南九州税理士会事件
上告審判決

選挙権被選挙権停止処分無効確認等請求事件
最高裁判所 平成4年(オ)第1796号
平成8年3月19日 第3小法廷 判決

上告人(被控訴人 原告) 牛島昭三
被上告人(控訴人 被告) 南九州税理士会

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人馬奈木昭雄、同板井優、同浦田秀徳、同加藤修、同椛島敏雅、同田中利美、同西清次郎、同藤尾順司、同吉井秀広の上告理由
■ 上告代理人上条貞夫、同松井繁明の上告理由
■ 上告代理人諫山博の上告理由
■ 上告人の上告理由


一 原判決を破棄する。
二 上告人の請求中、被上告人の昭和53年6月16日の総会決議に基づく特別会費の納入義務を上告人が負わないことの確認を求める部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
三 その余の部分につき、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
四 第二項の部分に関する控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

[1] 右各上告理由の中には、被上告人が政治資金規正法(以下「規正法」という。)上の政治団体へ金員を寄付することが被上告人の目的の範囲外の行為であり、そのために本件特別会費を徴収する旨の本件決議は無効であるから、これと異なり、右の寄付が被上告人の目的の範囲内であるとした上、本件特別会費の納入義務を肯認した原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があるとの論旨が含まれる。以下、右論旨について検討する。

[2] 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
[3] 被上告人は、税理士法(昭和55年法律第26号による改正前のもの。以下単に「法という。)49条に基づき、熊本国税局の管轄する熊本県、大分県、宮崎県及び鹿児島県の税理士を構成員として設立された法人であり、日本税理士会連合会(以下「日税連」という。)の会員である(法49条の14第4項)。被上告人の会則には、被上告人の目的として法49条2項と同趣旨の規定がある。
[4] 南九州税理士政治連盟(以下「南九税政」という。)は、昭和44年11月8日、税理士の社会的、経済的地位の向上を図り、納税者のための民主的税理士制度及び租税制度を確立するため必要な政治活動を行うことを目的として設立されたもので、被上告人に対応する規正法上の政治団体であり、日本税理士政治連盟の構成員である。
[5] 熊本県税理士政治連盟、大分県税理士政治連盟、宮崎県税理士政治連盟及び鹿児島県税理士政治連盟(以下、一括して「南九各県税政」という。)は、南九税政傘下の都道府県別の独立した税政連として、昭和51年7、8月にそれぞれ設立されたもので、規正法上の政治団体である。
[6] 被上告人は、本件決議に先立ち、昭和51年6月23日、被上告人の第20回定期総会において、税理士法改正運動に要する特別資金とするため、全額を南九各県税政へ会員数を考慮して配付するものとして、会員から特別会費5000円を徴収する旨の決議をした。被上告人は、右決議に基づいて徴収した特別会費470万円のうち446万円を南九各県税政へ、5万円を南九税政へそれぞれ寄付した。
[7] 被上告人は、昭和53年6月16日、第22回定期総会において、再度、税理士法改正運動に要する特別資金とするため、各会員から本件特別会費5000円を徴収する、納期限は昭和53年7月31日とする、本件特別会費は特別会計をもって処理し、その使途は全額南九各県税政へ会員数を考慮して配付する、との内容の本件決議をした。
[8] 当時の被上告人の特別会計予算案では、本件特別会費を特別会計をもって処理し、特別会費収入を5000円の969名分である484万5000円とし、その全額を南九各県税政へ寄付することとされていた。
[9] 上告人は、昭和37年11月以来、被上告人の会員である税理士であるが、本件特別会費を納入しなかった。
[10] 被上告人の役員選任規則には、役員の選挙権及び被選挙権の欠格事由として「選挙の年の3月31日現在において本部の会費を滞納している者」との規定がある。
[11] 被上告人は、右規定に基づき、本件特別会費の滞納を理由として、昭和54年度、同56年度、同58年度、同60年度、同62年度、平成元年度、同3年度の各役員選挙において、上告人を選挙人名簿に登載しないまま役員選挙を実施した。

[12] 上告人の本件請求は、南九各県税政へ被上告人が金員を寄付することはその目的の範囲外の行為であり、そのための本件特別会費を徴収する旨の本件決議は無効であるなどと主張して、被上告人との間で、上告人が本件特別会費の納入義務を負わないことの確認を求め、さらに、被上告人が本件特別会費の滞納を理由として前記のとおり各役員選挙において上告人の選挙権及び被選挙権を停止する措置を採ったのは不法行為であると主張し、被上告人に対し、これにより被った慰謝料等の一部として500万円と遅延損害金の支払を求めるものである。

[13] 原審は、前記二の事実関係の下において、次のとおり判断し、上告人の右各請求はいずれも理由がないと判断した。
[14] 法49条の12の規定や同趣旨の被上告人の会則のほか、被上告人の法人としての性格にかんがみると、被上告人が、税理士業務の改善進歩を図り、納税者のための民主的税理士制度及び租税制度の確立を目指し、法律の制定や改正に関し、関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動をすることは、その目的の範囲内の行為であり、右の目的に沿った活動をする団体が被上告人とは別に存在する場合に、被上告人が右団体に右活動のための資金を寄付し、その活動を助成することは、なお被上告人の目的の範囲内の行為である。
[15] 南九各県税政は、規正法上の政治団体であるが、被上告人に許容された前記活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であり、その政治活動は、税理士の社会的、経済的地位の向上、民主的税理士制度及び租税制度の確立のために必要な活動に限定されていて、右以外の何らかの政治的主義、主張を掲げて活動するものではなく、また、特定の公職の候補者の支持等を本来の目的とする団体でもない。
[16] 本件決議は、南九各県税政を通じて特定政党又は特定政治家へ政治献金を行うことを目的としてされたものとは認められず、また、上告人に本件特別会費の拠出義務を肯認することがその思想及び信条の自由を侵害するもので許されないとするまでの事情はなく、結局、公序良俗に反して無効であるとは認められない。本件決議の結果、上告人に要請されるのは5000円の拠出にとどまるもので、本件決議の後においても、上告人が税理士法改正に反対の立場を保持し、その立場に多くの賛同を得るように言論活動を行うことにつき何らかの制約を受けるような状況にもないから、上告人は、本件決議の結果、社会通念上是認することができないような不利益を被るものではない。
[17] 上告人は、本件特別会費を滞納していたものであるから、役員選任規則に基づいて選挙人名簿に上告人を登載しないで役員選挙を実施した被上告人の措置、手続過程にも違法はない。

[18] しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

[19] 税理士会が政党など規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、法49条2項で定められた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである。すなわち、
[20](一) 民法上の法人は、法令の規定に従い定款又は寄付行為で定められた目的の範囲内において権利を有し、義務を負う(民法43条)。この理は、会社についても基本的に妥当するが、会社における目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行する上に直接又は間接に必要な行為であればすべてこれに包含され(最高裁昭和24年(オ)第64号同27年2月15日第2小法廷判決・民集6巻2号77頁、同27年(オ)第1075号同30年11月29日第3小法廷判決・民集9巻12号1886頁参照)、さらには、会社が政党に政治資金を寄付することも、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためにされたものと認められる限りにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為とするに妨げないとされる(最高裁昭和41年(オ)第444号同45年6月24日大法廷判決・民集24巻6号625頁参照)。
[21](二) しかしながら、税理士会は、会社とはその法的性格を異にする法人であって、その目的の範囲については会社と同一に論ずることはできない。
[22] 税理士は、国税局の管轄区域ごとに1つの税理士会を設立すべきことが義務付けられ(法49条1項)、税理士会は法人とされる(同条3項)。また、全国の税理士会は、日税連を設立しなければならず、日税連は法人とされ、各税理士会は、当然に日税連の会員となる(法49条の14第1、第3、4項)。
[23] 税理士会の目的は、会則の定めをまたず、あらかじめ、法において直接具体的に定められている。すなわち、法49条2項において、税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とするとされ(法49条の2第2項では税理士会の目的は会則の必要的記載事項ともされていない。)、法49条の12第1項においては、税理士会は、税務行政その他国税若しくは地方税又は税理士に関する制度について、権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができるとされている。
[24] また、税理士会は、総会の決議並びに役員の就任及び退任を大蔵大臣に報告しなければならず(法49条の11)、大蔵大臣は、税理士会の総会の決議又は役員の行為が法令又はその税理士会の会則に違反し、その他公益を害するときは、総会の決議についてはこれを取り消すべきことを命じ、役員についてはこれを解任すべきことを命ずることができ(法49条の18)、税理士会の適正な運営を確保するため必要があるときは、税理士会から報告を徴し、その行う業務について勧告し、又は当該職員をして税理士会の業務の状況若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる(法49条の19第1項)とされている。
[25] さらに、税理士会は、税理士の入会が間接的に強制されるいわゆる強制加入団体であり、法に別段の定めがある場合を除く外、税理士であって、かつ、税理士会に入会している者でなければ税理士業務を行ってはならないとされている(法52条)。
[26](三) 以上のとおり、税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的として、法が、あらかじめ、税理士にその設立を義務付け、その結果設立されたもので、その決議や役員の行為が法令や会則に反したりすることがないように、大蔵大臣の前記のような監督に服する法人である。また、税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない(なお、前記昭和55年法律第26号による改正により、税理士は税理士名簿への登録を受けた時に、当然、税理士事務所の所在地を含む区域に設立されている税理士会の会員になるとされ、税理士でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務を行ってはならないとされたが、前記の諸点に関する法の内容には基本的に変更がない。)。
[27] 税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。
[28](四) そして、税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である。
[29] 税理士会は、法人として、法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一つとして会則に従って税理士会の経済的基礎を成す会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。
[30] 特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法3条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。
[31] 法は、49条の12第1項の規定において、税理士会が、税務行政や税理士の制度等について権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができるとしているが、政党など規正法上の政治団体への金員の寄付を権限のある官公署に対する建議や答申と同視することはできない。
[32](五) そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり(最高裁昭和48年(オ)第499号同50年11月28日第3小法廷判決・民集29巻10号1698頁参照)、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、法49条2項所定の税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。

[33] 以上の判断に照らして本件をみると、本件決議は、被上告人が規正法上の政治団体である南九各県税政へ金員を寄付するために、上告人を含む会員から特別会費として5000円を徴収する旨の決議であり、被上告人の目的の範囲外の行為を目的とするものとして無効であると解するほかはない。
[34] 原審は、南九各県税政は税理士会に許容された活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であり、その活動が税理士会の目的に沿った活動の範囲に限定されていることを理由に、南九各県税政へ金員を寄付することも被上告人の目的の範囲内の行為であると判断しているが、規正法上の政治団体である以上、前判示のように広範囲な政治活動をすることが当然に予定されており、南九各県税政の活動の範囲が法所定の税理士会の目的に沿った活動の範囲に限られるものとはいえない。因みに、南九各県税政が、政治家の後援会等への政治資金、及び政治団体である南九税政への負担金等として相当額の金員を支出したことは、原審も認定しているとおりである。

[35] したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の論旨について検討するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上判示したところによれば、上告人の本件請求のうち、上告人が本件特別会費の納入義務を負わないことの確認を求める請求は理由があり、これを認容した第一審判決は正当であるから、この部分に関する被上告人の控訴は棄却すべきである。また、上告人の損害賠償請求については更に審理を尽くさせる必要があるから、本件のうち右部分を原審に差し戻すこととする。
[36] よって、民訴法408条、396条、384条、407条1項、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫  裁判官 可部恒雄  裁判官 大野正男  裁判官 千種秀夫  裁判官 尾崎行信)
第一 はじめに
一 はじめに―福岡高裁判決の三つの欺瞞
二 上告人の主張の要旨(事案の概要)
三 争点の概要(一)―法律上の争点
四 争点の概要(二)―事実上の争点
五 原判決の要旨
六 上告理由の構成
第二 憲法第19条、民法第90条に関する判断遺脱ないし法令違反(上告理由第一点)
一 政治的に偏頗な(上告人の政治的信条に反する)活動を行う税政連への献金自体が憲法第19条・民法第90条に違背するとの主張に対する判断を遺脱していること
二 政治的に偏頗な(上告人の政治的信条に反する)活動を行う税政連への献金自体が憲法第19条・民法第90条に違背すること
三 本件特別決議による特別会費が特定候補の後援会結成費用をも目的としてなされたことが、憲法第19条・民法第90条に違背するとの主張に対する判断を遺脱していること
四 特定候補者の後援会結成費用を作ることを目的とする本件決議を適法とした原判決には、憲法第19条及び民法第90条の法令の解釈・適用の違背があること
第三 民法第43条に関する理由不備・理由齟齬など(上告理由第二点)
一 本件特別会費の政治献金目的の有無についての理由不備(一)
二 本件特別会費の政治献金目的の有無についての理由不備(二)
三 本件特別会費の政治献金目的の有無についての理由不備(三)
四 本件特別会費の政治献金目的の有無についての理由齟齬
第四 憲法第19条・民法第90条に関する理由不備・理由齟齬(上告理由第三点)
一 はじめに
二 特別会費が政治献金に使われたことは争いがなかった
三 重要な間接事実の脱落
四 本件特別会費の実際の使途
五 「金の流れ」に関する直接証拠がない場合の経験則
六 結論
七 まとめ
第五 民法第43条に関する法令の解釈・適用の違背(上告理由第四点)
一 はじめに
二 被上告人の権利(献金)能力に関する原判決の解釈の誤り
三 「目的に添った活動をする団体」への資金援助許容論の誤り
四 「目的に添った活動をする団体」論と「存立の本来的目的とする団体」論の理由齟齬
五 南九各県税政のような実態を有する団体への政治献金の違法
第六 憲法第19条・政治資金規正法・民法第90条に関する法令の解釈・適用の違背および理由齟齬(上告理由第五点)
一 政治団体への寄付の強要は憲法第19条・政治資金規正法・民法第90条違反
二 税理士法改正への賛否は国民としての思想・良心の問題であること
三 政治資金との関連性の明らかな特別会費は「5000円の処出のみ」にとどまらない
四 特定候補の支援になれば軽微でもその強要は違憲・違法
五 多数決原理の解釈・適用の誤り
第七 採証法則・経験則の適用の違背(上告理由第六点)
一 被上告人が自認していた献金の流れに反する事実を認定したのは採証法則の違背である。
二 献金の流れについて直接証拠を要求するのは採証法則の違背である。
三 本件特別会費が政治家の献金に使われたかどうか不明であるとの認定は採証法則に反する。
四 本件特別会費が政治家の献金に使われたかどうか不明であるときは全額がこれに使われたものと判断をしなかったのは、経験則違背である。
五 本件特別決議が特定候補への献金を目的としていなかったとの認定は経験則違背である。
六 原判決が本件特別決議は政治家の後援会費用に使う目的があったという点で当事者間に争いがなかったにもかかわらず、これに反する事実を認定したのは、採証法則の違背である。
七 まとめ
第八 立証責任分配法則の適用の違背(上告理由第七点)
第九 被上告人の会則の解釈・適用の違背(上告理由第八点)
第一〇 まとめ
[1] 原判決は、一審判決を覆し、上告人全面敗訴の判決を言い渡した。
[2] 一審判決は世論が支持し、原判決は世論の顰蹙を買った。何故か。
[3] その理由は3つある。言い換えれば、福岡高裁判決の3つの欺瞞である。
[4] 第一は、強制加入の公益法人による政治献金を事実上容認したことである。
[5] そもそも原判決のよりどころは、昭和45年のいわゆる八幡製鉄事件最高裁判例であるが、同判例の犯罪性は今や明らかである。以後、ロッキード事件、リクルート事件、東京佐川急便事件など疑獄事件があいつぎ、国民の政治不信は頂点に達している。
[6] そろそろ同判決を見直す潮時である。
[7] しかも本件は営利目的の私企業ではなく、強制加入の公益法人に関する事案である。
[8] さらには、実際、本件特別会費による献金を時を同じくして行われた日本税理士政治連盟の政治献金事件(別表参照)は東京地方検察庁によって、贈賄側有罪の認定がなされている。
[9] 原判決は、強制加入の公益法人による政治献金がこのような腐敗の温床となっていることに敢えて目をつぶって、これを事実上容認してしまった。
[10] これが第一の欺瞞である。
[11] 第二は、一方で、司法の役割を逸脱して当事者間に争いのない事実を争点としてでっちあげ、他方で、司法の生命線である事実認定を曲げたことである(理由欄第二の二の2、第三の一)。しかもこの点の判示については、原判決が当事者の主張はおろか第一審判決さえ碌に読んではいないのではないかと疑わしめるものである。
[12] 本件は、当事者間に争いのない事実に、いわゆる最高裁国労広島地本事件判決を適用しさえすれば上告人勝訴判決となっていたはずである。
[13] ところが、最高裁国労広島地本事件の射程外とするために、原判決は、まず当事者間に争いのない事実を争点としてデッチあげた。
[14] 原判決は、本件決議が特定政党・特定政治家への政治金を目的としていたとは認められないとする最大の論拠として、本件特別会費の実際の使途として特定政党・特定候補への政治献金に使われたかどうか証拠が十分でないことを挙げる。
[15] しかし、同事実は被上告人も繰り返し認めていたものであり、第一審判決には被上告人がこの点を争っていないことが三度も述べられているのである(第一審判決事実摘示欄「第六 請求原因に対する認否」の四の3の三、同理由欄第四の三の4、同第五の二の2、控訴審第1回弁論調書、控訴人準備書面(二)二、第一の六・20頁、控訴人準備書面(三)第一の一・3頁、14頁、15頁、第一審の被告準備書面(第九)の二の1の二)。
[16] したがって、同事実は争点たりえず、裁判所がこの点に容喙すべきでないし、上告人もこれを立証する必要を認めなかったのである。
[17] にもかかわらず、同事実をことさら争点とし、これを認定する証拠がないとする原判決は、第一審判決さえ読んでないものと批判されてもやむを得ない杜撰なものであるというべきである。
[18] 次に原判決は、本件特別会費と政治献金との同一性を立証するのに直接証拠を要求するという上告人に非常識に高いハードルを設定し、奇妙キテレツな論理を展開して被上告人を擁護するなどして事実を曲げ、本件への同判例の適用を排斥した。
[19] 金の流れについて直接証拠を要求し、他の金と混同することによって汚れた金の洗濯を認めるのであれば贈収賄事件、選挙違反事件で有罪となることはなくなるであろう。
[20] これまでにも国民が要望する判断を司法が拒絶することによって、司法が国民の信頼性を失ったことはあった。しかし、少なくとも司法に内在する論理に基づく選択可能な範囲内のものであった。
[21] ところが、原判決は司法の生命線である事実を曲げた。
[22] 第二の欺瞞である。
[23] 第三は、原判決の判断のスタンスの卑劣・卑怯さである。
[24] 原判決は、一般論としては特定政党・特定政治家への政治献金の禁止を採用したようなポーズをとりながら、実態はどうあれ「存立の本来的目的」としてその親団体のためという看板を掲げる政治団体を作り、同団体で汚い金を洗濯して使えば政治献金はしほうだいという抜け穴を用意した。
[25] このような判決は脱法の勧めであり、法の理念を守る姿勢に欠け、正義に反すること著しい。
[26] 第三の欺瞞である。
[27] このような欺瞞を抱える判決に、上告人は到底服することができないし、国民世論も納得するところではない。
[28] 上告人の原審における主張は、要旨、次のとおりである。

1 事実関係の主張(事案の概要)
[29] 事実関係の主張は単純である。
[30](イ) 被上告人・南九州税理士会は、昭和53年6月、税理士法改正運動を有利に進めるため、特定政党・特定政治家に政治献金する目的で、南九各県税政へ政治献金するとして、上告人ら会員から本件特別会費5000円を徴収することを本件決議によって決め、これによって集めた金員を3回に分けて南九各県税政に配布し(別図右側の金の流れ)、その金を同税政は政党・政治家へ政治献金した(別図左側の金の流れ)。
[31] なお、本件決議は、特定政治家の後援会費を目的としていたのであって、特定政治家への政治献金を目的としていたものではない、と被上告人が反論していることに対し、上告人は後援会費目的は政治献金目的に異ならない旨の再反論をしている。
[32](ロ) 南九各県税政は、政治資金規正法を潜脱して政治献金を行うために設立された政治資金規正法上の政治団体であり、その政治献金及び選挙運動などの活動実態は他の政治団体となんら異ならない。
[33](ハ) 団体が行う政治献金、特定政党、特定政治家への政治献金、各県税政が行っていた政治活動、各県税政が当時支持・推薦していた政党・政治家、および当時税理士会が進めていた税理士法改正運動は、いずれも上告人の理想・信条に反するものであった。
[34] 以上である。

[35] 法律上の主張、これは次の3点である。
[36] まず、被上告人から南九各県税政への政治献金(別図左側の金の流れ)自体が、被上告人の権利能力外の行為であり、あるいは、上告人の思想信条の自由を侵害する、故に無効である。次に、本件特別決議は、特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたものであるから、被上告人の権利能力外の行為であり、あるいは、上告人の思想信条の自由を侵害する、故に無効である。さらに、本件決議は、昭和54年から今日まで2年ごとに実施される役員選挙における選挙権・被選挙権の停止という重大な権利制限を伴って、上告人にその信条に反する税理士法改正運動への協力を強制するものであり、上告人の思想信条の自由を侵害する、故に無効である。

3 主たる主張の数
[37] 以上のとおり、上告人は、特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていた点、南九各県税政という政治団体へ政治献金すること自体の2点が、権利能力逸脱、思想良心の自由侵害の2点に違反するという主張を行っていたのであるから、この点に関する主たる主張の数は4つあることになる。すなわち、
[38](イ) 本件決議は、特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたから被上告人の権利能力を逸脱する。
[39](ロ) 本件決議は、特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたから上告人の思想信条を侵害する。
[40] この点は、いわゆる国労広島地本事件に関する最高裁判決を本件に適用すれば得られる結論である。言い換えれば、同判例を本件に適用したくなければ、本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたことを何がなんでも否定しなければならない。
[41](ハ) 南九各県税政という政治団体へ政治献金することが被上告人の権利能力を逸脱する。
[42](ニ) 南九各県税政という政治団体へ政治献金することが上告人の思想信条を侵害する。
[43] これに、(ホ) 特別決議による権利制限を伴う税理士法改正運動への協力を強制することが上告人の思想信条を侵害するという主張が加わるので、その数五つである。

(別図)本件特別会費の流れ《省略》

(別表)日税政・南九各県税政が連動した政治献金《省略》
1 はじめに
[44] 当事者間においてはそれほど多くの争点があったわけではない。
[45] 次に述べる法律上・事実上の主張については、被上告人もこれを認めていたものである。

2 争いのない法律上の主張
[46] 法律上の主張のうち、本件決議が、特定政党、特定政治家への政治献金を目的とするものであれば、被上告人の権利能力の範囲外の行為であり、かつ、上告人の思想・信条の自由を侵害するので、無効であることについては、被上告人もこれを認め、原判決もこれを当然の前提としている。
[47] また、南九各県税政が政治的に中立でない政治団体であれば、これに対する政治献金は、被上告人の権利能力の範囲外であり、上告人の思想・信条の自由を侵害することについても、被上告人はこれを認め、原判決もこれを前提としている。すなわち、被上告人が一般の政治団体に政治献金することは許されず、各県税政の実態が一般の政治団体と同じであれば、これに対する政治献金が許されないことは当然の前提であるのである。

3 法律上の争点
[48] したがって、残る法律上の争点は、被上告人が、政治団体であっても、一定の場合にはこれに対する政治献金をすることが許されるのかどうか、許されるとした場合どのような場合になぜ許されるのか、という点だけである。
1 争いのない事実
[49] 被上告人・南九州税理士会が、昭和53年6月、税理士法改正運動のため、南九各県税政に交付するとして、上告人ら会員から本件特別会費5000円を徴収することを本件決議によって決め、これによって集めた金員を3回に分けて南九各県税政に配布し(別図右側の金の流れ)、そのころ日時を接して同税政は政党・政治家へ政治献金したこと(別図左側の金の流れ)は、上告人が一点の曇りなく立証し、被上告人もこれを認め、原判決もこれを認定せざるをえなかったものである。
[50] また、原判決はこれを争点として処理したが、本件特別会費が特定政党・特定政治家への政治献金として使用されたことについても争いがなかった。
[51] さらに、本件特別決議が特定政治家の後援会費をも目的としていることについては被上告人は認めていた。
[52] もちろん、団体が行う政治献金、特定政党・特定政治家への政治献金、各県税政が行っていた政治治動、各県税政が当時支持・推薦していた政党・政治家、および当時税理士会が進めていた税理士法改正運動が、いずれも上告人の思想・信条に反するものであったことも争いがなかった。
[53] 本件決議が、昭和54年から今日まで2年ごとに実施される役員選挙における選挙権・被選挙権の停止という重大な権利制限を当然に伴っていることについては、被上告人の主張であり、上告人はこれを争ったが、原判決はこれを是認した。

2 争点
[54] 原審における主たる事実上の争点は、前記上告人の主張のうち、
[55](a) 本件特別決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていた点
[56] なお、特定政治家の後援会費目的は政治献金目的と質的に同じかどうかという点も付随する争点である。
[57](b) 南九各県税政が政治資金規正法を潜脱する目的で設立されたこと及びその活動実態が他の政治団体と異ならない点
[58] この二点である。
[59] 上告人の主張・原審における争点に対する原判決の判断は要旨次のとおりである。

1 南九各県税政への政治献金能力についての判断
[60] まず前記(ハ)の南九各県税政という政治団体へ政治献金することが被上告人の権利能力を逸脱するとの上告人の主張に対し、原判決は、これが政治団体であっても、その「本来的目的」は「税理士の社会的、経済的地位の向上、民主的税理士制度及び租税制度の確立」であるから、(その政治活動の実態はどうあれ)これに対する政治献金は権利能力の範囲内で許されると判示した。
[61] つまり、原判決は、強制加入の公益法人である税理士会が政治資金規正法上の政治団体である税理士政治連盟に政治献金する能力のあることを認めた。別図の左側の金の流れの容認である。

2 特定政党・特定政治家への政治献金目的についての判断
[62] 次に前記(イ)の本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたから被上告人の権利能力を逸脱するとの主張と同(ロ)の本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたから上告人の思想信条を侵害するとの主張に対し、原判決は、本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたと認定できないと判示した。
[63] その理由はこうである。
[64] 原判決は、本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたかどうかを認定するに当たって、本件特別会費の実際の使途を、前記のとおり当事者間に争いがなかったにもかかわらず、最大の争点=状況証拠として取り上げ(また第一審判決においてこの点が争いのない点であることが3か所も明示されているにもかかわらず、ここを争点とすることについて当事者になんらの示唆もせず、かつ、一度も立証を促すことなく)、本件特別会費が特定政党・特定政治家への政治献金として使われたことの証明が十分でないとした。
[65] すなわち、別図の左側の金の流れと右側の金の流れの同一性を争点として取り上げ、これを切断したことが原判決の最大のポイントである。
[66] なお、本件決議は、特定政治家の後援会費を目的としていたのであって、特定政治家への政治献金を目的としていたものではない、と被上告人が反論していることに対し、上告人は後援会費目的は政治献金目的に異ならない旨の再反論をしていることについては、原判決は何らの判断をしていない。
[67] また、この同一性が立証できない限り、南九各県税政が特定政党・特定政治家へ政治献金し、本件特別会費がその政治家の一般的な政治的立場ないし主義、主張を支援する結果を生じたとしても、それはあくまで付随的で、本件特別会費の拠出との関係は迂遠かつ希薄であるから、上告人の思想信条の自由を侵害するものとは言えないとした。

3 南九各県税政への政治献金の上告人の思想・信条の侵害性についての判断
[68] 前記(ニ)の南九各県税政という政治団体へ政治献金することが上告人の思想信条を侵害するとの上告人の主張に対しては、原判決は判断を落としている。

