川崎民商事件
控訴審判決

所得税法違反被告事件
東京高等裁判所 昭和41年(う)第959号
昭和43年8月23日 第5刑事部 判決

被告人 甲野太郎(仮名) 昭和3年1月14日生

■ 主 文
■ 理 由

■ 弁護人 山内忠吉、陶山圭之輔、増本一彦の控訴趣意
■ 被告人 甲野太郎の控訴趣意
■ 検察官 内堀美通彦の控訴趣意


 原判決を破棄する。
 被告人を罰金10,000円に処する。
 右罰金を完納することができないときは金1,000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
 原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。


[1] 本件各控訴の趣意は、それぞれ被告人本人、弁護人山内忠吉、同陶山圭之輔、同増本一彦(連名)及び横浜地方検察庁検察官検事内堀美通彦の各控訴趣意書記載のとおり、弁護人等及び被告人の控訴趣旨に対する答弁は、東京高等検察庁検事丸物彰の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
[2] 論旨は、原判決は被告人の本件所為に対し昭和40年3月31日法律第33号による改正前の所得税法(以下旧所得税法という)第70条第10号第63条を適用して処断しているが、右第70条第10号の罪の構成要素をなす右第63条はその規定する(質問)検査権の内容即ち「収税官吏」「所得税に関する調査」「調査について必要あるとき」「質問検査」「納税義務者」「納税義務があると認められる者」等の文言の意義が極めて不明確であつて客観性を欠き犯罪となるべき行為の態様・類型が明確に限定されていないから権力者の恣意的解釈と職権濫用とを許し、行政上の取締本位にこれを拡張類推して解釈適用される余地を有し刑罰法規の保障機能、法的安定性を著しく阻害し基本的人権を侵害するものであつて、憲法第31条に違反するものであるのみならず、憲法第35条、第38条は特にその適用を「刑事手続」に限定していないし、行政手続においても人権侵害が発生し得るのであるから最高裁判所の判決(昭和30年4月27日大法廷)も容認しているように右第35条、第38条は行政手続にも適用されることが明らかであるところ、旧所得税法第70条10号、第63条は1年以下の懲役または20万円以下の罰金という刑事制裁をもつて、裁判官の令状によらない(質問)検査権の行使を受忍させるものである点において、且つ本来任意調査であるべき旧所得税法第63条の質問検査権を同法第70条第10号の罰則の裏打ちによつて無制限の強制調査及び質問権たらしめ調査の受忍、質問に対する答弁を強制している点において憲法第31条、第35条、第38条第1項に違反して無効なものであることが明らかであり、原判決にはかかる無効の法令を適用した違法があるから、到底破棄を免れないというのである。
[3] よつて先ず、憲法第31条違反の主張について考察するに、旧所得税法第70条第10号に引用され、その罪の構成要件要素をなす同法第63条の規定は、収税官吏の質問検査権を規定したものであるが、同条の規定するところに特に明確を欠く点があるとは解せられない。即ち「収税官吏」の意義について旧所得税法にその定めのないことは所論のとおりであるが、大蔵省設置法第3章、大蔵省組織規程第3章の規定に徴し、なお国税徴収法第2条第11号が「収税職員」についてその意義を定めているところによれば、「収税官吏」とは、税務署長その他税務官署の部課に所属して、直接、国税の賦課徴収に関する事務に従事する職員を指すものと解せられ、また、所得税法は、申告納税制度を採用していて、納付すべき税額は納税者の行う申告によつて確定するのを原則とするが、その申告のない場合又はその申告にかかる税額の計算が所得税法に従つていない場合その他当該税額が税務署長の調査したところと異つている場合には、決定或いは更正による確定処分を必要とするものであつて、「所得税の調査」とはまさに右決定或いは更正による確定処分に必要な調査をいうものと解せられ、従つて旧所得税法第45条の場合の調査を含むものであり、「調査に関し必要あるとき」というのも、右の申告のない場合、又は申告が適正になされていない合理的な疑いのある場合をいい、もとより当該収税官吏の恣意による調査が許される訳のものではなく、この調査が申告納税を担保し、適正な課税を実現するための純粋な行政手続であるところから、犯則調査の場合のように具体的な嫌疑のあることは要求されないが、そこに客観的な基準の存することは当然であつてかかる必要性があれば事前調査、事後調査を行うことができ適正な申告、公平な課税を実現するための必要調査として質問検査権の行使が当然にできるのであり、従つてまた(「質問」の事項の範囲)「検査」の対象物件の範囲も自ら限定されるのであり、更に「納税義務者」とは、右の調査目的及び旧所得税法第63条第1号が「納税義務者」のほか、「納税義務があると認められる者」又は「損失申告書を提出した者」を掲げていることにかんがみると、確定申告書を提出して納税義務のあることを申告した者を指すものと解せられ、かかる者について所得の申告洩れ等があつてこれを調査する必要のある場合があることは多言を要しないところである。以上、旧所得税法第70条第10号の罪の構成要件要素をなす同法第63条の規定には趣旨明解を欠くところがあるとは認められず、従つて右規定の趣旨が不明確であるとの所論は結局独自の見解たるに過ぎないもので、その前提のもとに、収税官吏の恣意的解釈を許しその職権の濫用を誘発するものとして憲法第31条違反を主張する論旨は失当である。
[4] 次に憲法第35条及び第38条違反の主張について考察するに、これらは刑事手続に関する規定であつて、直ちに行政手続に適用されるものではないと解するのが相当であるから、行政調査手続を規定した旧所得税法第63条には直接適用がないものといわなければならない(最高裁判所昭和30年4月27日大法廷判決、刑集9巻5号924頁参照)。仮りに憲法第35条第38条が行政手続についても適用ないし準用されるものとしても課税の適正公平を期し、これを阻害する国の課税権に対する侵害又はその危険を防止するため、収税官吏に納税義務者らに対する質問検査を許す必要のあることはもとより容認さるべきところであり、従つて納税義務者らにはこれを受忍すべき義務があつて、旧所得税法第63条に規定する程度の任意調査を受忍し、質問に対して答弁すべきことは勿論であり、その実効を期しこれを間接に強制するため同法第70条第10号所定の罰則を設けて同法第63条所定の質問検査権を賦与したことは、刑事手続と行政手続との本質的相違にかんがみ、あながち憲法第35条及び第38条に背くものではないものと解せられる。それ故、旧所得税法第63条第70条第10号は憲法第35条第38条に違反し無効であるとの前提に立つ所論も到底採用し難い。
[5] 所論は、収税官吏小松正の行つた本件所得税確定申告調査は、国税庁長官の指令に基き東京国税局の直接指揮下に、被告人が所属する川崎民主商工会に対して川崎税務署、東京国税局職員が直接実行した不当弾圧であり、被告人の行為は、かかる税務調査権の乱用による不当な権力行使に対し被告人の如き零細商工業者が勤労者としての組織行動によりこれに抗議し、これを阻止する目的に出でた団結権(憲法第28条)、結社権(憲法第21条)抵抗権(憲法第12条)の行使にほかならないに抱らず、原判決はこの被告人の団結権、結社権、抵抗権に関する憲法の諸条項の解釈適用を誤り被告人を有罪として処断したものであるから、破棄を免れないというのである。しかし、なるほど植松守雄に対する証人尋問調書謄本(4通)によれば国税庁は民主商工会の介在が所属会員に対する適正な税務の執行、調査を妨げ、その会員の所得税確定申告の調査が不徹底に流れた結果、所属会員の納税申告額が一般の納税申告に比し低額になされている傾向があるとして、各国税局に対し、民主商工会員に対する所得調査を徹底的に行うべきことを指示し、よつて東京国税局は、川崎税務署に対しその旨伝達するとともに同年9月3日頃、東京国税局直税部所得税課所属の小松正等数名の職員に川崎税務署所得税第2課付の併任辞令を発して応援せしめ、この方針による調査を励行せしめるに至り、被告人に対する本件調査も、その一環として行われたものであることは認められるのであるが、原判決挙示の証拠、特に原審証人小松正の供述、昭和35、36及び37各年分の所得税確定申告書の各写の記載によれば、川崎税務署は、被告人の昭和33年乃至昭和37年分の各所得税確定申告につき検討を加えた結果、被告人の昭和37年分所得税確定申告につき過少申告の疑が存し、事後調査を行う必要があるものと認めたため、小松正ほか2名の収税官吏をして被告人の所得につき本件調査を実施せしめようとしたものであること、すなわち、本件所得税確定申告調査は、徴税の適正公平という税法上の要請に基づき被告人の所得税確定申告額につき個別的に検討を加えた結果、調査の具体的必要性を認めたため同法第63条の正条に基いて行なわれた質問検査権の行使であることが認められ、被告人の主張し、原審証人中島勇の供述するところによれば、当日本件調査現場にはニユースカメラマンや私服警察官が居合わせたというのであるが、これが、川崎税務署乃至本件調査担当官小松正等において同行を命じ又は依頼したものと認むべき証左は存在せず、記録を精算しても、本件調査が単に概括的に被告人が川崎民主商工会員なるがために、これに弾圧を加えて民主商工会の組織を破壊するという不当な意図のもとに職権を乱用して無差別に調査を行つたものであることを認めるに由なく、当審における事実取調の結果に徴しても右結論を左右することはできない。弁護人等は「零細業者が金融営業、生活などの要求、税制の民主化、税務相談、記帳実務指導等を集団的に解決する組織を作り、一定の団体行動や請願をすること」は勤労者としての零細商工業者の団結権の行使であり、民主商工会にも当然かかる団結権の保障が与えられており、調査に名を籍りた本件の不当弾圧に対する被告人の拒否行為は、その一環としてなされたものであると主張するが、なるほど、税理士法所定の税理士業務の制限に抵触しない限りは、憲法第21条の保障する結社の自由は民主商工会員に対しても与えられるところであるが、ただ憲法第28条の保障する団結権及び団体行動権は、使用者対被使用者の関係において経済上の弱者たる被使用勤労者が使用者たる企業に対し対等の立場においてその利益を主張しその地位の向上に資するために認められたものであり(最高裁判所昭和24年5月18日大法廷判決、刑集3巻6号772頁以下参照)従つて勤労者といえどもその範囲内においてのみ右団結権等を有するものと解すべきところ、川崎民主商工会は全国商工連合会下部の神奈川県民主商工会川崎支部に属し、中小零細商工業者を会員とし、税務行政の民主化、税制の研究、税務の指導相談、中小零細業者の経営、納税指導相談等、対税務署交渉等を主目的とする団体であり、かかる団体には憲法第28条の団結権等は認められないのであつて、従つて被告人の本件調査拒否行為が同法条の保障する団体行動権の行使に該当しないことは多言を要しないところである。従つて、一方において民主商工会に憲法第28条の保障する団結権、団体行動権があることを前提とし、他方において、本件調査は収税官吏小松正等の民主商工会の組織破壊を目的とする職権濫用の権力行使であるとの前提に立つて、被告人がこれに抗議抵抗したのは、憲法の保障する団結権、結社権の行使であつて憲法第12条の精神に合致する行為であるとする弁護人の所論は到底是認することができない。論旨はいずれも理由がない。
[6] 論旨は、原判決は罪となるべき事実として被告人が
『川崎税務署収税官吏小松正が被告人に対する昭和37年分所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとするに際し「何回来るんだ、だめだ、だめだ、事前通知がなければ調査に応じられない」等大声をあげたり、又、あちらへ行こうと小松正の左上膊部を引張るなどし以て右検査を拒んだ』
