東京都教組事件
控訴審判決

地方公務員法違反被告事件
東京高等裁判所 昭和37年(う)第1188号
昭和40年11月16日 第6刑事部 判決

控訴人 原審検察官

被告人 長谷川正三 外6名
弁護人 佐伯静治  外6名

検察官 伊藤嘉孝

■ 主 文
■ 理 由


 原判決を破棄する。
 被告人長谷川正三を懲役1年に処する。
 被告人藤山幸男を懲役8月に処する。
 被告人高橋文夫、同竹本良美、同中根望、同竹藤強一、同小松俊矩をそれぞれ懲役6月に処する。
 被告人7名に対し、本裁判確定の日より3年間右各刑の執行を猶予する。
 訴訟費用は被告人7名の連帯負担とする。


[1] 本件控訴の趣意は、検察官山本清二郎の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人佐伯静治、同芦田浩志、同藤本正、同坂東克彦、同雪入益見、同鹿野琢見、同福田力之助連署の答弁書(第一、第二分冊)、弁護人佐伯静治、同芦田浩志、同尾山宏、同藤本正、同雪入益見、同鹿野琢見、同福田力之助の弁護要旨各記載のとおりであるから、これを引用する。
[2] これに対し当裁判所は次の4項目に別かつて判断する。
一、本件同盟罷業は、組合員多数の意思に基き実行されたもので、被告人ら組合幹部による煽動の余地はないか、また、本件指令第3号等は、組合大会等の決定をそのまま執行したもので、煽動を問題にする余地はないか。(4頁以下)
二、本件指令第3号発出の事実、および被告人らが訴因指摘の如き言動をした事実があるか、どうか。(11頁以下)
三、「煽動」の法解釈と、その適用。(27頁以下)
四、地方公務員法第37条第61条第4号は憲法に違反するかどうか。(38頁以下)
[3] 原判決は、
「都教組の勤務評定反対闘争の経過によると、都教組においては、第33回臨時大会において、勤務評定反対のため、休暇戦術を行使するとの基本方針を決定し、さらに、同年4月3日の第1回定例委員会において、都教委が勤務評定規則を審議可決する日に、休暇戦術を行使することを決定したのであつて、都教組支部、分会各役員および同各組合員の多数の者は、勤務評定規則の決定される日に、都教組が休暇闘争、すなわち、同盟罷業を行う決意を有していたことが明らかである。したがつて、本件同盟罷業は、都教組組合員の多数の意思に基き実行されたものであつて、単に、被告人ら都教組幹部の煽動等の結果実行されたものと認めることはできない。また、指令第3号も右臨時大会および定例委員会の決定を執行するため、都教委において、勤務評定規則の決定される4月23日に本件同盟罷業を行うよう指令したにすぎない」
と判示している。
[4] 都教組における大会が、各組合員より直接選出される代議員をもつて構成する組合の最高議決機関であり、また、各委員会も、組合員より直接選出される委員をもつて構成する大会に次ぐ議決機関であつてみれば、その大会および委員会において、組合規約に従つて議決したものは、一応都教組という集団の意思とみることはできる。ただ、組合員が選出する代議員は、各組合員の意思を代理、代表する権限を有するけれども、それは組合の正常、適正な運営に関する事項等に関するものであつて、法律が違法行為として禁止する争議行為を決定することまで、単に組合員から選出された代議員であるというだけで、当然にこれを代理代表する権限があるかどうか疑問である。多数の代議員が多数組合員の真の意思を代表し、これを忠実に反映して大会および委員会の議決がなされて、始めて、大会および委員会の決定は組合員多数の意思と言い得るのである。
[5] 本件休暇闘争が,勤務評定反対阻止のために取上げられた最初は、昭和33年1月17日の第16回定例委員会で採択された、いわゆる春闘方針であるが、これが地区選出の委員から出た修正動議によつたものであることは肯認し得る。このように、都教組本部の柔軟な、いわゆる「抵抗理論」に基く闘争方針に対し、一部地区委員の中には、これをなまぬるいとして、「先制攻撃」を主張する強硬な意思を抱く者がいたことは、これを推認するに難くない。また、「重要段階は大会がこれを決定する」としたのも、休暇戦術の如き重要事項は、組合員多数の支持によつてこれを決定し、組合幹部だけの独走とならないよう配慮したことも肯けるのである。第33回臨時大会も、被告人ら組合幹部がその意図するところによつて多数決の形をとつて、一方的にその議決を押し切つたとまで断定することはできない。ただこの全組合員の総意を問うべき組合大会において、全組合員一人一人の意思がどれだけ忠実に反映されたか、をもつと冷静に反省しなければならない。先制攻撃論は単に支部委員のみに限らず、組合員の中にも強硬戦術に対し極めて積極的なものがいたことは明らかである。勤務評定反対阻止のための休暇闘争を訴える組合大会であれば、これら強硬論者によつて指導権を奪われることは当然である。また、議決に加わる代議員が、自分だけ「原案賛成」あるいは「原案賛成の立場」であつて、それが下部組合員の意思を忠実に代表したものでなければ、その議決をもつて直ちに組合員の総意とか、圧倒的多数の意思と断定することもできない。中央支部代議員は、「自分のところは弱い分会で、一斉休暇にもつて行くことは困難だと思つたが、参加しなければならないと考え、大会では原案に賛成の挙手をした」という趣旨の証言をしているのであつて、この代議員の賛成挙手は下部組合員一人一人の賛成挙手を意味するものでないことは明瞭である。
[6] 4月3日の第1回定例委員会において、指令発動の時期と方法に関する事項が定められ、その中に、「休暇戦術の規模内容の基本」は、第2回定例委員会に提案し、下部討議に付した上、それより4日後の戦術委員会で、行動規制を含めて決定すべきこととされたのである。この決定に基いて、同月11日の定例委員会に、一斉休暇の際、各支部、分会幹部および各組合員のとるべき具体的行動を規定した「行動規制」が提案され、これが、4月16日の戦術委員会で決定されているのである。「指令発動の時期と方法に関する事項」そのものは、改めて下部討議に付する必要のないものであるから、これを定例委員会で決定したことは差支えない。しかし、その決定の中の「休暇戦術の規模、内容の基本」は第2回定例委員会に提案し、下部討議に付し、それより4日後の戦術委員会で、行動規制を含めて決定すべきことになつているから、11日の定例委員会には「行動規制」だけでなく、「休暇戦術の規模、内容の基本」も併せて提案し、この両者を下部討議に付した上、16日の戦術委員会において決定しなければならない筈である。弁護人は臨時大会において、休暇闘争の実施が議決されている以上、行動規制などの闘争時における技術的事項は、必ずしも下部討議に付する実質的必要性はない、と主張するけれども、「休暇戦術の規模、内容の基本」というような休暇闘争についての重要な基本事項は、予め組合員一人一人に討議させ各自のとるべき態度についてもつと冷静に検討する機会を与えなければならない筈である。弁護人は、また、4月3日から4月11日までの間に各支部、分会においてなされた討議の情況を縷述し、また、中央支部において4月4日の支部委員会、6日の支部執行委員会、8日、9日両日の支部委員会で、討議検討された中央委員会の決定は、明らかに「指令発動の時期と方法に関する」定例委員会の決定である、と主張するのであるが、下部討議に付すべき「休暇戦術の規模、内容の基本」と「行動規制」は、4月11日の第2回定例委員会に提案されたものであるから、その後4月16日までの間に下部討議に付されなければならないのであつて、4月3日から同月11日までの間に討議されたものや、同月4日から9日までの間に検討されたものは、右下部討議に付すべき議案でないことは明らかである。
[7] 組合員の総意を問うべき組合大会や各委員会が先制攻撃の強硬論者によつて指導権を奪われたものであり、下部討議に付すべき議案も、ただ形だけの筋書に過ぎないために、本件指令第3号の発出されるようになつても、なおこの指令に従うべきか否か、去就に迷い、その土壇場に追いつめられて、態度決定を迫られた、なお相当数の組合員、分会が存在したのである。
[8] 右の如く、本件指令第3号が発出されるに至つてもなおその態度が決定せず逡巡する分会、組合員が少くないとして、検察官は、中央区立京橋昭和小学校以下30数校の実情を指摘し、これに対し、弁護人は、これらの分会は当該支部の中でも、最も低調な、組合員意識の薄いところであつて、都教組全体からみれば極めて少数にすぎないと反論するのである。
[9] 勿論、原審が取り調べた証拠によれば、組合役員はもとより、各組合員中にも、相当多数のものが、勤務評定制度に強く反対し、これを阻止するためには休暇闘争以外に方法がないとして、本件同盟罷業に同調していた事実は否定し得ない。
[10] しかしながら、その同盟罷業に同調した組合員が圧倒的多数であつて、指令第3号発出当時その態度が未定であつたり、これに消極的なものが、極めて一部少数にすぎなかつたか、その同調者と反対者ないし未定なものとの比率が、全組合員に対して、それぞれどのようなものであつたか、その的確な数字を把握することは困難である。ただ、仮に組合大会の議決や、都教組内部における勤評反対の全般的動向から推して、組合員中相当多数のものが、本件同盟罷業に同調していたと前提して、果して被告人ら幹部のものによる煽動の余地がない、と言えるか。
[11] 煽動は違法行為実行の決意を生ぜしめ、または、すでに生じている決意を助長するような勢いのある刺戟を与える所為と解されているのであつて、実行の決意を新たに生ぜしめる場合に限らず、すでに生じている決意を助長するためにも行われるのである。また、その決意を生ぜしめ、または助長する勢いある刺戟を与えることによつて煽動行為は成り立つのであつて、果してその決意を生ぜしめ、または助長する結果を生じたか否か、またこれによつて被煽動者がその違法行為を実行したかどうかを問わないのである。本件指令第3号および被告人らの訴因指摘の言動が、組合員をして本件同盟罷業に参加する決意を新たに生ぜしめ、また、既にこれに参加することを決意したものに対してさらにその決意を助長せしめるような勢いある刺戟に該当するか否かが問題なのである。果して右決意を生ぜしめたかどうか、また、右決意を助長せしめたかどうか、その結果各組合員が本件同盟罷業に参加実行したものであるかどうかは、煽動罪の成否には関係がないのである。
[12] 原判決は本件同盟罷業は組合員多数の意思により実行されたもので、被告人らの煽動行為の結果実行されたものでないから、煽動罪は成立しないとしているのは、被告人らの煽動行為によつて組合員が本件同盟罷業参加実行を決意しまたはこれを助長され、その結果右実行がなされたものでなければ、煽動行為は成立しないというものであつて、煽動行為の法解釈を誤つたものと言わなければならない。
[13] また、原判決が、本件同盟罷業は、組合員多数の意思により実行されたもので、被告人らの煽動行為の結果実行されたものでないから、煽動罪は成立しない、としているのは、本件指令第3号の発出当時、組合員多数の者が既に本件同盟罷業の実行を決意していたのであるから、被告人らの煽動行為をまたず、本件同盟罷業は実行されたもので、そこに煽動の余地はないという趣旨にも解し得るのであるが、仮に組合員多数の者が、本件指令第3号発出の当時既に本件同盟罷業の実行を決意していたとしても、本件指令第3号および被告人らの言動が、組合員らのこの決意をさらに助長するような勢いある刺戟に該当するならば、煽動行為は成り立つのであつて、その煽動行為により右決意が助長されて、本件同盟罷業が実行されたかどうかは、煽動罪の成否には関係がないのであるから、組合員多数の者が同盟罷業の実行を決意している場合には最早煽動の余地がないとする考え方も誤りである。
[14] 以上の如く、本件指令第3号発出当時、組合員多数の者が既に同盟罷業の実行を決意していたかどうかは、直接被告人らの煽動罪の成否には関係がないのであるから、検察官および弁護人双方論争の焦点である本件指令第3号発出当時、都教組組合員のうち、どれだけ多数の者が本件同盟罷業の遂行に同調し、自らこれに参加することを決意していたか、またどれだけの組合員がこの一斉休暇闘争に批判的反対であつたか、賛否いずれともその態度を決定し得ず、逡巡、去就に迷う組合員がなお相当多数存在したのか、極めて少数に過ぎなかつたかは本件被告人らの犯罪行為の成否を決定する上に必ずしも不可欠な事項ではないのである。
[15] 以上によつて明らかなごとく煽動行為は、違法行為実行の決意を新たに生ぜしめ、または、既に生じている決意を助長するような、勢いある刺戟を与えることによつて成立するのであつて、これによつて現実に被煽動者がその違法行為の実行を決意しなくても、また助長する結果を生じなくても煽動罪の成否には消長がないのである。
[16] 弁護人は、京橋昭和小学校、京華小学校、開進第三小学校、葛飾二上小学校、志村第四小学校、阿佐ヶ谷中学校等につき、これらの各分会においては、本件指令第3号の発出をまたず、既に各組合員は同盟罷業に参加しないことを決意しており、または、参加するというものと、参加しないという者と賛否両論に分れ、結局各自の自由意思によつて決定することにしており、指令第3号は、組合員をして、その態度を決定させるについて、積極にも消極にも作用していない、と主張するけれども、仮に指令第3号がある組合員に対しては本件同盟罷業実行の決意を生ぜしめ得なかつたとしても、それだけでは煽動罪の成立を妨げるものではない。

