浜松市土地区画整理事業事件
第一審判決

行政処分取消請求事件
静岡地方裁判所 平成16年(行ウ)第6号
平成17年4月14日 民事第2部 判決

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由

■ 参照条文


1 本件各訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

1 原告ら
(1) 被告浜松市が平成15年11月25日付け浜松市公告第213号をもってした西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業に関する事業計画の決定を取り消す。
(2) 被告静岡県知事が平成15年11月17日付け都市第262号をもってした西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業に係る設計の概要に関する認可を取り消す。

2 被告ら
(1) 本案前の答弁
 主文同旨
(2) 本案の答弁
 原告らの請求をいずれも棄却する。
[1] 被告浜松市が施行者である西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という)について,平成15年11月17日,被告静岡県知事がこの事業計画の設計の概要を認可し,これを受けて,同月25日,被告浜松市が事業計画の決定をした。そこで,本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有している原告らが,同設計の概要の認可及び事業計画の決定は違法であるとしてこれらの取消しを求めたのが本件訴えである。

[2] これに対し,被告らは,上記違法との原告らの主張を争っているので,これが本案の争点である。また,被告らは,本案前の答弁として,上記設計の概要の認可及び事業計画の決定は抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえないから,本件訴えは不適法であるとして,本件訴えの却下を求め,原告らは,これらの認可及び決定は行政処分性を有していると反論しているので,これが本案前の争点となる。
[3] 原告らは本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有している者であり,被告浜松市は,本件土地区画整理事業の事業計画を決定したもの,被告静岡県知事は,本件土地区画整理事業の事業計画の設計の概要について認可をしたものである。

[4] 被告浜松市は,新浜松駅から西鹿島駅を結ぶ遠州鉄道西鹿島線の連続立体交差事業(柳通り交差点南側から自動車学校前駅南側までの区画)の一環として,同鉄道の上島駅を高架にすることを計画し,当初,平成8年12月ころ,東は上島駅から西は国道152号線に至る地区の約16.2ヘクタールを施行地区として事業計画を立案した。しかし,同地区の住民の多数が反対したため,被告浜松市は平成9年8月ころその計画を断念した(被告静岡県知事との関係で,甲4,弁論の全趣旨)。
[5] そこで,被告浜松市は,施行地区を,上島駅を含む5.7ヘクタールに縮小して本件土地区画整理事業を計画し,事業計画を作成して縦覧に供した。これに対して,地権者からは意見書が提出されたが,静岡県都市計画審議会の議を経て,いずれも不採択となった。

[6] これらの経過を経て,被告浜松市は,平成15年11月7日,本件土地区画整理事業に係る事業計画の設計の概要の認可を被告静岡県知事に申請し,同知事は,同月17日,都市第262号をもって認可した(なお,甲1)。被告浜松市は,これを受けて,同月25日,事業計画を決定し,この決定は,同日,浜松市公告第213号をもって公告された(なお,甲2)。
[7] 原告らは,施行地区内に土地を所有している関係で,本件事業計画が決定された旨の浜松市長からの同月26日付け文書の通知を受けて,同月末ころ,前記被告らの各処分を知った(被告静岡県知事との関係で,甲3)。
(1) 被告静岡県知事
[8] ある行政庁の行為が公権力の行使とされるためには,それが個人の権利ないし法律上の利益(単なる事実上の利益又はいわゆる反射的利益では足りない)に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものでなければならない。これは,抗告訴訟が個人の権利が侵害され,あるいはこれが達成できない場合のための訴訟制度であるという主観訴訟性に由来する制約である。
[9] 土地区画整理事業における設計の概要は,設計説明書及び設計図を作成して定めるものであり(法施行規則6条1項。同規則5条1項により法54条の事業計画においても同じである),設計説明書には,当該土地区画整理事業の目的,公共施設の整備改善の方針などを記載する(同規則6条2項。甲5)。そして,これらの記載事項は,当該土地区画整理事業の設計上の基礎的事項を一般的,抽象的に定めるいわば青写真たる性質を有するものにすぎない。しかも,このような設計の概要が県知事によって認可されたとしても,これが当該事業計画の施行地区内の宅地建物の所有者又は賃借人等の利害関係者等の権利又は法律上の利益に対し具体的な変動を与えるものではなく,行政処分には当たらないと解するのが相当である。
[10] もっとも,市町村が都道府県知事の設計の概要に対する認可を受けて事業計画を決定し,その公告をすると,法76条,85条の規定により,施行地区内において土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更や建築物等の新築などについて都道府県知事の許可を受けなければならないとされ,また,施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有する者らは,所定の権利申告をしなければ権利が存しないこととみなされるなど,一定の不利益な取扱いを受けることとされているが,このような制約は,当該事業の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づいて法律が公告に伴う付随的な効果として特に付与したものであって,事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限ではない。従って,事業計画は,それが公告された段階においても特定個人に向けられた行政処分とはいえないものである。
[11] このように,市施行の土地区画整理事業における一連の手続の開始決定の段階は,[1]都市計画決定,[2]設計の概要の認可,[3]事業計画決定と行われるが,[1]のみならず[3]についても上記のとおり処分性がない以上,本件[2]の設計の概要の認可について処分性がないことは明らかである。
[12] さらに,本件設計の概要の認可は,行政機関相互の行為として外部に対する効力を有するものではない(最高裁第2小法廷昭和53年12月8日判決等)。
[13] いずれにせよ,設計の概要の認可には行政処分性がなく,抗告訴訟の対象とならないので,本件訴えは不適法であって却下されるべきである。

