固定資産税賦課決定違法国賠訴訟
控訴審判決

損害賠償請求控訴事件
名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)第732号
平成21年3月13日 民事第2部 判決

口頭弁論終結日 平成21年1月14日

控訴人 (原告) A冷蔵株式会社
被控訴人(被告) 名古屋市

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,967万5400円及びうち本判決別紙遅延損害金目録の元本欄記載の各金額に対する,同目録の起算日欄記載の各日から,うち100万円に対する平成19年3月31日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
[1] 本件は,原判決別紙物件目録記載の建物(本件倉庫)を所有する控訴人が,名古屋市港区長による固定資産税及び都市計画税(固定資産税等)の賦課決定に従い,本件倉庫にかかる固定資産税等を納付してきたところ,昭和62年度分から平成13年度分までの上記各課税処分には,本件倉庫が冷凍倉庫であるにもかかわらず,過失によりこれを一般倉庫として評価した違法があり,その結果,控訴人は固定資産税等を過大に徴収されて損害を被ったと主張して,被控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,昭和62年度分から平成13年度分までの固定資産税等の過納金相当額及び弁護士費用合計1289万5400円及びこれに対する固定資産税等の各年度第4期納期限の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

[2] 原審は,固定資産の価格決定又はこれを前提とする固定資産税等の課税処分の違法が,これらの処分を当然無効ならしめるものではない場合には,当該処分が適法に取り消されない限り,同処分の違法を理由とし過納金相当額を損害とする国家賠償請求は許されないところ,本件各課税処分に無効原因は認められないとして請求を棄却したため,控訴人が,控訴の趣旨記載の限度でこれを不服として控訴し,上記過納金相当額867万5400円と弁護士費用100万円並びに各年度の過納金に対する当該年度の第4期納期限の翌日である3月1日から,弁護士費用100万円に対する訴状送達の日の翌日である平成19年3月31日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

[3] 以上のほかの事案の概要は,次のとおり訂正し,当審における控訴人の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。

[4](1) 原判決3頁24行目の「1項」の後に「,388条1項」を加える。

[5](2) 同6頁14行目の「以下」の前に「昭和38年12月25日自治省告示第158号。」を加える。
[6] 原判決は,過納金相当額を損害とする国家賠償請求を当然に認容することは,課税処分に対する不服申立期間を制限した法の趣旨を潜脱することになるとして,当該処分が当然無効となるような場合に限り,国家賠償請求が認められるとしたが,失当である。
[7] 過納金相当額を損害とする国賠請求においても,他の行政処分一般と同様,取消訴訟を経ることなく国賠請求が認められ,その要件として,当該処分が当然に無効であることまでは必要ではないと解すべきである。
[8](ア) 最高裁判所昭和36年4月21日第二小法廷判決(民集15巻4号850頁)は,あらかじめ処分の取消し又は無効確認の判決を得ることなく,違法な行政処分に対する国家賠償請求が認められるとしている。同判決は,行政処分一般について国家賠償に被害救済を認めているのであり,処分の効果と損害の内容が同一・表裏の関係にある場合に例外を認める趣旨ではない。
[9](イ) そもそも,不服申立て・出訴期間の制限は,固定資産税に関する課税処分にのみ設けられたものではなく,他の行政処分一般についても同様の制限が課せられている。上記最高裁判例は,行政処分の不服申立て・出訴期間の制限が設けられていることを前提としたうえで,国家賠償による損害の救済を認めたものであるから,課税処分について不服申立期間・方法が制限されていることは,何ら過納金相当額を損害とする国家賠償請求の要件を加重することの理由とはなり得ない。
[10](ウ) このことは,処分の効果と損害の内容が実質的に同一,表裏の関係にある場合であっても,何ら異なるものではない。
[11] 行政処分に公定力・排他的管轄概念が認められる趣旨は,一般に,行政処分が公共の利害に関わることが多いことから,行政処分の有効性を可及的早期に確定させ,その後の行政処分,第三者の権利関係を安定させようとするものである。
[12] しかしながら,本件のような課税価格の決定に瑕疵・違法があった場合については,課税処分の効果は課税者と納税者との間にのみ及ぶものであって,一般の行政処分のように公共の利害に広く影響を及ぼすものではないため,過納金を損害として認めたとしても,それによって殊更に第三者の権利関係・公共の利害に混乱が生じるというものではない。
[13](エ) 特に本件では,被控訴人は,現時点で本件倉庫に「冷凍倉庫用のもの」の経年減点補正率が適用されることを争うものではなく,既に平成14年から平成18年までの登録価格は修正され,固定資産税の減額更正がなされ,過去5年分の過納金については返還がなされている。したがって,本訴請求にかかる過納金相当額の損害を認めることにより徴税行政の混乱を招いたり,公共の利益を害する結果を生じることはない。行政処分の安定性・早期確定という行政法上の形式的・技術的要請を理由として,違法な行政処分による被害救済の途を閉ざすべきではない。