[17] 次に、原判決は、指令第3号は、第33回臨時大会および定例委員会の決定を執行するため、都教委において勤務評定規則の決定される4月23日に、本件同盟罷業を行うよう指令したに過ぎず、特に刺戟的な内容を含むものとは認められない、として、これも被告人らを無罪とする理由としているのである。
[18] 第33回臨時大会において、「最悪段階には休暇戦術を行使する。指令権は、戦術委員会に一任する」等の議決がなされ、4月3日第1回定例委員会において、「指令発動の時期と方法に関する事項」が可決され、その中で、「最悪段階」とは「勤務評定規則を都教委が決定する日」とし、指令発動はその2日前あるいは、その規則制定を強行するという情報を確認した日、にすべきことを定め、指令発動は戦術会議を開催して行うことにしているから、4月23日都教委が規則案を上程することが確認されたので、2日前の4月21日戦術委員会を開いて、被各人長谷川正三名義の本件指令第3号をもつて、各支部長、組会員に対し、本件同盟罷業の実行を指令したことは、第33回臨時大会および第1回定例委員会における決定の執行としてなしたものであることは明らかである。
[19] 検察官は、臨時大会の決定の内容は、「最悪段階に休暇戦術を行使する。指令権は戦術委員会に一任する」というものに過ぎず、「最悪段階に突入したかどうかの判断や、休暇戦術の内容など、その決定は被告人らの裁量に委ねられ、そこに被告人らの創意が多分に働いており、単なる決定事項の伝達、実施に過ぎないものとはいえず、被告人らの積極的な煽動行為を問題にする余地が存していると論述し、弁護人は、指令第3号は大会および委員会などの正当な機関の議決によるものであり、それに反し、あるいは委ねられた権限を逸脱するものでない限り、決定の執行に外ならず、組合員の感情に訴えるものでもなく、中正な判断を失わしめることにもならないと反駁するもので、原判決の考え方とほぼ軌を一つにするものである。
[20] 第1回の定例委員会の決定の中で最悪段階とは勤務評定規則を都教委が決定する日と定めたから、右規則案上程の確認された4月23日を、本件同盟罷業決行の日とすることは右委員会の決定によつて定まり、また休暇戦術の規模内容の基本も、第2回定例委員会に提案されて戦術委員会で決定されているから、本件同盟罷業の内容も委員会によつて決定されたことになり、この点について被告人らの裁量や創意が働く余地はないとも言える。すなわち、大会、委員会の決定に基き、その与えられた権限の範囲内において指令第3号を発動したもので、右決定の執行としてなしたものであることは否定し得ない。しかしながら、これを更に本質的にみれば、第16回定例委員会において休暇闘争を含む実力行使を決定した春季闘争方針を起点として、第33回臨時大会およびこれに次ぐ数次の中央委員会の決定は、すべて、本件指令第3号発動の予備的準備手続に過ぎないのである。この指令発動を最も時宜に適した、最も権威あるものとし、指令を発動したからには、1人の落伍者もなく、同盟罷業を実効あるものとして遂行するために、第33回臨時大会において組合員のいわゆる「総意」を獲得し綿密周到な各委員会決定を重ねてきたものである。殊に大会の議決により組合員多数の同盟罷業への熱意を証明することは、指令を最も権威あるものとし、組合員に対する至上命令とするに極めて有意義であつたことは否めない。「正当な機関の議決による」ものということは、既に本件同盟罷業に参加を決意した者に対しては、更に一層の勇気を与え、その意気を高揚し、これに反対するもの、あるいは、去就に迷う組合員に対しては、その決断を促すに極めて有効なものであつて、煽動行為の成立する余地は十分に存在するのである。原判決が、本件指令第3号は、大会および委員会の決定をそのまま執行したものに過ぎず、煽動罪を論ずる余地がないとして、これを無罪の理由としたことは、本件事案に対する本質的判断を誤り、法令の解釈適用に過誤を犯したものと言わなければならない。
[21] 以上原判決が、本件同盟罷業は、組合員多数の意思に基き実行されたもので、被告人ら組合幹部による煽動の余地はないとし、また、本件指令第3号等は組合大会等の決定をそのまま執行したものであつて、煽動に当らないとしたことは、事実誤認ないし法令の解釈適用を誤つたものと言わなければならない。
(一) 指令第3号の発出と、その趣旨の伝達、
[22] 4月21日夜都教組本部において、戦術委員会が開催され、そこで指令第3号が決定され、被告人長谷川、同藤山の両名が他の組合幹部と共謀して、組合支部、分会役員に対し指令第3号を配布し、分会役員を介して約3万名の組合員に、右指令の趣旨を伝達した事実は原判決の認定したとおり、記録上もこれを肯認することができる。

