余目町個室付浴場事件 | ||||
控訴審判決 | ||||
損害賠償請求控訴事件 仙台高等裁判所 昭和47年(行コ)第3号 昭和49年7月8日 第1民事部 判決 控訴人 (原告) 有限会社X 被控訴人(被告) 山形県 ■ 主 文 ■ 事 実 ■ 理 由 一、原判決を取り消す。 二、被控訴人は控訴人に対し、10万円およびこれに対する昭和44年6月18日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 三、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。 [1] 控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。 [2] 当事者双方の主張および証拠関係は、次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決4枚目表5行目に「貫徹」とあるのを「貫通」と訂正する。)。 [3]一、控訴会社代表者X1は、昭和43年5月11日本件浴場建物の建築確認申請と同時に、個人として山形県知事に対し、公衆浴場法に基づき、名称「トルコハワイ」、種類「蒸気を使用する公衆浴場」として許可申請を行つた。しかし、その後営業主体を会社にすることとし、同年6月6日控訴会社を設立し、同日改めて控訴会社がX1所有の右建物を借り受けて営業するものとして、本件公衆浴場の許可申請を行つたものである。 [4]二、本件児童遊園の認可申請とその認可は、山形県知事が控訴会社のトルコ風呂営業の開設を阻止し、もしくはその営業を妨害するため、余目町長と意思相通じてなしたものである。すなわち、 [5](一) 山形県当局は、昭和43年5月23日本件浴場建物の建築確認をした際には、本件浴場が個室付浴場として建築されることについては、何ら異議を述べず、また何らの指導もしていなかつた。他方、地元の余目町長も、右建築確認を受理した際には同町において個室付浴場が開設されることは町の発展に寄与するものとして賛意を表し、さらに右建築確認がなされた直後においても、同町長はX1に対し同町としては本件児童遊園を児童福祉施設とする計画をもつていない旨言明していた。 [6](二) しかるに、鶴岡市の婦人団体が中心となつて反対運動が活溌に展開され、県の関係部局へその陳情がなされるや、山形県当局は、このままでは現行法律、条例上本件トルコ風呂営業を阻止する方法がないところから、本件児童遊園を児童福祉施設とすることにより間接的に右阻止の目的を達成しようと考え、まず県警本部において余目警察署に指示して本件浴場建物の所在地と本件児童遊園との距離を測定したうえ、県警察本部長は県議会において、本件児童遊園を児童遊園として認可すれば事実上トルコ風呂営業はできなくなる、その方向で検討して欲しい旨提案し、その発案に端を発して県民生部もこれに同調し、本件トルコ風呂営業を阻止する手段として、余目町に対して本件児童遊園を児童福祉施設として認可申請をするよう積極的に指導、働きかけを行い、余目町もそれ以来態度を一変し、急遽同年6月4日本件児童遊園の認可申請を行い、県当局はこれに呼応して同月10日異例の短時日内に右認可を行つた。これによつて控訴会社のトルコ風呂営業を禁止する口実が作り上げられたのである。 [7]三、本件児童遊園の認可が右のような動機、目的をもつてなされたものであることは、その後生じた次のような事情からも明らかである。 [8](一) 控訴会社のなした本件浴場営業の許可の申請は、公衆浴場法の許可要件をすべて具備していたものであるから、すみやかに許可されるべきであつたにもかかわらず、右許可は異例に遅延し、同年7月31日に至つてようやくなされた。本件浴場の建物は既に同年6月半ば頃にはほゞ完成して営業可能な状態に達しており、同年6月末には建築工事は完了し、X1はその旨を山形県衛生部環境衛生課に通知した。従つて、本来ならば同年6月中旬頃には許可がなされてしかるべきであるにかかわらず、山形県知事は故なく右のように許可をひきのばしたのである。 [9](二) 控訴会社の右申請を受理した環境衛生課はもちろん山形県知事としては現行法上右申請を許可せざるを得ないとの態度をとつていたが、控訴会社のトルコ風呂営業を阻止、妨害すべく主導的役割を演じていた県警察本部がこれに反対したために許可を出すことができず、遂に環境衛生課は営業許可に関する主体性を失い、余目町をトルコ風呂営業禁止区域に指定するための条例の改正まで許可をひきのばそうとする県警察本部の態度に同調せざるを得なかつたのである。 [10](三) 昭和43年7月25日X1は県警察本部に呼び出され、県警側との会談がなされた。右会談は、会談というものではなく、県警側がトルコ風呂営業を認めない方針のもとに、異性の客に接する役務を提供しないようその営業内容の変更を求めるのみで、一方的な通告、おどしつけに終始した。しかし、X1が右営業の許可を求める態度を維持したため、会談は打ち切りとなつた。 [11](四) 右会談打切後も営業許可は出されず、同月29日に至り、県警察本部はいわゆるトルコ風呂営業はなさない旨の営業内容説明書を提出するよう要求してきた。 [12] その当時X1は、県条例の改正を目前に控え、右のように営業許可がひきのばされるため、そのあせりで正常な判断をすることが不可能な状態にあつた。そこで、本件浴場の開設に尽力していたS、Tの両名が相談のうえ、条例改正前に営業許可をとるためには県警本部の右要求に従うほかないと判断し、X1には秘匿して余目警察署に赴き、警察署員の下書どおりに説明書を作成して環境衛生課と余目署あてにこれを提出し、その結果同月31日右営業の許可がなされ、控訴会社代表者X1は右説明書提出の事実を知らないままトルコ風呂営業を開始した。従つて、右書面は控訴会社を拘束せず、控訴会社のトルコ風呂営業禁止の根拠とはなしえない。 [13] かりに右説明書が控訴会社の意思に基づいて作成されたものであるとしても、警察当局は右説明書を提出しなければ営業の許可をしないとして右書面の提出を強要しており、右提出を拒否するときは右許可をひきのばされ、右許可に先じて右条例の改正がなされるであろうことは明白であつたから、控訴会社としては何よりもまず右営業の許可を受けなければならなかつた。このような状況のもとで作成提出された営業内容説明書は控訴会社を拘束するいわれはない。 [14] 右のように営業内容説明書の提出を強要したのは、県当局および警察当局が、本件児童遊園の認可が営業の自由との関係上疑問があり、これを根拠として控訴会社のトルコ風呂営業を阻止することについて確信をもてないことから、右のような約束をとりつけ、その目的を達成しようとしたのである。 四、法的考察 [15](一) 本件児童遊園の認可は次の理由によつて無効である。 [16]1、本件児童遊園は、その施設の点において厚生大臣の定める児童福祉施設の最低基準に達しておらず、その環境も児童の情操教育のうえから極めて不適当なものであるから、認可の要件を充足していない。 [17]2、また山形県知事およびその補助機関たる職員は公務員として憲法、法律、条例を遵守すべき義務を負うものであり、行政行為も、地方自治法第138条の2に示されているとおり、憲法秩序下の民主主義的原理の支配下にある以上、信頼、誠実の原則に従つてなされなければならない。憲法第22条はすべての国民に営業の自由を含む職業選択の自由を保障し、また同法第29条は財産権を侵してはならないと定めている。しかるに、山形県知事は、控訴会社代表者が永年営々として貯えた全資金を投入し、憲法、法律、条例により適法に許容されたトルコ風呂営業を開始すべく、建築確認を得たうえ、浴場建物の建築を半ば進行させ、かつ、本件公衆浴場営業許可申請をなしている段階において、右トルコ風呂営業に阻止、妨害することを決定的な動機目的として、その行政権限を濫用して前述の如き粗末で不適当な本件児童遊園の設立を認可したのであるから、右認可はこの点においても無効である。 [18]3、かりに、本件児童遊園の認可それ自体が当然無効ではなく、適法な行政処分とみられるとしても、前述のように控訴会社の適法な営業を阻止、妨害する意図をもつてなされたものである以上、右処分は控訴会社に対する関係においては効力を有しないものであり、従つて右処分をもつて控訴会社のトルコ風呂営業禁止の根拠とすることは許されないものである。 [19](二) 本件営業停止処分は,次の理由によつて無効である。 [20]1、本件営業停止処分は、児童福祉施設として認可された本件児童遊園が存在する以上、本件浴場においてトルコ風呂営業をなしえないのに、控訴会社が右営業をなし、もつて風俗営業等取締法第4条の4の罪を犯したことを理由とするものである。そうすると、本件児童遊園の認可処分は、右処罰の前提手続をなしている。 [21] ところで、右認可処分は前述のように無効であり、かりにそうでないとしても控訴会社のトルコ風呂営業禁止の根拠とはなしえないものであるから、憲法第31条の予定する法定の適正な手続とは解することはできず、本件児童遊園の存在を根拠として控訴会社を前記違反を理由として処罰することは憲法第31条に違反している。従つて、控訴会社が本件浴場においてトルコ風呂営業をしたことが風俗営業等取締法違反に問われないものである以上、その罪を犯したことを理由とする本件営業停止処分は前提を欠く違法無効な処分である。 [22]2、本件営業停止処分は、控訴会社が前記の罪を犯したことを理由とするものであるが、右のような行政処分にも憲法第31条が準用されるものと解されるところ、本件児童遊園の認可は、控訴会社のトルコ風呂営業の阻止ないし禁止を目的としてなされたもので、実質上本件営業停止処分のためにその前提手続をなしており、それが適正な手続とはみられないのであるから、右停止処分自体憲法第31条に違反して無効というべきである。 [23]五、以上の主張を前提として、控訴会社は本件国家賠償請求の根拠として次のように主張する。 (一) 第一次的主張 [24]1、本件児童遊園認可処分は、そもそも当初から山形県知事が控訴会社のトルコ風呂営業を阻止ないし禁止することを決定的な動機、目的としてなしたものであるから、右処分をした山形県知事としては、もし控訴会社が右認可処分を無視して右営業を行うときは右認可処分の存在を理由として山形県公安委員会によつて右営業の停止処分がなされることおよびその結果控訴会社に損害が生ずることを当然予期、認識していた。そして客観的にみても、本件児童遊園認可処分を不可欠の前提として本件営業停止処分がなされ、同停止処分によつて控訴会社に損害が発生したのであるから、本件児童遊園認可処分と損害の発生との間に相当因果関係が存在する。 [25]2、本件児童遊園認可処分は、公権力の行使にあたる山形県知事がその職務の執行としてなしたものであるところ、前述のように右認可処分は同知事の故意に基づく(少くとも控訴会社に対する関係において)違法無効な行政処分である。 [26]3、かりに同知事に故意がなかつたとしても、少くとも同知事としては右認可のいきさつからみて右処分が違法であり、これによつて控訴会社が損害をこうむることを当然認識すべきであつたにもかかわらず、不注意にもその認識を欠き、過失によつて違法な右認可処分をした。 [27]4、してみると、控訴会社は、山形県知事が故意もしくは過失によつてなした本件児童遊園認可処分により違法に損害を加えられたのであるから、国家賠償法第1条第1項に基づき被控訴人に対して右損害の賠償を請求する。 (二) 第二次的主張 [28]1、山形県公安委員会は、本件児童遊園の施設が所定の基準に達していないことおよび許可のいきさつ、動機、目的を熟知したうえ、右認可処分が山形県知事の故意による違法な営業妨害であることおよび本件営業停止処分により控訴会社が損害をこうむることを認識しながら本件営業停止処分をした。すなわち、本件認可処分にいたる前述の県警本部の一連の行為は、本件営業停止処分を目的としてなされたものであるところ、県警察本部は県公安委員会がその権限行使のため警察法第38条第3項によりその管理下にある実施機関であるから、法律上県警察本部の行為および故意はとりもなおさず、県公安委員会の行為および故意とみなされるものであり、事実上も県公安委員はその管理下にある県警察本部から当然なさるべき報告に基づき、かつ、当時の新聞報道の記事をとおして右事情を知悉していたものとみられる。 [29]2、かりに県公安委員会に右のような認識がなかつたとしても、少くとも過失がある。