司法書士法事件
控訴審判決

司法書士法違反被告事件
仙台高等裁判所 平成8年(う)49号
平成9年5月23日 刑事第2部 判決

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。


[1] 本件控訴の趣意は、弁護人永井修二及び同岡田滋が提出した各控訴趣意書に、これらに対する答弁は、検察官吉田年宏が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
[2] なお、弁護人永井は、第1回公判期日において、同弁護人の控訴趣意四の司法書士法19条1項(25条1項)が憲法に違反するとの主張は、憲法22条1項の職業選択の自由に反するとの趣旨である旨釈明した。
[3] 論旨は、要するに、(1)本件捜査の端緒となった福島県司法書士会の被告人に対する告発は、同会による違法な実態調査により収集された証拠に基づき報復的に行われたものである上、(2)本件において被告人に対しなされた逮捕、勾留、接見禁止の各処分は、その理由や必要性が全く存在しないにもかかわらず、被告人に対する過大な制裁を図った違法なものであるのみならず、(3)本件の逮捕状を発付するなどした簡易裁判所判事にはいわゆる法曹資格がないので、憲法33条の「権限を有する司法官憲」に該当しないから、本件の逮捕、勾留等は違憲であり、以上の諸事情に照らすと、本件の公訴提起自体が公訴権の濫用に当たり違法無効なものであるから、公訴棄却の判決がなされるべきであったのに、これをしなかった原判決には、刑訴法378条2号の不法に公訴を受理した違法がある、というのである。
[4] しかしながら、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討してみても、原判決に、所論指摘の違憲、違法があるものとは認められず、右各所論について、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項の第二で説示するところは、いずれも正当としてこれを是認することができるのであって、原判決に不法に公訴を受理した違法は存在しない。
[5] 所論に鑑み若干の説明を補足するに、右(1)の主張につき、所論は、司法書士会による実態調査(登記申請書等の閲覧)について、原判決は、公益目的からなされるものである旨判示しているが、右実態調査が、専ら非司法書士による登記申請業務の排除を目的とするものであることは明白であり、結局のところ、右調査は、一民間団体に過ぎない司法書士会の私的業益をかたくなに確保することのみを目的とし、司法書士会の行う実態調査に協力することを促す法務省民事局の依命通知は、特定の民間団体に対し、正規の手続によらず法令に違反して不当な便益を提供するものであって、原判決のいうように行政共助としての適法な措置などといえるものではないなどと主張するけれども、司法書士法19条1項が、同法2条と相俟って登記申請業務を司法書士にほぼ集中させ、原則として非司法書士が登記申請代理行為を業とすることを禁じていることについては、後に述べるとおり公共性の強い登記業務を適正円滑に遂行せしめ、国民の登記に対する信頼性を高めるなどの公益目的のために、十分な必要性と合理性があると認められるのであって、非司法書士による登記申請業務を排除すること自体正当な公益目的を有するものというべきである上、司法書士会は、司法書士法に基づき、法務局又は地方法務局の管轄区域ごとに、同区域内に事務所を置く司法書士によって組織設置されている特殊法人(準公益法人)であることからすると、司法書士会による実態調査が、所論のいうように、一民間団体の利的業益を確保することのみを目的とするものであるなどということはできず、司法書士会の行う実態調査に協力することを促す法務省民事局の各法務局に対する依命通知は、右のような公益目的に基づき発せられた行政的共助措置(原判決の「行政共助」という表現は、これと同趣旨で用いたものと思われる。)として適法なものであって、これが特定の民間団体に対し不当な便益を提供するものであるなどとは到底いえないから、右依命通知に基づき行われた本件の福島県司法書士会による実態調査及びこれに基づく被告人に対する告発は、適法であると認められる。
