式によるものとされるが、それ以外の術式により実施される事例もあった(甲A234の1、239の1など)。
[76] このほか、女性を対象とする審査の申請では、異性への性的関心、異性から性的被害を受けるおそれ、子育ての困難性などを理由とする事例が多い(甲A79・243頁、248頁、255頁)ほか、旧優生保護法4条による審査の申請については、保護者の同意が要件とされていないにもかかわらず、その同意書の添付を求められたり(甲A140、234の3、240の1、242)、保護者が執拗に同意を迫られたりする事例もあった(甲A240の5)。
[77] また、知的障害や脳性麻痺等の障害を有する女性に対し、親族や入所先の施設の判断により、生理の介助の負担や妊娠を防ぐことを目的として、「子宮異常」などの病名を付する形で、本人の同意を得ないまま、正常な子宮の摘出が行われる事例も多くあった(甲A161から168まで)。

(4) 平成8年改正に至る経緯
ア 昭和50年代までの動向
[78] 旧優生保護法は、昭和24年法律第216号による改正により、人工妊娠中絶を行うことができる場合として妊娠の継続又は分娩が「経済的理由により」母体の健康を著しく害するおそれのあるものが追加された(上記改正後の13条1項2号。昭和27年法律第141号による改正後の14条1項4号。以下「経済条項」という。)。
[79] 昭和47年、政府は、旧優生保護法の一部改正法案を国会に提出した。これは、経済条項を削除し、「胎児が重度の精神又は身体の障害の原因となる疾病又は欠陥を有しているおそれが著しいと認められる」場合にも、人工妊娠中絶を行うことができる(以下「胎児条項」という。)とするものであったが、同年中に審議未了・廃案となった。(乙A23)
[80] 昭和48年、政府は、再び、上記と同様の一部改正法案を国会に提出し、昭和49年、衆議院では胎児条項を削除する修正がされた上で可決されたものの、参議院では審議未了・廃案となった。(乙A23)
[81] 昭和57年3月、中央優生保護審査会に専門委員会が設置されることとなり、同年4月から昭和58年2月まで、同委員会において、人工妊娠中絶を中心とする諸問題について検討が行われた。また、これと並行して、昭和58年、自由民主党内において、旧優生保護法の改正を推進する立場の議員連盟と、改正に慎重な立場の議員連盟がそれぞれ結成されたほか、同党としての見解をまとめるため、政務調査会社会部会に「優生保護法等検討小委員会」が設置された。そして、同小委員会は、同年5月18日、中間報告として同日付け「優生保護法の取扱いについて」と題する文書を取りまとめて、公表した(甲A114、乙A23)。同文書には、要旨、次のとおり記載されている。
「現行優生保護法は、終戦直後の特殊な社会経済情勢と国民意識を背景として制定されたものであることから、法の立法趣旨の根底に人口政策や民族の逆淘汰の防止といった思想が存在することが判明された。したがって、この点今日の社会思潮と医学水準等に照らして法の基本面に問題があるものとの認識を得るようになった。即ち本法の目的規定の中の「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」との表現や第3条1項に掲げる優生手術の適応事由及び別表に掲げる遺伝性疾患等がその具体例である。」
「現行優生保護法はこれをこのまま維持し何らの改正や検討を必要としないということについては少く共かなりの問題があるものと思われるという大方の認識が形成されつつある。」
イ 昭和60年代の動向
[82](ア) 旧優生保護法を所管する厚生省保健医療局精神保健課では、同法について、各方面からその問題点が指摘されているとの認識の下、昭和61年10月6日付け「優生保護法の改正について(案)」と題する文書(甲A115、乙A24)が作成され、旧優生保護法を全面的に改正する場合に想定される現行法の問題点及び改正の是非の検討から国会に改正法案を提出するまでの手順の概略について、全体を5年間として各年度に割り振る計画案を策定した。(甲A115、乙A24)
[83](イ) 厚生大臣の諮問機関である公衆衛生審議会優生保護部会(旧中央優生保護審査会)は、昭和62年3月27日の会議において、旧優生保護法に関する問題点を議論した(乙A23)。
[84](ウ) 東海大学医学部公衆衛生学教室のE教授は、昭和62年度厚生科学研究費補助金を受けて「優生手術の適応事由等に関する研究」を行い、昭和63年3月31日付けで、厚生大臣に対し、研究報告書(甲A116、乙A25)を提出した。同報告書には、「日本の専門家」の意見として、「強制による優生手術」について,
本人の疾患や奇形は遺伝性であり本人には全く非がないことからすれば、そのような理由で正当化できるかは疑問である旨、
旧優生保護法4条のような公益上の必要性からの手術は、人権侵害が著しいので、悪質な遺伝素因が国民におこる蓋然性がかなり高いことが明白である場合以外にはなし得ないと解すべきである
旨の山梨医科大学法学助教授の意見等が掲載されている。
[85](エ) 厚生省内では、昭和63年8月4日の段階で旧優生保護法の問題点に関し、改正の検討が必要と考えられる条文ごとに検討事項等を整理した文書(甲A117、乙A26)が作成された。この文書においては、同法1条の目的規定における「優生思想の排除」等が検討事項とされ、条文から「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」との文言(本件目的条項)を削除するものとされており、同法3条、4条及び12条の優生手術に係る規定については、検討事項として、①優生思想の排除、②男子の手術の取扱い、③同法3条1項1号から3号までの取扱い、④未成年者、精神病者、精神薄弱の取扱い、⑤強制手術(同法4条、12条)の是非等が挙げられていた。
[86](オ) 母子保健法を所管する厚生省児童家庭局母子衛生課においても、旧優生保護法の改正議論が母子保健法にも影響し得るとの認識から、旧優生保護法の改正について、同法を所管する同省保健医療局精神保健課とは別に検討が行われ、その結果、昭和63年9月6日付け「優生保護法改正問題について(試論)」と題する資料(甲A120、乙A29)が作成された。上記資料では、
①強制優生手術については、「人権侵害も甚だしいものであり、また、そもそも、精神障害、精神薄弱などは遺伝率も極めて低く、優生保護の効果としても疑問がある」としてこれを廃止すること、
②任意優生手術については、精神薄弱者、精神障害者及び未成年者の特別扱いを廃止し、その結果「本人が有効に同意しえない者については、不妊手術ができなくなる」が、これは「自らの身体の機能の一部を奪うことは、自らしか同意できない」ことによるもので、「優生保護の観点を削除する以上は、精神薄弱者、精神障害者の場合の代理同意の制度も作るべきではない」ものの、「裁判所の決定をもって行えることとすることは考えられる」などとして、手続的条項のみを残すこと、
③法目的の変更については、「優生上の見地から不良の子孫の出生を防止する」(本件目的条項)を削除すること
などが記載されていた。
ウ 平成8年改正までの動向
[87](ア) DPI(障害者インターナショナル)女性障害者ネットワークは、平成7年2月18日付け厚生大臣宛て「優生保護法、刑法堕胎罪の撤廃を求める要望書」(甲A125、乙A30)において、「女性障害者の病気によらない子宮摘出手術をただちに止めさせ、優生保護法および刑法堕胎罪を撤廃することを強く要求」するとともに、旧優生保護法について
「法の目的を「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」としており、私たち障害者を「不良な生命」と断定しています」
「このような法律とそれに基づく優生思想により、私たち障害者がどれほど人間としての誇りと自尊心を傷つけられ、無力感とあきらめのなかに落とし込められたかは、はかり知れません。このような障害者の人権を無視した法律が、戦後50年近くたった現在も存在していることに、私たちは強い憤りを覚えるものです」
「子どもを産むか産まないかは、障害をもつ女性にとっても、本人自身が決めることです。そして、月経、妊娠、出産、子育て等に必要な介助や援助を求めることは、障害をもつ女性の基本的な人権です。前述したような子宮摘出手術は、障害をもつ女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)に対する重大な侵害であるということも、障害の有無を越え、女性たちの共通認識となっています」
などと指摘した。
[88](イ) 平成8年6月までには、旧優生保護法の改正作業の具体化が相当程度進んでいたが、日本障害者協議会は、同月3日、国会議員に対し、同日付け「優生保護法の見直しについての要望書」(甲A131、乙A31)をもって、
①法律名から「優生」、法律の目的から「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」(本件目的条項)の各削除、
②医師の認定による優生手術のうち障害者等であることによる要件の削除、
③障害者に対する強制的な優生手術の規定の廃止、
④人工妊娠中絶の要件のうち、障害者等であることによる要件の削除
をそれぞれ求めたほか、「差別的な法律の規定を削除するだけでなく、これまで優生保護法の下で助長されてきた障害者に対する差別意識を取り除くよう、普及啓発に努めて下さい」と要請した。

