砂川事件
差戻後第一審判決

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反被告事件
東京地方裁判所 昭和35年特(わ)第6号
昭和36年3月27日 刑事第10部 判決

被告人 坂田茂 外6名
検察官 谷川輝

■ 主 文
■ 理 由


 被告人椎野、同坂田、同菅野、同高野、同江田、同土屋、同武藤を各罰金2000円に処する。右罰金を完納することができない被告人に対しては、金200円を1日に換算した期間労役場に留置する。

[1] 東京都北多摩郡砂川町所在の立川飛行場は、大正5年飛行場として建設され、昭和16年さらに付近民有地を買上げて拡張し、今次世界大戦中は、陸軍飛行場として使用されていたところ、わが国の降伏と共にアメリカ合衆国軍隊が進駐してこれを接収し、さらに昭和20年9月頃から翌21年3月頃までの間に3回にわたつて、付近の民有地を接収し、同飛行場を拡張した。
[2] 接収された土地の所有者等は、元々農民であつて、その土地が祖先伝来の農地である上に、突然の接収によつて唯一の生活の糧と頼む農地が、いよいよ零細化し、生活に窮したばかりでなく、果てはその所有権の帰属すら不明になるのを危惧し、当時東京調達局を始め関係官庁に陳情した結果、漸く昭和21年9月、1年毎に更新する約で、東京調達局長と賃貸借契約を締結するに至り、講和条約発効後も引続き契約を継続してきた。
[3] 然るところ、昭和30年5月に至り、特別調達庁からさらに基地拡張のための民有地接収の申出を受けたが、拡張予定地に組入られるべき土地の所有者等は、戦災の経験者でもあつた上に、この上更に不相当に低廉な賃貸料、補償料等で農地の接収を受けるに至つては、生活の支柱を全く奪われることになるばかりでなく、また砂川町民としても、右拡張により、東西約8粁余に亘つて細長く走る砂川町は分断され、行政上、経済上および文教上受ける不便損失は多大なものであるところから、基地拡張に反対することとなり、反対同盟あるいは行動隊を結集して、殆んど町を挙げて反対の意思表示をすると共に、関係官庁及び政府当局に対し、再考を促してその撤回を求むべく、極力陳情運動に乗り出した。
[4] しかし、度重なる陳情も、一同顧慮せられることなく、当該主管官庁である特別調達庁においては、既定の方針に従い、予備測量等の手続に着手することとなつた。
[5] かくて、陳情交渉が効を奏せず、空しく終ると知るや、失望した同町民等は、政府の態度に慊らずとして、反対運動を強化するため、これまで労働組合の支援を拒否してきた態度を改め、遂に労働組合その他の各種団体に支援を依頼することとなり、t遂に運動は、砂川町から一転して広汎な全国的運動へ展開して行つた。そして、昭和30年9月12日頃から14日頃にわたり、東京調達局が日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法及び土地収用法に基づくいわゆる骨骼測量に着手するや、これを阻止しようとする同町民等の反対に遭い、遂に初めて警察官の出動を見るに至り、負傷者すら出す始末に立至り、状勢は一路険悪化への道を辿つた。そして、さらに、同年11月5日及び9日にわたり、東京調達局が前記特別措置法及び土地収用法に基づく土地細目測量に移るや、これを阻止しようとする砂川町民及びこれを支援する労働組合員と警察官との間に、ふたたび衝突が起つたが、翌31年8月前記特別措置法に基づき総理大臣の使用認定がなされ、同年10月13日測量開始せられるに至つて、その頂点に達し、遂に双方の間に乱闘流血の惨事を惹き起すに至つた。一方、土地所有者等は、昭和31年3月及び4月頃、国を相手として、契約解除、土地明渡請求訴訟等を東京地方裁判所に提起して法的手段によつてこれを争うと共に、その運動の性格も自然発生的な農地擁護運動から、政治的な憲法擁護の平和運動へと転化し、他方、町民を支援する労働組合員、学生、各種団体員等も次第にその数を増し、対立は激化していよいよ深刻となり、情勢険悪化した緊張裡に、昭和32年7月8日の本件本測量の日を迎えたのであつた。
[6] かくて、東京調達局においては、前記特別措置法及び土地収用法により、昭和32年7月8日午前5時15分頃からアメリカ合衆国空軍の使用する前記立川飛行場内民有地の測量を開始したが、かねてよりこの測量に反対していた砂川町基地拡張反対同盟員及びこれを支援する各種労働組合員、学生団体員等千余名の集団は、同日早朝から右飛行場北側境界柵外に集合して反対の気勢をあげ、その中の一部の者により、滑走路北端付近の境界柵は数十米に亘つて破壊された。
[7] 被告人坂田茂、同菅野勝之、同高野保太郎、同江田文雄、同土屋源太郎、同武藤軍一郎は、右集団に参加していた者であるが、共同して、同日午前10時3、40分頃から午前11時頃までの間に、正当な理由がないのに、アメリカ合衆国軍隊が使用する区域であつて、入ることを禁じた場所である前記立川飛行場内に深さ約4、5米に亘つて立入り、
[8] 被告人椎野徳蔵は、同日午前10時30分頃から、午前11時30分頃までの間に、正当の理由がないのに、同じく右立川飛行場内に深さ約2、3米に亘つて突立入つたものである。
[9] 本件、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反被告事件は、昭和34年3月30日東京地方裁判所が第一審として判決の言渡をなし、これに対し検察官から刑事訴訟法第406条、同規則第254条に基づき、最高裁判所に対し上告の申立をなし、同裁判所において審理の結果、同年12月16日原判決を破棄し、これを東京地方裁判所に差戻す旨の判決の言渡があり、当裁判所において、審理することとなつたものである。
[10] よつて、まず、当裁判所が本件を審理判断するに際り、その前提となるべき右判決の拘束力について考察する。
[11] 裁判所法第4条によれば、上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する、と規定せられているので、最高裁判所から本件の差戻しを受けた当裁判所は、その審理及び判断にあたり、当然に、右最高裁判所の判断に拘束せられ、これと異別の判断をすることは、全く許されないのである。而して、右判断の拘束力は、原判決破棄の理由となつた判断事項、すなわち、裁判の主文を基礎づける直接の理由として示された判断について生ずるもの、といわなければならない。
[12] ところで、本件最高裁判所の判決は、日米安全保障条約に基づく米軍の駐留は、憲法第9条に違反するものとした原判決の見解を否定し、
[13] まず、その第一項において、憲法第9条第2項前段の規定の意義について判断し、その前提として、同条第1項は、戦争を放棄し、戦力の保持を禁止しているのであるが、これによつて、わが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものでなく、わが国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことであり、憲法は、その措置を、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定していないのであつて、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式または手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができ、他国に安全保障を求めることを何ら禁ずるものではない、と判示し、従つて、憲法第9条第2項が、その保持を禁止した戦力とは、我が国が主体となつて指揮権、管理権を行使しうる戦力をいい、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、我が国が指揮権管理権を有しない限り、同条項にいう戦力には該当しない、と判断しているのである。
[14] そして、さらに第二項において、アメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法第9条、第98条第2項および前文の趣旨に反するか否かの判断には、右駐留が日米安全保障条約に基づくものである関係上、右条約の内容が憲法の前記条章に反するか否かの判断が、前提とならざるをえないが、右安全保障条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に、極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するもの、というべきであつて、その内容の違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則として、なじまない性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであり、このことは、本件安全保障条約(または、これに基づく政府の行為)が違憲であるか否かが、本件のように(行政協定に伴う刑事特別法第2条が違憲であるか否かの)前提問題となつている場合であると否とにかかわらない、と判断し、かくて、アメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法第9条、第98条第2項および前文に反して違憲無効であることが、一見極めて明白であるとは、到底認められない、と判示し、さらに、なお、行政協定は、特に国会の承認を経ていないが、違憲無効であるとは認められない、と判示しているのである。
[15] これに依つて是を観れば、叙上の判断は、いずれも差戻前における第一審判決の判断を否定した主文の基礎となる直接の理由を成しているもの、と解することができ、このことは、また、検察官の上告論旨および右第一審判決と対照するも、明白である。
[16] 然らば、当裁判所は、右の判断に拘束せられ、これに牴触する判断をすることは、許されないものである、といわねばならない。
[17] 従つて、当裁判所は、ただ、本件被告人等の所為が、右刑事特別法第2条所定の構成要件を充足し、有責かつ違法なる行為であるか否かを審理判断する、権義を有するに止まる。
(1) 裁判所法第4条について
[18] 弁護人は、本件につき最高裁判所の下した判決は、憲法第9条に違反するものであるところ、上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する、旨規定する裁判所法第4条は、憲法に従属する単なる法律にすぎず、従つて最高裁判所において憲法に違反する判決をした場合においては、下級審の裁判所は、その判断に拘束されることはない、と主張する。
[19] しかし、憲法の解釈についての最終の判断権は、最高裁判所の権限に属することは、憲法自体がこれを定めているのみならず、裁判所法第4条は、上級審の裁判所が、特定の事件につき、下級審の裁判所の裁判と異る判断をして、これを破棄差戻した場合、下級審の裁判所が、上級審の判断に従う要なしとするときは、判断対立したまま、これを収拾するに由なく、事件は徒らに両裁判所の間を往復するのみで、その終局的解決は、ただに遅延するのみが、遂には期待しえぬ事態すら想像され、審級制度設置の趣旨にも反するところから、その権限行使を統一する目的で設けられた規定と解せられ、従つて階層的審級制を前提とする以上、これに伴う必然の制約といわねばならず、また憲法(第76条第1項)自ら裁判制度における審級制を予定しているところであるから、下級裁判所たる当裁判所が、最高裁判所の上記の判断に拘束せられるものとすることは、むしろ憲法の認めた審級制の要請するところに外ならないものというべく、弁護人の所論は、これと前提を異にし採用できない。

