NHK記者証言拒絶事件
第一審決定

証拠調べ共助事件における証人の証言拒絶についての決定
新潟地方裁判所 平成17年(エ)第6号
平成17年10月11日 決定

原告 A・アメリカ・インク 外5名
上記6名訴訟代理人弁護士 松尾翼 テレンス・D・ウールストン スコット・マイケル・イメイ

被告 アメリカ合衆国
同訴訟代理人弁護士    小島秀樹  ジェラルド・A・ロール

■ 主 文
■ 理 由

 上記当事者間の当庁平成17年(エ)第6号証拠調べ共助事件について平成17年7月8日施行の証拠調期日において,証人甲野一郎(仮名)が,
質問事項12番「同記事が言及している「情報源」または「関係者」とは誰のことですか。」,
20番「Dジャパンの過去又は現在のいずれかの従業員,役員又は代理人が,同記事の情報源でしたか。a.そうである場合には,それは誰ですか。b.そうでない場合には,あなたの情報源となった者は,Dジャパンの過去又は現在の従業員,役員又は代理人から知り得た情報を伝達していると表明しましたか。そうである場合には,それは誰ですか。」,
21番「Dジャパンの弁護士又は会計士のいずれかが,同記事の情報源でしたか。a.そうである場合には,それは誰ですか。b.そうでない場合には,あなたの情報源となった者は,Dジャパンの弁護士又は会計士から知り得た情報を伝達するものであると言いましたか。そうである場合には,それは誰ですか。」、
24番「日本の政府職員のいずれかが,同記事の情報源でしたか。そうである場合には,それは誰ですか。」
について,証言を拒絶したので,当裁判所は次のとおり決定する。


 証人甲野一郎の本件証言拒絶は理由がある。


[1] 本件訴訟は,米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所国際司法共助嘱託の文書(以下「嘱託文書」という。)によれば,別紙「当事者間の紛争の概要」記載のとおりである。証人甲野一郎(以下「甲野証人」という。)は,現在日本放送協会新潟放送局でニュースデスクをしているが,平成9年10月当時は日本放送協会の報道局社会部に在籍していた記者であった。甲野証人は,複数の取材源から取材して原稿を作成して部内の編集デスクに提出し,そのチェックを経た上で,日本放送協会は,別紙記事(嘱託文書の質問事項添付の証拠書類A)(以下「本件記事」という。)を平成9年10月9日及び同月10日にニュースとして放送した。
[2] 当裁判所は,米国からの司法共助を受け,平成17年7月8日午後1時に甲野証人の証人尋問を施行した。甲野証人は,本件記事の取材源はいくつであったか,との質問に対しては,6から7はあったと思う旨答えたが,裁判官及び原告ら代理人が上記質問事項12番,20番,21番,24番について質問した際,甲野証人は,それらの質問事項に回答することは民事訴訟法197条1項3号にいう職業の秘密に関する事項に該当するとの理由で証言を拒絶した。原告ら代理人は,上記証言拒絶の当否についての裁判を求めた。

[3] 正確な情報は,記者と情報提供者との間において,取材源を絶対に公表しないという信頼関係があってはじめて取材源から提供されるものであり,取材源の秘匿は正確な報道の必要条件であるというべきところ,自由な言論が維持されるべき放送において,もし記者が取材源を公表しなければならないとすると,情報提供者を信頼させ,安んじて正確な情報を提供させることが不可能ないし著しく困難になることから,記者の取材源は,民事訴訟法197条1項3号の「職業の秘密」に当たると解するのが相当である。しかし,他方,職業の秘密は,民事訴訟における公正な裁判の実現の要請との関連において制約を受けるところ,その制約の程度は,公正な裁判の実現という利益と取材源秘匿による利益との比較衝量によるべきである。前者の点からは,審理対象たる事件の性質,態様及び軽重(事件の重要性),要証事実と取材源との関連性及び取材源を明らかにすることの必要性(証拠の必要性)が,後者の点からは,取材源の公表が将来の取材に及ぼす影響の程度,これに関連する報道の自由との相関関係などが考慮されるべく,これらを比較衡量して,証言拒否の当否を決すべきである。そして,証拠の必要性は,当該要証事実について,他の証拠調べがなされたにもかかわらず,なお,取材源に関する証言が,公正な裁判の実現のためにほとんど必須のものであると裁判所が判断する場合に初めて肯定されるべきである(札幌高決昭和54年8月31日判時937号16頁)。

