| 横浜市保育所廃止条例事件 | ||||
| 控訴審判決 | ||||
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横浜市立保育園廃止処分取消請求控訴事件 東京高等裁判所 平成18年(行コ)第169号 平成21年1月29日 第21民事部 判決 口頭弁論終結の日 平成20年8月5日 控訴人(被告) 横浜市 同代表者市長 中田宏 同訴訟代理人弁護士 村瀬統一 大和田治樹 田鍋智之 被控訴人(原告) 別紙被控訴人目録〔省略〕記載のとおり〔54名〕 同訴訟代理人弁護士 海渡雄一 猿田佐世 金高望 同(復代理人) 秦雅子 村田浩治 西村英一郎 山崎国満 三木憲明 小林徹也 西晃 有村とく子 平山敏也 阿部哲二 大八木葉子 田場暁生 深山麻美子 ■ 主 文 ■ 事 実 及び 理 由 1 原判決主文第2項を取り消す。 2 本件訴えのうち,別紙被控訴人目録記載番号1から26まで及び番号46から54までの被控訴人らの,控訴人が横浜市保育所条例の一部を改正する条例(平成15年横浜市条例第62号)の制定をもってした横浜市丸山台保育園,同鶴ヶ峰保育園,同岸根保育園及び同柿の木台保育園を平成16年3月31日限り廃止する旨の処分の取消しを求める請求に係る部分をいずれも却下する。 3 原判決主文第3項を取り消す。 4 前項の取消部分に係る別紙被控訴人目録記載番号1から45までの被控訴人らの損害賠償請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。 (1) 主位的控訴の趣旨 主文同旨。 (2) 予備的控訴の趣旨 ア 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。 イ 上記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。 (1) 本件控訴をいずれも棄却する。 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。 [1]1 控訴人は,平成16年法律第153号による改正前の児童福祉法(以下,児童福祉法」を単に「法」ということもある。)35条3項に基づいて設置する市立保育所のうち横浜市丸山台保育園(以下「丸山台保育園」という。),横浜市鶴ケ峰保育園(以下「鶴ケ峰保育園」という。),横浜市岸根保育園(以下「岸根保育園」という。)及び横浜市柿の木台保育園(以下「柿の木台保育園」という。なお,以下これらの4つの保育園を「本件4園」という。)を平成16年3月31日限り廃止する旨の横浜市保育所条例(昭和26年3月横浜市条例第7号。以下「本件条例」という。)の一部を改正する条例(平成15年横浜市条例第62号。以下「本件改正条例」という。)を制定し,その施行に伴って本件4園は廃止されて社会福祉法人が運営すること(以下「本件民営化」という。)となったところ,本件4園に入所していた又は既に卒園した児童である原判決別紙原告目録2(1)及び(2)記載の原審原告ら(以下「原審児童原告ら」という。なお,そのうちの同目録2(1)記載の原審児童原告らは,本件における被控訴人である。被控訴人である原審児童原告を「児童被控訴人」という。)及びその保護者である原判決原告目録1(1)及び(2)記載の原審原告ら(以下「原審保護者原告ら」という。なお,そのうちの同目録1(2)記載のAを除くその余の原審保護者原告らは,本件における被控訴人である。被控訴人である原審保護者原告を「保護者被控訴人」という。)は,控訴人に対して,本件改正条例の制定は,抗告訴訟の対象たる処分に該当し,原審原告らの保育所選択権等を侵害するものであって違法であるとして,① 本件改正条例の制定をもってした平成16年3月31日限り本件4園を廃止する旨の処分の取消しを求めるとともに,② 国家賠償法1条1項に基づき,上記処分等により被った精神的損害の賠償として,各20万円及びこれに対する不法行為後である平成16年2月20日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。 [2]2 原判決は, ① 原審原告らは,「児童及び保護者の特定の保育所で保育の実施を受けるという法律上保護された利益」を有しており,本件改正条例の制定はこのような利益を他に行政庁による具体的な処分によることなく侵害するもので,本件改正条例は本件4園における保育の実施を解除する不利益処分であるから行政事件訴訟法3条2項所定の「処分」に該当するところ,原判決別紙原告目録2(1)記載の卒園していない児童被控訴人ら及び同目録1(1)記載の在園児童の保護者被控訴人らの本件改正条例の制定をもってした平成16年3月31日限り本件4園を廃止する旨の処分の取消しを求める請求に係る訴えは,原告適格又は訴えの利益を有するから適法であるが,同目録2(2)記載の卒園した原審児童原告ら並びに同目録1(2)記載の卒園した児童の保護者被控訴人ら及び原審原告Aの上記処分の取消しを求める請求に係る訴えは,訴えの利益が既に失われたから不適法である,と判断した。