(5) 平成8年改正
[89] 平成8年改正に係る「優生保護法の一部を改正する法律案」については、与野党による意見調整を経た上、議員立法として衆議院に提出され、同年6月14日に同院の厚生委員会及び本会議で可決された後、同月17日の参議院厚生委員会に付議され、特段の質疑もなく全会一致で可決となり、翌18日の同院本会議で可決され、成立した。上記法律案の提出者である衆議院厚生委員長は、参議院厚生委員会において、上記法律案の提案理由及び内容について、
「本案は、現行の優生保護法の目的その他の規定のうち不良な子孫の出生を防止するという優生思想に基づく部分が障害者に対する差別となっていること等にかんがみ、所要の規定を整備しようとするもので、その主な内容は、第一に、法律の題名を優生保護法から母体保護法に改め、法律の目的中「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに」を「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により」に改めること。第二に、「優生手術」の語を「不妊手術」に改め、遺伝性疾患等の防止のための手術及び精神病者等に対する本人の同意によらない手術に関する規定を削除すること。第三に、遺伝性疾患等の防止のための人工妊娠中絶に係る規定を削除すること。第四に、都道府県優生保護審査会及び優生保護相談所を廃止すること。第五に、この法律は、公布の日から起算して3月を経過した日から施行すること」
と説明した。(甲A32から35まで、乙A32から35まで)
[90] 平成8年改正により、旧優生保護法は、題名が母体保護法に改正されるとともに、本件目的条項、遺伝性疾患等の防止のための優生手術及び精神病者等に対する本人の同意によらない優生手術に関する規定(旧優生保護法3条1項1号及び2号並びに4条から13条まで)と遺伝性疾患等の防止のための人工妊娠中絶に係る規定(同法14条1項1号及び2号)等が削除され、優生手術改め不妊手術は、母体保護の必要性がある場合に本人等の同意を得て行うときのみに許容されるようになった。この改正法は、同年6月26日に公布され、同年9月26日に施行された。(甲A23、乙A22)
[91] 上記改正法が成立した直後の平成8年6月25日に開催された公衆衛生審議会優生保護部会において、厚生省保健医療局精神保健課長は、平成8年改正に至った経緯について、次のとおり説明した(乙A22)。
「御案内のとおり昭和54年、国連障害者年が始まりました。昭和56年から国連障害者の10年が始まったということで、障害者問題について大変国民の関心が高まってきたことも事実でございます。その結果、平成5年の12月に障害者基本法という法律が出来ました。そして、精神障害者も身体障害者、精神薄弱者と同様に障害者に位置づけられた。そして、その結果、精神障害者についても福祉というものが重要性を求められるようになりました。その結果、昨年精神保健法を精神保健及び精神障害者福祉に関する法律というように法律を大きく改正いたしました。従来の精神障害者、いわゆる病人を単なる病気の対象としてではなくて、いわゆる福祉の対象としても見た訳でございます。そこで、精神障害者の方々からは、それだけ精神障害者を福祉の対象として見てくれるならば、現に優生保護法の中で、あれだけ差別されているじゃないか、何とか改正してくれという要望が昨年ころから大変大きくなってまいりました」
「一昨年、カイロで国連人工開発会議という会議がございました。その中で、我が国の優生保護法の問題が取上げられ、どうも時代遅れの法律が日本には存在しているということが世界的にも公表された。そして、その結果、昨年の9月北京の女性会議においても再びまだまだ日本にはこのような女性を蔑視するような法律がある、改正すべきじゃないかというような、強い意向が示された訳でございます。したがいまして、その2つの大きな要因を踏まえて、私どもも作業を進めてきた訳でございますし、また国会においても、昨年の秋ぐらいから各政党の間において勉強会が始まってきた訳でございます。そして、今回5月の連休後、平成8年度の予算も成立した後、急遽この問題をとにかく取り上げようということで、議員立法でまとまっていったということでございます。」
(6) 平成8年改正後の経緯
[92] 遅くとも平成9年8月26日以降、我が国でも、スウェーデンにおける強制不妊手術の問題が報道されるようになり、この報道をきっかけに「強制不妊手術に対する謝罪を求める会」(その後「優生手術に対する謝罪を求める会」に名称変更。以下「謝罪を求める会」という。)が結成され、同年9月16日、同日付け厚生大臣宛て要望書(甲A229)を提出した。同要望書には、
①旧優生保護法の下で、強制的に不妊手術をされた人及び「不良な生命」と規定されたことで誇りと尊厳を奪われた全ての障害者に謝罪し、補償を検討すること、
②旧優生保護法がいかに障害者の基本的人権を侵害してきたかを明らかにするため、歴史的事実(被害者の実態)を検証すること、
③障害をもつ女性への違法な子宮摘出について、早急に調査を行うこと、
今後二度と繰り返さない対策、被害者を総合的に救済する対策を講ずること
を求めることが記載されていた。
[93] 謝罪を求める会は、平成9年11月、強制不妊手術被害者ホットラインを開設したところ、7件の電話があった。謝罪を求める会は、平成10年6月、厚生省に対し、上記ホットラインの結果を報告するなどした上で、再度交渉を行ったが、厚生省はこれに応じなかった。(甲A229、230、乙A36)
[94] 自由権規約委員会は、1998年(平成10年)11月、日本政府が自由権規約40条に基づき提出した第4回報告書に関し、
「委員会は、障害を持つ女性の強制不妊の廃止を認識する一方、法律が強制不妊の対象となった人達の補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられることを勧告する」
等の見解を採択した(甲A38)。
[95] また、日弁連は、平成13年11月、女子差別撤廃条約の日本における実施状況に関する第4回日本政府報告に対する日弁連の報告において、日本政府は、上記勧告を受けている旧優生保護法下の強制不妊手術の被害救済に取り組むべきである旨の意見を表明した上で、旧優生保護法下で強制的な不妊手術を受けた女性に対し、補償する措置を講ずるべきである旨を提言した(甲A43)。
[96] 厚生労働大臣は、平成16年3月24日の参議院厚生労働委員会において、議員から旧優生保護法による被害の実態調査や今後の対策について質問されたのに対し、
「平成8年までこの法律が存在したことは間違いのない事実でございまして」「やはりでき上がりました法律に対しましては忠実に行っていくというのが厚生労働省の立場でございます」
「しかし、その法律そのものがこれではいけないというので廃止されたわけでございますから、それなりに私は重く受け止めておるということを先ほど申し上げた」
「(被害の実態調査や今後の対策について)今はそこまで考えて、率直なところ、おりません」
「こういう法律がありました以上、それの対象者になった人があることだけは紛れもない事実だというふうに思っております」「今後どうしていくかということは、今後私たちも考えていきたいと思っております」
と答弁した(甲A55)。
[97] 日本政府は、平成18年12月、自由権規約40条に基づく第5回報告書(甲A39)を自由権規約委員会に提出した。この報告書には「優生手術に対する補償」について
「旧優生保護法に基づき適法に行われた手術については、過去にさかのぼって補償することは考えていない」
「旧優生保護法においても、本人の同意の有無にかかわらず、優生手術の術式として子宮摘出は認められていなかった。また、改正後の母体保護法において、障害者であることを理由とした不妊手術や本人の同意を得ない不妊手術は認められていない」
等と記載されていた。
[98] 日弁連は、平成19年12月、上記第5回報告書に対する報告において、「強制不妊」について
「国は、過去に行われたハンセン病患者をはじめとする障害を持つ女性に対する強制不妊措置について、政府としての包括的な調査と補償を実施する計画を、早急に明らかにすべきである」
「国は、今後の同種被害の発生防止のため、リプロダクティブ・ライツを含む女性の性的意思決定権尊重のための人権教育・ジェンダー教育を、随時実施すべきである」
と提言した(甲A40・86頁)。
[99] 自由権規約委員会は、2008年(平成20年)10月及び2014年(平成26年)7月、日本政府が、同委員会の前記勧告を履行していないことについて懸念を表明し、その勧告を実施すべきである旨を含む見解を採択した(甲A41、42)。
[100] 日弁連は、平成27年3月、女子差別撤廃条約に基づく第7回及び第8回日本政府報告書に対する日弁連の報告において、
「障がいを持つ女性の中には、かつて日本に存在した優生保護法により強制不妊手術の対象とされた人がいるが、これらの人たちに対する保障については、いまだ何らの施策が取られていない」
と指摘した(甲A44)。日弁連は、同年12月、上記第7回及び第8回日本政府報告書に対する女子差別撤廃委員会からの課題リストに対するアップデイト報告において、
「1996年までに旧優生保護法に基づいてなされた不妊手術については事実解明も謝罪も賠償もされていない。1996年までの公式の統計では、旧優生保護法に基づく本人の同意がない不妊手術は約1万6500件(うち女性は7割程度)が報告されているが、報告されていない件も多い。また、法改正後も事実上の強制又は勧奨による不妊手術がなされていることは確認されているが、総数さえ把握困難である」
「優生手術の可否は、医師によるその疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であるとの申請に基づいて行政機関である都道府県優生保護審査会が決定する(なお、都道府県優生保護審査会の決定について事後的に決定取消の訴訟提起ができる規定は存在していた。)というものであった」
「また、旧優生保護法は、その方法として「生殖を不能にする手術」と決めていて、それ以外の方法は禁じていたが、規定外のレントゲン照射や子宮の摘出が女性障がい者に実施され、このような違法行為が黙認されていた実態が存在する」
と指摘した(甲A45)。
[101] 女子差別撤廃委員会は、2016年(平成28年)2月から3月にかけて、日本政府の第7回及び第8回合同定期報告に関し、
「委員会は、締約国が優生保護法の下で都道府県優生保護審査会によって疾病又は障害のある子供の出生を防止しようとし、その結果、障害者に強制的な優生手術を受けさせたことについて留意する。委員会は、同意なしに行われたおよそ16,500件の優生手術のうち、70パーセントが女性だったこと、さらに締約国は補償、正式な謝罪、リハビリテーションなどの救済の取組を行ってこなかったことについて留意する」
「委員会は、締約国が優生保護法に基づき行った女性の強制的な優生手術という形態の過去の侵害の規模について調査を行った上で、加害者を訴追し、有罪の場合は適切な処罰を行うことを勧告する。委員会は、さらに、締約国が強制的な優生手術を受けた全ての被害者に支援の手を差し伸べ、被害者が法的救済を受け、補償とリハビリテーションの措置の提供を受けられるようにするため、具体的な取組を行うことを勧告する」
等の見解を採択した(甲A46)。
[102] 日弁連は、平成29年2月16日付け「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」を公表し、
「国は、旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶が、対象者の自己決定権及びリプロダクティブ・ヘルス/ライツを侵害し、遺伝性疾患、ハンセン病、精神障がい等を理由とする差別であったことを認め、被害者に対する謝罪、補償等の適切な措置を速やかに実施すべきである」
「国は、旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に関連する資料を保全し、これら優生手術及び人工妊娠中絶に関する実態調査を速やかに行うべきである」
との意見を述べた(甲A47)。
[103] 平成30年1月30日、仙台訴訟が提起された。以後、旧優生保護法に基づく強制手術を受けた者の救済に関する動きが活発化し、同年3月5日、超党派の国会議員連盟が立ち上げられ、同月13日、与党のワーキングチームが発足した。そして、同年5月24日には、立法措置を検討する法案作成プロジェクトチームが立ち上げられ、平成31年3月に一時金支給法の法案がとりまとめられた。(甲A56、69、137)

