岩沼市議会出席停止事件
上告審判決

出席停止処分取消等請求事件
最高裁判所 平成30年(行ヒ)第417号
令和2年11月25日 大法廷 判決

上告人 (被控訴人 被告) 岩沼市
          代理人 佐藤裕一 ほか
被上告人(控訴人  原告) 大友健
          代理人 十河弘 ほか

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官宇賀克也の補足意見


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 本件は,岩沼市議会(以下「市議会」という。)の議員であった被上告人が,市議会から科された23日間の出席停止の懲罰(以下「本件処分」という。)が違憲,違法であるとして,上告人を相手に,その取消しを求めるとともに,議会議員の議員報酬,費用弁償及び期末手当に関する条例(平成20年岩沼市条例第23号。以下「本件条例」という。)に基づき,議員報酬のうち本件処分による減額分の支払を求める事案である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

[3](1) 被上告人は,平成27年12月20日に行われた市議会の議員の任期満了による一般選挙において当選し,本件処分当時,市議会の議員であった者である。

[4](2) 市議会の定例会の回数は,岩沼市議会定例会の回数に関する条例(昭和31年岩沼市条例第78号)により,毎年4回とされており,その会期は,岩沼市議会会議規則(平成7年岩沼市議会規則第1号)により,毎会期の初めに議会の議決で定めることとされている。市議会の平成28年6月に招集された定例会(以下「6月定例会」という。)の会期は同月14日から同月23日までの10日間,同年9月に招集された定例会(以下「9月定例会」という。)の会期は同月6日から同月28日までの23日間とされた。

[5](3) 本件条例によると,市議会の議員の議員報酬は月額36万3000円とされ(2条),一定期間の出席停止の懲罰を受けた議員の議員報酬は,出席停止の日数分を日割計算により減額するものとされている(6条の2,3条3項)。

[6](4) 被上告人と同一の会派に属する植田美枝子議員は,海外渡航のため,平成28年4月25日に行われた市議会の教育民生常任委員会を欠席した。市議会は,同年6月14日,6月定例会において,植田議員に対し,上記の欠席について,議決により公開の議場における陳謝の懲罰を科した。これを受け,植田議員は,市議会の議場において,陳謝文を読み上げた。

[7](5) 被上告人は,平成28年6月21日,市議会の議会運営委員会において,上記(4)の植田議員が陳謝文を読み上げた行為に関し,「読み上げたのは,事実です。しかし,読み上げられた中身に書いてあることは,事実とは限りません。それから,仮に読み上げなければ,次の懲罰があります。こういうのを政治的妥協といいます。政治的に妥協したんです。」との発言(以下「本件発言」という。)をした。

[8](6) 市議会は,6月定例会の最終日である平成28年6月23日,本件発言を問題として同月22日に提出された被上告人に対する懲罰動議を閉会中の継続審査とすることとし,懲罰特別委員会における審査を経た上,同年9月6日,同日招集された9月定例会において,被上告人に対し,本件発言について,議決により23日間の出席停止の懲罰を科する旨の本件処分をした。

[9](7) 上告人は,平成28年9月21日,被上告人に対し,本件条例に基づき,本件処分により出席停止とされた23日間の分に相当する27万8300円を減額して議員報酬を支給した。

[10] 原審は,普通地方公共団体の議会の議員に対する地方自治法135条1項3号所定の出席停止の懲罰の適否は,議員報酬の減額を伴う場合には司法審査の対象となり,本件処分の取消し及び議員報酬の支払を求める訴えは適法であるとして,これを不適法とした第1審判決を取消し,本件を第1審に差し戻した。

[11] 所論は,原審の判断は,普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は一律に司法審査の対象とならないとした最高裁昭和34年(オ)第10号同35年10月19日大法廷判決・民集14巻12号2633頁に反するというものである。

[12]5(1) 普通地方公共団体の議会は,地方自治法並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し,議決により懲罰を科することができる(同法134条1項)ところ,懲罰の種類及び手続は法定されている(同法135条)。これらの規定等に照らすと,出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴えは,法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって,その性質上,法令の適用によって終局的に解決し得るものというべきである。

[13](2)ア 憲法は,地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則として,その施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則を採用しており,普通地方公共団体の議会は,憲法にその設置の根拠を有する議事機関として,住民の代表である議員により構成され,所定の重要事項について当該地方公共団体の意思を決定するなどの権能を有する。そして,議会の運営に関する事項については,議事機関としての自主的かつ円滑な運営を確保すべく,その性質上,議会の自律的な権能が尊重されるべきであるところ,議員に対する懲罰は,会議体としての議会内の秩序を保持し,もってその運営を円滑にすることを目的として科されるものであり,その権能は上記の自律的な権能の一内容を構成する。
[14] 他方,普通地方公共団体の議会の議員は,当該普通地方公共団体の区域内に住所を有する者の投票により選挙され(憲法93条2項,地方自治法11条,17条,18条),議会に議案を提出することができ(同法112条),議会の議事については,特別の定めがある場合を除き,出席議員の過半数でこれを決することができる(同法116条)。そして,議会は,条例を設け又は改廃すること,予算を定めること,所定の契約を締結すること等の事件を議決しなければならない(同法96条)ほか,当該普通地方公共団体の事務の管理,議決の執行及び出納を検査することができ,同事務に関する調査を行うことができる(同法98条,100条)。議員は,憲法上の住民自治の原則を具現化するため,議会が行う上記の各事項等について,議事に参与し,議決に加わるなどして,住民の代表としてその意思を当該普通地方公共団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負うものである。
[15] 出席停止の懲罰は,上記の責務を負う公選の議員に対し,議会がその権能において科する処分であり,これが科されると,当該議員はその期間,会議及び委員会への出席が停止され,議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができず,住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる。このような出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと,これが議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして,その適否が専ら議会の自主的,自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない。
[16] そうすると,出席停止の懲罰は,議会の自律的な権能に基づいてされたものとして,議会に一定の裁量が認められるべきであるものの,裁判所は,常にその適否を判断することができるというべきである。