原判決は,上記判断に基づき, (ア) 原審原告らの本件改正条例の制定をもってした本件4園を平成16年3月31日限り廃止する旨の処分の取消しを求める請求については,[3]3 控訴人は,原判決中の控訴人敗訴部分,すなわち,上記2(ア)(b)の部分及び(イ)(a)のうちの請求認容部分を不服として控訴を申し立てた。原審児童原告ら及び原審保護者原告らは,控訴の申立ても附帯控訴の申立てもしなかった。したがって,原判決中,原判決別紙原告目録1(2)記載の保護者被控訴人ら(本判決別紙被控訴人目録記載番号27から45までの被控訴人ら)の本件改正条例をもってした本件4園を平成16年3月31日限り廃止する旨の処分の取消しを求める請求に係る部分及び原判決別紙原告目録2(1)記載の児童被控訴人ら(本判決別紙被控訴人目録記載番号46から54までの被控訴人ら)の損害賠償請求に係る部分は,当審における弁論の対象ではない。原判決中,原判決別紙原告目録1(2)記載の原審原告A及び同目録2(2)記載の原審児童原告らの関係は確定した。 [4] なお,本判決の当事者の主張の摘示,認定及び判断の説示においては,当審における弁論の対象となっていない事件に係る被控訴人らを除外しないまま概括的に「被控訴人ら」ということがある。 [5] 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,5において当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし3(原判決3頁11行目から48頁3行目まで)に記載するとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決8頁20行目の「厚生省(現厚生労働省)による「児童福祉法の解説」」を「旧厚生省(児童福祉法規研究会)による「最新・児童福祉法の解説」」に,17頁24行目から25行目にかけての「行われなければならない義務」を「行わなければならない義務」に,19頁19行目から20行目にかけての「原告兼原告e法定代理人親権者父E(以下「原告E」という。)」を「被控訴人E(以下「被控訴人E」という。)」に,24頁20行目の「(原告E)」を「(被控訴人E。なお,証拠方法として「被控訴人E」というときは,被控訴人E本人兼被控訴人e法定代理人の意である。)」に,25頁18行目の「本件新保育所」を「本件各新保育所」に,30頁1行目の「民間化」を「民営化」に改める。 ア 控訴人の保育所設置義務 [6] 法35条2項及び法施行令36条1項によれば,控訴人が設置義務を負うのは,児童自立支援施設のみであり,保育所を含むそれ以外の児童福祉施設については,設置義務を負わないから,保育所設置については,控訴人の相当に広範な裁量に委ねられている。 イ 保育所選択に関する保護者等の利益 [7] 平成9年法律第74号による児童福祉法の改正(以下「平成9年改正」という。)後において,保護者らに保育所選択に関する法的利益が保障されたと解し得るとしても,それは,希望しない保育所への入所を強制されることはないといった意味での手続的な利益が保障されたにすぎない。 ウ 保育所廃止に関する保護者等の権利ないし利益 [8] 仮に,市町村と保護者との間の保育所の利用関係が契約であるとしても,それは一種の公法上の付合契約であるから,本件4園の廃止を定める本件改正条例の制定権まで制約する権利ないし利益が児童及び保護者に保障されているわけではない。 エ 裁量権の逸脱・濫用と立法行為の違法 [9] 本件4園の廃止は,本件民営化に伴うものであるところ,本件民営化は,控訴人の置かれた財政事情や取り巻く様々な政策的事情等を総合勘案して行う政治的・政策的裁量行為であるから,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により全く事実の基礎を欠くか,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等によりその判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り,裁量権の逸脱・濫用があって違法となると解されるところ,そのような事情は認められない。 [10] また,本件4園の廃止は,市民の代表により構成された控訴人の市議会の本件改正条例の制定という立法行為によるものであるから,その判断は尊重されなければならない。 ア 控訴人の保育所設置義務について [11] 本件の争点は,保護者によって選択され,児童が実際に保育を受けている保育所の廃止の方法,すなわち選択権を有する保護者への配慮・代替措置の提供の有無等であって,控訴人の保育所設置義務の有無は,本件4園の廃止の違法性とは直接的な関係はないが,保育に欠ける児童がいるにもかかわらず,私立の保育所が自主的に設置される見込みがない場合には,市町村は,保育所を確保するために自ら保育所を設置する義務を負う。 