昭和女子大事件
控訴審判決

身分確認請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和38年(ネ)第2832号
昭和42年4月10日 第9民事部 判決

【控訴人】 (被告) 学校法人 昭和女子大学
【被控訴人】(原告) 甲野恵美子(仮名) 外1名

■ 主 文
■ 事 実 
■ 理 由


 原判決を取消す。
 被控訴人等の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。


 控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人等の代理人は控訴棄却の判決を求めた。

[1] 当事者双方の主張、証拠の提出、援用及び認否は次に附加する外は原判決事実摘示と同一であるからその記載を引用する。

(一) 控訴人の主張。
[2](1) 控訴人は学校の教育方針から被控訴人等に対し、民青同からの脱退を要求したことはあるが、被控訴人等の思想の改変を要求したことはない。民青同は学問思想の研究を目的とする研究機関ではなく、政治活動をその目的使命とし、その使命遂行のための班組織を、大学内に樹立しようとしたものであり、控訴人は右の如き政治活動の学内に持ち込まれるのを禁止したもので、大学における学問の自由や被控訴人等の思想の自由を侵害したものではない。
[3](2) 被控訴人等に退学を強制したり、退学したと発表し、事実上退学の扱いをしたことはない。科目別出席簿の被控訴人等の氏名に朱線を引いたことはあるが、それは自宅反省によつて被控訴人等の将来の復帰を期待し且つ他の級友に対する教育的配慮からなされたもので現に欠席として取扱つており退学として取扱つたものではない。

(二) 被控訴人等の主張。
[4] 被控訴人等は民青同に加入し又は加入しようとしていたけれども学内でいわゆる政治活動を行つたり、民青同の拡大運動を行つた事実はないから右加入行為が学内の秩序を乱すことにはならない。いわゆる左翼思想を嫌悪する控訴人の主観的見地から被控訴人等の思想内容を追及し、その改変を要求してそれに従わないために学則違反を理由に退学処分に付したことは処罰が処分権者の自由裁量であるとしても本件の如き事情の下では権利の濫用として許されない。

