固定資産税賦課決定違法国賠訴訟 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
第一審判決 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
損害賠償請求事件 名古屋地方裁判所 平成19年(ワ)第1317号 平成20年7月9日 民事第4部 判決 口頭弁論終結日 平成20年4月16日 原告 A冷蔵株式会社 同代表者代表取締役 B 同訴訟代理人弁護士 河内尚明 井上剛 馬路充江 山下陽子 同訴訟復代理人弁護士 鈴木和貴 被告 名古屋市 同代表者市長 C 同訴訟代理人弁護士 井上利之 富田隆司 ■ 主 文 ■ 事 実 及び 理 由 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 被告は,原告に対し,1289万5400円及び別紙遅延損害金目録の元本欄記載の各金額に対応する同目録の起算日欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 [1] 本件は,別紙物件目録記載の建物(以下「本件倉庫」という。)を所有する原告が,本件倉庫に係る固定資産税及び都市計画税(以下両者を併せて「固定資産税等」という。)について,名古屋市港区長の賦課決定に従い納付したが,昭和62年度分から平成13年度分までの当該課税処分には,冷凍倉庫用の経年減点補正率を適用しなかった違法があり,これによって原告は損害を被ったと主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,昭和62年度分から平成13年度分までの固定資産税等の過納金相当額等及びこれに対する固定資産税等の各年度第4期納期限の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 [2] 以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠により容易に認めることができる。 ア 総論 (ア) 固定資産税 [3] 固定資産税は,市町村が課することができる市町村税(普通税)の一種である。被告は,地方税法3条に基づき,固定資産税・都市計画税を含む市税の税目,課税標準,税率その他賦課徴収について必要な事項を定めるため,名古屋市市税条例(以下「市税条例」という。)を制定している。 [4] 固定資産税の課税客体は,市町村内に所在する固定資産(土地,家屋及び償却資産を総称する。)であり,原則として固定資産の所有者に課することとされている(地方税法342条1項,343条1項,市税条例33条1項)。 [5] 家屋に対して課する固定資産税の課税標準は,当該家屋の基準年度(本件の場合は,昭和33年度から起算して3の倍数の年度を経過したごとの年度)に係る賦課期日(当該年度の初日の属する年の1月1日)における価格で,家屋課税台帳等に登録されたものとされる(同法349条1項,市税条例34条,40条)。なお,「価格」とは,適正な時価をいう(地方税法341条5号)。 [6] 第2年度(基準年度の翌年度),第3年度(第2年度の翌年度)の課税標準は,原則として,当該家屋に係る基準年度の固定資産税の課税標準の基礎となった価格で,家屋課税台帳等に登録されたものとされている(同法349条2項,3項,市税条例34条)。 (イ) 都市計画税 [7] 都市計画税は,都市計画法に基づいて行う都市計画事業等に要する費用に充てるため,市町村が課することができる市町村税(目的税)の一種である。 [8] 都市計画税の課税客体は,市町村の区域で都市計画法5条の規定により都市計画区域として指定されたもののうち同法7条1項に規定する市街化区域内に所在する土地及び家屋であり、当該土地又は家屋の所有者に課することとされている(地方税法702条1項,市税条例90条1項)。 [9] 都市計画税の課税標準は,固定資産税の課税標準となるべき価格と同一である(地方税法702条)。 イ 固定資産税・都市計画税の賦課徴収手続 (ア) 固定資産の評価・価格の決定の概要 [10]a 市町村長は,原則として,総務大臣が定める固定資産評価基準によって,固定資産の価格を決定しなければならない(地方税法403条1項)。 [11]b 市町村長の指揮を受けて固定資産を適正に評価し,かつ,市町村長が行う上記価格の決定を補助するため,市町村に固定資産評価員を設置するものとされ(地方税法404条1項),また,市町村長は,必要があると認める場合には,固定資産評価員の職務を補助させるため,固定資産評価補助員を選任することができる(同法405条)。被告においても,固定資産評価員及び固定資産評価補助員が選任されている(市税条例50条,固定資産評価補助員規程)。 [12] 市町村長は,固定資産評価員又は固定資産評価補助員に,当該市町村所在の固定資産の状況を毎年少なくとも1回実地に調査させなければならないこととされ(以下「実地調査」という。地方税法408条。),固定資産評価員は,実地調査の結果に基づいて土地又は家屋の評価をしなければならず(同法409条1項),その評価をした場合には,遅滞なく評価調書を作成し,市町村長に提出しなければならない(同条4項)。なお,家屋の具体的な評価方法については,後述する。 [13]c 評価調書を受理した市町村長は,これに基づき,毎年3月31日まで(平成14年法律第17号による改正前の地方税法(以下「改正前の地方税法」という。)においては,毎年2月末まで)に固定資産の価格を決定し,直ちに固定資産課税台帳(土地課税台帳,土地補充課税台帳,家屋課税台帳,家屋補充課税台帳及び償却資産課税台帳を総称するものである。)に登録しなければならず,固定資産課税台帳に登録すべき固定資産の価格等の全てを登録した場合は,直ちにその旨を公示しなければならない(地方税法410条1項,411条1・2項)。 (イ) 固定資産税の賦課徴収 [14] 固定資産税の徴収は,普通徴収の方法,すなわち,徴税吏員が納税通知書を当該納税者に交付することによって徴収する方法によらなければならない(賦課課税方式ともいう。地方税法1条1項7号,364条1項,市税条例42条。)。したがって,市町村が,固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格を課税標準とし,税額を計算した上で,納税者に対し納税通知書を交付することとなる。 (ウ) 固定資産税の納期 [15] 被告における固定資産税の納期は,第1期が4月1日から同月30日まで,第2期が7月1日から同月31日まで,第3期が12月1日から同月31日まで,第4期が翌年2月1日から同月末日までとされている(市税条例41条)。 (エ) 賦課根拠の開示 a 課税明細書の交付 [16] 市町村は,家屋に対して課する固定資産税を徴収しようとする場合においては,総務省令で定めるところによって,当該家屋について家屋課税台帳等に登録された所在,家屋番号,種類,構造,床面積及び当該年度の固定資産税に係る価格を記載した文書(課税明細書)を当該納税者に交付しなければならない(地方税法364条3項)。 b 家屋価格等縦覧帳簿等の縦覧 [17] 市町村長は,固定資産税の納税者が,納付すべき当該年度の固定資産税に係る家屋について,家屋課税台帳等に登録された価格(以下「登録価格」という。)と当該家屋が所在する市町村内の他の家屋の価格とを比較することができるよう,原則として,毎年4月1日から,4月20日又は当該年度の最初の納期限の日のいずれか遅い日以後の日までの間,その指定する場所において,家屋価格等縦覧帳簿又はその写しを,家屋の固定資産税の納税者の縦覧に供しなければならない(地方税法416条1項。なお,改正前の法には,同様の定めはない。)。 c 固定資産課税台帳の閲覧 [18] 市町村長は,納税義務者その他の政令で定める者の求めに応じ,固定資産税課税台帳のうちこれらの者に係る固定資産として政令で定めるものに関する事項が記載されている部分又はその写しを,これらの者の閲覧に供しなければならない(地方税法382条の2第1項。なお,改正前の地方税法415条1項においては,3月1日から20日以上の期間,固定資産課税台帳又はその写しを関係者の縦覧に供しなければならないとされていた。)。 (オ) 都市計画税の賦課徴収・納期 [19] 都市計画税の賦課徴収は,固定資産税の賦課徴収の例によるものとし,特別の事情がある場合を除くほか,固定資産税の賦課徴収と併せて行うものとされている(地方税法702条の8第1項,市税条例92条)。 ウ 家屋の評価方法 [20] 前述(イ(ア)b)の家屋の評価は,木造家屋及び非木造家屋の区分に従い,各個の家屋について評点数を付設し,当該評点数に評点1点当たりの価額(被告においては,簡易構造の建物を除き,1.10円)を乗じて各個の家屋の価額を求める方法によるとされる(固定資産評価基準(以下「評価基準」という。)第2章第1節一・三,第4節二)。非木造家屋に関する評価方法は,以下のとおりである。 (ア) 評点数の付設 [21] 非木造家屋の評点数は,原則として,当該非木造家屋の再建築費評点数を基礎とし,これに損耗の状況による減点補正率を乗じて付設するものとされる(評価基準第2章第3節一)。 評点数 = 再建築費評点数 × 経過年数に応ずる減点補正率