(9) 一時金支給法の制定
[104] 平成31年4月24日、議員立法により一時金支給法が成立し、同日、公布・施行された。同法は、前文において
「昭和23年制定の旧優生保護法に基づき、あるいは旧優生保護法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、平成8年に旧優生保護法に定められていた優生手術に関する規定が削除されるまでの間において生殖を不能にする手術又は放射線の照射を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきた。このことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする。今後、これらの方々の名誉と尊厳が重んぜられるとともに、このような事態を二度と繰り返すことのないよう、全ての国民が疾病や障害の有無によって分け隔てられることなく相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けて、努力を尽くす決意を新たにするものである。ここに、国がこの問題に誠実に対応していく立場にあることを深く自覚し、この法律を制定する」
とした上、「昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間において施行されていた優生保護法」(旧優生保護法)に基づく優生手術等を受けた者(ただし、母体の保護のみを理由に同法3条1項の規定により行われた優生手術を受けた者を除く。)であって、一時金支給法の施行日に生存しているものに対して、その請求に基づき、一時金320万円を支給する旨を定めるものである(甲A72、137)。
[105] 内閣総理大臣は、一時金支給法の成立を受け、平成31年4月24日、
「昭和23年制定の旧優生保護法に基づき、あるいは旧優生保護法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、平成8年に旧優生保護法に定められていた優生手術に関する規定が削除されるまでの間において生殖を不能にする手術等を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてこられました。このことに対して、政府としても、旧優生保護法を執行していた立場から、真摯に反省し、心から深くお詫び申し上げます」
との談話を公表した(甲A73)。
[106] 一審原告1は、令和2年10月30日に、控訴人4は、同年1月7日に、控訴人5は、同年9月7日に、一時金支給法に基づき、それぞれ厚生労働大臣による一時金320万円の支給を受ける権利の認定を受けて、各自、その支給を受けている(甲B10、甲C7、甲D8)。
[107] 争点(1)に対する判断は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の2に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、「証人D医師」を「原審証人D」と読み替える。)。

