「よど号」新聞記事抹消事件
第一審判決


損害賠償請求事件
東京地方裁判所 昭和45年(ワ)第3319号
昭和50年11月21日 判決

原告 甲野春子(仮名) ほか7名
被告 国
   代理人 武田正彦 豊島徳二 ほか2名

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由

■ 主  文

 原告らの請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告らの負担とする。

■ 事  実


(原告ら)
[1]一 被告は、原告らに対し、各11万円及びこれに対する昭和45年5月29日以降完済まで年5分の割合による金員を支払え。
[2]二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)
[3] 主文同旨の判決並びに仮執行免脱の宣言。
[4] 原告甲野、同丙川、同己里、同丁海、同戊丘は、昭和44年10月21日のいわゆる国際反戦デー闘争により公務執行妨害等の罪名で、原告庚沢、同乙山、同辛灘は同年11月16日のいわゆる佐藤訪米阻止闘争により公務執行妨害等の罪名で、それぞれ次表記載のとおり東京地方裁判所に起訴され、東京拘置所に勾留、収容された。
氏名起訴罪名起訴年月日入所年月日
甲野春子兇器準備集合44・11・1244・11・15
乙山夏子兇器準備集合
公務執行妨害
44・12・844・12・15
丙川秋子兇器準備集合
公務執行妨害
威力業務妨害
44・11・1244・11・15
丁海冬子兇器準備集合44・11・1244・11・5
戊丘梅子兇器準備集合
公務執行妨害
威力業務妨害
44・11・1244・11・5
己里桃子兇器準備集合
公務執行妨害
威力業務妨害
44・11・1244・11・5
庚沢桜子兇器準備集合44・12・844・12・15
辛灘花子兇器準備集合44・12・844・12・17

[5] 原告らは、同拘置所において読売新聞を定期講読していたところ、同新聞の昭和45年3月31日付夕刊から同年4月2日付朝刊までの4紙につき、紙面の大部分を墨で真黒に塗りつぶした判読不可能なものを配付された。右の塗抹された部分にはいわゆる赤軍派学生による日航機乗つ取り事件の記事が掲載されていたのであるが、同事件に関しては、ラジオ、テレビの番組案内欄にいたるまでその一切の記事を抹消したものである(なお4月2日付夕刊以降は、同事件の行為学生の氏名のみが抹消されている)。

[6] 東京拘置所長が原告らに対してなした右新聞記事抹消処分は以下の理由により違法無効である。

[7]1 同所長が本件記事抹消処分をなすにあたり依拠した監獄法31条、同法施行規則86条並びに「収容者に閲読させる図書、新聞等取扱規程」、「同規程の運用について」等はいずれも違憲無効である。
[8] すなわち、刑事被告人たる原告らが、拘置所に勾留されているのは逃亡と罪証隠滅のおそれがあるという理由によるものであるから制限されるのは原告らの身体の自由のみであつて、原告らの基本的人権たる知る権利まで奪いうるものでないのは当然である。
[9] 知る自由及び知る権利等の精神的自由は、拘禁、勾留目的とは全く無関係であるから、完全に保障されなければならない。
[10] しかるに、監獄法31条2項、同法施行規則86条1項は憲法が保障する知る自由、精神的自由を制限し、これを奪うものであるから憲法19条(思想の自由)、21条(表現の自由)に違反し、無効というべきである。

[11] 本件記事の内容は在監者を刺戟し、喧騒、騒じよう等を誘発するおそれは全くない。
[12] 本件記事は、日航機乗つ取り事件に関する犯罪の手段方法を含め、事件の全貌を詳しく報道したものであるが、本来、新聞に掲載される犯罪記事で、その手段方法を明らかにしない報道は存在しない。しかし、如何に兇悪な犯罪事件の報道記事であつても、右事件を報道し、そしてこれを読む者の側が直ちにこれに同調するものとはいえない。却つて、本件読売新聞の乗つ取り事件を取扱う姿勢を見出記事でただすなら、同新聞は明らかに右事件に対し、批判的であり、糾弾的である。
[13] 従つて、在監者が本件記事を読んだからといつて、これによつて影響を受けて拘置所内の紀律を乱す行為に出るなどのおそれはないものである。まして、原告らは赤軍派でもなく、他の多数の在監者も赤軍派と無関係であるから、なおさらである。
[14] また、テレビ番組(3月31日夕刊12面)や広告欄(4月2日朝刊7面)の「日航機乗つ取り事件」とあるだけの記事及び写真欄の説明記事まで抹消するに至つては適法性の根拠は何ら存しない。