[6] また、右(2)の主張につき、所論は、本件の逮捕及び勾留時において、被告人には、関係人との通謀等による罪証隠滅のおそれや余地が一切なかったことは明白であるなどと主張するが、原判決が説示するとおり、本件の逮捕状請求時及び勾留請求時において、被告人は、被疑事実のうち外形的事実については概ね認めるものの、自らの行為の正当性を縷々主張して犯行を否認する供述をしていたものであり、その時点においては、被疑事実を疎明する資料として、告発状や各登記申請謄本等のほか、被告人に登記申請手続を依頼した者のうち7名については検察官に対する供述調書が作成されていたが、その余の多数の関係者らについては捜査が未了の状態であったことに照らすと、被告人には、業務性や違法性の意識の有無等を含む罪体それ自体あるいは重要な情状事実について、関係者らと通謀するなどして罪証隠滅を図るおそれがあったものといわざるを得ない。
[7] 更に、右(3)の主張について、これが独自の見解であって理由のないものであることは、原判決が説示するとおりである。なお、簡易裁判所判事が法律の素人であるとの所論は、多分に誤解等に基づくものであり到底是認することはできない。
[8] その他、縷々主張する各所論に鑑み、改めて記録を精査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討してみても、原判決に、不当に公訴を受理した違法は一切存在しないから、論旨は理由がない。
[9] 論旨は、要するに、原判決は、弁護人らが主張した本件の最も重要な争点であるいわゆる付随行為論について理由を付しておらず、刑訴法378条4号の理由不備の違法がある、というのである。
[10] しかしながら、原判決は、「弁護人の主張に対する判断」の項の第四において、司法書士及び行政書士の各制度の沿革を詳細に認定し、これを踏まえて、登記に関する業務が行政書士ではなく司法書士に集中された理由について検討を加え、行政書士の職務内容にも言及した上、司法書士法19条1項、2条は、行政書士による登記申請代理ないし代行行為を一律に禁止しているものと解されるから、同法19条1項、2条が行政書士法1条2項の「他の法律」に該当し、したがって、いかなる場合(定型的で容易な作業とみられるもの)であっても行政書士が業として登記申請書の作成及び登記申請手続の代理ないし代行を行うことは、司法書士法19条1項(25条1項)に違反すると結論付け、弁護人らの主張する付随行為論は採用できない旨説示しているのであって、付随行為論について理由を付けていることが明らかであるから、論旨は理由がない。
[11] 論旨は、要するに、司法書士法19条1項(25条1項)は、憲法の諸規定、殊に、憲法22条1項の職業選択の自由に違反するもので無効であり、仮に、右条項がいわゆる「法令違憲」に当たらないとしても、本件事案に右条項を適用する限りにおいては、「適用違憲」になると解すべきであるから、右条項を根拠に被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
[12] しかしながら、右所論が理由のないものであることについては、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項の第三において、詳細に説示するとおりである。
[13] 若干付加して説明するに、所論は、司法書士法19条1項(25条1項)が、非司法書士による登記申請の代理行為を原則的に禁じてきたとしても、現在の社会情勢のもとでは右規制自体合理性を持ち得なくなってきており、これを緩和する流れがみられることなどからすると、仮に右規定が、行政書士が自ら関与した登記原因証書に基づく登記申請代理、及び、行政書士の会計業務に付随して行う登記申請代理のいずれをも禁じているものとすれば、右規制自体、現段階では少なくとも合理性を持ち得ず、職業選択の自由を保障した憲法22条1項に違反する旨主張するけれども、登記申請の代理行為に関し、所論指摘のような規制緩和の動きがみられるかどうかはさておき、仮にこれを肯定するとしても、司法書士法19条1項(25条1項)、2条の立法趣旨、すなわち、公共性の強い登記業務を適正円滑に遂行せしめ、国民の登記に対する信頼性を高めるために、登記申請の代理行為を登記等の専門家としての司法書士に集中させ、原則として非司法書士が登記申請代理行為を業とすることを禁じていることについては、現在においても十分な必要性と合理性があると認められるのであって、このような規制の必要性、合理性に照らすと、司法書士法19条1項(25条1項)、2条が、行政書士による登記申請の代理業務を一律に禁じたとしても、これをもって直ちに職業選択の自由を保障した憲法22条1項に違反するものでないことは明らかであり、所論は採用の限りではない。したがって、論旨は理由がない。
