予防接種ワクチン禍事件
控訴審判決

損害賠償請求控訴、同附帯控訴事件
東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1517号、昭和60年(ネ)2887号
平成4年12月18日 第10民事部 判決

■ 目 次

凡例
当事者
■ 主 文

■ 事 実
第一節 当事者の求めた裁判
 第一 本件控訴
 第二 附帯控訴
第二節 主張
 第一 当審における請求の拡張等に伴う付加、訂正等
 第二 因果関係について
 (控訴人)
  一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係
   1 脳炎・脳症の意義
   2 脳炎・脳症の発症機序
  二 予防接種とその後に発生した疾病との因果関係を認定するための要件について
 (被控訴人ら)
  一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係
   1 救済措置における因果関係の肯定
   2 ワクチンによる副反応の定型化の困難性
   3 副反応の追跡調査の不備
   4 ポリオ生ワクチン接種後の脳炎・脳症の発症
   5 白木博士の合理的理論
  二 因果関係判定の要件についての控訴人の主張に対する反論
 第三 安全配慮義務違反による債務不履行責任について
 (被控訴人ら)
  一 予防接種と控訴人国の安全配慮義務
  二 予防接種の副反応の危険及び禁忌事項についての周知義務とその懈怠
 第四 国家賠償法上の請求について
  一 過失について
   1 厚生大臣の過失について
   (被控訴人ら)
(一) 種痘の強制接種を行った過失
  (1) 初めに
  (2) 痘そうの流行の経緯と痘そうの予防対策
  (3) 種痘の免疫効果と副反応
  (4) 乳幼児に対する強制接種の意義と必要性
  (5) 結論
  (6) 控訴人の主張に対する反論
(二) 種痘の若年接種を実施させた厚生大臣の過失について
(三) 腸チフス・パラチフスワクチン(以下「腸パラワクチン」という。)の強制定期接種を実施させた過失
(四) 百日せきワクチンの若年接種を実施させた過失について
(五) 百日せきワクチン、2種混合ワクチン、3種混合ワクチンの規定量を誤った過失について
(六) インフルエンザの一律勧奨接種を実施させた過失について
(七) インフルエンザワクチンの乳幼児接種を実施させた過失
(八) 禁忌該当者の識別を誤った過失について
  (1) 集団予防体制の持つ問題点について
  (2) 不充分な禁忌を設定した控訴人国の過失
  (3) 禁忌該当者に接種を実施させないための十分な措置を講じなかった過失
   (控訴人)
(一) 種痘の強制接種を行った過失について
  (1) 痘そうの予防対策における種痘の役割について
  (2) 乳幼児に対する定期種痘
  (3) 我が国の定期接種の廃止時期の妥当性について
  (4) 初種痘年齢を早期に引き上げなかった措置の妥当性
(二) 腸パラワクチンの強制定期接種を実施させた過失について
  (1) 腸パラワクチンの有効性と必要性
  (2) 腸パラワクチンの一律定期接種の必要性
  (3) 10歳以下の小児に対する腸パラワクチン接種の必要性
  (4) 腸パラワクチン定期接種廃止時期の相当性
(三) 百日せきワクチン接種の過失について
  (1) 百日せきワクチン及び同ワクチンを含む混合ワクチン採用の経緯
  (2) 百日せきワクチンの若年接種実施の経緯
  (3) 百日せきワクチン接種年齢の定めの合理性
  (4) 被控訴人らの主張に対する反論
(四) 百日せきワクチン及び混合ワクチンの規定量を誤った過失について
(1) 右過失と本件各健康被害との因果関係
(2) 百日せきワクチンの接種量・菌量に関する規定と改正経緯
(3) 百日せきワクチンの菌量及び力価並びに副反応
(4) 我が国における百日せきワクチン及び百日せき混合ワクチン接種量の規定の相当性について
(5) 被控訴人らの主張に対する反論
(五) インフルエンザ予防接種実施の過失について
  (1) インフルエンザ予防接種の必要性と有効性
  (2) 我が国におけるインフルエンザ予防接種政策の相当性
  (3) 乳幼児接種の実施に過失がないことについて
  (4) 結論
(六) 禁忌者に接種した過失について
  (1) 集団予防接種体制について――禁忌との関連において
  (2) 禁忌事項設定に不明確及び過誤のないこと
  (3) 禁忌該当の判断と予診体制
   2 接種担当者の過失について
   (被控訴人ら)
    (一) 禁忌推定による過失責任
      (1) 禁忌者の推定と立証責任
      (2) 過失の推定
      (3) 本件における禁忌看過の過失の主張
    (二) 接種担当者に過失がなかったとの主張に対する反論
      (1) 田渕豊英(30の1)
      (2) 池本智彦(42の1)
      (3) 高橋真一(46の1)
      (4) 秋田恒希(60の1)
    (三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張
    (四) ワクチン過量接種の過失及び複数ワクチン同時接種の過失
      (1) 被害児河又典子(34の1)につき過量接種を行った過失
      (2) 複数ワクチン同時接種を行った過失について
   (控訴人)
    (一) 最高裁平成3年4月19日第2小法廷判決について
    (二) 接種担当者に禁忌看過に関し過失がないことについて
      (1) 被害児田渕豊英(30の1)
      (2) 被害児池本智彦(42の1)
      (3) 被害児高橋真一(46の1)
      (4) 被害児秋田恒希(60の1)
    (三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張に対する反論
    (四) ワクチン過量接種の過失及び複数同時接種の過失について
      (1) 被害児河又典子(34の1)につき,過量接種の過失の不存在
      (2) 被害児梶山桂子(15の1)につき、ワクチンの複数同時接種を行った過失の不存在
   3 接種担当者の過失についての控訴人国の帰責事由
   (被控訴人ら)
    (一) 本件接種担当者の過失と控訴人国の賠償責任
    (二) 法の定める期間後にされた接種についての控訴人国の責任
    (三) 勧奨接種を受けた者についての控訴人国の責任
      (1) 監督者としての控訴人国の責任
      (2) 費用負担者としての控訴人国の責任
   (控訴人)
    (一) 法6条の2所定の予防接種について
    (二) 法の定める期間後にされた接種について
      (1) 国の機関委任事務に該当しないことについて
      (2) 監督責任について
      (3) 国家賠償法3条について
    (三) 勧奨接種について
      (1) 監督責任について
      (2) 国家賠償法3条の責任について
   4 実施主体の過失による国家賠償責任について
   (控訴人)
 第五 損失補償請求について
  一 国家賠償請求に損失補償請求を併合することの可否
  (控訴人)
  (被控訴人ら)
   1 時期に遅れた主張
   2 併合審理の適法性
  二 損失補償請求権の存否
  (控訴人)
   1 憲法13条、14条1項、25条と損失補償請求権
   2 憲法29条3項と損失補償請求権
    (一) 初めに
    (二) 憲法29条3項の要件
    (三) 憲法29条3項に基づく損失補償請求の限界
    (四) 生命・身体被害と憲法29条3項
      (1) 生命・身体被害に関する憲法29条3項の類推適用の困難性
      (2) 本件予防接種禍に対する憲法29条3項の類推適用の困難性
      (3) 本件予防接種禍と正当な補償
      (4) その他の問題点
    (五) いわゆる手続的類推適用説について
   3 もちろん解釈説について
   4 本件救済制度と損失補償請求
    (一) 本件救済制度と損失補償請求の可否
    (二) 給付に関する処分と損失補償請求との関係
    (三) 本件救済制度による被害者救済の相当性
   5 消滅時効及び除斥期間
    (一) 会計法30条の5年の時効期間の経過
    (二) 民法724条前段の類推適用による3年の消滅時効期間の経過
    (三) 民法167条1項による10年の時効期間
    (四) 民法724条後段の類推適用による20年の除斥期間
    (五) 時効援用権の濫用について
  (被控訴人ら)
   1 生命・健康に対する特別の犠牲と憲法29条3項の類推適用
   2 控訴人の主張に対する反論
    (一) 生命・健康被害に対する憲法29条3項の類推適用
    (二) 予防接種禍に対する憲法29条3項の類推適用
    (三) 「特別犠牲」、「正当補償」の観念の多義性と裁判規範としての適応性
    (四) 勧奨接種と特別の犠牲
    (五) 生命・健康被害の補償と慰謝料・弁護士費用
      (1) 慰謝料
      (2) 弁護士費用
    (六) 本件救済制度との関係
    (七) 本件救済制度による給付の相当性
   3 損失補償請求と消滅時効・除斥期間
    (一) 時期に遅れた主張
    (二) 会計法30条の5年の時効期間について
    (三) 民法724条前段の類推適用による3年の消滅時効期間について
    (四) 民法167条1項による10年の時効期間について
    (五) 20年の除斥期間の主張について
    (六) 権利濫用
 第六 損益相殺について
 (被控訴人ら)
  一 障害基礎年金について
  二 第三者からの見舞金について
  三 「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」について
第三節 証拠関係《略》
(別紙)
  仮執行に基づく支払額一覧表(1)~(8)《略》
  請求金額一覧表
  死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)~(3)《略》
  死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)~(4)《略》
  Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)~(3)《略》
  Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)~(3)《略》
  Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表《略》
  Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表《略》
  Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表《略》
  Cランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表《略》
  給付一覧表(1)~(26)《略》
  接種及び予診の状況《略》
  禁忌該当の事由《略》
  本件救済制度一覧表《略》
  予防接種法の救済制度に基づく将来給付一覧表(1)、(2)《略》
  国の給付と損失額との比較表(1)~(3)《略》

■ 理 由
 第一 請求原因一(当事者)と同二(事故の発生)等について
 第二 因果関係について
   1 因果関係を認めるための要件
   2 ポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係について
 第三 損失補償請求について
  一 損失補償請求の訴えの違法性の有無
  二 損失補償請求権の存否
 第四 禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について
  一 禁忌該当者であることの推定について
   1
   2
    (一) 被害児田渕豊英(30)
    (二) 被害児池本智彦(42)
    (三) 被害児高橋真一(46)
    (四) 被害児秋田恒希(60)
    (五) 結論
二 厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について
   1
   2
    (一) 予防接種実施の法的形態等
    (二) 予防接種の副作用の危険性について
    (三) 禁忌の意味と禁忌についての規定の変遷
    (四) 禁忌規定遵守の効果について
    (五) 予診等の体制
    (六) 勧奨接種の体制について
    (七) 禁忌識別のための予診の対象事項とその特質
    (八) 我が国における予防接種の実施体制と運用の実際
      (1) 個別接種と集団接種
      (2) 集団接種の運用体制
      (3) 集団接種の運用の実態
       ア 昭和20年代から昭和33年の旧実施規則制定ころまで
       イ 昭和33年の旧実施規則制定ころから昭和45年ころまで
       ウ 昭和45年ころ以降
       エ
      (4) 渋谷区予防接種センターの運用について
    (九) 予防接種の副反応事故を巡る厚生省の姿勢
    (一〇) 接種を担当する医師等の状況と厚生省の施策
    (一一) 一般国民に対する周知の態勢について
   3
   4
 第五 被害児古川(56)を除くその余の被害児及びその両親の被った損害について
  一
  二
   1
   2
(一) 死亡した各被害児の損害について
  (1) 得べかりし利益の喪失
  (2) 介護費
  (3) 慰謝料
  (4) 結論
(二) 死亡した各被害児の両親の損害の算定根拠
  (1) 慰謝料
  (2) 結論
(三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(Aランク生存被害児)の損害の算定根拠
  (1) 得べかりし利益の喪失
  (2) 介護費
  (3) 慰謝料
  (4) 結論
(四) Aランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
  (1) 慰謝料
  (2) 結論
(五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(Bランク生存被害児)の損害の算定根拠
  (1) 得べかりし利益の喪失
  (2) 介助費
  (3) 慰謝料
  (4) 結論
(六) Bランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
  (1) 慰謝料
  (2) 結論
(七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各生存被害児(Cランク生存被害児)の損害の算定根拠
  (1) 得べかりし利益の喪失
  (2) 介助費
  (3) 慰謝料
  (4) 結論
(八) Cランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
  (1) 慰謝料
  (2) 結論
 第六 控訴人の抗弁について
  一 違法性阻却事由について
  二 損害賠償請求権の時効及び除斥期間について
   1 3年の消滅時効(民法724条前段)
   2 除斥期間(民法724条後段)
  三 損益相殺について
   1 抗弁第三項について
   2 抗弁第四項1について
    (一) 障害基礎年金について
    (二) 地方自治体単独給付分について
    (三) 「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」について
    (四) その他
   3 抗弁第四項2及び第五項について
 第七 結論
  一 各人の認容総額について
   1 損益相殺後の損害額について
   2 弁護士費用
   3 相続関係について
   4 結論
  二 結論
(別紙)
  当審提出の書証成立関係一覧表《略》
  現在の状況一覧表(1)~(35)《略》
  死亡被害児損害額計算票
  死亡被害児両親損害額計算票
  生存被害児(Aランク)損害額計算票
  生存被害児(Aランク)両親損害額一覧表(1)~(3)《略》
  生存被害児(Bランク)損害額計算票
  生存被害児(Bランク)両親損害額一覧表《略》
  生存被害児(Cランク)損害額計算票
  生存被害児(Cランク)両親損害額一覧表《略》
  被控訴人ら債権額一覧表

■ 凡 例

 本判決において、各被控訴人及び各死亡被害児は、別紙当事者目録中の各被控訴人氏名の上部に付した番号及び別紙死亡被害児一覧表中の各氏名の上部欄に付した番号のとおり、それぞれ固有番号を付して特定するものとし、具体的には、(1)被害児とその家族を一まとめにし、それぞれの家族に番号を1番から63番(ただし、49番は欠番)まで付し、さらに、(2)被害児には枝番号の1、その父親には枝番号の2、その母親には枝番号の3、その他の家族にはそれぞれ枝番号4、5……を付して特定する。なお、事実摘示及び理由中において別紙として引用する横書の表中では、算用数字をもって右番号を表示することがある。
 また、主文以下においては、「控訴人(附帯被控訴人)」を「控訴人」と、「被控訴人(附帯控訴人)」を「被控訴人」と表示する。

■ 当 事 者

控訴人(附帯被控訴人)  国
  右代表者法務大臣   後藤田正晴
  右訴訟代理人弁護士  宮﨑富哉
  右指定代理人     佐村浩之 ほか7名

被控訴人(附帯控訴人)  吉原充 ほか158名
  (別紙)当事者目録《略》
  (別紙)死亡被害児一覧表《略》
右159名訴訟代理人弁護士
     中平健吉 大野正男 広田富男 山川洋一郎 秋山幹男 河野敬


1 控訴人の被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)、同河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)に対する本件控訴をいずれも棄却する。
2 原判決主文第二項中、被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)、同河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)の国家賠償法に基づく各請求のうち別紙取消一覧表の同人らに対応する「金額」欄記載の各金員の支払請求を棄却した部分をいずれも取り消す。
3 控訴人は、被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)、同河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)に対し、それぞれ別紙認容金額一覧表(一)の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金員を支払え。
4 被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)、同河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)の当審において拡張したその余の請求及びその余の附帯控訴をいずれも棄却する。

1 原判決主文第一項中、被控訴人古川博史(56の1)、同古川治雄(56の2)及び同古川イツヱ(56の3)の各勝訴部分をいずれも取り消す。
2 右被控訴人らの右取消部分に係る各請求(当審における請求拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。
3 右被控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。

1 原判決主文第一項中、番号1ないし14、16ないし33、35ないし48、50ないし55及び57ないし63(枝番をすべて含む。)の被控訴人ら(以下主文において「被控訴人吉原充外151名」という。)の各勝訴部分をいずれも取消し、かつ、原判決主文第二項中、右被控訴人らのうち別紙取消一覧表記載の者らの国家賠償法に基づく各請求のうち同人らに対応する同表の「金額」欄記載の各金員の支払請求を棄却した部分をいずれも取り消す。
2 控訴人は、被控訴人吉原充外151名に対し、それぞれ別紙認容金額一覧表(二)の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金員及びこれに対する同人らに対応する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人吉原充外151名の当審において拡張したその余の請求をいずれも棄却する。
4 控訴人のその余の控訴及び被控訴人吉原充外151名のその余の附帯控訴をいずれも棄却する。

 別紙「仮執行に基づく給付の返還額一覧表」記載の被控訴人らは、控訴人に対し、それぞれ右表の同人らに対応する「返還額」欄記載の各金員及びこれに対する昭和59年5月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)、同河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)との間においては、右被控訴人らに生じた費用を3分し、その2を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人古川博史(56の1)、同古川治雄(56の2)及び同古川イツヱ(56の3)との間においては、控訴人に生じた費用を62分し、その1を右被控訴人らの負担とし、控訴人と被控訴人吉原充外151名との間においては、右被控訴人らに生じた費用を3分し、その2を控訴人の負担とし、その余は各自の負担とする。

(別紙) 取消一覧表
番号 被控訴人氏名 金額
2の2 白井哲之 222万6228円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
2の3 白井扶美子 222万6228円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
3の1 山元寛子 55万1408円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
14の2 千葉秀三 189万4668円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
14の3 千葉節子 189万4668円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
15の2 梶山健一 2万3621円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
15の3 梶山喜代子 2万3621円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
16の2

(別紙) 認容金額一覧表(一)
番号 被控訴人氏名 認容金額
15の2 梶山健一 (1) 2万3621円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
(2) 1652万9015円に対する昭和40年9月8日から昭和48年6月28日まで年5分の割合による金員
15の3 梶山喜代子 (1) 2万3621円及びこれに対する昭和48年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
(2) 1652万9015円に対する昭和40年9月8日から昭和48年6月28日まで年5分の割合による金員
34の2 河又弘壽 (1) 152万6290円及びこれに対する昭和49年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員
(2) 1570万4231円に対する昭和46年10月21日から昭和49年1月26日まで年5分の割合による金員
34の3 河又正子 (1) 152万6290円及びこれに対する昭和49年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員
(2) 1570万4231円に対する昭和46年10月21日から昭和49年1月26日まで年5分の割合による金員