[15] 本件記事の閲読を許しても、これによつて拘置所の紀律を害するようなおそれはなかつたものである。
[16] 本件記事抹消処分当時、東京拘置所の在監者は1600余名、内女子在監者は約100名であつた。新聞購読者は全体で300余名、そのうち公安事件関係者は230余名であつた。従つて、原告らの在監する女子舎房には全体の16分の1が収容されているにすぎず、公安事件関係者はさらに少数ということになる。そして、女子舎房においては従来被告の主張するような新聞記事に刺戟された騒じよう事件は生じたことがなかつた。
[17] 原告らは、本件のように真黒に塗りつぶされた新聞を配布されたことにつき看守らに対し質問、説明を求めたことはあるが、日航機乗つ取り事件を知つてからでも、騒ぎをおこしたことはない。
[18] また、特定の新聞記事を読んで読者がどのように感ずるかは、各人の内心の意思の問題であつて、外部から判断できることではない。まして拘置所では、新聞の配付は購読者に一斉に配付されるのではなく、順次に配付されるのであるから、房舎全体が一斉に騒ぐということはありえないのである。
[19] 従つて、本件記事の内容及び当時の在監者の状況からしても、本件記事は拘禁目的や拘置所の紀律を害するおそれは全くなかつたのである。

[20] 東京拘置所長は、従来在監者発信の手紙・はがきを部分的に抹消していながら、在監者に宛てられた右翼同志会と称する者のはがきは、明らかに脅迫(殺人)を内容としたものであるにも拘らず抹消されずに配達されている。
[21] このような取扱事例からみても東京拘置所長の本件記事抹消処分は明確な根拠も基準もなく恣意的になしたものであり違法である。

[22] 原告らは、新聞を購読する際、閲読に支障がある部分は記事を抹消されてもかまわないとの旨の同意書を東京拘置所長に提出したことはある。しかし、右同意書は、これを拒否すれば新聞等は一切閲読できないという状況のもとに作成されたもので、事実上右同意を拒否することはできなかつたに等しいものであるから、右同意は在監者の表現の自由、知る権利を侵害するものであり無効というべきである。
[23] 仮りに右同意が有効であるとしても、拘置所長が新聞記事を抹消しうるのは必要最少限に限られ、かつ合理的理由がある場合にのみ認められる趣旨であるところ、すでに述べたように、本件記事の抹消にはその必要も、合理的理由もなかつたのであるから同所長のなした本件記事抹消処分は違法である。

[24] 原告らは東京拘置所長の故意または重大な過失に基づく違法な本件記事抹消処分により、日航機乗つ取り事件について全く知ることができず、毎日全面を真黒に塗抹された新聞を渡されて、不安と焦燥のうちに時間を過ごさざるをえなかつた。しかも、原告らは在監者として社会から隔絶され、社会のできごとを知る唯一の手段としての新聞すら合理的理由もなしに記事を抹消されたのであつて、まさに、原告らの憲法に保障された知る権利に対する重大なる侵害である。よつて、被告は原告らに対し慰藉料として各10万円を支払う義務がある。
[25] また、原告らは本件訴訟を提起するにつき、原告代理人らとの間に弁護士費用としてそれぞれ1万円を支払う旨契約した。

[26] よつて、原告らは被告に対し各11万円及びこれに対する本件不法行為の日以降の日である昭和45年5月29日から支払済まで民事法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

