農地改革事件
控訴審判決

仙台高等裁判所 昭和24年(ネ)第90号
農地買収に対する不服事件
昭和24年10月14日 民事部 判決

控訴人  田中一策
被控訴人 国

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。


 控訴代理人は「原判決中控訴人の請求を棄却するとの部分及び訴訟費用を控訴人の負担とするとの部分を取消す、被控訴人が控訴人に対してした別紙目録記載の買収処分における買収対価を同目録記載請求対価欄記載のように変更する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。被控訴人は当審における口頭弁論期日に出頭しない。当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるから茲に之を引用する。


[1] 先ず当事者の変更に対する被控訴人の異議について審案するに、本件記録によると、控訴人(第一審原告)は昭和22年12月9日提出の原審訴状に被告を山形県知事と表示し同被告に対して本訴を提起したものであるがその後昭和23年11月5日の原審口頭弁論期日において被告を国と変更したことが明である。元来控訴人の本訴請求は自作農創設特別措置法第14条により農地の買収対価の額について不服を主張しその是正変更を求めるにあるのであつてその訴の性質は同法により創設された一種特別の公法上の権利関係に関する訴訟と解されるから、国を被告とすべきものというべきである。このことは昭和22年12月26日同法の改正によつて同法第14条に第2項として国を被告とすべき旨の規定が追加された現在ではもはや立法上一応解決がついたものといわなければならないが、右改正前においてもなお同様の趣旨に解すべきものと考える。しかるところ行政事件訴訟特例法第7条によると、行政処分の取消変更を求める訴においては原告が被告とすべき行政庁を誤つたときは、原告に故意又は重大な過失のない限り、訴訟の係属中何時でも被告を変更することができるのであつて、この規定は他の公法上の権利関係に関する訴訟についても能う限り準用するのが相当であり、またこの規定の趣旨からするとそれは単に被告とすべき行政庁を誤つた場合だけでなく本件のように国を被告とすべき場合に誤つて行政庁を被告とした場合にもその変更を許すものと解するのがむしろ右規定の趣旨に副うものというべきである。本件訴訟は同法施行前に提起されたものであるけれどもその施行を見た現在においては同法を適用し右規定の趣旨に従つて解釈されなければならない。上述の点からして本件において控訴人が国を被告とすべきに拘らず山形県知事を被告としたことについては、被告を国と変更することができるものというべく、本訴提起に当り被告を誤つたことについて控訴人に故意又は重大な過失のあつたことは記録を調査してもこれを窺うに足りないからその変更は許すべきものといわなければならない。よつてこの点に関する被控訴人の異議は採用することができない。

[2] 次に本案(控訴人の請求原因)について審案するに、控訴人所有の別紙目録記載の農地につき、被控訴人が自作農創設特別措置法により買収の時期を昭和22年7月2日として買収し、その買収令書が同年11月25日控訴人に交付されたこと及び右買収の対価は同法第6条第3項の規定により決定されたがこれは同規定による買収対価の最高額であることは、いずれも当事者間に争がない。
[3] しかるに控訴人は、かような自作農創設特別措置法第6条第3項の規定による買収対価は、新憲法施行後の解釈としてはその一応の標準を示したに止るものと解すべきで、具体的の場合にはこれに拘束されることなく買収当時の一般経済事情を考慮して公正妥当に決定すべきであるとし、本件買収当時の一般経済事情を考慮するときは右法条により決定された本件買収対価は正当でないと主張する。よつてその当否を審究するに、

[4]一、自作農創設特別措置法第6条第3項の規定によると、農地買収の対価は原則として田にあつては当該賃貸価格に40、畑にあつては当該賃貸価格に48を乗じて得た額の範囲内においてこれを定めるとするものであるが、農地の価格は昭和16年2月以来統制されていて右法律施行の当時には勿論その自由取引市場における取引価格なるものは存在しなかつたのである。そこで右法条による価格は如何にして定められたかというに、田にあつては中庸田における昭和15年から昭和19年まで5箇年の平均反当実収高2石を米の公定価格によつて金銭に換算しこれに反当副収入を加え反当生産費を控除して得た金36円38銭を反当純収益としこれから4分の利潤を控除した地代相当部分を国債利廻3分6厘8毛で還元した金757円60銭を自作収益価格としこれを中庸田の反当標準賃貸価格19円1銭で除して得た39.85を切上げて40倍とし、又畑にあつては昭和18年3月勧業銀行調査による田の売買価格727円に対する畑の売買価格439円の比率である0.59を田の自作収益価格に乗じて得た反当446円98銭を畑の自作収益価格としこれを中庸畑の標準賃貸価格9円33銭で除して得た47.9を引上げて48倍としたものであることは明なところである。これによつて見るに右法条による買収対価は、自作収益価格の賃貸価格に対する倍率を定めることによつて具体的の場合における買収対価の最高限度を定めたものでその規定自体から見ても不動のものであることを窺うに足りるのであつて、これを単に買収対価の一応の標準を示したものということはできない。