(二) その他の被告人の訴因摘示の各言動について、
[23](1) まづ、被告人高橋、同竹本、同中根、同竹藤、同小松の言動がなされた時期、場所およびその経緯をみるのに、4月21日夜、被告人高橋は、練馬区立豊玉第二小学校において開催された練馬支部の拡大闘争委員会に、被告人中根は、文京区あおば学園において開催された文京支部の分闘長会議に、被告人竹藤は、北区教育会館において開催された北支部緊急委員会に、被告人小松は、品川区立中延小学校において開催された品川支部の緊急分闘長会議に、それぞれ指令第3号を携えて出席し、そこに参集した当該支部所属の支部、分会役員に右指令を配布し、その頃各分会役員を介して、組合員である小中学校教職員に右指令の趣旨を伝達し、被告人竹本は、被告人高橋よりやや遅れて、右練馬支部の拡大闘争委員会に出席し、翌22日被告人高橋は練馬区立旭ヶ丘中学校に、被告人小松は、品川区内戸越公園においてそれぞれ開催された勤務評定、修身復活反対要求貫徹大会に各出席したのであるが、右4月21日開催された各支部の緊急分闘長会議、あるいは、拡大闘争委員会等の支部委員会は、4月16日都教組本部の戦術委員会において決定された前記行動規制の中で定められたものである。すなわち、右行動規制には「一斉休暇の前前日には、各支部は緊急執行委員会、分闘長会議を開催し、“指令の確認”各分会の態勢の確認を行うこと」と定められているので、これを実行するために開催されたものである。また、翌22日の勤務評定、修身科復活反対要求貫徹大会は4月16日、日教組指令第9号に基き発せられた指令第1号の趣旨を実行するために開かれたものである。すなわち、前者は本件同盟罷業決行の前前日すなわち4月21日、各支部毎に、支部、分会の役員をもつて構成する緊急委員会、分闘長会議等を開催して、その席上指令第3号を確認させると同時に、各分会がどのような態勢にあるか、その情勢を確認し、各分会役員を通して指令第3号の趣旨貫徹を計つたものであり、翌22日は、午後3時より全組合員参加の支部集会として「要求貫徹大会」を開催し、直接各組合員に対し、翌23日の一斉休暇闘争には全員参加するよう呼びかけることを意図したものであることは明瞭である。
[24] そこで、右各会合に際し、以上被告人らのなした言動について検討するのに、
一、まづ、4月21日の支部委員会について、
(1) 被告人高橋が「措置要求大会に、全員参加することができるよう、みなも協力していただきたい」といい、
(2) 被告人竹本が他の支部の情勢についての質問に答え、「大田支部ほか一部は全員足並みを揃えて参加することに決定している。都教組本部の決定に従つて全員がまとまつて闘争に入るべきだ」といい、
(3) 被告人小松が、都教組から指令が出たら、来る23日には一斉休暇をとつて大会に参加されたいといい、
二、4月22日の支部集会において、
 被告人高橋が「みな結束して、明日の措置要求大会に参加しよう」といつたこと
は、記録上明瞭であり、原判決もその事実認定において肯認するところである。しかし、原判決は、
一、4月21日の支部委員会において、
(1) 被告人高橋が「一斉休暇に対して、地方公務員法違反により、弾圧や首切りがあつた場合、その責任は都教組本部が負うことになつているから、組合を信頼して指令に従つて一緒に行動してもらいたい」と述べ、
(2) 被告人中根が「これは地方公務員法第46条に基く行政措置であつて合法的なものであるから、各分会ともこの指令に従つて足並みを揃えてもらいたい」と述べ、
(3) 被告人竹藤が「団体交渉は決裂して指令が発出された。これは地方公務員法第46条に基く合法的なものであるから、各分会員にこの指令を伝え、全員闘争に参加されたい」と述べ、
二、4月22日の支部集会において
(1) 被告人高橋が指令第3号を朗読したこと
(2) 被告人小松が「全組合員一致結束して右闘争に突入されたい」と言つたこと
は、いずれもこれを認むるに足る証拠がないと認定しているので、この点について記録を検討して判断する。
[25] まづ、右被告人高橋の言動については唐木嶺、被告人中根については佐川顕、被告人竹藤については小松長二および清藤義夫、被告人小松については中村喜八郎、橋本末三および河元輝喜が、それぞれ検察官の取調べに当つて参考人として各被告人の右言動を裏づける供述をしているのである。しかるに同人らは原審公判廷において証人としてこの点について明確な証言をなさず、あるいはその検察官に対する供述の趣旨を否定したため、原判決は、その公判廷における証言を採用し、検察官に対する供述調書の記載を事実認定の資料とすることを斥けたのである。よつてこの点について順次検討する。
[26](イ) まづ、唐木嶺について、原判決は同人は検察官に対しては、「練馬支部拡大闘争委員会の席上被告人高橋が最初に立つて指令第3号を読みあげ、帰りに入口のところで封筒に入つた指令書を受けとつた」と供述しているが、原審が取り調べた他の証拠によれば、右指令を朗読したのは同被告人でなく稲岡副支部長であり、指令第3号は同委員会の席上、分会委員らに配布されたことが認められ、このように事実に相違する唐木嶺の検察官に対する供述は、被告人高橋の右委員会における発言に関する部分も、措信し得ないとしているのである。なるほど唐木嶺の検察官に対する供述調書を仔細に検討すると、右委員会は同日午後4時30分頃より開かれ、長時間各分会の情勢報告がされた後、午後8時頃被告人高橋が指令第3号をもつてこれに出席したのに、唐木の供述には「この会合では高橋委員長が最初に立つて、勤務評定反対の措置要求で4月23日午前8時から集会を開くから、それに全組合員は参加するようにという都教組の指令を読み上げた」、といい、右委員会の壁頭被告人高橋が本件指令第3号を読み上げた如く、事実不正確な供述をなし、また、右指令第3号は席上各分会役員らに配布されたのであるが、唐木の右供述には「委員会が終つて帰りがけにいつものように入口のところで封筒に入つた指令書を分闘長の宮崎先生が大泉東小分会宛のものを受けとりその場で自分にも見せてくれた」旨、明らかに事実に相違するところがある。しかしながら、唐木嶺は原審において証人としてこの検察官より取調べをうけた時の状況について、生れて初めての経験なのであがつていて事実と違う供述をしたのではないかと思うが、検事より誘導とか威圧的な押しつけがましい調べ方をされたことはなく、当時の記憶どおり述べた旨証言しているのである。したがつて右委員会における会議の進行状況、その時間的関係や指令配布の時期、場所等の具体的事実について、他の会合の場合のそれと混同したり、前後顛倒した不正確な供述をしたであろうことは容易にこれを推察し得るのである。
[27] しかしながら、右供述中の「高橋委員長は、一斉休暇であるが、あくまでも措置要求大会に出席するという立前になつており、これは、憲法で保障された権利であるが、これに対しては地公法違反ということで、弾圧や首切りが考えられるが、それは、組合の結束を乱すというような弾圧や首切りとなるから、その責任は都教組本部で負うことになつているから、皆さんは、組合を信頼して結束を乱さずに、組合の指令に従つて一緒に行動していただきたい、という発言がありました、」という部分は、若しそれが検察官の誘導や押しつけがましい取調べによつて、心にもない事実無根のことを述べたというのなら、それは問題があろう。検察官の作文であるというならまた格別である。当時の記憶どおり述べたことであり、その内容は他の分会の場合における別の人の発言と混淆する虞れのないものである。時間の前後を顛倒したり、物の位置や場所を錯覚し、その記憶に混迷をきたすことがあつても、右のような具体的詳細な発言の内容については、そのような記憶の顛倒や混迷はあり得ないのである。前記一部不正確な事実に相違する供述がある、として、右被告人高橋の発言に関する部分までも、すべて措信し得ないとして、その検察官面前調書を排斥した原審は、明らかに証拠の取捨判断を誤つたものといわなければならない。
[28](ロ) 次に、佐川顕の検察官に対する供述調書につき、原判決は、佐川顕の原審公判廷における証言によれば、佐川の検察官に対する供述の趣旨は、指令第3号を朗読し、これについての説明をしたのが、被告人中根であつたか、あるいはその他の者であつたか不明であるというもの、であることが明らかであり、右供述調書の記載自体も指令第3号を朗読し、右説明をしたのが同被告人であつたと断定していないのであるから、同供述調書のみによつて、被告人中根の公訴事実指摘のような発言の事実を認めることはできない、としているのである。
[29] なるほど,佐川顕は原審において証人として、4月21日の分闘長会議当時はもとより、検察官の取調べを受けた当時も、被告人中根の名前も顔も知らず、(同被告人を知つたのは4月6日から1ケ月位たつてからとも言い、名前は4月23日以後地方公務員法違反ということで新聞で知り、顔はその後に知つたとも言う)被告人中根の名前と顔を知つた後、4月21日の分闘長会議の時のことを思い起してみても、この被告人中根がこの会議にいたかどうか、この会議でなにをしたか全然記憶になく、思い出せない、と証言している。ただ、検察官の取調べを受け、その供述調書を作成されたときの状況については次のように証言する。すなわち、検事から文京支部長の中根を知らない筈がないと相当強く言われた感じで、記憶していないことで、何か押しつけられたという形で調書ができたところが1ケ所ある。それは、被告人中根が指令第3号を読みあげたというふうに書いたので、それは具合が悪い、自分にはそういうことは分らない、書き直すように言つたところ、調書に「中根委員長と思います」と2行線を引いて訂正したが、自分はそのように言つたことはない。右訂正は中根委員長だと断定していないにしても何か中根に比重がかかつている感じで、自分としては非常に不満であつた、という趣旨である。
