猿払事件
第一審判決

国家公務員法違反被告事件
旭川地方裁判所 昭和42年(わ)第16号
昭和43年3月25日 判決

被告人 大沢克已 昭和8年7月17日生 郵政事務官

■ 主 文
■ 理 由


 被告人は無罪。


[1]一、本件公訴事実は、
 被告人は鬼志別郵便局に勤務する郵政事務官で、猿払地区労働組合協議会事務局長を勤めていたものであるが、昭和42年1月8日告示の第31回衆議院議員選挙に際し、右地区労協での決定に従い日本社会党を支持する目的をもつて、
第一、昭和42年1月8日午後00時30分頃政治的目的を有する同党公認候補者芳賀貢の選挙用ポスター6枚を宗谷郡猿払村字鬼志別市街に設置された6箇所の公営掲示場に掲示し、
第二、一、同月7日午前9時頃同村鬼志別郵便局内において、前記芳賀貢の選挙用ポスター約80枚を同村字浅茅野居住の牧野邦昭に対し、その掲示を依頼して郵送配布し、
   二、同日午前9時頃同郵便局において、政治的目的を有する同党公認候補安井吉典、同芳賀貢の選挙用ポスター各8枚を同村字知来別居住の自取競に対し、その掲示を依頼して郵送配布し、
   三、同月8日頃同郵便局において、前記芳賀貢の選挙用ポスター8枚を同村字小石地区の集配担当者山川健二に対し、その掲示を依頼して配布し、
   四、同月9日頃同村鬼志別北海道電力株式会社鬼志別電業所事務室において、前記安井吉典の選挙用ポスター約80枚を立野政男に対し、その分配掲示方を依頼して配布し
たものである。
というものであり、関係証拠によれば右の事実はすべてこれを認めることができる。

[2]二、関係証拠によれば、被告人は北海道宗谷郡猿払村字鬼志別所在、鬼志別郵便局に勤務する郵政事務官であつて、同局において郵便貯金、簡易保険等に関し、外勤員が集金した現金およびこれに関する書類等を検査し、右現金を出納官吏に払い込むとともに窓口担当者に引継をする内勤事務、電話交換事務等に従事する非管理職の職員であつて、その職務内容に例えば郵政省作成の郵便貯金取扱規程、保険料徴収原簿契約の取扱手続についてと題する通達等により規制されていて全く裁量の余地がないことが認められる。更に証拠に照すと、本件各所為はいずれも勤務時間外にその職務を利用することなくして行われたものであることが認められ、弁護人は右のような職種に属する被告人が、公訴事実記載のように、人事院規則14-7、6項13号所定の文書を掲示若しくは配布した場合、これを合憲に処罰することはできないと主張するので以下この点につき審案する。

[3]三、国家公務員法102条が、一般職に属する公務員について、政治活動を制限することとした理由は、
「国家公務員法の適用をうける一般職に属する公務員は、その職務の遂行にあたつては、厳に政治的に中立の立場を堅持し、いやしくも一部の階級若しくは一派の政党又は政治団体に偏することを許されないのであり、かくしてはじめて、一般職に属する公務員が憲法15条にいう全体の奉仕者である所以も全うせられ、また政治にかかわりなく法規の下において民主的且つ能率的に運営せらるべき行政の継続性と安定性が確保されうる。」
ことにあることは、既に最高裁判所大法廷判決(昭和33年3月12日判決刑集12巻3号501頁)の示すところである。最高裁判所大法廷の右判決および同年4月16日判決(刑集12巻6号942頁)はいずれも、国家公務員法102条が憲法14条に反しない旨判示したものであり、これら大法廷判決を引用し、この趣旨に照らし、
「人事院規則14-7は、国家公務員法102条1項に基き、一般職に属する国家公務員の職責に照らし必要と認められる政治的行為の制限を規定したもので、実質的に何ら違法違憲の点は認められない。」
とした最高裁判所第一小法廷昭和33年5月1日判決(刑集12巻7号1272頁)においても、先に認定したような職務内容を有する非管理者である郵政事務官の勤務時間外にした人事院規則14-7の6項13号に該当する所為を、国家公務員法110条で合憲的に処罰できるかどうかという具体的判断はなされてはいない。検察官が論告中に引用する昭和32年12月19日の鹿児島地方裁判所昭和31年(わ)361号判決およびこの控訴審判決である昭和34年6月12日福岡高等裁判所宮崎支部昭和33年(う)61号判決並びに昭和41年9月6日名古屋高等裁判所金沢支部判決においても、右のような争点の具体的判断はなされていない。

