旧優生保護法違憲判決 | ||||
第一審判決 | ||||
国家賠償請求事件 神戸地方裁判所 平成30年(ワ)第1640号(以下「甲事件」という。)、平成31年(ワ)第324号(以下「乙事件」という。) 令和3年8月3日 第2民事部 判決 口頭弁論終結日 令和3年3月25日 ■ 主 文 ■ 事 実 及び 理 由 ■ 参照条文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 1 被告は,原告2に対し,2200万円及びこれに対する平成31年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告3に対し,1100万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は,原告4に対し,1100万円及びこれに対する平成30年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告は,原告5に対し,1100万円及びこれに対する平成31年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 [1] 本件は,平成8年法律第105号による改正前の優生保護法(昭和23年法律第156号。以下「旧優生保護法」という。)に基づく不妊手術(以下「優生手術」という。)を受けさせられたとする原告1,原告4及び原告5,並びに原告1の配偶者である原告2及び原告4の配偶者である原告3が,旧優生保護法は違憲無効であり,国会議員には旧優生保護法の規定を改廃しなかった立法不作為や偏見差別を解消する措置を講じなかった等の立法不作為がある,厚生大臣が優生手術を推進したことは違法である,厚生大臣及び厚生労働大臣には旧優生保護法を廃止し優生政策を抜本的に転換すべき義務等があるのにこれを怠った不作為があるなどと主張して,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,それぞれ損害賠償金1100万円(慰謝料3000万円のうち1000万円(一部請求)と弁護士費用の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 [2] なお,原告1は,令和2年11月17日に死亡し,妻である原告2が原告1の権利義務を相続して,本件訴訟を承継した。 (1) 旧優生保護法の定め [3] 旧優生保護法は,昭和23年7月13日に成立し,同年9月11日に施行された法律である。その条文(平成8年法律第105号による改正前のもの)は別紙優生保護法の条文のとおりであり,本件に関係する主要な条文は次のとおりである(なお,以下では,同法第2章中の優生手術に関する規定を「本件各規定」ないし「優生条項」という。)。 ア 1条(この法律の目的) [4] この法律は,優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。 イ 2条1項(定義) [5] この法律で優生手術とは,生殖腺を除去することなしに,生殖を不能にする手術で命令をもって定めるものをいう。 ウ 3条1項1号及び2号(医師の認定による優生手術) [6] 医師は,本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質,遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有し,又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの,本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が,遺伝性精神病,遺伝性精神薄弱,遺伝性精神病質,遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているものに対して,本人の同意並びに配偶者があるときはその同意を得て,優生手術を行うことができる。但し,未成年者,精神病者又は精神薄弱者については,この限りでない。 エ 4条(審査を要件とする優生手術の申請) [7] 医師は,診断の結果,別表(別紙優生保護法条文末尾参照)に掲げる疾病に罹っていることを確認した場合において,その者に対し,その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは,都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなければならない(なお,制定当初は「公益上必要があると認めるときは,」の次に「前条の同意を得なくとも,」との文言が存在し,また「申請することができる。」とされていたが,昭和24年法律第216号による改正で「前条の同意を得なくとも,」の文言が削られ,「申請しなければならない。」に改められている。)。 オ 5条1項及び2項(優生手術の審査) [8] 都道府県優生保護審査会は,前条の規定による申請を受けたときは,優生手術を受くべき者にその旨を通知するとともに,同条に規定する要件を具えているかどうかを審査の上,優生手術を行うことの適否を決定して,その結果を,申請者及び優生手術を受くべき者に通知する。 [9] 都道府県優生保護審査会は,優生手術を行うことが適当である旨の決定をしたときは,申請者及び関係者の意見をきいて,その手術を行うべき医師を指定し,申請者,優生手術を受くべき者及び当該医師に,これを通知する。 カ 12条(精神病者等に対する優生手術) [10] 医師は,別表第1号又は第2号に掲げる遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にかかっている者(なお,昭和27年法律第141号による改正で,優生手術の対象者が,別表に掲げる疾患から遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にも拡大されている。)について,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第20条又は第21条に規定する保護者の同意があった場合には,都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる。 キ 13条1項及び2項 [11] 都道府県優生保護審査会は,前条の規定による申請を受けたときは,本人が同条に規定する精神病又は精神薄弱に罹っているかどうか及び優生手術を行うことが本人保護のために必要であるかどうかを審査の上,優生手術を行うことの適否を決定して,その結果を,申請者及び前条の同意者に通知する。 [12] 医師は,前項の規定により優生手術を行うことが適当である旨の決定があったときは,優生手術を行うことができる。 (2) 旧優生保護法施行規則の定める術式 [13] 旧優生保護法施行規則(昭和27年8月4日厚生省令第32号)1条は,優生手術の術式として,精管切除結紮法,精管離断変位法,卵管圧ざ結紮法,卵管間質部けい状切除法を規定していた(甲A26)。 (3) 旧優生保護法の改正 [14] 旧優生保護法は,平成8年6月26日に成立した「優生保護法の一部を改正する法律(平成8年法律第105号)」によって改正され(以下,この改正を「平成8年改正」という。),題名が母体保護法に改められた。平成8年改正により,優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとの目的(1条)が削除され,法律中の「優生手術」の語が「不妊手術」に改められ,3条1項1号及び2号,4条ないし13条の各規定(本件各規定・優生条項)は全て削除された。(争いのない事実) (4) 旧優生保護法に関する訴訟提起 [15] 平成30年1月30日,旧優生保護法による優生手術を受けたとする女性が,仙台地方裁判所に対し,国を相手方として,同法が違憲であると主張して国家賠償を求める訴訟(同裁判所平成30年(ワ)第76号。以下「仙台訴訟」という。なお,同訴訟にはその後に追加提訴された事件(同裁判所平成30年(ワ)第581号)が併合されている。)を提起した(争いのない事実)。 (5) 当事者等 ア 原告1及び原告2(以下,併せて「原告1夫妻」という。) [16] 原告1は,昭和○年○月○日生まれの男性である。原告1は,昭和18年頃に両耳の慢性中耳炎が悪化して難聴となり,昭和27年に身体障害者手帳の交付を受け,本件訴え提起当時,両側混合性難聴,聾唖,聴力レベル両100dB以上(1/2),言語機能そう失(2/3)との障害名で障害等級1級の認定を受けていた。 [17] 原告2は,昭和○年○月○日生まれの女性である。原告2は,出生時から耳が聞こえず,昭和27年に身体障害者手帳の交付を受け,両感音性難聴,聾唖,聴力レベル両100dB以上(1/2),言語機能そう失(2/3)との障害名で,障害等級1級の認定を受けている。 [18] 原告1夫妻は,昭和43年○月○日に婚姻を届け出た。原告1夫妻の間に子どもはいない。 [19] 原告1は,令和2年11月17日に死亡し,妻である原告2が遺産分割協議により原告1の権利義務を承継した。(甲B1ないし6,8,9,12ないし14,当裁判所に顕著な事実) イ 原告3及び原告4(以下,併せて「原告3夫妻」という。) [20] 原告3は,昭和7年○月○日生まれの男性である。原告3は先天性の聴覚障害を有しており,昭和25年に身体障害者手帳の交付を受け,先天性ろうあ,聴力レベル右100dB以上,左100dB以上(2級),音声言語機能障害(3級)との障害名で,障害等級1級の認定を受けている。 [21] 原告4は,昭和7年○月○生まれの女性である。原告4は,昭和10年頃に病気のために聴覚を失った。原告4は,昭和27年に身体障害者手帳の交付を受け,ろうあ,聴力レベル左右100dB以上,音声言語機能の喪失との障害名で,障害等級1級の認定を受けている。 [22] 原告3夫妻は,昭和36年12月11日に婚姻を届け出た。原告3夫妻の間に子どもはいない。(甲C1ないし3,5,6) ウ 原告5 [23] 原告5は,昭和30年○月○日生まれの女性である。原告5は,先天性の脳性小児麻痺と診断されており,体幹機能障害による座位不能なもの(1級),四肢機能全廃(1級),言語機能障害(4級)(1/1)との障害名で,障害等級1級の認定を受けている。 [24] 原告5に子どもはいない。(甲D1,2,7) (6) 本件訴訟の提起 [25] 原告1,原告2,原告3及び原告4は,平成30年9月28日,当裁判所に甲事件を提起した。 [26] 原告5は,平成31年2月27日,当裁判所に乙事件を提起した。(当裁判所に顕著な事実) (7) 一時金の支給等に関する法律の制定 [27] 平成31年4月24日,国会において「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(平成31年法律第14号。以下「一時金支給法」という。)が成立した。 [28] 一時金支給法は,優生手術等を受けた者に対する一時金の支給に関し必要な事項等を定めることを目的とする法律であり(同法1条),一時金の額は320万円と定められている(同法4条)。(甲A72) (1) 原告1,原告4及び原告5に対する優生手術実施の有無 (2) 旧優生保護法の違憲性 (3) 国会議員の不作為の違法性 ア 優生条項廃止の立法不作為(違法事由1) イ 偏見差別解消のための立法不作為(違法事由2) ウ 民法724条後段除外の立法不作為(違法事由3) (4) 厚生大臣の優生手術推進の違法行為(違法事由4) (5) 厚生大臣及び厚生労働大臣の不作為の違法性 ア 旧優生保護法廃止及び優生政策の抜本的転換の義務違反(違法事由5) イ 偏見差別除去の義務違反(違法事由6) (6) 原告らの損害 (7) 民法724条後段の適用の可否 (1) 原告1について (原告1夫妻の主張) [29] 原告1は,原告2との結婚式を控えた昭和43年1月から同年3月頃,母親に実家近くの医院に連れて行かれ,何も聞かされないまま,下半身裸の状態でベッドに寝かされ,腰部に麻酔の注射を打たれた後,鼠蹊部に2か所メスを入れられる手術(以下「本件手術1」という。)を受けた。原告1は,母親から原告2との婚姻の条件として「子どもを作ったら駄目だ」と言われていたことから,本件手術1が「子どもを作れなくする手術」であることを認識した。 [30] 原告1は,3,4歳の頃に慢性中耳炎の影響で聴力を失っており,遺伝性疾患を理由とする旧優生保護法4条の要件を客観的には満たさないが,医師が旧優生保護法を根拠としない手術を行うことは考え難いし,当時,同法の要件を満たさない手術が横行していたことからすると,本件手術1は,旧優生保護法4条の強制にわたる優生手術又は母親の同意を本人の同意とみなして同法3条1項1号により行われた優生手術として実施された可能性が高く,いずれにしても,旧優生保護法に基づく優生手術である。 (被告の主張) [31] 不知。 (2) 原告4について (原告3夫妻の主張) [32] 原告4は,昭和35年5月4日に結婚式を挙げ,その2,3か月後に妊娠したが,原告4の母親が実家に連れ帰り,「赤ちゃんが腐っているからほかした方がいい」と述べて原告4を病院に連れて行った。原告は,当該病院において,何の説明をも受けないまま,中絶手術を受け,さらに不妊手術(以下「本件手術2」という。)を受けた。 [33] 原告4は,3歳の頃,病気が原因で聴覚を失っており,遺伝性疾患を理由とする旧優生保護法4条の要件を客観的には満たさない。原告4の配偶者である原告3に遺伝性の身体疾患があることや,医師が旧優生保護法を根拠としない手術を行うことは考え難いことからすると,本件手術2は,母親の同意を本人及び配偶者の同意とみなしたか,母親が原告3夫妻が同意していると医師に告げたことにより,旧優生保護法3条1項1号前段に基づく優生手術として行われたものである。 (被告の主張) [34] 不知。 (3) 原告5について (原告5の主張) [35] 原告5は,12歳であった昭和43年春頃,母親と祖母に神戸市○○区にある○○山付近の病院に連れて行かれて入院した。 [36] 原告5は,手術室に運ばれて麻酔をかけられ,子宮摘出手術(以下「本件手術3」といい,本件手術1及び本件手術2と併せて「本件各手術」という。)を受け,意識が戻ったときには病室に横たわっている状態であった。原告5は,その2,3日後,自分の下腹部から陰部に向かって傷があることに気付いた。 [37] 原告5は,本件手術3に際し,何らの説明も受けていなかったが,16歳になっても生理が始まらなかったことから,祖母に本件手術3との関係性を確認したところ,祖母から「あんたのためにママはしたんや」と言われ,本件手術3が不妊手術であったことを認識した。 [38] 原告5の親や兄弟に脳性小児麻痺者はおらず,また,本件手術3の術式は旧優生保護法の定める術式ではないが,当時の同法の運用実態や,脳性小児麻痺者に対して「精神薄弱」との診断により同法12条に基づく優生手術が実施された例があることからすると,同法4条又は12条によるものである可能性がある。また,母親の同意をもって本人の同意があったものとみなし,同法3条により手術が実施された可能性もある。仮に同法に基づかない違法な手術であったとしても,被告が同法を制定・維持し,優生政策を推進していたことによるものであるから,被告の責任は明らかである。 (被告の主張) [39] 不知。 [40] 旧優生保護法は,次のとおり,憲法の規定する原告らの権利を侵害するものであり,違憲である。 (1) 憲法13条(個人の尊厳)に対する侵害 [41] 憲法13条は,個人の尊厳及び幸福追求に対する権利を規定しているところ,これは人の人格的価値,すなわち,人間としての価値を認められ,価値ある人間として扱われることを保障するものである。 [42] 旧優生保護法は,人間の価値を「優生」なるものと「劣等」なるものに分け,「劣等」なるものからその生殖機能を奪い去るものであるところ,人が子を持ち育てることは一つの生命としての根源的な営みであり,その前提となる生殖機能を奪うことは人間としての尊厳,人格的価値を根本から踏みにじるものである。 [43] したがって,旧優生保護法は,憲法13条の定める個人の尊厳を侵害するものであり,同条に違反する。 (2) 憲法13条(生殖に関する自己決定権)に対する侵害 [44] 憲法13条の保障する幸福追求権とは,個別的基本権を包括し,かつ,個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体であり,幸福追求権は,憲法上明示的に保障されている各人権や新しい人権の源泉的権利であって,常に新たな具体的人権を生み出していく母体的な役割を果たしている。この幸福追求権から,個人の人格的生存に不可欠な重要事項について公権力から干渉されることなく自ら決定することのできる権利(自己決定権)が導かれる。 [45] 自己決定権の具体的な内容の一つがリプロダクションに関わる事柄であり,その中核にあるのは「誰と,いつ,子を持つか持たないか」という人としての生き方の根幹に関わる事項であるから,生殖に関する自己決定権は,憲法13条の自己決定権の具体的な内容として保障されているというべきである。 [46] 旧優生保護法における強制にわたる優生手術が対象者の生殖に関する自己決定権を侵害することは明らかである。また,国が一体となって優生手術を推進し,対象者を「不良な子孫」を生む対象とみなしていたことや,国が優生思想に基づき一部の国民を「不良」とみなして生殖機能を失うことへの同意を求めること自体,個人の尊厳を踏みにじる行為であることからすると,自由な自己決定による同意はそもそも観念し得ず,対象者が形式的に同意していたとしても自由な意思決定による真の同意とはいえない。したがって,同意による優生手術についても,対象者の生殖に関する自己決定権を侵害する。 (3) 憲法24条(婚姻の自由と家族形成権)に対する侵害 [47] 憲法24条1項は,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについて,当事者の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるとの趣旨を明らかにしたものであるところ,この婚姻の自由の保障は,国が婚姻の障害を生じさせることをも禁じているというべきである。 [48] また,同条2項は,婚姻及び家族に関するその他の事項について,個人の尊厳に立脚すべきであるとする要請・指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものであるところ,前記のとおり生殖に関する自己決定権が保障されていることに照らすと,同項は婚姻のみならず,生殖に関する自己決定権を不当に制約する立法をも禁じていると解される。 [49] したがって,旧優生保護法は同条1項の婚姻の自由を侵害し,同条2項にも違反する。 (4) 憲法36条(残虐な刑罰を受けない権利)に対する侵害 [50] 憲法36条は明文としては刑罰を対象としているものの,強度の人権侵害が正当化される刑罰であっても残虐なものを禁止しており,刑罰以上に人権侵害が許容される場面は想定し難いことからすると,同条は,名目のいかんを問わず,国が残虐な刑罰に相当するような行為を行うことを禁止していると解すべきである。 [51] 優生手術は残虐かつ非人道的な行為であり,同条が禁ずる残虐な刑罰に相当する行為に該当するから,旧優生保護法は同条に違反する。 (5) 憲法14条1項(差別を受けない権利)に対する侵害 [52] 人は全て法の下に平等に扱われ,合理的な理由なしに異なる扱いを行うことは差別に当たり,憲法14条1項に抵触するところ,旧優生保護法は,障害等のない者には適用されないのであるから,障害等を有する者に対する異なる扱いを行うものである。また,優生上の見地から一定の障害等を有する者を「不良」とみなしその子孫の出生を防止するという旧優生保護法の目的自体が憲法13条に抵触し,その目的を達する手段においても憲法36条に抵触するものであるから,異なる取扱いを正当化する合理性を見出すことはできない。 [53] したがって,旧優生保護法は憲法14条1項の差別を受けない権利を侵害し,同条同項に違反する。 [54] 旧優生保護法の憲法適合性及びそれを基礎づける立法事実については主張立証の必要性を認めない。 [55] 在外邦人の選挙権に関する最高裁平成17年9月14日大法廷判決(民集50巻7号2087頁。以下「平成17年選挙権判決」という。)は,国会議員の立法行為又は立法不作為は,その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国賠法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けると判示している。 (1) 優生条項廃止の立法不作為(違法事由1) [56] 昭和23年に旧優生保護法が制定された時点で,同法の「不良な子孫の出生の防止」という目的条項や優生条項が憲法に違反していたことは明らかであり,その立法の内容が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることは明白であった。 [57] したがって,国会議員が優生条項を廃止しなかったという立法不作為は,国賠法1条1項の適用上,違法となる。 (2) 偏見差別解消のための立法不作為(違法事由2) ア 先行行為に基づく作為義務 [58] 国会議員は,速やかに優生条項を廃止するどころか,逆に優生手術の対象を拡大する法改正を行い,政府に対して手術実施件数を増やすための予算増や優生思想の啓蒙を強く求めるなどし,平成8年に至るまで48年もの長期にわたって旧優生保護法を維持した。このため,優生思想に基づく障害者差別の意識は,助長,維持,固定されて強固なものになり,原告らを含む障害者の憲法上保障されるべき基本的人権は侵害され続けてきた。国会議員は,かかる先行行為に基づき,平成8年改正の時点において,社会内における偏見差別を除去するため,かつ,原告ら障害者が憲法17条の保障する国家賠償請求権を行使するために,立法措置を講じることが必要不可欠であり,かつ明白であった。 イ 作為義務の具体的内容 [59] 国会議員は,上記アの先行行為に基づく作為義務として,原告ら障害者に対する偏見差別を除去するため,①社会内の優生思想及び障害者に対する偏見差別を作出・助長した責任を認め,謝罪すること,②優生思想及び障害者に対する偏見差別を根絶するための施策を遂行する義務を明文化すること,③被害を受けた当事者に対する賠償(補償)などの立法措置(以下,これらを併せて「本件各立法措置」といい,各別に採り上げる際は上記符合を付して「立法措置①」などという。)を講じる義務を負っていた。 ウ 立法不作為の違法性 [60] 国会議員は,本件各立法措置が必要であるにもかかわらずその立法を怠ったため,原告ら障害者は偏見差別を受ける地位に置かれ続け,かつ,憲法17条で保障される国家賠償請求権を行使することが事実上不可能な立場に置かれた。なお,一時金支給法の内容は極めて不十分なもので上記作為義務を果たしたものということは到底できない。 [61] かかる国会議員の不作為は,障害者の憲法上保障されている権利が違法に侵害されている状態を放置しているものであって,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合に当たり,国賠法1条1項の適用上違法である。 (3) 民法724条後段除外の立法不作為(違法事由3) [62] 国会議員は,遅くとも平成8年改正がされた時点で,国賠法4条により適用される民法の規定から同法724条後段を除外する立法措置をとる義務を有しており,この義務を履行しない不作為は,憲法17条が国会に付与した立法裁量を逸脱するものであり,国賠法1条1項の適用上違法である。 ア 憲法17条の法的性質及び立法裁量の限界 [63] 憲法17条は,特定の人や集団に損害を甘受させることが正義と公平に反するため,金銭填補という形で全体においてこれを負担すべしという公平負担の原則を明文化したものである。この正義・公平の原則は,国賠法の上位に位置しており,立法裁量はその下にあるものと解すべきである。 [64] 最高裁平成14年9月11日大法廷判決(民集56巻7号1439頁。以下「平成14年郵便法判決」という。)は,立法裁量には限界があるとして憲法17条に法規範性を認めた上で,公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し,又は制限する法律の規定が同条に適合するものとして是認されるものであるかどうかは,当該行為の態様,これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度,免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ,当該規定の目的の正当性並びにその目的の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきであると判示している。 イ 民法724条後段の規定が除外されないことは立法裁量を逸脱すること [65] 国賠法4条により適用される民法724条後段は,原告らを含む旧優生保護法による被害者について,不法行為の時から20年を経過したという一事をもって被告の責任を免除するものである。 [66] 同条後段の規定を除外しないことは,旧優生保護法の目的が個人の尊厳に反するものであり,強制的に生殖能力を奪うものであったこと,被告が優生思想に基づき同法による施策を積極的に推し進めたという違法行為の態様や,優生手術を受けた被害者が個人の尊厳を奪われ,深刻な人権侵害を受けたという法的利益の種類及び侵害の程度,立法目的に正当性はなく,特に被害者に対して適用して被告が責任を免れることの正当性を認めることができないことなどに照らし,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱する。 [67] 原告らの主張する国会議員の立法不作為を理由とする損害賠償請求は,国会議員が国賠法4条により適用される民法の定める金銭賠償の方法による損害賠償とは異なる損害回復措置を講ずる義務を負っていたと主張し,その義務違反を理由に,優生手術の実施という不法行為によって生じた損害につき金銭賠償等を求めるものである。 [68] しかし,国賠法4条により適用される民法は,不法行為の効果として発生する損害賠償請求権の損害賠償の方法として金銭賠償を原則とし,例外的に名誉棄損の場合に原状回復の方法を定めるものであるから,金銭賠償をすべき義務とは別に損害回復のための作為義務を観念することはできない。 [69] この点を除いても,次のとおり,原告らの主張はいずれも理由がない。 (1) 優生条項廃止の立法不作為(違法事由1) [70] 原告らの主張する立法措置を積極的に命じる憲法上の規定は存在しない。 [71] 旧優生保護法の優生条項廃止の立法不作為の主張は,本件各手術の実施時までに優生条項の改廃措置を講じなかったことが違法であるとの主張であると解されるが,仮にかかる義務違反による損害賠償請求権が発生していたとしても,国賠法4条により適用される民法724条後段に基づき,同請求権は当然に消滅している。 (2) 偏見差別解消のための立法不作為(違法事由2) [72] 原告らは、偏見差別解消のための立法措置の不履行として,国会議員が本件各立法措置をとる義務があった旨主張するが,立法措置①及び立法措置②は,国会議員が行使の機会を確保すべき原告らの権利の内容さえ明確ではなく,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために原告らの主張する措置をとることが必要不可欠であり,それが明白であったとはいえない。 [73] また,憲法17条は,大日本帝国憲法下での国家無答責の原則を廃した上で,国又は公共団体が公務員の不法行為を基因とする損害賠償責任を負うという基本的事項を宣明し,損害賠償制度の具体的,細目的な事項は法律事項として国会の立法裁量に委ねている。国会議員が国賠法とは別に優生手術の被害者に対して金銭補償する制度を立法するか否かは,その立法裁量に委ねられるべき事柄であり,立法することが法的義務になることはない。 [74] 仮に,政策上,被害回復の範囲を広げるという立法政策を採用する場合であっても,その政策の立案や立法作業に際しては,請求者の範囲,責任原因や損害の内容といった実体法上の仕組みが検討されなければならないし,請求権の行使方法等の訴訟法的な見地からの検討も必要となるところ,かかる立法技術的な事柄は,立法府による広範な裁量に委ねられるべき事項である。 [75] したがって,同条が,原告らの主張するような立法義務を国会議員に課したということはできない。 (3) 民法724条後段除外の立法不作為(違法事由3) [76] 原告らは,国会議員には,民法724条後段の適用を廃する立法措置が義務付けられていたと主張するが,前記のとおり,現行の国賠法や一般不法行為責任に比して国又は公共団体の責任を加重するような立法措置を講じるか否かは立法府の政策判断に委ねられるべきであり,かかる内容の立法を憲法17条が国会に義務付けているとは解し得ない。 [77] 平成14年郵便法判決の違憲審査基準は,憲法17条を体現した国賠法と旧郵便法68条及び73条との乖離に着目して導かれたものであり,本件に当てはまるものではない。 [78] 本件各手術が行われた当時,旧優生保護法を所管していた厚生大臣は,国家公務員としての憲法尊重擁護義務(憲法99条)に基づき,憲法に違反し重大な人権侵害をもたらす旧優生保護法に基づく優生手術の規定を改廃すべき義務や,実施しないように都道府県知事を指導すべき義務,実施しないように医師に指示を行う義務を負っていた。 [79] 当時の厚生大臣は,上記義務を怠ったばかりか,本人の意思に反する優生手術は手段の是非を問わず実施されるべきであるとの考えを示した上で,各都道府県に手術の実施件数を増やすように求めるなど,本人の意思によらない優生手術を積極的に推進していた。これは上記の憲法尊重擁護義務に基づく注意義務に著しく違反するものである。 [80] 厚生大臣は,優生思想が憲法上許容され得ないとの認識を持ちながら優生手術を推進したものであり,上記注意義務違反は故意に基づくものである。 [81] したがって,被告は,厚生大臣の重大な注意義務違反に基づき行われた本件各手術につき,国賠法1条1項に基づき,原告らの損害を賠償すべき義務を負う。 [82] 国賠法1条1項の「違法」の本質は法的な職務義務違背であり,当該公務員が職務上の注意義務を尽くすことなく,漫然とこれに違反したと認め得るかという枠組みをもって判断されるべきである。 [83] 仮に原告らが主張する損害賠償請求権が発生していたとしても,同請求権は国賠法4条により適用される民法724条後段の除斥期間の経過により,消滅している。 [84] 被告は,ファシズム体制の成立過程で政策化された優生思想を実行に移すため,国民優生法を制定し,終戦後もその優生思想を引き継いだ旧優生保護法を成立させた。厚生省は,その後も優生政策を推し進めて優生思想を社会内に深く根付かせ,広く障害者に対する偏見差別を作出・助長し,障害者の人権が侵害され続ける事態を生じさせてきた。 [85] 障害者の福祉の増進に関する事務を所管する厚生大臣及び厚生労働大臣は,速やかに旧優生保護法の改廃に向けた諸手続を進めるとともに,条理上,自らの先行行為によって生じた優生思想の蔓延及びこれによる障害者に対する偏見差別を解消するために必要かつ有効な施策をすべき作為義務を負う。 (1) 旧優生保護法廃止及び優生政策の抜本的転換の義務違反(違法事由5) [86] 厚生大臣は,昭和23年に旧優生保護法を制定,施行した直後から,速やかに旧優生保護法を廃止するための諸手続を進め,優生政策を抜本的に転換すべき義務を負っていたにもかかわらず,逆に優生手術を促進するために都道府県に度重なる通知を出すなどして優生政策を強力に推進し続け,平成8年に至るまで上記義務を怠った。 [87] その結果,原告らを含む障害者が,偏見差別を受ける地位に置かれ,優生手術等の被害を強いられることになった。 [88] したがって,厚生大臣は,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったものとして,その職務行為(不作為)には国賠法上の違法性がある。 (2) 偏見差別除去の義務違反(違法事由6) [89] 厚生大臣は,優生政策を展開することによって社会に植え付けてきた原告ら障害者に対する偏見差別を除去するために,それまでの優生政策の過ちを認めて謝罪し,その事実を周知するとともに,正しい知識の普及のための教育や啓発等の措置をすべき義務を負っていた。 [90] 厚生大臣及び厚生労働大臣は,平成8年に優生条項を削除した際も,優生政策の誤りを認めて謝罪することを怠り,国会審議では優生政策の推進は適法だった旨の答弁を繰り返し,今日に至るまで被害回復のために実効性ある措置をしてこなかった。特に平成8年改正後,国際連合(以下「国連」という。)の市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)委員会(以下「国連自由権規約委員会」という。)や国連女性差別撤廃委員会等からの勧告を受けて,施策の実施及び法案提出の必要性を認識していたにもかかわらず,その義務を怠り続けたものである。 [91] その結果,今もなお社会内には優生思想が根深く残り,障害者に対する偏見差別が厳然と存在する状況にある。したがって,厚生大臣及び厚生労働大臣は,①偏見差別を除去するための障害者差別禁止法等の制定とその実効性を図るためのマニュアル等の策定,②学校教育及び社会教育において,優生思想の誤りを明らかにし,障害者に対する偏見差別を除去するための人権教育を徹底的に実施すること,③障害を理由とする欠格条項の廃止,④精神的・経済的被害の回復を図るための補償措置等を行う作為義務があった。 [92] しかしながら,厚生大臣及び厚生労働大臣は,平成8年改正の際にも,その後においても,政策の誤りを認めて真摯に謝罪することなく,検証による真相究明や偏見差別を解消するための施策を一切講じておらず,かかる施策を講ずべき義務を怠った。 [93] したがって,厚生大臣及び厚生労働大臣の不作為は,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったものとして,国賠法1条1項の適用上違法である。 [94] 原告らの主張する厚生大臣及び厚生労働大臣の不作為を理由とする損害賠償請求は,厚生大臣及び厚生労働大臣が国賠法4条により適用される民法の定める金銭賠償の方法による損害賠償とは異なる損害回復措置を講ずる義務を負っていたと主張し,その義務違反を理由に,優生手術の実施という不法行為によって生じた損害にかかる金銭賠償等を求めることにほかならないところ,金銭賠償をすべき義務とは別に損害回復のための作為義務を観念することはできない。 [95] この点を除いても,次のとおり,原告らの主張はいずれも理由がない。 (1) 旧優生保護法廃止及び優生政策の抜本的転換の義務違反(違法事由5) [96] 仮に原告らが主張する違憲・違法な優生手術の強制があったとしても,昭和22年以降,国賠法が存在し,原告らによる損害賠償請求権の行使の機会は確保されていたから,国会議員が別の救済制度を構築する立法措置を講じる法的義務を負わないことは前述したとおりであり,国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣の法律案提出についても,違法性を観念する余地はない。したがって,厚生大臣及び厚生労働大臣において原告らが主張する法律案及び予算案の提出を行い,その施策を講じる職務上の法的義務を負っていたということはできない。 [97] また,かかる義務違反による請求権が発生していたとしても,国賠法4条により適用される民法724条後段に基づき,当然に消滅している。 (2) 偏見差別除去の義務違反(違法事由6) [98] 行政活動について,ある作為が職務上の法的義務となるためには,当該作為に係る法令の規定や,その趣旨・目的等に照らし,当該作為を求められる公務員において,通常なすべき措置として認識できる程度に,その発生要件及び作為の内容が明確なものとして当然に導かれることが必要と解される。 [99] 仮に旧優生保護法により,障害者が何らかの被害を受けた状況があったとしても,その被害回復のための措置として原告らの主張する謝罪,偏見差別除去のための普及啓発活動等の措置を講ずべき義務が当然に導かれるような法令は存在せず,当該作為を求められる公務員において,通常なすべき措置として認識できる程度に,その発生要件及び作為の内容が明確なものとして当然に導かれるものではない。 (1) 原告1夫妻について [100] 原告1は,何らの説明もないまま本件手術1を受けさせられ,子どもを持つ権利を永遠に奪われて精神的打撃を受けた。原告1との間に子供を作ることを望んでいた原告2も同様であった。原告1夫妻は,いずれも子どもが好きであり,兄弟が子どもたちと楽しそうに生活する姿を見るたびに,寂しい思いをしていた。障害があるというだけで差別され,自らの意思によらずに子どもを持てなくされたことの悔しさは今もなお変わらない。 [101] 原告1は,令和2年11月17日に死亡したが,原告2を一人残して逝かなければならなかった無念さは察するに余りある。 (2) 原告3夫妻について [102] 原告3夫妻は,結婚した当時から,たくさん子どもを作ってにぎやかな楽しい家庭を築くことを夢見ていたが,本件手術2によりその夢は叶わないものとなった。また,原告3夫妻は,本件手術2が不妊手術であったとの説明を明確に受けなかったことから,どうして子どもができないのかと思い悩み続け,劣等感に苦しめられ続けた。 [103] 現在においても,原告3夫妻の悲しみや寂しさは癒えることはなく,やり場のない気持ちは一層募るばかりである。 (3) 原告5について [104] 原告5は,本件手術3の影響で痙攣や身体硬直の症状があり,痙攣を押さえるための注射の副作用によるだるさや吐き気などに見舞われ,12歳から33歳までの間,寝たきりの生活を余儀なくされた。また,何らの説明を受けることなく突然に手術を受けさせられたショックは非常に大きく,手術後何年にもわたり,当日の様子を思い出しては寝付けず,身体が緊張して痙攣を起こすことが続いた。 [105] 原告5は一度結婚したが,子どもを作ることができないことを理由に結婚相手の家族からは祝福を得られず,結婚相手からも心無い言葉を投げかけられた。 [106] 原告5は,自らの意思によらずに子どもを持てなくされたこと,貴重な青春時代を体調不良と闘うことだけに費やさなければならない状態となったことについて,悔しい思いを抱いている。 (4) 原告らの損害 [107] 上記(1)ないし(3)によれば,本件各手術により原告らの受けた精神的苦痛に対する慰謝料としてはそれぞれ3000万円が相当であるところ,本件訴訟ではこのうち1000万円を請求する(一部請求)。そして,弁護士費用は原告らそれぞれにつきその請求額の一割が相当である。なお,原告1,原告4及び原告5は,一時金支給法に基づく一時金の支給決定を受けているところ,同法は被告の法的責任を前提とせず,損害賠償とは別個の枠組みのものとして検討・制定されたものであるから,支給額は損益相殺の対象とはならない。 [108] 不知。 [108] 次のとおり,原告らの損害賠償請求権について,国賠法4条により適用される民法724条後段の規定は適用されない。 (1) 民法724条後段の法的性質 [109] 従前の最高裁判所の判例は,民法724条後段につき,除斥期間を定めたものと判示しているが,立法者は消滅時効と捉えており,法典調査会での議論においても,除斥期間と解すべきであるとの議論はされなかった。その文言からも,同条後段は前段と同様に消滅時効と解するのが自然である。 [110] また,平成29年法律第44号による民法改正により,民法724条後段は消滅時効であることが明示されるに至っている。その議論の中で,法務省民事局長は,改正以前についても,消滅時効と解釈する余地があることを肯定していた。 [111] 被告は,最高裁平成元年12月21日第1小法廷判決(民集43巻12号2209頁。以下「平成元年判決」という。)を挙げて,同条後段が除斥期間を定めたものであることは確立した最高裁の判例である旨主張するが,平成元年判決後の最高裁の判決において,法律上当然に消滅するとの考え方は徹底されていない。 [112] 原告らは,平成30年1月30日の仙台訴訟の提起によって初めて損害及び加害者を知ったから,消滅時効の起算点は同日であり,本件訴訟の提起までに消滅時効は完成していない。 (2) 除斥期間の起算点について [113] 最高裁平成16年4月27日第3小法廷判決(民集58巻4号1032頁。以下「平成16年じん肺判決」という。)は,民法724条後段所定の除斥期間の起算点は損害発生時であり,損害発生時とは,その性質上,被害者にとって客観的な権利行使が可能になる程度に損害が顕在化した時をいう旨判示している。また,最高裁平成18年6月16日第2小法廷判決(民集60巻5号1997頁。以下「平成18年B型肝炎判決」という。)も,損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合に,損害の発生時が除斥期間の起算点となる旨判示している。 [114] これらの判例に照らすと,損害が顕在化していたとしても,その損害が不法行為による損害であることが認識可能でない場合には,損害賠償請求権の行使は客観的に可能とはいえないから,かかる場合には,不法行為による損害であることが顕在化した時点をもって不法行為の時と解すべきである。 [115] 本件では,被告の優生政策の推進によって優生思想が社会に行き渡っていた上に,被告は,平成8年改正後も,旧優生保護法に基づく優生手術について過去に遡って補償することは考えていないと表明して実際に補償を行ってこなかったから,原告らにとっては,平成30年1月30日の仙台訴訟の提起によって初めて不法行為による損害であることが顕在化したものである。したがって,民法724条後段が除斥期間を定めたものであるとしても,起算点は同日と解すべきである。 (3) 信義則違反又は権利濫用 [116] 旧優生保護法に基づく優生手術は,優生思想の下,被告が積極的に推進した施策であり,また,国会議員及び被告は,平成8年改正に当たっても,違憲性や違法性を積極的に認めることなく,優生思想を払拭するための施策を推進することもなかった。これらの事実からすると,原告らが国家賠償請求権を行使できなかったことについて,被告に責めるべき事由が十分にある。 [117] 原告らが受けた被害が極めて重大かつ深刻な人権侵害であることは前記のとおりである。 [118] 原告らは本件各手術について事前に知らされず,事後にも通知や説明を受けたことは一切なかった。国会議員や被告が被害実態の調査を行うこともなく,原告らは仙台訴訟の提起を受けて初めて自らに施された手術が旧優生保護法に基づく優生手術であることを知った。原告らは,これまで障害や疾患により社会的な偏見にさらされ,様々な差別を受けてきており,本件各手術の内容からも原告らが自ら声を上げることは困難であり,被告と原告らとの間には,社会的・経済的地位や能力に大きな差異がある。 [119] このような状況からすれば,民法724条後段を理由に原告らの被告に対する損害賠償請求権を消滅させることは,信義則に反し,権利濫用に当たる。 [120] 被告は,客観的な期間の経過だけが民法724条後段による権利消滅の要件であり,信義則違反又は権利濫用の主張は主張自体失当であると主張するが,最高裁平成10年6月12日第2小法廷判決(民集52巻4号1087頁。以下「平成10年判決」という。)及び平成21年4月28日第3小法廷判決(民集63巻4号853頁。以下「平成21年判決」という。)は,実質的な被害者救済の必要性から,正義・公平の観念及び条理を根拠に,特段の事情があるときは同条後段の効果は生じないものと解するのが相当であると判示している。特に,国家賠償を求めている本件については,信義則違反や権利濫用の主張について,慎重な考慮がされるべきである。 (4) 憲法17条違反 [121] 被告は,旧優生保護法の数度の改正により優生手術の対象を拡大し,予算を増大させて各都道府県に対して優生手術実施数の増加を要請し,学校教育の場においても優生教育を実施するなどして,同法に基づく政策を積極的に推進してきたものであり,その悪質性は顕著である。かかる違法行為により原告らの重要な法的利益が侵害され,被害態様は深刻である上に,本件は,被害の性質上,被害者が権利主張をすることや被害の回復は困難な事案である。そもそも,国家賠償に対して20年という除斥期間を設けることにつき,立法目的及び目的達成の手段としての合理性は存在しない。 [122] したがって,原告らの損害賠償請求に対して民法724条後段の適用を認めることは,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものであり,同条に違反する。 [123] 被告は,憲法17条の制定趣旨が国家無答責の修正にあるとするが,国家賠償制度が国・公共団体の公務執行の適正を担保する機能や違法な作為・不作為に対する監視機能,社会保障的又は社会保険的な機能を併有していることからすると,いかなる場合にも民法上の不法行為制度と同様の規律をもって足りると解することはできない。実質的にみても,国又は公共団体が国民に比較して圧倒的な力を持つことから,国又は公共団体による違法行為による被害は甚大なものとなり得るのであって,被害者救済機能の点からも,憲法17条が民法と同じ規律のみを要請しているとは解されない。 (5) 国際人権法違反 [124]ア 旧優生保護法による強制にわたる優生手術は,拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(日本は平成11年に加入。以下「拷問等禁止条約」という。)で禁止される拷問であり,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)7条,9条1項及び17条,経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)10条に違反し,また,女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(日本は昭和60年に批准。以下「女子差別撤廃条約」という。)や障害者の権利に関する条約(日本は平成26年に批准。以下「障害者権利条約」という。)に明らかに違反するものである(以下では,拷問等禁止条約,自由権規約,社会権規約,女子差別撤廃条約及び障害者権利条約を併せて「本件各条約」という。)。 [125]イ 条約の遵守義務は,条約批准後の行為に対して生じるものとされているが,加害行為が条約締結前にされたものであっても,その被害が条約締結後も継続している場合には,締約国は効果的な救済を確保する義務があるから(継続的侵害の法理),条約違反に該当する。 [126]ウ 国連総会は,平成17年(2005年),国際人権法の重大な違反及び国際人道法の深刻な違反の被害者に対する救済及び賠償の権利に関する基本原則及びガイドライン(以下「基本原則及びガイドライン」という。)を採択し,その中で,適用される条約又はその他の国際法上の義務に規定されている場合には,国際人権法の重大な違反及び国際法上の犯罪を構成する国際人道法の深刻な違反には,時効を適用してはならないと規定している(以下「時効適用制限条項」という。)。基本原則及びガイドラインは,国際法上にいう国際慣習法であり,憲法98条2項にいう確立された国際法規である。 [127]エ 以上のとおり,強制不妊手術は,本件各条約において禁止されているものであり,条約締結国には被害者が補償を受ける権利を確保する義務があり,国際慣習法(時効適用制限条項)により当該権利は時効等の法令上の制限が適用されない。したがって,本件各手術について除斥期間の規定を適用することは,本件各条約及び国際慣習法に違反し,憲法98条2項の国際法遵守義務にも違反する。 [128] 国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権は,同法4条及び民法724条後段により,不法行為の時から20年を経過したときに消滅する。 [129] 原告らは,原告1は昭和43年1月から同年3月頃に本件手術1を,原告4は昭和35年頃に本件手術2を,原告5は昭和43年春頃に本件手術3を受けたと主張しているところ,この原告らの主張は,加害公務員である国会議員,厚生大臣及び厚生労働大臣が,昭和43年1月ないし同年3月頃,昭和35年頃,昭和43年春頃に違法行為を行った旨の主張と解される。 [130] そうすると,原告らの損害賠償請求権は,原告1夫妻につき本件手術1の実施から20年後の昭和63年1月ないし同年3月の経過をもって,原告3夫妻につき本件手術2の実施から20年後の昭和55年頃の経過をもって,原告5につき本件手術3の実施から20年後の昭和63年春頃の経過をもって除斥期間が経過し,当然に消滅している。 (1) 民法724条後段の法的性質 [131] 民法724条後段の規定が除斥期間を定めたものであることは,最高裁の平成元年判決が明言し,平成21年判決が同判決を引用して判示をしているところであり,判例上確立されている。すなわち,民法724条後段の規定は,被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものであり,そこに信義則や権利濫用といった制限が加わる余地はない。平成29年法律第44号による民法改正により,民法724条後段の規定は消滅時効とされたが,これにより,確立した判例の解釈が変更されるものではない。 (2) 除斥期間の起算点について [132] 不法行為による損害賠償請求権については,不法行為による損害であることが顕在化していなかったとしても,実体法上は加害行為の時点で将来生ずべき損害を含む全損害が発生しているとみるべきである。原告らの挙げる平成16年じん肺判決及び平成18年B型肝炎判決は,損害の性質上,加害行為から相当期間が経過した後に損害が発生するという客観的な関係が認められる場合に限り,例外的に損害発生時が除斥期間の起算点になることを認めたものである。 [133] 原告らが本件各手術による精神的損害及び身体の損害に加えて社会生活における損害を受けているとしても,これらの損害はいずれも本件各手術と相当因果関係の範囲内にあるものであり,実体法上,本件各手術の時に生じていたものであって,上記判例を根拠として除斥期間の起算点を変更すべきとの原告らの主張は理由がない。 (3) 信義則違反又は権利濫用 [134] 原告らは,除斥期間の経過により権利が消滅した旨の被告の主張が信義則違反又は権利濫用に当たる旨主張するが,上記のとおり,民法724条後段は除斥期間を定めたものであるから,原告らの主張は主張自体失当といわざるを得ない。 [135] 原告らが指摘する平成10年判決及び平成21年判決は、除斥期間の経過により権利が消滅した旨の主張が信義則違反又は権利濫用に当たる旨を判示したものではなく,平成10年判決の多数意見はこれを明示的に否定している。 [136] また,平成10年判決は,法定代理人を有しない場合に民法158条の法意に照らして例外を認めたもの,平成21年判決は殺人事件の加害者が被害者の死体を隠匿するなどしたため,殺害行為が発覚せず,約26年後にようやく身元が確認されるに至ったという事案であり,その除外の範囲は極めて例外的なものである。このように,除斥期間の規定を適用することが著しく正義・公平に反する事情が認められるのは,加害者の行為に基因して被害者等による権利行使が客観的に不可能となった場合に限られるというべきである。原告らの主張する事情は,いずれも被告の行為に基因して原告らが損害賠償請求権を行使することが客観的に不可能となったことを基礎づける事情ではない。 (4) 憲法17条違反 [137] 憲法17条の制定趣旨は,大日本帝国憲法下での国家無答責を修正するものであるから,国又は公共団体が負うことになる損害賠償責任について,民法上の不法行為責任を超える内容の規律とすることまでは要請していないと解すべきである。民法724条後段を適用する国賠法4条は,民法上の不法行為制度をモデルとする国家賠償制度を構築するという憲法17条の要請を体現する規定であるから,合理性を有するというべきである。 [138] また,民法724条後段は,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図し,被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものであるところ,かかる趣旨・目的は正当であるうえ,期間も20年の長期とされており,目的達成のための規律として不合理とはいえない。 [139] 原告らは,本件において民法724条後段を適用することが憲法17条の適用上違憲であるとも主張するが,適用違憲の方法による審査が認められるのは,一般的な法令違憲の審査とは別に,当該事件にかかる司法事実を基にして設定された適用類型との関係で当該規定の合憲性を論じる意味がある場合に限られるというべきであるところ,原告らが指摘する事情は,仮にそれが認められたとしても,国の公務員の行為の違法性に影響を与える事情となるに止まり,憲法17条適合性という憲法判断に影響を与える余地はない。 (5) 国際人権法違反 [140]ア 条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。)28条は,条約不遡及の原則を定めているところ,原告らが主張する本件各条約には遡及適用を認める明文の規定はなく,他の方法によっても遡及適用を行うとの意図は確認されていない。 [141]イ そうすると,本件各手術の終了時点で加害行為は完結しており,本件各条約の効力発生後の加害行為は認められないから,本件各条約は適用されないというべきである。 [142]ウ また,基本原則及びガイドラインは,国際連合憲章10条等に基づき採択された国連総会の決議であるから,国連加盟国に対する勧告にすぎず,法的拘束力を有するものではない。 [143] そして,国際慣習法は,諸国家の行為の積み重ねを通じて一定の国際的慣行が確立しており,かつ,それを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在する場合に成立するとされているところ,時効適用制限条項は,複数の加盟国からの懸念の表明を受けて,その冒頭に「適用可能な条約において規定されている場合,あるいは,他の国際的な法的義務に含まれている場合」との限定文言が挿入され,条約等による義務を負わない国については時効不適用の義務を負わないことが明らかにされている。したがって,時効適用制限条項は上記の成立要件を満たさず,国際慣習法として確立しているものではない。 [144]エ したがって,条約及び国際慣習法を根拠に,本件各手術について除斥期間の規定を適用することは許されない旨の原告らの主張は理由がない。 [145]1 前記前提事実並びに証拠(認定事実の末尾に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1) 旧優生保護法制定に至る経緯 [146]ア 昭和15年3月,第75回帝国議会において国民優生法が成立した。 [147] 同法は,戦時国策の一貫として,日本民族の体位の向上及び良質人口の増加を目的としたものであり,不妊手術については,悪質な遺伝確実と認められる疾患の増加を防ぐために必要な場合にのみ認められていた。同法の審議過程においては,法の目的について,「国家社会ニ悪質ノ疾患ヲ蔓延サセルコトヲ防止スル」ことであると説明されていた。 [148] 国民優生法の下では,昭和16年から昭和22年までの間に,538人に対して不妊手術が実施された。 [149] 終戦後の昭和21年11月30日,昭和22年2月21日及び同年3月13日,帝国議会において優生政策について審議が行われた。その際,当時の国務大臣は,「だんだん憲法の本則に基きまして,個性尊重の時代になって来ましたので,強制的に断種その他のことはただいまはやる考えはもちません。」などと答弁していた。(甲A77,270ないし273,279,280) [150]イ 旧優生保護法の法案は,日本国憲法施行後の昭和22年の第1回国会で議員提案され,同国会では廃案となったが,昭和23年の第2回国会において再提案された。法案の提出理由は, 「国民優生法は,戦時国策の一立法として人口増殖政策の基調に立ち,悪質な遺伝確実と認められる疾患の増加を防ぐためにのみ優生手術を認め,一般的には,いやしくも人口増殖の目的に反する手段は一切これを禁止してきたのであるが,現在においては,戦後の変ぼうした社会的環境を考慮して,国民素質の向上策について新しい発足をすることが必要である。即ち,悪質な素質の遺伝による国民資質の低下を防止すべきは勿論であるが,更に進んで,母性の生命健康の保護という観点から,優生手術の対象範囲を拡張するとともに,あらたに,人工妊娠中絶についても必要な限度においてこれを認める必要がある。これが,この法律案を提出する理由である。」とされていた。 [151] 法律案の提出議員の一人であるA参議院議員(以下「A議員」という。)は,昭和23年6月19日の参議院厚生委員会において, 子どもの将来を考えるような比較的優秀な階級の人々が普通産児制限を行い,無自覚者や低脳者などはこれを行わないために,国民素質の低下すなわち民族の逆淘汰が現れてくるおそれがある,などと法案の提出理由を説明した。 [152] 旧優生保護法の法案は,同月22日の参議院厚生委員会において可決され,同月23日に行われた参議院第2回本会議においても,A議員は, 比較的優秀な階級の方のみが産児制限を行い,無自覚者や低能者などはこれを行わないために,国民素質の低下すなわち民族の逆淘汰を起こすおそれがある,などと提案理由を説明した。法案については,討論の申し出がされることはなく,全会一致で可決され,衆議院に送付された。 [153] 旧優生保護法の法案は,衆議院厚生委員会において2回の審議により可決され,同月28日の第2回本会議において全会一致で可決されて,同年7月13日に成立し,同年9月11日から施行された。(甲A1ないし8) (2) 旧優生保護法制定後の国会の状況及び改正の経緯 [154]ア 昭和24年5月12日,第5回国会の衆議院本会議において,優生思想及び旧優生保護法の普及を図ることを人口の自然増加抑制策の一つとする「人口問題に関する決議案」が全会一致で可決された。同決議に際しては,B衆議院議員(以下「B議員」という。)から,優秀ではない素質の人に対しては,旧優生保護法を完全に適用して劣悪階級の方々の出生を防ぐ,いわば優生学的な産児制限がされなければならない旨の意見や,病弱者の妊娠中絶を図って適当に人口の自然増加を抑制することは現在の状態のもとにおいては必要にしてやむを得ない手段と考える旨の意見が述べられた。(甲A10) [155]イ 昭和24年,同年法律第216号により,旧優生保護法の第1次改正がされた。 [156] 同改正により,同法4条の審査を要件とする優生手術につき,医師は都道府県優生保護審査会に「申請することができる」とされていたものが「申請しなければならない」との規定に改められ,申請が義務付けられることとなった。また,同法3条の同意による優生手術のうち同条1項2号の要件につき,「子孫にこれが遺伝するおそれのあるもの」との文言が削除された。(甲A12) [157]ウ 昭和27年,同年法律第141号により,旧優生保護法の第2次改正がされた。 [158] 同改正により,同法3条の同意による優生手術の対象が,配偶者が精神病又は精神薄弱を有している場合にまで広げられ,新たに,遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱に罹っている者について,保護義務者の同意があった場合には都道府県優生保護審査会に優生出術を行うことの適否に関する審査を申請することができる旨の規定が設けられた。(甲A13) [159]エ A議員及びB議員は,旧優生保護法制定後,参議院予算委員会,社会労働委員会及び厚生委員会において, 精神病者や遺伝的な犯罪傾向のある家庭の子孫の増加率が非常に高い,などと述べて,優生手術の予算の増額を求めた。C厚生大臣は,昭和28年5月29日の予算委員会において,善処したい旨述べた。(甲A48ないし51,89) (3) 旧優生保護法に基づく優生手術の実施状況等 [160]ア 昭和24年から平成8年までに行われた旧優生保護法3条1項1号又は2号に基づく優生手術の実施件数は合計6967件,同法4条に基づく優生手術の実施件数は合計1万4609件,同法12条に基づく優生手術の実施件数は1909件である(甲A27,弁論の全趣旨)。 [161]イ 法務府は,昭和24年10月11日,厚生省公衆衛生局長からの照会に対し, 旧優生保護法4条の審査を要件とする優生手術は,本人が手術を受けることを拒否した場合においても,手術を強行できると解さなければならず,その場合に許される強制の方法は,手術の実施に際し必要な最小限度であるべきはいうまでもないことであるから,なるべく有形力の行使は慎むべきであって,それぞれ具体的な場合に応じ,真に必要やむを得ない限度において身体の拘束,麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があるものと解すべきである,と回答した。 [162] 厚生省は,この回答内容を踏まえ, 審査を要件とする優生手術を実施する際には,真に必要やむを得ない限度において身体の拘束,麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解して差し支えない旨の厚生省公衆衛生局長通知(同年10月24日衛発第1077号)を発し,第2次改正後の昭和28年6月12日にも同旨の厚生事務次官通知(同日厚生省発衛第150号)を発した。これらの通知は,平成8年改正まで改められることはなかった。(甲A25,52,86,87,91,92) [163]ウ 厚生省公衆衛生局庶務課長は,各都道府県衛生部長に宛てて,昭和29年12月24日付けで「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する文書(同日衛庶第119号)を発出し,審査を要件とする優生手術について,「実施計画を相当に下回る現状にあるので,なお一層の御努力を頂き,計画通り実施するように願いたい。」旨を通知した(甲A94)。 [164]エ 各都道府県の優生保護審査会は,精神科医師,裁判官,検察官,民生委員,行政関係者,大学教授などから構成されていた。複数の都道府県の優生保護審査会では,迅速な判断の必要性を理由に持ち回り決議で優生手術を行うことが適当と議決されることがあったほか,旧優生保護法4条の審査を要件とする優生手術の要件である遺伝性の審査は,近親者に精神疾患の患者がいるか否かの審査に止まり,近親者にいない場合であっても特に疑問視されずに優生手術は適当と判断されることがあった。また,脳性小児麻痺の女性について,精神薄弱との診断により旧優生保護法12条の申請を行っている事例や,旧優生保護法施行規則の定める術式以外の術式が用いられる事例もあった。女性を対象とする申立てについては,多くの事例で,異性への性的関心や性的被害を受けるおそれ,子育ての困難性などが理由とされており,旧優生保護法上要件となっていないはずの保護者の同意書の添付が要件とされたり,保護者が執拗に同意を迫られたりすることもあった。 [165] また,知的障害や脳性麻痺などの障害を有する女性に対し,親族や入所先の施設の判断により,生理の介助の負担や妊娠を防ぐことなどを目的として,「子宮異常」などの病名を付する形で,本人の同意を得ないまま,正常な子宮の摘出が行われる事例も多くあった。(甲A161ないし168,234の1ないし3,235,236の1ないし4,237の1及び2,238の1ないし10,239の1ないし4,240の1ないし5,241,242の1及び2,243の1ないし7,244の1及び2,証人D(以下「D医師」という。)) (4) 平成8年改正に至る経緯 [166]ア 自由民主党政務調査会社会部会優生保護法等検討小委員会は,昭和58年5月18日,「優生保護法の取扱いについて」と題する文書を取りまとめた。 [167] 同文書では, 旧優生保護法は,終戦直後の特殊な社会経済情勢と国民意識を背景として制定されたものであることから,法の立法趣旨の根底に人口政策や民族の逆淘汰の防止といった思想が存在し,今日の社会思潮と医学水準等に照らして法の基本面に問題があるとの認識を得るようになった,などと指摘されていた。(甲A114) [168]イ 厚生省では,優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという目的への疑問や,優生手術は人道的に問題があるのではないか,産む,産まないは女性(及び配偶者)の判断に任せるべきではないかなどの問題点が指摘されていることを踏まえ,精神保健課の職員が,旧優生保護法の全面改正を行うとした場合の手順について5か年計画を記載した「優生保護法の改正について(I案)」(昭和61年10月5日付)と題する文書を作成した(甲A115)。 [169]ウ 東海大学医学部公衆衛生学教室のE教授は,昭和62年度厚生科学研究費補助金に係る研究事業として,優生手術の適応事由等に関する研究を行い,昭和63年3月31日付けで,厚生大臣に対して研究報告書を提出した。 [170] 同教授は,同報告書において, 旧優生保護法の審査を要件とする優生手術は,人権侵害が甚だしいにもかかわらず,公益上の,という極めて不明瞭な理由から本人の意思とは無関係に正当化されていること,等の意見を述べていた。(甲A116) [171]エ 厚生省においては,昭和63年8月4日までに,旧優生保護法について,改正が必要と考えられる条文ごとに,検討事項を整理した文書が作成された。同文書には,法の目的から優生思想を排除すること,優生手術については優生思想を排除し,適正な出産の権利及び母体保護の観点から整理することなどが記載されていた。 [172] 昭和63年8月15日付けで厚生省児童家庭局母子衛生課が作成した「優生保護法の改正について」と題する文書においても,旧優生保護法の名称を母性保護法に改め,優生思想を排除することなどが検討される予定である旨が記載されていた。また,同課が同月16日付けで作成した「優生保護法をめぐる問題点」と題する文書では,優生思想はもはや時代に合わないのではないかとの問題意識や,優生手術の是非や人道上の問題についての意見などが示されていた。そして,同課が同年9月6日付けで作成した「優生保護法改正問題について(試論)」と題する文書では,強制優生手術は人権侵害も甚だしいものであり,また,そもそも,精神障害,精神薄弱などは遺伝率も極めて低く,優生保護の効果としても疑問があることなどが指摘されていた。 [173] 厚生省精神保健課においても,旧優生保護法の改正に向けた検討がされ,平成元年3月3日までに作成された同課の文書では, 旧優生保護法の「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」との目的は不当な差別であり,人権上の問題があること,などの考えが示されていた。(甲A117ないし121) [174]オ 平成5年に障害者基本法が成立し,これを契機として,旧優生保護法を改正すべきとする要望が高まった。同年6月12日には,知的障害者の女性について,生理介助の負担軽減を図るため,国立大学付属病院の医師が正常な子宮を摘出する手術を行っていたことが新聞報道され,文部省が調査を開始した。 [175] 平成6年9月には,エジプトのカイロで開催された国際人口開発会議において,日本の障害者団体であるDPI(障害者インターナショナル)女性障害者ネットワークのメンバーが,旧優生保護法に基づく強制的な優生手術の問題や,女性障害者の子宮摘出手術の実態を訴え,これが世界のマスコミに取り上げられ,旧優生保護法に対する批判が外国の新聞においても報道された。 [176] 同ネットワークは,平成7年2月18日付けで,厚生大臣に対し,「優生保護法,刑法堕胎罪の撤廃を求める要望書」を提出した。同ネットワークは,同文書において,旧優生保護法とそれに基づく優生思想により,障害者は人間としての誇りや自尊心を傷つけられたものであり,障害者の人権を無視した法律が戦後50年近く経った現在も存在していることに強い憤りを覚えることなどを訴え, 病気以外の理由による子宮摘出手術を直ちにやめるよう,関係諸機関に指導を徹底すること,などを要望していた。 [177] また,旧優生保護法の撤廃を求めて厚生省と交渉を続けていた日本脳性マヒ者協会全国青い芝の会総連合会は,厚生省精神保健課に対し,「優生保護法撤廃に向けての再度交渉申入れ書」を提出して, 旧優生保護法に代わる新たな中絶法を立法するための検討委員会を速やかに設置すること,などを要求していた。 [178] そして,日本障害者協議会は,平成8年6月3日付けで,国会議員各位宛ての「優生保護法の見直しについての要望書」を発出し, 旧優生保護法の法律名から「優生」を,第1条の法律の目的から「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」を削除すること,などを求めた。(甲A122,123,125,126,131,161ないし168,169の1) (5) 平成8年改正 [179] 第136回国会において,「優生保護法の一部を改正する法律案」が提出され,平成8年6月14日の衆議院厚生委員会において, 改正の趣旨は,旧優生保護法の目的その他の規定のうち不良な子孫の出生を防止するという優生思想に基づく部分が障害者に対する差別となっていること等に鑑み,所要の規定を整備しようとするものであり,旨の説明がされた。そして,同委員会の審議を経て,同月14日の衆議院本会議において過半数の賛成により可決され,同月18日に参議院本会議においても過半数の賛成により可決されて成立した。この平成8年改正により,旧優生保護法は,その題名が母体保護法に改められるとともに,目的規定(1条)が改正され,法律中の「優生手術」の語が「不妊手術」となり,本件各規定は全て削除された。 [180] なお,上記本会議においては,国連の国際人口開発会議で採択された行動計画及び第4回世界女性会議で採択された行動綱領を踏まえ,リプロダクティブ ヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康・権利)の観点から,女性の健康等に関わる施策に総合的な検討を加え,適切な措置を講ずることを決議する内容の附帯決議案も可決されている。(甲A32ないし35) (6) 平成8年改正後の経緯 [181]ア 障害者団体や女性団体などから構成された優生手術に対する謝罪を求める会は,平成9年9月16日,F厚生大臣に対し,旧優生保護法の下で強制的に不妊手術をされた人々及び「不良な生命」と規定されたことにより誇りと尊厳を奪われた障害を持つ人々全てに謝罪し,併せて補償を検討することなどを求める要望書を提出した(甲A229,230)。 [182]イ 国連自由権規約委員会は,1998年(平成10年)11月19日付け文書(規約40条に基づき日本から提出された報告の検討・自由権規約委員会の最終見解)において,日本政府に対し,障害を持つ女性の強制不妊の廃止を認識する一方,法律が強制不妊の対象となった人達の補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い,必要な法的措置をとるよう勧告した(甲A38)。 [183]ウ 日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は,平成13年11月,「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約の日本における実施状況に関する第4回日本政府報告」に対する日弁連の報告と題する文書において,国連自由権規約委員会の日本政府に対する上記勧告に言及し,日本政府は旧優生保護法下の強制にわたる不妊手術の被害救済に取り組むべきである旨提言した。なお,日弁連は,平成27年3月19日付けの女性差別撤廃条約に基づく第7回及び第8回日本政府報告書に対する日弁連の報告書においても,日本政府が旧優生保護法により強制不妊手術の対象とされた人たちへの補償などの施策を行っていないことを指摘していた。(甲A43、44) [184]エ G厚生労働大臣は,平成16年3月24日,参議院厚生労働委員会において,H議員からの旧優生保護法による被害の実態調査あるいは事実の究明,補償等の必要性について質問され,旧優生保護法があった以上,その対象となった人がいることは紛れもない事実であり,そうした事実を今後どうしていくかということは,今後私たちも考えていきたいと思っている旨答弁した(甲A55)。 [185]オ 日本政府は,平成18年12月,前記イの国連自由権規約委員会からの勧告を踏まえて作成した第5回報告書において,旧優生保護法に基づき適法に行われた手術については過去に遡って補償することは考えていないとの見解を示した(甲A39)。 [186]カ 日弁連は,平成19年12月,上記オの第5回報告書に対し,過去に発生したハンセン病患者をはじめとする障害を持つ女性に対する強制不妊措置について,政府としての包括的な調査と補償を実施する計画を早急に明らかにすべきであり,国は今後の同種被害の発生防止のため,リプロダクティブ・ライツを含む女性の性的意思決定権尊重のための人権教育・ジェンダー教育を随時実施すべきである旨の意見を述べた(甲A40)。 [187]キ 国連自由権規約委員会は,2008年(平成20年)10月30日付け文書及び2014年(平成26年)8月20日付けの文書で,日本政府が同委員会の勧告の多くを履行していないことについて懸念を表明し,勧告を実施すべきである旨の意見を表明した。また,国連の女子差別撤廃委員会も,日本政府に対し,2016年(平成28年)3月7日付けの文書において, 旧優生保護法に基づき行った女性に対する強制的な優生手術という形態の過去の侵害の規模について調査を行った上で,加害者を訴追し,有罪の場合は適切な処罰を行うこと,などを勧告した。(甲A41,42,46) [188]ク 日弁連は,平成29年2月16日付け「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」を公表し, 国は旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶が,対象者の自己決定権及びリプロダクティブ・ヘルス/ライツを侵害し,遺伝性疾患,ハンセン病,精神障がい等を理由とする差別であったことを認め,被害者に対する謝罪,補償等の適切な措置を速やかに実施すべきであること,などの意見を述べた(甲A47)。 (7) 仙台訴訟の提起及び一時金支給法の制定等 [189]ア 平成30年1月30日,旧優生保護法に基づく優生手術を受けた女性が,国に対して国賠法1条1項に基づく損害賠償請求訴訟(仙台訴訟)を提起した。 [190] これを契機として,同年3月5日,国会議員により超党派の「優生保護法下の強制不妊手術について考える議員連盟」が立ち上げられ,また,与党内でも,「与党旧優生保護法に関するワーキングチーム」が発足した。 [191] そして,同年5月24日に立法措置を検討する法案作成PTが立ち上げられ,被害当事者,優生手術に対する謝罪を求める会,日本障害者協議会,DPI日本会議,DPI女性障害者ネットワーク,全日本ろうあ連盟などの関係諸団体からヒアリングを行うなどして,平成31年3月,一時金支給法の法案がとりまとめられた。 [192] 同法案は,衆議院及び参議院においていずれも全会一致で可決され,一時金支給法として平成31年4月24日に成立した。同法は,優生手術等を受けた者に対する一時金の支給に関し必要な事項等を定めることを目的とする法律であり(同法1条),一時金の額は320万円と定められている(同法4条)。(甲A68,69,72) [193]イ 原告1について令和2年10月30日,原告4について同年1月7日,原告5について同年9月7日,それぞれ一時金支給法に基づく一時金320万円の支給が決定されている(甲B10,甲C7,甲D8)。 [194] 前記前提事実並びに証拠(認定した事実関係の冒頭に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,原告1,原告4及び原告5に対する優生手術等に関して,次の事実が認められる。 (1) 原告1夫妻に係る事実関係(甲B1ないし9,11,原告1本人,原告2本人,証人D医師) [195]ア 原告1は,昭和○年○月○日,5人兄弟の第1子として出生した。 [196] 原告1は,出生時には聴覚に障害はなかったが,4歳の頃に両耳の慢性中耳炎が悪化して難聴となった。原告1の両親や4人の弟妹には,聴覚障害はない。 [197]イ 原告2は,昭和○年○月○日,8人兄弟の第5子として出生した。原告2は,出生時から両耳が聞こえず,弟の一人も同様であった。 [198]ウ 原告1夫妻は,昭和41年に○○ろうあ協会の活動を通じて知合い,昭和43年頃に結婚を決意し,結納を交わした。原告1夫妻の両親は,結婚には反対しなかったが,原告1の母親は,結婚の条件として,「子どもを作ってはだめだ」と述べていた。 [199]エ 原告1は,昭和43年1月から同年3月頃,母親に連れられて実家近くの医院を受診した。原告1は,看護師から指示されてズボンを脱いでベッドに横向きに横たわり,腰部付近に注射を打たれ,その前後に陰毛を剃られた後,陰部付近にメスを入れられ,本件手術1を受けた。 [200] 原告1は,事前にも事後にも医師や母親から手術の内容について説明を受けることはなかったが,従前母親が示していた結婚の条件から,本件手術1が不妊手術であることを認識した。 [201] 原告1は,原告2に対し,「母親と病院へ行った。」「手術をされた。」「子どもは駄目」と手話で伝え,子どもを望んでいた原告2は衝撃を受けた。 [202]オ 原告1夫妻は,昭和43年○月○日に結婚式を挙げ,同月○日に婚姻届を提出した。 [203] 原告1夫妻は,その後,子どもに恵まれることはなかった。 [204]カ 原告1の陰嚢の付け根左側には20×3mmの瘢痕が,右側には22×2mmの瘢痕が残存している。 (2) 原告3夫妻に係る事実関係(甲C1ないし6,証人D医師,原告3本人,原告4本人) [205]ア 原告3は,昭和7年○月○日に10人兄弟の第6子として出生した。 [206] 原告3は,出生時から耳が聞こえず,他の兄弟3人も出生時から聴力がなかった。 [207]イ 原告4は,昭和7年○月○○日,7人兄弟の長女として出生した。 [208] 原告4は,出生時には聴力の障害はなかったが,3歳頃に病気で聴力を失った。原告4の両親や兄弟に聴覚障害はない。 [209]ウ 原告3夫妻は,昭和35年5月4日に結婚式を挙げ,原告3の実家で生活するようになり,昭和36年12月11日に婚姻の届出をした。 [210] 結婚式を挙げて2,3か月後の昭和35年7月又は8月頃,原告4は妊娠し,原告3と喜び合った。 [211] 翌日,原告4の母親が現れ,原告4を実家近くの病院に連れて行き,原告4に対して「赤ちゃん」「くさってる。」と述べた。 [212] 原告4は,看護師の指示で下着を脱いで内診台に座り,麻酔を打たれたところで意識を失い,本件手術2を受けた。 [213] 別の部屋で意識を回復した原告4は,事前の母親の言葉から,自身が中絶手術を受けたことを認識した。 [214]エ 原告4は,自宅に戻った後も泣いてばかりいたため,原告3にその理由を尋ねられ,「赤ちゃんを捨てられた。」と子どもを失ったことを伝えた。原告3は,原告4の腹部に横一文字に大きく切られ,ホッチキス様のもので縦に塗った傷跡があることを確認した。 [215]オ 原告3夫妻は,不妊手術をされたとまでは思わず,「もう一度子どもを作ろう。」と話し合っていたが,その後,子どもに恵まれることはなかった。 [216]カ 原告4の下腹部の臍下75mm,恥骨結合上縁から30mmの付近には,横に走る50×3mm(中央の約30mm部分の瘢痕の幅は約7mm)の瘢痕が残存している。 (3) 原告5に係る事実関係(甲D1ないし7,証人D医師,原告5本人) [217]ア 原告5は,昭和30年○月○日に出生した。原告5は,先天性の脳性小児麻痺であり,出生時から手足の運動障害を有していた。原告5の両親や兄弟に脳性小児麻痺の障害を有する者はいない。 [218]イ 原告5は,母方の祖父母宅で生活していたところ,12歳であった昭和43年3月27日,祖母と叔父に連れられて,神戸市○○山付近の病院に入院した。 [219] 原告5は,入院の数日後,看護師に陰部や下腹部の毛を剃られ,注射を打たれた後,ストレッチャーで手術室に運ばれ,その後,意識を失い,本件手術3を受けた。 [220] 原告5は,病室のベッドで目を覚ました。その際,腹部に違和感があり,数日後に着替えをした際に,下腹部に15cm程度の傷があることに気付いた。 [221]ウ 原告5は,本件手術3を受けるに際して祖母や医師から説明を受けることはなかったが,16歳頃,生理が始まったかと従妹に尋ねられて本件手術3との関連を疑った。原告5が祖母に尋ねたところ,祖母は,「ママはあんたのためにやった。」とのみ答えた。原告5は,生理についての親族の会話内容などとも照らし合わせて,本件手術3が不妊手術であることを認識した。 [222]エ 原告5は,平成10年5月に交際していた男性と婚姻を届け出て,同年6月28日に結婚式を挙げたが,原告5が子どもを産むことができないことを理由に結婚に反対していた男性の親族は出席しなかった。原告5は,平成15年に離婚した。 [223] 原告5が子どもに恵まれることはなかった。 [224]オ 原告5の下腹部中央には,臍下縁から60mmの部分から,長さ80mmの縦に走る瘢痕(下部37mmは幅9mm)が残存している。 (4) 本件手術1について [225]ア 原告1は,母親に連れられて実家近くの医院を受診し,本件手術1を受けた旨主張し,その経緯を具体的に供述しているところ,上記認定事実のとおり,原告1には同供述に合致する瘢痕(陰嚢の付け根左側に20×3mm,右側に22×2mmのもの)が残存し,当該瘢痕について,産婦人料医師であり,平成8年改正以前に優生手術を実施した経験を有するD医師は,不妊手術(精管結紮又は精管離断手術),ヘルニアの手術又は精索静脈瘤の手術が考えられる旨の見解を述べているところである。そして,原告1にヘルニアや精索静脈瘤の既往症があるとは認められないこと,原告1の母親が,原告1に対し,結婚の条件として「子どもを作ってはだめだ」と述べていたこと,原告1は原告2と結婚する直前に母親に医院に連れていかれ,本件手術1を受けていること,原告1夫妻が子どもに恵まれていないこと等に鑑みれば,本件手術1は不妊手術(精管結紮又は精管離断手術)であったと推認することができる。 [226]イ 旧優生保護法下において,不妊手術(精管結紮又は精管離断手術)は,遺伝性の疾患(同法12条の場合は遺伝性以外の精神病又は精神薄弱)のある者を対象として,本人の同意による優生手術(同法3条)又は審査による優生手術(同法4条ないし13条)により行われるものであるところ,前記認定事実のとおり,原告1は出生時には聴覚障害はなく,中耳炎の悪化により聴覚障害を有するようになったものであるから,遺伝性の疾患を対象とする優生手術の要件を満たさないが,原告1の母親が結婚の条件として「子どもを作ってはだめだ」と述べていたことからすると,原告1の母親は,原告1の聴覚障害を遺伝性のものと認識していたとも考えられる。そして,原告1に本件手術1を実施した医師が旧優生保護法に基づかない不妊手術を行うとは考え難いことからすれば,原告1の母親の同意を原告1の同意とみなし,同法3条による優生手術が実施された可能性が高いというべきである。 [227]ウ そうすると,本件手術1は旧優生保護法3条1項1号に基づく優生手術として行われたものと認められる。 (5) 本件手術2について [228]ア 前記認定事実によれば,原告4は,妊娠が判明した直後に,母親に連れて行かれた実家近くの病院で本件手術2を受けた旨供述しているところ,かかる供述は,原告4の下腹部の臍下75mm,恥骨結合上縁から30mmの付近には,横に走る50×3mm(中央の約30mm部分の瘢痕の幅は約7mm)の瘢痕が残存していることと整合しており,D医師は,この傷跡からは,卵巣嚢腫,子宮筋腫,子宮外妊娠,帝王切開,不妊手術(腹式卵管結紮術)が考えられる旨を供述しているところである。そして,原告4について,既往症や子宮外妊娠,帝王切開の経験があるとは認められないこと,原告3夫妻が子どもに恵まれることがなかったことからすると,原告4は,中絶の措置に加えて不妊手術(腹式卵管結紮術)を受けたものと推認することができる。 [229]イ 原告4は,出生時には聴力の障害はなく,3歳頃に病気で聴力を失ったものであり,原告4の両親や兄弟に聴覚障害はないのであるから,客観的にみれば遺伝性の疾患であったとは考えられない。