早稲田大学江沢民講演会事件
上告審判決

損害賠償等請求事件
最高裁判所 平成14年(受)第1656号
平成15年9月12日 第二小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) A 外2名
          代理人 水永誠二 外12名

被上告人(被控訴人 被告) 学校法人早稲田大学
          代理人 石丸俊彦 外11名

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官亀山継夫,同梶谷玄の反対意見

■ 上告代理人水永誠二、同渡辺千古、同林千春の上告受理申立て理由


 原判決中,プライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求に関する部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

[1] 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

[2](1) 被上告人は,早稲田大学等を設置する学校法人である。早稲田大学は,かねてより,諸外国の要人が来日した際,同大学へ招いて,その講演会を開催してきた。早稲田大学は,平成10年7月下旬ころ,中華人民共和国大使館から,同国の江沢民国家主席が,同年秋ころに来日する際,同大学を訪問したい旨の連絡を受け,同主席の講演会を開催することを計画し,警視庁,外務省,同大使館等と打ち合わせた上,同年11月28日に同大学の大隈講堂において同主席による本件講演会を開催することを決定し,同大学の学生に対し参加を募ることにした。

[3](2) 本件講演会の参加の申込みは,平成10年11月18日から同月24日までの間に早稲田大学の各学部事務所,各大学院事務所及び国際教育センターに備え置かれた本件名簿に,希望者が氏名等を記入してすることとされた。本件名簿の用紙には,最上段の欄外に「中華人民共和国主席江沢民閣下講演会参加者」との表題が印刷され,その下に,横書きで学籍番号,氏名,住所及び電話番号の各記入欄が設けられ,参加申込者が1人ずつ記入できるよう,1行ごとに横線が引かれて各欄が囲われていた。上記用紙には,1枚につき,15名の参加申込者が記入できるよう,15行の欄が設けられていた。そして,本件名簿に氏名等を記入して本件講演会に参加を申し込んだ学生に対しては,参加証等が交付された。

[4](3) 上告人らは,当時早稲田大学の学生であったが,本件講演会への参加を申込み,本件名簿にその氏名等を記入して,参加証等の交付を受けた。

[5](4) 早稲田大学は,本件講演会を準備するに当たり,警視庁,外務省,中華人民共和国大使館等から,警備体制について万全を期すよう要請されていた。そこで,早稲田大学の職員,警視庁の担当者,外務省及び中華人民共和国大使館の各職員らの間において,平成10年7月下旬ころから,数回にわたり,打合せが行われた。その中で,早稲田大学は,警視庁から,警備のため,本件講演会に出席する者の名簿を提出するよう要請された。

[6](5) このような要請を受けて,早稲田大学は,内部での議論を経て,本件講演会の警備を警察にゆだねるべく,本件名簿を提出することとした。そこで,総務部管理課において,平成10年11月25日までに各事務所等から学生部に届けられた本件名簿の写しの提供を受け,同課の職員が,同日又は翌26日の夜,その本件名簿の写しを,早稲田大学の教職員,留学生,プレス関係者等その他のグループの参加申込者の各名簿と併せて,警視庁戸塚署に提出した。早稲田大学は,このような本件名簿の写しの提出について,上告人らの同意は得ていない。

[7](6) 上告人らは,本件講演会に参加したが,江主席の講演中に座席から立ち上がって「中国の核軍拡反対」と大声で叫ぶなどしたため,私服の警察官らにより,身体を拘束されて会場の外に連れ出され,建造物侵入及び威力業務妨害の嫌疑により現行犯逮捕された。その後,上告人らは,本件講演会を妨害したことを理由として早稲田大学からけん責処分に付された。

[8] 本件は,上告人らが,被上告人に対し,違法な逮捕に協力し無効なけん責処分をしたことを理由とする損害賠償,同処分の無効確認並びに謝罪文の交付及び掲示を求めるとともに,被上告人が上告人らを含む本件講演会参加申込者の氏名等が記載された本件名簿の写しを無断で警視庁に提出したことが,上告人らのプライバシーを侵害したものであるとして,損害賠償を求めた事案である。

[9] 原審は,前記事実関係の下で,プライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求について,次のとおり判示し,同請求を含めて上告人らの本件請求をいずれも棄却すべきものとした。

[10](1) 本件名簿は,氏名等の情報のほかに,「本件講演会に参加を希望し申し込んだ学生である」との情報をも含むものであるところ,このような本件個人情報は,プライバシーの権利ないし利益として,法的保護に値するというべきであり,本件名簿は,そのような情報価値を具有するものであったことが認められる。