[4]四、現行国家公務員法は、昭和22年10月22日制定され、昭和23年7月1日施行されたものであり、その後しばしば改正を経たものであるが、現行同法102条1項および110条1項19号は、昭和23年法律222号の改正による条文であり、当時官公庁労働組合の反政府的政治活動が活発になつたのを憂慮した占領軍総司令部の強い示唆により、国会による独自の審議の許されない状況下に作られた条文であり、同法2条と対比すれば、同法102条および110条1項19号は、一般職に属するすべての職員に適用せられるのである。しかして、同法102条1項をうけ、昭和24年9月19日施行され現在に至つている人事院規則14-7、1項は、政治的行為の禁止に関する規定は、すべての一般職に属する職員に適用すると定め、同4項は、右の禁止は6項16号のものを除き、職員が勤務時間外において行う場合にも適用される旨規定している。
[5] 昭和27年の日米平和条約により我が国会が自主性を回復した際もいわゆるポツダム緊急勅令はその廃止法により廃止され、ポツダム政令は一応国会にかけたうえ必要なものは法律としての効果をもたせ、その他のものは廃止するという措置が講ぜられたのであるが、国公法については法律の形式を採つていたため、同法102条1項および110条1項19号が実際には特殊な要因によつて生れたものであることにつき検討が加えられず、改正の措置を講ぜられないまま今日に至り、また同条をうけて制定された人事院規則14-7もポツダム政令の形式を採つていなかつたためそのまま現在に至つているものである。

[6]五、現行国家公務員法(以下国公法と略称)102条1項は、米連邦のいわゆるハツチ法9条を母法としたものであり、人事院規則14-7、6項は、ハツチ法2条(選挙に影響を与える目的のために行う行政職員の職権利用の禁止)13条(公職の候補者又は政治団体等に対する寄付の制限等)のほか、同法は15条において連邦人事委員会が既に禁止行為と定めている諸行為は本法の禁止行為とみなす旨の規定をおいたために、同法により禁止行為とされるに至つた。連邦人事委員会が禁止していた諸行為をも参酌して作られたものと推認される。

