成田新法事件
上告審判決

工作物等使用禁止命令取消等請求事件
最高裁判所 昭和61年(行ツ)第11号
平成4年7月1日 大法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 三里塚芝山連合空港反対同盟
          代理人 高橋庸尚 外44名

被上告人(被控訴人 被告) 運輸大臣
被上告人(被控訴人 被告) 国
     右代表者法務大臣 田原隆
          代理人 加藤和夫 外7名

 右当事者間の東京高等裁判所昭和59年(行コ)第7号工作物等使用禁止命令取消等請求事件について、同裁判所が昭和60年10月23日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあり、被上告人らは、一部破棄、訴え却下、一部棄却の判決を求めた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官園部逸夫の意見
■ 裁判官可部恒雄の意見

■ 上告代理人高橋庸尚の上告理由


 原判決のうち、被上告人運輸大臣が上告人に対してした昭和60年2月1日の公告に係る別紙記載の処分の取消請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件訴えを却下する。
 上告人のその余の上告を棄却する。
 第1項記載の部分に関する訴訟の総費用及び前項記載の部分に関する上告費用は、いずれも上告人の負担とする。

[1] 職権をもって調査するに、上告人は、本件訴えにおいて、被上告人運輸大臣が昭和60年2月1日の公告をもってした主文第1項掲記の処分の取消しを求めているところ、右処分は、別紙記載の建築物の所有者である上告人に対し、昭和60年2月6日から昭和61年2月5日までの間右工作物を新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和59年法律第87号による改正前のもの。以下「本法」という。)3条1項1号又は2号の用に供することを禁止することを命ずるものであり、右処分の効力は、昭和61年2月5日の経過により失われるに至ったから、その取消しを求める法律上の利益も消滅したものといわざるを得ない。そうすると、右処分の取消しを求める訴えはこれを却下すべきであり、右訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であることに帰するから、原判決のうち右請求に関する部分を破棄し、右訴えを却下すべきである。
1 上告代理人高橋庸尚の上告理由第一点の(一)のうち、本法は制定の経緯、態様に照らして拙速を免れず、法全体として違憲無効であるという点について
[2] 本法の法案が衆議院及び参議院でそれぞれ可決されたものとされ、昭和53年5月13日、同年法律第42号として公布されたものであることは公知の事実であるところ、法案の審議にどの程度の時間をかけるかは専ら各議院の判断によるものであり、その時間の長短により公布された法律の効力が左右されるものでないことはいうまでもない。論旨は、独自の見解であって、採用することができない。