[4] 甲野証人が証言を拒絶した事項については,その取材源に関する事項であり,取材源を開示した場合には,取材源との信頼関係を破壊するだけでなく,取材源が懲戒,刑罰等の対象になる危険が生じうること,さらにこれによって甲野証人の将来の取材活動が制限されることが一般的に推測されることから,民事訴訟法197条1項3号の「職業の秘密」に当たるということができる。

[5] 嘱託文書によれば,本件訴訟における原告らの主張は,以下のとおりである。すなわち,アメリカ合衆国内国歳入庁(以下「IRS」という。)が,原告の税申告情報を日本国税庁(以下「国税庁」という。)に無権限で開示したとして,合衆国法規集,タイトル26,セクション6103及び7431に基づいて,金銭賠償を求めている。さらに,10月9日及び同月10日の日本のラジオ,テレビ及び五大新聞に,原告の税申告中の情報を含むいくつかのニュース報道がなされたのであり,また,かかる記事が国際的な新聞でも取上げられて米国内でも報道された結果,金銭上の損害を被ったと主張している。そして,国税庁の税務官がこれらマスコミ報道の情報源であり,又,アメリカ合衆国は,日米同時調査の一環としてIRSがかかる情報を開示した時点で,国税庁は当該情報を日米租税条約の規定する機密情報として取り扱わないだろう,と知っていたか又は知るべきであったと主張している。

[6] 当裁判所は,米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所から証拠調べの嘱託を受けた受託裁判所であるところ,米国と全く異なった訴訟制度を採用している我が国の裁判所において,米国の民事訴訟手続について(例えば,証拠開示制度の内容,当事者にいかなる証拠開示義務があるか,事実認定の方法,挙証責任等),十分に理解することはすこぶる困難であるし,米国で行われている本件損害賠償請求訴訟の事案の概要や争点,証人,証拠の存在やその重要性について正確に判断することもすこぶる困難である。嘱託文書によって把握できるところによれば,原告らが甲野証人から取材源を尋問することによって,取材源が特定されたとしても,そのことと,原告らが主張する
「国税庁の税務官がこれらマスコミ報道の情報源であり,又,アメリカ合衆国は,日米同時調査の一環としてIRSがかかる情報を開示した時点で,国税庁は当該情報を日米租税条約の規定する機密情報として取り扱わないだろう,と知っていたか又は知るべきであった」
という点のうち「国税庁の税務官がこれらマスコミ報道の情報源であり」という点について,他の証拠との関係で,それが原告ら主張事実の立証のためにほとんど必須のものであるのかは,不明確である。そして,また,後段の「アメリカ合衆国は,日米同時調査の一環としてIRSがかかる情報を開示した時点で,国税庁は当該情報を日米租税条約の規定する機密情報として取り扱わないだろう,と知っていたか又は知るべきであった」という点とどのように結びつくのか,他の証拠との関係で,それが原告ら主張事実の立証のためにほとんど必須のものであるのかどうかについても,不明確である。以上の点に加え,甲野証人は,日本放送協会に所属する記者であり,原告A・インクらと被告アメリカ合衆国間の本件訴訟については,甲野証人及び甲野証人の所属する日本放送協会は,第三者的立場にあること,本件の嘱託尋問手続において,本件訴訟の事案の概要や争点,証人,証拠の存在やその重要性についての資料は提出されていないことなどを考慮すると,原告らの主張事実立証のために甲野証人に証言を求めている事項が,ほとんど必須のものであると判断できるものではない。
[7] なお,原告らは,「証人の証言拒否に対する反論の為の上申書」8頁以下において,「2 本件における事実とその分析 (1)訴訟の性格,状況及び重要性,(2)必要的証拠と報道機関情報源の関係,(3)情報を開示する必要性」と題し,英文第3修正訴状,読売新聞社の訴訟参加申立てに対する米国の反対意見書,2004年9月30日付けシットバー治安判事命令書,米国管轄担当者キャロル・A・ドナホーの供述書,キャロル・A・ドナホーの補充的供述書,国税庁長官大武の2005年2月4日付け回答を引用するなどして主張しているが,当裁判所には,嘱託文書以外提出されておらず,原告ら主張事実の当否を判断することは不可能であり,これらの事情もまた,上記判断を左右するものではない。