[7]六、米合衆国においては19世紀後半より猟官制度(スポイルシステム)の弊害が認識され、特定の公務員については政治活動が禁止されていたのであつたが、1939年のハツチ法はこの適用範囲をすべての連邦公務員に拡大したものであり、この法律に違反し、政治活動に従事した公務員はその官職又は地位から罷免されることになつているが、刑事罰則の定めはなかつた。このハツチ法の下で、政党の地区執行委員会委員となり、勤務時間外の投票所の立会人となつたり、政党の運動員に給与を支給する役目をして、政治活動をし、罷免されんとしていた、連邦造幣局に圧延工という職にあつた現業公務員が、ハツチ法の政治活動を禁止し、その違反者に罷免という制裁を科す規定は、表現の自由を犯し違憲であると争つた United Public Workers of America v. Mitchell 事件(330 U.S.75(1946))で、連邦最高裁判所は、4対3の判決で、この規定を合憲と判断したのであるが、その多数意見中に、
「議会は政府職員の政治行為を、例えその規制が、国民の政治活動の自由をある程度侵すことになろうとも、合理的範囲内では規制することができる。政府職員の政治的活動をどの程度制約できるかという判断権は一次的には議会にある。裁判所は、政府のこの制約の権能についての社会一般に存在している観念を超えてこのような規制がなされていると認められる場合にのみくちばしを入れることになる。この観念は、慣行、歴史、そして年々変化する教育的、社会的、経済的状況から生ずるものである。」
と述べ、議会の判断を尊重する態度を示していた。
[8] 昭和40年7月14日最高裁判所大法廷判決(民集19巻5号1198頁)は地方公務員法52条と憲法28条の関係について、
勤労者の団結権等の制限の程度は「勤労者の団結権等を尊重すべき必要と公共の福祉を確保する必要とを比較考量し、両者が適正な均衡を保つことを目的として決定されるべきであるが、このような目的の下に立法がなされる場合において、具体的に制限の程度を決定することは立法府の裁量に属するものというべく、その制限の程度がいちじるしく右の適正な均衡を破り、明らかに不合理であつて、立法府がその裁量権の範囲を逸脱したと認められるものでない限り、その判断は、合憲、適法なものと解するのが相当である」
と判示しているが、これは労働基本権という憲法上初めて認められるに至つた権利に関するものであつて、表現の自由に由来する国民の政治的活動をする自由といつた基本的人権と称せられる権利の制約に関する判示ではない。当裁判所は、国家公務員につき国民の基本的人権の一つである政治活動をどの程度制約できるかにつき、先に引用した米連邦最高裁判所判決における多数意見の判示と同様、制約できる程度についての判断権は、一次的には国会および国会の委任を受けて規則を制定した人事院にあると解するけれども、この公務員の政治活動の自由の制約については、その違反行為に課せられる制裁を含みその制約の程度が、社会一般に存在している観念をとび超えたものである場合には、その制約が合理的でないと判断する権能を有すると解する。この観念は、米連邦最高裁判所判決の多数意見がいう「慣行、歴史および年々変化する教育的、社会的、経済的状況を基礎として生まれるものである」のみならず、国民の政治活動の自由が基本的人権として認められている近代民主主義社会で先進国といわれている諸国における公務員に対する政治活動の制限について基本的考え方をも基礎として思考すべきものと思料する。

[9]七、先に述べた1939年のハツチ法9条は、現行の連邦法典第5篇7324条となつており、政治活動の禁止につき、我国国公法110条1項19号と異りもともと刑事罰による制裁の定めはない。職員の政治活動の禁止違反の行為に対する制裁として、ハツチ法9条(b)は、「本来の規定に違反するものは、即時その官職又は地位から罷免される。但し、連邦人事委員会が、その違反に対する罷免の措置は不当であり、より軽微が制裁を課すべきであることを全員一致の票決により判定した場合はこの限りでない。この場合の制裁は90日の無給停職より軽微なものであつてはならない」と定めていたが、現行法である右第5篇7325条には、「7324条に違反した職員は、その地位から罷免される。但し、連邦人事委員会が罷免に価しないと全員一致で票決した場合、30日以上の無給停職の制裁を同委員会が命ずることができる。」と定められ、罷免が「即時に」なされるものという文言が削られたほか、制裁の下限もゆるやかにされてきている。