旨の事実を認定しているが、(一) 収税官吏小松正が被告人に対して行つた本件調査は、旧所得税法第70条第10号、第63条の罪の構成要件要素をなす調査の必要性を欠くもの、すなわち根拠資料に基く過少申告の合理的な疑がないものであるのみならず、被告人において本件調査を拒否する正当な理由があつたものである。すなわち(二) 本件調査は、調査に名を籍りて、被告人が川崎民主商工会員なるが故に不当になされた弾圧行為そのものであり、(三) 質問検査を行うについては、これを行う収税官吏において、如何なる根拠資料により確定申告の内容の如何なる点につき過少申告の疑があるかを「所得調査カード」や「法人税準備調査表」の選定理由欄の記載により確認していなければならないのに、小松正自身これを明らかに認識していないのであり、(四) 質問検査権行使の範囲は、調査を必要とする事項(特定の所得事由及び所得の価額)につき当該確定申告の年度分の所得とそれを生み出した関係事実に限られるところ、本件調査において、小松正はこの範囲を逸脱し何年分の所得税につき調査をするのかを明らかにせず、しかも現在の売上げについてまでも質問検査をしようとしたものであり、(五) 本件調査は任意の調査権であつて、相手方の同意承諾を条件とするから、抜打検査は違法であるのに、小松正は事前通知をしないで本件調査を行つたのであり、(六) 小松等は旧所得税法施行規則第93条に違反し関係人の請求による身分証明書乃至検査章の呈示をしなかつたのであり、(七) 本件調査は、昭和38年2月18日川崎税務署と、川崎民主商工会との間に成立した協定において、自主申告を尊重し事前の話合で問題を解決し、事後調査又は更正決定はこれを行わない旨の約束に違反して行われたものであつて、以上、いずれの点から見ても本件調査権行使は、その適法条件を欠く違法な調査であるから被告人がこれを拒否したのは正当であつて、旧法第70条第10号、第63条の調査拒否の罪とならない。更に(八) 原判決は、被告人が本件調査拒否行為において小松の左前膊部を引つ張つた旨の事実を認定しているが、被告人はかかる行為に出たことはない。(九) 仮りに被告人の本件行為が形式的に旧所得税法第70条第10号、第63条の調査拒否行為に該当するとしても、右は川崎民主商工会員たる被告人に対し同会員たるが故に調査に名を籍り不当弾圧を目的として行われたもので質問検査権行使の要件を全く欠く違法な質問検査権の行使であり、被告人はこれに抗議したものであるから、被告人の行為は小松正の職権乱用行為に対する正当防衛行為である。しかるに原判決は、以上(一)乃至(九)の事実をすべて看過し被告人が小松正の適法な質問検査権行使を拒否したものとして旧所得税法第63条、第70条第10号の罪の成立を認めたものであつて、右は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を犯し、ひいて法令の適用を誤つたものであるというのである。
[7] しかしながら、収税官吏小松正の行つた本件調査は、同人において、被告人の昭和37年分所得税確定申告につき川崎税務署の公的資料に基き個別的に検討した結果、過少申告の合理的疑ありとの認識のもとに調査の必要性を認めてこれを行つたものであつて、被告人が川崎民主商工会員なるがため、同会の組織破壊を目的として無差別になされた職権乱用の不当弾圧行為とは認め難いことは、前段に説示したとおりであつて、原判決挙示の証拠によれば、調査の対象が昭和37年分確定申告の内容に存したことは、収税官吏小松正が認識していたところであり、また申告の内容の当否を的確に調査するためには、調査の対象たる年度の前後の年分における実績をも細査勘案する必要があることはしばしばであるから、昭和38年度分の売上実績につき質問したからといつて調査の正当な範囲を逸脱した不当の質問ということはできない。また、所論は本件調査に当つて事前通知がなかつたので調査を拒否することができると主張するが、元来税務調査に当つて事前通告を行つて来たのは税務調査の便宜上、税理士関与の事件につき特段の事由なき限りこれを認めたものであつて、税理士が関与している案件でも常に税理士に事前通知をしなければならぬものではなく、税務処理上必要ある場合は事前通知を行わずに調査を施行することができるものであり、現に同年10月1日、川崎税務署員小松正が被告人方に調査に赴いた際も、拒まれてその目的を遂げなかつた事実が認められることからしても本件調査に当り事前通知をしなかつたのは調査の必要上やむを得なかつたものと認められ、その他川崎税務署と川崎民主商工会の本件関係者側との間においても事前通知を調査の必要条件とするような慣行先例が存していたものと認むべき証拠は存しない。所論は昭和38年2月18日川崎税務署と川崎民主商工会との団体交渉の結果、自主申告の尊重、確定申告に関する問題の話合い処理、事後調査乃至更正決定を行わないことなどの協定が成立しているから本件調査は右協定違反の違法調査であつてこれを拒むことができると主張するが、かかる協定成立の事実を認めるに足りる証左は存せず、原審証人平柳治敏の所論に副う供述は措信し難く、当審事実取調の結果に徴しても右認定を左右するに足りない。所論身分証明乃至検査章の不呈示も被告人において本件調査以前に、本件調査担当者が川崎税務署所属の収税官吏であることを知り、敢てこれが呈示を請求しなかつたものであることが証拠上明らかであるから、小松正がこれを呈示しないで本件調査に着手しようとしたのは毫も違法ではない。されば収税官吏小松正の被告人に対する本件所得調査は適正に行われたものというべく、所論のような各理由によりこれを拒否することはできないものであるところ、原判決挙示の証拠中、被告人の本件調査拒否行為に関する証人小松正の供述はこれを信用するに足り、これと原判決挙示の爾余の証拠とを総合すれば所論において争つている、被告人があちらへ行こうと言つて小松正の左上膊部を引張つた事実を含めて、原判示罪となるべき事実を肯認するに十分であり、これを目して、小松正の職権乱用行為に対する正当防衛行為ということのできないことはいうまでもないところであるから、被告人の本件行為は旧所得税法第70条第10号第63条の罪を構成するものといわなければならない。原判決には所論の事実誤認乃至法令適用の誤はなく、論旨は理由がない。
[8] 所論は、旧所得税法第70条第10号の内容をなす第63条の質問検査権は、所得税確定申告の内容に合理的な根拠資料による過少申告等の疑がある場合に「所得調査カード」や「法人税準備調査表」の選定理由欄にその選定理由を記載してはじめて「所得税に関し必要があるとき」としてその調査を行うことができる、又かかる場合にのみ質問検査を受ける者は「納税義務があると認められる者」に該当し、質問検査の対象となるのである。ところが原判決は、いつ如何なる場合でも質問検査ができるものとの誤つた解釈に基き、被告人の所得税確定申告については何等具体的な根拠資料による合理的な過少申告の疑も存しないのに、質問検査を行おうとした小松正の本件質問検査は違法であることを看過して、これを拒んだ被告人の所為を有罪としたものであるから重大な法令適用の誤を犯したものであるというのである。
[9] しかし原判決は、毫も旧所得税法第63条の質問検査権の行使は無条件に許されると解したものと窺えるような判示をしておらず、却つて証拠を挙げて本件調査は収税官吏小松正が被告人の確定申告に過少申告の疑があつたので質問検査の必要性を認めて適法に本件調査を施行しようとしたものと認め,これを前提として被告人の本件質問検査拒否行為を旧所得税法第70条第10号の罪に該当するものと認めているのであり、右調査の必要性認定の根拠資料は必ずしも所論の如き資料に限定されているものではないところ、原判決挙示の証拠により、右原判示前提事実は優に肯認できるところであるから、原判決には所論の如き法令適用の誤はなく、論旨は理由がない。
[10] 論旨は、弁護人は原審において(一) 旧所得税法第70条第10号、第63条は憲法第31条に違反する無効の法律であるから被告人の本件行為は罪とならない旨の主張をし、また(二) 被告人の本件行為は、被告人の所属する民主商工会の組織と団結を守るための団結権、結社権、抵抗権を行使したものであるから刑法第35条により違法性のないものであり、また川崎税務署のなした質問検査に名を藉りての不当弾圧に対する正当防衛行為である旨法律上犯罪の成立を妨げる理由の主張をしたのに、原判決はこれらに対する何等の判断をもなしていないから、判決に理由を附しない違法があるが、又は刑事訴訟法第335条第2項に違反し判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続上の法令違背があるというのである。
[11] しかしながら、刑事訴訟法第335条第2項により、判決に判断を示すべき、いわゆる「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」の主張とは、犯罪構成要件に該当する事実以外の事実であつて、その事実あるがための法律上犯罪が不成立に帰すべき原因となる事実の主張をいい、(最高裁判所昭和24年1月20日判決、刑集3巻1号47頁参照)所論(一)の、旧所得税法第70条第10号第63条が違憲立法であつて、被告人の行為がこれに該当するとしても罪とならない旨の主張は、右にいわゆる犯罪の成立を妨げる理由となる事実の主張に該当しないから、敢て判決理由中に、直接これに対する判断を示す必要はないのみならず、原判決は、被告人の本件所為に旧所得税法第70条第10号第63条を適用して処断しており、右違憲立法の主張を排斥したものであることは自ら明らかであるから所論の理由不備の違法はない。次に所論(二)の主張は右にいわゆる犯罪の成立を妨げる理由となる事実の主張に該当するところ原判決がこれに対する判断を明示していないことは所論のとおりであるが、刑事訴訟法第335条第2項の理由の主張に対する判断は判文上これを明示するのが相当であるが、これを否定する判断を示すことにより間接にこれを示しても敢て違法ではないと解すべきところ、原判決は弁護人の主張に対する判断の項において弁護人の本件調査が実は民主商工会の組織破壊をたくらむ弾圧でありもはや税務行政とは無縁な違法不当な権力行使で調査権の乱用である旨の主張に対し、川崎税務署は被告人の昭和37年分所得税確定申告について過少申告の疑をもち小松正ほか2名の収税官吏をしてその調査を実施せしめたものであつて結局右調査はこれを違法と断ずるを得ず、本件調査が民主商工会の組織破壊の目的をもつてなされた行為と認めることはできない旨判示して被告人の本件行為を有罪としており右判旨に徴し所論(二)の各主張を排斥する趣旨であることは、自ら明らかであるから、これを明示しなかつたことをもつて刑事訴訟法第335条第2項に違反する訴訟手続上の法令違反として原判決を破棄する理由とするに足りない。論旨はいずれも理由がない。
[12] 論旨は、原判決は川崎税務署収税官吏小松正が被告人に対する昭和37年分所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとするに際し、被告人が検査を拒んだ旨の事実を認定しているが、右確定申告調査の必要性を決すべき過少申告の疑の存在を直接証明する証拠は、直接にその選定事務を担当した職員即ち被告人の同年分所得税確定申告書の点検をし過少申告の疑あるものと認定した当該職員の供述証拠か、又はその職員が自ら「所得調査カード」の選定理由欄にその旨を記載したその「所得調査カード」の書面証拠かのいずれかでなければならないところ、原判決はこれらの証拠によらず、直接調査対象の選定に当つた者ではなく、これらの者の作成した資料(書面)に基き間接に調査の必要性あることの認識を得たに過ぎない小松正の公判廷における供述(証言)を唯一の証拠として本件調査の必要性の存在を認定しており、右小松正の証言は伝聞証拠であつて証拠能力のないものであるから、原判決は、証拠なくして調査の必要性を認めたものにほかならず結局採証法則を誤り虚無の証拠に基き被告人の犯罪事実を認定した訴訟手続上の法令違反を犯したものであつて、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
[13] 記録によれば、なるほど原判決は確定申告調査対象の選定事務を担当した職員の供述又は右担当職員が記入した「所得調査カード」の記載を証拠として取り調べず、所論小松正に対する証人尋問の結果のみにより、本件調査の必要性を決定すべき被告人の所得税確定申告における過少申告の疑の存在を認定していることは所論のとおりである。しかし所論の調査の必要性の存在は、旧所得税法第70条第10号第63条の罪の構成要件要素ではあるが、これを証明すべき証拠は必ずしも所論のような供述証拠又は書面証拠に限定されるものではなく、証拠能力のある証拠であれば、直接証拠たると間接証拠たるとを問わないものといわなければならない。しかして原判決が証拠とした所論の証人小松正の供述は所管税務官署の公用書類に基いて被告人の昭和37年分所得税確定申告につき過少申告の疑あることを確認したというのであり、右供述は同人の直接経験事実及びこれに基く判断を述べたものであつて、これが同人自ら直接に根拠資料を調査した結果、右過少申告の疑あることを認めたものであると、他の調査対象選定事務担当者が根拠資料を調査した結果右過少申告の疑あるものと判断してその旨を記載した書面より間接にこれを認めたものであるとを問わず証拠能力があり、且つ爾余の証拠と対比してこれを信用するに足りるものと認められるから、原判決がこれを証拠として本件調査の必要性あることを認定したのは相当であるといわなければならない。原判決に所論の違法はなく論旨は理由がない。
[14] 所論は、原判決は、被告人を罰金1万円(但し2年間執行猶予)に処しながら、これを完納することができない場合の換刑処分である労役場留置の期間の言渡をしていないが、右は刑法第18条第4項の適用を誤つた違法があり破棄を免がれないというにある。
[15] よつて検討するに、原判決は被告人を罰金1万円(但し2年間執行猶予)に処しながらこれを完納することができない場合の換刑処分である労役場留置の言渡をしていないことは所論のとおりであつて、右は刑法第18条第4項の適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから論旨は理由があり原判決は破棄を免がれない。