(別紙) 認容金額一覧表(二)
番号被控訴人氏名認容金額遅延損害金起算日
1の1吉原充4244万7481円昭和39年11月9日
1の2吉原賢二315万円昭和39年11月9日
1の3吉原くに子315万円昭和39年11月9日
2の2白井哲之1359万4994円昭和45年3月11日
2の3白井扶美子1359万4994円昭和45年3月11日
3の1山元寛子4734万2904円昭和42年3月7日
3の2山元忠雄315万円昭和42年3月7日
3の3山元としゑ315万円昭和42年3月7日
4の1阪口一美2575万9954円昭和39年4月24日
4の2阪口照夫315万円昭和39年4月24日
4の3阪口邦子315万円昭和39年4月24日
5の1沢柳一政4121万3897円昭和38年6月16日
5の3沢柳富喜子472万5000円昭和38年6月16日
5の4沢柳尚子52万5000円昭和38年6月16日
5の5沢柳英行52万5000円昭和38年6月16日
6の2尾田稔1449万8449円昭和35年12月19日
6の3尾田節子1449万8449円昭和35年12月19日
7の1葛野あかね2358万1651円昭和38年11月14日
7の3森山チヱ子315万円昭和38年11月14日
8の2布川正1614万5263円昭和38年9月10日
8の3布川則子1614万5263円昭和38年9月10日
9の1服部和子3256万1880円昭和40年4月7日
9の2服部勝一郎315万円昭和40年4月7日
9の3服部真澄315万円昭和40年4月7日
10の1依田隆幸5346万6081円昭和40年11月29日
10の2依田泰三315万円昭和40年11月29日
10の3依田時子315万円昭和40年11月29日
11の2伊藤定男1171万2534円昭和42年10月13日
11の3伊藤孝子1171万2534円昭和42年10月13日
12の1田部敦子4252万5546円昭和41年9月13日
12の2田部芳聖315万円昭和41年9月13日
12の3田部チエ子315万円昭和41年9月13日
13の1田中耕一946万2995円昭和42年10月23日
13の2田中隆博105万円昭和42年10月23日
13の3田中靖子105万円昭和42年10月23日
14の2千葉秀三1397万8141円昭和45年3月12日
14の3千葉節子1397万8141円昭和45年3月12日
16の2佐藤茂昭1585万5290円昭和35年4月6日
16の3佐藤千鶴1585万5290円昭和35年4月6日
17の2渡邊孝雄1721万7244円昭和33年10月6日
17の3渡邊豊子1721万7244円昭和33年10月6日
18の1高光恵子1972万4022円昭和41年4月23日
18の2徳永保春210万円昭和41年4月23日
18の3徳永和枝210万円昭和41年4月23日
19の2鈴木浅治郎1423万1968円昭和31年12月11日
19の3鈴木節1423万1968円昭和31年12月11日
20の2越智聡1601万3273円昭和41年11月8日
20の3越智静子1601万3273円昭和41年11月8日
21の1小林浩子2643万9795円昭和33年5月8日
21の2小林安夫315万円昭和33年5月8日
21の3小林こう315万円昭和33年5月8日
22の2上野忠志1571万1922円昭和43年2月21日
22の3上野厚子1571万1922円昭和43年2月21日
23の2山本孝仁1716万6568円昭和41年12月13日
23の3山本京子1716万6568円昭和41年12月13日
24の1井上明子3519万8130円昭和43年5月27日
24の2井上忠明315万円昭和43年5月27日
24の3井上たつ315万円昭和43年5月27日
25の2平野賢二1318万5077円昭和36年3月27日
25の3平野節子1318万5077円昭和36年3月27日
26の1卜部広明5631万7231円昭和40年7月2日
26の2卜部広太郎315万円昭和40年7月2日
26の3卜部せつ子315万円昭和40年7月2日
27の1鈴木浅樹6001万4336円昭和44年9月22日
27の2鈴木勲雄315万円昭和44年9月22日
27の3鈴木百合子315万円昭和44年9月22日
28の1小林正樹4338万0918円昭和39年5月13日
28の2小林春男315万円昭和39年5月13日
28の3小林いく子315万円昭和39年5月13日
29の1渡邉敦子908万3667円昭和36年1月16日
29の2中川正直210万円昭和36年1月16日
29の3中川きみ210万円昭和36年1月16日
30の2田渕英嗣1518万9665円昭和48年6月22日
30の3田渕美也子1518万9665円昭和48年6月22日
31の1吉川雅美3773万7077円昭和44年12月2日
31の2吉川禎二315万円昭和44年12月2日
31の3吉川富美子315万円昭和44年12月2日
32の2荒井清1588万3711円昭和42年11月21日
32の3荒井ミツイ1588万3711円昭和42年11月21日
33の1清水一弘5593万8626円昭和40年6月7日
33の2清水一男315万円昭和40年6月7日
33の3清水弘子315万円昭和40年6月7日
35の2大沼満1362万0832円昭和39年12月15日
35の3大沼勝世1362万0832円昭和39年12月15日
36の1加藤則行4133万7405円昭和39年2月28日
36の2加藤久雄315万円昭和39年2月28日
36の3加藤かつ子315万円昭和39年2月28日
37の1藤本美智子1489万7239円昭和36年7月25日
37の2竹沢潔210万円昭和36年7月25日
37の3竹沢昌子210万円昭和36年7月25日
38の1中村真弥6226万1695円昭和45年10月15日
38の2中村巌315万円昭和45年10月15日
38の3中村真知子315万円昭和45年10月15日
39の2矢野悟1435万0671円昭和33年10月14日
39の3矢野ルリ子1435万0671円昭和33年10月14日
40の1高田正明4041万8627円昭和37年12月8日
40の2高田清作315万円昭和37年12月8日
40の3高田敏子315万円昭和37年12月8日
41の1福島一公6206万0140円昭和45年5月18日
41の2福島喜久雄315万円昭和45年5月18日
41の3本田豊子315万円昭和45年5月18日
42の1池本智彦1123万0271円昭和43年5月22日
42の2池本和能105万円昭和43年5月22日
42の3池本愛子105万円昭和43年5月22日
43の2猪原正和1029万6282円昭和35年3月30日
43の3猪原松枝1029万6282円昭和35年3月30日
44の1室崎誠子1633万8781円昭和34年11月10日
44の2室崎誠315万円昭和34年11月10日
44の3室崎富惠315万円昭和34年11月10日
45の2大川勝三郎2398万6805円昭和43年5月30日
45の3大川たつゑ2398万6805円昭和43年5月30日
46の2高橋恒夫1593万6574円昭和47年6月30日
46の3高橋ちづ子1593万6574円昭和47年6月30日
47の2塩入恒男1571万1922円昭和43年4月5日
47の3塩入万佐子1571万1922円昭和43年4月5日
48の2小久保皓司1569万4506円昭和38年6月10日
48の3小久保笑子1569万4506円昭和38年6月10日
50の1藤井玲子3410万1520円昭和37年12月4日
50の2藤井俊介315万円昭和37年12月4日
50の3藤井孝子315万円昭和37年12月4日
51の2大平正1554万2350円昭和38年3月22日
51の3大平康子1554万2350円昭和38年3月22日
52の2杉山末男1518万9665円昭和48年6月19日
52の3杉山きみ子1518万9665円昭和48年6月19日
53の1渡邊明人4201万3455円昭和37年4月9日
53の2渡邊真美315万円昭和37年4月9日
53の3渡邊美都子315万円昭和37年4月9日
54の2末次芳雄1484万3413円昭和32年10月3日
54の3末次貞子1484万3413円昭和32年10月3日
55の2高橋邦夫2636万4404円昭和44年11月13日
55の3高橋昭子2636万4404円昭和44年11月13日
57の3阿部クニ2366万6367円昭和44年4月10日
57の4古賀恭子394万4394円昭和44年4月10日
57の5阿部光敏394万4394円昭和44年4月10日
58の1高橋純子3233万5324円昭和41年3月3日
58の2高橋正夫315万円昭和41年3月3日
58の3高橋幸子315万円昭和41年3月3日
59の1藁科正治5830万5053円昭和48年11月13日
59の2藁科勝治315万円昭和48年11月13日
59の3藁科雅子315万円昭和48年11月13日
60の1秋田恒希6456万0660円昭和49年4月12日
60の2秋田恒延315万円昭和49年4月12日
60の3秋田令子315万円昭和49年4月12日
61の1中井哲也5043万6986円昭和37年11月20日
61の2中井浩315万円昭和37年11月20日
61の3中井郁子315万円昭和37年11月20日
62の1野口恭子2285万8280円昭和38年11月18日
62の2野口正行315万円昭和38年11月18日
62の3野口賀寿代315万円昭和38年11月18日
63の1藤木のぞみ2657万4584円昭和49年9月18日
63の2藤木秀210万円昭和49年9月18日
63の3藤木トモコ210万円昭和49年9月18日

(別紙) 仮執行に基づく給付の返還額一覧表
番号被控訴人氏名返還額
1の1吉原充2990万4863円
1の2吉原賢二166万0303円
1の3吉原くに子166万0303円
2の2白井哲之585万2900円
2の3白井扶美子585万2900円
3の1山元寛子2408万9330円
3の2山元忠雄166万0303円
3の3山元としゑ166万0303円
4の1阪口一美2240万3769円
4の2阪口照夫166万0303円
4の3阪口邦子166万0303円
5の1沢柳一政2996万0656円
5の3沢柳富喜子249万0454円
5の4沢柳尚子27万6717円
5の5沢柳英行27万6717円
6の2尾田稔927万0743円
6の3尾田節子927万0743円
7の1葛野あかね2151万0805円
7の3森山チヱ子166万0303円
8の2布川正861万9532円
8の3布川則子861万9532円
9の1服部和子2446万4095円
9の2服部勝一郎166万0303円
9の3服部真澄166万0303円
10の1依田隆幸3191万5442円
10の2依田泰三166万0303円
10の3依田時子166万0303円
11の2伊藤定男1339万2428円
11の3伊藤孝子1339万2428円
12の1田部敦子2297万0285円
12の2田部芳聖166万0303円
12の3田部チエ子166万0303円
13の1田中耕一790万5838円
13の2田中隆博55万3434円
13の3田中靖子55万3434円
14の2千葉秀三622万0847円
14の3千葉節子622万0847円
16の2佐藤茂昭802万5521円
16の3佐藤千鶴802万5521円
17の2渡邊孝雄977万7523円
17の3渡邊豊子977万7523円
18の1高光恵子1388万9969円
18の2徳永保春110万6869円
18の3徳永和枝110万6869円
19の2鈴木浅治郎743万9286円
19の3鈴木節743万9286円
20の2越智聡738万0099円
20の3越智静子738万0099円
21の1小林浩子2212万2629円
21の2小林安夫166万0303円
21の3小林こう166万0303円
22の2上野忠志718万1874円
22の3上野厚子718万1874円
23の2山本孝仁803万6158円
23の3山本京子803万6158円
24の1井上明子2270万0055円
24の2井上忠明166万0303円
24の3井上たつ166万0303円
25の2平野賢二638万0593円
25の3平野節子638万0593円
26の1卜部広明2919万3532円
26の2卜部広太郎166万0303円
26の3卜部せつ子166万0303円
27の1鈴木浅樹3045万4094円
27の2鈴木勲雄162万9084円
27の3鈴木百合子162万9084円
28の1小林正樹2902万3080円
28の2小林春男162万9084円
28の3小林いく子162万9084円
29の1渡邉敦子1242万4734円
29の2中川正直108万6056円
29の3中川きみ108万6056円
30の2田渕英嗣616万2832円
30の3田渕美也子616万2832円
31の1吉川雅美2251万5232円
31の2吉川禎二162万9084円
31の3吉川富美子162万9084円
32の2荒井清781万6581円
32の3荒井ミツイ781万6581円
33の1清水一弘3060万7745円
33の2清水一男162万9084円
33の3清水弘子162万9084円
35の2大沼満626万0617円
35の3大沼勝世626万0617円
36の1加藤則行2947万8432円
36の2加藤久雄162万9084円
36の3加藤かつ子162万9084円
37の1藤本美智子1309万3897円
37の2竹沢潔108万6056円
37の3竹沢昌子108万6056円
38の1中村真弥2902万6915円
38の2中村巌162万9084円
38の3中村真知子162万9084円
39の2矢野悟893万6526円
39の3矢野ルリ子893万6526円
40の1高田正明2883万0011円
40の2高田清作162万9084円
40の3高田敏子162万9084円
41の1福島一公3004万5833円
41の2福島喜久雄162万9084円
41の3本田豊子162万9084円
42の1池本智彦1031万6926円
42の2池本和能54万3028円
42の3池本愛子54万3028円
43の2猪原正和624万2189円
43の3猪原松枝624万2189円
44の1室崎誠子1997万2751円
44の2室崎誠162万9084円
44の3室崎富惠162万9084円
45の2大川勝三郎1257万7531円
45の3大川たつゑ1257万7531円
46の2高橋恒夫704万6831円
46の3高橋ちづ子704万6831円
47の2塩入恒男704万6831円
47の3塩入万佐子704万6831円
48の2小久保皓司722万3631円
48の3小久保笑子722万3631円
50の1藤井玲子2140万2596円
50の2藤井俊介162万9084円
50の3藤井孝子162万9084円
51の2大平正697万1060円
51の3大平康子697万1060円
52の2杉山末男598万4565円
52の3杉山きみ子598万4565円
53の1渡邊明人2719万8639円
53の2渡邊真美158万1961円
53の3渡邊美都子158万1961円
54の2末次芳雄708万8258円
54の3末次貞子708万8258円
55の2高橋邦夫2036万7896円
55の3高橋昭子2036万7896円
56の1古川博史2683万4330円
56の2古川治雄158万1961円
56の3古川イツヱ158万1961円
57の3阿部クニ1026万4490円
57の4古賀恭子171万0748円
57の5阿部光敏171万0748円
58の1高橋純子2243万6131円
58の2高橋正夫158万1961円
58の3高橋幸子158万1961円
59の1藁科正治2573万0736円
59の2藁科勝治153万8519円
59の3藁科雅子153万8519円
60の1秋田恒希2844万0979円
60の2秋田恒延153万8519円
60の3秋田令子153万8519円
61の1中井哲也2731万1039円
61の2中井浩153万8519円
61の3中井郁子153万8519円
62の1野口恭子2191万7326円
62の2野口正行172万1174円
62の3野口賀寿代172万1174円
63の1藤木のぞみ989万2043円
63の2藤木秀79万9291円
63の3藤木トモコ79万9291円


[1] 請求の原因第一項(当事者)の事実(ただし、右のうち当事者間に争いのある「実施主体」の点及び被害児高光(旧姓徳永)恵子(18)の「接種の性質」の点は除く。)が認められることについては、原判決理由第二の一記載のとおりであるから、これを引用する。

[2] 請求の原因第二項(事故の発生)の事実が認められることは、原判決理由第二の二記載のとおりであるから、これを引用する。

[3] なお、事実認定に供した書証等の成立(写しが証拠であるものについては原本の存在及びその成立を含み、写真については各当事者が主張するとおりの写真であること。以下同じ。)について、原審提出の書証は原判決理由第一記載のとおりであるから、これを引用し(なお、書証の表示の仕方についても、原判決の表示に倣うこととする。)、当審提出の書証については、別紙「当審提出の書証成立関係一覧表」記載のとおりである(右一覧表に記載のない書証等で、事実認定の用に供したものの成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。
[4] 本件各事故が本件各接種に起因するものであることについては、原判決理由第二の三記載のとおりであるから、これを引用する。すなわち、当裁判所も、ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が発生すること及びインフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎が発生すること、並びに被害児尾田真由美(6の1)、同布川賢治(8の1)、同依田隆幸(10の1)、同伊藤純子(11の1)、同梶山桂子(15の1)、同井上明子(24の1)に関する本件各事故が本件各接種に起因するものであるとの事実についての控訴人の自白の撤回が、自白の内容が真実に反するものとは認められず、許されないこと、被害児荒井豪彦(32の1)、同清水一弘(33の1)、同大沼千香(35の1)、同中村真弥(38の1)、同大川勝生(45の1)、同小久保隆司(48の1)、同大平茂(51の1)、同高橋尚以(55の1)、同中井哲也(61の1)に関する本件各事故は本件各接種に起因するものであると認める。ただし、当事者双方の当審における主張に対応して以下のとおり付加することとする。

1 因果関係を認めるための要件
[5] 訴訟上の因果関係とは一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであると解される(最高裁昭和48年(オ)第517号、同50年10月24日第2小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)ところ、この観点に照らすと、原判決の定立した、因果関係を認めるための4要件は、充分合理性がある。
[6] 控訴人は、原判決挙示の4要件のうち、空間的密接性は科学的概念で構成されたものではないと主張するが、これは、疾病の生ずる部位(脳の各部位、脊髄、末梢神経等)により予防接種後当該症状発生までの時間が変化する事情にあることに着目して立てた条件であり(このことは、被控訴人らの主張及び甲第206号証並びに原審における証人白木博次の証言によって明らかである。)、時間的密接性の要件と相俟って因果関係の認定が適切に行われることに資するものといわなければならない。控訴人の主張は採用することができない。
[7] また、控訴人は、「ワクチン接種のほかに原因となるべきものの考えられないこと」という要件は実質上立証責任の転換を図るもので不当であると主張する。
[8] しかしながら、予防接種による事故発生のメカニズムが既存の科学的知見と整合し、それらによって合理的に説明されることを前提とした上、ワクチン接種と疾病が時間的、空間的に密接しており、副反応の程度が他の原因不明のものよりも質量的に非常に強いという要件が充足されている場合、当該疾病がワクチン接種により生じたことの蓋然性は相当高度であるというべきであるから、他に明らかな原因が考えられない以上、当該疾病をワクチン接種と因果関係あるものと認定することは、経験則上合理性があるものというべきであり、これを立証責任の転換を図るものというのは当を得ない。予防接種後の神経系疾患の臨床症状や所見は予防接種以外の原因による疾患のそれと異ならないため、具体的に発生した疾患が予防接種によるものか、他に原因があるかを的確に判定することは困難であり、特に、脳炎・脳症においては、原因不明のものが60ないし70パーセントを占めるから、その判定はより困難であるとしても、その理は異ならない。なお、控訴人は、この要件の代わりに、「少なくとも他の原因による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考える方が妥当性があること」を要件とすべきであるとするが、その妥当性をどのようにして判定するかが正に問題なのであって、意味のある基準とはいえない。
[9] また、「副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと」という要件についても、他の原因による事故である可能性を薄めるための要件であるから、この要件を置くことが特に不合理とはいえない。
[10] 以上のとおりであって、厳密な病理学的な因果関係が不明で、かつ、ワクチン接種後の疾病発生状況についての疫学的観点からの正確な調査も行われていない本件においては、原判決採用の4要件は特段不合理なものとはいえず、控訴人の主張は採用することができない。

2 ポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係について
[11] 控訴人は、ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が生ずることは極めてまれであり、仮に生ずるとしてもポリオ様の手足の弛緩性麻痺を伴うと主張し、白木博次の説は妥当性を欠くと主張する。そして、当審提出の乙第249号証及び当審における証人平山宗宏の証言はこれに沿うものである。
[12] しかしながら、右平山証人の説は、ポリオ生ワクチンには、弱毒化したポリオの生ウイルスの毒性以外毒性物質は何も含まれておらず、アレルゲンになるものが存在しないため、白木説がいうところの遅延アレルギー型の脳炎が生じる余地がなく、また、赤痢菌の場合のようにヒスタミン様物質が腸管内で産生することはないこと、仮にポリオのような生ワクチンによって脳炎・脳症が引き起こされるとするならば、それは生きたウイルスそのものによって引き起こされる(白木説にいうウイルス血症型)以外にないことを前提とする。しかしながら、《証拠略》によれば、動物の腎細胞内で繁殖させるポリオの生ワクチンの場合、その過程において様々な要因が働く可能性があり、弱毒化したポリオ生ウイルスの毒性以外毒性物質が存在しないとは断定できず、動物の神経組織と同じ成分を持った物質が生成されている可能性があること(国立予防衛生研究所を中心とした多数の専門家により執筆された「日本のワクチン」も、「基準に規定された製造法に従って製造され、また、各種の試験法に合格した製品が、どの程度に、重大な障害の起こる危険線から離れているのか、また、動物を使う試験法の、免れ得ない試験結果のばらつきを、十分カバーするだけの隔たりがあるのか、といった点でも、これまでの経験上たいした事故がなかったという程度の答えしかできないことが少なくないのである。」《406頁》とか、「無菌試験や不活化試験で、菌やウイルスが検出されなかったことは、その検体にいかなる生きた微生物も全く存在しないことを意味するものではない。規定された方法、使われた方法では検出できなかっただけにすぎない。無毒化試験や各種物質否定試験でも、同様に、その方法で検出できる濃度以下の含有まで否定しているわけではない。」《407頁》などと述べているところである。)が認められるのである。そうすると、白木説を批判する説の前提である、ポリオ生ワクチンには弱毒化したポリオウイルス以外含まれていないということ自体に疑問があることになる。
[13] さらに、前掲各証拠によれば、ポリオ生ワクチンによって腸内に増殖するポリオウイルスとそれに関連する物質は赤痢菌と同様の毒素を産生しないとする平山証人の説自体も、科学的に実証がされているわけではないのであるから、ポリオ生ワクチンの投与によって腸内に増殖するポリオウイルスが、赤痢菌の場合と同様、ヒスタミン様物質を産生するという理論は、なお一つの科学的仮説として意味を持つことを否定できないと認められる。また、平山証人は、ヒスタミン様物質が脳という臓器に特異的に作用するということはいえず、それは全身の血管について血管の拡張を起こすはずであるから、ヒスタミン様物質が作用するとした場合、いわゆるショックといわれる循環障害の重い反応が出るはずであると述べるが、白木説も、脳以外の組織でヒスタミンないしその類似物質が過剰に生産され、血流によって脳に到達すれば、急性脳症、脳浮腫を来し、それにショック症状も合併する以上、それは全身性の血行障害の存在を意味するものであり、ヒスタミン様物質は何ら脳特異性のものではないと主張しているのであるから、右の点は白木説の科学的仮説としての合理性を直ちに否定するものではないと考えられる。
[14] そして、実際にも、ポリオ生ワクチン接種の副反応として遅延アレルギー型の脳脊髄白質炎が生じたとみる余地のある症例がドイツのクリュッケ教授によって紹介されているところである。右で紹介されている6つの症例はいずれもポリオ生ワクチン投与後に生じた脳脊髄白質炎であり、そこでは厳密な意味で生ワクチン接種との因果関係が論じられているわけではないが、白木説にいう遅延アレルギー反応型の脳炎の実例として充分説明ができるものである(なお、右証拠によれば、クリュッケ教授自身も、これらの症例につき、現在の知見ではその因果関係を否定し得る根拠はないとしていることが認められる。)。また、埼玉大学の皆川教授の一剖検例報告も、ポリオ生ワクチン投与後に生じた急性脳症の事例に関するもので、それ自体ではワクチン投与との因果関係を実証するものではないが、白木説の1つの傍証となり得る。また、ポリオ生ワクチンの投与により即時型アレルギーの症状を示したとの報告も存在するところであって、これも白木説の裏付けとなるものである。
[15] さらに、《証拠略》によると、厳密な意味で統計的に有意な差があるとまではいえないにせよ、ポリオ生ワクチン接種後生じた脳炎・脳症には接種後1週間前後を中心とした統計的なある程度の集積性がみられる。また、ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係を必ずしも否定しない学者が他にも存在する。そして、何よりも、権威ある学者等を結集したと推認される国の予防接種調査会自体が、本件被害児に対する予防接種法(以下「法」という。)に基づく給付の審査に際し、手足の弛緩性麻痺を伴わないものも含めてポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係を肯定し、これを受けて厚生大臣は、疾病が予防接種によるものであることを認定しているのである(この事実は当事者間に争いがない。)。そして、法16条は、「当該疾病、障害、死亡が当該予防接種を受けたことによるものであると認定したときは」と明確に規定しているのであるから、行政上の救済措置であるから因果関係の判断はあいまいなままで認定したということはできず、控訴人国も、その時点でポリオ生ワクチンから脳炎・脳症が発症することがあるということを事実上認めたものといわざるを得ない(なお、本件全証拠によるも、特に右認定時点以後に医学上の新たな知見が加わり、従来と異なる判断がされるのもやむを得ないというような事情が存在することを認める証拠はない。)。
[16] このようなことを総合すると、ポリオ生ワクチン接種から脳炎・脳症が発症することがあるものというべきである。
[17] 控訴人は、東京地方裁判所昭和56年(ワ)第15308号事件以外のその余の事件については、民事訴訟法に基づいて審理されるべき訴え(以下「民事訴訟」という。)である国家賠償請求の訴えに行政事件訴訟法に基づいて審理されるべき訴え(以下「行政訴訟」という。)である損失補償請求の訴えを追加的に併合提起したものと解されるものであるが、行政事件訴訟法上、民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することは許されないから、裁判所は、損失補償請求への訴えの追加的変更を不許する旨の裁判をするべきであり、また、右15308号事件については、併合要件を欠く損失補償請求に係る訴えを同一の訴状をもって、選択的併合の趣旨で提起したものであるから、右の訴えは不適法な訴えとして却下すべきであると主張する。