[30] 指令第3号を朗読した者が中根委員長であつたかどうか分らないという趣旨で調書記載の申立をしたのに、単に断定的な表現を避けて「中根委員長と思います」という言い廻しに表示したとすれば、それは、供述者の真意に添わなかつたといい得るであろう。しかしながら、佐川顕の検察官面前調書には、右指令第3号の朗読に続いて「被告人中根委員長が、これは地方公務員法第46条に基く行政措置要求であつて、合法的なものであるから、各分会共、この指令に基いて、全員が4月23日一斉休暇闘争に参加するよう足並みを揃えて貰い度い、という意味の話をした」という趣旨の供述記載がある。この指令第3号が合法的であることの説明と、これに基いて4月23日の一斉休暇闘争に全員参加するよう要請をした者が、被告人中根委員長であつたか、外の誰かであつたか不明である、という趣旨で調書記載の訂正を申立てたのに、それを「中根委員長と思います」と表示したものであれば、同調書の正確性を疑わざるを得ない。
[31] しかし、この点について佐川顕は原審公判廷において証人として右被告人中根の発言の点については、「私が言つたのではなく、向うがいつて、うんうんというので書いちやつたのだというふうな記憶がある。検事に調べられるというと、なにか罪人的な感じがある。知らないことはないだろうと言われればそういう雰囲気で、うんうんということが出てしまう」と証言し、右被告人中根の発言内容として検察官に供述していること自体(すなわち、その発言を被告人中根がしたか、他の誰かがしたかという問題ではなく、)右発言内容についての供述自体が、検察官の誘導による、被疑者的な圧迫感のもとで、架空虚偽の事実を述べたものか、あるいは全く検察官の作文にすぎないものかのような弁解をしているのである。佐川証人は原審公判廷において被告人中根の名前も顔も知らなかつたことを強調する。そのために指令第3号を朗読し、その説明をした者が被告人中根であつたか、他の誰であつたか判然しないというならば格別被告人中根の発言内容として検察官に供述していることが、検察官の誘導による事実無根のことであり、検察官自身の作文にすぎないというような弁解は中根の名前も顔も知らなかつたという弁解と一貫せず首肯し得ないのである。
[32] 佐川顕が文京支部委員会に出席したのは前後2回にすぎず、その第2回目の4月21日の分闘長会議の際隣にいた組合員よりきいて被告人中根が文京支部長であることを知つたのは、その検察官に対する供述によつて極めて明瞭である。それは「文京第九中学校の先生で眼鏡をかけた人であります」とまで、具体的に説明しているのである。同人は、検察官品田賢治に対し、被告人中根が指令第3号を朗読し、続いて、指令第3号の合法であることの説明とこれに基いて休暇闘争に全員が参加するよう発言した事実を具体的に供述し、その旨の調書が作成された後、指令を朗読した者は、果して被告人中根であつたかどうか断言はできない、と補足したが、それは、被告人中根か外の者か全く不明だというものではなく、被告人中根だと思うが、確言はできないという趣旨なので、調書に「中根委員長と思いますが」と一部訂正をしたが、その他の点については格別訂正の申立もなくその調書に署名拇印をしたものであることが認められる。被告人中根の発言としての供述部分が、検察官の作為誘導によるものであるというようなことは、証人品田賢治の原審における証言により全くこれを肯認し得ない。
[33] 以上の如く原審証人佐川顕の前記摘出の証言は到底これを措信することができない。原判決がたやすく右証言をとつて、佐川顕の前記検察官に対する供述調書によつては、被告人中根の訴因摘示の発言事実を認定し得ないとしたのは、採証を誤り事実を誤認したものと言わなければならない。
[34](ハ) 次に被告人竹藤について、小松長二は、検察官に対して、「竹藤支部長が外から帰つてきて、この委員会にでたのであります。そして、支部長は“都教組の方から帰つてきたが、都教育庁との団体交渉は決裂してしまつた。そこで、愈々4月23日反対闘争として、行政措置要求大会を実施する指令が出たから、この指令に従つて大会に参加して貰いたい。これは、地方公務員法第46条に基く措置要求手続を行使する権利であるから、合法的なものである”という趣旨の話をした」旨供述し、また、清藤義夫は検察官に対し、指令が配布されたことを述べた後「この指令は、支部の委員長であつたか、書記長であつたかが、先ず朗読して、それから、“この様に指令がでたから委員達は各分会に帰つて組合員達は指令を伝えて分会の態度をまとめて、23日は指令に基いて休暇闘争を実行して貰いたい”という意味の説明がありました。私の記憶では、この指令を読み上げて説明したのが、委員長であつたか、書記長であつたか、はつきりしないのですが、書記長ではなかつたか、と思われるのであります」という趣旨の供述をしているのである。しかるに小松長二は原審公判廷においては、その際の話は「教育長との交渉の経過報告」と、「措置要求大会で集るのだというような話」で、経過報告をした人と措置要求大会の話をした人が、同じ人か別の人かも記憶なく、それも、役員の誰かだと思うが、誰だか判らない。当時竹藤被告人の顔も知らなかつたと証言し、清藤義夫も原審公判廷において証人として、「参加してくれということは、支部の幹部の方だろうと思うのですけれども言われた記憶はあるが、初めから委員長、書記長の顔を知らなかつたから判然しない」趣旨の証言をしているのである。
[35] 原判決は、清藤義夫の検察官面前調書によつても、指令を朗読し、指令に基いて休暇闘争をして貰いたい、という説明をしたのが、委員長であつたか、書記長であつたかが判然とした記憶がなく、寧ろ書記長だつたと思うというものであり、小松長二は公判廷において「北区に勤務するようになつてから1年位しか、たつておらず、組合運動に関心がなかつたので、同委員会に出席した当時竹藤被告人の顔も名前も知らなかつた」と証言しており、この証言を信用することができないもの、として排斥する合理的根拠がないから、小松の検察官に対する供述調書によつても、被告人竹藤の公訴訴因摘示のような発言の事実を認めることができないと判示しているのである。
[36] しかし、小松長二を取り調べた検察官品田賢治は、原審において、証人として、小松長二の供述調書は同人が述べたことをそのまま事務官に書き取らせ、読み聞けの際「一斉休暇闘争」のように書かれていた点を「措置要求大会」と訂正の申立があつて一部訂正したがその他すべて同人の供述したとおりを記載したものである旨証言し、小松長二がその取調べに当つて検察官の誘導や押しつけがましい取調べ方法によつてその意に反し真実に符合しない供述をしたり、またその供述を録取するに当つて、供述の真意を歪曲するような作為が行なわれたと疑われる節は全く存在しないのである。小松長二が公判廷で証言するように、「交渉経過の報告」をした人と、「措置要求大会の話」をした人が、同一人であつたかどうか判然せず、その発言をしたのが「役員の中誰であつたか記憶がなく」「被告人竹藤の名前も顔も知らなかつた」者が、どうして、検察官の取調べの際「北支部の竹藤支部長が外から帰つてきて」以下先に摘出したような極めて具体的にして明確な供述をなし得たか。この点について小松長二は原審証人として自分は竹藤支部長の名前も顔も知らなかつたのであるから検察官に対し竹藤の名前を言つたことはない。それが自分の調書に出ているのは不思議に思うのだがそれは検察官の推測で書いたと思う。調書読み聞けの時も竹藤の名前が書かれていたが重要なのは一斉休暇闘争か行政措置要求かという点なので、その点だけ訂正して貰い、自分の言わない竹藤の名前の書いてある点は面倒くさいので訂正の申立てをしなかつたという趣旨の証言をしているのである。相被告人小松は、この証言に対し、「これは竹藤支部長にとつて極めて重大なことで、義憤を感ずる」と述べているが、正に「面倒くさい」だけで、検察官の作為的な不実の記載と知りながら、その訂正削除を要求しなかつたとするならば、その無責任を看過するこはできないであろう。原判決は、証人小松長二の「竹藤被告の名前も顔も知らなかつた」という公判廷の証言を信用することができないとして、排斥する合理的根拠がない、というのであるが、検察官の作為に基く調書の不実記載を「面倒くさいから」看過した、というその証言をどうして信用し得るであろうか。