しかしながら,前記認定事実のとおり,原告4の妊娠が判明するや,原告4の母親が中絶手術を受けさせていることからすると,原告3及び原告4の聴覚障害を遺伝性のものと認識していたと考えられること,原告4に本件手術2を実施した医師が旧優生保護法に基づかない不妊手術を行うとは考え難いことからすれば,原告4の母親の同意を原告3夫婦の同意とみなし,同法3条による優生手術が実施された可能性が高いというべきである。 [230]ウ そうすると,本件手術2は旧優生保護法3条1項1号に基づく優生手術として行われたものと認められる。 (6) 本件手術3について [231]ア 前記認定事実のとおり,原告5は,祖母らに連れられて病院に入院し,本件手術3を受けた経緯を具体的に供述しているところ,原告5の下腹部には開腹手術を受けたと解される傷跡があり,D医師は,当該傷跡から,消化管,膀胱,内性器(子宮,卵巣,卵管)に対する手術が考えられる旨供述しているところである。そして,原告5に消化管や膀胱の手術の既往症があるとは認められないこと,原告5には生理がなく,子どもに恵まれることはなかったこと,原告5が16歳の頃,生理がないことと本件手術3との関係を祖母に確認したところ,祖母は「ママはあんたのためにやった。」と答えていたこと等に鑑みれば,本件手術3は,子宮摘出手術による不妊手術であったと推認できる。 [232]イ 旧優生保護法下において,不妊手術は,本人の同意による優生手術(同法3条)又は審査による優生手術(同法4条ないし13条)により行われるものであるところ,原告5が本件手術3を受けたのは12歳であるから,未成年者にはできないとされていた同法3条に基づく優生手術であったとは考えられず,本件手術3は審査による優生手術であったと推認することができる。そして,原告5の小児麻痺が遺伝性のものであることを窺わせる事情はなく,また,子宮摘出手術は,旧優生保護法施行規則の定める不妊手術ではないものの,前記認定事実のとおり,知的障害や脳性麻痺などの障害を有する女性に対し,生理の介助の負担や妊娠を防ぐことなどを目的として,真実とは異なる病名を付する形で,本人の同意を得ないまま,正常な子宮の摘出が行われる事例も多数存在していたこと,その際には「精神薄弱」との診断で旧優生保護法12条の申請がされる事例もあったこと,当時の各都道府県における優生保護審査会における審査は,迅速な判断の必要性を理由に持ち回り決議で行われる事例や,優生手術の要件である遺伝性の審査が十分にされない事例も認められたことなどに鑑みれば,本件手術3は同審査会の簡易な審査を経て行われた可能性が高いというべきである。 [233]ウ 以上によれば,本件手術3は旧優生保護法12条の審査による優生手術であったと推認することができる。 [234](1) 旧優生保護法は,優生上の見地から不良な子孫の出生を防止することを目的として優生手術を行うことを定めるものであり,これは,特定の障害ないし疾患を有する者を「不良」とみなし,生殖機能を回復不可能にさせる手術により,子どもを産み育てるか否かの意思決定の機会を奪うものである。かかる旧優生保護法の立法目的が極めて非人道的であって,個人の尊重を基本原理とする日本国憲法の理念に反することは明らかであるところ,被告は,旧優生保護法の立法目的を支える立法事実の存在や立法目的の合理性を何ら主張立証していない。そうすると,身体への強度の侵襲を伴う手術を行い,生殖機能を回復不可能にさせる手続を定める本件各規定(優生条項)は,審査に係るものは勿論,同意に基づくとされているものについても個人の尊厳を著しく侵害するものであり,正当性も合理性もおよそ認められないものというほかない。 [235](2) 憲法13条は,すべての国民が個人として尊重され,生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利について,立法その他国政の上で,最大限の尊重を必要とする旨を定めているところ,これは国民の私生活上の自由が公権力の行使に対して保護されるべきことを規定しているものである(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。そして,特定の障害や疾患を有する者について,優生手術を実施する旨定める優生条項が,子どもを産み育て,子孫を残すという生命の根源的な営みを否定するものであって,優生手術の対象となった者の幸福追求権,自己決定権を侵害することは明らかであるから,同条項は憲法13条に違反する。 [236] また,憲法14条1項は,すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されないと定めているところ,この平等の要請は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨であると解される(最高裁昭和48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁参照)。そして,優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという優生思想に基づき,特定の障害や疾患を有する者について,優生手術を行う旨の優生条項が,不合理な差別的取扱いを定めるものであって,法の下の平等に反することは明らかであるから,憲法14条1項に違反する。 [237] さらに,憲法24条2項は,配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならないと定めているところ,これら婚姻及び家族に関する事項について立法するに当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとして,その裁量の限界を画したものと解される(最高裁平成27年12月16日大法廷判決(民集69巻8号2427頁)・最高裁同日大法廷判決(民集69巻8号2586頁)参照)。そして,子どもを産み育てることは家族に関する事項であり,特定の障害や疾患を有する者に優生手術を行うことを定める優生条項が,個人の尊厳を著しく侵害するもので,上記裁量の限界を逸脱したものであることは明らかであって,憲法24条2項に違反する。 [238](3) 以上のとおりであって,優生条項(本件各規定)は憲法13条,14条1項,24条2項に違反するものである。 [239] 国会議員の立法行為又は立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,直ちに違法の評価を受けるものではない。しかし,その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障され,又は保護されている権利利益を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法又は立法不作為は,国賠法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである(平成17年選挙権判決,最高裁平成27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。 (1) 優生条項廃止の立法不作為(違法事由1) [240] 上記判示のとおり,優生条項は,その内容に照らして明らかに憲法13条,14条1項,24条2項に違反するものであり,国民に憲法上保障され,又は保護されている権利利益を違法に侵害するものであることは明白である。したがって,国会議員においては,速やかに優生条項を改廃すべきであったというべきであり,平成8年改正まで長期間にわたってこれを改廃しなかったことは国賠法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるというべきである。そして,優生条項の内容が明らかに憲法に反するものであることからすれば,国会議員には過失があると認められる。 [241] このように優生条項廃止の立法不作為は,国賠法上違法と評価されるものであるから,優生条項に基づき本件各手術を受けた原告1,原告4及び原告5は,これによって生じた損害について,被告に対し,同条1項に基づく損害賠償請求権を取得する。そして,前記認定事実のとおり,本件手術1は,原告1及び原告2が結納を交わし,結婚式を挙げる直前にされたものであること,本件手術2は,原告3及び原告4が婚姻の届出をした後にされたものであることからすれば,原告2及び原告3についても,配偶者との間に子をもうける機会を奪われたことによって生じた損害について,被告に対し,同条1項に基づく損害賠償請求権を取得する。 (2) 偏見差別解消のための立法不作為(違法事由2) [242]ア 原告らは, 国会議員は先行行為に基づき,立法措置①(社会内の優生思想及び障害者に対する偏見差別を作出・助長した責任を認め,謝罪すること),立法措置②(優生思想及び障害者に対する偏見差別を根絶するための施策を遂行する義務を明文化すること)及び立法措置③(被害を受けた当事者に対する賠償(補償)の措置)をとる義務がある旨主張する。 [243]イ 前記認定事実のとおり,重大な人権侵害を内包する旧優生保護法を成立させた上,第1次改正により医師に都道府県優生保護審査会への申請を義務付け,また遺伝するおそれがない場合にも同意による優生手術を可能とし,第2次改正によりさらに同意による優生手術の対象を広げ,精神疾患については遺伝性でない場合にも都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請できることとし,優生手術の範囲を拡張したこと,さらに当時の国会議員は,国会において日本の民族が逆淘汰の状況になるなどと述べて優生政策を推し進めるための予算の増額を求め,それに対して厚生大臣が善処を約していたことなどの事実からすると,これら国会議員の行為が,優生手術の対象とされた障害者の憲法上の権利を侵害するものであったことは明らかである。 [244]ウ そこで,これら優生政策を推し進めてきた国会議員の行為を先行行為と評価し,具体的な作為義務として優生条項の改廃以外に,原告らが主張する本件各立法措置をとるべき作為義務があったと認められるかについて検討する。 [245] まず,国会議員として,社会内の優生思想及び障害者に対する偏見差別を作出・助長した責任を認め,謝罪すること(立法措置①)については,前記認定事実のとおり,旧優生保護法下において強制不妊手術に関して国会が主導的役割を果たしてきたことを踏まえ,旧優生保護法下で特定の疾病や障害を有する者の基本的人権を侵害してきた歴史的事実を検証して、国会議員としてどのような対応をとるかの問題であって,その立法措置の有無及び内容については,国会の裁量的権限に委ねられるべき事柄であって,かかる立法の作為義務があったと解するのは困難である。 [246] また,優生思想及び障害者に対する偏見差別を根絶するための施策を遂行する義務を明文化すること(立法措置②)については,その施策の具体的な内容が一義的に明確なものではなく,国会での議論を通じて定められるべきものである。 [247] そして,被害を受けた当事者に対する賠償(補償)の措置(立法措置③)については,昭和22年制定の国賠法が存在していたのであるから,同法に加えて,損害賠償請求のための立法措置をとることが必要不可欠であり,それが明白であったとは認められない。また,優生手術は,その対象として遺伝性精神病質,遺伝性身体疾患及び遺伝性奇型あるいは別表に掲記された多種類の疾患を対象として,同意や審査によってされていたほか,旧優生保護法の優生条項の要件に該当しない場合にも行われていたものもあり,補償や救済の範囲,その実体的な要件や手続,具体的な補償内容をどのようなものにするかは,被害の実態調査等の結果を踏まえ,上記障害者の特性に配慮しながら検討する必要があるから,その立法の内容が明白なものとはいえず,国会の立法裁量に委ねられるべきものである。そして,その対応や措置が不十分なものであるとしても,それは原則として民主主義の過程を通じて是正されるべきものであり,立法の作為義務として評価することは困難である。 [248]エ このように,優生思想とそれに基づく国策としての優生政策,それによって助長された障害者に対する偏見や差別を根絶すること,そのために必要な立法政策を講じることは国会議員の職責であると解されるが,それらは国会で議論されて民主主義的な過程を経て決せられるべきものであって,国会の合理的な立法裁量に委ねられているものというべきである。 [249] そうすると,本件各立法措置が,原告らに憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために必要不可欠な所要の立法措置であり,それが明白であったとまでは認められない。 [250] したがって,原告らが主張する偏見差別解消のための立法不作為については,国賠法1条1項の適用上,違法と評価することはできない。 (3) 民法724条後段除外の立法不作為(違法事由3) [251]ア 原告らは, 国賠法4条により適用される民法の規定から民法724条後段を除外しない立法不作為について,憲法17条に反し国賠法1条1項の適用上違法である旨主張する。 [252]イ 憲法17条は,何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができると定め,国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上,公務員がどのような行為につきいかなる要件で損害賠償責任を負うかについては立法府の政策判断に委ねたものである。 [253] そして,公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し,又は制限する法律の規定が同条に適合するものとして是認されるものであるかどうか,すなわち,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲内であると認められるか否かは,当該行為の態様,これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度,免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ,当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである(平成14年郵便法判決参照)。 [254]ウ この点,民法724条後段が除斥期間を定めるものであることは後に判示するとおりであるところ,これは不法行為をめぐる法律関係を確定するため,被害者側の主観的な事情を問うことなく,損害賠償請求権の存続期間を画一的に定めることにあり,その目的には正当性が認められる。その期間は20年間と相当長期であるから,目的達成の手段として合理性及び必要性を欠くものではない。 [255] そして,後記に判示するとおり,同条後段の除斥期間をめぐっては,最高裁判所が,損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合に,その損害の発生時を起算点としたり,不法行為の加害者が被害者及び被害者の相続人の権利行使を不能又は著しく困難にした原因を自ら作出した特殊な事例において,除斥期間の適用を制限するなどの解釈を示していることに照らしても,国賠法4条により適用される民法の規定から民法724条後段を除外しないことが国民に憲法上保障され,又は保護されている権利利益を違法に侵害するものであるとはいえず,また,同条後段の規定を除外することが国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために不可欠であるということはできない。 [256] したがって,国賠法4条により適用される民法の規定から民法724条後段を除外しないことが,立法不作為として国賠法1条1項の規定の適用上,違法になるとは認められない。 [257](1) 原告らは, 本件各手術が行われた当時,厚生大臣は,憲法尊重擁護義務(憲法99条)に基づき,憲法に違反し重大な人権侵害をもたらす旧優生保護法に基づく優生手術の規定を改廃すべき義務や,実施しないように都道府県知事を指導すべき義務,実施しないように医師に指示を行う義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り,かえって優生手術を積極的に推進したことは,国賠法上の違法性がある旨主張する。 [258](2) そこで検討するに,法律の改廃について固有の権限を有するのは国会であり(憲法41条),内閣は法律案の提出権を有するにすぎないから,厚生大臣に優生条項を改廃すべき作為義務があるとは認められず,法律案の不提出をもって国賠法1条1項の適用上,違法であると評価することはできない。