[18] 確かに、控訴人主張のように、本件は、当初国家賠償法1条に基づく損害賠償請求事件として提訴(東京地方裁判所昭和48年(ワ)第4793号)され、その後同じ国家賠償法1条に基づく損害賠償請求として追加提訴された事件(東京地方裁判所昭和48年(ワ)第10666号、昭和49年(ワ)第10261号、昭和50年(ワ)第7997号及び第8982号《ただし、右第8982号事件は、その後取り下げられた。》)が順次併合されて審理が進められていたところ、昭和53年9月29日付けの準備書面(16)において原告から初めて憲法に基づく損失補償の請求がされるに至ったこと、その後、更に国家賠償法1条を根拠に損害賠償を請求する東京地方裁判所昭和47年(ワ)第2270号及び国家賠償法1条に基づく損害賠償と憲法に基づく損失補償を請求する昭和56年(ワ)第15308号が併合されたことは、記録上明らかである。
[19] そして、憲法を根拠として国に対して損失補償を請求する訴えと国家賠償法に基づき損害賠償を請求する訴えとは訴訟物の異なる別個の訴えであり、前者の訴えは行政事件訴訟法4条にいう「公法上の法律関係に関する訴訟」に当たり、後者の訴えは民事訴訟法に基づいて審理される民事訴訟に当たると解されることも、控訴人の主張のとおりである。したがって、両者の訴えを併合することの可否が問題となる。

[20] まず、右15308号事件については、訴状において既に損失補償請求権に基づく請求と国家賠償法に基づく請求の両者が記載されていることに照らすと、行政事件訴訟法41条2項、16条を根拠に、右2つの訴えは当初から併合して提起されたものと認められる。しかも、両者の訴えは、同一の予防接種の副反応事故を巡る損失補償請求と国家賠償請求であるから、行政事件訴訟法13条6号の関連請求に当たることは明らかであり、また、原審の東京地方裁判所が国を被告とする本件損失補償請求訴訟の管轄権を有することも疑いないところである(民事訴訟法4条2項参照)から、右事件は、損失補償請求に関連請求に係る訴えである国家賠償請求を併合して提起したものと認められる。したがって、右併合提起は、行政事件訴訟法16条の要件を具備しており、適法というべきである。

[21] 次に、右15308号事件以外の事件について検討する。
[22] この点については、仮に控訴人の主張するように民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することが許されないという立場を採ったとしても、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法132条は、行政訴訟と民事訴訟との弁論の併合を許容していると解されないかを検討する必要がある。
[23] そして、右については、以下の理由により、行政訴訟と民事訴訟との弁論を併合することは許されると解すべきである。すなわち、民事訴訟法227条は、訴えの客観的併合につき、「同種ノ訴訟手続ニヨル場合ニ限リ」という文言を置いて、異種の訴訟手続によるものは併合を認めないことを明らかにしているが、同法132条においては文言上そのような限定が付されていないところ、弁論の併合は裁判所の訴訟指揮によりされるものであって、当事者のイニシアティブによりされる民事訴訟法227条の訴えの客観的併合の場合より広く認めることには根拠がないとはいえないこと、行政事件訴訟法13条の規定は、移送された関連請求に係る訴え(その中には民事訴訟も含まれる。)と行政訴訟との弁論の併合をすることを当然予定している規定であることが、その理由である。
[24] そうすると、本件では、前記のように、損失補償請求の訴えについても原審の東京地方裁判所に管轄があるから、いったん損失補償請求の訴えを別個独立に東京地方裁判所に提起した上で、裁判所が職権でこれと損害賠償請求の訴えとの弁論の併合をすることができることになる。
[25] また、行政訴訟を民事訴訟に追加的に併合することが許されないとしたときでも、右行政訴訟は、原則として、これを民事訴訟から分離して、独立の訴えとして取り扱うべきである(なお、最高裁昭和55年(行ツ)第141号、同59年3月29日第1小法廷判決参照)。
[26] ところで、本件の審理経過をみるに、右2つの訴えは、原審において、特段釈明等もされないまま、そのまま併合して審理され、判決されたこと、控訴人(被告)からも、当審の平成3年8月8日の第25回口頭弁論期日までは、併合審理することにつき特に異議は出されていなかった事実が認められる。
[27] このような審理経過からすると、本件は、本来ならば明示的に、いったん国家賠償請求の訴えから損失補償請求の訴えを分離する旨の決定がされ、その後再び両者の弁論を併合する旨の決定がされるべきであったはずのところ、その過程が黙示的にされたと認めるのが相当である。
[28] なお、両者の訴えについては、昭和55年10月13日の第44回口頭弁論期日において原告ら(被控訴人ら)により選択的併合の関係にある旨が明らかにされている。これは、弁論の併合をした当初段階では単純併合の関係にあったものを、選択的併合に併合の態様を変更する意味を持つと解される(すなわち、両請求について並列的に審判を求めるというものから、どちらかの請求が認容されれば、他の請求については審判を求めないというものに変更するものである《実質的にみると、これは条件付きの訴え取下げの意味を持つと考えられる。》。)。このような併合の態様の変更も一種の訴えの変更と解される。そして、本件のように、2つの訴えが、一方の請求権が満足されれば他方の請求権は実体的には消滅を来すというような関係にある場合は、このような変更を認めても被告(控訴人)が特段不利益を受けるとは考えられないから、特にこのような変更は許されないとする根拠は見い出し難い。のみならず、控訴人は右変更に特に異議を述べず、実体上の争点について反論してきたのであるから、右変更はいずれにしても適法であるというべきである。

[29] そうすると、控訴人の主張のように、民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することが許されないとしても、本件では、損失補償請求と国家賠償請求とは適法に(選択的に)併合されていると解されるから、控訴人の主張は採用し難い。
[30] そこで、次に、予防接種による重篤な副反応により生命や健康を著しく損なったことに対して、憲法29条等を根拠として損失補償請求権が発生するか否かについて判断する。
[31] 被控訴人らは、本件予防接種被害は、伝染病の予防という公共目的実現のための行為たる予防接種により当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲と評価できるところ、財産権に課せられた特別の犠牲による損失に対しては憲法29条3項により正当な補償が義務付けられるのであるから、個人の尊重をうたう憲法13条、法の下の平等を定める14条1項、健康で文化的な生活を営む権利を定める25条の趣旨からして、生命・健康にかかる特別犠牲による損失に対しても、憲法29条3項を類推適用して、当然補償請求ができると解されると主張する。
[32] 確かに、昭和23年に制定された法は、予防接種を法律上の義務として広汎に実施することにより伝染病の予防を図ろうとするものであって、国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば、伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して、主として社会防衛の見地から国民に対して接種を義務付けているものである。法1条において、「伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために、予防接種を行い、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする。」とあるのは、この趣旨である。また、後記第四の二2(一)(2)ないし(六)認定のように、ポリオ生ワクチン、インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては、ある時期法律の根拠によらず、行政指導の形で国民に接種を勧奨し、任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが、それも同じく社会防衛、集団防衛の目的を有していたものである(右事実は当事者間に争いがない。)。他方、後記第四の二2(二)認定のように、予防接種は異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって、それなりの危険を伴い、脳炎、脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が発現することも絶無ではないことが、経験的に知られている。しかしながら、このような事故に対して損失補償請求権が当然生ずるか否かについては、公権力の行使によって国民の利益が侵害された場合につき、憲法が全体としてどのような定めを置いているかを検討しなければならない。
[33] この点について、憲法17条は、まず公務員の違法行為によって生じた損害につき、「法律の定めるところにより、その損害の賠償を求めることができる。」として、どのような場合に賠償を請求できるかの具体的要件の定め方は法律にゆだねる。そして、これを受けて国家賠償法が制定され、その1条において「公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、……これを賠償する責に任ずる。」と定め、国の公権力を行使する公務員の違法な行為については、故意又は過失という主観的帰責事由がないときは、国は損害賠償の責任を負わないこととされた。そして、このような国家賠償法の定め方は、一般に違憲とは解されていない。すなわち、憲法は、国家の違法な公権力の行使により生じた損害をすべて補填することを当然には要求していないと解されるのである。なお、このような国家賠償制度も、国民の納める税によって運用されるのであるから、国民全体による損害の分担という意味を持つのであり、公権力の行使の過程で特定の個人に生じた損失を国民全体で補填する実質を有するのであって、正義実現のための公平原則ないし平等原則に結び付くものである。
[34] 他方、憲法29条3項は、国が、私有財産を公共のために用いるときは、補償を求めることができるとする。この補償は、公共目的遂行のために特定の国民に生じた損失を国民全体で負担するというものであるから、右国家賠償の場合同様、公平原則に実質的根拠の一つを負うものと理解される。そして、同条項が対象としているのは、29条全体の文言ないし構造及びその沿革からして、財産権の侵害の場合に限られ、かつ、財産権を法に基づいて適法かつ意図的に侵害する場合である。このように、同条が対象とするのは財産権を適法に侵害する場合であるから、前記の違法な行為を対象とする国家賠償ではまかなえない分野の損害填補を規定しているものということができる。
[35] さらに、憲法40条に刑事手続による生命・身体の自由の侵害に対する損失補償の規定(40条。抑留又は拘禁が違法であったか適法であったかを問わず補償を認めるものである。)が置かれている。これは、憲法上刑事手続による場合は、公権力による生命・身体の自由に対する侵害が許容されていること(なお、個人の尊厳の確立を基本原理とする憲法秩序の下では、生命・健康といった非財産的利益に対する適法な侵害という事態は、刑事手続による場合を除いて考え難いというべきである。)から、その場合の損失補償につき規定を置いたものと理解される。
[36] これらの規定を総合すると、憲法は、公権力の違法な行使によって生じた損害(財産的侵害であると非財産的侵害であるとを問わない。)については憲法17条に規定を置き、それではまかなえない財産権に対する公権力による適法な侵害に対しては憲法29条3項で損失補償を定め、また、身体の自由や生命という非財産的利益に対する適法な侵害が憲法上許容されている刑事手続の場合について憲法40条に損失補償の規定を置き、全体として公権力の行使による個々の国民の利益侵害に対する損害填補について一つの体系を形作っているものと認められる。そして、憲法は、公務員の違法な行為により特定の国民が被った損害のすべてを国家で負担することまでは要求していないと解されるのである。
[37] ところで、予防接種による重篤な副反応事故の場合を考えると、ここでいう副反応事故とは生命を失ったり、それに比するような重大な健康被害を指すのであるから、法が予防接種を強制する結果として特定の個人にそのような重大な被害が生ずることを容認しているとは到底解することができない。個人の尊厳の確立を基本原理としている憲法秩序上、特定個人に対し生命ないしそれに比するような重大な健康被害を受忍させることはできないものである。予防接種によりまれではあるがそのような被害が生ずることが知られているとしても、そのことから直ちに、法が特定個人に対するそのような侵害を許容している(特定個人にそのような被害を受忍することを義務付けている)と結論付けることは到底できないものといわなければならない(なお、このようにいうことから、逆に法が予防接種を国民一般に義務付けること自体が直ちに違憲であるなどということにはならない。当該予防接種制度の公益性、公共性を考えると、法秩序上是認できない損失がまれに生ずるとしても、制度全体としては、これを適法かつ合憲と評価すべきものである。)。講学上の人的公用負担においても、このような生命ないし健康に対する重大な侵害までを負担内容として認めることはできないものである。
[38] このように、法は予防接種を義務付けているが、予防接種の結果として重篤な副反応事故が生ずることを容認してはいないのであるから、客観的にみると(現在の医学でその結果を事前に具体的に予見できるかどうかは別として)、ある特定個人に対し予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生ずるという関係にある場合には(予見できないためその判断が事前にはできないとしても)、当該個人に対して予防接種を強制することは本来許されないものであるといわなければならない。その場合は、予防接種の強制の事前差止めを求める余地さえ生ずる可能性があるということができる。それ故、法12条は、「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定を置き、また、法15条を受けて、厚生省令等の形式で、禁忌や予診についての規定を設けて、重篤な副反応事故が起こる蓋然性の高い者を予防接種の対象から除外する措置を採っているのである。このように、予防接種により重篤な副反応が生じた場合には、本来当該個人には予防接種を強制すべきでなかったという意味で、予防接種の強制は違法であったということができる。また、予防接種を受けるかどうかを形式的には国民の任意に委ねている勧奨接種の場合も、その実態が、後記認定(第四の二2(一)(2))のように、強制接種と変わらないものであるとするならば、右の議論がそのまま妥当する。したがって、以下においては、この勧奨接種の場合も当然含めたものとして論ずることとする。
[39] このような違法な強制の結果被害を受けた個人が国に対して責任を問えるか否かは、前記のような現行憲法の体系の下では、本来、憲法17条の国家賠償の問題であるというべきである。そして、予防接種による重篤な副反応の発生の過程で公権力を行使した(国の)公務員に故意又は過失があった場合を想定すると、その場合の接種は違法であって、国家賠償法1条により責任を問うことができることは明白である。これに対し、公務員に主観的要件がないという場合を想定すると、憲法17条を受けて制定された国家賠償法が無過失責任を採用しなかった結果として、国家賠償法上の責任は問えないということになるにすぎない。そして、そのような結果は、憲法自体が、前記のように、公権力行使による特定個人の損失と国民全体の負担の調整の結果として、容認しているところといわなければならない。
[40] もっとも、被控訴人は、本件予防接種被害は、適法な公権力の行使(予防接種)による意図せざる侵害である、あるいは違法な公権力の行使による意図せざる侵害であるとしても、憲法29条3項は、財産権に対する侵害が特別の犠牲に当たるかどうかだけを補償の要件としており、国家の財産権侵害行為が適法か違法か、意図的侵害か非意図的侵害かといった点は問わないものであるところ、本件の予防接種被害が、公共目的の遂行により特定少数の者に生じた生命・健康に対する著しい侵害であって特別の犠牲に当たることは明らかであり、しかもここで特別の犠牲の対象とされた人間の生命・健康は、憲法上、財産権よりもより高い価値を与えられているから、その侵害に対しては、当然、憲法29条3項が類推され、損失補償請求権が生ずると主張する。
[41] しかしながら、前記のように、本件予防接種被害を適法行為による侵害であるとみることはできないものであり(なお、憲法29条3項は、適法行為による意図せざる侵害までも対象としているということができないと解すべきであるが、その点はしばらくおく。)、また、憲法29条3項を違法な侵害行為にまで拡張して解釈することは、前記の体系の下で右条項は法に基づく適法な侵害に関する規定であることが明らかであるから、憲法解釈の枠を超えるものというべきである。
[42] 控訴人は、右のような主張の根拠としてドイツの判例等を引用するが、ドイツにおいては、現行のボン基本法よりはるか以前のプロイセン一般国法74条、75条に定式化された犠牲補償請求権の法理が長い歴史の積み重ねを経て、慣習法ないし法の一般原理として妥当しているのであり、予防接種被害に対する救済を認めたドイツの裁判例自体もこの犠牲補償請求権に依拠しているのである。これに対して、我が国では、そのような伝統が全くなく(明治憲法の下では、国の責任は極めて限定された範囲でしか認められていなかった。)、現行憲法において初めて国家賠償や損失補償に関する規定が置かれたのであるから、ドイツとは事情が異なり、ドイツの判例が依拠する犠牲補償請求権の法理等は根拠とはなし難いものというべきである。
[43] むしろ、従来、我が国では、控訴人が主張する、「特別犠牲」の観点からすると損失補償の問題として捉えられる事柄についても、一貫して国家賠償の問題として捉え、処理されてきたのである。仮に、被控訴人らのいうように、特別の犠牲という要件を充足さえすれば、損失補償請求権が生ずるとすると、一般に公権力の行使はすべて公共目的のため行使されるものであるから、その適用範囲は極めて広くなるおそれがあり、その外延は不明確となり、憲法の体系が崩されて国家賠償と多くの場面で競合し、国家賠償法が故意・過失という主観的要件を要求していることの意味を失わせ、実質上違法無過失責任を認めることに繋がりかねないのである。
[44] のみならず、もともと、生命身体に特別の犠牲を課すとすれば、それは違憲違法な行為であって、許されないものであるというべきであり、生命身体はいかに補償を伴ってもこれを公共のために用いることはできないものであるから、許すべからざる生命身体に対する侵害が生じたことによる補償は、本来、憲法29条3項とは全く無関係のものであるといわなければならない。したがって、このように全く無関係なものについて、生命身体は財産以上に貴重なものであるといった論理により類推解釈ないしもちろん解釈をすることは当を得ないものというべきである。
[45] 以上のとおりであるから、憲法29条3項を、公権力の行使が適法か違法かを問わず、特別の犠牲が結果として生ずれば損失補償を命じた規定と解した上、予防接種被害も同様に特別の犠牲と観念し得るが故に、損失補償請求ができると解釈することはできないものといわなければならない。
[46] なお、憲法13条、14条1項、25条等から、生命・健康に対する特別の犠牲に対しては補償請求権が実体法上の権利として生ずるとする考え方もあるが、この考え方も採用することができない。確かに、憲法13条、14条、25条の趣旨等にかんがみると、公共目的遂行の過程で生じた人身事故については、何らかの救済をすることが望ましいということがいえなくもないが、他方、前記のように、現行憲法は、17条、29条3項、40条において体系的に国家の公権力の行使の過程で特定の国民に生じた損失填補の要件を定めた上、違法行為に対する損害填補を定めた憲法17条においては、特定個人に対する損失と国家(国民全体)の負担の調整の結果として、違法であっても主観的責任のない行為については、それにより生じた損害がいかに重大なものであろうと、損害填補を必ずしも要求していないのであるから、憲法の前記各条項から当然に損失補償が義務付けられるとは到底いうことができない。
[47] また、右の点はしばらくおくとしても、憲法13条は、個人主義を基調とする自由権的基本権ないし基本的人権を一般的、抽象的、包括的に宣言しているものであって、同条から国民が国に対して何らかの実体法上の請求権を取得することは考えられない。憲法14条も、平等主義の原則を一般的に宣言したものであり、裁判規範としては、差別を内容とする行為(法律ないし行政行為)を違法・無効とする(なお、それにより生じた損害に対して国家賠償法により損害賠償が命じられることもあるにすぎない。)にとどまるものであって、国家に対して実質的平等を実現するよう要求する権利まで含むものではない。また、憲法25条は、福祉国家の理念に基づきすべての国民が健康で文化的な生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したのであって、国家行為による生命・身体への侵害に対する保護に関する規定ではないから、同条から補償請求権を直接根拠付けることも困難である。そして、このような性質を有する規定を幾ら総合しても、そこから実体法上の請求権が生ずることはないといわなければならないから、この点からしても、右各条項から損失補償請求権を根拠付けることはできない。
[48] 以上のとおりであるから、本件予防接種被害につき、憲法上損失補償請求権が当然存在するということはできないものといわなければならない。
[49] 予防接種によって重篤な後遺障害が発生した場合には、昭和45年厚生省令第44号による改正前の予防接種実施規則(昭和33年厚生省令第27号。なお、以下では昭和51年厚生省令第43号による改正に至る前の予防接種実施規則を「旧実施規則」と総称する。)4条所定の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することはできなかったこと、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたものと推定される(最高裁昭和61年(オ)第1493号、平成3年4月19日第2小法廷判決・民集45巻4号367頁参照。)なお、右判決は、直接的には、痘そうの予防接種についてのものであり、また、昭和45年改正前の旧実施規則4条所定の禁忌者について判示したものであるが、右の理は、種痘以外の予防接種についても、また、昭和39年改正前の旧実施規則、昭和45年改正後の旧実施規則(後記二2(三)(6)参照)及び旧実施規則制定前の各予防接種施行心得(後記二2(三)(2)参照)所定の禁忌者についても同様に当てはまるというべきである。