[16] よつて被告人の本件控訴は理由がないが、検察官の本件控訴はその理由があるから、検察官のその余の論旨につき判断をするまでもなく刑事訴訟法第397条第381条に則り原判決を破棄するとともに同法第400条但書に従い被告事件につき更に判決をする。

[17] 原判決が確定とした罪となるべき事実及びこれに適用した法令に従い、所定刑中罰金刑を選択し、本件行為の罪質、態様にかんがみ、その金額範囲内において被告人を罰金10,000円に処し、刑法第18条を適用して、この罰金を完納することができないときは金1,000円を1日に換算した期間被告人を労役場留置すべく、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第181条第1項本文に則り全部被告人にこれを負担させることとする。
[18] よつて主文のとおり判決する。

検察官検事 丸物彰 公判出席

  裁判長判事 遠藤吉彦  判事 吉川由己夫  判事 酒井雄介
[1] 原判決は、憲法31条、35条、38条1項に違反する旧所得税法70条10号、63条を適用し処分したものであつて、その誤りが判決に決定的に影響していることが明らかであるから、破棄さるべきが当然である。

[2] 旧所得税法70条10号の構成要件をなす同法63条は、その規定が極めて不明確であつて、憲法31条に違反している。
[3](一) 旧所得税法63条(現行法234条)の質問検査権は、裁判所の令状もなく、納税者に質問し、又は帳簿その他の物件を検査するものである。このような人民に対する権力行使でありながら、その権力行使の要件は法の規定そのものが左のとおり不明確であり、権力者の恣意的解釈と職権乱用を放任するものである。法63条を検討してみよう。
[4](二) 同法63条は、質問検査権行使の要件として「収税官吏は所得税の調査に関し、必要あるときは」と規定している。
[5]1 抑も「収税官吏」とは何者であるか。それは税務職員の中のどの範囲の、又如何なる職務を担当するものであるか、所得税法上全く明らかではない。
[6]2 次に「所得税の調査」とは何を指すか。それは、所得税の何をどんな目的で又、どんな範囲の如何なることを調査するのか。
[7]3 更に「調査」とはどんなことをするのか。特に同法45条の「調査」のみを指すのか。国税通則法16条1項1号所定の税務署長の「調査」と如何なる関係にあるのか。これと同じものか、別のものか。「収税官吏」には、一般的に調査権があるというのか。それではその根拠は何か。などなど、全く不明な規定なのである。
[8]4 それでは「調査に関し必要あるとき」とは何を指すのか。「必要あるとき」の意義は最も乱用される規定である。「収税官吏」が主観的に「必要だ」と認めればよいのか。これが甚だ不当なことは言う迄もない。それでは如何なる客観的基準があるというのか。全く不明確な規定だといわざるを得ない。特に後に述べるように、この質問検査権には罰則の強制があり、現に被告人は、この罰則の制裁を受けようとしているのである。したがつて、前述のとおり、法63条は、70条10号の罰則の構成要件である。しかるに、この構成要件のひとつである「必要あるとき」の解釈が、二義的、三義的にどのようにでも解釈できるとしたら、人民の法的安定性と人権保障は皆無に等しいことになるのである。
[9] 現に国税庁は、この「必要あるとき」を、何時、如何なる場合でも調査できるものとして、全く無意義なものとしているのである。
[10]5 法63条は「質問し、又は帳簿書類その他の物件を検査できる」としている。しかし「質問」とは何か。「検査」とは何か。此処では如何なる範囲の事柄や如何なる範囲の如何なる帳簿書類その他の物件を質問検査できるのかが、全く不明なのである。ここでも乱用を放任していると断ぜざるを得ない。
[11]6 法63条は、質問検査の相手方として「納税義務者、納税義務があると認められる者」等を掲げている。それでは「納税義務者」とは何か。同法1条所定の者全てを指すのか。これは国税通則法16条1項1号と矛盾し、人民の確定申告権を真向うから否定することになる。通則法16条1項1号は、人民の確定申告によつて、納付すべき税額が確定することだとしている。したがつて、確定申告によつて、人民は納税義務を初めて負担するのであり、確定申告又は、決定、更正処分などの確定行為がなければ納税義務はないと言わねばならない。そして、人民は確定申告をすれば、あとは納付義務(自分で決めた税額だけの金員を支払う義務)が中止になり、税額又は課税標準の確定を唯一の目的とする所得税法上の義務は何も負担していない筈である。仮に確定申告から、申告すべき所得の一部をおとしていても、この未申告の部分は、未だ確定行為がない限り、納税義務は形成されていないことになる。したがつて、これを「納税義務者」ということはできない筈である。以上のように、法63条が「納税義務者」と規定したことは、全く無意義な規定だと言わねばならない。ところが「納税義務者」ということを形式的に解して誰にでも質問検査を強行できるような規定を平然とおいていることは、職権乱用を放任することであつて、納税者人民に対する権利侵害を増大させるものだと言わねばならない。
[12](三) 凡そ、人民に対し刑罰を科する場合は、何が犯罪とされるかについて、明確に構成要件を規定してこれを予告すること、又犯罪として処罰することについて、客観的な合理性を有することが必要である。憲法31条の実体的意義は此処にある。
[13] ところが、旧所得税法63条、70条は、以上のとおりの不明確性であり、しかも、行政上の取締り本位のためにこれを拡大し、類推して解釈適用することのできる余地を大幅に認め、犯罪となるべき行為の態様、類型が明確に限定されていないのである。これは、刑罰法規の保障機能、法的安定性を著しく害し、人民の基本的権利を侵害するものであつて、憲法31条に違反するものである。

[14] 旧所得税法70条10号、63条は、憲法35条に違反している。
[15](一) 同法63条は、70条10号の構成要件であり、且つ、その権限行使の適法要件を定めたものである。
[16] ところで、右63条の質問検査権は、裁判所の令状なく行使するものであり、しかも法律上、裁判所の令状を求めることもできないものである。したがつて、この質問検査には、相手方本人の同意承諾が絶対に必要であるし、もし、相手方の同意、承諾がないときは、質問検査はできないのである。これは、憲法35条の直接の要請である。
[17](二) ところで、右法70条10号は、検査に同意承諾しなかつたとき、即ち、検査を忌避、拒否、妨害したときは、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処するというのである。これでは、検査の相手方本人の自由な同意承諾ではなく、刑事制裁を覚悟しなくては不承諾がつまり憲法35条の基本権を行使できないことになる。このように、刑罰によつて同意承諾を強制して検査を受忍させることは、裁判所の令状なくして強制的に検査ができることになり、憲法35条を真向うから蹂躪するものである。