[8] そうすると,本件証言拒絶は理由がある,というべきである。
[9] よって,主文のとおり決定する。

  (裁判官 大工強)
原告:A・アメリカ・インク他
被告:アメリカ合衆国
事件番号:CIV-99-1794-xxx-xxx
国際司法共助嘱託書 甲野一郎

適切なる日本国司法当局 御中
依頼者:米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所
 米国アリゾナ州地区の連邦地方裁判所は、適切なる日本国司法当局に対して、敬意を表するとともに、当裁判所における上記事件の民事手続きで用いる証拠を得るため、国際司法共助を嘱託します。
 当裁判所は、以下で述べるとおり国際的正義の実現に必要なことから、上記司法共助を嘱託するものです。同司法共助は、以下で氏名を記載した人物に、適切なる日本国司法当局が指定する日時および場所への出頭を強制して、同当局および/または本件訴訟につき各当事者を代理する日本の弁護士による尋問に回答するかたちで口頭での証言を行わせるものです。
 当裁判所には、現在、事件名を「A・アメリカ・インク他対アメリカ合衆国(事件番号 CIV-99-1794-xxx-xxx)」とする民事訴訟事件が係属しており、同事件において原告は、アメリカ合衆国内国歳入庁(以下「IRS」という)が、原告の税申告情報を日本国税庁(以下「国税庁」という)に無権限で開示したとして、合衆国法規集、タイトル26、セクション6103および7431に基づいて、金銭賠償を求めています。特に、原告であるA・アメリカ・インク、B1、B2、B・ホールディングス・インク、C1、および、C・ホールディングス・インクは、税申告に関する情報のかかる無権限開示が、A・アメリカ、B1氏およびD・ジャパン・インクについての、IRSおよび国税庁による1996年の日米同時税務調査の過程で生じたものである、と申し立てています。この日米同時調査は、日米租税条約(以下「日米租税条約」または「日米条約」)に基づき行われたものです。
 原告は、IRSは、国税庁に原告に対する偏見をもたせようとする試みで、日米同時調査の過程で国税庁に謝った情報を開示したものであり、IRSの税務官は当該情報が誤りであることを知っていたか、あるいは知るべきであったものであり、また、かかる誤情報の開示が1991年から1996年にかけて国税庁がD・ジャパン・インクに対して税、罰金および利子を課すことを誤って主張をする原因となったと主張しています。原告は、誤情報の開示は、日米租税条約の規定により許されるものではないと主張しています。
 被告は、IRSが日米同時調査の過程において、誤った情報、または、IRSが誤りと知っていたか、または知るべきであった情報を、国税庁に開示したことを否定しています。被告はまた、国税庁に原告への偏見をもたせるように試みたことを否定しています。被告はまた、誤情報の開示が、国税庁がD・ジャパン・インクに対して追加税、罰金および利息を課されるべきであると主張する原因となったことを否定しています。
 原告はまた、1997年10月9日および同10日の日本のラジオ、テレビおよび五大新聞に、原告の税申告中の情報を含むいくつかのニュース報道がなされたのであり、また、かかる記事が国際的な新聞でも取り上げられて米国内でも報道された、と主張しています。原告は、これらマスコミ報道の結果、金銭上の損害を被ったと主張しています。原告は、国税庁の税務官がこれらマスコミ報道の情報源であり、また、アメリカ合衆国は、日米同時調査の一環としてIRSがかかる情報を開示した時点で、国税庁は当該情報を日米租税条約の規定する機密情報として取り扱わないだろうと、知っていたかまたは知るべきであった、と主張しています。それゆえに、原告は、日米同時調査の過程でのIRSから国税庁に対する情報開示は、日米租税条約の条項に則ったものではなく、また、かかる開示は、合衆国法規集、タイトル26、セクション6103(k)(4)によって授権されたものではない、と主張しています。