[37] 清藤義夫の検察官に対する供述は指令を朗読し、指令に基いて休暇闘争を実行して貰い度い趣旨の説明をしたのが委員長であつたか、書記長であつたか明確な記憶がなく、むしろ、それは書記長であつたように思う、というものであつて、その記憶が正確か不正確かは別として、その記憶に基いて忠実な供述をしていることは容易に看取し得るのである。その取調べに当つた検察官は、小松長二の取調べに当つた検察官品田賢治である。この委員会において指令第3号の趣旨を説明し、これに従つて一斉休暇闘争に参加するよう要請したものが、被告人竹藤であつたか、その他の者であつたかは、取調べ検察官としては捜査上明確にすべき重要なことであつたのである。それが被告人竹藤であつたとする小松長二の供述と、「委員長か書記長(鈴木精一)か判然としない、むしろ書記長だと思う、」とする清藤義夫の、必ずしも符合しない供述をそのままの形で捜査記録に表わしているところをみても、同検察官が取調べに当つて、供述者の真意に基くありのままの供述をそのまま忠実に証拠記録に表示することに心がけ配慮していた事実を窺うことができるのである。このようにして作成された小松長二の供述調書中の「竹藤委員長が外から帰つてきて」以下前記摘録の具体的明確な供述部分こそ、これを否定すべき合理的根拠なくしてその証拠価値を否定することのできないものである。
[38] 先にも指摘したとおり、4月21日各支部毎に開催された緊急委員会は、「行動規制」の中で定められた「指令の確認」と同時に、この指令に対して各分会がどのような態勢にあるか、その情勢を確認して、各分会役員を通して、指令第3号の趣旨貫徹を計るために開かれたものである。被告人高橋、同中根、同竹藤、同小松はそれぞれ所属支部の最高責任者として、本件指令第3号を決定した本部戦術委員会終了後、その足で、指令第3号を自ら携えて、それぞれの前記委員会、あるいは分闘長会議に出席したものである。仮にその指令の朗読の如きことは、これを他の役員に代行させることは、不自然でないにしても、自ら指令第3号を携えて、その確認および趣旨の徹底のために開催された、而も自らその長たる地位にある支部の役員会に出席して、支部長たる被告人ら自らが、指令発出の経緯その趣旨の説明、指令の実行、貫徹を要請することは当然であろう。原判決は被告人高橋、同小松の両名について、右発言についての事実を認めながら被告人中根、同竹藤の両名については、ただ指令第3号を配布して、その趣旨の伝達をしたのみで、各委員会において指令の趣旨説明等をした事実は認められないとしている。被告人中根については、佐川顕の検察官に対する供述調書中にも「中根執行委員長と思います」とあつて、被告人中根だとは断定していない。その他の者であつたか不明である、と言うのである。若し被告人中根支部長でなかつたのなら、外の誰だというのか。文京支部分闘長会議において被告人中根に代つて指令第3号の説明や、これに基いて全員が闘争に参加するよう要請する前記摘録の発言をした者が外に誰かいたというのか。この点も究明せず、明らかにその真実を保障し得る前記佐川顕、小松長二らの検察官に対する供述調書を排斥して公判廷における極めて不合理無責任な真実の供述を回避しようとする意図の窺える証人の証言をとつて、事実不明である、証明がないとする原判決は、実体真実の発見に欠けるものと言わなければならない。
[39](ニ) 次に、被告人小松の22日開催された勤務評定、修身科復活反対要求貫徹大会における言動については、中村喜八郎、橋本末三、および河本輝喜の各検察官に対する供述調書の記載によれば、同被告人が「全組合員が一致して翌23日予定の一斉休暇闘争に参加されたい」趣旨の呼びかけをした事実を認めることができるのである。
[40] しかるに原判決は、原審証人甲斐正の証言等を根拠にして、「同大会における被告人小松の挨拶は、都教育庁との団体交渉の経過、勤務評定反対闘争の経過に若干触れ、同大会に参加した他の労働組合員への感謝を述べたもので、翌日の措置要求大会に全組合員が一致して参加され度い」趣旨の発言をした事実は認められないとし、「前記中村、橋本、河元らが検察官に対し、被告人小松が前記闘争参加を組合員によびかけた趣旨の供述をしたのは、同大会が勤務評定反対闘争の一環として開催されたもので、参加者が千名以上にものぼつていたため、被告人小松が来賓や他の労働組合員に対し謝意を述べる趣旨で発言したことを、これを聞く方の組合員として、本件休暇闘争に参加するようにとの激励の趣旨と誤解し、その旨検察官に供述したものと解することも、あながち不自然ではない、として、右3名の検察官に対する供述調書を排斥しているのである。
[41] そこで右3名の原審公判延における証人としての供述を検討するのに、まづ、証人中村喜八郎は、その検察官調書によれば、22日の戸越公園における被告人小松の発言について「今回の勤評闘争は教育を守る上での重要な闘争である。みんなであすの一斉休暇に突入しよう」と言つたと供述し、その時の被告人小松の話の態度等について「気負つたような言い方で、左右に始終顔を動かしながら、組合員全員を見おろしながら自信ありげに言われました」と供述しているのであるが、この点について証人として重ねて質問され、これに答えて、「首を左右に振られたということは申し上げた。胸をどの程度張つて姿勢をどうしたとか、それが気負つたというような言葉に自然になつたのか、自信あり気に」と証言し、発言の内容はどうかと重ねて質問され、「いろいろな言葉のうち、何か一要素だけを盛り上げて自分が供述したようになつているけれども、それが全部ではなく、それを非常に極言したわけではない。調書はエキスだけ取上げているように思う」趣旨の証言をしているのである。すなわち、自分としては二十三日の闘争参加激励の点だけを特に強調したわけでないというのであつて、来賓に対する感謝の挨拶を、闘争参加への激励と勘違いして述べたと窺われる節は全く存在しないのである。
[42] また証人橋本末三は、息子が競技会に出るというので、その方へ早くゆきたいと思い、調書読み聞けのときも、陸上の方に気持ちがいつていて碌に聞きもせず署名した、といい、戸越公園における被告小松の発言として証人が検事に述べていることは、「自分としてはわからないといつたのを、検事の方で分闘長としてわからない筈がないだろう、ああだつたろう、こうぢやなかつたかと言われ、そうだつたでしよう、そうかも知れないと答えた」ものだと証言しているのである。すなわち証人橋本末三の場合は検察官に対する供述はその誘導により、検事の言うとおりこれを鵜呑みに肯定しただけで、言わば検事の作文にすぎないというものであつて、これも来賓に対する感謝の挨拶を、翌23日の闘争参加への激励の発言と勘違いして、検察官に供述したというものではない。検察官瓜島喜一郎は原審証人として橋本末三を取り調べたときの状況を詳細に証言し、誘導とか押しつけがましい取調べは微塵も存在しなかつたことを明らかにしている。
[43] 次に、証人河元輝喜は検察官の取調べをうけた当時の状況について、検察官の質問に対しては「当時は自分の記憶に基いて検事に話し、検事は自分の言うことを調書に書いて読み聞けたので、それを聞いて、自分の供述したところと相違ないことを納得したので、署名押印した。記憶としては、その当時の方が正確だつたと思う」と証言しながら、弁護人の「検察官は事実小松が言つていないことを適当に作文して、あなたに供述させようとしている、という感じを受けた記憶は残つていないか」という質問をされ、「これは後から読まれたのですけれども、そのつどつどにおいては、そういうことは記憶しております」と余り意味の明確でない証言をし、また被告人小松本人から「そうしたら、こういうふうに受けとつていいですか。検察官の方から小松はこう言つただろう、こうは言わなかつたか、と言われ、あなたは、そうだとか、そうであつたかも知れないと答えたが、それは、イエス、ノーとはつきりしたものではなく、そうかも知れない、という漠然としたものか」と質問され、「漠然とした返事であつた」と証言しているのである。このように証人河元輝喜は弁護人および被告人本人より、検察官から誘導的な質問を受けてそのとおり答えたのではないかと問われ、これを肯定するかの如き証言をしているのであるが、畢竟その検察官に対する供述が検察官の強制誘導はもとより、特に作為を弄した取調べにより、その意に反し、事実無根の、あるいは事実を誇張したり歪曲した供述をしたものではないことは明らかである。勿論被告人小松の来賓に対する感謝の挨拶を、翌23日の闘争参加への激励の発言と勘違いをして検察官にその旨の供述をしたというような節は、全く窺い知ることができない。
[44] 以上、中村喜八郎、橋本末三、河元輝喜の各検察官に対する供述調書の真実性を否定することはできない。これを排斥して、被告人小松の訴因摘示の発言の事実を証明し得ないとした原判決は明らかに、証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものと言わなければならない。
[45] 以上4月21日の支部委員会において、被告人高橋、同中根、同竹藤が、それぞれ当該支部最高責任者として傘下分会役員等に対し、一斉休暇闘争に対して、地方公務員法違反により弾圧のあつた場合は、その責任は都教組本部が負うことになつているから、組合を信頼して、指令に従つて一緒に行動してもらい度い趣旨や、本件、一斉休暇闘争は地方公務員法第四六条に基く行政措置要求であつて、合法的なものであること、各分会ともこの指令に従つて闘争に参加されたい趣旨の発言をし、また翌22日の支部集会において被告人小松が、参集の組合員に対し、全組合員が一致して闘争に参加され度い趣旨を呼びかけた事実は明瞭であつて、右言動を認め得ないとした原判決は事実誤認の非を犯したものと言わなければならない。