[17](3) したがって、普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は,司法審査の対象となるというべきである。
[18] これと異なる趣旨をいう所論引用の当裁判所大法廷昭和35年10月19日判決その他の当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである。

[19] 以上によれば,市議会の議員である被上告人に対する出席停止の懲罰である本件処分の適否は司法審査の対象となるから,本件訴えのうち,本件処分の取消しを求める部分は適法であり,議員報酬の支払を求める部分も当然に適法である。そうすると,本件訴えが適法であるとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

[20] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宇賀克也の補足意見がある。


 裁判官宇賀克也の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私は,法廷意見に賛成するものであるが,地方議会の議員に対する出席停止の懲罰の司法審査について,補足して意見を述べることとする。

1 法律上の争訟
[2] 法律上の争訟は,(a)当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,(b)それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られるとする当審の判例(最高裁昭和51年(オ)第749号同昭和56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁)に照らし,地方議会議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えが,(a)(b)の要件を満たす以上,法律上の争訟に当たることは明らかであると思われる。
[3] 法律上の争訟については,憲法32条により国民に裁判を受ける権利が保障されており,また,法律上の争訟について裁判を行うことは,憲法76条1項により司法権に課せられた義務であるから,本来,司法権を行使しないことは許されないはずであり,司法権に対する外在的制約があるとして司法審査の対象外とするのは,かかる例外を正当化する憲法上の根拠がある場合に厳格に限定される必要がある。

2 国会との相違
[4] 国会については,国権の最高機関(憲法41条)としての自律性を憲法が尊重していることは明確であり,憲法自身が議員の資格争訟の裁判権を議院に付与し(憲法55条),議員が議院で行った演説,討論又は表決についての院外での免責規定を設けている(憲法51条)。しかし,地方議会については,憲法55条や51条のような規定は設けられておらず,憲法は,自律性の点において,国会と地方議会を同視していないことは明らかである。

3 住民自治
[5] 地方議会について自律性の根拠を憲法に求めるとなると,憲法92条の「地方自治の本旨」以外にないと思われる。「地方自治の本旨」の意味については,様々な議論があるが,その核心部分が,団体自治と住民自治であることには異論はない。また,団体自治は,それ自身が目的というよりも,住民自治を実現するための手段として位置付けることができよう。
[6] 住民自治といっても,直接民主制を採用することは困難であり,我が国では,国のみならず地方公共団体においても,間接民主制を基本としており,他方,地方公共団体においては,条例の制定又は改廃を求める直接請求制度等,国以上に直接民主制的要素が導入されており,住民自治の要請に配慮がされている。
[7] この観点からすると,住民が選挙で地方議会議員を選出し,その議員が有権者の意思を反映して,議会に出席して発言し,表決を行うことは,当該議員にとっての権利であると同時に,住民自治の実現にとって必要不可欠であるということができる。もとより地方議会議員の活動は,議会に出席し,そこで発言し,投票することに限られるわけではないが,それが地方議会議員の本質的責務であると理解されていることは,正当な理由なく議会を欠席することが一般に懲罰事由とされていることからも明らかである。
[8] したがって,地方議会議員を出席停止にすることは,地方議会議員の本質的責務の履行を不可能にするものであり,それは,同時に当該議員に投票した有権者の意思の反映を制約するものとなり,住民自治を阻害することになる。
[9] 「地方自治の本旨」としての住民自治により司法権に対する外在的制約を基礎付けながら,住民自治を阻害する結果を招くことは背理であるので,これにより地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象外とすることを根拠付けることはできないと考える。

4 議会の裁量
[10] 地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象としても,地方議会の自律性を全面的に否定することにはならない。懲罰の実体判断については,議会に裁量が認められ,裁量権の行使が違法になるのは,それが逸脱又は濫用に当たる場合に限られ,地方議会の自律性は,裁量権の余地を大きくする方向に作用する。したがって,地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象とした場合,濫用的な懲罰は抑止されることが期待できるが,過度に地方議会の自律性を阻害することにはならないと考える。

(裁判長裁判官 大谷直人  裁判官 池上政幸  裁判官 小池裕  裁判官 木澤克之  裁判官 菅野博之  裁判官 山口厚  裁判官 戸倉三郎  裁判官 林景一  裁判官 宮崎裕子  裁判官 深山卓也  裁判官 三浦守  裁判官 草野耕一  裁判官 宇賀克也  裁判官 林道晴  裁判官 岡村和美)

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