(2) いわゆる違憲無効が「一見極めて明白」なりやについての拘束力について
[20] 弁護人は、前記最高裁判所の判決中の「違憲無効であることが一見極めて明白であるとは認められない」との判断は、事実認定の問題であり、その判断の前提たる事実の認定に誤認の存する以上、その判断は、当裁判所を拘束するものではない、旨主張する。
[21] しかし、冒頭すでに検討した如く、最高裁判所は、前記条約等につき、例外的には司法審査権が及ぶとした右「一見極めて明白に違憲無効である」か否かの点に限り、これを審査して、「違憲無効であることが、一見極めて明白であるとは到底認められない」と判示しているのであり、しかもその判断は、米軍駐留に伴う基地の存在についての事実認識を前提とするもの、と解せられるから、その判断が、当然当裁判所を拘束するものであることは、さきに裁判所法第4条についての弁護人の主張に対する判断において説示したとおりであつて、これと異る見解に立つ弁護人の所論は、採用することができない。

(3) 新安保条約等は不成立であり、本件を処罰するは、憲法第31条に違反するとの主張について
[22] 弁護人は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下新安保条約と略称する)及び日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下新協定と略称する)並びに日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律(以下整理法と略称する)等一連の関係法令は、国会の審議権を無視して議決せられたものであるから、いずれも有効に成立していないのであつて、かかる不成立の改正刑事特別法によつて処罰することは、罪刑法定主義に違反し、憲法第31条違反であると主張する。
[23] 所論の如く、国会で右条約等の審議議決に際し、議事が混乱を極わめたことは公知の事実に属し、殊に、第34回衆議院日米安全保障条約等特別委員会会議録第37号(昭和35年5月19日)末尾の記載によれば、成程「午後10時25分…………小沢委員長、休憩前に…………(発言する者、離席する者多く、議場騒然、聴取不能)…………。午後10時27分。」とあるのみで、その他の審議の経過の記載を欠くのであるが、これに続いて、「(参照)衆議院公報第109号(一)(昭和35年5月19日)に掲載された5月19日の日米安全保障条約等特別委員会の議事経過は、次の通りである。△日米安全保障条約等特別委員会(第37回)、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約の締結について承認を求めるの件(条約第1号)、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の締結について承認を求めるの件(条約第2号)、右両件は、いずれも承認すべきものと議決した。日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律案(内閣提出第65号)、右案は、原案の通り可決した。」との記載があり、なお、これら条約、および法律案に関する報告書は、別冊附録に掲載してあり、さらに昭和35年5月20日官報号外、衆議院会議録の記載によれば、昭和35年5月20日午前0時5分本会議、小沢佐重喜日米安全保障条約等特別委員長より日米安全保障条約特別委員会における審議の経過並びに結果の報告あり、「……5月19日椎熊委員より質疑打ち切りの動議が提出せられ、採決の結果、右動議は可決せられた。」清瀬議長、起立総員、委員長報告通り可決。(散会午前0時19分)との記載があり、なお、昭和35年7月15日官報号外第34回国会衆議院会議録追録には、日米安全保障条約等特別委員長小沢佐重喜より昭和35年5月19日附にて、衆議院議長清瀬一郎宛、(イ)「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約の締結について承認を求めるの件に関する報告書」。承認すべきものと議決。(ロ)「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の締結について承認を求めるの件に関する報告書」。承認すべきものと議決。(ハ)「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律案(内閣提出)に関する報告書」、可決すべきものと議決、との記載があり。また、第34回参議院日米安全保障条約等特別委員会会議録によれば、日米相互協力及び安全保障条約の締結に伴う関係法令の整理に関する法律案につき、昭和35年6月20日午前10時2分、質疑終局、討論省略、採決、総員起立、本法律案可決の記載あり。さらに、前同日付官報号外によれば、同法律案に関する特別委員会における審議の経過並びに結果報告。草葉隆円特別委員長より報告。討論省略、全会一致原案通り可決と決定と報告。松野鶴平議長、総員起立、全会一致可決。との記載並びに前記両条約は、憲法第61条により、衆議院の議決が国会の議決になつた旨通知書受領なる記載があつて、以上の記載に徴すれば、審議の経過に異常な波乱のあつたことは窺えるが、議院の会議及び手続については、憲法(第56条以下)及び国会法(第55条以下)に定むるものの外は、憲法自ら(第58条第2項)、これを専ら国会の自律的措置に委ねていること、憲法(第56条以下)及び国会法(第55条以下)並びに衆議院規則、参議院規則の各条規に照らして明白であり、本件審議が特段に右憲法及び国会法の各条規に違反するものでなく、かつ、国会自らその自律的内部的規程である各議院規則に格別牴触しないものと判断している以上、右審議は適法に行なわれたものと解する外なく、従つて前記条約及びこれに伴なう一連の法律は、結局成立に必要なる要件を充足して適法に成立したものと認められるので、これら法律の不成立を前提とする弁護人の憲法第31条違反の主張も採用することができない。

(4) 整理法附則第15条の憲法第31条違反との主張について
[24] 弁護人は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律附則第15条によれば、この法律の施行前にした行為及び云々(中略)に対する罰則の適用については、なお従前の例による、と規定せられているが、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法(以下、旧刑事特別法と略称する。)と、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法(以下、改正刑事特別法と略称する。)とは、新旧安全保障条約並びに協定にそれぞれ対応するものであつて、形式内容共に別個の法源に基づくものである。従つて、旧刑事特別法第2条の区域及び施設と、改正刑事特別法第2条の区域及び施設とは、構成要件の内容を異にし、いわゆる読み替えの立法措置には、なじまない性質のものであるから、旧刑事特別法が、すでに廃止せられた現在、右附則により処罰することは、憲法第31条の罪刑法定主義に違反する、と主張する。
[25] よつて、この点につき審究するに、旧刑事特別法が旧行政協定を実施するために必要な国内法として制定された刑事上の実体法及び手続法に関する特別法であることは、所論のとおりであるが、法形式上から見れば、行政協定とは別個の独立した国内法であるから、行政協定の効力もしくはその適用の有無に拘りなく、これが廃止の手続の執られない限り、依然国内法として有効に存続することは明かなところでにる。従つて、行政協定の廃止と同時に成立した、これと目的、内容及び性質を同じくする新協定の実施のため、新たな立法措置を講ずることなく、既存の刑事特別法を別個独立の法律によつて整理改正して、その実施に適応せしむることは、もとより可能であつて、事は単に立法技術上の措置に止まり、毫も法の成否に消長を来たすものではない。
[26] そして、また右経過規定は、改正前の罰則違反行為について、刑の廃止の論議の余地を絶つために設けられたものと解すべきこと、この種の経過規定の設けられている他の一般の立法例と異るところがないのであるから、単に新旧刑事特別法の源泉の異別なることを前提として、右附則の効力を否定し、ひいては憲法第31条に違反する旨主張する弁護人の所論も、また採用することができない。

(5) 旧刑事特別法の白地が補充されないから、本件を処罰することは、憲法第31条違反であることの主張について
[27] 弁護人は、旧刑事特別法第2条は、安全保障条約及び行政協定により補充さるべき内容を有する、いわゆる白地刑法であるところ、同条約等は廃止され、新条約等も成立していないのであるから、白地規定を充足するものがなく、従つてこれによつて処罰することは憲法第31条の罪刑法定主義に違反すると主張する。
[28] しかし、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律附則第15条の経過規定の有効に成立したこと、前段説示のとおりであるから、旧刑事特別法第2条が白地刑法であるや否やの判断を俟つまでもなく、これによつて処罰しうることは明らかであつて、これと異る前提に立つ弁護人の所論は採用することができない。

(6) 刑の廃止の主張について
[29] 弁護人はまた、新安全保障条約及び新協定は、憲法第9条に違反し発効せず、従つてこれに対応する改正刑事特別法も成立しない以上、旧刑事特別法は、白地を補充すべき保護法益を失つて当然失効するものであるから、本件は刑の廃止があつた場合に相当し、先に政令第325号占領目的阻害行為処罰令違反事件につき、最高裁判所が下した判決の趣旨に照らして、免訴の言渡をなすべきであると主張する。
[30] しかし、その理由のないことは、上来説示してきたところに照して明らかであり、弁護人引用の右判例は、事案を異にする本件には適切ではない。
[31] よつて右主張も採用できない。