[18] この質問検査権の性格については、これを財政下命だとするのが通説である。つまり、国家の財政上の具体的な義務履行の要求であり、人民には、検査受忍義務があるとするのである。しかし、先に、第一、一で述べたように、この質問検査権は、課税標準と税額の確定のためにのみ認められたもの(所得税法自体の目的が正にこの点に尽きる)であつて、しかもこの課税標準と税額の確定行為は、先ず何よりも人民の確定申告という形成行為によつてなされ、質問検査権は、この人民の確定申告の内容の不完全、不備、誤謬を補完訂正するために認められたもの(国税通則法16条1項1号参照)であるから、本質的に「強制」の契機の入り込む余地は全くない。それは、人民の申告内容の不完全や誤謬を明らかにして、人民が第一次的に有する確定申告権を補完するために、その限度で人民との協力によつて、真実を明らかにするものである。法が、国税犯則取締法の査察権のような令状を要求せず、任意調査とした意味はここにある。ところが、右70条10号の罰則の裏打ちによつて、結局令状なくして、令状ある場合と全く同一の、否、令状による検査対象や範囲の特定などの制限も全くない、無制限の強制調査を放任しているものであるから、ますます憲法35条に違反していることが明白だと言わねばならない。

[19] ところで、憲法35条は刑事手続にのみ適用があり、行政事件には適用がないとする考え方は、現在の憲法改悪の反動政治におもねる極めて誤ったものである。こうした考え方は、人民の憲法で保障された平和的民主的条項を何の根拠もなく制約するものである。第一に、人権侵害は刑事手続にのみ発生し、行政手続においては発生しないと断言できる者が皆無であることは多言を要しないことであろう。第二に、憲法35条には、アメリカ合衆国憲法修正条項4条、5条のように「いかなる刑事事件においても」との限定は全くない。むしろ、現行憲法は明治憲法下の絶対主義的天皇制のもとで、刑事手続のみならず行政手続においても人権侵害が頻発していた事実を正しく把握して、正当にも、刑事々件にのみ限定することを避けたものと解すべきである。ましては、人民が権力と日常的に接触するのは主として行政手続を通じてであつて、ここにこそ、人権保障が最大限になさるべきが当然である。第三に、最高裁の判例においても決して、憲法35条は刑事手続に限ると断じているのではないのである。例えば代表的判例と言われる昭和30年4月27日の大法廷判決(最高裁判例集第9巻5号)でも、却つて、憲法35条と行政手続とは必ずしも無関係ではないと判示しているのである。又、昭和31年12月26日の大法廷判決(最高裁判例集10巻12号)は、問題は憲法38条1項(黙秘権)であるが、これが行政手続と無関係ではない旨承認しているのである。却つて、昭和31年8月9日の最高裁小法廷判決(ジユリスト118号66頁)は、行政手続の憲法38条1項、35条の適用を容認しているのである。しかも、第四に、この質問検査権は、本件罰則の構成要件であつて、検査に応じないことそのことをとらえて処罰するものであるから、刑罰法規自体が、憲法35条を侵害していることになるのである。
[20] 以上のとおり、旧所得税法70条10号、63条は、憲法35条にも違反するものである。
[21] 本件公訴事実そのものが、国税庁長官の指令のもとに東京国税局の直接指揮で、被告人も所属する川崎民主商工会に対して川崎税務署、東京国税局各職員が直接実行した不当弾圧であり、被告人の行為は、被告人の団結権(憲法28条)結社権(同21条)抵抗権(同法12条)の行使であるところ、原判決はこの、被告人の団結権、結社権、抵抗権に関する憲法の諸条項の解釈適用を誤り処断したものであつて、その誤りが決定的に判決に影響していることが明白であるから破棄さるべきが当然である。

[22] 本件は、川崎民主商工会と被告人に対する極めて悪質な弾圧である。
[23](一) 本件発生の約4ケ月前の昭和38年5月頃、当時の国税庁長官木村秀弘は、全国各国税局長に対し、全国各地の民主商工会に対する一斉の税務調査を徹底的に行うことを指令した。この指令にしたがい、東京国税局では、当時、直税部長であつた植松守雄を指揮者として、傘下各税務署長宛に所轄税務署内の民主商工会に対する一斉調査が開始された。なかでも東京都中野区の《乙2》と、神奈川県下の川崎民主商工会、藤沢、茅ケ崎、大和市を中心とする《乙4》に対しては、国税局職員をも動員した大がかりのものであつた。(植松守雄の昭和40年2月24日付証人調書)そして、本件は、この民商一斉調査の一環として起されたものである。
[24](二) この民主商工会に対する調査の理由は、「民商会員は、一般納税者に比べて申告額が低いためだ」という全く不当な言いがかりによるものであつた。
[25] 所得税、法人税の確定申告は、各納税者の、千差万別の営業による所得を申告するものであるから、本来、誰それは、誰それより低い申告をしているなどと、明言できる性格のものではない、唯、確定申告が真実の所得と合致しているか否かだけが問題となるにすぎないのである。それを「民商会員は一般納税者に比べて申告額が低いためだ」などと口実をつくりあげることは、他に、やましい目的があるのを隠すための口実にすぎない。
[26](三) しかも、この民商一斉調査は、質問検査権を使って行われたのである。質問検査権は、個々の納税者の課税標準又は税額確定のために認められたものであるから、質問検査の対象となる個々の納税者について、個々具体的な調査の必要性が認められなくてはならない。民商会員であるから申告額は低いであろうと主観的に判断して調査することはできない相談である。
[27] ところが、この民商一斉調査は、全く無差別であり、具体的な調査の必要性は、調査担当職員も全く判らない状況であったのである。この点にも弾圧の意図が明らかなのである。
[28](四) しかも、この民商一斉調査は、これ迄相互に尊重してきた慣行や約束を一切一方的に破棄して行われたものである。事前通知がなされず、突然の抜打ち調査を強行したり、事務局員の調査立会、記帳説明もさせず、問題点の説明も拒否して唯、一方的な差別調査を無理押ししようとしたのである(証人佐藤勇、同平柳治敏の各供述)。これは通常の調査ではなく、全く異常な条理に反したやり方である。
[29](五) このような民商一斉調査の一環として、本件が、税務当局によって惹起されたものであることは、前記摘示の各証拠によって明らかであるところ、原判決は、この弾圧の事実に全く目をふさぎ、本件を、重大な背景との関連からきり離して、被告人に対して、合法的な平穏な調査がなされたかの如き事実認定をしている。これは、原判決が真実から目をふさぎ、正邪の区別を放棄したものだと言わざるを得ない。
[30] しかも、原判決は、国家権力が、一つの人民の民主組織に対して、その主要な力と時間を集中して、攻撃をかけ弾圧することを平然と承認し、この弾圧を合理化しているのである。このような原判決は、もはや司法の名に値しない政治的判決だと言わねばならない。

[31] それでは、川崎民主商工会には、国税庁がいうような、会員の申告額が一般納税者より低いという事実が存在したか。このような事実は、全く存在しなかったのである。このことは本件において、不当違法な調査によるも何らの更正処分もでなかつたことが、雄弁にこれを証明しているのである。(証人の供述)

[32] ところで、零細商工業者が、日本の経済状勢の中で最も不安定な、又最も収奪されている階層であることは指摘する迄もないことである。大資本によるスーパーマーケツトの進出、下請単価の一方的切下げ、ボランタリーチエーン、コールドチエーンなど独占資本を中心とする流通過程の整理統合計画による9割の小売業者切捨て政策など、低金利融資の制度もなく、金融引締め政策によつて金融の道も閉ざされて、営業と生活は根本から危機に頻している。
[33] しかも、税収奪は最も過酷をきわめ、課税控除額も一番低く押えられている。食べ盛り、育ち盛りの子供3人をかかえて夫婦で朝の5時、6時から起きて、夜の9時、10時まで毎日10数時間の肉体労働を強いられている零細業者は、年収40万9千円以上(月額平均34,150円)の所得のある者には所得税がかかるのである。これが勤労所得者の場合年収54万4千円以上の所得が、配当所得者の場合年収170万8千円以上の所得がある場合に課税されるという不平等な状態におかれている。現在、平均的な通常の生活をするには、夫婦子供3人の標準世帯で、年収100万円は必要だと言われている。ところが月収3万4千余円の収入があると課税させるというのでは、勤労者はもとより零細業者は特に、健康で文化的な生活も営めないことになる。
[34] このために、零細業者が金融、営業、生活などの要求税制の民主化、税務相談、記帳実務指導を集団的に解決する組織をつくり、一定の団体行動や請願をすることは当然のことである。これは、勤労者としての零細商人の団結権、結社権の行使である。
[35] 川崎民主商工会も、当然この団結権、結社権の保障が与えられている。川崎民主商工会は、その規約においても、運動方針においても、何らの違法な目的をもつていない。具体的な行動においても、税務行政の適正な執行を阻害した事実はない。勿論、組織として集団行動として、税務署、その他関係官署に集団交渉に出かけることはあった。これは、団体行動権(憲法28条)、結社権としての組織的行動権として当然のことである。この組織行動と重税政策に対する抗議を禁喝するためになしたのが今回の民商一斉調査である。(植松守雄の前顕書)。

[36] 被告人は、こうした理不尽な、違法目的をもった税務調査に対して抗議し、自らの団結権、結社権を守つたにすぎないのである。それは自己の基本権を守る者として当然の態度である。しかるに原判決は、これを有罪と処断し、敢えて、被告人の団結権、結社権の侵害を放任し、零細業者の止むにやまれぬ要求にもとづく組織行動を禁喝することに助力しているのである。

[37] 抑も人民には、その保障されている基本権と共に、それが侵害の危機にあるとき、又は現に侵害されているとき、その侵害に対して抵抗し、侵害を排除する権利も又独立に保障されていると解すべきである。基本的人権を徹底的に擁護することは、憲法に最も忠実な態度であり、憲法に忠実であればある程、人民の権利に対する侵害と圧制に対抗し、抵抗することは当然である。憲法12条が、国民は、基本的人権を不断の努力によつて保持しなくてはならない旨規定しているのは、人民に、基本的人権の侵害には、常に抵抗することを義務づけているのである。

[38] 本件の場合、被告人が違法な目的をもった、全く要件を欠いた調査に抗議したのは、正に自己の団結権、結社権の侵害に対して抗議し、抵抗したものであつて、憲法12条に全く合致した行為である。
[39] よつて、この憲法28条、21条、12条の解釈を誤つて、被告人の行為を有罪としたのは、憲法に違反するものである。
[40] 原判決は、質問検査の要件事実(必要性、過少申告の疑い)を本件において全く具備してないのにこれを具備していると誤認し、且つ、被告人が質問検査についてこれを拒絶する正当な理由があるのにないものと誤つた認違をしているのであつて、その誤りが決定的に判決に影響をおよぼしていること明らかであるから破棄さるべきが当然である。