[108](1) 原判決44頁23行目の「塗った」を「縫った」と改める。

[109](2) 原判決46頁10行目の「認められないこと」の次に「(甲B7、原審証人D)」を加える。

[110](3) 原判決47頁12行目の「既往症や」を「卵巣嚢腫、子宮筋腫の既往や」と改め、同行目の「認められないこと」の次に「(甲C4、原審証人E)」を加える。

[111](4) 原判決47頁23行目の「原告3夫婦」を「控訴人3夫妻」と改める。

[112](5) 原判決48頁6行目の「原告5に」から10行目の「鑑みれば」までを次のとおり改める。
「控訴人5は、消化管や膀胱に異常の症状があるとは認められないし、また、内性器に対する手術の適応とされる疾患(内性器の悪性腫瘍、子宮筋腫や卵巣嚢腫などの良性腫瘍)があるとは認められないこと(甲D3、原審証人D)、控訴人5には生理がなく、子どもに恵まれることがなかったこと、控訴人5が16歳の頃に生理がないことと本件手術3との関連を祖母に確認したところ、祖母は「ママはあんたのためにやった。」と答えていたことのほか、手術痕の大きさや形状等にも鑑みれば」
[113](6) 原判決48頁17行目の「小児麻痺」を「脳性小児麻痺」と、18行目の「旧優生保護法施行規則の定める不妊手術」を「本件施行規則の定める優生手術の術式」と、23行目の「申請」を「審査申請」と、24行目から25行目にかけての「持ち回り決議」を「持ち廻り決議」とそれぞれ改める。
[114](1) 旧優生保護法は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止することを目的として優生手術を行うことを定めるものであり、これは、特定の障害又は疾患を有する者を「不良」とみなし、生殖機能を回復不可能にさせる手術により、子どもを産み育てるか否かの意思決定の機会を奪うものである。かかる旧優生保護法の立法目的が極めて非人道的であって、個人の尊重を基本原理とする日本国憲法の理念に反することは明らかであるところ、被控訴人は、旧優生保護法の立法目的を支える立法事実の存在や立法目的の合理性を何ら主張立証していない。そうすると、身体への強度の侵襲を伴う手術を行い、生殖機能を回復不可能にさせる手続を定める本件各規定(優生条項)は、審査を要件とするものはもちろん、本人等の同意に基づくとされているものについても、前述したとおり極めて非人道的で日本国憲法の理念に反する旧優生保護法の立法目的が正しいことを前提にされた同意にすぎず、これによって有効に憲法上保障され又は保護されている権利利益(以下「憲法上の権利等」という。)が放棄されたと解することはできないから、いずれも個人の尊厳を著しく侵害するものであり、正当性も合理性もおよそ認められないものというほかない。

[115](2) 憲法13条は、すべての国民が個人として尊重され、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利について、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする旨を定めているところ、これは個人の尊厳と人格の尊重を宣言したものであり(最高裁昭和23年3月24日大法廷判決・裁判集刑事1号535頁参照)、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対して保護されるべきことを規定しているものである(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。したがって、個人の尊重(尊厳)は人格の尊厳を意味し、それは当然人格の平等を意味するにもかかわらず、特定の障害又は疾患を有する者について優生手術を実施する旨を定める優生条項が、子どもを産み育て、子孫を残すという生命の根源的な営みを否定するものであって、優生手術の対象となった者の幸福追求権、自己決定権を侵害することは明らかであるから,優生条項は憲法13条に違反する。
[116] また、憲法14条1項が、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないと規定したのは、人格の価値がすべての人間について同等であり、したがって、人種、宗教、男女の性、職業、社会的身分等の差異に基づいて、あるいは特権を有し、あるいは特別に不利益な待遇を与えられてはならないという大原則を示したものにほかならず(最高裁昭和25年10月11日大法廷判決・刑集4巻10号2037頁参照)、この平等の要請は、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨であると解される(最高裁昭和48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁参照)。したがって、優生上の見地から先天性の遺伝病を持って出生した者を不良な子孫として、その出生を防止するという優生思想に基づき、特定の障害又は疾患を有する者について優生手術を行う旨の優生条項は、憲法がよって立つ人格価値の平等を真っ向から否定し、実質的平等を図るためにより保護されるべき前記のような社会的弱者に特別に不利益を与えて、不合理な差別的取扱いを定めるものであって、法の下の平等に反することは明らかであるから、憲法14条1項に違反する。
[117] なお、控訴人らが憲法24条に違反する旨を主張する点については、憲法24条2項は、配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならないと定めているところ、これら婚姻及び家族に関する事項について立法するに当たっては、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとして、その裁量の限界を画したものと解される(最高裁平成27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁、最高裁同日大法廷判決・民集69巻8号2586頁参照)が、優生条項は、前述したとおり、何らの正当性・合理性もなく、特定の障害又は疾患を有する者の幸福追求権や自己決定権を侵害し、差別的取扱いを行うことを許容するものであって、憲法13条、14条1項に明白に違反するものであり、憲法24条2項が立法府にそのような立法をする裁量を委ねたと解する余地はないといえるから、後述する国賠法上の違法事由(憲法上の権利等を違法に侵害することが明白な旧優生保護法を立法したこと)との関係で憲法24条2項違反を掲げる必要がなく、適切ではないというべきである。
[118](3) 以上によれば、旧優生保護法の優生条項(本件各規定)は、人格価値の平等を保障する憲法13条、14条1項に明らかに違反するものである。
[119](1) 国会議員の立法行為又は立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、直ちに違法の評価を受けるものではない。しかし、その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上の権利等を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国賠法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである(平成17年選挙権判決最高裁平成27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。