(2) 被告浜松市
[14] 本件は,都知事が行った土地区画整理事業の事業計画の決定について行訴法3条2項の「処分」に当たらないとした最高裁大法廷昭和41年2月23日判決(いわゆる青写真判決)と同一類型の事業であるから,原告らの本訴請求は却下されるべきである。
[15] すなわち,本件の場合の土地区画整理事業の事業計画決定は,これが公告されると法76条1項により施行地区内の土地の所有者等が土地の形質の変更や建築物その他の工作物の新築,改築等をするにつき県知事の許可を受けなければならなくなるなどの制約を受けるだけである。このような制約は,事業計画の決定(公告)そのものの効果ではないとされ,従って,事業計画の決定は行政処分ではないと解されている。そして,本件土地区画整理事業のように,一連の手続を経て行われる行政手続について,どの段階でその手続の違法を主張する訴訟の提起を認めるかは立法作用の問題であり,法に具体的に立法措置がなされない限り,具体的な処分を待たずに処分の取消訴訟の提起を認めるべきではない。原告らは,上記青写真判決は変更されるべきと主張するが,その主張には従来から議論されてきたこと以上の目新しいものはない。
[16] なお,原告らが援用する最高裁昭和60年12月17日判決は,土地区画整理組合の設立認可が抗告訴訟の対象となるとした事例であり,本件とは事実関係が異なる。すなわち,上記昭和60年判決は,土地区画整理組合の設立認可は,その組合の事業施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者を全て強制的にその組合員とする公法上の法人たる土地区画整理組合を成立せしめ,これに土地区画整理事業を施行する権限を付与する効果を有するものであるという理由付けで,その処分性を認めたもので,従来の判例に従ったものである。また,同判決の場合のように,組合の設立が認可されると,強制的に組合員とされた者に,総会招集の請求権や議決権などの各種権利が与えられ,他方賦課金の納付義務が課せられるのであるから,個人の権利義務に明らかな変動を及ぼすといえる。これに対し,本件のような公共団体施行の場合の事業計画の決定は,これが公告されると,上記のとおり,施行地区域内における土地の形質の変更,建築行為が制限されるという法的効果が生ずるが,これは宅地の所有者など全関係者に一律に及ぶのであるから,未だ一般的抽象的なものにとどまるのであって,特定個人に向けられた効果ではなく,上記組合施行の場合の宅地の所有者らに生ずる法的地位の変動と同種,同程度の変動を宅地の所有者らに生じさせるものではない。
[17] また,土地区画整理法には土地改良法87条6項,7項,10項のような当該行為の根拠法規に争訟性を付与する条文が置かれていない。
[18] なお,都市再開発法に基づく第二種市街地再開発事業の事業計画の決定について行政処分性を認めた平成4年11月26日の最高裁判決があり,この判決は,同事業計画の「決定は,その公告の日から,土地収用法上の事業の認定と同一の法律効果を生ずる」ものであるから「市町村は,右決定の公告により,同法に基づく収用権限を取得するとともに,その結果として,施行地区内の土地の所有者等は,特段の事情のない限り,自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることとなる」との判断を示した上,公告された同事業計画の決定が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判示するが,本件がこれに該当するものでもない。
[19] 本件における実定法的な理由は,土地区画整理法に基づく事業計画の決定自体の効果はなお一般的であるから,時間的に後の仮換地指定などによる具体的な処分に至った段階での不服申立(権利救済)の手段を置くに止め,土地改良法87条6項,10項のような早い段階での権利救済条項を置かなかった土地区画整理法の立法理由(立法政策)に求められる。
[20] 行政訴訟事件における処分性の問題,成熟性の問題について最高裁判所が伝統的に形成してきた判断は,司法の消極的性格という視点から評価すべきで,その合理性を認めることができる。また,取消訴訟の対象を行政処分に限定したことは現行行政事件訴訟法の構造上当然のことである。

