「よど号」新聞記事抹消事件
控訴審判決


損害賠償請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和50年(ネ)第2782号
昭和52年5月30日 判決

控訴人(原告)  甲野春子 ほか7名
被控訴人(被告) 国
     代理人 成田信子 木暮栄一 ほか2名

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由

■ 主  文

本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。

■ 事  実


(控訴人ら)
[1]一 原判決を取消す。
[2]二 被控訴人は控訴人らに対し各11万円及びこれに対する昭和45年5月29日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
[3]三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
[4]四 この判決の主文2項は仮に執行することができる。

(被控訴人)
[5] 主文同旨。
(控訴人ら)
一 法令等の違憲性
[6] 原判決は、右法令等について「監獄内における未決拘禁者の新聞図書閲読等の制限の実質的根拠及びその範囲等に関する基本的観点を前提として、その制限の範囲を順次具体的に定められたものと解せられるのであり、かつ右の基本的観点からこれらを解釈すべきであるから」右法令等は「憲法19条、21条に違反するものではない」と判示しているが、以下の理由により誤つた判断といえる。
[7] 法令と訓令・通達とを分けてその理由を明らかにする。
(一) 法令について
[8] 法令等の違憲性については、原審に於いて述べているのでくり返えさないが、新聞の持つ公器性という点、紀律維持との関連から主張・理由を述べる。
[9] 新聞特に全国紙に於いては、社会の公器たる性質を有するものであつて、迅速かつ正確な国内外の政治・経済・社会全般の事実・事件の報道を始めとして論説・随筆・意見・広告等の国民生活のすべてにわたつて記事を掲載し、その記事内容は、国民の知識・判断の基礎となる材料を提供している。新聞は、もはや国民の日常生活に於いて必要不可欠な存在であつて、その存在を何人も否定することができない。
[10] それは、社会生活から分断されている在監者特に明日にでも社会生活に復帰する立場にある未決拘禁者にあつてはなおのこと、新聞に対する閲読の必要性は強いといえる。在監者が一般社会から隔離されている以上社会生活に対する事実や報道を知りたいのは当然であり、新聞がそれを知る唯一の手段である監獄に於いては、自由に新聞を閲読できるのが絶対的に必要である。
[11] また、在監者(特に未決拘禁者)は、拘禁され戒護が厳重になされている以上、勾留目的たる逃亡と証拠隠滅についてのおそれはないことは勿論、新聞記事を閲読したから、紀律を害するおそれはない。
[12] 従つて、「紀律を害する相当の蓋然性が認められる場合に限る」という制限をつけても新聞の閲読を禁止することは許されず、法令の違憲性も明らかである。
(二) 訓令・通達について
[13] 原判決は、訓令・通達について「その制限の範囲を順次具体的に定めたもの」と判示しているが、明らかに誤つた判断である。
[14] 特に本件の法的根拠たる通達の「(5)犯罪の手段・方法を詳細に伝えたもの」について、(閲読の許す基準)は、原判決の判示する「基本的観点」に立てば、逆に違憲といわざるをえないという矛盾した判断をしている。原判決の基本的観点は「単に紀律を害するおそれがあるだけでは足りず、紀律を害する結果を生ずる程の相当の蓋然性が認められ、しかもその目的を達するための合理的な範囲内においてのみ許される」というのであるから新聞の「犯罪の手段・方法を詳細に伝えたもの」は閲読を禁止することができないことになる。
[15] そもそも、新聞は「犯罪の手段・方法を詳細に伝える」ことを使命とするから右許可基準では、新聞記事すべてが閲読禁止ということとなる。このことが、違憲であることはいうまでもない。
[16] 先述のとおり、新聞のもつ公器性や、それ自体紀律を害するものではないことそれに新聞は、事実・事件を報道することを使命とするのであるから、犯罪の手段方法を詳細に伝えない新聞記事などありえないこと等から、通達に定めたような閲読の許可基準は、違法という他はない。