[11](2) 早稲田大学による本件名簿の警察に対する提出行為については,同大学が本件講演会参加申込者の同意を得ていたと認めるに足りる証拠はない。しかし,私生活上の情報を開示する行為が,直ちに違法性を有し,開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく,諸般の事情を総合考慮し,社会一般の人々の感受性を基準として,当該開示行為に正当な理由が存し,社会通念上許容される場合には,違法性がなく,不法行為責任を負わないと判断すべきであるところ,本件個人情報は,基本的には個人の識別などのための単純な情報にとどまるのであって,思想信条や結社の自由等とは無関係のものである上,他人に知られたくないと感ずる程度,度合いの低い性質のものであること,上告人らが本件個人情報の開示によって具体的な不利益を被ったとは認められないこと,早稲田大学は,本件講演会の主催者として,講演者である外国要人の警備,警護に万全を期し,不測の事態の発生を未然に防止するとともに,その身辺の安全を確保するという目的に資するため本件個人情報を開示する必要性があったこと,その他,開示の目的が正当であるほか,本件個人情報の収集の目的とその開示の目的との間に一応の関連性があること等の諸事情が認められ,これらの諸事情を総合考慮すると,同大学が本件個人情報を開示することについて,事前に上告人らの同意ないし許諾を得ていないとしても,同大学が本件個人情報を開示したことは,社会通念上許容される程度を逸脱した違法なものであるとまで認めることはできず,その開示が上告人らに対し不法行為を構成するものと認めることはできない。

[12] 上告人らは,原判決のうちプライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求に関する部分を不服として,本件上告受理の申立てをした。

[13] 原審の前記判断のうち,前記3の(1)は是認することができるが,同(2)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

[14](1) 本件個人情報は,早稲田大学が重要な外国国賓講演会への出席希望者をあらかじめ把握するため,学生に提供を求めたものであるところ,学籍番号,氏名,住所及び電話番号は,早稲田大学が個人識別等を行うための単純な情報であって,その限りにおいては,秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また,本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし,このような個人情報についても,本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきものであるから,本件個人情報は,上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。

[15](2) このようなプライバシーに係る情報は,取扱い方によっては,個人の人格的な権利利益を損なうおそれのあるものであるから,慎重に取り扱われる必要がある。本件講演会の主催者として参加者を募る際に上告人らの本件個人情報を収集した早稲田大学は,上告人らの意思に基づかずにみだりにこれを他者に開示することは許されないというべきであるところ,同大学が本件個人情報を警察に開示することをあらかじめ明示した上で本件講演会参加希望者に本件名簿へ記入させるなどして開示について承諾を求めることは容易であったものと考えられ,それが困難であった特別の事情がうかがわれない本件においては,本件個人情報を開示することについて上告人らの同意を得る手続を執ることなく,上告人らに無断で本件個人情報を警察に開示した同大学の行為は,上告人らが任意に提供したプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり,上告人らのプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。原判決の説示する本件個人情報の秘匿性の程度,開示による具体的な不利益の不存在,開示の目的の正当性と必要性などの事情は,上記結論を左右するに足りない。

[16] 以上のとおり,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨は理由がある。原判決中プライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そして,同部分について更に審理判断させる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。

[17] よって,裁判官亀山継夫,同梶谷玄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


 裁判官亀山継夫,同梶谷玄の反対意見は,次のとおりである。

[1] 早稲田大学が本件個人情報を警視庁に開示したことは,上告人らに対する不法行為を構成しない。その理由は,次のとおりである。
[2] 本件個人情報は,プライバシーに係る情報であっても,専ら個人の内面にかかわるものなど他者に対して完全に秘匿されるべき性質のものではなく,上告人らが社会生活を送る必要上自ら明らかにした情報や単純な個人識別情報であって,その性質上,他者に知られたくないと感じる程度が低いものである。また,本件名簿は,本件講演会の参加者を具体的に把握し,本件講演会の管理運営を円滑に行うために作成されたものである。
[3] 他方,本件講演会は,国賓である中華人民共和国国家主席の講演会であり,その警備の必要性は極めて高いものであったのであるから,その警備を担当する警視庁からの要請に応じて早稲田大学が本件名簿の写しを警視庁に交付したことには,正当な理由があったというべきである。また,早稲田大学が本件個人情報を開示した相手方や開示の方法等をみても,それらは,本件講演会の主催者として講演者の警護等に万全を期すという目的に沿うものであり,上記開示によって上告人らに実質的な不利益が生じたこともうかがわれない。
[4] これらの事情を考慮すると,早稲田大学が本件個人情報を警察に開示したことは,あらかじめ上告人らの同意を得る手続を執らなかった点で配慮を欠く面があったとしても,社会通念上許容される限度を逸脱した違法な行為であるとまでいうことはできず,上告人らに対する不法行為を構成するものと認めることはできない。
[5] よって,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は正当として是認することができ,本件上告は理由がないものとして棄却すべきである。