(7) 当裁判所のいわゆる舞鶴事件の判旨を援用する主張について
[32] 弁護人は、いわゆる舞鶴事件につき、当裁判所がした判決(昭和31年5月14日)を引用し、同判決の趣旨に照らし、本件被告人等の所為はその動機目的において正当であり、そのための手段として相当であり、その行為によつて保護しようとした法益は、損傷された法益に比し、比較に値いしない程大であり、法律秩序に適応するものであるから、違法性を欠き、罪とならないと論ずる。
[33] しかし、右事案は、中国から引きあげた帰国者の大会が舞鶴援護局内の寮内で開始されたところ、帰国者の要望により、会議の途中から司会者は大会を非公開で行うことを宣言し、帰国者及び来賓を除く部外者の退場を命じたので、現にそれらの者は退場したにも拘らず、援護局非常勤職員某がひそかに会場に残留しメモをとつていたのを発見され、帰国者達から、その身分、不退去の理由を問いただされたが、同人が逃げ出そうとしたので、さらに司会者等が同人にその姓名、身分、不退去の理由を尋ねたが、同人は、これらの質問に全く返答しないばかりか、ズボンポケットに両手を入れ、紙片を揉み破るような不審な仕草を続け、再三要求されて漸く自発的に出したメモ帖に、大会経過の内容のみならず、他に種々不審な記載があり、さらに被告人甲が取出した腕章には、援護局職員であることの表示が認められる等外形上同人が援護局職員として、帰国者の行動を監視し、その思想行動を調査しているものとの疑惑が深められ、さきにいわゆる白竜丸事件の発生によつて官憲による思想調査、中国軍事情報調査を極端に嫌悪し、警戒し、政府に対する要望事項中に特に一項を設け、これら調査を行わないよう強く望んでいた関係もあつたところから、引続き右の不審行為を質問することとなつた。が、大会場における本来の議事を進行させると同時に同人に対する質問を比較的平穏な方法で効果あらしむるため、隣室食堂で被告人甲、乙及び帰国者代表等12名の調査員によつて、午後9時頃から質問が開始されたが、同人の態度は依然として変らず、午後12時を過ぎてしまつたので、被告人乙は、同人に腕時計を示し、繰返えし説得した結果漸く援護局の同僚職員某から依頼されて、大会場に潜入した旨述べるに至つたが、大会場以外で記入したと認められる戦犯者の調査等に関するメモについては沈黙を続けていた。しかし、その頃、大会は、同人に対する調査及び今後の援護局との折衝は、調査員に一任すると決議して解散したので、被告人乙は、間もなく調査を打切ろうと発言し、他の調査員も同意して、調査を中止した。という認定事実にかかるものであつて、
[34] 右のような経過の下に、事情を尋ね、さらに不審な行為を質問し、そして大会場において、その本来の議事を進行させると同時に、同人に対する質問を比較的平穏な方法で効果あらしめるため、隣室食堂で小数の調査員を以て行う行為は、その目的が帰国者の思想表現の自由に対しなされた侵害を回復する手段を発見し、併せて将来予想される同種の侵害を防止する対策を講ずるため、不審の点をただして疑惑を闡明しようとするものであり、かつその手段としての質問は、終始説得的で暴力を振うことなく、ただ右某が、いずれの場所においても殆んど自発的な応答をしなかつたため、調査の時間が延引し、しかも右某が同僚から依頼されて大会場に残留しメモをとつていた旨述べて後間もなく、調査を打切つた事実の経過を併せ考えれば、健全な社会の通念に照らし、その目的において正当であり、手段方法も亦相当と認められ、その内容としての抑留も、それにより右某に対し加えられた身体の自由の侵害は、右某によつて帰国者等が受けた集会、結社、思想、表現等の自由の侵害の程度に比較し、その程度を超えるものとは認め難いし、また、事をうやむやに終らせないためにもやむを得なかつたものとして、全体として相当と認められるとして、右の行為は、正当防衛、緊急避難ないし自救行為のいずれにも該当しないが、実質的違法性判断の基準に照し、超法規的に現在の法律秩序の精神に違反せず是認される行為と認め、その根拠を刑法第35条に求めたものである。
[35] 従つて、右事案は、行為の内容、手段方法及び態容等において、本件とは全く案件を異にすること、上来説示したところに徴し容易に看取されるのであるから、弁護人引用の右判旨は、異る事案の前提に立ち、本件には適切ではない。

(8) 当裁判所の強盗傷人事件の判旨を援用する主張について
[36] 弁護人は、被告人椎野を除く爾余の被告人等は、入ることを禁じた場所である前記立川飛行場内に、僅か4、5米、被告人椎野は2、3米立入つたのみであるから、当裁判所の昭和31年7月27日の判決の趣旨よりして、被告人等の本件行為は刑事特別法の構成要件を充足しない旨主張する。しかし、右事案は、強盗傷人罪にかかり、その傷害の程度が、医師の診断書によれば、左耳後部付近の小指頭大の挫傷並擦過傷とせられているところ、被害者に自覚症状もなく、医師も何等手当の必要を認めず、かつ日常生活にも毫末の支障を来さない程度のものであつたところ、周知の如く従来からの判例、殊に刑法第181条の強姦致傷罪における傷害につき判示した最高裁判所の判決(昭和24年12月10日判決)によれば、軽微な傷でも人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法にいわゆる傷害と認むべきであると判示しておるところから、これら判例の趣旨並びに事案に即応しつつ、(該事案において下口唇部口腔粘膜裂創、右頬部及外觜及腹部爪掻傷)同一保護法益を内容とするこの種の犯罪のすべての場合につき比較検討し、各法条の立法趣旨、社会通念にあわせて、とくに強盗傷人罪と単純強盗罪との法定刑の権衡等を顧慮し、日常生活において人の健康状態に不良の変更を加える程度にいたらない、一般に看過される程度の毀損、例えば殆ど脹痒を感じない微小な表皮剥落、腫脹、短時間で自然に快癒する疼痛の如きは、医学上これを創傷、病変と称しえても、法律上本罪の傷害を以てこれを論ずることができず、本罪の構成要件として必要な反抗抑圧程度の暴行の観念に含まれるものと判示したに止まり、保護法益を異にし、事案の意義の異る本件の場合に類推するは適切ではない。
[37] よつて右主張も、これを採用することができない。

(9) いわゆる一厘事件の判旨を援用する主張について
[38] 弁護人は、本件被告人等の所為が、刑事特別法第2条に該当するとしても、本件はその犯情よりして極めて零細な反法行為であるから、いわゆる一厘事件(大審院明治43年10月11日判決)の判例の趣旨に照らし、犯罪を構成しない旨主張するのであるが、右一厘事件の判例は、国家財政に関する煙草専売法違反の事件にかかるものであり、周知のように明治40年当時の経済状態の下で価格一厘に相当する葉煙草を政府に収納しなかつたという、むしろ財産犯罪的性質を帯びた犯行に関するものを零細行為として不問に付した極めて特殊な事例に属するものであつて、本件のようにその法益を異にする国際法上の条約に基ずく禁止区域を侵す事案には、適切なものではない。

(10) 憲法第13条第14条違反の主張について
[39] 弁護人は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法第2条は、これに対応する一般刑罰法規たる軽犯罪法第1条第32号に比しその法定刑重く、一般国民よりも駐留軍を厚く保護しているのであるから、刑罰の権衡を失するものであつて、個人の尊重を規定する憲法第13条、法の下の平等を規定する憲法第14条に違反し無効であると主張する。
[40] しかし、所論の刑事特別法及び軽犯罪法の法定刑の権衡は、ひつきようするに単に立法機関の裁量権に属する立法政策上の問題にすぎないのであつて、憲法第13条に反するものでなく、また憲法第14条の関するところではない。よつて、弁護人の右主張も採用できない。