(3) 原告ら
[21] 本件のような土地区画整理事業の事業計画の決定や,設計の概要の認可に関しては,未だ紛争の成熟性が乏しいとして,訴訟の対象とはならないとの見解が強い。最高裁判所も今日までこの態度をとっている(最高裁昭和41年2月23日判決(5名の少数意見あり)等)。しかし,この見解は改められるべきである。その理由は以下のとおりである。
ア 最高裁判決の内容と射程距離
[22] 本件のような場合に処分性を認めなかった判決に,上記昭和41年2月23日のいわゆる青写真判決,平成4年10月6日の最高裁判決があるが,これらの判決は,関係権利者のこうむる不利益はその後の具体的処分(仮換地指定や建築物等の移転除却などの処分)の違法性を争うことによって,目的が達せられるとしている。しかし,具体的処分の違法性の理由として,その処分の違法性を主張することができる旨は判示しているが,具体的処分の違法の理由として事業計画決定や設計の概要の認可の違法を主張しうるのかについて,明確には述べていない。従って,事業計画決定や設計の概要の認可を最後まで全く争えないと考えているかのようにも読める。仮に,どの段階になっても事業計画決定や設計の概要の認可自体の違法性を主張して争うことができないとするならば,これらの行政処分については司法審査が及ばないということになり,憲法32条に違反する。また仮に,いずれかの段階で争いうるとするのであれば,争いうる時期あるいは段階に言及して,権利保護に欠けるところはない理由を明示すべきである。
[23] また,仮換地指定の時点で遡って事業計画の違法性を争うことができるとしても,事業計画の決定から仮換地指定までの期間については,何年かかるか全く不明である。さらに,仮換地指定の段階で事業計画が違法とされた場合には,事業は根本的な影響を受けるであろう。
[24] なお,昭和41年判決には5名の少数意見があり,権利救済の必要性とその時期とについて意見を述べ,事業計画の決定の段階で訴訟を認めることを提唱している。後記のとおり,昭和60年12月17日には土地区画整理組合の設立の認可に処分性を認めた判決が出され,法構造には異なる点があるものの,昭和61年2月13日には土地改良事業の事業計画決定に処分性を認めた判決が出されるなどの流れから見て,新たな判例形成の可能性も残っている。
イ 土地区画整理組合の設立の認可が訴訟の対象となる旨の最高裁判決(昭和60年12月17日)等の内容
[25] 同判決は
「組合の設立認可は,単に組合の事業を確定させるだけではなく,施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者を全て強制的にその組合員とする公法上の法人たる土地整理組合を成立せしめ,これに土地区画整理事業を施行する権限を付与する効力を有するものであるから,抗告訴訟の対象となる行政処分であると解するのが相当である」
とする。
[26] これを公共団体が施行する土地区画整理事業と比較すれば,設計の概要の認可を受けた事業計画の決定は施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者に(組合員と同じく)全て強制的に事業の対象たる地位を持たせることになる。また,設計の概要の認可及び事業計画の決定は,組合に事業施行の権限を付与すると同じく,公共団体に事業施行の権限を付与するものである。
[27] これらの点で,両者の場合に差異はない。差異を強いて求めるとすれば,[1]組合員には総会や総代会を通じて意見形成に参加する機会があるが,公共団体施行の場合にはその場がない,[2]組合員には事業の費用負担の義務があるが,公共団体施行の場合には,地区内の権利者に事業費の負担は直接にはない,という点であろう。[1]は,むしろ公共団体施行の場合の方が,総会などの意見反映の方法が確保されていないのであるから,権利者にとっては保護が薄いのであって,組合の場合に設立段階で訴訟を認め,公共団体の場合には事業計画決定段階では認めない理由とはならない。[2]は,一応の差異となるが,組合の場合にも補助金や保留地の確保によって,組合員に直接事業費の負担を(賦課金として)求めることはまれである。公共団体施行の場合との差異はそれほど大きなものではない。組合の場合には設立段階で訴訟を認め,公共団体施行の場合には認めない理由としては極めて薄弱である。
[28] 法127条3号及び4号は,公共団体が行う事業計画の決定及びこれに関する設計の概要の認可については,行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨を規定している。しかし,このことは裁判所に対する出訴を認めることの妨げにはならない。これらの規定は,事業計画の縦覧と意見書提出の手続があることに鑑みて,重ねて行政府での審査を認めないという趣旨にすぎず,裁判所への出訴を禁じる趣旨を含むものではない。土地区画整理組合の設立認可に関しても,同種の規定があるが(同条1号),この認可に関しては,最高裁判所も認可自体についての出訴を認めている。
ウ 実務家の意見
[29] 特に区画整理を研究した下出義明判事は,「換地処分の研究」の234頁で「関係権利者は,認可・事業計画の決定が法の規定に違反してなされた場合には,その旨の公告がされ,外部に対して効力が生じた後,これに対して,出訴しうるといわねばならない」としている。在野の実務家で区画整理に造詣の深い大場民男弁護士も,新版縦横土地区画整理法(上)476頁で「筆者は事業計画の決定・認可をその時点で争いうると解し,その後では争い得ないとする解釈・立法が良いと考えている」とし,事業計画の認可・決定をその段階で争いうるとの解釈を提唱している。
エ 実質的な必要性
[1] この段階で訴訟を認めないことに伴う問題点(司法判断の対象からの除外又は過度の遅滞で救済の実がない)
[30] 仮換地指定などの段階で,初めて事業計画の決定・認可の違法性を主張できるとすれば,その段階では事業やそれに基づく工事はかなり進行している。そして,仮換地指定の段階では事業計画の決定・認可の違法性の主張を時期遅れとして認めないというのであれば,事業計画決定や設計の概要の認可に関しては司法審査の機会がないことになり,憲法32条に違反する事態となる。
[31] 他方,この段階で仮換地指定の違法性の根拠として事業計画決定や設計の概要の認可の違法を主張し得るとすれば,仮にその主張が通った場合には,事業の根幹が崩壊することとなる。だからといって事情判決をするなどでは救済にはならず,事実上の司法救済の否定となる。
[2] この段階で訴訟を認めることの必要性