[14] 論旨は、要するに、被告人の原判示の各登記申請代理行為(以下「本件各行為」という。)は、規制緩和に関する近年の傾向からしても、一般の社会通念上、行政書士に認められた正当な業務ということができ、また、登記原因証書が行政書士法1条1項所定の権利義務に関する書類として、その作成が行政書士に専属する法定固有の業務に当たること、原因証書と登記申請書を対比してもその主従関係は一目瞭然であり、これを一連のものとして行わせることが国民の利便にも合致することなどからすれば、少なくとも行政書士の本来の業務に付随する行為であるということができるのであって、被告人の本件各行為は、正当行為として犯罪は成立しないのに、前記の主張を排斥して被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
[15] しかしながら、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討してみても、右所論を採用することはできず、原判決が、その理由として「弁護人の主張に対する判断」の項の第四で説示しているところは、当裁判所としても、これを正当として是認することができるのであって、原判決に所論指摘の事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りは認められない。
[16] すなわち、原判決が詳細に認定判示した司法書士及び行政書士の各制度の沿革からすると、登記申請手続に関する業務は、行政書士ではなく、司法書士に集中されたものであることが明らかであるところ、その理由は、次のようなものであると考えられる。すなわち、登記が、排他的支配権である物権や商取引上の重要事項に関して公示機能等を有し、国民の権利に多大な影響を及ぼすことから、このような国民の権利が不当に損なわれることのないよう、公共性の強い登記業務を適正円滑に行わしめ、登記制度に関する国民の信頼を高める必要性があることはいうまでもないところ、そのためには、登記申請業務を、登記に関する知識はもとより相当の法律的専門知識を有する者が取り扱うのが相当であるとの見地から、登記申請手続が容易であるかどうかにかかわらず、原則として司法書士に登記業務を集中させたものと考えられる。ところで、司法書士は、その資格の取得に不動産登記法や商業登記法といった登記に関する専門知識の修得が要求されている上、登記、供託及び訴訟に関する知識や、民法、商法、刑法といった幅広い法律分野における試験が課される等、法律実務上の知識と判断力が要求されていることに加え、司法書士法上、司法書士の資格を有する者が司法書士となるには、司法書士名簿に一定事項の登録を受ける必要があることや、司法書士が違反行為をしたときは法務局又は地方法務局の長が懲戒処分をすることができること等、職務の適正な遂行のための種々の規律が定められていることなどからすると、司法書士は、登記業務を扱う十分な適格性を有するものということができる。これに対し、行政書士は、主として行政官庁に提出する書類の作成や、私人間の権利義務又は事実証明に関する書類の作成を業務としており、その業務を行うに当たり、登記に関する専門的知識は必須のものではなく(行政書士法上、行政書士試験は、前記のような業務に関し必要な知識及び能力について行う旨規定され、司法書士試験においては、前記のとおり、登記や法律に関する知識の試験が課されるのに比して、行政書士試験においては、その内容が行政書士法上定められておらず、同法4条3項により、その試験の施行に関する事務は都道府県知事に委任されているに止まる。)、社会一般において、行政書士が登記等の専門家とはみられておらず、しかも、行政書士は、本来の業務としてはもとよりこれに付随する業務としても、登記申請の代理ないし代行行為を行うことはできないというのが、全国の行政書士会の一致した見解である上、行政書士の資格で登記申請の代理ないし代行行為が実務上行われているという実態もないのであって、行政書士は、現行法上一切登記申請の代理ないし代行行為ができないというのが一般の社会通念であると認められる。以上のような種々の観点から、登記申請手続に関する業務については、行政書士ではなく司法書士に集中されたものと考えられるのであって、これによると、本件の被告人による各登記申請の代理行為が、行政書士に認められた正当な業務であるとの主張はもとより、本来の業務に付随する正当な行為であるとの主張も、採用の余地がないといわなければならない。
