砂川政教分離訴訟(富平神社)
上告審判決

財産管理を怠る事実の違法確認請求事件
最高裁判所 平成19年(行ツ)第334号
平成22年1月20日 大法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 谷内栄
          代理人 石田明義 ほか

被上告人(被控訴人 被告) 砂川市長
          代理人 新川生馬 ほか

■ 主 文
■ 理 由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 本件は,砂川市(以下「市」という。)が神社の敷地となっている市有地を砂川市富平町内会(以下「本件町内会」という。)に無償で譲与したことは,憲法の定める政教分離原則に違反する無効な行為であって,同土地の所有権移転登記の抹消登記手続を請求しないことが違法に財産の管理を怠るものであるとして,市の住民である上告人が,被上告人に対し,地方自治法242条の2第1項3号に基づき上記怠る事実の違法確認を求める事案である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 譲与された市有地と神社施設の概要
[3] 市は,第1審判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を所有していたが,平成17年4月15日,これを市の富平地区に所在し地方自治法260条の2第1項の認可(以下「地縁団体の認可」という。)を受けた本件町内会に譲与し(以下,この譲与を「本件譲与」という。),同日付け贈与を原因として所有権移転登記手続をした。
[4] 本件各土地は富平神社(以下「本件神社」という。)の敷地となっており,同土地上には,第1審判決別紙図面のとおり,北側から,鳥居(幅約4.5m),石灯籠一対及び社殿(床面積25.92平方メートル,木造亜鉛メッキ鋼板葺南京下見板張り平家建建物)が一直線上に配置され,石灯籠と社殿の間には,「地神宮」と彫られた石造の地神宮が,社殿手前には清心(手水所)が設置されている。社殿の正面入口の外壁上部には「富平神社」との文字を刻した額が掲げられ,社殿正面奥に大国主命を祭神とする祠が設置されている(以下,祠を納めた社殿,鳥居,石灯籠,地神宮及び清心を併せて「本件神社施設」という。)。

(2) 本件譲与時における本件神社の管理状況等
[5] 本件町内会は,良好な地域社会の維持及び形成に資することを目的とした地域的活動を行う町内会組織であって,宗教的活動を行うことを目的とする団体ではなく,組織的には本件神社と別個の存在である。本件町内会は,役員構成を始め組織として本件神社と特別の関係はなく,その会員又は役員の資格として本件神社を中心とする特定の宗教団体に所属していること等が条件とされているものでもない。また,その会計は本件神社とは別に管理されている。
[6] 本件神社は,法人格を持たず,組織,活動等について定めた規約もなく,神職も常駐していない。ただし,住民の話合いによって選任された総代及び会計係各1名が,本件町内会の住民から,本件神社の維持運営費として1世帯当たり年額1500円を集金したり,例大祭の準備活動をしたりするなど,神社の維持運営に関する事務を行っている。富平地区の世帯数は30数世帯であるが,平成13年度ないし同15年度当時,その大多数が維持運営費を支払っている。本件神社の例大祭の行事等の費用は,住民からの寄附金や賽銭によって賄われている。
[7] 本件神社においては,毎年,初詣で並びに春季及び秋季の例大祭が行われており,初詣での際には,富平地区の住民らが参拝に訪れ,春季及び秋季の例大祭においては,砂川神社の宮司が本件神社の社殿内で祝詞を奏上するなどの神事を行い,例年10名前後の住民が参拝に訪れている。例大祭の期間中,「奉納 富平神社 氏子中」などと書かれたのぼりが鳥居の両脇に立てられるほか,社殿の正面入口の軒下部分に,「奉納 富平神社総代」などと鈴緒に書かれた鈴が取り付けられ,入口近くに賽銭箱が置かれる。なお,毎年8月の砂川神社の祭りの際には,本件神社に砂川神社のみこしが訪れ,宮司や巫女による神事が行われている。