また,優生手術を実施しないよう指導・指示すべき義務は,国会において優生条項を改廃し,あるいは改廃に向けた具体的な議論がされていることを前提とするものであるところ,前記認定事実のとおり,厚生省においては,優生手術が人道的見地から問題であると指摘されていることを踏まえ,全面改正を行う手順につき,昭和61年10月5日付けの5か年計画の文書が作成されたり,昭和63年3月31日付けで東海大学医学部公衆衛生学教室のE教授が,優生手術の人権侵害を指摘するとともに,公益上の必要性からの手術は,遺伝素因が国民に残る蓋然性がかなり高いことが明白である場合以外にはなしえないと解すべきである旨の意見を述べるなどし,これらを踏まえて昭和63年から厚生省の内部において旧優生保護法の改正に向けた検討が進んでいったことが認められるものの,本件各手術がされた昭和35年ないし昭和43年当時において,原告らが主張する作為義務の前提となるような状況があったとは認め難い。 [259] 以上のとおりであって,厚生大臣において,国賠法1条1項の適用上,違法と評価すべき行為があったとは認められない。 [260](1) 原告らは,厚生省が優生政策を推し進めて優生思想を社会内に深く根付かせ,障害者に対する偏見差別を作出・助長してきたとして, 速やかに旧優生保護法を廃止するための諸手続を進め,優生政策を抜本的に転換しなかったこと(旧優生保護法廃止及び優生政策の抜本的転換の義務違反(違法事由5)),偏見差別を除去するために謝罪し,正しい知識を普及するための教育や啓発等の措置を講じなかったこと(偏見差別除去の義務違反(違法事由6))が国賠法1条1項の適用上違法である旨主張する。 [261](2) 確かに,厚生省は,障害者の福祉の増進・保健の向上に関する事務を所管事務としており,旧優生保護法に基づき行われた人権侵害の実情を容易に知り得る立場にあったものであるから,障害者への偏見差別の解消に向けた施策を講じるべき政治的,道義的な義務があったと解される。 [262] しかしながら,原告らの主張する違法事由5及び6は,いずれも厚生大臣及び厚生労働大臣による被害回復措置の不作為の違法をいうものであり,具体的には,法律案や予算案の提出を通じて,救済法の制定や障害者への偏見差別を解消するための施策を実施すべき義務を怠ったとの主張である。 [263] そして,前記判示のとおり,立法や予算の議決を行う権限を有するのは国会であって,厚生大臣及び厚生労働大臣は,内閣を通じて法律案又は予算案の提出を行う権限を有するにすぎない。この点,国会議員について,国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けるような不作為が認められないことは前記判示のとおりであるから,法律案や予算案の提出権を有するにとどまる厚生大臣及び厚生労働大臣の上記不作為を国賠法1条1項の適用上,違法と評価することはできない(最高裁昭和62年6月26日第2小法廷判決・裁判集民事151号147頁参照)。 [264] したがって,厚生大臣及び厚生労働大臣の不作為に関する原告らの違法事由5及び6の主張は採用できない。 (1) 原告らの損害賠償請求権の発生及び除斥期間の経過 [265]ア 前記判示のとおり,旧優生保護法の定める本件各規定は違憲であり,これに基づいて行われた本件各手術は,原告1,原告4及び原告5から生殖機能を奪うものであり,身体的被害とともに著しい精神的被害を与えたものと認められる。また,原告2及び原告3は配偶者との間に子をもうける可能性が奪われ,著しい精神的苦痛を負ったものと認められる。 [266] したがって,原告らは,被告に対し,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権を有していたものである。 [267]イ ところで,国賠法4条により適用される民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知ったときから3年間行使しないときは,時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも,同様とする。」と定めており,このうち後段は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであるから(平成元年判決参照),国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権は,「不法行為の時」から20年を経過することにより,法律上当然に消滅することになる。 [268]ウ これを本件についてみると,前記認定事実のとおり,本件手術1は昭和43年1月から同年3月頃に実施されているから原告1夫妻については遅くとも同年3月頃,本件手術2は昭和35年7月又は同年8月頃に実施されているから原告3夫妻については遅くとも同年8月頃,本件手術3は昭和43年3月頃に実施されているから原告5については同月頃が「不法行為の時」と解される。 [269] そうすると,原告らの被告に対する損害賠償請求権は,原告1夫妻については昭和63年3月頃,原告3夫妻については昭和55年8月頃,原告5については昭和63年3月頃の経過をもって,不法行為の時から20年が経過していることになる。 [270] したがって,原告らの被告に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権は,同法4条,民法724条後段により法律上当然に消滅したものと解さざるを得ない。 (2) 民法724条後段の法的性質について [271] 原告らは,民法724条後段は消滅時効を定めたものと解すべきである旨主張するが,同条後段が除斥期間を定めた規定であることは,平成元年判決をはじめとする最高裁判所の確立した判例である(平成10年判決,平成16年じん肺判決,平成18年B型肝炎判決,平成21年判決など)。そして,同条は,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)により改正され,不法行為の時から20年間請求権を行使しないときには時効によって消滅するものとされたが(民法724条柱書き及び2号),同法律の施行(令和2年4月1日)の際,既に20年が経過していた場合においては,従前の例によるとされており(同法律附則35条1項),同法律が従前の民法の法解釈や確立した最高裁判所判例を変更するものでないことは明らかである。 (3) 除斥期間の起算点について [272]ア 原告らは,平成16年じん肺判決及び平成18年B型肝炎判決を挙げて, 同条後段が除斥期間を定めたものであるとしても,その起算点は本件各手術が行われた時ではなく,原告らの損害が不法行為によるものであることが顕在化した仙台訴訟の提起時とすべきである旨主張する。 [273]イ そこで検討するに,民法724条後段の除斥期間は,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には加害行為の時が起算点になるが,平成16年じん肺判決及び平成18年B型肝炎判決は,身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点になるとして,粉じんへの暴露が終わった後,相当長期間経過後に発症することが少なくないという性質(平成16年じん肺判決)や,B型肝炎ウイルスへの感染から相当期間経過後に肝炎を発症するという実態(平成18年B型肝炎判決)を踏まえて,損害の発生時をじん肺や肝炎の発症時と解したものである。 [274]ウ これを本件についてみると,原告1,原告4及び原告5は,本件各手術を受けた時点で,直ちに生殖能力を失い,子どもを産み育てることを決する権利を侵害されたものであるから,原告らの被った損害の全部又は一部は本件各手術が行われた時に発生したものと言わざるを得ない。なお,原告らが本件各手術により受けた精神的苦痛が今日に至るまで継続し,子孫を残すという生命の根源的な営みを侵害された悔しさや悲しみが癒されないものであることは十分に理解できるところである。しかしながら,これらは本件各手術時に発生した損害の程度・内容を評価する上で考慮すべきものであり,本件各手術によって発生した損害と異なる損害が新たに発生したものではなく,上記最高裁判決の事案と同視することはできない。 [275]エ この点,本件各手術が行われた昭和35年ないし昭和43年当時は,優生思想が浸透し,優生政策が推進されていた時期であるから,原告らにおいて,本件各手術が不法行為に該当すること,すなわち,その違法性について認識することは困難であったと解されるところである。そして,本件各手術により損害自体は顕在化しているものの,本件各手術が不法行為に該当するものであることが客観的に認識できなければ,権利を行使することは困難であったと解される。 [276] しかしながら,民法724条後段の除斥期間は,同条の規定の文言から明らかなように,損害や加害者を知らなくとも20年の経過により請求権が消滅するというものであり,被害者の認識のいかんを問わず,一定の時の経過により法律関係を確定させるため,請求権の存続期間を画一的に定めたものと解されるから(平成元年判決),本件各手術が不法行為に該当するものであることを認識し得た時点を除斥期間の起算点とするとの解釈を採ることは困難である。 [277]オ なお,仮に原告らが主張するように,原告らの損害が不法行為によるものであることが顕在化した時点を起算点とするとの解釈を採ったとしても,前記認定事実のとおり,昭和58年には,与党の自由民主党内においても旧優生保護法の立法趣旨の根底に優生思想があることなどへの疑念が呈され,昭和60年代に入ると,厚生省内において,同法の目的や優生手術に人道的な問題があるのではないかとの指摘を踏まえ,旧優生保護法の改正に向けた具体的な検討作業が始まっていたこと,平成5年の障害者基本法の制定や,平成6年9月の国際人口開発会議を契機として,旧優生保護法の改正や,その根底にある優生思想の廃絶に向けた障害者団体の活動が活発となり,これに賛同した国会議員の議員立法により,平成8年改正が可決されるに至っていることなどからすれば,本件各手術が行われた昭和35年ないし昭和43年頃に優生手術の違法を理由に被告に国家賠償請求訴訟を提起することが困難であったとしても,遅くとも平成8年改正の時点では,本件各手術が不法行為に該当するものであることを認識することができたものというべきである。 [278] したがって,原告らの主張を前提としても,本件訴訟が提起された平成30年ないし平成31年の時点では除斥期間が経過していたと解さざるを得ない。 (4) 信義則違反又は権利濫用について [279]ア 原告らは, 被告が平成8年改正に当たっても本件各規定が違憲・違法なものであることを認めず,優生思想を払拭するための施策を推進しなかったこと,このため,障害や疾患により社会的な偏見にさらされ,様々な差別を受けてきた原告らが自ら声を上げることは困難であったことなどからすれば,除斥期間の経過を理由に原告らの被告に対する損害賠償請求権を消滅させることは,信義則に反し,権利濫用に当たる旨主張する。 [280]イ そこで検討するに,前記判示のとおり,民法724条後段は除斥期間を定めたものであり,裁判所は,不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には,当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により当該請求権が消滅したものと判断することになるから,除斥期間の主張が信義則に違反する,あるいは権利濫用である旨の主張は,それ自体失当と解するほかない(平成元年判決,平成10年判決参照)。 [281]ウ この点,原告らは,特段の事情があれば民法724条後段の効果は生じないと主張して,平成10年判決,平成21年判決を挙げるが,平成10年判決は,不法行為の被害者が当該不法行為を原因として心神喪失の常況にあるにもかかわらず法定代理人を有していなかった事案であり,平成21年判決は,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出したため,相続人がその事実を知り得なかった事案である。これらは,いずれも被害者や被害者の相続人による権利行使を不能または著しく困難にした原因を加害者自らが作出した事例であるところ,本件については,前記認定事実のとおり,国会や行政機関が優生思想を背景として優生手術を積極的に推進していたものであるが,障害者に対する偏見差別はそればかりではなく,当時の社会全体の思想や風潮,未成熟性によって助長されてきたものであり,被告において,殊更に被害者の請求権行使を妨害したり,請求権行使を不能または著しく困難にする状況を作出したとまで評価することはできない。 [282] したがって,本件は,上記判決とは事案を異にするものであって,原告らの主張は採用できない。 (5) 憲法17条違反について [283] 原告らは, 原告らの損害賠償請求に対して民法724条後段を適用することは,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものであり,同条に違反する旨主張する。 [284] しかしながら,民法724条後段の除斥期間の規定が,目的において正当性が認められ,目的達成の手段として合理性及び必要性を欠くものではなく,これを適用することが憲法17条に違反しないことは,既に判示したとおりである。この点,民法724条後段の規定が当該規定の趣旨・目的を逸脱して適用される場合には適用違憲の問題が生じる余地はあるが(最高裁平成9年8月29日第3小法廷判決・民集51巻7号2921頁参照),本件においては,本件各手術から本件訴訟の提起まで50年以上が経過していたことからすると,本件に同条後段の規定を適用し,原告らの損害賠償請求権が法律上当然に消滅したとすることが,一定の時の経過によって法律関係を確定させるという同条後段の趣旨・目的を逸脱したものとはいえない。 [285] したがって,憲法17条違反(適用違憲)に関する原告らの主張は,採用することができない。 (6) 国際人権法違反について [286]ア 原告らは, 本件各手術について除斥期間の規定を適用することは,本件各条約や国際慣習法(時効適用制限条項)に違反する旨主張する。 [287] そこで検討するに,拷問等禁止条約14条1項は,「拷問に当たる行為の被害者が救済を受けること及び公正かつ適正な賠償を受ける強制執行可能な権利を有すること(できる限り十分なリハビリテーションに必要な手段が与えられることを含む。)を自国の法制において確保する。」と規定しているところ,その文言上,締約国に義務付けられるのは,救済及び賠償を受ける権利の法制度を構築することであり,その内容を具体化するための国内法上の措置をとることなく,個々の国民に直接権利を付与しているものとは解されない。同様に,自由権規約,社会権規約,女子差別撤廃条約及び障害者権利条約においても,これら条約において認められる権利,人権ないし基本的自由を完全に実現することを確保し,又は推進するため,必要な立法措置その他の全ての適当な方法による行動を約束する旨定められているにとどまり(自由権規約2条,社会権規約2条,女子差別撤廃条約2条ないし16条,障害者権利条約4条1項等),締約国における個々の国民がその権利を確保するための具体的な手続・手段は規定されていない。これらに照らすと,締約国の条約実施義務は,上記約束を達成するために積極的に施策を進めるべき政治的義務であって,これら条約が個々の国民の権利義務を直接に定めたものとは解されず,本件における除斥期間の適用を排除する法的効果を有するものではないというべきである。 [288]イ また,条約法条約28条は、「条約は,別段の意図が条約自体から明らかである場合及びこの意図が他の方法によって確認される場合を除くほか,条約の効力が当事国について生じる日前に行われた行為,同日前に生じた事実又は同日前に消滅した事態に関し,当該当事国を拘束しない。」と規定しているところ,これは条約不遡及の原則を定めたものである。本件各条約に遡及適用を認める旨の規定はなく,その意図を他の方法によって確認することもできない。そして,本件各条約が本件各手術がされた後に効力を生じたものであることは当裁判所に顕著な事実である。 [289] この点,原告らは,加害行為が条約締結前にされたものであっても,その被害が条約締結後も継続している場合には,継続的侵害の法理により条約違反に該当する旨主張するが,本件各手術によって加害行為は終了しており,本件各条約の効力発生後の加害行為は認められないから,条約法条約28条の規定に照らし,上記主張は採用できない。 [290] したがって,条約不遡及の原則を定める条約法条約28条の解釈からしても,本件各手術について除斥期間の規定を適用することが本件各条約に違反するとの主張には理由がない。 [291]ウ 原告らは,時効適用制限条項が国際慣習法である旨主張するので検討するに,国際慣習法とは,法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習(国際司法裁判所規程38条1項(b))であり,これが国際法規範として法的拘束力を取得するためには,国際社会の構成員間で行われる特定の国家実行が反復継続されて大多数の国家間に一定の国際的な慣行が成立しているだけでは足りず,主要な国家を含む大多数の国家においてその慣行を法的な義務として確信する信念(法的確信)が存在していることが必要であると解される。 [292] これを本件についてみると,証拠(乙A14,15)によれば,基本原則及びガイドラインの時効適用制限条項については,平成14年に開催された国連人権委員会第1回諮問会議において,スウェーデン,ロシア,アメリカ合衆国によって懸念が表明され,日本政府もこれに同調していたこと,平成16年に開催された国連人権委員会第3回諮問会議においても,時効適用制限条項について各国代表団から懸念が表明され,検討の結果,同条項の冒頭に「適用される条約またはその他の国際法な法的義務のもとで規定されている場合には」との限定文言を挿入する形で採択されたことが認められる。 [293] そうすると,時効適用制限条項が規定する時効の不適用について,大多数の国家間に一定の国際慣行が成立しているとは認められず,また,主要な国家を含んだ大多数の国家において,法的な義務として確信する信念が存在しているとは認められない。 [294] したがって,時効適用制限条項が国際慣習法であることを前提とする原告らの主張は採用できない。 [295] 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 [296] なお,事案の性質に鑑み付言するに,旧優生保護法の優生条項が日本国憲法に違反することが明白であるにもかかわらず,同条項が半世紀もの長きにわたり存続し,個人の尊厳が著しく侵害されてきた事実を真摯に受け止め,旧優生保護法の存在を背景として,特定の疾病や障害を有することを理由に心身に多大な苦痛を受けた多数の被害者に必要かつ適切な措置がとられ,現在においても同法の影響を受けて根深く存在する障害者への偏見や差別を解消するために積極的な施策が講じられることを期待したい。 裁判長裁判官 小池明善 裁判官 三浦康子 裁判官 山口大輔 (この法律の目的) 第1条 この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。 (定義) 第2条 この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもつて定めるものをいう。 2 この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。 (医師の認定による優生手術) 第3条 医師は、左の各号の一に該当する者に対して、本人の同意並びに配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、優生手術を行うことができる。但し、未成年者、精神病者又は精神薄弱者については、この限りでない。 一 本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの 二 本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているもの * 三 妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及ぼすおそれのあるもの 四 現に数人の子を有し、かつ、分娩ごとに、母体の健康度を著しく低下するおそれのあるもの 2 前項第三号及び第四号に掲げる場合には、その配偶者についても同項の規定による優生手術を行うことができる。 3 第1項の同意は、配偶者が知れないとき又はその意思を表示することができないときは本人の同意だけで足りる。 * らい予防法の廃止に関する法律(平成8年法律第28号。平成8年4月1日施行)附則第6条第1項によって削除されるまで、第二号と第三号の間に「三 本人又は配偶者が、癩疾患に罹り、且つ子孫にこれが伝染する虞れのあるもの」という号が存在した。 (審査を要件とする優生手術の申請) 第4条 医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患に罹つていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなければならない。 (優生手術の審査) 第5条 都道府県優生保護審査会は、前条の規定による申請を受けたときは、優生手術を受くべき者にその旨を通知するとともに、同条に規定する要件を具えているかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申請者及び優生手術を受くべき者に通知する。 2 都道府県優生保護審査会は、優生手術を行うことが適当である旨の決定をしたときは、申請者及び関係者の意見をきいて、その手術を行うべき医師を指定し、申請者、優生手術を受くべき者及び当該医師に、これを通知する。 (再審査の申請) 第6条 前条第1項の規定によつて、優生手術を受くべき旨の決定を受けた者は、その決定に異議があるときは、同条同項の通知を受けた日から2週間以内に、公衆衛生審議会に対して、その再審査を申請することができる。 2 前項の優生手術を受くべき旨の決定を受けた者の配偶者、親権者、後見人又は保佐人もまた、その再審査を申請することができる。 3 前2項の規定による再審査の申請は、優生手術を受くべき旨の決定をした都道府県優生保護審査会を経由して行わなければならない。この場合において、都道府県優生保護審査会は、必要な意見を附さなければならない。 (優生手術の再審査) 第7条 公衆衛生審議会は、前条の規定による再審査の請求を受けたときは、その旨を、手術を行うべき医師に通知するとともに、審査の上、改めて、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、再審査の申請者、優生手術を受くべき者、都道府県優生保護審査会及び手術を行うべき医師に通知する。 (審査に関する意見の申述) 第8条 第4条の規定による申請者、優生手術を受くべき者及びその配偶者、親権者、後見人又は保佐人は、書面又は口頭で、都道府県優生保護審査会又は公衆衛生審議会に対し、第5条第1項の審査又は前条の再審査に関して、事実又は意見を述べることができる。 (訴の提起) 第9条 公衆衛生審議会の決定に対して不服のある者は、その取消しの訴を提起することができる。 (争訟の方式) 第9条の2 第5条第1項の規定による優生手術を受くべき旨の決定に不服がある者は、第6条及び前条の規定によることによつてのみ争うことができる。 (優生手術の実施) 第10条 優生手術を行うことが適当である旨の決定に異議がないとき又はその決定若しくこれに関する判決が確定したときは、第5条第2項の医師が、優生手術を行う。 (費用の負担) 第11条 前条の規定によつて行なう優生手術に関する費用は、政令の定めるところにより、当該都道府県の支弁とする。 2 前項の費用は、国庫の負担とする。 (精神病者等に対する優生手術) 第12条 医師は、別表第一号又は第二号に掲げる遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱に罹つている者について、精神保健法(昭和25年法律第123号)第20条(後見人、配偶者、親権を行う者又は扶養義務者が保護義務者となる場合)又は同法第21条(市町村長が保護義務者となる場合)に規定する保護義務者の同意があつた場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる。 第13条 都道府県優生保護審査会は、前条の規定による申請を受けたときは、本人が同条に規定する精神病又は精神薄弱に罹つているかどうか及び優生手術を行うことが本人保護のために必要であるかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申請者及び前条の同意者に通知する。 2 医師は、前項の規定により優生手術を行うことが適当である旨の決定があつたときは、優生手術を行うことができる。 (医師の認定による人工妊娠中絶) 第14条 都道府県の区域を単位として設立された社団法人たる医師会の指定する医師(以下指定医師という。)は、左の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。 一 本人又は配偶者が精神病、精神薄弱、精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの 二 本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの * 三 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの 四 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの 2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。 3 人工妊娠中絶の手術を受ける本人が精神病者又は精神薄弱者であるときは、精神保健法第20条(後見人、配偶者、親権を行う者又は扶養義務者が保護義務者となる場合)又は同法第21条(市町村長が保護義務者となる場合)に規定する保護義務者の同意をもつて本人の同意とみなすことができる。 * らい予防法の廃止に関する法律(平成8年法律第28号。平成8年4月1日施行)附則第6条第2項によって削除されるまで、第二号と第三号の間に「三 本人又は配偶者が癩疾患に罹つているもの」という号が存在した。 (受胎調節の実地指導) 第15条 女子に対して厚生大臣が指定する避妊用の器具を使用する受胎調節の実地指導は、医師の外は、都道府県知事の指定を受けた者でなければ業として行つてはならない。但し、子宮腔内に避妊用の器具を挿入する行為は、医師でなければ業として行つてはならない。 2 前項の都道府県知事の指定を受けることができる者は、厚生大臣の定める基準に従つて都道府県知事の認定する講習を終了した助産婦、保健婦又は看護婦とする。 3 前2項に定めるものの外、都道府県知事の指定又は認定に関して必要な事項は、政令でこれを定める。 (都道府県優生保護審査会) 第16条 優生手術に関する適否の審査を行うため、都道府県知事の監督に属する都道府県優生保護審査会(以下「審査会」という。)を置く。 第17条 削除 (構成) 第18条 審査会は、委員10人以内で組織する。 2 審査会において、特に必要があるときは、臨時委員を置くことができる。 3 委員及び臨時委員は、医師、民生委員、裁判官、検察官、関係行政庁の官吏又は吏員その他学識経験ある者の中から、都道府県知事が任命する。 4 審査会に、委員の互選による委員長1人を置く。 5 審査会の委員の報酬及び費用弁償については、地方自治法(昭和22年法律第67号)第203条(報酬及び費用弁償)の規定を準用する。 (委任事項) 第19条 この法律で定めるもののほか、委員の任期、委員長の職務その他審査会の運営に関して必要な事項は、命令でこれを定める。 (優生保護相談所) 第20条 優生保護の見地から結婚の相談に応じ遺伝その他優生保護上必要な知識の普及向上を図るとともに、受胎調節に関する適正な方法の普及指導をするため、優生保護相談所を設置する。 (設置) 第21条 都道府県及び保健所を設置する市は、優生保護相談所を設置しなければならない。 2 前項の優生保護相談所は、保健所に附置することができる。 3 国は、第1項の優生保護相談所の設置及び運営に要する費用について、政令の定めるところにより、その経費の一部を補助することができる。 (設置の認可) 第22条 国、都道府県及び保健所を設置する市以外の者は、優生保護相談所を設置しようとするときは、厚生大臣の認可を得なければならない。 2 前項の優生保護相談所は、厚生大臣の定める基準によつて医師をおき、検査その他に必要な設備をそなえなければならない。 3 厚生大臣は、第1項の優生保護相談所が前項の基準に該当しなくなつたときは、その認可を取り消すことができる。この場合においては、厚生大臣は、優生保護相談所の設置者に釈明の機会を与えるため、職員をして当該設置者について聴聞を行わせなければならない。 (名称の独占) 第23条 この法律による優生保護相談所でなければ、その名称中に、優生保護相談所という文字又はこれに類似する文字を用いてはならない。 (委任事項) 第24条 この法律で定めるものの外、優生保護相談所に関して必要な事項は、命令でこれを定める。 (届出) 第25条 医師又は指定医師は、第3条第1項、第10条、第13条第2項又は第14条第1項の規定によつて優生手術又は人工妊娠中絶を行つた場合は、その月中の手術の結果を取りまとめて翌月10日までに、理由を記して、都道府県知事に届け出なければならない。 (通知) 第26条 優生手術を受けた者は、婚姻しようとするときは、その相手方に対して、優生手術を受けた旨を通知しなければならない。 (秘密の保持) 第27条 優生手術の審査又はその事務に従事した者、優生手術又は人工妊娠中絶の施行の事務に従事した者及び優生保護相談所の職員は、職務上知り得た人の秘密を、漏らしてはならない。その職を退いた後においても同様とする。 (禁止) 第28条 何人も、この法律の規定による場合の外、故なく、生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行つてはならない。 (第15条第1項違反) 第29条 第15条第1項の規定に違反した者は、50万円以下の罰金に処する。 (第22条違反) 第30条 第22条の規定に違反して、厚生大臣の認可を得ないで優生保護相談所を開設したものは、これを30万円以下の罰金に処する。 (第23条違反) 第31条 第23条の規定に違反して、優生保護相談所という文字又はこれに類似する文字を名称として用いた者は、これを10万円以下の過料に処する。 (第25条違反) 第32条 第25条の規定に違反して、届出をせず又は虚偽の届出をした者は、これを10万円以下の罰金に処する。 (第27条違反) 第33条 第27条の規定に違反して、故なく、人の秘密を漏らした者は、これを6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。 (第28条違反) 第34条 第28条の規定に違反した者は、これを1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。そのために、人を死に至らしめたときは、3年以下の懲役に処する。 (施行期日) 第35条 この法律は、公布の日から起算して60日を経過した日から、これを施行する。 (関係法律の廃止) 第36条 国民優生法(昭和15年法律第107号)は、これを廃止する。 (罰則規定の効力の存続) 第37条 この法律施行前になした違反行為に対する罰則の適用については、前条の法律は、この法律施行後も、なおその効力を有する。 (届出の特例) 第38条 第25条の規定は、昭和21年厚生省令第42号(死産の届出に関する規程)の規定による届出をした場合は、その範囲内で、これを適用しない。 (受胎調節指導のために必要な医薬品) 第39条 第15条第1項の規定により都道府県知事の指定を受けた者は、平成12年7月31日までを限り、その実地指導を受ける者に対しては、受胎調節のために必要な医薬品で厚生大臣が指定するものに限り、薬事法(昭和35年法律第145号)第24条第1項及び第44条第八号の規定にかかわらず、販売することができる。 2 都道府県知事は、第15条第1項の規定により都道府県知事の指定を受けた者が次の各号の一に該当したときは、同条同項の指定を取り消すことができる。 一 前項の規定により厚生大臣が指定する医薬品につき薬事法第43条の規定の適用がある場合において、同条の規定による検定に合格しない当該医薬品を販売したとき 二 前項の規定により厚生大臣が指定する医薬品以外の医薬品を業として販売したとき 三 前各号の外、受胎調節の実地指導を受ける者以外の者に対して、医薬品を業として販売したとき 3 都道府県知事は、前項に規定する処分をしようとするときは、処分の事由並びに聴聞の期日及び場所を、期日の1週間前までに当該処分を受ける者に通知しかつ、その者又はその代理人の出頭を求めて聴聞を行わなければならない。ただし、都道府県知事は、当該処分を受ける者又はその代理人が正当な理由がなくて聴聞に応じなかつたときは、聴聞を行わないで前項に規定する処分をすることができる。 一 遺伝性精神病 精神分裂病 そううつ病 てんかん 二 遺伝性精神薄弱 三 顕著な遺伝性精神病質 顕著な性慾異常 顕著な犯罪傾向 四 顕著な遺伝性身体疾患 ハンチントン氏舞踏病 遺伝性脊髄性運動失調症 遺伝性小脳性運動失調症 神経性進行性筋い縮症 進行性筋性筋栄養障がい症 筋緊張病 先天性筋緊張消失症 先天性軟骨発育障がい 白児 魚りんせん 多発性軟性神経繊維しゆ 結節性硬化症 先天性表皮水ほう症 先天性ポルフイリン尿症 先天性手掌足しよ角化症 遺伝性視神経い縮 網膜色素変性 全色盲 先天性眼球震とう 青色きよう膜 遺伝性の難聴又はろう 血友病 五 強度な遺伝性奇型 裂手、裂足 先天性骨欠損症 |
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