[32] 以上のような問題点を考慮すれば,土地区画整理組合についてのように,事業の開始の段階で,権利関係に影響を受けることが組合の場合と同じく必至である地区内の権利者に,訴訟による司法審査の機会を認めてしかるべきである。
[33] 最高裁判所の従来の判断は変更されるべきである。
[34] なお,設計の概要の認可については,市町村が行う事業計画の決定の引き金となっているもので,同認可があるのに事業計画決定がされないことは考えられないから,市町村の行う事業計画決定と都道府県知事の行う認可とは権能において変わらず,一体として考えるべきである。
(1) 原告ら
[35] 本件土地区画整理事業の設計の概要は,次の点で違法なものである。
ア 前提たる事実の把握の不正確
[36] 設計の概要の「地区の性格及び発展状況」では「スプロール化が進行した地区」と述べているが,どのようにスプロール化が進行しているというのか,本文からは不明確である。「土地の利用状況」では,農地が0.6ヘクタールとあるが,事実は約0.2ヘクタールである。「その他」の土地が0.31ヘクタールとしているが,0.73ヘクタールの誤りと思われる。いずれにせよ地区の現状を利用種目別に色分けしてみると(甲6参照),もはや農地はほとんどなく,いわゆる虫食い状態とはいえず,スプロール化が進行した地区というのは誤った評価である。
[37] 「道路及び住宅の利用状況」では,「南北方向に市道有玉高林線,東西方向に市道上島萩丘線が整備されている。これ以外は,4m程度の地区内生活道路が配置されている」とされているが,実際にはこれ以外に準幹線道路相当の約7メートルの通称電車通りがあるのにこれが抜け落ちている(甲7)。
[38] 以上の点以外にも事実と異なる点はあるが,以上の2点は事業計画を立てるについて影響のある誤認である。
イ 事業の目的の充足不備
[39] 土地区画整理事業は、公共施設の整備改善と宅地の利用の増進の2つを目的とするものである(法2条1項)。ところが,本件土地区画整理事業は,以下のとおり,いずれをも充足していない。
(ア) 公共施設の整備改善の不備
[40] まず,公共施設の整備改善がされているかを見ると,不十分である。本件土地区画整理事業は,遠州鉄道の上島駅を高架にすることを主たる目的としている。このことは,事業計画の「第5 資金計画書」の中で,他事業分として「連続立体交差事業分163億円」が表示されていることからも明らかである。高架にすることが地域住民にとってどの程度便利になるかは計測の方法がない。高架でない場合に比較して便利になる面はあるが,他方,付近の道路状況を見ると,地域内の交通にも,通過交通にも,不便になることはあっても便利になることはない。
[41] 公園も設けられているが,その位置は住民の利用にまことに不便な位置にあり(甲10),単に事業計画中に必要とされている公園の面積を,不便な位置にでも,ようやく確保したにすぎない。
[42] また,駅前広場の拡張も,一私企業である遠州鉄道のために区画整理により用地を提供させるもので,適当ではない。
[43] 以下,これについて個別に述べる。
[1] 道路の設計の不備
[44] 道路に関しては,設計の概要では「中心市街地へのアクセス道路として,都市計画道路3・2・13号有玉南中田島線(道路幅30m,延長462m)を配置し,東西方向に都市計画道路3・4・12号下石田細江線(道路幅27m,延長130m)を配置することにより,通過車両を処理し,地区内の生活道路として,一部には歩道付区画街路を配置し,歩行者動線の確保を図る。また,上島駅へのアクセス機能の向上のため,駅前広場(面積約4255平方メートル)を配置する」とされている。
[45] しかし,このような道路設計には重大な不備が存する。その主要なものは次のとおりである。
[46]a 都市計画道路3・4・12号下石田細江線(以下「下石田細江線」という)は,都市計画道路3・2・13号有玉南中田島線(以下「有玉南中田島線」という)との交差点の西側わずか130メートルを新設するだけで,その西側は,今回区画整理区域外とされたため,行き止まり状態となる。従って,これにより「通過車両を処理する」ということはほとんど無理である。
[47]b 有玉南中田島線も,本地区の北側から約500メートルの国道152号線交差点まで拡幅工事を施行しないため,通過交通の効果が上がらない。
[48]c 別紙図面〔省略〕のA部(以下,同図面上の各部を同様に指示する)では,片側2車線と1車線の道路が接続されるため,車線減少により,北行き道路は渋滞を発生し,交差点Bの交差点機能に影響を与えることは必至である。また,A部の既存道路と都市計画道路の中心線は大きく異なるため,屈曲道路となって通過交通の円滑なる通行を妨げる。従って,南行き,北行きとも通過交通をさばききれず,渋滞の発生を引き起こすと同時に,事故発生を引き起こす危険を創出するものである。
[49]d 現在主要幹線となっている市道有玉高林線(以下「二俣街道」という)の通過交通量は非常に多く,区画整理後も,浜松市中心部に通じる道路であることは変わらないため,相当程度の交通量が維持されることは避けられないところである。
[50] この場合,BからH経由で二俣街道を南方向に通過する車は,B―C―D―F―Hで通過,又はB―C―G―Hで通過となる。逆方向のHからB経由で北方向に通過する車は,H―G―Bで通過,又はH―F―E―Bで通過となる。この車の流れにおいて,どの区画街路を使用して通過するかは,全て運転者任せとなる。
[51]e 区画街路3号(G―H間道路)及び区画街路7号(E―F間道路)は道路幅が狭く,通過交通に支障を来すため渋滞となる。特に3号街路は車道部幅が約4.2メートルで小型車でも対面交通に最徐行せざるを得ない。2メートル幅以上の中大型車が進入すれば交通麻痺となる。
[53] こうしたことは,全て,道路設計が,住区内に居住する者の生活の利便を促進するように考慮して定められたものではなく,逆に,住宅地において道路を通過交通の用に供することから生ずるものである。従って,これは道路の設計の概要に関する基準に反するものである(法施行規則9条1号,4号違反)。
[54]f 3号街路の渋滞は,さらに交差点Gの東方向からG―Hへ通過したい車を同交差点の東側に渋滞させ,また,交差点Hの西方向からH―Gへ通過したい車を交差点Hの西側に渋滞させることになる(法施行規則9条1号,4号違反)。
[55]g さらに,3号街路の渋滞は,交差点Hにおいて二俣街道の南方から右折してGへ行く車が片側1車線の二俣街道に縦列することとなり,新たな渋滞を引き起こす。また,7号街路の渋滞は,交差点Fにおいて二俣街道の南方から右折してEへ行く車が片側1車線の二俣街道に縦列することとなり,新たな渋滞を引き起こす(法施行規則9条1号,4号違反)。