[27] 請求原因第一項の事実は認める。

[28] 請求原因第二項の事実は認める。

[29] 同第三項の東京拘置所長がなした本件記事抹消処分が違法無効との主張は争う。

[30] 同第四項は争う。

[31] 本件記事抹消処分は次のとおり適法である。

1 本件新聞紙の抹消状況について
[33] 昭和45年3月31日午前7時40分頃、富士山頂附近上空で、羽田発の日航機「よど号」を赤軍派学生が乗つ取る事件が発生し、その後同事件が一応落着するまでの間、右事件に関する詳細な記事が原告らの閲読している読売新聞にも掲載されたのであるが、事件発生の3月31日、東京矯正管区を通じて「過激な集団暴力行為による刑事被告人を収容する施設においては、万一に備え警備を厳にするとともに、収容中の者の動揺、騒じようを防ぐため購読させる新聞紙、その他の報道の内容についても充分留意し適切な措置をとるべき」旨の矯正局長の指示があつた。東京拘置所長は、これに基づき3月31日夕刊から4月2日朝刊の記事中、右日航機乗つ取り事件に関する記事は監獄法施行規則86条に規定する未決拘禁者に閲読を許されるべき「拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ規律ニ害ナキモノ」に該らないと認め、同事件に関する一切の記事を抹消したうえ原告らにそれぞれ配付した。
[34] なお、4月2日夕刊からは、同事件に関する報道に関する焦点が乗客の救出方法に移つたこと、ラジオのスポツトニユース等により、収容者が事件の概要を知るにいたつたものと認められたので、制限を緩和した。