[5]二、更に現下わが国における農地改革推進の事情について考えるに農地改革はわが国多年の政策であつてすでに昭和13年以来農地調整法その他の法令が制定されたのであるが、終戦と共にポツダム宣言を受諾したことにより、国民の間における民主的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去すべきことが命ぜられ農業機構についてもこれが強力に推進されるに至つた結果、第1次及び第2次農地調整法の改正により農地所有権に対する各種の法的制約が強化されると共に昭和20年12月29日自作農創設特別措置法の制定施行により耕作者をして労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ広汎に創設し以て農業生産力の発展と民主的傾向の促進を図ることとなつたのであつて(原判決の理由中、第二本案についての判断五の(3)の(イ)(ロ))、これら法律の厳正果断な実施はわが国の自由で民主的な社会を創設するための先決要件として又不可欠な至上命令として連合国から強く要請されていることは明である。いうまでもなくこの事業は部分的な施行と異り国の全範囲に亙つて急速且つ広汎な施行を要求されている一貫した事業なのである。かような政治的経済的社会事情を考慮するときは自作農創設特別措置法第6条第3項の規定による買収対価はその動かし得ない最高限度を定めたものといわなければならないのであつてこれを単に拘束力なき標準規定と解することはできない。

[6]三、本件買収対価は自作農創設特別措置法第6条第3項の規定による最高額を以て定められたものであるが、買収当時の昭和22年7月においてこれを正当な補償というに値しないかどうかについて見るに、この価格は一般常識的な評価を相当下廻る点において必ずしも国民一般を納得せしめ難いものであることは否定できない。しかし憲法第29条第3項にいわゆる「正当な補償」とは諸般の具体的事情に照し合理的に定められた補償を意味するものと解するから、本件買収対価が正当な補償であるかどうかは専らその合理的補償であるかどうかによつて決められなければならない。本件買収当時には農地の価格が統制され自由な取引市場における取引価格なるものはなくその買収対価が自作収益価格を基準としたものであることは前に述べた通りであるが、右統制価格は農地調整法により当該農地の土地台帳法による賃貸価格に主務大臣の定める率を乗じて得た額の限度を超えることを得ないものとされ、昭和21年1月26日農林省告示第14号によれば右倍率は現況田については40倍、現況畑については48倍と定められていたのであるから、自作収益価格は農地の統制価格と最高限度を同じくしているのである。これを前に述べたわが国の政治的経済的社会事情に照して考察を加えると、右の自作収益価格は必ずしも客観的に妥当する価格でないとはいい得ないのであつてむしろ常識的に多少の批難があるとしてもこれを基準とした本件買収対価の合理的補償たるを理解するに十分である。従つて本件買収対価は憲法第29条第3項の「正当な補償」たるを失わないものといわなければならない。

[7]四、なお自作農創設特別措置法の制定施行された後、インフレーシヨンの昂進に伴い貨幣価値が暴落し諸物価が高騰し、農地の買収対価算出の基礎である米価も亦引上げられたことは明なところであるが(原判決同上五の(3)の(ハ))、前に述べたわが国の当面する政治的経済的社会事情その他諸般の事実に考慮を廻らすときは、農地の買収対価を前記の限度に抑えることは真に止むを得ない措置でありこれ以上に考慮の余地のなかつたことを窺うに足るのであつて、かような経済事情の変動があつてもなお本件補償の正当性を認めるに妨げないものといわなければならない。

[8] 以上により本件農地につき自作農創設特別措置法第6条第3項の規定による最高額を以て定められた本件買収対価は正当であることが明であつて、これと反対の見解に立脚する控訴人の主張の採用し得ないことはいうまでもないから控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものである。

[9] よつて右と同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第384条第95条第89条を適用して主文の通り判決する。

 (仙台高等裁判所民事部、谷本・村木・猪狩)

 (目録省略)

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