[120](2) 前記4で説示したとおり、旧優生保護法の優生条項(本件各規定)は、被控訴人において、その合憲性について具体的な主張立証を放棄するほど明らかに憲法13条、14条1項に違反しているのであるから、国会議員による優生条項に係る立法行為は、当該立法の内容が、国民の憲法上の権利等を違法に侵害するものであることが明白であるにもかかわらずこれを行ったものとして、国賠法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるというべきである。そして、日本国憲法の理念、規定に照らして、旧優生保護法の本件目的条項をも含めて、優生条項の内容が明らかに憲法の規定に違反するものであり、旧優生保護法が昭和23年6月に成立し、同年9月に施行された前後の昭和23年3月や昭和25年10月に、前述したとおり、最高裁判所において、憲法13条、14条1項がいずれも人格価値の平等を保障したものである旨指摘する判決がされていることに照らせば、立法当時の特殊な社会経済情勢と国民意識などの背景事情を踏まえても、なおその立法を行った国会議員には少なくとも過失があるというべきである。
[121] そうすると、優生条項に係る立法行為は、国賠法上違法と評価されるのであるから、優生条項に基づき本件各手術を受けた一審原告1、控訴人4及び控訴人5は、これによって生じた損害について、被控訴人に対し、同法1条1項に基づく損害賠償請求権を取得する。また、前記3で補正の上引用した原判決の認定事実のとおり、本件手術1は、一審原告1と控訴人2が結納を交わし、結婚式を挙げる直前にされたものであること、本件手術2は、控訴人3と控訴人4が結婚式を挙げて控訴人3の実家で生活をするようになった後にされたものであることからすれば、控訴人2及び控訴人3も、配偶者との間に子どもをもうける機会を奪われたことによって生じた損害について、被控訴人に対し、同法1条1項に基づく損害賠償請求権を取得する。
[122] そして、令和2年11月17日に一審原告1が死亡し、控訴人2は、一審原告1が取得した前記損害賠償請求権を相続し、また、令和4年6月4日に控訴人4が死亡し、控訴人3は、控訴人4が取得した前記損害賠償請求権を相続した。
(1) 一審原告1夫妻について
ア 一審原告1の慰謝料
[123] 前記3で補正の上引用した原判決の認定・説示のとおり、一審原告1は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという優生思想に基づき、特定の障害(聴覚障害)を有することをもって優生手術の対象にされるという不合理な差別的取扱いを受けた上、身体への強度の侵襲を伴う優生手術(本件手術1)を受けさせられ、その生殖機能を回復不可能な状態にさせられたのであって、これによって、子どもを産み育てるか否かという意思決定の自由を奪われ、子孫を残すという生命の根源的な営みも否定されたのであるから、優生条項に係る違法な立法行為によって権利侵害を受け、精神的・肉体的苦痛を被ったことは明らかである。
[124] 上記の事情に加え、一審原告1は、本件手術1による生殖機能の喪失という被害に対して一時金支給法に基づく一時金の支給を受けているほか、本件訴訟において附帯請求として訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金に限ってその支払を求めていることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、一審原告1が被った上記精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は、1300万円と認めるのが相当である。
イ 控訴人2の慰謝料
[125] 控訴人2は、一審原告1と結納を交わし、結婚式を挙げる直前に、一審原告1が優生手術(本件手術1)を受けさせられ、その生殖機能を回復不可能な状態にさせられたことで、一審原告1との婚姻後に、配偶者である一審原告1との間に子どもをもうける自由を奪われたのであるから、優生条項に係る違法な立法行為によって権利侵害を受け、精神的苦痛を被ったことは明らかである(この点、控訴人2は、自らが優生手術による身体的侵襲を受けたものではないが、控訴人2に対する権利侵害は一審原告1に対する権利侵害と不可分一体の関係にあるというべきである。)。
[126] 上記の事情に加え、控訴人2が、本件訴訟において附帯請求として訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金に限ってその支払を求めていることや、前記のとおり一審原告1に対する慰謝の措置が別途講じられることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人2が被った上記精神的苦痛に対する慰謝料は、200万円と認めるのが相当である。
ウ 弁護士費用
[127] 本件訴訟の内容、審理の経過、認容額等本件に現れた諸事情に照らすと、優生条項に係る違法な立法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、一審原告1につき130万円、控訴人2につき20万円と認めるのが相当である。
[128] 以上によれば、一審原告1の損害額は1430万円となり、控訴人2の損害額は220万円となる(合計1650万円)。

(2) 控訴人3夫妻について
ア 控訴人4の慰謝料
[129] 前記3で補正の上引用した原判決の認定・説示のとおり、控訴人4は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという優生思想に基づき、特定の障害(聴覚障害)を有することをもって優生手術の対象にされるという不合理な差別的取扱いを受けた上、控訴人3との子どもを妊娠していたにもかかわらず、中絶の措置に加え、身体への強度の侵襲を伴う優生手術(本件手術2)を受けさせられ、その生殖機能を回復不可能な状態にさせられたのであって、これによって、子どもを産み育てるか否かという意思決定の自由を奪われ、子孫を残すという生命の根源的な営みも否定されたのであるから、優生条項に係る違法な立法行為によって権利侵害を受け、精神的・肉体的苦痛を被ったことは明らかである。
[130] 上記の事情に加え、控訴人4は、本件手術2による生殖機能の喪失という被害に対して一時金支給法に基づく一時金の支給を受けているほか、本件訴訟において附帯請求として訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金に限ってその支払を求めていることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人4が被った上記精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は、1300万円と認めるのが相当である。
イ 控訴人3の慰謝料
[131] 控訴人3は、控訴人4と結婚式を挙げ、控訴人4が控訴人3の子どもを妊娠した後に、控訴人4が、妊娠中絶の措置のみならず、優生手術(本件手術2)を受けさせられ、その生殖機能を回復不可能な状態にさせられたことで、配偶者である控訴人4との間に子どもをもうける自由を奪われたのであるから、優生条項に係る違法な立法行為によって権利侵害を受け、精神的苦痛を被ったことは明らかである(この点、控訴人3は、自らが優生手術による身体的侵襲を受けたものではないが、控訴人3に対する権利侵害は、控訴人4に対する権利侵害と不可分一体の関係にあるというべきである。)。
[132] 上記の事情に加え、控訴人3が、本件訴訟において附帯請求として訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金に限ってその支払を求めていることや、前記のとおり控訴人4に対する慰謝の措置が別途講じられることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人3が被った上記精神的苦痛に対する慰謝料は、200万円と認めるのが相当である。
ウ 弁護士費用
[133] 本件訴訟の内容、審理の経過、認容額等本件に現れた諸事情に照らすと、優生条項に係る違法な立法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、控訴人4につき130万円、控訴人3につき20万円と認めるのが相当である。
[134] 以上によれば、控訴人4の損害額は1430万円となり、控訴人3の損害額は220万円となる(合計1650万円)。

(3) 控訴人5について
ア 控訴人5の慰謝料
[135] 前記3で補正の上引用した原判決の認定・説示のとおり、控訴人5は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという優生思想に基づき、特定の障害(脳性小児麻痺による手足の運動障害)を有することをもって優生手術の対象にされるという不合理な差別的取扱いを受けた上、当時、12歳の未成年者でありながら、身体への強度の侵襲を伴い、かつ、優生手術の術式でもない子宮摘出術(本件手術3)を受けさせられ、その生殖機能を回復不可能な状態にさせられたのであって、これによって、将来、子どもを産み育てるか否かという意思決定の自由を奪われ、子孫を残すという生命の根源的な営みも否定されたのであるから、優生条項に係る違法な立法行為によって権利侵害を受け、精神的・肉体的苦痛を被ったことは明らかである。
[136] 上記の事情に加え、控訴人5は、本件手術3による生殖機能の喪失という被害に対して一時金支給法に基づく一時金の支給を受けているほか、本件訴訟において附帯請求として訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金に限ってその支払を求めていることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人5が被った上記精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は、1500万円と認めるのが相当である。
イ 弁護士費用
[137] 本件訴訟の内容、審理の経過、認容額等本件に現れた諸事情に照らすと、優生条項に係る違法な立法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、150万円と認めるのが相当である。
[138] 以上によれば、控訴人5の損害額は1650万円となる。
[139] 被控訴人は、一審原告らが取得した前記各損害賠償請求権は、不法行為の時から20年が経過しており、国賠法4条及び民法724条後段の適用によって、当然に消滅していると主張するので、以下検討する。

(1) 民法724条後段の法的性質について
[140] 民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である(平成元年判決参照)。