a 再建築費評点数[22] 在来分の非木造家屋に係る再建築費評点数は,前年度の再建築費評点数に,評価基準に定められている再建築費評点補正率を乗じる方法により求めることとされる(評価基準第2章第3節四)。 再建築評点数 = 基準年度の前年度における再建築費評点数 × 再建築費評点補正率
b 損耗の状況による減点補正率[23] 非木造家屋の損耗の状況による減点補正率は,経過年数に応ずる減点補正率(以下「経年減点補正率」という。)によるものとされる(ただし,天災,火災等の事由により経年減点補正率によることが適当でないと認められる場合においては,損耗の程度に応ずる減点補正率によるものとされる。)。経年減点補正率は,通常の維持管理を行うものとした場合において,その年数の経過に応じて通常生ずる減価を基礎として定めたものであって,非木造家屋の構造区分に従い,「非木造家屋経年減点補正率基準表」(以下「本件基準表」という。)に示されている当該非木造家屋の経年減点補正率によって求めるものとされる(評価基準第2章第3節五)。 [24] 本件基準表は,7種類の用途別に区分された上,用途別区分7については,以下のとおり,3種類の用途別に区分され,それぞれの中で建物の構造別にさらに区分されている(評価基準別表第13)。 7 工場,倉庫,発電所,変電所,停車場及び車庫用建物(イ) 在来分の家屋に係る価額の据置措置 [25] 在来分の家屋については,上記方法により算定された家屋の価額又は前年度の価額のいずれか低い価額によって,当該年度の価額を求めることとされている(評価基準第2章第4節三)。 エ 価格の修正手続 [26] 市町村長は,固定資産課税台帳に登録すべき固定資産の価格等の全てを登録した旨の公示(イ(ア)c)の日以降において,固定資産の価格等の登録がなされていないこと又は登録された価格等に重大な錯誤があることを発見した場合においては,直ちに固定資産課税台帳に登録された類似の固定資産の価格と均衡を失しないように価格等を決定し,又は決定された価格等を修正して,これを固定資産課税台帳に登録しなければならず,この登録をした場合は,遅滞なく,納税義務者に通知しなければならない(地方税法417条1項)。 [27] 市町村長は,固定資産の価格等を修正して登録した場合においては,固定資産税の賦課後であっても,修正して登録された価格等に基づいて,既に決定したその賦課額を更正しなければならない(同法420条)。 [28] そして,市町村長は,過誤納に係る市町村の徴収金があるときは,政令で定めるところにより,遅滞なく還付しなければならない(地方税法17条)。 オ 委任 [29] 被告における固定資産税の賦課・徴収に関する事務は,原則として,市長から賦課期日現在における固定資産所在の区の区長に委任されている(区長委任規則2項4号・4号の2,名古屋市市税条例施行細則3条)。 カ 争訟方法 (ア) 賦課決定に対する争訟方法 a 不服申立て [30] 固定資産税の賦課決定に対しては,不服申立てを行うことができる。被告の場合は,固定資産税の賦課に関する事務が区長に委任されていることから,被告代表者たる名古屋市長に対する審査請求による(地方税法19条1号,行政不服審査法5条1項1号本文)。 [31] 審査請求は,原則として,処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内かつ処分があった日の翌日から起算して1年を経過する前にしなければならない(同法14条1項,3項)。 b 賦課決定に対する処分取消しの訴え [32] 上記審査請求に対する裁決を経た後に,裁決のあったことを知った日から6か月を経過する前かつ裁決の日から1年を経過する前に,賦課決定に対する処分取消しの訴えを提起することができる(地方税法19条の12,行政事件訴訟法8条1項ただし書,14条3項)。 (イ) 価格に対する争訟方法 a 固定資産評価審査委員会に対する審査の申出 [33] 固定資産税の納税者は,登録価格(平成11年法律第15号による改正前の地方税法によれば,「固定資産課税台帳に登録された事項」)について不服がある場合には,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる。 [34] 当該審査は,固定資産課税台帳に登録すべき固定資産の価格等の全てを登録した旨の公示(イ(ア)c)の日から納税通知書の交付を受けた日後60日までの間(改正前の地方税法では,固定資産課税台帳の縦覧期間の初日から納税通知書の交付を受けた日後30日までの間)に申し出なければならない(地方税法432条1項本文)。 b 固定資産評価審査委員会による審査の決定に対する取消しの訴え [35] 固定資産税の納税者は,固定資産評価審査委員会の決定に不服があるときは,その取消しの訴えを提起することができる(地方税法434条1項)。 c 争訟方法の制限 [36] 地方税法432条1項の規定により固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある納税者は,上記abの方法によることによってのみ争うことができる(同法434条2項)。 (ウ) 都市計画税に係る不服申立て等 [37] 都市計画税の賦課徴収に関する修正の申出及び不服申立て並びに出訴については,固定資産税の賦課徴収に関する修正の申出及び不服申立て並びに出訴の例によるものとされる(地方税法702条の8第2項)。 [38]ア 原告は,倉庫業(物品の冷蔵及びその保管)等を営む法人である(甲9号証,弁論の全趣旨)。 [39]イ 本件倉庫は,昭和54年に建築されて以降現在に至るまで,原告が所有している。 [40]ウ 名古屋市港区長(以下「港区長」という。)は,昭和55年度以降,別表1の「評価額」欄記載のとおり,本件倉庫の価格を決定した(以下「本件各価格決定」という。)上,昭和62年度から平成13年度まで,原告に対し,別表2の「実際の評価額及び税額」欄中「税額」欄記載のとおり,本件倉庫の固定資産税等の賦課決定を行った(以下「本件各課税処分」といい,本件各価格決定と併せて「本件各課税処分等」という。)。なお,港区長は,本件倉庫の価格を決定するに際し,経年減点補正率について,本件基準表7(1)のうち,「鉄骨造(骨格材の肉厚が4mmを越えるもの)」を適用して算出した。 [41]エ 原告は,被告に対し,遅くとも,昭和62年度から平成13年度までの各年度の第4期納期限である翌年2月末日までに,ウの賦課決定に係る税額の固定資産税等を納付した。 [42]オ 平成18年度の地方税法416条1項に基づく土地価格等縦覧帳簿及び家屋価格等縦覧帳簿等の縦覧期間中である同年4月上旬ころ,固定資産税の納税義務者から,被告に対し,倉庫の評価についての疑義が提起された(争いのない事実,乙24号証)。 [43]カ 同年5月16日,港区役所区民生活部税務課家屋係の職員が,市内一斉調査の一環として,本件倉庫に赴き,本件基準表7の適用に関する確認作業を行った。 [44]キ 同年5月26日,港区長は,地方税法417条1項に基づき,本件倉庫の平成14年度から平成18年度までの価格を修正し,固定資産課税台帳に登録した上で,同法420条に基づき,本件倉庫の固定資産税等の減額更正をした(争いのない事実,甲4号証,甲5号証の1ないし4)。なお,当該価格の修正の際,港区長は,経年減点補正率について,本件基準表7(2)のうち「鉄骨造(骨格材の肉厚が4mmを越えるもの)」を適用して算出した。 [45]ク 同年5月29日,港区長は,原告に対し,キの修正された価格を固定資産課税台帳に登録した旨の通知等を行った。その後,原告は,被告から,平成14年度から平成17年度までの固定資産税等について,既納付の固定資産税等の税額と,キの減額更正後の固定資産税等の税額との差額の還付を受けた。 [46]ケ 同年9月15日,被告財務局長は,家屋の評価事務の実施に関する基本的事項を定めた「家屋評価事務取扱要領(昭和54年3月7日付け54財固第11号各区長あて財務局長通達)」(以下「取扱要領」という。)について,非木造家屋の経年減点補正率算定に関し,本件基準表7(2)(3)の適用に当たって留意すべき点を加える旨の改正を行い,各区長に通知した(乙12号証。