4 南九各県税政の政治活動の実態についての判断
[69] なお、前記(b)の南九各県税政の政治献金及び選挙運動などの活動実態は他の政治団体となんら異ならないとの点については、原判決はこれについて判断していない。
[70] 前記(ニ)の南九各県税政という政治団体へ政治献金することが上告人の思想信条を侵害するとの上告人の主張に対しては、原判決は判断を落としているためである。
[71] また、前記(ハ)の南九各県税政という政治団体へ政治献金することが被上告人の権利能力を逸脱するとの上告人の主張に対しては、原判決は、これが政治団体であっても、その「本来的目的」は「税理士の社会的、経済的地位の向上、民主的税理士制度及び租税制度の確立」であるから、(その政治活動の実態はどうあれ)これに対する政治献金は権利能力の範囲内で許されると判示したために、これ(南九各県税政の活動実態)について判断しなくても済んだのである。

5 税理士改正運動への協力強制についての判断
[72] 前記(ホ)の本件決議は、昭和54年から今日まで2年ごとに実施される役員選挙における選挙権・被選挙権の停止という重大な権利制限を伴って、上告人にその信条に反する税理士法改正運動への協力を強制するものであり、上告人の思想信条の自由を侵害する、故に無効であるとの主張に対し、原判決は、本件決議の結果として上告人に要請されるところは金5000円の拠出のみにとどまるものであるから、多数決原理の範囲内であると判示した。
[73] この原判決に対し、詳細は各項で述べるが、概ね以下の点を上告理由として最高裁の判断を求める。

1 上告理由第一点
[74] 上告理由第一点は、憲法第19条・民法第90条に関する上告人の主張に対する原判決の判断遺脱・理由不備である。
[75] 前記(ニ)の一般の政治団体と同質の政治活動を行っている実態を有する南九各県税政という政治団体へ政治献金することが上告人の思想信条を侵害するとの上告人の主張に対しては、原判決は判断を落としているので、この点が判断遺脱・理由不備である。
[76] また本件決議は、少なくとも、特定政治家の後援会費用を目的としていたのであるから、被上告人の権利能力の範囲外の行為であり、あるいは、上告人の思想信条を侵害するゆえに無効であるとの主張に対する判断を落としているので、この点も判断遺脱・理由不備である。

2 上告理由第二点
[77] 上告理由第二点は、民法第43条に関する上告人の主張に対する原判決の理由不備・理由齟齬である。
[78] 前記(イ)の本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたから被上告人の権利能力を逸脱するとの主張に対し、原判決は、特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたと認定できないと判示した。
[79] その理由として、本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたかどうかを認定するに当たって、本件特別会費の実際の使途を最大の争点=状況証拠として取り上げ、本件特別会費が特定政党・特定政治家への政治献金として使われたことの証明が十分でないからであるとした。
[80] しかし本件特別会費が特定政党・特定政治家への政治献金として使われたことは当事者間に争いがなかったし、また第一審判決においてこの点が争いのない点であることが3か所も明示されているにもかかわらず、ここを争点とすることについて当事者になんらの示唆もせず、かつ、一度も立証を促すことなく、本件特別会費が特定政党・特定政治家へ政治献金として使われたことを争点として取り上げており、これらの点で理由不備・理由齟齬・審理不尽・採証法則違反である。

3 上告理由第三点
[81] 上告理由第三点は、憲法第19条・民法第90条に関する上告人の主張に対する原判決の理由不備・理由齟齬である。
[82] 前記(ロ)の本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたから上告人の思想信条を侵害するとの主張に対し、原判決が前記上告理由第二点と同じ理由で本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたと認定できないと判示した点で、上告理由第二点と同旨の違法がある。

4 上告理由第四点
[83] 上告理由第四点は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる原判決の民法第43条の解釈・適用の違背である。
[84] 前記(ハ)の南九各県税政という政治団体へ政治献金することが被上告人の権利能力を逸脱するとの上告人の主張に対し、原判決は、これが政治団体であっても、その「本来的目的」は「税理士の社会的、経済的地位の向上、民主的税理士制度及び租税制度の確立」であるから、(その政治活動の実態はどうあれ)これに対する政治献金は権利能力の範囲内で許されると民法第43条を解釈・適用して判示した。この点が同条の解釈・適用の誤りであり、原判決に影響を及ぼすこと明らかである。

5 上告理由第五点
[85] 上告理由第五点は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる原判決の憲法第19条・民法第90条の解釈・適用の違背である。
[86] 前記(ホ)の本件決議は、昭和54年から今日まで2年ごとに実施される役員選挙における選挙権・被選挙権の停止という重大な権利制限を伴って、上告人にその信条に反する税理士法改正運動への協力を強制するものであり、上告人の思想信条の自由を侵害する、故に無効であるとの上告人の主張に対し、原判決は、本件決議の結果として上告人に要請されるところは金5000円の拠出のみにとどまるものであるから、多数決原理の範囲内であると判示した。
[87] また、「本件金の流れの」の同一性が立証できない限り、南九各県税政が特定政党・特定政治家へ政治献金し、その政治家の一般的な政治的立場ないし主義、主張を支援する結果を生じたとしても、それはあくまで付随的で、本件特別会費の拠出との関係は迂遠かつ希薄であるから、上告人の思想信条の自由を侵害するものとは言えないとした。
[88] これらの点は、憲法第19条・民法第90条の解釈・適用の違背であり、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

6 上告理由第六点
[89] 上告理由第六点は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる原判決の経験法則・採証法則の解釈・適用の誤りである。
[90] 原判決は、本件決議が特定政党・特定政治家への政治献金を目的としていたかどうかを認定するに当たって、本件特別会費の実際の使途を、前記のとおり当事者間に争いがなかったにもかかわらず、最大の争点=状況証拠として取り上げ(また第一審判決においてこの点が争いのない点であることが3か所も明示されているにもかかわらず、ここを争点とすることについて当事者になんらの示唆もせず、かつ、一度も立証を促すことなく)、本件特別会費が特定政党・特定政治家への政治献金として使われたことの証明が十分でないとした。
[91] すなわち、原判決は、別図の左側の金の流れと右側の金の流れの同一性を争点として取り上げ、これを切断したのであるが、この点は採証法則及び経験法則適用の誤りであり、原判決に影響を及ぼすこと明らかである。

7 上告理由第七点
[92] 上告理由第七点は、同じく、判決に影響を及ぼすこと明らかなる原判決の立証責任分配法則の適用の誤りである。

8 上告理由第八点
[93] 上告理由第八点は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる原判決の被上告人の会則の解釈・適用の誤りである。
[94] 第一審判決が述べたとおり、被上告人の上告人に対する本件各処分は上告人の会則に違反する違法行為であるにもかかわらず、原判決はこれを否定した点で、被上告人の会則の解釈・適用の誤りである。
[95] 以上の上告理由について、以下詳述する。
[96] 上告人は、これまで本件決議が無効である理由の一つとして、本件決議の内容が公序良俗に反するものであり民法90条に反するとの主張を行ってきた。そして、控訴審において、その具体的理由となる主張として4点挙げた。すなわち、(イ)本件決議は当時税理士会執行部が進めていた税理士法改正運動に反対の意見を有する上告人に対し協力を強制することは許されないという点 (ロ)本件決議は、特定政党あるいは特定候補者への政治献金のための資金集めを目的としたものであるから、上告人に対しその協力を強制することは許されないという点、(ハ)仮に、本件決議の目的が特定政党あるいは特定候補者への政治献金のための資金集めと言えないとしても、各県税政が特定候補や政党に対し活発な推薦・支持・後援・政治献金活動を行っている以上、そのような政治団体に対する寄付を上告人に強制することは許されないという点、(ニ)本件決議は、政治資金規正法22条の3、22条の6、22条の7の趣旨に違背し、あるいは本件特別会費が贈賄資金性を有する点である。
[97] ところが、原判決は、その理由中において、前記(イ)、(ロ)、(ニ)についてのみ判断を示し、(ハ)については判断を示していないのである。
[98] さらに、この点についての原判決の事実摘示は、「本件決議は、控訴人の会員の生活利益とは関係のない、特定の候補者及び政党への寄付を会員に強制するものであるから、会員の政治的思想、信条の自由を侵害するもので、公序良俗に反し、無効である。」として、(ハ)の主張を事実摘示することさえもしなかったのである。

2 上告人の控訴審における主張
[99](1) 上告人は、一審において提出した昭和55年7月10日付準備書面の「第二 思想、信条の自由と本件の公序良俗違反性」において、次のように主張した。
「さらに、政治資金規正法にいう政治団体は、(1)政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対すること、あるいは(2)特定の公職の候補者を推薦し、支持し又はこれに反対すること、を本来の目的又は主たる活動として組織的かつ継続的に行う団体と定義されている(同法第3条第1項)。
 とすれば、被告(被上告人)が右の政治団体である「南九税政」に配布するため原告(上告人)より強制的に会費を徴収することは、原告の思想信条の自由(憲法19条)を犯し、特定の主義、立場ないしは候補者支持を強制することになる。従って、この点からも本件総会決議の公序良俗違反性は明白である。」
[100](2) 上告人は、控訴審において提出した準備書面においても、前記(ハ)の主張を明確に行っている。
[101] すなわち、上告人の1989年8月31日付第二準備書面119頁7行目以下に、「(二)政治団体(各県税政)への寄付」として、次のように述べている。
「本件決議自体によって直接分かることは、特別会費が「全額」政治団体である各県税政に対し政治献金されるという事実である。
 政治団体である各県税政への寄付は、各県税政の政治活動の基盤である財政への寄付をなすことである。
 各県税政の政治活動といえば、前述のとおり、独自の或は南九税政及び日税政を通じての特定候補・政党に対する活発な推薦・支持・後援・政治献金活動である。
 したがって、このような各県税政の政治活動に反対する者の政治的信条を踏みにじるものである。」
[102] 右部分は、そのあとに続く「(三)各県税政を経由した特定政治家・政党への寄付」と分けて主張していることからしても、前記(ロ)と(ハ)とを分けてそれぞれ主張したものであることは明白である。
[103](3) これに対し、被上告人も前記の上告人主張に対し反論を行っている。すなわち、一審における被上告人の昭和55年9月18日付準備書面(第二)の二のほか、被上告人の控訴審における平成3年10月7日付最終準備書面第二の六の1「被控訴人の主張」(52頁以下)において前記上告人の主張を引用しているのである。
[104] このように、被上告人でさえ、上告人の前記(ハ)の主張を本件訴訟の争点の一つとしてとらえていたのである。
[108](4) さらに、上告人の前記(ハ)の主張は、上告人の全体の主張の論理構成から当然に出てくるものである。
[109] すなわち、上告人は、本件特別会費を徴収して各県税政連に交付することについての問題を、基本的には次のような視点からとらえてきた。
[110] ア 本件特別会費は各県税政を経て特定候補者及び政党へ寄付されるので問題があるという点と、イ 仮にそのように言えないとしても各県税政自体が活発な政治活動を行っているので、そうした団体に資金を交付すること自体に問題があるという点である。上告人の控訴審における1991年9月30日付第五準備書面7頁に主たる争点として、a 南九各県税政は、政治的に中立でない、あるいは、特定政党や特定政治家の政治活動の援助を目的とする活動を行う団体であるかどうか、b 南九各県税政が本件特別会費を特定政党や特定の政治家の後援会に政治献金することを本件決議時に被上告人が認識予見したかどうかの2点を上げたのは、まさにこのような分析に基づくのである。したがって、アはbに、イはaにそれぞれ対応しているのである。
[111] 次に、上告人は、この2つの視点からの問題を解明する法理論として、(1)税理士会の権利能力論と、(2)思想・良心の自由論の2つを掲げている。前者は、税理士会が各県税政へ資金交付することが税理士会の権利能力の範囲を逸脱しないかということであり、後者は、税理士会が本件特別会費を会員から徴収することが会員の思想信条の自由を奪うものではないかということである。
[112] 控訴審における上告人の主張の基本的な構成は、前記の2つの視点と2つの法理論の組合せから成っている。すなわち、ア(1)、ア(2)、イ(1)、イ(2)の4つである。そして、この4つの主張はいずれも法的に争点として成り立ち得るものである。上告人は、前記第二準備書面において、右構成に基づいてア(2)とイ(2)を分けて主張したものである。
[113] したがって、原判決は、このような上告人の主張を十分理解しなかったため、イ(2)の主張の判断を見落としそれについての判断を示さなかったものであり、判断遺脱である。

3 審理不尽
[114] 仮に、2の(1)で引用した上告人の主張が前記(ハ)の主張を含むものでないとした場合でも、原判決には審理不尽の違法がある。
[115] すなわち、すでに述べたように、前記(ハ)の主張は、上告人の主張の論理構成上、当然に発生する論点であり、前記のとおり上告人もそのような観点に立って主張を行っている以上、原審としては上告人に対し前記(ハ)の主張をする趣旨であるかどうかの釈明を行うべきであり、その釈明を行わなかったのは、釈明権不行使にもとづく審理不尽である。

4 判断遺脱=上告理由について
[116] 右判断の遺脱あるいは審理不尽は、民事訴訟法第395条1項6号の「理由不備」に該当する。
[117] すなわち、原判決が右判断のを遺脱あるいは審理不尽により、判決理由の一部を欠く結果となったものであり、しかもこれにより判決に及ぼす影響があることは明白だからである。
[118] 仮に、原判決に判断遺脱あるいは審理不尽の違法がないとしても、本件決議は上告人の思想・良心の自由を侵害するものではなく適法と判断した原判決には、憲法第19条、民法第90条の解釈を誤り、かつ国労広島地本事件に関する昭和50年11月28日言渡しの最高裁判決にも違背したもので、判決に影響を及ぼす法令解釈の誤りがある

[119] 税理士会が各県税政への寄付のために特別会費を徴収する旨の決議をすることが、これに反対する会員の思想・良心の自由との関係で許されるかという点については、「団体の決議と会員の協力義務の限界」が問題となる。これについては、国労広島地本事件に関する最高裁判決(昭和50年11月28日判決)が次のとおり判断基準を示している。
「問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。」
[120] これを本件について当てはめると、(a)問題とされている被上告人南九税理士会の活動の内容・性質と(b)これについて会員に求められている協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく税理士会活動の実効性と会員の基本的利益の調和という観点から決定するということになる。
[121] (a)の問題となった被上告人の活動とは、言うまでもなく本件決議である。すなわち、被上告人南九税理士会が昭和53年6月16日の第22回定期総会において、「税理士法改正運動に要する特別資金とするため各会員より金5000円を徴収し、全額を南九州各県税理士政治連盟へ会員数を考慮して配布する。」旨を決議したというものである。
[122] 問題は、これが本件においてどのような意味をもつものであったかであり、そのためには配布先である南九各県税政の実態および税政連による税理士法改正運動の内容が明らかにならなければならないのである。
[123] そこで、以下、3において南九各県税政の実態を、4において税政連による税理士法改正運動の内容を、5において本件で上告人に求められた協力の内容・程度・態様について述べ、結論として本件決議が上告人の思想・良心の自由を侵害するものであることについて論じる。

3 南九各県税政の実態
(1) 設立の背景
[124] 南九州税理士政治連盟規約第4条(2)よると、「各県毎に県支部を設けることができる」(甲第27号証)と規定されていたが、昭和51年以前には各県支部はひとつも存在しなかった。
[125] ところが、同年7、8月に熊本、大分、宮崎、鹿児島の各県において相次いで税政連が設立されるに至った。
[126] その理由は、原判決も認定したところであるが、昭和50年7月に政治資金規正法が改正され、同法22条の2により、「何人も、各年中において、政党・政治資金団体以外の同一の者に対しては、150万円を超えて政治活動に関する寄付をしてはならない」とされた。従来、日税連は日税政に対し多額の寄付を行ってきた(例えば昭和50年度は1235万円)が、この規制により日税連は日税政に対し年間150万円を超えて寄付できないことになったことによるものである。
[127] 右改正に対し、日税政は、従来通りの資金を集めるために、都道府県別に独立した税政連を組織したのである。このことは、次の事実から明らかである。
[128](イ) 日税政は、昭和51年2月5日幹事会を開き、福士選対委員長が政治資金規正法の解説を行なった後、「政治資金規正法の改正に伴う規約新設及び改正の件」について審議した。
[129] その中で、川又政策委員長から今般の政治資金規正法の改正によって、従来の単位税政連の下に、例えば都道府県別に独立した税政連を作った方がよいのではないかという提案がなされ、○○税理士□□都道府県政治連盟規約(案)の説明がなされた(甲第250号証の1)。
[130](ロ) 同月10日の東京税理士会の支部長会における福士日税政選対委員長が「従来の方法では東京税理士会から東京税理士政治連盟等への寄付は最高限度150万円しかできない。このことは政治連盟の活動に大きな障害となる。そので資金援助の合法的なパイプ、機構を設ける必要があるところから、支部単位で『政治連盟』を設置し、そこから東京税政連に資金援助するという方法を現在検討している。」との報告を行なっている(甲第319号証)。
[131](ハ) さらに、設立後の昭和52年11月1日付「税政連」(甲第268号証の3)において、「『税政連』創刊100号を祝う」と題する特集で波多野日税政会長は、「昨年の政治資金規正法によりわが日税連は、組織的再編成を終わり、単位税政連もそれぞれ地区税政連の細胞組織を作り蘇ってきた。」と書いている。
[132] そして、被上告人南九会が昭和51年6月23日の定期総会で徴収を決定した1人当たり5000円の特別会費(甲第56号証、64号証)は、徴収した458万5000円から経費を引いた残454万4120円全額が各県税政に寄付され、さらに各県税政から南九税政へ313万6000円、南九税政から日税政へ全額が流れたのである。なお、被上告人南九会が右特別会費の徴収及び各県税政への配布を決定した時点では各県税政は設立されていなかったのである。
[133] 以上のように、各県税政は、政治資金規正法の改正に対応するため、日税政の指示により設立されたものである。
(2) 税政連の組織
[134] 税政連は、昭和38年10月7日「全国納税者連盟」として設立されたことに始まる。その後、数回の改組を経た後、同49年5月に全国13の単位税政連とその連合体である日税政という組織に発展したのである。なお、南九税政等の単位税政連は昭和43年に設立されているが、そのきっかけとなったのは昭和41年のいわゆる″黒い霧事件″により国民の間に政治浄化の声が広がり、政治資金規正法の改正が問題になったことである。
[135] 改正案は昭和42年、43年、44年の3度にわたって国会に上程されたが、改正案の中に同一の政治団体に対する寄付について年間50万円を超えてはならないとする条項があったため、これに対応するため政治献金の受皿として地区組織が必要となったことによるものである。
[136] 各県税政は、前記のような事情から日税政の指示により設立されたものであるが、被上告人が自認するように各県毎の税政連の組織(平3・10・7付被上告人最終準備書面81頁3行目)であり、日税政とはその単位会である南九税政を通じて(昭和63・7・8付被上告人準備書面五・59頁7行目)つながりを有していたのである。そして、各県税政の運動方針は、常に日税政および南九税政のそれとほぼ同じであった。
[137] たとえば、昭和52年度の日税政の運動方針(甲第267号証)は次のようなものであった。
「一、運動方針
 当連盟は、日本税理士連合会の基本方針に則り各単位税政連との連係を強化し、団結して、我々の推薦する国会議員の後援活動を全国的に推進して、政治力と挙会体制を強化し、次に掲げる目標のため運動を強力に展開する」
二、重点運動
 上記方針に基づき、国会その他政治機関との意思の疎通をはかり、次の重点運動を強力に推進する。
1、税理士法改正案の国会上程を期し、日税連と協力して強力な運動を行なう。
2、推薦国会議員後援会を通じ、日常的政治活動を強力に行なう。」
[138] 次に、熊本県税政の昭和54年度運動方針の重点運動は、「税理士法改正案の国会成立を期し、強力な政治運動を行なう、推薦国会議員の後援会を早急に結成し、日常政治活動を行なう。」(甲第70号証、363号証26)とされている。この2つを見較べると、全く同じ方針であったことは明白である。また、昭和56年10月3日の鹿児島県税政の定期大会で坂口副会長が「日税政の政治活動計画に従い地元代議士との密着をはかることで…」と述べていることもこれを裏づけるものである。
[139] さらに、上告人の1991・9・30付第五準備書面114頁以下で詳しく述べたように、被上告人南九会、南九税政および各県税政の三者は、各役員が共通であり、しかも被上告人南九会は日税連および日税政に多数役員を送り込んでいた。
[140] 以上のように、各県税政は形式的には独立した法人とはいえ、設立された経過、活動方針、人的構成、あとで述べる活動実態に照らすと、税政連の完全なる下部組織である。従って、各県税政の実態を見る場合、日税政および南九税政のそれも合わせて見る必要がある。
(3) 税政連の政治意識の偏頗性
[141] 被上告人は「南九各県税政は税理士法の改正を税理士会にとって有利有益な方向に持っていくためのもので、特定政党や特定の政治家の政治活動の援助を目的とするものではない」旨主張する(被上告人準備書面(二)18頁)。そして選挙の際の推薦基準も政治的に中立である、という。
[142] しかし税理士会・税政連の幹部は、建前として税理士会・業界のためという理由で会員の協力を強制しながら、本音の部分では自己の政治的信条を会員に押し付けているに過ぎないものである。
[143] そのことは次の記事から明らかである。
[144](イ) 当時の四元専務理事は「野党議員をも推薦する意義」と題し、次のとおり述べている(甲第351号証)。
「国会議員選挙が近づくと、税理士政治連盟は推薦候補を決定して応援態勢を整え、平素の後援会活動を更に充実させるなど、その政治活動に万全を期することとなる。
 いよいよ衆議院選挙が切迫したという観点から、日本税理士政治連盟は、このほど推薦候補を決定して発表した。その内訳は、自民党60、社会党12、民社党6、公明党3等々である。
 税理士の職業柄にかんがみ、自由主義陣営の自民党議員を推薦することに異論は見られないが、社会主義を標榜する社会党その他革新政党については、いささか腑に落ちないとするむきもないではない。
 そこで、税理士制度の発展と向上を図るためには、自民党だけではなく、社会党その他野党(共産党を除く。以下同じ)をも推薦対象にしなければならないという事情を税理士会会員に理解して頂きたい」。
[145] この発言には、税政連において支援する政党は、本来自民党だけであるという姿勢が明確に表れている。
[146](ロ) また、税政連政治献金事件の際に税政連及び日税連の幹部が起訴猶予となった理由について東京地検の藤島検事正は次のとおり説明した(甲36、37号証)。
[147] 税政連が政治家に送った献金の趣旨については「政治家として大成してもらいたい」など多くの趣旨を含めて提供されたもので、賄賂性の度合いは強くないうえ、過去の選挙でも運動資金を提供しており、“違法献金”との認識は強くなかったことから起訴猶予処分とした。
[148] この事件で、山本日税連会長、加茂日税政会長、四元専務理事の3名の日税連・日税政の幹部は、贈賄として告訴されたことに対して、告訴者に対し誣告罪で逆告訴したのであるが、同告訴の趣旨説明のなかで次のように述べている(甲第452号証)。
「税政連は結成以来毎回の衆参両議員選挙の際に、選挙応援と政治献金を行うとともに、日本国をよくしようとする政党や政治家のために後援会作りその他の後援活動を行っている。」
[149] そのときの記者会見のなかで、四元専務理事は次のように発言している。
「税政連の政治献金は連盟結成以来選挙のたびに行われてきた慣行によるもので、今回の法改正と結びつくものではなく、政治資金規正法に基づく正当な政治献金であり、適法に処理されている。」
[150] これらの発言は、税政連が税理士の業務と直接関係のない一般的な政治団体としての政治活動を行っていたことを如実に物語るものである。
[151](ハ) 昭和51年10月9日、東京税理士会は、支部の税政連関係者を招いて「税政連強化対策を語る」と題する座談会を開いた。この中で次のようなやりとりがなされている。
「司会が、「税政連のかねてからの問題点として、税政連はどうも特定政党ばかりを支持する傾向のあるということが指摘されていますが、これに関してどなたか意見をお願いします。」という問題提起があり、これに対して日本橋支部の伊部博は、「私も、税政連は全体として特定政党だけを意識的に指示している傾向にあると感じています。もちろん、法改正には政府与党の力によらなければならないということは一応了解しますが、これが税政連の組織強化という問題の中で、大きなネックになっているのではないでしょうか。
 われわれ末端の会員にとって、ロッキード問題、あるいはインフレ状況の中における政党支持という問題は、生活に密着した問題なんです。単に、『税理士法改正を実現するために』ということだけで、自己の信条に反する政党を支持しなければならないということは、非常に苦痛を伴うものではないかという気がします。ここに、現在の大きな問題があるのではないでしょうか。」と述べた。これに対し、香山幹事長は、各党別の後援会となると税政連の中に党派性を持ち込まれるので現段階では問題があるといいつつ、「職業団体の政治連盟はその職業の侵害に対する防衛や職域の拡大等を目的として政治活動を行いますので、原則として「政府与党」と密着する傾向になるのはやむを得ないのではないかと思います。」と述べた。(甲第322号証)
[152] このように税政連が特定政党を支持しており、そのことが幹部にも会員にも意識されていたことは明らかである。
(4) 推薦活動
[153](イ) 日税政規約23条、南九税政規約26条には、それぞれ選挙にあたって特定候補を推薦するための推薦審査会に関する規定が置かれている。さらに、熊本県税政連規約26条には、会長は必要ありと認めたときは臨時に本連盟に推薦審査会を置き、衆議院議員、参議院議員の各選挙にさいし、候補者の推薦につき審査することができるとされている(甲第28号証)。
[154] 税政連は昭和38年11月の衆議院総選挙以来選挙のたびごとに特定政党の特定政治家の推薦活動を行ってきた(例えば、昭和50年統一地方選=甲241号証、昭和51年衆院選=甲第247、250の2、256号証、昭和52年参院選=甲261ないし264号証、同年熊本地区補選=甲267号証)。
[155] 税政連のこれら推薦候補の顔ぶれを見れば、税政連が自民党の候補者を偏重して推薦していることは明らかである。
[156] 例えば、昭和51年の衆議院議員選挙において、日税政は当初自民党のみを支援することにしていたが、後に、情勢が変わったとして社会党、民社党も支援することにした(甲第256号証の3)。その結果、熊本1区野田毅、宮崎1区の大原一三のいずれも自民党を含む自民党30、社会2、民社1の特定候補者を全国で推薦した(乙第79号証)。
[157](ロ) さらに、南九税政及び南九各県税政となるとほとんど全員が自民党候補である(控訴審における証人永野の第2回証言67項、同証人の第1回証言225項)。
[158] 例えば、南九税政及び熊本県税政は、昭和51年11月13日に衆議院議員候補者に関し、その選挙区1区では、松野頼三及び野田毅、2区では坂田道太、園田直及び福島穰二の自民党候補者のみを推薦した(甲第457号証2頁、同第458号証)。
[159] これら推薦の結果は税政連の機関紙誌上や南九税政の定期大会議案上に明示されていた。これらは、いずれも会全員に配布されるものである。
[160] また、南九税政及び南九各県税政は、昭和52年7月の参議院地方区の選挙にむけて、日税政の方針を受けて、熊本県細川護煕、三好信二、大分県衛藤征士郎、宮崎県坂元親男、鹿児島県佐田宗二、いずれも自民党候補者を推薦した(甲第263、264号証)。
[161] さらに昭和52年9月参議院熊本地方区の補欠選挙が行われたが、南九税政は同選挙において自民党田代由紀夫候補のみを推薦した(甲第267号証)。
[162] なお、推薦をした場合、推薦状を候補者に渡すことになるが、昭和54年の税政連献金事件の際には推薦状とともに献金小切手も候補者に渡されている(乙第67号証505頁)。
[163](ハ) 税政連は選挙前にこれらの候補の推薦を決定した旨その機関紙で宣伝をするのみならず、選挙後もそれらの候補者が税政連の応援の結果、当選した旨の宣伝も行っていた(乙第56号証、甲第265、267号証)。
[164](ニ) 被上告人は、このような推薦活動は、税理士法改正のための手段であるからの税政連は一般の政治団体が行う推薦とは異なる旨主張するが、右の実態からすれば、一般の政治団体が行う推薦と質的な違いは認められない。
(5) 選挙応援運動
[165] 税政連は、結成以来毎回の衆参両議員選挙の際に、選挙応援を行っていた(甲第452号証、告訴の趣旨説明)。
[166] 日税政の規約第4条3号には、その事業として公職選挙法に基づく諸活動が明示され(甲第26号証)、税政連の各規約には選対委員会設置に関する規定が存し(日税政=甲第26号証13条5号、南九税政=甲第27号証12、13条各5号、熊本県税政=甲第28号証13条5号)、税政連が選挙応援運動を行っていたことは明らかである。
[167] 前記の候補者の推薦活動が選挙応援活動であることは言うまでもない(公職選挙法201条の4、同条の11など参照)。
[168] 税政連の選挙応援活動はこの推薦候補者について行われるのであるから、税政連の推薦活動に関する前記の偏頗性はそのまま選挙応援運動にも当てはまるのである。
[169] また、南九税政の定期大会議案には南九税政及び各県税政が選挙の度に選挙運動を展開したことが記載されている(昭和52年度=甲第458号証4ないし7頁、昭和50年度=甲456号証1など)。
(6) 政治献金活動
[170](イ) 日税政の規約第4条3号に「政治資金規正法に基づく諸活動の事業を行う旨明示されており(甲第26号証)、税政連連は、結成以来毎回の衆参両議員選挙の際に、選挙応援と政治献会を行ってきた(甲第452号証、告訴の趣旨説明)。
[171] たとえば、昭和54年の税政連政治献金事件において税理士会・税政連幹部は贈賄罪について起訴猶予処分となったのであるが、この理由中に「税政連はこれまでも選挙のつど献金、今回も半ば公然と提供している」ことが挙げられている(甲第37号証)。
[172](ロ) 税政連の収支報告書によれば、昭和38年の税政連結成以後昭和54年の税政連政治献金事件まで、次のような金額を政治献金していた事実が明らかとなっている(甲第348号証)。
  昭和38年度 3796万5000円
  昭和39年度 2300万円
  昭和40年度 300万円
  昭和45年度 620万9640円
  昭和46年度 513万828円
  昭和47年度 2522万3892円
  昭和48年度 1082万4471円
  昭和49年度 305万5418円
  昭和50年度 378万1260円
  昭和51年度 6367万3128円
  昭和52年度 1265万6071円
  昭和53年度 5712万9188円
  昭和54年度 1億7385万259円
[173] 昭和38ないし同40年度については「政党並びに個人」政治家に対する政治献金であることが明示されている。昭和45年度以降の収支報告書には「政治献金」という費目は明示されていない。しかし、印刷費や通信費など他の費目は昭和38ないし同39年度の収支報告書と共通しているので、「事業費」がすなわち「政治献金」の費目であると考えざるをえない。また、税政連政治献金事件を起こした同54年度の収支報告書において1億円を超える費目は「事業費」のみである。したがって、このことからも事業費が、すなわち、「政治献金」であることは明らかである。
(ハ) 官報による公示
[174] 昭和47年度から同54年度までの官報に基づく日税政の寄付・交付金の推移は次のとおりである。
  47年 社会党 200万円
民社党 100万円(甲第345号証)
  49年 自民党 500万円
社会党 300万円
民社党 100万円(甲第346号証)
  51年  総額 4292万円(甲第170号証の14)
国民政治協会 500万円
社会党 200万円
民社党 200万円
  52年  総額 1154万円(甲第171号証の3)
国民政治協会 200万円
政和協会 100万円
社会党 100万円
  53年  総額 1432万円(甲第377号証の2)
  54年  総額 1億5907万円(甲第378号証の2)
(ニ) 昭和47年の南九税政による政治献金
[175] 昭和47年12月10日に実施された衆議院選挙の際に、南九税政は昭和47年11月20日から同年12月1日までの間に、次のとおりの特定政治家(いずれも自民党)・後援会に対し、政治献金・寄付(いずれも5万円)を行っていたことが明らかとなった(乙第22号証の2・2項)。
大久保武雄(熊本)、福永一臣(同)、床次徳二(鹿児島)、宇田国栄(同)、瀬戸山三男(同)、小山長規(同)池田清志(同)、山中貞則(同)、二階堂進(同)、村上勇(大分)、佐藤文生(同)、西村栄一(同)、晃山会(熊本)、笠政会(宮崎)松揚会(熊本)、りんどう会(同)
(ホ) 昭和51年の特別会費・特別募金による政治献金
[176] 昭和51年、税政連は衆参両国会議員選挙対策費用として特別募金を実施したところ、訴上告人南九会はこれを特別会費という形で1人当たり5000円を強制徴収した。この時の使途も、本件特別会費と同様「税理士法改正運動に要する特別資金とするため」「全額南九各県税理士政治連盟へ会員数を考慮して配布する」と説明されたが、前記のように、各県税政に寄付された後、南九税政を経由して、日税政に413万6000円の資金が流れた。そして、日税政によって右資金が政治献金として使用されたのである。
[177] 実際に、日税政は、同年度、特定政党・特定候補者に対し、次のとおり政治献金をした(甲第170号証)。
  日本社会党 200万円
  民社党 200万円
  財団法人国民政治協会(自民党の政治団体) 500万円
  特定候補者(複数) 3392万円
   合計 4292万円
[178] 前記決議中の「この資金の緊急性に鑑み」とは、同年12月5日の衆議院選挙に間に合うようにという意味である。
(ヘ) 税政連政治献金事件
[179] 税政連政治献金事件は税政連の以上のような政治献金の歴史の上に起こった必然的な事件である(甲31ないし38号証)。
[180] 昭和54年12月7日付毎日新聞(夕刊)は、その一面トップに「日税連、献金を強制徴収、ワイロの性格濃厚」との見出しでいわゆる「日税連・日税政の政治献金事件」を報道した。
[181] それによると、同年8月1日付の日税政の機関紙は総選挙必至という状況で、衆議院選挙における日税政の推薦候補者84名(自民党60名、社会党12名、民社党6名、公明党3名、新自由クラブ1名、無所属他2名)を公表した。同月23日に開かれた日税連と日税政との連絡会議では、右84名の候補者に17名を加えた合計101名の推薦候補者を5ランクに分け、500万円・300万円・200万円・100万円・50万円(合計1億3000万円)として政治献金することが了承された。同年9月7日衆議院が解散したが、同月10日過ぎころ、日税政は、14単位税政連の地方幹部に対し、右ランクに従った101名の政治家に分配することを指示して合計約1億3000万円を手渡した。
[182] これらの金員は各推薦候補者の事務所にいわゆる「陣中見舞」として持参され、公明党及び共産党を除いた殆どの候補者はこれを受領した。
[183](ト) 以上のように、税政連は設立以来、選挙のたびに政治献金を行ってきており、その回数の多さおよび金額の多さからみて、陳情が円滑にいくための交際費といったものではなく、一般の政治団体が行う政治献金と質的に変わらないものである。
(7) 後援会活動
[184](イ) 税政連は、結成以来毎回の衆参両議員選挙の際に、選挙応援と政治献金を行うとともに、特定政党や政治家のために後援会作りその他日常の後援活動を行っている(甲第452号証・告訴の趣旨説明)。
[185] 税政連が推薦候補の後援会活動をする意味はどこにあるのであろうか。
[186] それは公職選挙法が「選挙運動」と「政治活動」を区別していることによるのである(同法第13章、第14章の3)。
[187] 選挙期間中は選挙運動はできるが政治活動が規制される、選挙期間以外は日常的な政治活動はできるが選挙運動はできない、と公選法は定めている。そして後援会活動は一般的には日常的な政治活動に含まれるとされているものである(甲250号証の4)。
[188] つまり、後援会活動は政治家の応援を選挙期間以外にも行うための活動なのである。
[189] 税政連では、昭和50年ころから、後援会活動を重視するようになった。その理由は、日税政会長であった織本氏が次のように述べている(甲第350号証6)。
「税政連の活動が国会議員から高く評価されているのは何故だろうか。それは、他の業界でも、それぞれ政治連盟を結成しているものの『後援会』を結成するまでには至っていないが、税政連は日常的に全国各地で国会議員を支援する『後援会』を組織していることによるものと思われる。税政連では、昭和50年から積極的にこの後援会の結成に取り組んできた。」
「その国会議員に理解を得る方法としては、a 陳情活動とb 物心両面からの応援、があるが、これらは密接に結びついている。国会議員各位の政治信条を理解して指示し、資金面でも応援することが必要になるが、問題が生じたときだけの陳情や選挙時だけの支援では限界があるということに気づき、日常的な接触活動の必要性が痛感された。
 そのため、各地区で税政連が推薦していた国会議員に対し、国会議員への支援と会員の政治意識の高揚のために、税理士の自主的な組織としての後援会を結成する方針を決定した。…
 この後援会の結成は、国会議員にとっても税理士会・税政連にとっても両方ともプラスになるものであり、…」
[190](ロ) 南九税政は昭和53年度の運動方針の重点運動として「推薦国会議員の後援会を早急に結成し、日常政治活動を行う。」ことを掲げ(甲第459号証6頁)、昭和52年8月18日、昭和53年1月23日、同年5月22日と後援会の結成準備について検討を行っていた(同号証1頁以下)。
[191] また昭和54年度の運動方針の重点運動として「推薦国会議員などの後援会の早期結成と拡大充実を測り、日常政治活動を行う。」ことを掲げ(甲460号証6頁)、同予算中に後援会結成準備費40万円を計上し(同号証8頁)、昭和53年10月9日に後援会の結成準備について検討を行った(同号証1頁)。
[192] これらの結果、南九各県に推薦国会議員の税理士による後援会が逐次結成された。本件特別会費の第1回配布の後である昭和54年3月10日に「鹿児島県税政山崎武三郎後援会」が結成され、そのことが控訴人の会報に報道された(甲340号証24頁)。
[193](ハ) このような後援会活動により、税政連は選挙時や陳情の時だけでなく、日常的に特定政党の政治家と密接に結びついて応援活動を行ったのである。
[194](8) 以上のことから、南九各県税政を下部組織とする税政連は、その活動を実態に照らすと、一般の政治団体と質的に異なるところはないと言ってよい。

