NHK記者証言拒絶事件
許可抗告審決定

証拠調べ共助事件における証人の証言拒絶についての決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件
最高裁判所 平成18年(許)第19号
平成18年10月3日 第三小法廷 決定

抗告人(抗告人 基本事件原告) A・アメリカ・インク ほか5名
            代理人 松尾翼 ほか

相手方(相手方 証人)     甲野一郎(仮名)
            代理人 山川洋一郎 ほか

■ 主 文
■ 理 由


 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人らの負担とする。

[1] 抗告人らは,アメリカ合衆国を被告として合衆国アリゾナ州地区連邦地方裁判所に提起した損害賠償請求事件(以下「本件基本事件」という。)における開示(ディスカバリー)の手続として,日本に居住する相手方の証人尋問を申請した。そこで,同裁判所は,この証人尋問を日本の裁判所に嘱託し,同証人尋問は,国際司法共助事件として新潟地方裁判所(原々審)に係属した。記者として本件基本事件の紛争の発端となった報道に関する取材活動をしていた相手方は,原々審での証人尋問において,取材源の特定に関する証言を拒絶し,原々審はその証言拒絶に理由があるものと認めた。これに対し,抗告人らは,上記証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて抗告したが,原審がこれを棄却したために,当審への抗告の許可を申し立て,これが許可されたものである。

[2] 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。
[3](1) Dジャパン有限会社(以下「Dジャパン」という。)は,健康・美容アロエ製品を製造,販売する企業グループの日本における販売会社である。抗告人A・アメリカ・インクは,上記企業グループの合衆国における関連会社であり,その余の抗告人らは,Dジャパンの社員持分の保有会社,その役員等である。
[4](2) 日本放送協会(以下「NHK」という。)は,平成9年10月9日午後7時のニュースにおいて,Dジャパンが原材料費を水増しして77億円余りの所得隠しをし,日本の国税当局から35億円の追徴課税を受け,また,所得隠しに係る利益が合衆国の関連会社に送金され,同会社の役員により流用されたとして,合衆国の国税当局も追徴課税をしたなどの報道をし(以下「本件NHK報道」という。),翌日,主要各新聞紙も同様の報道をし,合衆国内でも同様の報道がされた(以下,これらの報道を一括して「本件報道」という。)。相手方は,本件NHK報道当時,記者として,NHK報道局社会部に在籍し,同報道に関する取材活動をした。
[5](3) 抗告人らは,合衆国の国税当局の職員が,平成8年における日米同時税務調査の過程で,日本の国税庁の税務官に対し,国税庁が日本の報道機関に違法に情報を漏えいすると知りながら,無権限でしかも虚偽の内容の情報を含むDジャパン及び抗告人らの徴税に関する情報を開示したことにより,国税庁の税務官が情報源となって本件報道がされ,その結果,抗告人らが,株価の下落,配当の減少等による損害を被ったなどと主張して,合衆国を被告として,上記連邦地方裁判所に対し,本件基本事件の訴えを提起した。
[6](4) 本件基本事件は開示(ディスカバリー)の手続中であるところ,上記連邦地方裁判所は,今後の事実審理(トライアル)のために必要であるとして,平成17年3月3日付けで,二国間共助取決めに基づく国際司法共助により,我が国の裁判所に対し,上記連邦地方裁判所の指定する質問事項について,相手方の証人尋問を実施することを嘱託した。
[7](5) 上記嘱託に基づき,平成17年7月8日,相手方の住所地を管轄する原々審において相手方に対する証人尋問が実施されたが,相手方は,上記質問事項のうち,本件NHK報道の取材源は誰かなど,その取材源の特定に関する質問事項について,職業の秘密に当たることを理由に証言を拒絶した(以下「本件証言拒絶」という。)。
[8](6) 原々審は,抗告人ら及び相手方を書面により審尋した上,本件証言拒絶に正当な理由があるものと認める決定をし、抗告人らは,本件証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて原審に抗告したが,原審は,報道関係者の取材源は民訴法197条1項3号所定の職業の秘密に該当するなどとして,本件証言拒絶には正当な理由があるものと認め,抗告を棄却した。

[9] 民訴法は,公正な民事裁判の実現を目的として,何人も,証人として証言をすべき義務を負い(同法190条),一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる旨定めている(同法196条,197条)。そして,同法197条1項3号は,「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には,証人は,証言を拒むことができると規定している。ここにいう「職業の秘密」とは,その事項が公開されると,当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。もっとも,ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる場合においても,そのことから直ちに証言拒絶が認められるものではなく,そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められると解すべきである。そして,保護に値する秘密であるかどうかは,秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。
[10] 報道関係者の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので,取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。そして,当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証言を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。
[11] そして,この比較衡量にあたっては,次のような点が考慮されなければならない。
[12] すなわち,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕するものである。したがって,思想の表明の自由と並んで,事実報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。また,このような報道機関の報道が正しい内容を持つためには,報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照らし,十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁参照)。取材の自由の持つ上記のような意義に照らして考えれば,取材源の秘密は,取材の自由を確保するために必要なものとして,重要な社会的価値を有するというべきである。そうすると,当該報道が公共の利益に関するものであって,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく,しかも,当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため,当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く,そのために当該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には,当該取材源の秘密は保護に値すると解すべきであり,証人は,原則として,当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である。

[13] これを本件についてみるに,本件NHK報道は,公共の利害に関する報道であることは明らかであり,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるようなものであるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情はうかがわれず,一方,本件基本事件は,株価の下落,配当の減少等による損害の賠償を求めているものであり,社会的意義や影響のある重大な民事事件であるかどうかは明らかでなく,また,本件基本事件はその手続がいまだ開示(ディスカバリー)の段階にあり,公正な裁判を実現するために当該取材源に係る証言を得ることが必要不可欠であるといった事情も認めることはできない。
[14] したがって,相手方は,民訴法197条1項3号に基づき,本件の取材源に係る事項についての証言を拒むことができるというべきであり,本件証言拒絶には正当な理由がある。

[15] 以上によれば,所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
[16] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

  (裁判長裁判官 上田豊三  裁判官 藤田宙靖  裁判官 堀籠幸男  裁判官 那須弘平)

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