[50] もっとも、控訴人は、以下の4名については、接種担当の医師において予診を尽くしたが、禁忌者に該当すると認められる事由を発見できなかったという特段の事情が存在すると主張するので、この点を検討する。
(一) 被害児田渕豊英(30)
[51] 控訴人は、同児は、昭和48年6月に東京都世田谷区玉川医師会館において種痘の接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、医師会で接種を担当した医師は同児の普段からの掛かりつけの医師であって、同人は、当然同児の健康状態を熟知していたはずであるから、そのような医師が提出された問診票の内容を検討し、かつ、当日被接種者を少なくとも視診している以上、後記最高裁昭和51年9月30日第1小法廷判決が判示した程度に予診が尽くされたというべきであると主張する。
[52] 確かに、原審において被控訴人田渕英嗣は、被害児の接種を担当し、かつ、問診をしたのは同児の掛かりつけの医師であったこと、同人は被害児の健康状況をよく知っていた旨供述するが、《証拠略》によると、被害児の掛かりつけの医師と接種に際し提出された問診票に予診担当医師として記載されている医師とは別人であることが認められるところ、被害児を接種会場に連れていったのは母親であって、右被控訴人は、直接現認したわけではなく、被害児の母親からの伝聞を述べているにすぎないものであること、本件接種の昭和48年という時期からみると、後記二2(八)(4)認定のような渋谷区予防接種センターの方式を踏襲して、予診担当医師と接種担当医師とが別人であったのに、不馴れな母親が、接種そのものを担当した顔馴染みの医師のことのみを記憶していて、予診担当医師の存在を明確に認識しなかったという可能性もあること等を総合すると、右被控訴人の供述のみではなお、本件被害児の予診を担当した医師が同児の掛かりつけの医師であったと認めるに足りず、むしろ、予診担当医師は、問診票記載のとおり、掛かりつけの医師とは別人であったものと認めるのが相当である。そうすると、控訴人の主張はその前提を欠くというべきである。
[53] そして、他に同児につき予診を尽くしたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見できなかったと認めるに足る証拠はない。
(二) 被害児池本智彦(42)
[54] 控訴人は、本件被害児は、昭和43年5月22日、幼稚園においてポリオ生ワクチンの予防接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、右接種においては、問診票が利用されたところ、右問診票には異常を示す記載はなかったのであり、接種担当医師は、当然、右問診票をチェックし、被接種者の視診を行った上異常がないと認めて接種を行ったものと推認されるから、本件は、禁忌を識別するために必要とされる予診を尽くしたのに禁忌に該当する事由を発見できなかったというべきであると主張する。
[55] 確かに《証拠略》によれば、本件接種においては問診票が利用されており、提出された問診票にはすべて異常がない方に丸が付されていたことが認められるが、《証拠略》によれば、接種担当の医師は、問診票を受け取っただけで、直ちに接種を実施したことが認められるのであって、被接種者を充分視診したものとは認めることができない。しかも、本件で使用された問診票の内容が仮に充分なものであったとしても、後記二2(七)認定のように、専門家でない者が記入した問診票である以上、禁忌を識別するためには、接種担当医師はなお問診等をする必要があったのであるから、本件では到底予診を尽くしたということはできない上に、本件で使用された問診票は、例えば熱の有無を尋ねる項をみると、熱の有無をあるかないか抽象的に尋ねているだけで、体温測定を現実にさせた上でその結果を記入させるようにはなっていないが、しかしながら、後記二2(七)認定のように、乳幼児の場合、保護者が熱がないと思っていても現実には熱があったということが往々見られるのであり、熱があるかないかだけを問う本件の問診票は、問診票としてはそれ自体不充分なものであった。このような問診票の記載に依拠してそれ以上は予診を行わなかったという点からも、禁忌を識別するに足りる予診が尽くされたと認めることはできないものといわなければならない。
(三) 被害児高橋真一(46)
[56] 控訴人は、本件被害児は、昭和47年6月30日、太田小児科医院において3種混合ワクチンの個別予防接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、同医師は同児の掛かりつけの医師として同児の接種前の健康状態を熟知しており、しかも、接種の際問診はもちろん、視診、聴打診、検温等必要な限りの予診を尽くしたが、同児が禁忌者に該当するとする事由を見い出せなかったと主張する。
[57] 確かに、《証拠略》及び原審における被控訴人高橋ちづ子本人尋問の結果によれば、接種をした高橋医師は被害児の掛かりつけの医師であったこと、接種前、検温をし、かなりていねいに問診や聴打診等を実施した上、接種を行ったことが認められる。しかし、右被控訴人尋問の結果によると、当時同人の居住していた地域では、3種混合ワクチンにより重篤な副作用が生ずるという事実は殆ど知られておらず、接種後本件被害児に高い発熱が続いた後にも、診察した右高橋医師らからは、3種混合ワクチンによる重篤な副反応の可能性があるといった話は全く出なかったこと、後記二2(一〇)、(一一)認定のように、昭和47年ころは、いまだ一般に、接種を担当する医師や国民に予防接種の副反応や禁忌の内容について周知が充分尽くされていなかった状況にあったことに照らすと、右被控訴人の供述のみでは、接種を担当した医師が、後記二2(七)認定の、禁忌を識別するのに必要な事項全部に亘って問診等の予診を尽くしたとは直ちに断定できないというべきであり、他に本件で禁忌を識別するに足る予診が尽くされたと認める証拠はない。
(四) 被害児秋田恒希(60)
[58] 控訴人は、本件被害児は、昭和49年4月12日、町立母子センターにおいて種痘の接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、右接種においては問診票が用いられており、そこには何ら異常を示す記載はされていないのであり、接種担当者は、このような問診票をチェックし、被接種者を視診した上で接種を実施したものと思われるから、禁忌者を識別するに足る予診を尽くしたが、禁忌者に該当する事由を発見できなかったというべきであると主張する。
[59] 確かに、《証拠略》によると、問診票には異常がない方にすべて丸が付けられていたことが認められるが、他方、右証拠によれば、接種に際しては、問診票を役場の職員に出し、役場の職員がそれをチェックしただけで、それ以上接種を担当する医師や保健婦が直接問診したり、充分視診したりすることなく接種が実施されたことが認められる。したがって、本件でも、禁忌者を識別するに足る予診が尽くされたということはできない(問診票に異常を示す記載がないということだけで、それ以上医師が問診等をしなくとも予診を尽くしたということができないことは,前記のとおりである。)。
(五) 結論
[60] 以上のとおりであるから、本件被害児62名は、いずれも接種当時施行されていた各予防接種施行心得ないし旧実施規則にいう禁忌者に該当していたものと推定される。
[61] 前記のように、昭和23年に制定された法は、国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば、伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して、主として社会防衛の見地から国民に対し接種を義務付けるものである。また、後記2(一)(2)認定のように、ポリオ生ワクチン、インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては、ある時期法律の根拠によらず、行政指導の形で国民に接種を勧奨し、任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが、それも同じく社会防衛、集団防衛の目的を有していたものである。
[62] ところで、後記2(二)認定のように、予防接種は、異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって、それなりの危険を伴い、軽度の発熱、発赤、発疹等の副作用が相当程度生ずることが知られている。さらに、脳炎・脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が発現することも絶無ではないことが、経験的に知られている。特に、種痘の副反応として種痘後脳炎が発症する事実は、古く戦前から認識されていたところである。
[63] 法は、社会防衛の見地から国民に予防接種を義務付けているが、そのことが同時に、接種を受ける個々の国民に、軽度の発熱、発赤、発疹といったそれほど症状の重くない副反応はともかくとして、その程度を越えた、生命にもかかわるような重篤な副反応が生ずるのを受忍することまで義務付けているものでないことは当然である。そして、このように予防接種によって生命にもかかわる重篤な副反応事故が生ずる危険性がある以上、予防接種を強制する国としては、予防接種を受ける個々の国民との関係で、可能な限り、予防接種によってこのような事故が生じないよう努める法的義務があるというべきである。
[64] 法(昭和51年法律第69号による改正前の法を指す。以下同じ。)自体も、特に戦前から症状の激しい副反応が生ずることが知られていた腸チフス・パラチフスにつき、12条に、「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定を置いて、その趣旨を表しているが、この趣旨は、単に腸チフス・パラチフスの予防接種のみに止まるものではなく、すべての予防接種について妥当するものであるといわなければならない。すなわち、法3条は、その1項において、「何人もこの法律に定める予防接種を受けなければならない。」と規定しているが、前記のとおり、法が制定された昭和23年当時既に、予防接種によってまれではあるが脳炎・脳症といった重篤な副反応が生じることが知られていたのであるから、法3条1項の規定を文字どおりすべての人に予防接種を受ける義務を課したものと解釈することはできない。けだし、客観的にみて、予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生じる者がいる場合に、その者に対しても予防接種を受ける義務を課したものと解することはできないからである。したがって、「予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」という前記腸チフス・パラチフスの予防接種に関する規定は、すべての予防接種について妥当するものというべきである。そして、法15条は、「この法律で定めるものの外、予防接種の実施方法に関して必要な事項は、省令で定める。」と省令への委任を規定しているが、この省令で定めるべき予防接種の実施方法に関して必要な事項の中には、あらかじめする禁忌徴候の有無についての健康診断(いわゆる予診)に関する事項、その前提となる禁忌の設定に関する事項、あるいはこれらの周知徹底に関する事項等、予防接種による事故の発生を防止するために必要な事項が含まれているというべきであり、省令を定め、それを施行する直接の責任者は、その省の業務を統括する大臣であって、伝染病の伝播及び発生の防止その他公衆衛生の向上及び増進の業務全般を所掌している行政官庁は厚生省である(厚生省設置法参照)から、厚生省の業務を統括する厚生大臣は、予防接種による事故の発生を防止するために必要な措置をとるべき法的義務を負っているものといわなければならない。換言すれば、法は、厚生大臣に、予防接種の実施の細目を定めあるいは予防接種を国の施策として実施する際に、予防接種を受ける個々の国民に予防接種による重大な事故が生じないよう結果の発生を回避する義務を課しているものというべきである。
[65] また、法に直接の根拠を置かず、国が地方自治体を介し、行政指導の形で国民に予防接種を勧奨し、国民をして任意に接種を受けさせるいわゆる勧奨接種についても、後記2(一)(2)認定のように、国が広い意味でその施策として遂行するものであって、強制接種と同様に国がその実施の具体的内容を詳細に定めて地方自治体に流し、地方自治体の実施方を管理指導するものであり、この場合の国と地方自治体との関係は、地方自治法245条の助言・勧告ないし直接的な法的根拠を持たない行政指導の関係と解されるものであるが、地方自治体としては選択の余地なく、国の指導に従って勧奨接種を実施してきたものであり、勧奨を受けた国民の側も、勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく、勧奨接種も強制接種同様当然受けなければならないものと考えてこれを受けていたものであるから、厚生省の業務を統括する厚生大臣には、条理上、勧奨に応じて接種を受ける個々の国民に重大な事故が生じないよう結果の発生を回避する法的義務があるというべきである。
[66] なお、この点について、控訴人は、国が予防接種によって事故が生じないよう努める義務は、一般的、抽象的な政治的行政的責任であって、法的義務ではないと主張するが、予防接種事故が生じないように努める義務は、国民全体に対する関係においては、あるいは一般的、抽象的な政治的行政的義務であるということができようが、予防接種を受ける個々の国民は、国が施策として行う予防接種の直接の対象者なのであるから、このような地位にある予防接種を受ける個々の国民に対する関係においては、予防接種事故が生じないよう努める義務は、単なる一般的抽象的な政治的行政的義務ではなく、正に法的義務そのものであるといわなければならない。