4 税政連による税理士法改正運動の形態および内容
(1) 税政連の存立目的
[195] 税理士会が公益法人であり、かつ強制加入団体であることから、権利能力及び行為能力の範囲が狭く解されることは一審以来述べているところである。しかし、税理士会といえども、税理士業務の改善進歩のために税理士法改正運動などの政治活動が一切許されないというわけではない。たとえば、税理士法改正のための広報、学習会、大会開催、宣伝活動等およびそのために必要な費用の支出は許されるのである。
[196] それではなぜ税政連という組織を税理士会とは別に設けたのだろうか。それは、税理士会が行っていない公職選挙法上の活動や政治資金規正法上の活動を税政連に行わせるためである。このことは、説明の要もないくらい自明のことと考えるが、念のためこれを裏づける書証を挙げておく。
[197](イ) 日税政の規約第4条3号に「政治資金規正法に基づく諸活動」が事業として明示されている(甲第26号証、なお全納連は同第169号証-10)
[198](ロ) 日税政の幹事長をしていた高野氏が「幹事長の思い出(下)」のなかで次のように述べている(甲第269号証の2)。
「政治連盟が最も必要としていることは、日税連との関係を明らかにすることが第一だと考え、事あるごとに、人格は違うが実質的には表裏一体の間柄であり、日税連という税理士法によって設立されている特殊法人が、その法的性格からできないこととなっている政治活動の分野を担当するのが本連盟の活動であることを強調しました。」
[199](ハ) 昭和54年9月25日付「税理士界」の「源流」において(甲第353号証)、「選挙運動に関しては日税連は主体となって動くことのできないことは当然であって、そのために日本税理士政治連盟が結成されており、表裏一体の関係において強力な運動を行うことは、8月28日第13回定期大会において確認されているところである。」との記載が見られる。
[200](ニ) 昭和47年4月1日付の「税政連」(甲第221号証-2)の中に、「政治連盟は、法対策のために存在すると思うのだが、公職選挙にひっかからないための便法であるなら選挙の時だけ顔を出せばよい」との報道がある。
[201](ホ) 同じころ、南九州地区連の座談会において税政連の今後のあり方が討議され(甲第224号証-3、同226号証)、「金集めは税理士会でやる。政治活動は政法連盟でやる」との意見が出されている。
[202](ヘ) 昭和50年12月11日付「東京税理士会」の「時潮」欄に「東京税政連と本会は一体」と題して(甲第318号証)税政連への支援を訴えているが、その中に、医師会を例えにとり、日本医師会と表裏一体である日本医師政治連盟が自民党参議院政審会長へ年間8200万円の政治献金をしたり、自民党医療問題議員懇談会に自民党議員の9割が所属している事実を挙げ、これを背景に、批判が強かった医師優遇税制が廃止されなかったことを指摘している。
[203]  この記述から、日本医師政治連盟がかつて医師優遇税制を守るために行った政治活動、すなわち多額の政治献金を行うことによって医師会を支援する国会議員を増やし、その政治力によって目的を達成するという方法を、税政連が志向していたことが読みとれるのである。
[204](ト) 昭和51年9月1日付「税政連」(甲第256号証)の「提言」の欄に、「税理士と政治について」と題して、「最後に以上踏まえて提言したいことは、(1)政治連盟の活動は常に連合会の意向と要請によって行動し、法律上連合会のなしえない選挙運動の実践とこれに関連する業務にしぼること…」と述べている。
[205] 以上のように、税政連の行う政治活動とは、主として選挙運動及び政治資金によって議員とのつながりを強め、国会において税理士会および税政連の利益のために議員に活動してもらうことにあったのであり、このことは当初の設立の目的でもあった。
[206](2) 税政連は、昭和38年の税理士法改正問題以来、国政選挙のたびごとに特定の候補者の推薦・支持・後援活動さらに政治献金を行って、税理士法・商法改正法案などを買収してきた。
[207] たとえば、昭和39年に政府提案による税理士法改正案が国会に上程されたが、このときは日税連をはじめ全国の税理士会が一体となって反対運動を行った結果、同40年6月に廃案となっている。
[208] このとき、日税連では、法改正運動要綱を決定(甲第169号証-4)したが、これによると、法改正運動の2つの柱として「税理士と納税者を一丸とした全国納税者政治連盟の結成」と「第1次資金カンパ1億5000万円」を挙げている。
[209] すなわち、全国納税者連盟は、昭和38年10月7日結成されている。同年11月21日の衆議院選挙が行われたが、このとき特定候補を推薦し、積極的に応援活動を行っている(甲第160号証-1)。
[210] これ以後、税政連は、事ある場合にそなえて継続して政治献金と選挙応戦活動を行うようになったのであり、こうした税政連の体質は本件税理士法改正問題にまで引き継がれたのである。
(3) 税理士会との関係
[211] このように、税政連は一審判決の言葉を借りれば、税理士会の政治的実働部隊として、税理士会ができない公選法の活動や政治資金規制法上の活動を行うことになった。こうした役割分担に従って税政連が完全に税理士会から切り離された独立の団体として活動するだけであれば本件のような問題は起きなかったはずである。
[212] ところが、税政連は独力だけでは十分な活動ができなかった。すなわち、税政連独自では多額の政治献金等を賄うだけの資金が調達できなかったのである。
[213] この点について、昭和47年初め、日税政で行った第1次強化募金及び第2次強化募金の徴収成績が悪く、近く衆院選挙を控えて資金調達が重要な課題となっていたが、同年4月ころ、南九州地区連合会における座談会(甲第224号証の3、同226号証)における野田久次幹事長の発言が右の事情を語っている。
「実はこの強化募金につきましては、4月に入ってから、会員に呼びかけたわけでございます。ところが先日の東京での幹事会におきまして北九州の津留先生が発言したのがきっかけで、募金は政治連盟でやるべきか、それとも税理士会でやるのか。というのは、そうした募金のような仕事と、政治活動というものを、はっきり分けたほうがいいんじゃないかという意見が出まして最終的に金集めは税理士会でやる。それから政治活動は政治連盟でやるという線が持ち出されたわけでございます。募金を政治連盟でやったって、力が弱いのじゃないのか。ということは、この政治連盟に加入しているのか、していないのか、まずそこから発想がおこるんじゃないだろうか。私達税理士会の会員は、同時に政治連盟の会員であると聞かされているけれども、ピントこないわけですね。だから政治連盟の方に関心を持っている人は、非常に強く持っている反面、そういう人は非常に少ないということです。ですからそうしたことが結局募金にしましても反響が少なくて、思うようにまとまらない。だからむしろこれは特別会費として義務づけて、税理士会の方で集め、そして集まった金を政治連盟の方に渡す。政治連盟はその金でもって政治活動を行う。ただ、連合会で金を集めて政治連盟の方に流すということがいいかどうか、あとでそれは違法じゃないかとか何かいわれると困るから、専門家に聞いてこれをはっきりさせた方がいいんじゃないかということで今度12日の会合でそれをはっきりさせようということになっております。当会としましても12日の会合でそう決まれば、私どもも政治連盟での募金を、今後は税理士会の方で集めるようにしようと考えて居ります。」
[214] こうした議論の末、「金集めは税理士会で、政治活動は税政連で」という構造、あるいは体質が税理士会と税政連との間ででき上がったものであり、本件特別会費も同様の事情から徴収されたのである。
(4) 税理士法改正運動
[215] 昭和50年7月に山本義雄が日税連会長に就任して以来、日税連執行部は従来の議員立法による法改正から、政府との折衝による政府提案による法改正へと180度の方向転換を行ったが、それとともに法改正のための手段たる政治活動についても質・量ともに強化を図った。
[216] 昭和52年2月10日に税理士法改正対策委員会で決定した「運動計画大綱」(甲第50号証3頁)によると、「国会・政党対策」として「自民党をはじめ、各政党内に税理士制度を審議する機関の設置を推進する」「税制議員懇談会の早期設置を積極的に援助する。」との活動を挙げており、これら国会・政党に対する働きかけは税理士による後援会を通じて行うものとされ、そのためにも未結成の税政連においては早期の後援会結成が必要とされた。
[217] また、「会員対策→各単位会及びその会員への働きかけ」として、日本税政連が行う法改正実現を目指す資金作りに全面的に協力するということが挙げられていた。
[218] かくして、税政連では昭和50年ころから、国会議員あるいは特定候補者を支援する「後援会」の結成に積極的に取り組んだのである。
[219] 後援会活動を重視する理由について、日税政連会長であった織本は次のように述べている(甲第350号証-6)。
「その国会議員に理解を得る方法としては、(1)陳情活動と(2)物心両面からの応援、があるが、これらは密接に結びついている。国会議員各位の政治信条を理解して支持し、資金面でも応援することが必要になるが、問題が生じたときだけの陳情や選挙時だけの支援では限界があるということに気づき、日常的な接触活動の必要性が痛感された。
 そのため、各地区税政連が推薦していた国会議員に対し、国会議員への支援と会員の政治意識の高揚のために、税理士の自主的な組織としての後援会を結成する方針を決定した。これを担当したのは組織委員会で、同委員会が中心となって具体策を進め、『協力国会議員後援会結成要領』、『後援会規約(ひな形)』、『後援会運営要領』を作成し、後援会の結成と具体的な活動の方向を示した。この後援会の結成の方針は、昭和50年度の組織活動方針で内外に明らかにした。
 この後援会の結成は、国会議員にとっても税理士会・税政連にとっても両方ともプラスになるものであり、後援会の活動を税政連活動の軸とすることとした。
 この後援会の結成によって、息の長い、議員に密着した政治活動が可能となり、それまでのものよりも更に効果的な陳情が実施できる画期的なものとなった。・・・」
[220] 国会議員の力で税理士法改正をしてもらうためには、単に陳情や選挙時の支援程度では足りないのであり、日常的に接触して資金面での応援のほか、国会議員の政治信条を理解して支持していく活動をすることが重要であると説いているのである。目的のためには手段は選ばずという税理士会および税政連の姿勢が露骨に表れている。
[221] しかし、このような後援会結成による議員への働きかけは、絶大なる効果を発揮したようである。
[222] 日税政の昭和52年度運動経過報告(甲第12号証)では、次のように述べられている。
「…本連盟は、日税連の法改正運動に対応し、これを内容的により前進させ、かつ効果的に進めるべく、その政治的環境作りに運動の重点を置いた。爾来、組織的な運動を積極的に推進し、結果的に一応の成果を収めた。」
「その第一は、過年度に引き続き地元国会議員を対象とした後援会作りを積極的に推進したことである。
 国会議員の理解と協力なくして、業界諸施策の推進は望むべくもないとの観点から、昭和50年来組織的に取り組んできた後援会作りであるが、現在では109組織の多くに達し、なお、引き続き多数結成準備中である。
 さらに、集票能力を有する当該後援会を通じての国会議員個々に対する意思疎通に特段の意を用い、政治的発言力の強化に努めた。」
[223] 日税政会長であった織本も後になって次のように述壊している(甲第350号証6)。
「税政連の活動が国会議員から高く評価されているのは何故だろうか。それは、他の業界でも、それぞれ政治連盟を結成しているものの『後援会』を結成するまでには至っていないが、税政連は日常的に全国各地で国会議員を支援する『後援会』を組織していることによるものと思われる。税政連では、昭和50年から積極的にこの後援会の結成に取り組んできた。」
[224](5) 以上のような税政連の政治活動は、もともと税理士法改正問題をを税理士会に有利に運ぶという目的のための手段であった。ところが、その手段はいつしか本来の目的を逸脱して暴走するに至る。その典型が3で述べた昭和54年の税政連政治献金事件である。
[225] この事件は、税政連が101名の推薦候補者を5ランクに分けて、500万円、300万円、200万円、100万円、50万円として合計1億3000万円を政治献金したというものであった。
[226] 暴走は、これにとどまらなかった。
[227] 税理士会々員に対しても政治活動への協力という形で起こったのである。すなわち、多数決で決定されたこととして会員を後援会活動や選挙活動にかり出したのである。税政連が会員に対しどのようにして強制したかについては、「税政連」の「提言」に如実に表れている(甲第260号証-1)。
「本連盟が選挙運動をするといっても、単位税政連の会員である税理士各位の運動に持つわけであるから、執行部だけが力を入れて努力をするだけでは票に結び付くものではない。であるから単位税政連並びにその会員の意向、動向を十分に吸収、集約するとともに、差し当たってはこの選挙を通じて税理士法改正の推進力とするには何が最善かを税理士各位に十分理解してもらう努力が必要であろう。
 そして機関決定を見たうえはその採決に当たってたとえ反対をしたものであっても『多数意見には従うという多数決原理はどこまでも守る』ということがきわめて必要であることを忘れてはならない。一致団結して参議院選挙を成功に導かなくてはならない。」
[228] 東京税理士会で昭和51年10月19日に行われた座談会においても(甲第322号証)、香山幹事長が総選挙対策として、「誰にでもできる選挙運動」について触れ、「…詳細は選挙に入った際に説明しますが、会員には、候補者の選挙事務所から顧問先、あるいは友人・知人に電話工作をしてもらうことを考えております。」と述べている。
[229] こうした動きに対して、会員から批判の声が上がっていた。
[230] 九州北部会の浦部好弘会員は、6月10日付「税理士界」において「税理士の政治活動について」と題し、次のように論じている(甲第424号証)。
「第一、選挙に際して特定候補者の後援会を作り選挙活動を行うということの是非である。その候補者が税理士法の改正について真の理解者であり、この人が当選しなければ法の改正も難しいという場合なら別であるが、一つの選定基準によって形式的に選ばれた候補者である場合、その候補者に同調していない税理士がその運動員として自分の名前を表に出し、その候補者に同調していない関与先に対して投票の依頼が、たとえ電話を通じてであってもできるものであろうか。あるいはトラックに同乗して候補者とともに街頭を走り廻る事が出来るであろうか。……
 第二に、推薦者を与党の現議員1名に絞ることの是非である。日税連の、税理士法改正は政府提案を目処として対策を進めるという方針からすれば、与党議員を後援するというやり方も背けぬでもないが、それでは余りにも「税理士」のご都合主義が見え透いてはいまいか。・・・」
[231] このように、税政連は、多数決原理を根拠にして、会員それぞれの思想・良心の自由を無視して、税理士会や税政連が支持する政治家のための政治活動を会員に強制するまでにエスカレートしていったのである。
[232] これは、まさに本件において見られる被上告人の考え方そのものと言ってよい。
[233] 本件は、税理士法改正問題を有利にするために特定候補者への政治献金、後援会結成費用、選挙活動資金を思想・良心に反するとの理由で反対した上告人の意見を無視して多数決により特別会費徴収の決議をしたうえ、これに従わずに特別会費を納入しなかった上告人に対し選挙権・被選挙権を停止するという処分まで行ったというものであるから、その意味では、こうした税理士会および税政連の暴走行為の1つとして位置づけられるべきものである。