イ 保育所選択に関する保護者等の利益 [12] 保育所は,児童の生活と成長の重要な起点となる施設であるから,保育の内容の差に対する保護者の選択権は,法的利益・権利として,尊重されなければならない。 ウ 保育所廃止に関する保護者等の権利ないし利益 [13] 本件民営化は,実際の保育に当たっている保育士がほぼ全部入れ替わり,それまで実施されていた保育に関わる社会関係の全てを断ち切るものであるから,法が保障した保育所選択に係る保護者の権利ないし法的利益を害するものである。 エ 裁量権の逸脱と立法行為の違法性 [14] 特定の保育所を選択して入所し卒園まで通園し続けるという法的利益と民営化は,明らかに相容れないものであり,このような民営化については,裁量の余地を残していたとしても,それは限定的である。 [15] また,被控訴人らは,法24条に基づく保育所選択の利益という法律上の権利の侵害の有無等を問題にしているのであるから,それらは司法権の判断対象である。 [16](1) 本件改正条例が制定され,これにより,控訴人が設置する保育所の名称及び位置を定める本件条例1条2項の別表から本件4園の記載が削除されたことにより,本件4園が平成16年3月31日をもって廃止されたことは,当事者間に争いがない。 [17] 上記争いのない事実に前記引用に係る原判決摘示の前提事実及び証拠(乙57)を併せれば,控訴人は,横浜市保育所条例(本件条例(昭和26年3月31日条例第7号。ただし,平成13年条例第52号による改正後のもの(甲1))をもって,「児童福祉法35条2項の規定により本市に保育所を設置する」と定めた上(1条1項),「前項の保育所の名称及び位置は別表のとおりとする」と定め,別表をもって控訴人が設置する保育所の名称及びその所在地を定めているところ,本件4園も控訴人により設置される保育所として同別表に記載され,平成15年12月18日当時,それぞれ控訴人により設置された丸山台保育園,鶴ケ峰保育園,岸根保育園及び柿の木台保育園として運営されていたが,横浜市長は,同年12月5日,横浜市議会に, 「控訴人が設置する保育所を掲げる本件条例の別表中「横浜市日野保育園,横浜市丸山台保育園」を「横浜市日野保育園」に,「横浜市善部保育園,横浜市鶴ケ峰保育園」を「横浜市善部保育園」に,「横浜市菊名保育園,横浜市岸根保育園」を「横浜市菊名保育園」に,「横浜市荏田西保育園,横浜市柿の木台保育園」を「横浜市荏田西保育園」に改める(本文),この条例は平成16年4月1日から施行する(附則)。」という内容の横浜市保育所条例の一部を改正する条例案を提出し,横浜市議会は平成15年12月18日上記条例案を可決し,横浜市長は同年12月25日上記横浜市保育所条例の一部を改正する条例(本件改正条例)を横浜市条例第62号として公布し,本件4園が平成16年3月31日をもって廃止された(前記引用に係る原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1(1),(2)カ,乙57)ことが認められる。 [18](2) 上記認定事実によれば,本件条例は,児童福祉法35条に基づき,児童福祉施設である保育所(同法7条1項)を設置することを内容とするものであり,住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設(公の施設)としてこれを設置することを内容とするものである(地方自治法244条1項)。地方自治法は,公の施設を設置し,管理し,及び廃止することを普通地方公共団体の長の権限に属することとしている(地方自治法149条7号)が,公の施設が住民の福祉の増進のために住民の利用に供するための施設であり,その設置及び管理が普通地方公共団体の重要な施策にかかわり得るものであることから,公の施設の設置及びその管理に関する事項は,原則として条例でこれを定めなければならないこととしている(同法244条の2第1項,2項)。地方自治法は,公の施設の設置及びその管理に関する事項が,当該普通地方公共団体の住民全体の福祉の増進を目的とし,総合的見地から定められるべきものであることから,普通地方公共団体の長に総合的判断に基づく決定をゆだねつつ,その判断を議会に審査させ,住民全体の福祉の観点から施策の基本的な枠組みを判断させることとして,適正を確保するために,上記のとおり定めているものと解される。したがって,公の施設の設置及びその管理に関する事項を定める条例は,公の施設が設置される地域の住民の生活に実際上種々の影響を与えるものではあるが,当該普通地方公共団体の住民全体の福祉の増進を目的とし,総合的見地から上記の基本的な事項を定めるものであり,公の施設を利用する特定の個人の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなど,住民の権利義務や法的地位の内容を定めるものではなく,一般的規範の性質を有するものであり,公の施設を廃止することを内容とする条例についても同様であると解するのが相当である(最高裁平成9年(行ツ)第60号同14年4月25日第一小法廷判決・判例地方自治229号52頁参照)。 [19] 被控訴人らは,控訴人に対し,本件改正条例の制定が行政事件訴訟法3条2項所定の「処分」に当たるとして,その取消しを求める。 [20] しかしながら,抗告訴訟の一類型である行政事件訴訟法3条2項所定の処分の取消しの訴えの対象となる処分は,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいうものであるところ,条例の制定は,普通地方公共団体の議会の固有の立法作用に基づく行為であって,一般的,抽象的な法規範を定立する立法作用としての性質を有するものであり,当該条例に基づく行政庁の具体的な行為が介在しなければ,特定の個人の権利義務ないし法的地位に直接具体的な影響を及ぼすものではないから,それ自体が抗告訴訟の対象である行政事件訴訟法3条2項所定の「処分」に該当しないというべきである。そして,地方自治法が条例をもって普通地方公共団体の施策の基本的な事項を定めることと規定していることに基づき,普通地方公共団体が条例を制定した場合も,当該条例は,住民全体の観点から当該普通地方公共団体の施策の基本的な事項を定めるものであり,特定の個人の権利義務ないし法的地位を直接定めるものではないから,上記と同様に解するのが相当であり,この理は,公の施設である保育所の廃止を定める本件改正条例の制定についても当てはまるというべきである。もっとも,このような立法行為の形式を採る行為であっても,行政庁の具体的な行為を待たずに,特定の個人の権利義務ないし法的地位に直接具体的影響を及ぼすものについては,純粋な立法行為とはいえず,立法の形式を借りた行政処分であるとの理由に基づき,例外的に抗告訴訟の対象となると解する余地がないではない。しかしながら,本来,一般的,抽象的な内容を持ち,基本的事項を定める条例制定については,それが違法であれば当該条例は当然に無効とされるべきであり,そうでなければ当然に有効であって,違法とされる瑕疵ある条例が一般の行政処分のように,一応適法なものとして公定力が認められ,判決による取消しにより遡及的にその効力が失われるものとすることは相当でないし,取消訴訟の出訴期間の経過によりその効力を争い得なくなるという不可争力を認めることも相当ではない。そして,普通地方公共団体が条例を設け又はそれを改廃することについては,議会の議決によるものとされ,普通地方公共団体の長は,議長から議会が議決した条例の送付を受けたときは20日以内にこれを公布しなければならないものとされている(地方自治法149条1号,96条1項1号,16条1項,2項)のであり,議会における条例の制定若しくは改廃の議決に当該普通地方公共団体の長が異議ある場合の再議に付する手続等が同法176条に定められているほか,選挙権を有するものによる条例の制定又は改廃の請求(同法74条)、議会の解散の請求(同法76条)及び議員の解職請求(同法80条)等に関する規定が整備されていることをも考慮すると,普通地方公共団体の議会の固有の立法作用に基づく行為であって,一般的,抽象的な法規範を定立する立法作用としての性質を有し,基本的な事項を定める条例の制定をもって,行政事件訴訟法3条2項の処分の取消しの訴えの対象となる行政庁の処分その他の公権力の行使に当たるものと解することはできない。 [21] 以上のとおりであり,控訴人がした本件改正条例の制定は,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと解するのが相当である。 [22](3) 上記(2)のとおり,当裁判所は,控訴人がした本件改正条例の制定は,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと解するが,この点について,被控訴人らは,条例による措置であっても,当該条例の制定自体によって,その適用を受ける特定の個人の具体的な権利義務に直接の影響が及ぶ場合には,その条例の制定自体が抗告訴訟の対象である処分に該当すると解すべきであり,本件改正条例の制定が抗告訴訟の対象となるか否かは,本件改正条例によって被控訴人ら個々人の具体的な権利,利益が直接に侵害されているかどうかによって決せられ,本件においては,他に行政庁の具体的処分を経ることなく,本件改正条例の制定によって,被控訴人ら個々人の「保育所において保育を受ける権利」,「保育所選択権」,「手続上の権利」を侵害されているから,本件改正条例の制定は抗告訴訟の対象である処分に該当すると主張する。 [23] しかしながら,仮に,行政庁の具体的な処分を待つまでもなく,条例それ自体によって,その適用を受ける特定の個人の権利義務ないし法的地位に直接具体的な影響を及ぼす場合について,例外的に条例制定に処分性を認める余地があるとしても,条例制定の処分性が肯定されるのは,当該条例によって限られた特定の者に対してのみ具体的な効果が生じることが規定上明らかにされている場合や,要件等の規定の仕方が一応抽象的になっているものの,実際には特定の者に対してのみ効果を生じさせることを目的として条例が制定され,他の者に適用される可能性がない場合など,その条例の制定をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することができるような極めて例外的な場合に限られるというべきである。 [24] これを本件改正条例についてみるに,前記認定事実によれば,本件改正条例は,本件条例1条1項,2項の規定及び別表に基づき控訴人により設置されている横浜市立保育所のうち,本件4園の名称を別表の記載から削除することを内容とするものであり,これが平成16年4月1日に施行されることにより,本件4園が同日以降は法令上の存立の根拠が失われることになり,その結果として,本件4園が市立保育所としては存続し得なくなることとなるものである。このように,本件改正条例は,横浜市の住民全体の福祉の増進を目的とし,総合的見地から横浜市立保育所の設置,運営という市政の基本的な事項を定める本件条例の規定の内容を改正するものに過ぎず,それにより,本件4園の存立の法令上の根拠を失わせるものではあるが,限られた特定の者に対してのみ具体的な効果が生じることが規定上明らかにされている場合に当たるものではないし,特定の者に対してのみ効果を生じさせることを目的として条例が制定されたなど,その条例の制定をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することができるような場合に当たるとはいえないのである。したがって,仮に,行政庁の具体的な処分を待つまでもなく,条例それ自体によって,その適用を受ける特定の個人の権利義務ないし法的地位に直接具体的な影響を及ぼす場合について,例外的に条例制定に処分性を認める余地があるとしても,本件改正条例は,限られた特定の者に対してのみ具体的な効果が生じることが規定上明らかにされているものではないし,特定の者に対してのみ効果を生じさせることを目的として制定されたものでもないのであって,その制定をもって,行政庁としての横浜市又は横浜市長が法の執行として行う処分と実質的に同視することができるような極めて例外的な場合に当たるものではないから,本件改正条例を不当と考える住民は,前記のとおり条例の制定又は改廃の請求等の措置を執って自らの主張を市政に反映させることを期すべきであって,被控訴人らの主張は,前提を欠くものであり,採用することができない。 [25] 以上のとおりであって,本件改正条例の制定は,行政事件訴訟法3条2項所定の「処分」に該当しないから,本件訴えのうち,別紙被控訴人目録記載番号1から26まで及び46から54までの被控訴人らの本件改正条例の制定をもってした本件4園を平成16年3月31日限り廃止する旨の処分の取消しを求める請求に係る部分は不適法であり,却下を免れない。 [26]ア 本件4園は,控訴人が設置し運営していた保育所であるから,地方自治法244条所定の住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設であり,このような公の施設を廃止するについては同法244条の2がその手続を規定しているところであり,同法上は他にこれに関する規定はない。また,児童福祉法においても,35条6項が「市町村は,児童福祉施設を廃止しようとするときは,その廃止の1月前までに,厚生労働省令で定める事項を都道府県知事に届け出なければならない。」と規定して,児童福祉施設が廃止されることがあることを当然の前提としているのであるが,その廃止を制約する事由等についての明文の規定はない。そして,同法35条6項の規定を受けた同法施行規則は,同法35条6項に規定する命令で定める事項の一つとして「入所させている者の処置」を掲げている(同法施行規則38条1項2号)から,児童福祉法は入所者が現に存在する児童福祉施設を廃止することもあることを当然の前提としているものといえる。 [27]イ 他方,保護者は,やむを得ない事由のない限り保護者の選択した特定の保育所においてその監護下にある児童につき保育の実施を受け,将来の保育期間中にわたって当該保育所での保育の実施を受けるという利益を有するものである。したがって,この利益がいかなる事由があっても侵害し得ないものと解すべきものとすると,市町村は,入所児童が現に存在する保育所を廃止するについて,入所児童の保護者の同意を得られない限りは,これを廃止することができないこととなってしまうが,上記利益をそこまで絶対的に保護されるべきものと解するのは相当ではない。保護者の上記利益は,平成9年改正法において認められるに至ったものであるが,これらの利益が保育所の廃止をも制約するものと解することはできない。上記利益ができる限り尊重されるべきことは当然であるとしても,公の施設であるからには,基本的には住民全体の利益に適う利用がされるべきであり,保育所の利用は長ければ6年間にも及び,当該保育所を取り巻く諸情勢に変化が生じることも避けがたいし,もともと入所時に定める保育期間も入所時における見込期間という性質を持つものであり,市町村の限られた財産の有効利用という視点からすれば,保護者が入所申込時に行う入所希望保育所の申出や,当該保育所において保育の実施を受ける利益の保護を,当該保育所の廃止までをも制約する絶対的なものと解することはできない。 [28]ウ そうすると,市町村の設置運営する保育所の廃止については,設置者による政策的な裁量判断に委ねられているものと解するのが相当であり,保護者の同意が得られない限りその廃止が違法となるとまでは解することはできない。 [29]エ なお,被控訴人らは,本件民営化は,被控訴人らの保育所選択権を侵害し,児童被控訴人らの「保育所において保育を受ける権利」をも侵害するものであると主張するが,保護者被控訴人らは,前記のとおり,やむを得ない事由のない限り保護者の選択した特定の保育所においてその監護下にある児童につき保育の実施を受け,将来の保育期間中にわたって当該保育所での保育の実施を受けるという利益を有するということはできるが,控訴人に対し,その選択に係る保育所において一定の期間保育を実施することを請求することができる権利を有するものではない。また,児童は,特定の保育所での保育を受ける権利を有するとはいえない。したがって,被控訴人らの上記主張は採用の限りではない。 [30] 被控訴人らは,本件民営化は,控訴人の保育所廃止についての裁量権を逸脱するものとして違法である旨主張する。 ア 保育所廃止に関する法令の定め等 [31] 本件4園が,控訴人が設置運営していた保育所であるから,地方自治法244条所定の公の施設に該当するところ,公の施設を廃止することについては,同法上に特段の制限規定はないこと,また,児童福祉法においても,児童福祉施設が廃止される場合のあることを規定しており,その廃止を制約する事由等についての明文の規定は置かれていないし,入所者が現に存在する児童福祉施設を廃止することもあることを当然の前提としているものといえることは上記のとおりであり,市町村が設置運営する保育所の廃止が設置者の裁量判断に委ねられており,保護者の同意がない限りその廃止が違法となると解することができないことも上記のとおりである。 イ 控訴人の裁量権と条例制定行為の違法性 [32] 保護者被控訴人らは,やむを得ない事由のない限り保護者の選択した特定の保育所においてその監護下にある児童につき保育の実施を受け,将来の保育期間中にわたって当該保育所での保育の実施を受けるという利益を有するが,この利益ができる限り尊重されるべきことは当然であるとしても,保育所も公の施設であるから,基本的には住民全体の利益に適う利用がされるべきであり,最大限6年間にも及ぶ保育所の利用期間中に当該保育所を取り巻く諸情勢に変化が生じることも避けがたいし,もともと入所時に定める保育期間も入所時における見込期間という性質を持つものであり,市町村の限られた財産の有効利用という視点からすれば,保護者が入所申込時に行う入所希望保育所の申出や,当該保育所において保育の実施を受ける利益の保護を,当該保育所の廃止までをも制約する絶対的なものと解することはできないことなどから,市町村の設置運営する保育所の廃止については,設置者による政策的な裁量判断に委ねられているものと解するのが相当であり,保護者の同意が得られない限りその廃止が違法となるとまでは解することはできないことは前記説示のとおりである。 [33] 以上のことからすれば,控訴人の設置運営する保育所の廃止は,保育所を取り巻く諸事情を総合的に考慮した上での控訴人の政策的な裁量判断に委ねられているものというべきであり,ましてや本件民営化のごとく住民による選挙で選ばれた議員によって構成される市議会の議決による条例の改正により本件4園が廃止された場合において,条例の制定行為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかは,控訴人の市議会議員の条例制定過程における行動が個別の市民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,本件改正条例の内容が法令の規定に違反する廉があるとしても,その故に本件改正条例定立行為が直ちに違法の評価を受けるものではない(最高裁判所昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。結局のところ,本件改正条例制定行為が国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるのは,その条例の内容が市民に保障されている権利ないし法的利益を違法に侵害するものであることが明白な場合に限られると解される(最高裁判所平成13年(行ツ)第82号,第83号,平成13年(行ヒ)第76号,第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。 [34] したがって,本件改正条例による本件4園の廃止が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかの判断においては,保育所という施設の性質,その廃止の目的と必要性並びにその廃止によって利用者の被る不利益の内容及び程度等の諸事情に照らして,本件改正条例の制定が市民に保障されている権利ないし法的利益を違法に侵害するものであることが明白か否かの判断が必要となる。 