以下「本件通達」という。)。 [47]コ 原告は,平成19年3月23日の本訴提起に至るまで,本件倉庫の登録価格又は本件各課税処分等に関して,上記(1)カの各争訟方法に及んだことはない(弁論の全趣旨)。 (1) 課税処分固有の不服申立手続を経ずに,課税処分の違法を理由とする国家賠償を請求することが許されるか (2) 本件各課税処分に国家賠償法上の違法性があるか (3) 本件各課税処分に国家賠償法上の過失があるか (4) 消滅時効 ア 行政処分に対する不服申立手続と国家賠償請求訴訟とは無関係であること [48] 取消訴訟は行政処分の効力を争う手続であり,その判断は違法な行政活動を取り除く効力を有するにとどまるものであり,当該違法な処分から生じた損害の補てんまで予定されているものではない。他方,国家賠償法は,違法な処分によって私人が被った損害を金銭に評価して補てんするものであり,両者はその目的・効果において全く別個のものである。 [49] また,国家賠償請求訴訟の要件としても,あらかじめ取消訴訟により処分の違法性を確定させることが求められるものではない。 [50] 行政訴訟では厳格な手続要件が法定されているため,行政訴訟上の制度では十分な救済をなし得ない被害者に対して,国家賠償制度がこれを補完する形で,最後の権利救済の手段としての役割を果たす場面も少なくなく,この意味で,国家賠償制度は,行政訴訟制度の機能不全を補完する役割を有しているともいわれている。 [51] したがって,国家賠償制度は,取消訴訟を始めとする行政処分に対する不服申立手続とは関係しない,別個独立した被害者救済のための手段であって,取消訴訟との関係は本来問題となるものではない。 イ 本件各課税処分に無効原因があること [52] 後記(被告の主張)イの考えに立つとしても,以下のとおり,本件各課税処分は無効な処分として評価されるから,国家賠償請求が認められるべきである。 (ア) 本件各課税処分には,(a)課税要件の根幹に関わるような重大な瑕疵があり,かつ,(b)行政手続の安定・円滑性を考慮したとしても,その不利益を被課税者に強いることが著しく不当であること [53](a) 建物は,時間の経過に伴って損耗していくものであり,建物の価値も損耗の程度により減少していくことが当然の前提となるから,建物に対する評価の場合は,経年による損耗の程度を価格に適正に反映させることが評価の根本となる。そして,経年減点補正率は,建物の価値を適正に評価し課税評価額に反映させるとともに,建物ごとに異なる損耗の程度の差を調整するものであるから,価格の算定において基本的かつ絶対的な役割を果たすものである。したがって,経年減点補正率の適用を誤るということは,適正な資産価値に対する課税であるべき固定資産税の本質を無視するものであり,固定資産税の課税要件の根幹に関わる重大な瑕疵を犯したというべきものである。 [54] なお,被告は,「冷凍倉庫用のもの」の解釈について,他の法令にもかかる概念の不確定性を解消・補充するに足る規定がない旨主張する。しかし,「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)別表第1に,「冷蔵倉庫用のもの」との規定があり,これには「冷凍倉庫,低温倉庫及び氷の貯蔵庫の用に供される建物も含まれる。」と解されている上,上記別表第1の規定ぶりは,本件基準表7(2)とほぼ同一の表現がとられているから,被告が前提・参考にするべき法令の定めはあったものである。 [55](b) 固定資産税に関しては,納税者は価格の決定手続に何ら関与しておらず,その手続に瑕疵があれば,原因は専ら行政機関側のみに存するというべきであり,納税者が瑕疵による負担のみを強いられるのは不合理である。また,所有者に固定資産課税台帳を縦覧し,不服申立てをする機会が与えられているといっても,価格算出上の資料や明細書等については縦覧の対象とはされていないから,いかなる経年減点補正率が適用されたかについては知り得ない。さらに,経年減点補正率の適用は,極めて技術的かつ専門的な事項であり,専門的知識を持たない一般納税者に対して,登録価格の記載のみから,評価過程において不適切な経年減点補正率が適用されたことを推認させるのは不可能を強いるものである。このような原告に対して,形式的に不服申立ての手段を講じなかったことを理由に,瑕疵ある課税処分の不可争的効果による不利益を一方的に甘受させることは著しく不当である。 (イ) 本件各課税処分の瑕疵が重大かつ明白であること [56] 本件各課税処分の瑕疵が重大であることは,(ア)(a)のとおりである。 [57] また,瑕疵の明白性の要件としては,当該処分要件の認定が誤りであり,かつ,当該認定の要件として処分庁が採用した資料が一見して明らかに不十分である場合には,外形的,客観的に誤認が明白であるとすべきものと解される。また,当該資料を調査することが不可欠であり,それを欠いては処分要件の認定が困難であるという事情があるのに,行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落とした場合等には,外形的,客観的に誤認が明白であるとすべきである。すなわち,「明白な瑕疵」の中には,処分要件についての処分庁の判断が何人の目にも明白な誤りであると認められる場合のみならず,行政庁が具体的場合にその職務の誠実な遂行として当然に要求される程度の調査によって判明すべき事実関係に照らせば明らかに誤認と認められるような場合,換言すれば,行政庁がかかる調査を行えば到底そのような判断の誤りを犯さなかったであろうと考えられるような場合も含まれる。 a 被告の課税要件の認定に誤りがあること [58] 本件通達は,本件基準表における「冷凍倉庫」の評価基準について,従前の解釈に変更を加えたものではなく,運用上の解釈を明文化したものにすぎない。本件倉庫が,本件通達による「冷凍倉庫」の要件を満たすものである以上,従前の解釈によっても「冷凍倉庫」と評価されなければならなかったものであるから,被告による課税要件の認定に誤りがあることは明らかである。 b 認定のための資料が一見して不十分であること [59] 家屋評価においては,損耗の程度を把握するための調査が必要不可欠であり,具体的には,図面等の調査,建物外部からの調査,内部への立入調査,聞取調査等なくして適正な認定はなし得ないものである。 [60] 被告は,毎年少なくとも1回,現地に赴き,倉庫内に立ち入って,倉庫の状況を確認し,いかなる経年減点補正率を適用すべきかについて,合理的な根拠を持って判断しうる資料を調査・収集すべき法律上の義務がある。そして,以下のとおり,これらの必要な調査を行えば,本件倉庫が一般倉庫以上に損耗の程度が大きいことは容易に把握できたにもかかわらず,被告は必要な調査を十分に行わず,本件倉庫が冷凍倉庫であるという事情を見落としたものであるから,被告の誤認は,外形的,客観的に明白であるといえる。 (a) 倉庫の外観上の表示 [61] 本件倉庫は,平成18年4月ころに訴外福山冷蔵株式会社に賃貸する以前は,倉庫の正面壁部や敷地入口に「A冷蔵」の文字が表示されていた。本件倉庫が「A冷蔵」が使用する倉庫であることはその外観を一見することで容易に認識できるし,「A冷蔵」の社名からして,冷凍物を扱う会社であることも明らかなことである。 (b) 本件倉庫の設備 [62] 本件倉庫の屋上には,2連4機のクーリングタワーが設置されている。クーリングタワーは,倉庫内の温度を冷却・維持するための設備であり,これらは倉庫外部からでも確認できる場所に設置されている。 [63] なお,家屋に含めて評価される「建築設備」,すなわち「家屋と構造上一体となって,家屋の効用を高めるもの」(評価基準第2章第1節七)の解釈に関して,「特定の生産又は業務の用に供されるものは,家屋の評価に含めないものであること。例えば,(中略)冷凍倉庫における冷凍設備,(中略)等がこれに該当するものである。」と定められているところ(「家屋の建築設備の評価上の取扱いについて(平成12年1月28日自治評第5号各道府県総務部長,東京都総務・主税局長あて自治省税務局資産評価室長通知)」),本件倉庫内の冷凍機及びクーリングタワー(冷却塔)は,償却資産として課税されており,これは,本件倉庫が冷凍倉庫であると認めるものである。 (c) 本件倉庫内部の状況 [64] 本件倉庫内部は,4つの倉庫に分かれており,いずれの倉庫の入口にも,冷凍倉庫用の扉が備えられており,扉の内側にはさらにビニール製の保冷カーテンにより外気を遮断するようになっている。近時の記録によれば,庫内は概ねマイナス20から23度に保たれており,天井近くまでコンテナが積まれ,冷凍食品等が保管されている。