[67] そこで、以下、厚生大臣においてこの観点から注意義務を尽くしたということができるかどうかについて検討する。
[68] 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 予防接種実施の法的形態等
[69](1) 法によれば、予防接種は定期予防接種と臨時予防接種とに分けられるが、このうち、本件事故に関係する定期予防接種は、市町村長が保健所長の指示を受けて行うものである(5条)。この市町村長の行う予防接種事務は国のいわゆる機関委任事務であって、市町村長は主務大臣(厚生大臣)の指揮監督の下で事務を遂行するものである(地方自治法150条参照)。そして、現実にも、厚生省当局は、予防接種行政の統一的推進の観点から、国の省令、通達・通知等によって、後記のように、事務のやり方等につき細かく市町村長を指揮・監督してきた。
[70] なお、昭和26年法律第120号による改正後は、定期に予防接種を受ける義務を負う者がその定期内に自発的に一般の医師等に申し出て予防接種を受けた場合も、法上の定期の予防接種を受けたものとみなされることになった(6条の2)。
[71] また、疾病その他やむを得ない事故のため定期内に予防接種を受けることができなかった者は、その事故消滅後1月以内に予防接種を受けなければならない(9条)とされていた。
[72](2) 他方、法に基づく強制接種としてではなく、特別の法的根拠に基づかない行政指導として、一定のワクチン接種を国民に勧奨し、これを希望する者に対して自治体が主催して接種を実施するいわゆる勧奨接種も実施された。この勧奨接種は、国が広い意味でその施策として遂行するものであって、厚生省当局において実施の具体的内容等を詳細に定めて、それを通知等の形で地方自治体に流して地方自治体の実施方を管理指導し、それを受けて地方自治体が住民に勧奨してその実施する接種を受けさせるというものである。この場合の国と地方自治体との関係は、地方自治法245条の助言・勧告ないし直接的な法的根拠を持たない行政指導の関係と解されるものであるが、地方自治体としては選択の余地なく、国の指導に従って勧奨接種を実施してきたものであり、また、勧奨を受けた国民の側も、勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく(国や地方自治体も、勧奨に当たり、この点を特に区別して説明していないのが普通であった。)、勧奨された予防接種は、法に基づく強制接種と同様、当然受けなければならないものと考え、接種を受けるという実情にあった。
(二) 予防接種の副作用の危険性について
[73](1) 予防接種は、異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって、それなりの危険を伴い、発熱、発赤、発疹等の副作用が相当程度生ずることが知られており、この副作用として、脳炎・脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応(合併症)が発現することも絶無ではないことが、経験的に知られている。特に、種痘の副反応として種痘後脳炎が発症することは、古く戦前から認識され、相当数の症例が報告されていたところである。
[74](2) 昭和23年に法を制定し、痘そう以外の伝染病についても広く予防接種を義務付けるに至った当時から、厚生省当局は右事実を充分承知していた。昭和49年ころ厚生省公衆衛生局長の地位にあった証人佐分利輝彦も、この事実を法廷で認めている。
(三) 禁忌の意味と禁忌についての規定の変遷
[75](1) このような副反応事故の発生を防止することを目的として、従来から、重篤な副反応(合併症)の発生する蓋然性が高いと経験的に考えられる特定の身体的状態を禁忌として、それに該当する者を予防接種の対象から除外するという措置が採られてきた。それを法的に根拠付けたのが、種痘法(明治42年法律第35号)の下では種痘施術心得(明治42年12月21日内務省告示第179号)11条であった。
[76](2) 法の施行に伴い、各種の伝染病につき予防接種を罰則の強制の下で国民に義務付ける一方で、禁忌者を予防接種の対象から除外するための法的措置として、まず、腸チフス・パラチフスについては、法12条2項において、「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」旨の規定が置かれた。さらに、厚生省告示の形で、昭和23年11月11日、予防接種施行心得(厚生省告示第95号)が制定され、前記種痘施術心得が廃止されるとともに、「種痘施行心得」、「ジフテリア予防接種施行心得」、「腸チフス・パラチフス予防接種施行心得」、「発しんチフス予防接種施行心得」及び「コレラ予防接種施行心得」が定められた。
[77] 右各心得においては、予防接種の禁忌が以下のように定められた。
① 種痘施行心得8項
「左の各号の一に該当する者にはなるべく種痘を猶予する方がよい。但し、痘そう感染の虞が大きいと思われるときにはこの限りでない。
(一) 著しく栄養障害に陥っている者
(二) まん延性の皮膚炎にかかっている者で、種痘により障害を来す虞のある者
(三) 重症患者又は熱性病患者」
② ジフテリア予防接種施行心得8項
「脚気、心臓又は腎臓の疾患で相当な疾病がある者及び胸腺淋巴体質の疑がある者等に対しては予防接種を行ってはならない。」
③ 腸チフス、パラチフス予防接種施行心得8項
「有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内臓に異常のある者、結核、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑がある者、妊産婦(妊娠第6箇月までの妊婦を除く。)等に対しては接種を行ってはならない。」
④ 発しんチフス予防接種施行心得7項
「鶏卵に対し特異体質を有する者、有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内臓に異常のある者、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑がある者、妊産婦(妊娠第6箇月までの妊婦を除く。)、5歳以下の者等に対しては、接種を行ってはならない。」
⑤ コレラ予防接種施行心得7項
「有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内臓に異常のある者、結核、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑のある者、妊産婦(妊娠6箇月までの妊婦を除く。)、乳児等に対しては接種を行ってはならない。」
[78](3) 昭和25年2月15日、「百日咳予防接種施行心得」(厚生省告示第38号)が制定され、右8項において、「高度の先天性心臓疾患患者等接種によって症状の増悪するおそれのある者に対しては予防接種を行ってはならない。」と定められた。
[79](4) 昭和28年5月9日、「インフルエンザ予防接種施行心得」(厚生省告示第165号)が制定され、右心得7項において、次の事項が予防接種に対する禁忌事項とされた。
「左の各号の一に該当するものに対しては、接種を行ってはならない。
(一) 鶏卵に対し特異体質を有するもの(鶏卵を食べると発熱、発しん、ぜん息、下り、おう吐等を来す者)
(二) 熱性病患者、心臓、血管系、腎臓その他内臓に異常のある者、糖尿病患者、脚気患者、病後衰弱者、胸せんりんぱ体質の疑のある者、妊産婦(妊娠第6月までの妊婦を除く。)その他の者であって、医師が接種を不適当と認める者」
[80](5) 昭和33年9月17日、前記各「施行心得」を統合・改善した旧実施規則(厚生省令第27号)が制定施行された。
[81] 右規則4条においては、以下のとおり禁忌事項が定められた。
「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りでない。
一 有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者
二 病後衰弱者又は著しい栄養障害者
三 アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者
四 妊産婦(妊娠6月までの妊婦を除く。)
五 種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」
[82](6) 旧実施規則は、昭和39年の改正(厚生省令第17号)により、5号に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後2週間を経過していない者」が加えられ、新たに、6号として、「六 急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第四号までに掲げる者のほか下痢患者又は種痘を受けた後2週間を経過していない者」が付加された。さらに、昭和45年の改正(厚生省令第44号)により、4号の「(妊娠6月までの者を除く。)」の部分が削除され、5号の「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後2週間を経過していない者」及び6号の「種痘を受けた後2週間を経過していない者」の部分に、それぞれ麻しんの予防接種を受けた者が加えられ、間隔も2週間から1箇月に延長された。
[83](7) その後、昭和51年の法の改正に伴い、旧実施規則は、同年9月14日、厚生省令第43号により改正され、禁忌を定める4条も以下のように改められた(以下右改正後の予防接種実施規則を「新実施規則」という。)。
「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りではない。
1 発熱している者又は著しい栄養障害者
2 心臓血管系疾患、腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの
3 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者
4 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者
5 接種前1年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者
6 妊娠していることが明らかな者
7 痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後1月を経過していない者
8 急性灰白髄炎の予防接種については、第1号から第6号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘、若しくは麻しん予防接種を受けた後1月を経過していない者」
(四) 禁忌規定遵守の効果について
[84] このように定められた禁忌を注意深く守ることによって、脳炎・脳症といった重篤な副反応を含め、副反応全体の出現する割合は著しく減少するものと認められる。この点について、予診をいくら厳重にしても、脳炎・脳症といった重篤な副反応の減少には繋がらないと悲観的な意見を述べる学者もいるが、(1)アメリカの学者を初め多くの学者がこの点を肯定していること(ネフは、「種痘の禁忌を更に良く守ることによって、《合併症》の罹病率、死亡率は著しく低減し得るであろう。」と述べている)、また、(2)昭和45年に種痘禍が新聞等に報道され、社会問題化して、医師や国民の関心を引くにいたり、また、厚生省当局も禁忌の識別のため問診票を導入するよう指示するなど一定の対策をとるに至った時期以後(特に昭和48年ころから)、都立豊島病院へ予防接種後の異状を主訴として入院する児童の数が顕著に減少した事実があること、(3)後記のように、予診を専門にする医師と接種を担当する医師とを分け、予防接種の適否につきダブルチェックをする体制をとるなど禁忌識別のための予診を厳格に行っている渋谷区の予防接種センターでは、約90万件の予防接種を実施しながら重篤な副反応事故が1例も発生していないという事実があること、(4)国立予防衛生研究所長であった福見秀雄がした、非常に細かい問診をした場合と集団接種で普通する程度に問診をとどめた場合とでは細かい問診をした群の方が副作用の出る率が少なかったという実験が存在すること、さらに、(5)厚生省公衆衛生局長(佐分利輝彦)も、法廷で、人口動態統計における種痘による死亡者の数が昭和45年を境に相当減少している一番大きな要因としては予診を厳しくやるようになったことが挙げられると述べていることなどに照らし、予診を厳格に実施し禁忌を注意深く守ることにより、脳炎・脳症といった重篤な副反応を含めた副反応の全体が著しく減少すると認めるのが相当である。
[85] なお、前記のように、禁忌は予防接種による副反応防止のため定められたものであるが、ポリオ生ワクチン接種において下痢を禁忌としている理由につき、生ワクチンウイルスの増殖が妨げられる、すなわちワクチン接種の効果が生じないことを懸念したもので、ワクチン接種による副反応防止とは関係がないとの説に立つ学者(平山宗宏等)もいるところである。しかしながら、乳幼児の下痢の場合を考えると、下痢は、水分も失われ食欲もなくなるなどの全身的症状を意味し、下痢が重篤な副反応に結び付く可能性を否定できないものと認められるから、副反応の防止と無関係とはいえないと解するのが相当である。前記説に立つ学者(平山)も、他方では「下痢は、発病したばかりのときなどは、どのように悪化するか分からないので、予防接種は延期する方がよい。」と論じているところである(同人著「予防接種」参照。)
(五) 予診等の体制
[86] このような禁忌該当者を識別し、これを予防接種の対象から除外するためには、専門家である医師による予診が必要であるが、予診及び接種の体制等については、以下のように定められていた。
[87](1) 昭和23年11月11日制定の「予防接種施行心得」においては、各施行心得の6項ないし7項において、「予診」と題して、「予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない。」との定めが置かれ、また、4項又は5項において、「実施者の一般的注意」と題して、「常に丁寧な態度で実施に当たり、いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも、医師1人について1時間に接種する人数はおよそ150人(種痘は80人)とする。」との定めが置かれた。
[88](2) 昭和25年2月15日制定の「百日咳予防接種施行心得」においても、7項に「予診」と題して前項と同様の規定を置き、また、5項において「実施者の一般的な注意」と題して、「常に丁寧な態度で実施に当たり、いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも医師1人について1時間に接種する人数は、およそ100人とする。」との規定が置かれた。
[89] また、昭和28年5月9日制定の「インフルエンザ予防接種施行心得」においても、6項に「予診」と題して前項と同様の規定が置かれ、また、4項に「実施者の一般的注意」と題して、「常に丁寧な態度で実施に当たり、いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも医師1人について1時間に接種する人数は、およそ150人とする。」との規定が置かれた。
[90](3) なお、予防接種に際し結核を感染せしめた事故等を契機として、昭和28年2月24日「予防接種事故防止の徹底について(衛発第119号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)」が発せられ、そこにおいて、「接種に従事する班の長は、……該当接種の予防接種施行心得及び関係法規の主要事項(特に免除及び禁忌に関する事項)を熟知しておくこと」が指示された。また、赤痢ワクチンによる発熱の事故等が生じたことを契機として、昭和30年6月10日、「予防接種の普及及び事故防止について(衛発第358号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)」が発せられ、「予防接種法による予防接種の実施は、当然予防接種施行心得によって行われるべきであるが、そのうち特に予診及び禁忌の項については厳重な注意を払うこと」が指示された。
[91](4) 従来の施行心得を統合した昭和33年の旧実施規則4条においては、「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定が置かれた。
[92](5) 昭和34年1月21日「予防接種の実施方法について(衛発第32号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって、予防接種の実施に当たっては、右通知で定めた実施要領(以下「旧実施要領」という。)に従って接種を実施するよう指示された。
[93] 右実施要領(第一の六以下)においては、予防接種の実施方法、予診及び禁忌等について以下のように定めた。
「六 実施計画の作成
 予防接種実施計画の作成に当たっては,特に個々の予防接種がゆとりをもって行われ得るような人員の配置に考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて、医師1人を含む1班が1時間に対象とする人員は、種痘では80人程度、種痘以外の予防接種では100人程度を最大限とすること。
七 予防接種の実施に従事する者
1 接種を行う者は、医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師1人を中心とし、これに看護婦、保健婦等の補助者2名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。
2 都道府県知事又は市町村長は、予防接種の実施に当たっては、あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して、実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること。
(中略)
九 予診及び禁忌
1 接種前には、必ず予診を行うこと。
2 予診は、まず問診及び視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診等を行うこと。ただし、腸チフス、パラチフス混合ワクチン又は百日せきジフテリア混合ワクチンを用いて行う予防接種の場合には、できる限り体温測定を全員に対して行うこと。
3 予診の結果、異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること。
4 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで、あらかじめ、都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこと。
5 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること(たとえば、インフルエンザ、発しんチフス等の予防接種については、鶏卵に対するアレルギーに特別の注意を払う必要があること。)。
6 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に、禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること。
(中略)
十三 事故発生時の措置
1 予防接種を行う前には、当該予防接種の副反応について周知徹底を図り、被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること。
(中略)
3 予防接種を行う場所には、救急の処置に必要な設備、備品等を用意しておくこと。」
[94](6) 昭和36年5月22日「予防接種実施要領の一部改正について(衛発第444号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ、予診に当たり、被接種者の健康状態把握の資料とするため、保護者に対し、予防接種の際に母子手帳を持参するよう指導することが指示された。
[95](7) 昭和45年になると、痘そうの予防接種による副反応の問題が新聞等のマスコミにおいて大きく取上げられるなどして、一種の社会問題となった。それを背景として、
[96]① 昭和45年6月18日「種痘の実施について(衛発第435号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ、応急の措置として、以下のとおり指示がされた。
「第一 予診の実施方法
 予診の実施にあたっては特に次の事項に留意すること。
1 過去における種痘接種の有無
2 過去1カ月以内における急性灰白髄炎、ましんワクチンの接種の有無
3 発熱の有無
4 湿疹等皮膚疾患の有無
5 既往症等
 (1) 現在又は最近医療を受けていることの有無
 (2) けいれん(ひきつけ)の既往の有無
 (3) 発育の明らかなおくれの有無
 (4) 妊娠の有無
 これらの事項について、あらかじめ一定の様式による質問票等を準備しておき、被接種者又は保護者に記入させ、これを医師が確認するなどの方法を考慮すること。
第二 (中略)
第三 禁忌について
1 実施者は、予防接種実施規則第4条各号に掲げる禁忌例のほか、
 (1) 急性灰白髄炎又はましんの予防接種を受けた後1カ月を経過していない者
 (2) 現に医療を受けている者
 (3) 妊娠していることが明らかな者
についても種痘を行わないよう指導すること。
2 接種前に健康状態を調べ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、当日は種痘を行わないこと。この場合、必要があれば精密検診を受けるよう指示すること。
第四 被接種者及び保護者への周知の徹底
 種痘による重篤な副反応の発生は、極めてまれであるが、軽度の発熱、発赤、発疹等は、従来からかなりの頻度において見られるものであり、被接種者並びに保護者がいたずらに不安をおこさないよう、接種にあたってはよく周知せしめることが必要である。なお周知にあたっては、次の点に特に留意すること。
1 接種対象者に対して通知等を行う際には、……被接種者が乳幼児の場合には、保護者に対し、被接種者の体温測定等を事前に行うよう勧奨するとともに、保護者が同行するよう指導すること。
(以下略)」
[97]② 続いて、昭和45年6月29日「種痘の実施について(衛発第461号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって、「種痘の実施に当たっては、市町村長と地域の医師会と協議し、できる限り被接種者の掛かりつけの医師によって種痘を受けられるよう指導すること。乳幼児の保護者に対して通知を行う際には、予め、別紙様式の質問表(略)を配布し、各項目について、保護者が母子健康手帳等を参照して記載し、これを接種する際に持参するよう指導すること。」が指示された。
[98]③ さらに、昭和45年8月5日「種痘の実施について(衛発第564号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって、種痘の定期にある者、その保護者等に対して種痘の必要性、特に満2歳程度までに初回接種を受ける必要性や、種痘に当たって注意しなければならない事項について周知徹底を図ることや、種痘の接種時期を生後6月から24月の間とし、この間の健康状態が良好な時期に受けるよう指導することが適当である旨の指示がされるとともに、種痘実施の手引きが添付された。
[99] 右手引きにおいては、種痘実施の必要性を説くほか、「第三 接種前の注意」として、
「1 被接種者及び保護者への周知徹底
 種痘をはじめ、各種予防接種による副反応として、軽度の発熱、発赤、発しん等は、通常みられるものであり、被接種者及び保護者が、いたずらに不安をおこさないよう、接種にあたってよく周知せしめることが必要である。
 なお、接種対象者に対して通知等を行う際には、(中略)
 (1) 別紙様式による質問票を予め配布しておき、各項目について記載の上、これを接種の際に必ず持参させること。
 (2) 現に医療を受けている者、あるいは、けいれん(ひきつけ)の既往症のある者は、必ずその旨を申出させること。
 (3) 被接種者が乳幼児の場合は、必ず保護者が同行すること。
等について特に留意すること。
(中略)
3 予診の実施について
 接種前の健康状態の調査にあたっては、特に次の事項に留意するとともに、その実施の際には別紙質問票を参考とすること。
 (1) 過去における種痘の有無
 (2) 過去1カ月以内における急性灰白髄炎、ましん、BCG等の接種の有無
 (3) 体温測定をすること。
 (4) 湿疹等皮膚疾患の有無
 (5) 現在又は最近医療を受けたことの有無
 (6) けいれん(ひきつけ)の既往症の有無
 (7) 発育の明らかなおくれの有無
 (8) 家族内の過去1カ月以内におけるましん等のり患者の有無」
が指示され、また、「第四 禁忌について」において、
「1 予防接種実施規則第4条に掲げる禁忌例のほか、
 (1) 現に医療を受けている者
 (2) けいれん(ひきつけ)の既往症のある者
 (3) 発育が明らかにおくれている者
等についても接種を行わないよう指導すること。
2 禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、当日は接種を行わないこと。この場合、必要があれば精密検診を受けるよう指示すること。」
等の指示がされた。
[100]④ 昭和45年11月30日「予防接種問診票の活用等について」(衛発第850号都道府県知事等あて厚生省公衆衛生局長・児童家庭局長通知)をもって、種痘以外にも問診票の活用を図るべく、問診票の様式例を設定し、これをあらかじめ配布しておき、各項目について記載の上、これを接種の際必ず持参させることが指示されるとともに、「健康審査の活用等について」と題して、以下のとおり指示がされた。
「(1) 予防接種を実施するに当たって、予診により被接種者の現症を把握することはもちろんであるが、被接種者の既往症、先天性潜在疾患等についても把握することが必要であるので、事前に健康診断等が励行されていることが望まれる。このような趣旨に沿って、今後はできるだけこれら健康診断等の推進を図ることとし、保護者に対し、健康診断の励行については指導徹底を図ることとされたい。(中略)
 (2) 母子健康手帳は、予防接種欄によって、従来より予防接種にも活用が図られてきたが、(中略)予防接種の際、その者の健康状態を把握する資料として活用する見地から、当面別紙四の例による『予防接種参照カード』を問診票とあわせて作成し、母子健康手帳の予備欄に貼付する等の方法による一層有効な活用を図られるよう配慮されたい。
 (3) 予防接種の実施に当たっては、保護者の十分な理解と協力を得ることが望まれるので、母親学級等を通じ、問診票の趣旨、内容を徹底する等、予防接種に関する知識の普及を図るはもちろん、予防接種の実施に当たっては、医師の行う健康状態の把握のみならず、母親による被接種者の平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう配慮されたい。」
[101](8) その後、昭和51年の法改正に伴って改正された新実施規則4条に、「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。」旨の規定が置かれた。
[102](9) 右規則改正を受け、昭和51年9月14日「予防接種の実施について(衛発第726号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ、旧実施要領を廃止し、新たに新実施要領が制定され、予防接種の実施方法、予診及び禁忌等について以下のように定めた。
「6 実施計画の作成  予防接種の実施計画の作成に当たっては、地域の医師会と十分協議するものとし、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置を考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて医師1人を含む1班が1時間に対象とする人員が種痘では80人程度、種痘以外の予防接種では100人程度となることを目安として配置することが望ましいこと。
 なお、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合の一般的処理方針等についてもあらかじめ決定しておくことが望ましいこと。
(中略)
9 予診及び禁忌
 (1) 接種前に必ず予診を行うものとし、問診については、あらかじめ問診票を配布し、各項目について記載の上、これを接種の際に持参するよう指導すること。
 (2) 体温はできるだけ自宅において測定し、問診票に記載するよう指導すること。
 (3) 予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は接種を行わず、必要がある場合は精密検診をうけるよう指示すること。
 (4) 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。
 例えば、インフルエンザHAワクチンについては、鶏卵成分に対しアレルギー反応を呈したことのある者に特に注意し、また、百日せきワクチンを含むワクチンについては、けいれんの症状を呈したことのある者に特に注意する必要があること。
 (5) 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所において禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物を配布して、接種対象者から健康状態、既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易にすること」
などの規定が置かれた。
(六) 勧奨接種の体制について
[103] 前記のように、予防接種の中には、法に基づき国民の義務として実施されているもののほか、特別の法的根拠に基づかない行政指導として一般国民に接種を受けることを勧奨し、これを希望する者に対して接種するものがあった(インフルエンザ、日本脳炎、急性灰白髄炎)。具体的には、国が地方自治体に年ごとに通知を発して一定の予防接種を勧奨するよう行政指導し、地方自治体がそれに基づき住民に予防接種を勧奨し、地方自治体の実施する接種を受けさせるというものである。
[104] これらについても、その各時点における予防接種施行心得、予防接種実施規則ないし予防接種実施要領に準じて実施することの指示がされていた(例えば、インフルエンザの勧奨接種については、昭和32年9月4日付け「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」《衛発第768号各都道府県知事・指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知》記二の「予防接種の方法は、『インフルエンザ予防接種施行心得』に定められている方法を厳守すること」参照。また、昭和38年4月30日付け「昭和38年度におけるインフルエンザ予防特別対策について」《衛発第340号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》添付の「昭和38年度におけるインフルエンザ予防特別対策実施要領」5の「おって、接種の禁忌については昭和34年1月21日衛発第32号通知『予防接種の実施方法』によること」参照。また、日本脳炎については、昭和32年7月18日付け「日本脳炎の予防対策について」《衛発第592号各都道府県知事・政令指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知》の記三の「なお、本ワクチンの副反応は、他ワクチンに比し軽微であるが、皆無とはいえないので、発熱者その他禁忌者の除去に務め、又各種予防接種施行心得に準じて慎重に実施されたい。」旨の部分参照。また、昭和43年4月16日付け「昭和43年度における日本脳炎予防特別対策について」《衛発第276号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》添付の昭和43年度における日本脳炎予防特別対策実施要領6の「禁忌」の項の「予防接種実施規則4条及び昭和34年1月21日衛発第32号通知『予防接種の実施方法について』に準ずること」参照。また、ポリオ生ワクチンについては、例えば、昭和39年1月28日付け「昭和38年度下半期急性灰白髄炎特別対策における経口ポリオ生ワクチン投与の要領について」《衛発第48号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》の「8 予診及び禁忌」の項において、以下のように定められていた。すなわち、「(1)予診 投与前には必ず医師による予診を行うこと。最初に問診及び視診を行い、必要に応じて体温測定さらに打聴診等必要な検査を行うこと。(2)禁忌 予診の結果、投与対象者が次のいずれかに該当し又はその疑いがあると認められる場合には、投与を行わないこと、ア 発熱もしくは下痢等を伴う急性疾患にかかっている者。イ 重症な結核、代償不全を来した心臓血管系疾患にかかっている者。ウ 病後衰弱者。エ 著しい栄養障害者。オ その他医師が投与を行うことが不適当と認める者か、種痘後2週間を経過していない者。」)。
(七) 禁忌識別のための予診の対象事項とその特質
[105] ところで、禁忌を識別するために必要な予診の対象たる事項は後記のように多岐に亘るものであって、予診はある程度時間をかけて慎重に実施することが必要である。このことは、予防接種禍が社会問題となった昭和45年以前からも説かれていたところで、例えば、昭和24年発行の細菌製剤協会編「予防接種講本」においては、腸チフス・パラチフスの予防接種について論じている中で、「事前の診察、既往症及びかつてのワクチンに敏感なりしや否やの陳述等を充分参考にして、以て用量等に深甚の配慮を加えられん事を、担当医に期待する。」と述べているし、昭和42年7月発行の国立予防衛生研究所学友会編の「日本のワクチン」(初版)においても、「被接種者の禁忌をもれなく発見するためには、接種前の予診はできるだけ念入りにおこなわなければならない。」と説かれている。
[106] 最高裁判決も、昭和45年改正前の旧実施規則4条に関してであるが、「インフルエンザ予防接種は、接種対象者の健康状態、罹患している疾病、その他身体的条件又は体質的素因により、死亡、脳炎等重大な結果をもたらす異常な副反応を起こすこともあり得るから、これを実施する医師は、右のような危険を回避するため、慎重に予診を行い、かつ、当該接種対象者につき接種が必要か否かを慎重に判断し、実施規則4条所定の禁忌者を的確に識別すべき義務がある。……問診は、医学的な専門知識を欠く一般人に対してされるもので、質問の趣旨が正解されなかったり、的確な応答がされなかったり、素人的な誤った判断が介入して不充分な対応がされたりする危険性をももっているものであるから、予防接種を実施する医師としては、問診するにあたって、接種対象者又はその保護者に対し、単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち実施規則4条所定の症状、疾病、体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある。」と判示しているところである(最高裁昭和50年(オ)第140号、同昭和51年9月30日第1小法廷判決・民集30巻8号816頁参照)。
[107] そして、予防接種の禁忌を識別するための予診に際して医師が考慮すべき事項は、以下のような多岐に亘るものである(木村・平山「予防接種の手引き」(改訂増補版)、「日本のワクチン」(改訂第2版)参照)。
(1) 職業・年齢
(2) 現在の疾病の有無
(3) 既往歴
 ア 出生時の状態
 イ 神経系疾患
(4) アレルギー
 ア 特異的アレルギー
 イ 一般的アレルギー
 ウ 湿疹
(5) 予防接種歴及びその際の副反応
(6) 家族歴
 ア 特にアレルギー性家系、遺伝性神経疾患
