私達は、上皮細胞におけるアポトーシスともネクローシスとも異なる細胞死である細胞脱落に着目し、

マウス腸培養組織、ショウジョウバエ腸上皮、ヒト上皮細胞株を用いたイメージング、オミクス解析、遺伝子スクリーニングにより

その分子機構の解明を目指しています。


背景


上皮細胞は組織から脱落してその生涯を閉じます。

この細胞脱落では、死ぬべき細胞は隣接する細胞が生み出す力により押し出され組織から剥離すると考えられており、

脱落は隣接細胞との相互作用によって実行される、アポトーシスともネクローシスとも異なる細胞終焉様式と位置付けられます(図1)。


図1




脱落は、組織のターンオーバーや発生過程など広い局面で観察され、

上皮細胞の普遍現象と考えられていますがその分子機構はほとんど明らかでありません。

このため、脱落の異常は癌や炎症など種々の疾患と関連することが予想されていますが検証が行えない現状です。


研究の目的


これら背景のもと、私達は組織のターンオーバーに伴う脱落が盛んにおこるマウス及びショウジョウバエの腸上皮を用い、

以下の3つの戦略を相補的に駆使して、細胞脱落を司る遺伝子の同定と分子機構の解明を目指しています。


(A) マウスオルガノイド(腸培養組織)を用いるライブイメージング解析


私達は、主に幹細胞研究に用いられているオルガノイドに脱落の実験系として着目し、

腸上皮細胞が脱落する過程のライブ観察に成功しています(図2)。

この実験系を用いて脱落実行に関与する可能性のある分子(細胞骨格、接着分子等)の動態をライブイメージング解析して

細胞脱落の実行機構を明らかにします。


図2


オルガノイドでの細胞脱落(矢印の細胞が約20分で脱落)

左図はオルガノイドの模式図。絨毛と陰窩構造を持つ培養組織です。



(B) トランスクリプトーム等によるオミクス解析


マウス小腸では、陰窩部で産生された腸上皮細胞は時間とともに絨毛部を先端方向へ移動し、先端部に達すると管腔へ脱落します。

本戦略では絨毛部を3つの部分にわけ、マイクロダイセクションの後、オミクス解析を行うことで、

若い細胞とまもなく脱落を迎える古い細胞での遺伝子発現の差を網羅的に解析します(図3)。

これによって、脱落の引き金(細胞寿命の決定)に関与する遺伝子の候補を抽出します。


図3



(C) 新規システムによるショウジョウバエ腸上皮での網羅的RNAiスクリーニング


私達が最近構築したRNAi連携双子クローン法では、

細胞分裂により誕生した双子娘細胞に由来する双子クローン(双子子孫細胞集団)の各々を、

異なる蛍光で標識すると共に、一方のクローンでのみRNAiが発現します。

RNAiを発現する緑クローンと、発現しない赤クローンの細胞数を比較し、

脱落異常の結果、細胞数の不足または過剰の表現型を示すものを網羅的にスクリーニングし、脱落を司る遺伝子を同定します。


これまでに私達は、細胞死を始めとする様々な局面でおこる染色体DNA分解の分子機構を明らかにすると共に、

種々のDNA分解酵素を欠損させたマウスが関節リウマチ、白内障等の疾患を発症することを見出して、

DNA分解の生理作用を世界に先駆けて示してきました(Kawane et al. Science 2001)(Kawane et al. Nature 2006)

すなわち私達は細胞死において、死細胞のDNAはまず死細胞内のCADによりヌクレオソーム単位に切断され、

次いで死細胞が貪食された後に貪食細胞内に存在するDNaseIIによりヌクレオチドにまで分解されることを明らかにしました(Kawane et al. Nat. Immunol. 2003)。

そして細胞死では“細胞が死ぬこと”に加え、

DNA分解などの“死後処理の過程”も同等に重要であることを示して細胞死の理解に新たな一面を加えました。

この過程において私は、DNaseII欠損マウスは疾患モデルとして有用である(Kawane et al. PNAS 2010)ばかりでなく、

貪食細胞でのDNA蓄積を指標として細胞死を高感度で検出できることを見出しました。

これを用いて細胞死がおこる時期及び場所を同定する解析を行ったところ(Nagasaka et al. Cell Death Differ. 2010)、

腸上皮ではDNAの蓄積が観察されませんでした。

よって腸上皮細胞の終焉は管腔への脱落であり(貪食の過程を伴わない)、

既知の様式とは異なる終焉様式であることに着眼し、本研究に着手しました。


今後の展開


細胞死研究は血球細胞や神経細胞などを中心に、

死ぬ細胞がどうやって死んでいくか、細胞内シグナル伝達を中心に多くが明らかとなってきました。

しかし生体内において細胞死は、隣接する細胞を始めとする多くの他の細胞との相互作用によって規定、実行され、

また逆にある細胞の死は他の細胞に影響を及ぼします。

この細胞社会の視点が生体内での細胞死理解には必要となりますが、その理解は遅れています。

細胞脱落は、細胞間接着などによって緊密な細胞社会を形成する上皮細胞が

隣接細胞とのコミュニケーションと協調作用によって実行する、細胞社会における未解明の細胞死です。

得られる知見によって細胞死分野に新たな視点と枠組みをしていきたいと考えています。


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業績