2 本件記事抹消処分の適法性について
(一) 当時の東京拘置所の保安状況
[35] 東京拘置所は、主として拘置監からなる監獄であつて、主に刑事被告人および死刑の言渡を受けた者を拘禁する施設である。
[36] 本件記事抹消処分の行われた昭和45年4月1日当時、同所には、刑事被告人および死刑確定者らが1695名在監していた。
[37] このうち318名は、原告らも含めて、昭和43年頃から同45年にかけて発生したいわゆる過激派集団による一連の暴力的闘争に関連して検挙された公安事件関係者であつた。ところで、これらの公安事件関係在監者は、拘置所内において、獄中闘争とか同志連帯の確認などと称し、拘置所内の処遇等に関する事項であると拘置所外のできごとであると問わず刺激的なニユースに接したときは、多数の者が大声を発し、シユプレヒコール、インター合唱、拍手、房扉、房壁の乱打、ハンスト、点検、出還房の拒否等をして、所内秩序のかく乱をはかるのみならず、処遇上のさ細な問題をとらえて、ことさら職員の指示に反抗することが多く、その中には暴力的行為に出る者も少なくなかつたのである。
[38] また、右公安事件関係在監者に対する拘置所外部からの働きかけも活発で、拘置所周辺における「監獄法撤廃」「獄中弾圧反対」「不当勾留反対」等を叫ぶデモおよびマイクによる呼びかけのほか、獄中と獄外との連携をあおるパンフレツトあるいは前記のごとき所内における闘争的行動についてこれを賞賛する文書の差入も多く、なかには獄内外において反乱をおこし東京拘置所を日本のバスチーユにしようとか、獄中被告を実力で奪還しようとの呼びかけもあり、昭和44年10月18日には数名の者が棒、火炎ビン等をもつて所内に乱入した事件も発生した。以上のとおり当時の同所の保安状況は容易ならざるものがあつたので、同所内の秩序を維持し、未決勾留制度を適正に保持するについては十分配慮する必要があつた。そのため、拘置所内外の警備を厳重にするだけでなく、在監者の発受する信書、文書図画の検閲を慎重に行い、拘禁の目的に反し、監獄の規律に有害な文書図画の閲読を規制する必要性が大きかつたのである。
(二) 本件新聞記事の内容および在監者に及ぼす影響等
[39] 昭和45年3月31日付読売新聞夕刊は、第1面トツプに「赤軍派学生日航機乗つ取り、乗客ら100人をしばる。」との大見出しのもとに「31日午前7時40分ごろ東京羽田発福岡行き日本航空351便ボーイング727型機「よど号」(石田真二機長(47)乗員7名乗客130人=うち幼児2人)が静岡県富士山頂付近を飛行中、赤軍派と称する学生15人が「航路を変更して北朝鮮の富寧に行け。いうことをきかないと持つている爆薬を爆破させる。」とピストルや日本刀などでおどし、乗客の両手をしばつて監禁して同機を乗つ取つた。同機長は、燃料不足を理由に福岡、板付空港に同機を着陸させた。そして、同機長はじめ日本航空、運輸省、警察庁、福岡県警は、しばられたまま監禁されている乗客を降すよう説得を続けたが、一味は乗客のうち老人、女性ら23人を降させただけで、午後1時58分同機を乗客115人を乗せたまま離陸させて不法出国の目的を挙げ、韓国の金浦に着陸した。」旨の記事を写真入で詳細に掲載しているのである。
[40] 同紙の同年4月1日付朝刊、夕刊および同月2日付朝刊は、右のとおり乗つ取られた「よど号」の乗客等を救出するために、日韓両国政府日航関係者らが、右学生らに対し懸命の説得を続けたにもかかわらず、右学生らは乗客、乗員100余人を人質として脅迫監禁し「何日間でも機内でろう城する。攻撃を加えてくれば自爆する。われわれの目的はこの飛行機に乗つたまま平壌に飛んでいくことだ。われわれのもつている爆弾で飛行機は爆破できる。」などと云つて北朝鮮行きを強要している状況など右乗つ取り事件の詳細を掲載している。
[41] 右事件は、我が国では前代未聞の兇悪な航空機乗つ取り事件であつてきわめて衝撃的なニユースである。この事件は学生らの説得工作が困難をきわめ、時の経過とともに監禁されている乗客の健康生命が危ぶまれ、きわめて緊迫した状態が続いていたのであつて、右事件がいかなる方向に発展していくか予測できない状況下にあつた同月1日ないし2日の時点において、前述のごとき保安状況下にあつた東京拘置所において公安事件関係在監者をはじめとして新聞購読在監者らに本件新聞記事を閲読させた場合(昭和45年4月1日の新聞購読者数は304名、うち公安事件関係者235名。)これら在監者が右赤軍派学生らの暴挙に共感し、あるいは、その刺激を受けて喧騒、騒じようにわたる行為に出るおそれが多分にあり、また当時、東京拘置所内に約30名の赤軍派関係者が収容されていたことを考慮するとき、日航機乗つ取り事件の事態の進展いかんによつては、騒じよう行為が暴動化し、在監者が日航機乗つ取り学生らの犯行の手口を真似て職員を人質として監禁し釈放要求をなしてくるおそれがないとはいえなかつたのである。さらに、右事件発生当初日航機乗つ取りの目的が必らずしも明らかでなく本件新聞記事にも見られるとおり、日航機乗つ取り学生らが機内に監禁されていた乗客らと引き換えに、在監被告人らの釈放を要求してくるのではないかとの推測も一般になされていたのである。この事件を前記在監者らが知つた場合にはいかなる挙動に出てくるか予断を許さぬ状況であつたのである。
[42] そのため、東京拘置所は、本件新聞記事が、文書図画の許可基準を定めた監獄法令、訓令、通達等に示す犯罪の手段方法を詳細に伝えたものであつて、拘禁の目的に反し所内の紀律を害するおそれがあるものに該当すると判断し、4月2日配付の3月31日付夕刊紙、4月1日付朝刊紙、同日付夕刊紙および4月3日朝配付の4月2日付朝刊紙については、右日航機乗つ取り事件に関する記事を全面抹消するという処置をとつたものであり、これは当時の東京拘置所の保安状況および右事件の特異性から監獄の秩序を維持し、拘禁目的を達するためには真にやむを得ない適法な処置というべきである。
(三) 本件記事抹消処分の法令上の根拠
[43] 在監者の図書閲読につき、監獄法31条は、1項において「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」、2項において「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と各規定し、これを受けて監獄法施行規則86条1項は「文書、図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定している。そして、昭和41年12月13日法務大臣の訓令として、取扱規程が定められた。その3条1項は、「未決拘禁者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書、図画は、次の各号に該当するものでなければならない。
一 罪証隠滅に資するおそれのないもの
二 身柄の確保を阻害するおそれのないもの
三 紀律を害するおそれのないもの
と規定し、同条5項は、「前4項の規定により収容者に閲読させることのできない図書、新聞紙その他の文書、図画であつても、所長において適当であると認めるときは、支障となる部分を抹消し、又は切り取つたうえ、その閲読を許すことができる。」と規定している。また、同月20日法務省矯正局長は、右取扱規程の運用について依命通達を発したが、未決拘禁者に対する文書、図画等の閲読の許可基準については、二の1において「(一)未決拘禁者に対しては、たとえば(1)当該施設に収容中の被疑者、被告人が罪証隠滅に利用するおそれがあるもの、(2)逃走、暴動等の刑務事故を取り扱つたもの、(3)所内の秩序びん乱をあおり、そそのかすおそれのあるもの、(4)風俗上問題となるようなことを露骨に描写したもの、(5)犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたもの、(6)通信文又は削除し難い書込みのあるものあるいは故意に工作を加えたもの(中略)などは、その閲読を許さないこと。」とされ、二の2において「五項により図書、新聞紙等の支障となる部分を抹消又は切り取りのうえ、その閲読の許否を決定するにあたつては、抹消又は切り取りによつて生ずる問題を十分に検討して行う。」ものと指示されている。
[44](四) 本件新聞記事の内容は、前述の如くいわゆる赤軍派学生による日航機「よど号」乗つ取り事件に関するもので、それは周知のとおり、集団により兇器をもつて100余名の一般乗客及び乗務員を脅迫、監禁して不法出国の目的を遂げたもので、全国民に甚だしい衝撃を与えるとともに、大なる不安に陥れた兇悪事件であり、読売新聞のこれに関する記事、とくに3月31日夕刊より4月2日朝刊までの分は、犯罪の手段、方法を含めて事件の全ぼうを詳細に報道したものである。したがつて、もし右の内容の記事が在監中で不安定な精神状態にあつた原告らに即時全面的に報道されるときは、収容後当時までの原告ら公安事件在監者の言動ならびに、当時の公安事件在監者にいわゆる赤軍派所属の者もいたこと等に鑑みるとき、原告らをはじめとする在監者の間に動揺興奮を招来して騒ぎが起り、前掲規程3条1項の紀律を害するおそれなしとしない状況にあつたもので、かくの如きは監獄法施行規則86条1項の監獄の紀律を維持するうえで害がある場合にあたるというべきで、以上のような見地からした東京拘置所長の本件措置は正当であつてなんらの違法はないというべきである。
[45] 加えて、原告らは、本件新聞紙を購読するに際して、本件新聞紙の記事のうち、閲読に支障があると認める部分の抹消又は切取りを事前に承諾している事実に徴すれば、本件措置は適法であるというべきであるし、また、本件措置によつて原告らが主張するような精神的損害が発生する筈もないというべきである。