ウ 本件改正条例制定の違法性について [35] そこで,本件4園を廃止することを内容とする本件改正条例の制定が被控訴人らの有する権利ないし法的利益を侵害するものであることが明白であるか否か検討することとする。 (ア) 本件民営化公表までの経緯 [36] 本件民営化公表までの経緯についての認定,判断は,原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の2の(4)(原判決62頁16行目から65頁15行目まで)に記載するところと同一であるから,これを引用する(ただし,原判決65頁8行目及び12行目の各「市立保育園」をいずれも「市立保育所」に改める。)。 (イ) 本件改正条例が可決された平成15年12月18日ころまでの状況 [37] 本件改正条例が可決された平成15年12月18日ころまでの状況についての認定,判断は,原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の2の(5)(原判決65頁16行目から71頁18行目まで)に記載するところと同一であるから,これを引用する(ただし,原判決66頁23行目の「市会」を「市議会」に,68頁5行目の「入所させてる」を「入所させている」に,71頁3行目の「3月末日」を「3月31日」に,14行目の「4月」を「4月1日」に改める。)。 (ウ) 本件民営化の目的 [38] 本件民営化の目的についての認定,判断は,原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の2の(6)(原判決71頁19行目から77頁8行目まで)に記載するところと同一であるから,これを引用する(ただし,原判決72頁22行目,74頁13行目,23行目及び76頁2行目の各「保育園」をいずれも「保育所」に改める。)。 (エ) 本件民営化の内容 [39] 本件民営化の内容についての認定,判断は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の2の(7)(原判決77頁9行目から85頁12行目まで)に記載するところと同一であるから,これを引用する。 (原判決の補正) [40] 原判決78頁9行目から10行目にかけての「前記第2,3(2)【被告の主張】イ(イ)」を「前記第2の3(2)【控訴人の主張】イ(ウ)」に改め,14行目から17行目までを削り,79頁5行目の「変更できない事情」から8行目末尾までを「変更することができない事情もあったものと認められる。」に改め,80頁13行目の「保護者らにも明らかにされた」から20行目末尾までを「保護者らにも明らかにされたものと認められる(甲10の1ないし3,乙23の7,51の1ないし27,52の1ないし31,53の1ないし13,54の1ないし36)。」に改め,81頁20行目冒頭から24行目末尾までを削り,82頁22行目及び83頁16行目の各「看護士」をいずれも「看護師」に改める。 (オ) 本件改正条例制定後の事情 [41] 本件改正条例制定後の事情についての認定,判断は,原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の2の(8)(原判決85頁13行目から25行目まで)に記載するところと同一であるから,これを引用する。 (カ) 本件改正条例制定の違法性について [42] 上記引用に係る原判決の認定事実(ただし,上記補正後のもの)によれば,本件民営化までの移行期間が必ずしも十分ではなく,本件4園に入所する児童の保護者らの本件民営化についての理解を十分には得られていないことが認められる。 [43] しかし,① そもそも被控訴人らが有するのは,保護者被控訴人らは,やむを得ない事由のない限り保護者の選択した特定の保育所においてその監護下にある児童につき保育の実施を受け,将来の保育期間中にわたって当該保育所での保育の実施を受けるという利益に過ぎず,この利益が保育所の廃止をも制約する絶対的なものと解することはできないこと,② 本件民営化は,法8条3項に基づき設置された横浜市児童福祉審議会における審議による意見具申に基づいて行われたこと,③ 本件民営化の対象保育所となった本件4園も,横浜市立保育所の民間移管にかかる法人選考委員会の選考に基づいていること,④ 本件改正条例が制定された時点においては,移管先法人である本件各社会福祉法人の経営に係る本件各新保育所での保育環境については,保育士が入れ代わることなどを除けば,基本的な変更はないことが予定されていたこと,⑤ 控訴人においては,本件改正条例制定に当たって,事前に民営化を実施した他の市町村の実情を調査した上で,円滑な民営化を実現するために,3か月間の引継ぎ・共同保育期間を置くことで足りると判断して,平成15年11月から引継ぎ・共同保育を実施することとしたこと,⑥ 