[56]h 交差点Gでは,3号街路の渋滞により,都市計画道路のE方向から交差点Gで右折しようする車が右折帯の渋滞を発生させるおそれがある(法施行規則9条1号,4号違反)。
[57]i 交差点Dでは,B―C―D―Fの通過車が多く,Dの左折が近くにあるため(このため交差点信号機の設置が困難とされている),通過車のさばきが悪くなり,D―C間に渋滞,又は交差点Cの右折帯に渋滞発生のおそれがある。また,交差点Dは,本地区で最も歩行者の往来が多いことと歩行者の交通事故防止の観点から,歩行者用信号機は必須となる。従って,この信号機設置の影響からも,上記同様の渋滞発生のおそれが生ずる(法施行規則9条1号,4号違反)。
[58]j また,上島駅に西側から接続する区画街路1号線は,高架化がされても,駅前広場に接続するだけで,その東側に貫通する道路はなく,東西交通に資するところはほとんどない。
[59]k 前記のとおり,本地区の道路の設計の不備による二俣街道の通過交通量の減少弊害は,市内中心地域方向の沿道商店街,工業に悪影響を与えるとともに,市中心部の空洞化現象を助長させる。
[2] 公園配置の設計の不備
[60] 公園の面積自体は,法施行規則9条6号に適合しているが,地区住民が使いやすい,安全で安らぎを与える公園であるかにおいて,設計の不備がある。以下にその不備を指摘する。
[61]a 都市公園の配置については,都市公園法施行令2条1項に「都市公園の分布の均衡を図ること」とされている。現在,本地区の近隣東側に1箇所,北側に神社境内公園を含み2箇所配置済みであるが,西側及び南側には公園がない。しかしながら,本設計の概要では,公園の位置は施行地区の北東角地に配置されている(甲10)。従って,前記都市公園の分布の均衡に反する。
[62]b 都市公園の配置について,前記施行令では「街区内に居住する者が容易に利用できるように配置すること」とされている。しかし,設計の概要では,公園は本地区の北東端で,かつ居住者の全くいない位置にあり,30メートル幅の都市計画道路,14メートル幅の道路などを横断しなければならず,交通事故等の危険が多く不便で危険を伴うものである。この点においても前記施行令に反する。
[3] 駅前広場
[63] 上島駅の平成13年度1日当たりの平均乗降客数は2630人程度であり,朝の通勤通学時間帯を除けば,非常に利用者が少ない。単純平均で1列車当たりの乗降客は15人程度である。また,遠州鉄道の駅間距離は1キロメートル程度であり,利用者の多くは駅から半径500メートル程度の範囲の住民である。従って,徒歩,自転車の利用者が多く,車の送迎レーン利用者は非常に少ないのが現状である。
[64] このような現状と,将来を考慮してもさほど多数の乗降客が望めない駅に,4255平方メートルもの駅前広場(送迎レーン)を設けることは無駄な投資といわざるを得ない。
[65] のみならず,公共交通機関といえども,一私企業たる遠州鉄道の駅前広場を拡張するため,当該土地を地区地権者から提供させるというのは,違法な設計というべきである。
(イ) 宅地の利用増進の欠如
[66][1] 宅地の利用増進の有無については,施行地区を極端に減少させた結果,宅地の面積は少なくなり,減歩は少数の地権者にしわ寄せする状態となっている。減歩は全て公共施設のための減歩であるが,平均減歩率は32.64パーセントで,減価補償金をもって買収を行ってもなお18.04パーセントである。しかし,過小宅地の存在を考慮すると,過小宅地でない土地を有する地権者は,平均減歩率を遙かに上回る減歩を受けることになる。
[67][2] しかも,本件事業によって生み出される道路は,前述のとおり,極めて計画性に乏しく,問題点も多くて,事業計画に係る道路の設置によって宅地の整備改善になるとは思えない。
[68] また,減歩によって土地面積が小さくなる結果,従来の居住ないし営業が困難になる地権者が少なくないと思われる。事業計画中の「市街化予想図」によれば,住宅地面積は約6500平方メートルとなり,現況住宅地面積の約3分の1に減少してしまう。従って,単純にいえば,住民の半分以上がこの地区から離れなければならないことになる。区画整理は,宅地の利用増進を大きな目標の一つにしているが,住民の多くがこの地区に住めなくなるとすれば,その目的は瓦解したに等しい。
[69] こうしたことの原因は,既に述べたように,本件事業の施行区域を極めて縮小したこと,そのために道路等の公共施設の面積割合が相対的に大きくなったこと,本地域が宅地化が進行した地域であることなどのためであり,本事業計画にはもともと無理があることを物語っている。
[70][3] さらに,本事業計画は,施行前の宅地の総価格よりも,施行後の宅地の総価格の方が低いという結果になっており,その差額として減価補償金が予定されている。通常は,減歩によって公共施設の整備改善が進む結果,宅地の単価が上昇するので,宅地の総価格は施行前より施行後の方が高くなり,減価補償金が必要とされることは少ない。減価補償金が予定されるのはどこか無理があるのであり,それは施行地区を過度に狭くとった結果,減歩率が高くなったからに他ならない。
[71]ウ(ア) 以上のように土地区画整理の目的に反し,設計の概要がよるべき基準に反する設計の概要を,被告静岡県知事は認可すべきではなく,このような設計の概要を含む事業計画を,被告浜松市は決定すべきではなかった。
[72](イ) このような無理が生じたのには,いくつかの原因がある。
[73][1] まず,本件土地区画整理の計画を立てるについて,住民の意見を聞く機会が極めて少なかった。土地区画整理組合の場合のようには同意書が要求されてないが,被告浜松市は「住み良い町作り委員会」といった会を作って,施行者の意向を汲んだ地元意見を形成し,これをもって地域住民の意見であると解した。しかし,会の役員の多くは施行地区外に居住しており,この会の意志をもって施行地区内の地権者の意思とは到底いえない。
[74][2] また,減歩を受ける地域の面積は一定の規模が必要であるのに,前記のとおり,反対意見が多いと見るや,当初計画を撤回して,施行区域の面積を極端に少なくしたため,事業の目的が高架化にあるという事業の性格を一層露骨にしてしまった。
[75][3] 一方,遠州鉄道の上島駅の次の駅である自動車学校前駅についても,区画整理による高架化の計画があったが,これも付近住民の希望が少なく,計画は断念された。上島駅も高架化の必要性が乏しいにもかかわらず,あえて区画整理の手法で高架化しようとすることには無理がある。区画整理以外の方法も検討すべきである。