2 同第一点の(二)について
[3] 現代民主主義社会においては、集会は、国民が様々な意見や情報等に接することにより自己の思想や人格を形成、発展させ、また、相互に意見や情報等を伝達、交流する場として必要であり、さらに、対外的に意見を表明するための有効な手段であるから、憲法21条1項の保障する集会の自由は、民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないものである。
[4] しかしながら、集会の自由といえどもあらゆる場合に無制限に保障されなければならないものではなく、公共の福祉による必要かつ合理的な制限を受けることがあるのはいうまでもない。そして、このような自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決めるのが相当である(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁参照)。
[5] 原判決が本法制定の経緯として認定するところは、次のとおりである。新東京国際空港(以下「新空港」という。)の建設に反対する上告人及び上告人を支援するいわゆる過激派等による実力闘争が強力に展開されたため、右建設が予定より大幅に遅れ、ようやく新空港の供用開始日を昭和53年3月30日とする告示がされたが、その直前の同月26日に、上告人の支援者である過激派集団が新空港内に火炎車を突入させ、新空港内に火炎びんを投げるとともに、管制塔に侵入してレーダーや送受信器等の航空管制機器類を破壊する等の事件が発生したため、右供用開始日を同年5月20日に延期せざるを得なくなった。このような事態に対し、政府は、同年3月28日に過激派集団の暴挙を厳しく批判し、新空港を不法な暴力から完全に防護するための抜本的対策を強力に推進する旨の声明を発表した。また、国会においても、衆議院では同年4月6日に、参議院でも同月10日に、全会一致又は全党一致で、過激派集団の破壊活動を許し得ざる暴挙と断じた上、政府に対し、暴力排除に断固たる処置を採るとともに、地元住民の理解と協力を得るよう一段の努力を傾注すべきこと及び新空港の平穏と安全を確保し、我が国内外の信用回復のため万全の諸施策を強力に推進すべきことを求める決議をそれぞれ採択した。本法は、右のような過程を経て議員提案による法律として成立したものである。
[6] 本法は、新空港若しくはその機能に関連する施設の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するため、その活動の用に供される工作物の使用の禁止等の措置を定め、もって新空港及びその機能に関連する施設の設置及び管理の安全の確保を図るとともに、航空の安全に資することを目的としている(1条)。本法において「暴力主義的破壊活動等」とは、新空港若しくは新空港における航空機の離陸若しくは着陸の安全を確保するために必要な航空保全施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるもの(以下、右の航空保安施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるものを「航空保安施設等」という。)の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する刑法95条等に規定された一定の犯罪行為をすることをいうと定義され(2条1項)、「暴力主義的破壊活動者」とは、暴力主義的破壊活動等を行い又は行うおそれがあると認められる者をいうと定義されている(同条3項)。
[7] ところで、本法3条1項1号は、規制区域内に所在する建築物その他の工作物が多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供され又は供されるおそれがあると認めるときは、運輸大臣は、当該工作物の所有者等に対し、期限を付して当該工作物をその用に供することを禁止することを命ずることができるとしているが、同号に基づく工作物使用禁止命令により当該工作物を多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することが禁止される結果、多数の暴力主義的破壊活動者の集会も禁止されることになり、ここに憲法21条1項との関係が問題となるのである。
[8] そこで検討するに、本法3条1項1号に基づく工作物使用禁止命令により保護される利益は、新空港若しくは航空保安施設等の設置、管理の安全の確保並びに新空港及びその周辺における航空機の航行の安全の確保であり、それに伴い新空港を利用する乗客等の生命、身体の安全の確保も図られるのであって、これらの安全の確保は、国家的、社会経済的、公益的、人道的見地から極めて強く要請されるところのものである。他方、右工作物使用禁止命令により制限される利益は、多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物を集合の用に供する利益にすぎない。しかも、前記本法制定の経緯に照らせば、暴力主義的破壊活動等を防止し、前記新空港の設置、管理等の安全を確保することには高度かつ緊急の必要性があるというべきであるから、以上を総合して較量すれば、規制区域内において暴力主義的破壊活動者による工作物の使用を禁止する措置を採り得るとすることは、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。また、本法2条2項にいう「暴力主義的破壊活動等を行い、又は行うおそれがあると認められる者」とは、本法1条に規定する目的や本法3条1項の規定の仕方、さらには、同項の使用禁止命令を前提として、同条6項の封鎖等の措置や同条8項の除去の措置が規定されていることなどに照らし、「暴力主義的破壊活動を現に行っている者又はこれを行う蓋然性の高い者」の意味に解すべきである。そして、本法3条1項にいう「その工作物が次の各号に掲げる用に供され、又は供されるおそれがあると認めるとき」とは、「その工作物が次の各号に掲げる用に現に供され、又は供される蓋然性が高いと認めるとき」の意味に解すべきである。したがって、同項1号が過度に広範な規制を行うものとはいえず、その規定する要件も不明確なものであるとはいえない。
[9] 以上のとおりであるから、本法3条1項1号は、憲法21条1項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

3 同第一点の(三)について
[10] 本法3条1項1号に基づく工作物使用禁止命令により多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物に居住することができなくなるとしても、右工作物使用禁止命令は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づき、高度かつ緊急の必要性の下に発せられるものであるから、右工作物使用禁止命令によってもたらされる居住の制限は、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。
[11] したがって、本法3条1項1号は、憲法22条1項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、本法3条1項3号についても憲法22条1項違反を主張しているが、右3号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