 イ 家族内の湿疹患者の有無
(7) 妊娠の有無
(8) その他予防接種を行うことが不適当な状態にあるもの
 ア 心身の発達の遅れのある小児
 イ 免疫不全
(なお、禁忌を識別するための予診の対象事項は、禁忌の定め方いかんにより多少変わることも考えられるが、基本的部分は共通であり、また、旧実施規則制定以後は、右に掲げた事項がそのまま妥当するものと解される。)
[108] また、予防接種における予診は、(1)病気の診察を受けに来る場合とは異なり、接種対象者ないしその保護者は特別問題意識を持たずに来所することが多く、健康状態等について自発的な申出を期待しにくいこと、(2)従来予防接種は恒常的に受けられるような体制にはなっておらず、接種の機会が限られているところが殆どであったため、被接種者の側では、多少調子が悪い場合でもそれを自分の方から積極的に申し出ず、無理をしてでも予防接種を受けようという姿勢で臨むことが多かったこと、(3)乳幼児が対象の場合、本人は何も申し出ることができないから、母親等の保護者の認識に頼ることになるが、小児科の臨床においては、母親が発熱していないと答えても、現実には発熱している例も多く、問診に対する保護者の答えは必ずしも信頼できないといった特徴がある。また、予診に問診票を利用する場合でも、問診票は予診の導入部であって、その記載をみればそれで終わりというものではなく、それを手掛かりに医師が問診・視診等をして判断することが必要であって(後記認定の渋谷区の予防接種センターの所長を長く務めた村瀬敏郎医師は、これを問診票を立体的に読むことが必要であると表現している。)、問診票を利用したとしても的確な予診を行うには、それなりに時間がかかるものである。そして、医師であれば、常識として予防接種の副反応や禁忌について充分承知しているというものでは必ずしもなく、予防接種の副反応は免疫学の知識等も関係する分野であって、1年に1回か2回しか接種を担当しない一般の医師が、その方面の知識を事前に自分で強勉して充分に持っているとは限らず、それ故、後に予防接種禍が社会問題化した際には、後記のように、医師等を対象とした予防接種の手引書作成の要望が強かったのである。
(八) 我が国における予防接種の実施体制と運用の実際
[109] 予防接種の副反応事故をできるだけなくすため、前記のように、法制定当時から禁忌や予診についての定めが置かれていたのであるが、このような予診を実施するために、予防接種実施に当たってどのような体制がとられ、それが実際どのように運用されてきたかを、以下において検討する。
(1) 個別接種と集団接種
[110] 予防接種の実施形態としては、個人個人が掛かりつけの医師のところで予防接種を受けるという個別接種の方法もあり、外国特に先進諸国ではそれが主流になっているところが多いが、我が国では、戦後一貫して、学校又は保健所等の一定の場所に接種対象者を多数集め、実施主体が開業医を臨時に雇用し、あるいは地域の医師会に一括委託して医師会が会員の中から接種を担当する医師を選定して接種を実施するいわゆる集団接種の方法が中心をなしてきた。これは、接種率を上げるには、個人の自発的意思に負う部分の多い個別接種より、一定の会場に地域の接種対象者を集めて接種を実施する方が都合のよいことや、接種を担当する医師等の人数の少なさや地域的偏在の問題、接種コストの問題、あるいは我が国ではいわゆるホーム・ドクターがいるとは限らないといった事情からきたものである。
[111] ただし、前記のように、昭和26年法律第120号にる改正後は、定期の予防接種につき、市町村長の行うもののみならず、一般の医師について自発的に受けたものも、この法律によるものとして認めることとされ、その限りでは、個人が自発的に掛かりつけの医師等から接種を受ける道が開かれていた。
[112] 現に、本件被害児62名の接種の時期は、昭和27年から昭和49年までに広く分布しているが、掛かりつけの医師等から個別接種の形で予防接種を受けた者は、昭和33年接種の矢野由美子(39)、昭和37年接種の藤井玲子(50)、昭和38年接種の沢柳一政(5)、葛野あかね(7)、野口恭子(62)、昭和40年接種の服部和子(9)、卜部広明(26)、昭和42年接種の荒井豪彦(32)、昭和43年接種の塩入信吾(47)、昭和47年接種の高橋真一(46)にすぎない(うち、葛野、野口、卜部は、法6条の2の接種であり、それ以外は、地方自治体の機関等が予防接種を個々の開業医等に委嘱した結果、もよりの開業医等から個別接種の形で接種を受けたものである。)。
(2) 集団接種の運用体制
[113] 厚生省の行政施策も集団接種が予防接種の中心であるということを前提として立てられてきた。前記のように、昭和34年の旧実施要領制定前の各予防接種施行心得には、急いでする場合でも医師1人が1時間に接種する人数はおよそ150人とする(ただし、種痘は80人、百日せきは100人)との定めが置かれていたし、また、予防接種会場については、「十分に広くて清潔な場所を選び、換気、室温等に注意しなければならない。」との規定が設けられていた。また、昭和34年制定の旧実施要領においても、集団接種を前提に、予防接種実施計画の作成に当たっては、特に個々の予防接種がゆとりをもって行えるような人員の配置に考慮すること、医師1人を含む1班が1時間に対象とする人員は、種痘では80人程度、種痘以外では100人程度とすることといった定めや、接種場所につき、採光、換気等に十分な窓の広さ、照明設備等を有する清潔な場所であり、冬期に十分な暖房設備を備えていることといった物的設備についての定めが設けられていた。
(3) 集団接種の運用の状態
[114] しかしながら、集団接種の運用の実態をみると、以下のように、旧実施要領等の定めは殆ど遵守されず、これから乖離した運用がされていた。
ア 昭和20年代から昭和33年の旧実施規則制定ころまで
[115] 昭和20年代は、戦後の混乱期で、特にその前半はコレラ、痘そう等の外来伝染病や発疹チフス等が大流行した時代であり、厚生省当局は、伝染病対策として予防接種の実施を急ぎ、特に接種率の向上に防疫対策の重点を置いた。
[116] そして、前記のように、当時の各予防接種施行心得においても一応接種前に予診をすることがうたわれてはいたが、他方では、厚生省当局から、「急いでするときは」という条件が付されてはいたものの、種痘・百日せき以外の予防接種では1時間に1人の医師がおよそ150人(種痘は80人)を対象に接種する(すなわち予診をして接種をするのに1人わずか24秒《種痘では45秒》しかあてられない。)のを標準として許容するかのごとき基準が示され、むしろそれが常態化した状況の下で、現実には医師による予診は殆どされないまま接種が実施されていた。しかも、冬でも暖房設備のない学校等に大勢の乳幼児等を集めるなど、接種のための物的施設等の整備も充分されていなかったのである(なお、昭和34年8月8日発行の日本医事新報参照)。
[117] 本件被害児の関係でも、昭和27年に種痘の定期接種を受けた古川(56)は、接種に関し問診その他一切の予診を受けなかった。また、昭和31年に種痘の接種を受けた鈴木(19)、昭和32年に接種を受けた末次(54)に対しても何ら予診は実施されなかった。
[118] なお、昭和26年ころになると、コレラや痘そう、発疹チフス等の伝染病は殆ど姿を消し、昭和20年代後半ころからは、日本社会は一時の異常な状態から脱して次第に落ち着きを取戻し、防疫対策の中心も流行を繰り返す赤痢、日本脳炎、インフルエンザ、急性灰白髄炎等に移るようになったが、右のような予防接種体制に大きな変化はみられなかった。
イ 昭和33年の旧実施規則制定ころから昭和45年ころまで
[119] 昭和34年になり、前記のように集団接種体制の整備を内容とする通知が発せられ、1人の医師が担当する接種の人員の上限に歯止めをかける等の指示が出された。しかし、厚生省当局の姿勢は、依然として接種率の向上の方に重点が置かれていた。このことは、以下のことからも窺うことができる。すなわち、旧実施規則の施行にあたり、日本医師会は、昭和34年1月30日付けで、厚生省公衆衛生局長に対し、「従来、予診は比較的簡便にされていたが今後はどうするのか。」という趣旨の問合わせを発した(この問い自体からも当時は予防接種に際し予診がかなり簡略にされていたという実情が窺われる。)ところ、厚生省公衆衛生局長は、「予防接種実施規則4条の規定は、健康診断を行う際の診断方法の水準を示したものであって被接種者一人一人に対して同条に示されたすべての方法による診察を行う趣旨でないことは、従前のとおりであります。」と回答し、従前の予診のやり方を今後も踏襲すれば足りるかのごとき回答をしているのである。
[120] また、実施主体である市町村レベルでは、人的・物的双方の側面から右のような指示を守ることは難しいという声が強かったし、そもそも予防接種が危険なものであるという認識にも乏しかったため、予診のために充分時間を割ける態勢を組もうという意欲に乏しく、現実には、旧実施要領の接種人員の上限の定め等を努力目標として接種を実施しているところが多かった。そして、依然として旧実施要領の定める上限を上回る多人数を1人の医師が担当して接種が実施されることも少なくなかったのである。その実態については、例えば昭和45年10月17日発行の日本医事新報に登載された、船橋市の医師の「当市では、2時間の間に2人の医師が約1000人内外の人に接種をしなければならず、15秒に1人あて行わなければならない。」という内容の記事からも窺うことができる。本件被害児の関係をみると、自治体等による調査結果の形で実態が明確にされたものだけに限定しても、昭和35年接種(腸パラワクチン)の佐藤(16)の場合は医師1名・保健婦2名で2時間に288名(1時間144名の割合)の接種が実施されているし、昭和39年接種(インフルエンザワクチン)の吉原(1)の場合は医師1名につき3時間で726名(1時間当たり242名の割合)の接種がされ、昭和45年接種(種痘)の千葉(14)の場合は、医師1名で約1時間10分の間に169名の接種が実施されているのである。
[121] なお、仮に厚生省当局の定める旧実施要領の上限の人数を守ったとしても、接種担当医師が1人に割ける時間は、接種に要する時間を含め、種痘の場合でわずか45秒、それ以外の予防接種では36秒程度しかなく、接種を実施する外に一人一人に必要な予診を行う時間的余裕はなかったものである。
[122] 以上のような態勢にあったため、集団接種は、事務職員等による受付、看護婦ないし保健婦等による消毒、医師(ときには保健婦)による接種と流れ作業のように進められ、予診といっても、受付の係員や看護婦等が熱の有無をチェックする程度であって、医師による直接の問診等は殆どの場合省略されていた実情にあり、このような予診の実情は、本件被害児の予防接種の際の状況からみても明らかである。
[123] すなわち、本件被害児のうち昭和33年から昭和45年までの間に集団接種の形で接種を受けた者の予診の状況をみると、医師から一切問診等の予診を受けていないことが証拠上明らかな者だけでも、昭和33年に接種を受けた渡邊(17)(接種自体も保健婦が行った。)、同小林(21)、同矢野(39)、昭和34年の室崎(44)、昭和35年の尾田(6)、同佐藤(16)、同猪原(43)、昭和36年の平野(25)、同渡邊(29)、昭和37年の高田(40)、同渡邊(53)、同中井(61)、昭和38年の布川(8)、同小久保(48)、同大平(51)、昭和39年に接種を受けた吉原(1)、同阪口(4)、同小林(28)(保健婦から熱はないか、かぜをひいていないかとの質問を受けただけである。)、同大沼(35)、同加藤(36)(保護者からの質問に対し、保健婦から熱さえなければよいとの答えが返ってきただけである。)、昭和40年の依田(10)(保護者の方から鼻水が出ているが接種を受けてもよいかと尋ねたところ、熱がなければよいとの返事があったのみである。)、同梶山(15)、同清水(33)、昭和41年の田部(12)、同高光(旧姓徳永)(18)、同越智(20)、同山本(23)(保護者からの被害児は体が弱くて予防接種を医師に止められているが大丈夫でしょうかとの質問に対し、保健婦から、「今は異常ないのでしょう。熱はないのでしょう。」との答えがされただけである。)、同高橋(58)、昭和42年の伊藤(11)、昭和43年の上野(22)、同井上(24)、同池本(42)、昭和44年の吉川(31)、同高橋(55)、昭和45年の白井(2)(保護者の方から最近かぜを引いたが接種を受けてよいかと尋ねたところ、今なんともなければかまわないとの答えがあっただけで、それ以上特に問診等はされなかった。)、同千葉(14)、同福島(41)(保護者からのかぜをひいて鼻水が出ているとの申出に対し、熱がなければ大丈夫との答えがされただけである。)の多数に上る。さらに、保護者の方から会場で熱を計ることを申し出て、熱を計ったところ37度2分あったが、特に健康状態について問診等を受けることなく接種を受けたケースとして昭和36年の藤本(37)の例がある。また、医師から熱の有無のみ質問されたケースとして昭和42年の山元(3)の例がある。そのほか、医師から異常はありませんかとだけ尋ねられたケースとして昭和42年の田中(13)の例、医師から熱の有無及び下痢の有無のみ尋ねられたケースとして昭和44年の鈴木(27)の例がある。さらにまた、医師が聴診を行い、熱の有無やかぜをひいていないかどうかは尋ねられたが、それ以外の禁忌症状については問診等を受けなかったケースとして、昭和45年の中村(38)の例がある。
[124] 右の時期に開業医等から個別に接種を受けた例をみても、昭和37年の藤井(50)及び昭和38年の葛野(7)は何ら予診をされずに接種が実施されているし、昭和40年の服部(9)は、看護婦から熱はないかと尋ねられたのみで接種が実施された。また、昭和40年の卜部(26)の場合は、接種当日を含め直前3日間かぜ気味で熱も若干あり、医師にみてもらっていたところ、当該医師から、種痘を受ける子供が他にもいるが同時にやると便利だから来いといわれ、その日も若干熱があったにもかかわらず、接種に際して特段の診察もなしに無造作に接種がされたというのである。昭和42年接種の荒井(32)も、問診や体温測定等もされずに接種が実施されているし、昭和43年の塩入(47)も、保護者がかぜを引いていると告げたにもかかわらず、医師は聴診をしただけで、それ以上、問診も体温測定もせず、接種を行っている。また、昭和38年の野口(62)は、過去1年以内にたびたびけいれんの発作を起こし、掛かりつけの医師(接種をした医師)の診察を受けていて、接種をした医師はけいれんの発作について熟知していたにもかかわらず、特に禁忌に注意することなく種痘の接種が行われた。このように、予診の時間が充分とれるはずの個別接種の事例でも、多くは、本来なされるべき予診が尽くされていないという状況にあった。
ウ 昭和45年ころ以降
[125] さらに、昭和45年に種痘禍が社会問題になり、厚生省から次々と通知が出され、問診票の活用等が指示された後(ただし、1人の医師が接種し得る人数の上限の定めについては特に変更が加えられていない。)の本件被害児の予診の実情をみても、昭和46年の河又(34)は、問診票への記入を求められ、また、事前に体温測定は行ったものの、それ以上医師から直接問診等はされないまま(過去に湿疹等が出たことがあり、問診して検討すべきケースであった。)、接種が実施されているし、また、昭和48年の藁科(59)の場合も、保健婦が入り口で問診票をチェックしただけで、接種担当の医師の問診等はされないまま接種がされ、昭和49年の秋田(60)の場合も、問診票を役場の職員がチェックしただけで、担当の医師の問診等はされないまま接種が実施されている。また、同じく昭和49年に接種を受けた藤木(63)の場合も、保健婦が問診票をチェックした際に、保護者から、未熟児で生まれたこと、帝王切開で出産したこと、過去1箇月以内にかぜで医者の治療を受けたことの申出がされたが、保健婦限りで接種に問題なしと判断され、医師の問診は全くされず接種が実施された。このように、昭和45年以降も、問診票は広く利用されるようにはなったものの、なお医師による直接の問診、視診等の予診の重要性についての認識は、現場の接種担当医師等にまで充分浸透していなかった実情にある。
[126]エ 以上のような予防接種の運用の実情は、昭和34年8月8日発行の日本医事新報の「集団予防接種は、これでよいのか」と題する記事等で紹介されているなど、いわば公知の事実だったのであり、厚生省当局も充分承知していたものと推認される。
(4) 渋谷区予防接種センターの運用について
[127] 予診等を充分実施できるような体制をとって予防接種を実施してきた模範的な例とされる、渋谷区医師会が運用する渋谷区予防接種センターのやり方をみると、以下のような体制で運用されている。
[128] すなわち、東京都から予防接種業務の委託を受けた渋谷区の医師会は、昭和44年に予防接種の業務を集中管理し、かつ、予防接種を恒常的に受けられるようにするための常設会場として渋谷区予防接種センターを開設した。そこでは、予診室と接種室を物理的に分け、予診を専門に担当する医師と接種を担当する医師を別々に配置し、まず、予診を担当する医師が問診票を見ながら問診等の予診を行い(問診票のチェックだけで済ますということはない。)、そこで接種可と判断された被接種者につき、接種室で再度接種担当医師がチェックした上接種するというシステムを採用している。また、予診室の入口のところに予防接種を受けるに当たっての注意等を記載した注意書を目につきやすいように掲示し、事前に必ず体温の測定をしてもらった上(家庭でしてこなかった人にはその場で体温計を貸して計らせる。)、問診票の記載をしてもらっている。医師2人が1組となって、1時間当たり通常、40人ないし60人程度を処理している。また、予防接種に関する諸問題につき、医師会内部の予防接種センター運営委員会において常時研究会を組織して研究を行い、予診のレベルアップ等に努力している。また、渋谷区予防接種センターが主催して外部の会場で集団接種を行う場合も、必ず、予診と接種を担当する医師を分け、接種をしてもよいかどうかにつき二重チェックができる態勢をとっている。しかも、予診担当対接種担当を2対1の割合で配置し、かつ、予診担当には予防接種センター運営委員を務めるようなベテランの医師を配置するという予診重視の態勢をとっている。なお、外部での集団接種の場合は、150人程度を3人1組の医師が担当し、1時間半程度で処理するようにしている。そして、このように、外部での集団接種の場合は、1人に当てられる時間がやや短いという問題等もあるので、接種について問題のあるケースはやや広めに振るい落とすようにし、そういう人は予防接種センターの方に回ってもらって慎重に判断するというシステムをとっている。
[129] このようなやり方で予防接種を実施してきた結果、渋谷区予防接種センターは、昭和52年までで約90万件の予防接種を実施したが、重篤な副反応事故は全く生じていない。
(九) 予防接種の副反応事故を巡る厚生省の姿勢
[130] 昭和45年に予防接種禍が社会問題となるまでも、厚生省当局は、予防接種による副反応事故の発生状況については、予防接種の実施主体からの個別的な報告や人口動態統計等によってある程度把握していた。しかし、昭和45年に種痘の副反応事故が新聞等に報道され、社会問題化するまでは、国として積極的な実態調査をしたことはなかった。そして、厚生省当局は、昭和40年代になるまで長らく、自己が把握した予防接種の副反応事故例については、これを外部には公表しないという対応をとっていた(昭和28、29年ころ厚生省防疫課に勤務していた蟻田功は、昭和47年7月に行われた講演会の中で、「当時は、事故例を集計しても、防疫課長の机の引出しにしまって絶対に公表しないという態度であった。」と述べている。また、昭和42年ころ厚生省防疫課長を務めた春日斉も、同じ講演会において、「5年前(すなわち昭和42年ころ)に公衆衛生院の疫学研究会のときに初めて種痘の副作用というものを防疫課長として一応オープンにした。そのとき、当時予研の痘そうワクチンの責任者から、そんなことをしていいのかというお叱りがあった。」と述べている。)。このような厚生省当局の態度・姿勢は、厚生省当局が予防接種の普及、接種率の向上の方に主として関心がいき、予防接種事故の存在を公開することは、その妨げになるという認識を持っていたことから生じたものと推認される。昭和45年に開かれた日本公衆衛生学会のシンポジウムにおいても、従来、関係者は、予防接種を普及し、広めていくことがすなわち国民の健康を守ることだという信念の下に、事故や副反応という小の虫には目をつむっていくという姿勢で予防接種の業務を推進していた旨シンポジウムの司会者が発言している。
(一〇) 接種を担当する医師等の状況と厚生省の施策
[131](1) 現実に接種を担当する一般の開業医等は、このような厚生省当局の姿勢の下、予防接種の副反応や禁忌の重要性等について認識を深める機会がなかった。
[132] すなわち、前記のように、予防接種にあたり適切な予診をし、禁忌を識別するためには、それなりの知識が必要なのであって、医師であれば何人でも常識でできるというものではないところ、医学教育の場でも、昭和30年代ころまでは、予防接種に伴う副反応や禁忌の問題を学生に体系的に教えるということはなく、一般の医師が体系的に予防接種の副反応や禁忌の問題を勉強する場はなかったのである。
[133] そして、前記のように、予防接種による副反応の実態については長く公表されず、予防接種の必要性のみが強調されていたため、年間数回臨時に駆り出される程度の開業医(その中には、小児科や内科が専門でない医師も混じっていた。)は、予防接種の副反応や禁忌の問題に対する関心が薄かった。予防接種を担当する医師といえども、予防接種実施規則や予防接種実施要領等の存在を充分には知らず、これをあらかじめ読んで接種に臨む者は少ないという実情にあった(昭和45年7月18日発行の日本医事新報参照)。医師会でも、この問題について特段指導をしていなかった(このことは、昭和38年ころ葛飾区医師会の会長を勤め、また、昭和40年ころから予防接種担当の東京都医師会の理事を勤めた米島正一医師が法廷における証言の中で明確に認めているところである。)。
[134] そのため、昭和45年に予防接種禍が新聞等のマスコミに報道され、社会問題化するまでは、一部の専門家を除き、一般国民はもとより、一般の医師の間でも、予防接種により重篤な副反応が生ずることがあるという事実についての認識に乏しかった。また、医師達の間に予防接種による副反応を防止するために禁忌が設定され、禁忌を識別するためには、予診が重要であるという認識も充分浸透していなかった。
[135](2) このような状況にあるにもかかわらず、昭和45年ころまでに、厚生省当局が一般の医師を対象に、予防接種の副反応事故及びそれを避けるための禁忌の重要性等について周知を図るために具体的な措置をとった形跡はない。厚生省当局がとった措置は、日本医事新報に予防接種実施規則や予防接種実施要領の全文を登載した程度であった。前記米島医師は、昭和45年以前には、厚生省や東京都から医師会に対し、会員に対して予防接種実施規則等について周知を計るようにという指導を受けたことは殆どないと述べている。
[136] なお、本来ならば昭和33年の旧実施規則の制定がそれまでのルーズな予診の実情を改善する良い機会であったが、厚生省当局は、前記のように、昭和34年の医師会からの問合せに対し、昭和33年以前の予診のやり方を昭和33年の改正でも否定しないかのごとき回答をし、従前からの予診のやり方を改善するよう積極的に指導しなかったのである。
[137] そして、厚生省当局も関与して予防接種の副反応や禁忌についての文献や論文が次々と刊行され出したのは、昭和45年以降であり、しかも、一般の医師等の目につくような形で刊行され出したのは、多くは昭和40年代も末ころになってからである。たとえば、予防接種副反応研究班という公的な名前で、予防接種を担当する医師向けに、予防接種の副反応や禁忌の内容につき詳細に解説した手引きの案が作成されたのは、昭和49年4月になってからであり、それが正式に手引書として刊行されたのは、ようやく昭和50年7月になってからであった(なお、右手引きの前書には、「予防接種が社会問題化してから、多くの解説書が出されてきたが、接種を行う医師や予防接種担当者向けの手引きのようなものは殆どなく、それに対する要望もかなり強いものであった。」と記載されている。昭和47年2月5日発行の日本医事新報には、秋田の医師からの、「ただ1回じんましんの既往があってもだめか。3歳児でただ1回熱性けいれんのあと2年以上経過していても不可か。」という禁忌の具体的内容を問う質問とそれに対する回答が載せられているが、この質問の内容からも、その当時の一般の医師の禁忌についての認識の程度が窺え、右「前書」の記述を裏付けるものとなっている。)。
[138](3) そのため本件被害児の接種を担当した医師の多くは、予防接種の副反応の危険を充分認識せず、伝染病予防上必要であるという意識の下、禁忌についての充分な知識もなしに、接種を実施した。その典型的例が野口(62)のケースであり、前記のように、同女は、過去1年以内に何回かけいれんの発作を起こしており、明らかに当時定められていた禁忌に該当したのに、けいれん発作のことを熟知していた掛かりつけの医師によって、種痘の接種がされている。同医師は、予防接種実施規則の存在は全く知らず、製薬会社の注意書(そこでは、禁忌事項として「けいれん」に触られていない。)のみ了知していたのである。また、昭和42年接種の山元(3)の場合も、接種の5日前位から下痢と発熱があり、しかも一時高熱によるひきつけまで起こし、前日もだるそうに1日寝ているという状況であった(最終的に右症状が医師により完治と診断されたのは、予防接種の3日後であった。)のに、被害児を前日診察した掛かりつけの医師は、熱さえなければ予防接種(集団接種)を受けてよいと助言し、それに従って被害児は予防接種を受けている。さらに、昭和40年接種の卜部(26)の場合も、接種当日までの3日間風邪で若干熱があり、当該医師の診察を3日続けて受けていたのに、無造作に接種が実施されているのである。また、本件各被害児に予防接種の副反応が現出した後も、開業医の段階でそれが予防接種による副反応である疑いがあると診断された例は極めて少ない。多くの医師は予防接種の副反応の可能性を頭から否定していた。
[139](4) そして、昭和45年に予防接種禍が社会問題となった以降も、なお昭和48、9年ころまでは、禁忌の内容や禁忌識別に当たっての予診の重要性等について一般の開業医の段階まで充分周知徹底されていなかったため、昭和45年以降接種を受けた本件被害児の接種の状況にみられるように、禁忌識別のための予診が不充分なまま接種が実施された例が少なくなかった。
[140](5) 確かに、控訴人が主張するように、昭和45年以前にも、昭和24年には社団法人細菌製剤協会編で「予防接種講本」が出され、また、昭和28年には厚生省防疫課編で「防疫必携」、昭和39年には厚生省防疫課監修で「防疫シリーズ・痘そう」がそれぞれ刊行されているが、このような書籍は防疫の専門家以外の、接種を現実に担当した一般の開業医等の目にまで広く触れるものではなく、また、そこでの副反応事故についての分析も、例えば、「防疫シリーズ・痘そう」では、日本では種痘後脳炎の発生はきわめてまれで心配はいらないと断定しているなど、予防接種を推進する方向での記述が目立つものであった。
[141](6) 以上のような状況にあったため、本件被害児の多くは、前記のように、予診を殆ど受けずに接種を実施されたものである。また、問診等予診を受けた者にしても、予診において考慮すべき事項は、前記のとおり相当多岐にわたるものであるのに、そのような点にまで充分配慮を巡らした予診を受けた者は皆無であったと推認される(なお、昭和47年に掛かりつけの医師から個別接種の形で接種を受けた高橋(46)の場合も、前記一2(三)認定のように医師からかなり丁寧な予診を受けたことは認められるが、右(4)認定の当時の時点における一般の医師層への禁忌についての周知の状況及び前記一2(三)認定の副反応現出後の右掛かりつけの医師の言動等に照らすと、なお禁忌を識別するに足るすべての事項を網羅した予診はされていないと推認される。)。
(一一) 一般国民に対する周知の態勢について
[142](1) 予防接種の禁忌は,前記のように、被接種者の現在及び過去の健康状態や、発育状況、家族のアレルギーの有無等の情報を知ることによって判断されるものであるから、被接種者の側が禁忌の重要性について充分認識を持ち、積極的に接種担当医師に自分の知っていることを申し出ることが必要である。そのためには、接種の対象となる国民(乳幼児の場合は保護者)が、予防接種の副反応と禁忌についてある程度知識を持ち、医師が禁忌を判断するのに必要な情報を提供するよう動機付けがされていることが必要である。
[143](2) この点については、前記のように、旧実施要領において、一応、「多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること」、「予防接種を行う前には、当該予防接種の副反応について周知徹底を図り、被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること」が定められていた。
[144](3) しかし、現実には、実施主体である地方自治体の機関の側には禁忌の重要性等についての認識が乏しく、その点を積極的に周知させようという姿勢に乏しかったため、学校等で集団接種が行われるような場合でも、全く禁忌についての掲示がされないか(本件被害児の関係では、自治体の調査結果としてその点が明確になっているものだけを挙げても、昭和35年接種の佐藤(16)や昭和45年接種の千葉(14)の場合がそうである。)、たとえ掲示されたとしても、注意事項を紙に書き教室の黒板に張っておくといった、被接種者側の注意を殆ど引かない、形式的な周知方法がとられることが多かった。また、被接種者に対し予防接種の実施を知らせる通知等の中でも、禁忌については全く触れていないものが多かった(例えば、被害児阪口(4)の関係で昭和39年に奈良市が発行した「定期種痘通知書」参照。)。また、自治体関係者の禁忌の内容の理解が正確でないことも多かったため、たとえ禁忌について触れている場合でも、禁忌のすべてを網羅しない不完全なものも多かった(例えば、中野保健所が昭和40年9月に発行した「秋の定期予防接種のお知らせ」の中には一応禁忌についての注意が記載されているが、なぜか当時の旧実施規則に定められていた「アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者」の項や、種痘についての「まん延性の皮膚病にかかっている者」の項等の記載が落ちているのである。また、港区役所から昭和43年4月10日に発行された「区のお知らせ」の中では、予防接種の注意事項として、「小児まひワクチン服用の前後2週間以内は種痘はできません。また、生ワクチン服用と種痘の前後1カ月以内は『はしか』ワクチンの接種はできません。」とだけ記載されている。また、迫町長名義で昭和45年2月26日に発行された「種痘の実施について」の中では、「ア ハシカの予防接種を受けて1カ月を経過しないもの。イ 現在ひふ病にかかっているもの ウ 医師に不適当と認められるもの」のみが禁忌として記載されている。)。
[145] さらに、自治体が交付する母子手帳(母子健康手帳)の記載内容をみると、昭和40年代の初め頃までに使用されている母子手帳では、予防接種は法律上の義務であり、必ず予防接種を受けるようにという記載のみがされ、禁忌については何ら触れられていない。また、昭和40年代半ばころになると、昭和44年9月出生の白井(2)の母子手帳には、禁忌の記載があるが、種痘の禁忌としては、「まん延性の皮膚病にかかっている人」と「小児マヒ生ワクチン服用後、2週間以内の人」のみが掲げられ、また、小児マヒ生ワクチンの禁忌としては、「下痢をしている人」と「種痘後2週間以内の人」のみが掲げられており、正確を欠く内容になっていた。また、昭和44年7月に出生した吉川(31)の母子健康手帳に付いている各予防接種の個人票の注意事項欄をみると、ジフテリア・百日せき予防接種個人票及び腸チフス・パラチフス予防接種個人票には、「熱があったり『からだ』の具合が良くない時は、必ず医師に相談してください。」との記載が、種痘予防接種個人票には「熱があったり『からだ』の具合の悪い人、又は生ポリオワクチンを飲んで2週間たっていない人はうけないでください。」との記載が、急性灰白髄炎予防接種個人票には「熱があったり下痢をしている人、又は『種痘』をうけてから2週間たっていない人はうけないで下さい。」との記載が、それぞれされていただけであり、禁忌の記載としてはやはり極めて不完全なものでしかなかった。
[146](4) 厚生省当局は、このような実情を充分承知していたものと推認されるが、特に具体的には改善を指導しないままこれを放置した。
[147](5) 確かに、控訴人が主張するように、昭和23年の予防接種法制定に際しては、昭和23年9月24日付けで「予防接種法施行に関する件(厚生省発予第74号各都道府県知事あて厚生省事務次官通知)」を発して、「この法律の目的を達成するため最も必要なことは国民の公衆衛生知識の向上であるから、講演、ラジオ、新聞、雑誌等あらゆる機会を利用して、予防接種に関する衛生思想普及に努められたい。」旨通知し、また、昭和23年12月10日付けで「予防接種法講習会開催並びに補助について(予発第1691号各都道府県知事あて厚生省予防局長通知)」を発して、保健所員、市町村吏員及び一般医療関係者を対象に予防接種法令等について講習会を開催すること及び被接種者、保護者等に対して充分納得が得られるように周知方を指示しているが、右「予防接種法施行に関する件」の通知が同時に「予防接種を広汎且つ強力に行うことにより伝染病予防の完壁を期す」ことを「法律の目的」としてうたっていることからも明らかなように、ここでの国民に対する啓発の狙いは、専ら国民が伝染病予防に対する予防接種の効果を認識して自発的に予防接種を受けるようにすることに向けられていたのであって、予防接種の副反応及び禁忌についての周知がその内容に含まれていたとは到底解されないものである。
[148](6) その後、昭和45年の種痘禍の報道等により予防接種の副反応の問題が社会問題化したことにより、厚生省当局は、前記のように、矢継ぎ早やに通知を発し、問診票を活用すること等を指示するとともに、被接種者及び保護者への周知の徹底についても指示したが、その内容は、なお、軽度の副反応は従来から見られるもので、被接種者及び保護者がいたずらに不安を起こさないよう、また、予防接種に関する知識を普及させて予防接種に理解と協力を求めよという点に重点を置くものであった。
[149] ただ、昭和45年11月30日の「予防接種問診票の活用について」と題する通知においては、予防接種の実施に当たっては、母親による被接種者の平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう指示し、問診票には質問事項のほか、「予防接種(種痘)には思いがけない事故がおこることがありますから、次の点によく注意してください。1 健康診断 予防接種(種痘)を受ける際には、必ず健康診断をうけてください。保護者は子供の健康状態を詳しく医師に話して下さい。2 問診票は責任をもって記入して下さい。それには母子手帳などを参考にして下さい。(略)」などと記載するよう書式を示して指示している。
[150](7) また、昭和45年以降次第に、予防接種の副反応や禁忌について触れた一般人向けの啓蒙書も刊行されるようになったが、その多くは昭和40年代末以降刊行された(厚生省公衆衛生局保健情報課指導「予防接種の知恵」昭和49年刊行、厚生省公衆衛生局保健情報課編「ママのための予防接種読本」昭和49年刊行、福見秀雄他編「じょうずに予防接種をうけるために」昭和53年刊行、厚生省公衆衛生局保健情報課監修「予防接種ハンドブック」昭和53年刊行等)。なお、昭和45年以前に出された厚生省防疫課監修の「防疫シリーズ・痘そう」(昭和39年刊行)においては、種痘の副作用として種痘後脳炎の存在について触れているが、前記のように、そのような種痘の副作用は、「日本での発生はきわめてまれですから、決して種痘をおそれる必要はないのです。」で結んでいる。また、同書は、禁忌についてはごく簡単にしか触れていない(しかも、なぜか当時既に廃止されていた種痘施行心得の文言をそのまま記載しているのである。)。