また,上記各倉庫への搬出入の際に庫内の温度が上がらないよう,作業スペースにも冷房装置が設置されており,建物全体の室温が10度~15度に保たれている。 (d) 本件倉庫の保管温度 [65] 被告は,本件通達において,本件基準表7(2)の「冷凍倉庫用のもの」の定義を「倉庫業法第3条の登録基準等に関する告示(平成14年国土交通省告示第43号)第19条第2項第1号に規定するt2の値を定める表におけるF1~F4級(保管温度がマイナス20度以下)の冷蔵室であるもの」と明確化された理由として,マイナス20度以下の冷蔵設備を備える倉庫であれば,冷凍倉庫と評価することに社会通念上理解が得られるためと説明しており,一般通常人の感覚からすれば,マイナス20度以下の冷蔵機能を有する倉庫を冷凍倉庫と考えることを自認している。 [66] 本件倉庫の冷凍設備は,マイナス30度の保管温度用に設計されているから,被告の説明に従えば,社会通念上の基準からしても,明らかに冷凍倉庫に当たるものである。 (e) 本件倉庫の設計図面 [67] 本件倉庫の設計図面を見れば,倉庫内のほぼ全てを4室の冷蔵室が占めていること,それらの保管温度がマイナス30度に設計されていること,冷蔵室の外にも冷却機械室・8台のクーラー設備を備えていること,4つの倉庫搬入口がいずれも電動引分電熱扉仕様になっていること等が容易に確認できる。 [68]c 被告は,調査期間は短期間に限られており,配置人員の関係からしても,実地調査の実際の運用上は,対象家屋に変化があった場合にこれを認識する程度のもので足りるとしているが,人員不足を理由に実地調査の内容・程度を独自の解釈に従って運用することは許されるはずがないし,行政側の事情による不利益を納税者が負担しなければならない理由はない。現に,被告作成の取扱要領には,「家屋の評価事務の実施にあたっては,登記所からの通知資料(略)の活用,実地調査,納税者に対する質問等のあらゆる方法によって課税客体の完全把握並びに公正な評価をするよう努めるなどして,課税の公正の確保に万全を期すること。」と規定されている(第1章第1節5)。 [69](ウ) したがって,上記いずれの基準によっても,本件各課税処分は無効とされるべきものである。 ア 行政処分固有の救済手続がある場合には,当該救済手続を経ずに国家賠償請求を行うことは許されないこと [70](ア) 行政処分の特殊性等からみて特別の事情が認められる場合には,別途用意されている救済手続によらなければ国家賠償請求は認められないと解するのが相当である。 [71] 地方税法は,固定資産の価格について,納税者の申告に基づくものではなく,課税庁が決定する仕組みを採用している。そして,課税庁の固定資産の評価結果は,固定資産課税台帳等を開示することによって納税者がチェックできるよう手続保障がされており,また,課税庁とは別に,不服申立てに係る審査を行うための特別な専門的行政機関(固定資産評価審査委員会)を用意することによって,納税者の申告権能を保全・保障している。 [72] 固定資産税の課税に関する争訟の方法は,前記前提事実等のとおり,(a)賦課決定に対する不服申立て及びこれを前提とする処分取消しの訴え(1(1)カ(ア)),(b)登録価格についての固定資産評価審査委員会に対する審査申出及び審査申出に対する決定の取消しの訴え(1(1)カ(イ)),があり,各々に申立て・訴え提起の期間制限が定められている。しかも,登録価格については,地方税法上,上記(b)の手続によってのみ争うことができるとされる(1(1)カ(イ)c)から,上記(a)の手続において,上記(b)の手続を経ることなく価格の不当を主張することもできない。さらに,第2年度・第3年度の価格については,審査の申出の内容についても制限がされている(1(1)カ(イ)a)。 [73] これらの期間及び争訟方法の制限は,租税法律関係の早期確定を図り,もって税務行政の安定とその円滑な運営を確保するための制度であるところ,かかる制限のために上記救済手続がとれなくなった後において,これらと同一の目的を国家賠償請求によって達成することを認めれば,上記制限を設けた意義が没却される。 [74] 特に,固定資産の価格については,その算定作業は課税庁に属する公務員による人的作業であり,各種基礎資料・情報を収集し,評価基準を解釈し適用する作業であるから,当該作業について,事後的に事実誤認や評価基準の解釈・適用の誤りがあると判断されることはあり得るし,かかる事態の発生を完全に防止することはできない。価格の早期の法的確定がなければ,その後の賦課決定処分や徴収手続がことごとく瑕疵を帯びることになり,地方税の根幹を形成する固定資産税の安定性が失われ,ひいては地方自治体の財政運営に重大な支障を惹起する。地方税法が,固定資産の価格の決定の瑕疵と,その余の瑕疵をあえて峻別し,価格に関する争訟方法を特別に規定しているのは,固定資産税における価格決定の特殊性ゆえである。 [75] このような固定資産税の価格決定という行政処分の特殊性からすれば,上記(a)(b)の手続を経ずに,本件国家賠償を請求することは許されない。 [76](イ) また,固定資産税に係る賦課決定は,法定納期限(地方税法又は同法に基づく条例の規定により地方税を納付し,又は納入すべき期限をいい,地方税で納期を分けているものの第2期以降の分については,その第1期分の納期限をいう。地方税法11条の4第1項。)の翌日から起算して5年を経過した日以後においてはすることができないし(地方税法17条の5第3項),偽りその他不正の行為により,その全部又は一部の税額を免れた地方税についての賦課決定であっても,法定納期限の翌日から起算して7年を経過した日以後はすることができない(同条4項)。 [77] それにもかかわらず,納税者が国家賠償請求という手続を選択することにより,実質的に地方税法上の期間制限を超えて税額が還付されるのと同一の効果をもたらす可能性が与えられるとすれば,地方税法の規定により厳格に期間制限の適用を受ける地方自治体の賦課権との関係は著しく公平を欠く。 [78] したがって,かかる観点からも,租税債権についての国家賠償請求を認めることは許されないというべきである。 [79](ウ) 原告は,固定資産の価格の決定はすべて評価基準に従うから,原告自身は一切価格の決定や確定に関われない,課税証明書に経年減点補正率の適用の記載がないからチェックの機会が与えられていない旨主張する。しかし,固定資産の価格とは適正な時価をいうから,原告は,評価基準に拘束されず,専門の倉庫業者の立場として,独自に資産価値を測定・検証等することは十分に可能であった。 [80](エ) 国家賠償請求のように過失を成立要件とする請求方法であれば,価格の法的確定の適用を免れると解するのは,公定力の排他的管轄や,争訟期間の制限を定めた法規定は基本的に無意味となるし,価格に関する争訟方法を限定し,専門の審査機関に審査を専属させた上で,当該審査期間の決定に対してのみ裁判所の司法判断を認めた法の趣旨が完全に無視されることとなり,許されない。 イ 課税処分が取消し得べきものにとどまる場合は,これを取り消さずに国家賠償請求を行うことは許されないこと [81] アの点を措くとしても,課税処分が取り消し得べきものにとどまる場合は,これを取り消した上でなければ国家賠償請求はなし得ない。 [82](ア) 本件各課税処分は,固定資産税・都市計画税という税金(金銭)の納付を原告に義務づける法的効果を発生させるもので,本件各課税処分が違法と認定されれば,当然の法的効果として納税者の納税義務が消滅する法律関係にある。よって,原告の求める損害(過納税金)とは,本件各課税処分の(一部)取消しによって,原告の納税義務という法的効果の発生が(一部)取り消された結果,還付・返還される税金そのものといえる。 [83] すなわち,賦課決定の効力とその求める損害の内容は,同一であるか裏腹の関係にあるといえるから,国家賠償請求が認容されることにより,原告は,行政行為(本件各課税処分)が(一部)取り消されたものと実質的には同じ法的地位を取得し,取消訴訟で取り消された結果と同一の金銭的収益(経済的効果)を享受することとなる。このような場合にも直ちに国家賠償請求が可能であるとすると,実質的には,当該課税処分を取り消すことなく過納金の返還請求を認めたのと同一の効果が生じることとなり,不服申立期間の制限等により課税処分を早期に確定させて徴税行政の安定とその円滑な運営を確保しようとした法の趣旨が没却される結果を招来する。 [84] したがって,課税処分の違法を理由とする国家賠償請求については,当該課税処分が無効なものでなく取り消し得べきものにとどまる場合は,これを取り消した上でなければ国家賠償請求はなし得ないものと解するのが相当であるというべきである。 [85](イ) 国家賠償請求の場合は,公務員の故意・過失の要件が加重されているが,たまたま公務員の過失等が認定できるものは不服申立制限等と無関係に救済されるというなら,行政行為の違法性事由の原因に付加されて公務員の過失等がある場合はそもそも公定力ないし取消訴訟の排他的管轄等の適用を事実上認めないこととなる。現行行政法規が,取消訴訟制度を類型的に法定し,不服申立てについて厳格な期間制限を設けていることに照らせば,行政行為の効力を実質的に排除し,行政行為の効果と損害の内容が同一であるか裏腹の関係にある場合や,課税処分取消訴訟と国家賠償請求とが結果において目的を共通とするような場合にまで,安易に国家賠償請求訴訟の提起を認容し,結果として取消訴訟と同一の目的を達成することは,法律の根拠なしにはなし得ないというべきである。 ウ 本件各課税処分に無効原因がないことについて [86] 以下のとおり,本件各課税処分は当然無効といえないから,国家賠償請求は許されない。 (ア) 本件各課税処分には,(a)課税要件の根幹についての内容上の過誤がなく,また,(b)処分による不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情がないこと [87](a) 本件は,最高裁判例によって示されているような,課税対象者を誤っているものでも,課税することを禁止されているものに対して課税したものでもなく,経年減点補正率を選択・適用する際の,「冷凍倉庫用のもの」という課税要件上の一要素である定義・概念規定の解釈・適用基準に関するものにすぎない。 [88] また,「冷凍倉庫用のもの」の解釈について,評価基準自体に明確な定義規定がなく,他の法令にもかかる概念の不確定性を解消・補充するに足る規定がない事案である。なお,原告は,国税に関する「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」別表第1に「冷蔵倉庫用のもの」との規定があることを問題にするが,国税でいう建物の「耐用年数」の趣旨は,「税務会計上の減価償却資産に投資された経費を回収する期間」であるとされているのに対し,固定資産税でいう「経過年数」の趣旨は「通常の維持補修を加えた状況において,家屋としての効用を発揮しうる最低限に達するまでの年数」であるとされており,両者は趣旨が異なるため,法令はあえて「冷凍倉庫」「冷蔵倉庫」と別々の用語を使用しているのであるから,より損耗が著しいと考えられる「冷凍倉庫」という用語の中に「冷蔵倉庫」を含ませる解釈は妥当でない。 [89] したがって,租税要件の根幹についての内容上の過誤があるとはいえない。 [90](b) 地方税法は,固定資産税に関して,固定資産課税台帳に所有者として登録されている者を納税義務者とし,登録価格を課税標準として課される「台帳課税主義」を採用し,納税者に対する価格の情報開示制度を用意している(1(1)イ(エ))。また,縦覧の実務においても,単に固定資産課税台帳を閲覧するだけでなく,訪れた納税者が自己の資産の評価が適正であるかどうか判断し,不服がある場合に審査申出を行うことを可能にするため,納税者の価格等に対する疑問等に対し説明をしており,経年減点補正率の適用状況についても,納税者等から質問があれば説明を行っていた。 [91] まして,原告は法人事業者であり,他の業種と比較しても固定資産税の負担は経常利益に大きな影響を与えると思われる倉庫業者であって,当初の建築価格や,その後の当該建物の経年減価,現状変化等を最も身近に,かつ,専門的に把握し,固定資産の管理(減価償却)を計理し,償却資産に関する固定資産税や法人税等の申告を行っているものであって,固定資産税について無知であるということはあり得ない。現に,原告は,本件倉庫について,新築当時営業用倉庫の特例の適用を受けるための申告をなしている。 [92] このように,原告は,評価内容についても知りうる立場にいながら,26年間,価格に係る苦情・審査の申出や,賦課決定処分に係る審査請求等を行っておらず,少なくとも黙示的には当該処分を容認してきたといえる。 [93] したがって,本件においては,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を放棄する必要があるとまではいえず,処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情はない。 (イ) 本件各課税処分の瑕疵が重大又は明白でないこと [94] 重大な瑕疵とは,重大な違法性のことをいうが,本件各課税処分に違法性がないことについては,後述(2)(被告の主張)イのとおりである。 [95] また,仮に本件各課税処分に瑕疵があったとしても,以下のとおり明白な瑕疵であるとはいえない。 [96]a 明白な瑕疵とは,処分成立の当初から,誤認であることが外形的に明白である場合を指す。そして,瑕疵が明白であるかどうかは,処分の外形上,客観的に,誤認が一見看取しうるものであるかどうかにより決すべきものであって,行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落としたかどうかは,処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではなく,行政庁がその怠慢により調査すべき資料を見落としたかどうかにかかわらず,外形上,客観的に誤認が明白と認められる場合には,明白な瑕疵があるというを妨げないと解されている。 [97] なお,客観的に明白とは,処分関係人の知,不知とは無関係に,特に権限ある国家機関の判断を待つまでもなく,何人の判断によっても,ほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであることを指す。 [98]b 本件基準表の解釈は法の範囲内で課税庁が行うものであるから,同基準表7(2)を適用する「冷凍倉庫用のもの」に当たるかどうかは,課税当時の課税庁の判断基準に従って判断すべきである。本件基準表7に,(2)(3)として,通常の経年減点補正率を超える減点補正率が定められた趣旨から考えれば,同基準表7(2)(3)は,当該家屋の使用実態等から,部分別損耗減点補正率基準表(「天災,火災その他の事由により当該家屋の状況からみて経年減点補正率によることが適当でないと認められる場合」に適用される家屋の損耗の程度に応ずる減点補正率を定めた表。以下「損耗減点補正率基準表」という。)に示されるような損耗の状況に至ると見込まれる場合に,あらかじめ,同基準表7(2)(3)を適用することによって,通常の経年減点補正率を超えた減点補正率を適用することを認めた規定であると解するのが相当である。そうであれば,本件基準表7(2)を適用するか否かについては,同じ構造区分別・用途区分別に区分される家屋における損耗の状況との差異について,当該家屋の使用実態等から,損耗減点補正率基準表に示されるような具体的な損耗が見込まれるかなどの観点から総合的に判断すべきである。 [99] そこで,被告においては,同基準表7(2)(3)の適用に際し,規定の全体的な表現や,それぞれの経過年数の差を比較考量し,個々の倉庫の構造や使用実態等からみて,同じ構造区分別・用途区分別に区分される家屋における損耗の状況を越えていることについて,細分化された本件基準表のどの区分に類似しているかで判断していた。特に,同基準表7(2)の適用に当たっては,同基準表の規定の表現や経過年数からみても,腐食性が著しい等一般の倉庫に比して特に損耗が著しいと認められるような特殊異例な倉庫である場合について適用されるかどうか判断することとなっていたものである。 [100] これを本件についてみると,本件倉庫が「冷凍倉庫用」に当たるかどうかは,著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を直接全面的に受けるようなものと同等な倉庫であるかといった判断が必要であるから,図面等の資料のほか,実際の使用状況,資材の施工状況等様々な状況について総合的に判断したものである。上記(原告の主張)イ(イ)bの各事情のみから,何人の判断によっても,腐食性が著しい等一般の倉庫に比して特に損耗が著しい倉庫,すなわち本件基準表7(2)の「冷凍倉庫用」であるという同一の結論に到達することはない。仮に,(原告の主張)イ(イ)bの指摘が一応不合理でないとしても,前述のとおり,行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落としたかどうかは,処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではないから,本件各課税処分の無効性の判断に影響を及ぼさない。 [101]c 被告の調査・照会及び本件通達の発出等を契機として,全国的に同様の問題が発生しているが,このことは,「冷凍倉庫用のもの」の解釈が一義的に明らかでなかったことの証左である。 [102]d なお,原告は,被告の実地調査が不十分である旨主張するが,実地調査の調査期間は短期間に限られているところ,名古屋市内における固定資産税の対象となる家屋の総数は61万1477棟であり,これを140人程度の職員で調査を行わなければならないのであるから,地方税法408条の実地調査の程度は,すべての固定資産について細部まで行う必要はなく,特段の事情のない限り,外観上固定資産の利用状況等を確認し,変化があった場合にこれを認識する程度で足りると解されている。被告の取扱要領は,同条の規定を受けたものにすぎないから,取扱要領における実地調査の解釈についても,同条の解釈と同様に考えるべきである。 [103](ウ) 以上のとおり,本件においては,上記いずれの基準も満たさず,本件各課税処分は無効でないから,国家賠償請求は許されない。 [104]ア 本件倉庫が,複雑な調査は全く要せず,一般倉庫とは明らかに区別されるものであることは,(1)(原告の主張)イ(イ)bのとおりである。 [105]イ また,被告は,本件通達が発出される以前に,自ら本件倉庫の評価を一般倉庫から冷凍倉庫に改め,過徴収分を還付する旨を原告に通知してきている。すなわち,通達によって基準が明確化されるまでもなく,被告は自身の判断により本件倉庫が本件基準表の「冷凍倉庫用のもの」に該当するとの判断をなし得たのである。 [106]ウ 以上のとおり,通常なされるべき実地調査さえ行っていれば,本件倉庫が本件基準表上の「冷凍倉庫」に該当することは,外形上・客観的な事情から明らかであるにもかかわらず,被告は,明らかにその評価を誤り,長期間にわたり一般倉庫用の経年減点補正率を適用し続けたものである。かかる瑕疵によって,本件倉庫について,冷凍倉庫としての経過損耗が評価額に適正に反映されていない状態が約27年間継続してきたものであり,これは課税要件の根幹に関わる重大な瑕疵である。 [107]ア 課税処分は仮に取り消すべき違法部分があるとしてもこれが取り消されない限り適法な行政処分として法的拘束力を有するのであるから,本件賦課決定処分は国家賠償法上も適法な課税ないし徴税作用として扱われ違法性を認めることはできず,そこに不当利得や損害賠償を認めることはできない。 [108] これを本件についてみると,本件各課税処分はいずれも取り消されておらず,適法な行政処分として法的拘束力を有しているから,本件各課税処分に違法性は認められず,したがって損害賠償を認めることはできないというべきである。 [109]イ アの点を措くとしても,本件各課税処分には,そもそも課税処分上の違法自体が存在しない。 [110](ア) そもそも,評価基準自体には,本件基準表記載の用途の定義規定はないし,倉庫業法等の他の法令にも,「冷蔵倉庫」の定義規定は存在するが,「冷凍倉庫」の定義規定は存在しないから,本件基準表7(2)の「冷凍倉庫用のもの」とは,前後の法文の表現や文脈等からして,一般の倉庫との比較で腐食性が著しいものあるいは損傷が著しいなどと認められる特殊な倉庫と解釈することが相当である。しかし,被告市長又は各区長において,一般倉庫と「冷凍倉庫」との間の腐食性ないし損耗性の相違を認定しうる知見を容易に取得し得た事情はなく,倉庫業界から一般的に提言・公表等がされているものでもないし,倉庫業界から被告に対し具体的に通告・摘示されてきた経緯もない。 [111] そこで,被告における本件基準表の適用に当たっては,本件基準表7(2)(3)の表現や,最長経過年数の差を比較考量し,個々の家屋の構造や使用実態等に基づいて判断したものであることは,(1)(被告の主張)ウ(イ)bで前述のとおりである。したがって,本件倉庫の価格の算出にあたり,経年減点補正率の適用を誤ったとはいえず,課税処分としての違法はない。 [112] 被告が,平成18年に本件基準表7(2)の適用基準を整理したのは,過去における取扱いが誤っていたためではなく,同様の構造や利用形態であるにもかかわらず,本件基準表7(2)を適用しているものと適用していないものがあることが,公平な税負担の観点から好ましくないことを考慮したためにすぎない。 [113](イ) また,原告が判断要素とする以下の各項目をもってしても,本件倉庫が本件基準表7(2)の「冷凍倉庫用のもの」であると容易に判断できるとは到底いえない。 (a) 倉庫の外観上の表示 [114] 冷蔵会社の取り扱うものは,冷凍物だけに限定されるものではなく,冷蔵物等を扱うことも考えられること,仮に冷凍物を取り扱うとしても,それが損耗の著しい冷凍倉庫に該当するかは一律的には判断できないことから,外観上の表示から冷凍倉庫であることを判断することはできない。 (b) 本件倉庫の設備 [115] クーリングタワーは,通常空調設備に使用されるもので,冷却水を再度循環使用するために放熱させる装置である。したがって,クーリングタワーの存在により,空調設備が設置されている倉庫であることが判明したとしても,そのことをもって当該倉庫が冷凍倉庫であることを明らかにするものではない。 (c) 本件倉庫内部の状況 [116] 本件倉庫内部の倉庫の入口の扉や,建物全体の室温が10~15度に保たれているという状況は,冷蔵設備を有する倉庫等でも同様であり,冷凍設備を有する倉庫であることは明らかでない。 (d) 本件倉庫の保管温度 [117] 本件倉庫が建築された昭和54年当時は,本件基準表7(2)の「冷凍倉庫用のもの」の定義が定まっておらず,ましてや保管温度が何度であれば冷凍倉庫であるなどという定義もないから,倉庫の保管温度から明らかに冷凍倉庫に当たるものとはいえない。 [118] また,本件通達は,一般通常人の感覚を基準に定めたものではなく,あくまでも「損耗の程度が著しい」といえるかという観点に従って定められたものである。本件通達が発出される以前においては,たとえ本件倉庫がマイナス30度で常時使用されていたとしても,それが冷凍倉庫に該当するか否かは一律に判断できなかった。 [119](ウ) 本件通達で定めた適用基準は,平成18年5月11日に各区・支所の家屋担当者の会議において周知しているものであり,この統一した適用基準を明確化するために,事後的に通達として整理したにすぎない。 [120]ウ さらに,本件各課税処分が課税処分として違法であったとしても,その違法は広く行政訴訟手続において是正され救済されるべく法体制の整備がされているのであり,課税処分上の違法があることから直ちに国家賠償法上違法であるとまではいえない。 [121] すなわち,国家賠償法上の違法性は,その立法背景・沿革及び立法趣旨からして,損害賠償責任としての公務員の行為規範違反性が訴訟課題とされるものであり,その判断要素も,行政行為の法的要件が充足しているかだけでなく,行為の態様や原因といった諸般の事情を総合して判断すべきである。本件倉庫の価格の算出に当たり,本件基準表7(2)を適用しなかったことそれ自体が国家賠償法上の違法性を具備するものとまではいい得ない。 [122] 被告は、少なくとも年1回の実地調査義務を負っているから,これを誠実に遂行してさえいえれば,本件倉庫が冷凍倉庫である事実は容易に判明し,本件倉庫を一般倉庫であると評価することはなかったはずであるから,被告が認定に用いた資料が一見して不十分であったことは疑う余地がなく,被告の過失は明白である。 [123] 本件基準表7(2)の「冷凍倉庫」がどの程度の冷凍能力以上のものをいうのか,あるいはどの程度の使用実態のものをいうのかについては明確な規定がなく,本件通達が定められるまでは何ら指標がなかったのであるから,機械的・定型的に本件基準表を適用すべきか判断できるものではない。被告は,家屋の構造や使用実態等から,個別具体的・総合的に補正基準表の適用を判断してきたものであり,他の多くの自治体が,一般的に被告と同様の適用を行っていた。本件において公務員の過失を認定することは相当でない。 [124]ア 地方公共団体による不法行為が成立する場合には,国家賠償法4条により,その損害賠償請求権の時効に関しては,民法724条が適用され,地方自治法236条の規定は適用されない。したがって,20年分の損害についての請求が可能である。 [125]イ 被告は,行政法上の不服申立手続において,厳格な期間制限が設けられている趣旨を類推し,賠償の範囲は5年に制限されるべきであると主張するが,本件は,行政処分が無効とされる場合であり,行政行為の早期安定等という不服申立ての期間制限の要請は後退するから,賠償範囲を5年に制限する合理的理由はないし,課税処分が無効である以上,その利益を被告が保有する理由は存せず,除斥期間である20年前に遡っての賠償を認めることはいわば当然のことであり,納税者を過度に救済することにはならない。