病院長自殺事件
控訴審判決

損害賠償請求控訴事件
札幌高等裁判所 平成5年(ネ)第248号
平成6年3月15日 第4部 判決

控訴人  甲野花子(仮名)
     右訴訟代理人 藤井正章

被控訴人 国 外1名
     右訴訟代理人 植垣勝裕 外2名

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


一 本件各控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。

1 控訴人
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人らは控訴人に対し、1億円及びこれに対する昭和60年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
(四) (二)、(三)につき仮執行宣言

2 被控訴人ら
 主文と同旨
 次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

 原判決2枚目表8行目の「国会の委員会」を「衆議院社会労働委員会」と改め、9行目の「夫」の次に「甲野一郎」を加え、「棄損」を「毀損」と、10行目の「及び」を「に対し民法709条、710条に基づき、」とそれぞれ改め、「に対し」の次に「国家賠償法1条に基づき、」を加え、同行から末行にかけての「それぞれその損害の」を「1億円の損害」と改める。

 同7枚目裏8行目から9行目にかけての「院長」を「甲野一郎」と、同行の「甲野一郎」を「同人」と、10行目の「のであるから」を「。よって、被控訴人竹村は」とそれぞれ改め、8枚目表2行目から3行目にかけての「甲野一郎及び原告が被った」を削り、5行目の「甲野」の次に「自身」を、「慰謝料」の次に「3000万円についての控訴人の相続分(3分の2)」をそれぞれ加え、「金3000万円」を「2000万円」と、6行目の「甲野の」の次に「死亡による控訴人の」を、「逸失利益」の次に「の内金」をそれぞれ加え、「金」を削り、7行目の「原告」の次に「固有」を加え、「金」を削る。

 同9枚目表7行目、10行目の各「アメリカ」を「アメリカ合衆国」と、10枚目表6行目の「棄損」を「毀損」と、同裏5行目の「同条」を「憲法51条」と、14枚目表1行目の「答えて」を「応えて」と、同裏6行目の「保証」を「保障」とそれぞれ改める。
 当裁判所も控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも失当として棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

 各「棄損」を「毀損」とそれぞれ改める。

 原判決15枚目裏4行目の「原告の本件訴えは、」を「そのことから控訴人の被控訴人竹村に対する本件訴えが」と、同行から5行目にかけての「にならず、記載に不備はなく、」を「にはならないし、本訴状に民事訴訟法224条1項所定の記載事項に欠ける点はない。」と、同行の「被告」から7行目末尾までを「本件発言が憲法51条の免責の対象となるとしても、同条は実体法上、当該議員が民事責任を免れることを規定したにとどまり、免責の対象とした事項を司法判断の範囲に属しないものとする趣旨とは解されないから、この点についての被控訴人竹村の主張は失当というべきである。」とそれぞれ改める。

 同15枚目裏10行目の「両議員」を「両議院」と、末行の「問われない」を「問はれない」と、16枚目表2行目の「『表決』」から6行目末尾までを「『演説』とは、議員がその職務を行なうに当たってなした正式の発言すべてをいい、委員会における『質疑』(衆議院規則45条、参議院規則42条)もこれに含まれる。」と、7行目冒頭から同裏8行目末尾までを「本件発言は、昭和60年11月21日に開かれた第103回国会衆議院社会労働委員会において、衆議院議員であり、同委員会の委員であった被控訴人竹村が、同日の議題であった医療法の一部を改正する法律案について、質疑の一部としてなしたものであることは甲第1号証(第103回国会衆議院社会労働委員会議録第2号)により明らかである。したがって、本件発言は、憲法51条にいう『議院で行った演説』にあたるものである。」と、17枚目表2行目の「前記」から6行目末尾までを「右のとおり本件発言が質疑としてなされたことが明らかである以上、憲法51条の演説にあたるというべきであり、これが当該議題についての質疑として期待される水準にあるかどうか、適切なものであるかどうかといった発言内容の評価とはかかわりはないというべきである。控訴人の右主張は独自の見解に基づくものであって採用できない。」とそれぞれ改める。

 同17枚目裏8行目の「避けられない」を「十分予想される」と改め、末行の「議員が」の次に「議院で行なった右のような言論について」を加え、18枚目表1行目冒頭から2行目の「より、」までを「これを恐れて」と、3行目の「可能性」を「おそれ」と、8行目の「である」を「と解される」と、9行目の「議員の」を「議員が議院で」と、末行の「解するのが相当である。」を「解されるから、議員が虚偽であるのを認識しながら、若しくは虚偽であるかどうかを不遜にも顧慮せずに、又は違法若しくは不当な目的で他人の名誉を毀損する発言をした場合であっても、それが議院で行なった演説等にあたる限り、当該議員は、名誉を毀損された者に対して民事上の責任を負わないというべきである。この点についての控訴人の主張は採用できない。」とそれぞれ改める。