(裁判長裁判官 滝井繁男  裁判官 福田博  裁判官 北川弘治  裁判官 亀山継夫  裁判官 梶谷玄)
[1] 申立人らは、原判決中、争点4(「相手方大学による本件名簿の提出行為が、申立人らのプライバシー権を侵害し、相手方が申立人らに対し不法行為責任を負うか否か」)について、上告受理の申立をするものである。
[2] 原判決は、相手方大学が、申立人らを含む江沢民中華人民共和国国家主席の講演会(本件講演会)の参加を希望した者らに記入させた名簿を警視庁等へ提供し、申立人らの個人情報を目的外に利用することによって、プライバシーの権利を侵害されたとしてなした申立人らの損害賠償の請求を斥けた。
[3] 原判決は、1審判決を引用しながら、(a)本件名簿に記載された情報は、私生活上の事実であり、プライバシーの権利ないし利益として、法的保護に値する。(b)本件名簿の提出について、参加申込者の同意を得ていたとは認められないし、また提出は、収集した個人情報の目的外利用の制限を規定した相手方大学の「個人情報の保護に関する規則」(本件規則)や、OECDガイドラインに反する、ということは認めた。しかしながら原判決は、私生活上の情報を開示する行為が、直ちに違法性を有し、開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく、諸般の事情を総合考慮し、社会一般の人々の感受性を基準として、当該開示行為に正当な理由が存し、社会通念上許容される場合には、違法性がなく、不法行為責任を負わないとして、社会通念上許容されるものといえるか否かを判断する基準を示した上、本件名簿に記入された情報が、フライバシー権の権利ないし利益として法的に保護される程度は、相対的に低く、それとの対比で、警視庁からの要請を受けて名簿を提出することについて、高度の必要性が認められるとして、相手方大学が本件名簿を警視庁に提出し、申立人らの氏名等の情報を開示した行為は、正当な理由が存し、社会通念上許容されるというべきであり、提出行為は、直ちに違法性を有し、相手方が不法行為責任を負うことにはならない、との原原審判決を追認した。
[4] しかしながら原判決の上記判断は、東京高等裁判所平成14年1月16日判決(判例時報1772-17)の判断と相反するものである。

[5] 憲法第13条は、すべての国民を個人として尊重し、個人が幸福を追求することを憲法上の権利と定めており、個人の人格上の利益は法的な利益ないし権利として保障される。このような趣旨からすれば、他者に知られたくないと感じる個人の私生活上の情報がみだりに他者に開示されないことも、個人の人格的自律あるいは私生活上の平穏を守るため、人格権のー内容として法的に保護されるべきである(この趣旨について、個人の容貌等の写真撮影が許容される限界について判示した「京都府学連事件」の最高裁大法廷昭和44・12・24判決・判例時報577-18の法理が参照されるべきである)。

[6] とりわけ、近時、巨大なデータペースなどコンピューターやネットワークを用いた情報管理技術の発展に伴い、官公庁のみならず、民間企業や民間団体にまで大量の個人情報が収集、蓄積されている現状では、国民の間に、これが収集目的以外に使用されて個人の私生活上の平穏を害するのではないかとの不安感が広がっており、現実に、企業の顧客名簿などの個人情報が大量に流出したり、個人情報が売買の対象とされるような事態も生じており、また、ストーカー行為の多発などにより、個人情報の開示を警戒する気持ちが国民一般に強くなってもいる。このような状況から、個人に関する情報を図ることの重要性については、国民の関心ないし法的意識が急速に高まりつつあるといえる(前掲東京高裁判決)。個人情報を保護するために、国際的には、OECDによってガイドラインが示されており、国内的にも、法及び条例の整備が急速に進められているところである。

[7] 前掲東京高裁平成14年1月16日判決は、本件講演会の参加者名簿を警視庁へ無断で提出した相手方大学に対して、本件申立人らとは別の相手方に在学する学生らが、プライバシー権の侵害であるとして損害賠償を請求した本件と同じ事案に対する判決であるが、
(1) 上記のように、個人情報は保護されるべきということが社会的なコンセンサスとなっている現下の社会状況に鑑み、
「プライバシーの権利を侵害した場合には、その違法性が阻却されない限り、当該プライバシーの権利を有する者に対する不法行為が成立するものというべきである。」
との判断を示し、
(2) 相手方に、学生らの同意を得なかったことがやむを得ないと考えられるような事情は認められないとして、相手方大学が名簿を警視庁に提出したことは、学生らのプライバシーの権利を侵害するものであり、かつ違法性を阻却することもできないと認定し、相手方に、学生らへの損害賠償責任を認めた。