4 同第一点の(四)について
[12] 本法3条1項に基づく工作物使用禁止命令は、当該工作物を、(1)多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること、(2)暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること、又は(3)新空港又はその周辺における航空機の航行に対する暴力主義的破壊活動者による妨害の用に供することの3態様の使用を禁止するものである。そして、右3態様の使用のうち、多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することを禁止することが、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものであることは前記のとおりであり、この点は他の2態様の使用禁止についても同様であるから、右3態様の使用禁止は財産の使用に対する公共の福祉による必要かつ合理的な制限であるといわなければならない。また、本法3条1項1号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりであり、同項2号の規定する要件も不明確なものであるとはいえない。
[13] したがって、本法3条1項1、2号は、憲法29条1、2項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、同項3号についてもその規定する要件が不明確であると主張するが、同号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

5 同第一点の(五)について
[14] 憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。
[15] しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
[16] 本法3条1項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の3態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法3条1項が憲法31条の法意に反するものということはできない。また、本法3条1項1、2号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりである。
[17] 右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

6 同第一点の(六)について
[18] 憲法35条の規定は、本来、主として刑事手続における強制につき、それが司法権による事前の抑制の下に置かれるべきことを保障した趣旨のものであるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない(最高裁昭和44年(あ)第734号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号554頁)。しかしながら、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政手続における強制の一種である立入りにすべて裁判官の令状を要すると解するのは相当ではなく、当該立入りが、公共の福祉の維持という行政目的を達成するため欠くべからざるものであるかどうか、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものであるかどうか、また、強制の程度、態様が直接的なものであるかどうかなどを総合判断して、裁判官の令状の要否を決めるべきである。
[19] 本法3条3項は、運輸大臣は、同条1項の禁止命令をした場合において必要があると認めるときは、その職員をして当該工作物に立ち入らせ、又は関係者に質問させることができる旨を規定し、その際に裁判官の令状を要する旨を規定していない。しかし、右立入り等は、同条1項に基づく使用禁止命令が既に発せられている工作物についてその命令の履行を確保するために必要な限度においてのみ認められるものであり、その立入りの必要性は高いこと、右立入りには職員の身分証明書の携帯及び提示が要求されていること(同条4項)、右立入り等の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと規定され(同条5項)、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものではないこと、強制の程度、態様が直接的物理的なものではないこと(9条2項)を総合判断すれば、本法3条1、3項は、憲法35条の法意に反するものとはいえない。
[20] 右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

7 同第二点ないし第五点について
[21] 所論の点に関する原審の認定判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論違憲の主張は、前記説示と異なる前提に立つか又は独自の見解にすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。

[22] 以上のとおり、被上告人運輸大臣がした前記一の使用禁止命令以外の使用禁止命令の取消しの訴え及び被上告人国に対する訴えに関する上告人の上告は、すべて理由がなく、これを棄却すべきである。
[23] よって、行政事件訴訟法7条、民訴法408条、396条、384条、96条、95条、89条に従い、裁判官園部逸夫、同可部恒雄の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 上告理由第一点の(五)についての裁判官園部逸夫の意見は、次のとおりである。