[151] 以上の認定事実を総合すると、以下のように結論付けられる。すなわち、
[152](一) 予防接種は時に重篤な副反応が生ずるおそれがあるもので、危険を伴うものであり、その危険をなくすためには事前に医師が予診を充分にして、禁忌者を的確に識別・除外する体制を作る必要がある。そのためには、(1)集団接種の場合は、医師が予診に充分時間が割けるように、接種対象人員の数を調節し、あるいは接種する医師と予診を専門にする医師を分けるなどの体制作りが必要であり、また、(2)臨時に駆り出される、しかも、予防接種の副反応や禁忌について充分教育を受けていない開業医を念頭に、予防接種による副反応と禁忌の重要性等について周知を図り、予診等のレベルの向上を図る必要があり、さらに、(3)接種を受ける国民に対しても、重篤な副反応の発生するおそれのあることや禁忌の意味内容等についてわかりやすく説明し、必要な情報を進んで医師に提供するよう動機付けをする必要があるというべきである。
[153](二) そして、伝染病の伝播及び発生の防止その他公衆衛生の向上及び増進を任務とする厚生省の長として同省の事務を統括する厚生大臣としては、右の趣旨に沿った具体的な施策を立案し、それに沿って法15条に基づく省令等を制定し、かつ、予防接種業務の実施主体である市町村長を指揮監督し(地方自治法150条。法に基づく接種の場合)、あるいは地方自治法245条等に基づき(勧奨接種の場合)地方自治体に助言・勧告する、さらには、接種を実際に担当する医師や接種を受ける国民を対象に予防接種の副反応や禁忌について周知を図るなどの措置をとる義務があったものというべきである。なお、法に基づく予防接種は国の事務であって、主務大臣である厚生大臣は事務の実施につき市町村長を全面的に指揮・監督する立場にあったものであり、また、勧奨接種の場合は、法的には地方自治体が国の指導に従うか否かは任意であるといえるが、実際は自治体側には選択の余地がなく国の指導に従って接種を実施するという関係にあったのであるから、予防接種の実施に地方自治体の機関ないし地方自治体が介在しているからといって、厚生大臣に右で述べた義務がないということはできない。法6条の2の個別接種についても、これは、国の強制予防接種制度の一環として組み込まれているものであって、法による予防接種としての効果を持つものであるから、予防接種を国の施策として全体として遂行する立場にある厚生大臣としては、予防接種の副反応、禁忌事項及び予診の重要性等について、この個別接種を実施する一般の医師及びこれを受ける国民にも周知徹底させ、予防接種事故の発生を未然に防ぐ義務があったものというべきである。
[154] そして、厚生大臣は、法制定の当時から、予防接種による副反応事故を発生させないためには、禁忌を定めた上、医師が予診をして禁忌に該当した者を接種対象から除外する措置をとることが必要であることを充分認識していたものである。
[155](三) ところが、厚生大臣は、長く、伝染病の予防のため、予防接種の接種率を上げることに施策の重点を置き、予防接種の副反応の問題にそれほど注意を払わなかったため、以下のとおり、前記の義務を果たすことを怠った。すなわち、
[156](1) 昭和33年以前をみると、各予防接種施行心得に「予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない。」旨の定めが置かれていたものの、急いで実施する場合の医師1人当たりの1時間当たりの接種対象の人数をおよそ150人(これでは予診と接種の時間を合わせて1人わずか24秒しか当てられないことになる。ただし、種痘は80人、百日せきは100人)とするなど、適切な予診を行うにはほど遠い体制で予防接種を実施することを許容し、しかも現場で予診が殆どされていない実情を知りながら、それを放置した(なお、禁忌について周知を図るようにという通知を出したことはあるが、それが実現できるような具体的施策は特にとらなかった。)。
[157](2) 昭和33年の旧実施規則では、予診について比較的詳しい定めを置き、また、昭和34年に制定された旧実施要領においては、医師1人当たりの1時間当たりの接種人員を最大限種痘で80人、種痘以外では100人と定め、一応歯止めはかけたものの、なお適切な予診をするには不充分な体制(右の上限の人数の場合、被接種者1人に当てられる時間は、種痘で45秒、種痘以外では36秒にすぎない。)を継続することを許容し、しかも、現実には、右実施要領さえ充分守られない実情にあることを知りながら、それを積極的に改めるよう指示することなく放置した(医師会からの問合せに対し、昭和33年以前の極めて不充分な予診のやり方を昭和33年以降も踏襲して構わないかのごとき回答をしている。)。
[158](3) 昭和45年以降は、問診票を導入するよう指示するなど予診の問題にもそれなりに注意を払うようにはなったが、なお、集団接種における1時間当たりの接種人員の上限を引き下げるなどの措置はとられなかった。
[159](4) また、昭和45年以前は、国民に対して予防接種事故の実態を公表しないのみならず、接種を担当する医師に対しても予防接種事故についての情報を充分には提供せず、禁忌について積極的に周知を図るような措置をとらなかった。
[160](5) 昭和45年以降も、一般の医師向けに厚生省当局が関与して予防接種の禁忌を解説した手引書を作ったのは昭和40年代の末ころであり、それまでは、予防接種の禁忌等についての周知は充分なものでなかった。接種を受ける側の国民に対しても、いたずらに不安が生じないようにすることに重点が置かれていた。そして、一般国民向けに予防接種の副反応や禁忌に関して分かりやすい解説書等が刊行され出したのは昭和40年代の末頃であった。
[161](四) そのため、昭和45年以前は、禁忌の重要性について一般の医師も国民も充分認識を持たず、したがって、適切な予診がされずに予防接種が実施された。また、昭和45年以降は、問診票が活用されるなどその点についてある程度改善がみられたが、集団接種において医師が充分予診のできるような体制までは整備されなかった。そして、昭和40年代末頃までは、予防接種の副反応や禁忌の重要性等につき医師に対する情報提供や国民に対する周知が不充分であったため、医師による予診の重要性の認識が充分浸透せず、依然として予診不充分なまま接種が実施される状況にあった。
[162] また、個別接種等で予診をする時間が充分あった場合においても、禁忌の重要性や内容について充分な情報提供がなかったため、医師は、予診をせず接種を実施したり、予診をした場合でも、禁忌にかかわるすべての事項を網羅した予診を尽くすことなく接種を実施した例が多かった。
[163](五) そして、前記のように、本件被害児62名は、いずれも接種当時施行されていた各予防接種施行心得ないし旧実施規則所定の禁忌者に該当していたものと推定されるところ、昭和27年から昭和49年の間に発生した本件被害児らの副反応事故は、結局、右(三)、(四)で述べたことが原因となって、現場の接種担当者(医師)が禁忌の識別を誤り、本件被害児らが禁忌者に該当するのにこれに接種をしたため生じたものと推認される。
[164](六) なお、副反応事故について周知を図るような措置をとると、接種率が下がり、法が目的とする社会防衛が果たせないというおそれがあるから、厚生大臣がそのような措置を充分とらなかったとしてもやむを得ないとする考え方もあり得ないではない。しかしながら、予防接種の副反応には、発生する率はごくわずかとはいえ、死亡にもつながる重大なものが含まれるのであり、国が、社会防衛の目的で、国民を強制ないし勧奨して接種を受けるよう仕向けた以上、国としては被害を避けるための措置を可能な限り尽くすべきであったというべきである。国が、その国民の健康に関する施策を遂行する場合において、その施策の遂行によって国民の生命身体に被害が生じないよう充分配慮して万全の措置をとり、国民の生命身体に被害が生じる結果の発生を回避すべき義務があることは、当然であるといわなければならないからである。
[165] そうすると、社会が混乱状態にあって外来の伝染病が流行し危機的状況にあった昭和20年代はさておくとしても(なお、昭和20年代に予防接種を受けた被害児古川(56)及びその両親の損害賠償請求は、後記のとおり、いずれにせよ除斥期間が経過しており、認めることはできないものである。)、少なくとも右古川を除くその余の被害児に対して接種がされた昭和30年代以降は、伝染病の流行は相当程度落ちつきを見せ、日本社会はそのような危機的状況から脱していたのであるから、副反応や禁忌について周知を図ったためある程度接種率が下がったとしてもやむを得ないというべきであるのみならず、いたずらに恐怖心をあおらず、正しい知識を与えるように務め、集団接種で禁忌に該当するかどうか判断できないものは個別接種に回すなどの体制を適切に整えれば、それほど接種率が下がらなかった可能性もあり、要は工夫次第であったということができるものであるから、厚生大臣が禁忌等について周知を図る等の措置をとれば接種率が下がりすぎて法の目的である社会防衛が果たされなくなってしまうとは直ちに断定できず、この点を根拠に厚生大臣が国民や医師等に予防接種の副反応や禁忌について周知を怠ったことを正当化することはできないものといわざるを得ない。
[166] また、このように副反応事故をなくすため予診を重視する態勢をとると、個別接種による割合が増大し、接種を担当する医師等の人手がより多く必要になり、接種のコストも増えるなどの問題も生じようが、生命・健康の侵害という重大な法益侵害との対比からすると、コストや人手の問題を理由に、厚生大臣のとってきた行動が正当化されるということはできない。
[167](七) そして、厚生大臣は、以上のような、禁忌を識別するための充分な措置をとらなかったことの結果として、現場の接種担当者が禁忌識別を誤り禁忌該当者であるのにこれに接種して、本件各事故のような重大な副反応事故が発生することを予見することができたものというべきである。また、前記のとおり、本件被害児らはすべて禁忌該当者と推定されるものであるから、厚生大臣が禁忌を識別するための充分な措置をとり、その結果、接種担当者が禁忌識別を誤らず、禁忌該当者をすべて接種対象者から除外していたとすれば、本件副反応事故の発生を回避することができたものというべきであり、したがって、本件副反応事故という結果の回避可能性もあったものということができる。