 被告は、マスコミの報道の情報源についてはなにも知らないと主張しています。被告はまた、日米租税条約第26条に定める機密保持義務その他の規定を、国税庁が日米同時調査の過程で開示された情報に適用しないことを予期する理由はなかったと主張しています。被告はまた、報道されたいずれかの情報が原告の税申告中の情報を含むか否かということ、及び、原告の税申告中の情報であったとしても、かかる原告の税申告中の情報開示がいずれかの原告に損害を与えたということを疑問視しています。
 よって、本件訴訟には上記事項に関して事実関係に争いがあります。
 それゆえ、当裁判所は、事実審理(trial)において使用するため、報道機関の一員である甲野一郎より証言を得ることが、正義の実現に必要であると思料するものです。
 当裁判所は、日本国籍を有する者であり、その勤務先住所である〈住所略〉に所在する日本放送協会新潟放送局 甲野一郎を、貴裁判所が指定する日時および場所に召喚し、各当事者の日本の弁護士による尋問に対して口頭で証言をさせることを嘱託します。原告を代理する日本の弁護士は、弁護士法人松尾綜合法律事務所(〈住所・電話番号略〉)の松尾翼弁護士です。被告を代理する日本の弁護士は、小島国際法律事務所(〈住所・電話番号略〉)の小島秀樹弁護士および桐原和典弁護士です。当裁判所は、各当事者を代理する日本の弁護士が、当該証人の尋問に同席して手続きへの参加が許されることを要請します。当裁判所はまた、米国の訴訟代理人が、少なくとも、当該証人の尋問に同席して立ち会いが許されることを要請します。
 当裁判所は、当該証人に宣誓を行わせること、及び、当該証人が行った全証言について逐語的証言記録書を作成し送付することを、嘱託します。
 当該証人がここで要請されている証言を行うことができるように、各当事者は、下記の文言を含む権利放棄書に署名をしました:
 1 嘱託尋問書は、全当事者の同意を得て、米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所から出されている。原告は、A・アメリカ・インク、B1、B2、B・ホールディングス・インク、C1、および、C・ホールディングス・インクである。被告は、アメリカ合衆国であり、これには、内国歳入庁及び所管官庁が含まれる。嘱託尋問手続きが、D・ジャパン株式会社およびD・ジャパン有限会社(以下「加算税納税者」という)〔注:1998年にD・ジャパン株式会社からD・ジャパン有限会社に社名変更〕に関する情報を求める限りにおいて、下記署名者である正式に任命された代理人は、ここに本権利放棄および司法共助の嘱託に参加する。
 次に、アメリカや日本でアロエジュースなどを製造販売している多国籍の企業グループが原材料のアロエの価格を水増しして、77億円あまりの巨額の所得隠しをしていたことが日本とアメリカの国税当局が協力した初めての日米同時税務調査で明らかになりました。東京国税局は、重加算税を含めておよそ35億円を追徴課税しました。
 所得隠しを指摘されたのは、アメリカの食品などの製造販売会社Dの関連会社D・ジャパンです。この会社は、アメリカから仕入れた原材料のアロエをジュースなどの食品や化粧品に加工して、およそ50万人の会員に販売しており、去年の売り上げは500億円を超えています。関係者によりますと、この会社はアロエの仕入れ価格をかなり水増しして所得をこまかし、隠した利益をアメリカの関連会社に送金していたということです。日本の国税庁とアメリカの国税当局IRSは、この多国籍企業グループに対して去年の春から初めての日米同時の税務調査を進めた結果、日本の国内だけで77億円あまりの所得隠しをしていたことが明らかになり、東京国税局は重加算税を含めておよそ35億円を追徴課税しました。これは日本の国税当局が摘発した所得隠しとしては、これまでで2番目の高額で、アメリカのIRSも日本から送られた金をアメリカの関連会社の役員が個人的に流用していたとして追徴課税したということです。
 今回の課税処分について、D・ジャパンは、「国税当局との間に見解の相違がある、一刻も早い解決を図りたい」と話しています。

〔注:D・ジャパンに対する追徴課税処分は、2002年に取り消された。〕

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