[10] 前掲連邦最高裁判決におけるダグラス判事の反対意見が指摘するように米合衆国の場合、現業公務員と呼ばれている者の数は、多く産業を国有化しているイギリスの場合に比して著しく少ない。産業の国有化の著しく進んでいるイギリスにおいては、1948年および53年の公務員制度の改革により全公務員の約62%にあたる、現業公務員を含む下級公務員約65万人については、全く政治活動の制約が行われていない。憲法15条にいう全体の奉仕者なる概念はワイマール憲法に由来するものであるが現在の西ドイツにおいて連邦官吏法の下で公務員は全体の奉仕者である者を定められながら、他方その職業上の義務に抵触しない限り政治活動の自由が認められている。我国の場合、昭和42年現在国公法の適用を受ける公務員の総数中3割が現業公務員であり、米合衆国におけるとその様相を異にし、むしろ、イギリスの現状に近いものである。
[11] 郵政職員を含む五現業の職員については、その労働関係について、昭和23年以来他の非現業職員と同様国公法の適用を受けていたがその現業職員である性質に照し昭和27年の公共企業体労働関係法の改正により、公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称)適用を受けるに至り、本来国公法の適用を受けなかつた三公社と同様の労働関係の規制を受けるに至つた。
[12] 昭和41年10月26日最高裁大法廷判決多数意見は、旧来の判例を変更し、
「公労法3条で刑事免責に関する労組法1条2項の適用を争議行為にも適用することとしているのは、憲法28条の保障する労働基本権尊重の根本精神にのつとり、争議行為の禁止違反に対する効果又は制裁は、必要最小限度にとどめるべきであるとの見地から、違法な争議行為に関しては、民事責任を負わせるだけで足り、刑事制裁をもつて臨むべきではないとの基本的態度を示したものと解することができる。」
と判示し、
「国家公務員といえども憲法28条にいう勤労者にほかならない以上、公務員は全体の奉仕者であるとする憲法15条を根拠として公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことは許されない」
旨判示するに至つている。
[13] 更に、I.L.O105号条約1条(a)は、政治的な見解若しくは既存の政治的、社会的若しくは経済的制度に思想的に反対する見解を抱き、若しくは発表することに対する制裁としてすべての種類の強制労働を禁止し、かつこれを利用しないことを加盟諸国に求めるものであり、我国としては、批准する方向で検討する旨国会で、政府の見解が示されている。
[14] 加えて、昭和39年9月の臨時行政調査会の「公務員に関する改革意見」のうち改善対策の項中には、
「現行制度は一切の教育公務員を除くすべての公務員に対し、選挙権行使以外の政治的行為を広範にわたつて制限している。公務員は、公務に従事するため、政治的中立性を維持しなければならない特殊性を持つているが、また、一方においては公務員も国民の一人であり、その政治的権利の行使はできるだけ保障されなければならない。この観点からたとえば政策決定に密着した職務にあるもの、あるいは直接公権力の行使にあたるもの等については現行制度を保持しつつも、単純労務的な職務に従事するものについては、その規制を最小限度にとどめる等、弾力的な運用がはかられるべきである。」
旨の意見が示されている。
[15] 近代国家における公務員の政治活動の規制の叙上程度、現状、ならびに、右にのべたような国公法及び人事院規則14-7施行後に生じた社会的諸変化に照らせば、現業たると非現業たるとを問わず、又裁量権あるものと然らざるものとを問わず、等しく一般職公務員に対し、国公法102条1項及び人事院規則14-7により、その政治活動に制約を加え、その違反に対し国公法28条の懲戒の制裁のみならず、同法110条1項19号により、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金という刑事罰を法定することが、合理的で憲法上許されるかにつき、当裁判所は、進んで審案する必要を認めざるを得ない。