[168] 以上のとおりであって、厚生大臣には、禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失があるものといわざるを得ず、国は、古川(56)を除くその余の被害児らに重篤な副反応事故が生じたことに対して、国家賠償法上責任を免れないものというべきである。
[169] 被害児古川(56)を除くその余の本件被害児及びその両親が本件接種により被った被害の原判決口頭弁論終結時までの状況は、被害児については原判決理由第二の二認定のとおりであり、被害児の両親については原判決理由第二の五1認定のとおりであるから、それぞれこれを引用する。また、最近の状況は、別紙「現在の状況一覧表」の「右認定に供した証拠」欄記載の証拠によれば、右表の「現在の状況」欄記載のとおりであると認められる。

[170]二1 以上認定の原判決事実摘示添付の原告ら主張一覧表の「接種後の状況」、「現在の症状」及び「両親の被害状況」の各欄並びに別紙「現在の状況一覧表」の「現在の状況」欄記載の事実に基づき、被害児古川(56)を除くその余の被害児及び両親が被った損害を以下の算定方法により個別に算定するものとする。

[171] 被害児を本件各事故によって死亡した被害児と生存している被害児とに分け、さらに、後者の生存している被害児については、症状の軽重により、 日常生活に全面的に介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(これを「Aランク生存被害児」という。)、 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(これを「Bランク生存被害児」という。)、 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各被害児(以下これを「Cランク生存被害児」という。)とにそれぞれランク分けをして、各被害児及び両親等の損害を算定することとする。
(一) 死亡した各被害児の損害について
(1) 得べかりし利益の喪失
[172] 死亡した各被害児が、本件各接種によって本件各事故にあわなければ、18歳から67歳までの49年間就労できたはずである。
[173] そして、それぞれ18歳時から本件口頭弁論終結時である平成4年における満年齢時までについては、毎年、それぞれの18歳時の年の賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成2年賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、生活費控除を男子5割、女子3割とし、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
[174] また、右時点以降満67歳時までは、平成2年賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、生活費控除を男子5割、女子3割とし、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介護費
[175] 死亡した各被害児のうち、発症後死亡するに至るまで1年以上生存し、日常生活に全面的に介護を必要とした者については、右介護に費やされた労務を金銭に換算すると、介護開始時点以降死亡時点に至るまでの物価の推移(公知の事実である。)等を考慮し、要介護期間中、平均して、昭和40年代に死亡した者(5名)は年に36万円(月3万円・1日1000円の割合)を要し、昭和50年代に死亡した者(3名)は年に72万円(月6万円・1日2000円の割合)を要し、昭和60年代以降に死亡した者(2名)は年に120万円(月10万円・1日約3300円の割合)を要したとそれぞれ認定するのが相当である。なお、後記のとおり、予防接種事故発生時から遅延損害金の請求を認容することにかんがみ、ライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除するものとする。
(3) 慰謝料
[176] 被害児伊藤純子(11の1)及び同高橋尚以(55の1)の両名が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、後記認定のAランク生存被害児と同額の金1000万円をもって相当とする(なお、死亡被害児の固有の慰謝料につき、被控訴人らは、当審係属後死亡した右両名に係わる分以外は請求していない。)。
(4) 結論
[177] 以上の算定根拠により死亡した各被害児の損害を個別に算定する(円未満は切捨てる。以下同じ。)と、別紙各「死亡被害児損害額計算票」記載のとおりとなる。
(二) 死亡した各被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
[178] 死亡した各被害児の両親の精神的苦痛の慰藉料は,各両親1人につき各金800万円をもって相当とする。
[179] ただし、被害児伊藤(11)及び同高橋(55)の両親については、前記のように、右両名についてのみ被害児自身に対する慰謝料を認めたこと等を考慮して、各金300万円をもって相当とする。
(2) 結論
[180] 以上の算定根拠により死亡した各被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」記載のとおりとなる。
(三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(Aランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
[181] 前記認定によれば、Aランク生存被害児としては、事実摘示添付の別紙「Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが、Aランク生存被害児の状況に照らすと、同人らの労働能力喪失率は100パーセントと認めるのが相当であり、Aランク生存被害児が、本件各接種によって本件各事故にあわなければ、18歳から67歳までの49年間就労できたものと認められる。
[182] そして、それぞれ18歳時から本件口頭弁論終結時である平成4年における満年齢時までは、毎年、それぞれの18歳時の年の賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成2年賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
[183] また、右時点以降67歳時までは、平成2年賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介護費
[184] Aランク生存被害児の介護の状況に照らすと、発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に全面的に介護を要するものと認められる。そして、右要介護期間としては、Aランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和63年簡易生命表によることとし、1歳未満は切捨てる。)に一致すると認めるのが相当である。そして、右介護に費やされる労務を金銭に換算すると、介護の開始時点から本件口頭弁論終結時である平成4年の満年齢時までは、介護開始時点以降口頭弁論終結時点までの物価の推移等を考慮し、これを平均して、昭和30年代に介護が開始された被害児については年に96万円(月8万円・1日約2700円の割合)の介護費用を、昭和40年以降に介護が開始された被害児については、年に120万円(月10万円・1日約3300円の割合)の介護費用を、それぞれ要したと認めるのが相当である。また、それ以後の期間については、年に180万円(月15万円・1日5000円の割合)を要すると認める。これらの金額を基礎として、ライプニッツ式計算法によりそれぞれ接種時までの年5分の割合による中間利息を控除して右要介護期間の介護費相当額の本件各接種当時における現価を求めることとする。
(3) 慰謝料
[185] Aランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、金1000万円をもって相当とする。
(4) 結論
[186] 以上の算定根拠によりAランク生存被害児の損害額を個別に算定すると、別紙各「生存被害児(Aランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。
(四) Aランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
[187] Aランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は、各両親1人につき各金300万円をもって相当とする。
(2) 結論
[188] 以上の算定根拠により、Aランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙「生存被害児(Aランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。
(五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(Bランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
[189] 前記認定によれば、Bランク生存被害児としては、事実摘示添付の別紙「Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが、右Bランク生存被害児の状況に照らすと、Bランク生存被害児の労働能力喪失率は70パーセントと認めるのが相当であり、Bランク生存被害児が本件各接種によって本件各事故にあわなければ、18歳から67歳までの49年間就労することができたものと認められる。そして、それぞれ18歳時から本件口頭弁論終結時である平成4年における満年齢時までは、毎年、それぞれの18歳時の年の賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成2年賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、その70パーセントを喪失したものと推認する。そこで、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
[190] また、右時点以降67歳時までは、平成2年賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、その70パーセントを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介助費
[191] Bランク生存被害児の介助の状況に照らすと、発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に介助を必要とするものと推認され、右要介助期間は、Bランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和63年簡易生命表によることとし、1年未満は切り捨てる。)に一致するものと認める。右介助に要する労務を金額に換算すると、Aランク生存被害児の同時期における介護費用の50パーセントとみるのが相当である。すなわち、介助開始時点から本件口頭弁論終結時である平成4年の満年齢時までは、昭和30年代に介助が開始された被害児については年に48万円(月4万円)の介助費用を、昭和40年以降に介助が開始された被害児については年に60万円(月5万円)の介助費用を、それぞれ要すると認めるのが相当である。また、それ以後の期間については、年に90万円(月7万5000円)を要すると認める。これらの金額を基礎として、ライプニッツ式計算法によりそれぞれ年5分の割合による中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各接種時における現価を求める。
(3) 慰謝料
[192] Bランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、金800万円をもって相当とする。
(4) 結論
[193] 以上によりBランク生存被害児の損害を個別に算定すると、別紙各「生存被害児(Bランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。
(六) Bランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰藉料
[194] Bランク生存被害児の両親の精神的苦痛に対する慰謝料は、各両親1人につき各金200万円をもって相当とする。
(2) 結論
[195] 以上の算定根拠によりBランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙「生存被害児(Bランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。
(七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各生存被害児(Cランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
[196] 前記認定によれば、Cランク生存被害児としては、事実摘示添付の別紙「Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが、右Cランク生存被害児の状況に照らすと、Cランク生存被害児の労働能力喪失率は40パーセントと認めるのが相当であり、Cランク生存被害児が本件各接種によって本件各事故にあわなければ、18歳から67歳までの49年間就労して、それぞれ18歳時から本件口頭弁論終結時である平成4年における満年齢時までは、毎年、それぞれの18歳時の年の賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成2年賃金センサスの第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、その40パーセントを喪失したものと推認する。そこで、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
[197] また、右時点以降67歳時までは、平成2年賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、その40パーセントを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年5分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介助費
[198] Cランク生存被害児は、発症後一応他人の介助なしに日常生活を維持することが可能となるに至るまで(前記認定事実に照らすと、田中耕一《13》については6年間、池本智彦《42》については10年間と認める。)、両親等の介助を必要としたものと認められる。要した介助の程度や当時の物価水準等を考慮し、右介助に要した労務を金銭に換算すると、右要介助期間を通じ、これを平均して、田中耕一(13)については年に18万円(月1万5000円・1日500円の割合)、池本智彦(42)については年に36万円(月3万円・1日1000円の割合)をもって介助費と認めるのが相当である。そこで、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により年5分の割合による中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各接種当時における現価を求める。
(3) 慰謝料
[199] Cランク生存被害児の精神的苦痛の慰藉料は、金500万円をもって相当と判断する。
(4) 結論
[200] 以上の算定根拠によりCランク生存被害児の損失を個別に算定すると、別紙各「生存被害児(Cランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。
(八) Cランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
[201] Cランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は、各両親1人につき各金100万円をもって相当とする。
(2) 結論
[202] 以上の算定根拠によりCランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙「生存被害児(Cランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。
[203] 控訴人は、本件各接種の実施は法令及び法令に準ずる通達に基づく正当行為であり、かつ社会的に相当な行為であるから、行為の違法性が阻却されると主張する。確かに本件各接種の実施自体は法令及び法令に準ずる通達等に基づくものではあるが、前記のように、厚生大臣は、右接種を実施させるに当たり、禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠ったものであるから、その責任を免れることはできない。控訴人の主張は採用できない。
1 3年の消滅時効(民法724条前段)
[204](一) 控訴人は、原判決事実摘示第三の二1(一)記載の表に掲げられた各被害児及びその両親については、同表記載の日ころに本件各接種による本件各事故発生を知り、そのころに損害及び加害者を知ったというべきであり、損害賠償請求権は消滅時効により消滅していると主張する。
[205] 確かに右各被害児及びその両親は、右表記載のころ本件各事故発生を知った事実は当事者間に争いがないが、民法724条の加害者を知りたる時とは、単に損害発生の事実を知ったのみでは足りず、加害行為が不法行為であることを知った時と解すべきであるところ、右争いのない事実のみから本件各事故が前記のような厚生大臣の過失行為に基づく違法なものであることを知ったと推認することは到底できない。
[206](二) また、控訴人は、原判決事実摘示第三の二1(二)記載の表に掲げられた各被害児及びその両親については、同表記載の日に予防接種事故に対する行政措置に基づく給付申請書を作成してこれを当該市町村長に提出したから、同人らは遅くも右申請書作成の日までには、損害及び加害者を知ったと主張する。
[207] しかしながら、右救済措置は予防接種が違法であることを前提としないものであって(この事実は当事者間に争いがない。)、右のため申請書を提出したことをもって直ちに同人らが本件各事故が厚生大臣の過失行為に基づく違法なものであることを知っていたことにはならない。
[208](三) 他に同人らが損害及び加害者を知った時から本訴提起までに3年以上の期間が経過したことを認めるに足りる証拠はないから、本件各損害賠償請求権が民法724条前段の規定による消滅時効により消滅したとする控訴人の主張は理由がない。

2 除斥期間(民法724条後段)
[209] 前記認定のように、被害児古川(56)は、昭和27年10月20日に本件接種を受け、接種の約1週間後の同年10月27日にけいれん等の重篤な副反応が発症した。ところが、被害児古川及びその両親からの訴え提起は昭和49年12月5日にされ(右事実は、記録上明らかである。)、不法行為の時から20年を経過した後にされたことは明らかである。したがって、被害児古川及びその両親の各損害賠償請求権は、既に本訴提起前の右20年の期間が経過した時点で法律上当然に消滅したものといわなければならない。
[210] なお、民法724条後段の規定は損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であるから、当事者から本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、右期間の経過により本件請求権が消滅したものと当然判断すべきであり、被控訴人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であって、採用の限りでない(最高裁昭和59年(オ)第1477号、平成元年12月21日第1小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照。)
[211] また、被控訴人らは、民法724条後段が除斥期間を定めたものであるとしても、本件では、訴え提起が遅れたことにやむを得ない事情があって、裁判所が除斥期間の経過を認めることは、正義と公平に著しく反する結果をもたらし、法秩序に反すると主張するが、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、被害者側の事情等は特に顧慮することなく、請求権の存続期間を画一的に定めるという除斥期間の趣旨からすると、本件で訴え提起が遅れたことにつき被害者側にやむを得ない事情があったとしても、それは何ら除斥期間の経過を認めることの妨げにならないというべきであり、その制度の趣旨からして、本件で除斥期間の経過を認定することが、正義と公平に著しく反する結果をもたらすということは到底できない。
[212] よって、被害児古川博史(56の1)、父治雄(56の2)及び母イツヱ(56の3)の各損害賠償請求権につき、除斥期間の経過を主張する控訴人の抗弁は理由がある。
1 抗弁第三項について
[213] 予防接種による健康被害に対する救済制度が存在するからといって、それとは別に違法な公権力の行使を理由として国家賠償法に基づき損害賠償請求ができないとする理由はない。現行の法がそのような趣旨を含むものとは到底解されない。控訴人の抗弁第三項は採用できない。

2 抗弁第四項1について
[214] 次に抗弁第四項1の主張について判断する。
[215] 本件各被害児及びその両親が事実摘示添付の別紙「給付一覧表」記載のとおりの各費目の各支払を受けた事実は、当事者間に争いがない。
[216] 被控訴人らは、このうち「障害基礎年金」、「地方自治体単独給付分」、「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」を被控訴人らの損害額から控除することは、公平の原則に反し許されないと主張するので、この点をまず検討する。
(一) 障害基礎年金について
[217] 障害基礎年金は、国民年金法に基づく老齢、障害、遺族の各基礎年金の一つであり(同法15条)、「老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的」(1条、2条)として給付される年金である。疾病にかかり、又は負傷し、一定の障害の状態になったときに、支給される(30条)。
[218] ところで、同法は、被控訴人ら主張のとおり、国民の相互連帯の思想に基づき、国民から保険料を徴収し、それを原資の一部として給付を実施する仕組みを採用しており、その意味で障害基礎年金の給付はこのような保険料支払の対価としての性質がないとはいえない。
[219] しかし他方、同法は、「政府は、障害若しくは死亡又はこれらの直接の原因となった事故が第三者の行為によって生じた場合において、給付をしたときは、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」(22条1項)、「前項の場合において、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で、給付を行う責めを免れる。」(22条2項)旨の定めを置いている。このように第三者の行為により障害基礎年金給付の発生事由である障害が生じた場合は、障害基礎年金を支給した限度で国が損害賠償請求権を取得し、その結果その限度で被害者は損害賠償請求権を失うことになる。また、加害者から「同一の事由について」損害賠償の支払がされたときは、その限度で国は障害基礎年金の支払を免れることになる。すなわち、法は、国民年金法の障害基礎年金の給付も損害賠償もともにその障害の状態から生じた損害を補填する実質を有することに着目し、第三者の加害行為により障害の状態が生じた場合には、国民年金法による給付の保険料の対価としての性質は特に顧慮せず、同一の事由による損害の二重填補を排除しているのである。この法の考え方は、障害の状態を引き起こした加害者がたまたま国である場合にも妥当するというべきである。少なくとも国が先に同一の事由について損害賠償を支払ったときは、右2項を類推適用し、支払った限度で、国が障害基礎年金の支払を免れることについては、異論がないところであろう(障害基礎年金の対価的性格を云々しても、そのことは第三者加害の場合にも同様に当てはまることであるから、有効な反論にはなり得ない。)。そして、障害基礎年金給付が先にされた場合にも、二重に損害賠償填補を認めない法の趣旨に照らし、その限度で、国は損害賠償の責めを免れるというべきである(観念的には、国は障害基礎年金を支払った限度で損害賠償請求権を取得することになるが、右請求権は債権者と債務者の混同により消滅するにすぎないともいえよう。)。確かに、そのように解すると、国民の負担する保険料によって相当部分がまかなわれている国民年金法に基づく給付の故に国が損害賠償債務をその分免れる結果になるが、保険料によってまかなうというのは、結局保険料を支払っている国民全体の負担になることを意味し、国が負担を免れるというのも、帰するところ、結局納税者である国民全体が負担を免れることを意味するから、そのような結論をとることが不合理であるとはいえない。
[220] そうすると、既に本件各被害児に支給済である障害基礎年金については、これを全額損害賠償額から控除すべきことになる。
(二) 地方自治体単独給付分について
[221] 地方自治体等が独自に別紙「給付一覧表」の「地方自治体単独給付分」記載のとおりの額を本件各被害児ないしその両親に給付したこと、その給付の趣旨は原判決事実摘示の抗弁末尾添付の別紙二の「備考」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。右事実に弁論の全趣旨を併せると、地方自治体等が被控訴人らに給付した金員は、地方自治体等が独自に、主として住民福祉の観点から、一部は補装具購入の補助金、医療費、交通費等の実費補填の名目で、大部分は見舞金、弔慰金の名目で支給したものであって、予防接種事故を機縁として第三者から贈られた任意の見舞金、弔慰金に類する性質のものであり、損害填補の実質を有していないと認められる。
[222] そうすると、これらの金員については、損益相殺の対象とするべきではない。
(三) 「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」について
[223] 法19条は、1項において、「市町村長は、給付を受けるべき者が同一の事由について損害賠償を受けたときは、その価額の限度において、給付を行わないことができる。」と定めており、この「同一の事由」が認められるときは、法に基づく給付と損害賠償とは相互補完の関係に立つことになるから、法に基づく給付がされたときは、その限りで、損益相殺の対象とするのが相当である。
[224] ところで、ここでいう「同一の事由」とは、法の給付の趣旨目的と損害賠償の趣旨目的とが一致することをいい、単に同一の災害から生じた損害であることを指すものではなく、法上の給付の対象となった損害と損害賠償の対象となる損害とが同性質で、法上の給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうと解される(最高裁昭和58年(オ)第128号、同62年7月10日第2小法廷判決・民集41巻5号1202頁参照)。
[225] ところで、法ないし行政上の救済制度における「医療費」とは、「予防接種を受けたことによる疾病について医療を受ける者」の医療費の実費であり(施行令4条)、「医療手当」とは、「通院に要する交通費、入院に伴う諸雑費等に充てるためのもの」である。また、「葬祭料」はいわゆる葬儀費用を意味する。このような給付の内容・性質にかんがみると、これらが本件請求に係る逸失利益、介護費用、慰謝料、弁護士費用という損害の費目と「同一の事由」の関係にあるとは認められない。
[226] したがって、これらの「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」については損益相殺の対象とはしない。
(四) その他
[227] 弁論の全趣旨によれば、その他の後遺症一時金、後遺症特別給付金、障害児養育年金、障害年金、特別児童扶養手当、障害児福祉手当、特別障害者手当、福祉手当は、いずれも本件請求に係る逸失利益ないし介護費(介助費)と同一の性質を有し、相互補完の関係にあるものと認められる。
[228] したがって、その額を各被害児の逸失利益ないし介護費(介助費)の額から控除する。
[229] また、弔慰金、再弔慰金、死亡一時金は、いずれも慰謝料的性質を有すると認められるから、その2分の1の額を各被害児の両親の慰謝料額の中からそれぞれ控除する(ただし、被害児伊藤純子(11の1)の関係では、同児の固有の慰謝料請求を認めたことに伴い、支払われた死亡一時金を同児と両親に認めた各慰謝料額の割合で按分した上、これをそれぞれの慰謝料額の中から控除することとする。)。

3 抗弁第四項2及び第五項について
[230] 抗弁第四項2及び第五項の主張が理由がないことは、原判決理由第二の五4(二)及び5記載のとおりであるから、これを引用する。
1 損益相殺後の損害額について
[231] 以上により各被害児及びその両親の各損害額から現実に給付がされた額を控除すると、各被害児については別紙各「死亡被害児損害額計算票」ないし「生存被害児損害額計算票」の「差引計算」欄記載のとおりとなり、被害児の両親については別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」の「差引計算」欄記載のとおりとなる。

2 弁護士費用
[232] 本件訴訟の経緯、立証の難易、後記のように事故時から遅延損害金を付することとの関係で中間利息を不当に利得することのないようにする必要があること等一切の事情を考慮すると、前記控除額を差し引いた認容額の5パーセントに当たる金額をもって、本件各事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。
[233] 右算定方法により個別に算定すると、各被害児については別紙各「死亡被害児損害額計算票」ないし「生存被害児損害額計算票」の、死亡被害児の両親については別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」の、生存被害児の両親については別紙各「生存被害児両親損害額一覧表」の、各「弁護士費用」欄記載のとおりとなる。

3 相続関係について
[234] そして、請求の原因第六項の事実中、死亡した各被害児の両親が、各2分の1の割合で各被害児の国に対する損害賠償請求権を相続した事実は、当事者間に争いがない。
[235] また、死亡した被害児阿部佳訓(57の1)の父玄造(57の2)が昭和56年10月8日に死亡し、同人の妻クニ(57の3)が2分の1、子の古賀恭子(57の4)、阿部光敏(57の5)が各4分の1の割合により玄造(57の2)の損害賠償請求権を相続したこと、被害児沢柳一政(5の1)の父清(5の2)が昭和61年5月16日死亡し、同人の妻富喜子(5の3)が2分の1、子である被害児一政(5の1)、尚子(5の4)及び英行(5の5)がそれぞれ6分の1の割合により清(5の2)の損害賠償請求権を相続した事実は、当事者間に争いがない。

4 結論
[236] 右事実に基づき、被控訴人らが控訴人国に対して有する損害賠償請求権を算定すると、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」(円未満は切り捨てる。)記載のとおりとなる。
[237] 以上のとおり、当審において拡張された請求を含む被控訴人らの本訴請求は、被控訴人古川博史(56の1)、同古川治雄(56の2)及び同古川イツヱ(56の3)を除くその余の被控訴人らが、国家賠償法1条に基づく損害賠償として、「被控訴人ら債権額一覧表」の右各被控訴人らに対応する「合計額」欄記載の各金員及びこれに対する不法行為時である本件各予防接種の日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。
[238] よって、控訴人の被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)、同河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)に対する控訴をいずれも棄却するとともに、原判決主文第二項中、右被控訴人らの国家賠償法に基づく各請求のうち、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」記載の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金額から原判決主文引用の別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金額を差し引いた各残額部分の支払請求及びこれに対する右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求を棄却した部分(本判決主文引用の別紙「取消一覧表」参照)をいずれも取消し、控訴人に対し右取消しに係る各金員及び右「合計額」欄記載の各金員に対する本件各接種の日(被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)については昭和40年9月8日、被控訴人河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)については昭和46年10月21日)から右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日の前日までの年5分の割合による遅延損害金(本判決主文引用の別紙「認容金額一覧表(一)」参照)の支払を命じ、同人らの当審において拡張した請求のうちその余の部分及びその余の附帯控訴をいずれも棄却することとする。
[239] また、原判決主文第一項中被控訴人古川博史(56の1)、同古川治雄(56の2)及び同古川イツヱ(56の3)の各勝訴部分をいずれも取り消し、同人らの各請求(当審における請求拡張部分を含む。)及び附帯控訴をいずれも棄却することとする。
[240] さらに、右7名を除くその余の被控訴人ら(以下「本件被控訴人ら」という。)につき、損失補償請求を認容した原判決主文第一項をいずれも取り消すとともに、原判決主文第二項中、本件被控訴人らのうち本判決主文引用の「取消一覧表」記載の者らの国家賠償法に基づく各請求のうち、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」記載の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金額から原判決主文引用の別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金額を差し引いた各残額部分の支払請求及びこれに対する右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求を棄却した部分(本判決主文引用の別紙「取消一覧表」参照)をいずれも取り消し、改めて国家賠償法1条に基づく損害賠償として、控訴人が本件被控訴人らに対し、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金員及びこれに対する本件各接種の日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金(本判決主文引用の別紙「認容金額一覧表(二)」参照)を支払うことを命じるとともに、本件被控訴人らの当審において拡張した請求のうちその余の部分及びその余の附帯控訴並びに控訴人のその余の控訴はいずれも棄却することとする。なお、損失補償請求と損害賠償請求とは選択的併合の関係にあるから、このように損害賠償請求を一部認容する結果、原判決主文第一項中本件被控訴人らにつき損失補償請求権に基づき金員の支払を命じた部分は右認容した損害賠償額の範囲内で当然失効するものであるが、なおここに確認的意味でこれを取り消すものである。

[241] ところで、控訴人の民訴法198条2項の裁判を求める申立てについて判断すると、控訴人が右申立ての理由として主張する事実関係は、被控訴人らが争わないところである。そして、被控訴人梶山健一(15の2)、同梶山喜代子(15の3)、同河又弘寿(34の2)及び同河又正子(34の3)を除くその余の被控訴人らに対する関係では、前記のように原判決が変更されることになるから、原判決に付された仮執行宣言もその限度で効力を失う。
[242] そうすると、右被控訴人らの関係では、右仮執行宣言に基づき給付した各金員の返還及びこれに対する給付の翌日(昭和59年5月19日)から各返還済みまで年5分の割合による損害金の支払を求める控訴人の申立ては理由があることになる。

[243] なお、仮執行宣言については、当審において新たに被控訴人らの請求を認容する部分及び被控訴人らに対し民訴法198条2項に基づき原状回復等を命ずる部分のいずれについても、その必要がないものと認め、これを付さないこととする。

[244] よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法96条、89条、92条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

  東京高等裁判所第10民事部
  裁判長裁判官 宍戸達德  裁判官 大坪丘  裁判官 福島節男

(別紙) 当審提出の書証成立関係一覧表《略》
(別紙) 現在の状況一覧表《略》
(別紙) 死亡被害児損害額計算票《略》
(別紙) 死亡被害児両親損害額計算票《略》
(別紙) 生存被害児(Aランク)損害額計算票《略》
(別紙) 生存被害児(Aランク)両親損害額一覧票《略》
(別紙) 生存被害児(Bランク)損害額計算票《略》
(別紙) 生存被害児(Bランク)両親損害額一覧票《略》
(別紙) 生存被害児(Cランク)損害額計算票《略》
(別紙) 生存被害児(Cランク)両親損害額一覧票《略》
(別紙) 被控訴人ら債権額一覧表《略》

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