[46](2) 次に被告人藤山が京橋昭和小学校、常盤小学校等数校を訪問したのは、次のような事情によるものである。すなわち、都教組の中でも、中央支部は、全般的に言つて、本件一斉休暇闘争には消極的で、各分会の態度は足並みが揃わなかつたのである。支部長渡辺四郎はじめ支部役員は自分達だけでは自信が持てなくなり、前記行動規制に基く21日夜開催の支部の拡大闘争委員会には、本部副委員長の地位にある被告人藤山を煩わしてその委員会に出席を要請し、各分会役員に対し被告人藤山より、他の支部における情勢を報告説明して貰い、中央支部の立遅れを何とか取り戻そうと図つたのである。ところが折角被告人藤山に出席して貰つた右拡大闘争委員会にさえ、不参加の分会が数えられたのである。この重要な委員会に分会委員の不参加ということは、休暇戦術に対する逡巡、反対を意味するものに外ならない。そこで、翌22日には午前中に、支部役員だけでなく、副委員長被告人藤山を再び煩わし、翌23日の闘争に脱落が憂慮される京橋昭和小学校、常盤小学校等数校を訪問し、直接被告人藤山より、いわば最後の説得を試みたのである。すなわち同日夜予定されている中央支部集会には組合員全員が参加するように、そして、翌23日の一斉休暇闘争には組合員全員が参加するよう説得するためであつたことは明瞭である。
[47] そして被告人藤山が右京橋昭和小学校において「都教育庁との団体交渉は決裂し、組合としては23日に措置要求大会のため一斉休暇闘争を実行することになつた。組合としての足並みは必ずしも揃つていないが、全組合員が足並みを揃えて闘争に参加してもらいたい、」という趣旨の発言をした事実は原判決も肯認するとおり対応証拠によりこれを認定することができる。ただ同被告人が常盤小学校において「一斉休暇闘争には全組合員の結束を乱さず一致して参加してもらいたい旨申向けた、という公訴訴因に指摘の同被告人の言動について、原判決はこれを認める証拠がない、とした。
[48] なるほど、原審が取調べた証拠の中に、右公訴訴因に摘示する被告人藤山の発言をそのまま裏付ける直接の証拠は存在しない。しかし原審で取調べた証人安藤啓次郎、同畠中豊八、同遠田淳等の証言を綜合すれば、被告人が勤務評定反対の理由を説明し、教育を守つてゆくためには、一斉休暇をやらなければならない趣旨を説き、同被告人が「このように学校を訪問しているだけで、公務員法違反の嫌疑をかけられるかも知れない」趣旨などを述べた事実は肯認し得るのである。
[49]、被告人らの各所為が、地方公務員法第61条第4号の「あおり」に該当するか否かについて考察する。「あおり」すなわち「煽動」は、特定の行為を実行させる目的をもつて、文書、図画または言動によつて、他人に対しその行為を実行する決意を生ぜしめるような、または、すでに生じている決意を助長させるような、勢いのある刺戟を与えることを言うのである。被告人らの所為、言動が、都教組組合員をして4月23日午前8時を期して一斉に休暇闘争を実行させること、すなわち、本件同盟罷業を実行させる目的をもつてなされたものであることは明らかである。したがつて、被告人らの所為言動が組合員をして右同盟罷業を実行する決意を生ぜしめるような、または、すでに生じているその決意を助長させるような勢いのある刺戟を与える行為に該当するか否かを判断しなければならない。
[50] 原判決および弁護人の所論、また、弁護人がその主張を裏づける資料として指摘する下級裁判所の裁判例は、この「勢いのある刺戟」という字句を切り離して「それは感情に訴える方法により、その興奮、高揚を惹起させることであるとし、」それがために「文書または言動は激越なものでなければならない」としている。そして本件指令第3号その他被告人らのいづれの言動も、都教組組合員の感情に訴え、これを興奮、高揚させる程、それ程激越なものでないから、煽動行為に該らない、とするものである。しかし煽動は、違法行為実行の決意を生ぜしめるような、またはすでに生じているその決意を助長させるような勢いのある刺戟、換言すれば違法行為を実行する決意を生ぜしめ、あるいは、すでに生じている決意をさらに助長する可能性、危険性のある勢いある刺戟である。被煽動者の違法行為実行の決意に影響力ある刺戟を与えることである。“刺戟”であるから、勿論感情に作用することは言うまでもないけれども、ただ感情を高ぶらせ、かき立てることではない。意思決定に必要な刺戟であるから、同時に、意思作用を動かす刺戟である。違法行為実行の決意に影響力ある刺戟であるから、むしろ、その意思作用を動かす面の強い刺戟である。
[51] 被煽動者をして違法行為の実行を決意させる影響力ある刺戟となり得るか、どうかは、煽動者と被煽動者との関係、被煽動者がその違法行為実行についてどのような意向をもち態度をとつているかによつて一律ではないのである。若し、被煽動者が煽動者とは縁もゆかりもない者であり、その違法行為実行について極めて冷静、批判的、むしろ、そのような違法行為の実行を不当として反撥する態度にあるとき、この被煽動者にその違法行為の実行を決意させるには、その感情を興奮、高揚させるような激越、過激な言動がなければ、「違法行為の実行を決意させる影響力ある刺戟」を与える行為とならないかも知れないのである。冷静にして平穏なる農民に供米拒否を煽動したり、善良な市民に納税拒否を煽動する場合には、多くこの感情に訴える方法によりこれを興奮、高揚させるような激越な言動が用いられる。しかしながら、すでに供米拒否のムードが盛り上つた農民に対し、あるいは、すでに税金滞納の気運が醸成されている市民に対し、その実行を決意させるためには、最早激越な言動をもつてその感情を興奮、高揚させる必要はないのである。殊に、その多衆を直接自己の指揮下に動員し得る強力な組織の中で、強力な影響力を有する者は、特に激越な文言を含まない指令一本によつて、容易に大衆をその犯罪行為実行に動員し得るのである。この場合指導者の指揮、指令は、大衆に対し、その犯罪行為を決意するについて、絶大な刺戟となるのである。指導者自らが大衆の感情をかき立て、これを興奮、高揚させるために激越な言動、文書を用いることなく煽動行為は成り立つのである。
[52] 地方公務員法第61条第4号は、同盟罷業等、法律をもつて禁止された違法行為を遂行することの共謀と「そそのかし」および「あおり」または、それらの行為を企てることを処罰の対象としているのである。それは、これらの行為がすべて、違法行為の実行の直接原動力となり、また、これを誘発する影響力、危険性のある行為であるからに外ならない。今その犯罪類型の近似する「そそのかし」行為と「あおり」煽動行為とを比較してみるのに、前者の「そそのかし」行為は、最高裁判所の判例によれば「違法行為を実行させる目的をもつて人に対し、その行為を実行する決意を新たに生ぜさせるに足りる慫慂行為」であるとされ、後者の煽動行為は「違法行為を実行させる目的をもつて人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめるような、または、すでに生じている決意を助長させるような、勢いのある刺戟を与えること」とされているのである。その後者が「勢いのある刺戟を与えること」を構成要素としているけれども、それは「違法行為実行の決意に影響力ある強い刺戟」ということであつて、この犯罪構成の重点は、言うまでもなく、「違法行為実行に対する影響力」であつて、「被煽動者に刺戟を与えること自体」ではないのである。被煽動者に強い刺戟を与えることを処罰する趣旨は、それが違法行為実行の原動力となる刺戟だからである。それは前段の「そそのかし」行為が、違法行為実行の決意を新たに生じさせるにいたる慫慂行為自体で処罰され、そそのかされるものの意思作用、心理作用に触れる必要がないことを考え併せれば、いずれも「違法行為実行に対する影響力、危険性に可罰の重点をおいていることが諒解し得るのである。原判決や、弁護人の所論は、「違法行為実行に対する危険の排除、ということに思いをいたさず、「違法行為実行の決意に影響力のある勢いある刺戟」という字句の中から、ただ「勢いのある刺戟」という字句を切り離して、被煽動者に強力な感情的刺戟を加えること自体が、いかにも煽動罪のすべてでもあるかのように誤解するものである。
[53] 原判決および弁護人の所論、これに採用の下級裁判所の考え方は、組合の最高議決機関によつてすでに同盟罷業の基本方針が決定され、組合員多数の支持を得て、正当な組合委員会の手続きを終つて発出される同盟罷業を組合員に命令する指令は、組合員がこれに服従するのが当然であつて、それは「組織の基礎となつている団体の規律そのもの」だという。すなわち指令第3号が組合員に対し拘束力を有するのはこの「団体の規律」によるものであつて、その内容が組合員の感情に訴えてこれを興奮、高揚させるような激越なもの、すなわち、煽動に該当する文書によるものではない。「もし組合員の自主性のない幹部独裁の組合であつて、その指令も組合員多数の支持を得ておらず、少数をもつて多数を引き廻すというものであれば、その指令の内容や告知方法にも刺戟的要素を多分に必要とし、これによつてはじめて拘束力を獲得するであろうが本件においては全くその必要がなかつたものである」という。
[54] なるほど、組合員多数がすでに同盟罷業を決意している場合は、それが少数であつてなお多くの組合員をして、その反対を押し切つて同盟罷業に同調させる場合に比較して、これを命ずる指令、その告知方法において、高度の刺戟的要素を必要としないことは言うまでもない。それは恰も、すでに供米拒否のムードが盛り上つた農民に対し、すでに税金滞納の気運の醸成されている市民に対し、その実行を煽動する場合にも類似して、最早激越な言動をもつてその感情をかき立てる必要がないだけである。
[55] 本件同盟罷業が組合大会という最高の議決機関によつて決定され、その決定の基本方針に基いて本件指令第3号が組合組織の中において正規の手続きを踏んで発動されたこと、各被告人が本部執行委員として、また支部最高責任者として、「指令の確認、」その趣旨の徹底等指令に従つて全組合員を本件同盟罷業に動員させるためにとつた各行動等すべて、組合組織の中における「正規の行動」であることは否定しない。所論は、組合員が指令に従い、被告人ら組合幹部の指示に服従するのは、「団体の規律」によるものであつて、指令や被告人らの煽動に基くものではない、と主張する。しかし、「組織の中における正規、正当性」や「団体の規律、統制」を、法律をもつて禁止された違法行為の実行に利用することは、極めて重大なことである。この場合指令や被告人ら幹部の指示は、全組合員に対し一種の至上命令とさえなり得るのである。組織の規律、統制が堅固であればある程、強力、絶大な力となるものである。さればこそ、本件においても指令第3号の内容および各被告人らの言動のうちに特に各組合員の感情を興奮、高揚させるような激越な文言も言辞も必要とせず、それは、組合員をして本件同盟罷業の実行を決意させ、またはさらにその決意を助長さす強力な刺戟となつているのである。本件都教組組合員のすべてが、学校の教職員という教育者であつて、一般の筋肉労働者に比較して、その言動使いも紳士的であつて、繊細、敏感な感受性をもつ教養人であればなおさらである。