(2) 被告静岡県知事
[76] 原告らの主張中,設計の概要の引用部分は認め,その余はいずれも争う。

(3) 被告浜松市
[77] 計画の概要の前提事実の把握が不正確であるとの主張については争う。スプロール化に関する原告らの主張は,調査時点と現時点の差異であって誤りはなく,スプロール化も見られる。また,通称電車通りは,概要書の「道路及び宅地の利用状況」欄には記載がないが,添付の設計図1のとおり,電車通りを考慮している。抜け落ちたのではない。
[78] 事業目的を充足してないとの主張については争う。現状では,遠州鉄道の軌道により,下石田細江線を初めとする道路が東西に分断され,南北方向の市道有玉高林線が上島駅前の変則交差点のため,ラッシュ時に交通渋滞を発生させている。これを解消するため,電車軌道を立体交差にし,東西交通を円滑にし,良好な市街地を形成するため,公共施設の整備改善を行うものである。公園は位置も面積も適切であり,駅前広場は設計のとおりの面積が必要である。また,宅地の利用増進についても,現在も不整形の宅地が存在するところ,道路整備を買収方式で行うと,不整形地や利用困難な残地が多く発生するので土地区画整理方式を計画したもので,宅地の利用は本件事業により増進される。
[79] 無理が生じた原因の項の主張は争う。減歩率は減価補償金による公共施設充当用地の先買いにより引き下げており,個々の減歩については,宅地の形状,利用状況に応じて公平に負担を求めることが計画されている。また,当該地区を含む上島町の全住民の代表者42名により組織された「住みよいまちづくり委員会」において検討され,提言されたものについて,浜松市が関係者に対して説明会や個別相談,現地相談会を重ねてその理解を得ている。
[80] 当裁判所は,被告静岡県知事による設計の概要の認可は,同設計の概要自体が土地区画整理事業における一連の手続の一環として基礎的事項を一般的抽象的に定めるものにすぎず,これを認可することによって利害関係者の権利又は法律上の利益に何らの変動を及ぼすものではないし,被告浜松市による事業計画の決定についても,同様に一連の手続の一環にすぎず,その内容は土地区画整理事業の青写真としての性質を有するにすぎないのであって,これが公告されたからといって,利害関係者の権利又は法律上の利益にどのような変動を及ぼすかは具体的に確定されているわけではないから,いずれも行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為とはいえず,これらの取消しを求める本件訴えは不適法であると判断する。その理由は次のとおりである。

(1) 被告静岡県知事による設計の概要の認可について
[81] 土地区画整理事業は,都市計画区域内の土地について,公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図るため,法で定めるところに従って行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業であって(法2条1項),一連の手続を経て完成する。これを市町村が施行者となって行うものについて,その概要をみると,[1]施行規程及び事業計画を決定し(法52条1項),[2]事業計画が決定された場合には,遅滞なく施行者の名称等の国土交通省令で定める事項を公告し(法55条9項),[3]縦覧手続及び土地区画整理審議会の意見聴取手続を経た上,換地計画を定め(法88条),[4]必要がある場合には,同審議会の意見を聴いた上,仮換地指定をし(法98条),[5]土地区画整理事業の工事が完了したときは,遅滞なく換地処分をし(法103条),[6]同審議会の意見を聴いた上,減価補償金の交付をし(法109条),[7]清算金の徴収交付をする(法110条)。
[82] このうち,法52条1項の事業計画については,国土交通省令で定めるところにより,施行地区(又は施行地区と工区),設計の概要,事業施行期間及び資金計画を定めるものであり(法54条,6条),この事業計画が決定される前には,同計画を2週間公衆の縦覧に供し,利害関係者から意見書の提出があった場合には,都道府県都市計画審議会の議決を経て,必要な場合には事業計画の修正等を行い(法55条1項から4項),修正等を行わない場合には,さらに事業計画中の設計の概要について都道府県知事の認可を得る必要がある(法52条1項)。
[83] このように都道府県知事の認可は,市町村による事業計画決定の前段階の行為であるところ,この認可を受ける対象となる設計の概要は,設計説明書及び設計図を作成して定めるものであり,設計の概要の内容を構成する設計説明書は,事業の目的,土地の現況,事業施行後の宅地の地積の合計の施行前のそれに対する割合,保留地の予定地積,公共施設の整備改善の方針など,法施行規則6条2項に定める事項を記載するもの,同じく設計図は,縮尺1200分の1以上で一定の表示がされるものである(法施行規則6条)。このように,設計の概要は,土地区画整理事業の設計上の基礎的事項を一般的抽象的に定めるものであるし,また,設計の概要の認可は,行政機関相互間の行為であって,外部に対する効力を有するものではなく,同認可がされた場合には,市町村は事業計画を定める権限を与えられるが,認可があったからといって,後の手続である事業計画決定とその公告がない段階では,施行地区内の宅地建物所有者等の権利又は法律上の利益に何らの変動を及ぼすものではない。さらに,このような性質を有する認可に対して,法が特別に争訟性を与えているという事情もない。
[84] そこで,本件の静岡県知事による事業計画の概要の認可は,抗告訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為とはいえない(最高裁判所平成元年2月16日判決,訟務月報35巻6号1092頁参照)。
[85] この点に関し,原告らは,都道府県知事による計画の概要の認可は,市町村が行う事業計画決定の引き金となっているもので,同認可があるのに事業計画決定がされないことは考えられないから,市町村の行う事業計画決定と都道府県知事の行う認可とは権能において変わらず,一体として考えるべきであると主張するが,法の構造は上記のとおりであって,行為主体の相違なども考えると,原告らの主張は採用できない。また,原告らは設計の概要の認可に対し司法審査の機会がないのは憲法32条に違反するとも主張するが,本件のように一連の行為が積み重なっていく行政計画について,救済手続をどの段階で認めるかは,特定の行為段階で救済手続を認めなければ救済の実効性を欠くことになるなどの特段の事情がない限り立法政策に委ねられているものというべきであって,一連の手続のあらゆる段階で訴えの提起を認めなければ裁判を受ける権利を奪うことになるとはいえないところ,本件ではこのような特段の事情を認めることはできないから,原告ら主張は採用できない。