(11) 抵抗権の主張について
[41] 弁護人は、さらに、本件被告人等の所為は、叙上の動機、目的等よりして、政府の違憲行為に対する抵抗権の行使であると主張するものの如くであるから、この点につき判断を加える。
[42] いわゆる抵抗権と称されるものは、甚だ多義かつ広汎にわたり、権利としての性質、内容必ずしも明白とは云えず、弁護人の指向するところも、また必ずしも明確とは云い難いが、これをその主張内容に即して検討してみれば、
(1)その指向する抵抗権を、他の憲法の立法例に傚い、憲法に違反して行使された公権力に対する抵抗は、国民の権利であり、義務であるという趣旨のものと解するならば、事は、すでに最高裁判所の判断したところにかかり、政府の行為が、憲法に違反しているものとは認められないとしているのであるから、弁護人の所論は、その前提を欠くもので採用するに由なく、
(2)また、その抵抗権というところも、その論旨より見るときは、結局、いわゆる違法性阻却事由としての正当性ないしは社会的相当性の範疇に帰着するものの如くであつて、この点については、後段において詳しく判断するところに譲る。
(3)仮りに、その抵抗権にして、実定法秩序外の世界の秩序の価値観(あるいは義務)による実定法秩序の価値(あるいは義務)の拒否を本質とするいわば固有の抵抗権を意味するものとすれば、いわゆる危急存亡の秋などの如き最も極端、最悪異例の場合を指称することとなり、本件がかかる場合に該当するものとは、到底認めることができないのであるから、結局抵抗権の主張も理由がない。

(12) 過剰防衛の主張について
[43] 弁護人は、仮りに被告人等が刑事責任を免れないとしても、被告人等の本件所為は、刑法第36条第2項にあたる、と主張する。
[44] しかし、本件被告人等の所為が、もともと正当防衛に該る場合でないこと、上来説示してきたところによつて明らかであるから、いわゆる過剰防衛の観念を容るる余地なく、従つて弁護人の右主張も採用できない。