[1] 私は、本法3条1項が憲法31条の法意に反するものではないとする法廷意見の結論には同調するが、その理由を異にするので、以下、私の意見を述べることとする。
[2] 私は、行政庁の処分のうち、少なくとも、不利益処分(名宛人を特定して、これに義務を課し、又はその権利利益を制限する処分)については、法律上、原則として、弁明、聴聞等何らかの適正な事前手続の規定を置くことが、必要であると考える。このように行政手続を法律上整備すること、すなわち、行政手続法ないし行政手続条項を定めることの憲法上の根拠については、従来、意見が分かれるところであるが、上告理由は、これを憲法31条に求めている。確かに、判例及び学説の双方にわたって、憲法31条の法意の比較法的検討をめぐる議論が、我が国の行政手続法理の発展に寄与してきたことは、高く評価すべきことである。しかしながら、我が国を含め現代における各国の行政法理論及び行政法制度の発展状況を見ると、いわゆる法治主義の原理(手続的法治国の原理)、法の適正な手続又は過程(デュー・プロセス・オヴ・ロー)の理念その他行政手続に関する法の一般原則に照らして、適正な行政手続の整備が行政法の重要な基盤であることは、もはや自明の理とされるに至っている。したがって、我が国でも、憲法上の個々の条文とはかかわりなく、既に多数の行政法令に行政手続に関する規定が置かれており、また、現在、行政手続に関する基本法の制定に向けて努力が重ねられているところである。もとより、個別の行政庁の処分の趣旨・目的に照らし、刑事上の処分に準じた手続によるべきものと解される場合において、適正な手続に関する規定の根拠を、憲法31条又はその精神に求めることができることはいうまでもない。
[3] ところで、一般に、行政庁の処分は、刑事上の処分と異なり、その目的、種類及び内容が多種多様であるから、不利益処分の場合でも、個別的な法令について、具体的にどのような事前手続が適正であるかを、裁判所が一義的に判断することは困難というべきであり、この点は、立法当局の合理的な立法政策上の判断にゆだねるほかはないといわざるを得ない。行政手続に関する基本法の制定により、適正な事前手続についての的確な一般的準則を明示することは、この意味においても重要なのである。
[4] もっとも、不利益処分を定めた法令に事前手続に関する規定が全く置かれていないか、あるいは事前手続に関する何らかの規定が置かれていても、実質的には全く置かれていないのと同様な状態にある場合は、行政手続に関する基本法が制定されていない今日の状況の下では、さきに述べた行政手続に関する法の一般原則に照らして、右の法令の妥当性を判断しなければならない事態に至ることもあろう。しかし、そのような場合においても、当該法令の立法趣旨から見て、右の法令に事前手続を置いていないこと等が、右の一般原則に著しく反すると認められない場合は、立法政策上の合理的な判断によるものとしてこれを是認すべきものと考える。
[5] これを本法3条1項について見ると、右規定の定める工作物使用禁止命令は、処分の名宛人を確知できる限りにおいて、右名宛人に対し不作為義務を課する典型的な行政上の不利益処分に当たる。したがって、本法に右命令についての事前手続に関する規定が全く置かれていないことに着目すれば、右に述べた意味において、右条項の妥当性が問題とされなければならない。しかし、この点については、右工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、当該工作物の3態様における使用であり、右のような態様の使用を禁止することは、新空港の設置・管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものである、という本判決理由の全体にわたる法廷意見の判断があり、私もこれに同調しているところである。本法3条1項の定める工作物使用禁止命令については、右命令自体の性質に着目すると、緊急やむを得ない場合の除外規定を付した上で、事前手続の規定を置くことが望ましい場合ではあるけれども、本法は、法律そのものが、高度かつ緊急の必要性という本件規制における特別の事情を考慮して制定されたものであることにかんがみれば、事前手続の規定を置かないことが直ちに前記の一般原則に著しく反するとまでは認められないのであって、右のような立法政策上の判断は合理的なものとして是認することができると考えるのである。このような見地から、私は、本法3条1項が憲法31条の法意に反するものではないとする法廷意見に対し、その結論に同調するのである。


 上告理由第一点の(五)についての裁判官可部恒雄の意見は、次のとおりである。

[1] 憲法31条にいう「法律に定める手続」とは、単に国会において成立した法律所定の手続を意味するにとどまらず、「適正な法律手続」を指すものであること、同条による適正手続の保障はひとり同条の明規する刑罰にとどまらず「財産権」にも及ぶものであること(昭和30年(あ)第2961号同37年11月28日大法廷判決・刑集16巻11号1593頁)、また、民事上の秩序罰としての過料を科する作用は、その実質においては一種の行政処分としての性質を有するものであるが、非訟事件手続法による過料の裁判は、過料を科するについての同法の規定内容に照らして、法律の定める適正な手続によるものということができ、憲法31条に違反するものでないこと(昭和37年(ク)第64号同41年12月27日大法廷決定・民集20巻10号2279頁)、また同条の法意に関連するものとして、憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあるとするのは相当でないこと(昭和44年(あ)第734号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号554頁)は、いずれも当裁判所の判例とするところである。