(2) 被告浜松市による事業計画の決定及びその公告について
[86] 上記のとおり,土地区画整理事業計画は,もともと土地区画整理事業に関する一連の手続の一環を構成するものであるところ,事業計画そのものは,施行地区(又は施行地区と工区),設計の概要,事業施行期間及び資金計画を定めるものであり,そのうちの設計の概要は,事業の目的,土地の現況,事業施行後の宅地の地積の合計の施行前のそれに対する割合,保留地の予定地積,公共施設の整備改善の方針などを記載する設計説明書や縮尺1200分の1以上で一定の表示がされる設計図によって構成されるこのように,事業計画は,当該土地区画整理事業の基礎的事項について,法及び法施行規則の定めるところに基づき,長期的見通しのもとに,健全な市街地の造成を目的とする(法1条参照)高度の行政的・技術的裁量によって,一般的抽象的に決定するものである。従って,事業計画は,その計画書に添付される設計図面に各宅地の地番,形状等が表示されることになっているとはいえ,特定個人に向けられた具体的処分とは著しくそのおもむきを異にし,事業計画自体では,その遂行によって利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではなく,いわば当該土地区画整理事業の青写真としての性質を有するにすぎないと解すべきである。法が,市町村によって行われる土地区画整理事業について事業計画を定めるには,これを2週間公衆の縦覧に供することを要するものとし,利害関係者から意見書の提出があった場合には,都道府県都市計画審議会に付議した上で,必要があれば修正をするものとしているのも(法55条参照),利害関係者の意見を反映させて事業計画そのものをより適切妥当なものとしようとする配慮に出たものに他ならない。
[87] 事業計画がこのような性質のものであることは,それが公告された後においても,何ら変わらない。もっとも,市町村が事業計画を公告すると,その後,施行地区内において宅地建物等を所有する者は,土地の形質の変更,建物等の新築,改築,増築等につき一定の制限を受け(法76条1項3号参照),また,施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し,又は有することになった者も,所定の権利申告をしなければ不利益な取扱いを受けることになっている(法85条5項参照)。しかし,これは当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき,法が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるものであって,事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。そこで,事業計画は,それが公告された段階においても,直接特定個人に向けられた具体的処分ではなく,また,宅地建物の所有者又は賃借人等の有する権利に対し,具体的な変動を与える行政処分ではないといわなければならない(以上,最高裁判所大法廷昭和41年2月23日判決,民集20巻2号271頁参照)。
[88] これに対し,原告らは,上記最高裁昭和41年2月23日判決と,これと同旨の最高裁平成4年10月6日判決(判例時報1439号116頁)について,これらの判決では,仮換地指定等の具体的処分の違法の理由として事業計画決定等の違法を主張できるか不明確であり,仮に同段階では違法を主張できないとすると憲法32条に違反するし,同段階でも違法を主張できるとすると,事業計画決定から仮換地指定まで何年かかるか不明であることからすれば,仮換地指定の段階で事業計画決定自体が遡って違法と判断された場合の事業そのものに与える影響は大きい,と主張する。
[89] しかしながら,上記最高裁昭和41年判決は
「事業計画の決定ないし公告の段階で訴えの提起が許されないからといって,土地区画整理事業によって生じた権利侵害に対する救済手段が一切閉ざされてしまうわけではない。すなわち,土地区画整理事業の施行に対する障害を排除するため,当該行政庁が,当該土地所有者等に対し,原状回復を命じ,又は当該建築物等の移転若しくは除却を命じた場合において(注・法76条4項),それらの違法を主張する者は,その取消(又は無効確認)を訴求することができ,また,当該行政庁が換地計画の実施の一環として,仮換地の指定又は換地処分を行った場合において(注・法98条,103条),その違法を主張する者は,これらの具体的処分の取消(又は無効確認)を訴求することができる。これらの救済手段によって,具体的な権利侵害に対する救済の目的は,十分に達成することができるのである」
と述べているのであって,同判旨から考えても,仮換地指定等の具体的処分がされた場合に,その具体的処分の違法の理由として事業計画決定等の違法を主張できないとする理由はない。
[90] また,事業計画決定ないしその公告から仮換地指定等の具体的処分の段階まで相当の期間がかかるとしても,右事業計画の決定ないし公告の段階で,その取消し又は無効確認を求める訴えの提起を許さなければ,利害関係者の権利保護に欠けるとする理由はない。ここにおいても,土地区画整理事業のように一連の手続を経て行われる行政作用において,どの段階で,これに対する訴えの提起を認めるべきかは立法政策の問題であるといえるのであって,特段の事情がある場合を除けば,一連の手続のあらゆる段階で訴えの提起を認めなければ,裁判を受ける権利を奪うことになるものとはいえない,との上記考えが妥当するというべきである。そして、仮に仮換地指定等の具体的処分の段階で事業計画決定の違法が主張され,その主張が裁判所によって採用されたとしても,当該土地区画整理事業がどのような影響を受けるかはその事件において考慮されるべき事項であるから,原告ら主張のように,受けるかも知れない影響を先取りして,事業計画決定の段階で訴訟を認める必要性があるということはできない。
[91] 次に,原告らは,[1]土地区画整理組合の設立の認可に処分性を認めた最高裁昭和60年12月17日判決(民集39巻8号1821頁),[2]土地改良事業の事業計画決定と同一の性質を有する同事業施行の認可に処分性を認めた最高裁昭和61年2月13日判決(民集40巻1号1頁),[3]第2種市街地再開発事業の事業計画決定に処分性を認めた最高裁平成4年11月26日判決(民集46巻8号2658頁)を援用し,前記昭和41年2月23日等の最高裁判決は変更されるべきであると主張する。しかしながら,
[92][1] 上記[1]判決の事案は,土地区画整理組合の設立の認可は単に設立認可申請に係る組合の事業計画を確定させるだけのものではなく,その組合の事業施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者をすべて強制的にその組合員とする公法上の法人である土地区画整理組合を設立させ,これに土地区画整理事業を施行する権限を付与する効力を有するものであり,強制的に組合員とされた者には,権利として,総会招集の請求権,総会や部会における議決権,組合役員及び総代の選挙権,被選挙権などが与えられ,義務として,賦課金の納付という明確な義務が課せられることを理由として,同組合設立の認可に処分性を認め,強制的に組合員とされる者に同組合設立認可処分の効力を争う法律上の利益があるとした事例である。
