裁判員制度合憲判決
控訴審判決

覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
東京高等裁判所 平成22年(う)第393号
平成22年6月21日 第11刑事部 判決

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


 本件控訴を棄却する。
 当審における未決勾留日数中120日を原判決の懲役刑に算入する。


[1] 本件控訴の趣意は,弁護人小清水義治作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書(最終弁論を含む。)に,これに対する答弁は,検察官堀部哲夫作成名義の答弁書に,それぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。
[2] 論旨は,要するに,原審の判決裁判所は,裁判官3名と裁判員6名によって構成されているが,(a)裁判官でない裁判員が刑事裁判に関与したという点で,下級裁判所の裁判官の任命方法を定めた憲法80条1項に違反し,(b)裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)は特定の事件に限って裁判員裁判の対象としており,同法に従って構成された原審の判決裁判所は,特別裁判所の設置を禁じた憲法76条2項にも違反するから,原判決には刑訴法377条1号所定の事由がある,というのである。

[3]2(1) まず,(a)の点について検討すると,本件記録によれば,本件は,裁判官3名と裁判員6名によって審理,判決がなされたものであるところ,そのうちの裁判員6名が憲法80条1項が規定する方法によって任命された裁判官に当たらないことは所論のいうとおりである。しかし,憲法が裁判官を下級裁判所の基本的な構成員として想定していることは,憲法が司法権に関する第6章の中で裁判官の職権の独立やその身分保障等を定めていることからしても明らかといえるが,憲法80条1項の文言を見ても,下級裁判所の構成員がすべてこのような裁判官で占められなければならないことを規定したものとは考え難く,むしろ,憲法は下級裁判所の設置については「法律の定めるところによる」(憲法76条1項)としていて,その構成等について直接定めておらず,裁判官以外の者が裁判に加わることを禁止した明文の規定も置いていないこと,憲法と同時に制定された裁判所法3条3項が刑事について陪審の制度を設けることを妨げないと規定していることや、旧憲法(大日本帝国憲法)24条が「裁判官の裁判」を受ける権利を保障していたのに対し,現行憲法32条が「裁判所における裁判」を受ける権利を保障することとしており,憲法制定当時の立法者の意図としても,国民の参加する裁判を許容し,あるいは少なくとも排除するものではなかったといえることなどに照らすと,憲法80条1項は,あくまでも下級裁判所の裁判官について,その任命方法を定めたものにすぎないと解されるから,裁判官でない者が刑事裁判に関与したという一事をもって同条項違反の問題が生じるものとは考えられない。
[4](2) 次に,(b)の点について検討すると,裁判員法は,同法2条1項各号に規定する一定の重罪事件について,地方裁判所は裁判員の参加する合議体で取り扱う旨規定しているが,この合議体は,一般的に司法権を行う通常裁判所の系列に属する下級裁判所として裁判所法により設置された地方裁判所において上記刑事事件を処理するために構成されるものであるから,これが憲法76条2項にいう特別裁判所に当たらないことは明らかである。
[5] 所論は,裁判員が,最高裁判所の指名した者の名簿(憲法80条1項)とは無関係に,広く国民の中から無作為に選任されるものであることを指摘して,裁判員の参加する合議体は,通常裁判所の系列からは外れている,というのであるが,独自の見解であって,採用できない。