(3) 本件神社の沿革及び本件譲与に至る経緯
[8] 本件各土地は,もともと富平地区に存在した富平各部落会(本件町内会の前身)が実質的に所有する土地として地域住民に利用されていたが,形式的には地域住民らの個人名義で登記されていた。富平地区の住民らは,明治27年,本件各土地上に五穀豊穣を祈願して大国主命を祭神とする小祠を建立した(当時は赤平神社と呼ばれていた。)。その後,大正7年から昭和43年までの間に,本件各土地上に本件神社施設が順次設置されて現在に至っている。
[9] 市は,昭和10年,富平各部落会から本件各土地上に富平小学校の教員住宅を建設してほしいとの要望を受け,本件各土地の寄附及び所有権移転登記を受けて同住宅を建築した。
[10] 富平小学校の教員住宅は昭和50年に取り壊されることとなったため,市は,これに伴い,同51年4月,本件各土地の管理目的を児童公園等の部落共同目的の用に供することに限定して,その管理を無償で富平各部落会に委託した。なお,当時,本件各土地上には本件神社施設のほか農協倉庫や青年会館が存在し、また,その一部は児童公園としても利用されていた。以後,本件各土地は富平各部落会及びその後身である本件町内会が自主的に管理活用してきた(この間,上記の倉庫等及び公園は取り壊されるなどして現在は存在しない。)。
[11] 上告人は,平成16年9月,市の監査委員に対し,市が本件各土地を本件神社の敷地として使用させていることは政教分離原則に違反するとして住民監査請求を行った。監査委員は,同年11月22日付けの監査結果において,結論として政教分離原則違反は認められないとしたが,市有地上に神社の祠が存在し祭事に利用されていることは,一部市民に不審を抱かせるものであるから,従前の経緯を考慮し,本件各土地を富平地区住民に譲与するなどの方策を講ずる必要があると考える旨の意見を付記した。
[12] これを受けて,市は,市有地が神社の敷地となっている状態を解消するため,本件町内会と協議した上,同17年4月15日,譲与についての市議会の議決を経て,地縁団体の認可を受けた本件町内会に対し本件譲与を行った。
[13](1) 前記事実関係等によれば,本件神社施設は,一体として明らかに神道の神社施設に当たるものであり,本件神社において行われている諸行事も,神道の方式にのっとって行われているその態様にかんがみ,宗教的行事と認めるほかないものである。
[14] また,前記事実関係等によれば,本件神社の経費は富平地区に所在する大多数の世帯から提供される維持運営費等によって賄われ,その会計は,地域住民の話合いによって選任された総代及び会計係によって,本件町内会の会計とは別に管理されているというのであるから,その範囲を明確に特定することができないとはいえ,氏子に相当する地域住民の集団が社会的に実在することは明らかであり,この集団は憲法89条の宗教上の組織ないし団体に当たるものと認められる。本件神社施設の所有者は定かではないものの,本件譲与前に市が本件各土地を無償で神社敷地としての利用に供していた行為は,その直接の効果として,上記地域住民の集団が神社を利用した宗教的活動を行うことを容易にするものであったというべきである。
[15] したがって,本件各土地が市の所有に帰した経緯についてはやむを得ない面があるとはいえ,上記行為をそのまま継続することは,一般人の目から見て,市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し,これを援助していると評価されるおそれがあったものということができる。

[16](2) 本件譲与は,市が,監査委員の指摘を考慮し,上記のような憲法89条及び20条1項後段の趣旨に適合しないおそれのある状態を是正解消するために行ったものである。
[17] 確かに,本件譲与は,本件各土地の財産的価値にのみ着目すれば,本件町内会に一方的に利益を提供するという側面を有しており,ひいては,上記地域住民の集団に対しても神社敷地の無償使用の継続を可能にするという便益を及ぼすとの評価はあり得るところである。しかしながら,本件各土地は,昭和10年に教員住宅の敷地として寄附される前は,本件町内会の前身である富平各部落会が実質的に所有していたのであるから,同50年に教員住宅の敷地としての用途が廃止された以上,これを本件町内会に譲与することは,公用の廃止された普通財産を寄附者の包括承継人に譲与することを認める市の「財産の交換,譲与,無償貸付等に関する条例」(平成4年砂川市条例第20号)3条の趣旨にも適合するものである。また,仮に市が本件神社との関係を解消するために本件神社施設を撤去させることを図るとすれば,本件各土地の寄附後も上記地域住民の集団によって守り伝えられてきた宗教的活動を著しく困難なものにし,その信教の自由に重大な不利益を及ぼすことになる。同様の問題に関し,「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」(昭和22年法律第53号)は,同法施行前に寄附等により国有となった財産で,その社寺等の宗教活動を行うのに必要なものは,所定の手続を経てその社寺等に譲与することを認めたが,それは,政教分離原則を定める憲法の下で,社寺等の財産権及び信教の自由を尊重しつつ国と宗教との結び付きを是正解消するためには,上記のような財産につき譲与の措置を講ずることが最も適当と考えられたことによるものと解される。公有地についてもこれと同様に譲与等の処分をすべきものとする内務文部次官通牒が発出された上,譲与の申請期間が経過した後も,譲与,売払い,貸付け等の措置が講じられてきたことは,当裁判所に顕著である。本件譲与は,上記のような理念にも沿うものであって,市と本件神社とのかかわり合いを是正解消する手段として相当性を欠くということもできない(このような土地を地縁団体の認可を受けた町内会に譲与することが地方自治法260条の2の趣旨に反するものでないことはいうまでもない。)。

[18](3) 以上のような事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すると,本件譲与は,市と本件神社ないし神道との間に,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるかかわり合いをもたらすものということはできず,憲法20条3項,89条に違反するものではないと解するのが相当である(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁等参照)。
[19] 論旨は,違憲及び理由の不備をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
[20] 以上によれば,本件譲与が憲法20条3項,89条に違反しないとして上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

[21] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹崎博允  裁判官 藤田宙靖  裁判官 甲斐中辰夫  裁判官 今井功  裁判官 中川了滋  裁判官 堀籠幸男  裁判官 古田佑紀  裁判官 那須弘平  裁判官 田原睦夫  裁判官 近藤崇晴  裁判官 宮川光治  裁判官 櫻井龍子  裁判官 竹内行夫  裁判官 金築誠志)

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