[41] 質問検査は、確定申告の内容について合理的な根拠資料による疑いがある場合に限るのであつて、これが、法63条の「所得税の調査について必要があるとき」に該当するのである。そして、法70条10号が、違憲でないとの立場の者においては、「正当な理由」がない場合にのみ罰せられるとしているものである。

[42] ところが、原判決は、被告人を有罪にしたことは、次の点で事実誤認の違法がある。
[43](一) 被告人には、何ら確定申告の疑いがなかつたのに、即ち、調査の必要性が何ら存在しなかつたのにこの点を原判決は誤認している。
[44]1 即ち原判決は「罪となるべき事実」において、単に「収税官吏小松正が被告人に対する昭和37年分所得税確定申告調査のため帳簿書類を検査するに際し、……」とのみ判示し、当然、法70条10号の構成要件事実に該るべき「調査の必要性」について何らの判断も示していないのである。このことは、本件検査においては、被告人には何らの「調査の必要性」に該るべき「合理的根拠資料をもつた申告内容についての疑い」のなかつたことを証明するものである。
[45]2 しかも、証人平柳治敏の原審公判廷での供述にも認められるとおり、被告人には、過少に確定申告をした事実はなく、又一件記録を精査しても、特に証人小松正の原審供述で認められるとおり、被告人に対し、川崎税務署長が更正処分を出した事実は存在しないのである。
[46]3 従ってこの点から判断しても本件質問検査は、その権限行使の要件である「申告内容についての合理的な根拠資料による疑い」がなかつたこと、しかも原審公判廷には、その「疑い」を証明する何らの証拠の顕出もなかつたことが明らかなとおり、重大な瑕疵をもつた権限行使であつたと云わざるを得ない。
[47] 原判決は、このような重大な事実誤認しているのであるから、この点で既に破棄を免れない。
[48](二) 又、原判決は、本件質問検査を拒否すべき「正当な理由」の有無について何らの判示をせず、違法に有罪の判決をなした事実誤認がある。
[49]1 調査を拒否できる「正当な理由」とは左の如きものである。
[50] 第一に、質問検査は、確定申告の内容について合理的な根拠資料による疑いのある場合にのみ行使できるものであるから、質問検査の際に、確定申告の内容の如何なる点がどんな根拠資料によって疑いがあるかが明らかでない限り、質問検査は拒否しても正当であること。
[51] 第二に、質問検査は、右の「疑い」を明らかにするために認められた権限であつて、当然疑問点に限つて調査できるものであるから、この範囲を超えた質問検査は、拒否しても正当であること。
[52] 第三に、質問検査は、確定申告によって、形成された人民の「納税義務」の内容をめぐつて、その疑問点を明らかにするものである事後調査から、当該確定申告の年分の所得とそれを生み出した諸関係の調査に限られる。したがつて当該年分と全く無関係な事柄に対する調査は、質問検査権の行使ではなく単なる行政指導であるから、未だ確定申告のない年分の所得に関する調査は、それだけで拒否する自由があること。
[53] 第四に、事前通知のない調査は、それだけで拒否しても正当であること。
[54] 即ち、事前通知は質問検査には予め、相手方の同意承諾が必要であることから来ているのであつて、憲法35条の精神からみても予め、相手方に予告して、相手方の都合をきき、相手方に充分な準備が保障されるだけの最も適当な時期と方法が選択されなくてはならない。したがつて突然の質問検査はそれだけで違法だと云わねばならない。
[55] 第五に、身分証明書、検査章と関係人の請求による呈示のないときは、それだけで拒否しても正当であること。
[56] 即ち、現行所得税法236条は、身分証明書の携帯と呈示を義務づけているが、旧法時代においてもその法の趣旨は全く変らないものというべきである。しかも、旧所得税法施行規則63条は、検査の際には必ず検査章を携帯し、関係人への請求による呈示を義務づけていたのである。
[57] 第六に、慣行先例約束違反の調査は、それだけで拒否しても正当であること。
[58]2 ところで原判決は「正当事由」の判断を何らすることなく、漫然と被告人を有罪にしたものであつて、重大な事実誤認がある。
[59] しかも、証人小松正の原審供述によれば、同人は、被告人のどこが、どんな根拠で疑わしいのかも全く判然としていず、唯上司の命令であつた旨を繰返すのみであり、被告人の公判廷における供述によると、確定申告は真実の所得の反映であることがうかがえるのである。又前顕小松証人の供述によれば、同人の調査しようとした所得税が何年分なのかも定かでなく、現在の売上げについて迄質問し、又検査をしようとしているのである。しかも、前記第二「憲法の解釈の誤り」で述べたように、本件調査は、民主商工会会員なるが故に不当になされた弾圧そのものであるから、被告人がこれに抗議し、斯る違法な調査を拒否したのは当然のことであり、法の許容するところと云わねばならない。更に、本件質問検査は、事前通知のない突然調査であることは、前顕証人小松と被告人の供述によつて明らかである。したがつて被告人が「突然調査は違法だ。」とか「だめだ。だめだ。だめだ。事前通知がなければ調査に応じられない。」と抗議することは当然で、この点は、事前通知のない調査を適法と考える誤りを原判決が犯している(法令の適用の誤り)ばかりでなく、「正当事由」の存否についての明確な自覚がないためである。
[60] 又、証人平柳の供述によれば、昭和38年2月18日川崎税務署との間に民商会員の確定申告と事後調査に関して明確な協定ができたこと、そしてこれは従前からの慣行先例の確認であることが認められる。したがつて、被告人がこれを約束違反先例慣行無視だと抗議したことは正当であり、被告人自身、事前通知は慣行先例であるとの確信をもっていたのである。
[61]3 以上のとおり、原判決は、法70条10号、63条の構成要件の中、極めて重大な意義を有する「調査の必要性」と、「正当事由」の存否についての事実を誤認し、その結果第四で述べる如く重大な法令適用の誤りを犯したものであつて、当然破棄を免れぬものである。

[62] 斯くして、被告人の行為は、不当弾圧を目的とした質問検査、要件を全く欠缺した違法な質問検査に対して、抗議したものである。それは、形式的には仮に法70条10号に該当する所為であつたとしても、収税官吏小松正等の職権乱用の違法行為に対する正当防衛であつて、それ以外のものではない。
[63] 原判決は、被告人の行為を有罪としたが、これは重大な事実誤認であつて、被告人こそ収税官吏の職権乱用、違法な質問検査に対して、それを制止し、止むを得ず、防衛行為に出たものであることを殊更看過しているのである。この点でも、被告人の行為を抵抗権の行使、団結権、結社権にもとづく民主商工会組織破壊に対する自救行為と認めなかった原判決は重大な事実誤認がある。

[63] 原判決は、被告人が小松正の上膊部を引張るなどの行為をした旨認定しているが、被告人が斯る行為をしたとの証拠は唯前顕小松証人の供述以外に何もなく、他に傍にいた者は全てこれを否定していることよりみて、同証人の供述は全く措信できないものである。この点でも原判決は事実誤認をしているのである。
[64] 原判決は、旧所得税法63条の質問検査権につき、所得税の調査なら何時如何なる場合でもできるとの誤った解釈にもとづき、同条および70条10号を適用処断しているのであつて、この誤りが決定的に判決に影響を及ぼしていることが明らかなので破棄さるべきが当然である。

[65] 第一「憲法違反」の項で述べたとおり、旧所得税法63条、70条10号は、憲法31条、35条に違反する無効のものである。この違悪無効な法律を適用して、被告人を処断した原判決はそれだけで破棄を免れないものである。

[66] 仮に、これを合憲とする立場においても、原判決は、質問検査権の解釈を誤つて適用した違法がある。
[67](一) 同法の質問検査権は、確定申告の内容に合理的な根拠資料による疑いがある場合にはじめて、その疑いや不明点を明らかにするために認められたものである。
[68] 即ち、所得税、法人税など直接国税は、人民が自己の所得(課税標準)と税額を一方的に確定することによつて、所謂「納税義務」が形成される。したがつて、これは確定申告権といわれる。国は、この確定申告の内容を原則として正しいものとして取扱わなくてはならない(確定申告尊重義務)のであつて、この尊重義務を免れる唯一の場合が、申告の内容に疑いがあると認められる場合であつて合理的な根拠資料によつて、それが、裏づけられた場合に限るのである。この、確定申告の内容に疑いがある場合こそが、同条の「所得税の調査に関し、必要あるとき」なのであつて、又こういう場合だけが「納税義務があると認められる者」に該当するのである。実務上も、人民から確定申告が提出されると「机上調査」と称する点検をやり、確定申告の内容が疑わしいものと、そうでないものとに選別し、疑いのあるものは、質問検査に廻すものとして「所得調査カード」や「法人税準備調査表」の選定理由欄に、その調査に選定した理由を記載することにしている。この選定理由記載事項が、確定申告の内容の疑いであり、この記載事項が合理的な根拠資料で裏付けられていなくてはならないのである。
[69](二) 法63条の検査権が、憲法35条の適用なしとする立場の者も、法70条10号によつて処罰されるには「正当な理由なく忌避、拒否、妨害」がなされたことを要するとしている。したがつて「正当な理由」の不存在は、70条10号の特別の構成要件要素であり、違法要素であるというべきである。したがつて「正当な理由の不存在」についても厳格な証明を要するのである。
[70](三) 所が、原判決は本件においては、第三「事実誤認の違法」で詳述したように何らの具体的な、合理的な根拠資料による疑いもないのに、質問検査をしたものであつて、本件質問検査はこの点で、重大な違法を犯しているのに、この点を全く看過して被告人を有罪にしたものであるから、重大な法令の解釈適用の誤りがあると言わざるを得ない。しかも、原判決は被告人には、第三「事実誤認の違法」で詳述した如く質問検査を「拒否、妨げる」につき「正当な理由」があるのに、この点を全く看過したものであるから、法70条10号の解釈適用を誤つた重大な違法があると言わねばならない。
[71] 原審において、弁護人は旧所得税法63条70条10号が憲法31条、35条、38条1項等に違反した無効のものであること、本件が弾圧であつて被告人の所為が何らの違法性をもたない正当な行為であること、本件税務調査が法63条、70条10号の要件すら充足していないものであり、且つ、先例、慣行、約束違反による平等原則違反であり、被告人の本件所為が収税官吏の違法な税務調査に比例して何らの違法性をもたぬことなど、刑事訴訟法335条2項所定の法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張し、立証した。これに対し、原判決は、単に、法63条、70条10号が憲法35条、38条1項違反にはならないこと(この点は、弁護人は全く納得がいかぬことであるが)本件が弾圧ではないこと(唯この点は情状として採用できる点があると言つている)、弁護人主張の昭和38年2月18日の「約束」は、双方の合意ではなく、税務署で採用できるものを採用したにすぎないと判示していること以外何らの判断をしていない。