5 本件決議により会員に求められた協力の内容・程度・態様
[234](1) 本件決議は、南九各県税政に寄付するため会員に金5000円の支払いを強制的に求めるものであるが、ここではこのような協力が会員の思想良心の自由との関係でいかなる意味をもつかについて論じる。
[235] 本件決議の意味について交付先の税政連の実態と税理士法改正運動の実態とに分けて論じたが、ここでもこの2つに分けて分析する。
(2) 政治団体への寄付を強制されることについて
(イ) 最高裁判決の判断基準
[236] 最高裁判決がいわゆる政治意識昂揚資金について、政党や選挙による議員の活動は、各種の政治的課題の解決のために労働者の利益とは関係のない広範な領域にまで及ぶこと、選挙においてどの政党またはどの候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、組合員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断ないしは感情等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるという理由から、組合員に対して支持政党又は統一候補の選挙運動の推進およびその費用負担についての協力を強制することは許されないという判断を示している。
[237] これは、支持政党または統一候補者の選挙運動の推進およびその費用負担についての協力については、たとえ組合員の多数決による決議といえども、それに反対の組合員の思想・良心の自由を侵害するので許されないとしたのである。
[238] 本件では、特定候補者の選挙運動、後援会活動および政治献金等を行っていた南九州各県税政という政治団体に対する寄付について、右最高裁判決の射程が及ぶかどうかが問題となる。
(ロ) 政治資金規正法の趣旨
[239] 南九州各県税政は、政治資金規正法上の政治団体である。
[240] 同法は、政党、その他の団体等の政治活動の公明を図り、選挙の公正を確保することを目的とし、国民に政治資金の動きを明らかにすることによって、ひいては国民の投票の自由を実質的に保護しようとするものである。
[241] 同法は、このような目的を達成するため、政治活動に関する寄付に関して、政党や政治資金団体とその他の政治団体との間に区別を一切もうけてはいない(同法3条1、2項、5条1項1号)。このことは、同法上の政治団体は、政党と同様に政治活動の公明さが要求され、国民の監視に置かれていることを意味しているのであるから、国民の投票の自由との関係では、政党と政治団体との間に区別をもうける必要がないということになるのである。
[242] したがって、政党や候補者への寄付に関して示された右最高裁の判断基準は、政治団体への寄付が問題となった本件にそのまま適用することができるのであり、政治資金規正法上の政治団体である各県税政に対する寄付金の負担について上告人ら会員に協力を求めることは、税政連の実態いかんにかかわらず、会員が市民として有する思想良心の自由を侵害するものとして許されないのである。
(ハ) 税政連の実態との関係
[243] 3で述べた税政連の実態に照らすと、上告人ら会員の思想良心の自由を実質的に侵害しているうえ、その侵害の程度は重大で、かつ深刻である。
[244] 各県税政を下部組織とする税政連は、日常的には特定候補者あるいは特定政治家の後援会活動を行い、選挙時には推薦候補者として決定し、その当選を目指して積極的な選挙活動や政治献金を行っていたことはすでに詳しく述べたところである。
[245] このことは、被上告人も、準備書面(平成3年10月7日付最終準備書面86頁)において、「したがって、県税政連はこれら後援会を通じ、間接的に当該候補者を支援している、とも言いうる(此本・元・2・2・19~22項、四元・62・10・6・63項)。」として、認めているのである。
[246] 税政連が右のような物心両面からの支援を行っている特定候補者や特定政治家を支持しない会員にとって、各県税政に寄付するための資金を強制的に徴収されることは、まさに自分が支持しない候補者の支援組織への援助を強制されることにほかならない。
[247] 個人がどの候補者あるいはその支援組織を援助するかについても、本来個人的な政治的思想、見解、判断ないし感情等によって自主的に決定すべき事柄である。いかに多数決といえども、これに反対する会員に協力を強制することはできないのである。
(ニ) 被上告人の主張に対する反論
[248] 被上告人は、税政連は、税理士制度や税理士の権益に関連する諸問題について、いわば「税理士党」の立場から政治活動を通じて解決を図ろうとする団体であり、税理士制度や税理士の業務に関係のない一般的な政治的主義主張を実現しようとする政党のような政治団体ではないと主張する。
[249] しかし、これは事実に反する主張である。
[250] 南九税政において推薦候補として支援したのはすべて自民党の候補者であることや、税政連が支援する候補者が自民党に偏っているのではないかとの批判をうけていたこと、政府与党に偏るのはやむをえないという旨の税政連幹部の発言など(甲第322号証)から、右主張は明らかに虚偽である。
[251] また、昭和54年の税政連政治献金事件の際、日税連及び日税政幹部は、右献金は賄賂ではないかとの疑惑に対し、法改正と結びつくものではない旨の弁解をおこなっている。右事件について捜査を担当した東京地検も献金の趣旨について「政治家として大成してもらいたい」などの趣旨であるとの認定をし、過去の選挙でも運動資金を提供したことなどから、賄賂の認識が強くなかったとして幹部を起訴猶予処分にしたのである。
[252] これは、過去の運動資金の提供を含めた政治献金が「税理士党」の立場からなされたというだけではなく、一般的な政治団体としての献金の趣旨もあったことが認められたからであり、被上告人の主張と矛盾するものである。
[253] 仮に、純粋に「税理士党」の立場に立って候補者の支援をするとしても、支援を受ける候補者は「税理士党」の立場だけでなく、さまざまな政治問題について政治活動を行うのであるから、「税理士党」以外の問題について会員の政治的思想、見解、判断、感情等と相反する立場に立つことは十分考えられるのである。「税理士党」の立場に立つからといって、会員の思想・良心の自由を侵害しないとはとうてい言えない。
[254](ホ) 政治団体へ資金を交付した場合、その資金が特定候補者や政治家に流れるという可能性は一般的に否定することはできない。しかも、それは単に可能性だけではなく、過去に何回となく行われていた。税政連と税理士会とは、前記のように、「金集めは税理士会で、政治活動は税政連で行う」という形の役割分担がなされ、それに基づいて日税連の特別会費が税政連に渡され、それが政治献金に使われていたのである。
[255] 被上告人南九会においても、同様のことが行われている。
[256] すなわち、昭和51年6月23日の被上告人の定期総会において、本件決議とほとんど同じ内容の決議がなされたが、このとき徴収された資金が各県税政から南九税政、日税政へと流れ、日税政を通じて特定政党へ政治献金がなされたのである。
[257] この事実については、官報により公表されていたし、会内の情報に通じていた会員にとっては、税理士法改正のために特別会費を徴収する場合その使途が政治献金にあることは常識であった。
[258] このように税理士会で集めたお金が政治献金に使われたという現実を目の当たりにしている以上、本件特別会費を集めた資金が各県税政をトンネルとして特定政党、候補者へ政治献金として流れていくのではないかという疑いを会員が抱くのは当然であり、その疑いは合理的なものである。まさに本件で、上告人はこのような疑いに基づいて本件決議に異議を唱え、反対の票を投じ、本件特別会費を納付しなかったのである。
[259] これに対して、被上告人は、本件決議がなされた総会において右疑惑を晴らそうとする努力はしなかったし、その後実際に南九各県税政を通して本件特別会費による資金が政治家の手に渡ったのである。
[260] こうした疑いが払拭されることなく政治団体への寄付を強制されることは、上告人にとって特定候補者への政治献金を直接強制される場合と等しい苦痛を受けるものである。
[261](ヘ) 以上から、政治団体への寄付のために、これに反対する上告人に協力を強制することは、上告人の思想・良心の自由を侵すものである。
(3) 法案買収のための協力を強いられることについて
[262] 税政連がいかなる形態の税理士法改正運動を進めようとしていたかについては、4で述べたとおり、特定候補者に対し、後援会活動、選挙時の推薦、選挙応援活動及び政治献金を徹底的に行ってつながりを強め、それによって当選後に国会で税理士会および税政連の利益のために活動してもらうというものである。
[263] 例えば、昭和51年10月11日付の東京税理士界の「時潮」欄に次のような記載がある(甲第320号証)。
「政情は国会解散が目前に迫っている。いうまでもなく法律の改廃には国会の承認が必要であって、これを審議するのが国会議員である。この議員を選出するのがわれわれ国民であることを想起すれば、税理士法改正運動と選挙との関係がいかに重要であるか理解されよう。」
[264] 昭和53年9月13日、西日本ブロック会議の席上、山本日税連会長は次の挨拶を行っている(甲第337号証5頁)
「税理士法改正が今回成立しなければ私は税理士制度の崩壊につながるものと考える。
 そこで、税政連にお願いして資金を準備し、有効に使って国会議員の後援会を結成するための経費などとして準備したい。
 これが我々に力を貸してくれる人々及び政党に対するご恩報じであると考える。」
[265] こうした発言に見られるように、推薦議員に対し後援会を結成する等の応援をすることの見返りとして、税理士法改正問題を税理士会にとって有利に運んでもらおうとする意図が税政連にあったことは否定しがたい事実である。
[266] 昭和54年に日税政が特定政党および特定政治家に1億円を超す政治献金を行って、告発を受け、東京地検から、法案成立のための賄賂との認定を受けたが、これも税政連の一部の幹部が起こした偶発的な犯行ではなく、税政連の体質に根ざすものであったことはこれまでの説明からすでに明らかとなっている。
[267] さらに、本件特別会費の使途についても、当時の被上告人の会長であった永野寿一は、法廷で政治献金については否定したが、後援会結成のための費用に充てるつもりであったことは認めている(59・7・12調書、128項)。
[268] さすがに政治献金については口をつぐんでいるが、後援会結成について同様の主張が被上告人の準備書面にも見られる。平成3年6月19日付準備書面(七)の四において、「なお、…南九州各県税政において、後援会結成が行われたが、それは、税理士法改正や税理士業界の主張について、国会議員や利害関係者、世論に理解・協賛をうるために必要な活動であり、何等非難されるべきものではない。」
[269] しかし、たとえ後援会結成であっても、国会議員がその職務に関し有利に運んでもらうという趣旨で行えば、贈収賄罪が成立することは明らかである。被上告人の右主張は、賄賂を自認したものであり、しかも「何等非難されるべきものではない」として開き直っており、罪悪感すら失っていたことを示している。
[270] 本件決議は、税理士法改正法案を有利に運んででもらうための賄賂の資金作りのために協力を求めるという意味をもつものであり、このことは被上告人の執行部はもちろん、多くの会員が知っていたことなのである。
[271] したがって、税理士会として進むべき税理士法改正運動の方向自体は多数決によって決せられるとしても、そのための手段において贈賄という違法性を帯びるものであったり、不当なものであれば、そのための資金の提供を強制されることは、これを潔しとしない会員にとって良心あるいは信条の自由に対する重大な侵害である。

[272] 以上から、本件決議が上告人の思想・良心の自由を侵害するものではなく適法と判断した原判決には、憲法第19条、民法第90条の法令解釈の誤りがあり、かつ最高裁判決に違背しており、しかも、それは判決に影響を与えるものである。
[273] 原判決は、原審において上告人が「本件決議による特別会費が税理士による特定政治家の後援会結成費用に充てられるものであれば強制徴収して、これを南九州各県税理士政治連盟(以下、単に各県税政連という)に献金することは上告人の政治的思想、信条の自由を侵害するもので公序良俗に反し無効である」旨主張していたにもかかわらずこの点について判断をしなかった。これは再審事由の「判決に影響を及ぼすべき重要なる事項につき判断を遺脱したもの」(民訴法第420条第1項9号)であり、絶対的上告理由を定めた民訴法第395条1項6号「判決に理由を附さないもの」であるから、破棄・取消されるべきである。

[274] 原判決は本件決議が上告人の思想・信条の自由を侵害し、よって公序良俗に反し無効であるとする上告人の主張について、これに関する争点は次の3点であるとして、それについてしか判断しなかった。
[275] 即ち、原判決は
(イ)「被控訴人は、本件決議は、税理士法改正運動に反対の意見を有する被控訴人に協力を強制するものであるから、憲法が保障している思想・信条の自由を侵害するもので、公序良俗に反すると主張する。」
(ロ)「さらに、被控訴人は、本件決議は、被控訴人に特定の候補者及び政党への寄付を強制するものであるから、被控訴人の政治的思想、信条の自由を侵害するもので、公序良俗に反し、無効であると主張する。」
(ハ)「また、被控訴人は、本件決議は政治資金規制法22条の3、22条の6、22条の7の趣旨に違背し、あるいは本件特別会費が贈賄資金性を有すると主張する。」
と3点を摘示し、これら(イ)ないし(ハ)についてのみ判断しているにすぎない。(因に、これら(イ)ないし(ハ)に対する原判決の判断が法令の解釈を誤るなどしてそれぞれ上告理由になるものであることは、本上告理由書に主張するとおりである。)

[276] しかしながら、上告人は平成2年10月15日付第3準備書面37頁以下50頁に第五「税理士による後援会の実態、一、本件特別会費の使途」の項において「本件特別会費の使途が税理士による国会議員の後援会づくりであれば強制徴収し、各県税政連に献金することができるのかが問題である」と主張を明確にして争点を提示したうえ、本件特別会費の使途が税理士による国会議員の後援会結成費用にも充てるつもりであったこと及び結成ないし結成予定の後援会が税理士法改正のための陳情、学習会や大会開催、広報といった通常の活動の域をこえて、特定政治家の選挙応援活動まで行っていること、税理士による後援会の実態は一般の政治家後援会と何ら異るものではないことを証拠に基づいて論証した。さらに、1991年10月7日付「控訴人最終弁論」書の三以下の「税理士による国会議員の後援会の政治的偏頗性」の項で右主張をさらに具体化し、自民党所属の特定の国会議員や国会議員になろうとする候補者15名の後援会を結成した各県税政に対し本件特別会費による資金が全額渡されていることを証拠にもとづいて主張し、こうしたことが上告人の思想・良心の自由や政治的信条の自由を侵害するもので無効であるかを弁論したのである。然るに、原判決は先にも述べたとおり、この点について何ら判断を示さなかったのである。
[277] これは再審事由を規定する民事訴訟法第420条1項9号の「判決に影響を及ぼすべき重要なる事項についての判断の遺脱」である。判決に影響を及ぼすべき重要なる事項についての判断の遺脱は民事訴訟法第395条1項6号前文の「判決に理由を附さない」ものに含まれる絶対的上告理由である。
[278] 仮に、三で述べた判断遺脱の違法がないとしても、本件決議の目的が少なくとも政治家の後援会結成費用に充てることにあったことについては当事者間に争いがないのであるから、これを前提とすると、本件決議を適法とした原判決には、憲法第19条および民法第90条の法令の解釈・適用につき判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りがある。

[279] 本件決議により、会員から強制徴収された、本件特別会費は全額の寄付を受けた南九各県税政連によって税理士による国会議員の後援会結成資金に充てられた。この点は被上告人自身、原審準備書面(二)19頁以下で
「本件献金の趣旨は、『各県税政連で推薦国会議員の後援会作りということ、或は懇談会・説明会・陳情・会員同志のなかで各県支部ごとに説明会を何回もやってもらう、法改正が非常に流動的で関連団体からの法改正について反対意見が出されておりこういったものに対する会員への説明といったようなことに力を入れ、そういうものの費用に充当してほしいと考えた』のである。」
として、自認しているところでもある。
[280] その結果、本件特別会費の徴収を決意した当時、南九各県税政には「税理士による国会議員の後援会」が1つも結成されていなかったが、本件特別会費の徴収とその資金が被上告人より南九各県税政連に第1回分として配布(寄附)されたのちの昭和54年1月25日、鹿児島県税理士政治連盟によって、税理士による自民党国会議員山崎武三郎後援会が結成されたのを皮切りに次々と各県税政内に税理士による国会議員の後援会が結成された。平成2年5月1日付の機関紙「税政連250号記念号」9頁(甲350号証の7)によると、平成2年3月1日時点で南九各県税政内には15名のいずれも自民党所属の国会議員ないしはその候補者に対する税理士による後援会が結成されているのである。
[281] 被上告人は、税理士による国会議員の後援会結成について、それ自体が南九各県税政の目的ではなく、南九各県税政に税理士法改正運動を行ってもらうという目的の一手段として税理士による国会議員の後援会が結成されたのであると主張している(原審、被上告人最終準備書面81頁以下90頁)。本件特別会費の徴収の真の目的とその使い方、手段との関係については、上告人と被上告人との間に明確な主張の対立があるが、少なくとも被上告人も本件特別会費の寄附を受けた南九各県税政が税理士による後援会の結成の主体であったことを認めているのである。

[282] 後援会は、特定の個人を支持・援助するために作られたものであり、特定の政治家の後援会はその者の政治活動を支持・援助し、かつその者を選挙において当選させるために様々な活動を行う組織である。
[283] 今日、公職の選挙において、法定の選挙運動期間中だけにかぎって、言論・文書その他の適切な方法によっていかに努力したとしても、候補者の人物・政見などを、選挙人に周知・徹底せしめることは困難であり、ましてや当選を勝ち取ることが不可能に近いことは公知の事実である。そこで、現職議員も候補者となろうという者も、平素から、労働組合・同業組合・職能団体や会社、事業所または地域との結びつきを強めることに努力している。こうした活動のうち、最も一般的で、かつ効果的なものが後援会作りである。ほとんど全ての議員や候補者になろうとするものが後援会を持っていることは今や公知の事実である。
[284] 政治家の後援会は、後援会活動を通して、その政治家の知名度を高め、政治家の主義主張を普及し、公職の選挙において当選することをめざす組織である。従って、年賀状・暑中見舞状を郵送したり、また後援会機関紙などを頒布する活動、後援する政治家の演説や講演を聞く活動、選挙において当選させるための研修会、選挙期間中ないしその直近に立看板やポスターなどを掲示する活動、スポーツ大会、囲碁大会などを開催して更に広く有権者に接近する活動等、さまざまな活動を行うものである。政治家はこれらの方法をとおして知名度を高め、地盤を培養し、支持者の拡大をはかっているのである。
[285] 後援会は、選挙期間中は後援している政治家を当選させるために様々な選挙戦を展開する組織・団体であるから、公職選挙法は199条の5の規定をおいているほか、政治資金規正法の政治団体として都道府県選挙管理委員会等に届出を義務付けられているなど、法的にも完全な選挙組織として位置付けられているのである

[286] 前記のように、会員から強制徴収された本件特別会費が税理士会内の一部の税理士が運営主体となる「税理士による国会議員の後援会」の結成費用に充てられたことは被上告人が認めるところであり、疑いようのない事実である。
[287] そして、先に述べたように、政治家の後援会はその政治家の日常活動を支援、援助するばかりでなく、選挙期間になるとその者の当選をめざして、それ以外の期間に比してはるかに密度の濃い活動に取り組み全力を注ぎ込んで選挙活動を行うものである。従って、このための結成資金は、特定政治家やその者の既存の後援会に対する政治献金と同様に、特定政治家との結びつきを強め、かつその選挙活動を支えるという意味で実質的な選挙資金としての性格を持ってくる。けだし、後援される特定政治家の立場からみれば、一過性の政治献金より、日常的恒常的に後援してくれる後援会組織の創設及び存在が当選のための集票という観点からははるかに好ましい存在ともなりうるからである。

[288] このような税理士による特定政治家の後援会結成や資金援助は、その特定政治家と主義主張の異なる政治家を支持している会員や、税理士会ないし税理士会より資金提供を受けた組織(これには本件での南九各県税政連も該当する)が特定政治家の政治活動や選挙活動の支援をすべきでないと考えている会員に対し、その者の思想あるいは政治的信条、良心の自由を著しく侵害することになるのであることは言うまでもない。
[289] ちなみに、上告人は、被上告人より本件特別会費の寄附を受けた南九各県税政がつくった15名の自民党所属の特定政治家を支持していないばかりか、反対に税理士の職業上の関心からして、不公平税制である大型間接税の消費税を導入した自民党及び自民党政治家の国会での議席がひとつでも減ることを強く望んでいる税理士である。上告人は消費税をなくす会の熊本県の事務局長でもある。
[290] このような上告人にとって、自ら拠出する金員が自分が支持していない自民党政治家の後援会結成費用に使用されることは、自己の思想及び政治的信条を著しく侵されるばかりでなく、税理士としての良心からも強い苦痛を覚えることなのである。
[291] このように、被上告人は本件決議によって、上告人の思想及び政治的信条並びに税理士としての良心を著しく侵害しており上告人に強い精神的苦痛を与えているのである。
[292] 以上のことから、本件決議の目的が政治家の後援会結成費用の調達にあったという事実を前提とした場合でも、本件決議は憲法第19条、民法第90条に違反するものであり、これを適法とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
[293] 原判決は、次のような非常にイビツな論理を展開して被上告人が政治団体である南九各県税政へ政治献金をすることは許されると判示した。
[294] 原判決は、
(1)「控訴人が、税理士に関する制度について調査、研究を行い、税理士制度に関する税理士法の規定について改正の必要があるとする場合や、その改正が現実の課題となっている場合に、求める方向への法改正を権限のある官公署に建議するほか、税理士業務の改善、進歩を図り、納税者のための民主的税理士制度及び租税制度の確立を目指し、法の制定や改正に関し、関係団体や団体組織に働きかけるなどの活動をすることは、控訴人の目的の範囲内であり、法律上許容されているというべきである。」、
(2)「したがって、右の目的に添った活動をする団体が控訴人とは別に存在する場合に、控訴人が右団体に右活動のための資金を寄付し、その活動を助成することは、なお控訴人の目的の範囲内であると考えられる。」として、
(3)「南九各県税政は、控訴人に許容された前記活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であるということができる。したがって、控訴人が右団体の活動を助成するためにこれに対して寄付を行うことは、なお控訴人の目的の範囲内の行為であるというべきである。」
としている。
[295] 原判決がこのようなイビツな論理を展開したのは、南九各県税政の政治活動の実態の判断をすれば、これに対する政治献金は許されないものと判断せざるを得ないため、その判断を回避したかったからと考えざるを得ない。
[296] しかし、これは第一に被上告人が政治団体に政治献金する能力があることを認める解釈・適用である点で、第二に仮に政治団体への献金というだけでは許されないわけではないとしても、本件南九各県税政のように特定政党の後援会と同質の活動をしている実態を有する政治団体への政治献金をも認める解釈・適用である点で、原判決に影響を及ぼすことが明らかな民法第43条の解釈・適用の誤りがあるものであって、原判決は破毀されるべきである。
1 「関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動」一般が権利能力の範囲内にあるとする点の誤り
[297] 原判決は、前記一の(1)において、無限定に「関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動をすることは、控訴人の目的の範囲内である」としているが、このような無限定な「関係団体や関係組織」への無限定な「活動」を被上告人に容認することは、贈収賄や選挙違反行為などの違法行為の教唆・幇助などという「関係団体や関係組織に働きかけなどの活動」をすることも、被上告人の目的の範囲内となってしまい、その解釈の誤りは明らかである。
[298] 他方で、原判決は、特定政党、特定政治家へ政治献金する目的で「関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動をすること」は、被上告人の権利能力の範囲外であることを当然の前提としているのであるから、なおさらである。
[299] 本論点の焦点は、被上告人に「関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動」のうち、何が許されて、何が許されないのか、ということにあるのである。原判決は、被上告人に許される行為と許されない行為の限界をなんら明らかにしておらず、その解釈の誤りは明らかである。

2 政治団体への政治献金の禁止
[300] 当事者間に、被上告人が特定政党・特定政治家へ政治献金することが、その目的の範囲外の活動であることは争いがなく、原判決もこれを当然の前提としている。
[301] したがって、「関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動」のうち、何が、「特定政党・特定政治家への政治献金」と同質の活動が許されないことは当然である。
[302] この点について、第一審判決は、正しく、政治団体への政治献金はそれだけで、政党・政治家への政治献金と同質の活動であり、被上告人の権利能力を逸脱すると考えていた。つまり、政治団体への政治献金は、被上告人の「関係団体や関係組織への働きかけなどの活動」であるが、政党・政治家への政治献金と同じく許されない活動なのである。
[303] その理由として、第一審判決は3つの理由を挙げる(理由欄第四の三の4)。
[304] 第一は、政治資金規正法が政治団体への政治献金と政党・政治家への政治献金を区別していないことである。同法が両者を区別していないのは、次の第二の理由に基づくものである。
[305] 第二は、もし政治団体への政治献金ならば許されるとすれば、政治団体がいわゆるトンネルとなって、本来あってはならない、公益法人から政党や政治資金団体への政治献金が合法化され、もしくは特定政治家の後援会の政治活動を支える政治資金となって流れ、ひいては「民主政治の健全な発達」(規正法1条、2条1項参照)を希求する国民の願いに逆行することになるからである。
[306] 第三は、現に、本件においては、被上告人も自認するとおり、徴収された本件特別会費は、その一部が自民党県連支部連合会にパーティ券代として、あるいは自民党国会議員の後援会にパーティ券代、陣中見舞い、後援会費などの名目で支出されたことである。
[307] 原判決は、第一審が提起したこれらの問題点についてなんら答えていない。しかも、原判決は、南九各県税政がこのトンネルとして設立されたことをも認めているのである(理由欄第二の二の1)。

3 まとめ
[308] 以上のとおり、原判決の、民法第43条の解釈の誤りは明らかである。
1 はじめに
[309] 仮に被上告人の権利能力に関する原判決の一般論を承認するとしても、そこから直ちに、原判決のように(2)「目的に添った活動をする団体」、更には(3)「存立の本来的目的とする団体」であれば、すべてこれに対する資金援助を許容することは、民法第43条の解釈・適用を誤るものである。

2 「目的に添った活動をする団体」論
[310] 原判決は前記一の(2)において、同(2)と同様「目的に添った活動をする団体」についても何らの限定をしていないものであり、同時に右(1)から(2)への論理展開について何らの説明もしていないものであるが、この点も民法第43条の解釈・適用の誤りである。
[311] この原判決の論理でいくならば、特定政党、特定政治家あるいはそれらの政治資金団体であっても、また極論すれば暴力団が中心となって設立した団体であっても、それらが「右の目的に添った活動をする団体」でありさえすれば、被上告人は「右活動のための資金を寄付し、その活動を助成する」ことができるという、結論にならざるを得ないものであって、非常識極まりないものとなってしまうからである。
[312] よって、右「団体」に何らの限定も付していない原判決は、民法第43条の解釈・適用を誤ったものである。

3 「存立の本来的目的とする団体」論
[313] また原判決は前記一の(3)において、「南九各県税政は、控訴人に許容された前記活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であるということができる。」として、被上告人の南九各県税政への政治献金は民法第43条の許容するものであるとした。
[314] 原判決が右根拠とするところは「南九各県税政の各規約」も「『目的』として、『本連盟は税理士の社会的・経済的地位の向上を図り、納税者のための民主的税理士制度ならびに租税制度を確立するため必要な政治活動を行なうことを目的とする。』と定めている」というだけである。この論理でいくならば、特定政党、特定政治家あるいはそれらの政治資金団体であっても、また極論すれば暴力団が中心となって設立した団体であっても、そしてそれらが実際にどういった活動をしていても――公序良俗に反するようなあるいは刑事罰に触れるような活動をしていても、それらのその規約(定款・寄附行為)において右と同趣旨の「目的」が掲げられてさえいれば、その団体は原判決のいう「存立の本来的目的とする団体」だということにならざるを得ないものである。即ち、被上告人は、右で述べたような団体であっても「団体の活動を助成するためにこれに対して寄付を行なう」ことができるということになるのであるが、この結論は社会的に到底容認されるものではないものであって、原判決は民法第43条の解釈・適用を誤ったものである。
[315] 前記のとおり、原判決は、(2)で「右の目的に添った活動をする団体」への資金寄付は認められるという一般論を展開しながら、本件への当てはめに当たっては(3)で「南九各県税政は、控訴人に許容された活動を推進することを存立の本来的目的とする団体」だから同団体への資金寄付は許されると判示した。
[316] しかし、ある団体が「目的に添った活動をする団体」かどうかは、その目的のみならず、その活動の実態(目的に対する手段)を検討・判断しなければならないはずである。
[317] ところが原判決は、南九各県税政の目的のみを検討してことたれりとしているのであるから、そこには理由齟齬があるものというべきである。
[318] 仮に被上告人が政治団体というだけでこれに対する政治献金が許されないわけではないとしても、南九各県税政のような政党の後援会と同種の政治活動を行っている実態のある政治団体への政治献金はその能力の範囲外であるというべきである。
[319] たとえ原判決のように税政連全体の政治活動の実態から南九各県税政の政治活動の実態を切り離して観察するとしても、同政治団体が設立された昭和51年夏から本件決議が行われるまでの2年間のその実態は、原判決の認定した政治資金のトンネルとしての活動(理由欄第二の二の1)と第一審判決が認定した自民党の候補者の推薦・支援活動のみである。
[320] これに税政連全体の政治活動の実態をあわせ考慮するならば、その政治活動の偏ぱ性は明らかである。

1 原判決の認定した南九各県税政の政治活動の実態
[321] 原判決は、その実態を考慮しなくても済むようなイビツな論理を定立しながら、他方で、南九各県税政について
「政治活動は、税理士の社会的、経済的地位の向上、民主的税理士制度及び租税制度の確立のために必要な活動に限定されていて、右以外の何らかの政治的主義、主張を標ぼうして活動するものではなく、また、特定の公職の候補者の支持等を本来の目的とする団体でもない」
と抽象的に評価してしまって、被上告人の南九各県税政への政治献金は民法第43条の許容するものであるとしたものである。
[322] 南九各県税政について抽象的な評価を下すのであれば、その前提として同税政がどのような政治活動を行い、また政治活動以外にどのような活動を行っているのかに関する具体的な事実を摘示しなければならないものというべきである。
[323] もっとも、原判決は、南九各県税政は、
「日税政を構成する単位税政連である南九税政が、控訴人から受ける年間150万円を超える寄附を、政治資金規正法が定める枠内で処理することができるようにその設立の直接的な動機があったものと認めることができる。」
としてこれが政治献金のトンネルであることを認め(理由欄第二の二の1)、更には南九各県税政の昭和53年から同55年の自民党政治家・国会議員(当選後自民党に所属を含む)のみへの政治献金の実態について認定し、その全体の結論として
「右の事実によれば、本件決議がされた昭和53年から税理士法の改正があった昭和55年までの3年間に、控訴人が南九各県税政に寄附した金員は、計746万7920円で、南九各県税政の収入は、右寄付金を含めて2352万9895円であり、南九各県税政は、右収入から、政治家の後援会等にパーティ券、寄附、陣中見舞等として、また南九税政へ負担金等として、1038万8000円を支出し」
といった、南九各県税政の政治活動の一部についてのみの(不当にも)、認定をしているものである(理由第二の二の2の(1)乃至(4))。
[324] この原判決の認定した被上告人の実態だけであっても、(1)南九各県税政が被上告人が政治資金規正法先の規制を脱法するための団体――トンネルでしかないこと、(2)南九各県税政の実態がその一部ではあるが政治的に偏頗なものであって、自民党政治家・国会議員へのみ政治献金していたことが明らかなのである。
[325] 原判決でさえも認定した右のような事実がありながら、右実態さえも無視して原判決は被上告人が南九各県税に政治献金できるとしているのであって、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな民法第43条の解釈・適用の誤りがあるものであって、破毀されるべきである。