[16]八、憲法21条1項の保障する表現の自由に由来する政治活動を行う国民の権利は、立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする国民の基本的人権の中でも最も重要な権利の一であると解されるが、右の自由と絶対無制限のものではないばかりでなく、全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でない国家公務員の身分を取得することにより、ある程度の制約を受けざるを得ないことは論をまたないところであるが、政治活動を行う国民の権利の民主主義社会における重要性を考えれば国家公務員の政治活動の制約の程度は、必要最小限度のものでなければならない。
[17] 公務員中国の政策決定を密着した職務を担当する者、直接公権力の行使にあたる者、行政上の裁量権を保有する者および自分自身には裁量権はないが、以上のような職務の公務員を補佐し、いわゆる行政過程に関与する非現業の職員については、これら公務員が一党一派に偏した活動を行うことにより、これがその職務執行に影響し、公務の公正な運営が害され、ひいては行政事務の継続性、安定性およびその能率が害されるに至る虞が強いことはいうをまたないところである。これに反し行政過程に全く関与せず且つその業務内容が細目迄具体的に定められているため機械的労務を提供するにすぎない非管理職にある現業公務員が政治活動をする場合、それが職務の公正な運営、行政事務の継続性、安定性およびその能率を害する程度は、右の場合に比し、より少ないと思料される。勿論右に述べたような現業公務員が国の施設を利用し、政治活動をするならばこれがその職務の能率に影響を及ぼさないとはいえないから、合理的な程度においてならば、このような政治活動を国が合憲的に規制し得るものであり、人事院規則14-7、6項12号はこの禁止規定である。更に、これら職員がその職権その他公務員であることから生ずる公私の影響力を政治目的のために利用したならば、公務の中立性についての国民の信頼を裏切ることになるのは勿論であり、一般国民に与えられている政治活動の自由以上の力がこの種公務員に付与されることになり不合理であるから、このような行為は国が合憲的に規制し得るところであり、人事院規則14-7、6項1号は現にこのような政治活動を禁止する為の規定である。非管理者である現業職員を監督管理する地位にある職員も又行政過程に関与する職員の範疇に属するものであるが、その下に働く現業職員が、上司におもねり、政治的目的をもつ何らかの行為をし、昇進その他職員の地位に関し、利益を得ようと企てるならば公務の公正が害されるに至る虞なしとしないからこの種活動をも国は合憲的に規制し得るものと解されるのであり、人事院規制14-7、6項2号は現にこの種政治活動を禁止する規定である。現業公務員といえども勤務時間内に政治活動を行うとするならば職務の能率を害することは明らかであり、人事院規則14-7、6項1号ないし17号の所為が勤務時間内になされた場合これを禁止しても憲法に違反するものではない。
[18] 国公法102条1項、人事院規則14-7、6項13号により、職員が政治的目的を有する文書を掲示し若しくは配布する行為は、勤務時間内たる勤務時間外たるとを問わず、又現業職員たると非現業職員たるとを問わず、一律に禁止されているのであるが、右の行為の禁止規定は、米合衆国人事委員会が、すべての連邦職員に、選挙運動の文書、記章または襟章を配付する行為を禁止していたことに做つた規定と目されるものであり、このような行為を行政過程に関与する公務員が行う場合、その活動は、職務の中立性が害され、ひいては公務の継続性、安定性および能率が阻害されるに至る政治活動といわなければならない。その故にこそ人事院規則14-7、6項13号において禁止されているわけであるが、行政過程に全く関与せず、かつその業務内容が細目迄具体的に定められているため機械的労務を提供するにすぎない現業公務員が、勤務時間外の施設を利用することなく、かつ職務を利用し若しくはその公正を害する意図なしに行つた場合、その弊害は著しく小さいものであると云わざるを得ない。