[8] ところで、原判決は、本件相手方の名簿提出行為が、そもそもプライバシー権侵害等に当たらないとするのか、それとも違法性阻却事由が存するとするのか定かではない(24ページでは、「プライバシーの権利を侵害するものであるとまで認めることはできない。」と判示し、27ページでは、「個人情報開示行為の違法性が阻却されるか否かは」として、明確に違法性阻却の問題を論じているように見える。)。この点で原判決は理由不備のそしりを免れない。しかしそのいずれにしても、原判決は、前叙のように、(a)
「私生活上の情報を開示する行為が、直ちに違法性を有し、開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく、諸般の事情を総合考慮し、社会一般の人々の感受性を基準として、当該開示行為に正当な理由が存し、社会通念上許容される場合には、違法性がなく、不法行為責任を負わない」
との判断を示し、(b)相手方大学の賠償責任を否定した。
[9] これが、前記東京高裁平成14年1月16日判決の判断と相反するものであることは明白である。したがって、本件は、民事訴訟法第318条1項により上告が受理されるべきである。
[10] 原判決は、前述のとおり、原原審判決を引用し、(a)本件名簿に記載された情報は、私生活上の事実であり、プライバシーの権利ないし利益として、法的保護に値する。(b)本件名簿の提出について、参加申込者の同意を得ていたとは認められないし、また提出は、収集した個人情報の目的外利用の制限を規定した相手方大学の「個人情報の保護に関する規則」(本件規則)や、OECDガイドラインに反する、ということは認めた。しかしながら原判決は、私生活上の情報を開示する行為が、直ちに違法性を有し、開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく、諸般の事情を総合考慮し、社会一般の人々の感受性を基準として、当該開示行為に正当な理由が存し、社会通念上許容される場合には、違法性がなく、不法行為責任を負わないとして、社会通念上許容されるものといえるか否かを判断する基準を示した上、本件名簿に記入された情報が、プライバシー権の権利ないし利益として法的に保護される程度は、相対的に低く、それとの対比で、警視庁からの要請を受けて名簿を提出することについて、高度の必要性が認められるとして、相手方大学が本件名簿を警視庁に提出し、原告らの氏名等の情報を開示した行為は、正当な理由が存し、社会通念上許容されるというべきであり、提出行為は、直ちに違法性を有し、相手方が不法行為責任を負うことにはならないと結論した。
[11] しかしながら原判決の上記判断は、憲法13条の権利として保護されるべきプライバシーの権利に関する解釈及びこれに関する民法第709条、さらには、相手方が制定した本件規則の解釈適用を誤ったものであり、到底容認できない。原判決は当然破棄されるべきものである。
[12] 原判決は、前叙のように、
「私生活上の情報を開示する行為が、直ちに違法性を有し、開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく、諸般の事情を総合考慮し、社会一般の人々の感受性を基準として、当該開示行為に正当な理由が存し、社会通念上許容される場合には、違法性がなく、不法行為責任を負わない」
とする。逆転した発想といわざるを得ない。
[13] すなわち、国会に上程されている「個人情報の保護に関する法律案」においても、個人を識別できる情報を「個人情報」として保護の対象にしていることに見られるように、個人情報は保護されるべきということが社会的なコンセンサスとなっている現下の社会状況からするならば、
「プライバシーとして保護されるべき情報が他者に開示された場合には、原則として、プライバシーの権利を侵害するプライバシー侵害となり、違法性が阻却されない限り、そうした情報を開示する行為は不法行為に該当すると解する」
べきである。原判決の判断は、個人情報の保護の重要性を看過するものであって、憲法第13条、民法第709条にももとり失当である。
[14](1) 原判決は、原原審判決を引用しながら、本件情報の内容は、(a)氏名、学籍番号、住所、電話番号、および(b)参加申込者であることであり、いずれも、プライバシーの権利ないし利益として、法的保護に値するというべきであることは認めながら、(a)については、いずれも、社会一般の人々の感受性を基準にしても、当該主体において開示されたくないと感ずる程度、度合は低く、(b)の情報も、本件講演会に出席することにより、当然に他の出席者に知られるところとなるものであり、社会一般の人々の感受性を基準にした場合には、開示されたくないと感ずる程度、度合は相対的に低いと判示する。
[15] 原判決は、本件開示された情報の内容を「氏名、学籍番号、住所、電話番号」および「本件講演会の参加申込者であること」という情報のもつ直接性=情報収集者である相手方大学が収集した目的から来るところの、本来的な情報の性格のみに依拠して「他人に知られたくないと感ずる程度、度合は低い」とするものである。
[16] しかしながら、当該の情報が、「開示されたくない、すなわち知られたくないと感ずる程度、度合」は、情報の主体および情報の利用者(本件のような、情報が収集者から第三者へ提供されるような場合は、情報の被提供者)との相関関係によってその「程度、度合」は左右される。たとえばこのことは、自分の娘の個人情報が、風俗関係に従事する暴力団の手に渡った場合などを想定すれば一目瞭然のことである。それが、単に、氏名とか住所・電話番号に過ぎないものであっても、知られたくない程度、度合が絶大であることは何人も否定できないであろう。
[17] このように、情報の提供を受けた者がどのような者であり、この情報をどのように使うかによって、当該情報の性質や質は規定されるのである。すなわち、情報を受けた者、そしてその者の利用目的によって、その情報は、本来の情報の性質を越え、別な情報としての性質へと、いわば質が転換されるのである。
[18] 相手方大学は、本件名簿の作成の際、すなわち本件情報収集の際、その収集の具体的目的(具体的利用目的)を格別には明示してはいるわけではないが、本件名簿の性格からして、情報を提供する者=名簿に記入をする者にとって、情報収集の目的は、第一義的には、本件講演会の参加者を特定、確定することにあると解するのが普遍的な理解といえることは疑いをいれない。そしてせいぜいこれに付随して、講演会の中止変更の際、連絡をする必要性(現に江沢民主席の講演会の日程が変更になり、名簿記入者へその旨の連絡がなされた。)がその目的にあるであろうと考える程度であろう。
[19] ところが、本件名簿=本件情報が警視庁等へ提供されることによって、本件情報の利用目的が一変し、したがって、本件情報の性質、質も一変する。
[20] 警察(警備・公安部)は、本件名簿に記載された参加希望者の個人情報により、警視庁の保管する他の警備情報とも併せて、参加希望者が、講演会を妨害するおそれのある不審人物に関係しないか否かを事前チェックするのである。その際、例えば、ある名簿記入者が、「不審人物」としてピックアップされている者とみなされたりするような場合には、さらに身辺調査などがなされることが容易に想定される。警視庁等は、本件情報を、一定の思想性や組織への属性等をチェックするリストとして利用するのである。
[21] これはすなわち、本件情報が、単に他からの識別という作用をもつに過ぎない、いわば単純な情報であるとか、講演会参加希望を表示するものという情報主体たる学生らが相手方大学に情報を提供した際に存した本来の情報としての性質を越え、いわば、不穏分子候補者のチェックリストとしての性格を帯有することになるものである。本件情報は、警察の手に渡ることによって思想信条、結社の自由にかかわる情報に転化するものであり、まさに「他人に知られたくない情報」になるのである。
[22] 現に本件講演会当日に行われた警視庁による早稲田大学の学生自治会の活動家等の住居に対して行われた家宅捜索(本件講演会に関する予防的なものである)の際に、警察官らは、自治会活動家の名簿を持参してきていたが、これは相手方大学が、警視庁に提出した本件参加者名簿に基づいて作成されたものと推察される(申立人Cの原原審における供述)ことが考慮されるべきである。