(13) 違法性阻却の主張について
[45] 弁護人は、被告人等の本件立入り行為は、社会的相当行為であり、社会倫理的規範に反しないから、刑法第35条にいわゆる正当行為にあたり、違法性は存しないと主張し、その理由として、要するに、
(1)被告人等の動機、目的は、憲法の平和原則と砂川住民の生活権を守るためであつたのであるから被告人等が本件所為に出でたことは正当である。
(2)被告人等がかかる行為に出たことについては、その必要性と緊迫性があつたのであり、それは、本来憲法を遵守すべき政府が、憲法を尊重することなく、憲法第9条の戦争放棄の条項を敵視し、なしくずしにしたことに根本原因が存し、しかもこれによつて農民の生命である土地が奪われ、生活が脅やかされただけでなく、砂川町に諸種の悪影響を与えたところから、砂川農民中土地の強制収用の認定を受けた所有者は、内閣総理大臣を相手に土地収用認定無効確認訴訟を提起し、また、米軍によつて実力により接収された土地の所有者は、国を相手に土地の渡明訴訟を起し、現在いずれも東京地方裁判所に係属中であるにも拘らず、政府は土地収用特別措置法により土地収用の手続の挙に出たところから、これに激昂したことは当然であり、また、政府、国会、調達庁、都庁等関係の行政官庁に陳情したにも拘らず、極めて冷淡な扱いをうけ、陳情の効果は少しも挙らず、他方多くの人々が砂川基地拡張反対運動に加わり、測量反対の意思を表明したが一顧だにもされず、強引に強制収用手続が進められ、しかも数次にわたる警察官の実力行使によつて警察官との衝突が発生するに至つたのであつて、本件事故は当然起るべくして起つたものであり、砂川農民及び支援協の人々が、基地外周辺に多数集合して測量に反対し、基地内の測量班及び警察隊に対して話合いを求め、又測量中止を求めたにも拘らず、従来と同じく一顧だにされなかつたため、平和憲法を守り、農民の土地取り上げに反対する目的と動機の下に、基地内に立入つたのであり、
(3)その手段、方法にも一定の限界が存し、立入りの深さも僅か4、5米、立入り時間も合計約1時間前後の短時間であつて、而もその土地は、元々農民の土地であり、既に賃借期限が満了し国の占有自体違法な状態にあるところへ、協議のため立入つたのであつて、飛行場の機能に影響せず、従つて手段方法は相当であり、
(4)被告人等が防衛しようとした法益は憲法の平和原則であり、砂川農民の土地の安全であり、損傷された法益は刑特法第2条の合衆国軍隊の構成員及び軍属並びに家族とこれらの者の財産の安全に必要な範囲に限定されるのであるが、これらの安全には何等の影響をも及ぼすものでなかつたから、その侵害度は零に近いものである。従つて被告人等が守ろうとした法益が、検察官の主張より損傷を受けた法益に比して圧倒的に優越している。
[46] 従つて、本件被告人等の行為は、法秩序の根本原理に適合する適法行為であり、形式的に構成要件に該当するとしても、実質的な違法性を欠く社会最相当行為であるから、罪とならないと論ずる。
[47] 弁護人が、いわゆる社会的相当行為論を援用し、あるいは正当行為と主張するところは、刑法第35条に依拠して、結局いわゆる行為の実質的違法性を阻却するとの論に帰着するのであるが、当裁判所も、また、行為の違法性を実質的に理解し、社会共同生活の秩序と社会正義の理念に照らし、その行為が法律秩序の精神に違反するか否かの見地から評価すべきものであつて、若し右行為にして健全な社会の通念に照らし、その動機、目的において正当であり、そのための手段方法として相当とされ、またその内容においても、行為により保護しようとする法益と、行為の結果侵害さるべき法益と対比して均衡を失わない等相当と認められ、行為全体として社会共同生活秩序と社会正義の理念に適応し、法律秩序の精神に照らして是認できるかぎり、刑法第35条の法意に依拠して、超法規的に行為の形式的違法性を打破し、犯罪の成立を阻却するもの、と解するを相当とするから、この見地に立つて審究する。
[48] そこで、先ず、本件発生当日の現場の模様、並びに被告人等が当日とつた行動等、本件被告人等の行為当時の状況について検討を加えて見る。
[49](1)被告人等が本件砂川基地に立入つた当日の7月8日の早朝(午前4時頃)、本件中央滑走路を中心として左右の柵沿いに、「合衆国区域在日合衆国軍隊の許可なき立入は、日本国の法令により処罰される」旨記載してある立札計6本が立てられていたことは、差戻前の第一審第4回公判調書中の証人井口久の供述記載によつて認めることができる。
[50](2)また、同日午前11時頃、警察官側の宣伝カーが、本件飛行場に立入つた者に対し、現在の状態は刑事特別法第2条の違反である旨をマイクを通じて警告していたことが、同じく第5回公判調書中の証人山下建三の供述記載に徴し認めることができ、(尤も、同証人の供述記載によれば、午前11時過頃とあるが、かかる状態が継続していたればこそ、警告発せられたものと認められるばかりでなく、同所に立入つた証人関口和、同岡本丑太郎も、これを聴取した旨の供述をしているのであるから、右の時間は正確とは云えず、少くとも被告人等の立入つていた当時発せられていたものと認めるを相当とする。)、当審証人関口和、同岡本丑太郎もまた、いずれもこれを肯定する供述をしているのである。
[51](3)そして、当日の闘争方針として、砂川基地拡張反対支援協議会常任闘争委員会は、基地の柵外で合法的に行動することを決定しただけであつて、基地内に入るという事態が発生するとは考えていなかつたこと、差戻前の第一審第12回公判調書中の証人芳賀民重、同飯島政則の各供述記載によつて明らかであり、さらに、
[52] 社会党軍事基地対策委員会事務局長である証人西村力弥の前同第14回公判調書中の供述記載によれば、基地の柵の中へ入ることは、最初行くときの方針としては、やるべきでないという考えでいたということであり(検察官の反対尋問に対する供述)、また、社会党東京都連合会軍事基地対策委員長である証人山川国蔵の前同公判調書中の供述記載によるも、柵を壊したり、基地の中へ入ることは、基本的作戦会議では考えられていなかつた(検察官の反対尋問に対する供述)、ことが明らかであり、また、川崎製鉄所労働組合教宣部長である証人樋口徳次の前同第15回公判調書中の供述記載によるも、基地内に入るという意思は、全然なかつたということであり、