[56] また、指令第3号の内容殊にその前文の文言について、「突如無暴にも一方的に交渉を打ち切つた」とか、それは「未だ前例のない不誠意な態度というべきだ、」というような字句が含まれている点について、検察官は、これは「相手方を厳しくひ謗し、組合員大衆に、相手方に対する敵意と怒りとをかき立てるような激烈な文言」である、と指摘し、弁護人は、本件勤務評定反対のための組合側と都教委間の交渉経過を縷述して、事実本島教育長のやり方は無暴であり、都教委の態度は未だ前例のない不誠意なものであることを指摘し、右指令第3号の前文は、この事実を事実として掲げ、相手方の不当な態度に当然の抗議をするため、その事実を説明し評価を加えたもので、その記載は指令として当然の表現である、と主張し、原判決もまた、本件指令第3号の内容には特に刺戟的なものは含まれない、としてこれを無罪の理由としている。
[57] なるほど指令第3号の文言を仔細に吟味しても、それが特に組合員の感情を興奮、高揚させるような激越な言辞を用いたものとは認められない。しかしながら、それは事実を事実として記載し、組合として当然なすべき正当な抗議とその抗議を理由づける正当な評価を掲げたものであるにしても、その「組合意識の下における正当な抗議、」「正当な評価」こそ、ますます組合員の抗議意識を高揚し、その違法行為実行の決意を助長せしめるものである。違法行為実行に対する自信を強め、その意気を高揚させるものである。未だ同盟罷業の遂行に逡巡する者あるいはこれに批判的な組合員に対しても、その決断、再考を促す大なる刺戟力となるものである。全組合員に対しその意思作用を動かす強力な刺戟を与えるものであることは明らかである。右抗議の正当性、評価の正当性が、組合員の認識と合致するものであるということは、少しもその煽動性を阻却するものではない。指令第3号に日教組指令第12号を添付したことについても、ほぼ同一のことが言えるのである。勤評闘争が、日教組の全国統一行動として闘われてきたものであれば、日教組委員長の指令によつて本件指令第3号が発出された形をとること、「組織関係の正しい」方式であろう。物にこれを「不当に権威づけた、」と非難することも当らないかも知れない。その意図するところは、組合組織として正規であり、当然の手続きに従うものであつても、これによつて、指令第3号の権威の高められることは否定し得ない。それによつて組合員の意気を高め、感動を呼び、これを発奮せしめることは明瞭である。本件同盟罷業という違法行為の実行についての意思決定に大きな刺戟を与えること云うを俟たないのである。
[58] 弁護人は、集団犯罪における指導者の煽動的役割を指摘し労働組合における団体行動は、このような集団犯とは類型的に全く無縁なものである、と主張し、全農林事件の判決を引用するのである。すなわち、「争議行為は労働者の組織的団体による統一的行動であるから、その団体の少数幹部のみの独断的意思によつて誘発されたりするものでなく、団体の各職場における討議、決定を経る等、団体構成員の意思を把握するに必要な手続きを践むのが通例であるし、また、幹部の構成員に対する説得、慫慂という行為も、畢竟構成員をして争議行為の目的と必要性を理解、納得せしめ、その遂行について協力を求めるために行われるものである。そして、時にはかえつて団体構成員ないし下部組織からの強い要求に基いて争議行為の指令を発する事例も稀ではない。」これが労働組合の民主的運営といわれるものであつて、それは単なる理念ではなく、わが実定法上の制度としても定着されているものである、と主張するのである。
[59] 勿論都教組における組合運営が民主的になされていないと断定する資料も存在しない。また、本件同盟罷業が被告人ら少数幹部の独断的意思のみによつて誘発されたとするものでもない。一応組合員の意思を把握するに必要な手続を践んだことも、また一部組合員ないし下部組織から、休暇戦術について強い要求があり、本件指令第3号の発出を熱望していた組合員の存在したことも否定するものではない。したがつて暴徒を結集して破壊行動を煽動した、いわゆる群衆犯における指導者と、本件被告人ら都教組幹部とを同一視することはできない。しかし、法律をもつて禁止された違法行為の遂行を「労働組合の民主的運営」に乗せることが、「実定法上の制度として定着されているもの」と考えることはできない。この違法行為の実行を組合の最高議決機関を中心とする組合組織の中で民主的に決定することによつて、本来違法な行為が、適法な行為となるものではない。この違法行為の企画、立案、討議、決定はそれ自体違法行為の共謀行為として処罰の対象となるものである。ところがそれが組織の中において組織の意思決定という形をとつて民主的になされるために、法律が最も処罰の対象として重視する、これらの共謀行為を犯罪事実として把握することが困難な場合さえありうるのである。そのことから直ちに、その組織の中で決定された違法行為がその違法性を喪失するものではない。法律は違法行為の共謀の外慫慂、煽動およびこれらの諸行為を企てる行為等違法行為を誘発、助長する虞れのある一切の行為を処罰することによつて、これを禁遏せんとしているのである。被告人ら都教組幹部が本件同盟罷業実行について、その中核となつて行動した所為のうち、本件指令第3号発出と、この指令に基いて3万の組合員を一斉休暇闘争に動員するためにとつた行動は、各組合員に対し、右闘争に参加の決意をなさしめ、これを助長する上に強力な刺戟を与えたものとして、煽動罪をもつて問擬右べきことは当然である。指令第3号発出までの諸々の決定が、組合の「民主的運営」によつてなされたということは、右犯罪の成否に消長をおよぼすものではない。
[60] 被告人長谷川、同藤山の指令の配布、その趣旨の伝達の所為、被告人高横、同中根、同竹藤、同小松の支部最高責任者として、支部委員会、拡大闘争委員会、分闘長会議あるいは支部集会等においてなした指令の伝達あるいはこれに伴う発言、被告人藤山、同竹本の本部役員として支部委員会あるいは特定小学校においてなした発言は、すべて指令第3号をもつて、都教組傘下約3万名の組合員を、4月23日午前8時を期して、一斉休暇闘争に動員するためにとつた行動である。このうち被告人藤山の京橋昭和小学校および常盤小学校における行動について、本件公訴訴因は、他の被告人および都教組役員との共謀の犯行として摘示していないけれども、法律構成としてこれを単独犯行とみるか、共同犯行とみるかは別として、叙上各被告人らのすべての行動は、「指令第3号による同盟罷業への動員」という一連不可分の所為であることを忘れてはならない。原判決および弁護人らは、兎角本件各被告人の個々の場所における個々の言動の一部分だけを切り離して、それが煽動行為に該当するかどうかを判断しようとする傾きがあるのである。殊に被告人藤山の常盤小学校における発言を、それだけ引き離して、判断することは正鵠を失するのである。中央支部ではその立遅れを何とか取戻して、少しでもその面目を保とうと考えて、態々本部から被告人藤山の出馬を煩わしたが、その4月21日夜の拡大闘争委員会にさえ、不参加の分会があつたので、このような脱落の色濃厚な分会に最後の説得を試みて、その脱落を喰い止めるために、再び本部副委員長という地位にある被告人藤山を煩わし、中央支部役員では自信のないところを、同被告人の力で補つたものである。4月23日の一斉休暇闘争を翌日に控えて、ギリギリのいわば最後の土壇場におけるこの被告人藤山の訪問は、それ自体訪問を受けた学校における組合員にとつて大きな刺戟となつたのである。被告人藤山の人となりから考えても、同被告人が声を大にして語調を強め組合員の感情をかき立てるようなアジ演説をしたと思われない。殊に常盤小学校においては一斉休暇闘争を実施しなければならない理由を説明した程度で、特に他の場合のように、明らさまに「一斉休暇闘争に参加せよ」とか、「して貰い度い」という発言はしていないのであるが、被告人藤山が同小学校を訪問した経緯から考察して、同被告人の同校訪問その発言は、本件同盟罷業に組合員を動員するため、その決意を促す強い刺戟を与えたものと言える。
[61] 被告人高橋、同中根、同竹藤、同小松の4月21日各支部緊急委員会等における指令の伝達とこれに伴う発言は、前記「行動規制」に基く「指令確認」その趣旨励行を目的としたものであり、被告人高橋、同小松の4月22日、各支部における全組合員よりなる支部集会における発言は、直接組合員に対し翌23日決行の一斉休暇闘争への全員参加を呼びかけたものである。また、被告人竹本の4月21日練馬支部の拡大闘争委員会における発言は、本部執行委員として支部長高橋の発言を援護補足した程度のものであるが、これら各被告人らの行動はすべて本件公訴訴因においても、都教組本部役員等と共謀関係にあるものとして摘示されており、指令第3号によつて組合員を本件同盟罷業に動員するための一連不可分の所為であることは明らかである。その指令の配布、伝達以外の発言内容は、組合員全員が4月23日の一斉休暇闘争に参加するよう慫慂し、本件休暇闘争が合法的であることを説明したものである。数十名の支部分会の役員を前にした発言と数百の組合員を前にした支部集会における発言とは、その音声、語調、態度に自ら差異のあることは当然であろう。指令第3号と異つて、これら各被告人の発言は、組合員あるいは分会の中で、兎角組合意識の低調な、本件同盟罷業の実行について批判的であり、これに逡巡、去就に迷うもの、或はこれに反対するものも、一致団結して一人でも多く一斉休暇闘争に参加するよう呼びかけたものであるから、勢い「足並揃えて」とか「結束を乱さず一致して」とか、あるいは「団結して闘争を勝判にみちびく」とかいう言葉が使われているが、それは、このような落伍者脱落者を1人でも少くするためには当然用いられる言葉であつて、その言辞一つをとらえて激越だとか、組合員の感情を高ぶらせたとは言えない。「行政措置要求だから合法的」だという説明も、指令第3号を携えて、戦術委員会よりその足で、これを伝達すべき支部委員会に出席した、支部最高責任者として、当然なすべき説明であろう。これによつて分会役員の感情が興奮するとも考えられない。しかし、本件一斉休暇闘争を2日後に控えた4月21日夜の各支部における緊急委員会、拡大闘争委員会、分闘長会議は、はじめて、指令を支部分会の役員に手渡し、現実にこれを発動する重要な会合である。また翌22日午後3時を期して開かれた全組合員よりなる支部集会は、一斉休暇闘争を翌日に控え、全組合員に直接「明日への参加」を呼びかけるための大会である。これらの分会、集会において、指令第3号を前にした支部最高責任者の発言、指令に従つて闘争に参加すべきことの要請は、指令第3号と相俟つて組合員をして迫る一斉休暇闘争への決意を助長し、あるいは未だ去就に迷う者、消極の立場にある者に対して、その態度意思決定をきめる上に大なる影響力をもつ刺戟を与えるものと言わなければならない。