[23](2)ところが、原判決は、
「この情報が警察の手に渡ることによって、警察機関が本件講演会参加希望者中に講演会を妨害するおそれのある不審人物がいないかどうかをチェックという目的で利用することがあったとしても、本件名簿に記載された情報のみから本件講演参加希望者の思想信条等を読み取ることができる筋合いのものではなく、思想信条、結社の自由に係わる情報に転化することなどおよそ考え難いことであるといわざるを得ない。」
と説示した。上述のような、現実の社会関係における個人情報=プライバシーの侵害に関して、その構造を現実的に考察することを放棄し、その表層のみで判断しようとするものであり、皮相な見解といわざるを得ない。

[24](3)ア なお、近時のコンピューター化の進展、および、1400名にものぼる参加希望者について、警視庁が「不審人物」としてピックアップしているであろう少なくない人物の個人情報とを照合してチェックするのであるから、その合理化を図るため、警視庁が、名簿に記入した参加希望者全員の個人情報をコンピューターでデータペース化して、機械的に照合したことも十分想定される。
[25] さらに、にいったん警察の保管する情報となってしまった後では、情報を保管された名簿記入者にとっては、その個人情報を(名簿のままであれ、データペース化された形であれ)その閲覧や廃棄を要求する法的権利も事実上の方法も存しないのであるから、将来にわたって、この個人情報がどのように利用されるかがまったく不明なままおかれる危険がある(相手方は、名簿提出に当たって、使用後の返還や処分などを求めていない。)。

[26](4) 原判決は、本件名簿の警察への提出そのこと自体は、「原告らの私生活上の平穏を害するものではない」「自律的存在を脅かすものでもない」とか、原告らが被った不利益というのは、「現実的、具体的なものではなく、観念的、抽象的なものにとどまる」とするが、上記の「具体的(利用)目的」に鑑みるならば、原判決のようには評価し得ないことは明らかである。
[27] プライバシー権は、
「自己に関連する情報の伝播を一定限度にコントロールすることを保障することも、その一つの内容とするものと解され」ている(東京地方裁判所平成5年5月25日判決・判例タイムズ827・227)
が、原判決の上のような見解は、これに真っ向から反するものである。