イ 本件課税処分の無効原因について
[14] 仮に,行政処分の違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認めるべき場合に限り,あらかじめ当該行政処分につき取消判決を得ることなく国家賠償請求をなし得るとしても,本件各課税処分には無効原因がある。
[15](ア)a 経年減点補正率の適用について,市町村長に裁量は認められない。
[16] 租税法律主義は,形式的に賦課徴収に法律上の根拠を求めるものではなく,課税要件のすべてと租税の賦課・徴収の手続が法律で規定されていること(課税要件法定主義),並びに,課税要件及び租税の賦課・徴収の手続に関する定めはなるべく一義的で明確でなければならないこと(課税要件明確主義)をその内容とするものである。
[17] したがって,課税要件である経年減点補正率の適用について,各市町村長に裁量を認めることは,租税法律主義に反し,納税者にとって不測の損害を招くこととなる。
[18] 本件倉庫は,その保管温度設計,構造,使用状況等からすれば,「冷凍倉庫用のもの」と評価されるべきものであり,被控訴人が注意義務を尽くせば容易に判断できるものであった。したがって,実地調査,書類調査を十分に行わないまま,漫然と一般倉庫との評価を続けて,本件倉庫に本件基準表7(2)を適用しなかったことは不合理であり,本件課税処分は違法無効である。
[19](イ) 仮に経年減点補正率の適用に一定の裁量が認められるとしても,原審ではどのような事実・資料に基づいて一般倉庫との評価がなされたのかが審理されておらず,裁量判断の合理性が実質的に検討されていない。被控訴人の課税評価は許容される裁量の範囲を逸脱するものであり,無効というべきである。
[20] 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がなく棄却すべきものと判断するが,その理由は,次のとおり付加訂正するほか,原判決の「事実及び理由」欄第3の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

[21] 原判決32頁13行目の「価格」の前に「課税標準としての」を加える。

[22] 同33頁7,8行目の「理由として国家賠償の請求をするについては,」を「理由とする国家賠償請求は,一般的には,行政処分の効力自体を問題とするものではなく,取消訴訟とは目的,要件及び効果を異にするものであるから,」に改める。