2 第一審判決の認定した南九各県税政の実態
[326]  原判決が認定したトンネルとしての実態のほかに、第一審判決は南九各県税政の選挙活動の実態について次のような認定を行っていた。
「熊本県税政治連では、昭和51年11月13日に衆議院議員候補者に関し、1区で松野頼三、野田毅、2区で坂田道太、園田直、福島譲二(以上いずれも自民党)を、翌52年2月28日に参議院議員候補者に関し、細川護煕、三善信二(以上いずれも自民党)をそれぞれ推薦することを決定した」(第一審判決理由欄第一の四の三)。
なお、他の3県の税政連の活動も同旨である。

3 原判決の無視した南九各県税政の実態
[327] 以上のほか、考慮すべき実態は次のとおりである。
[328](一) 南九各県税政の実態は、その上部団体である日税政との絡みでいうならば、以下のような実態を備えているということができる(詳細は、第一審及び原審の上告人の準備書面参照)。従って、この実態を無視して被上告人が南九各県税政に政治献金できるとした原判決は民法第43条の解釈・適用を誤ったものであって、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破毀されるべきである。このような実態を有する南九各県税政に被上告人が政治献金できるとすれば、それは原判決でさえも禁止した特定政党・特定政治家への政治献金にほかならなくなってしまうものである。
[329](二) その実態は、第一に、原判決でさえも認定した右1のような事実(政治資金規正法の脱法のためのトンネルであること及び政治献金の実態よりして政治的に偏頗であること――この点は昭和47年の南九税政による政治献金事件、昭和51年の被上告人の特別会費問題、そしていわゆる税政連献金事件からして明らかである)があるということである。第二に、
「税理士会側の日税連及びその下部諸組織と、税政連側の日税政及びその下部諸組織とは、形の上では2つの別々のものであるが、その実質においては表裏一体となり、日税政側が専ら政治活動を目的とした政治団体である点において相違があるにすぎないこと、換言すれば、税政連側は、税理士会側の政治実働部隊というにふさわしいものである」(第一審判決)こと
――更にいうならば、
「人格は違うが実質的には表裏一体の間柄であり、日税連という税理士法によって設立されている特殊法人が、その法的性格からできないことになっている政治活動の分野を担当するのが本連盟(日税政)の活動であること」(甲第269号証の2)、
「選挙運動に関しては日税連は主体となって動くことができないことは当然であって、そのために日本税理士政治連盟が結成されており、表裏一体の関係において強力な運動を行なうこと」(甲第353号証)、
及び「政治連盟の活動は常に連合会の意向と要請によって行動し、法律上連合会のなしえない選挙運動の実践とこれに関連する業務にしぼること」(甲第256号証)
ということであって、その「存立の本来的目的」自体実態的には右のようなものでしかないということである。第三に、税政連の政治活動自体
「税理士の職業柄にかんがみ、自由主義陣営の自民党議員を推薦することに異論は見られないが、社会主義を標榜する社会党その他革新政党については、いささか腑に落ちないとするむきもないではない。そこで、税理士制度の発展と向上を図るためには、自民党だけではなく、社会党その他の野党(共産党を除く。)をも推薦対象にしなければならないという事情を税理士会員に理解して頂きたい。」(甲第351号証)、
「税政連は結成以来毎回の衆参両議員選挙の際に、選挙応援と政治献金を行なうとともに、日本国をよくしようとする政党や政治家のために後援会作りその他の後援活動を行っている。」(甲第452号証)、
及び「職業団体の政治連盟はその職業の侵害に対する防衛や職域の拡大等を目的として政治活動を行ないますので、原則として『政府与党』と密着する傾向になるのはやむを得ないのではないかと思います。」(甲第321号証)
といった非常に偏頗なものでしかないということである。第四に、実際に推薦されてきた南九各県税政を含む税政連の推薦候補の顔ぶれを見てみるならば偏って税政連が政府・自民党の候補者のみを推薦しているということである(甲第241、247、250の2、256、261乃至264及び267号証 南九各県税政は政府・自民党のみ)。第五に、
「税政連は日常的に全国各地で国会議員を支援する『後援会』を組織している」(甲第350号証の6)、
南九税政の「推薦国会議員などの後援会の早期結成と拡大充実を測り、日常政治活動を行う。」(甲第460号証6頁)
ということで、税政連のみならず南九各県税政は日常的に特定政党・特定政治家に密接に結びついていたということである。
[330](三) その他、南九各県税政の活動の実態の詳細は前記第二の二「政治的に偏ぱな活動を行う税政連への献金が憲法第19条・民法第90条に違背すること」で述べたとおりである。

4 結論
[331] 以上のとおり、南九各県税政の活動の実態は、特定政党・特定政治家の後援会のそれと同質のものであり、これに対する政治献金は被上告人の権利能力の範囲外であるというのが民法第43条の正しい解釈・適用であるというべきである。
[332] これと異なる原判決は民法43条の解釈・適用を誤った違法があるといわざるをえないのである。
[333] 税理士会が政治的活動を行う政治団体である各県税政にその会員の意志に反する寄付を強要したことを事実認定しながら、本件決議を適法とした原判決は、理由齟齬の違法および憲法第19条、政治資金規正法第2条1項、22条1項、22条の7、民法第90条の各解釈をあやまったもので判決に影響を及ぼす法令解釈の誤りがある。

[334] 原判決は各県税政の規約に「政治活動を行う」という文言があること、および政治資金規正法に言う政治団体であることを認めている。
[335] また、
「各県税政は日税政を構成する単位税政連である南九税政が控訴人(被上告人)から受ける年間150万円を超える寄付を、政治資金規制法が定める枠内で処理することができるようにすることにその設立の直接的な動機があったものと認めることができる」
と事実認定をしている。

[336] さらに原判決は昭和53年から55年までの事実として次の事実を認定している。
[337](1) 熊本県税政において
昭和54年8月20日税理士による野田毅後援会へ5万円を寄付した。
[338](2) 大分県税政においては
昭和53年11月18日 政経文化パーティー実行委員会に会費として 3万円
同55年4月18日 後藤正美を励ます会にパーティー券 30万円
同年6月9日 羽田野忠文後援会に陣中見舞として 10万円
同日 風雪近代政経研究会に陣中見舞として 10万円
同年7月31日 同研究会に後援会費として 20万円
同年12月5日 文ちゃんと語る船上パーティー本部にパーティー券として 8万円
をそれぞれ支出した。
[339](3) 宮崎県税政は
昭和53年9月4日 大原一三後援会にパーティー券として 2万円
昭和54年8月24日 同後援会にパーティー券として 15万円
同年9月13日 江藤隆美後援会に陣中見舞として 10万円
同日 堀之内久男後援会に 10万円
同日 小山長規後援会に 5万円
同日 宮崎如水会に 10万円
昭和55年4月8日 江藤隆美のつどい事務局にパーティー券として 10万円
同年5月15日 自民党県連支部連合会にパーティー券として 10万円
を各支出した。
[340](4) 鹿児島県税政は
昭和54年8月6日 山崎武三郎後援会費パーティー券として 50万円
同年9月14日 宮崎茂一後援会へ 100万円
同日 山崎武三郎の会へ 50万円
同日 第一政治研究会へ 100万円
同日 永野祐也の会へ 20万円
同日 新風政経研究会へ 50万円
同月15日 村山喜一後援会へ 20万円
同日 小里貞利後援会へ 50万円
同月16日 保岡興治へ 150万円の各寄付をし、
同年12月25日 宮崎茂一後援会費パーティー券として 9万円
同日 山崎武三郎後援会費パーティー券として 3万円
昭和55年6月9日 井上吉夫後援会に 10万円
同日 内外政治経済研究会に 30万円
同日 川原新次郎に 10万円
同日 宮崎茂一後援会に 30万円
同日 長野祐也の会へ 10万円
同月10日 村山喜一後援会へ 10万円
同日 小里貞利後援会へ 10万円
同日 日本地域開発研究会へ 30万円の各寄付をし
同年12月3日 山崎武三郎後援会へパーティー券として 10万円
を支出したものである。

[341] そして右事実を認定したうえで次のとおり判示している。
「右の事実によれば、本件決議がされた昭和53年から税理士法の改正があった昭和55年までの3年間に、各県税政の収入は、右寄付金をふくめて2352万9895円であり、各県税政は、右収入から、政治家の後援会などにパーティー券、寄付、陣中見舞として、また、南九税政政経負担金等として1038万8000円を支出し、事務諸費、大会費、旅費等として、418万4733円を支出し、895万7162円を昭和56年に繰り越したことが認められる。」
[342] この事実からすると各県税政の支出のうちの大部分が政治資金として使われていることが明らかである。

[343] 従って以上の認定事実をもってしただけでも各県税政が政治活動を行う政治団体であることは明らかである。

[344] ところで上告人が本件決議に基づく特別会費5000円を納付していないことを理由として被上告人が昭和54年、56年、58年、60年、62年、平成元年、平成3年の各役員選挙において上告人を選挙人名簿に登載しなかったことは当事者間に争いがないのであるから、右金員の納付を強制したことは確定した事実である。

[345] 従って本件は原判決認定の事実からいって次のように言うことができる。
「本件決議は被上告人である税理士会が、その会員が各県税政に対する寄付に反対の意思を明示していたのにかかわらずこれに対して、政党や政治家後援会に寄付、政治活動を行う政治団体たる各県税政への寄付を強制したものである。」
[346] とすれば本件決議に応ずることは明白に特定の政治家を応援することにつながるものであって憲法第19条、民法第90条に反し許されないものといわなければならない。

[347] さらに、政治資金規正法は同法上の政治資金の寄付は完全に個人の自発的な意思に基づかなければならないことを当然の前提としているものである。
[348] このことは同法第2条第1項からも明らかである。即ち同法第2条1項は次のように規定している。
第2条 この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだねいやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。
[349] また同法第22条第1項では
「何人とも本人の名義以外の名義又は匿名で、政治活動に関する寄付をしてはならない」
とされ、さらにここに同法第22条の7第1項では
「何人も、政治活動に関する寄付のあっせんをする場合において、相手方に対し業務、雇用、その他の関係組織の影響力を利用して威圧するなど不当にその意思を拘束するような方法で、当該あっせんに係る行為をしてはならない」
と定めているのである。
[350] これらの各規定の中に流れる根底の思想として、政治資金の寄付はその人の自発的意思に基づくものでなくてはならず、一応外形的にはその人の意思と見られるとしてもしぶしぶながら、又はいやいやながら行う寄付は認められないことを明らかにしているものといわねばならない。
[351] ましてや本件のように本人の明示した意思に反する寄付は全くの論外である。
[352] よって、原判決は、憲法第19条、政治資金規正法第2条1項、22条の7第1項、2項、民法第90条の解釈を誤ったものであることが明らかであるといわねばならない。
[353] 原判決が、税理士制度という国民的関心事に関する政策上の問題として、本来、国民一人一人の立場において自己の個人的かつ自主的な思想・判断に基づいて決定すべき事柄について、多数決により特別会費を徴収することにより、反対する会員にも協力を強制させたことを適法としたことは、判決に影響を及ぼす憲法第19条、民法第90条の法令の解釈の誤りがあり、かつ最高裁の判例に違反している。

[354] 原判決は
「多数意見が一般的通念に照らし明白に反社会的な内容のものであるとか、多数意見による意志決定に従わざるを得なくなる少数意見者の立場が、社会通念に照らして是認することができないほど過酷であるような場合には右意思決定を、公序良俗に反するとして無効とする余地があり、あるいはまた多数意見による活動の内容、性質と構成員に求められる協力の内容、程度、態様との兼ねあいから構成員の協力義務の範囲に限定を加える必要があると考えられる。」
と述べている。
[355] そして本件については右の各場合にはあたらないとした。

[356] しかし、本件については税理士制度のあり方という国民の権利に関わる国の政策上の問題であり、国民の関心事でもあったのであるから、税理士会の会員といえども国民の一人としての立場において判断すべき事柄であった。しかも、税理士会内部においてさえ税理士法改正をめぐる考え方もわかれていた状況であった。
[357] したがって、税理士法改正問題については自己の個人的かつ自主的な思想・見解・判断に基づいてこの法案に対する態度を決すべきことであったのであり、そのような問題について多数決によって当時の税理士法改正案に対する賛成への協力を強制させることはできなかったものである。

[358] また、当時の税理士法改正をめぐる論議は大型間接税導入とも関連していたため、法改正への賛否はまさに国民の一人としての立場から決定されるべき問題であり、会員の思想・良心の自由に対する配慮がいっそう必要であった。この点に関し、一審判決は次のとおり事実認定し、法的判断を下している。
1 問題とされている被告の活動の内容・性質
 前記したとおり、本件決議は税理士法改正運動資金の緊急性に鑑み税理士法改正運動に要する特別会費とするため、各会員より特別会費として金5000円を徴収し、全額を南九各県税政へ配付する、というのである。
 ところで、本件決議がなされた前後の、税理士法改正の動きとその内容は前記(第一の三及び四)した通りであり、昭和39年案についての税理士業界あげての反対運動により同法案の廃案後、日税連が長年の知恵をしぼって民主的手続きにのっとって討議、研究した結果、日税連が機関決定した基本要綱とそれに基づく運動大綱が基本的にうけ入れられる気配は全くなく(前記第一の四の7で認定したとおり、日税連山本会長は、昭和53年1月基本要綱による税理士法の改正は至難困難である、との会長感触6項目を表明している。)、従って、又、税理士業界内部においては、別紙(1)の運動計画大綱を基に、当時進行を開始していた税理士法改正に向けての国税当局と日税連執行部との折衝は国税当局ペースになるのではないかとの批判或は、一般消費税の導入と絡んで、重大な局面の展開をみる恐れがある、として、危惧と反対を表明していた部分もあった。
2 会員に求められる協力の内容・程度・態様
 本件決議は1人当たり「5000円」という税理士の社会、経済的地位に徹すれば、特に多額である、ということにはならないと思われるが、もしこれへ協力すべきであるとすれば、日税連執行部が当時すすめていた国税当局との税理士法改正の方向に危険を感じて反対していた者にとっては、自らの思想・良心に反することへ金を拠出しなければならない、と言う意味で、憲法上の基本的人権である思想・良心の自由(19条)に積極的に違反するものといえるし、或いは、内容が明確になっていないため反対のしようもない者にとっても、日税連執行部に税理士法改正の方向に関して白紙委任した者でない以上(白紙委任者は、いかなる場合にも反対しないであろうから、右の「反対しようもない者」に該当しないことは明らかである。)、自らの思想・良心に反することになるかもしれないことへ金を拠出しなければならない、という意味で、右思想・良心の自由に消極的に違反するものというべきである。事は金額の多寡という量の問題ではなく、思想・良心の自由に違反するかどうか、という質の問題なのである。
 更に問題なのは、その特別会費の使途が、南九各県税政という政治団体へ寄付されることが明示されていたことである。南九各県税政の性格、組織上の位置ついては前記(第二の二)したとおりであり、税政連の組織は一体をなして、組織的、積極的に政治活動をすることを目的とし、しかも、日税政の前身たる税政連の発足(昭和38年)以来、国会議員の選挙の際に、特定政党の特定候補者を推薦候補として決定し、その当選を目指した積極的な政治活動を展開し、そのために資金を費消してきたことも前記したとおりであり、なお、本件決議後のことではあるが、前記第一の四の15、20、28に認定した事実も、日税連、日税政両執行部の政治姿勢を知るには象徴的である。然りとすれば、右特定政党の特定推薦候補者を支持しない者にとっては、本件特別会費が、従来の税政連側の組織を通して、右政治活動に使われるであろうことを推測することは当然であり(現に、徴収された本件特別会費の一部が、特定政党、特定政治家の後援会等にパーティ券、後援会費、陣中見舞い等々の名目で渡っていることは、被告も自認(事実指摘欄第六の四の3の(三)参照)するところである。)、従って、右会費徴収を強要されることは、自らの政治的信条、思想・良心に反する行動をとることを強制されることになって、これに応じられないとの態度決定をしたとしても異とするに足りない。」
[359] 以上は全く正当な判示である。

[360] 以上の理は、すでに国労広島地本事件上告審判決(最高裁第三小法廷昭和50年11月28日)のうち「労働組合が安保反対闘争の実施費用として徴収する臨時組合員の組合員の納付義務」に関する判示において
「各人が国民の一人としての立場において自己の個人的かつ自主的な思想、見解、判断などに基づいて決すべきことであるから、それについて組合の多数決をもって組合員を拘束し、その協力を強制することを認めるべきではない」
と判示しているとおりである(判例時報798号11頁以下)。

[361] しかもすでに第一項で述べたとおり上告人としては、まず政治活動を行う政治団体への寄付であること及びこれまでの経緯からして政治家への資金提供の恐れが強いことを付加すべき理由として反対していたものであり、その反対理由にも十分根拠があったものであるから、なおさら協力義務が肯定される場面ではなかったものである。更に政治家やその後援団体に本件会費が献金されることは税理士法改正のためであれば賄賂性を帯びることを考えれば更になおさらのことであったと言わねばならない。
[362] 従って、本件特別会費は多数決による協力義務を肯定すべきでなかったことは全く自明のことであったといわねばならない。この点につき原判決が単に
「本件決議の結果として被控訴人に要請されるところは金5000円の拠出にとどまるもので、本件決議の後においても、被控訴人が税理士法改正に反対の立場を保持し、その立場に多くの賛成を得るように言論活動を行うことについて、何らかの制約を受けるような状況もないことを考えると、本件決議の結果、被控訴人が社会通念上是認することができないような不利益を被るものでもなく、また右説示に照らし被控訴人が本件決議に従うことに限定を加えるのを相当とすべき特段の事情も認められない。」
などとして原告の請求を退けたことは全く違法である。
[363] 原判決が一定の政治的活動の費用としての支出目的との個別的関連性が明白に特定されている資金につき「5000円の拠出のみにとどまる」として金員の拠出の強制を適法としたことは判決に影響を及ぼす憲法第19条、民法第90条の解釈の誤りがあり、かつ最高裁裁判所に違反している。

[364] 本件の特別会費5000円は税理士法法改正運動資金に用いること、および各県税政に交付するものであることが特定されていた。

[365] さらに本件特別会費徴収に先立つ2年前、昭和51年に決められた特別会費徴収の決議も同じ文言であり、その特別会費は全額日税政にわたり、そこから政治家への献金が行われていたことは当時すでに明かとなっていた。

[366] 従って本件決議に賛成することは、
(イ)特定政治家に渡る資金の提供となるおそれが強いこと
(ロ)もしそうであればそれは法成立をめざしたワイロになること
(ハ)当時法成立に反対していたもの(上告人も含まれる)にとっては反対するものへの資金提供となること
などの問題点を有していたのであった。
[367] 従ってこのような者への協力義務はそもそもありえないし、かかる以上金額の多寡とは何の関係もない。

[368] すでに最高裁判決も右の理由を認めている。
[369] 即ち、国労広島事件の上告審判決(最高裁第三小法廷昭和50年11月28日)のうち「労働組合が安保反対闘争の実施費用として徴収する臨時組合費と組合員の納入義務」に関する判示において、
「もともとこの種の活動に対する費用負担の限度における協力義務については、これによって強制されるのは一定額の金銭の出損だけであって、問題の政治的活動についてはこれに反対する自由を拘束されるわけではないがたとえそうであるとしても、一定の政治的活動の費用としてその支出目的との個別的関連性が明白に特定されている資金についてその拠出を強制するにも等しいというべきであって、やはり許されないとしなければならない」
としている。
[370] 即ち、上告人にとっては法案に対する反対の立場と、その法案の成立のために資金を提供するということは絶え難い自己矛盾であり、その自己矛盾は社会的相当性の範囲をはるかに超えるというべきなのである。

[371] さらに、本件決議は、単に5000円の拠出にとどまるものではなく、上告人を含む会員全員に対する未来永劫にわたる選挙権・被選挙権のはく脱を伴うものであった。
[372] 上告人からの選挙権・被選挙権のはく奪について、従来上告人が主張していたように2年ごとに行われる役員選挙のたびに新たな処分が行われたものという理解ではなく、原判決のように特別会費を納付しないことによって自動的に選挙権・被選挙権を失うという理解に立つ限り、本件決議は本件特別会費を納付するか、納付せずに反永久的に選挙権・被選挙権を喪失するか、いずれかの選択を会員に強制したものと言うことができる。なぜなら、前説であれば、5000円を納付しなくても選挙権・被選挙権が回復される可能性があるが、あとの説では5000円を納付しないかぎりその可能性はないからである。
[373] 実際、上告人は、自己の思想・良心の自由を守るため、本件特別会費を納付しないとの選択を行ったのではあるが、それによって昭和54年以降、2年ごとに行われた役員選挙における選挙権・被選挙権を奪われ続けたまま今日に至っている。したがって、上告人としては、本件決議当時だけでなく、その後将来にわたって、選挙権・被選挙権を回復しようとすれば自己の思想・良心の自由を捨て去って5000円を納付しなければならないというジレンマに苛まれるのである。
[374] このように本件決議が伴っていた処分は、会員にとって非常に過酷なものであり、上告人に与えた心理的負担は決して5000円の多寡で推し量ることはできない。
[375] このような重大な処分、権利制限を伴う本件決議によって上告人が要求された協力の程度は非常に重いといわなければならない。

[376] よって、以上の点からも、原判決は憲法第19条、民法第90条の解釈を誤っているものといわねばならない。
[377] 原判決が、「各県税政連が本件特別会費を政治家の後援会に支出した1083万8000円に含まれた分もあると疑う余地がある」ことを認め、かつ「その政治家の経済的援助なり、ひいてはその政治家の一般的立場を支援する結果を多少とも生じさせたことは否定できない」と認定しながら本件会費を強制、思想良心の自由の侵害とはならないとしたことは憲法第19条、民法第90条の法令の解釈を誤ったものであり、その誤りは原判決に影響を及ぼし、かつ原判決は理由齟齬の違法がある。

[378] 特定政治家についてその経済的援助になる行為が思想、良心の自由の問題を生じさせることはいうまでもないことであり、その際、その金額の多寡によって思想、良心の自由の侵害の有無に影響を与えないとするのが条理上当然のことがらである。なぜならば経済的援助についてはたとえ1円であってもその強制が人間の良心即ち自己の人間性の核心部分を否定することになるような場合においてはこれは質の問題であって量の問題に解消することはできないからである。

[379] 最高裁の判決も右の理由を認めている。即ちすでに前記上告理由三で述べたとおりである。

[380] よって、原判決はその認定した事実と結論に理由の齟齬があり、かつ憲法19条、民法90条の解釈を誤っており、さらに最高裁判所判例に違反している。
[381] 原判決は団体の意思決定について多数決原理を採用している場合、多数決原理が制約される場合として(1)反社会的な内容、(2)少数意見者の立場が過酷な場合に無効になる余地がありとしさらに(3)多数意見による活動の内容、性質と構成員に求められる協力の内容、程度、態様等の兼ねあいから構成員の協力義務の範囲に限定を加える必要がある場合もあると考えられる、と判示したが、本件については右(1)、(2)に該当しないので協力義務を肯定すべきであるとしたことは多数決原理に関する法令の適用を誤ったもので、判決に影響を及ぼす審理不尽、理由不備および法令解釈の誤りがある。

[382] 原判決が多数決原理について判示した部分のうち(1)、(2)に該当する場合は当然多数決原理が及ばないことを明らかな場合であり、その場合さえも「無効となる余地がある」、即ち有効となる場合がありうるとすることはきわめて問題であるといわねばならない。

[383] これを本件にあてはめるならば本件決議は上告人に対し、その意に反する政治団体への寄付を強要され、これを拒否したがために10年以上にわたり税理士会の選挙権、被選挙権をうばわれるというきわめて異常かつ過酷な状況におかれている。従って本件についても(1)、(2)の場合に該当するということがいえるものであり、原判決は判決に影響を及ぼす法令解釈の誤りがある。

[384] さらに、原判決は(3)の類型を一般論としては認めているものの、その点に関してほとんど検討せずに協力義務を肯定したことは違法であるとの評価を免れない。まして、本件は、思想、良心の自由という憲法上の大原則にかかわる大問題であり、このような判示の内容は自ら定立した基準についてその内容の検討を行っていないことに帰するものであるから、原判決の審理不尽、理由不備及び法令解釈の誤りは明らかである。
[1]、本件の最大の要点は、上告人の所属する単位税理士会である被上告人南九州税理士会が特別会費を強制的に徴収し、その金員の全部または一部が特定の政治家・政治団体へ政治献金されたことが、上告人の思想良心の自由を侵害するものではないか、というところにある。
[2] 税理士会がいわゆる強制加入団体であることは、原判決も認めるところである(「理由」第二、一)。その会員のなかには、あらゆる政治的思想のもちぬしを包含していること(もしくはその可能性があること)は、見やすい道理である。税理士会はしたがって、いやしくもその目的を超えて、会員の思想良心の自由を侵すようなことがあってはならないのは当然である。特定の政治家・政治団体にたいし政治献金をすること、ましてその目的のために会員から金員を強制徴収することなどは、もっとも典型的な思想良心にたいする侵害行為にほかならない。
[3] 本件の特別会費の徴収が強制的なものであったことにも異論はないであろう。上告人は、その特別会費の納入拒否を理由に、会内民主主義の根幹にかかわる選挙人名簿からの排除という、被上告人の会員としては最大限にちかい権利の剥奪をうけている(当事者間に争いのない事実)からである。
[4] そして上告人本人が、日本共産党を支持し、もしくは日本共産党以外の政党・政派を支持しない、という明確で堅固な政治思想のもちぬしであることについては、当事者間にとくに争いはないようである。
[5] もし本件が、特別会費の徴収によってつくられた資金の全部または一部をもって被上告人が直接、特定の政治家・政治団体に政治献金をした、という事例であるなら、それが上告人の思想良心にたいする侵害であることはあまりにも明白であろう。そのばあいには、いかに原審裁判所といえども、異論をはさむ余地はなかったのではあるまいか。

[6]、ところが本件のばあい、単位税理士会である被上告人とは別に、政治資金規正法上の政治団体である南九税政が設立され、その傘下に同じく政治団体である南九各県税政が設立された。そして本件特別会費によってつくられた資金は被上告人からこの南九各県税政に寄附され、南九各県税政が特定の政治家・政治団体への政治献金をおこなったというのである。
[7] そのことを最大限に活用して原判決は、つぎのように判示する。すなわち、(1)上告人が南九各県税政に寄附することはなお上告人の目的の範囲内の行為である(「理由」第二、一)。(2)南九各県税政が特定の政治家の後援会等に寄附すると「その政治家の一般的な政治的立場ないし主義、主張をも支援する活動をしたという結果を多少とも生じること」は認められるが、その結果は「付随的」であり、一般的支援となる関係は「うえんかつ希薄」である(同第二、二)。このような論法で原判決は、本件特別会費の徴収を合法とし、思想良心の自由に対する侵害の成立を否定しているのである。ここに本件のひとつの特徴がある。
[8] しかしひるがえって考えてみて本件は、強制加入団体たる被上告人が強制的に徴収した金員の、すくなくとも一部が特定の政治家・政治団体に渡っていることは総合的・全体的に観察して否定しがたい事件である(原判決の事実認定については後述)。さきにみてきたとおり、被上告人自身が直接、特定の政治家・政治団体へ政治献金をしていれば明らかに上告人の思想良心の自由に対する侵害となるのに、中間に政治資金規制法上の政治団体を介在させることによってなぜ、思想良心の自由への侵害が否定されることになるのか。原判決の論法はつまるところ、憲法の潜脱と脱法行為の勧奨におちいらざるをえないのではなかろうか。
[9]――上告審における本件の焦点はまさにここに在る、といわなければならない。
[10] 被上告人南九州税理士会の本件決議は、上告人の政治的思想の自由を侵害するものではないのか。本件はまさにそれが問われている事案である。そのことの意味は、憲法第19条に結実した人権思想の歴史をふまえて、現代における思想の自由の至高の価値を具体的に把握することによって、いっそう明白となる。