(2) 除斥期間の起算点について
[141] 控訴人らは、民法724条後段が除斥期間を定めたものであるとしても、平成16年じん肺判決及び平成18年B型肝炎判決によれば、除斥期間の起算点である「不法行為の時」とは、本件各手術が行われた時ではなく、その後、一審原告らの損害が被控訴人の不法行為によるものであることが顕在化した仙台訴訟の提起日とすべきであると主張する。
[142] この点、民法724条後段の除斥期間の起算点は、「不法行為の時」と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点になると解すべきであるが、平成16年じん肺判決及び平成18年B型肝炎判決は、身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点になると解すべきであるとした。
[143] これを本件についてみると、加害行為である違法な立法行為によって制定された旧優生保護法の本件各規定に基づき、一審原告1、控訴人4及び控訴人5が、それぞれ、本件各手術を受けた時点で、身体への強度の侵襲を加えられ、その生殖機能を失い、子どもを産み育てるか否かを決する自由を奪われたのであるから、一審原告らが被った損害は、本件各手術が行われた時に発生したというべきである。
[144] 本件各手術のうち、本件手術1は昭和43年1月から同年3月頃までに行われているから、一審原告1夫妻については遅くとも同年3月末日が、本件手術2は、昭和35年7月又は同月8月頃に行われているから、控訴人3夫妻については遅くとも同年8月末日が、本件手術3は、昭和43年3月頃に行われているから、控訴人5については遅くとも同年3月末日が、それぞれ除斥期間の起算点となる。
[145] そうすると、一審原告らの前記各損害賠償請求権は、一審原告1夫妻については昭和63年3月末日の、控訴人3夫妻については昭和55年8月末日の、控訴人5については昭和63年3月末日の各経過をもって、不法行為の時から20年が経過していたことになる。