[23] 同33頁16行目の「認めることとなって」を「認めたのと同一の効果を生じることとなって」に改める。

[24] 同33頁18行目の「否定することになる。」の次に改行の上,以下のとおり加える。
「ことに,本件では,控訴人は,本件倉庫に「冷凍倉庫用」の経年減点補正率を適用しなかったことが違法であるとして,本件倉庫についての登録価格を争うものであるが,地方税法432条2項は,登録価格を早期に確定することにより固定資産税にかかる徴税行政の安定と円滑な運営を図る目的と,登録価格の決定には専門的,技術的な面の存することなどから,登録価格については,固定資産評価審査委員会に対する審査申出及び同委員会による審査の決定に対する取消しの訴えという方法によってのみ争うことができるものとして,その不服申立方法を制限しているのであって,控訴人による本件国家賠償請求は,実質的にはこの制限をも潜脱するものということができる。登録価格が上記の不服申立方法によって取り消されることもなく,また無効ともいえず,したがって法的には瑕疵なく確定しており,しかも,その後の賦課徴収手続にも違法な点がない場合に,それにもかかわらず,過納金が生じるとすることは,固定資産税にかかる徴税行政を混乱させ,ひいては地方自治体の財政運営をも不安定にするおそれがあるものというべきである。」
[25] 同33頁26行目の末尾に続けて,「上記の昭和36年4月21日の最高裁判決の趣旨も,本件のように国家賠償法に基づく損害賠償請求が,課税処分の取消訴訟と目的や効果を同じにするものであるような場合についてまで及ぶものとは解されない。」を加える。

[26] 同34頁9行目の「ものすること」を「ものとすること」に改める。

[27] 同34頁14行目の末尾に改行の上,以下のとおり加える。
「なお,控訴人は,課税処分の効果は課税者と当該納税者との間にのみ及ぶものであって,一般の行政処分のように公共の利害に影響を及ぼすものではないため,過納金を損害とする国家賠償請求を広く認めたとしても,それによって殊更に第三者の権利関係・公共の利害に混乱が生じるというものではないと主張する。
 しかしながら,当該課税処分の法律上の効果の及ぶ範囲が当該処分の対象者のみであるとしても,一般に,課税処分においては,同種の処分の対象となり,又はなり得る納税者間における公平が求められるから,地方税法等に定められている争訟制限に服さない国家賠償請求を無限定に認めることは,なお徴税行政の安定とその円滑な運営を阻むものといえる。このことは,本件において平成14年から平成18年までの固定資産税について減額更正がなされているとしても異なるものではない。」
[28] 同34頁16行目の「登録価格の」を「登録価格に対する」に改める。

[29] 同34頁17,18行目の「より早期確定が求められることに徴すれば,」を以下のとおりに改める。
「より早期確定が求められるとしても,登録価格決定及び賦課決定について,行政上の不服申立手続や出訴期間の遵守を要求しないで,その効力を争い得る例外的な場合があり得ることが,法律上,一切否定されているものではなく,当然に無効とすべき登録価格決定及び賦課決定については,課税処分固有の不服申立手続を経ずに,課税処分の違法を理由とする国家賠償を請求することが許されると解するのが相当である。もっとも,徴税行政の安定等が損なわれるのもやむを得ないものとして,かかる例外を認めるためには,当該課税処分を当然無効と認め得る瑕疵は相応に重大なものであることを要すると解すべきであり,また,」
[30]10 同36頁3行目の「個々の家屋に応じた個別具体的な判断」を「個々の家屋の個別具体的な構造や使用実態等の総合的な判断」に改める。

[31]11 同37頁2行目の「激しいということにはならず,」の次に「本件倉庫の使用実態を離れて,その設計上の機能や構造のみに基づいて判断することはできないから,」を加える。

[32]12 同38頁3行目の「主張するところ,」の次に,「ここでいう「耐用年数」の趣旨は取得原価の費用配分に関するものであって,本件で問題となる経年減点補正率における「経過年数」の趣旨とは相違がある上,」を加える。