1、思想良心の自由確立の歴史
[11](一) 近代の人権思想は、国民の一人ひとりの「個人の尊厳」の原理を根底につらぬいている。人権宣言の先駆をなす1776年のヴァージニア権利章典は、その冒頭に「すべて人は生来ひとしく自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有するものである」と明記した。この思想がフランス革命の際に、1789年の、人および市民の権利宣言(いわゆる人権宣言)に受け継がれた。その前文にはフランス人民の代表者たちが「人の譲渡不能かつ神聖な自然権」を展示することを決意した、と記述され、第1条には「人は、自由かつ権利において平等なものとして出生し、かつ生存する」こと、第2条には「あらゆる政治的団結の目的は、人の消滅することのない自然権を保全すること」が明記された。そして第11条には、「思想および意見の自由な伝達は、人のもっとも貴重な権利の一である」と特記された。
[12](二) 以来、思想の自由は、人権思想の確信である「人間の尊厳」の原理から直接的に派生する最も基本的な権利として、各国の法思想、法制度の中に受け継がれて今日に至っている。
[13] 1949年のボン憲法(西ドイツ連邦共和国基本法)は、第1条に「人間の尊厳は不可侵である」と明記し、第4条に「信仰、良心の自由、および宗教および世界観の告白の自由は、不可侵である」と明記した。それはナチスの残虐な支配にたいする反省のあらわれであった。ナチスは、個人の自由・平等の保障を中心においたワイマール憲法下の法体系を、「個人主義的=マルクス主義的」であるとして全面的に排斥し、国民一人ひとりの基本的人権のかわりに至高の「民族共同体」なるものの利益を対置して、そこから、あらゆる人権抑圧の論拠をしつらえた。このような国民不在のナチスの法思想、法制度が、ナチスの支配が倒された時点で否定されたのは当然である。民主主義国家としての再生の出発点において、その憲法には、人類の歴史が確立した個人の尊厳の原理、思想(世界観すなわち政治思想)の自由が、ふたたび明記された。
[14] そして、わが国でも、国民のはかり知れない犠牲のうえに、帝国主義戦争の敗戦を経て、新たに制定された日本国憲法は、従来の天皇主権主義を否定して、国民主権主義、国際平和主義を確立し、個人の尊厳に立脚する基本的人権の尊重を明記した。第11条は国民の基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」として保障し、第13条は個人の尊厳の原理を、「すべて国民は、個人として尊重される」と明記。そして第19条は、個人の尊厳の原理から直接的に派生する基本権である思想の自由を、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と明記したのである。
[15](三) その制定審議の過程において、思想の自由は、そこから出発して言論の自由となり、学問の自由に及ぶ、そういう諸々の内面的精神活動の自由の中心として、独自の性格をもつことが指摘された(政府答弁。芦部信喜編『憲法2・人権(1)』256ページ)。こうして思想の自由は、信教の自由(第20条)、集会、結社、言論表現の自由(第21条)、学問の自由(第23条)などの中心として、独自の根源的な権利として憲法上位置づけられている。
[16] 以上要するに、日本国憲法は、人権の根源として個人の尊厳の原理とともに、これと不可分の思想の自由に至高の価値を承認した近代人権思想を、明確に受け継いでいるのである。「人類の多年にわたる自由獲得の成果」として「過去幾多の試練に堪へ」た基本的人権の歴史的意義を明記する第九七条は、まさに、そのことを確認したものにほかならない。
[17](四) この原理は、個々の国の憲法に採り入れられたばかりでなく、第2次大戦後、国際連合憲章にもとづく国際的な人権保障の制度化においても、くりかえし確認されている。1948年12月の第3回国連総会で採択された「世界人権宣言」は、第1条に「すべての人間は、生れながら自由で、尊厳と権利について平等である」と定め、第18条には「何人も、思想、良心および宗教の自由を亨有する権利を有する」と定めた。その後、世界人権宣言の条約版ともいうべき国際人権規約が、1966年12月の第21回国連総会で採択された。それは「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(通称A規約)と、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(通称B規約)および、後者の「選択議定書」からなる。A規約とB規約の、同一の前文のなかには「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利」が明記され、B規約第18条には、思想、良心、宗教の自由が明記されている。
[18] 日本国憲法の保障する基本的人権、とりわけその根本にある個人の尊厳と思想の自由は、現代の不可侵の人権として国連の場において国際的にも承認されるに至った。そのことの歴史的意義を、いささかなりとも軽視してはならない。

2、政治的思想の自由の位置づけと判例の流れ
[19](一) 国民主権と議会制民主主義の憲法体制のもとでは、国民1人ひとりの平等で自由な政治参加が、民主政治を維持発展させるために不可欠である。その政治参加のための最も根源的な自由が、政治思想の自由、政党支持の自由であることは言うまでもない。
[20] しかるに、わが国では、かつて絶対主義的天皇制のもとで醸成された独特の政治風土が、憲法原理の転換した現代においても清算されることなく残っている。多くの農村地域や企業の中では、一人ひとりの政治思想が、個性を発揮する以前に、現実の社会的・集団的な力によって、半強制的に特定の政治的潮流の方向に引き寄せられる事例が、しばしば見られる。没個性的な、長いものには巻かれろといった思考の一般化しやすい政治風土が、そのような民主主義の原点を否定する事態をまねいている。
[21](二) その一方、ある組織集団の決定が個々の構成員の政治的思想と抵触したケースについて、一連の判例理論が形成されてきた。それは、労働組合の政治献金をめぐる事案であるが、組織決定と構成員個人の政治的思想の自由との法的関連を問う問題として、労働組合以外の組織と構成員との関係についても、そこから共通する法理を読みとることができる。現代における政治的思想の自由の規範的意義を具体的にとらえるために、まず従来の判例理論の到達点を、念のため再確認しておく必要がある。
[22](1) 労働組合の政治献金は、労働組合運動の前進のため、組合員の労働条件と社会的地位の向上のために特定の友誼政党と緊密な協力が必要である以上、多数決による組織決定で臨時組合費として全組合員にその拠出を義務づけることができる、という説明が一般的になされていた。しかし、昭和41年3月3日の関西電力事件・大阪地裁判決以来、昭和50年11月28日の国労広島地本事件・最高裁判決に至るまで、判例はことごとく、かかる特別徴収決議は、これと異なる政治的思想からその徴収に同調しない組合員を拘束するものではない、との判旨で一貫している。
[23] 関西電力事件・大阪地裁判決は、つぎのように判示した。
「かかる政治的信条(良心)が憲法第19条、第21条に定める思想及び良心の自由とこれに基づく表現の自由に関するものであることに鑑みるときは、その納入を拒むことについて特別の免責事由があるものと解すべきである」と。(労民集17巻2号394ページ)
[24] その形成・名目が組合と組合員のための資金であるとされていても、その実質は特定政党・特定候補者のための政治献金であることを直視すれば当然の判旨であった。
[25] 以来、まず下級審判例に、この理解が定着した。
[26] 特徴的な事例として、昭和49年6月に予定された参議院選挙に先立って、動力車労働組合(略称「動労」)がその中央執行委員長を特定の政党候補として指示推せんすることを決定し、その運動のため「第三闘争資金」という名の政治献金の徴収をはかり、これを政治的思想の相違から拒否した組合員に統制処分を加えた一連のケースがある。労働組合がその目的として政治活動、選挙活動をなしうること(労組法第2条4号。三井美唄事件・最高裁昭和43年12月4日判決)、その限りでは組合の多数決原理による決議は拘束力をもち、とくに本件は組合代表者の国会選出を通じて組合員の地位向上をはかる趣旨から組合員多数の支持を得て民主的に決定された問題であり、この決定違反に統制を加えることは許される、と動労は主張した。しかし、全国各地で争われた同種事案の裁判では、この動労の主張は、ことごとく斥けられた。理由は、「第三闘争資金」の実質が組合費とは異質の政治献金であることから、組合員各自の思想信条の自由、政党支持の自由のため、その納付を拒否しても統制違反をもって目されるべきものではない、というにあった(大阪地裁昭和48年12月17日決定。広島地裁昭和48年11月7日決定。釧路地裁昭和48年12月17日決定。札幌地裁昭和48年12月18日決定。盛岡地裁昭和49年3月19日決定など)。
[27](2) 以上のような下級審判例の集積の上に、最高裁判所も国労広島地本事件で同旨の判決を下した(最高裁(三小)昭和48年(オ)第499号事件、昭和50年11月28日判決)。
[28] この事案は、国労が国政選挙に際して推薦決定した候補者とその政党にたいする政治献金のため、「政治意識昂揚資金」の名目で、組合員1人あたり月額20円の臨時組合費を徴収し、これを国労とは別箇の形で存在する「国労政治連盟」に全額納付し、国労政治連盟から各推薦候補者ないし政党に寄付するという手続がとられた、というものである。一審、二審とも、かかる徴収決議は多数決の故をもって政治的思想信条を異にする組合員を拘束しない、と判示した。
[29] これにたいして国労の上告理由は、三井美唄事件最高裁判決が労働組合の選挙活動を認めるものであるからその運動に要する資金の支出は組合の正当な事業費用の支出として法的に認められるべきことは当然であること、とりわけ国鉄の業務運営は、予算、決算、借入等いずれも国会の議決を要し、職員の労働条件の核心たる賃金決定についても公労法により国会の承認という制約があり、このような制度上の制約からみても国会議員の選挙活動は国労にとって組合員の労働条件の向上のため甚だ重要な意味をもつこと、本件「政治意識昂揚資金」は国労推せんの立候補者であればその政党所属のいかんを問わず配布されるべきもので、しかもその徴収金額は1人あたり僅か20円の小額にすぎないこと(平均月額組合費の3パーセントにも足らない)、その納入を拒否した組合員はいずれも、「政治意識昂揚資金」だけを納入しなかったのではなく他の通常組合費とともに包括して滞納したもので、明示的にも黙示的にも特に思想信条の理由を表示してこの資金の納入を拒否した者は一人もいなかったこと、等々の事実からすれば「政治意識昂揚資金」の徴収は国労組合員の政治的思想の自由を実質的に阻害するものではない、というにあった。
[30] しかしながら最高裁は、組合員の地位向上のため「政治意識昂揚」と称して徴収した金員であっても、それが実質的に政治献金に使われる性質のものである以上、1人あたりの金額がいかに僅かであっても、また「国労政治連盟」を通じてどこにどのように使われるかその行先は細かく問うまでもなく、本来の組合費とは質的に異なるものであり、さまざまな政治思想を有している組合員にたいし一律にその徴収を強制することは許されないとしたのである。
[31](3) 動労の一連の事件や国労の右事件は、なんらかの特別の名目のもとに徴収した組合費が、その支持推せんした政党ないし候補者の選挙資金に使われるという関連には濃淡がありうることを示している。しかし、その関連の濃淡は、徴収される臨時組合費の根本的な性格を少しも左右するものではない。たとえば国労組合員の場合、その「政治意識昂揚資金」の名のもとに強制的に徴収された金員がいったんは「国労政治連盟」に入り、そこを通じて特定政党への政治献金に使われている。しかしそのこと自体が、個々の組合員の政治的思想信条の自由を明らかに侵害するものと判示されているのである。
[32] その徴収金額がどれほど僅少であっても同様である。また「国労政治連盟」を通して特定政党ないし候補者に寄付される手続のなかで、「国労政治連盟」が、いつ、どこに、いくら、これを使うかその内訳のいかんを問わず、特定の政党ないし候補者のための政治献金に供される金員の強制徴収であることの本質に変わりはないとしているのである。
[33] 国労広島地本事件最高裁判決まで、すでに判例理論として決着のついた共通の論点は、ある組織集団がいかに当該組織ないし構成員のためであるとして多数決で決定しても、それが個々の構成員の政治的思想の自由と抵触する本質を包含する以上、その組織決定は決して個々の構成員を拘束しないこと。これである。
[34] 憲法の人権体系の中心である個人の尊厳の原理、これと不可分の思想の自由の意義は、以上の判例理論の形成過程を通じて、より一層、豊かに解明されたのである。
[35] 上告審は、事実審である原審裁判所の認定事実を基礎としなければならず、そのかぎりでは原判決の拘束をうけることはいうまでもない。しかしそのことは、あくまで事実の認定にかかわるものであって、原審裁判所のたんなる評価や見解にまで上告審が拘束をうけるいわれはないのである。
[36] 原判決による認定事実は多岐にわたるが、第一項に述べた本件の焦点にかかわる範囲において、原判決による認定事実の範囲を以下に整理する。

[37]、上告人が税理士であり、被上告人の会員であること、本件決議の存在および上告人が、本件特別会費の納入拒否を理由に選挙人名簿に登載されなかったことなどは、当事者間に争いのない事実である。

[38]、原判決「理由」第二、一のうち、旧税理士法上、税理士会に入会していないと税理士業務を行ってはならない旨が定められていた(すなわち税理士会がいわゆる強制加入団体である)ことは、原判決の認定事実である。
[39] これにたいし、それに引き続く以下の部分は、原審裁判所の法解釈にすぎず、上告審がこれに拘束をうけないことはいうまでもない。
「控訴人(被上告人。以下同じ)が(中略)法の制定や改正に関し、関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動をすることは、控訴人の目的の範囲内であり、法律上許容されているというべきである」
「右の目的にそった活動をする団体が控訴人とは別に存在する場合に、控訴人が右団体に右活動のための資金を寄附し、その活動を助成することは、なお控訴人の目的の範囲内の行為であると考えられる」
「‥‥南九各県税政は、控訴人に許容された前記活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であるということができる。したがって、控訴人が右団体の活動を助成するためにこれに対して寄附を行うことは、なお控訴人の目的の範囲内の行為であるというべきである」
[40] これに続いて原判決が南九各県税政について
「その政治活動は、(中略)右(税理士の社会的、経済的地位の向上等)以外の何らかの政治的主義、主張を標榜して活動するものではなく、また、特定の公職の候補者の支持等を本来の目的とする団体でもない」
としている部分は、一見事実認定のようにもみえる。しかしこれは、具体的・客観的事実の認定ではなく、南九各県税政についての、原審裁判所のたんなる評価・見解を表明したものにすぎない。上告審を拘束しないのである。
[41] さらに、南九各県税政の行う活動が政治活動であることや、それが政治資金規制法上の政治団体であることをもって、これに対する寄附が「控訴人の目的の範囲外で、法律上許容されないものとはいえないと考えられる」というのが、法解釈にすぎないことは明白である。

[42]、原判決は南九各県税政設立の動機について、つぎのように判示する。
「‥‥南九各県税政は、日税政を構成する年間150万円を越える寄附を、政治資金規制法が定める枠内で処理することができるようにすることにその設立の直接的な動機があったものと認めることができる」(「理由」第二、二、1)
[43] 右判示を導くにあたっての諸事実の認定は、十分かつ詳細なものであって、上告審判断の基礎となるべきものである。

[44]、さらに原判決は、本件決議の経過、被上告人および南九各県税政の収支状況を詳細に分析、認定している(右同、2)。
[45] そのなかには、熊本県税政による野田毅後援会寄附金5万円の支出、大分県税政による後藤正夫を励ます会パーティ券30万円、羽田野忠文後援会陣中見舞10万円の各支出、宮崎県税政による大原一三後援会パーティ券15万円、江藤隆美後援会陣中見舞10万円、堀之内久男後援会陣中見舞10万円、小山長規後援会陣中見舞5万円、江藤隆美のつどい事務局パーティ券10万円、自民党県連支部連合会パーティ券10万円の各支出および鹿児島県税政による山崎武三郎後援会パーティ券50万円、宮崎茂一後援会寄附金100万円、山崎武三郎の会寄附金50万円、長野祐也の会寄附金20万円、村山喜一後援会寄附金20万円、小里貞利後援会寄附金50万円、保岡興治寄附金150万円、宮崎茂一後援会パーティ券9万円、山崎武三郎後援会パーティ券3万円、井上吉夫後援会寄附金10万円、川原新次郎寄附金10万円、宮崎茂一後援会寄附金30万円、長野祐也の会寄附金10万円、村山喜一後援会寄附金10万円、小里貞利後援会寄附金金10万円、山崎武三郎後援会パーティ券10万円の各支出が認定されているのである。
[46] そのうえで原判決は、つぎのように概括している。
「右の事実によれば、本件決議がされた昭和53年から税理士法の改正があった昭和55年までの3年間に、控訴人が南九各県税政に寄附した金員は、計746万7920円で、南九各県税政の収入は、右寄附金を含めて2352万9895円であり、南九各県税政は、右収入から、政治家の後援会等にパーティ券、寄附、陣中見舞等として、また、南九税政へ負担金等として、1038万8000円を支出し、事務経費、大会費、旅費等として418万4733円を支出し、895万7162円を昭和56年に繰り越したことが認められる。
 そして(中略)本件決議当時における控訴人の会員は974名であることが認められるから、控訴人の会員全員が本件特別会費を納入した場合の総額は487万円となる」(同前)。
[47]――以上は、証拠にもとづいた客観的な事実認定であって上告審を拘束するものである。
[48] これにたいし、本件特別会費の使途についての、原判決の以下の記述(同前)は、原審裁判所の勝手な憶測にすぎず、とうてい事実認定には属さないものである。
[49] まず「本件特別会費は、南九各県税政が政治家の後援会等に支出した1038万8000円の中に含まれた分もあると疑う余地が全くないわけではない」(傍点引用者。以下同じ)という。しかし「さりとて(中略)右1038万8000円に含まれていたことを示す直接的な証拠はな(い)」とする。「本件特別会費による寄附収入分を、事務経費、大会費、旅費等の経費に使用し、残余分があった県税政は、これを昭和56年に繰り越したと推認することも可能である」そうだ。そして「本件特別会費の徴収は、年来の税理士法改正運動が最終段階に至ったことに伴う南九各県税政における大会費、旅費等の経費の増大に対処するためのもので、実際上も、その使途に用いられたと見る余地が多分に存する」ということになる。あげくは、本件特別会費からの各県税政に対する配布額が「月額にしてほぼ10万円であること」を根拠に「本件特別会費は(中略)大詰めに来た税理士法改正運動のために、大会費、旅費等の経費が不足することのないようにとの考慮から徴収の決議がされたと見ることがむしろ事実に符合するというべきである」という「結論」が導かれるのである。
[50] 傍点の部分だけを読みすすめばこれが、いかに詭弁のつみかさねであるか、一目瞭然であろう。これはもはや、原審裁判所の評価や推測などという枠をこえた、たんなる空想、妄想の類いである。
[51] そもそも金銭は特定物ではない。たんなる不特定物ですらなく、札(日銀券)や小切手、銀行振込などに化体される価値そのもの、すなわち金額自体が法的評価の対象となる特殊な性格を有する「物」なのである。原審裁判所の最大の悲劇(もしくは喜劇)は、この金銭を特定物であるかのようにとらえ、本件特別会費がどこへ流れていったのかを、あれこれと憶測(空想)しているところにある。そこから、札に印でもつけておかないかぎり不可能な立証責任を上告人に負わせ(もっとも札に印をつけておいても、いったん預金して引きだせば「証拠」は消滅する)、あげくは、大会費、旅費等の経費にあてられたとする、自らの「結論」にも、(札に印がついていないかぎり)なんの証拠がない、という自己撞着におちいっているのである。

[52]、原判決はこのほかにも、数多くの事実認定(もしくはそう見える評価・見解の表明)をおこなっているが、本上告理由の論旨と直接かかわらないので、以下は省略する。
[53] そして、以上みてきたところから、当事者間に争いのない事実および正しい意味での認定事実を綜合すれば、つぎのとおりとなる。
[54] すなわち――いわゆる強制加入団体である被上告人は、本件特別会費を強制的に徴収し、昭和53年から同55年までの3年間に、全会員が納付したばあいのその総額は478万円であった。被上告人はこの間、本件特別会費の徴収によって作った資金をふくめて746万7920円を、政治資金規制法による規制の回避を主たる目的として設立された南九各県税政に寄附。南九各県税政は右寄附金をふくめて2352万9895円の収入があったが、うち1038万8000円を、政治家の後援会等にパーティ券、寄附、陣中見舞などの名目で、また南九税政に負担金等の名目で支払った。
[55] これが原判決によって認定された事実であり、それ以上のものはない。上告審はこれに拘束され、それ以外のものに拘束されるいわれはないのである。
[56]、第二項で詳論した、思想良心の自由の不可侵性およびそれに関する判例理論と、前項でみてきた原判決による認定事実とを綜合すれば、本件特別会費の徴収が上告人の思想良心の自由を侵害するものであることは、既に明白といわなければならない。
[57] 日本共産党を支持し、もしくは同党以外の政党政派を支持しないとする上告人が流れる場合であろうと、その思想良心の自由が侵害されることになんら変わりはないのである。

[58]、本件特別会費が被上告人から直接、政治家等に支出されたのではなく、南九各県税政を介して支出されたということは、前記判例も指摘するとおり、すでにみてきた上告人にたいする思想良心の自由侵害の成立をすこしも妨げるものではない。
[59] 事の本質からいえば、南九税政も南九各県税政も、しょせんは被上告人が税理士法および政治資金規制法等による規制をまぬがれるためにつくりあげたトンネル機関にすぎず、法人格否認の法理を適用して、被上告人自身の支出と認定しても、すこしもさしつかえないような事例ではある。
[60] しかしここでは百歩ゆずってそのことは措き、原判決が「認定」したとおり南九各県税政を被上告人とは別の組織とみたばあいでも、その結論に変わりはない。
[61] 第一に、被上告人が直接、政治献金するのではなく、別組織である南九各県税政に「寄附」し、南九各県税政が特定の政治家・政治団体に献金するという、このやり方は、最も典型的で、しかし最も初歩的かつ稚拙なマネー・ロンダリングにすぎない。
[62] マネー・ロンダリングとは、文字どおりには資金の洗浄を意味するが、麻薬などでもうけた金や企業の隠し資金などを金融機関などに還流させ、資金源および資金の性格をわからなくすることをいう。脱法行為の一種であり、1989年のアルシェ・サミットでアメリカの主唱により対策強化が合意され、国際司法警察の分野でも、その絶滅が最大課題のひとつとなっている。そのため現在では、大口現金の動きについては銀行窓口で顧客の身元確認、資金の性質・使途などの点検がきびしくおこなわれている。
[63] 本件では3つのロンダリング(洗浄)がおこなわれている。
[64] ひとつは、税理士法およびそれにもとづく被上告人の規約では不可能な政治家・政治団体への献金を回避するため、南九各県税政に本件特別会費によってつくった資金をいったん寄附することである(第1の洗浄)。ふたつは、南九各県税政は、被上告人からの寄附金だけでなくその他の収入をもあわせて資金をつくり(第2の洗浄)、さいごはそのすべてを政治献金にあてるのではなく、その一部を政治献金に、残りを他の目的のために支出する(第3の洗浄)。――しかしその結果は、いくつもの「洗浄」にもかかわらず、被上告人が本来おこなってはならない政治献金が見事におこなわれているのである。
[65] これにたいし原判決が、前記のとおり、被上告人が南九各県税政に「資金を寄附し、その活動を助成することは、なお控訴人(被上告人)の目的の範囲内の行為である」などと判示するのは、明白な脱法行為、すなわち右の第1の洗浄を積極的に肯認するものであって、とうてい許されるものではない。
[66] また、すでに指摘したように原判決が、本件特別会費の流れについて空想をたくましくし「大会費、旅費等の経費」に充てられたと判示するのも、第2、第3の洗浄を積極的に肯定し、むしろこのような洗浄を勧奨するものであって、許されることではない。
[67] さらに、原判決が、南九各税政が政治家の後援会等に寄附することが「その政治家の一般的な政治的立場ないし主義、主張をも支援する活動をした結果を多少とも生じることは否定することができない」と認めながら、その結果は「付随的」であり、政治家支援の関係は「うえんかつ希薄」として、上告人の政治的思想・信条の自由を侵害しないとしているのも、このような稚拙なマネー・ロンダリングの結果をみずから受け入れているものにほかならない。
[68] 裁判所が違法行為を許さない、というなら、脱法行為もまた許してはならないのである。本件のような初歩的かつ稚拙なマネー・ロンダリングを見破れないようでは、裁判所は職務に怠慢であるとのそしりをまぬがれないであろう。原審裁判所のような論法をもっていれば、マフィアが麻薬で得た資金を銀行に預入れるのは少しも不都合ではなく、その預金を担保に銀行がマフィアに融資するのも通常の取引であり、その資金でマフィアが悪事を働いても銀行に責任はない、という結論にならざるをえないからである。これは前述の、今日の国際的規制の水準からかけ離れた論法といわなければならなかった。
[69] 第二に本件では、そもそも南九各県税政の資金の使途をあれこれ論じるまでもなく、被上告人が本件特別会費をふくむ資金を南九各県税政に寄附する行為自体が、上告人の思想良心の自由を侵害するものと認めることが十分に可能である。このことも前記判例の指摘するところである。
[70] 原判決によれば、南九各県税政は被上告人とは別組織と「認定」するのであるから、その論理にしたがえば当然のことながら、被上告人の統制のおよばない組織といわざるをえない。
[71] 別組織である南九各県税政は、政治資金規正法上の政治団体であり、かりにもっぱら政治家・政治団体への献金のみを目的としていたかどうかには争いがあるとしても、すくなくともいっさい政治献金をしない団体とは、だれも認識していなかったはずである。
[72] 強制加入団体であり、したがって会員にさまざまな政治思想の持ち主を包含する被上告人が、みずからの統制のおよばない政治団体へ、特定の政治家・政治団体への献金がありうることを認識・許容して本件特別会費によってつくられた資金を寄附すること自体が、会員の政治的思想良心の自由を侵害する行為以外のなんであろうか。
[73] 札に印を付けることを求めるような資金の使途についての妄論におちいり、ついには稚拙なマネー・ロンダリングの容認にまでいたった原判決の誤りの根源は、そもそも統制のおよばない政治団体への寄附そのものの違憲性を看過したところにある、というべきである。
[74]――いずれの角度からみても、本件が上告人の思想良心の侵害であること、またこれに関する確定した判例に違反することはいまや明白である。
[75] 原判決の認定した事実からも、本件が上告人の思想良心の自由を侵害するものであること、すでに明白というべきであるが、ここでさらに本件特有の問題点の解明に立ち入ろう。その問題点とは、本件で上告人がまもろうとした政治的思想の自由は具体的にいかなるものであったのか、これを拘束した組織集団である被上告人がそのことをつうじて擁護しようとした利益はなんであったのか――にほかならない。本件一、二審の記録および証拠の精査をつうじてこれを解明しよう。