[1] 控訴人が昭和37年2月11日被控訴人両名を退学処分にしたことは当事者間に争いなく、右退学処分に至るまでの事実関係についての当裁判所の判断は認定の証拠として成立に争いない乙第13号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第39号証の1、2当審証人乙川一雄、戊川千代子、戸谷三都江、小川まつの各証言の一部、当審における被控訴各本人尋問の結果の一部を加える外は原判決の理由中に説示するところと同一であるからその記載(原判決の理由第一の一の部分)を引用する。
[2] 右認定事実から見て被控訴人甲野に控訴人の定めている学生手帳(乙第2号証)の生活要録6の6の規定、被控訴人乙川に同8の13の規定にそれぞれ違反する行為のあつたことは明らかであり、控訴人が右各違反行為及びこれに伴う退学処分をなすまでの被控訴人両名の前認定の行為を学則(乙第1号証)第36条第4号に該当するものとして退学処分に付したものと解することができる。
[3] 而して控訴人の定めた学生手帳の生活要録中の各規定が学生である被控訴人等に対し学則としてその行為を拘束し、右規定に違反した場合には学則に定める処罰の対象となりうることについての当裁判所の判断は原判決の理由中に説示するところと同一であるからその記載(原判決の理由第二の一、二の部分)を引用する。
[4] さて退学処分が学生に取つてその身分を剥奪するものでいわば最終的な処分であることを考えると右4号に規定する事由の存在の認定はその他の処罰処分の場合とは異なり慎重な配慮を要すべきことは云うまでもないが、原判決の理由第二の四の前段(第1行目から第12行目(同上7行目)までを引用する)で説示しているように公立学校とはその趣を異にする私立学校である控訴人に原判決理由の第二の三(右部分を引用する)で説示しているような反省を促す適切な補導の過程を経由(このことは教育的見地からは望ましいとしても)すべき法的義務があるとは考えられず、従つて、補導の手段、方法の適否を重点にして退学処分の有効、無効を判断すべしとする原判決の考え方は、当裁判所の採らないところであり、学則違反の所為が前記第4号に該当する事由なりや否やの判断は原則として、教育の実施に当るものの裁量に任されていると解するのが相当であると考える。
[5] ところで、被控訴人両名及び訴外戊川千代子が前記違反行為をなしてから控訴人が被控訴人両名を退学処分に付するまでに同人等に対し、執つた控訴人の処置、態度についての当裁判所の判断は、認定の証拠に当審証人開発幸子の証言により真正に成立したものと認める乙第15号証、当審証人戊川千代子の証言により真正に成立したものと認める乙第16号証の1、当審証人小暮秋子、滝沢治恵、西田紀子、志水美弥子、開発幸子、斎藤良子、戊川千代子、安食麗子、乙川一雄、戸谷三都江、小川まつの各証言の一部、被控訴各本人尋問の結果の一部を加え、後記訂正する箇所を除く外は原判決の理由第一の二の当初から(一)、(二)、(三)の終りまでに説示するところと同一であるからその記載を引用する。右認定に反する当審各証人の証言及び当審における被控訴各本人尋問の結果は採用しない。
[6](右引用する原判決の理由第一の二の(一)、(二)の中被控訴人両名が在学中は民青同との関係をたつ旨の意思を表明したとの認定部分、学校当局が被控訴人等に対し事実上の退学の取扱いをしたとの認定部分、同(一)の中学校当局が被控訴人等の思想的傾向を調査すると共に他の学友から隔離する方針をとつたとの認定部分、同(二)の中被控訴人乙川が保坂教授の示唆により追いつめられた気持から退学する旨の記載をなしたとの認定部分及び同(一)、(二)の中学校側の措置が被控訴人等を反抗的態度に追いやり外部団体との接触を一層深めさせる機縁となつたとの認定部分はいずれも当裁判所の判断とは異なるのでいずれもこれを除く。)
[7] 以上認定事実を綜合して判断すると控訴人が学生が民青同に加入することは当時の控訴人の教育方針から見て甚だ不当なものと考え、被控訴人等にそれからの脱退又は加入の申込の取消を要求し、それに従わないときは厳罰に処する方針の下に、被控訴人等の行動を監視していたものと推測され、被控訴人等に対し、学校の学風に反することについての反省を求めて説得に努めたとは解されず(この点についての原審証人玉井幸助、保坂郁、原審並に当審証人戸谷三都江、当審証人小川まつの各証言は採用しない)学校の名声のために被控訴人等の責任を追及することに急であつたといえるけれども、被控訴人等主張のように被控訴人等の持つ思想内容に干渉し、その改変を求めたとは解されず、この点についての当審証人乙川一雄の証言、原審並に当審における被控訴各本人尋問の結果は原審証人玉井幸助、保坂郁、原審並に当審証人戸谷三都江、当審証人小川まつの各証言に照して採用しがたく、本件全証拠によつても被控訴人等主張の右事実を認めることができない。
[8] 一方被控訴人両名の執つた行動、態度については一時反省していたことは認められるが学則に違反したことの責任の自覚はうすく、被控訴人乙川は学外団体である民青同に無届で加入することが学則上許されないことは知つていた旨原審で自ら述べており、被控訴人甲野も民青同に無許可で加入することは学則に反することは知つており、而も民青同をやめる気持のない旨を原審で自ら述べておるところであり、当審における被控訴人乙川本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第1号証前記原審証人玉井、保坂、原審並に当審証人戸谷、当審証人小川の各証言を綜合すると被控訴人両名は民青同に加入することが不当であるとは考えず学校側のこれからの離脱の要求に真実従う意思はなく、関係教授等の説諭に対して反撥していたことを推測することができる。いずれにしても被控訴人両名の前記違反行為後本件退学処分までになされた両者(被控訴人両名の父兄との交渉も含めて)間の折衝において控訴人の執つた処置については教育的見地から批判の対象となりうるとしても前認定の事実関係から判断して、控訴人が被控訴人等の態度を目して学則第36条第4号に該当するもので、控訴人の教育方針と相容れないものとしてなした本件退学処分が社会観念上著しく不当であり、裁量権の範囲を超えるものとは解しがたく、又被控訴人等主張のように本件退学処分が思想信条による差別的扱いであり、公序良俗に反し無効であるとか懲戒権の濫用で無効であるとは解されない。
[9] 以上の判示により控訴人のなした本件退学処分は有効という外なく、被控訴人両名のこれが無効を前提とする請求はいずれも理由なく失当というべきである。従つてこれと趣旨を異にし被控訴人両名の請求を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第386条により原判決を取消し被控訴人両名の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について同法第96条、第89条、第93条を適用して主文のとおり判決する。

  (裁判官 毛利野富治郎 石田哲一 安国種彦)

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