予防接種ワクチン禍事件
上告審判決

損害賠償請求事件
最高裁判所 平成5年(オ)第708号
平成10年6月12日 第2小法廷 判決

上告人(被控訴人・附帯控訴人・原告)  古川博史 外2名
              代理人   中平健吉 外4名

被上告人(控訴人・附帯被控訴人・被告) 国
              代理人   細川清 外13名

■ 主 文
■ 理 由


 原判決中、上告人古川博史の国家賠償法に基づく損害賠償請求に関する部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 上告人古川治雄及び同古川イツヱの上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は上告人古川治雄及び同古川イツヱの負担とする。

[1] 本件訴訟において、予防接種法(昭和28年法律第213号による改正前のもの)に基づいて実施された痘そうの予防接種により重度の心身障害者となった上告人古川博史は、その両親である上告人古川治雄及び同古川イツヱと共に、被上告人に対し、国家賠償法に基づく損害賠償(以下「国家賠償」という。)を求めている。原審の確定した事実関係の概要及び記録上明らかな本件訴訟の経過は、次のとおりである。
[2] 上告人博史は、昭和27年5月19日、出生し、同年10月20日、呉市保健所において、予防接種法(昭和28年法律第213号による改正前のもの)5条、10条1項1号に基づき呉市長が実施した痘そうの集団接種(以下「本件接種」という。)を受けた。ところが、上告人博史は、同月27日から、けいれん、発熱を発症し、以後、けいれんが止まらず、通常ならば直立や歩行ができる時期に至っても、これができない状態となった。
[3] 上告人博史は、昭和35年1月ころには、座ったり、身体を転がして移動することができるようになり、また、わずかに歩けるようになった時期もあったが、その後、高度の精神障害、知能障害、運動障害及び頻繁なけいれん発作を伴う寝たきりの状態となっている。
[4] 上告人博史の右1及び2の症状は、本件接種を原因とするものである。
[5] 上告人らは、昭和49年12月5日、本件訴訟を提起した。なお、上告人博史については、同人が既に成年に達していたにもかかわらず、上告人治雄及び同イツヱが同博史の親権者と称して弁護士中平健吉外5名(以下「中平弁護士ら」という。)に本件訴訟の提起ないし追行を委任し、同弁護士らによって第一審の訴訟手続が追行された。
[6] 上告人博史は、第一審判決の言渡しの後である昭和59年10月19日、禁治産宣告を受け、上告人治雄が後見人に就職した。上告人治雄は、上告人博史の後見人として、改めて中平弁護士らに本件訴訟の追行を委任し、同年11月1日、原審にその旨の訴訟委任状を提出し、同弁護士らは、以降の訴訟手続を追行した。

[7] 原審は、右事実関係の下において、上告人らの国家賠償請求について次のように判示して、第一審判決のうち上告人らの請求を一部認容した部分を取消し、上告人らの請求をいずれも棄却した。
[8] 上告人らの本件訴訟の提起は、不法行為の時から20年を経過した後にされたことが明らかであり、上告人らの損害賠償請求権は、既に本件訴訟提起前の右20年の期間が経過した時点で法律上当然に消滅した。
[9] 民法724条後段の規定は損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであるから、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという上告人らの主張は、主張自体失当である。
[10] 一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、被害者側の事情等は特に顧慮することなく、請求権の存続期間を画一的に定めるという除斥期間の趣旨からすると、本件で訴えの提起が遅れたことにつき被害者側にやむを得ない事情があったとしても、本件で除斥期間の経過を認定することが正義と公平に著しく反する結果をもたらすということはできない。