[93] しかしながら,本件土地区画整理事業の事業計画の決定及び公告は,それがされることによって,前記のとおり,施行地区内において宅地建物等を所有する者に,土地の形質の変更,建物等の新築等の一定の制限を課し,また,所有権以外の権利で登記のないものを有する者らに対し一定の不利益を課しているものの,これは当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき,法が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるものであって,事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえないことは前記のとおりであり,この付随的な効果を,上記[1]判決の事案のように,明確な義務を課するものであるということはできない。また,本件では,上記[1]判決の事案と異なり,権利が与えられることもない。そこで,上記[1]判決の事案と本件事案とは異なるのであって,上記[1]判決があるからといって,本件の事業計画決定とその公告に処分性を認めなければらならないということはできない。原告らは,上記[1]判決の事案と本件事案とはほとんど同一であるとして種々主張するが,採用できない。
[94][2] 上記[2]判決の事案は,土地改良事業の事業計画決定と同一の性質を有する同事業施行の認可に処分性を認めた事案であるが,同判決の根拠として,土地改良法には,同法87条6項,7項及び10項という土地改良事業計画決定に対する異議申立てと取消しの訴えに関する規定が設けられていて,同法自身が争訟性を付与していることが決め手になっていると考えられる。しかし,土地区画整理法には同様の規定は存在しないのであるから,上記[2]判決も本件と事案が異なっていて,本件において事業計画決定とその公告に処分性を認める理由とはならない。
[95][3] 上記[3]判決の事案は,公告された第2種市街地再開発事業の事業計画決定に処分性を認めたものであるが,その判旨は
「再開発事業計画の決定は,その公告の日から,土地収用法上の事業の認定と同一の法律効果を生ずるものであるから(同法26条4項),市町村は,右決定の公告により,同法に基づく収用権限を取得するとともに,その結果として,施行地区内の土地の所有者等は,特段の事情のない限り,自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることとなる。しかも,この場合,都市再開発法上,施行地区内の宅地の所有者等は,契約又は収用により施行者(市町村)に取得される当該宅地等につき,公告があった日から起算して30日以内に,その対償の払渡しを受けることとするか又はこれに代えて建築施設の部分の譲受け希望の申出をするかの選択を余儀なくされるのである(同法118条の2第1項1号)。そうであるとすると,公告された再開発事業計画の決定は,施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであって,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である」
とする。
[96] このように,上記[3]判決においては,第2種市街地再開発事業の事業計画決定の公告には,土地収用法上の事業の認定の告示としての効果が伴うのであって,土地区画整理法上では,都市計画法上の土地収用に関する規定が適用除外とされている(法3条の5第2項。特に,都市計画法69条以下)のと大きく異なるものである。その結果,上記[3]判決の場合には,宅地所有者等は,契約又は収用により宅地を取得される地位に立つのみならず,30日以内という短期間に法に定める選択を余儀なくされるのに対し,土地区画整理事業の場合には,事業計画決定とその公告があっても,宅地建物所有者等は,上記のとおり,土地の形質の変更,建物等の新築等の一定の制限を受け,また,所有権以外の権利で登記のないものを有する者らが一定の不利益を受けることがあるにとどまり,仮換地指定や換地処分がされるまでは,土地区画整理事業によって自らにどのような影響があるのか分からない面がある。しかも,宅地建物所有者等が受ける上記制限等は,土地区画整理事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき,法が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるものであって,事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえないことは前記のとおりである。そこで,上記[3]判決があるからといって,本件土地区画整理事業の事業計画決定及びその公告に抗告訴訟の対象となる処分性を認める必要はない。
[97] 原告らは,本件土地区画整理事業の場合にも,宅地建物所有者等は全員事業の対象となり,権利制限等を受けるのみならず,減歩や精算を伴った仮換地指定や換地処分を受けるべき地位に立たされることになるから,上記[3]判決の事案と同じであると主張するが,土地収用法の適用を受ける地位に立たされるどうかの相違は大きく,選択期間の存在などの相違点もあるから,原告らの主張は採用できない。
[98] よって,原告らの主張を考慮しても,いま直ちに上記最高裁昭和41年判決及びこれと同旨の最高裁平成4年10月6日判決の考えとは異なった立場に立つ理由も必要性も認められないのであって、結局,被告浜松市のした事業計画の決定は,行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為とはいえない。

[99] 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件各訴えはいずれも不適法である。よって,主文のとおり判決する。

  静岡地方裁判所民事第2部
  裁判長裁判官 佃浩一  裁判官 三島恭子  裁判官 佐藤久文
第6条第1項 第4条第1項の事業計画においては、国土交通省令で定めるところにより、施行地区(施行地区を工区に分ける場合においては、施行地区及び工区)、設計の概要、事業施行期間及び資金計画を定めなければならない。

第52条第1項 都道府県又は市町村は、第3条第3項の規定により土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、施行規程及び事業計画を定めなければならない。この場合において、その事業計画において定める設計の概要について、国土交通省令で定めるところにより、都道府県にあつては国土交通大臣の、市町村にあつては都道府県知事の認可を受けなければならない。

第54条 第6条の規定は、第52条第1項の事業計画について準用する。

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