すなわち、県公安委員会は、本件営業停止処分を行うにあたり、本件児童遊園の存否の判断に関連して本件認可処分のなされたいきさつおよびその適法性を調査確認すべき職務上の義務があつたにもかかわらず、その義務を怠り、そのために右停止処分が違法無効であることに気づかなかつたのである。 [30]3、してみると、控訴会社のこうむつた本件損害は、山形県知事の所轄のもとにあつて、被控訴人の公権力の行使にあたる県公安委員会がその職務の執行としてなした前述の如き違法無効な本件営業停止処分に基づくものである。よつて、控訴会社は被控訴人に対し、国家賠償法第1条第1項に基づき右損害の賠償を請求する。 [31]1、控訴会社が主張する事実のうち、控訴会社が昭和43年6月6日山形県知事に対し公衆浴場の許可申請をしたこと、これに対し同知事が同年7月31日許可を与えたこと、同年7月29日控訴会社が県環境衛生課長および余目警察署長あてに営業内容説明書を提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。 [32]2、本件児童遊園許可処分は、処分がなされた以上、それが行政庁である山形県知事によつて取り消されるか、もしくは取消または無効の裁判が確定しない限り、有効として取り扱うほかはない。県公安委員会には、右のように他の行政庁によつてなされた行政処分の有効無効を審査する権限はない。従つて、県公安委員会のなした本件営業停止処分は無効な行政処分を前提としたものではない。 [1]一、控訴会社が昭和43年7月31日山形県知事から指令環第3893号をもつて蒸気を使用する公衆浴場の許可を受け、それ以来肩書住居地において「トルコハワイ」という名称で右浴場の営業をしていること、山形県知事の所轄下にある山形県公安委員会が昭和44年2月25日控訴会社に対し、右浴場は児童福祉法第7条に規定する児童福祉施設たる余目町立若竹児童遊園(以下本件児童遊園という。)から約134.5メートルの距離にあるため、控訴会社としては右浴場において個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する、いわゆる個室付浴場(以下トルコ風呂営業という。)を営むことができないのにこれを行つたという理由で、同年2月26日から60日間控訴会社の右営業を停止する処分(以下本件停止処分という。)を行つたこと、控訴会社が右浴場の許可申請をしたのは、昭和43年6月6日であること、山形県東田川郡余目町が控訴会社において右浴場の許可申請をした日以前である同年同月4日山形県知事に対し、右浴場所在地から約134.5メートルの地点にある本件児童遊園設置の認可申請を行い、控訴会社が右浴場許可を得た日以前の同月10日児童福祉法第35条第3項所定の認可(以下本件認可処分という。)を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。 [2]二、そこで本件認可処分の適否について判断する。 [3](一) 控訴人は、まず本件児童遊園が厚生大臣の定める児童福祉施設の最低基準に達していないなどの理由により、本件認可処分は違法無効である旨主張する。しかし、当裁判所も、本件児童遊園は認可当時厚生大臣の定める児童福祉施設の最低基準に達しており、かつ、その環境も必ずしも児童厚生施設の目的に合致していないものとはいえないと認める。その理由は、原判決が説示するところと同一であるから、原判決8枚目表12行目から同11枚目表6行目までの記載をここに引用する(但し、同9枚目表10行目に「一遇」とあるのを「一隅」と改め、同10枚目裏7行目の「本件遊園から」の次に「容易に」を挿入する。)。 [4](二) 次に本件認可処分は、当時適法に許容さるべき控訴会社のトルコ風呂営業を阻止、妨害することを決定的な動機、目的としてなされた違法無効な行政処分である旨の控訴人の主張について判断する。 [5]1、前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第2号証の1ないし5、第3号証、第4号証の1、2、第5、6号証、第8号証、第14号証の1ないし9、第15号証の1ないし12、乙第8、9号証、第11号証、原本の存在およびその成立について争いのない甲第10号証、当審証人小野義雄の証言によつて成立を認めうる乙第12、13号証、第14号証の1、2、第16、16号証、原審証人富樫義雄(後記措信しない部分を除く。)