[62]、原判決は、地方公務員法第61条第4号を憲法31条の趣旨に違反しないよう、その規定の合理性と適正性を考究して解訳すべきである、と前提して、右法第61条が争議行為を実行した者を処罰せずに、その煽動行為のみを特に独立して処罰する合法的根拠は、争議行為の実行を煽動する所為が、争議行為の実行そのものより違法性が強いと認められる場合でなければならないとする。すなわち、同法第37条第1項前段に規定する争議行為は、一定の争議を目的として行われる集団的行動であつて、その実質上の主体は職員の団体であり、個々の職員は、その争議行為に参加するという地位に立つものである。したがつて職員が争議行為を企画立案することも、争議行為について説得、激励することも、すべて職員の争議行為参加の一態様にすぎない。争議行為の実行者を処罰しないで、その争議行為参加の一態様にすぎない共謀、教唆、煽動を独立して処罰の対象とすることは、一般の刑罰体系の通念にも反し、別に合理的な根拠が存在しない限り許されないことである。この合理的根拠を見出すためには、地方公務員法第61条第4号の“争議行為の遂行を煽動した者”を、(1)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員以外の第三者であつて争議行為の遂行を煽動した者、(2)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員であつて、争議行為の共同意思に基かないで、争議行為の遂行を煽動した者、(3)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員であつて、争議行為に通常随伴して行われる方法より違法性の強い方法をもつて、争議行為の遂行を煽動した者等、争議行為の実行者よりも一段と違法性が強い、と解される者に限つて、これを処罰する趣旨と解すべきところ、本件指令第3号その他各被告人の言動は、いずれも、争議行為に通常随伴して行われる行為であつて、特に違法性の強い方法によつたものとは認められないから、前記法条の煽動行為に当らない、と判示するのである。
[63] しかしながら地方公務員法第61条第4号が、争議行為の実行者を処罰しないで、これを共謀し、そそのかし、煽動した者、またはこれらの行為を企てた者を処罰するのは,争議行為の原動力となり、これを誘発、指導、助成する、その共謀者、慫慂者、煽動者あるいはこれを企てた者だけを処罰することによつて、このような集団的組織的な違法行為を禁遏し得ると考えたからである。違法行為が実行に移される前の段階において、その原動力となりこれを誘発、指導、助成する行為を禁遏することによつて、未然に違法行為の実現を防遏し得るし、争議行為が実行された場合においても、その原動力となり、これを誘発、指導、助成した者を処罰すれば、その違法行為を実行した者、本件について言えば、4月23日の一斉休暇闘争に参加した2万4千人の教職員の一人一人を処罰する必要はないのである。
[64] 原判決は、争議行為を企画、立案することも争議行為について指令、指示することも、争議行為について説得激励することも、職員が争議行為に参加する一態様に過ぎないとして、指令第3号の発出や、被告人ら幹部の行動を一斉休暇闘争に参加した2万数千人の組合員の行動と、これを同列において評価しようとしている。そして指令第3号も、指示激励も争議行為に通常随伴するものだ、というけれども、これは弁護人さえ指摘するとおり、そんな従属的なものではない。争議行為の原動力であり、その支柱である。闘争に参加した組合員一人一人を処罰しないで、その原動力、支柱となつた被告人らを処罰する合理的根拠は十分に存在するのである。
[65] また、原判決は、団体の構成員以外の第三者による煽動は構成員の煽動より違法性が強いというけれども、組織と無関係な第三者の行動は、むしろ、その影響力、指導力に乏しいとさえ言える。団体の共同意思に基かない煽動についても同様である。争議行為の主体たる団体を法律的に限定し、その構成員による煽動と構成員以外の第三者による煽動とを区別すること、例えば都教組幹部による煽動と日教組あるいは総評幹部による煽動とを区別することもそれ程の意味のないこと、また、弁護人も指摘するとおりである。
[66] また、原判決の如く、団体の構成員による煽動は、争議行為に通常随伴する方法より一段と違法性の強い方法によらなければ、煽動にならないと解するならば、団体の構成員による争議行為の共謀、慫慂、あるいはこれを企てる行為も同様に解すべき筋合となるが、争議行為の共謀、慫慂、また、これを企てる行為で、争議行為に通常随伴する方法によるものと一段とそれより違法性の強いものと、なにを基準にして判定すべきか、疑いなきを得ないのである。
[67] 畢竟原判決が争議行為に参加する一般組合員と、これを指導して争議行為を誘発、助成する原動力となる者との行動を全く同一視し、団体の構成員自らがその原動力となる場合と、第三者が原動力となる場合とを区別し、その違法性に強弱があるとし、争議行為の原動力となるその煽動等の行為に、争議行為に通常随伴する方法によるものと、一段と違法性の強いものとがあるかの如く前提して、本件被告人らの各所為を煽動行為に該当しないとしたことはすべて誤りである。

《その他の判決理由は省略し、目次のみ掲げる。》

(第四) 地方公務員法第37条、第61条第4号は憲法に違反するか
一 地方公務員法第37条第61条第4号が憲法第28条に違反するとの主張について
二 地方公務員法第61条第4号が憲法第31条に違反するとの主張について
三 地方公務員法第61条第4号が憲法第18条に違反するとの主張について

(事実の認定)
一 東京都教職員組合と勤務評定反対闘争の経過
二 罪となる事実
(証拠の標目)
(法令の適用)

  (裁判長判事 兼平慶之助  判事 関谷六郎  判事補 小林宣雄)

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