3 監獄法31条2項、同法施行規則86条1項の合憲性について
[46] 原告らは、監獄法31条2項「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」および同法施行規則86条1項「文書、図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」の規定は憲法19条の思想の自由、同21条の表現の自由を保障した規定に違反し、違憲無効である旨主張する。
[47] しかしながら、監獄法31条2項は、在監者に対する文書、図画の閲読を制限しうる旨を定めるとともにその制限の具体的内容を命令に委任しており、これを受けて監獄法施行規則86条が定められているのであつて、右委任は国会の立法権を実質的に没却するような無制限な一般的、包括的委任ではなく、国会の立法権の下に対在監者という一定の関係において文書、図画閲読の制限の具体的内容という一定の事項を委任したものと解すべきである。
[48] しかして、未決拘禁は、刑事訴訟法にもとづく逃走または罪証隠滅の防止を目的として被疑者または被告人の居住を監獄内に限定するものであるが、在監者は社会各般の階層から成り、しかも一般社会からその意に反して強制的に隔離収容されたという特殊な環境と在監者の性格や心理状態等によつて精神の平衡を失いがちであるから、これらの在監者を多数収容してこれを集団として管理するにあたつては、在監者の生命、身体の安全の確保、衛生および健康の管理、施設内の平隠の確保等その秩序を維持し正常な状態を保持するために、一般社会とはおのずから異なつた配慮をする必要があるのである。そして、そのためには、在監者の身体の自由を拘束するだけでは足りず、右に述べたような配慮に照らし、必要かつ合理的な限度において在監者のその他の自由に対し制限を加えることもまたやむをえないものといわなければならない。
[49] したがつて、監獄法31条2項、同法施行規則86条1項の文書、図画の閲読は拘禁の目的に反せず、且つ監獄の紀律に害なきものに限り許すとの規定は、監獄の目的を達成するために必要不可欠の合理的な制限を定めたものであり、結局公共の福祉に合致するものであつて、なんら憲法19条および同21条に違反するものではない。