、同佐藤敏夫、同吉村敏夫、同芳賀三郎、当審証人佐々木輝幸(同上)、同森岡徳男、同伊藤政一、同大木一彦(同上)、同松田武治(同上)、同小野義雄(同上)、原審および当審証人小谷野隆(同上)、同伊藤政一の各証言、原審および当審における控訴会社代表者本人尋問の結果(同上)および検証の結果を総合すると、次の事実が認められる。 [6](1) 控訴会社代表者X1(以下X1という。)は、かねてよりトルコ風呂営業を行うべく計画していたところ、昭和41年頃から各地においてその立地条件や営業禁止区域等を調査した結果、昭和42年夏頃にいたり山形県東田川郡余目町が最も立地条件が良いとの判断に到達し、しかも同町は風俗営業等取締法(以下風営法という。)第4条の4第2項の条例に基づく指定禁止区域に該当しないこと(余目町は、その当時はもちろん昭和43年9月山形県の条例が改正されるまでは、トルコ風呂営業の禁止区域ではなかつた。)を確認した。右調査にあたりX1は山形県庁に赴き、山形県条例を調べるとともに係員の説明を受け、またトルコ風呂営業のため必要な建築上の制限などについて指導を受けた。 [7](2) そこでX1は余目町内において土地を物色した結果、昭和43年3月頃同町の郊外で国道に面した肩書住居地を右営業のための敷地として入手することができた。右土地を購入するにあたり、平はその周囲200メートル以内の区域を丹念に調査し、風営法第4条の4第1項所定の官庁、学校(附近にあつた常万小学校は後記のようにその当時廃校となつていた。)、児童福祉施設等の公共用施設がないことをも確認した。 [8](3) X1は、その後直ちにWに対し、トルコ風呂の建築設計および建築確認申請の手続を依頼した。同人も山形県庁等に赴き、右建設予定地にはトルコ風呂営業に関する地域的規制のないことを確かめたうえ、約1箇月間にわたり、山形県土木部建築課の指導を受けながら設計を行い、同年5月11日X1個人名義で余目町に対し個室付のトルコ風呂営業用建物の建築確認申請を行い、同申請書は同月13日右建築課で受理された。X1は、右建築確認申請とともに個人名義で山形県知事あてにトルコ風呂営業のための公衆浴場の許可申請をした。 [9](4) これより先同年4月中にX1は富樫余目町長を訪ね、前記場所においてトルコ風呂営業を開設する予定であることを伝えたところ、同町長は、町の発展のために好ましいことであると賛意を表していた。またX1は同月下旬頃余目警察署長に対しても右と同様の趣旨を伝えた。 [10](5) 右建築確認申請書を受理した建築課は、衛生部環境衛生課、県警察本部防犯課の意見を聴いたうえ、後記のような注意書を付して同年5月23日X1に対し建築確認の通知をした。 [11](6) 他方、同年5月初旬頃から本件トルコ風呂開設の噂が次第に広まり、余目町常万部落民、山形県婦人連盟および同町婦人連合会などの婦人団体から余目町長に対して右トルコ風呂開設を阻止するよう陳情がなされ、その反対運動は日増に活発化していつた。その頃から町としても右トルコ風呂の開設を阻止する方針を打ち出し、まず町長、町議会議長が婦人団体とともに山形県知事、県警察本部その他関係部局に右開設阻止のための陳情を行うとともに、余目町をその営業禁止区域に指定するよう条例の改正を要望したが、県議会召集の時期の関係上、早急にこれを実現することは困難であることが判明した。 [12](7) かくするうち、同年5月15日頃余目警察署は右建設予定地から至近の距離に本件児童遊園のあることに目を付け、その距離が約150メートルであることを測量確認したうえ、県警防犯課に報告した。その頃から山形県当局においては、右トルコ風呂を好ましからざる施設としてその開設を阻止すべきであるとの見解が強くなり、そのためには、余目町に働きかけ、本件児童遊園を児童福祉施設として認可する以外には方法はないとの方針を打ち出すに至つた。