[72] 即ち、法70条10号、63条は、犯罪構成要件事実が極めてあいまいで、罪刑法定主義に反するから憲法31条に違反している旨の主張については、何らの判断をしていない。
[73] 又、本件被告人の所為が、被告人等民主商工会の組織と団結を守るための団結権、抵抗権の行使であり、川崎税務署の質問検査に名を籍いた弾圧に対する止むに止まれぬ自権行為として、正当防衛であるとの主張についても何らの判断を示していない。

[74] したがつて、原判決は、刑事訴訟法335条2項の法律上犯罪の成立を妨げる理由についての判断の遺脱であり、且つ、判決に、当然附すべき理由を附していないものであるから、刑事訴訟法378条4号に該当する重大な違法であつて破棄さるべきが当然である。
[75] 原判決は、旧所得税法63条所定の「所得税の調査に必要あるとき」としての「過少申告の疑い」につき、直接調査対象を選定したものではない証人小松正の公判廷における供述によつて、罪となるべき事実を認定したことは、証人の直接体験しない伝聞供述を採用したものであり、又、唯一の直接的証拠である所得調査カードの公判廷提出命令については、東京国税局長の発動の前に屈服し、重要な証拠の公判廷顕出に努力しなかつたのである。これは、伝聞法則違反、採証法則違反という重大な訴訟手続の法令違反として、判決に決定的な影響をおよぼすこと明らかであるから破棄すべきが当然である。

[76] 原判決は、罪となるべき事実として法70条10号、63条の構成要件該当事実の一つとして「過少申告の疑い」を暗に認定しながら、この「過少申告の疑い」の認定のための証拠として単に証人小松正の原審公判廷における各供述のみを援用しているにすぎない。

[77] しかしながら右小松証人は、直接被告人の確定の点検をなし、過少申告の疑いあるものと認定したものではなく、所得調査カードの選定事項欄に「過少申告の疑い」に相当する事項が記載されていた事実に基き供述しているにすぎないのである。このことは同証人等の供述によつて明らかである。所得調査カードに記載した者こそ正当な証人適格をもつものであり、右カードも伝聞証拠であるから右両名の「過少申告の疑い」についての右供述部分は何れも二重の伝聞供述であつて、証拠として採用しえないものである。この不適当な伝聞供述を採用した原判決は、当然破棄を免れない。

[78] 弁護人は、原審において被告人の昭和37年分所得税の所得調査カードの提出命令を求め、原審はこれを採用したが、東京国税局長の不当な提出拒否のため、公判廷に顕出することができなかつた。
[79] 本件において「過少申告の疑い」を直接証明しうる証拠は直接選定事務を担当した職員か、前記「所得調査カード」である。したがつて、前記伝聞供述が違法であり、所得調査カードも公判廷に顕出されなかつた以上、「過少申告の疑い」は全く原審において証明されなかったものである。
[80] ところが、この点についても原判決は、採証法則を誤つたものであつて、原判決は、破棄を免れない。

[81]第七 以上のとおり、原判決は、6点に亘る重大な違法を犯しているのであつて、直ちに、原判決を破棄して、被告人に無罪の判決をするよう求めるものである。
以上
[1] 原判決は、憲法第31条、35条、38条1項に違反する旧所得税法第70条10号、63条を適用し処断したものであつて、その誤りが判決に決定的に影響していること明らかであるから、破棄さるべきが当然である。

[2] 旧所得税法70条10号、12号、63条は、憲法31条の適正手続条項に違反している。法70条10号、12号の構成要件の内容をなす法63条は、その規定が極めて不明確である。

[3] 原判決は、本件公訴事実そのものが、国税庁長官の指令のもとに東京国税局の直接指揮で、川崎税務署、東京国税局各職員が直接実行した、私も所属する川崎民主商工会に対する不当な弾圧に達する被告人の団結権、結社権、抵抗権の行使であるところ、この団結権、結社権、抵抗権に関する憲法の諸条項の解釈適用を誤り、処断したものであつて、その誤りが決定的に判決に影響していることが明白であるから破棄さるべきが当然である。
[4] 原判決は弁護人及び私の主張、質問検査権等に対してなんらの判断も示さず、起訴状にあることを検察側証人から抽出し罪となるべき事実に適用している。
[5] これは、私にとつてまことに不服であり、罪となるべき事実そのものにも重大な誤認があることから、以下真実をのべることにする。

[6](一) 原判決は私たち川崎民主商工会に対する不当弾圧の事実に目をおおつた。そもそも、ここに原判決の予断と偏見がある。
[7] 民主商工会を弾圧する計画は、昭和37年に制定された国税通則法にあつた。国税通則法は、私たち民主商工会をはじめ、民主的諸団体の全国的な反対運動の中で、本件のような税務当局の不当な行為を5項目削除しているのであるが、主眼は税務権力の拡張と納税者の権利を無視するところにあつたのである。
[8] 本件は削除された5項目のうちの記帳の義務化、質問検査権の強行と罰則をむきだしにしたものである。民主商工会に対する弾圧調査及本件の法的根源は、この国税通則法制定にあつたことはあきらかである。私たち民主商工会は日米安保条約の改定による必然の結果として、又時を同じくして労組民主団体を弾圧するために用意され、全国民的反対運動で陽の目を見なかつた「政暴法」の税金版として、同法が制定されたものと判断していた。
[9] 従つて、私たち民主商工会をはじめ他の民主的団体が、同法の制定によつて弾圧をうけることを予想せざるを得なかつた。
[10] 果せるかな、「全国税労組」をはじめとして、「労音」や「労組」に対する弾圧が始まつたことを知らされたのは制定後まもなくであつた。また、同法が制定された翌年、昭和38年5月には、当時の木村国税庁長官による、新聞発表と指令によつて、福岡、愛知、浜松等の各地の民主商工会に対して、一斉弾圧調査が始まつたことを知つたのである。
[11] 川崎税務署が同様の弾圧行政をとることはもはや、時間の問題とされていたのである。国税当局はどうしてかかる弾圧調査をしなければならなかつたのであろうか。
[12] 「植松証言」によると、「集団的圧力をかけるために、税務署が充分調査すべきものを調査していない。そのために民商会員の所得が一般よりも低いままに放置されているので「民商の会員に対してもつときつくやらなければいかんという国税庁からの指示が38年5月にあつた」とのべている。また同証言は「調査妨害事例が色々集つているのであり、それらが集約されて国税庁の5月の指令になつた」とのべている。
[13] さて、この国税庁の5月指令の根拠は事実であつたろうか。絶対否である。集団的に圧力をかけ、税務署が充分調査できなかつたなどの事例は川崎署においては、佐藤、平柳証言等で明らかなように、まつたくなかつたばかりか、スムースに税務調査が行なわれていたのである。
[14] 私たちの代表が歴代の署長等、税務署幹部と話合いをもつて税務行政の円滑をはかつてきたのもそのためである。
[15] 私たちは納税者の権利として、納税者の苦境をのべ、税務署と幾度かの懇談をしてきているのである。これがどうして集団の圧力であつたろうか。川崎税務署長からの感謝状はこのことを雄弁に物語つている。
[16] 民主商工会の会員の所得が一般よりも低いまま放置されているというのも不思議な話で、課税の公平を表看板にする税務署が、一方的に民主商工会は過少申告だとする根拠を一般との比較だけに求めていることは、あまりにも非科学的な根拠である。
[17] 現在、納税者のすべてが税金を重税と感じないものはいないし、苦しんでいないものはない。
[18] 現行税制が配当所得者と事業所得者の控除に雲泥の差があることからみて、その矛盾からくる税制において、どうして一般と民主商工会の差を云々することができようか。
[19] ここに税務当局の民主商工会に対する偏見があるのである。
[20] 多くの民主商工会員が会員になる以前は不当な課税にあい、明日の生活と営業に不安を感じているときであることを考えるなら、一般の業者が不公平な課税にあえいでいることが真実なのである。
[21] 川崎署と川崎民主商工会との関係で言うなら、申告、調査の段階で課税の公平が執行されていたと見るのが、佐藤証言からみても証明できる筈である。「調査妨害の事例」に至つては、川崎署においてなかつたことは佐藤証言をみても明らかである。
[22] それでは、何故に、税務当局は民主商工会の弾圧を企図したのであろうか。
[23] まず第一に、国税通則法を制定した昭和37年は中小商工業者の中層クラス以下に対して過酷な徴税の嵐が吹きまくつたのである。このことは清水川崎税務署長が証言している。この過酷な徴税の嵐は勢い重税に対して税務行政の民主化、課税の公平のために努力している民主商工会の組織を拡大することになつた。川崎民主商工会をはじめ、全国の民主商工会は1年半の間にその組織を2倍にしたのである。
[24] 税務当局が奨励している「青色申告会」「法人会」の組織は停滞ないし減少の傾向であつた。このことが民主商工会弾圧、組織破壊の第一の理由であつたのである。
[25] 第二に民商の組織拡大は社会的に、政治的に、影響を与えるようになつた。中小商工業者の切実な要求を対政府に、対地方自治体に、対税務当局に、対金融機関に出し、運動を展開していつた。
[26] 民商出身、民商推薦の国会、地方議員が続々と登場した。
[27] こうしたことが税務当局には気に入らなかつたのである。芽は早いうちにつんでしまえとばかりに民主商工会の組織に弾圧をかけたのである。
[28] しかしながら、労働者が生活と権利を守るために団結するように、中小商工業者が営業と生活を守るために団結して、自らの利益を守ることは必然の道であり、税務当局が弾圧すべきものではない。
[29] こうしたことは憲法上許されないことであるからして、原判決は、こうした税務当局の不当行為、不当弾圧にはまつたく目をつぶり、私を罪人にしているが、これが不当判決でなくてなんであろうか。