(3) 除斥期間経過の効果制限の有無について
[146] 前記のとおり、民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であるところ、これは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図して、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、請求権の存続期間を画一的に定めたものと解される(平成元年判決参照)。不法行為をめぐる権利関係を長期間不確定の状態に置くと、その間に証拠資料が散逸し、加害者ではない者が反証の手段を失って訴訟上加害者とされることもあり得ることから、被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過により法律関係を確定させることで、被害者の保護とその加害者とされる者の利害の調整を図ったものである。
[147] このような除斥期間の制度趣旨に鑑みれば、被害者側の事情を考慮して除斥期間の経過による効果を制限する例外を認めることは相当でないともいえるが、①不法行為の被害者が当該不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合(平成10年判決参照)や、②被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人がその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合(平成21年判決参照)など、被害者やその相続人による権利行使を客観的に不能又は著しく困難とする事由があり、しかも、その事由が、加害者の当該違法行為そのものに起因している場合のように、著しく正義・公平の理念に反する特段の事情があるときは、条理にもかなうよう、時効停止の規定(民法158条から160条まで)の法意等に照らして、例外的に除斥期間の経過による効果を制限することができると解するのが相当である。
イ 本件における特段の事情の有無について
[148](ア) 前記4で説示したとおり、旧優生保護法は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを目的として、特定の障害又は疾患を有する者を「不良」とみなし、生殖機能を回復不可能にさせる優生手術を行うことを定めるものである。その立法目的は、極めて非人道的で、差別的なものであり、個人の尊重を基本原理として、国民の権利自由と法の下の平等を保障した日本国憲法13条、14条1項に違反することは明らかであって、優生条項(本件各規定)は、立法目的が憲法の規定に明らかに違反している以上、審査会の審査を要件とするものはもちろん、それを前提に本人及び配偶者がした同意に基づくものも憲法の規定に違反するものである。
[149] 日本国憲法は、国の最高法規であり(同法98条1項)、国務大臣、国会議員等の公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を負う(同法99条)ところ、昭和22年5月3日に人格価値の平等を保障する日本国憲法が施行された直後であるにもかかわらず、立法機関である国会を構成する国会議員は、日本国憲法の上記保障規定の趣旨を理解せず、逆に、優生思想に基づき、遺伝病者の出生を抑制して食糧不足を悪化させる人口の急速な増加を防止するという名の下に、人格価値の平等に背馳して、社会的弱者である特定の障害又は疾病を有する者に特別の不利益を与える内容の旧優生保護法を制定したものであって、それによる対象者の憲法上の権利等の侵害の程度は強度であって、国会議員による立法行為の違法性は極めて高いものといわざるを得ない。
[150] しかも、旧優生保護法は、前記権利利益の制約を公益目的により正当化するものであるが、生存権を保障するなど、国の責務として福祉国家の実現のために積極的な社会経済政策の実施を予定している日本国憲法は、経済的自由や財産権については、個人の精神的自由等に関する場合とは異なり、その弊害等を除去・緩和するために必要かつ合理的な消極的・警察的措置を超えて、上記社会経済政策上の積極的な目的達成のために必要かつ合理的な規制措置を講ずることをも予定し、かつ許容しているというべきであるが(最高裁昭和47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号586頁、同昭和50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)、精神的自由と同様に人格と直結するところの、子どもを産み育てて子孫を残すという生命の根源的な営みに関する自由(幸福追求権)や自己決定権についてまで、人格価値の平等を保障する日本国憲法が、母体保護等を目的とする消極的・警察的措置を超えて、上記のような社会政策実施の一手段として、前記社会的弱者についてのみ積極的に制約することを許容しているとは解することができないから、仮に旧優生保護法に優生手術に関する補償規定が設けられていたとしても、その制約を正当化することができないことは明らかである。さらに、その内容を公共の福祉に適合するように法律で定めるものとされ、公共のために用いることができることが明記されて(憲法29条2項、3項)、上記社会経済政策上の積極的な目的による制約に服する財産権であっても、その制限が一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲を超え、特定の人に対し特別の犠牲を課したものである場合には、正当な補償が憲法上保障されており(憲法29条3項)、法律に損失補償を認めた規定がなくても、直接憲法29条3項を根拠として補償を請求することができる(最高裁昭和43年11月27日大法廷判決・刑集22巻12号1402頁参照)とされていることと比較すれば、社会政策上の積極的な目的による制約が許されないはずの一審原告らの上記憲法上の権利等が優生条項により強度に制約されたにもかかわらず、被控訴人が、本件訴訟において、私人間を規律する民法の除斥期間の適用を主張することによって、自らの賠償(補償)責任を免れるとするのは、その権利等の制約を財産権以上に過酷なものとする効果をもたらすことになるのであって、除斥期間が設けられた制度趣旨である法律関係の早期確定の要請を考慮しても、個人の尊厳を基本原理とする日本国憲法が到底容認するものではなく、その除斥期間を形式的に適用することは、最高法規である日本国憲法の前記基本原理に支配されるべき私法秩序(正義・公平の理念)に著しく反するというしかない。
[151](イ) しかも、以下に述べることからすれば、本件訴えがいずれも除斥期間経過後に提起されたことについても、被控訴人が一審原告らの権利行使を著しく困難とする状況を殊更に作出したことによるものと評価せざるを得ない。
[152]a すなわち、被控訴人は、前述したとおり、人格価値の平等を保障する日本国憲法の施行直後であるにもかかわらず、それを真っ向から否定する目的の下、社会的弱者である一審原告らに特別の不利益を与えて、その憲法上の権利等を違法に侵害することが明白な旧優生保護法を成立させたのであるから、当然のことながら、憲法尊重擁護義務を負う国会議員は、制定時から少なくとも同法の本件目的条項や優生条項を廃止して、前述したとおり、優生手術を受けた者に対して補償する責任があったというべきである。
[153] しかるに、国会議員は、そのような責任を負っているにもかかわらず、旧優生保護法を合憲で補償する必要もないものとして、平成8年に至るまで同法を存続させてきたが、その行為は、一審原告らに、国賠法に基づき、優生条項が自己の憲法上の権利等を明らかに違法に侵害するものであることを主張立証して被控訴人に対する損害賠償請求権を行使することを余儀なくさせた上に、規範的にみて、一審原告らの権利行使、すなわち、旧優生保護法が明らかに一審原告らの憲法上の権利等を違法に侵害するものであることを認識するのを妨げる行為であると評価できる。
[154]b また、法律を誠実に執行する責任を負う行政府(憲法73条1号)において、憲法の規定に違反することを理由として旧優生保護法の執行を拒否することはできないとしても、同法に基づく優生手術は、特定の障害又は疾病を有する者の不可侵であるはずの身体の自由につき生殖機能の除去という強度の侵襲を加えて特別の不利益を与えるものだけに,同法3条に基づく優生手術については、その対象から未成年者、精神病者又は精神薄弱者を除外して事理弁識能力のある対象者等の同意を要件とし、また、同法4条に基づく優生手術については、再審査の申請やそれに基づく決定に対して訴訟の提起ができるとされており、被控訴人も、施行当時、それらによって人権保障についても十分の配慮がされているから憲法の規定に違反するものではない旨述べていたこと(認定事実(1)イ(ウ)、(2)イ)に鑑みれば、旧優生保護法を執行する行政府においては、憲法31条の規定する適正手続の保障の趣旨に照らして、上記対象者が優生手術を受けるに当たって、同法3条に基づく場合には、その同意が自由な意思に基づくことを、同法4条に基づく場合には、審査会の決定に対して再審査の申請や訴訟の提起により争い得ることを、それぞれ担保するために、対象者等がその法的根拠や理由を理解できる程度に、同法3条の同意を得る際の説明や、同法5条1項による通知がされるように同法を執行すべき責任があったというべきである。
[155] しかるに、行政府においても、旧優生保護法が憲法の規定に違反するものではないことを前提に、優生手術の実施に際しても、前述したような、対象者等の同意を得る際や、審査会の決定を通知する際に、障害や疾病を有する対象者が優生手術を受ける法的根拠やその理由を十分に理解できるように説明することを指示せず、前記通知においても「優生手術を行うことを適当と認める。」とのみ記入することで足りるとし(前提事実(1)オ)、むしろ、昭和27年の改正の際には、旧優生保護法3条の同意に関して、後日の紛争防止のために義務付けていた該当要件や優生手術であることが明記された書面による要式行為性やその書面の保管義務を定めた規定を合理的な理由もなく削除し、審査を要件とする手術の実施についても、真にやむを得ない限度において、身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることをも許容する本件次官通知を各都道府県知事宛てに発出した上、優生手術を実施してきたのである(認定事実(2)ウ)。
[156] それらによって、一審原告らがいずれも本件各手術を受けた経緯について述べるように、障害や疾病を抱える対象者が、自分の受けた手術が旧優生保護法に基づくものであること自体を認識するのが困難になったことは否定できないから、行政府の前記行為は、規範的にみて、一審原告らの権利行使、すなわち、一審原告らが優生手術を受けたことを認識するのを妨げる行為であると評価できる。
[157]c 加えて、当時の厚生大臣は、旧優生保護法に基づき優生手術を積極的に推進するとともに、また、文部大臣は、教育基本法(昭和22年法律第25号、ただし、平成18年法律第120号による改正前のもの)において、個人の尊厳を重んじ、日本国憲法の精神にのっとり(前文)、教育の目的として個人の価値をたっとぶこと(1条)が明記されているにもかかわらず、それが実現されるべき学校教育の場では、文部省検定済みの教科用図書において、優生思想が正当である旨の記載を容認するなど、優生手術の対象となった特定の障害又は疾患について、かねてからあった差別・偏見を正当化・固定化した上、これを相当に助長したというべきであり、これらの施策が相まって、優生手術を受けた対象者において、その根拠である旧優生保護法が対象者の憲法上の権利等を違法に侵害するものであることが明白であると認識することを、被控訴人が積極的に妨げてきたといわざるを得ない。