[76]、上告人が、被上告人南九州税理士会から、税理士法改正の運動資金のためとして納入を求められた特別会費の納入を拒否した根本の理由は、その金員が上告人の思想信条に反する政党と政治家への賄賂性の政治献金に使われる性質のものであったためである(一審第9回口頭弁論。原告本人尋問。61問)。しかも、その献金先の政党によって推しすすめられていた法改正の方向は、上告人として到底、納得できないものである。
[77] そして、本件特別会費が特定の政党と政治家への政治献金に使われる、という上告人の当時の認識・判断は、十分な根拠があった。その要点を列挙すれば以下のとおりである。
[78](一) 本件徴収決議(昭和53年6月16日)は、その2年前の、昭和51年6月23日の被上告人の決議と趣旨目的、内容が全く同一のものであった。この昭和51年の総会のとき上告人は、税政連側の日常的な運営費は税理士会側から納められている1人当たり年間2000円の資金で十分なはずであり、そのほかに当時まだできていなかった南九県税政連に寄附するためとして1人当たり5000円もの高額な特別会費を徴収するのはなぜか、この方法で全国の税理士から徴収されて税政連側に寄附される金員は莫大な額に達して政治家への賄賂になる可能性があるではないか、と問いただした。これに答えて当時の被上告人南九州税理士会の木村清孝会長は、南九県税政連をつくる目的は、政治献金のためのトンネル会社をつくることである、と同総会で述べている(一審第8回口頭弁論、原告本人尋問。67~77問、83~91問)。このとき上告人は、特別会費の徴収に納得できずギリギリまで拒否したが、拒否しつづけると被上告人側から現実の報復措置が加えられることを予測して、不本意ながら、やむなく、このときは右徴収に応じた(前同、原告本人尋問。103~106問)。
[79] はたして、昭和51年の衆議院選挙、52年の参議院選挙に際し、右徴収金は被上告人から南九各県税政、南九税政を経て日税政に集約され、日税政の支持する特定政党、特定候補者への政治献金として使われた。
[80](二) もともと、日税政は、発足以来、国会議員の選挙に際し、特定政党の特定候補者を推薦決定し、その当選のために日常積極的な政治活動を行ってきた。昭和51年初めにも日税政は、来たるべき衆院選に推薦候補を特定政党、特定候補に限定することを決定した。それは日税政のすすめる税理士法改正のためとされ、そのための募金として日税政は会員1人当り1万円の募金を全国各地区税政(南九州では南九税政)に要請した。その要請に即応するために被上告人南九税理士会は同年6月の総会で特別会費として1人当り5000円を徴収しこれを全額南九税政の下部組織である南九各県税政(決議当時はまだつくられていなかった。前述)に寄附する決議を行った。そして、げんに熊本県税政では同年11月に衆議院議員候補者として自由民主党の5名を推薦決定し、翌52年2月には参議院議員候補者として自由民主党の2名を推薦決定している。
[81] もともと被上告人南九税理士会では、従来、その一般会計から、業務改善費あるいは業務改善指導費の費目で会員数1人当り2000円を南九税政に寄附することを続けていた。
[82] この点、すでに昭和40年頃の南九税政総会の席上、上告人は、税理士の強制加入団体である税理士会がその一般会計から南九税政に継続的な寄附をするのは、その金が南九税政ないし日税政の推す政党や政治家のための政治献金になっているのではないか、それは税理士会の個々の思想信条を踏みにじるものであり、やめるべきではないか、との趣旨の質問をしている。これに対して南九税政の木村会長は答弁に窮し、秦野真一副会長から、「それは私が東京で自民党筋に献金を持っていっておる、そういう事実がある。」という答弁があった。(一審第8回口頭弁論。原告本人尋問。43~48問)。
[83](三) 昭和53年6月の被上告人南九税理士会の本件総会決議までの間に、日税政の運動方針も南九税政の運動方針にも、推せん国会議員の後援会を早急につくり日常の政治活動を強化することが強調されていた。資金面でも応援することが当然に要請された(日税政織本会長談、甲350号証の6)。その後援会の基礎が南九州四県では南九各県税政であった。そこで推せん決定されるのは、もっぱら自由民主党の候補者であった。この傾向は、日税政から各県税政に至る政治活動が、もっぱら自由民主党を主軸にするものであったことから、全国各地区税政においても共通してあらわれた。たとえば東京税理士会の内部でも、日税政に集約される政治活動は原則として「政府与党」に密着する傾向になる事実が論議の対象となり、そういう特定政党に税理士会の会員が自己の政治的信条に反してまで地区税政、日税政を通じて政治資金を寄附しなければならないことは問題である、という趣旨の指摘もなされていた(昭和51年10月。甲322号証)。
[84](四) やがて日税政は、自由民主党を主軸に、自由民主党だけでなく、日本共産党を除く各野党の候補者も自民党に密着する日税政の政治活動に引き寄せるために推せんする方針を打ち出した。日税政四元専務理事は、そのことを明言し(甲351号証)、げんに本件決議の翌年、昭和54年9月には、日税政から各地区税政の幹部にたいし、自由民主党をはじめ、日本共産党を除く野党各党の、日税政推せん候補101名に配分する1億3000万円が交付され、これが選挙戦の最中の各推せん候補者事務所に陣中見舞として持参された。これが日税政の強制徴収による賄賂として告発され、結果は起訴に至らなかったけれども日税政、日税連の賄賂容疑について東京地検は、その賄賂性を認めながら、日税政が税理士会の徴収する資金を過去の選挙の際にも推せん候補の運動資金(政治献金)に提供していることから、その賄賂性の度合いは強くない、と認定した。げんにまた、この事件が問題になったとき日税政四元専務理事は、日税政としては結成以来、国政選挙のたびに、その推せんする政党と候補者のために、選挙の応援と政治献金をつづけており、日税政の政治献金は今回がはじめてではない、と言明している(甲36号証、甲37号証)。
[85] 本件徴収決議の後、まもない時期の、以上のような経過は、日税政が、その下部組織をあげて、これと表裏一体の税理士会の徴収する資金を、自由民主党を中心とする特定政党に、ただし、いかなる場合も日本共産党は除外して、賄賂性のともなった政治献金をつづけていた、その特有の、政府与党密着の政治団体としての体質を、いかんなく示すものである。
[86](五) 以上、昭和53年6月の本件徴収決議の以前からの経過と、本件決議後まもない時期にあらわれた事態を総合してみるならば、本件決議のときに上告人が、それは日本共産党を除外して自由民主党中心に政治献金として使われるに違いないと確信したことは、まさに正しかった。そして、日本共産党を支持する(もしくは同党以外の政党政派を支持しない)政治的思想、信条を有する上告人としては、かかる政治献金のための特別会費の納入に応ずることは、みずからの政治的思想、信条を踏みにじることにほかならず、到底、これに応ずることができなかったのは当然であり、被上告人がこれを強制することは、まさに憲法第19条違反として許されないことであった。

[87]、もともと税理士会は強制加入団体の公益法人であり、その運営に当たっては会員の思想、良心の自由に格別の注意を払うべきことが要請されている。
[88] もしも税理士会(南九税理士会―日税連)が自前ではできない政治活動を別建ての政治団体(南九各県税政―南九税政―日税政)をつくって行うのであれば、その政治活動(政治献金など)は、あくまでも税理士会とは別個の政治団体が、それに賛同する個々の税理士に協力を得て行うのが、ものの道理である。その任意参加による協力では予定した特定政党にたいする政治献金の額が達成されないであろうとの見通しのもとに、政治的に中立であるべき税理士会の組織機構を利用してその多数決によって、その政治献金のための資金を、これとは全く異質の税理士会会費に形をかりて強制徴収を計るがごときは、これに賛同しない個々の税理士の政治的思想信条と、その根底をなす人間の尊厳を、公然と踏みにじるものにほかならない。
[89] その資金を税理士会の会費として特別徴収することに法理上無理があることは、実は日税連自身も認識していた。げんに四元専務理事は昭和53年9月22日の常務理事会の席上、その資金集めは税政連による募金と寄附が最善の方法であるけれども、急を要するので、便宜、税理士会の特別会費として集めるのだと述べている。また四元専務理事は、各会で特別会費を調達するとしても、その方法は任意であって一律に強制徴収すべきものではない、との趣旨の発言もしている(甲13号証)。げんに、各地の税理士会では、その特別会費の徴収について被上告人のような納入拒否者を統制処分にかけた事例は全国どこにもない。(税理士会の決議で一律に特別会費の徴収を決定したのは北陸税理士会と被上告人南九州税理士会の2会のみ。しかし北陸税理士会では納入拒否した会員に対する統制処分など一切なかった。一審第15回口頭弁論、西田辰男証言)。
[90] 本来、各個人の思想信条にもとづく賛同協力を求めるべき政治活動、政治献金は、そのためのさまざまな手段方法があり得る。その方法を考えずに、いきなり、手軽に強制できる、筋違いの手続をえらんで強行した上告人の行為は、前述した上告人の政治的思想信条の内実と対比してみるとき、あまりにも露骨な人権侵害であった。しかも、本件のような処分は、上告人にとって税理士としての社会的な信用を失いかねない重大かつ唐突な措置である。かかる処分をしなければ税理士会の運営に支障を来たすということも全くない。それを、あえてしたのは、被上告人が、中立であるべき税理士会の本来の使命を放棄して、もっぱら日本共産党を排除した自民党寄りの政治献金の徴収において政府与党に忠誠を示す、まことに偏向した政治判断が優先したからこそであった。この面からみても、被上告人による上告人の思想信条の蹂りんは、明白かつ重大である。

[91]、もともと、政治献金を企業や団体が行うとき、それは、その企業・団体と政党との双方を歪める。1970年代の田中金脈事件、ロッキード事件のときも、その根源にあるものとして企業・団体献金が問題になり、三木内閣のときに改正された政治資金規制法では、その付則第8条に、同法施行後5年経過したとき、「政治資金の個人による拠出を一層強化するための方途及び会社、労働組合その他の団体が拠出する政治資金のあり方について、更に検討を加えるものとする」と明記された。
[92] ところが、この検討は行われずに、企業・団体献金規制の網の目をくぐりぬける新手の策略が生れた。値上がり確実な未公開株の譲渡であり、パーティ券の購入である。本件でその実態が明らかにされた県単位の税政連(各県税政)も、同類の策にほかならない。それが団体を通じて集めたカネの力によって、国民主権と議会制民主主義を歪める機能を果たすことは、さきにみたとおりである。すでにアメリカでは1907年に企業献金を禁止し、1947年に労組献金を禁止している。わが国でも最高裁判所は、前掲のとおり労組の多数決決定による政治献金の拘束は許されないとの法理を明らかにした。労組にかぎらず、あらゆる団体の政治献金について見直しを迫るのが現在の社会的要請となっている。被上告人の本件行為は、この意味からも、社会の進歩に逆行するものとして、厳しく批判されなければならない。上告人の政治的思想信条を踏みにじった被上告人の行為を容認した原判決の誤りは、社会的にも、ますます明白となっているのである。
[98] ――こうして、原判決を破棄し、上告人の請求を認容しないかぎり、社会正義は著しく侵害され、それを回復すること不可能なことは、すでに明白といわなければならない。上告審裁判所の勇断を求めるゆえんはここにある。
[1] 被上告人南九州税理士会が税理士法改正運動のため全会員から特別会費を徴収したことと、上告人から特別会費を制裁つきで強制的に徴収しようとしたこととのあいだには、憲法上の評価において大きなちがいがある。被上告人が会員から特別会費を義務的に徴収して税理士法改正運動に使用したことも、違憲の疑いが濃厚である。しかし、被上告人に特別会費の納付を義務づけ、これを上告人に強要し、これに応じなかった上告人に税理士会会員としての権利を部分的にはく奪したことは、違憲性がはるかに顕著である。このことをまずはじめに明らかにしておく。私の上告趣意書は、もっぱら上告人自身の問題に論点をしぼったものである。
[2] 本件は、被上告人が総会の特別決議で、税理士法改正のための運動資金として、上告人をふくむ全会員に特別会費を拠出すべきことを決議し、拠出しなければ税理士会員としての権利に重大な制限をくわえるという制裁条件つきで徴収を強制しようとしたことからはじまっている。上告人は自己の信念にしたがって、多数決による特別会費拠出の決定に従わなかった。被上告人の決議が上告人を憲法上、法律上拘束するか否かは、被上告人の決議に憲法上、いかなる問題があったのか、上告人の特別会費拠出拒否が、自己の思想、信条、良心に照らして正当なものであったかどうかが検討されなければならない。
[3] まず明確にしておくべきことは、被上告人の総会決議(昭和53・6・16)が「税理士法改正運動に要する特別資金」の徴収を目的としていたことである。それでは被上告人はあの時期に、なぜ納期まで定めて特別会費の徴収を決定したのか。原判決の認定によれば、「税理士法改正運動資金の緊要性に鑑み」ということになっている。被上告人は「特別会費収入を南九各県税政へ全額を寄附することとしていた」、というのも原判決の認定である。
[4] 被上告人が特別会費まで徴収して成立させようとした税理士法改正とは何であったのか。税理士法改正の是非は、当時長期にわたり、日本全国を二分するほどの大きな問題になっていた。この改正は、税理士法の部分的、技術的な手なおしにとどまるものではなかった。わが国の税制の基本的なあり方、税務署と税理士の関係の問題、大型間接税導入の可否、ひいては軍事費増大の是非にもつながる、イデオロギー的にもゆるがせにできない重大な改正であった。
[5] 原判決は税理士法改正のもつこの重大性をまったく無視している。税理士法改正が上告人にとって思想、信条、良心の自由にかかわる問題であったことを、真剣に検討した形跡さえない。原判決はこの点で決定的な誤りをおかしている。
[6] 税理士法改正にかんする当時の新聞論調、識者の意見などを、証拠として採用されている「『税理士法』かくたたかえり」(青年税理士連盟)から引用したい。
○東京タイムズ(昭55・1・28)
「採決強行に広まる反発、税務職員の天下り乱造、消費者団体も対決」
「献金が効いた?社党も賛成」
「法改正の反対運動の中心となっているのは、税理士法改悪反対中央連絡会だが、同会のいい分を集約すると、(1)税務職員OBに無試験で税理士の資格を与えることは増税時代への徴税体制強化につながる、(2)税理士が税務署の下請的存在になる、(3)一般消費税導入への布石――などだ」。
○税理士法改悪反対中央連絡会が「参議院議員先生」にあてた「税理士法の一部を改正する法律案」に反対する陳情書(昭和52・2)
 税理士法改正に反対する理由として、つぎの諸点があげられている。
「試験免除は国家試験がもつ平等・公平の原則を阻害するもの」
「税理士を税務行政の下請化につなげるもの」
「官僚統制の強化につながるもの」
「税理士の基本的人権を踏みにじるもの」
「一般消費税を含む大増税時代における徴税体制強化のための地ならし法案である」
○北野弘久教授「税理士法改正について」(昭55・7・1)
「改正税理士法は明らかに一般消費税等の導入の布石としての機能を果たすものである。その一般消費税等は増大する軍事費、防衛費に充てる財源として予定されているのである。・・・・それは、明らかに1980年代の政治ファッショ化の動きの一端を構成するものである」
[7] これらは、当時世論を二分していた税理士法改正問題についての、反対論者側の代表的な見解である。上告人が税理士法改正に反対したのも、右とまったく同じ立場からであった。つまり、上告人が税理士法改正に反対したのは、自己に有利とか不利というような個人的利害からではなかった。民主的な税理士の道を歩いてきた上告人としては、税務行政と税理士制度の反動化阻止、大型間接税導入の突破口をつくることへの反対、ひいてはこれが軍事費増強、わが国の軍国主義化への道につながることへの懸念をつよくしていたからであった。自民党政府がすすめてきた税理士法改正に、上告人は自己の信念、良心とあいいれないものとして、つよく反対していたのである。
[8] この場合、上告人の反対が税理士会内で多数意見であったかどうかは問題ではない。上告人は多くの国民、少なからぬ同僚税理士などとともに、自己の思想、信条、良心に従って税理士法改正に反対してきた。原判決は、税理士法改正推進のための強制的な特別資金徴収が、上告人のこのような憲法上の思想、信条、良心の自由をふみにじる問題であったことを、完全に見失っている。
[9] そのため原判決は、上告人が税理士法改正に手を貸してはならないという自分の信念にもとづき、思想、信条、良心の自由にしたがって行動することを禁止するにひとしい結論をだしている。上告人に自己の思想、信条、良心に反してまで、特別資金の拠出を強制する被上告人の措置を容認する判決になっている。原判決は憲法違反として破棄さるべきである。
[10] 上告人は古くからの日本共産党員である。日本共産党は企業・団体の政治献金を悪とする立場をとり、いっさいの企業・団体からの政治献金を受けていない唯一の政党であり、他の政党にもそのことを要求している。1992年7月26日施行の参議院選挙における比例代表選挙公報のなかで、日本共産党は重点政策のひとつに「企業・団体献金の禁止」をかかげ、「汚職政治をなくすには、企業・団体献金の禁止が決め手です」としている。同選挙における日本共産党公認の選挙区候補もすべて同様の政策をうったえた。たとえば福岡県選挙区柳井誠候補の選挙公報は、「清潔な政治を実現するためには企業・団体献金の禁止が急務です」としていた。企業・団体の政治献金禁止は、日本共産党の一貫した政策であった。被上告人南九州税理士会がここにいう「団体」に該当することはいうまでもない。
[11] 日本共産党規約第2条は、党員の義務として「党の政策と決定を実行」すべきことを規定している。日本共産党員である上告人は当然のこととして、自己の所属する税理士会が特定の政党、政治家に金を渡すようなことはすべきではないという信念の持ち主であった。
[12] 被上告人の本件特別会費徴収決定は、上告人に日本共産党員としての信念にそむき、規約上の義務に違背して、企業・団体の政治献金に協力することをもとめるものであった。南九州税理士会という「団体」の政治献金に応ずるように上告人に強制することは、上告人に、党の綱領、規約、決定にたいする違反を押しつけるものであった。上告人にたいして、日本共産党員としての信念を捨てよ、規約に違反せよと要求するにひとしいものであった。被上告人がこのようなことを上告人に強制できないことは、憲法にてらしてきわめて明白である。しかるに被上告人は、上告人が特別会費を納めないことを理由に、上告人にたいする権利制限を強行した。原判決はこのような被上告人の措置を、正当なものとして容認した。原判決は上告人の憲法で保障された思想、信条、良心の自由を侵害するものであり、原判決は破棄さるべきである。
[13] 日本共産党員である上告人に、自分の支持しない自民党、社会党、公明党などの政党、政治家のために金を出すように強制することは、いかなる団体、個人といえども、ぜったいにできないことである。自分の拠出する特別会費が自民党などの政治家に渡されることは、上告人にとっては利敵行為であり、反階級的裏切り行為であり、日本共産党員としての自己の立場を否定することにほかならなかった。強制加入の団体である被上告人が、上告人に利敵行為、反階級的裏切り行為をし、政治的信念の放棄をしなければ税理士会員としての権利の一部をはく奪するということが、憲法のもとで許されるはずがない。しかるに原判決は、被上告人のこのような憲法違反の暴挙を是認する誤りをおかした。
[14] 上告人が特別会費拠出に応じなかったもうひとつの理由に、本件特別会費がもともと賄賂的性格をもつものであることがわかっていたという事実があった。被上告人のような「団体」が政党、政治家に金を渡す場合には、見返りを期待するのが普通である。本件特別会費についても、全部もしくは一部は「税理士法改正のため」という特定の目的のもとに政党、政治家に交付されるはずのものであった。これは単なる政治献金というよりも、政治家に金を渡して有利に動いてもらうための、賄賂的性格をもつ献金であった。
[15] このことは、当時ひろく問題になっており、上告人が気づいていただけでなく、世上周知の事実であった。証拠として採用されている「『税理士法』かくたたかえり」から、関係部分を引用する。
○「税理士試験制度改悪反対全国受験者連絡会」発行の「税受連ニュース」
「何故急ぐ悪法の成立、このまま成立なら『金で買われた法案』の汚名!」
[16] 「金で買われた法案」というのは、当時、税理士法改正反対論者が共通して使った言葉であった。衆議院で法案が可決されたときの一般新聞も、同じ立場から批判をくわえている。
○「朝日」(昭55・4・2)
「税理士法改正案の修正可決、参議選へ思惑働く。社党が修正劇の中心」
「日本税理士政治連盟が同法改正案にからんで共産党を除く与野党議員(公明党は返却したという)に、選挙の陣中見舞いなどの形で贈った1億円を超える政治献金については、検察当局がそのワイロ性を捜査している段階、それだけに割り切れないものを残した」
○「朝日」(昭55・4・2)
「税理士法案が成立へ、批判よそに16年ぶり」
「『良識の府』は昔話に、民主政治の基本はどこえやら」
「昨年夏、税理士の団体から共産党を除く各党の衆院選候補者に多額の金がばらまかれ(公明党は返却)『金で買われた』疑いのある法案。二院クの市川房枝さんは86才の高齢にもかかわらず、連夜の審議に出席して『疑惑法案の成立を急ぐな』と警告しつづけたが……」
[17] 上告人としては、自分の金が自分の支持しない政党、政治家に政治献金として渡され、自分の反対している法案を成立させるために賄賂的に使用されることは、良心にてらして堪えがたいことであった。上告人はそういう状況のもとで、自己の良心にしたがって特別会費の拠出に応じなかったのである。このような特別会費の支出を上告人に強制することは、上告人に自己の支持しない、あるいは反対の立場にある政党、政治家のために、社会的に非難される賄賂的支出の一翼をになわせようとするものであり、これに協力したくないという上告人の思想、信条の自由、良心の自由をまっこうからじゅうりんするものである。被上告人のこのような措置を是認した原判決は違憲の判決として破棄さるべきである。
[18]  原判決は特別会費の使途について、
「南九各県税政が特定の政治家の後援会等に寄附をすると……その政治家にとっては経済的援助となるから、南九各県税政は付随的にその政治家の一般的な政治的立場ないし主義、主張をも支援する活動をしたという結果を少なくとも生じることは否定することができない」
「右の結果はあくまで付随的なものであることは明らかであり、本件特別会費の拠出が特定政治家の一般的な政治的立場の支援となるという関係はうえんかつ希薄であるといえる」
「南九各県税政が右のような活動をしたことは、いまだ、被控訴人に本件特別会費の拠出義務を肯認することが、被控訴人の政治的思想、信条の自由を侵害するもので許されないとするまでの事情には該当しないとうべきである」
と判示している。
[19] 原判決は本件特別会費が「特定の政治家の一般的な政治的立場、主義を支援」する結果になることを認めている。この事実認定は重要である。しかるに原判決は、この事実を認めつつも、それは「付随的」な結果であり、特定政治家の一般的な政治的立場の支援は「うえんかつ希薄」であるから、憲法違反ではないといっている。ここで注目すべきは、「うえんかつ希薄」というのは、皆無ではないということである。しかも、「支援」の対象となる特定の政治家とは、上告人の支持しない、反対の立場にある政治家(たとえば自民党、野田毅議員)だということである。このような政治家に日本共産党員である上告人の拠出する特別会費が使用されるとしても、上告人の「政治的思想、信条の自由」を侵害することにはならないというのが原判決の判示である。
[20] これは驚くべき憲法無視、憲法違反の断定である。自分の金が、自分の反対する目的のために、自分の支持しない、反対の立場にある政党、政治家に渡されることは、「付随的」であっても、「うえん」であっても、「希薄」であっても、上告人にぜったいに強制できないことである。
[21] 日本共産党員である上告人にとって、自民党、社会党、公明党、民社党やその所属議員に、自分の拠出金が1円でも渡されることは、たとえそれが「付随的」で、少額であろうとも、自己の思想、信条、良心が絶対にこれをゆるさないことであった。問題は、直接か間接か、額が大きいか小さいかなどではなかった。原判決はこの当然の立場を無視して、「付随的」であり、他党の政治家への支援が「うえん」で、「希薄」であるから、「上告人の政治的思想、信条の自由を侵害するもの」ではないという判断をくだしている。これは、憲法上の思想、信条、良心の自由を質的にとらえることができず、量の問題にわい少化してしまったもので、憲法にてらしてぜったいに是認できない違憲の判決である。原判決は破棄さるべきである。
[22] 原判決は多数決制度をもち出し、「原則として、少数意見者は自己の思想、信条に反しても多数意見による意思決定に従わなければならないことを前提として存在するもの」と、憲法上ゆるしがたい判断をしめしている。さすがに原判決も「少数は多数に従う」という考え方を絶対的なものとすることはできなかった。原判決は「原則として」という条件をつけているからである。だが、多数による決定であっても、もしそれが少数者にとって不可侵の権利である思想、信条、良心の自由を侵害する場合に拘束力を有しないことは、いまではすでにわが国の定説となっている。労働組合が特定政党、特定政治家のために強制的にカンパを押しつける問題で、個人の思想、信条の自由、良心の自由を多数決で侵してはならないということとは、学界においてもいまや通説となっているのである。
[23] 原判決はこのような批判をかわすためか、上告人が特別会費を拠出しなかった理由を「被控訴人が右運動(税理士法改正運動」に反対であることをもって、直ちに控訴人の思想、信条の自由を侵害するとして公序良俗に反するものとして、これを無効とすることはできない」と結論づけている。この判示は、上告人の特別会費不拠出の理由が、「税理士法改正に反対」という上告人の思想、信条だけの問題であったかのように歪曲したものである。上告人が拠出に応じなかった理由は、本上告趣意でも指摘しているように、もっと多面的なものであった。原判決はこの事実を無視し、税理士法改正反対という一局面についてだけ判断をしめし、その他を黙殺している。上告人は本上告趣意でのべたように、もっと多面的な理由、たとえば、企業・団体の政治献金反対、自社公民各党に賄賂的な金を渡すことへの反対などの理由からも特別会費の徴収に応じなかったのであるから、そのすべてについて判断をくだすべきであった。
[24] なお、本件において、特別会費の具体的な使途のいかんによって原判決の違憲性が左右さるるものではない。特別会費が税理士法改正運動のために使用された事実は、すでに原判決が認定している。しかも、上告人が拠出を義務づけられた特別会費は、「特定政党、特定政治家への政治献金」に使用しないという条件はつけられてはなかった。
[25] 被上告人の本件決議が上告人を拘束するかどうかを判断するとき重要なのは、原判決が「理由」の冒頭で認定しているように、
「本件決議は、税理士法改正運動に要する特別資金とするため各会員から特別会費として金5000円を徴収する、その使途は全額南九各県税政への会員数を考慮して配分するというものであった」
ということである。そうだとすれば、被上告人が徴収した特別会費は「税理士法改正運動」のために使用することを目的としていたものであり、原判決も認定しているように、現実に特別会費は、南九各県税政に渡され、そこで税理士法改正のための諸経費に充当されたのである。南九各県税政が政治家後援会のパーティー券に使おうと、寄附金、陣中見舞に使おうと、それとも改正運動のための会議費、旅費などに使用しようとも、上告人への特別会費強要の違憲性にはなんの影響をもおよぼすものではない。昔から「金に色はついていない」と言われるように、本件特別会費が南九各県税政に渡され、同税政が税理士法改正のために使用し、自民党などの政治家に渡されることがはじめから予定されていたという事実だけが重要である。原判決は、
「本件特別会費の徴収は……南九各県税政における大会費、旅費等の経費の増大に対処するためのもので、実際上も、その使途に用いられたと見える余地が多分に存する。」
「本件特別会費の徴収は……大詰めにきた税理士法改正運動のために、大会費、旅費等の経費が不足することのないようにとの考慮から徴収の決議がされたとみることがむしろ事実に符合するというべきである」
としている。しかし、本件において、南九各県税政に渡されたさまざまな金のうち、どの金が何に使われ、どの金が何に使われなかったなどを特定するのは、本来、無意味のことである。消費税導入のとき、自民党政府は消費税は軍事費に使用するのではない、将来の高齢者社会のために使うものであると言ってきたが、消費税が目的税とされていないかぎり、そういう言い方は国民の目をごまかすための詭弁にすぎなかった。問題は、特別会費が南九各県税政によってどの費目に費消されたかではない。この金が南九各県税政に渡され、その使用が南九各県税政に一任されており、その全部もしくは一部が自、社、公、民などの政党、政治家に渡されたか、あるいは渡される可能性が内包されたという厳然たる事実こそが重大なのである。
[26] また、原判決は本件特別会費が、「大会費、旅費」等の経費に使われておれば、上告人の思想、信条、良心の自由を侵すことにならないかのように判示している。これも見当ちがいの判断である。「大会費」「旅費」などといっても、税理士法改正運動のために必要な出費であることにかわりはない。特別会費が「会議費」等に当てられていないとすれば、南九各県税政は別の財源でこれを負担せざるをえなかったはずのものである。そうなれば、政党、政治家に渡す金はそれだけ少なくなる計算である。したがって、会議費に使用されようと、政治家に渡されようと、結果的には同じことである。原判決のような子供だましの詭弁によって、被上告人の特別会費徴収の違憲性が解消できるものでないことはいうまでもない。
[1] 本理由書は、第一本件特別会費は政党政治家に献金された。第二アメリカにおける企業団体献金禁止と原判決。第三本件訴訟と私の信条。より構成致しております。
[2] 私は、本理由書の各論において最高裁判所にご判断いただきたい点を述べていますが、これを要約しますと、最高裁では事実にもとづく憲法、法律上の正しいご判断をいただきたいこと、そしてその判決が我が国の清潔で民主的な政治の発展の促進となることを切望致します。
[3] また次の書類を添付致します。
一、日本大学法学部教授北野弘久博士の原判決解説論文
二、熊本、大分、鹿児島、宮崎の各県税理士政治連盟の昭和54年分、昭和55年分の政治資金収支報告書
三、原審判決に対する各新聞の報道論評
[4] 昭和54年、55年の各県税政連の収支報告書が証拠