[11] 上告人らの国家賠償請求に関する原審の右判断のうち、上告人治雄及び同イツヱの請求を棄却した部分は是認することができるが、同博史の請求を棄却した部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
[12] 民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当であると解すべきである(最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第1小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照)。
[13] ところで、民法158条は、時効の期間満了前6箇月内において未成年者又は禁治産者が法定代理人を有しなかったときは、その者が能力者となり又は法定代理人が就職した時から6箇月内は時効は完成しない旨を規定しているところ、その趣旨は、無能力者は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、無能力者が法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして、これを保護するところにあると解される。
[14] これに対し、民法724条後段の規定の趣旨は、前記のとおりであるから、右規定を字義どおりに解すれば、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には、右20年が経過する前に右不法行為による損害賠償請求権を行使することができないまま、右請求権が消滅することとなる。しかし、これによれば、その心身喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者は、およそ権利行使が不可能であるのに、単に20年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面、心身喪失の原因を与えた加害者は、20年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない。そうすると、少なくとも右のような場合にあっては、当該被害者を保護する必要があることは、前記時効の場合と同様であり、その限度で民法724条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきである。
[15] したがって、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。
[16] これを本件についてみると、原審の確定した事実は、上告人博史は、本件接種の7日後にけいれん等を発症し、その後、高度の精神障害、知能障害等を有する状態にあり、かつ、右の各症状はいずれも本件接種を原因とするものであったというのであるから、不法行為の時から20年を経過する前6箇月内においても、本件接種を原因とする心神喪失の常況にあったというべきである。そして、本件訴訟が提起された後、上告人博史が昭和59年10月19日に禁治産宣告を受け、その後見人に就職した上告人治雄が、中平弁護士らに本件の訴訟委任をし、同年11月1日にその旨の訴訟委任状を原審に提出することによって、上告人博史の本件損害賠償請求権を行使したのであるから、本件においては前記特段の事情があるものというべきであり、民法724条後段の規定にかかわらず、右損害賠償請求権が消滅したということはできない。
[17] そうすると、これと異なる見解に立ち、上告人博史の国家賠償請求につき、右請求権は本件訴訟が提起される前に既に消滅したとしてこれを棄却した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は、原判決のうち右請求に関する部分の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決はこの限度で破棄を免れない。
[18] 他方、上告人治雄及び同イツヱについては、原審の適法に確定した事実関係の下においては、何ら除斥期間の適用を妨げる事情は認められないから、同人らの国家賠償請求につき、右請求権は本件訴訟が提起される前に既に消滅したものであるとしてこれらをいずれも棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。右部分に関する論旨は、採用することができない。

[19] 以上の次第であるから、原判決中、上告人博史の国家賠償請求に関する部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、上告人古川治雄及び同古川イツヱの本件上告は棄却することとする。

[20] よって、上告人博史の上告について裁判官河合伸一の意見、上告人治雄及び同イツヱの上告について同裁判官の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

■ 裁判官河合伸一の意見及び反対意見

 裁判官河合伸一の意見及び反対意見は、次のとおりである。

[1] 多数意見は、民法724条後段の規定は除斥期間を定めたものであり、裁判所は当事者の主張がなくても期間の経過による権利の消滅を判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張はそれ自体失当であると判示している。私は、これに賛成することができない。その理由は、次のとおりである。

[2] 不法行為制度の究極の目的は損害の公平な分担を図ることにあり、公平が同制度の根本理念である(注)。この理念は、損害の分担の当否とその内容すなわち損害賠償請求権の成否とその数額を決する段階においてのみならず、分担の実現すなわち同請求権の実行の段階に至るまで、貫徹されなければならない。
[3] これを民法724条(以下「本条」という。)後段の規定についていうと、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が右規定の定める期間内に権利を行使しなかったが、その権利の不行使について義務者の側に責むべき事由があり、当該不法行為の内容や結果、双方の社会的・経済的地位や能力、その他当該事案における諸般の事実関係を併せ考慮すると、右期間経過を理由に損害賠償請求権を消滅せしめることが前記公平の理念に反すると認めるべき特段の事情があると判断される場合には、なお同請求権の行使を許すべきである。けだし,右のような特段の事情(以下「前記特段の事情」という。)がある場合にまで、それを顧慮することなく、単に期間経過の一事をもって損害の分担の実現を遮断することは、その限りにおいて、前記不法行為制度の究極の目的を放棄することになるからである。そして、この理は、国家賠償法に基づく損害賠償請求についても、そのまま適用されるべきものである(同法4条)。
注 最高裁昭和36年(オ)第413号同39年6月24日第3小法廷判決・民集18巻5号874頁、最高裁昭和47年(オ)第457号同51年3月25日第1小法廷判決・民集30巻2号160頁、最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第1小法廷判決・民集30巻7号689頁、最高裁昭和59年(オ)第3号同63年4月21日第1小法廷判決・民集42巻4号243頁、最高裁昭和63年(オ)第1383号平成3年10月25日第2小法廷判決・民集45巻7号1173頁、最高裁昭和63年(オ)第1094号平成4年6月25日第1小法廷判決・民集46巻4号400頁等参照
[4] 多数意見の頭記判示は、本条後段の規定は除斥期間を定めたものであると解すべきことを根拠として、上告人らの主張を主張自体失当としているのであるが、右のように解すべき理由を自ら示さず、最高裁平成元年12月21日判決(以下「平成元年判決」という。)を引用するのみである。そこで、同判決を見ると、右の理由として、(1)本条がその前段及び後段のいずれにおいても時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わないこと、及び、(2)本条後段の規定は、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であることの2点が示されている。
[5] しかし、本条後段の規定も時効を定めたものと解しても、本条前段の規定によっては被害者が損害等を知らない限り時効期間の進行が開始しないところ、後段によれば被害者の右認識の有無にかかわらず行為の時から時効期間が進行することになるのであるから、後段の規定もまた、前段の規定とは別の意味で、法律関係の速やかな確定に寄与し得るものである。したがって、右(1)の理由で、本条後段の規定は除斥期間を定めたものと断定することはできない。
[6] 次に、右(2)の理由であるが、まず、本条後段の規定の文理はむしろ時効を定めたものと解するのが、その沿革からしても、妥当であろう。ことを実質的に考えても、一定期間の経過によって法律関係を確定させるため、権利の存続期間ないし行使期間を画一的に定めるものとして除斥期間制度を採ることが相当とされる理由としては、一般に、相手方の保護、それ以外の取引関係者等の法的地位の安定、その他公益上の必要等があり得るところ、これを本条後段の規定について見ると、権利者の期間徒過を理由としてその徒過につき責むべき事由のある相手方を画一的に保護するというのは不当であり、前記の不法行為法の究極の目的にも沿わない。取引関係者の地位の安定、その他公益上の必要という理由も、不法行為に基づく損害賠償請求権については考えることができない。
[7] 平成元年判決が掲げる前記(1)(2)の理由は、いずれも、本条後段の規定をもって除斥期間を定めたものと断定する理由としては、十分でないというほかはない。