[158]d したがって、被控訴人が一審原告らの権利行使を著しく困難とする状況を殊更に作出したために、本件訴えの提起が除斥期間経過後にされたといえるかについて検討しても、被控訴人が、このように旧優生保護法を改廃せず、それが合憲であるものとして執行を続けるとともに、これに基づく国の施策を積極的に進めた一方で、優生手術を実施するに当たっても、対象となる障害や疾病を有する者が十分に理解できるように法的根拠の説明や理由の通知をせず、逆に、有効性を担保するために義務付けていた書面による同意を合理的な理由もなく不要としたり、欺罔等の手段を用いることも容認してきたのであって、前記認定の一審原告らの優生手術を受けた経緯に照らせば、被控訴人のこれらの行為によって、一審原告らは、本件各手術が旧優生保護法に基づく優生手術であることに加えて、同法が一審原告らの憲法上の権利等を違法に侵害することが明白であることの認識を妨げられたと推認することができ、他に一審原告らにおいて、通常の注意を尽くせば、前記各事実を認識できたとは認めるに足りない。
[159]e そして、その後、被控訴人は、昭和60年頃までには優生条項が憲法の規定に違反するおそれがあることやその被害についてようやく認識するようになったものと解されるにもかかわらず、平成8年6月まで旧優生保護法の改正をせず、平成8年改正においても、対象者に対する差別に該当するとして、本件目的条項と共に優生条項(本件各規定)を削除したものの、それらが憲法の規定に違反するものであることを明確には言及せず、その後も、旧優生保護法に基づく優生手術は適法である旨の見解を表明した上、長期間にわたり被害の実態について調査をすることもなく、優生手術の対象者に対して権利侵害があったことを告知して過去に遡って金銭補償をするなど、対象者の憲法上の権利等を違法に侵害する旧優生保護法を立法したという先行行為に基づく責任を果たさず、被害救済のための補償措置も執ろうとしなかったのであるから、旧優生保護法の改正をもって、被控訴人がそれまでに殊更に作出した一審原告らの権利行使を著しく困難とする状況を解消したとは評価できない。
[160] そのため、優生手術の対象者のほとんどは、自分が受けた手術が旧優生保護法に基づく優生手術であることや、優生条項に係る立法行為が自己の憲法上の権利等を明らかに違法に侵害するものであることを認識できないまま、優生手術時から20年が既に経過して平成8年改正を迎えたのであり、これは、一審原告1、控訴人4及び控訴人5も同様であった。
[161]f なお、平成31年4月24日に一時金支給法が成立し、優生手術を受けた者に対して一時金を支給する旨が定められ、同法の前文には「真摯に反省し、心から深くおわびする」との文言が規定されているが、被控訴人は、本件訴訟においても、旧優生保護法の立法目的を支える立法事実の存在や立法目的の合理性を主張立証しないにもかかわらず、なおも優生条項が憲法の規定に違反するものであることを認めていないことからしても、前記立法が、被控訴人において、優生条項が憲法の規定に違反するものであることを認めて、被控訴人に損害賠償責任があることを明言したものでないことは明らかである。
[162](ウ) 以上のとおり、旧優生保護法の優生条項は、社会政策上の積極的な目的による制約が許されない、人格と直結するところの、子どもを産み育てて子孫を残すという生命の根源的な営みに関する自由(幸福追求権)や自己決定権を、社会的弱者である特定の障害又は疾病を有する者について前記目的により積極的に制約し、生殖機能を奪うという特別の不利益を与えるものであるから、人格価値の平等を保障する憲法13条、14条1項に明らかに違反し、対象者の憲法上の権利等を違法に侵害するものであり、社会経済政策上の積極的な目的による制約に服する財産権においても、特別の犠牲を受忍させるときは憲法上補償を受ける権利が保障されていることに照らしても、そのような立法を行った被控訴人が、私人間を規律する民法の除斥期間の適用により賠償(補償)責任を免れることは、そもそも私法法規を支配する個人の尊厳を基本原理とする日本国憲法が容認していないことは明らかである。
[163] しかも、被控訴人が一審原告らの権利行使を著しく困難とする状況を殊更に作出したために、本件訴えの提起が除斥期間経過後にされたといえるかについて検討しても、前述したとおり、立法とその執行の権能を有する被控訴人は、対象者の憲法上の権利等を明らかに違法に侵害する旧優生保護法を制定した以上、その時から同法を改廃するとともに、優生手術を受けた者に対する補償措置を講ずる責任を負っていたにもかかわらず、それを怠り、同法を合憲の法律として執行するのみならず、同法に基づく優生施策を積極的に推進することによって、その結果、優生手術の対象者の障害や疾病に対する社会的な差別・偏見を助長し、これを危惧する家族の意識が過剰になる中で、本件各手術の経緯で認定したとおり、いずれも、本人の自由な意思による承諾がなく、また、優生手術の適応要件に関する審査が正しく行われないまま本件各手術は行われた可能性が高いのであって、その際に、被控訴人は、障害や疾病を有する対象者が優生手術を受けるに当たってその法的根拠や理由について十分理解できるだけの説明や通知もしなかったばかりか、有効性を担保する書面による同意も不要としたのである。その後、被控訴人は、制定から半世紀足らず経過した平成8年に旧優生保護法の本件目的条項や優生条項(本件各規定)を削除し、また、さらにそれから20年余り経過した後に一時金支給法を制定したとはいうものの、それからも、被控訴人は、一貫して、旧優生保護法が対象者の憲法上の権利等を違法に侵害するものであったことを認めず、その立法行為の違法性を争い、除斥期間の適用を主張するなどして、その責任を否定してきたのである。このような被控訴人の一連の行為は、一審原告らが前記障害を有することをも考慮すると、一審原告1、控訴人4及び控訴人5が受けた本件各手術が旧優生保護法に基づくものであることはもとより、同法が一審原告らの憲法上の権利等を明らかに違法に侵害するものであることを認識するのを、客観的に不能にするものとまではいえないものの、著しく困難にする状況を殊更に作出したと評価できる。にもかかわらず、前記損害賠償請求権に関して除斥期間を適用すれば、被控訴人が一審原告らの憲法上の権利等を明らかに違法に侵害した立法を制定したことによる損害を、何らの補償もないまま控訴人らに受忍させる結果となり、それは、私法秩序である正義・公平の理念が依拠する個人の尊厳を基本原理とする日本国憲法が容認するものでないというべきである。したがって、前記正義・公平の理念に著しく反する特段の事情があるものとして、例外的に除斥期間の経過による効果を制限するのが相当である。
[164](エ) そして、前述したとおり、一審原告らが、国賠法に基づき、被控訴人の旧優生保護法の立法行為を違法として損害賠償請求権を行使するには、自己が同法に基づく優生手術を受けたことに加え、同法の内容が一審原告らの憲法上の権利等を違法に侵害することが明白であることを主張立証することを要するにもかかわらず、被控訴人は、前者については、前述したとおり、障害や疾病を有する対象者について自己の受けた手術が旧優生保護法に基づくものであることを認識するのが著しく困難な状況を殊更に作出したと評価できる上、後者についても、本件訴訟においてもなお、旧優生保護法の立法目的を支える立法事実の存在や立法目的の合理性を主張立証しないにもかかわらず、優生条項が一審原告らの前記憲法上の権利等を違法に侵害するものであることを認めず、それまでに殊更に作出したと評価できるところの、その明白性を一審原告らが認識するのを妨げられている状況を持続させていると評価せざるを得ないこと等の事情を考慮すると、対象者自身が優生手術を受けたことを認識したことに加えて、優生条項が前記憲法上の権利等を違法に侵害することが明白になったとき、すなわち、被控訴人が、優生条項を憲法の規定に違反していると認めた時、又は、優生条項が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の判決により確定した時のいずれか早い時期から6か月(これは、対象者の権利行使を著しく困難にする前記各事情がいずれも消滅した以上、除斥期間の立法趣旨である速やかな法律関係の確定が要請されるのであって、同趣旨の時効停止の規定(民法158条から160条まで)に準ずるべきである。)を経過するまでの間は、除斥期間の経過による効果が発生しないものと解するのが相当である。
[165](オ) この点、被控訴人は、本件においては除斥期間経過による効果を制限するために必要である、被控訴人主張の基準①が存在しない点を指摘する。
[166] 確かに、私人間の紛争においては、被害者が不法行為に基づく損害賠償請求権を行使するか否かは自由であり、それを前提に被害者に対して可及的速やかに救済を求めさせて法律関係を早期に確定させようとして規定されている民法の除斥期間の適用を根拠もなく制限することはできないというべきである。しかし、本件は、前述したとおり、最高法規である日本国憲法により国民の基本的人権を保障すべき責任(憲法13条、98条1項、99条)のある被控訴人が、何ら正当性も合理性もない目的で旧優生保護法を制定して人格と直結する一審原告らの憲法上の権利等を違法に侵害したことが明白な事案であり、財産権を社会経済政策上の積極的な目的で制約する場合でさえも、特別な犠牲を課した場合には憲法上の規定に基づき補償を請求することができると解されていることに照らせば、前記責任と立法の権能を有する被控訴人には、前記事案について優生手術という特別な犠牲を課した控訴人らに対してむしろ憲法に基づき補償する責任を負っており、それを執行するための立法措置を執る義務があるにもかかわらず、それを長期にわたってこれを怠った結果であるところの補償規定の欠缺や除斥期間の適用を制限する規定の欠缺を根拠にその責任を免れるとするのは、明らかに正義・公平の理念に反するというべきである。
[167] したがって、本件のような事案においては、私法法規の適用を受けるしかない立場の私人間紛争と同様に除斥期間の適用を制限するための私法法規上の基準①が必須であるとはいえないというべきである。
[168](カ) 以上によれば、一審原告らは、平成30年9月28日に原審甲事件を、平成31年2月27日に原審乙事件をそれぞれ提起しているところ、本件訴えが提起された時点において、被控訴人は、優生条項が憲法の規定に違反していることを認めておらず、また、優生条項が憲法の規定に違反していると判断した最高裁判所の判決も存在しないのであるから、いずれも、上記除斥期間の経過による効果が発生する前に本件訴えを提起しているというべきである。
[169] したがって、一審原告らの被控訴人に対する前記各損害賠償請求権は、除斥期間の経過によって消滅したとはいえない。
[170] 以上によれば、控訴人2の請求は、損害賠償として1650万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、控訴人3の請求は、損害賠償として1650万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し、控訴人5の請求は、損害賠償として1650万円及びこれに対する平成31年3月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
[171] よって、これと一部結論を異にする原判決は相当でないから、原判決を上記のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 中垣内健治  裁判官 高橋伸幸  裁判官 國分晴子

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