[19]九、国公法82条は、同法に違反した場合懲戒処分を科し得ることを定めており、同法102条1項違反の行為については免職停職減給又は戒告の処分をなし得るものである。国公法102条1項違反の所為についての制裁として、右の懲戒処分の制裁に加え、同法110条は、その1項19号において同法102条1項所定の政治行為の制限に違反した者に対し3年以下の懲役又は10万円以下の罰金を法定している。先に述べたように米合衆国においては勿論その余の近代民主主義国家において公務員の政治活動禁止違反の行為に対し刑事罰を科している国はない。法がある行為を禁じその禁止によつて国民の憲法上の権利にある程度の制約が加えられる場合、その禁止行為に違反した場合に加えられるべき制裁は、法目的を達成するに必要最小限度のものでなければならないと解される。法の定めている制裁方法よりも、より狭い範囲の制裁方法があり、これによつてもひとしく法目的を達成することができる場合には、法の定めている広い制裁方法は法目的達成の必要最小限度を超えたものとして、違憲となる場合がある。
[20] 米合衆国連邦法においては基本的観念として、我国公法と同様所謂メリツト制がとられているのであり、また連邦職員に禁止せられている政治活動の範囲は、わが国の国公法および人事院規則14-7の禁止する範囲と大差ないものであるが、その違反行為に対しては懲戒処分が定められているにとどまり刑事罰の定めはない。懲戒処分に加え刑事罰を科する定めをする場合に比し、懲戒処分の定めのみをすることは、より狭い制裁方法を定めるものであり、米合衆国の例は、通例の場合、懲戒処分のみというより狭い制裁方法で十分法目的を達成することができることを示すものである。
[21] 公務員の政治活動禁止違反に対する刑罰は3年以下の懲役又は10万円以下の罰金であるが、これを公務員の行為に対して刑罰が科される他の場合と比較してみると、公務員が職権を濫用し人をして義務なきことを行わしめた場合に刑法193条は2年以下の懲役又は禁錮を定め、公務員が賄賂を収受した場合、刑法197条は3年以下の懲役に処する旨を定めている。公務員が、国民の政治的意見又は政治的所属関係によつて特定の個人に差別的取扱をした場合について、国公法109条8号は1年以下の懲役又は3万円以下の罰金を定め、公務員が職務上の秘密を洩した場合についても同条12号で同様1年以下の懲役又は3万円以下の罰金が法定されている。これらの諸行為の罪質および法定されている刑と、国公法110条1項19号の罪の性質および法定刑を対比し、かつ地方公務員法が地方公務員に対して政治的行為の禁止を国公法同様に定めながらも、罰則を定めていないこと、並びに現業公務員と同様公労法の適用をうける三公社の職員については政治的行為の禁止およびこれに伴う罰則のないこと、を併せ考えれば、公務員の政治活動の禁止違反に対して科される刑罰は決して軽いものではない。
[22] しかし乍ら、国の政策決定に関与する高級公務員等が勤務時間中に組織的に反政府的政治活動を行い、これが国の行政の能率的運営に重大な影響を及ぼすことがある場合を考えれば、右政治活動に対し82条の懲役処分の制裁に止まらず、110条の刑事罰を科することも合理的と考えられる場合もないではないのであるが、すべての公務員につき懲戒処分の定めに加えて、右のように決して軽くない刑事罰を科される旨定めることが、法目的を達成する上に合理的であると一概に云うことはできない。
[23] 非管理者である現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供に止まるものが勤務時間に国の施設を利用することなく、かつ職務を利用し、若しくはその公正を害する意図なしで人事院規則14-7、6項13号の行為を行う場合、その弊害は著しく小さいものと考えられるのであり、このような行為自身が規制できるかどうか、或いはその規制違反に対し懲戒処分の制裁を課し得るかどうかはともかくとして、国公法82条の懲戒処分ができる旨の規定に加え、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金という刑事罰を加えることができる旨を法定することは、行為に対する制裁としては相当性を欠き、合理的にして必要最小限の域を超えているものといわなければならない。
[24] 更に被告人が全逓信労働組合稚内分会執行委員の地位にあり、本件選挙用ポスターを掲示配布した行為は、全逓信労働組合の組合活動の一環としてなされたものである。公共企業体等労働関係法により、被告人の所属している全逓信労働組合は、労働組合としての保障を受けるに至つたものであり、労働組合が、労働組合の目的の範囲内で政治活動を行うことは法の禁止するところでなく、労働組合が、公職の候補者について特定人を組合として支援することを決定し、且つ支援活動をすることは、その具体的方法が公職選挙法にふれない限り、法の禁止していないところである。(U.S. v. UAW-CIO, 335 U.S.106(1948)参照)。しこうして、この決定に基き、その組合員である公共企業体等労働関係法の適用を受ける職員がする行為につき、人事院規則14-7、6項13号に定めるような政治活動の禁止をすることの是非はさておき、国公法110条1項19号の刑事罰を科することは、五現業に属する非管理職である職員に対する労働関係の規則を、国公法から公労法に移し労働関係についての制約を緩和した趣旨に沿わないものであり、ひいては公労法の適用を受ける労働組合の表現の自由を間接に制約するに至るものである(I.L.O.105号条約は、この点を問題にしているものである。)。

[25]一〇、従つて、非管理職である現業公務員で、その職務内容が機械的労務の提供に止まるものが、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ職務を利用し、若しくはその公正を害する意図なしで行つた人事院規則14-7、6項13号の行為で且つ労働組合活動の一環として行われたと認められる所為に刑事罰を加えることをその適用の範囲内に予定している国公法110条1項19号は、このような行為に適用される限度において、行為に対する制裁としては、合理的にして必要最小限の域を超えたものと断ぜざるを得ない。
[26] 同号は同法102条1項に規定する政治的行為の制限に違反した者という文字を使つており、制限解釈を加える余地は全く存しないのみならず、同法102条1項をうけている人事院規則14-7は、全ての一般職に属する職員にこの規定の適用があることを明示している以上、当裁判所としては、本件被告人の所為に、国公法110条1項19号が適用される限度において、同号が憲法21条および31条に違反するもので、これを被告人に適用することができないと云わざるを得ない。

[27] よつて本件被告事件は罪とならないから刑事訴訟法336条前段により無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

  (裁判官 時国康夫 坂井智 石井一正)

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