[17] これに対し所論は、法務省の公式見解によれば、司法書士法19条1項の解釈として、司法書士でない者がその正当の業務に付随して同法2条の業務を行う場合は同法19条1項に違反しないとされており、現に、計理士、公認会計士、会計士補が会社等の委嘱を受けた場合、その会計業務の付随行為として登記申請書類の作成及び申請代理行為をしても差し支えない旨の法務省民事局長通達が出されているところ、行政書士にも会計業務が認められていることは明らかであるから、右通達の勿論解釈として、行政書士にもその付随行為として商業登記を行うことができ、同様の理由により登記原因証書作成の付随行為として不動産登記申請の代理行為も行うことができる旨主張する。しかしながら、前述した登記業務が原則として司法書士に集中された理由に鑑みると、右のような通達による取扱いは、あくまでも例外的かつ限定的なものと解される上、会計業務を専門とする前記各業種と行政書士との業務内容の違いを考えると、右の行政解釈が当然に行政書士にも及ぶものということはできないのみならず、前記説示した司法書士と行政書士の職務内容等の違いや、前記のとおり行政書士は登記申請の代理ないし代行行為は一切できないというのが一般の社会通念とみられること、行政書士が付随行為として登記申請の代理ないし代行行為を行えるとの通達等は存在しないこと、更に、当審における事実取調べの結果によると、総務庁行政監察局による平成7年度の規制行政に関する基本調査結果報告書によれば、行政書士も原因証書を作成した案件に限って、登記手続が行えるようにして欲しいとの意見、要望に対し、法務省から、司法書士法が原則として登記申請の代理業務を司法書士に限っていることについては十分な必要性と合理性があるとして、右の意見・要望の方向での改善は困難であるとの検討結果が出されていること等の諸事情を併せ考慮すると、被告人による本件の各登記申請の代理行為が、行政書士の業務の付随行為であり、正当行為として司法書士法19条1項(25条1項)に違反しないと解する余地はないというべきである。以上の次第であるから,論旨は理由がない。
[18] 論旨は、要するに、(1)被告人は、弁護人岡田から、「行政書士も付随行為として登記申請書の作成及びその申請代理ができる。」という法的助言を受け、更に、同旨の学説を主張する学者の見解に従って、本件各行為に及んだものであって、その際被告人には違法性の意識の可能性がなかったというべきであるから、法律の錯誤などにより故意が阻却されるのに、原判決はこれを看過しており、(2)また、本件各行為については、業務性が認められないのに、原判決は誤って業務性がある旨認定判示しており、原判決が右のとおり事実を誤認して被告人を有罪としたのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ひいては法令適用の誤りである、というのである。
[19] しかしながら、関係各証拠を精査、検討してみても、原判決に、所論が指摘するような事実の誤認が存在しないことは明らかであり、その理由は、右(1)の主張については、原判決が、「弁護人の主張に対する判断」の項の第五で、右(2)については、同じく第六で適切に説示するとおりである。なお所論は、右(2)の主張に関し、被告人は本件各行為について報酬は貰っていないのに、原判決は、事実を誤認して、原判決別表14及び16の事案を除き被告人が登記申請代理手続を行って報酬を得ていることが明確であるなどと確定判示している旨主張するが、被告人及び関係者らの検察官に対する各供述調書等の原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決別表14及び16の事案を除き、被告人が登記申請代理手続についての報酬を得ていることは明らかであって、原判決の右認定に誤りはない。論旨は理由がない。

[20] その他、縷々主張する各所論に鑑み、改めて記録を精査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討してみても、原判決に、各所論が指摘するような瑕疵は一切存在しない(なお、被告人を罰金25万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。)。

[21] よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 泉山禎治  裁判官 河合健司
  裁判官富塚圭介は、転補のため署名押印することができない。
  裁判長裁判官 泉山禎治

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