[28](5) また、原判決(原原判決)は、「参加申込者であること」について、本件講演会に出席することにより、当然に他の出席者に知られるところとなるものであり、社会一般の人々の感受性を基準にした場合には、開示されたくないと感ずる程度、度合は相対的に低いなどと判示する。しかしながら参加申込者は、本件講演会に出席することを他の出席者に知られることを嫌忌するのではなく、警察機関などに知られることを不快、不安に感じるのである。原判決の見方は皮相なものというほかない。
[29](1) 収集された個人のプライバシーに関する情報が目的外に利用されることが許容されるのは、本人の同意がある場合か、法令に定めのある場合に限られることは今や異論の余地がない(「個人情報の保護に関する法律案」第28条(第三者提供の制限)もほぼ同旨)。
[30] 原判決(原原判決)も摘示するように、OECDガイドラインは、
(a)「目的明確化の原則」、すなわち、「個人データの収集目的は、収集時よりも遅くない時点において明確化されなければならず、その後のデータの利用は、当該収集目的の達成又は当該収集目的に矛盾しないで、かつ、目的の変更毎に明確化された他の目的の達成に限定されるべきである」との原則、および、
(b)「収集制限の原則」、すなわち、「個人データの収集には、制限を設けるべきであり、いかなる個人データも、適法かつ公正な手段によって、かつ適当な場合には、データ主体に知らしめ又は同意を得た上で、収集されるべきである」との原則
を定めている。このことは、先に挙げた東京地裁判決が明示するように、
「プライバシー権」が、今や「自己に関連する情報の伝播を一定限度にコントロールすることを保障することも、その一つの内容とするもの」
と解されていることからも、裏付けられるものである。
[31] 本人の同意もなく、法令に定めがないにかかわらず、収集された情報が目的外に利用された場合には、まず、その行為は原則として、プライバシーの権利を侵害するプライバシー侵害となり、違法性が阻却されない限り、そうした情報を開示する行為は不法行為に該当すると解するべきである。これに反する原判決の誤りであることについてはすでに指摘したところである。
[32] ところで、違法性が阻却されるとされるためには、目的外利用の高度の必要性すなわち目的外利用の目的の正当性、手段の相当性とともに、同意を得ることができなかったことがやむをえなかったと許容される特段の事情の存在=緊急性が絶対的な必要要件というべきである。

[33](2) この点に関しては、いわゆる「京都府学連デモ事件」の最高裁昭和44年12月24日大法廷判決(判例時報1772-17〔ママ〕)の法理が参照されるべきである。同判決は、未だプライバシーの権利が現在ほど「重要視」されていない法規範意識状況の中においてですら、
(a) 憲法13条は、国民の私生活上の事由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができ、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない、
とした上で、
(b) 例外的に撮影することが許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法218条2項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、
a 現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がないと認められる場合であって、
b しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度を超えない相当な方法をもって行われるときである、
と判断している。
[34] 札幌高裁昭和52年2月23日判決は、さらにその要件を具体化して、
「その写真撮影の目的が、正当な報道のための取材、正当な労務対策のための証拠保全、訴訟等により法律上の権利を行使するための証拠保全など、社会通念上是認される正当なものであって、写真撮影の必要性及び緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない方法をもって行なわれるとき」
に、容ぼう・姿態を撮影されない自由の侵害として違法かつ不当とはいえず、許容されると判示している(判例時報851-244)。
[35] これらの判例の、いわゆる「肖像権」という「個人情報」たる権利・保護法益を侵害することが許される要件に関する法理は、本件における「個人情報」を侵害する場合の要件を検討する場合にも適用されるべきである。
[36] 原判決は、このような視点を欠落させているものであり失当であることが明白である。