本件改正条例制定前においても,平成15年4月25日から,本件民営化について,本件4園に入所している児童の保護者らに対し,本件4園ごとの説明会が計11回開かれ,その中には約13時間にも及ぶものがあったほか,計11回にわたる控訴人の福祉局長名による文書等による説明がされたこと(乙23の1ないし11,30,証人伊藤保則),⑦ 保護者が本件各社会福祉法人の経営に係る保育所に児童を入所させることを希望しない場合には,控訴人において,他の市立保育所への転園を可能とする配慮もしていること(乙19)など上記引用に係る原判決の認定事実(補正後のもの)に照らすと,上記のとおり移行期間及び保護者の理解等において必ずしも十分とはいえないものの,本件改正条例制定行為に違法の廉はなく,被控訴人らの有する前記認定の利益を最大限尊重しているものというべきであって,本件改正条例の内容が前記認定の被控訴人らの利益を侵害するものであることが明白であるとまではいえないから,本件改正条例制定行為に国家賠償法1条1項の適用上の違法と評価すべき点があるものとはいえない。他に本件改正条例制定行為に国家賠償法1条1項の適用上の違法性があると認めるに足りる証拠はない。 [44] なお,被控訴人らは,保育士の交代等による人的な保育環境の変化が児童に与える悪影響がある旨主張するところ,確かに,保育士等の交代によって入所児童が不安等を抱くなどの影響を受けることもあり得るが(甲76,87,89,140,183),本件改正条例制定当時,本件民営化によって本件4園に入所している児童らに対して回復しがたい損害を与えることを予想すべきであったと認めるに足りる証拠がないから,本件改正条例制定に際して,控訴人の市議会議員らが市民に対して負う職務上の法的義務に違反したものとはいえない。 (キ) その他の違法について [45] 被控訴人らは,本件民営化を進める過程における控訴人担当者の対応等が違法である旨主張するが,控訴人担当者の上記対応等が違法であると認めるに足りる証拠はない。 [46](3) 以上の認定及び判断の結果によると,別紙被控訴人目録記載番号1から45までの被控訴人らの国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。 [47] 被控訴人らは、保育所は,児童の生活と成長の重要な起点となる施設であるから,保育の内容の差に対する保護者の選択権は,法的利益・権利として,尊重されなければならないところ,本件民営化は,実際の保育に当たっている保育士がほぼ全部入れ替わり,それまで実施されていた保育に関わる社会関係の全てを断ち切るものであるから,法が保障した保育所選択に係る保護者の権利ないし法的利益を害するものである旨主張する。 [48] しかし,保育所選択に係る保護者の利益は,前記とおり,保育の実施を希望する際に入所を希望する保育所を申し出ることができ,やむを得ない事由のない限り,その希望を尊重されるというものにすぎないのであるから,保護者は,選択した保育所における保育の実施を要求することができる権利を有することを前提とする被控訴人らの上記主張は採用することができない。 [49] 被控訴人らは,民営化に関する裁量の余地は限定的であり,本件では,法24条に基づく保育所選択の利益という法律上の権利の侵害の有無等を問題にしているのであるから,それらは司法権の判断対象である旨主張する。 [50] しかし,控訴人の設置する保育所の廃止は,控訴人の総合的な裁量判断に委ねられている上,本件改正条例制定行為については,前記のとおり,国家賠償法1条1項の適用上違法か否かの司法判断を受けるが,その国家賠償法1条1項の適用上の違法性については,本件改正条例の内容が法令により市民に保障されている権利ないし法的利益を違法に侵害するものであることが明白な場合等に限られるものであると解すべきであるところ,本件改正条例制定行為に国家賠償法1条1項の適用上の違法性があるとは認められない。 [51] 以上の認定及び判断の結果によると,本件訴えのうち,別紙被控訴人目録記載番号1から26まで及び番号46から54までの被控訴人らの,控訴人が横浜市保育所条例の一部を改正する条例(平成15年横浜市条例第62号)の制定をもってした横浜市丸山台保育園,同鶴ケ峰保育園,同岸根保育園及び同柿の木台保育園を平成16年3月31日限り廃止する旨の処分の取消しを求める請求に係る部分は不適法であるからこれをいずれも却下すべきであるところ,当裁判所の上記判断と結論を異にして本案の判決をした原判決主文2項は不当であるからこれを取消した上,上記訴えをいずれも却下し,別紙被控訴人目録記載番号1から45までの被控訴人らの国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は理由がないからこれをいずれも棄却すべきところ,当裁判所の上記判断と結論を異にしてその一部を認容した部分は不当であるからこれを取り消した上,その取消部分に係る上記各請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 高世三郎 裁判官 西口元 | ||||
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