右開設阻止については県警察本部が特に強硬な態度を示し、県の他の部局においては営業の自由、既得権の侵害をおそれた消極論もないではなかつたが、結局右方針に同調することとなつた。そのようないきさつもあつて、X1に対する前記確認通知書には、本件児童遊園を児童福祉施設とする動きもあり、それが認可されればトルコ風呂営業はなしえなくなる旨の注意書が付されるに至つた。 [13](8) 次いで、同月25日開催の県議会厚生常任委員会において、トルコ風呂営業禁止区域の拡張を決める一方、本件トルコ風呂営業を阻止するための当面の対策を協議した。その席上、山形県の吉村民生部長は、「県としては好ましくない施設という立場から余目町に指導を行つてきた。しかし、去る23日建築確認ずみであり、建築後申請される営業許可も認められる公算も強い。残された対策は建設予定地から約130メートルある同地区の遊園地(無認可)を認可施設に昇格させる以外にない。そうすれば風営法に基づいて、いわゆるトルコ風呂営業はできなくなる。町当局も近く遊園地の認可申請をしてくれる方針である」旨県の態度を表明し、これによつて山形県が本件トルコ風呂営業を阻止するため積極的に余目町に対し指導、働きかけを行つていることが明らかとなつた。また同委員会の審議を傍聴していた富樫余目町長もその直後記者会見をし、「5月27日の町臨時議会で本件児童遊園を認可施設とするよう議決、直ちに県に申請したい。1週間位あれば認可に必要な遊具などを完備できる」旨余目町の方針を説明した。 [14](9) ところで、本件児童遊園は、もと常万小学校の敷地の一部であつたが、同校が昭和40年頃小学校の統廃合により廃校となり、その敷地を民間に売却する際部落民の要望により子供の遊び場、部落公民館の敷地(町有地)として残されたものであつた。余目町内には遊園らしきものは、本件児童遊園を含めて5個所にあつたが、余目町としては財政上の理由で当面これを認可施設とする予定をもつていなかつた。しかるに、本件トルコ風呂開設の反対運動が起き、県警防犯課など県の関係機関から、本件児童遊園を認可施設とすることにより右営業を阻止しうる旨の指導を受けるや、町としては今早急に本件児童遊園を認可施設とする格別の必要性はないのに、本件トルコ風呂営業を阻止するため急遽認可申請の方針を決め、とりあえず常万部落から遊具、砂場などの寄附を受けたうえ、短期間内に施設の基準に合致するよう一応整備し、5月27日の町議会においてはじめての「余目町児童遊園設置条例」を制定して、本件児童遊園を町営のものとすることを可決し、直ちに山形県に対し本件児童遊園を児童福祉施設とする旨の認可の申請をしたが、不備があつたため一旦却下され、改めて補正のうえ、同年6月4日認可の申請をした。 [15](10) これを受けた山形県は、6月6日現地に係員を派遣し、その規模、整備等必要な要件を具備しているかどうかを調査したうえ、異例の早さをもつて6月10日山形県知事の名において右申請を認可するにいたつた。 [16](11) これより先X1は、前記建築確認に基づいて本件浴場の建築に着手し、その工事は6月末頃には完成し、7月11日には建築の検査済証が発行された。なお、X1はそのことを直ちに環境衛生課に通知した。 [17](12) X1は、前記のように右確認申請と同時に同人名義で山形県知事に対して本件公衆浴場の許可申請をしたけれども、同年6月6日改めて控訴会社名義で右許可申請をした。 [18](13) 右公衆浴場の許可は通常ならば要件を具備している限り(本件の場合その要件を欠いていたことを認めるに足りる証拠はない。)、建物完成後間もなくなされるにもかかわらず、本件の場合はかなり遅延し、同年7月31日にいたつてその許可がなされた。 [19] その間控訴会社は再三にわたり環境衛生課に赴き許可の促進方を申入れたが、県警察本部が本件浴場が個室付であることを理由に終始許可に反対し続けたため、環境衛生課としては許可を出せない状態となつていた。 [20](14) 同年7月25日県警察本部の提唱で、環境衛生課長ら出席のもとに、X1に対して、本件公衆浴場を個室付でない構造に改め、かつ、異性の客に接触する役務を提供しない営業を行うよう再三勧告指導がなされた。しかし、控訴会社としては、浴場建物も既に完成しており、トルコ風呂営業を断念する考えがなかつたため、その勧告を拒否した。