二 本件処分の違法性
[17] 原判決は、「公安事件関係者は一般に拘置所及び同所の職員を敵視し、連帯感ないし同調性をもつて紀律違反行為をくり返し、拘置所内外の情勢に応じて事を構えては看守と抗争し監獄内における特異な生活環境において互いに刺激し、激励鼓舞し合い、これを国家権力に対する獄中闘争と称してそこに精神的昂揚をはからんとする者が少くなかつた」から、本件新聞記事を読んで、本件事件を知れば「公安事件関係在監者が何らかの意思表示をするのであろうこと及びそのようなデモンストレーションがなされれば、それによつて他の一般在監者に対しても心理的動揺を与え、かくては拘置所内の静ひつが攪乱され、秩序維持が著しく困難となる事態の生ずることは避けられないとみるべき相当の蓋然性があつた」として、本件処分は違法ではないと判示した。
[18] この判決は次の理由により誤つたものである。
(一) 公安事件関係在監者に対する偏見
[19] そもそも公安事件関係者という定義づけ自体曖昧である。こうした曖昧な言葉でもつて人を規定して判断することは許されない。まして具体的に誰であるのか特定せずに規定していることは、失当である。
[20] また公安事件関係者は「紀律違反行為をくり返す」という判断も余りに偏見に基づくものである。このことは「公安事件関係者」イコール「紀律違反行為のくり返し」であつてその結論として人権の制限がなされるのであれば、レッテルをはつてすべての権利を認めないということになる。
(二) 紀律違反行為との関連
[21] 紀律違反行為も、誰がどうした理由から行つたのか不明である。
[22] 新聞記事を読んで紀律違反行為に及んだことは一度もない。それにもかかわらず原判決が本件新聞記事を読んで事件を知れば、公安事件関係者が行為にでるであろうと認定しているのは、誤つた認定といわざるをえない。このような認定で、本件処分が適法であるとの判断は誤りである。
(三) 控訴人との関係
[23] 原判決の前記認定には、控訴人らについて全く触れていない。原判決は控訴人らが、公安事件関係者と認定していないにもかかわらず、前記認定となることは余りに暴論である。控訴人らに全く関係のないことでもつて、不利益に解することは許されない。
(四) 本件新聞記事との関係
[24] そもそも新聞のもつ公器性や新聞自体兇器性がないこと、紀律違反をもたらすものでないこと、新聞記事を読んで各自内心の意思によつて判断すること等前述したとおりである。
[25] ところが、原判決は3月31日付夕刊のみの新聞記事をあげて、本件抹消処分を4月1日朝刊以降もすべて適法としている。
[26] まず、4月1日朝刊以降の新聞記事について何らの認定せずに、抹消処分を適法としているのは誤つた判断である。それに仮りに紀律違反行為が予想できるとしても、事件すべての新聞記事を抹消することは許されない。記事のうち写真や批判的な記事、ラジオ番組等紀律違反行為とは関係のない記事までも抹消する理由はない。まさに原判決のいう「必要かつ合理的な範囲」に限られるべきであつて、事件に関するすべての記事を抹消することが適法であるとの認定は誤つているという他ない。
[27] 原判決ですら「いささか過剰措置の嫌いがあつた」と認めざるをえないのである。

[27] よつて、原判決は誤つた認定をしており、取消されるべきである。

■ 理  由


[1] 当裁判所も、控訴人の本訴請求を棄却すべきものと考える。
[2] その理由は原判決理由説示と同一であるからこれを引用する(但し原判決書23丁裏8行目「平隠」とあるのを「平穏」と、訂正し、28丁裏8行目の「東京拘置所長が」の次に「昭和45年3月31日付夕刊から同年4月2日付朝刊までの読売新聞に対して」を加える)。控訴人らの当審における主張、及び当審において提出した(証拠略)をもつてしても、右認定判断を動かすことはできない。
[3] よつて原判決は相当であるから、民訴法384条1項に則り本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法95条、89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官  岡松行雄  唐松寛  木村輝武)

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