研究目的

本研究の学術的背景

 1602年世界初の株式会社たるオランダ東インド会社が設立され、株式会社制度はその発生からすでに400年以上が経過した。その間、この組織形態は営利企業の基本的な法的形態として君臨を続けているが、今日においては、株式会社の本質と会計の関係をあらためて問い直さねばならない状況が出現している。この問題意識は、現在進行中の「株式会社の発生と本質に関する会計史的研究」の申請に際して「株式会社の適正な財務報告、利害関係者の調整、あるいは、内部統制といった会計に期待される機能も有名無実化しているのが現状である。このような問題の根源を解明するためには、その生成期にさかのぼり、株式会社と会計の関係をその出発点から解明する必要がある」としたが、この状況は近年の日本を代表する企業の不正会計事件の発生など、さらに深刻化している。つまり、このような観点からの研究に対する必要性はさらに高まっていると考えられ、これが本研究の最大の学術的背景である。また、研究対象をオランダ東インド会社だけに限定していては、客観性が担保されない。同時代以降、200年間のライバルとなるイギリス東インド会社のそれとの比較が不可欠となるのである。しかしながら、これまでの研究では、両東インド会社について別々のアカデミック集団が形成され、両者が有機的に結合した研究は非常に少ない。具体的にはCinii Articlesで検索した場合、両東インド会社を同時にキーワードとした場合は3件に限られるのである。「東インド会社、オランダ、イギリス」と分割して検索した場合でも14件と非常に少ないのであり、このような状況を打破して新境地を開くことの必要性が本研究の第二の学術的背景である。これらに加えて、近年、社会経済史上の事件について、会計史の分野から再考しようとする動きがみられる。たとえば、J.G.ホワイト『バランスシートで読み解く世界経済史』やJ.ソール『帳簿の世界史』などが代表的なものであり、これは会計資料という一次資料に基づいた実証的な研究を社会が求められている証拠であり、会計史研究をベースとした本研究の存在意義を示す第三の学術的背景といえるのである

研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

 上記の学術的背景とこれまでの研究成果をもとに、本研究では、これまでなされてこなかったオランダ東インド会社の会計システムの全貌を明らかにした上で、イギリス東インド会社との比較という観点から、両者に共通する株式会社の生成・本質と会計システム、また、その盛衰とガバナンスとの関係について、会計史的観点から研究を行う。そこで本研究期間内では、以下の点を明らかにする。

1.現地の研究者との共同作業や助言を基にして、オランダ本国アムステルダム本社の会計史料の現存状況について調査し、そのデータベースの作成を行う。(第1年度)また、共同研究者は同時代のイギリス東インド会社について同様の作業と分析を開始する。

2.昨年度、京都産業大学の別予算により全学図書として購入した『オランダ東インド会社役員会決議事項集成 Resolution of the Heren Zeventien of the Dutch East India Company 1602-1796マイクロフィッシュ779枚(索引24枚含む)』の解読によって、会社組織と会計システムの位置づけの研究を行い、オランダ東インド会社の記帳原則、帳簿組織図および内部統制機構を明らかにする。(第1年度後半‐第2年度)

3. 会社草創期のアムステルダム本社および各カーメル(先駆会社の後継組織)の会計帳簿の照合と検討を行い、オランダ東インド会社の会計システムの全体像とそこで行われた会計教育法の解明をイギリス東インド会社と比較という観点から行う。(第2年度‐第3年度前半)

4.オランダ東インド会社の200年間を俯瞰し、それぞれの時代の社会経済的背景を考慮しつつ、「企業黎明期→発展期→成熟期→衰退期」のそれぞれにおいて、同社の会計システムが果した役割とガバナンスの関係を実証的に分析し、その総合的評価を行うとともに、関係国際学会で発表を行う。(第3年度)

5.3年間の研究活動を総括し、以降さらに検討すべき課題を明確にする。そして、研究代表者は単行本による研究成果公刊の準備を開始する。(第3年度)

当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

 本研究の意義は次の3点と考えている。

1.一次資料に基づいた初めての本格的なオランダ東インド会社およびイギリス東インド会社の比較会計史的研究であること。

 オランダ東インド会社の会計システムとガバナンスの関係を考えるには、同社のライバルであったイギリス東インド会社と同様のアプローチで比較をしなければ、その独自性は解明できない。本研究は、オランダ東インド会社会計史における一次資料に基づく本格的な初めての研究であり、かつ研究分担者にイギリス東ンド会社会計史の専門家を加え比較研究を行うという画期的なものとなり得るであろう。

2.不明とされたオランダ東インド会社の本社会計システムの全容が解明できること

 これまで不明とされてきたオランダ東インド会社本社の会計帳簿について、近年、J. Rovertson et.al2014)などでは、一次資料の丹念な読み込みから公開会社としてのオランダ東インド会社を検討するなど、ますます研究の可能性が広まってきているが、十分に検証されているとはいえない。本研究は、これをさらに推し進め、比較会計史的観点から客観性をもってその全容を解明することが期待できる。

3.株式会社の現代的意義を会計学の側から解明できる可能性があること。

 会計不正問題は後を絶たないばかりか、企業会計に対する不信感ますます強くなっている。この根幹には、内部統制と外部報告会計の不完全な結合がある。統制型株式会社といわれたオランダ東インド会社と、民主型と称されたイギリス東ンド会社との比較も行うことにより、株式会社の本質がより明確になるであろう。会計史研究者にしかできない、帳簿という一次資料に基づくオリジナリティのある研究になるものと考えている。

(参考文献)
川添節子訳
2014『バランスシートで読み解く世界経済史』日経BP社(原  White, J.2011 Double Entry : How the merchants of Venice shaped the modern created modern finance, New York.)。

中野常男・橋本武久(2004)「『連合東インド会社』における企業統治と会計システム」、生駒経済論叢(近畿大学)、第2巻、第1号、13-31頁。

橋本武久(2008)『ネーデルラント簿記史論』同文舘出版。

村井章子訳2015『帳簿の世界史』文藝春秋社原著 J. Soll 2014The Reckoning : FINANCIAL ACCOUNTABILITY and the Rise and Fall of Nations, New York.

Robertson, J. and W. Funnel2014Accounting by the First Public Company, The Pursuit of Supremacy, London.
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