 同18枚目裏1行目冒頭から20枚目表4行目末尾までを次のとおり改める。
 また、仮に本件発言が憲法51条による免責の対象とならないとしても、本件発言は、国会議員である被控訴人竹村が、その職務を行なうについてなしたものであるところ、公務員がその職務を行なうについてなした不法行為によって国が国家賠償法1条に基づく損害賠償責任を負う場合であっても、当該公務員個人は責任を負わないと解されるから、いずれにせよ被控訴人竹村が甲野又は控訴人に対して損害賠償責任を負うことはない。
 したがって、控訴人の被控訴人竹村に対する本訴請求は失当として棄却すべきである。」
 同20枚目表8行目冒頭から同裏2行目末尾まで、8行目の「が、独自」から21枚目表1行目の「である」までをそれぞれ削り、同行の次に行を改め次のとおり加える。
「しかし、憲法17条及び国家賠償法には、憲法51条により国会議員個人が免責される場合に国家賠償法1条1項に基づいて損害賠償を請求するのを制限する趣旨の規定はないし、憲法51条により国会議員個人が免責されるからといって、論理上当然に国家賠償法1条1項の『違法』の要件が失われることとなるわけではない。そして、憲法51条の趣旨は、前示(原判決引用)のとおり、国会議員に対して法的責任を免除することによって議員が国会内で自由な言論活動をするのを保障することにあるのであって、国が、国会議員の言論により名誉を毀損される等の損害を被った者に対して国家賠償法1条1項により損害賠償することとしても、これが憲法51条の趣旨と相容れないこととなるものとは解されないし、国が国家賠償法1条1項に基づく責任を負う場合には、同条2項により当該国会議員に対して求償するのを許さないものとすれば、憲法51条の趣旨にもとるところはないというべきである。また、被控訴人国は、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求訴訟が提起された場合に、当該国会議員が証人義務を負うこととなる結果、憲法51条が国会議員に認めた最大限の表現の自由の保障が無に帰すると主張するけれども、当該国会議員に前記絶対的な免責特権を認める一方で、一般国民の名誉プライバシー等保護の観点から当該議員に証人義務を負わせたうえで国家賠償請求を許しても、それが憲法51条の趣旨を没却することになるとは直ちに解することはできない。
 したがって、被控訴人国の前記主張は採用できない。」
 同21枚目表9行目の「同被告」を「被控訴人竹村」と改め、同裏6行目の「であり」の次に「(右事実は甲第1号証により認められる。)」を加え、末行の「名誉棄損」を「名誉を毀損すること」と、22枚目表10行目冒頭から23枚目表2行目末尾までを次のとおりそれぞれ改める。
「一般に、名誉毀損行為は、不法行為法理上、公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときに限り、違法性が阻却されて不法行為とならないものと解されるのであるが(最高裁判所昭和41年6月23日第1小法廷判決、民集20巻5号1118頁参照)、国会議員が議院で行う演説等は、そこで摘示された内容が名誉毀損行為に該当する場合であっても、公共の利害に関する事実に係り、公益を図る目的で行なわれるのが通常であり、仮に右違法性阻却の要件について議員(国)の側で具体的に立証しなければならないとすれば、司法において摘示行為の相当性につき演説等当該議員活動の評価を含め立ち入った解明ないし判断をしなければならないことになり、前示(原判決引用)のように憲法51条に直接抵触するものではないにせよ同条の精神にもとる事態を招来し、ひいては議院の自律性を損なうおそれがあることを考慮すると、当該演説等が国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為に該当するとして国の損害賠償責任が肯定されるのは、当該議員がその職務や使命と無関係に違法又は不当な目的をもって摘示したとか、虚偽であることを知りながら若しくは虚偽であることを通常払うべき注意義務をもってすれば知り得たにも拘らずこれを看過して摘示したなど当該議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて行動したと認めうるような特別の事情がある場合に限られるものと解すべきである。」
 同23枚目表3行目の「被告竹村」から5行目の「同被告に」までを「原審証人乙川二郎の供述内容も、被控訴人竹村が甲野の前記行為についてした発言内容が虚偽であると認めるに足りるものではなく、同供述は、甲野病院での外来者の入院患者との面会手続の実情からして、被控訴人竹村自身が直接に甲野病院を訪問して調査したとは考えられないというにとどまり、そのことから直ちに被控訴人竹村の調査が十分でないとすることはできない。このほかに被控訴人竹村において」と、6行目の「とか」を「など」とそれぞれ改め、同行の「本件」から10行目の「かの、」まで、末行から同裏4行目にかけての括弧書をそれぞれ削る。

 よって、これと同旨の原判決は正当であって、本件各控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法95条、89条を適用して主文のとおり判決する。

  (札幌高等裁判所第4部)

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