一、本件特別会費の使途をめぐって、被上告人の自認を否定する原判決
[5] 本件訴訟の事実は多岐に及びますが、最大の事実関係は被上告人南九州税理士会が昭和53年6月16日の第22回総会において「税理士法改正運動資金の緊要に鑑み……会員一人当り5000円を特別会費として徴収する」ことを決議した資金の使途にあります。
[6] 被上告人南九州税理士会は第一審熊本地方裁判所に昭和59年11月1日提出した第9準備書面の二の1に「本件特別会費の使途について」の項にて本件特別会費より受けた寄付が政治家に献金された事実を各県税政ごとに詳細に述べています。
[7] この項のまとめとして特別会費の使途は「第三に各県税政の支出先はいづれもその県に係わりのある政治家や政治団体であって」と、特別会費は政治家に流れたことを自認しています。
[8] ところが驚くべきことに福岡高裁の原判決は昭和53年より昭和55年までの南九各県税政の収支状況を整理して本件特別会費が政治家等に渡ったとする「直接的な証拠はなく」政治献金目的であったとの主張は「これを肯認するに足る証拠が十分でないといわねばならない」「本件特別会費の拠出が特定政治家の一般的な政治的立場の支援となるという関係はうえんかつ希薄であるといえる」としています。

二、宮崎、大分、県税政連は特別会費より直接に政治献金している。
[9].原審福岡高裁に提出されている、宮崎県税理士政治連盟(代表者竹之内幾夫……南九州税理士会副会長、同宮崎県支部長)と大分県税理士政治連盟(代表者此本正憲……南九州税理士会副会長、同大分県支部長)の昭和54年分、昭和55年分の収支報告書をまとめると次の第一表(宮崎)第二表(大分)となります。
2.宮崎県税政連収支報告書について
[10](1) 宮崎県税政連では昭和54年には、政治家関係に
イ. 昭和54年8月24日 大原一三後援会へパーティ券 15万円
ロ. 昭和54年9月13日 江藤隆美後援会へ陣中見舞 10万円
ハ. 同年同月同日 堀之内久男後援会へ陣中見舞 10万円
ニ. 同年同月同日 小山長規後援会へ陣中見舞 5万円
ホ. 同年同月同日 宮崎如水後援会へ陣中見舞 10万円
の合計50万円を支出しています。
[11] 昭和54年の収入は本件特別会費50万1000円、南九州税理士会定額寄付25万円、その他7万6429万円、合計82万7429円です。50万円の政治家関係の支出は繰越金の6万9439円では不足し、本件特別会費をもって支出したことに寸分の誤りもありません。
[12] これは難しい数学の問題でもなく、小学生でも明らかな足し算引き算です。
[13] 原判決がいう「うえんかつ希薄な」関係が入り込む余地は全くなく、昭和54年分収支報告書は特別会費が政治家に渡った直接の証拠です。
[14](2) 昭和55年の支出では政治家関係では
イ. 昭和55年4月8日 江藤隆美のつどい事務所へパーティ券 10万円
ロ. 昭和55年5月15日 自民党県連支部連合会へパーティ券 10万円
の合計20万円が支出されています。
[15] この55年も被上告人よりの本件特別会費21万9000円及び定額25万円の寄付を中心とする収入55万476円と前年よりの繰越金及び本件特別会費定額寄付の中から支出されています。
[16] 宮崎県税政の2ケ年分を合計すると、被上告人より本件特別会費72万円と、定額寄付50万円の交付を受け、その他の収入と併せた137万円余の中から70万円を政党、政治家に支出していることが事実です。
3.大分県税政連の収支報告書について
[17](1) 大分県税政連では昭和54年に被上告人より本件特別会費67万8000円と定額25万円の交付を受けた金額が収入93万2567円の99.5%を占めていますが、この年は、政治家等への献金はなく、55年に94万5868円を繰り越しています。
[18](2) 昭和55年は法人団体よりの寄付として64万920円を受けていますが、その区分の入金日の記載はないため上告人で定額分25万円、特別会費分39万円、その他の収入920円に区分しました。収入合計は65万2968円です。この収入に前年よりの繰越金を加えて昭和55年は政治家などへ
イ. 昭和55年4月18日 後藤正夫を励ます会にパーティ券 30万円
ロ. 昭和55年7月31日 風雪近代政経研究会に後援会費 20万円
ハ. 昭和55年12月6日 文ちゃんと語る船上パーティ本部にパーティ券 8万円
ニ. 昭和55年6月9日 羽田野忠文後援会に陣中見舞 10万円
ホ. 右同年同月同日 風雪近代政経研究会に陣中見舞 10万円
の合計78万円を支出しています。
[19](3) したがって、大分県税政連の54年、55年の2ケ年の合計では、収入158万553円のうちの106万8000円の特別会費受入れがあってこそ、支出179万5235円の支出のうちの78万円の政治献金が行えたのです。
[20] これらのことについて被上告人は「税理士法改正が成立して、使途を失った資金が残っていたことからされたもの・・・」と主張していますが、この主張自体が被控訴人が一つには政治献金の事実を自白したものであり、また、第三表18項に示す通り4県税政の平均額(84万5000円)以上に通常経費(「税理士法改正運動費」)を支出しても尚、残余があり、その残余こそ特別会費が政治献金目的であったことを告白しているものです。
3.まとめ
[21] 以上からの結論は宮崎、大分の県税理士政治連盟の収支報告書は本件特別会費の使途が政治家等への献金であったことを直接に示す明確な証拠であることです。
[22] 原判決の政治献金目的であったとする「証拠が十分でない」などの判旨は昭和39年よりの事実、51年特別会費の政治献金などと併せて如何に妄想的であり、虚構の論理であったかを示しています。

三、南九各税政連の収支報告書
[23].特別会費の直接の使途は、原審判決が本件特別会費は昭和54年1月、昭和54年9月、昭和55年9月の3回つまり2年間に分けて南九州税理士会より総額499万7000円が南九各県税政に配分されたと認定しつつも昭和53年より同55年までの3年間の収支を見ていることは誤りです。
[24] 正しくは右3回の配分時つまり、昭和54年、昭和55年の2年分について、本件特別会費の交付を受け、かつ、この金を使った側の各県税政連の政治資金収支報告書により事実を確認する必要があります。
[25] 55年分までと一応の限定をすることにより昭和55年4月8日に税理士法「改正」が国会で成立したため、被上告人が主張する税理士法改正運動資金がどの程度であったかをも見ることが出来ます。
[26] 原審及び第一審に提出された各県税政の政治資金収支報告書の54年、55年分をまとめた一覧表は第3表の通りです。
[27] この表から各県税政ごとの特徴は熊本県税政では野田毅後援会寄付を除いては政治献金を行っていないため、南九会よりの本件特別会費及び業務改善費名目の一般会計よりの定額寄付金の大部分が不要となり繰越されています。またこのことを別にいえば一般会計よりの寄付金50万円で通常活動費がまかなわれていて、特別会費は「税理士法改正運動資金」としても不要であったことを示しています。
[28] 大分、宮崎については二に詳述した通りですので簡潔にふれておきますと、大分県税政では78万円の政治家関係の寄付等は106万円の特別会費の収入なしには支出されません。
[29] 宮崎県税政の政治献金70万円も72万円の特別会費なしには支出されません。
[30] 鹿児島県税政の場合は個人会費803万円と借入金550万円、税理士会よりの本件特別会費と定額の寄付182万円が収入の大部分を占めています。借入金は南九州税理士会鹿児島支部よりの借入れであって、税理士会に依存した資金源です。収入に対する税理士会の寄付割合は11.3%となりこの割合による752万円の政治家への寄付は税理士会分は85万円弱となります。税理士会借入金をこれに含めた税理士会依存度は45.3%で政治家等への寄付のうち340万円を占めます。

[31].以上のことから大分・宮崎においては特別会費によって政治献金が行われたことは明確であり、両県の収支報告書は直接の証拠であります。また鹿児島でも本件特別会費を原資の一部として政治献金が行われてきたことは明らかです。
[32] そして熊本県税政の収支報告は政治献金が0状態であれば本件特別会費は不要であったことを示しています。
[33] つまり本件特別会費は政治献金の目的であったといえます。
[34] また註2で指摘しています通り本件特別会費の交付者、被上告人と受取り人側の各県税政連の受取り金額との間には53万円の県税政側の不足額があり、この点についても福岡高裁は判断を行っていません。
[35] 以上の通り原判決は被上告人が争ってもいない事実を誤認しかつ直接の証拠を見れども見えずこのため重大な法令上の判断を誤りを侵しています。
[36] ガリレイは宗教裁判にかけられても「それでも地球は動く」と喝破したとの例にたとえれば原判決に対して私は「それでも事実は動かない」ときっぱりと申し上げます。
[37] 私は最高裁に大法廷等によって事実の確認の上に正しい判断を下されることを要請します。
[38] もしこれが不可能であれば原判決の差もどしを求めます。
(第一表)宮崎県税政連収支報告書まとめ甲87号証4・5
(第二表)大分県税政連収支報告書まとめ甲86号証5乙22号証4
(第三表)昭和54年・55年の南九州各県税政の政治資金収支報告書まとめ(甲78号・甲85号4・5.甲86号5.甲87号4・5.乙5号2、乙22号4)
一、アメリカに於ける企業・労働組合の政治献金禁止法
[39] 1907年、アメリカ合衆国では「選挙に関する企業献金を禁止する法律」が成立し、提案者の名をつけ「ティルマン法」と称されています。
[40] この法律の全文は次の通りです。
「アメリカ合衆国連邦議会に参集した上院及び下院は、次のとおり定める。
 全国銀行又は州際若しくは外国貿易に従事する会社若しくは連邦議会の定める法律により組織された会社が、政治的公職の選挙に関して献金を行うことは、違法である。
 また、いかなる会社も、下院議員選挙、大統領及び副大統領選出人選挙又は州議会が定める上院議員選挙に関して献金を行うことは、違法である。
 これらの規定に違反して献金を行った会社は5000ドル以下の罰金に処する。また、これらの規定に違反して会社が献金を行うことに同意した役員又は取締役は、1000ドル以下の罰金に処する。」
[41] 実に85年も前にアメリカでは企業よりの政治献金が違法とされ違反した会社と、同意した役員・取締役の双方に罰金が課せられることとなりました。
[42] 1947年に制定された連邦労使関係法、通称タフト・ハートレー法は労働運動弾圧法といわれていますが、この中に労働組合の政治献金禁止が盛り込まれました。
[43] 1948年に右の企業・労組の政治献金禁止法は合衆国法典の「刑事及び刑事訴訟手続」にとり入れられ、個別法から基本法上の刑事犯罪として位置づけられました。
[44] しかし、脱法的な政治献金がその後も行われたため、1971年(74年改訂)に「連邦選挙運動法」が制定され、これにより、会社施設利用や広告料名義の献金、教宣活動費名目の支出などが厳しく禁止されました。
[45] この法律では「政治目的に使用される個別の分離基金」(PAC)を企業、労組が設立することが認められそこから一定額の寄付などが合法化されています。
[46] PACは今日巨大化し問題点も含まれますが企業、労組はPACを設立しその運営費を負担することだけが認められ、個人は自由意志にもとづいて参加し寄付は個人のみと限定されています。

二、企業、団体献金に対するわが国の各党の政策
[47] 1992年7月の参議院選挙での各党の政治資金に対する公約は、比例代表選出議員選挙公報によると次の通り発表されました。
☆社会党・金権腐敗の継続か?クリーン政治実現か?(企業団体献金を禁止し、徹底した資産と収支の公開、違反への厳罰を求めています。法定3号ビラ)
☆共産党・企業団体献金の禁止…汚職政治をなくすには企業・団体献金の禁止が決め手です。
☆公明党・清潔な政治…「企業・団体からの献金廃止」や「収賄議員の立候補制限」など厳しい態度で政治改革にチャレンジしています。
☆民社党…記載なし
☆自民党…記載なし
[48] 自民・民社の政策が選挙公報に発表されていないので選挙期間中の両党の幹部の発言等によると自民党は「企業も社会的存在だから、献金も許される」「政治家個人への政治献金を禁止」民社党は「将来的にはなくすべきだ」としつつも「現実的には混乱を起こす個人献金を所得税の税額控除などの条件が必要」などと主張していました。
[49] つまり、自民党を除いた各党が企業・団体献金の禁止では一致していることは見過せません。これは政治改革を願う国民世論の反映でもあります。
[50] 経済大国日本は同時に人権、国民生活、医療、教育、文化、労働時間、税務行政などの多くの後進性の上に成り立っていることは周知の事実です。
[51] この後進性のキーワードは企業、団体よりの政治献金であるといえます。したがって本件訴訟は我が国の民主政治の発展ための訴訟でもあります。そこで次にアメリカの裁判における企業団体献金批判を見ることと致します。

三、アメリカの判決と福岡高裁判決
[52] アメリカで1907年の企業献金禁止法の成立を促した裁判の1つに「マコンネル事件」があり、この事件はある銀鉱山会社が連邦政府に銀本位制をも採用させるため700ドルを政治運動用に支出するなどを行ったため、株主が会社役員を告発した事件です。1904年の判決では「会社の目的外の支出である」「株主は、その政治信条において一致しておらず」と判示しています。
[53] また1つは1907年にニューヨーク控訴院が行った「パーキンス事件」の判決があり、同年成立の前述の「ティルマン法」に大きい影響を与えた判決となりました。
[54] この事件は生命保険会社が大統領選挙の運動資金を拠出した問題で、法廷では「寄付は個人がするもので、……会社に集めた金を多数決で、ある政党に寄付するのは個人たる選挙民の選挙をする権利の侵害である」「企業献金は公序に反する違法の行為である」などの議論が行われ、控訴院は「たとえ制定法になんらこれを禁止する規定がない場合でも、それは法人あるいは会社の目的を絶対的に超えたものであり、それは全く是認しがたい違法な行為である。」との判決を下しました。
[55] 1992年4月24日福岡高等裁判所が、税理士会の特別会費1人5000円が政治家に渡ったとする直接の証拠を見ているに拘らず、フィクションの上に立って妄想的に政治連盟の「存立の本来目的」が良ければ税理士会の献金は認められる。また、この特別会費は1人5000円のみの負担を求めたものであるから個人の思想・信条の自由の侵害には当らないとする判決と比べると、85年以上も前のアメリカでの判決は全くみずみずしく新鮮な輝きをもっています。
[56] 私はこれが日本の高等裁判所かと、日本国内はもとより世界に向けて、恥ずかしくてなりません。
[57] 上告審においては最高裁が右の様なアメリカ法の歴史と現実その他先進諸国の制度や判例等を比較され日本国憲法に照らして歴史を進める英断を下されることを切に要請するものです。
(参考文献)ジュリスト274号・法律時報38巻6号
      民商法雑誌47巻6号
一、私の経歴と基本的信条
[58] 私は昭和3年2月12日熊本県上益郡御船町にて父牛島大勝、母牛島ケサミの長男として生まれました。
[59] 昭和20年8月の敗戦時は、私は17才で中国、東北の旧奉天市で旧陸軍第918部隊の軍属で軍国少年の一人でした。
[60] 翌21年8月引揚げ、出生地の御船町に帰りましたが、この間旧満州にて見聞し、体験したことは今日までも残る残留孤児等の戦争の惨禍でした。
[61] また父牛島大勝は敗戦直前の昭和20年3月19日フィリピン、パナイ島にて飢餓・マラリアと栄養失調のため戦病死していました。
[62] ただでさえ困難な戦後の社会のなかで、働き手である父を失った私の家族(母、妹2人、弟1人)の生活は筆舌に尽せない状態でした。このことは第2次世界大戦における死者2200万人とその家族も同様であったと思います。したがって当然のことながら、私は二度と戦争を繰返してはならないと思いました。そのために、第2次世界大戦の原因を考え、平和の実現のために生きることが私の第一の信条となりました。
[63] 昭和21年11月に公布された新憲法は、私どもに輝かしい進路を与えたものでした。
[64] 昭和22年9月御船税務署に就職し、大蔵事務官として税務にたずさわるようになりました。当時は第一審熊本地裁判決も指摘している「戦後のインフレと食糧不足、物不足の混乱期において税負担率は戦前、戦後を通じて最高水準を記録し、税金の滞納もまた記録的であった。」状況でした。
[65] このため私は、税務労働者の生活と権利を守り、不公正な税制を応能負担の原則による税制へ転換し、民主的な税務行政の確立を計ることが国民的課題であると考え、全国財務労働組合御船・山鹿支部委員長等に選出されて労働者、市民とともにその運動を拡げました。
[66] この頃、いわゆる昭和電工疑獄事件等で企業献金が前総理、大蔵省主計局長から社会党中枢をもむしばみ、企業、団体献金の禁止が民主政治の根幹であることを知りました。
[67] そして、昭和24年1月、戦前から反戦、平和、植民地の解放と国民こそ主人公の日本をつくるため命をかけて闘い抜き、人間に対するすべての抑圧と搾取のない自由な共同社会の実現をめざしている科学的社会主義の党、日本共産党に入党し、今日に至っています。
[68] これらの運動の故に昭和24年7月税務署を免職となり、更には次に述べます税理士会登録で被上告人や日本税理士会連合会の登録審査会等にて1年近くの期間が要した理由ともなりましたが、私の信条に変りはありませんでした。

二、本件訴訟と税理士会
[69](1) 私は、昭和36年12月第11回税理士試験に合格し、翌37年11月日本税理士会連合会に登録を終え、昭和38年1月より税理士業務を開業し、現在に至っています。
[70] 開業当時は税理士法の政府改正案に税理士業界全体が反対運動を行っていました。この廃案運動のなかから、税理士制度は、戦前型の徴税補助機関であるのか、或は新憲法の国民主権の下でシャウプ博士も勧告した納税者の代理を立派に果たす代理人制度であるべきかの問題が明確化されこれが後者であるべきとする昭和47年6月の日税連基本要綱として結実して来ました。
[71] 当時この基本要綱を実現すべく私も含め税理士業界は活動しました。しかし私は憲法を税制、業務行政に生かすことを目的とした税理士・公認会計士の任意団体である税経新人会全国協議会の常任理事、熊本税経新人会会長をつとめ、また、南九州税理士会熊本支部経営改善委員、南九州税理士会特別委員などの役職を歴任する中で次第に日税連、南九会の運営に危惧を抱く様になりました。
[72] それは第一に日税連、南九会で政治献金が行われていること。
[73] 第二に南九会では本件特別会費の使途が会員に隠蔽されていたり、会員は議事録も閲覧できず、また、会の役員選挙が立候補なしの完全連記制であることなどに表れる様に税理士会の運営に民主的手続が不充分であること。
[74] 第三に昭和50年6月の大阪合同税理士会長選挙において国税当局の選挙干渉により誕生した山本義雄氏が同年7月日税連会長に就任したことから、日税連基本要綱による税理士法改正が変更され、39年案を基本とする改正に動く恐れがあることなどでした。
[75] これらの点については税理士会の会議の中で意見を述べ、或は税経新人会の申入書や論文等で是正を求めて参りました。
[76] 南九会は、献金の事実は時として認めていたもののもっと献金額を増やさねばとの論調であり、基本要綱については堅持するが可能な改正を、選挙制度については総会では役員個人が改正を賛成の意見を述べることがあってもアンケートの結果などから不合理ではないとして改革しないとの態度が続きました。
[77](2) 昭和51年6月23日の南九州税理士会第20回総会は税理士法改正のため各県税政連に寄付するという理由で特別会費5000円の徴収を決めました。私は税理士政治連盟の通常の活動費は南九会の定額の寄付でまかなわれているため、これ以上の特別会費は政治献金として使われる危険性ありと考え、これに反対でしたが、このときは結局納入しました。この特別会費は各県税政→南九税政→日税政→政党政治家ルートでの4292万円の政治献金の資金源となっていたことが翌年に明らかになりました。(甲170号証)
[78](3) 昭和52年10月、税制調査会が中期答申で一般消費税導入を答申し、更に同年12月20日の53年税制改革答申で一般消費税の具体的仕組みを提言した直後の12月27日、基本要綱に沿った税理士法改正に否定的とみられていた大蔵省、国税庁の呼びかけで当局と日税連との幹部会談が開かれ、翌53年1月26日、山本日税連会長の感触6項目が発表されました。その内容は基本要綱の基本点6項目の実現は至難困難というものでした。
[79] そして、次第に税理士法「改正」の輪郭が判明し始めました。
[80] 税理士制度は納税者の税法上の代理人であるべきこと。税制は応能負担原則により構築され、所得、資産課税を中心として間接税はこれを補完し、且つ所得の再配分機能を十分に果たすべきであり、これに反する一般消費税の導入には反対であり、税務行政は納税者の権利を尊重して執行されるべきであること。以上のようなことなどが我が国の憲法上からも納税者からも要請されているということが永年の業務と研究の上から私の到達点でした。
[81] しかるに日税連が推進する政府案は
一、税理士と相対する大蔵大臣に税理士の徴戒権があり、その処分は即効力を発生する。つまり税理士会に自治権はなく、税理士は税務当局の行政の延長として位置づけられている。この大前提の上に
二、税理士の業務に新たに間接税を加え全税目に広げる
三、特例試験制度は廃止するが新たに税務署経歴23年以上で内部研修を行ったものを試験免除して税理士資格を与える。
四、税理士介の支部は税務署各に組織され、助言義務、使用人監督義務などの指導監督が強化される
等と私の前記信条に反する重大な内容を含むものでした。
[82] その内容の本質は税制調査会答申の今後の税制と併せて見れば第一に一般消費税の実務、課税部隊の大量創出であり、第二に税理士会が民主的に決定した基本要綱に反し、税理士業界が挙げて廃案とした39年政府案より更に後退し、税理士への監督強化と税理士会の自治権の一層の縮小となっていることなどが明らかでした。「改正」内容を知れば知る程税理士と納税者の納得を得るものではないと思われ私どもは同案による改正は大型間接税の布石になるとして反対運動にとりくみました。
(今日、一方で税理士の数は53年度末の3万7088人から平成4年5月末では5万8747人となって国税職員の数を上回って、業界の過当競争、老齢化、天下り税理士などの批判や問題点が発生し、他方では税理士事務所の一般的恒常業務に消費税事務が加わり、納税者にも税理士にも過重な負担となるなど税理士業界にとっても同改正が改悪であったことは明らかです。)
[83](4) この様な状況の中で、昭和53年6月の南九州税理士会総会が開かれ、本件特別会費徴収が決められました。私は本件特別会費の徴収は過去の事実とも併せて次の点で反対でした。
第一に公益法人である税理士会が政治献金を行うための資金づくりであり、会員個人の思想信条の自由を侵害する強制的な政治献金資金集めを税理士会は行うべきでなく、
第二に税理士法の「改正」案として伝えられている内容には反対であり仮に特別会費が法「改正」の運動費に限定されたとしてもこれを拠出することは税理士法「改正」に賛成することとなるため拠出する意志はないこと。
第三に私は戦前に戦争を推進し、或は加担してきた過去をもつ政党および最悪の不公正税制である大型間接税を創設する如き政党……例えば自民党などに1円たりとも献金する意志はもっていない。
などのことから、本件特別会費は単なるお付き合い、いわゆる多数決の範囲ではないと考え、納入を拒否しました。
[84] このため南九州税理士会は昭和54年4月の理事会において私の税理士会役員選挙権と被選挙権の停止を行い今日まで13年の永きに渡って不利益処分を維持し続けています。
[85](5) この処分の違法を訴えたところ熊本地方裁判所からは本件特別会費決議は民法43条違反の無効の決議で仮にそれが同条違反でないとしてもその強制は憲法19条の侵害であり、かつ、その処分は、看過し難き手続違反とした判決をいただきました。
[86] 南九州税理士会の控訴の結果福岡高等裁判所は本件の特別会費が政治献金に向けられたとする直接の証拠はなく従って存立の本来的目的が税理士会と一致する税政連に税理士会が寄付することは目的の範囲内であり、5000円の特別会費徴収は多数決の及ぶところであるとの判決を下しました。
[87](6) 私は1988年7月の北欧にはじまり1991年9月のアメリカ・カナダに至るまで17ケ国を旅行し、先進国の会計・税制・税務行政等を視察研修することが出来ました。アメリカ・カナダ等では納税者がクライアントとして丁重に取り扱れ代理人の地位も明確あることに感銘を受けました。
[88] 日本とほぼ同様の税理士制度をもっている国は西ドイツ(当時)でしたが、西独税理士会は税務当局より独立した自治権を持ちその制度は「納税者の権利を擁護し代理するためには税理士の自由と会の自治権が不可欠である」との考えに貫かれていました。
[89] 私は、これら先進国の例からも、我が国において税理士は租税法律主義の下に活動し、税務当局に拘束されない自由をもち、また、税理士会は会員の権利を保証するためにも自主権を拡大強化することこそが、税理士が納税者の代理を立派に果し、社会的支持を受ける道であるとの確信を一層強めた次第です。
[90] いま、税理士業界は次の税理士法改正に向かって胎動しています。
[91] 私は最高裁によるご判断が税理士会と税理士制度の進歩発展につながることを切望致しております。

[92]、以上のことから私が最高裁判所にご審理いただきたいことは
第一に我が国の民主政治を発展させる上で、特殊公益法人である税理士会の政治献金が直接であろうと間接であろうとまた金額の大小に拘らず許されるか否かについてご判断をいただきたいことです。
第二に仮に多数決の及ぶ範囲で有効に決議されたとしても、税理士会の政治献金が私個人の絶対に支持しない政党に献金するために13年間にも渡って公職追放にも等しい不利益処分を伴ってその資金拠出を強制することが我が国の憲法の下で許されるか否かについてご判断をいただきたいことです。
第三に福岡高裁判決が被上告人が認めていた政治献金資金の流れの事実についてあえてこれと異なる判断を下したことの是否についてご審議いただきたいことです。
[93] 右判断に当っては更に先進諸国の政治献金制度とも比較検討されて、政治献金のあり方について上告人である私に対する判決を通じて、国民に対して憲法上の回答を明らかにするものとしてご判断いただく事を切望致します。

(添付書類省略)

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