[2] 憲法31条による適正手続の保障は、ひとり刑事手続に限らず、行政手続にも及ぶと解されるのであるが、行政手続がそれぞれの行政目的に応じて多種多様である実情に照らせば、同条の保障が行政処分全般につき一律に妥当し、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を欠くことが直ちに違憲・無効の結論を招来する、と解するのは相当でない。多種多様な行政処分のいかなる範囲につき同条の保障を肯定すべきかは、それ自体解決困難な熟慮を要する課題であって、いわゆる行政手続法の制定が検討されていることも周知のところであるが、論点をより具体的に限定して、私人の所有権に対する重大な制限が行政処分によって課せられた事案を想定すれば、かかる場合に憲法31条の保障が及ぶと解すべきことは、むしろ当然の事理に属し、かかる処分が一切の事前手続を経ずして課せられることは、原則として憲法の許容せざるところというべく、これが同条違反の評価を免れ得るのは、限られた例外の場合であるとしなければならない。例外の最たるものは、消防法29条に規定する場合のごときであるが、これを極限状況にあるものとして、本件が例外の場合に当たるか否かを考察すべきであろう。

[3] 本法の制定をめぐる問題状況については、上告理由第一点の(二)について法廷意見の述べるとおりであるが、本件において注目されるのは、本件工作物の設置の時期、場所、特に当該工作物自体の構造である。すなわち、原判決(その引用する第一審判決を含む)の認定するところによれば、
「本件工作物は鉄骨鉄筋コンクリート地上3階、地下1階建の建物であり、東西11.47メートル、南北11.5メートル、地上部分の高さ約10メートルの立方体に類似した形状をしていて、7か所の小さな換気口及び明り取りのほかには窓及び出入口は存在せず、四方がコンクリートづくめの異様な外観であり、また、内部への出入りは地上から梯子をかけて屋上に昇りその開口部分から行う等の特異な構造を有し、その内部構造も、1階から2階へ、地下部分から直接2階へ、3階から屋上への各昇降口には鉄パイプ梯子がかけられており、2階から3階への昇降口には木製の踏み台が置かれているほかは各階相互間に階段等の昇降手段がない特異な構造となっていること、そして地下部分から緊急時の出入り用のトンネルが左右に掘られている」
というのであって、その構造は、右の判示にみられるように異様の一語に尽き、通常の居住用又は農作物等の格納用の建物とは著しく異なり、何びともその使用目的の何たるかを疑問とせざるを得ないであろう。
[4] 次に、本件工作物に対する行政処分の具体的内容をみるのに、そこにおいて禁止される財産権行使の態様としては、「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること」及び「暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること」という2態様に尽きるのである。

[5] 対象となる所有権の内容が、具体的には右にみるようなものであり、また、これを制限する行政処分の内容が右にみるとおりであるとすれば、本件の具体的案件を、行政処分による所有権に対する重大な制限として一般化した上で、本件処分を目して、事前の告知・聴聞を経ない限り、憲法31条に違反するものとするのは相当でない。
[6] すなわち、本件工作物の構造の異様さから考えられるその使用目的とこれに対する本件処分の内容とを総合勘案すれば、前記にみるような態様の財産権行使の禁止が憲法29条によって保障される財産権に対する重大な制限に当たるか否か、疑問とせざるを得ないのみならず、これを強いて「重大な制限」に当たると観念するとしても、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を経ない限り、31条を含む憲法の法条に反するものとはたやすく断じ難いところである。

[7] これを要するに、一般に、行政処分をもってする所有権の重大な制限には憲法31条の保障が及ぶと解されるのであり、また、かく解することが当裁判所の累次の先例の趣旨に副う所以であると考えられるが、本件工作物につき前記態様の使用の禁止を命じた本件処分につき、事前手続を欠く限り憲法31条に違反するものとすることはできない。
[8] 論旨は理由がなく、原判決は結論において是認すべきものと考える。