■ 理  由


[1] 原告らがその主張の日時及び罪名で東京地方裁判所に起訴され、東京拘置所に勾留、収容されたこと、並びに右拘置所長が請求原因第2項のとおり本件記事抹消処分をなしたことは当事者間に争いがない。
[2] 原告らは、東京拘置所長のなした本件記事抹消処分は違法な公権力の行使であると主張するので、右の違法性の有無について判断する。

[3] 原告らは、まず、東京拘置所長が本件記事抹消の処分をなすにあたり依拠した監獄法31条、同法施行規則86条並びに右法令を具体化した法務大臣の訓令及び法務省矯正局長の通達等はいずれも憲法19条、21条に違反し無効であると主張する。
[4] 刑事被告人を拘置所に収容し、その自由を拘束するのは拘禁の目的たる逃亡及び罪証隠滅の防止にあることはいうまでもないが、右目的のために収容せられた多数の在監者を集団として規整管理するにあたつては、在監者の生命、身体の安全の確保、衛生及び健康管理等の観点からはもとより、施設内の平隠の確保の観点からも拘置所長が必要かつ合理的な限度において在監者の身体的自由以外の自由についても制限を加えることもやむをえないことといわなければならない。
[5] 従つて、未決拘禁者の新聞図書等の閲読についても絶対にこれを制限できないとする理由はないというべきである。もつとも、右の如き閲読の自由は、憲法19条の保障する思想及び良心の自由並びに同法21条の保障する表現の自由に属するものと解すべきところ、右の自由は民主主義社会の根幹をなす基本的原理の一つであることはいうまでもないのみならず、未決拘禁者にとつては一般社会に関する情報を得るための殆んど唯一の手段として格別の意味を有するものでありしかも新聞図書等は兇器等のようにそのものの存在自体が拘置所内における紀律違反を惹起する直接的手段となりうるものではなく、未決拘禁者がこれを閲読し、その影響如何によつてあるいは紀律違反を惹起するかもしれない可能性を含むという間接的な性質を有するに過ぎないものであること等に思いをいたすならば、右の如き自由の制限は、できるかぎり、これを避けるべきものであることは言を俟たないところであるから、右の制限が許されるためには、単に一般的、抽象的に拘置所内の紀律を害するおそれがあるというのでは足りず、当該未決拘禁者の行状、拘置所内外の情勢からする拘置所の保安状況、看守の人員配置等の管理状況、その他諸般の具体的状況下において当該内容の新聞図書等の閲読を許すことが監獄内の紀律を害する結果を生ずるといいうる程の相当の藍然性が認められる場合において初めてその必要が認められるべきであり、しかもその目的を達するための合理的な範囲内においてのみ許されると解するのが相当である。
[6] ところで、在監者の図書閲読につき、監獄法31条1項は、「在監者文書、図書ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」とし、2項において「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、これを受けて監獄法施行規則86条1項は、「文書図書ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定している。そして、〈証拠略〉によれば、昭和41年12月13日法務大臣の訓令として取扱規程が定められ、同月20日法務省矯正局長が右取扱規程の運用について依命通達(右規程及び通達の内容はいずれも被告の主張五の2の(三)記載のとおり)を発したことが認められる。
[7] しかして、これらの法令、訓令並びに通達は、いずれも前述したような監獄内における未決拘禁者の新聞図書等閲読の制限の実質的根拠及びその範囲等に関する基本的観点を前提として、その制限の範囲を順次具体的に定めたものと解せられるのであり、かつ右の基本的観点からこれらを解釈すべきであるから、そうとすれば右法令等は憲法19条、21条に違反するものではないことは前記説示に照らし明らかというべきである。
[8] 以上の理由により、右法令等の違憲をいう原告らの前記主張は理由がなく採用することができず、結局新聞閲読の制限は、右法令等に依拠し、前示基本的観点に従つてなすべき拘置所長の裁量行為に属するものといわなければならない。

