Galileo

ガリレオ通信

第2号

(November 1993)



【天文対話】
 紙名を「ガリレオ通信」としたのは権威に対して「それにもかかわらず」と面と向かって言い放った天文学者の名に因む。広大な宇宙的視野と波の間に間に漂う人間の細部への鋭い観察眼と洞察力,この複眼的視角に倣うためである。
 刊行は不定期,勝手気ままに発行する。この新聞が No. 2 からはじまっているのは,今年4月に書いた「カンボジア取材手帳」がガリレオの文章を引いて書いた最初のものゆえ,それを創刊号とするからである。

【星界の報告】
 11月6日の夜,カンボジアにJOCS(日本キリスト教海外医療協力会)のアドミニストレーターとして赴任されている高橋一牧師と貴美子さんに半年ぶりで再会することが出来た。お元気そうでなにより。北海道発のNGOを作るべく集まっているグループの会合に,高橋ご夫妻と一緒に出席させてもらう。その会の名称はHOPEと暫定的によぶことに決まった。
 現在プノンペンの治安は悪化の一途をたどっているようだ。厖大な資金と人員を投入してなされたPKOによって沸き上がったにわか景気が,都市経済をいっきに拡大し,すさまじい物価の高騰を招きカンボジア住民の生活を圧迫している。また生活様式の全くことなるUNTAC兵士の存在自体が,クメール人の価値観に影響を及ぼした点も無視できない。これがプノンペンなど都市部の復興をもたらした面はあるが人心の荒廃をも招いた。UNTACの撤退とともに多発している自動車の盗難は目を覆うばかりである。UNTACから盗まれた車も180台を越えており,『プノンペン・ポスト』紙の記事によると盗難車専門のシンジケートが出来ているという。「UN」と大書きされた車がベトナム領内を走っていて,今度はベトナムにもUNTACが来たのか,といった笑い話があるとか。八月にはJOCSの車が武装強盗団に襲われ車が強奪された。幸い運転手も高橋夫妻も無事だったが,その後さらに多くのNGOが襲われている。カンボジア復興のために現地の住民レヴェルで「下から」協力してきた市民団体まで狙われているのが今日の現状である。

【カンボジアに「後発利益」はあるか】
カンボジアの経済発展について,11月17日に「NGOカメラマンの見たカンボジア」と題して中央大学(東京 八王子)で講演してきた。比較経営史的観点からカンボジア農業の発展方向を,気候風土のよくにている隣国タイの農業経営形態と関連させて検討した。この講演は,わたしの友人が「ひとつカンボジアについて話せ」ということで,すでに春頃に話しがまとまっていた。 中央大学 文学部 社会学会の会報であらかじめ宣伝したためか,当日は150人ほどの学生が集まった。講演のあと会場を移して懇親会を開き,久しぶりに学生との有意義なディスカッションを楽しんだ。このようなディスカッションをうちの学生ともしてみたいものだ。そのあと有志で「信年」という行き付けの飲み屋で二次会。ご主人の村野年男さんは「上野の名前を出せばサービスするから,学生に伝えてくれ」とのこと。
なお,北星学園大学の国際交流委員会のインタヴュウを受け,その内容は同委員会の発行するニューズレターに掲載されている。先進国のODA援助とNGOの役割について話した。

【書評】
塩川徹也『虹と秘蹟――パスカル〈見えないもの〉の認識』岩波書店 1993.
この著者の鋭さの秘訣はフランス流の思考方式を完全に身に付けたその明晰な方法的態度にある。この方法的態度は「比喩と象徴―パスカルにおける figure の観念―」『思想』No. 635 (1977.5) および「パスカルにおける「権威」の問題」『現代思想』(1979.9) に初期的なかたちで現われているが,とりわけ前著『パスカル―奇跡と表徴』(岩波書店 1985)において明確であって,これは著者がフランス留学のおりフランス語でまとめた論文の日本語訳である。初めてこの書を手にしたときの驚き,一言一句の論理のつながり,粘り強い思考の連鎖に驚嘆したのをいまでもまざまざと思いだすことが出来る。フランスに長年滞在していた森有正が一連の日記風の評論で身に付けようと格闘していたものは,ひょとしたら「これ」なのではなかったのか,と思わず膝を打ったものである。この方法的態度は漫然と書物を読んでいたのでは絶対に身に付かないもので,絶えざる思考の訓練と対象に対する深い洞察力を身に付けるためのプラス・アルファーが求められている。それではかくいうプラス・アルファーとはなにか。実は表題の新著のテーマがこれなのであって,直接この本を繙いてもらうしかない。つまり「見えないもの」に対する認識力,これである。
 畏友 佐野誠君がヴェーバーの研究書を出版しました。『ヴェーバーとナチズムの間―近代ドイツの法・国家・宗教』(名古屋大学出版会 1993)。

【JOCSの写真パネル展】
 JOCSのヴォランティア・カメラマン鷹見安浩さんとわたしの写してきたインドネシアとカンボジアの写真パネル展が,7月19日の兵庫県民会館アートギャラリーを皮切りに全国を巡回しているので,近くの人は見てください。北は北海道・函館までやってきたあと,残念ながら本州に帰ってしまいました。

【投書について】
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