(3) 同意をえようとしなかったことをやむをえなかったとする事情について
[37] 一定の目的のもとに収集した個人情報を、第三者に提供するなど目的外に利用する場合は、情報の主体たる本人の同意を得ることが最大限追求されるべきことである。本人に目的外利用の是非について自己決定する機会を与えることが大事であるからである。したがって、違法性が阻却されるについては(あるいは原判決の見解を前提として、不法行為責任の存在を否定するについても)、同意を得ることができなかったことがやむを得なかったと認められる事情が存在することが絶対的に必要である。
[38] しかし本件においては、何よりも、承諾をえようとしなかったことをやむをえなかったとする事情は毫も窺えない。
[39] すなわち本件においては、平成10年11月18日から同月24日にかけての講演会参加希望者募集より2ヶ月以上も前である7月30日ころの警備当局との打ち合わせ会議の場において、本件名簿を警視庁等へ提供することは決定していたというのである(佐藤教授の証言)。
[40] このように名簿を警察機関等に提出することは、本件名簿の作成のはるか以前から予定していたこと、少なくとも警視庁からは、名簿作成後に提供を要請されたものでもなく、また、提出を行なうことについて参加者に予告しないよう求められたものでもない。参加者を募集する際の掲示等の片隅にただの1行、あるいは、記入させようとする名簿の欄外に一言、「警視庁に提供する予定である」と書けばすむことである。労力も、費用もまったくかからないし、何よりもそのようにする時間的余裕はあり余っていた。
[41] このように、参加希望者が本件名簿に氏名等を記入する前に、その具体的な収集目的、少なくとも、警視庁に名簿(もしくはそのコピー)がそのまま渡されることを告知することは容易であったし、その事実を告知することにつき障害となる事情は何一つ存しなかったのである。すなわち、上記判例の述べる「緊急性」は全く存しなかったのである。
[42] この点について、原判決は、ただ、「(相手方)大学には、学生らの心情等に対する配慮に欠ける面が否定できないところといわざるを得ない。」と、単に配慮の問題、しかも申立人らの「心情」の問題にしてしまっている。しかし、保護されるのは、決して「心情」ではなく、法的権利なのであり、否定されるのは、これに対する侵害行為なのである。相手方大学の不法行為責任を否定した原判決の誤りであることは、この点でも明白である。
[43] 原判決は、本件講演会の警備の必要性が高いものであったということを前提に、名簿を提出することについては、その目的において正当であり、また有用かつ必要であったと認定する。しかし原判決は、名簿の提出の目的の正当性、必要性を抽象的に述べるのみで、「本件名簿が、“警備のため”に、警視庁等において具体的にどのように利用されるのか」についてまったく触れない。

[44](1) しかしながらすでに申立人が原審において指摘したように、「警備警護の目的」といっても極めて抽象的であり、参加者名簿がそれ自体でどのように警備警護に利用されるのかまったく不明である。具体的な利用方法の検討抜きに、参加者名簿の提出の目的を、単純に「外国要人の警備のために有用」であるとして、正当と評することはできない。

[45](2) そればかりではなく、「2 本件情報の性質」の項で詳しく述べたとおり、本件情報は、警視庁等へ提出されることにより、「江沢民主席の講演会の妨害分子のチェックリスト」としての情報、さらには、情報主体の思想信条や組織性に関わる情報としての性質を帯有することになるのであって、単純に、要人警備の必要性、正当性との観点から、本件情報の警視庁等への提出が、違法性を阻却するような正当な目的と評することはできない。

[46](3) 先に述べたように、プライバシー権は、「自己に関連する情報の伝播を一定限度にコントロールすることを保障することも、その一つの内容とするもの」と解されている。あたかも、提出された情報=名簿がどのように扱われるかは問題にする必要はないかのような原判決の論法は、上のプライバシー権の内容を無視するものであって不当である。
[47] さらに、相手方大学は、警視庁等へ本件名簿を提出するに際し、何らの条件(たとえば、利用方法や取扱についての希望・注文、講演会終了後の処置等)も付していず、また、講演会終了後返還も求めていない。情報の目的外利用、名簿の作成=情報収集目的の変更がなされているのに、開示した情報の行方にすら何らの関心も、具体的な措置も講じようともしなかった。相手方大学には、「自己に関連する情報の伝播を一定限度にコントロールすることを保障する」精神も、配慮も窺えないものである。
[48](1) 相手方の本件名簿の警視庁等への提出行為は、申立人ら学生らに対する欺罔行為というべきである。すなわち、相手方大学は、当初から名簿を警視庁等へ提出することを決めておきながら、これを秘匿して、学生らに個人情報を記入させ、無断で警視庁等へ提供したものである。名簿記入者=個人情報の収集を承諾した学生らは、「大学の自治」との観点から、大学によって、みだりに国家権力に情報が提供などされないことを期待している。しかるに相手方大学は、学生らに秘匿して無断で個人情報を警視庁等へ提供したのである。このような欺罔的な行為という性質の行為をもって「手段が相当」などと到底いえないことは論をまたないところである。