[9] そこで進んで、東京拘置所長がなした本件記事抹消処分の適否につき右の観点から検討する。

[10] (証拠略)を総合すると、本件記事抹消処分当時の東京拘置所内における在監者、新聞購読者、新聞購読者の人数、構成、拘置所の保安状況、管理体制等は次の如きものであつたと認められる。
[11](一) 東京拘置所には昭和45年4月1日現在において合計1695名が収容されており、そのうち、未決拘禁中の被告人が1276名、懲役刑の執行を受けている者377名、禁錮刑の執行を受けている者16名、労役場に留置されている者22名、監置に処せられている者が4名おり、右未決拘禁中の被告人のうち、公安事件関係者(東大事件、10・21反戦デー事件、首相訪米阻止闘争事件等で逮捕され、兇器準備集合、公務執行妨害、建築物侵入等の容疑で起訴された学生、労働者等の被告人を指す。)318名(うち、いわゆる赤軍派関係者は合計21名)であつた。
[12](二) 東京拘置所において昭和45年3月31日から同年4月2日までの間新聞を購読していた在監者数は、同年3月31日304名(内公安事件関係者は235名)、4月1日304名(内公安事件関係者は235名)、4月2日301名(内公安事件関係者は232名)である。
[13](三) 東京拘置所長の本件措置当時、公安事件関係在監者のうちには、拘置所堀外のデモやマイクによる呼びかけに対して呼応したり、朝の点検の際大声で叫んだり、シユプレヒコール、拍手、足踏み、房扉、房壁の乱打、点検拒否などして看守の指示に従わない行為をする者、あるいはハンストをするなどの紀律違反行為をする者が多くみられ、これらの行為は右関係者の連帯感ないし同調性をもつて伝播し易い状況を呈していた(このように、右関係者の多くは、拘置所そのものを敵視し、中には、国家権力に対する獄中闘争と称して反則行為、看守に対する抗争を自らに課することを義務と考え、かつ、これによつて関係者の精神的昂揚をはからんとする者も少くなかつた)。
[14] なお、昭和44年4月から昭和45年3月までの間、東京拘置所内において発生した主な騒じよう事例は別表(省略)のとおりである。
[15](四) 当時、拘置所外部から公安事件関係在監者に対する働きかけも活発に行なわれ、堀外で「拘置所解体、収容者奪還」等と叫び、拘置所内の騒乱を誘発し、獄中被告を実力で奪還すべきことをうたつたパンフレツトを差入れる者もあり、横浜刑務所では点検のとき看守が在監者により監禁された事件、東京拘置所では所外の数名の者が棒、火炎ビン等をもつて所内に乱入した事件(昭和44年10月18日)がそれぞれ発生していた。
[16](五) 東京拘置所の在監者は9棟(内男子棟7舎、女子棟2舎)の舎房に収容され、各舎房は2階建の1舎を除きすべて3階建であり、各舎1階毎に、1人(独居房)ないし2人(雑居房)の看守が常時、交替制で警備及びその他の事務に従事していた。

