川﨑民商事件
第一審判決

所得税法違反被告事件
横浜地方裁判所 昭和38年(わ)第2184号
昭和41年3月25日 判決

被告人 甲野太郎(仮名) 昭和3年1月14日生

■ 主 文
■ 理 由

■ 参照条文


 被告人を罰金1万円に処する。
 但し本裁判確定の日から2年間右刑の執行を猶予する。
 訴訟費用は被告人の負担とする。

 被告人は昭和24年頃より川崎市○○町○○番地で食肉販売業を始め、現在妻と2人で経営しているものであるが、昭和30年頃川崎民主商工会(以下川崎民商と略称する)に加入し、昭和36、37年度にはその役員となり会の財政を担当したことがある。
 川崎民商は全国商工団体連合会下部の神奈川県民主商工会川崎支部に属するもので、右団体は中小零細業者を会員とし、税務行政の民主化、税制の研究、税務指導相談、中小零細業者の経営,納税指導相談等対税務署交渉等を主目的とするものであるが、昭和23年設立以来漸次その会員を増加し、その勢力を増してきた。川崎民商は東京国税局管内の民主商工会中最も勢力の強いものに属しその会員が集団で税務署に対してデモをかけその圧力で自己の要求を貫徹しようとした。他方国税庁においては昭和38年5月頃民主商工会の介在が適正な税務執行、調査等を妨げる癌となり、その会員の納税申告額は一般の納税者の申告に比し低額になされている疑いがあるとして各国税局に対し、民主商工会員に対する所得調査を徹底的に行うよう指示し、東京国税局は川崎税務署に対し、その旨伝達すると共に、同年9月3日頃東京国税局直税部所得税課所属の小松正等6、7名の職員を川崎税務署所得税第2課付の併任辞令を交付し、川崎税務署は同日頃より管内の民主商工会々員の所得税確定申告の調査に着手した。
 被告人は昭和38年10月3日前記自宅店舗において川崎税務署収税官吏小松正が被告人に対する昭和37年分所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとするに際し、何回来るんだ、だめだ、だめだ、事前通知がなければ調査に応じられない等と大声をあげたり又あちらへ行こうと右小松正の左上膊部を引張るなどし、以て右検査を拒んだものである。
 判示冒頭の事実につき
一、証人平柳治敏、同佐藤勇の当公廷における各供述
一、証人植松守雄の昭和40年2月24日付証人調書
一、当公廷における被告人の供述

 罪となるべき事実につき
一、証人小松正の当公廷における供述
一、被告人の司法警察員に対する供述調書
一、当公廷における被告人の供述
(1) 本件調査は外形上旧所得税法第63条の規定をよりどころに行なわれたものであるが、その実は民主商工会の組織破壊をたくらむ弾圧であり、もはや税務行政とは無縁な違法、不当な権力行使で調査権の乱用である旨の主張につき按ずるに、本件調査は前記確認のとおりの経緯で実施されたものであるが、証人小松正、同中島豊の各供述、被告人の昭和35年36年及び37年分の所得税確定申告書の各写、当公廷における被告人の供述によれば、川崎税務署は被告人の昭和37年度所得税確定申告について過少申告の疑いをもち、小松正外2名の収税官吏をしてその調査を実施せしめたものであることが認められ、又当日本件現場にニユースカメラマンや私服の警官が居合せたとするも、右は川崎税務署又は小松正等が同行を命じ又は依頼したものとは認め難く、又被告人方のような零細業者に収税官吏3名が調査に赴いたことは大袈裟で、被告人をして反感を懐かしめるものがあるが、これをもつて右調査を違法と断ずるを得ないところであり、本件調査が民主商工会の組織破壊をもつてなされた行為と認めることはできない。但し右のような状況下でなされた本件犯行は犯罪の情状として考慮されるべきものである。

(2) 昭和38年2月18日川崎税務署長と川崎民商代表との話合で、川崎民商会員が提出する確定申告を尊重し、単なる資料扱いはしない。更正決定、事後調査はしないようにする。そのための話合を民主商工会と川崎税務署の窓口を通じて行う。という3つの約束がなされたし、又川崎民商会員に対する確定申告の事後調査の際は事前に右事務局員に対する通知がなされ、又事務局員立会の下に調査されることが慣行となつていたのに、本件調査は右約束を無視し、先例に違反したもので、その行為は調査権の違法な行使といわなければならぬ旨の主張につき按ずるに、証人清水豊三、同平柳治敏、同佐藤勇の当公廷における各供述、2・18統一行動デーに参加された皆さんと題する書面(昭和40年押第378号の2)によると、昭和38年2月18日神奈川県民主商工会川崎支部の川崎民商及び中原民主商工会の各会員及び川崎建設労働組合員等が集団で、川崎税務署に対しデモをかけ、その代表が川崎税務署長清水豊三等に面会を求め、弁護人主張のような3項目等を含む要請をした事実は認められるが、右は集団の力をかりて要請したに過ぎず、右項目の約束ができたとは認められない。右会合の直後川崎税務署において川崎民商会員の昭和37年分の所得税の確定申告書の受付を署員佐藤勇をしてなさしめた事実はあるが、右は前記約束の実行と見るべきでなく、右要請中認容できるものを実施したに過ぎないものと認むべきである。本件調査時前において、川崎民商会員に対する確定申告の事後調査に際し、たまたま事前に右民商事務局員に連絡されたり又事務局員立会のもとで調査された事実は認められるが、右が行政上の慣行、先例の域に達したものと認められず、右主張は理由がない。

(3) 次に旧所得税法第63条の質問調査権は憲法第38条及び35条に違反する旨の主張につき按ずるに、右調査は純粋に行政的な手続であつて、適正な課税標準と税額の確定を唯一の目的とするものであり、憲法第38条、第35条は刑事手続における供述の不強要、住居侵入、捜索押収に対する保障を目的とする規定であつて、本件のような行政手続に適用されないものであるから右主張は理由がない。
所得税法234条第1項、第242条第8号。
同法附則第35条。
所得税法第63条、第70条第10号。
罰金等臨時措置法第2条。
刑法第25条第1項。
刑事訴訟法第181条第1項本文。

 よつて主文のとおり判決する。

  裁判官 井上謙次郎
第63条 収税官吏は、所得税に関する調査について必要があるときは、左に掲げる者に質問し又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる。
一 納税義務者、納税義務があると認められる者又は損失申告書(第29条第3項に規定する申告書で損失申告書に相当するものを含む。)を提出した者
二 第61条又は第62条に規定する支払調書、計算書、調書又は源泉徴収票を提出する義務がある者
三 第1号に掲げる者に金銭若しくは物品の給付をなす義務があつたと認められる者若しくは当該義務があると認められる者又は第1号に掲げる者から金銭若しくは物品の給付を受ける権利があつたと認められる者若しくは当該権利があると認められる者

第70条 左の各号の一に該当する者は、これを1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。但し、第4号の規定に該当する者が、当該所得税について第69条の3の規定に該当するに至つたときは、同条の例による。
十 第63条の規定による帳簿書類その他の物件の検査を拒み、妨げ又は忌避した者
十二 第63条の規定による収税官吏の質問に対し答弁をなさない者

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