[53] さらに、いわゆる全学連として行動した証人岸正幸の前同第16回公判調書中の供述記載によれば、基地の中に入つてまで測量を阻止するという指令は受けていなかつたことが認められ、また、これと符節を合する如くに、前同公判調書中の証人森田実の供述記載によれば、昭和32年7月7日、砂川における全学連の組織として、自治会代表者会議が開かれ、同証人のほか中央執行委員長、書記長小野寺正男、副委員長小島ひろし、都学連委員長土屋源太郎の4名が出席した席上でも、基地の柵を破つてまでも測量を阻止するのだ、という話合いは出ていなかつたし、決議もしなかつた。また、全学連の指導者会議においても、そういう話は出なかつた。四者会談の決議に従つた行動をとるのが全学連の態度であつた。砂川基地闘争方針は、全学連も都学連も同じである、としているのであつて、
[54] 以上の証拠により明らかなように、当日の統一行動の方針としては、飽迄柵外における合法的な反対運動が企図せられており、基地内に立入ることは、全く考慮の外にあつたものであつて、従つてまた、立入りの決定は、もとより、その指令も示されていなかつたことが認められるのである。
[55](4)そして、本件発生日時頃、測量反対の気勢を上げるため、前記滑走路北端柵外に集合した支援労働組合員、学生、団体員等の数は、差戻前の第一審第5回公判調書中の証人山下健三の供述記載によれば、約2千5、6百人、同第17回公判調書中の証人久保卓也の供述記載によれば、約2千人から2千数百人、同第12回公判調書中の証人飯島政則の供述記載によれば、約千人から千2、3百人と、それぞれ目算されているのであるから、仮りに飯島証人の目算による最低数をとるとしても、少くとも千余名の者が前記場所に集合したこととなり、しかもそのうち基地内に立入つた者の数は、前記久保証人の供述記載によれば、3百数十名と目算されているのであるから、結局立入つた者の数は、全集合者の一部にすぎないことが明らかである。
[56](5)進んで被告人等の本件立入り行為の状況を検討するに、
 被告人坂田については、差戻前の第一審第13回公判調書中の証人横山進の供述記載部分及び証10、11の写真、
 被告人高野については、前同第8回公判調書中の証人石田登、同横瀬治利、同谷合精一の各供述記載部分及び証13の写真、
 被告人菅野については、前同第8回公判調書中の証人小山覚三、同第15回公判調書中の証人島田浩一郎の各供述記載部分及び証8、13の写真と、
 以上の3名につき、さらに、前同第7回公判調書中の証人熊倉留吉、同中川喜英、同第8回公判調書中の証人青木勝吉の各供述記載部分及び証12の写真、
 被告人椎野については、前同第7回公判調書中の証人池戸憲幸、同小暮乙丸、同第9回公判調書中の証人多田隆之、同大津勇の各供述記載部分及び証26ないし30の写真、
 被告人江田については、前同第7回公判調書中の証人坂本隆二、同第11回公判調書中の証人古館昭一の各供述記載部分、及び証17、18、22の写真、
 被告人武藤については、前同第9回公判調書中の証人永広良弘の供述記載部分及び証17、18、20の写真、
 被告人土屋については、前同第9回公判調書中の証人福永敏雄の供述記載部分及び証17、18、21、22の写真
によれば、被告人等が、いずれも当時基地内にあつて、それぞれ最前線に位置し、その行動が活発で指導的積極的であつたことが認められる。
[57] 以上の事実並びに被告人等の当公廷の各供述を綜合すれば、被告人等は、右基地立入りは禁止されており、これに立入るにおいては、当然処罰上の問題のおこることを熟知しており、さらに警察側からこれに関する警告が発せられていたにも拘らず、これを無視してあえて本件基地内に立入り、しかも立入り後の行動が活発で指導的かつ積極的であつたこと、並びに、当日の基地反対闘争方針は、あくまで合法的に右基地柵外で行動するということであつて、基地内に立入るが如きことは、全く考慮の外にあつたもので、被告人等の立入行為は、右の闘争方針からも逸脱したものであつたこと、及び右基地内に立入つた者は、当日同所に集合した者の一部に過ぎなかつたことが、認められることと、これに後記の如く、侵害された法益が、場所の平穏であることを考慮して、前記違法性阻却の基準に照らすときは、仮りにその動機、目的において正当であつたとするも、また、その侵入時間、距離の長短に拘らず、その手段方法において相当であるとは、到底認めることができないばかりでなく、行為全体として社会共同生活の秩序と社会正義の理念に適応し、法律秩序の精神に照らして是認せらるべきもの、と言い難いこと、また極めて明白である。
 のみならず、
[58](1)弁護人の主張するように、本件立川飛行場民有地については、土地所有者等から東京地方裁判所に対し、国を相手方として昭和30年10月22日から昭和32年2月13日までに行政訴訟4件、また昭和31年4月28日民事訴訟1件が提起され現に同裁判所に係属中ではあるが、右行政訴訟については、行政事件訴訟特例法第10条による執行停止の申立もなく、また、右民有地については、立入り禁止の仮処分の申請をしたところ(昭和30年(ヨ)第3746号、第3823号)、昭和30年7月21日同申請を却下の決定があり、さらにこれに対し抗告の申立をした後、同年8月31日右抗告の取下げをしたことも、当裁判所に顕著な事実である。
[59] 而して、弁護人主張の如き必要性緊迫性ありとするならば、右行政訴訟事件につき、行政庁の処分の執行に因つて生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要ありとして、処分の執行停止命令を求め、あるいは、また民事訴訟についても、立入り禁止の仮処分申立却下の決定に対しても、抗告を維持する等飽くまで法的措置によつて争うべきことこそ、法治国民として採るべき方策であり、また当然の責務であるというべきに拘らず、前叙の如く採るべき手段を尽さず、単に訴訟係属中の一事を以て直ちに本件土地収用特別措置法に基づく測量の開始に激昂してこれを阻止するため、本件のような実力行使の所為にでるが如きは、法秩序の域を越えたものであつて、その必要性、緊急性の事由としても認めるに足りないものといわねばならない。
[60](2)また、弁護人が、手段方法の相当性の事由として主張する、本件民有地の賃貸借契約は、期限満了に因り、すでに終了したのであるから、その占有は違法であり、違法な占有状態の場所に抗議のため立入つたにすぎない、とする点についても、証人長谷緑谷、同小野寺正臣、同岡本丑太郎、同関口和、同田上久信、同宮岡政雄並びに被告人等は、いずれも当公廷で同旨の供述をしているばかりか、進んで立入り権ある旨の供述をしているのであるが、前叙の如く、本件民有地については、行政訴訟及び民事訴訟が提起せられて既に尚係属中であり、しかも行政庁の処分に対する執行停止命令も求めず、また立入り禁止申請の仮処分却下決定に対し、抗告も維持することなく、これを取下げた事実に照せば、本訴判決あるまでは権利の終局的帰属は未決定の状態にあるとはいえ、右立入り禁止場所が、当初賃貸借契約によつて適法に設定された以上、なお占有は一応適法に継続しているものと推定されていること、なおこの種の一般事件と何等異るところがないのであるから、あえてその権利の擁護のための緊急必要なる法的手続を採ることなく、直ちにこれを違法なる占有と断じて本件所為にでることは、もとよりその行為の違法性を排除するに足る事由となしがたく、その手段方法において相当であるとはいいがたいのである。