[33]13 同38頁18行目の「重大な」の後に「課税要件の根幹についての」を加える。

[34]14 同38頁18行目の末尾に改行の上,以下のとおり加える。
「(カ) なお,さらに,控訴人は,課税要件法定主義及び課税要件明確主義を内容とする租税法律主義の観点から,経年減点補正率の適用について,各市町村長に裁量は認められないとし,本件倉庫は「冷凍倉庫用のもの」と評価されるべきものであり,被控訴人が注意義務を尽くせば容易にそのように判断することができたのであるから,本件倉庫に本件基準表7(2)を適用しなかったことは不合理であり,本件課税処分は違法無効であると主張する。
 しかしながら,課税要件を例外なく一義的に明らかに定めることは困難といわざるを得ず,「冷凍倉庫」の解釈についても,日常生活上用いられる場合の一般的概念とは別に,経年による損耗の程度という観点から解釈すべきことは前記のとおりである。そして,このような立法技術上の制約や限界の存在をも前提として,前記のとおり,固定資産税等の課税に関する不服申立ての制度が詳細に規定されていると解されるのであるから,控訴人の上記主張は採用できない。
 また,控訴人は,仮に裁量が認められるとしても,本件倉庫に本件基準表7(2)を適用しなかったのは裁量の範囲を逸脱するものであると主張するが,本件においては,通常の経年減点補正率を超えて一般の倉庫に比べて特に損耗が著しいといえるような特別の事情が認められないとして,一般倉庫としての経年減点補正率が適用されたものであり,前記のとおり本件基準表7(2)にいう「冷凍倉庫用のもの」の意義について明確でなかったことをも併せ考えれば,裁量の範囲を逸脱したものとは認められず,また,少なくとも本件各価格決定及びこれを前提とする本件各課税処分を無効とすべきほどに重大な課税要件の根幹についての過誤と認められないことは前述したとおりである。」
[35]15 同39頁14行目の「適用されたが」を「適用されたかが」に改める。

[36]16 同40頁4行目の末尾に改行の上,以下のとおり加える。
「(4) なお,念のため,本件各課税処分等について,被控訴人に国家賠償法上の過失があるか否か(争点(3))について検討する。
 この点について控訴人は,被控訴人が少なくとも年1回の実地調査義務を誠実に遂行してさえいれば,本件倉庫が冷凍倉庫である事実は容易に判明したとして,本件各課税処分等につき注意義務違反が認められるなどと主張する。
 しかしながら,本件では実地調査の実施の有無は不明であるが,地方税法408条に定める実地調査は,その評価事務上の物理的、時間的な制約等を考慮すれば,必ずしもすべての固定資産について細部まで行う必要があるものではなく,特段の事情のない限り,外観上固定資産の利用状況等を確認し,変化があった場合にこれを認識する程度で足りるものと解すべきところ(乙13),本件においてそのような特段の事情があったといえるような事実はうかがわれない上,前記のとおり,本件各課税処分等が行われた時点においては,本件基準表にいう「冷凍倉庫」の概念自体,一定の裁量的判断を伴う評価的な概念であったと認められるから,そもそも控訴人の上記主張はその前提を欠き,失当といわざるを得ず,他に,本件各課税処分等について被控訴人に国家賠償法上の過失があったことを認めるに足りる証拠はない。」
[37] 以上のとおり,控訴人の請求はいずれも理由がなく,これを棄却した原審の判断は相当であり,本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

  名古屋高等裁判所民事第2部
  裁判長裁判官 西島幸夫  裁判官 福井美枝  裁判官 浅田秀俊
  元本 起算日
昭和62年度 3万3400円 昭和63年3月1日
昭和63年度 15万1900円 平成元年3月1日
平成元年度 15万1900円 平成2年3月1日
平成2年度 15万1900円 平成3年3月1日
平成3年度 38万7500円 平成4年3月1日
平成4年度 38万7500円 平成5年3月1日
平成5年度 38万7500円 平成6年3月1日
平成6年度 62万7500円 平成7年3月1日
平成7年度 62万7500円 平成8年3月1日
平成8年度 62万7500円 平成9年3月1日
平成9年度 98万0500円 平成10年3月1日
平成10年度 98万0500円 平成11年3月1日
平成11年度 98万0500円 平成12年3月1日
平成12年度 109万9900円 平成13年3月1日
平成13年度 109万9900円 平成14年3月1日

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