[17] 本件抹消にかかるものと同じ読売新聞であることにつき争いのない(証拠略)によると、東京拘置所長がなした本件抹消にかかる記事というのは、その内容が、次のとおりのものであつたことが認められる。すなわち、昭和45年3月31日午前7時40分ごろ、東京羽田発福岡行き日本航空351便ボーイング727型機「よど号」(乗務員7人乗客130人が同乗)が静岡県富士山頂付近を飛行中、赤軍派と称する学生15人が「航路を変更して北朝鮮の富寧に行け。いうことをきかないと持つている爆薬を爆破させる。」とピストルや日本刀などでおどし、乗客の両手をしばつて監禁して同機を乗つ取つた事件について、その犯行の手口、犯行の成行き、監禁されている乗客の健康状態、犯人らに対する説得工作の難航等の模様を詳細に報道したものである。

[18] ところで、右認定の記事内容からすると、右事件はわが国では前代未聞の兇悪な航空機乗つ取り事件であつて極めて衝撃的ともいうべきニユースであるうえ、右事件は、犯行の動機は不明とはいうものの、赤軍派と称する学生らによつて惹起されたというものであるから、右事件の記事の閲読が許された場合には、これにより同派在監者のみならず公安事件関係在監者一般に対し影響を与え、そのため拘置所内の秩序維持に困難を来たす蓋然性が相当程度存していたことは、前記認定の如き当時における東京拘置所における在監者、新聞購読者の人数、構成、拘置所内外の情勢からする拘置所の保安状況、拘置所の管理体制からすれば容易に首肯しうるところというべきである。
[19] すなわち、とくに前示認定のとおり赤軍派の未決拘禁者を含め公安事件関係者は一般に拘置所及び同所の職員を敵視し、連帯感ないし同調性をもつて紀律違反行為を繰り返し、拘置所内外の情勢に応じて事を構えては看守と抗争し、監獄内における特異な生活環境において互いに刺戟し、激励鼓舞し合い、これを国家権力に対する獄中闘争と称してそこに精神的昂揚をはからんとする者が少くなかつたのであるから、かかる状況下においては、これらの者が、本件新聞記事を読んで、前記のような航空機乗つ取り事件が赤軍派学生により敢行され、成功したとの事件を知れば、快哉を叫び、これに呼応して公安事件関係在監者が何らかの意思表示をするであろうこと及びそのようなデモンストレーシヨンがなされれば、それによつて他の一般在監者に対しても心理的動揺を与え、かくては拘置所内の静ひつが攪乱され、秩序維持が著るしく困難となる事態の生ずることは避けられないとみるべき相当の蓋然性があつたものというべきである。
[20] しかして、右の如き蓋然性が当時客観的に存したことが認められる以上、東京拘置所長が本件新聞記事は前記矯正局長通達にいわゆる「犯罪の手段、方法を詳細に伝えたもの」に該るとして、原告らを含め、本件新聞購読者である在監者の新聞を閲読する権利を前示争のない方法によつて一時制限することは、前記二で示した基本的観点に照応し、必要かつ合理的な範囲に属するものと解するのが相当というべきである。
[21] そうとすれば、本件記事抹消処分は、たとえ、被告の主張する抹消についてのその他の理由が認められず、あるいは事後的判断をもつてすればいささか過剰措置の嫌いがあつたと評される面があるにせよ、当時の措置としては拘置所長に与えられた前示裁量権の範囲を逸脱したとか、又はこれを濫用したとかの違法のかどは存しないものといわなければならない。

[22] 以上の次第で、東京拘置所長のなした本件記事抹消処分は適法であるから、これが違法であることを前提とする原告らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものである。
[23] よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、93条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官  内藤正久  山下薫  飯村敏明)

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