また,賠償期間が5年に制限されるとすれば,前述((1)(原告の主張)ア)の国家賠償制度の意義を失わせることとなる。 [126]ア 固定資産税に係る賦課決定は,法定納期限の翌日から起算して5年を経過した日以後においてはすることができないから(地方税法17条の5第3項),国家賠償請求で認容される損害賠償の期間的範囲も,かかる規定を類推ないし準用して期間制限を図るべきである。 [127]イ 原告は,民法724条を適用すべきと主張するが,地方税法が,価格及び賦課決定に対する争訟方法を限定し,また不服申立ての期間制限を設けるなど,固定資産の価格の迅速な決定や課税処分の早期確定を企図した趣旨からすれば,20年前まで遡及した請求を是認するのは,法が定めた不服申立方法を履践しない納税者の権利保護のあり方としてあまりにも行きすぎた結果を招来するものである。 [128](1) 原告は,本件各課税処分に関する審査請求や取消訴訟を経由せずに,本件各課税処分に違法があるとして,国家賠償法に基づく損害賠償を請求しているところ,被告は,かかる国家賠償請求は許されない旨主張するので,この点について検討する。 [129] まず,固定資産税等の賦課決定に対しては,一定期間内に審査請求等を行うことができ,これに対する裁決を経た後に,処分取消の訴えを提起することができることとされている(前述第2の1(1)カ(ア))。また,原告は,本件各課税処分に違法がある旨いうが,その内容は,港区長が本件倉庫の価格を決定するに際し,本件基準表7(2)記載の経年減点補正率を適用すべきであったのに,同表7(1)記載の経年減点補正率を適用したことを問題にするものであるから,登録価格について不服がある場合に当たるとも解され,かかる場合には,一定期間内に,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができるところ,このような審査の申出ができる事項について不服がある納税者は,固定資産評価審査委員会に対する審査の申出及びその取消しの訴えによることによってのみ争うことができる(したがって,賦課決定の取消訴訟において,価格についての不服を理由とすることができない。)とされている(前述第2の1(1)カ(イ))。 [130] すなわち,法は,固定資産税等の課税処分や登録価格に対する不服申立てについて期間の遵守を求め,当該期間を徒過した場合には,処分等の内容に過誤があることを理由として,当該処分等の効力を争うことはできないこととしているのであるが,このような不服申立ての期間制限が定められたのは,比較的短期間に,かつ,大量になされるところの課税処分を可及的速やかに確定させることにより,市町村の重要な財源である固定資産税等の徴税行政の安定とその円滑な運営を確保しようとする趣旨であると解される。また,登録価格については,その争訟方法も制限されているが,これは,登録価格が,後になされる固定資産税等の賦課決定の基礎となるものであることから,より早期の確定を求める趣旨と解される。 [131] そして,行政処分が違法であることを理由として国家賠償の請求をするについては,あらかじめ当該行政処分につき取消判決を得なければならないものではないが(最高裁判所昭和36年4月21日第二小法廷判決・民集15巻4号850頁参照),行政処分は,たとえ違法であっても,その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認めるべき場合を除いては,適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解されるところ(最高裁判所昭和30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2070頁参照),固定資産税等の過納金相当額を損害とする国家賠償法に基づく損害賠償請求を許容することは,実質的に,課税処分を取り消すことなく過納金の還付を請求することを認めることとなって,課税処分等の不服申立期間を制限した上記法の趣旨を潜脱することになるばかりか,課税処分の公定力をも実質的に否定することになる。原告は,取消訴訟は違法な処分から生じた損害の補てんまで予定されているものではないから,取消訴訟と国家賠償請求訴訟は目的・効果を異にする旨主張するが,行政処分の取消判決は,処分をした行政庁等を拘束するため(行政事件訴訟法33条1項),当該行政庁は,取消判決の趣旨に適合するような措置をとることになるところ,課税処分の取消しの場合は,当然過納付部分を還付することとなるのであるから,課税処分の違法を理由とし,過納金相当額を損害とする国家賠償法に基づく損害賠償請求に関しては,結局課税処分の取消訴訟と目的・効果を同一にするというほかない。 [132] もっとも,行政処分の無効確認の訴えは,出訴期間の制限なく許容されていること(行政事件訴訟法36条),前述のとおり,行政処分の違法が当該処分を当然無効ならしめるものと認めるべき場合については,当該行政処分の公定力に配慮する必要もないと解されることからすれば,課税処分が当然に無効である場合にまで,国家賠償請求を否定することは相当でない。さらに,登録価格について不服がある場合に当たるため,地方税法434条2項所定の争訟方法の制限が課される場合であっても,価格決定に無効とすべき瑕疵がある場合に,価格決定の無効又は当該価格を基礎とする課税処分の無効を理由とする争訟は許されないものすることも妥当でない。 [133] したがって,固定資産の価格決定又はこれを前提とする固定資産税等の課税処分の違法が,これらの処分を当然無効ならしめるものではない場合には,当該処分が適法に取り消されない限り,同処分の違法を理由とし,過納金相当額を損害とする国家賠償法に基づく損害賠償請求は許されないものと解するのが相当である。 [134](2) そこで,本件各課税処分等に無効原因があるかについて,以下検討する。 [135]ア 前述のように,本来不服申立ての期間制限があり,かつ,登録価格の不服については争訟方法の制限をも課され,より早期確定が求められることに徴すれば,固定資産税等が賦課課税方式を採用していることを考慮しても,価格決定及びこれを前提とする課税処分について,申告納税方式を採用している他の租税と別個の無効判断基準に立つと解するのは相当でない。したがって,課税処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであって,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には,当該過誤による瑕疵は,これらの処分を当然無効ならしめるものと解される(最高裁判所昭和48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁参照)。 [136]イ 本件において,原告は,港区長が本件倉庫の価格を決定するに際し,本件基準表7(2)記載の経年減点補正率を適用すべきであったのに,同表7(1)記載の経年減点補正率を適用したことが,課税要件の根幹についての過誤である旨主張する。課税要件とは,一般に,課税義務者,課税物件,課税物件の帰属,課税標準及び税率をいうから,原告の主張は,固定資産税等の課税要件のうち,課税標準の根幹に過誤がある旨いうものと解される。 [137](ア) 前記前提事実等(1)のとおり,固定資産税等の課税標準は登録価格であり(地方税法349条,702条),固定資産の評価は,原則として,総務大臣(平成12年告示以前は自治大臣)の告示する評価基準に従って行われるところ(同法388条1項,403条1項),当該評価基準によれば,在来分の非木造家屋に係る家屋の評価は,通常,「再建築費評点数」に「損耗の状況による減点補正率」を乗じて得た「評点数」に,更に「評点1点当たりの価額」(被告においては1.10円)を乗じて求めることとされている。「損耗の状況による減点補正率」は,基本的には「経年減点補正率」によるものとされるところ,本件基準表は,「経年減点補正率」を求めるための基準表であるから,非木造家屋の経年による損耗を表しているものと解される。 [138] 港区長が,本件倉庫の評価に当たって,評価基準の定める上記算出方法に従って価格を算出したことは両当事者に争いがなく,ただ,「経年減点補正率」を求めるに際して,本件基準表7(2)を適用せずに,同基準表7(1)を適用したものである。 [139](イ) ところで,評価基準は,家屋の用途に応じて,異なる経年減点補正率が適用されることとなる本件基準表を定めているが,当該各用途の具体的な定義規定は何ら定められていない。