なおその際、県警側から右勧告に応じないでトルコ風呂営業を行うときは、風営法違反として取締を受け、かつ、営業停止の処分がなされる旨の警告がなされた。 [21](15) 同年7月29日県警察本部の指示を受けた余目警察署員が控訴会社に対して、いわゆるトルコ風呂営業はしない旨の営業内容説明書の提出を求め、これを提出すれば本件公衆浴場の許可が出されることが明らかとなつた。そして当時余目町をトルコ風呂営業禁止区域に指定する旨の県条例が8月上旬頃施行の運びとなつていた。そこで控訴会社としては、トルコ風呂営業を断念する考えは毛頭ないのに、一刻も早く公衆浴場の許可を得たい一心でやむなく右要求に応じて7月30日前記趣旨の説明書を余目警察署および環境衛生課に提出した。その結果前記のようにその翌日本件公衆浴場の許可がなされた。 [22](16) けれども、控訴会社は同年9月頃からトルコ風呂営業をはじめたため、昭和44年2月25日付で山形県公安委員会から60日間その営業を停止する旨の本件停止処分を受けた。 [23] 原審証人富樫義雄、当審証人佐々木輝幸、同大木一彦、同松田武治、同小野義雄、原審および当審証人小谷野隆の各証言、原審および当審における控訴会社代表者本人尋問の結果、甲第1号証の供述内容中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するような証拠はない。 [24]2、以上認定したところによると、控訴会社の計画していた本件公衆浴場におけるトルコ風呂営業は、昭和43年6月6日控訴会社が本件公衆浴場の許可を申請した段階においては、その営業の場所が指定禁止区域に該当せず、かつ、その周囲200メートル以内に風営法第4条の4第1項所定の公共用施設が存在しなかつたのであるから、本件浴場の営業許可がなされたときは、現行法上適法に営業をなしうるものであつたといわねばならない。 [25] しかるに、その後同年6月10日に至つて本件浴場から134.5メートルの距離にある本件児童遊園が山形県知事により児童福祉施設として認可されたことにより、控訴会社としては,本件公衆浴場の営業許可を受けた場合、トルコ風呂営業以外の公衆浴場営業はなし得ても、同条の4第1項の規定により本件浴場においてはトルコ風呂営業はなし得ないこととなつたわけである。 [26]3、ところで、本件児童遊園はさきに認定したように児童福祉施設としての基準に適合していたものであるから、客観的にみるとき、本件認可処分それ自体としては違法ということはできない。 [27] しかしながら、前記認定によると、山形県および余目町当局は、余目町が条例による指定禁止区域に該当しない現状においては、控訴会社の本件トルコ風呂営業が適法なものとして許容されることになる関係上、右トルコ風呂営業を阻止するという共通の目的をもつて、間接的な手段を用いて右営業をなし得ない状態を作り出すべく、本件児童遊園の児童福祉施設への昇格という方法を案出した。そして余目町としては早急にこれを児童福祉施設とすべき具体的必要性は全くなかつたのに、山形県は余目町に対し積極的に指導、働きかけを行い、余目町当局もこれに呼応して本件認可申請に及んだものであり、結局山形県知事は余目町当局と意思相通じて、控訴会社の計画していたトルコ風呂営業を阻止、禁止すべく、本件児童遊園を児童福祉施設として認可したものというべきである(なお、右認定の経過に照らすとき、余目町がその形式はともかく実質的に全く独自の立場において本件認可申請に及んだものとは到底認められない。)。 [28]4、してみると、山形県知事のなした本件認可処分は、控訴会社が現行法上適法になし得るトルコ風呂営業を阻止、禁止することを直接の動機、主たる目的としてなされたものであることは明らかであり、現今トルコ風呂営業の実態に照らし、その営業を法律上許容すべきかどうかという立法論はともかく、一定の阻害事由のない限りこれを許容している現行法制のもとにおいては、右のような動機、目的をもつてなされた本件認可処分は、法の下における平等の理念に反するばかりでなく、憲法の保障する営業の自由を含む職業選択の自由ないしは私有財産権を侵害するものであつて、行政権の著しい濫用と評価しなければならない。