[30](二) 私はかかる税務当局の弾圧の中で、川崎民主商工会の役員として会員の利益を守るために日夜活動してきたが、この私の正当な行為を原判決は罪となるべき行為と認定している。
[31] 私は裁判というものは,もつと公正であると信じていたが、このことは裏切られた訳である。裁判形式がどうあろうと、私たちの正しい主張に一切耳をふさぐという原判決はあまりにも不公正である。
[32] さきにも述べたとおり、昭和37年に、国税通則法が制定されると同時に、税務当局は、全国税労働組合の組織破壊と税務職員のしめつけをおこなつたのである。私たち民主商工会が民主的権利擁護の立場から、この全国税労働組合の弾圧に反対したことは当然であつた。
[33] こうした税務当局の動向は異常さを増し、川崎署においても例年行なわれていた夏期休暇やレクリェーションがとり消され、税務職員の教育を強めるなどして、納税者に対する調査を徹底して行なつた。
[34] 38年の確定申告を前にして、こうした税務当局の異常さを追及することと、私たちの要求を実現させるための交渉、2月18日の全国統一行動が行なわれた。本件で問題になつている、いわゆる2・18の3つの約束ごとである。2月18日の交渉は、税務行政における職権乱用の多発からくる状態の中で、川崎税務署と民主商工会の従来の関係の再確認と、私たちの要求にもとづく約束が、とくに3つの約束が行なわれたのである。
[35] 佐藤証人は2月18日の約束があつた結果、窓口の係長になつた旨をはっきりとのべている。
[36] 原判決は3つの約束についての判断で事実誤認以上のものがあると言わねばならない。3つの約束は、申告納税制度を守り、民主的税務行政の確立を守る上で、署側にとつても、私たちにとつても可とすべき最良のものであつたのである。
[37] この約束にもとづいて、38年の確定申告がスムースに終了しているのである。別件平山公判における小宮証人がこの3つの約束はなかつた、民主商工会の要求を聞いただけだと空々しいウソをのべているが、小宮証言をつぶさに検討するなら、3つの約束があつたことが証明できる。たとえば事後調査、更正決定はなるたけしないようにするという確認をしたとのべているし、民主商工会と税務署とは窓口をつくつて話し合う、ということは佐藤証言をまつまでもなく、事実として存在したことからみて、はつきりしているものである。
[38] しかしながら、問題は38年5月に国税庁長官の通達がでるにおよんで、川崎署が従来の態度を一変させたことである。
[39] 同小宮証言にもあるとおり、「民主商工会の担当の場合はいつも名簿の整理ということに主眼をおいていた」ということは民主商工会に対する弾圧を着々と準備していたことは明らかである。
[40] 38年9月2日からはじまつた民主商工会の会員に対する調査は、前代未聞の不当なものであつた。2人1組となつて、およそ20組が同時間一斉に民主商工会の会員宅に、突然臨店してきてすぐ調査させろと恐迫してきたのである。
[41] 当初は主として、中原方面にこの種の調査が集中して強行されたのである。私も会の役員として、会員のところに出向き、税務職員に対し、その不当性をのべ、正常な調査にもどすよう説得をつゞけたのであるが、税務署員の態度は、東京国税局員を先頭にして、以前にない強行で、横柄なもので、私などの顔を見ると「あんたは関係ない、帰れ」と怒鳴りちらす始末であつた。こうした川崎税務署の不当調査は、あるときは2人組、あるときは13人組という暴力団まがいにして、民主商工会員におそいかかつたのである。
[42] 税務当局のこの不法不当なやり方は、平柳証人、中川証人、中島証人で明らかなところである。
[43] 川崎税務署は、こうした不当調査を強行することで会員に対して、直接、間接脱会を強要した「会に入つているからいじめられるのだ」「やめれば調査はしない」などと、アメとムチで直接的な脱会工作のやり方と、反面調査からくる取り引き先や、銀行からの取引停止などのおどかしによる間接的な脱会工作のやり方と、2とおりの手口をもちいたのである。
[44] こうした組織破壊の不当調査によつて、当時約千名の会員を擁していた川崎民主商工会会員の多数が会をやめてゆくことを余儀なくされたのである。
[45] かつてなかつた脱会届なるものを、税務署と民主商工会会長宛及び事務局宛へ、複写で郵送してくるなど明らかに、税務署の脱会指導による方法で脱会手続をとつたのである。
[46] 前述の小宮証言によれば、ガリバン刷りの脱会届があつたとのべているが、業者がガリバン刷で書くわけがないことははつきりしている。川崎税務署の脱会工作によるなにものでもない。
[47] 川崎民主商工会会員に対する集中的な不当調査は38年9月から翌年の2月迄つゞき、その後も41年6月現在に至るもひきつゞき、民主商工会への悪宣伝とともに、不当調査、組織破壊をつづけている。
[48] こうした異常な事態における川崎市民及び団体が不安のうちに生活することを非とし、川崎市議会は、私たちの請願を全会一致で、40年12月採択し、政府へ意見書を提出した。
[49] 意見書一項目に、川崎税務署の不当行為をただちにやめるようとあるのは、真実をみきわめた正しい決定であつた。
[50] このことは、原判決よりも86万の市民を代表する川崎市議会の方が真実をみぬく正しい目をもつていることを物語るものである。
[51] 原判決は、本件における税務当局の不当調査、民商弾圧の実態にわざと目をおおい、見て見ぬふりをしている。
[52] 予断と偏見をすてて事実をありのまま見るなら、本件における税務当局の行為を非とし、私の行為を是としただちに、原判決を破棄しなくてはならない。
[53] 原判決は、予断と偏見にもとづき事実の認定に重大な誤りをおかしている。すなわち、

[54](一) 本件調査は川崎民主商工会に対する弾圧である。
[55] 原判決は川崎民主商工会は「昭和23年設立以来漸次その会員を増加し、その勢力を増してきた。川崎民主商工会は東京国税局管内の民主商工会中最も勢力の強いものに属し、その会員が集団で税務署に対してデモをかけ、その圧力で自己の要求を貫徹しようとしたりした」そこで「川崎民主商工会の介在が適正な税務執行、調査等を妨げる癌となり」「民主商工会員に対する所得調査を徹底的に行なうよう指示し東京国税局員直税課小松正等6、7名の職員を」川崎税務署に派遣し、民主商工会々員の所得税確定申告の調査に着手した」と客観的には民商会員の弾圧を認めながら不思議なことにあくまでこれらの真実に眼をふさぎ、主観的に「民主商工会の組織破壊をもつてなされた行為と認めることはできない」として、自己矛盾におち入つている。まつたく誰れが見ても明らかな弾圧の事実を適正な所得調査だと認定し、事実誤認をおかしたものである。

[56](二) 原判決には、誤まりを引き出す決定的な原因が存在するのである。
[57] すなわち、そもそもの出発点から、民主商工会に対して強い予断と偏見をもつていたことは、その判断に決定的な影響を与えるに充分だつたからである。私たち民主商工会が10余年来つづけてきた、歴代税務署幹部との交渉をあたかも暴力であるかのように誤まつて認織し適正な税務執行や調査が妨げられる癌になつていたと判断するがごときは、正におどろくべき、予断と偏見である。
[58] 納税者が税務行政の執行を直接担当する所轄の税務署に対して、税務行政の民主化と円滑をはかるために話し合い、納税者の要求を申入れ要請することは、国の主権者たる国民が憲法に保証された正当な権利である。
[59] また、納税者が主権者たるにふさわしい営業と生活を守るために、自らの組織を作り、集団で交渉したり、デモをすることがなぜ不当なのか、なぜ適正な税務執行、調査等を妨げる癌となつたのか何一つその理由を明らかにしていない。証人植松守雄の証人調書はいつたいどこの話をしているのか、川崎に於てはそのような事実はただの1回たりともないことは、佐藤証言でも明らかなとおりである。
[60] 原判決のいうごとく、デモをやり、交渉をやるからといつて、報復的に不当な調査を行なうことは絶対に許されない。

[61](三) 過少申告の疑いや、調査の必要性は存在していない。
[62] 川崎民主商工会はデモや集団で交渉するからけしからん、だから会員もけしからんと見て「会員の申告額は一般の納税者の申告に比し低額にされている疑いがある」と断定してこれも証人植松守雄の証言をそのまま採用しているがそれを裏付ける具体的な証拠は何にも示されていない、ましてや、佐藤、平柳証言の如く、調査妨害などの事例は1件もなく、それでも調査は何回となく行なわれてきたのである。
[63] 民主商工会の会員の申告額は千差万別である。
[64] 同業種でも立地条件も違えば商売の規模、内容も異なつている。何人かの会員の申告額を何年か統計をとつてみて同じように変動していたからといつて過少申告だと疑うにたる具体的根拠にはならない。毎年申告額が上がつている人もいれば下がつている人もいる。一部分を見て過少申告らしいと、収税官吏が考えたからといつて証人植松守雄がいう如く民商会員であることを理由に、無差別に調査することは、弾圧以外のなにものでもない。
[65] 調査権を発動するには、それなりの具体的で、合理的な証拠と調査の要件を備えている場合にのみできるものであり、要件の備わらない調査は収税官吏の違法且つ不当行為であることを特に強調しておく。
[66] 昭和38年9月2日に抜き打ちに約20軒の不当調査が同時間一斉に行なわれているが、私の場合も別件公判の福岡木型製作所も、徹底した不当調査を受けたがいまだに更正決定が出されていないではないか。
[67] 私の場合は、原判決によれば会員であるため「一般の納税者の申告に比し、低額にされている疑いが」あるはずだから調査の対象に選定されたことになつている。ところが調査の対象に選定する段階で調査の選定理由が所得調査カードに明記されていなければならないが、唯一の直接的証拠である所得調査カードが法廷に提出されていないので、それを証明する証拠はない。
[68] しかし、取引先や、銀行調査が徹底して行なわれたにもかかわらず、更正決定を出すことができなかつたことは、私の申告には過少申告の疑いがなかつたことが明らかである。これは民商会員であるがために不当調査が行なわれたなによりの証拠である。
[69] 更に第一審でのべた通り、昭和29年頃より私の店舗の隣接地域の商店街にマーケツト群ができ、また同業者数も増え年々所得が低下した事情があり特に昭和35年、6年頃には商況不振の情況を税務署に現地調査をやつてもらい、営業の実態は川崎税務署も熟知しているところである。私は36年に店舗を縮小して貸店舗等にして収入を補つてきたものである。

[70](四) 原判決は計画的挑発デツチ上げを無視して誤認している。
[71] 当日本件現場にニユースカメラマンや私服警察官が同行した事実は認めながら、川崎税務署や小松正等が依頼又は同行を命じたものではないとしているが、川崎市内には多くの商店があり、特に私の店がカメラに写されるほど特徴のある店ではないし、同日私の店に調査があることを知らずに、偶然に調査に居合わすということは不可能であり、何らの連絡、打合せがなくては発生しない現象であることは論をまたない。このことはデツチ上げのための計画的挑発行為であつたのである。

