福岡県青少年保護育成条例事件
控訴審判決

福岡県青少年保護育成条例違反被告事件
福岡高等裁判所
昭和57年3月29日 第2刑事部 判決

被告人 甲野真(仮名)

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。


[1] 控訴の趣意は、弁護人石田啓提出の控訴趣意書、被告人提出の控訴趣意書及び「(追伸)控訴趣意書」と題する書面各記載のとおりであるから、これらを引用する。
[2] 所論は要するに、民法731条は婚姻適齢を男は18歳、女は16歳と定めているから、右各年齢に達した男女間の合意に基づく性交は、福岡県青少年保護育成条例(以下、本条例という。)10条1項の「淫行」に含まれず、又同条例3条1項にいう「青少年」とは女子の場合16歳未満の者を指すものと解するのが合理的である、本件は、右各年齢に達した男女の合意による性交であり、淫行には当らないから、被告人は無罪である、原判決が本件性交を淫行と解したのは民法731条に違反し、ひいては憲法13条、31条等にも違反することになるから、破棄を免れない、と主張する。
[3] しかし、本条例3条1項は「青少年」を小学校就学の始期から18歳に満たない者と定めており、その中から他の法令により成年者と同一の能力を有する者を除くとしているほかには何らの限定も加えていないから、本件被害者(当時16歳)が「青少年」として本条例の保護を受ける者であることには疑いがない。問題はむしろこれらの者就中婚姻適齢に達した女子に対する合意に基づく性行為が、同条例10条1項にいう淫行から除外されるかどうかにあると思われるが、18歳未満の青少年が心身ともに未成熟な段階にあること、従つてこの様な青少年は、たとえ性行為をすることを自ら欲し若しくはこれに同意したとしても、未だ思慮分別に乏しいため、一時的な感情にかられたり、甘言や誘惑、強引さなどに負けたりした結果であることが多く、これが青少年に対し悪影響を与え、社会にとつて最も大切な青少年の健全な育成に障害となることは明らかであること等に思いを致せば、単に青少年が性行為(性交)に合意していたという事情があるだけでは、これを淫行から除外することは相当でない。また以上の点は青少年が婚姻適齢に達したと否とにかかわらず当てはまることであり(民法737条は未成年者の婚姻については父母の同意を必要としており、これを不要という所論は右規定を見落したものと思われる。なおすでに婚姻した青少年には本条例が適用されないことは同条例3条1項かつこ書内の規定の明示するところであり、その他婚姻に準ずる内縁関係や父母の同意を得て婚約中の青少年との間の性行為などは淫行とは言えないであろう。)、以上のように解釈することが、民法731条、憲法13条、31条等に違反するとは考えられない。論旨は理由がない。
[4] 要するに、所論は、本件の場合、被告人は、Nと婚姻を暗黙の前提とし真剣な恋愛関係において性交をしたものであり、同女に対し有形無形何らの害も与えておらず、又同女にしても被告人との交際を末ながく望んでいたから、右性交はみだらなものとは言えず、淫行に該当しない、かような関係にある者同志間の性交についてまでも本条例を適用するならば、憲法11条、13条、19条、21条が保障する国民の基本的人権を侵害することになるから許されない、又本条例10条1項、16条1項は児童福祉法や刑法では処罰されていない合意による性交を罰するなど法律の範囲を超えているから憲法94条に違反し、さらに各地で処罰がまちまちであるから憲法14条にも違反する等主張し、以上の点で原判決には事実誤認、法令適用の誤り、憲法違反があるというのである。
[5] 所論に鑑み記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌すると、確に被告人は、原審及び当審の各公判ではNと結婚することを前提として交際していたなどと、所論にそう弁明をしているが、他の証拠によれば、被告人は、昭和56年3月下旬ころ、未だ中学を卒業したばかりの初対面の同女を、それと知りながらドライブに誘い、海岸で駐車させた自動車の中で「俺の女にならんか」と言つて、いきなり性交をしたのを手始めに、本件までに少なくとも15回以上も、主に車の中、ときに被告人方で同女と性交を重ねていること、しかも2人が会つている間は専ら性交に終始しており、結婚の話しなどしたことは全くなかつたこと、本件の場合も同様であり、その後も5、6回性交していること、本件当時Nは高校1年に在学中のやつと16歳になつたばかりの少女であつたこと等の事情が認められるのであつて、以上の事情に徴すれば、被告人は、同女を単なる自己の性欲の対象としてしか扱つていなかつたものと認めるほかはなく、被告人の弁明は措信し難い。この様な態様での性交が青少年を傷つけ、その健全な育成を図るうえで重大な障害となることは明らかであり、本件性交が本条例10条1項にいう「淫行」に該当すると認めるのが相当である。所論は憲法違反を言うが、本条例10条1項、16条1項が満18歳未満の青少年に対し淫行をした者を処罰しているのは、児童福祉法2条が地方公共団体に対して児童を健全に育成する責務を負わせている法意に則り、児童のより一層の保護を目的としたものと思われ(本条例1条参照)、未だ心身の未成熟な青少年に対して淫行が悪影響を与えることが多いことに鑑みると、地方公共団体がその地域の実情に応じて、条例で右淫行を禁止し罰することが必要でないとはいえないから、本条例10条1項、16条1項は憲法11条、13条、14条、19条、21条、94条に違反しない。論旨は理由がない。

[6] そこで、刑訴法396条、181条1項但書により、主文のとおり判決する。

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