すなわち、本件認可処分は、控訴会社の右トルコ風呂営業に対する関係においては違法かつ無効のものであり、控訴会社の本件トルコ風呂営業を禁止する根拠とはなりえないものである(このことは、本件の場合本件児童遊園認可申請の日が本件公衆浴場申請の日以前であつたことによつて消長をきたすものではない。)。 [29]三、次に前記争いのない事実に、原審における証人小谷野隆の証言、控訴会社代表者本人尋問の結果およびこれによつて成立を認めうる甲第9号証の1ないし4によると、控訴会社は、本件停止処分を受ける数箇月以前から本件停止処分時まで、本件公衆浴場の経営により1箇月平均少くとも40万円の純収益(入浴者数1日平均30ないし40人、入浴料1人あたり1,000円、必要経費1箇月40ないし50万円)を得ていたことが認められ、反証のない本件においては、60日間の本件停止処分により、約80万円の得べかりし利益を失つたことになる。 [30]四、そこで、本件認可処分と右逸失利益の喪失(損害)との間の因果関係について考えるに、前記認定の事実によると、本件停止処分は、本件児童遊園から200メートル以内の場所においてトルコ風呂営業を営むことができないのに控訴会社がこれを営んだという理由により風営法第4条の4第4項に基づいてなされたものであるが、右処分を行うについては本件認可処分の存在することが不可欠の前提とされており(本件認可処分が控訴会社に対してその効力を及ぼし得ないものであれば、本件停止処分はなされなかつたはずである。)、従つて本件認可処分がなされなければ右損害は生じなかつたという関係にあり、同時に右損害の発生は本件認可処分を不可欠の前提とする本件停止処分によつて通常生ずべき損害とみることができる。のみならず、地方公共団体の公権力の行使にあたる公務員たる山形県知事によつてなされた本件認可処分が控訴会社のトルコ風呂営業を阻止、禁止することを直接の目的、主たる動機とするものであることは前に認定したところであつて、同知事としては、控訴会社が本件認可処分を無視してトルコ風呂営業を行うときは、法律上右認可処分を根拠として山形県公安委員会によつて営業停止処分がなされ、その結果控訴会社に営業上損害の発生することを当然予見、認識していたものと認められる(この点において本件処分は故意に基づく行為である。)。してみると、本件認可処分と損害の発生との間には法律上因果関係が存在する。 [31]五、以上によると、控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、控訴会社は、公権力の行使にあたる山形県知事がその職務を行うにつき故意をもつてなした控訴会社に対する関係において違法な本件認可処分により前記逸失利益相当額の損害をこうむつたものと認定することができる。 [32] なお、控訴会社が昭和43年7月29日本件公衆浴場の営業許可を受けるにつき、本件公衆浴場においてトルコ風呂営業をなさない旨の営業内容説明書を提出したことはさきに認定したとおりであるが、同じく右に認定した事情によると山形県としてはトルコ風呂は好ましくない施設であるとの見地から行政指導の一環として右説明書を徴したに過ぎないものであり、しかも本件停止処分は風営法第4条の4第4項に基づくものであつて、右処分の性質上右営業内容説明書による誓約に違反したことを右処分の要件とするものではないことは明らかであるから、右営業内容説明書の提出により本件認可処分の違法性が阻却される筋合はないものというべきである。 [33]六、よつて、被控訴人に対し右損害の賠償として10万円およびこれに対する本件停止処分以後の日である昭和44年6月18日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当として認容すべく、右と趣旨を異にする原判決はこれを取り消すべきである。そこで民訴法第386条、第96条、第89条を各適用して主文のとおり判決する。 裁判官 佐藤幸太郎 佐々木泉 小林隆夫 | ||||
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