[72](五) 又、収税官吏が3人も来たことは大袈裟だとして、通常とは異なる点は認めながらも調査は適法だつたと強弁している。しかし、いまだかつて私のごとき小商店に3人の収税官吏が調査に来るなどといつた事例は皆無である。
[73] 組織破壊の事例を上げればきりがないが、なぜに私のところに3人もの収税官吏が臨店したのか、その目的は明白である。原判決が述べているとおり税務当局にとつては「その勢力を増してきた」川崎民主商工会の「存在が」税務当局にとつて「癌」となつているので異例の処置をとり徹底した調査をし、税金をとる立場の税の公平を期するためには、民商組織を壊滅あるいは弱体化をさせることを目的として期待したのである。
[74] 川崎税務署はかつて、民商が正常な調査ならばいつでも受けてきた事実を知つているし、それだけでは民商会員がへるどころか、「会員を増加し、その勢力を増してきた」にがい経験をもつているので、9月2日から弾圧を開始したものである。

(六) 2月18日の3つの約束
[75] 原判決は、2月18日の約束はなかつたこと、事前通知や事務局員の立合は慣行先例の域に達しなかつたと判断しているが「3項目等を含む要請をした事実は認め」ているが、川崎税務署が約束したことにならず、単に右要請中容認できるものを実施したに過ぎないと判断している。然しながら、3つの約束、即ち、確定申告を尊重する。単なる資料にしない。更正決定、事後調査はしないようにするため、そのためにこそ税務署と川崎民主商工会の窓口を設ける約束をなしたのであつて、前2項目を度外視した窓口は本来存在しないのであつて、窓口を容認したことは即ち前2項を実施、実現するために設けられたのが事実である。原判決は窓口が設けられた事実を認めながら前2項をまつたく切り離して作文しているのである。
[76] また、10年来川崎民主商工会が歴代税務署幹部と話合い、よき慣行がつづけられてきたことも原判決の認めるところであり、国税庁長官の5月談話が出される以前の2月18日の交渉において、当時の川崎税務署長清水豊三が税務行政を執行する上で今迄の慣行を再確認し、当然尊重されるべき3項目を約束したのである。
[77] 5月の長官談話が出されて以後の約束ならいざ知らず、10年来のよき慣行として代々ひきつがれ実行されている事実から見ても当然約束がなされたといえるのである。また事務局員の立合や事前連絡に至つては問題なくスムースに行なわれて来たものである。
[78] まさに、5月長官談話を起点として以上の関係も約束もふみにじられて川崎税務署と川崎民主商工会の関係は一変したのである。

[79](七) 以上のべたとおり、私に対する調査なるものは、民商の組織破壊の一環であつたことはもはや明白であり、小松正等の不当な調査を受ける必要のない正当な理由があつたのである。
[80] 以上に加え、お客がたてこむ時間にいきなり事前通知もなしに臨店し、ウインドの前に3人もの収税官吏が立ちふさがり、“昨日の売上はいくらか”“在庫調査をやるぞ”と調査の目的や対象を明らかにせず申告となんの関係もないことを強引に調査しようとする、適法な質問検査の要件も具備しない違法行為に対し断呼反対し弾圧を排除し、自らの権利を守るための抵抗であり正当な防衛である。
[81] これら諸般の事情から判断して見ても戸外に立つている小松正に対し、空地に行つて話そうではないかと自然に促したもので決して、中島証言でも明らかなように小松正の左上膊部を引つぱるなどし「検査を拒んだ」ことはない。
[82] 原判決は小松正等の証言を一方的に採用し事実誤認もはなはだしいので原判決を棄却し、不当な検事の控訴を棄却して私に無罪をすみやかに言渡すべきが当然である。
[83] 原判決は旧所得税法63条の質問検査権は、所得税の調査なら、何時如何なる場合でも行使できるとの誤つた解釈にもとづき、同条、70条10号を適用し処断しているのであつて、この誤りが決定的に判決に影響を及ぼしていることは明らかなので、破棄さるべきが当然である。
[84] 本件が弾圧であつて被告人の処為が違法性をもたない正当な行為であること、本件税務調査が法63条、70条の要件すら充足していないものであり、且つ先例、慣行、約束違反による平等原則の侵害であり、被告人の本件所為が本件収税官吏の違法な税務調査に比例して何らの違法性をもたぬことなど、刑事訴訟法335条2項所定の法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張しているのに、これに何らの判断を示さず判決にその理由を附していないことは、刑事訴訟法378条4号に該当する重大な違法であつて、破棄されるべきが当然である。
[85] 原判決は、旧所得税法63条の「所得税の調査に必要あるとき」としての「過少申告の疑い」につき、直接調査対象を選定した者でない証人小松正の公判廷における供述によつて認定したことは、証人の直接体験しない伝聞供述を採用したものであり、又、唯一の直接的な証拠である所得調査カードの公判廷提出命令については、東京国税局長、川崎税務署長の不当な提出拒否権発動の前に屈服し、重要な証拠の公判廷顕出に努力しなかつたものであつて、これは伝聞法則の採用と採証法則に対する重大な違反であり、訴訟手続の法令違反として、判決に決定的な影響を及ぼすこと明らかであるから破棄さるべきが当然である。
[86] 以上の次第なので、直ちに原判決を破棄し、検事の控訴を棄却して、私に無罪の判決をすべきである。
以上
[1] 原判決は、被告人に対する所得税法違反被告事件につき、公訴事実と同旨の事実を認めたうえ、検察官の罰金15,000円の求刑に対し、
「被告人を罰金1万円に処する。
 但し、本裁判確定の日から2年間右刑の執行を猶予する。
 訴訟費用は被告人の負担とする。」
との判決を言渡したが、右判決は、刑の量定が軽きに失して、不当であるのみならず、法令の解釈適用を誤つたものである。
[2] 以下、その理由を詳述する。 [3] 本件犯行は、その罪質において軽微とは言い難い。
[4] わが国においては、憲法第30条において、日本国民が法律の定めるところに従つて納税の義務を負うことを宣言し、税制上いわゆる申告納税制度をとり、原則として納税者の申告に従い課税することを建前としているが、租税負担の公正、公平を担保するため、第二次的に収税官吏に対していわゆる質問検査権を認め(所得税法第63条―現行第243条)、その行使を実効あらしめるためもうけられた規定が所得税法第70条の罰則である。課税の公正、公平は国民のもつとも注目するところであるから、右のような収税官吏の質問検査権の行使を妨げた啓告人の本件犯行は、その罪質において決して軽微なものとは言い得ない。

[5] 被告人の本件犯行は、その犯情においても悪質と認められる。
[6](一) 原判決は、被告人方に収税官吏3名が調査に赴いたことは大袈裟で、被告人をして反感を懐かしめるものがあつたから犯罪の情状として考慮すべきであるとしているが、収税官吏が3名来たことをもつて大袈裟と考えること自体が誤りである上、収税官吏3名が調査に赴いたことには合理的な理由があつたのであり、これをもつて被告人に有利に酌量すべき情状とは言い得ないどころか、むしろ逆に被告人の犯情が悪質であればこそ、このような調査によらざるをえなかつたのである。
[7] すなわち、被告人は、神奈川県民主商工会川崎支部川崎民主商工会(以下、川崎民主商工会という。)の会員であるが、川崎民主商工会会員は、原判決も認めているように、集団で税務署に対してデモをかけ、その圧力をもつて要求の貫徹をはかつていたものであるばかりか、従来収税官吏が税務調査に赴いた場合にも同会員からは積極的な調査妨害を受け、そのため同会員に対しては調査を十分に行ない得なかつたのである(植松守雄証人尋問調書―記録403丁、410丁、433丁および434丁)。
[8] 現に、被告人方へは、本件犯行の2日前にも収税官吏小松正ほか1名が調査に赴いたが拒否されているのであり、本件犯行当日、被告人方には多数の民商会員が参集しており、調査に赴いた小松正らが検査を拒まれた(小松正の証言―記録37丁、42丁、平柳治敏の証言―記録138丁、中島豊の証言―記録227丁。)実情に徴しても、被告人は川崎民主商工会の威力と同会員多数の圧力とによつて調査、検査を拒否する態度に出ているのであつて、通常行なわれていたような収税官吏1名あるいは2名によつては、到底十分な調査を期し得ない状況にあつたことを看過してはならないのである。
[9] また、本件調査等においては、調査の公正を担保するためにも、3名位が調査に赴く必要性があつたのである。
[10](二) しかも、その拒否の方法においては、積極的、暴力的であつた。すなわち、右小松正に対し「何回来るんだ、帰れ帰れ。」とわめいていたばかりでなく、右小松の左上膊部をわしずかみにするなどの積極的な暴力行為に出ている(小松正の証言―記録36丁、37丁)のであつて、拒否の方法においても、悪質といわざるを得ない。

[11] 被告人の財産状態等にも罰金刑の執行を猶予すべき特段の情状は認められない。
[12] 被告人は、昭和24年ごろ、現住所で精肉販売業を開業し、引続いて営業しており現在2階建店舗を所有し、その一部を賃貸しており、年間約50万円もの収入があることは、被告人も認めている(被告人の司法警察員に対する供述調書―記録308丁、309丁)ところであつて、被告人の家族状況等を考えあわせても、財産上、刑の執行を猶予すべき情状は全く認められない。
[13] 元来、罰金刑は、それ自体において軽い刑であり、これに執行猶予を付することは特別の事情のある場合に限るべきものと思料するが、本件のようなその罪質、犯情において悪質と認められ、とうてい罰金刑の執行を猶予すべき特段の情状が認められないのに罰金刑の執行を猶予した原判決は、刑罰としての効果に乏しく、量刑著しく軽きに失し、不当であるから、とうてい破棄を免れないものと思料する。
[14] 罰金または科料の言渡をなすときは、その言渡とともに、罰金または科料を完納すること能はざる場合における労役場留置の期間を定めてこれを言渡さなければならない。
[15] しかるに、原判決は被告人を罰金1万円に処しながら、同時にいわゆる労役場留置の言渡をしていない。原判決は、罰金刑を言渡し、その刑の執行を猶予する場合には、いわゆる労役場留置の言渡をなす必要がないものと判断したものと思われるが、これは刑法第18条第4項の解釈を誤り、法令の適用を誤つたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であるから破棄を免れない(最高裁判所昭和23年10月5日第3小法廷判決、刑集第2巻第11号1,263頁参照)。
[16] よつて、原判決破棄のうえ、改めて相当な判決を求めるため、本件控訴を申し立てた次第である。

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