[6] 以上によれば,原判決には所論のいうような違法はなく,論旨は理由がない。
[7] 論旨は,要するに,原判決は,被告人が氏名不詳者らと共謀し,営利目的で,覚せい剤を含む違法な薬物を輸入しようと企て,覚せい剤1991.2グラムが隠匿されたスーツケースをマレーシア所在のクアラルンプール国際空港から千葉県成田市所在の成田国際空港まで航空機の機内預託手荷物として運送委託した上,同空港に到着後,同空港関係作業員らをして同スーツケースを機外に搬出させて本邦内に持ち込み,覚せい剤を輸入するとともに(覚せい剤取締法違反),上記覚せい剤を携帯していることを申告しないまま同空港内の旅具検査場を通過して輸入禁制品である覚せい剤を輸入しようとしたものの,税関職員に発見されたためにその目的を遂げなかった(関税法違反)との事実を認定しているが,被告人には,本件スーツケース内に隠匿された物品が違法薬物であるとの認識はなく,本件各犯行の故意を欠いていて無罪であるから,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
[8] そこで検討すると,被告人が本件スーツケース内に隠匿されたものが違法薬物であると認識していたことは,原審で取り調べた関係証拠によって優に認定できる。所論にかんがみ原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討しても,原判決に所論のいうような誤りはない。若干補足する。
[9] 本件では,(a)被告人が原判示のとおりの経路で本邦に本件スーツケースを持ち込んだこと,(b)本件スーツケースは,木製の板等で二重底に加工され,その内部に銀色の袋様のものに収納された覚せい剤が隠匿されていたことは,関係証拠から明らかである。
[10] ところで,被告人は,原審公判において,「エディという男性から50万円の報酬を条件に密輸の仕事を依頼され,その後,渡航先のマレーシアのホテル客室内で,エミリーという女性が持ってきた本件スーツケースと自己のスーツケースを交換した。本件スーツケースにはエミリーの荷物しか入っていなかったので,エミリーに密輸する物品がどこに入っているのか確認すると,中に入っているけど,どの辺にあるのかは分からない,と言われたことから,本件スーツケースの中を手で触ってみたが,どこに隠してあるのか見当が付かなかった。本件スーツケースの通常の収納部分に自分の荷物を詰め替えた上,これを本邦に持ち込んだ。」と述べているところ,このような犯行に至る経緯や本件覚せい剤の隠匿状況等に照らせば,被告人自身,密輸しようとする物品が,本件スーツケース内の通常の収納部分以外の箇所に隠匿できる程度の量及び形状のものであり,かつ,被告人の報酬等を支払っても依頼人に相当な利益が残るほどの利益率の高いものであることは当然に理解していたと考えられるところであり,そのようなものとしてまず想定されるのは覚せい剤を含む違法薬物であるといえるから,被告人には,他に特段の事情が認められない限り,違法薬物を密輸するとの認識があったことが推認されるものといえる。そして,被告人の手荷物の検査に当たった税関職員である甲野一郎の原審証言によれば,本件スーツケースの中から本件覚せい剤である白色結晶が発見された際,被告人には驚いたり慌てたりした様子が見られなかったことが認められるのであって,このような被告人の挙動は,隠匿された物品が違法薬物であることを認識していたことを窺わせるものである。
[11] 一方,被告人は,原審公判において,「エディやエミリーからはダイヤモンドを密輸すると聞かされており,本件スーツケース内にはダイヤモンドが隠匿されているものと信じていたから,違法薬物を密輸するとの認識はなかった。」と弁解する。しかし,被告人には,密輸の中では違法薬物の密輸が最も罪が重いとの認識があったというのに,税関検査の際には上記のような弁解を一切していなかったことが認められるのであって(これに反する被告人の原審公判供述が信用できないことは原判示のとおりである。),上記被告人の弁解は不自然,不合理というほかなく,たやすく信用できるものではない。
[12] その他,被告人が,税関職員に対して,ダイヤモンド以外の別の物品と思っていたなどと真剣に訴えた形跡も窺われず,前記推認を覆すだけの特段の事情を見出すことができないことにも照らすと,被告人には,本件スーツケース内に隠匿された物品が違法薬物であるとの認識があったと認められる。
[13] 論旨は理由がない。
[14] 論旨は,要するに,被告人を懲役9年及び罰金400万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
[15] そこで検討すると,本件は,前記のとおりの覚せい剤取締法違反及び関税法違反の事案である。
[16] 原判決が「量刑の理由」の項で説示するところは正当として支持できる。すなわち,本件は,国際的な薬物密輸組織の関与が窺われる計画的かつ巧妙な犯行であり,密輸に係る覚せい剤の量は約2キログラムと多量である。被告人は,報酬目当てに本件を敢行したものであって,身勝手な動機に酌むべきものはなく,密輸の実行役という犯罪遂行に不可欠な役割を果たしたものである。この種の事案に対しては一般予防の観点を軽視することはできず,また,被告人が不合理な弁解に終始し,真摯な反省の情を見い出すことが困難であることにも照らすと,被告人の刑事責任は重いというほかない。
[17] そうすると,被告人が,薬物密売組織の中では従属的で末端の立場といえる運び役を遂行したものであって,隠匿物が覚せい剤であることやその量を明確に認識していたとは認められないこと,税関職員による捜査の結果とはいえ,本件覚せい剤が現実に日本国内に拡散する事態には至らなかったこと,被告人が本件による報酬を得ていないこと,被告人には,本邦における前科がなく,国内外に6人の子どもがいること,心臓肥大の疾患があることなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮し,同種事案における科刑状況を踏まえて検討してみても,被告人を懲役9年及び罰金400万円(1日1万円換算)に処した原判決の量刑は,刑期,罰金額,換刑処分の換算金額のいずれもやむを得ないものであって,重過ぎて不当であるとは考えられない。
[18] 論旨は理由がない。
[19] よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中主文掲記の日数を原判決の懲役刑に算入し,当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 若原正樹  裁判官 菊池則明  裁判官 河畑勇)

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