[49](2) ところで、警視庁は、結果として、なんらの手続きをふむことなく、1400名もの個人情報を労せずして入手したことになる。
[50] いうまでもなく警察といえども、たとえ犯罪捜査に際してすら、たとえば個人の住所等の情報を入手するためには、刑事訴訟法や犯罪捜査規範等所定の相応の手続きをとることなくしてはできない。まさにデュープロセスの要請するところである。まして電話番号や学籍番号などは、捜査関係事項照会によってすら簡単には提供されないものである(たとえば多くの大学において、学生について、捜査に関連して捜査照会によって情報の提供を求められても、せいぜい在学の有無のみを回答する程度である。まして正規の手続きを経ず求められても情報提供に応じるものではないことは刑事裁判に関与したものにとっては公知の事実である。)。
[51] 本件は、正規の手続きを経ることなく、捜査機関に個人情報を得さしめたものであり、憲法で要請するデュープロセスに違反する結果を招来させるものである。このような手法に「手段が相当」なる評価を与えることはできない。

[52](3) この点について、原判決は、
「被控訴人大学が、警視庁等に提出する目的で本件名簿に個人情報を記入させ、この事実を殊更秘匿していたことを認めるにたる証拠はない。」
として申立人らの上記主張を斥けている。
[53] 申立人らは、何も、相手方が、「警視庁等に提出する目的で本件名簿に個人情報を記入させた」などと主張しているものではない。原判決は、申立人らの主張を曲解した上、主張を斥けているものであって、不当である。
[54] 申立人らは、相手方大学が、警視庁へ提出することが分っていながら、あえてこれを秘して記入させたことの申立人らの相手方大学へ抱いている期待権(学問の自由・大学の自治の観点から、また相手方制定の「個人情報の保護に関する規則」の存在から、よもや、収集した個人情報を無断で第三者、とりわけ警察機関へ提供することなど思いもよらないことという期待権)を踏みにじったことの非違性を論じているのである。
[55] 原判決のこの点の解釈もまた失当である。
[56] 原判決は、相手方大学による名簿の警視庁等への提出が、本件規則に反することを認めた。しかしながら原判決は、本件規則には、
「被控訴人大学が本件規則に違反した場合の責任について特に規定するところはないなど、本件規則の趣旨、規定の内容等にかんがみると、原判決が説示するように、本件規則に違反して個人情報を目的外に利用したからといって、そのことから直ちに、不法行為責任の成立することはできない。」
として、不法行為責任を否定した。
[57] しかしながら、相手方は、みずから、収集した個人情報を一定の除外条件を充足しない限り、目的外に利用してはならない旨の義務を定めながら、この義務に反して本件情報を目的外に利用したのであるから、その所為は、直ちに不法行為責任を成立させるものというべきである。原判決の論理は詭弁というほかない。
[58] また、相手方大学に在籍する学生は、本件規則によって、大学に提供した個人情報が、相手方が本人の同意なくして、みだりに他へ提供することなどないと信じ、本件名簿に、相手方大学が要請する情報を記入し、相手方大学に提供したものである。原判決は、このような本件規則との関係で相手方大学の名簿の提出の持つ意味をまったく検討の対象にしていないものであってこの点でも原判決の認定は失当というはかない。
[59](1) 以上、プライバシー権の侵害と不法行為責任の成立に関する原判決の立場にたって検討しても、さらに違法性が阻却される上で必要とされるいずれの要件を検討しても(前述したとおり、原判決のこの点の区別はあいまいである。)、本件名簿提出行為に、プライバシー権の侵害という違法性を否定したり、阻却する事情はないことが明白である。
[60] 大学は、戦後一貫して、「大学の自治」を大学の存在自体の支柱としてきた。それは、国家権力からの介入に対し、無抵抗であった戦前の否定的な現実の反省に踏まえ、国家権力、とりわけ、警察機関から距離を置く=自律するためであった。大学の門戸をたたく大学人は、学生を含め、大学当局者が、この「大学の自治」を尊重し、いやしくも、大学当局者が、在学する者の個人情報を本人の同意なしに警察機関に提出するなど夢にも思わない。相手方大学は、この学生らの大学に対する期待を裏切ったのである。相手方大学の所為は、このような、戦後大学人がつちかってきた「大学の自治」の理念を破壊するものであるとともに、学生らの期待を裏切るという意味を持つものである。原判決はこのような本件の意味するものを等閑視するものにほかならない。

[61](2) さらに原判決は、「現在の社会一般の人々の感受性」をキーワードとして用いるが、原判決の判断は、まさに「現在の社会一般の人々の感受性」から乖離するものにほかならない。このことは本件に関するマスコミ報道の論調や、多くの学者の見解、さらには、原判決に関するマスコミ人の論評たる「個人情報保護法の狙い」(甲123号)などからして明らかである。

[62](3) 以上のとおり、本件名簿を警視庁等へ提供した相手方大学の行為はフライバシー権の侵害に当たらない、もしくは違法性が阻却されると判断した原判決は、民法第709条および相手方大学制定の「個人情報の保護に関する規則」の解釈・適用を誤ったものであることは明白である。

[63] 原判決の誤りは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

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