[8] そもそも、ここでの問題の核心は、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の期間内にこれを行使しなかった場合に、(イ)当該事案における具体的事情を審理判断し、その内容によっては例外的に右期間経過後の権利行使を許すこととするのか、それとも、(ロ)そのような審理判断をすることなく、常に期間経過の一事をもって画一的に権利行使を許さないこととするかである。そして右のいずれの立場を採るにしても、その理由が示されなければならない。しかるに、平成元年判決の判示するところは、除斥期間の概念を中間的に用いてはいるけれども、結局、(ロ)と解するのが相当であるからそう解するというに尽きるのであって、問題の核心について十分な理由を示しているとはいえないと思われる。
[9] 以上のとおり、平成元年判決は、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の規定の定める期間内に訴えを提起しなかったときは、そのしなかったことに関する事情のいかんを問わず、同請求権は期間の経過によって当然に消滅するから、これに反する主張はそれ自体失当として排斥すべきものとしているのであるが、少なくとも前記特段の事情のある場合については、そのように解することは不法行為制度の目的ないし理念に反するものであり、また、そのように解する十分な理由も示されていないといわざるを得ない。したがって私は、平成元年判決は、少なくとも右の限度で変更されるべきものと考えるのである。

[10] ところで、前項で述べた(イ)(ロ)いずれの立場を採るかは、学説上、本条後段の規定による期間制限を時効と解するか、又は除斥期間と解するかの問題として、論じられている。そして、かっては右規定をもって除斥期間を定めたものと解する学説が通説であるとされていた。しかし、実は、それらの学説は、本件のような事案とそこに含まれる前記の問題を視野に入れて検討した上で提唱されたものではなかった。平成元年判決以後、この判決が契機となって前記問題が鮮明に意識されるようになり、多くの学説が発表されたが、そのほとんどは右規定をもって消滅時効を定めたものと解している。私は、これら近時の時効説の説くところは概ね首肯できると考えるし、また、その説を採れば、義務者の時効援用権の行使を信義則あるいは権利濫用の法理によって制限するという既に確立した調整手法を用いることによって、私の正当と考える結論を容易に導くことができる。
[11] しかしながら、本条後段の規定が除斥期間と消滅時効のいずれを定めたものとするかについては、前記の問題のほかにも多くの重要な問題があり、関連する論点も多岐にわたる。他方、たとえ除斥期間を定めたものとしても、義務者がその利益を受けることを制限する方法があり得ることは近時の学説が明らかにしているところである。したがって、本件において除斥期間説と時効説のいずれが正しいかを決する必要はなく、相当でもない。要は、前記特段の事情の存在が主張され、あるいはうかがわれるときには、期間経過の一事をもって直ちに権利者の権利行使を遮断するべきではなく、当該事案における諸事情を考究して具体的正義と公平にかなう解決を発見することに努めるべきなのであって、それについて民法1条の宣言する信義誠実ないし権利濫用禁止の法理に依拠するか、あるいは、前述の不法行為制度の目的ないし理念から出発するかは、結局、同じ山頂に達する道の相違として、いずれであってもよいと考えるのである。

[12] 本件においては、上告人らがその主張する不法行為に基づく損害賠償請求権について本条後段の規定の定める期間内に訴えを提起しなかったことは原審の確定するところであるが、上告人らは、原審において、前記特段の事情の存在を理由に右規定による制限を受けない旨を主張していると解することができる。そして、かかる主張を主張自体失当として排斥すべきものとした平成元年判決が変更されるべきものであることは前述のとおりであるから、これと同旨の理由により上告人らの右主張を採用しなかった原判決は、まずその点で法令の解釈を誤った違法があるというべきである。この違法は、原判決のうち上告人らの国家賠償請求に関する部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中の右部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため右部分を原審に差し戻すべきものである。

(裁判長裁判官 福田博  裁判官 大西勝也  裁判官 根岸重治  裁判官 河合伸一)

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