[61](3)さらに弁護人の主張の論拠の一つであるいわゆる法益権衝論の見地からも検討するに、刑事特別法第2条の保護法益は、弁護人の主張するような、単に合衆国軍隊の構成員及び軍属並びに家族とこれらのものの財産の安全に必要な範囲にとどまるものではなく、同条と構成要件を共通にする刑法第130条とを比較するならば、合衆国軍隊の構成員、軍属若しくは家族の住居邸宅または合衆国軍隊の管理する兵舎等の建造物、軍艦に侵入する行為は右刑法の条規によることとなり、本件飛行場のように特に軍当局から立入りを禁じられた場所については、刑事特別法第2条の適用があると解せられるのであつて、そのことは、また、行政協定第17条第3項(c)、同第23条前段の趣旨からも窺えるところである。従つて、その保護法益は、その場所の平穏と解すべきであつて、たとい被告人等の本件立入り行為が2、3米ないし4、5米程度のものであり、それにより飛行場の機能が害せられることがなかつたとしても、判示のような態様で合計約1時間前後にわたつたものであることからすれば、その侵害度は零に近いとする弁護人の所論には、にわかに賛成することができない。のみならず、構成要件該当行為の違法性が阻却されるためには、単に保護法益と行為によつて侵害された法益との比較較量だけでは十分でなく、なお、その行為が正当な目的のための手段方法としても相当のものでなければならないのであるから、たとい、その動機目的は諒察できるとしても、本件被告人等の行為が、その手段方法において到底相当とは認められずその必要性緊急性も認められないこと前に詳細説示したとおりである以上被告人等の行為の違法性が阻却されるとすることはできないのである。
[62] 被告人等は、わが国に存在する米駐留軍基地は違憲の存在であり、それへの立入り行為を処罰する刑事特別法第2条は憲法第9条に違反する違憲の法令であると信じていたもので、従つて本件行為は憲法擁護のための当然正当な行為であると誤信していたとすれば、それはいわゆる法律の錯誤(禁止の錯誤)の場合にあたり、その錯誤が避け得られたものであつたか否かが被告人等の所為に法律上の非難を加え得るか否かを決するに重要な意味をもつこととなる。この点は本件審理にあたつて弁護人から特に主張はされなかつたが、被告人等の刑事責任の有無を明確にするうえに看過することのできない問題であるといわねばならない。わが国の判例は周知のように、古くから違法の認識ないしその認識の可能性を故意の要件とはせず、法律の錯誤は故意を阻却しないとの原則的立場をとつているが、なお、法律の錯誤について相当な理由があるときは故意が阻却されるとして、違法の認識ないしその認識の可能性を故意の要件とする見解にたつ判例も若干見うけられ、また、これと軌を一にする学説も有力である。これに対して、近時の有力な学説は、今次大戦直後のドイツの最高裁判所の判例とともに、犯罪構成要件に該当する具体的事実の認識としての故意と、違法の認識ないしその認識の可能性とを区別し後者は故意の要件ではなく責任の要素であると解し、違法の認識が可能であつて法律の錯誤(禁止の錯誤)が避け得られた場合には刑の減軽事由とはなり得ても(刑法第38条第3項但書参照)責任は阻却されず、ただ、違法の認識の可能性がなく法律の錯誤が避け得られなかつた場合には法律上の責任非難を加える余地がなく責任自体が阻却されると説く。右のわが国の判例の原則的立場に従うならば、減軽事由としては格別(刑法第38条第3項但書)、責任の存否に関する限り本件の被告人等が本件所為に出でたこにつき違法の認識ないしその認識の可能性があつたかどうかを問う余地はないといわなければならないが、刑事責任の社会倫理的及び道義的性質に着目するならば、違法の認識の可能性のない不可避的な法律の錯誤の場合にまで法律上の責任非難を加えることは正当でないといわなければならない。ところで、国民の最大関心をあつめていた憲法第9条の規定の解釈については、最高裁判所の本件判決があるまでは定説がなく、従来の政府の見解も動揺して一貫性を欠いており、また、法律専門家の間においても解釈対立し、言論界はもとより国民一般の間にもその政治的信条の別なく見解がわかれて国論全く二分して帰一するところを知らなかつた状態であつたことを想えば、被告人等をいわゆる確信犯であるとして、しかく簡単に扱うことはできない。よつて被告人等が刑事特別法第2条の立入禁止は憲法違反であると誤信したことについて、それは果して避けることのできない錯誤であつたかどうかについての検討が必要となる。元来憲法違反の法規は国民を拘束するものではないが、ある法規が憲法に違反するものかどうかの有権的解釈は最高裁判所の判断によつて決定されるものであることは、憲法第81条の明定するところであるが、前記のように本件当時は、憲法第9条についての最高裁判所の判断は未だ明らかにされておらず、専門の法律学者の見解も対立し言論界の議論も沸騰して定説とみるべきものもなく、ことに数次の選挙の結果は国政の窮局の審判者としての国民の総意が、なお政府の政策を支持していたとみられる状態下であつたのであるから、被告人等に対し、本件所為にでることが許されるかどうかの判断について特に慎重な態度が要求されたこと、前叙のように被告人等が所属していた砂川基地拡張反対のための各支援団体が本件当日の統一行動における闘争方針としていたところのものも、あくまで基地柵外での合法の枠内での行動ということであつたのであつて、被告人等の立入り行為は警察側の警告を無視したものであるばかりでなく、右の闘争方針からも逸脱した独走的のものであつたこと、被告人等を含めて当日基地内に立入つた者は同所に集合した者の一部に過ぎなかつたこと等の事情に照らすときは、被告人等にかかる行動に出ないことを期待することができたであろうとすることは、強ち難きを求めるものとはいい難く、従つてその錯誤は決して不可避的のものであつたとは到底認めることができず、被告人等はやはり刑責を免れることはできないといわなければならない。