(裁判長裁判官 草場良八  裁判官 藤島昭  裁判官 坂上壽夫  裁判官 貞家克己  裁判官 大堀誠一  裁判官 園部逸夫  裁判官 橋本四郎平  裁判官 中島敏次郎  裁判官 佐藤庄市郎  裁判官 可部恒雄  裁判官 木崎良平  裁判官 味村治  裁判官 大西勝也  裁判官 小野幹雄  裁判官 三好達)
 昭和60年2月6日から昭和61年2月5日までの間、千葉県山武郡芝山町香山新田字横山115番1に所在する鉄骨、鉄筋コンクリート地上3階、地下1階建の建築物1棟(通称「横堀要塞」)を、新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法3条1項1号又は2号の用に供することを禁止する処分
[1] すなわち、本件命令の根拠となった新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(以下「本法」という。)は、違憲無効の法律であり、本件命令の根拠条文である本法第3条は、次の理由により違憲無効である。

[2](一) 本法は、法制定の経緯・態様に照らして拙速を免れず、法全体として違憲無効であるが、本法第3条1項は、以下に述べるとおり、憲法第21条第1項、第22条第1項、第29条第1項及び第2項、第31条、第35条に各違反するものである。したがって、かかる違憲の立法である本法を根拠とする本件各処分も違憲無効なものである。

(二) (憲法第21条第1項違反)
[3] 本法第3条1項は、その第1号において、「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用」に供され、又は供されるおそれがあると認められるときを、当該工作物の使用禁止命令発動の一つの要件としている。このように「集合」を要件としていることは、単に工作物の効用、価値の具体化としての使用収益権の侵害を超えて、憲法第21条第1項に定める集会の自由の保障に反するものである。

(三) (憲法第22条第1項違反)
[4] 本法第3条第1項第1号は、「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用」と定め、同項第3号は、「(前略)暴力主義的破壊活動者による妨害の用」と定める。これらは、現に各建物に居住している者の居住をも制限する適用を可能にするものであり、そうだとすれば、それは憲法第22条第1項で定める居住の自由を侵すことになる。

(四) (憲法第29条第1項及び第2項違反)
[5] 憲法第29条第1項は「財産権はこれを侵してはならない。」と、同条第2項は、「財産権の内容は公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」とそれぞれ規定し、財産権を制限するためには、公共の福祉の要請と法律による定めの2条件の存在を要求している。
[6] 本法第3条第1項は、所有者の物件の使用を制限するものであり、また、同法第3条第6及び第8項は、運輸大臣が工作物の撤去、封鎖等の措置をとりうることを定めており、いずれも財産権の制限を規定の内容としているが、その制限の理由には何ら合理性がなく、制限を正当化するための公共の福祉の要請は存しないものである。また、本法は、「暴力主知的破壊活動(者)」(第3条第1項第1ないし3号)、「妨害の用」(同項第3号)、「供されるおそれ」(同項本文)といった不明確な要件の認定を運輸大臣に包括的に委任するもので、法律による定めとはいえない。
[7] したがって、本法第3条第1項は、憲法第29条第1項及び第2項に違反するものである。

(五) (憲法第31条違反)
[8] 憲法第31条の適正手続の保障は、刑事手続に限らず、行政手続にも要請されるものである。緊急措置法(本法)は、工作物の所有者等に対し、供用禁止命令を発し(第3条第1項)、その違反に対し、刑事罰を課し(第9条第1項)、また、工作物の封鎖、除去の処分をも定めている(第3条第6項、第8項)。しかるに本法は、これらの財産権等の基本的人権に対する侵害処分について、工作物の所有者、管理者、占有者に対して告知、弁解、防禦の機会を与える規定を欠くものであり、適正手続の保障がなく、憲法第31条に違反する。
[9] また前項後段に主張したとおり、同法第3条第1項においては、運輸大臣の認定基準が著しく恣意的、一般的であって、これは明確性を欠き、構成要件をあいまいにするもので、この点からも憲法第31条に違反する。

(六) (憲法第35条違反)
[10] 憲法第35条は、住居の不可侵と捜索、押収に対する保障を定める。同条も刑事手続に限らず、行政手続にも適用されるものである。しかるに、本法第3条第1項の供用禁止命令は、同条第3項の工作物への立入りの規定と相まって住居の不可侵性を侵し、令状によらない捜索を許すもので、いずれも憲法第35条に違反する。

[11] 以上のとおり、本件命令は、右違憲の本法に基づいて発せられたものであり、違憲無効のものであるのに、これを合憲とした原判決は憲法に違背している。

(第二点以下省略)

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