例えば,「店舗」には本件基準表3が適用され,「百貨店」には本件基準表4が適用されることになるが,その区分けは明らかでなく,家屋としての効用を発揮しうる最低限に達するまでの年数がより短い「百貨店」の経年減点補正率を適用すべきかどうかは,個々の家屋に応じた個別具体的な判断を要するものである。したがって,評価基準は,本件基準表の適用に際し,各市町村長の合理的な解釈・運用を許容し,かつ,それを前提とするものと解するほかない。 [140](ウ) 同様に,本件基準表7(2)の「塩素,塩酸,硫酸,硝酸その他の著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を直接全面的に受けるもの,冷凍倉庫用のもの及び放射性同位元素の放射線を直接受けるもの」についても,「著しい腐食性を有する液体又は気体」「全面的」とはどの程度のものを指すか,「冷凍倉庫」とはどの程度の低温のものを指すか(一般の倉庫との区別は,温度の点しか考えられない。)は明らかでなく,これらについても,各市町村長の合理的な解釈・運用を許容し,かつ,それを前提とするものと解される。 [141] そして,本件基準表7(2)は,家屋としての効用を発揮しうる最低限に達するまでの年数が本件基準表中最も短いものとして定められていることからすると,本件基準表7(2)が適用される倉庫は,経年による損耗が,非木造家屋の中で最も激しいものと位置づけられているといえる。したがって,ある家屋に本件基準表7(2)を適用しなかったことが過誤といえるかどうかは,上記同基準表7(2)の位置づけを前提として,同基準表7(2)を適用しなかったことが不合理かどうかを判断するに帰することとなる。 [142](エ) そこで,本件倉庫に本件基準表7(2)を適用しなかったことが不合理かどうかについて検討する。 [143] 原告は,本件倉庫はマイナス30度の保管温度用に設計されているから,「冷凍倉庫用のもの」に当たると主張するようであるが,そのように設計されていたとしても,実際にかかる保管温度で使用されていなければ経年による損耗が激しいということにはならず,失当である。 [144] また原告は,本件倉庫内の4つの倉庫の保管温度は,概ねマイナス20度ないし23度であったから,「冷凍倉庫用のもの」に当たるとも主張する。仮に,本件課税処分等がなされた当時,本件倉庫が当該保管温度で使用されていたことが認められるとしても,当該保管温度で常時使用されていれば,経年による損耗が,非木造家屋の中で最も激しいものと位置づけられる本件基準表7(2)を適用すべき程度のものになるとは一概にいえない。したがって,本件各価格決定に際して,港区長が,本件基準表7(2)を適用しなかったことが直ちに不合理であるということはできない。 [145] なお,原告は,被告財務局長が,事後的に,本件通達により,家屋の主たる部分が保管温度マイナス20度以下の冷蔵室であるものを「冷凍倉庫用のもの」と位置づけたことをもって,港区長が,本件各価格決定当時も,本件倉庫を「冷凍倉庫用のもの」と判断すべきものであったことを自認するものであるとも主張するが,市町村長が「冷凍倉庫用のもの」の定義をどのように定めるかということと,ある家屋に本件基準表7(2)を適用することが当該家屋の経年による損耗を正確に評価しており合理的かどうかは,本来別個のものである(仮に,被告財務局長が,事後的に,「冷凍倉庫用のもの」の定義を,保管温度マイナス30度以下の冷蔵室であるものと定めたとしても,港区長の本件各価格決定が合理的であったものと直ちにはならない。)から,かかる指摘は当を得ない。また,原告は,「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」に「塩素,塩酸,硫酸,硝酸その他の著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を直接全面的に受けるもの,冷蔵倉庫用のもの及び放射性同位元素の放射線を直接受けるもの」との規定があるところ,「冷蔵倉庫用のもの」には,「冷凍倉庫,低温倉庫及び氷の貯蔵庫の用に供される建物」が含まれると解されているので,被告が参考にすべき法令の定めがあったとも主張するところ,かかる解釈を前提としても,貯蔵物を低温保管する倉庫については,「冷凍倉庫」「低温倉庫」「氷の貯蔵庫の用に供される建物」に区別されているのであり,評価基準があえて「冷凍倉庫用のもの」と規定する以上,貯蔵物を低温で保管する倉庫全てに本件基準表7(2)を適用すべきとの解釈は採り得ない。 [146](オ) 仮に,港区長が,本件倉庫に本件基準表7(2)を適用しなかったことが不合理であるとしても,本件各価格決定は,経年減点補正率を全く適用していないというものではない。家屋は,年月の経過により損耗するものであり,これが当該家屋の評価に反映されていることは,適正な課税のために必要不可欠なことであるが,本件各価格決定に際しては,少なくとも一般倉庫の経年減点補正率を適用していること,また,本件基準表の規定自体一義的なものではなく,各市町村長の合理的な解釈・運用を許容し,かつ,それを前提とするものであって,個々の家屋に応じた個別具体的な判断を要するものであることにかんがみれば,本件各価格決定及びこれを前提とする本件各課税処分について,これらを無効とすべきほどに重大な内容上の過誤があるとまではいい難い。 [147]ウ 加えて,本件が,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に行政処分による不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合に当たるかについても,以下検討する。 [148](ア) 原告は,納税者は登録価格の決定手続に何ら関与していないこと,固定資産課税台帳を縦覧する機会があるといっても,いかなる経年減点補正率が適用されたかについては知り得ないことから,形式的に不服申立ての手段を講じなかったことを理由に,瑕疵ある課税処分の不可争的効果による不利益を原告に甘受させることは著しく不当である旨主張する。 [149](イ) 納税者が課税標準たる登録価格の決定手続に関与しないのは,固定資産税等が賦課課税方式を採用している以上当然の帰結であるが,地方税法は,これに配慮して,固定資産課税台帳の縦覧の機会を設けた上,登録価格に対する不服がある場合の審査を行う第三者的機関として,市町村に,固定資産評価審査委員会という第三者的な審査機関を設置することとしているのであるから(同法423条),このことをもって上記例外的な事情に当たるとはいえない。また,固定資産課税台帳の記載からはいかなる経年減点補正率が適用されたかについて知り得ないといっても,被告の担当者に質問することは可能であり,原告は,倉庫業者として減価償却等の帳簿上の処理をしているのであるから,本件倉庫の経年による損耗については,相当な関心を持って原告自身管理しているのであって,いかなる経年減点補正率が適用されたが明らかでないことが,登録価格に対する不服を申し立てられない合理的な理由ともなり得ない。 [150] したがって,本件において,原告に,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として本件各課税処分等による不利益を甘受されることが著しく不当と認められるような例外的な事情があるとは到底認め難い。 [151]エ 以上によれば,本件各価格決定又はこれを前提とする本件各課税処分に,課税要件の根幹についての内容上の過誤があるとはいい難く,これを措くとしても,本件各課税処分等による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情のあるとは到底認め難いから,本件各課税処分等に無効原因があるとは認められない。 [152](3) よって,本件各課税処分等が適法に取り消されない限り,原告が,本件処分等の違法を理由とし,過納金相当額を損害とする国家賠償法に基づく損害賠償を請求することは許容されないことになるところ,本件各課税処分等が取り消されていないことは弁論の全趣旨により明らかであるから,原告の本訴請求は,その余の点を判断するまでもなく理由がないこととなる。 [153] 以上の次第で,原告の本訴請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部 裁判長裁判官 永野圧彦 裁判官 田邊浩典 裁判官 大寄悦加
以上
所 在 名古屋市港区<以下略>家屋番号 ×番× 棟 番 ×―× 種 類 倉庫,事務所 構 造 鉄骨造鋼板葺2階建 床 面積 3,335.20平方メートル 以上
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