[63] 以上、当裁判所の認定した事実に基づき、法律上考え得る限りのあらゆる見地から、被告人等の罪責につき検討を加えた結果によるも、これを否定するに足る理由を発見することができない。
[64] 従つて、被告人等は、自己の行為につき、その罪責を負担すべきこと、当然の理としなければならない。
[65] 憲法第9条の解釈をめぐつて往来基地問題について国内の議論が激しく対立し、いずれの立場も憲法の平和主義国際協調主義の根本原理に立脚しながらも国論あたかも二分していたかの観を呈していた。最高裁判所の判決も、当裁判所の判決も、裁判所の純司法的機能の使命と限界とをまもり、あくまで法的判断として終始しているのであつて、この対立する政治問題についての政府の政策ないし反対的立場にたつ政治的主張のいずれをも是としあるいは非とするものではなく、この問題は最高裁判所の判決が指摘するとおり、終局的には主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきであり、この政治的主張の対立は将来にも続けられるであろう。しかして、国の政治は国民全体のものであり、複雑微妙な国際情勢の下で、いずれの政策がわが国の安全と世界平和とに寄与するために最も適当か、何人も平和の預言者たることを難しとする以上、国民各自が平和に対する意欲を燃やし、時の政策を批判し、進んでこれがための諸種の行動にでることは、民主主義国家において国民に保障されている自由に属し、その論議や批判が純粋であり、真摯であり、建設的であればあるほどまた有益である。しかし、その行動はあくまで法秩序が是認する枠内のものでなければならず、そのことはいわゆる大衆運動の場合であつてもかわりはない。弁護人の弁論のなかに引用された「国民が自由なのは議員の選挙のときだけにすぎない」というルソーの、また、「議会の重心はむしろ議会の外部にある」といつて議会の外部における大衆運動を評価するラスキーの周知の所説は議会主義代表制のありかたに対する警句として傾聴すべきものがあるが、個人の行動も大衆運動も法秩序にかなつた良識ある行動としてこそ期待されなければならないことは法治国においてまさに当然のことであり、国民各自は憲法によつて保障されている自由の権利を行使するにあたつてもこれを大切に扱わなければならない。然らずんば、その動機目的とはかかわりなく、自からの手により国民全体のための貴重な権利を制縛し、自から自由の桎梏となり、これを泥土に委ねるの結果を招く虞れすらなしとしないのである。前段で詳細検討したとおり被告人等の本件所為は法を逸脱したものでその動機目的とはかかわりなく刑事責任を免れることができないが、かねて政治的信条の別なく広汎な国民層から深い関心と疑惑の的とされていた、駐留軍基地の存在が合憲か否かの憲法の謎が、最高裁判所の判決によつて漸く有権的に解決され、その解釈が国民一般に示された今日としては、被告人等に対しいたずらに過去の責任を追究するに急であるよりは、むしろ、本件のような違法行為を二度と繰り返すなかれ、もし、あえてこれを犯すならばもはや本件におけるような刑の量定上の特別の配慮をうけることができない旨厳重戒めることによつて本裁判の目的の大半は達せられると考えられるので被告人等に対し厳しい態度で臨むことをせず、その刑罰は最小限度において相当と認める程度にとどめることとする。
[66] 法律に照らすと、被告人等の判示所為は、いずれも、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法第2条、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律附則第15条、刑法第60条(但し、被告人椎野については、刑法第60条適用せず。)に該当するので、前記の如き刑の量定についての事情を考慮して、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内で被告人等を各罰金2000円に処し、右罰金を完納することができない被告人に対しては、刑法第18条に則り金200円を1日に換算した期間労役場に留置することとし、訴訟費用の負担の免除については、刑事訴訟法第181条第1項但書に則り、主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 岸盛一  裁判官 渡辺五三九  裁判官 金隆史)

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